カスタム検索(不登校情報センターの全サイト内から検索)

 
Clip to Evernote  Twitterボタン  AtomFeed  このエントリーをはてなブックマークに追加  


カテゴリ:周辺ニュース

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
127行: 127行:
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
成人式に出席したくない
 +
「ボッチ成人式」よりドラクエのコンサート 12年ひきこもった男性の“人生の節目”とは?〈dot.〉
 +
「成人式に行きたくない」と考える人が、3割もいるという。いじめられていた同級生に会いたくない、成人を祝うことに意味を感じないなど、理由はそれぞれ。自身も「ボッチ成人式」を欠席した経験を持つ不登校新聞の編集長、石井志昂さんは「大人になる節目の日は、人それぞれ、いろんなタイミングで訪れる」と訴える。
 +
      *  *  *
 +
成人式を迎えるみなさん、おめでとうございます。最近、こんな気になるツイートが流れてきました。
 +
「成人式 行かないと人に成れないしな……」
 +
どんな方のつぶやきかはわかりませんが、その気持ちはすごくわかります。成人式に行きたくない。しかし、行かねばまっとうな大人になれない。そんな気後れがあるのかもしれません。
 +
成人式というのは「一生に一度」「両親が喜ぶかもしれない」、あわよくば「失われたアオハル(青春)が経験できるかもしれない」という甘い誘惑が漂う行事です。一方で、もしも学校にいい思い出がなかったり、ひきこもっていたりしたら、成人式に行かないことに罪悪感すら抱くものです。でも私は声を大にして言いたい。成人式を欠席したいのはあなただけではありません。私はよく、こんな声を聞いてきました。
 +
「成人式なんて絶対に行かない」
 +
「いじめられた人にもう一度会うなんて考えらえない」
 +
成人式は「同窓会」という意味合いが強く、私を含め、私のまわりの不登校をした人は固い決意で成人式を欠席しました。しかし、こんな思いをしているのは不登校の人だけではありません。
 +
日本財団が調査したところ、17歳~19歳の男女のうち「成人式に出席したくない」と答えた人が29.4%(「18歳意識調査」日本財団/2019年1月7日)もいました。理由は「同級生に会いたくない」「成人を祝うことに意味を感じない」など。
 +
実際に、勇気を振り絞って成人式に行ってみたらどうだったのか。こんなことを思った人がいたそうです。
 +
「バカ騒ぎをしている同級生に興ざめした」(20代・女性)
 +
「式場には無造作ヘアの男とかギャルとか、リア充ばっかり。オレの居場所なんて1ミリもなかった」(20代・男性)
 +
一方、学校によくない思い出を持っていても、成人式を楽しんで帰ってきたという人もいます。
 +
「不登校は中学校まで、高校の同級生とひさしぶりに出会えたのは楽しかった」(30代女性)
 +
「社会科見学だと思って行ってみたけど、わりと楽しめました」(20代男性)
 +
私が成人式に行かなかった、つまり「ボッチ成人式」を回避できたのは、その約1年前に取材したコピーライター・糸井重里さんのこんな言葉も大きく影響していました。
 +
「日本の成人式って30歳でしょ。27歳だよって言う人もいるけど、俺は30歳だと思うな。だって30歳になるまで周囲の眼も甘いからね。日本の成人式は30歳。30歳になって『やることがわかった』というのでいいんじゃないかな。俺の成人は45歳だったけど」(2001年『不登校新聞』の取材にて)
 +
糸井さんの真意は、大人になる節目の日は、人それぞれ、いろんなタイミングで訪れるということ。そういう意味で言えば「私だけの成人式の日」が人それぞれのタイミングで訪れるはずです。そんな言葉を信じて成人式に行かなかったわけですが、最近、抜群によかった「私だけの成人式」を迎えた日の話を聞きました。埼玉県で生まれ育ったトシさん(30代後半・男性)の話です。
  
〔〕 <br>
+
■いじめで12年間ひきこもった部屋を出た日
 +
トシさんはいじめを機に中学2年生で不登校。以来、26歳までの12年間はほとんどひきこもっていました。
 +
トシさんが受けたいじめは執拗なものでした。
 +
きっかけは、クラスのムードメーカーがトシさんへの悪口を言い始めたこと。それが仲間内に広がり、ヤンキー系の同級生の耳にも入ります。このヤンキーが、みんなの前でトシさんをいじり始め、小突きだし、いじめが本格化。同級生たちは、トシさんにまつわる悪口を堂々と言うようになり、トシさんの家まで追いかけてきて窓から覗き見て笑ったり、テニスのラケットで殴りつけてきたりしたこともあったそうです。
 +
当然、トシさんは人間不信になりました。もう二度と覗きこまれまいとカーテンを固く閉め、家のなかにひきこもります。
 +
家族からも理解はされません。戦後の貧しい環境で育った祖父母と、親に楽をさせたくて必死に働いた父。家族は「なんでがんばれないんだ」という眼でトシさんを見ていました。
 +
学校と家のなかから刺すような視線に耐えかね、現実を忘れようとトシさんはゲームなどに没頭。そのとき救いになったのが「ドラゴンクエスト」(以下・ドラクエ)でした。
 +
初めて買ったドラクエは「ドラゴンクエスト3」、小学5年生のころです。RPGという世界に興奮しつつも、遅々として進まないストーリー。どうすればクリアできるのか、ボスはどう倒せばいいのか、友だちと意見交換をし、いっしょに遊びました。ある友だちは、毎日のようにわが家を訪れて、笑いあってドラクエを進めていたそうです。あらゆるゲームの中で、ドラクエだけが「傷ついてない思い出」だったのです。
 +
ひきこもりながらも、ドラクエをしていると「いつかまた、あんなふうに楽しく誰かと話したい」、そう思えたんだそうです。
 +
毎日のように訪れていた友だちは、その後、トシさんをラケットで殴った子です。なんで変わってしまったのか、ゲームを終えるとトシさんの胸には悔しさが蘇ります。同時に「それでも学校へ行かなきゃ」という罪悪感も募ります。とっくに学校を卒業した年齢になってからも、「行かなければ」という焦りに何度も夢のなかで襲われたそうです。
 +
成人式も欠席。不登校から6年が経っていた当時でも、同級生の存在は恐怖でしかありませんでした。しかし、それよりも「こんな自分を見せられない」という思いのほうが強かったそうです。こんな自分とは、ひきこもって何もできない自分です。
 +
そんなトシさんに「本物の成人式」が訪れたのは22歳。ドラクエのゲームミュージックを担当している作曲家すぎやまこういちさんのコンサートを見に行った日でした。
 +
「本物を聴きたい」
 +
コンサートの存在を知ったトシさんはそう思い立ち、8年ぶりの単独外出を試みます。最寄り駅までは同級生に出会うかもしれず、親に頼んで車で移動。駅に着くと、地図の見方も切符の買い方もよくわかりません。8年ぶりの外出という緊張感。その駅で同級生たちに笑われた記憶も蘇り、余計に頭が混乱します。パニックになりながらも必死で切符を購入し、電車に乗りました。目的の駅に着き、会場へ急げども今度は迷子に。やっと会場へたどり着いたとき、コンサートは半分以上、終わっていました。
 +
でも、そこでは画面の向こうでしか出会えなかったすぎやまこういちさんが指揮棒を振るっていました。演奏していた曲は、ドラクエ4で勇者が初めてステージに降り立ったときの曲。その瞬間、震えるような感動を味わいました。
 +
コンサート終了後、すぎやまさんと握手もすることができました。握手の際、すぎやまさんから「ありがとう」と言われ、トシさんはこう思ったそうです。
 +
「私の命を支えてくれたゲームの世界と現実の世界が繋がった」
 +
それからのトシさんは徐々に外に出る時間を増やし、現在は週4日の会社勤め。残りの日は、同じひきこもり経験者のコミュニティーで活動しています。すぎやまさんと出会ってから10数年、人に裏切られたときも、仕事が見つからなかったときも、ずっとすぎやまさんのコンサートだけは毎年、欠かさず通っているそうです。
 +
 
 +
■「人生でもっと大事な日は訪れる」
 +
トシさんにとっての「成人式」は、すぎやまさんのコンサートに飛び出していった日だったと私は思います。トシさんは、ひきこもっているあいだ何度も死を考えていました。それでも自殺に至らなかったのは、ゲームや漫画を通して、かすかな充実感を得ていたからです。それは言葉にすれば「手ごたえ」みたいなものでしょうか。その手ごたえを確かめに、トシさんは意を決してコンサートに行きました。もっと言えば、この世は生きる価値のある世界だと確かめたということです。
 +
私やトシさんや多くの不登校の人たちが、成人式にも同窓会にも行きたくないのは、今の自分が見られたくないからです。でも、どんな自分でもいい。ドラクエにちなんで言えば、装備なんて裸でいいから、会いたい人がいる。そうやって無我夢中で飛び出した日が、大人への第一歩、人生の節目となるのです。
 +
こんな話をしても、ひきこもった人は人生が終わっているとか、成人式にも行けないでかわいそうだとか言う人はいるでしょう。外野には言わせておけばいいんです。
 +
ちょっと不器用で生きづらくても、私たちには、人生のなかでもっと大事な日が訪れます。それを楽しみに待ってみませんか。今日も今日とて、意味があるかないかわからないゲーム上のレベル上げもしてやりましょう。ゲーム実況を飽きもせず朝まで見てやりましょう。だって、それに感動して、笑って支えられてきたから。いま楽しいと思えることの先に、「本物の成人式」がきっと来るはずです。(文/石井志昂)
 +
〔2020年1/13(月) AERA dot.〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===

2020年1月15日 (水) 15:27時点における版

このページは新聞ニュースなどを一時的に保管するページです。記事はこのあと分類し、それぞれのページに移動します。
分類の仕方は下段に表示していますが改善を重ねています。(2018年12月)

このパンくずリストは制作作業用です
不登校・引きこもり質問コーナー・部外者回答編

Icon-path.jpg メインページ > ひきこもり周辺ニュース > [[:Category:|◎]] > 周辺ニュース
Icon-path.jpg メインページ > 北海道 > さいたま市 > 周辺ニュース
所在地 北海道
TEL
FAX


目次

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕


周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
成人式に出席したくない 「ボッチ成人式」よりドラクエのコンサート 12年ひきこもった男性の“人生の節目”とは?〈dot.〉 「成人式に行きたくない」と考える人が、3割もいるという。いじめられていた同級生に会いたくない、成人を祝うことに意味を感じないなど、理由はそれぞれ。自身も「ボッチ成人式」を欠席した経験を持つ不登校新聞の編集長、石井志昂さんは「大人になる節目の日は、人それぞれ、いろんなタイミングで訪れる」と訴える。       *  *  * 成人式を迎えるみなさん、おめでとうございます。最近、こんな気になるツイートが流れてきました。 「成人式 行かないと人に成れないしな……」 どんな方のつぶやきかはわかりませんが、その気持ちはすごくわかります。成人式に行きたくない。しかし、行かねばまっとうな大人になれない。そんな気後れがあるのかもしれません。 成人式というのは「一生に一度」「両親が喜ぶかもしれない」、あわよくば「失われたアオハル(青春)が経験できるかもしれない」という甘い誘惑が漂う行事です。一方で、もしも学校にいい思い出がなかったり、ひきこもっていたりしたら、成人式に行かないことに罪悪感すら抱くものです。でも私は声を大にして言いたい。成人式を欠席したいのはあなただけではありません。私はよく、こんな声を聞いてきました。 「成人式なんて絶対に行かない」 「いじめられた人にもう一度会うなんて考えらえない」 成人式は「同窓会」という意味合いが強く、私を含め、私のまわりの不登校をした人は固い決意で成人式を欠席しました。しかし、こんな思いをしているのは不登校の人だけではありません。 日本財団が調査したところ、17歳~19歳の男女のうち「成人式に出席したくない」と答えた人が29.4%(「18歳意識調査」日本財団/2019年1月7日)もいました。理由は「同級生に会いたくない」「成人を祝うことに意味を感じない」など。 実際に、勇気を振り絞って成人式に行ってみたらどうだったのか。こんなことを思った人がいたそうです。 「バカ騒ぎをしている同級生に興ざめした」(20代・女性) 「式場には無造作ヘアの男とかギャルとか、リア充ばっかり。オレの居場所なんて1ミリもなかった」(20代・男性) 一方、学校によくない思い出を持っていても、成人式を楽しんで帰ってきたという人もいます。 「不登校は中学校まで、高校の同級生とひさしぶりに出会えたのは楽しかった」(30代女性) 「社会科見学だと思って行ってみたけど、わりと楽しめました」(20代男性) 私が成人式に行かなかった、つまり「ボッチ成人式」を回避できたのは、その約1年前に取材したコピーライター・糸井重里さんのこんな言葉も大きく影響していました。 「日本の成人式って30歳でしょ。27歳だよって言う人もいるけど、俺は30歳だと思うな。だって30歳になるまで周囲の眼も甘いからね。日本の成人式は30歳。30歳になって『やることがわかった』というのでいいんじゃないかな。俺の成人は45歳だったけど」(2001年『不登校新聞』の取材にて) 糸井さんの真意は、大人になる節目の日は、人それぞれ、いろんなタイミングで訪れるということ。そういう意味で言えば「私だけの成人式の日」が人それぞれのタイミングで訪れるはずです。そんな言葉を信じて成人式に行かなかったわけですが、最近、抜群によかった「私だけの成人式」を迎えた日の話を聞きました。埼玉県で生まれ育ったトシさん(30代後半・男性)の話です。

■いじめで12年間ひきこもった部屋を出た日 トシさんはいじめを機に中学2年生で不登校。以来、26歳までの12年間はほとんどひきこもっていました。 トシさんが受けたいじめは執拗なものでした。 きっかけは、クラスのムードメーカーがトシさんへの悪口を言い始めたこと。それが仲間内に広がり、ヤンキー系の同級生の耳にも入ります。このヤンキーが、みんなの前でトシさんをいじり始め、小突きだし、いじめが本格化。同級生たちは、トシさんにまつわる悪口を堂々と言うようになり、トシさんの家まで追いかけてきて窓から覗き見て笑ったり、テニスのラケットで殴りつけてきたりしたこともあったそうです。 当然、トシさんは人間不信になりました。もう二度と覗きこまれまいとカーテンを固く閉め、家のなかにひきこもります。 家族からも理解はされません。戦後の貧しい環境で育った祖父母と、親に楽をさせたくて必死に働いた父。家族は「なんでがんばれないんだ」という眼でトシさんを見ていました。 学校と家のなかから刺すような視線に耐えかね、現実を忘れようとトシさんはゲームなどに没頭。そのとき救いになったのが「ドラゴンクエスト」(以下・ドラクエ)でした。 初めて買ったドラクエは「ドラゴンクエスト3」、小学5年生のころです。RPGという世界に興奮しつつも、遅々として進まないストーリー。どうすればクリアできるのか、ボスはどう倒せばいいのか、友だちと意見交換をし、いっしょに遊びました。ある友だちは、毎日のようにわが家を訪れて、笑いあってドラクエを進めていたそうです。あらゆるゲームの中で、ドラクエだけが「傷ついてない思い出」だったのです。 ひきこもりながらも、ドラクエをしていると「いつかまた、あんなふうに楽しく誰かと話したい」、そう思えたんだそうです。 毎日のように訪れていた友だちは、その後、トシさんをラケットで殴った子です。なんで変わってしまったのか、ゲームを終えるとトシさんの胸には悔しさが蘇ります。同時に「それでも学校へ行かなきゃ」という罪悪感も募ります。とっくに学校を卒業した年齢になってからも、「行かなければ」という焦りに何度も夢のなかで襲われたそうです。 成人式も欠席。不登校から6年が経っていた当時でも、同級生の存在は恐怖でしかありませんでした。しかし、それよりも「こんな自分を見せられない」という思いのほうが強かったそうです。こんな自分とは、ひきこもって何もできない自分です。 そんなトシさんに「本物の成人式」が訪れたのは22歳。ドラクエのゲームミュージックを担当している作曲家すぎやまこういちさんのコンサートを見に行った日でした。 「本物を聴きたい」 コンサートの存在を知ったトシさんはそう思い立ち、8年ぶりの単独外出を試みます。最寄り駅までは同級生に出会うかもしれず、親に頼んで車で移動。駅に着くと、地図の見方も切符の買い方もよくわかりません。8年ぶりの外出という緊張感。その駅で同級生たちに笑われた記憶も蘇り、余計に頭が混乱します。パニックになりながらも必死で切符を購入し、電車に乗りました。目的の駅に着き、会場へ急げども今度は迷子に。やっと会場へたどり着いたとき、コンサートは半分以上、終わっていました。 でも、そこでは画面の向こうでしか出会えなかったすぎやまこういちさんが指揮棒を振るっていました。演奏していた曲は、ドラクエ4で勇者が初めてステージに降り立ったときの曲。その瞬間、震えるような感動を味わいました。 コンサート終了後、すぎやまさんと握手もすることができました。握手の際、すぎやまさんから「ありがとう」と言われ、トシさんはこう思ったそうです。 「私の命を支えてくれたゲームの世界と現実の世界が繋がった」 それからのトシさんは徐々に外に出る時間を増やし、現在は週4日の会社勤め。残りの日は、同じひきこもり経験者のコミュニティーで活動しています。すぎやまさんと出会ってから10数年、人に裏切られたときも、仕事が見つからなかったときも、ずっとすぎやまさんのコンサートだけは毎年、欠かさず通っているそうです。

