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千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長

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千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長

学校で「心を一つにしよう」というスローガンを掲げてはいけない“深い理由”
画期的な公立中学校改革を進める、千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長。
“公立中学校”でこんなことができるのか……。
「定期テスト廃止」「宿題廃止」「クラス担任制廃止」など、数々の大胆な改革で全国から注目を集める、千代田区立麹町中学校。
生徒、教員、そして保護者までもが主体性を発揮し、生き生きとした教育活動が展開されている。
その改革の中心となり、著書『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社)がベストセラーとなった工藤勇一校長に、「改革の狙いは何か?」「なぜ、改革を実行できるのか?」などをテーマに語っていただいた。
その言葉は、組織活性化、組織改革に悩むビジネスパーソンにも多くの示唆を与えるはずだ。(構成:小嶋優子)
●「自律 尊重 創造」が人材育成の基本
――麹町中学校では、「定期テスト廃止」「宿題廃止」「クラス担任制廃止」など、画期的な学校改革を進めていらっしゃいます。
前回のインタビューでは、改革を進めるうえで、教員のみなさんと「上位目標」を共有したうえで、権限と責任を委譲することが重要だとおっしゃいました。
「上位目標」とは、具体的に何なのでしょうか?
工藤 学校運営の究極的な「教育目標」のことです。
どの学校にも標語が定められていますよね? あれです。
ただ、多くの学校で教育目標を定めていますが、ただのスローガン、お飾りになっていて、誰もそれを本当の目標だと思っていない現状があります。
もっと言えば、達成できなくてもいいと思っているフシもある。
これでは、改革はできません。「教育目標」は、学校経営の根幹です。
これを何よりも大切にすることこそが改革の原動力になるのです。
逆に、根幹をないがしろにして改革しようとしても、空中分解するだけでしょう。
だから、僕は麹町中学校に校長として赴任してすぐに、70年間ほとんど変わっていなかった教育目標を変えました。
はじめ「自律 貢献 創造」としたのですが、今年、「自律 尊重 創造」と再び修正しました。
――「貢献」を「尊重」に変えたのですね?
工藤 ええ。「自分で考えて行動できる自律した人間であること」と、「いろんな人間がいる中で他者を理解して違いを受け止め、その他者を尊重することができること」。
そして、「他者とともによりよいものを創造すること」。
この3つ、つまり自律と尊重と創造が、社会で生きていくうえで根本的に重要な力なのだと考えました。
「貢献」も大事だけど、より根本的に大事なのは「尊重」だと思うのです。
私は、教育は「いい世の中をつくる」ためにあると思っていますが、いい世の中は誰かがつくってくれるものではなく、みんなでつくるものです。
「みんなでつくる」というプロセスがとても重要です。
そこで必要なのが対話の技術であり、対話が成立する基本は「自律 尊重 創造」にあります。
そして、私は、これを学べるのが学校だと考えているのです。
――なるほど。「自律 尊重 創造」は、単なる知識やスキルとは違う、生きていくうえでの根源的な力でもありますね。
工藤 はい。入試に合格するための知識や、社会で活躍するためのスキルを学ぶだけならば、学校なんか来なくても、自宅でできるかもしれないし、私塾だっていい。
今はインターネットでも十分かもしれません。
それよりも、もっと大事なことがあると思うのです。
社会には多様な人間がいます。
そして、多様な人間がいるということを受け入れるのは、口で言うのは易しいですが、やはり難しいことなのです。
「みんな違って、みんないい」という言葉がありますが、意見が対立したり、考え方が違ってまとまらないときなどはとてもそうは思えない。
異質な人に対して、人はどうしても感情的になってしまう。
大切なのは、そうなってしまう自分を知ることです。
学校ではよく「心を一つに」というスローガンが掲げられますが、僕は子どもたちに「心は一つにならない」と教えます。
「心はみんな違っていい。嫌いなものを好きになれと言っても難しいでしょう?」と。
考え方が違うのは全然OKなのです。
問題は、イライラする自分がいるということと、そのときにどうするかということ。
これには訓練がいるんだよ、ということを子どもたちには教えています。
そして、その訓練の根幹にあるのが「自律 尊重 創造」の3つなんです。
● 「上位目標」が改革の原点でありエンジンである
――「自律 尊重 創造」という教育目標のもと、学校で集団生活を送ることで「生きる力」を育成するわけですね?
