Nella Fantasiaという歌

YouTube で音楽を聴きながら作業することが多いです。最近聞くのは Nella Fantasiaという歌で、いろいろな人が歌っています。

歌の好みはいろいろですが、私が聞きたくなるのは韓国のSung-bong Choiさんがテレビ局の[Korea’s Got Talent] に出て歌ったものです。プロの歌手になる前のものでそれほど上手いわけではありません。22歳のManual worker(肉体労働者)と名乗っていました。3歳で孤児院に入り、5歳のときそこを抜け出して10年以上カゲロウのような生活を送っていたこの青年の人生が浮かんでくるように感じました。

美しくうまく歌うのよりも私はこういうのに弱いですね。Nella Fantasiaを英語にすればIn My Fantasyになります。

高校時代の記録を思い出す

 三重県名張に住む2年下の弟から電話があった。一代記を書くという。
それで高校時代に2回の引っ越しをしたのだけれども、その時期を覚えているかということだった。
記憶にある出来事から推測できるかもしれないと返事を書いた。
1961年3月 中学校卒業。
この時期に親父の手伝いでツツンバラに数日葦を刈りに行く。1回目の引っ越し前。
1961年4月 高校入学。
*時期不詳 1回目の引っ越し(山藤医院近くの納屋に移る)。
1962年4月 高校2年(担任は藤井先生)。
 5月~6月 藤井先生の家庭訪問(納屋の家)。
 *時期不詳 家庭教師を始める(2年で同級になった岡君の紹介)。
 8月に広島のおばさんの家に行く(1週間)。高校3年の時かもしれない。
1963年4月 高校3年。
 6月~7月 梅雨の雨の日に傘なくて駅から自宅までずぶ濡れで帰る。
 *この時期には2回目の(借家への)引っ越しを終了していた。
 秋、就職活動で大阪に行く(2回あり)。
 12月末 千賀のおじさんが来て餅つきをした。
1964年3月 高校卒業。新聞配達も終了。いつから始めたのかが不詳。
納屋での生活は1年から1年半程度と思う。

文書入力を依頼したのが完成し到着

会報5月号で自宅できるいくつかの作業をお願いしました。
(1)〔文書入力〕もその1つです。これに応えた人がいたので、さっそく頼みました。
予想よりかなり早く作業を終え、メールで送ってもらいました。ざっと見てよさそうなので依頼した手書きの文書も返してもらいました。依頼文書と入力文書を照合・校正し、先ほどサイトに挙げました。
文書名は「不登校情報センターの取り組み・1999年」です。20年前の活動状況の一端がわかります。
*[[http://urx3.nu/T8KA]]
引きつづき次の文書入力をお願いしました。

(2)これ以外に会報でお願いしているのは〔アマゾン商品紹介リンクの作成〕です。
アマゾンの商品紹介リンクを作成する人も探しています。サイト内の「ひきこもり周辺ニュース」に出てくる多くの記事には、参考になる関連本などが紹介されています。
紹介される本のほとんど全部をアマゾンは扱っているので、それを不登校情報センターのサイトに転載する作業です。収益につながる作業ですがそれで購入する人は少なく効果は少ないので、1個100円でお願いします。

(3)いま取り組んでいるなかで発生したのはメンタル相談施設(心理相談室など)の連絡先です。先日からサイトの掲載しているメンタル相談施設の情報更新をお願いしていますが、FAXもメールもつながらなくなっているところがあります。
これを探し出す作業です。関心がある人がいましたら(当事者に限定)連絡をください。1件100円でお願いします。

気になっていた散髪を終了

5時35分、予定より少し遅れて、理髪店に到着。
なかをのぞくと待ち席には誰もいません。
理髪席は2人しかなく、2席とも散髪中なので、次は私の順番になります。
利用券を買って待ち席に座りました。
そこに中学生ぐらいの子が入ってきました。1分差です。
持って行った本を開いて読み始めたのですが、どうやら1人の散髪が終わりそうです。
5時38分、私の散髪が開始。
頭髪は少ないとはいえ、伸びる髪はあるのでそれなりにうるさい。
そう思ってから3週間以上になりました。
ときどき外からのぞきますが4、5名が順番待ち。
どうやら夕方が空き時間が多いみたいなので日を替えてみました。
ようやく待ち時間が短い少ない時間帯にたどり着きました。
散髪終了は5時55分、たったの17分でした。
いったん自宅に戻り、洗髪も兼ねてすぐに銭湯に行きます。
これも短い時間で、6時半には銭湯も終えました。
理髪店と銭湯が業務停止の対象でないのがよかったです。
両方とも公衆衛生分野で、ここはストップできないですね。