■「人生でもっと大事な日は訪れる」 トシさんにとっての「成人式」は、すぎやまさんのコンサートに飛び出していった日だったと私は思います。トシさんは、ひきこもっているあいだ何度も死を考えていました。それでも自殺に至らなかったのは、ゲームや漫画を通して、かすかな充実感を得ていたからです。それは言葉にすれば「手ごたえ」みたいなものでしょうか。その手ごたえを確かめに、トシさんは意を決してコンサートに行きました。もっと言えば、この世は生きる価値のある世界だと確かめたということです。 私やトシさんや多くの不登校の人たちが、成人式にも同窓会にも行きたくないのは、今の自分が見られたくないからです。でも、どんな自分でもいい。ドラクエにちなんで言えば、装備なんて裸でいいから、会いたい人がいる。そうやって無我夢中で飛び出した日が、大人への第一歩、人生の節目となるのです。 こんな話をしても、ひきこもった人は人生が終わっているとか、成人式にも行けないでかわいそうだとか言う人はいるでしょう。外野には言わせておけばいいんです。 ちょっと不器用で生きづらくても、私たちには、人生のなかでもっと大事な日が訪れます。それを楽しみに待ってみませんか。今日も今日とて、意味があるかないかわからないゲーム上のレベル上げもしてやりましょう。ゲーム実況を飽きもせず朝まで見てやりましょう。だって、それに感動して、笑って支えられてきたから。いま楽しいと思えることの先に、「本物の成人式」がきっと来るはずです。(文/石井志昂) 〔2020年1/13(月) AERA dot.〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
睡眠改善テクニック 夜型生活はトラブルのもと 子どもの学習能力を引き出す睡眠改善テクニック 子どもの健康 「寝る子は育つ」の言葉通り、小学生には9~11時間もの睡眠時間が必要だと言われています。塾や習い事、部活、遊びと多忙な現代の小学生は、睡眠不足に陥りやすく、また夜型化しがちだそう。睡眠障害の専門家である井上雄一さんに、その影響と、子どもの睡眠改善法について聞きました。

井上雄一さん 話を伺った人 井上雄一さん 睡眠総合ケアクリニック代々木理事長、東京医科大学睡眠学講座教授 (いのうえ・ゆういち)睡眠学(Somnology)のエキスパートとして、日本睡眠学会特任副理事長(国際担当)、日本薬物脳波学会理事などを務める。睡眠障害に診療、研究、啓蒙、教育など多方面からアプローチ。睡眠総合ケアクリニック代々木では、内科、精神科、耳鼻咽喉科などの医師と連携しながら、専門的な治療を行っている。 出典:「小学生白書Web版 (2018年9月調査)」(学研教育総合研究所) 原因は塾やゲーム、スマホ 小学生の夜型化が進んでいる

――「小学生白書Web版」(学研教育総研/2018年9月調査)によれば、22時以降に就寝している子どもは、小4で42.5%、小5で51.5%、小6で63.0%だそうです。最近の小学生の睡眠は、どんな傾向にあるのでしょうか。 睡眠研究の世界では、そもそも思春期になると就寝時間が遅くなり、夜型化しやすいと言われています。ただ、普段の診療を通して感じるのは、日本の子どもが夜型化し始める時期は早まっているということ。ここ5年ほどで、睡眠に問題を抱える小学校高学年のお子さんが増えました。 夜型化が進んだ要因は、中学受験のために遅い時間まで塾に行ったり、夜遅くまでゲームやスマホで遊んだりしていること。脳と体の発達を考えても、小学生には最低でも9時間は睡眠が必要です。朝7時に起きるなら、22時には就寝しないといけない。しかし実際は、0時まで起きている子も少なくありません。 睡眠中は、日中に活性化する交感神経を休めたり、体を成長させたり、記憶を定着させたり、脳をクリアな状態にしたりと、さまざまなことが行われています。つまり、睡眠不足は多くのデメリットをもたらすのです。 井上雄一さん 睡眠不足は、学習のパフォーマンスや人間関係にも影響する

――小学生が睡眠不足になると、具体的にどのような影響があるのかを教えてください。 睡眠が足りないと、眠気や全身のだるさを感じやすくなります。すると集中力が落ち、だらしなさや落ち着きのなさにもつながる。脳の働きも悪くなるため、学習のパフォーマンスも低下していきます。 不安が強くなったり、情緒不安定になったり、うつ傾向になったりと、情緒面にも影響します。こうした心身の不調は、学力低下、運動能力低下にまで発展すると考えられます。

――一時的ならまだしも、睡眠不足が続くと生活に支障をきたしそうですね。 そうなんです。まず、体内時計が夜型化してしまうと、朝、起きることができなくなります。起床するべき時刻に、血圧が上がり始めないからです。 「低血圧で起きられない」と言う人がよくいますが、それは間違い。もともと人間の体は、朝になると血圧が上がるようにできています。しかし、体内時計がずれると、血圧の上がり始める時刻も同様に後ろにずれてしまう。 7時に起きようとしても、体内時計が2時間ずれていれば、血圧が上がり始めるのは9時。だから起きられないのです。 朝、起きることができないせいで、不登校になる小学生もたくさん見ています。今、ここに通っているだけでも100人近い。遅刻するから、登校時に友だちと約束ができなくなって、友人関係が悪化し、学校に行けなくなってしまうんです。

――人間関係にまで影響してしまうのですね。 親子関係にも響きます。睡眠問題をめぐって親子仲にトラブルが生じている家庭は、15家庭に1家庭はあると思いますよ。 大人と違い、子どもは朝方まで眠りが深いもの。体内時計が後ろにずれていれば、なおさらです。眠りが深い状態で無理に子どもを起こすと、寝ぼけて酔っ払ったときのようになる「睡眠酩酊」に陥りやすい。すると、不機嫌になったり、ときに暴力的になったりして、親とトラブルになるのです。 体内時計を正常化するための夜型化防止テクニック

――子どもの生活が夜型化するのを予防、改善するためには、どんな対策を取ればいいのでしょうか。 体内時計を前倒しするよう、子どものプライベートライフを調節するほかありません。遅刻、欠席が目立ってきたり、不登校になったりと社会生活に支障をきたせば、それはただの睡眠不足ではなく、立派な病気です。 いくら熱心に夜遅くまで塾で勉強をしても、受験に支障が出ては意味がない。試験の日の朝、起きられなくて試験が受けられなかったり、試験中に寝てしまったりした子も知っています。下記のような方法で、体内時計を正常化していきましょう。

■子どもの夜型化を改善するテクニック

(1)朝、30分早く起きて親子で散歩をする いつもより30分早く起床して、親子で一緒に散歩を。朝の光を浴び、活動することで体が覚醒し、生活リズムの改善に役立つ。親子の会話が増えるので、コミュニケーションの修復にもつながりやすい。夜はもちろん、9時間以上の睡眠を確保できる時間に就寝を。

(2)週末に寝だめをしない 平日の睡眠不足を補うため、週末に遅起きする子どもは多い。しかし1時間でも起きる時間がずれると、体内時計が狂い、睡眠時間は足りていても、日中の眠気やだるさ、精神的な不安定さにつながる。長期的には成績悪化を招くというデータもある。

(3)食事の時間を一定にする 消化管にも体内時計のスイッチがあるため、食事の時間がずれると体内時計に影響する。そのため、食事を取る時間は一定にするのがベスト。塾や習い事などで夕食の時間がずれそうな場合は、帰宅後に夕食を取るのではなく、出かける前に半分の量、帰宅後に半分の量という食べ方にすると体内時計の維持につながる。

(4)スマホ、ゲームは朝にする 朝の光、とくにブルーライトは体を覚醒させる。スマホ、ゲーム機のブルーライトは波長が短くエネルギーが高いため影響が大きく、夜型化を招く大きな要因に。夜は寝室や自室に持ち込ませないなどのルールを作り、朝早く起きて遊ぶ習慣作りを。

(5)夜の予定を調整する 塾や習い事などで毎日、遅くまで活動していると、睡眠不足と夜型化は進む一方。週に5日のところを1日減らしたり、終了時刻を早めたりと、できるだけ早寝できる環境作りをして、睡眠時間の確保に努めたい。 夏休みの過ごし方が夜型化するかどうかのキー

――睡眠に問題を抱える小学生の患者さんが増えやすい時期はありますか? 小学生の受診者が増えるのは、12月の初めぐらいからです。中学受験を控えて、あわててくるケースが多いですね。 しかし、体内時計の治療は、時間がかかるもの。外来で集中的に治療しても、3~4週間かけて1時間ほどしか動かない。日の出の遅い冬に治療しようとすると、太陽光に似た光を出す機械を購入したりしなければならず、余計に費用がかさみます。 ただ本来、生活リズムが崩れやすいのは、夏休みの時期。長期休暇なので、自由気ままに生活し続けていると、体内時計がどんどん乱れていくわけです。

一方で、朝からしっかりと太陽光が差す夏休みは、体内のリズムを調整しやすい時期でもある。この時期、朝に活動する習慣をつけておくことは、とても重要です。

――なるほど。学校の勉強に塾、習い事、宿題、ゲーム、友人とのコミュニケーション。最近の小学生はタスクが多いですよね。 そうですね。保護者の方はぜひ、「いつしなければならない」という思い込みを外し、隙間時間でタスク処理ができるよう一緒に考えてあげてください。 朝、早く起きて趣味に没頭してもいいし、通学の時間が長いならそのあいだに宿題を済ませるのも手です。夜遅くにSNSのコミュニケーションに時間を費やしがちな子には、他人に合わせて自分の生活リズムを変える必要がないことを説明した方がいいと思います。 もしかすると今後は、時間の使い方について親子で話し合う必要性がより高まるかもしれません。というのも、教育にWebシステムを取り入れることが、夜型化に拍車をかける一因にもなりうるからです。 あるアジアの国では宿題の提出期限が深夜0時に設定されているため、宿題を提出した後に食事をして遊ぶという生活リズムになり、学校に行けなくなる子どもが続出しているそうです。夜遅くまでブルーライトを浴びているのも、不眠につながっていると予想されます。

――「自分の人生を他人にコントロールされない」というのは、大人になっても大事な心がけですよね。 家族も街も寝静まった夜に活動するのは、子どもにとっては魅力的でしょう。私自身も経験したのでよくわかります。でも、充実した人生は心身の健康あってこそ。「早く寝なさい!」というだけでなく、一緒に人生をクリエートしていく気持ちで睡眠の改善に取り組んでほしいと思います。 (撮影:辰根 東醐 編集:阿部 綾奈/ノオト) 有馬ゆえ ライター、編集者 〔2020年1/14(火) 朝日新聞EduA〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
引きこもりの人の年齢と期間 元引きこもり45歳男性が定時制高卒業へ 文化祭で主役「就職、結婚したい」 担任の竹本教諭と談笑する廣田さん(京都市中京区・朱雀高) 不登校や引きこもりを経験しながら30代後半から夜間中学で学び直し、現在は京都市中京区の朱雀高定時制に4年生として通う男性がいる。今春に卒業予定で「周回遅れだが、ようやくスタートラインに立てた。人生はこれから。諦めずに就職を実現させ、両親を安心させたい」と意気込んでいる。

廣田光輝さん(45)=山科区。小学6年の2学期初日、通学途中に急に吐き気がして学校に行けなくなった。原因は分からず、それ以来不登校になった。中学校は1日も登校できず、外出先の理髪店で体調が悪くなったのを機に自宅からも出られなくなり、引きこもりになった。 20歳の時、テレビアニメにはまり、原作の漫画を買いに書店に走った。体調に異変はなく、外出できるようになった。ただ、働くことが考えられず、時折登山や旅行をしながら実家で暮らした。30代後半、母親が病気になり「これ以上心配を掛けたくない」と決意。学び直しのため、38歳で夜間中学の洛友中(下京区)に入学し、卒業後は朱雀高定時制に入った。 授業について「教わったことが、自分のものになるのがうれしい」と語る。友人もでき、東京の修学旅行も経験した。11月にあった文化祭の演劇では主役を務め、担任の竹本裕一教諭は「堂々と演じ、積極性も出てきた」と評価する。 廣田さんは「過去に家の洗面台を蹴ったこともあったが、最終的には心配してくれた親を苦しませてはいけないという気持ちが湧いた。就職して一人前。そして結婚して両親に孫を抱かせてあげたい」と前を見据える。 〔2020年1/14(火) 京都新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
桜丘中学校のインクルーシブ教育 校則も定期テストもない 桜丘中学校のインクルーシブ教育が「大人たち」にもたらしたもの 現在の日本の教育に危機感を抱いているのは、文部科学省や経済産業省の官僚、一部の熱心なNPOや民間の教育業界の関係者、そして、ひと握りの現場の教員だけではない。東京都世田谷区では、ある公立中学校の保護者有志が中心となり、教育のイノベーションに向けてトークイベントを開催、大盛況となった。 「定期テストや校則を撤廃し、不登校やいじめもなくなった」とメディアからも注目を集めた世田谷区立桜丘中学校の保護者たちである。開催した「桜丘中学校ミライへのバトン ~選びたくなる、公立学校とは?~」には参加申し込みが殺到し、1000人の席はすぐに予約で埋まった。キャンセル待ちも出るほどだった。当日(2019年11月30日)、会場には、世田谷区の小中学生や保護者、桜丘中学校に興味を持ち遠方から足を運んだ人もいたという。 2017年から毎年開催されている「未来の先生展」や、昨年開催された「Learn X Creation(ラーン・バイ・クリエイション)」など、これまでの教育の問題点を検討し、新しい教育を模索しイノベーションを起こそうと試みる大きなイベントが、このところ注目され始めていた。感度の高い教育者や保護者にはそれらの開催は浸透しつつあったが、保護者たちが自ら主催し、1000人もを集めたイベントはあまり見当たらない。 子どもたちが3年間楽しく過ごすために