工藤 そういうことです。大事なのは、この教育目標(上位目標)が“お飾り”でないこと。
本当に達成するべき目標として、常に意識しておくことです。
上位目標を実現するためにこそ改革を行うのであり、上位目標を全員が大切にするからこそ、改革を空中分解させないことが可能になるのです。
実際に改革を進めていくと、教員たちの方向がずれたり、教員同士がぶつかったりすることは多々あります。
たとえば、定期テストをやめて単元テストをやろうというときにも、いろいろな意見や問題点が出ましまた。
それは自然なことであり、決して悪いことではありません。
大切なのは、みんなの意見が食い違う時は、必ず上位目標に立ち戻って、進もうとする方向をそれに照らし合わせ、
目標に合致しているかどうかをみんなで徹底的にディスカッションすることです。
そして、どこまで合意ができていて、どの点で食い違っているのかを対話を通して細かく検証していき、みんなが納得できる結論を出す。
このプロセスがとても重要なのです。
――みんなが腹の底から納得しなければ、実行力が伴わないですものね?
工藤 そうです。間違えてはならないのは、「みんなが納得できる結論を出す」ことと「折り合いをつける」ことは全く違うということです。
お互いの主張の「中間点」で折り合いをつけるのではなく、あくまでも上位目標を達成するためには何が正しいのかを考える。
ここは妥協することなく、しっかりと対話を重ねる必要があります。
それが、学校運営や学校改革を進めるうえで最も重要なことですし、教員自身が、この対話のプロセスを体験していなければ、このプロセスを生徒たちに教えることができません。
教育の根幹と言ってもいいことなんです。
――なるほど。ところで、その対話のプロセスで、校長である工藤先生はどのような役割を果たされていますか?
工藤 あまり何もしないように心がけています。
絶対にやってはならないのは、校長である僕が結論を押し付けることです。
僕の役割は、教員たちの対話が上位目標からそれていないか、対等な対話がなされているかをチェックすることです。
それらから逸脱したときには介入する必要がありますが、結論に至るまでのプロセスは当事者たちに任せるのが基本です。
そうでなければ、主体性は育たないですからね。
僕は今、この学校が6年目になりますが、5年前はあきらかにトップダウンの学校でした。
でも今は、教員たちが自走しています。職員会議も、15分で終わることもあれば、2時間かかることもある。
論点がなければすぐに終わり、必要であれば徹底的に話し合うのです。
その判断も教員たちに任せています。
じっくりと議論をするときには、最近はもう、僕は途中で抜けてしまったりすることもあります。
上位目標に戻って手段を決めると言うプロセスを教員がみな了解していますから、それで話し合って出した結論であれば、もうOKだから、と。
● トップは「失敗が許される範囲」を明示する
――職員会議の結論まで任せるわけですね?
工藤 はい。教員の間で、「自律 尊重 創造」をベースに質の高い対話が成り立っていると判断できれば、その結果導き出される結論も信頼できます。
ただ、みんなに議論してもらうときには、失敗例を教えるようにはしています。
こうなったらダメだよねという失敗例を伝えて、こうならないような方向を考えてくださいと促すわけです。
たとえば、教員のやる気が高まれば高まるほど、多くの仕事をやろうとしてしまうものです。
やる気があるのはいいことなのですが、その結果、教員の仕事量が増えすぎて、結果として子どもと向き合う時間がなくなってしまうことがある。
これでは本末転倒ですから、そうなってはいけないという話をするわけです。
――たしかに、事前に失敗例を把握しておけば、同じ轍を踏む確率は減りますよね。
工藤 ええ。ただし、それでも失敗することがあります。
全員で上位目標を共有しながら、それを達成するための手段を徹底的に議論をしても、結果的にその結論がズレていたということはあります。
しかし、徹底的に考えたうえでの失敗であれば、それは大きな学びです。
失敗からしか学べないことはたくさんあります。
ですから、大切なのは、失敗が許される範囲で、トライできる組織にすることです。
そして、「失敗が許される範囲」を明示することは経営者(校長)の役割です。
「こういう失敗をしてはいけない」と失敗例を示すことで、「やってはいけない失敗」を防ぐ努力は欠かせません。
また、教員たちには、常日頃から、「第一に子どもにとって、第二に保護者にとって望ましい選択であることを忘れてはならない」と伝える必要があります。
「教員にとって望ましい、学校にとって望ましい」は、そのあとに考えることです。
ここを間違えなければ、大きくズレたことをするおそれはなくなるはずです。
――なるほど。校長が「失敗が許される範囲」を明示して、その範囲内で教員に自由にチャレンジしてもらうわけですね?
