日本社会30年の停滞を招いた新自由主義の経済政策

長期の経済的な低迷という大きなマイナス状況が進んでいても、局在的には有効な面はあるーけれどもその局在面を見て、全体状況を判断するにも程度があり要注意です。
こう思い始めた理由はいろいろあり上手く説明できません。政治的な面でいえば、「上から(支配的階層から)腐っていく」のを見る機会が多くなったことがあるでしょう。日本にある2000兆円を超える預貯金(郵便預金や年金など)をアメリカが利用しやすくする、米などの農産物を輸入しやすくして農業を衰退させる…。政府の政策は信用できないと考えていました。従属性や言い過ぎかもしれませんが売国性を感じます。
他方では、コロナ禍においてエッセンシャルワークの重要性が鮮明になり、家事労働という毎日の生活に欠かせないものが少しも評価されていない現実をつきつけられたのもあります。それはGDP(またはGNP)という国の豊かさを計る尺度に代わる新しい方法が考えることにもつながるでしょう。
そして1990年はじめのバブル経済崩壊以降の日本の低迷だけでなく、世界的にも新自由主義というよくわからない経済理論あるいは経済社会政策が広がっており、これが資本主義において社会的格差を広げる元凶になるのを確認できる気持ちになったことも関係するでしょう。ただこのあたりの理由を十分にとらえられず、わかりやすく説明できないでいました。

新自由主義の経済政策を書いている数冊読みましたが、正直なところ、何がどう問題なのかを全体的に鮮明にしているものに出合わなかった気分でした。
2023年秋に日本共産党が「経済再生プラン」を発表しました。それは継続的な経済政策による経済発展を目標としています。経済発展には国民の購買力を増やすことが大事であり「福祉は国民の購買力を高める」と明示しています。社会福祉は格差の是正(とくに低所得者の収入増)であり、政府が負っている1200兆円を超える借金を相対的に減少させる面もあります。大企業への減税は、大企業が貯め込むだけで投資に回して経済成長に結びついていないこともその通りです。税金は大企業に減税し、国民が広く負担する消費税を高くすることではない(それは購買力を下げる)こともその通りです。
これらが新自由主義の経済政策への対抗策ですが、菊池英博『新自由主義の自滅』(文春新書、2015年)はそれを鮮明にしました。
発行が2015年なので、安倍政権のアベノミクスの全体を見届けたものではありません。しかし、1990年以降の政府の新自由主義的政策の採用、日本に先立つアメリカのレーガン政権やイギリスのサッチャー政権の新自由主義的な経済政策を明瞭にしています。特にアルゼンチンとギリシアでは「財政均衡」を求められ投資の抑制と国民の節約推奨が、国家財政を破綻させた事例もみています。日本の30年の低迷はアルゼンチンやギリシアと同じ結果には至っていないのですが、同じ方向に進んできたのです。
経済を成長させる、社会福祉政策による支出を増大させる、大企業に減税して資金を預金に回して動かさない状態をつくらない——そういう積極的な経済成長政策が必要なのだとわかります。
水野和夫さんの「定常経済」は将来的に否定されるべきではないにしても、現在はそれを求める時期ではない、そう確信ができました。経済成長と社会政策を通して、所得の格差が平準化し、その積み重ねた先に不安の少ない経済社会ができ、それが定常経済に近づく道だろうと思います。
財政均衡という名の投資抑制や大衆課税である消費税率増は国民の広範な層の購買力を下げます。30年に及ぶ日本社会の停滞がそれを示しています。レーガン政権はアメリカに双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)を生み出しました。サッチャー政権は
国民全員に「人頭税」とやゆされる税負担を強いる事態になり退陣しました。そしてアルゼンチンとギリシアにおける国家財政破綻です。日本の場合は揺れ動きながらしかし持続的に新自由主義的な経済政策をとったおかげで、典型的な失敗ではなかったのですが、30年の長期停滞というもしかしたら最悪の事態を招いたのです。
この時期にいくぶんは偶然のめぐりあわせの要素も関係しますが、社会的ひきこもりが誕生しました。長期の停滞をさらに続けてはなりません。それでは国民の階層分化がさらに進み、ひきこもりを生み出すベースも続きます。彼ら彼女らが負ってきた問題を生活面から軽減することはありません。

ホームメーカーまたはホームクリエーター

2024年5月14 「朝日」の声欄にあった投稿です。
『夢ある仕事 ホームクリエーター  主婦 近藤 寿子(長野県 58)
「homemaker」という言葉を見つけた。ある作家についての英文の解説で、父はengineer、母はhomemakerだったと記されていて、目を奪われた。これだ! とひざをうつような感覚。
「主婦」を30年やってきた。英語であいさつする時は「housekeeper」を使ってきたが、しっくりしなかった。家事をテキパキこなせない私は、こう名乗るには気が引けた。だが、家族6人がそれぞれの試練を引き受け、生き生きしていけるための、家事とは別次元の目に見えない働きを担っているという実感がいつもあった。homemakerという言葉に溜飲(りゅういん)が下がった。
「家という建物」をメンテナンスするというより、「家庭という場」を作り出す仕事なのだ。主婦はそこで創造性を発揮する。「make」の先に「create」があるだろう。「homecreator」。夢のある面白い仕事だと思う。』

家事労働を評価し、将来はGDP(国内総生産)に加えて新しい国民の活動指標ができればいいと思う私には、ホームメーカー(またはホームクリエーター)の名称が先に表われてきた感じがしました。そうなれば、たとえば総務省の「就業構造基本調査で用いた産業分類」にもホームメーカー(ホームクリエーター)の項目が入るかもしれません。その業務内容はどうか。投稿では詳しくは書かれていませんが、私のブログにコメントをしてくれた人が家事の様子を控えめに書いてくれました。