今回のイベントは、桜丘中学校の保護者や地域のボランティアなど約50人がスタッフとなり、協力してつくり上げた。その立案には、保護者の切実な思いが込められていた。 桜丘中学校が注目を集めたのは、2018年12月から朝日新聞で連載記事が掲載されたことが大きなきっかけだった。その記事は桜丘中学校を丁寧に取材し、この学校のユニークな教育をありのままに伝えていたが、「校則がない」「定期テストがない」などの言葉だけが、後続のメディアの報道でひとり歩きしてしまっていた。 「子どもが在籍する保護者として感じている実情と、外から見られている学校の姿にギャップを感じていました。子どもたちは生き生きとして本当に楽しそうに学んでいましたが、保護者の中には、注目されすぎていることや受験対策に不安を感じる方もいました。そうしたいろいろな思いを共有し、話せる場を持ちたいと思い、動き始めました。子どもたちのための学校とはどんなものかをみんなで考える会にしたかった」(保護者有志・橋本陽子さん) その思いに応え、4人の登壇者が集まった。桜丘中学校校長の西郷孝彦さん、世田谷区長の保坂展人さん、麻布学園理事長で城南信用金庫顧問の吉原毅さん、そして、教育評論家の「尾木ママ」こと尾木直樹さんだ。 やりたいことをやらせる教育方針 トークイベントの冒頭には、桜丘中学校の普段の様子がスライドで映し出された。職員室前の廊下には机が置かれ、教室に入りづらい子がここで勉強することも、卒業生が土日に勉強しにくることもある。家から麻雀牌を持ってきて、やりたいと言えば机をくっつけて台をつくり、やってみる。 フリーWi-Fiにも接続できるようになっており、スマホもiPadもOK。服装も髪型も自由。定期テストも宿題もない。校則もなくした。授業中に寝る自由も、授業がつまらないと言う自由も確保されている(それは先生の授業がつまらないから)。 子どもたちがやりたいことはできる限りサポートし、やりたくないということには、それはなぜかと丁寧に耳を傾ける。頭ごなしに決めつけて従わせるのではなく、子どもたちが自ら考え、動くことを応援する。 3Dプリンターでつくりたいものをつくってみたり、ハンモックで揺られながらスマホを楽しんだりすることもできる。放課後の補習教室、放課後のボーカルレッスン、放課後の料理教室、夜の勉強教室、炎のギター教室など居場所づくりにも力を入れている。 これらはすべて、「すべての子どもたちが3年間楽しく過ごすためにどうすればいいか」を、西郷校長や教員が真剣に考えた結果であるという。 「桜丘中では、『この学年』や『このクラス』ではなく、あの子はこうだね、この子はこうだねと個人の話をします。困っている子がひとりいれば、他にも困っている子はいるはずです。その子を観察し、意見を聞いて、その子が楽しく過ごせるにはどうすればいいかを考えて学校を見直してきました。これは教育理論先行ではなく、自然科学の方法です。自然を観察してその法則を見つけるということを教育に持ち込んでいます」(西郷校長) 「自分で考える力」を身につける

西郷校長は桜丘中学校の校長となって今年で10年になる。着任当時はどこにでもある普通の中学校だった。そこで、4つの新しいOS(Operating System)を桜丘中に導入したという。

OS1 多様性の需要・尊重/みんな違っていい。みんな違うほうがいい。 OS2 愛情を持って生徒に接する/生徒と教員が溶け込んでいるような関係性。 OS3 1人1人を大切にする/うちのクラスは、と言わない。1人1人を見る。 OS4 子どもと共に「生きる」/子どもの3年間と自分の人生の3年間を一緒に生きる。

桜丘中学校の「インクルーシブ教育」 桜丘中学校で行われているのは、インクルーシブ教育である。西郷校長は教員としてのスタートを養護学校(現在の特別支援学校)からスタートさせており、発達障害などへの理解も深い。短い命を終える子どもたちにも出会った。そしていまを楽しく生きることが何よりも大切だと思うようになったと語った。 最初はとまどっていた教員も、その理念を理解し、少しずつ変化していった。すると、子どもたちが変わっていく。ひとたび、いい循環が生まれれば、あとはどんどん改善されていく。それぞれの生徒が居心地のいい空間を見つけ、不登校の生徒は減り、多様であることがよしとされる場では、いじめも必要なくなった。 学ぶ意欲が高まり、「自分で考える力」を身につけることができるため、桜丘中学校の学力は、世田谷区でもトップクラスとなった。実生活にリンクさせて学ぶ英語は、飛び抜けて高い実力がついている。東京大学と東京学芸大学によるリサーチでは、いま注目されている非認知能力も高いという結果が出た。 2019年の国際学力調査(PISA)で、日本は、2015年の前回と比べ、科学は3ランク下げて5位、数学は1ランク下げて6位と、なんとか上位にとどまったものの、読解力は7ランク下げて15位という結果となった。 読解力といっても、ただ単に文章を読み解くだけの力ではない。大学教授のブログ、本の書評、科学雑誌の記事の3つを資料として、そこから根拠を示しながら、自分の考えをまとめる力が問われたもので、まさにこれからの時代に必要な高度な学力である。膨大な情報のなかから重要なものを選び取り、教科の枠にとらわれず横断的に自ら考え表現するための力だ。 この国際学力調査の結果が出る以前から、文部科学省も経済産業省も教育のイノベーションが必要であるという危機感は抱いており、2020年度には新しい学習指導要領が小学校で、2021年度には中学校でも施行されることになっている。桜丘中学校では、まさにこうした動きに先駆けて、実践的な力を身につける環境を整えてきたと言えるのではないだろうか。

保護者も自分たちで社会を変える力を このトークイベントでは、桜丘中学校の様子をスライドで見て、西郷校長の話を聞きながら、3人の登壇者も大きく頷いていた。 教育評論家の尾木さんは「既存の社会にうまくハマるための人材ではなく、新しい社会を創っていける人間を育てることが教育です。多様性を認めて、それぞれの力を生かして協力し合うことは、これからの日本の社会や企業を組み替えるための大切な取り組みね」と桜丘中学校の教育に共感し、「私たちの大人の生き方、価値観の見直しが迫られている」と警鐘を鳴らした。 「自分たちで社会を変える力」 麻布学園理事長で城南信用金庫顧問の吉原さんは、「自由闊達、自主自立にしないと子どもたちは育ちません」と切り出し、次のように語った。 「詰め込み、管理してしまうと自分で判断することをやめてしまう。情熱もなく、小粒になる。麻布でも、お受験で思考が凝り固まった子どもをいかにほぐすかが勝負です。中学高校は人間の基礎をつくる。そこで基礎をつくった子は、将来、爆発的に力を発揮します。活躍する場所を自分で見つけることができる。 規則を重視しすぎると、人を統制し、いじめる道具になってしまうことがある。規則より大事な倫理、思いやり、愛情、そういうものが会社や社会に必要だと思います」 西郷校長が退任したら、新しい校長になったらどうなるのか。その後のことを心配する声も多い。そのことを受けて、世田谷区長の保坂さんは次のように話した。 「桜丘中のように1人1人の子どもを尊重して、可能性を引き出す教育、誰1人として排除せず、包み込むことが必要だと思います。 教育について考える場にこれだけ多くの方が集まってくださることはまずありません。社会全体がいま大きく変わろうとしています。私は、上から変えるのではなく、学校現場から特色を出して踏み出していくこと、区民のみなさんの声から教育を変えていくことがとても重要だと考えています」

私たち1人1人が、声を上げ、働きかけていくことで教育は変わると、保坂さんは言うのである。 西郷校長の根底に流れるのは、教育理念というよりは、揺るぎない「人間への信頼」だ。 「子どものころ、大きくなったら悪い大人になりたいと思っていた人はいますか? いませんよね。人間ってそういう心を持って生まれてくる。だからそういう心が発動するように、自由にいろいろなことができる環境をつくってあげるんです。非認知的スキルは教えられません。環境がつくる。現在の多くの学校がそういう環境をつくっているのかはちょっと疑問ですね。 いま、学校の存在意義が問われています。うちの生徒たちは、海外の高校に行きたいと言っている子が多い。子どもたちに愛想をつかされないよう、日本にも素晴らしい教育の場が増えていくといいなと思います」 西郷校長は、自著「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」のなかでも、「『自分たちで社会は変えられる』ということに気づいてほしかったからです」「子どもたちは、みんな自分たちで『変える力』を持っている」と繰り返し記している。自らが退任した後、もし生徒が望まない方向に学校が動き出したら、「自分たちで変えればいい」という未来の子どもたちへの信頼も伝わってくる。 実は、前出の保護者有志の橋本さんは、後日、取材した際に「これだけはみなさんにぜひ伝えたい」と、次のように付け加えてくれた。 「あの学校がいいから引っ越そう、越境しようということではなく、それぞれの人がいまいる場所や学校で、少しでも変えていくことができれば、社会全体が大きく動き出すのではないかと思います。今回のイベントが、そのひとつのきっかけになればいいなと願っています」 私たち大人も、かつては子どもだった。西郷校長の言葉を借りて言えば、私たちのなかにも「自分たちで社会を変える力」がきっとあるはずだとあらためて思う。できることから行動に移すべきときが来ている。 太田美由紀 〔2020年1/15(水) Forbes JAPAN〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
群馬県 相談や交流ができるフリースペースを開設する計画 商店街に若者の“居場所”を不登校や引きこもり支援 群馬・寄付受け付け 前橋市千代田町の商店街に、不登校やひきこもりの若者が気軽に立ち寄って相談や交流ができるフリースペースを開設する計画が進んでいる。4月のオープンに向け、工事などに必要な資金をインターネットで集めるクラウドファンディングを実施中だ。 フリースペースは、不登校やひきこもりの若者の居場所「アリスの広場」を運営する団体「ぐんま若者応援ネット」と、性的少数者(LGBT)支援団体「ハレルワ」が協働で開設を目指している。 「アリスの広場」(前橋市南町)は、不登校とひきこもりを経験した佐藤真人さん(38)が2014年に始めた。かつての自分と同じような境遇の若者が外に出て視野を広げるきっかけになればと運営している。 「ハレルワ」は15年に発足。性的指向などで他人と違うことに生きづらさを感じている人たちの居場所づくりや社会での啓発に取り組んできた。代表の間々田久渚(ひさな)さんは「生きづらさを抱える当事者や寄り添う人たちが『安心できる居場所』を当事者の手で生み出したい」と話す。 当面の目標金額は120万円。専用サイト(https://readyfor.jp/projects/matihoke)から、2月29日午後11時まで寄付できる。寄付者には美術作品やイベント開催権などが贈られる。【鈴木敦子】 〔2020年1/15(水) 毎日新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
米国の「ホームスクーリング」 米国では200万人以上の子供が「ホームスクーリング」、教育に求められる変革と多様化
少子化が進む日本。子供の数は減っているが、小中学生の「不登校」が過去最多になったとしてさまざまなメディアが取り上げた。
文部科学省が2018年10月に発表した「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、2017年度の小中学生の数は982万人で過去最少、一方で小中学生の不登校生徒数は前年比1万348人増の14万4031人となり、初めて14万人を超え過去最多を更新した。
このトレンド、実は日本だけで起こっているものではない。欧米でも学校に行かない子供たちが急増している。
しかし、このトレンドについて日本と大きく異なっている点がある。それは「不登校」「ひきこもり」などネガティブな印象を持つ言葉ではなく、「ホームスクーリング」や「パーソナライズド・ラーニング」などの言葉で説明され、多くの場合ポジティブに捉えられているのだ。
学校に行かないことがポジティブに捉えられているのはなぜなのか。理由の1つは、ホームスクールやパーソナライズド・ラーニングで学習している子供の方が習熟度が高いという研究結果が相次いで公開されているためだ。
またビル・ゲイツ氏などパーソナライズド・ラーニングの可能性を説く著名人が増えていることもその背景にあるといえるだろう。
今回は第四次産業革命の本格始動を目前に世界で起こる教育革命の最前線をお伝えしたい。
英国・米国でも学校に行かない子供たちが急増、その理由
英BBCは2018年4月、英国で学校に行かずホームスクーリング(自宅で学習)する子供の数が2015年の3万4000人から1万4000人増加し、2017年には4万8000人に達したと伝えた。この状況を受け、英国政府は「自宅学習の権利と責任」に関するガイドラインを発表する予定だと報じられている。
英国の教育専門家らは、国内の教育システムが危機的状況にあることや、いじめ問題が深刻化していることなどが背景にあると指摘。1人の教師が30人もの生徒を教えるスタイルに疑問を投げかけ、オンラインツールなどを活用した21世紀の新しい教育を模索すべきとの声が高まっている。
一方、米国ではホームスクーリングする子供(5~17歳)の数は200万人以上ともいわれている。ナショナル・ホームエデュケーション研究所は、ホームスクーリングする子供の数は年率2~8%で増加しており、2016年時点ですでに230万人いたと推計している。
米教育省によると、ホームスクーリングする子供の数は1999年に85万人だったが、2007年に150万人に増加したという。この20年の間に着実にホームスクーリングする子供の数は増えていることがうかがえる。
米国では1980年代からホームスクーリングが増加したといわれているが、その理由は時代とともに変化している。当初は、クリスチャンの家庭が、宗教・モラルの教育において公共の学校では不十分と考え、子供をホームスクーリングさせることが多かったといわれている。
それまで米国では義務教育過程において子供は公共または私立の学校で学ぶことが法律で義務付けられていたが、1980年代にホームスクーリングを合法と定める州が登場し、教育を取り巻く環境は変わり始めることになる。
現在では、すべての州でホームスクーリングが認められている。また、ホームスクーリングの子供でも、学校間のスポーツイベント(日本のインハイなどに相当するもの)への参加を認める州もある。米国ではホームスクーリングはれっきとした教育選択肢の1つとして浸透しているといえるだろう。
ちなみにこのスポーツイベントの参加を認める法律は「ティム・ティーボウ法」と呼ばれている。ホームスクーリングをしながら、地域の高校フットボールクラブに参加、その後フロリダ大学を経てプロのアメフト選手になった人物の名前だ。
立ち上がる教育者たち、米国で起こる教育ディスラプション
ホームスクーリングの認知と需要が高まる中、ニューヨークでは学校版Airbnbとも称されるスタートアップ「CottageClass」が登場し注目を集めている。
公立学校には通わせたくないが、学費が高騰する私立にも行かせたくないと考え、ホームスクーリングを選ぶ親がニューヨークで増加しているといわれている。CottageClassは、このホームスクーリングで学ぶ子供たちと親、さらに教師がつながるプラットフォームを提供している。
教師がどのような授業を行うのか、プラットフォーム上にその概要を公開。親はそこから子供に合う授業をピックアップしていく。ホームスクーリングする子供どうし、親どうしのつながりができる空間として重宝されているようだ。
CottageClassの創業者であるマニシャ・スノイヤー氏は元教師。ニューヨークのテックメディアTechnical.lyの取材で、既存の教育制度に危機感を持ったことが同プラットフォームを立ち上げるきっかけになったと語っている。
スノイヤー氏が教師時代にもっともフラストレーションを感じたのが、子供たちの行動管理に関する方法だ。1クラスに何十人も詰め込まれており1人1人に対応することは不可能のため、静かに座ることを強要する以外何もできなかったという。 また既存の教育制度では、教育に情熱を持って取り組む教師であっても、標準テストへの準備などで時間を割かれ、クリエイティビティや能力を発揮できないでいる状態だと指摘している。 CottageClassは、親がホームスクーリングの一部を教育熱心な教師たちに任せられるだけでなく、子供も社会性を身につけることができ、ホームスクーリングの次の形として期待が寄せられているのだ。
ホームスクーリングは子供たちが自分のペースで学習を進められるため、「パーソナライズド・ラーニング」を実施する上でも効果的な教育環境といえるだろう。
カーン・アカデミーのように分かりやすい教育コンテンツとバッジ獲得などのゲーミフィケーションの仕組みを取り入れたオンライン学習プラットフォームを活用すれば、子供たちの学習における能動性を高め、学校で勉強するよりも高い学習効果を生み出すことが可能だ。
学術誌Canadian Journal of Behavioral Scienceに寄稿された論文によると、カナダの学校に通う子供とホームスクーリングの子供のテストの点数を比較したところ、ホームスクーリングの子供の方が点数が高いという結果になった。
調査対象となったホームスクーリングの内容は、「ストラクチャード」と呼ばれ、よく練られたカリキュラムで学習が行われていたという。カリキュラムがストラクチャードでない場合、ホームスクーリングの子供たちの点数は平均を下回った。
このほかにもパーソナライズド・ラーニングの効果を示す研究は数多く発表されており、ホームスクーリングだけでなく、学校でも導入が始まっている。
米国では、カーン・アカデミー創設者のサルマン・カーン氏が設立した「カーン・ラボ・スクール」やコワーキングスペースWeWorkが設立したプライベート小学校「WeGrow」など、ホームスクーリング以外にもさまざまな試みが行われており、教育の選択肢はかなり多様化しているといえるだろう。教育改革が求められる日本にとって示唆に富む事例となるはずだ。
〔2019年12/27(金) AMP[アンプ]文:細谷元(Livit)〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
グレタ・トゥーンベリ グレタ・トゥーンベリさんを批判する“大人たち” 心理の専門家はどう見る?
COP25参加のため、ヨットで大西洋を横断したグレタ・トゥーンベリさん(2019年12月、AFP=時事)
今年は、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん(16)が話題となりました。9月の国連気候行動サミットで、「経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり」「私はあなたたちを絶対に許さない」などと各国代表を批判し、若者を中心に多くの人の支持を集めました。その一方で、トランプ米大統領など著名人による批判も目立ち、ネット上でも彼女をやゆする意見が飛び交っています。
大人たちはなぜ、彼女を激しく批判するのでしょうか。心理カウンセラーの小日向るり子さんに聞きました。
経済力と発言力を持つ男性
Q.海外では、トランプ米大統領や高級ブランド「ルイ・ヴィトン」を擁するLVMHグループのベルナール・アルノー氏、国内では、堀江貴文氏などの著名人が「若者の士気を下げる」「人間が人間であることを否定することになる」などとグレタさんの言動を批判したり、皮肉ったりしています。なぜ、彼らは彼女に批判的なのでしょうか。
小日向さん「彼女を批判している人の多くについて『中高年男性』といった年齢や性別ではなく、『価値観』で分類した方が理解しやすいと思います。その価値観とは『人間はより快適で利便性の高い生活を求めて常に進化していく生き物であり、それこそが個人や世界の幸福につながる』というものです。
グレタさんの活動に対して『人間であることを否定することになる』という発言は、その価値観をよく表していると感じます。より快適で利便性が高い生活を求めて進化するための人間の活動は、そのまま経済の発展につながりますが、グレタさんの主張とは対立します。
つまり、現状では、経済的な力とそれに付随する発言力を持つ人が中高年の男性に多いため、批判しているのは中高年男性が多いと見えるのではないでしょうか」
Q.大人が彼女を批判、嘲笑するとき、どんな心理なのでしょうか。
小日向さん「『若造には分からない』『あなたも年をとれば分かる』といった言葉は著名人でなくても、年長者が若者に言う発言として珍しいものではありません。多くの大人は若者(未成年)に対し、『人生経験が少ない=世の中の仕組みを十分に理解していない』と思っているものです。そうした意味では、大人が一般的な若者を見る感覚と、彼女への感覚が一致している部分はあるでしょう。
ただ、彼女を批判する人々には『若者(未成年)』というだけではない別の感情がいくつか働いているように感じます。それは彼女の『温室効果ガスを削減せよ』などの主張、感情を前面に出す態度が大きいのではないでしょうか」
Q.彼女を批判する意見の中には、「精神的に病んでいる」「学校に行け」などと彼女の病歴(アスペルガー、うつ)や不登校をやゆするようなものや、「彼女は悪い大人に操られている」「利用されている」といった陰謀論的なものも目立ちます。
小日向さん「グレタさんは、自身が発達障害の自閉スペクトラム症であることを告白しています。この障害は『空気が読めない』『物事を白か黒かで考えることが多い』『突き進むパワーが強い』といった特徴があります。
これらの特徴は長所になることもありますが、調和を重視する環境では短所になります。そのため、調和を善しとする人々は彼女の障害を『病気』だといい、『だからそれを矯正するために学校に行きなさい』という主張が妥当な結論になるのでしょう。
また、『善が悪を懲らしめる』という勧善懲悪のストーリーが好きな人は多いです。そのため、真偽のほどはさておき『実はグレタさんの裏には操っている悪い大人がいる』というストーリーはメディアで非常に盛り上がるのです」
ねじれによるフラストレーション
Q.グレタさんの件を通じて見えた傾向はありますか。
小日向さん「近年、『物分かりのいい大人』になりたがたる人が多くなった印象を受けます。実際に『年長者には黙って従え』『少数派はおとなしくしていろ』といった言動はハラスメントとして罰せられることにもなりかねませんので、保身のためにも物分かりのいい大人になった方が現代を生きやすいのです。
その結果、グレタさんのような革新派の人が『物分かりのいい大人』から守られ、保守派が保守でいられなくなるという心理的ねじれ構造が出ており、このねじれによるフラストレーションが対立構造を激化させている一因ではないでしょうか。
また、9月の国連気候行動サミットでの、彼女の怒りを全身に込めた『表情』だけでいえば、好感を抱かなかった人も多いと思います。グレタさんの発言は確かに正義ですが、その主張より先に感情の部分で不快を覚えてしまうと、彼女を理解しようという能動的な動きは抑制されます。
また、経済力がある人は気が強い傾向にあるため、『大人である自分たちに対する敵意の表情』に闘争本能を刺激されたこともあるのではないでしょうか」
Q.「環境保護に努めよう」「(将来的に)原発を減らしていくべきだ」などと環境問題について正論を言うと、「現実的になれ」「経済活動が萎縮する」などと理由をつけてたたかれることがよくあります。
小日向さん「『環境保全に努めたい』『原子力より安心、安全な代替エネルギーがあればそれを使用した方がよい』ということは世界の共通認識です。しかし、現時点でそうした社会を実現しようと、例えばグレタさんのように、すべての人や物がアメリカからヨーロッパまでを船で移動したら経済活動は萎縮します。これが代替案だとしたらお粗末と言わざるを得ないのです。 人間は欲深い生き物ですから、一度上がってしまった生活のクオリティーを下げることは想像以上にストレスとなります。今回のグレタさんの件だけでなく、理想論者は代替案まで提案すること、現実論者は利益だけではなく理想も追求することがそれぞれ必要です。そして、考えが異なるからといって対立するのではなく、互いに歩み寄る精神が大切なのではないでしょうか」
〔2019年12/28(土) オトナンサー〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
通勤経路外での労災はおりるか 通勤途中に不登校生徒の家を訪問し交通事故に。経路外だけど労災になる?
【設例5】通勤経路外での労災はおりるか
不登校生徒の様子を知るため、通勤途中に生徒宅に立ち寄り。そこから学校に向かう途中で事故に遭いました。登録した通勤経路外になるのですが、労災はおりるでしょうか?