工藤 はい。そのうえで、すべてのトラブルの責任を校長が負うことが決定的に重要です。
もちろん、「校長が全責任を負う」と口で言うだけではダメで、実際にトラブルを校長が全面的に受け止めて解決しなければなりません。
僕はトラブルには強いんです。
だからこそ、教員たちは僕のことを早いタイミングで信頼してくれるようになったのではないかと思っています。
僕が麹町中学校に赴任して以来、保護者からのクレームは何回もありましたが、教員が対応できない場合には、必ず僕が先頭に立って対応します。
そして、保護者と徹底的に話し合った結果、学校の大応援団になってくださった方もたくさんいらっしゃいます。
そうした姿を見ることが、教員にとってすごい安心感につながったのではないでしょうか。
だからこそ、彼らも失敗をおそれずに、前向きなチャレンジができるようになったのだと思います。
● 人は協力してくれなくて当たり前。そのときどうする?
――つまり、教員のみなさんが「自律 尊重 創造」という上位目標をもとに、対話を重ねて試行錯誤をすることで学校改革が進んできたわけですね?
工藤 そうですね。それが改革の最大のエンジンです。
まぁ、それ以外にも、いろいろとコツはありますよ。たとえば、言葉の使い方。
言葉の使い方を工夫するだけで、簡単にものごとが進むことがあります。
相手の意見がおかしいと思っても、ストレートに「おかしい」と言うと対立が生まれて、ものごとが進まなくなってしまいますから、そんなときには、みんながOKと言える言葉を探すんです。
たとえば、こんなことがありました。 「あいさつ運動」というのがありますよね? 毎朝、教員が校門に立って、登校してくる生徒たちに「おはよう!」と声をかける。
なんの疑問も抱かずにルーティンになっている学校もあるでしょう。
僕はあれはずっとやめるべきだと思っていたんです。
――どうしてですか?
もちろん、あいさつの習慣を身につけるのは大事なことなんですが、とは言っても、世の中にそんなシチュエーションないじゃないですか? 
しかも、教員にとっては勤務時間前から働かなければならないわけで、働き方改革にも逆行します。
にもかかわらず、「この学校は元気にあいさつできていていいですね」なんて言われたりするので、誰も「やめたい」と言えない雰囲気になっているんです。
――たしかに、校門であいさつする必要はないですよね。
校内ですれ違ったときにあいさつすればいい。
そう。だから、僕は、麹町中学校の校長になったときにすぐやめることにしました。
ただ、教員の働き方改革のためにやめる、というのでは納得は得にくい。
そこで、もともと僕は、あいさつ運動は、不登校気味の生徒にとっては苦痛だったんじゃないかと気になっていたので、「不登校気味の子がみんなに“おはよう”“おはよう”っていわれたら、校門を通りづらくないかな? 僕だったら嫌だと思う。
あいさつ運動が終わってから登校しようって思うんじゃないかな?」と言ったら、「たしかに、そうですね」ということになり、あっさりと認められたのです。
もし、「あれは意味がないからやめましょう」と言ったら、あいさつ運動をがんばっていた教員は、「いえ、こんなすばらしい意味があります」と反発するでしょう。
ところが、みんなが「なるほど」と思える言葉を探り出せば、そのような反発を避けることができるわけです。
こうした知恵も、改革を進めていくうえでは意外と大切だと思いますね。(つづく)
工藤勇一(くどう・ゆういち)
千代田区立麹町中学校長。1960年、山形県鶴岡市生まれ。
東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、東京都教育員会、目黒区教育委員会、
〔2019年8/10(土) ダイヤモンド・オンライン〕

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