会報8月号で『ひきこもり国語辞典』の追加語募集

 会報8月号をつくりました。明日発送です。 最終ページ『ひきこもり国語辞典』の追加語を募集しています。次の言葉を説明したいのですが、思い当たる逸話などがあればお願いします。 現在313語が載っていて400語ぐらいにしたいです。3名の方からその追加語を送られてきました。このまま掲載してもいいと思えるものもあります。また私にはよくイメージできないのもあります。特にその言葉に伴うエピソードがないものやもう少し何かがほしいものです。それらを並べてみます。連想ゲームみたいにそれならこれはどうか、と心当たりのある方から返事を待っています。すでに掲載されている言葉であっても、それを変える話でもいいでしょう。 五十音順に並べました。60語ぐらいあります。それぞれの思いつく言葉をくわえていくと400語も夢じゃないです! 挿絵(カット絵)、ストリー漫画、4コマ漫画も募集。

アイコンタクト、アスペルガー、アダルトチルドレンの本、あの人、天照大神、石の上にも(三年・六か月)、いじめた人、いじめのツケ、イラスト、生まれた町、海、家族のある孤児、家族がテーマ(歌・CM)、借りてきた猫(症候群)、借りてきた猫の手、下駄、懸賞、国語の時間、 サイキックアタック、三年寝太郎、資格・検定、自分が消える、女性の(多い)職場、正社員(派遣、バイト)、少し離れる(離れたところ)、精神年齢、掃除の仕事、相談しない、 体育の時間、長髪(女子)、通帳、店員カルマ、トイレに行く、投稿、友達(が1人)、友達の誕生日、何もしてくれない、二十五時、ニッポニア・ニッポニア・ニッポン、ネコ(になりたい)、 バイト、派遣、話しかけること、母、美術の時間、ひとりっこ、一人で出来る仕事、病院、風土病、方向音痴、暴力、 ミイラ取りがミイラになる、向き合って坐る、もう大人(なんだから)、夢を失う、よけいな一言、ランチタイム、リサイクル屋、リスクテイカ⇒ひきこもり

表紙ページを紹介します。 <今月号のエッセイは「ひきこもりの医学的な解明を期待します」です。ある医師への手紙のコピーですが90%以上は手紙の原文のままです。 あわせて「居場所を社会的治療の場として定義する試み」―これはある臨床心理士へのメールでの質問と、その方のコメントです。居場所の役割を見直すつもりで書いたものです。 これに先月号に書いた「自治体のひきこもり支援は相談から居場所へ」を合わせると、私の考えるひきこもり対応の全体像が見えてくると思います。 しかし、今回の医学的な解明はまだ先は長いし、自治体への要望も全然です。あきらめずに進んでいくつもりです。

8月の大人のひきこもり相談会 8月18日(日)13:00~15:00 会場は江戸川区平井コミュニティ会館。参加費は500円、当事者は無料。事前連絡をいただけるとありがたいです。 盆休み明けになります。お待ちしています。会場図を掲載できませんでしたので、初めての方は事前に連絡ください(先月の会報などに会場図はあります)。>

中日2か国のバイリンガルになる子ども

 天丼屋さんに入りスタンド席に座りました。注文をして待っている間に隣の席に男の子を連れたお母さんが来ました。小学生くらいで座るとさっそく、小型画像を取り出して見始めました。お母さんがその子に声をかけたのですが、日本語ではなくたぶん中国語です。男の子は日本語と中国語を交えたような受け答えです。私のほうは〔?〕です。

隣に座ったお母さんに尋ねました。「中国からですか?」。「そうです」。「中国のどのあたりですか?」。「福建省」。「福州あたり?」…地理オタクの私はかなり細かく聞く癖があります。そうしたらお母さんは私の日本語がうまく聞き取れないか、言う意味が解らないのか、子どもに向かって代わりに話すように促してきました。子どもは「南の方」とこちらは日本語がよくわかるようです。 そこで話を変えました。お母さんに「学校は日本の学校ですか?」と聞くと、子どもが「そう、4年生」と答えてくれました。