『私の場合の家事労働(2024年2月6日〔まる〕)
部屋の片付け
片付けが苦手で気がつくといつの間にか部屋が乱雑になり物があふれてしまいます。掃除機をかけるのもあまり好きではなく四角い部屋を丸くかけてしまいます。
幸い夫が綺麗好きなので夫が掃除機をかける時は隅々までかけてくれるのに甘えてしまっています…。
買い物
コロナ禍はネットスーパーを利用していましたが、子供の食育のためもあり、今は週一でドラッグストアとスーパーが一緒になっている店舗でまとめ買いをしています。
毎週決まったものを買うので(納豆、ヨーグルトなど)子供がカートを押してそれらを入れてくれます。それが子供にとって良いお手伝いになっていると思います。
洗濯
洗濯物をたたむのは好きですが、それ以外は苦手です。紫外線が苦手なので干したり取り込んだりも大変に感じます。子供の上履きを洗う(手洗い)のも手間です。
料理
メニューを考えるのは好きなのですが、料理自体は得意ではないです。とはいえ毎日の食事作りの時間は良い気分転換になっています』。

各家庭で各人の様子は相当に異なるでしょうが、いずれこれらがホームメーカー、またはホームクリエーターとされる日が来ればいいと思うのです。どちらであっても男女の区別なく使われます。

個人の状況から全体構造を微調整する

経済学の視点で、人間の働きを見るというのは、どういうことでしょうか? 個人的な資質とか好み、感情はどのように影響するのか、あるいはしないのか? 日常くり返すことはあまり関与しないようですが、社会全体を経済学で見ることと、個人を身体科学や心理学でみることの接点、重なりをみることができます。

坪井賢一『経済思想史』(ダイヤモンド社,2015)にある論争が紹介されていました。
ベーム・バヴェルクは、マルクスの労働価値説(商品の価値を決定するのは、それに費やされる社会的、平均的な労働時間)に反対する論を展開しました。同じ労働量でも、見習い職人と熟練工の時間には差がある(等々)。
これに反論したヒルファーディングは、ベーム・バヴェルクの論旨は非社会的である。経済学の出発点を個人に置くのか、社会に置くのか——個人の欲望を考察するのは非歴史的であり、非社会的であるとしたのです。ベーム・バヴェルクの説は限界効用理論(⇒需要供給による価値決定)につながり、資本主義の本質的傾向とは無関係(等々)。
ベーム・バヴェルクは個人的事情、非社会的な個人の要因を基本にしたのに対して、ヒルファーディングは社会全体を見る視点が基本であると指摘したのです。私たちが日常関係している商品価格は、労働価値説に根をもちますが、個人の気持ちや必要性にも関係しています。日常生活においては、価値よりも価格が幅を効かしています。経済学におけるA.スミスやK.マルクスの労働価値説よりも、限界効用説で表わされる価格(変動する価格)の方がより多く議論の対象になります。しかし、商品価格・商品の価値の基本は社会的、平均的な労働時間が基本であり、日常みられる価格の変動はそれぞれの状況における表現とするのが正当であろうと思います。
商品の価値が社会的・平均的な労働時間により計られるとしても、個人的な需要・供給関係は無視できません。特別な理由がない限り、1個のパンはせいぜい数百円であり、100万円になりませんし、乗用車1台が千円で買えることはないのはこれで説明できます。
同じようにひきこもりの要因を個人の資質や生育環境によるとしても、その背景に高度経済成長を終えた歴史的・経済社会の状況なくして説明するのはバランスを欠くのです。ひきこもりの個人的な事情は医学や心理学などの非歴史的な分野から考えることができますが、社会現象にまでなったひきこもりの全体は歴史的に、経済社会の歴史的な変化から考えて把握できるものでしょう。

これを逆に表わす極端な歴史的事例を1つ挙げます。
猪木武徳『戦後世界経済史』(中公新書、2009年)に紹介された例です。
「在モスクワ日本大使館で浴室の器具の取り替えを頼んだところ、西側から取り寄せた最新式の器具取り付け作業には(従来のソ連製の場合とは違って)新たに特別の「ノルマ」の計測と設定が必要だという。ある日、朝から夕方まで、大使館の浴室の作業場に帳面を抱えたノルマ決定権者の女性が立ち、一種のテイラー流の「モーション・スタディー」で、作業者の仕事の進め具合を見つめ、標準労働量を計測・記録している。その間の作業者の手の動かし方はスローモーション撮影顔負けの緩慢さであった。ところが「ノルマ」が決定された後、次の日から実際の作業が行なわれたときの同じ作業者の動きは全く普通のスピードに戻っていたという。
労働者のこうした「計算ずくの行動」はある意味で合理的である。問題は、この「合理性」が社会全体のパイを大きくすることにはつながらず、小さなパイを奪い合うことだけに終始したことにある。社会主義計画経済には、個人的な「働きがい」というものが全く考慮されていなかった。努力を評価し報酬に結び付ける「非人格的な」市場のような装置が欠落していることが最大の、そして致命的な欠陥なのだ。この点について、多くの人が気付きながら、「平等」という大儀のためにその致命的欠陥を意図的に無視してきたのである。
この「働きがい」を引き出す装置の欠如は、製造業の現場で深刻な問題をもたらしたが、サービス業が産業構造の中で大きなウェィトを占め始めると、問題はさらに深刻になった。また経済全体のインフラが、社会主義経済では意外にも貧弱だったことも、生産の効率を阻害した」(p319-320)

もし労働価値説が、このような形式的な図式で計られるなら、評価できません。マルクス等が論拠とするのは市場を通して日常的に表われる現象の本質を見通したものです。ベトナムや中国において、市場原理が導入されたのは、ソ連型社会主義が崩壊する前からで、そういう背景理由が早期に知られていたからです。
この例で思い出すのは、私が20歳ころです。大学病院の外来事務窓口を担当していました。現代と違いコンピュータはなく、患者は処方箋などを持って窓口に並びます。窓口は10列あり、そこに並ぶ患者1人毎にかかる時間を計測します。事務台帳に記録し、料金計算をします。患者は次に料金支払い窓口に行き、さらに薬局に行くなど院内を動き回りました。
この状態を改善しよう、窓口に1人当たり何分並ぶのか…たぶんそういう検討がされていたのでしょう。ベテラン窓口担当者数人のところで、1人何分の事務処理に要するのか、ストップウオッチで計算をされていた記憶があります。
私は新米で調査対象にはなりませんでしたが、これは一種の労働時間の計測です。目標が限定される調査なら患者が窓口に並ぶ改善策の参考にはなるでしょう。