客観視点を当事者視点に書き換える

ひきこもり国語辞典の作成を続けています。原稿はできているのに何をしているのか(?) 担当編集者へのメールを見ればわかるかもしれません。2~3件紹介します。20年以上前の実例を娘さんの視点に直しました。

〔その3〕 =客観視点を当事者視点に書き換える
★二十歳前の娘さんがお母さんと一緒に十人ほど集まる場に参加しました。不登校やひきこもりを話し合う場です。自己紹介のところから娘さんはお母さんから受けた“仕打ち”を話しだしました。まるで公開裁判です。お母さんは特に言い返すことなく、静かに聞いていました。良かれと思って娘にしていたことが、押し付け的な行為で無自覚ハラスメントと言っていいのではないでしょうか。

★むじかくはらすめんと (無自覚ハラスメント)
不登校やひきこもりを話し合う場が開かれると聞いて、母と一緒に参加しました。母はようやく私の不登校を認めるようなことを言い始めたので、一緒に連れていく感じでした。自己紹介の順が回ってきたので高校時代に母がしてきたことを話しました。押し付けがましくて無自覚なハラスメントみたいな仕打ちだと。母は特に言い返すことなく、静かにそれを聞いていました。母と一緒に帰ったのですが、母は謝ってくれました。つられて私も言いすぎてごめんと謝りました。激しかったけどよかったです。


エピソードにひきこもりらしさはどう表現されるか

〔その2〕「エピソードのみ」となっている部分を意識しながら、「は行」以降のリライトを続けています。
そのエピソードに表われる背景事情や意味、とくに心理的な面(ときには社会的な面)に入って説明することで、ひきこもりの理解を深めます。
ひきこもりを理解する参考の役割を果そうとするなら、必要な説明になると思います。
その一方では、その解釈には限界があり、誤解を生む可能性さえあります。
人の行動、ときには意識された言葉でも、ある1つのことから発生するのではなく、多くの要素を含むからです。
複合した心情が重なって1つの言動になるのに、説明は中心部分にならざるをえません。
中心といってもまだ未分化のときもあります。
こういう事情から、私はなるべく当事者本位の記述にしようと思い始めています。
心理学とか精神医学的な角度からは不十分でも(その判定自体が困難ですが)当事者本位の記述です。
勝手な言い分とか、一人の思い過ごし、みたいなことでもやむを得ないという意味です。
大きくみればそういう見方は必要でもあります。
本当にどう説明すべきか困る場合もあり、その時は何も説明しないか、用語自体を外すことになります。
なるべくそうはしたくはないです。
なぜなら追加すべき用語はさらに多くあります。
こういう解釈能力や記述の都合により外してはだめだろうと思っています。
辞書作成の途中で思いついたことなので、一貫性に欠けると思われるかもしれませんが、全体を通して読む機会に調整できる範囲と信じます。


周囲の当事者が批判的に表すときどう紹介するか

ひきこもり国語辞典の作成を続けています。原稿はできているのに何をしているのか(?) 担当編集者へのメールを見ればわかるかもしれません。2~3件紹介しましょう。

〔その1〕 =周囲の当事者が批判的に表す場合
(採用することばは)ひきこもり経験者が言っていることなので、私はとくに意識しないで、ひきこもりを表現する言行に扱ってきたとわかります。
その部分を鋭く指摘されているのがわかります。
その部分を〔どうひきこもりと関係するか〕補充説明を求められるわけです。
カール・ヤスパース(精神科医であり哲学者)という人が、心理学者はそれぞれの心理学をつくるといっていました。
指摘を受けた部分を補充説明する私は『ひきこもり国語辞典』により自分の心理学をつくる役割を持たざるをえない気分です。
既存の心理学と矛盾しない、できれば一致することが望ましいわけです。
しかしはみ出す部分に意外な役割があるかもしれません。
特に難しいのは、当事者が自分のことを紹介するのではなく、周囲の当事者について話すのを記述する場合です。
紹介するときは好意的、客観中立的、批判的…といろいろあります。
難しいのは批判的に評される言行を当事者の身になって語るときです。
「か行」には、「カリスマヒッキー」というのがあります。
自分でカリスマヒッキーと名乗ったのではなく、周りの人が称した言葉です。
称された当事者の身になって話すことはできませんでした。