1通勤経路外でも理由次第でOK !
労働者が通勤途中で事故に遭い負傷した場合は、通勤災害*として労災の対象になります。この場合、使用者にあらかじめ届け出た通勤経路かどうかが問題になる場合がありますが、労災の実務ではたとえ届け出た通勤経路とは異なっていても、「合理的な経路」と判断されれば労災の対象にしています。例えば、当日電車が人身事故で遅延し、迂回ルートで通勤していた途中で負傷した場合も「合理的な経路」として労災の対象になります。
*労災には業務災害(公務災害)、通勤災害が含まれる。
2不登校の生徒の自宅立ち寄りは公務?
設例は通勤途中の立ち寄りですが、その目的は不登校の生徒の自宅を訪ね、連絡事項の伝達や様子を知るためでした。もしこのことが教員にとって業務に該当するならば、通勤災害ではなく業務災害として判断されることになります。さらに、公立学校教員は地方公務員なので、業務災害ではなく公務災害になります。公務災害の場合、通勤災害よりも公務員の労働者にとって休業などの点で有利です。
公務災害かどうかは、災害発生時に任命権者から通常または臨時に割り当てられた職務を遂行しているなど、職務が任命権者の支配下にある必要があります(「公務遂行性」)。
設例の場合、不登校の生徒の自宅に立ち寄るという行為は、通常は担任が自らの判断のみで行うものではなく、管理職と相談して行うものです。つまり、校長の職務命令として行うものであり、その支配下での職務であると考えられるので、公務遂行性があると言えます。
また、公務災害が認められるためには、公務に内在する危険性が現実化したと言える必要があります(「公務起因性」)。生徒の自宅に行く途中で事故に遭うことは、学校外の場所に移動する行為を伴うので、事故に遭う可能性はあり得ることです。そのため、公務に内在する危険性が現実化したと言えます。
以上のように、設例の場合は通勤災害ではなく、公務災害として認定される可能性が高いでしょう。
3部活動業務での移動の場合はどうなる?
設例とは異なりますが、部活動業務での移動中に負傷した場合はどうでしょうか。特に勤務時間外の部活動で校外に出ている際に事故で負傷した場合に問題になります。
勤務時間外の部活動業務での事故は、学校の教育活動として行われ、校長の指示と責任の下で実施されるものは公務災害の対象になります。したがって、部活動業務での移動中に負傷した場合でも、公務災害が認められます。
一方で、中体連や高体連など、連盟が主催する公式戦での審判業務に際して負傷した場合は、校長の指示と責任の下での業務ではないとされ、公務災害に該当しません。しかし実際には、中体連や高体連などの連盟に登録しなければその部活動は公式戦に参加することはできず、連盟が主催する公式戦を実施するために顧問の先生は審判業務を担当せざるを得ません。
それにもかかわらず、審判業務に関しては公務災害が認められないのはあまりにも理不尽であり、日本の部活動運営が連盟の独占的な権力構造を前提とする極めて歪なものであることを物語っています。教員の部活動業務の負担が社会問題となっている中で、連盟の存在と運営のあり方は、連盟の業務を担当せざるを得ない顧問教員の公務遂行性の判断とも関連して、最も批判的に議論されなければならない論点だと思います。
※このコーナーに出てくる人物名や団体名、設定は架空のものです。
著・監修 神内 聡
弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。担当科目は社会科。著作に『学校内弁護士 学校現場のための教育紛争対策ガイドブック』(日本加除出版)など。
※『教員養成セミナー 2020年2月号』
「もし教師が法律を知らなかったら 若手のためのコンプラ入門」より 〔2019年12/28(土) 教員養成セミナー〕