大きな問題、社会全体を評価するには、狭い限定的な計測によるのではなく、今日の「社会実験」「実証実験」の方がより実際的です。さらには経済社会の変化による判断が決め手になるのです。社会的・歴史的な視点からの大きな把握、全体構造を見るには、経済学を含む社会科学の見方が大事になります。
個人に即したその人の特性、そのときの気分や緊急性による個別の要件などは、社会的な全体構造のなかにおくことです。その個人が表現するものを、大きな社会構図と関連づけてみる、あるいはそれと対比して全体構造を通し、微調整を重ねることです。物価変動や個人の心身の状態に関してニュースや話題で私たちが日常接することの大部分はこの微調整の部分です。基本的な全体構造を見聞きするのは限られた機会にすぎません。

校内フリースクールの状況を教育委員会に尋ねる機会を提案

5月15日、かつしか子ども・若者応援ネットワークの参加団体による定例会が久しぶりに開かれました。ズームには参加していなかったし、リアル定例会なのでたぶん3年ぶりぐらいの参加です。
多くの議題がありました。昨年8月に葛飾区児童相談所が開設する前の説明会がよかったのを思い出し、1つの提案をしました。
文科省は昨年4月から校内フリースクールを全国的に勧めています。これは不登校生の増加(不登校の小・中学生は10年前の倍化)にどう対応すべきかを考える試行策になると思います。
葛飾区では中学生763名、小学生482名の不登校生がいるそうで、小学生の増加が目立ちます。不登校全体が増加し、しかも低年齢化しているようです。葛飾区内の校内フリースクールは中学校5校で行われているといいます。
校内フリースクールの試行は頭のなかで考える対応策ではなく、実際の対応になるので評価しますが、試行には肯定的なものも否定的なものも表れると予測できます。文科省はそこから参考実例集を作り広めていくのでしょう。
私の提案は葛飾区教育委員会に校内フリースクールの実施状況を聞く機会をつくってほしいというものです。実現できればいいと思います。
私への相談例では、不登校の悩み的なものに加えて、不登校生の将来の進路を尋ねられた例が印象的でした。学校の変化とともに学校以外の可能性も見渡して考えているのです。
適応指導教室の不登校対応に大きな成果がないと確認できること、学校内部に長期的にどう影響するのか見ていきたいと思います。

経済社会から問題を見ることとは——

ひきこもり経験者の集まる居場所にいて考えてきたことは、個人の心身や生活を見ることから社会全体を考えることでした。それとは反対に経済社会からそれぞれの個人を見ることは、動いている歴史のなかに個人をおいてみることになります。個人から社会を見るのか、社会から個人を見るのか、その総体において事態をより正確に理解できる気がしています。言い方をかえれば個人の医学・心理学の側から社会を見るのか、個人が生きている経済社会からそこに生活する個人を見るのかといえるでしょう。
そうするとときに相反することもあります。個人の状態からは都合がよく説明できても、全体の動きを反映しないこともあるし、全体の動きは理解できてもある個人にとっては不都合なこともあります。
そして私はこれまで、主にひきこもり経験者個人のところに身をおいて全体を見てきたわけです。経済社会から、または経済学から事態を見ることはこれまでとは反対の側から事態を見ることです。どちらの側から見ても一致する、おおむね同じと説明できることが多いはずですが、違うこともあるかもしれません。そこに新しい発見、新しい見方ができるかもしれません。たとえば——
社会全体の購買費が増えることが社会発展につながり、しいてはひきこもりの解消に向かうとしましょう。個人が生活防衛のために節約することは消費行動の面で相反することです。とくにひきこもり経験者の「お金はなるべく使わないようにする」生活態度は当然のことです。自分に稼ぐ手段をもたない、家族(親)から生活費や小遣いを遠慮がちに受け取っている生活をしているのですから。
ところでこのひきこもり生活者も含めて、あるいは節約生活を迫られる人たち(プアホワイトやシングルマザーなども含め)、収入が増えるのであれば、購買費はいくぶんなりとも増大するでしょう。
経済的な不況というのは、ぜい沢品の購入が減少するためではなく、生活必需品といわれる範囲の物品・サービスの購入を制限することによって生じることです。それはなかなか外見からはわからないことですが、ホームレスになる人はその先端部分として外に表われる部分でしょう。窃盗などの犯罪件数の増大と経済的困窮の増大にはある程度の相互関係が証明されていることも明記しておくべきことでしょう。
ひきこもり経験者は、悪事はきらいです。そういう状態にならないように日ごろから節約を重ねているのです。2000年前半に自殺者が年間3万人を超え、いまなお1万人を超えている状況は、ひきこもりに限らず日本人の犯罪には走らないという自制心と関係があると考えます。

ひきこもり誕生を社会的背景から説明(経済学の視点)

30年に及ぶ日本経済の低迷、それは社会全体の停滞のベースでした。この時期に私は不登校情報センターの看板を挙げ、主にひきこもりに関わってきました。社会状況とそれが個人に影響した両面に関わったのですが、始めた当初にはそういう意識はありませんでした。
大学の経済学部に中途半端に籍を置いただけで、この30年間にその経済学の視点から深く考えることはありませんでした。それがこの数年に両者の関係を結びつけて考えるようになりました。
時間的余裕ができたともいえますし、居場所の環境が大きく変わったことが考えられる条件になったのです。比較的かかわったひきこもり経験者たちは40代から50代になり、おおかたの状態が見えるようになったことも理由に挙げてもいいでしょう。
とはいえ、彼ら彼女らのなかには社会に入れないでいる人がいるのも確かです。参加とはいえ不十分のままの状態もいます。その事情を一部は個別的に比較的近しい関係のなかで学ぼうと思っていますし、他方では社会的背景との関係で大きくとらえたいという気持ちもあります。

