アンケート調査と政策立案の外野席観客として

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 カーツワイルはAI(人工知能)が発展し、情報が集積すると感情が生まれると言いました。見事な弁証法と言いたいところですが、見事な詭弁でしょう。 人は(動物も)感覚器を備えています。感覚器で外部情報を収集し、神経系と脳をつくりだしました。それが感情を生み出し、思考能力を生み出しました。AIによる情報集積は(少なくとも現在は)感覚器によるものとは違います。物理的または数学的な方法でしょう。だからカーツワイルのこの説は成り立たないのです。

AIはビッグデータという大量の情報を処理できる装置になりました。それによって何かの超能力を手に入れるとでも思うかもしれませんが、感覚や感情・思考を介さない一線をこえてはいません。

以前にある学生が、不登校生からアンケートを集めてそれを基に論文を書きたいと言ってきたことがあります。「直接に不登校の体験者から聞いてみないのか」と問うと、「それでは個人的なことに限定され全体が見えない」と答えました。一理ありますが、ここに情報と感情・思考の関係がすでに表れています。 両方必要ですが、学生には「個人的なもの」をよく聞いて、共感を得るほうに重点を置いてほしいと思いました。

行政機関がアンケートにより住民の関心を集約しています。それに沿って何かの政策を立案します。数は少なくても住民の直接の声を聞いていない数字での判断はそこに危険性・自己満足を感じます。個人的な恣意性を加えない気持ちは理解したいのですが、生の人間の経験や感覚を取り入れないものは無味乾燥、ときに逆効果になるかもと心配です。

これらは私の反省でもあります。意識しないアスペルガー症候群(自己診断)の人間として、公平や客観性を重視して生きてきた私の最大弱点が人間の感情音痴という点です。 それに気づいたころから、人の直接の意見を聞かないで身の周りのことに何らかの判断をするのはやめています。まだその途上にいるのですが、それ以外のことも欠けています。世の中は広いので多くのことが発生し、直接の意見を聞けることは限られます。公平や客観性は大事だとは思いますが、強引にならないように気を付けているつもりです。

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