周辺ニュース

ページ名[[]]、()
高校生モデル・よしあき ティーンの人気を集める高校生モデル・よしあきが初のエッセー本を出版
  「友達ゼロで不登校だった僕が世界一ハッピーな高校生になれたわけ」
よしあき初のエッセー本「友達ゼロで不登校だった僕が世界一ハッピーな高校生になれたわけ」
「グッチ(GUCCI)」や「バーバリー(BURBERRY)」のオープニングパーティーに来場し、「ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE&GABBANA)」のミレニアルズ向けのショーや東京ガールズコレクションのランウエイを歩く高校生モデルのよしあきが12月26日、初のエッセー本「友達ゼロで不登校だった僕が世界一ハッピーな高校生になれたわけ」(KADOKAWA)を出版した。本の中では、中性的な言動がいじめの対象となり不登校だった過去を告白。その後、台湾での療養生活や帰国後のフリースクールでの恩師との出会い、原宿デビューなどを経て“世界一ハッピーな高校生”と思えるようになるまでの歩みをつづった。そんなよしあきに本の出版や現在の活動について話を聞いた。
WWD:今回の出版の経緯は?
よしあき:数年前にもお話をいただいていましたが、“暗い過去を売りにしたかわいそうな子”という目では見られたくなくて、保留にしていました。その後、自分と似たような経験をした子が悲しい結末で終わるニュースを目にする機会があり、僕がこんなに元気になれたんだから少しでも希望を届けられればと思い、もう一度お声が掛かったタイミングで出版を決めました。
WWD:不登校になったきっかけは?
よしあき:自分では最初はいじめだと思っていなかったんです。小学生の頃からサッカーよりおままごとが好きで、「女っぽい」とからかわれたことから、ちょっかいがどんどんエスカレートして、同級生から暴力を受けることもありました。深く傷ついていましたが、当時は誰にも話すことができませんでした。お母さんや姉のミチとも仲は良かったけれど、家では強がっていたのかもしれません。僕がキャパオーバーになり学校へ行けなくなって初めて、家族がいじめの事情を知りました。
WWD:本の中では家庭内暴力や自殺未遂などの過去についても赤裸々に語った。“ハッピー”と思えるようになるまでにはどんなことがあったか?
よしあき:不登校の時期には精神的に不安定になり、家庭で暴れてしまうこともありました。ミチが受験を控えていたことから、11歳のときに生まれの地である台湾に移住しました。日本の社会や人間関係からくるプレッシャーがなくなり、少しずつ元気になっていくのを感じました。一方でそのときにSNSで見た原宿のポップなファッションに憧れを感じて、帰国したら原宿に行くことを夢見るように。当時流行していたスキニーパンツがはきたくてダイエットもしたんです。
PHOTO : TSUKASA NAKAGAWA
"昔は悪目立ちをしないようにしていた自分が派手なファッションを楽しむようになった"
WWD:13歳で帰国し、すぐに原宿へ行った?
よしあき:家族や親戚としか話さない日々が何年か続いていたので勇気が必要でした。お母さんたちが探してくれたフリースクールに通い、そこで恩師の先生との出会いがありました。恩師をはじめ仲間や人と関わることに慣れていったんです。そしてやっとミチに原宿に連れて行ってもらい、竹下通りを歩きました。はじめは緊張したんですが、髪の毛を緑に染めたり、ケミカルウオッシュのデニムにタイダイ柄のTシャツを合わせたり、ミチとおそろいのコーディネートをしたりと、だんだんと派手なファッションを楽しめるようになりました。昔は悪目立ちをしないようにしていた自分が、まさかこんな派手な格好して自信が持てるようになるなんて、ファッションの力って本当にすごいと思います。そんな中、街頭でテレビのインタビューを受け、そこから徐々にモデルの活動をさせていただくようになりました。
WWD:若者マーケティング研究機関「シブヤイチマルキューラボ(SHIBUYA109 lab.)」が発表した「トレンド大賞2019」のヒト部門では1位によしあき&ミチが選ばれた。
よしあき:2人ですごく喜びました!ミチは「わたしはずっと、遊びでも球拾いしかやらせてもらえない子どもだった」と言っていて、僕もなかなか仲間に入れてもらえない子でした。そんな僕にイベントでファンの子が「会えてうれしい」って涙を流してくれたりするんです。全てにおいて不正解の人間だと思っていましたが、今まで自分がやってきたことは間違ってなかったのかもって思えるようになりました。
WWD:現在インスタグラムのフォロワー数は36万を超える。ファンを獲得するために何か工夫していることはあるか?
よしあき:僕たちは人並みにしかやってないです。ただ、SNSでは悲しいことや暗いことは発信しないようにしています。もちろん落ち込むこともありますが、そんなときは大好きな酢豚定食を食べたり(笑)、友達に話したりしてストレスを解消しています。不登校やいじめを経て、ため込まないようにしようと決めたんです。ため込んで人に物事を伝えなかったのでいじめがエスカレートしたんだと思います。
PHOTO : TSUKASA NAKAGAWA
"僕の人生は誰にもあげたくない"
WWD:過去に戻ってやり直したいと思うことはあるか?
よしあき:やり直したいとは思いません。もし普通の学校生活を送っていたら今の僕になれていないかもしれない。過去があったから今の僕があるんだと思います。フリースクールで恩師に会えたこと、家族が支えてくれたこと、モデルの仕事に出合えたことなどいろんな奇跡が起こったので、僕の人生は誰にもあげたくないです。
WWD:今回出版する本はどんな人に読んでもらいたい?
よしあき:人間関係で困っている人や不登校になってしまった子に読んでもらいたいです。僕のお母さんのインタビューも掲載しているので、同じような境遇のお母さんにも読んでほしいです。本を作る過程で、僕とお母さんの間には当時すれ違いがあったことを知りました。僕は「もっと構ってほしい」とか「お母さんにそんなに好かれていないかも」と思っていたら、お母さんはカウンセリングに通ったり学校を探していたりと、僕のためにいそがしくしてくれていたんです。本当に今が幸せすぎて過去を肯定できるようになったので、僕の経験を通してどんなにつらいことも絶対に超なんとかなるって、伝えられたらうれしいです。
〔2019年12/28(土) WWD JAPAN.com〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
長崎県五島市フリースペースつくしんぼ 「小さなSOS受け止めたい」五島にフリースペース 不登校、いじめ… 新たな「居場所」へ
五島市三尾野1丁目、福江総合福祉保健センター
小さなSOSを受け止めたい-。五島市に今月、不登校や引きこもり、いじめなどに悩む子どもたちを受け入れる「フリースペースつくしんぼ」が開設された。かつての当事者やその親、相談支援に詳しいメンバーらがボランティアで運営し、電話や面会で相談に応じる。学校と自宅以外に過ごす場所が少ない離島で、新たな「居場所」づくりを目指す。
市内では現在、国と県の委託を受けたNPO法人が運営する「五島若者サポートステーション」(五島サポステ)が、仕事や通学ができない15~39歳の就労支援などに取り組んでいる。一方、14歳以下については、市教委が学校外で不登校者を支える「教育支援教室」などがあるが、民間の支援活動がほとんどなかった。
そこで、五島サポステ副総括コーディネーターの草野久幸さん(65)が、サポステの元利用者や支援者らに呼び掛け、年齢制限を設けない支援組織の設立を提案。草野さんの他に7人が「フリースペースつくしんぼ」の支援メンバーとして参加した。いずれは引きこもりなどの子どもがいる親同士が悩みを共有する場もつくりたいという。
草野さんらは日中、福江総合福祉保健センター(三尾野1丁目)2階の五島サポステに常駐。「サポステとして、年齢にこだわらず切れ目のない支援を行うため、誰もが自由に滞在し、相談しやすい場にしたい」として、小中学生の来所も歓迎する。フリースペースの支援メンバーが集まる定例会は、同センターで毎月第3水曜日午後6時半から。その場でさまざまな悩みも相談でき、次回は来年1月15日の予定。
草野さんは「家で1人でゲームをするよりも、まずはフリースペースで誰かと一緒に遊んでほしい。子どもたちの選択肢を増やしたい」と話す。問い合わせや相談は草野さん(電090・1191・3292)。
〔2019年12/30(月) 長崎新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
NPO法人「くるみ─来未」 障害者らに居場所を 川崎・中原区のNPO、施設開所へ奔走
発達障害や知的障害のある子どもたちに居場所を提供しようと、地域のコミュニティースペースをつくる取り組みに奔走しているNPO法人がある。川崎市中原区で自閉症児支援を手掛ける「くるみ─来未」。立ち上げに要する資金が150万円ほど足りておらず、2020年2月のオープンを目指して寄付を集めている。
「障害の当事者やその家族たちが誰でも楽しく過ごせる場所にしたい」。くるみの理事長を務める太田修嗣さん(43)は、自費で同区上平間の2階建て一軒家を購入。2階は自宅で、1階をコミュニティースペース「くるみのおうち」として、地域住民らが気軽に立ち寄れる「憩いの場」をつくっている。
築50年にもなる家は、大規模なリフォームが必要だった。19年春から団体の利用者や支援者らの協力を得てDIY(日曜大工)で改修作業に着手。壁紙を貼り直したり、ひたすら雑巾がけをしたりして、計10回で延べ120人が作業し、約60平方メートルあるスペースはすっかりきれいになった。
くるみは14年に設立。太田さん自身が父子家庭で自閉症の長男・直樹さん(18)を育ててきた経験から「社会との接点を持ちづらい子が安心できる場を」と、弁当作りやアウトドア体験などのイベントを月1回ほど催してきた。活動を広げるため、初めて自前の施設を造ることにした。
「活動の原点には息子の存在がある。どうすれば彼らしく生きられる社会にできるかという視点でずっと考えてきた」と太田さん。改修作業には直樹さんも参加し、オープンを心待ちにしているという。開所後はイベントのほか、虐待被害や不登校の子どもを一時保護するシェルターの機能も持たせるつもりだ。
費用は約2200万円。くるみのおうちは完成間近だが、テーブルやエアコンなど家具・家電の用意がなく、賛同者の寄付が欠かせない。くるみは市の特例認定NPO法人のため、寄付者は税制の優遇措置を受けられる。太田さんは「みんなが自分らしくいられる場にしたい。社会を変える取り組みに協力してほしい」と呼び掛けている。
詳細はくるみのホームページ(http://kuruminaoto.org/)。問い合わせは、同団体にメール(kurumi.naoto@gmail.com)を送る。
〔2019年12/30(月) カナロコ by 神奈川新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
レリジャスハラスメント/religious harassment(レリハラ) 自治体直営の山村留学センター所長が入寮児童と保護者にレリハラ/不適切宗教勧誘か
不適切な宗教勧誘が行われた疑いがある本郷山村留学センター(同センター公式HPより)
地方自治体による山村留学事業において、施設の責任者が入寮中の女子児童とその母親に対し不適切な宗教勧誘を行っていたことが判った。
山村留学事業とは都市部の小中学生を農村や漁村など主に過疎地の公立学校で受け入れる地方自治体の事業。問題が発覚したのは山口県岩国市。同市へ山村留学する児童・生徒は自治体が運営する寮『本郷山村留学センター』で指導員と生活し地元の公立学校に通う。同センターでは本郷小学校に通う小学生の男女児童を受け入れているが、本郷中学校へ進む中学生については男子のみ継続入寮可能で女子児童は中学進学後には入寮できない。
今年春から小学生の娘をセンターに預け、中学進学後も継続入寮を希望していた母親が岩国市職員である施設責任者から受けた”交換条件”による宗教勧誘の被害を告発した。
山村留学事業における宗教勧誘被害
岩国市の山村留学事業では主に都市部から転校した小中学生が緑豊かな山村で留学生活を送っている。保護者が市に支払う委託費は小学生が月46,200円、中学生は月に51,400円となっている。一年ごとの更新で継続利用も可能。山村留学の背景にはいじめや不登校などの問題も指摘されているが、今回宗教勧誘の被害に遭ったのは親の仕事の事情で山村留学を選択した小学校高学年の女子児童とその母親だ。
提示された”交換条件”
娘の小学校卒業後も継続して中学校卒業までのセンター入寮を希望する母親は、施設の責任者である60代の男性所長に今年春から相談していた。この責任者はセンター開設後32年間、市の職員として所長を務め、数年前に定年となって以降も年度契約で準公務員として再任用されている。
6月上旬、センターを訪れた母親は事務室で所長から思いがけない提案を受ける。娘を中学3年間自宅に下宿させること、つまり里親となる交換条件として自身が教会長を務める天理教への母娘の入信と中学卒業後に娘を天理高校へ進学させると約束することを持ちかけられたというのだ。
センターに入寮中の女子児童は中学生になっても里親を見つけることができれば継続してセンターを利用することは可能だが、寮として宿泊はできない。地域には高齢者が多く、里親となる世代の民家自体がないため、これまでセンターに通う女子中学生の里親をしてきたのはこの所長のみだ。
以下は母親の記憶を基に再現したセンター事務室(管理室)内でのやり取り。
母親「所長、女子中学生の受け入れ、何とかなりませんか。いろいろ問い合わせしているのですが、なかなかうまくいきません」
所長「うちで預かってもいいんだけど、決めていることがあるからねぇ。天理高校に行く子だけ預かることにしてるから。じゃあ、○○子(娘の名)、天理高校に行ってくれる?僕は教会長なんだけど。天理高校は天理教の信者じゃないと受けられないんだよね。決まりがあるからね。今度、そういうの(別席)があるから、4人(所長夫妻、母娘)で行きましょう。おやさまという方がいるんだけどね、どういう教えでどうして大事なのか」
思いがけない提案に面食らった母親は思考停止状態になり固まってしまったという。脈があると思ったのか所長はその後、30分以上天理教についてブリーフィングを続けた。明確な返答ができないまま施設を後にした母親だったが、その後、友人にこの交換条件の提示について話したところ「それはおかしい」と指摘され、立場を利用した宗教勧誘であるレリジャスハラスメント/religious harassment(レリハラ)の被害に遭ったことに気付く。
保護者に無断でお参りさせていた
11月、ある検定試験を娘が受ける際、所長が保護者に無断で試験会場の近くにある天理教の周東大教会にお参りさせていたことが判明、母親は告発の決意を固めた。
12月初め、母親はレリハラの証拠として所長との会話を録音した。
母親「天理教に入って天理高校に入らないと所長の家には下宿させてもらえないわけですよね?」
所長「だからね、私はそう決めたんですよ。卒業されるんだけど皆それっきりでね。感謝せいとは言わんけども、ただ連絡はしてほしいんですよ、ここを育った子は。留学センターを巣立った子どもたちだからどういう形であれ連絡をしてほしいんだけど、うちで育った子は何にもないんですよ、そういう子に私は育てた覚えはないんだけども、結局家に帰ったらそうなってしまうから。だから私は今度預かる子は天理高校に行くと。天理高校に行けば私も毎月天理に行くから、○○子(娘の名)に会えるわけですよ、どんなことしてる?と話もできるからね、わかります?私自身が安心もする、頑張ってるなと。そういうことを大事にしたいから私は天理高校へ行く子ならば預かることにしたんです。わかりますか、民間の家に帰ると何にもないからね」
母親「所長の自宅に下宿していた子たちは天理高校に進学されていないんですか?」
所長「いない。皆家に帰ってしまうとそれっきりになるから嫌でね、それでもう天理高校に行く子だけを預かることにしたんです。そうしたらお母さんにも一回は天理教の話が聞いてもらえるでしょ、今まで預かった子には誰も天理教の話はしていない、一般的な家だと思っているからここが。私はあくまでも天理教の教会長だからね、これではいかんなと、せっかく預かるなら私も天理教の信者だから、せっかく預かる子どもさんの保護者の方にぜひ天理教のお話を聞いてほしいなと、それでこのようにさせてもらったんですよ。別に強制的に信者になれってことではないですよ、間違えないでくださいよ。ただ話の順番として(信者に)なってもらわないと天理高校を受けられないから」
天理高校の保証人システムを力説する所長。
所長「天理教の信者でないと天理高校を受けられないんですよ、天理高校を受けるためには話を聴いてもらわんと受けられないというシステムがあるんですよ。親が保証人じゃないんですよ、(天理)高校の保証人は。天理教には大教会というのがあって、大教会長がその子の保証人になるんですよ。だから何かあった時には親に行くんじゃないんですよ。大教会の会長のところに行くんですよ、これこれこういう子が来てますけれどどうなってるんですかと、だから天理教の話を聞いてもらって私がこの子は天理高校を受けますからって、印鑑が要るんですよ、願書を出すのに」
無断で参拝させたことも「問題ない」
さらに娘を天理教の大教会へ連れて行き参拝させたことも「問題ない」と弁明した。
所長「(11月の検定)試験を受けに来ましたよね。その時も、駐車場がないから大教会の場所を借りて駐車場に行ったんですよ。そこでちょっと参拝して行こう、せっかく受けるんだから試験前に神様でもお祈りしとこうということで行って。まあ(試験に)通ったから別に問題ないんだけども」
母親は“交換条件”の決定的な言質を取った。
母親「6月にお話しした時に、娘と私が天理教に入信して天理高校に入ると、」
所長「約束ちゅうか、うちで預かると」
母親「下宿させていただいて山村留学を続けられると仰ってましたよね」 所長「そう、そうです」
所長から「12月26日に天理教の最初の信者になる人の勉強会(別席)に行きましょう」と言われていた母娘だが、後日理由を付けて断っている。
天理教関係者に確認したところ、確かに天理高校の応募資格には「天理教信者の子女で」と明記されているが「親も保証人で大教会長は連帯保証人」との位置づけだという。また「印鑑」には「確かにうちの信者です」という証明の面もあるとのこと。
渦中の施設責任者に電話取材
12月16日、この所長に電話取材を行い、事実関係を確認した。
――6月に母親から相談された時に「天理教へ入信するのであれば」と言ったのか
「入信をするとは言っておりません。なんか間違えてませんか」
――具体的にどのように言ったのか
「だから天理高校に行くためにはどうしても話を聴いてもらわないといけんから、それで天理教の話を一回聴いてくださいと。入信するかしないかはご自由ですと言うとります」
――具体的に「天理教に入らないと中学1年から外に行っていただきます」と
「そんなことは言ってません。うちで預かるときには天理高校に行かせたいんですよ、里親するんですよ、要するに。皆高校でダメになるから。高校行ってない。辞めてるんです。そういう子にしたくない。天理高校なら寮もあるし、ひと月に1回天理に行くので顔も見れる。天理教の教会長やってますから。できれば天理高校に行かせたいんですよ。それでね、預かる条件として天理高校に行かす条件として一応預かりますけれども、ただ本人が意思が変わってどうしても天理高校を受けられないと言われればそれはしょうがないですねという話をしたんですよ。この前も」
所長はこれまで5人の女子中学生を預かってきたが、一度も天理教へ連れて行ったり天理教の話はしていないという。
所長「好き好んで預からない、頼まれて」
――11月の検定試験の際、母親に無断で娘を天理教の教会にお参りさせた
「(天理教の)駐車場に停めただけですよ、駐車場がないから」
――お参りはしてないんですか
「お参りはしましたよ。受験するんだから合格してほしいでしょ、だから」
――親の承諾は取ってないんですよね
「取ってないですそれは、本人が嫌がればさせませんけど。せっかくだから天理教の教会に参拝していきましょうと言っただけですからそれだけのことですよ。何が言いたいんですか?」
――6月に母親から相談された際に「うちで預かってもいいけど決めていることがある」と
「それはそうですよ」
――交換条件として提示されたんですよね
「交換条件ではないです。酷い言い方されますね。交換条件じゃなくてうちで里親するんですよ」
「この前、メールが来て来年受験させるので来年はこっちにおらない(いない)と聞いている。よく聞いてください○○さんから。私もわかってませんけど」
「もう面倒くさい」「問題なんでしょう」
「いろんな情報が行ってるんですねそっちにね、ほんとのこと聞いてください、もう面倒くさいね」
「天理教は関係ないですから、私の気持ちを言うたわけですから」
――天理高校に入らないと下宿させてもらえないとお母さんが確認された
「確認というか、そうじゃなくて『入信して天理高校に行かなきゃいけませんか?』と言われて、できればそうしてほしいと。本人が3年預かるんだったらそりゃ気持ちも変わるかもしれないからその時には仕方がないですねと言ったわけですから。預からんとは言ってませんよ」
――6月の時点で、「うちで預かってもいいけど天理高校に行く子しか下宿させない」と
「そのようにしたいんですよ、私としては」
――という話はしたんですよね
「それはしましたよ」
――中学に進んでも寮に残れないと悩んでいる親にそういう話をすることは条件を提示されたと受け取られても仕方ないのでは