1945年生まれの私は、大戦後の社会復興に向かう動きのなかで子ども時代をすごしました。60年代前後の中学・高校時代はとくに貧しい生活におかれましたが、社会の動きも私の気持ちも、自分が働けるようになればその状態から脱け出すことはできるという、かなり楽観的にすごした時期でした。日本の高度経済成長の時期がまさにこの時代でした。
ところが1995年に不登校情報センターを開いたところで集まってきた人たちは、この高度経済成長期という大きな社会変動の波にゆれる後に生まれた人たちでした。おそらく親世代との間に際立ったギャップを感じた人だったと思います。
集まってきた人の中心は20代であり、親世代との間にズレを強く感じる人たちだったと思います。もちろん個人差はありますが、繊細で優しく、控え目で遠慮勝ちという性格の人たちです。これが生来のものか、生育過程のなかで身についたのかはいろいろでしょうが、私のような楽観的な生き方ではありませんでした。
私は「来る者拒まず、去る者追わず」の姿勢で居場所を運営していたつもりでしたので、私のやり方が全員にマッチしていたとは思いません。それぞれの人の現実を認め、その人の手さぐりに役立つことができるように取り組んできたつもりです。うまく行ったかどうかは自分では判定できません。主観的にはある程度接点ができた人は200人以上300人以下と推測しています。
そのなかの数人とは、いまなお「それぞれの人が負ったマイナスの何か」を追いかけています。中断をおいたあるタイミングで私との関わりでそれが始まることが多いように思います。それが個人的な事情を改めて学ぶ始まりになります。

その一方で社会的背景から、全体的に考えてみようとする気持ちがこの数年強くなりました。その1つは2021年に『ひきこもり国語辞典』を発行し、個人事情を観察的現象に見る方向からの作業が一段落したことに関係します。時間的余裕に加えて精神的余裕ができたともいえるのです。
経済社会の面、というよりも経済学の面から「ひきこもり」を見ようと考えたのです。それはまだ途中です。参考になったのは社会学的視点からのひきこもり論が多く、必ずしも経済学的な説明ではありません。
そのなかで水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書、2014年)で、一言ひきこもりにふれていただけでした。
ただ水野さんの理論では資本主義はいずれ「定常経済」に向かう——封建制が成熟していた江戸時代のように成長ではなく安定した経済社会に向かう——という論を展開しており、これが現状をうまく説明しているのではないかと密かに納得したのです。現状の経済的低迷や格差などはその過程で生じるのではないかと思ったのです。私が好感を持った広井良典『ポスト資本主義』(岩波新書)でも「定常経済」を予測しています。
経済成長の必要性を強く感じるのではなく生活の困難や失業や格差などを関連させながらもそれぞれの社会問題、あるいは政治課題として対応する——うまくいく場合もあるしそうでない場合もあるけれども重ねていく——政府の経済政策は信用できないけれども、それぞれ重ねていけばよくなる、そう考えてきたと思います。
たとえば非正規雇用制度の増大にしても、世の中が大きく変わる時代にはどこでどう働くのかを固定しなくなる制度の面があり、生活保障などの面を政策的にカバーできれば、何とかなると思っていました。20代後半のひきこもり経験者が、急に週5日の勤務に就く負担を考えると、非正規雇用にはやりやすい面もある、そう考えることもありました。だから社会福祉の条件などを整えれば、何とかできるのではないか——そういう感じでした。

経済社会的な背景からひきこもり誕生を説明するとどうなるのか? 高度経済成長の後(1970年以降)、誕生した人が、ひきこもりの中心部分を占めます。その人たちが思春期を迎える80年代に不登校を経験した人、90年代に入ってひきこもりを経験した人——個人名では入れかわることもありますが、世代としてはこれが全体像です。
ひきこもりは90年代以降の日本の経済的停滞の時期に増大しました。高度な経済社会に到達した後の世代間のギャップがひきこもりを生むのです。新しい世代の時代感覚に沿った経済発展と活性化によりひきこもりは減少します。もちろん個人的事情がありますが、これが全体構造図といえるでしょう。90年代以降の世代による社会福祉政策、身心と健康を守る政策により新しい機会をつくり、ひきこもり経験者が平穏に生活できる社会になるのです。これがひきこもりをなくしていく基本方向になるでしょう。すでにひきこもりを経験した人にはそれに対応するいろいろな対応手段が必要になります。それはさまざまな社会問題、社会課題に共通することになるでしょう。

無償の家事労働を評価する仕方を考える

*会報『ひきこもり居場所たより』5月号に載せたものを加筆しました。
私が関わりをもったひきこもりの人には祖父母などの介護役が少なからずいます。事情は親から聞くことが多いのですが、実に適任・適役と思うことは多いです。丁寧で的確で優しい介護です。私は以前にその1人に介護職についてはどうかと話したことがあります。そのときの答えは「いろんな人には無理」という返事でした。その人にとっては完璧にしかできないのでそういう答えになるのだろうと思いました。
カウンセラーの松村さんと話していたら、同じように考えているらしくて、しかももう少し進んでいました。この人たちが介護の資格を取れば、介護保険の対象となり仕事になるのではないかというのです。介護サービスとして保険支払いを受けるのです。
介護職の保険制度や実務をよく知らないのでここからのことは不十分であいまいな内容になります。介護には施設介護、訪問介護の違いがあります。自分の祖父母を介護するのは自宅介護(?)になり、これは施設外の介護であり、訪問介護の1種かもしれません。
これはちょっとしたヒントです。自宅介護を訪問介護と同一のものか、それに準じると考えるのです。有資格者の訪問介護は社会的なサービスとして保険料金が決められています。自分の祖父母等への介護をしている人が有資格者になれば、介護保険の適応が導入できるのではないか? 言い換えれば自宅介護サービスと訪問介護サービスの基準を同じに考えられるのではないか。松村さんはそれを考えたようです。飛躍もありますが、合理的な面もあります。
これは考え方であり、そのまま実務的に扱えないにしても1つの参考になります。