日本語の熟達が低いお母さんと子どもの話を総合すると次のことがわかりました。中国で子どもは生まれた。2年ほど前から家族で日本に来ている。子どもは日本の小学校に通っている。学校で日本語が話せるようになったが、家族は中国語で話す。子どもが一時、どちらの言葉なのかを混乱する時期があった。 いまは安定していて、言葉の面でお母さんは子どもに助けられている。「でも母国語は中国語なので、その上での日本語ですよね」というと、お母さんは深くうなずいてくれました。そして「上のお姉さん(大学生)は両方できるようになったので、この子もそうなると思う」。なるほど、中日2か国のバイリンガルです。子どもが小さいときは、日本語に割とすぐなじめます。むしろ大人がたいへんですね。それと母国語を身につける意味が薄れないようにする点も大事でしょうね。

スクールガイド本は600校ぐらいの見通し

 『不登校・中退生のためのスクールガイド』の編集作業がかなり進みました。先日担当編集者の送った報告の一部です。

8割から9割程度の入力は済んでいますが、ページアップのイメージできません。 試しに愛知県の原稿を送りますので、どのようになるかをみてください。これでページ数はどれくらいになるかがわかれば、全体の見当がつきます。 前にもらったページ見本をかなり変えなくてはならないかもしれません。 (1) スクール数は600ぐらいかも。理由はいくつかありますが、おおよその現状を示しています。 (2) 送った原稿は粗原稿レベルで、いろいろなところを揃えなくてはなりません。入力を優先しています。

この他、いろいろな説明文の準備も始めました。技能連携校、自主夜間中学、発達障害生の受け入れ、高卒認定資格合格を単位認定する制度、就学支援金…などです。

夜道に自転車の通路を開けてくれた4人の若者

 夜10時ころ自転車で移動していました。しばらく進むと、前方7~80メートルあたりに自転車が4台並んでいるのが見えます。若い男4人が話しながらゆっくり進んでいるようです。こちらはそう早いわけではないですが徐々に近づきます。

10メートルぐらいまで近づいたとき、1人が私に気づいて、仲間に何かを話しかけました。中央の2台が左右に寄って道を開けてくれました。通過するとき「すみません」というような声が聞こえました。私は「どうも…」というあまり意味をなさない言葉をつぶやいて、開けてもらった道を通り過ぎました。ベルを鳴らすまでもなかったこと、そして何かいい感じでしたね。

2本の居場所論を掲載

 居場所に関する2つの文書を掲載しました。松田武己のエッセイを集めたページ(五十田猛・論文とエッセイ)です。

6月9日のブログ「居場所を社会的治療の場として定義する試み」とこれを送った臨床心理士さんのコメントと一緒に掲載しました。 http://ur0.work/w2To

会報『ひきこもり居場所だより』7月号に書いた「自治体のひきこもり支援は相談から居場所へ」も少し加筆して掲載しました。 http://ur0.work/oRmw

かつしか進路フェア実行委に出席

 かつしか進路フェアの実行委員会が開かれ出席しました。総勢40人以上が参加する準備会で8月3日のフェア当日は3000名(昨年実績)を超えると予測できそうです。会場校になる南葛飾高校の副校長が締めのあいさつで「この趣旨の進路フェアに相談コーナーが設けられ今日の社会問題になっている不登校に対応しようとしているのに強い印象を受けた」という意味の話をしました。相談コーナーはここまで前進しました。

よく準備された議案に基づき2時間たらずの間に、細かく具体的に決めていきます。この中で私が直接に関係するのが2点あります。寄宿寮のある高校のブース参加はかないませんでしたが、来年以降の検討事項になった点、それらを含めて数校に資料参加を呼びかける役割をもらったことがその1。