「それは仕方ないでしょ、うちで預かるわけだから、(それが嫌なら)よそで預かってもらえばいいだけだから」
――ならそれは条件を提示したと受け取られても仕方ないのでは
「それはそうかもしれないが」
――条件を提示したという意識はなかったと
「それはないですよね、その時点ではね」
――女子児童が中学生になったら寮に残れないという状況の中でそういう話をしたことは問題があるのでは
「何の問題があるのかよく分からんけど。じゃ、問題があるんでしょう」
――職場で宗教勧誘をしたわけですよね
「勧誘をしたわけでではないです、里親は個人になるんですよ、だから別問題でしょ、職場とは」
――職場でそういう話をされたわけですよね
「中ではないですからね」
――話をしたのは寮の中だったと聞いている
「寮の中ではないと思いますけど」
――母親に伺った話では場所は寮の中だったと
「私にどうしてほしいわけですか、よくわからんけどその意図が」
――事実関係の確認をしたいんですよ
「事実関係?」
――場所はセンターの中じゃなかったんですか
「それをどうしたいんですか、記事に出されるわけですか」
――事実関係を確認出来て記事にできると思えば出します
「出してどうされるわけですか、私を責めるわけですか、そのようにしたゆうて」
――事実として山村留学センターの中で娘の進学に悩む母親に対して天理教への勧誘をしたのかどうか
「天理教の勧誘ではないって言ってるでしょ。私は天理高校に行かしたいがために言っただけですから、勧誘とは全然違いますと言ってるじゃないですか」
――天理高校に行かせたいという意思はあったわけですよね
「それはあったですよ、天理高校に行かせたいという。だから天理高校に行かすためには話を聴いてもらわねいけんという条件があるから、皆そうですからね、天理高校に行く子は」
――お母さんも入信しなければいけないということなんですよね
「それ言ったやん、別に入信はしなくてもいいですよと、それ違いますよと」
――「大教会の保証人が」と
「大教会の保証人がどうしても要るからね。親が私らもなれないわけなんですよ。だから天理教の話を一回聴いてもらって、こういうことで信者さんになってもらってますから天理高校を受けさてけさせてくださいと言う風に印鑑をもらいに行くわけなんですよ。それだけのことです」
――お母さんの入信については
「ないです別に、それは言ってません」
――お母さんは「言われた」と
「言ってないです」
―誤解があったと
「それは話をしようと思ってます、ちゃんと」
「別に強制的に入信はしてませんので」
母親の反論と無念
所長の弁明に対し母親は以下の反論をしている。
・意思の変更について
所長の弁明「ただ本人が意思が変わってどうしても天理高校を受けられないと言われればそれはしょうがないですね」
→「続きがあります。『でも預かる以上は天理高校を目指してやってもらいます』つまり、選択肢はないということです」
・入信の選択の自由について
所長の弁明「入信するかしないかはご自由です」
→「言われてないです」
・”交換条件”を示した場所(と時間)
所長の弁明「寮の中ではないと思いますけど」
→「話をしたのは寮の中です、日中です。事務所です」
・母親の入信について
所長の弁明「別に入信はしなくてもいいですよとそれ違いますよと」
→「『親が入信しないと受験できないんですよ』」と言ってました」
母親はつい先日も所長から「天理教に入っていただけないなら中学から他のセンターに移ればいいでしょ、他にもたくさんあるんだから」と告げられたという。
親の承諾なしに無断で特定の宗教施設に連れて行かれたことについて娘は母親に「試験の前に突然連れて行かれてお祈りした」と話しているという。母親は吐露する。
「娘を教会へ連れて行ったこと。これを思うと苦しいです」
後編では、この所長から送られてきた回答FAXの驚くべき内容、“交換条件”の法的問題、岩国市や天理教本部の対応、天理教が”福祉活動”として行っている天理教里親連盟の問題についてレポートする。
<取材・文/鈴木エイト> 【鈴木エイト】 すずきえいと●やや日刊カルト新聞主筆・Twitter ID:@cult_and_fraud。
滋賀県生まれ。日本大学卒業 2009年創刊のニュースサイト「やや日刊カルト新聞」で副代表~主筆を歴任。2011年よりジャーナリスト活動を始め「週刊朝日」「AERA」「東洋経済」「ダイヤモンド」に寄稿。宗教と政治というテーマのほかに宗教2世問題や反ワクチン問題を取材しトークイベントの主催も行う。共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)
〔2019年12/30(月) HARBOR BUSINESS Online ハーバー・ビジネス・オンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ドキュメンタリー映画「こんばんはⅡ」 「群馬県内にも夜間中学を」市民グループが上映会 夜間中学舞台の「こんばんはⅡ」
映画「こんばんはⅡ」の上映会に向けて会議を開く市民グループの奥山龍一代表(左から3人目)と本堂晴生事務局長(同4人目)ら=群馬県伊勢崎市内で2019年12月19日、鈴木敦子撮影 群馬県内初の夜間中学設置を目指す市民グループが来年1月25日、伊勢崎市富塚町の市民プラザで、夜間中学が舞台のドキュメンタリー映画「こんばんはⅡ」の上映会を開く。入場無料。先着60人。グループのメンバーは「夜間中学は勉強だけでなく、人との関わりや生きていく上で必要なものを学べる場。まずは実態を知ってほしい」と強調する。
【鈴木敦子】 夜間中学について、文部科学省は2016年の教育機会確保法で、少なくとも各都道府県1校の設置を促している。だが、現状は7都府県の33校にとどまり、群馬を含む38道県が未設置だ。かつての夜間中学は、戦中や戦後の混乱期に義務教育を修了できなかった人たちの救済が目的だった。しかし、今では生徒の約8割を外国人が占め、不登校経験者の日本人も多い。
市民グループは、共愛学園前橋国際大学の奥山龍一教授が代表を務め、伊勢崎市や大泉町などで外国人らの学習支援に取り組むボランティアら約15人がメンバー。それぞれの活動の中で、来日時点で既に義務教育年齢を超えていたり、日本語が分からず授業についていけなかったりして、学びたい意欲はあっても学校に通えない外国人を多く見てきたという。中学を出ていなければ就労は厳しく、社会に居場所を見つけることも難しい。グループは、夜間中学を学習の場だけでなく、日本の文化や慣習を知り、さまざまな人間関係を育む場としても期待する。 また、事務局長でNPO法人「Gコミュニティ」代表の本堂晴生さんは「外国人労働者が増える中、雇用する企業が夜間中学通学を支援してくれれば、人材育成にもつながる」と意義を述べる。今回の上映会を通じて設置に向けた機運を醸成したいという。
県教委が視察した埼玉県川口市など先行自治体によると、入学希望者の中には夜間中学を「無料の日本語学校」と誤解している外国人も少なくなく、全教科の履修が必要なことなど実態や役割を理解してもらうことが大事という。
◇世代、国籍異なる生徒が勉強
映画「こんばんはⅡ」は、千葉県内の自主夜間中学や大阪府の公立夜間中学などを撮影した作品。いじめで不登校になった人や障害者、難民らさまざまな背景を持つ人たちが登場する。2003年に公開された「こんばんは」の続編で、世代も国籍も異なる生徒たちが読み書きや計算に取り組み、給食や文化祭などの時間を通じて周囲と交流し、自信も獲得していく姿が記録されている。
上映会では森康行監督と、沼田市出身で都内の公立夜間中学元教諭の見城慶和さん、卒業生らのトークもある。問い合わせはメール(yakan.chugaku.gunma0125@gmail.com)または本堂さん(070・5021・9103)。
〔2019年12/30(月) 毎日新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ひきこもる就職氷河期世代。 ひきこもる就職氷河期世代。ひきこもり100万人時代、中心は40代。家族が苦悩する「お金問題」
【令和ヒット記事】 令和の幕開けとなった2019年、Business Insider Japanから多くのヒット記事が生まれました。そんな注目の1本を紹介。
※本記事は2019年4月9日に公開した記事の再掲です
中高年のひきこもりは、若者より多い ──。
内閣府が3月29日に発表したひきこもりの高齢化に関する実態調査で、40~64歳までのひきこもり当事者の推計人数が約61万人と、40歳未満の約54万人を上回った。不登校と同様、若年層のイメージが強い「ひきこもり」だが、むしろ中高年の問題だという事実が浮き彫りになった。
ひきこもりの中心層は就職氷河期世代。中高年のひきこもりは若者より多くなっている。
100万人の中心層は就職氷河期世代
なかでも中高年当事者の4分の1を占める一大勢力が、40~44歳の「ポスト団塊ジュニア」だ。彼らは「就職氷河期」の2000年前後に大学を卒業し、就活の失敗などを機にひきこもり状態となった人が多い。
だが、自治体のひきこもり支援策の対象者は、多くが「39歳未満」。40代の当事者が支援を受けられないままに年を重ねれば、親が死去したり要介護状態になったりした時、共倒れしてしまいかねない。
内閣府の調査によると、40歳~64歳のひきこもり当事者の推計数は、部屋から出られない人から、趣味に関する用事の時だけ外出できる人までを含めた「広義のひきこもり」で推計61万3000人。2015年度にほぼ同じ条件で出した15~39歳の推計値は54万1000人で、合わせて100万人を超える当事者がいる計算だ。
中高年の当事者のうち25.5%が40~44歳だ。このうち33.3%が大学卒業と就職が重なる20代前半に、初めてひきこもりとなった。
ひきこもり問題に詳しい境泉洋宮崎大准教授は「ひきこもりの中心層は就職氷河期世代。彼らは10年後に50代となり、80代の親を抱えることになる」と指摘する。
すでに今も50代のひきこもり当事者と、80代の親の苦境が「8050問題」として社会的に注目されるようになっている。子どもが親の年金や収入に頼って暮らしていると、親が死亡したとたんに、家計が行き詰まるためだ。
「8050問題とはお金の問題」
神奈川県などで2018年以降、親の死後、遺体を放置したとして、同居する40代~60代の無職の子どもが死体遺棄の疑いで逮捕される事件が相次いだ。報道によると、遺体が生前から寝ていたとみられる布団の中で発見されたケースも複数あった。
「親の年金がなくなる」という当事者の危機感が、事件の背景にはある。支援者によると、対人恐怖や精神疾患などを抱えて、誰にも相談することができず、結果的に遺体を放置してしまう当事者も少なくないという。
都内に住むエディトリアルデザイナー、間野成さん(51)には、故郷の新潟県長岡市に88歳の母親と、30年以上ひきこもっている兄(60)がいる。兄は20代の終わりに地元の工場を退職してから職が見つからず、自室にこもった。
間野さんは長いあいだ、兄を重荷に感じていたが、2017年に父親の死をきっかけに、約30年ぶりに会話ができるようになった。「兄のひきこもりの原因」だと思い込んでいた父親と、死の直前に和解したことも転機となり、兄を受け入れられるようになったという。
ただ最近は母親の衰えが進み、身の回りのことができなくなりつつある。1日前に電話で話した内容も覚えていないなど、物忘れも激しくなった。今はデイサービスを週1回利用しているが、ホームヘルパーも使わざるを得なくなり、介護費用もかさみそうだ。
生活は教員だった父親の遺族年金で賄われているため、母親が死去したら年金支給も止まる。間野さんは、兄に障害年金を受給させるための手続きを始めた。
「社会復帰の望みを完全にあきらめてしまうのか、という思いから申請をためらっていましたが、今後を見据えて手続きだけはしておこうと考えました」
継続的にサポートを受けているひきこもり相談所の料金も、1時間半ごとに9800円かかる。間野さんは「8050問題とは、突き詰めればお金の問題とも言えます」としみじみと話した。兄は簡単な炊事はするものの、ケアマネージャーとのやり取りや介護に関する判断ができる状態ではない。間野さんが忙しい仕事の合間を縫い、帰省しながらこなしている。
息子にお金残したいと介護サービスも拒否
ひきこもりの当事者・家族が作る「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(東京)が3月21日、都内で開催したシンポジウムでも、支援者から「中高年ひきこもり」の深刻な事例報告が相次いだ。
岩手県洋野町の保健師で、ひきこもり支援を担うNPO法人「エンパワメント輝き」理事長の大光テイ子さんが関わったのは、70代の高齢者夫婦と40代の無職の息子の家庭だ。家を訪ねてみると、「部屋には座る隙間がないほどごみが散乱し、屋根は雨漏りし、台所の床は家族が転ぶほど傾いていました」(大光さん)
父親は要介護状態の妻にも介護サービスを利用させず、自身も認知症を患っていた。「ひきこもりの息子にお金を残してやりたい」と、家の修理も介護サービスの利用も断っていたのだ。大光さんは、「息子さんも私たちが面倒見ますから」と父親を説得して介護サービスを利用してもらい、自宅を改修し、息子には精神科を受診させた。3年がかりで生活を立て直したという。
千葉県市川市で24時間、生活困窮者らの支援に当たる「生活サポートセンターそら」の主任相談支援員、朝比奈ミカ氏は、70代男性からの「住宅ローンを滞納し、自宅を差し押さえられた」という相談を紹介した。「男性が家を失った原因は、自立できずにいる子どもに1銭でも多く残そうと、投資に手を出したからでした」と説明する。
「39歳の壁」が支援につながらず
東京でひきこもりの相談支援に当たるNPO法人「楽の会リーラ」の市川乙允事務局長は、「多くの相談者から真っ先に『年齢制限はありますか』と聞かれる」と話した。
行政のひきこもり支援の窓口は、多くの場合青少年担当の部署だ。東京都など複数の自治体が、年齢を問わず支援するようにはなってきたが、まだ多くの自治体がひきこもり相談会などの対象年齢を「39歳まで」としている。
4月上旬、ある当事者の会に参加した40代女性は、会場で配られた就労支援プログラムのチラシを手にして「これも39歳まで!」と肩を落とした。
「相談があれば、年齢を問わず支援する」としている自治体もあるが、チラシやパンフレットに対象年齢が記されていたり、「青少年」センターが窓口だったりした場合、中高年の当事者は「SOS」を出すことをためらってしまう。やる気を振り絞っても支援につながれない。その落胆が、当事者の社会に出る気力を摘んでいく。
「兄に話し相手がいる」環境を作る
朝比奈氏は、少子化や非婚化、日本型雇用の崩壊などによって「今後は身寄りがなく家族を頼れない人や、中高年の子どもを養う余裕のない親が増える」と話す。40代前半の当事者が50代を迎える10年後、問題はさらに深刻化しかねない。
だが、ひきこもり期間の長い中高年当事者が、仕事を得て自立するのは容易ではない。当事者には発達障害や軽度の知的障がい、精神疾患を抱える人も含まれる。親の残した資産を活用する、生活保護や障害年金を受給するといった、就労以外の選択肢を増やした方が、本人が社会に出てきやすくなる面もある。
ひきこもりの兄を持つ間野さんの目標は「僕が先に死んだとしても、兄に話し相手がいる、という環境を作ること」だという。昔はなるべく、近所の人と顔を合わせないようにしていたが、今は母親の通うデイサービスのスタッフや隣人に、兄の事をまめに話すようにしている。いつか兄が、彼らと直接話せるようになればいいと願う。
当事者と家族を最も苦しめるのは、社会から孤立し、困った時に誰にも頼れなくなることだ。宮崎大の境准教授は「支援者の見守りや自助グループの集まりなどによって、当事者らが社会との『弱いつながり』を確保することが重要だ」と話している。
〔2019年12/30(月) BUSINESS INSIDER JAPAN(文・有馬知子)〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
小学生 重大ニュース2019年 【2019年重大ニュース-小学生】中学受験人気、読書量減少、虐待・いじめなど
小学生に関する2019年のニュースを振り返ると「中学受験」「プログラミング教育」「読書率の低下」「虐待」「いじめ」などキーワードはさまざま。子どもたちを取り巻く世界の複雑さや多忙さを想像すると、時代の大きな変化を感じずにはいられない。リセマムが選ぶ2019年の「小学生」重大ニュースを発表する。
2019年を振り返る 小学生 重大ニュース
中学受験人気続く
芝浦工業大学附属中学校は2019年7月23日、2021年4月より男女共学化する予定を発表した。高等学校は2017年度より先行して共学化しており、2020年3月には最初の女子生徒が卒業する。
本郷中学校・高等学校は2019年5月19日、高等学校の募集について、令和3年度(2021年度)入試より停止することを学校Webサイトに掲載。また、令和2年度(2020年度)入試より中学校の募集定員を増員する。豊島岡女子も2022年度入試より高校募集を停止する。
人気校の相次ぐ高校募集停止や、男女共学化、大学連携などにより、都市部の中学受験人気に2020年以降も拍車がかかっていくことが予想される。
2019年5月21日
【中学受験】【高校受験】本郷、2021年入試から高校募集を停止…中学募集は定員増
2019年6月17日
【高校受験】豊島岡女子、2022年度入試より高校募集を停止
2019年7月23日
【中学受験2021】芝浦工大附属中が2021年度より男女共学化、大学連携・STEAM教育強化
読書量が30年前から半減…タブレットやオーディオブックは読書習慣の後押しとなるか?
学研教育総合研究所は2019年11月20日、小学生白書Web版・1989年調査を公開した。1か月の読書冊数は、1989年が平均9.1冊だったのに対し、2018年が平均5.0冊と、30年前と比べて読書量が約半分に減っていることが明らかになった。特に小学4年生で1989年が平均12.9冊、2018年が4.9冊と差が大きい。
現代の小学生は、習い事などにより放課後多忙であったり、ゲームやYouTube等のデジタルコンテンツが身近になったりと、読書の時間がなかなか取れないことも考えられる。こうした読書量の変化は、後の生活面や学力面、情緒面にどのように作用するのか。家庭や小学校でのタブレットやパソコンの導入、オーディオブック、電子書籍などが子どもたちの読書習慣の後押しになることに期待したい。
2019年6月28日
絵本ナビ×audiobook.jp、1話数分の朗読音声1,100作品配信
2019年10月8日
「Kindle キッズモデル」「Amazon Fire HD 10 キッズモデル」10/30発売
2019年10月28日
幅広い読書が「思考力・創造性」に好影響、学力向上にも
2019年11月22日
読書量が30年前と比べて半減…小学生白書
虐待、いじめから守られるべき子どもたち
東京都は2019年3月28日、保護者らによる体罰の禁止などを盛り込んだ「東京都子どもへの虐待の防止等に関する条例」を東京都議会本会議で可決した。子どもを虐待から守るため、都民、保護者、関係機関などの責務を明らかにしており、2019年4月1日より施行された。
また、文部科学省が発表した「2018年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の結果によると、いじめの認知件数は前年度比12万9,555件増の54万3,933件で過去最多を更新。小・中・高校・特別支援学校のうち、小学校が8割近くを占め、小学校でのいじめは4年前から3倍以上に増えている。
家庭での子ども虐待に関するニュースは後を絶たず、子ども同士のいじめも止まらず、ついには教師の間での悪質ないじめが発覚した小学校もあった。父親による息子の中学受験への行き過ぎた指導と執着から、我が子を死に至らしめたという悲惨なニュースも報じられた。中学教師が女生徒を誘拐・監禁したという理解しがたい出来事も記憶に新しい。
「子どもの権利条約」の国連採択から30年、日本批准から25年を迎えたが、いまだ日本社会における認知度は低い。大人たちは一刻も早く、子どもの心と身体を守るための環境を整備し、子どもの権利利益の擁護と健やかな成長を守る社会づくりを進めていく必要があるだろう。
2019年3月29日
東京都、子どもへの虐待防止条例が成立、4月施行
2019年10月18日
いじめ、過去最多54万3,933件…8割近くが小学校
2019年11月15日
子どもの権利条約に関する意識の低さ浮き彫り「尊重されている」子ども2割弱
2020年に本格始動となる教育改革。小学校での英語教科化やプログラミング教育の必修化の背景には、日本の子どもたちが未来のグローバル社会で活躍することが期待されていることがある。しかし、子どもたち自身の健康と日常の幸せが、すべての教育の土台であることを忘れてはならない。
〔2019年12/30(月) リセマム《リセマム 編集部》〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
超多忙、教員の勤務実態 保護者へ電話、報告書作成、家庭訪問… 教員、放課後も超多忙 部活顧問は残業不可避 県内小中・勤務実態アンケート
当たり前となっている部活動、心配な生徒への対応、保護者への連絡―。本島中部のある中学校を訪ねると、長時間労働に陥っている教員の勤務実態が浮かび上がった。日中は過密なスケジュールに追われ、放課後は保護者の帰宅に合わせた電話や家庭訪問を繰り返す教員ら。教育委員会などから依頼される報告書の作成なども請け負いながら、日々の授業づくりに取り組んでいる。