私が関わった人に両親と子ども2人の家族に人がいました。2人の子どものうち1人に身体障害があり、その人は子ども時代から母親を手伝ってきょうだいのその子の看護・介護を続けてきました。今日のヤングケアラー状態で長い間、社会との接点が限られ、やさしい性格と相まって〝準ひきこもり〟的な体験者として居場所に来ていました。
障害者の子は医療機関に継続してかかわりましたが普段は自宅におり、お母さんは1日24時間つきっきりでした。夜間にも数時間ごとに体位の変更が必要で、そのお母さんを手伝ってきたのです。身体障害の子どもには障害者手当は出ていたのですが、お母さんと手伝いの介護は無償の家事サービスのままです。
*ヤングケアラーもまた今日の重要な社会問題で、体験者は社会的なハンデイをもって社会に入ります。
私はこの障害者手当には親と手伝いの人の介護手当がプラスされてもいいと考えてきました。これも考え方であり、そのまま実務的には扱えませんが理由は十分にあると思います。

高齢者の介護が20世紀末から大きな社会問題になり、新たに介護保険制度ができ、また介護施設も多くなりました。家庭内の高齢者介護では対応できなくなった現実を何とかしようとした結果です。到達状況は十分とは言えないようですが、制度ができ運用改善を社会保障の一環として進めることになります。
高齢者の介護以外に、対人的な家事労働に子育て(保育)が先行しています。障害者への対応も家族内だけでは困難であり、各種の障害者施設や訪問対応も家族内の対応も積み重ねられて今日に至っています。さらにさかのぼると明治のころに学校ができたのも子どもの教育を社会的な課題として実現したことです。
以前はこれらの全部が家庭内で行われてきました。それが家事労働(=家事サービス)であり、社会的分業ができていない時期には無償でした。家庭外に施設(保育所・幼稚園、学校、障害者施設、介護施設)ができ、家庭外に社会化されるとともに専門的・職業的な対応が進みました。このような社会的分業により、それぞれの価値評価が生まれ、無償を抜け出したのです。
そう進んでくると今度は無償とされていた家事労働に跳ね返ってその評価が問われる時代になりました。家族外では同じ労働が価値評価されるのに、家族内では無償になる、という対照が明瞭になったのです。
家庭内の子育てと保育所での子育ては同じではありません。家庭内の介護と施設での介護も同じではありません。何が同じで何が違うのかを精密に書き分けることはできませんが、親密さの濃度や夜間を含む時間の長さが関係するのは確かでしょう。しかし、個別差も大きく関係するので結論的な意見は慎重に扱うしかなく簡単に書けません。
しかも家庭内の子育てや介護の役割の重要性は少しも下がりません。核家族の状態で母親がひとり子育てに関わるワンオペの状態は安定性が不十分であり、施設や訪問による外部援助サービスが家庭内の負担を軽減することは確かなことです。他方では保育園や介護施設で幼児や高齢者が家族外の人と接する機会は、核家族している現在においては貴重なものです。

太古の昔はこれら全てが基本的に家事労働であり、全ての労働は認められていたがゆえに、特定の価値評価は必要なかったのです。生産活動は食糧確保(生産・採取)も、運搬も、食事づくりも衣類の製作も大きな家族集団(数百人を含む世帯も珍しくはなかった)の内側で行われました。
それが個人差による特定分野の得手・不得手から始まる役割分担は長い時間を経過するなかで、分担から分業に進みました。これはその時代における生産性の向上になりました。
分業が家族外に進み、大家族と大家族の接点でやり取りが始まるときに、社会的な評価に基づく交換が生まれ、交換価値が発生します。しかしその時期になっても家族内の家事労働には社会的な評価に基づく交換価値は生まれません。こういう事情は徐々に進んだのです。家事労働の担い手はほとんどが女性によって行われていたために、女性の社会的地位は低くなりました。
すでに19世紀にF.エンゲルスはこれを「母権制の転覆は、女性の世界史的な敗北」と評しました。太古の女性は男性と並んで労働に従事する一方、家族の血統の正しい伝達者であることと相まって尊敬を受け、女性優位の社会であったと説明した(多くの証言や研究を読み解いた)なかの言葉です。家族内の仕事が分担から分業に、さらに社会的な分業になると生産性が向上します。徐々に階級関係が生まれ、家事労働は主に女性の役割になり、女性優位の社会から男性優位の社会になった事情をエンゲルスは表現したのです。
エンゲルスは両性の平等が実現するのは、資本主義社会が発達したその先に経済面でも実現の基盤ができると予言しているのです。
*エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』は私の愛読書でもあり、私はエンゲルスのファンとしてこの部分を大胆に意訳しています。エンゲルスのこの言葉は不当とは言えないまでも、適切に引用されず読み違いされそうな場合があります。また「母権制」とは便宜的に使ったものです。