当日の参加者に配る案内資料に昨年に続き「不登校・中退生のための高校案内」を書きました。この場で、これは私の個人的な理解によるので読んでいただきわかりづらい点などの意見を聞きたいと話しました。この文書への意見聴取の機会をはじめて得たことがその2です。

内容からして「高校案内」よりも「進路案内」にした方がいいという意見が出され、確かにその通りだと思いました。また高卒認定試験に関して「一部の自治体では高卒資格のない人が高卒認定資格を取れるように学習援助を始めました」と今年は書き加えたのですが、出席の一人がそこを確かめに来ました。実行委員会メンバーにそこに関心を持つ人もいる、おそらくそういう人と接点があるのだとわかりました。これも嬉しかったです。

会報のエッセイは「ひきこもり支援は相談から居場所へ」

 会報『ひきこもり居場所だより』7月号を作成しました。今はとにかく忙しいので、それに重なったので特に大変でした。明日には発送できると思います。エッセイ以外の部分を掲載します。エッセイも該当個所に掲載する予定ですが、日をおいて読み返してみてからにします。今回はやや文字数の多いものになりました。

今回の「自治体のひきこもり支援…」を元に働きかけを考える 今月号に書いたエッセイは「自治体のひきこもり支援は相談から居場所へ」です。これまでの集大成的なものですが、まだ完成ではありません。たぶん自分一人では完成できないと思います。 これを元に働きかける相手先を探します。頭に浮かぶのは新江戸川区長です。2年ほど前の福祉部長だったときに顔を合わせたことがある方です。どうなるのかはわかりませんが、話せば何らかのことは通じるものと予測しています。 来年は東京都知事と再来年の都議会議員の選挙があります。そこを想定して何らかの働きかけも考えたいのですが、その判断に迷っています。より確かなものをもって働きかけをしたいからです。いずれにしてもそういう場において考えていただかなくてはならないことは確かです。 他にも働きかけ先を検討中です。今回のエッセイをたたき台にして意見交換できればいいからです。

7月の大人のひきこもり相談会 7月14日(日)14:00~15:00 会場は江戸川区平井コミュニティ会館。参加費は500円、当事者は無料。事前連絡をいただけるとありがたいです(会場探しは迷いますので事前に連絡ください。地図参照)。 なかなか会場をとれません。取れたのは短時間ですがお待ちしています。

『スクールガイド』の編集作業について 『不登校・中退者のための スクールガイド』の編集が進んでいます。6月25日に出版社に行ったとき、8月に入ったら原稿を入れ始めてください、と言われて、いよいよ感がします。 先月に書いたのと同じことを繰り返して書いてもいいくらいですが、1か月進んだところでやや切迫感が出てきたと思います。11月の発行に間に合うかという心配も出てきました。無理をせずに地道に進んでいくしかないです。 内容的には優れたものができそうです。この分野の動きが具体的にわかってきます。毎日10カ所以上の学校・スクールからの回答が届きます。前の分の処理ができないまま積み上がっていきます。その間に、全体を見ての調整とかまとめ方の変更などに気づきます。1からやり直しになる場合も出てきます。同じ原稿を何度も見直す、点検し直す作業が発生します。

漁業をめぐる水産政策を目にして思う

 人には特別に反応をする言葉がそれぞれあるのかもしれません。私にとっての漁村・漁師というのがそれです。子ども時代に過ごしたのが山陰の漁村です。報道などで注目されることはめったにないので、目にしたときは否応なくひきつけられます。共産党の新聞『赤旗』を眺めていたら、「漁師の声を水産政策に」という漁業政策がありました。

中学の同級生数人が卒業とともに漁師になりました。1961年、高校進学率が50%に満たない時代のことです。彼らは子ども時代からすでに遊びの中で漁師の修業を重ねていました。だから15歳で漁師になったときには修業をかなり積んだ状態です。沿岸の親しんできた海域が職場です。そこは住民全体の生活の場でもあります。魚や貝をとった磯と浜は子どもたちの遊びの場です。漁村・漁師を新聞などで目にすると、その記憶が呼び起こされるのです。