「これを見てください」と校長が取り出したのは、「教育相談」と書かれたぶ厚いファイル。中には、登校を渋ったり精神的に不安定になったりしている生徒の様子をまとめた資料がつづられているという。この学校では1学級当たり3、4人は不登校の傾向があり、教員らが注意深く観察している。
教員の空き時間は1日6コマの授業のうち1コマだけ。その1コマは教育相談に関する教員同士の話し合いや会議などに充てられ、実質的に空き時間は皆無。必然的に、本来業務の教材研究やテストの採点作業は放課後に行うことになる。
校長は「昔は非行への対応で忙しかったが、今はいじめや不登校が多い。保護者への連絡は保護者の仕事が終わった後になるので、どうしても遅い時間帯になる」と説明する。先日もある教員が午後6時すぎに「家庭訪問に行ってきます」と職員室を出て行ったという。
日が暮れた午後6時、職員室にはまだ5、6人の教員が残っていた。終業時間は午後4時45分だが、パソコンでの資料作成や生徒に関する情報交換などでまだ仕事は終わりそうにない。誰かがまとめて注文したのか、複数のデスクに夜食用のチキンといなりずしが置かれていた。
体育館ではまだ部活動が続いていた。部活動の時間は午後6時までと決められており、後片付けを終えた顧問が職員室に戻るのは午後6時半ごろ。その時点で1時間半ほどの残業が発生する。顧問になった教員は構造的に残業が避けられない。
校長は「加配や支援員の配置はありがたいが、打ち合わせの時間が生まれてしまう。根本的には教員の数を増やさないと長時間労働はなくならないと思う。そして、学校だけでなく家庭や地域の協力も不可欠だ」と語った。
〔2019年12/30(月) 琉球新報(稲福政俊)〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
高橋ユリさん(仮名)の手記 私の性暴力被害体験 その回復と葛藤 監禁、レイプされながら何とか生き延びた
〔はじめに〕
いかに掲載するのは月刊『創』2018年11月号に掲載した高橋ユリさん(仮名)の手記だ。彼女が最初に編集部に連絡してきたのは、別に掲載した集団レイプ事件被害女性の手記を読んだのがきっかけだ。その別の女性の手記もヤフーニュース雑誌に再掲したのであわせてご覧いただきたい。
   (編集部) 私は、集団レイプの被害者です。
その被害は今から25年以上前、私が当時16歳の時に起きました。高校2年になる直前の春休み、家庭環境が複雑で、家に居場所のなかった私は、地元から少し離れた場所に住む先輩を頼って、泊めてもらおうと駅の近くで待っていました。 もう3月なのにとても寒い日でした。当時は高校生が一人で時間を潰せる場所もあまりなくて、同じところを行ったり来たり……。うつむきながらあったかい缶ココアを飲んでいたのを覚えています。
スッと車が横にきて、「送っていくよ」と声をかけられました。「大丈夫」と返事をするのと同時に後部座席に引きずりこまれ、そこには2人の男が乗っていました。男たちは、私が持っていた缶ココアをシンナーだと勘違いしたらしく、「なんだよ、シンナーじゃねぇのか。じゃあ、これ吸えよ」とシンナー入りの缶を差し出しました。
驚愕と恐怖からか、その後、その男たちとどんな会話をしたのか、私がどんな態度をとったのか、詳細に思い出すことはできません。ただ、缶ココアを取り上げ笑いながら車外に放り投げた時の缶の音。被害を受けた場所の淀んだ空気。シンナーとたばこの匂い。豆電球のあかり。「女いるから来いよ」と電話をかける男の後ろ姿……まるで静止画をみるように、感覚として残っています。そして「いっそ殺してほしい」と願ったこと、でもそれ以上に強く「生きたい」と願ったこと。そんなことをぼんやり記憶しています。
いわゆる不良のたまり場であったその場所に、何日監禁されていたのか、のべ何人にレイプされたのか、今となってはもうわかりませんし、知りたくもありません。
でも私は生き延びました。
解放されたのは、その男たちの一人にそこから連れ出されたためでした。「俺のものになれ」という条件と引き換えに、その場から逃げだすことができました。
でも、そのことが後から自分を責める原因になり、長い間苦しむことになりました。見知らぬ男たちに突然拉致され、レイプされる。それは無力な16歳の少女には仕方のなかったこと。でも……助かるためとはいえ、あの男について行ったのは自分でした。
あの時逃げられれば、警察に行けたかも。誰かに話せたかも。その前に、先輩に連絡がとれていたら。そもそも家出なんてしなければ……。
でもどんなに考えても「仕方がなかった」に辿りつく、自問自答の日々が続きました。
春休み明けの新学期、クラスメイトと一緒にいながら感じた、違和感。果てしない距離感……。今まで、あんなに楽しかった何気ない会話が別世界のことのように遠く感じました。
「私はもう、ここにはいられない」
それから不登校になり、結局退学することになりました。
性暴力やDVの被害者を「サバイバー」と呼ぶことがありますが、特に被害後の2年間は私にとって、まさにサバイバルな毎日でした。被害時と同じように、半分乖離したような(うつろな)状態で日々を過ごしました。
自分の汚れた身体では、もう元の自分には戻れない。私の中で「家には帰れない」という思いが強かったため、家出を繰り返し、ときには公衆トイレで眠ることもありました。家出しているとき、「どうしたの?」と優しい声で話しかけてくる大人は、ほとんどが性搾取しようとする大人たちでした。「いくら?」「泊めてあげようか?」……。
「どうせ汚れてしまったんだから」と自暴自棄になることもありました。当時の私には、安全と思える場所も、安心を与えてくれる大人もいませんでした。そして、助けを求める知恵もありませんでした。被害前の子ども時代を振り返っても、学校で、月経や妊娠のことは教わっても、セックスに対する知識や、こんな被害に遭った時「どうすればいいか」を教わることはなかったし、性に関することは暗黙のタブーでした。
「やっぱり生きたい」という願いと希望
被害から2年ほど経って、母に被害を打ち明け「忘れなさい」と言われた時、完全に、その記憶は一時凍結状態になったのだと思います。「私が黙っていれば、忘れさえすれば、きっと普通に生きていける」と。実家に戻り、やりがいのある仕事を見つけ、忙しい日々を送りながらも、心にはいつも空虚と不安がありました。被害に関連することやニュースにはできるだけ触れないように。何もなかったように振る舞えるように感情を殺して……。
フラワーデザイナーとして花と向き合う瞬間だけ、本当の自分になれる気がして仕事に没頭しました。高校中退によって諦めてしまった夢や人生を取り戻さなきゃ、と必死でもがいていた気がします。
被害から10年後、デザイナーとしてのキャリアを積むため海外留学を経験し、
「もう大丈夫。私は過去に縛られたりしない」と少しずつ自分に自信が持てるようになった頃、結婚を意識するような彼ができました。婚約後のブライダルチェック(婦人科検診)で不妊症と診断され、「若い頃の性病を放っておいたからでしょうね」という女医の言葉がきっかけで、心の奥に鍵をかけて押し込めていた“レイプ被害の記憶”というパンドラの箱はあっさり開いてしまいました。
毎日続く悪夢とフラッシュバック。
「こんな私なんか、あの時殺されていればよかった」という想いがいつも頭から離れず、繰り返す自殺未遂。生きている感覚を確かめるため、また反対に、自分に罰を与えるために脅迫的にやめられないリストカット。「おまえのせいだ!」と母に浴びせる罵声。婚約者は支えてくれようとしましたが、結局、結婚は破談になりました。今となっては、この結果が正しかったのだと思います。
複雑性PTSDと診断され、被害に遭った3月前後は特に症状がひどいために、3年連続で精神科に入院し、その間に集中してPTSD治療を行いました。
カウンセリングの途中で乖離してしまい、治療を中断することもしばしば……という辛い治療でしたが、いま振り返ると、その原動力になっていたものは「やっぱり生きたい」という願いと希望だったような気がします。
その希望は、あんなに恨み、憎んでいると思っていた母が与えてくれたものでした。 最後の自殺未遂。診察でもらった精神安定剤や睡眠薬をこっそり貯めこみ、胃洗浄(薬を取り除く処置)しても間に合わない時間を逆算して周到に準備した計画。3日間意識が戻らない状態から奇跡的に後遺症もなく生き返ったとき、私が最初に見たのは病室の床に小さくなって寝ている母の姿でした。「もう、こんなことはやめよう」……まるで呪縛からとけるように自然にそう思えた瞬間でした。同時に「私は母から愛されていなかったわけではない」と思えた瞬間でもありました。
その日を境に、「死ぬこと」へ向かう日々から「生きること」に向かう日々が始まったのです。
20代の、パンドラの箱を抱えながらがむしゃらに走る日々とは違って、一歩一歩、カメ並みに進むような回復までの長い長い道のりでした。少し進んだかと思うと、すぐに逆戻り。いま現在もまだ、その道の途中だと思います。
“死にたい病”はなかなか厄介で、トリガー(被害を想起させる出来事)に何度もつまづきながらも治療を続け、家族や治療者、周囲の支えてくれる人たちに少しずつ心を開いてゆきました。注意深く心を開くのと同時に、安全や安心などまったく感じられない、と思っていたこの社会が実はそうでもない、ということに気づき始めてもいました。性暴力被害者を支援する団体がいくつも存在することを知り、「いつか、もっと元気になったら私にもできることがあるだろうか…」と、いつしか考えるようになりました。
性暴力被害者の声を届けるための活動
そして、治療を始めてから10年近く経った頃、性暴力被害者支援員の養成講座に申し込み、講習を受けることになりました。以下は、その当時の想いや葛藤をカウンセラーにメールで綴ったものです。
《レイプ被害のことを母に伝えた時、「誰にも言ったらダメ。早く忘れなさい」と言われて「あぁ私はやっぱり人に言えないことをされたんだ。恥ずかしいことなんだ」と思って生きてきました。私に限らず、性犯罪被害者は少なからずこのような二次被害を受けていると思います。
母として、娘を思う心配からの言葉なのでしょう……でも、とても傷つきました……。
「どうして被害者の私が、辛い苦しいと声に出来ず、後ろめたいような気持ちを抱えて生きていなければいけないんだろう……」
「なかったこととして忘れて生きるのが本当に幸せなこと?」そんなことできるはずないのに…と、ずっと理不尽な想いを抱えていました。 レイプ被害にあった私は隠れていなければいけない存在なのか? 被害があってもなくても、私は私なのに。それは被害者からすれば、自分を否定されているような気持ちになるのです。
そして“被害をなかったことにすること”それは、加害者を野放しにして、更なる加害の可能性を与えてしまうことではないのか、とも思いました。
私はもう恥じて生きたくないんです。恥じるべきなのは加害者のほうです。だから、この性暴力被害者支援の講座に参加したのかな、とも思います。被害に遭った私でも、そのままの私でいいのだと思えるようになるために。
時代的に性暴力サバイバーも声を挙げられるようになってきました。まだまだ偏見や無理解はあるけれど、被害をなかったこととして生きるのではなく、サバイバーとして生きていく選択ができる時代になってきたのだと思っています。
不妊の原因が性暴力被害にあることがわかって、心の奥にしまっていたパンドラの箱が開いてしまい、そこからPTSD発症…という経緯を辿った私にとって、決して被害のことを忘れて生きることなどできません。子どもがいないという事実を認識する度、それを避けて通ることはできないからです。
記憶喪失にでもならない限り、私たち性暴力サバイバーにゴールはありません。
もしゴールがあるとしたら…それは私が私らしく生きることです。笑って泣いて大好きな人と過ごす、そんな当たり前の生活ができることです。幸せになる権利が私にもあると思えることです。
でもやっぱり葛藤は大きいです。自分の傷を癒すために支援する立場になりたいのか…当事者だからできることがあるなんて、直後の被害者からすれば、傲慢じゃないのかとか…もちろん怖さもあります。
PTSD治療のただ中にいる頃は、支援者になることなど想像もつきませんでした。でも、「当事者の私だからできることもあるかも…」と今回、性暴力被害者支援員の講座を受けたことは、被害者である自分を受け入れるということでした。そして、この辛い体験を無駄にしたくないという想いもあります。
また、ある意味で母からの自立でもありました。母がどう言ってもどう思っても、私は私の生きたい人生を歩むのだ…と。
受講中の心の揺れも、もちろんありました。講師は…性犯罪被害者支援に関わる方々、私と同じ当事者、警察関係、検事、弁護士、精神科医、婦人科医などなど様々なのですが、もちろん揺れたのは 当事者の話です。
私とケースが似ていたせいもあったと思いますが、彼女の「どんな事件だったか」の内容の話では、緊張しました……でも、フラッシュバックもなく予想以上に落ち着けていました。
それより揺れたのは、彼女が「最後に残った課題は母親との関係でした」と言ったときでした。「あぁ…やっぱり」と思って涙が出そうになりました。彼女も母親に私と同じような言葉をかけられていました。「忘れなさい」と。きっと彼女も私と同じような心の葛藤を経てここに居るんだと思うと…辛いというより共感の涙だったと思います。
とにかく、先生、いろんな葛藤がありながらも講習は無事終わりました。今日はとにかく自分をたくさん褒めてあげたいと思います。
最後に最近、毎日繰り返し読む、アファメーション(肯定的な断言)の言葉です。
「自分は生きるのに、あたいする人間です。
自分は、自分のままでいいのです。
自分は愛するに、あたいする人間です。
自分は、自分の居所をつくっていいのです。
自分を、うんと好きになります」
(『今日1日のアファメーション』西尾 和美著より)
大好きな人と結婚して、やりたい仕事を見つけて、過去も受け入れて今、やっと自分のままで、自分の居場所を見つけられそうな気がしています。》
最後に。いま私は、仲間とともに、性暴力被害者の声を届けるため、当事者としての活動をしています。性暴力被害者がその被害を“なかったこと”にして生きなくてもいい社会の実現をめざして、私らしく、一歩ずつでもカメのように粘り強く進んでいきたいです。
〔2019年12/30(月) 創〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
SCHOOL OF LOCK!10代が選ぶ好きな曲 「不登校」「彼女ができた」10代が選ぶ 2019年の鍵曲
パーソナリティのとーやま校長
10代向けのラジオ番組、TOKYO FM「SCHOOL OF LOCK!」。12月30日(月)の放送テーマは『鍵曲グランプリ2019』。パーソナリティのとーやま校長が、リスナーにとって何かのきっかけになった1曲を、直接電話で聞いていきました。
とーやま校長:今日は、生徒のキミの2019年を、曲を通して振り返る『鍵曲グランプリ2019』! 今年、キミにとって何かの鍵となった曲、2019年の自分的グランプリとなった曲を教えてもらう!
◆Mrs. GREEN APPLE「僕のこと」
クラスの環境があまり合わずストレスを感じていたとき、腹痛が起きて涙が止まらなくなりました。その日は模試があり登校しないといけなかったので母に車で送ってもらったのですが、そのときに車内で聴いたのがこの曲です。苦しくて誰も共感してくれないと思っていたときに、『ああ なんて素敵な日だ 幸せと思える今日も 夢破れ挫ける今日も』という歌詞が寄り添ってくれた気がしました。(15歳女性)
とーやま校長:ミセス先生も嬉しいだろうな。その日はどうだったの?
リスナー:この曲を聴いたら気持ちが治まって、その日は乗り切ることができました。
とーやま校長:今、中3だよね。そこからの日々は?
リスナー:やっぱりクラスの環境には合わなくて「学校に行きたくない」という日もあったんですけど、その度にこの曲を聴いて乗り越えて頑張ってきました。
とーやま校長:うん! そのときに頑張って奮い立たせた気持ちを忘れないためにも、この曲をもう一度聴こうか?
リスナー:はい。
――ここで「僕のこと」をオンエア。このほかには、次のような鍵曲が紹介されました。
◆Eve「レーゾンデートル」
クラスでは1人でいて、存在感が無いんじゃないかと思っていたときに、この曲を知りました。毎朝毎晩曲を聴き、通学路でも口ずさんでいたほどです。この曲を聴いたら、少しは前向きになれるようになりました。(13歳男性)
◆日向坂46「キュン」
中学2年生のときから好きな人がいます。その人と学校で話した日の帰り道に、この曲を聴いてテンションを上げていました。この曲を聴くと、その子への思いが増幅する気がします。いつか、その子といっしょに遊びに行きたいです。(16歳男性)
◆AK-69「START IT AGAIN」
サッカー部に所属しているのですが、ケガで半年間できませんでした。その間、YouTubeで音楽をずっと聴いていたらこの曲が流れました。『一度燃え尽きようとも 再起不能でも こいつの火は消えない』という歌詞が、そのときの自分の気持ちを描いているようで心に残りました。一度はサッカーを辞めようかと思ったのですが、思い留まることができた曲です。(17歳男性)
◆[ALEXANDROS]「あまりにも素敵な夜だから」
今年になって同じクラスになった友達と、ドロス先生の話で意気投合しました。そんなときにこの曲が発売され、毎日「この曲のここがいい!」という話をたくさんしました。友達との距離が、より近くなるきっかけになった曲です。(17歳男性)
◆平手友梨奈(欅坂46)「角を曲がる」
高校3年生です。僕は作詞の勉強がしたくて、進路に悩んでいました。そんなときにこの曲のMVが公開され、『周りの人間に決めつけられた 思い通りのイメージになりたくない』という歌詞が心に響きました。僕は進学校に通っていて、周りからは良い学校に進むように薦められたのですが、「自分の行きたい道に行こう」と思えた曲です。もう進路は決まっていて、4月からは本格的に音楽の勉強をします。(18歳男性)
◆GReeeeN「キセキ」 僕は2018年5月の途中から2019年6月まで、家庭の事情もあって不登校でした。7月からは先生の協力もあって復帰することができ、夏祭りのボランティアで出会った人と、付き合うこともできました。1年前の自分では想像ができないようなことで、この曲のようにキセキが起こった出来事です。(17歳男性)
〔2020年2019/12/31(火) TOKYO FM+〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
卯野たまご 「手相はコミュニケーション力と直感を磨くレッスン」卯野たまごさん
19歳のとき、突然路上でベテラン手相家に見出されたという卯野たまごさん。
12年間の修行期間――なんと2000人を無料鑑定!――を経て、予約の取れない大人気手相占い師に。すべてを見通してしまう第六感と手相メソッドをもち、なんとマンガまで描けてしまう異色の存在。
数々の老若男女の表に出せない深い悩みに寄り添ってきた卯野たまごさんが語る、オンナの人生に不可欠な“手相力”って?
向き不向きを知って仕事も人間関係もラクに!【卯野たまご先生の手相講座】
(この記事は2019年3月7日に掲載されたものです)
卯野たまご 小学生の頃から不登校になり引きこもりをしていたが、19歳のときにベテラン占い師(のちに師匠となる“おじい”)にスカウトされて、路上で手相占いを始める。長年の夢だったマンガ家デビューも叶え、現在はマンガ家かつ占い師としても活躍。
現在は占いの個別鑑定ではなく、定期的な手相講座を開いて迷える女子たちを日々レクチャー中! 講座案内はツイッターに随時アップ。ツィッター@uno_tamago
手相を学ぶとなぜ直感が磨かれる?
「とにかく手相というものが大好きです」と語る卯野さん。
「じーっと見てたら、手相が突然語り始めるんです(笑)。
手相はその人のことを誰よりも想っている存在ですから、“本当はもっとこうしたらいいのに……”“この子、毎日がんばってるんですよ”とかね、語りかけてきます。
私は直感型タイプなので、鑑定法も独特なところがありますが、いろんな手相を見るのが好きです。
疲れたときは、家にこもってストックしているお気に入りの手相写真を無心に眺めて、癒やされてます」というほどの手相マニアでもある。
「手相は右手が35歳以降の社会的な自分。左手が35歳までの本来の自分を表します。
そう思って手の形や肉付き、線の違いをまずは比べてみると面白いですよ。
私の手相講座では、まず握手から始めてもらうんですけど、これが大好評。ふだん、あまり他人の手に触れることって少ないので、手触りや質感の違い、大きさや形にハッと気づきがあるんですよね。しかもオキシトシンが出るので、その場ですぐにみんなが仲良くなります」
少人数制の実践型「手相教室」(写真)や大人数もOKの「直感でみる手相講座」etc.手相を学べる会を定期的に開催、そちらも大盛況。
「自分の手は見ることはあっても他人の手はなかなか見られないので、この機会にご家族やご友人、恋人など鑑定してみるとよいですね」と卯野さん。最近は女性だけでなく、壮年男性などゲストの幅も広がっているよう。 「手相を入り口にして新しい視点が広がると、だれでも直感は磨かれていくと思うんです。第六感といわれる直感は、いわば筋肉と一緒。使えば使うほど目覚めるし、使うクセがつきます。勘が冴えると悪いものを選ばなくなります。直感=本能。危険を察知するセンサーでもあり、自分自身ですね。“あ、これいいな”“この人ヤバイかも”という直感は浮かんだとしても、なぜそう思うのか掘り下げない人が多いなぁと感じます」