ようやく20世紀末から沸き起こったジェンダーの平等の動きは、男性を含む全ての人の本質的な平等を求める動きでもありました。その機運の中で、無償とされる家事労働の役割に改めて目が向けられています。そこから出発してさらに国民の豊かさを計る尺度、例えばGDP(国内総生産)に含まれないいろいろな活動があるとわかりました。国民の豊かさのなかに家事労働が含まれないゆがみともいえる不合理が明るみになったのです。
そうはいってもどういう尺度を持ってくればいいのか。無償とされるのではなく「とても大事で欠かせない」・「生存に必要なエッセンシャルワーク」であるから正当な評価を加えるべきだといっても簡単ではありません。
国民全体にとっての内容の深さや規模をどのように表わしていけばいいのか。私はえらい課題を手にしてたじろいでいるこのごろです。そんなところに松村さんから身近な家族介護をしている人が資格を取って介護保険の適応を受けられるようにできないかという発想を聞きました。ヤングケアラーの経験者として自宅で障害者のきょうだいの介護を手伝っている人の場合を考えたことがあるのも思い出しました。
*私のブログ「ひきこもり居場所だより」はこのところこのテーマに関するいろいろな面を書き続けています。関心のある人は、わかりづらいとは思いますが、のぞいてみてください。また読者の皆さんから身近な実例から感想などを寄せてもらえれば参考にしたいと思います。エンゲルスは古代における家事労働にさえ言及しています。それらにも触れていく予定です。
  ブログ「ひきこもり居場所だより」http://www.futoko.info/zwp1/

公共サービスとその周辺

サービス産業とは物品の生産に関わる第一次産業(農林漁業)と第二次産業(製造業・建設業)以外の第三の産業分類、第三次産業です。就業者の構成でも、国民総生産GNPでも過半ないしは3分の2以上を占めるのが先進国と言えます。日本は高度経済成長期の終わりごろ(1970年代初め)にこの状態になりました。第三次産業には古くからの商業・貿易があります。産業革命(工業化)にともない金融、教育、医療などが発展し広がりました。現代では放送、スポーツ、芸能、情報、観光・旅行に大きな成長があります。これらの全部が第三次産業(サービス産業)です。
サービス業とはそのサービス産業の一部です。岡田康司さんはサービス業を事業所向け、個人向けと並ぶ第3の分類として公共サービスを考えました。
そのサービス産業のうちの狭義のサービス業にふみ込みます。2種類の大百科事典でサービス産業について執筆した岡田康司さんは、それを狭義のサービス業の説明に代えました。そして1980年代後半の日本の到達状態に関わって執筆しました。
ここで「公共サービス」と新しく提示されましたが、これは従来の行政サービス(行政事務)に含まれます。税務、警察、軍事、所有・財産確認、戸籍など古くから続いてきたことに加えて、近代になってからは議会、裁判(司法)なども加わり行政サービスという言葉より「統治」というのがよさそうに思います。
岡田康司さんは2つの大事典のうち公共サービスにはTBSブリタニカ版で2行ふれただけです。サービス業のうち公共サービスは、その当時は今日ほどには開花していなかったのが関係すると思います。それでも「行政サービス」や「統治」に含めなかったのはよかったと思います。
1990年以降の社会状況、日本におけるバブル経済の崩壊につづく長期低迷の社会経済状況のなかで、それは社会福祉や個人の尊重に関わる分野が多く、一部は確かに「行政サービス」に重なるのですが、私には独自に分類する積極的な意味を感じます。自治体等の公共サービスと関わって家事労働が家庭の外に広がり、大きくなった状態があるからです。こうして公共サービスは大きく広がりました。それは就業者数においても、GDPの割合においても大きくなったのです。
この公共サービスの全体を要領よくまとめ上げる条件、能力、時間、環境…は私には至難の技です。私はひきこもりに関わる社会問題にかかわってきた経験からそれを広げて考えることができるだけです。
多くのばあいこうなります。
(A)ある社会問題の発生⇒(B)当事者と周辺の人における取り組みの始まり⇒(C)社会運動の始まりと自治体・行政部門の関与⇒(D)法制度の設立⇒(E)法制度に基づく全国的対応——。すべてがこの順に動くわけではなく、ものによっては順序が逆になる場合もあります。もう一つの性格は、隣接する社会問題が作用し合い、重なることです。
例えば不登校(登校拒否)を挙げましょう。1980年代に入り思春期の子どもに不登校が広がりました。初期は「困った事態の発生」であったと思います。親の会が生まれました。それを応援する相談室や学習塾(フリースクール)がそれを「困った事態」と単純に評価せずに、子どもの側に立って周りを見渡しました。それは学校という制度の壁であり、家庭内の状況の把握であり、社会全体を考える方向に行きました。
他方では教育行政(教育委員会、当時の文部省)に届きました。文部省は適応指導制度を発意し(民間のフリースクールを参考にしたのでしょう)、2000年代に入り大検(大学入学資格検定)を高卒認定制度に変えました。民間(社会)では通信制高校とそのサポート校が広がりました。制度面では高校卒業に必要な単位数を74単位に下げました。公立高校では昼間定時制高校を設立し、原則4年制の定時制・通信制課程を3年間で終えられるようにしました(3修制)。他には不登校特例校、特別支援学校(学級)として受け皿をつくりました。
これらを経済面でみると就業者(教職員数、各校の相談員など)が増加することになります。ここには発達障害の知見の広がりや過疎地対策(山村留学特例校、自治体支援の私立通信制高校の設立)など隣接する社会問題と重なるものが見られます。
発達障害(2005年の発達障害者支援法)も不登校を考えるときに欠かせない要件です。いじめ(2014年のいじめ防止対策推進法)、子どもの虐待(2001年の児童虐待の防止等に関する法律)なども関係します。これらの社会問題に取り組む民間の働きを支えるためにNPO法(1999年の特定非営利活動促進法)や一般社団法人(2007年の一般社団法人及び一般財団法人に関する法律)が用意され、またそれらの改正法が続きました。
以上は公共サービスのなかの「子どもと教育」に関する小項目(?)について考えたことですが、これに発達障害を含む障害者、家族の変化(核家族、少子化、高齢化、未婚成人、シングルマザー)、格差社会の進行(生活困窮者、ホームレス、孤立・孤独)、社会参加と就労(対人関係、失業、職業訓練、職業紹介)、都市農村の格差(過密過疎、住宅、交通)、自治体の役割(福祉部門、保健所、社会福祉協議会)、外国人、アイヌ、LGBTs(性的少数者)の角度からも考えることが公共サービスの内容になります。
不登校情報センターでサイト制作を続けているのは、これらのうちの学校・団体と公共機関の所在と動きに関することが中心になります。それは、バランスがとれているわけでも十分でもありません。それでも、ひとまず問題の一端を書き始めることができました。

