Archive for the ‘ひきコミ72号’ Category

20.学習院大学と国学院大学

学習院大学の施設
今回は、豊島区目白にある学習院大学とそれにまつわる史跡を紹介していきたいと思います。
弘化2年(1847)、京都御所の脇に公家の学習所が設立されたのが、最初であるとされています。
明治維新となり、維新以前の公家と大名家からなる「華族制度」が発足し、その組織体である華族会館が、自分たちの子弟にふさわしい教育をおこなうための学校をたてようということになり、明治10年(1877)に神田錦町に学校が設立されました。
その後、昭和24年(1949)に学習院大学が設置されました。正門は、明治41年(1908)に目白移転の際につくられたもので、左の門標は昭和35(1960)年度の大学卒業生の寄贈したもので、戦後の教育界をリードした安部能成院長の揮毫によるものです。
東別館は、学習院が全寮制だった時代に建てられた皇族寮を教室に改修したもので、現在でも教室として使用されています。
北別館は、明治42年(1909)に図書館として建てられた建物の一部で、現在は大学史料館として使用されています。
乃木館は、明治41年(1908)に建てられた6棟の寮で、第10代院長の乃木希典氏が、学生と寝食を共にしたところで、昭和19年(1944)ごろ、現在の場所に移転したそうです。
御榊壇は、乃木氏が、富士見台に築いた壇で、前方後円形の塚の周囲に当時の国土の境界地から集めた石を置き、中央に榊を植えたもので、学習院の清浄の境域とされたということです。
血洗いの池は、湧き水で出来た池で、昔は水門があったといい、元禄年間に、講談などで、有名な「高田馬場の決闘」で叔父の助太刀にたった堀部安兵衛が血刀を洗ったといわれています。

 

人文科学研究科日本文学専攻
私は、以前、学習院大学大学院人文科学研究科専攻説明会に2回参加したことがあります。人文科学研究科日本語日本文学専攻では、多彩な教授陣がおられます。中村生雄教授は、日本文化論および日本の民俗宗教を専門にしておられます。兵藤裕巳教授は、日本の中世の文学および芸術を、山本芳明教授は日本の近代文学を、助教の勝又志織氏は平安時代より鎌倉時代にかけての物語文学を研究しておられます。

 

少林寺拳法
最近、SHORINJI KEMPO UNITY監修「はじめよう! 少林寺拳法」(ベースボールマガジン社発行)という文献を読みました。大学時代、好きだった女性が体育会少林寺拳法部に所属していたこともあって、少林寺拳法に関心があります。

 

しんゆり映画祭
9月にはワーナー・マイカル・シネマズ新百合ヶ丘(川崎市麻生区)および川崎市アートセンター(川崎市麻生区)にて、「第15回しんゆり映画祭」が開催され、数多くの映画が上映されました。
今回は、川崎市麻生区金程に住んでいた神代辰巳監督の特集が催され、神代監督の作品が何本か上映されました。神代監督は、ロマンポルノの巨匠として知られています。私も21日に神代監督の「恋人たちは濡れた」(1973年製作)を見ました。

 

国学院大学渋谷キャンパス
10月3日、4日には、国学院大学渋谷キャンパスにて、「日本民俗学会第61回年会」が開催され、シンポジウムや数多くの研究発表が催されました。
国学院大学は国文学や史学の研究で有名ですが、民俗学の分野でも折口信夫、坪井洋文、井之口章次、野本寛一、伊藤幹治などの優れた研究者を輩出しています。年会でも柳田国男、折口信夫、坪井洋文に関する民俗研究資料展が催されていました。
国学院大学渋谷キャンパスの周辺にも、氷川神社、金王神社、商和稲荷、渋谷区立中央図書館などの、由緒ある神社や史跡、スポットがあります。