同級生のなかには学業成績はどうか心配なのもいましたが、漁師として働くには心配はなかったでしょう。 その彼らの職場、住民の生活の場、私が子ども時代を過ごした漁村・漁業に1つの政党が「水産政策」を打ち出したのです。クロマグロ、スルメイカ、カツオつりなど個別具体的なものも、漁業法の改定など総合的のことも含まれています。「漁業・水産業は、周辺を海に囲まれた日本にとって基幹産業です」として、「漁業の柱は沿岸、小型で」と政策の特質がキャッチフレーズになっています。ちょっと感動してしまいます。 ところで、では「ひきこもり対応政策は?」と問いたくなりました。ここは他人事ではなくちょっと行動してみようと考えているところです。

メールで交流できる人はいませんか

 3日ほど前に次の便りが届きました。文通ではハードルが高いのでメール交流を希望しています。よし!と思われる人は不登校情報センター宛に I.Mさん宛の返事(自身のメールアドレスを含む)を送ってください。こちらから彼女に転送します。6月16日

知り合いになりませんか

私は43歳で香川に住んでいます。自営業で既婚です。子供ナシ。 趣味は絵と読書です。ひきこもり傾向があっても社会に出ていたことのある人、出たい人、仕事を転々としているタイプの人と知り合いたいです。 “ひきこもり”がキーワードとなったあの事件でイロイロ考えたり、昔を思い出したりしてつらい時もありました。

考えすぎはよくないですね。文通というよりは知り合いを増やしたいです。少しでも興味があれば手紙下さい。交流はメールでやりとりしたいです。 仕事の悩みや対人関係の話をお互いにしてはげましあえるような交流になればと思っています。マンガやアニメの話も好きです。   香川県 I.M 

なぜ居場所を社会的な治療の場と表現するのか

 先日は居場所の役割を<社会的な治療の場>と表現しました。そうしたら“治療”がわかりづらい的な意見を聞きました。普通に社会的な対応みたいなのでいいではないかと。 これは医学・医療の対応との違いを意識したものです。

ひきこもりの背景事情に、虐待やいじめを典型とするマルトリートメントが指摘されています。それが脳のある部分を萎縮させていると明瞭になってきました。 身体の不全状態がわかると、それを改善する薬物が登場すると思います。手術や臓器移植によるなどの改善策も出てくるかもしれません。 私はこれらを登場する前から否定はしませんが、中心にしたくはないと思います。

マルトリートメントにより攻撃された人が脳を変形させて対応した。これを証拠で示した小児科医の友田明美さんは、改善は「愛着関係の再構築」からと述べました。私もこの意見に賛成で、成人したひきこもり経験者には対人関係の成長が委縮した脳神経系を成長させると考えるのです。 居場所という場は対人関係を経験する方法です。

私が描いた居場所の様子は、経験の一部を典型的にしたものであり、各地の居場所の様子ははるかに多様です。 居場所での対人関係の積み重ねによる脳神経系の変化は、明示的に証明されてはいませんが、成長させていると思います。少なくともすでに居場所の経験が役立って、人と関わり始められる、社会と関わり始める…そういう状況があります。そういう人の脳神経系を比較して調べられるなら変化・成長を知ることができるでしょう。 すなわち身体状況も改善していると証明されるでしょう。

居場所の経験を通してできる精神生活の改善は身体の変化と結びつきます。そういうことが想定されるので居場所には「社会的な治療」の役割があるとしたのです。これを社会的な対応と表現しただけでは、そのあたりの意味は思いつかないのではないか。 社会的な治療方法は、自然治癒力や医療の働きとともに、人間の三大回復力の1つに認められるものでしょう。