家事サービスの外注(社会化)と周辺

家事労働の社会化と社会状況(結婚減・少子化・高齢化、雇用における非正規社員の激増)の大きな変化の始まりである1990年ごろのサービス業の変化を見ます。

サービス業の種類(分類)をTBSブリタニカ版で岡田康司さんは詳しく紹介しています。ここでも岡田さんはサービス産業全体ではなくサービス業の範囲を述べています。1995年発行の時点では第三のサービス業のうちの公共サービスの記述はあまりなく、問題の所在を指摘するだけです。

分類は中分類と小分類に分けられ、中分類には情報サービス、ビジネス向けサービス、家庭向けサービス、運輸サービス、小売・飲食・リースの5項目があります。私がめざす部分は対人ケアワークであり、それは主に家庭向けサービスに関係します。その紹介の全文を紹介します。家事代行など6項目が小分類にあたります。

「家庭向けサービス

女性の社会進出、就労機会の増加を背景として、従来、家庭内で行われていた掃除、洗濯、料理、育児などの家事労働が家庭外にゆだねられる傾向にある。家事代行業や介護サービスといった新しいサービス、ビジネスが生れている。

家事代行業  共働き夫婦の増加、外出する主婦の増加という社会現象を受けて、これまで国民総生産(GNP)に反映されなかった家事がビジネスとして注目されている。

家事代行業とは、家の清掃、買物、留守番からペットの世話、草取りといった家事周辺の業務を代行するもので挨拶状の代筆、印鑑証明の受取りといった特殊な注文にも応じる。

既婚女性のうち職業をもつ人の割合は、1990(平成2)年に3人に1人を数え、家事代行サービスに対する潜在的な需要はきわめて大きく、今後拡大が期待されるビジネスである。現在のところ注文をこなすだけの人手が不足し、需要に供給が追いつかないのが実情のようである。

ベビーシッター・サービス  親が留守の間、子供の世話をする人を個々の家に直接派遣するサービス。欧米では長い歴史をもち、学生のアルバイトとしても定着している。日本においても、女性の社会進出や核家族化などを背景に、近年利用者が急増している。子供の世話だけでなく、家庭教師役も兼ねるものなどサービスの内容はさまざまである。

現在、シッター派遣を法人として手がけているのは100社に上るが、主婦や学生が集り、電話1本で事業を行なっている個人営業的なところも多く、事業規模などは定かでない。

ホームパーティ出張サービス  パーティなどに出張し、その場で調理した料理を提供するビジネス。盛りつけやテーブルセッティング、会場づくりなども演出する。家庭向けだけでなく、企業向けもある。市場規模は800億円といわれ、外食産業はもとより百貨店、スーパー、食品メーカーなど異業種からの参入が相次いでいる。それに伴い、サービスの内容も多様化し、ピアニストなどの演奏家の派遣サービスをオプションとして提供する業者もいる。

在宅ケア・サービス  自宅で生活する高齢者や障害者に提供される介護や家事援助を中心としたサービス。核家族化の進展などにより、家庭におけるそれらの機能が低下してきていることから、在宅の寝たきり老人などに対し、身のまわりの世話や食事などのサービスを行う民間事業者がふえてきている。

事業者は現在のところ、資本金500万円未満、従業員100人未満の企業が多く、事業規模もまだ小さいものである。シルバー・ビジネスはその性格上、行政施策とは切り離せないものであり、むずかしい面もあるが、高齢化社会の到来に向けて、その成長性が期待されるビジネスである。

学習塾  小・中学生を対象に、学校で習う国語、数学(算数)、理科、社会、英語の補習または、中学・高校進学のための受験指導を行う教育機関のことである。市場規模は約6000億円、全国で四万ヵ所近い塾があり、450万人もの生徒が通っている。

学習塾業界は、経済の高度成長による家計所得の増加、第二次ベビーブームなどを背景に大きく成長し、その後も順調に成長を続けたが、今後は出生率の低下により生残りの時代に入っていくと予想される。

カルチャーセンター  自己啓発、レジャー能力の開発をねらいとした講座を有料で提供するサービス。1948(昭和23)年、阪急百貨店が「阪急婦人文化教室」の名称で5つの講座を開設したのが始まりといわれる。現在、カルチャービジネスには百貨店、新聞社、放送局など各種業界からの参入がみられる。

カルチャーセンター利用者は、OLと主婦そして中高年の男性が中心となっている。この3つの層は、時間的にも経済的にも比較的恵まれており、学習意欲はあるが、学校教育、企業内教育とは無縁あるいはそれだけでは満足できない状況にある。

OLについては、語学、ジャズダンス、テニス、ダイビングなどのスポーツや結婚のための習いごとなどにニーズがある。一方、子離れした主婦については、趣味を通じたグループ活動、生きがい発見などのプログラム、また中高年男性については、定年後をどのようにして過すかなどの動機から、生涯学習に関連したプログラムに人気がある。」『ブリタニカ国際大百科事典』(第7巻、1995年7月第3版初刷、TBSブリタニカ p813)

以上のうち家事代行業、在宅ケアサービスが特に関係します。学習塾は従来から存続していることですが、説明に保育が含まれないのは学校と同じく、サービス産業(第三次産業)の1つに格上げされているためでしょう。

家の清掃などは家電製品の開発普及により絶対量はかなり軽減していると思います。洗濯(クリーニング、コインランドリー)は実質的な家事の外注(社会化)です。在宅ケアサービスは家庭内の高齢者の増大と結びつくものですが、「公共サービス」の面から見たいと思います。介護施設はいずれ学校、保育所と並びサービス産業の一部に格上げされるでしょう。

