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クラス替え

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クラス替え

教師が決める「スクールカースト」 演じるキャラに苦しむ子たち
『教室内(スクール)カースト』より
新年度も始まり、学校では始業式を迎えようとしている。
どんなクラスで1年間を過ごすのか、期待と不安を抱えながら教室に向かう子も多いだろう。
不登校新聞の編集長・石井志昂さんによると、現役教師たちに取材したところ、クラス替えにはルールがあることがわかったという。
*  *  *
子どもにとって、この時期のビッグイベントと言えば「クラス替え」です。
友だちやひそかに思いを寄せる子が別のクラスになってしまわないか、私もドキドキしていたことがあります。
さてこの「クラス替え」、ある法則があるのをご存じでしょうか。
複数の先生たちから聞いたところ、生徒を各クラスにわける際には以下のような法則に則って考えていました。
■クラス替えの法則
(1)各クラスの成績の偏りをなくすように配分する
(2)配慮が必要な生徒やリーダーは各クラスに均等配分する
(3)先生のひいきが生まれないように配分する
これらの法則は、文科省の指導によるものではなく、学校または学年独自の法則です。
そのため各教員で見解がバラける法則もありましたが、上記3点が「おおむね共通」しているものでした。
具体的にどんなやり方でクラス替えをするのか、一番多かったやり方を示します。
クラス替えを行う場合は、まず学力や運動能力に偏りが出ないようエクセルなどを用いて各クラスに全生徒を配分します。
次に「リーダー候補の生徒」がいるかを確認し、クラスにいなければ他クラスから持ってきます。
最後に配慮が必要な生徒を確認し、あるクラスに固まっていれば別クラスに移します。
この際、「ピアノが弾ける人」を均等分配したり、「双子を分ける」などのことも考えます。
以上が多かったやり方です。私はクラス替えにまつわるナゾが一気に晴れた気がしました。
なぜ双子は同じクラスにならないのか。なぜ全クラスにピアノが弾ける人はいるのか……。
あれは先生たちが「偏り」をなくすために努力していたからです。
先生によっていろんな工夫がありましたが「各クラスに生徒をふり分けたあとで担当教員をくじ引きで決めて『先生のひいき』ができないようにしている」という話は「なるほど」と膝を叩きました。
■リーダー候補はなぜ必要?
しかし私がなにより気になったのは「リーダー」です。
「リーダー」がいなければ「他クラスから持ってくる」ほど必要なのはどうしてでしょうか。
そして先生たちが思い描く「リーダー」とは、どんな子なのでしょうか。
先生たちによると「リーダー」とは、クラスの「核になる子」や「雰囲気をつくる子」などです。
クラスにおけるリーダーの重要性は先生によっても意見がちがいます。
「リーダーの存在でクラス運営は多少、楽になる」と話す先生から、「クラスの核をどうつくるかがクラス運営で最重要の課題」とまで言う先生もいました。
そう言えば私の同級生は「あなたがクラスを引っ張らないとダメじゃない」と先生から叱られていましたが、あれは同級生が「リーダー」に指名されていたからなのかもしれません。
新年度前に「リーダー」を選ぶだけでなく、より踏み込んで「『明るい子』『暗い子』『どっちでもない子』の比率も同じようになるよう話し合う」という先生もいるそうです。
そう教えてくれたのは教育社会学者・鈴木翔さんでした。
私が取材したなかでも「同じようなことは当然、考える」という先生も一人だけいました。
しかし、ここで一つの疑問が浮かび上がってきました。
鈴木翔さんは「仮説ですが」と前置きしたうえで下記のように指摘しています。
「何をもって先生方が『明るい子』『暗い子』『どっちでもない子』を分類しているのかはわかりませんが、もしも前のクラスで発言権があった生徒と発言権がなかった生徒の比率を『あえて』変えないようにしているのだとしたら、構造上、どのクラスになったとしても『スクールカースト』が生じやすくなるのではないか」
(2017年8月1日不登校新聞)
■構造的に「いじめ」が生まれる?
「スクールカースト」(別名クラスカースト)について、専門家である鈴木翔さんの意見をもう一つ引用します。
「同級生どうしで、地位・身分差、力の差をみんながなんとなく共有している状態を『スクールカースト』と私は呼んでいます。
誰が指名したわけでもなく『上位グループ』『中位グループ』『下位グループ』がクラス内で形成され、みんながそのグループごとに与えられたキャラ、役割を生きていく。
たとえば、野球部やギャルグループといった『上位グループ』が教室内で幅を利かせ、一方でおとなしい子たちの『下位グループ』は公然とバカにされたりする雰囲気がある、というようなことです」(2014年3月15日 不登校新聞)
くわしくは『教室内(スクール)カースト』(鈴木翔)をご覧いただきたいのですが、スクールカーストの問題点は「根拠のない雰囲気によって自分のポジションやキャラを演じることの息苦しさ」にあります。
しかもクラス内の役割を演じていないと、教室内でハジき出され、まるでゴミのように扱われてしまうこともある、と。
つまりスクールカーストは、いじめを構造的に生む要因になっているのです。
「いじめ」を考えるうえで、いまはこのスクールカーストこそ最重要の検討課題と言っていいでしょう。
■「学校」を強制されるから苦しい
どんな子どもでも明るく楽しく学校ですごしてもらいたいと考えて先生たちは各クラスに生徒を配分します。
「考えた通りにはならない」とは思いつつも、なるべく想像力を膨らませます。
そのうえで「明るい子」「暗い子」を選りわけたり、一人ひとりの「キャラ」を考えたりもします。
しかしそれがかえって「クラス内の役割(キャラ)」を暗に求めることにもつながり、スクールカーストが生まれやすくなっているのではないでしょうか。
これは「先生の配慮不足」や「いじめをする子ども」の問題ではありません。構造の問題です。
すべての子どもは学校に行くことを事実上、強制されているという構造が生んだ問題だと私は思っています。
子どもは学校に学籍が置かれます。
ごく一部の特例をのぞき、子どもが「学校に籍を置く」ことは避けられません。そう法律で定めているからです(教育基本法第17条)。
ホームスクーリングは基本的に義務教育としては認められず、登校を強制されているからクラス内の人間関係は難しく、先生たちも「核づくり」「雰囲気づくり」に頭を悩ませるのです。
強制されるということは、どんな理由があれ暴力です。
学校は「教える」ためには便利な機関ですが、その「便利さ」と学校が持つ「仕組みの暴力性」は分けて考える必要があります。
この点は議論されることが少ないですし、今回の「クラス替え」についても研究や報道資料があまりに少ないです。
一部の子どもに関わる問題だけではありません。
より多くの議論が広がるためには、研究、報道、そして行政も考える必要があると思っています。
〔AERA dot.2018年4/6(金)〕

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