<かりすまひっきー  (カリスマヒッキー)
ちょっとした特殊な分野にカリスマっていませんか? 特定の職業や社会グループで特異な能力を持つ目立つ人です。ひきこもり当事者にも、絶大な知名度をもつカリスマ的な人がいます。しかし、なかなか一般社会に出ていく動きは見せません。歯がゆいような私のこの感情は嫉妬なんでしょうか。それともいらだちですか、それとも何か別物?>

これは無印(合格)で返ってきたのですが、私としてはさらに検討対象の語です。
うまく説明できるかどうか、自分が試されている気がします。

イベント情報ページについて

いろいろなイベントが中止になるので、新規の掲載を止めていました。
というよりは最近は情報提供もなかったのです。
先日そのページを見たら、何にも掲載されていません。
開催予定日が過ぎると消えていく仕組み(隠れるようになる)なので、新規の取り組みがないと掲載分がなくなっていきます。
3月末で年度末であることも関係しています。
通常は50件から100件近くが掲載されていたのです。
各種のイベントが再開できるようになればいいのですが。
正式名称は「不登校・ひきこもり・発達障害のイベント」です。

絵の作者と見出し語の提供者を協同制作者に

『ひきこもり国語辞典』の絵の作者と見出し語の提供者を協同制作者名簿にまとめました。
この時期に作っておかないと混乱しかねないと考えたからです。
中心は絵の扱いです。カット絵(挿し絵)と4コマ漫画があります。この絵を所定の場にうまく配置して掲載しなくてはなりません。掲載もれや配置を間違わないように考えてのものです。カット絵と4コマ漫画の両方合わせると約90点です。これは本をつくるうえで必要で、いまのタイミングで最大限整えました。
見出し語の提供者が数十人います。一応の記録はしていますが、内容の記述が変わり、見出し語を変えるのもあり、混乱するかもしれません。本の発行後には改めて本人からの申し出を聞きます。その準備にもなります。
見出し語と絵の提供者は合わせて50人ほどですが、見出し語の提供者は記録を確認していくとさらに増えます。
編集作業は再起動しました。リライト作業が続いています。本はまだできていないので名簿も未完成です。これらの協同制作者(絵の作者と見出し語の提供者)には出版後、基準により稿料を支払います。

私の文書作成法

(1)ブログにしても、手紙にしても(ごく短い10行未満の文章は除きますが)、いったんノートに下書きします。ノート1ページか見開き2ページになることが多いです。下書きの文章はかなり乱雑ですし、私以外の人は文字自体が読めないかもしれません。ちょっとした単語を覚書で枠外にメモすることもあります。
手書きの下書きをするのは、パソコンでの文書入力が遅れるためです。頭に思い浮かぶことを文字にするスピードがついていきません。というよりペンで紙に書く場合も、書いて文字になるスピードは頭に思い浮かぶことについていきません。パソコンでの文書作成はそれがさらに開く感じがします。いったんノートに書く、しかも乱雑を極めるのはここが関係します。
それをパソコンに向かい文書入力をします。基本的には下書きのノートは見なくて大筋は書けます。いったん書き終わると、下書きしたことで書き落としたことがないのかをざっと見直します。下書きになっていない部分がパソコンでは詳しく展開することも少なからずあります。この部分があるから、下書きの丸写しをしないともいえます。
(2)できた文章はプリントして、自分で校正をします。文字訂正というよりは入力した文書のリライトに当たります。ある程度の長い文章になると、読み直すときにパソコン上ではなく、いったんプリントしたものを読んで加筆訂正することは多いです。パソコン上での読み直しとは違う感覚があります。これはなぜかをうまく説明できません。
(3)読み直すために、日を替えます。その場で書いたことを、そのままブログに挙げるとか手紙にして差し出すことはほとんどありません。少なくとも翌日ですし、数日たってからもよくあります。ブログの下書きのつもりのものを、そのまま忘れてしまうこともありました。時間を置き、日を替えたものでないと何となく不安があります。その割にはいったん公表したものは気にしないし、無頓着かもしれません。誰かが感想や返事をくれたりすると、その時点でどんなことを書いていたのかを改めて読み返しますが、自分の意見や感覚とずれているとは思うことはまずありません。間違いの指摘はわりと受け入れられます。
(4)ブログに書いたことをサイト(エッセイ欄など)に分類して保存することもあります。その時も多くは読み返し、文章を直すこともあります。読み直すたびに文章は細部はどこかが変わっています。