ここには引用していませんが中分類「情報サービス」の1つ「結婚情報サービス」は、女性の就業率の増大や自立性の高まりと合わせた社会状況とインターネット普及が関係します。

中分類「ビジネス向けサービス」の「人材派遣業」は、90年代以降の規制緩和による非正規雇用の増大と職業紹介の民間開放という政策転換によるものです。1970年代半ばに始まり、2020年には全就業人口の40%に達しています。これは日本における就業・雇用状態の大変化であり、不安定な就業、不安定な生活条件のもとになっています。

同じ中分類の中に「ストレス解消ビジネス」があります。「医療と異なる立場で物理療法や心理療法を用いてストレス解消をねらっている企業が多い」とされます。カウンセリングルーム(心理相談室)はその代表です。大事典では「ストレス解消」「気分転換」などと書かれていますが、それ以上の役割を受け持っています。

1980年後半に出現したフリースクールは小分類「学習塾」の新型とみることもできます。フリースクール、カウンセリングルームに並行して生まれた不登校親の会がありますが、これらを含めて、サービス業の第三「公共サービス」のところで改めて見ていくことにします。

1990年代以降(バブル経済崩壊以降)の社会状況は、自治体と政府の施策に大きな影響をしています。岡田康司さんの記述はそれ以前の状況を書いたものです。「公共サービス」というサービス業で改めて見るのが妥当でしょう。

サービス産業のなかのサービス業

サービス産業(第三次産業)に関する本を探しましたが、適当な本がありません。商業を始め放送、教育、医療、芸能、スポーツなど、第一次、第二次産業以外は全てサービス産業に含まれるので、数千円する専門書が出版されていますが、それを入手しても利用頻度はごく限られます。地元の図書館で職員に手伝ってもらいましたが適当なものはありません。

閲覧コーナーの机の横に十数巻になる百科事典があり、これを頼ることにしました。この図書館では2点です。『世界大百科事典』(の11巻,2007年改訂新版;平凡社)と、『ブリタニカ国際大百科事典』(の第7巻,1990年第3刷初版;TBSブリタニカ)です。

「サービス産業」の項目をみると、両事典とも執筆者は岡田康司さんです。1980年代までの事情を書いたものでしょう。岡田さんは一部重なりますが、平凡社版もTBSブリタニカ版を基本的に書き分けています。しかし説明内容は「サービス産業」ではなく「サービス業」です。別項目として「第三次産業」は平凡社版にもTBSブリタニカ版にもなくこれを「サービス産業」項目に当てています。

私のめざすところは「サービス産業」のなかの「サービス業」ですから支障はないのですが、百科事典としては2典とも問題があります。

サービス産業の範囲は上に書きましたが、例えば金融・保険・株式、行政・警察・自衛隊、宗教なども経済活動の面から見ればサービス産業に入ります。賭博・詐欺・窃盗…による収入もこれに入ります。最後の違法3種はともかくサービス産業はかなり広い分野に及びます。

そういうなかで「サービス産業」における「サービス業」が、この数十年間に広がりました。岡田さんは「サービス業」が経済活動で増加した理由をこう説明しています。

「【経済に占める比重増加の要因】このように経済に占めるサービス業の比重が増大する要因は、次の諸点である。

第1は、主として対事業所サービス業に関する要因で、生産部門における変化である。産業発展の初期段階では、知識労働はそれほど大きな比重を占めるものではなく、直接生産工程に多くの労働力を投入する人海戦術をとるが、やがて各種の専用機、NC機械、マシニングセンター、ロボットなどの自動化機械や、コンピューターによる工程管理が導入され、機械が直接労働に代わっていく。

それと同時に生産管理、在庫管理、機械の設計、あるいは製品の開発のための市場調査、企画などの間接部門に知識労働の役割が高まってくる。こうして知識労働、つまりサービス労働が広がるにつれて、それらの知識労働は専門化し、同時に社会的分業の輪が広がることとなり、直接物の生産にたずさわらない技術サービス、製品企画、販売、企画などの代行業が増え、市場規模を拡大する。対事業所サービスは、こうして進展していく。

第2は、おもに対個人サービス業に関する要因で、消費の質の変化に対応する。経済発展とともに、家計における高所得化が進み、飲食費をはじめとする生活における基礎的・必需的支出のウェイトは低下する一方、教育・娯楽費、交際費などの非日常的・選択的支出の比重が高まる。〈衣食足りて礼節を知る〉の言葉どおり、生活の維持というような基本的欲求が満たされればより高度な生活をしたいと願うのは、人間として当然な消費パターンであろう。こうして変化する家計消費は、ゆとりを生み、飲食、住居、理美容、クリーニング、保育、老人ホームなどの従来からある対個人サービスに加えて、余暇を生かすためのホビー、スポーツ、学習、家事省力化のための外食、そうざい、宅配、便利屋(よろず引受業)、合理的な生活のためのレンタル、通信販売、不動産や求人の仲介、といった多彩なサービス業務に向かい、対個人サービス業の市場規模を大きくしている」(『世界大百科事典』第11巻p341)。

平凡社版ではこの2点指摘していますが、TBSブリタニカ版では3点目に「公共サービス」として2行だけ書かれています。「第三は、社会福祉、社会保険といった公共サービスにかかわるもの」としています。90年代以降今日まで特徴的に増大したのはこの第3の「公共サービス」タイプのサービス業です

日本社会における従来型家族の変化、少子化、高齢化、就業条件の変化にともなう社会問題の増大・複雑化に対して、とくに自治体が関与せざるを得なくなり「公共サービス」が増えました。全国の自治体はそれぞれに工夫を始めましたが、すぐに政府がその基準を示さざるを得なくなりました日本社会30年の停滞の付随事項ともいえるのです。

第1点の「対事業所サービス」、第2点の「対個人サービス」は、「サービス業」の分類で紹介します。