すでに多数の著書を刊行している卯野さん。

精神科医・名越康文先生も「まったく新しい潜在能力開発マンガだ」と大絶賛! 手相にも人生にも造詣が深まるのはもちろん、私たちが本来持っている“第六感”を鍛えるきっかけになること間違いなし。
手相入門としておすすめなのは、共著『世界初!? スピ力と統計学でダブル鑑定 幸せつかむ「うのなか手相占い」やってます!』(右)、卯野さんが手相家になるまでのビックリ実録『引きこもりがスカウトされて占い師になったら人生が一変した話』(中)、ネガティブ女子7人が卯野さんのアドバイスで幸せをつかむ『いい運気と仲良しになれる! 引き寄せ行動術』(左)。
直感が鈍ると幸せのありかもつかめない
「また、その直感を信じることができないのは、自分自身を信じられないのと同じなんですよね。
“これまでこうだったから”という経験値頼みや、幼少時に厳しい両親からの縛りが強かった人ほど、直感は鈍っている傾向にあります。
同時に、本当の意味で自分自身を優先するすべをしらない。
それには、潜在意識の書き換えという大変な作業が必要なのですが、そこに気づいたのも、手相が入り口だった方は多いですね。
というのも、手相教室に来てくださる女性のお悩みで、最も多い質問は、“私、どうやったら幸せになれますか?”。ここまでくると、“自分対話講座”をしていただいて、自分について掘り下げてもらう作業も必要になります。自分について語ってみてください、と言われて、自分のプロフィールが肩書の羅列のみ……という方は要注意。
とはいえ、占い講座に来るという時点でなんとかしよう!と思ってらっしゃるんですよね。
その証拠に、来てくださる人のほとんどは、人生の転換期が手相にくっきりと出ていますから(笑)。ご自分でも、なにか直感が働いて、占いに行ってみようという行動力につながっているわけです」と卯野さん。
ちなみに、手相以外に「人生の転換期」に起こりやすいことを教えてもらうと……
●シンクロが起こる
●寝ても寝ても眠気が収まらない
●電化製品が次々と壊れる
●ゾロ目をよく見る
●これでもか!というくらい、あらゆることがうまくいかなくなる
●家族や親友など身近な人との別れ
などがあるそう。思い当たる方は「人生の転換期」が訪れているのかもしれません。
大人が使えるコミュニケーションツールとしての可能性
卯野さんが定期的に行っている手相講座で目指しているのは、自分の手相読みはもちろん、家族や友人など大切な人の健康や人生の“サイン”を手相から読めるようになること。
「手相がわかると、手相から感じたこと、読み取ったことを相手に言語化しようと努力しますよね。
だから、楽しんでやっているうちに、自然と表現能力、コミュニケーション能力がどんどんアップするんですよ。私自身、コミュニケーションツールとして手相レクチャーをしてほしいと、企業の研修や老人ホーム、小学校の授業に招かれることも増えました。
いわゆる占い好きとは全然違う方々なのに、びっくりするほど楽しんでいて、手相の持つ可能性を確信した瞬間でもあります。私の手相マンガを読んでくださっている読者さんとは、また違う価値観の方にも、ものすごく需要があったという」

ミモレディレクター・大草直子の手相もみてもらいました!

大草ディレクターの手相(編集・バタやん撮影)を卯野さんが鋭いまなざしでチェック♡ 「男の手相ですね! スッキリ、はっきりした手相で、ほぼ悩まない人です! 野心的すぎず、とても生き方が上手な方です。
自分に不要なものを“除ける、はぶく、はじく力”が非常に強い。35歳以降、自分の命より大事なものができて、生き方や考え方、エネルギーを注ぐ先がずいぶん変わったと思います。若い時は今以上に計り知れないバイタリティで、自分の命も顧みないほどの行動力と瞬発力を発揮していたと思います(笑)。モテる方ですから、もしかしたら今も昔のように恋愛したい!って思ってらっしゃるかもしれないですね。ふふ。どうぞよろしくお伝えください」
透明感あふれる笑顔が本当に素敵……!と思わずにはいられない卯野さん。その清らかな美貌と親しみやすい関西弁から発せられる、まさかの「ぐうの音も出ない」的確すぎる診断に、バタやんも戦慄……の取材タイムとなりました。
生年月日を尋ねたりする必要のない手相は、まさに飲み会の鉄板ネタであると同時に、口下手でなかなか話題をふれない人にとっても救世主的なコミュニケーションツールでもあるのだ。直感も磨かれ、コミュニケーション能力も上がるとあっては、これはもう、学ばないなんてもったいない!
卯野 たまご 〔2020年1/1(水) webマガジン mi-mollet撮影/川端里恵(編集部 取材・文/藤本容子(編集部)〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
逮捕されたのは19歳の少年 小学5年から飲酒…19歳の少年がスナックで客を撲殺するまで
未成年の飲酒経験は大人と一緒の場合が多い
日本では未成年者飲酒禁止法により、飲酒は20歳からと定められている。アルコールが精神や身体の発育に大きな影響を与えるからだ。
それを体現するような事件が昨年6月、大阪市西成区のスナックで起きた。来店客同士のトラブルの末、69歳の男性が死亡。逮捕されたのは19歳の少年だった。小学5年から始まった飲酒習慣と、それを容認してきた大人たちが招いた悲劇。「親失格だ!」。
あまりにも理不尽な展開に、法廷では少年の父親に向けた遺族の叫びが響いた。
■執拗な肘打ち、頭突き
昨年6月29日、大阪メトロと南海電鉄の天下茶屋駅からほど近い1軒のスナック。常連の男性客2人が和やかにグラスを傾ける中、表情に幼さの残る1人の少年が姿を見せた。
「21歳やから」。店主のママにそう告げた少年はハイペースで10杯近くの焼酎水割りを飲み続け、やがて常連客に「おっさんら、年いくつや」と絡み始めた。
危うさを感じたママは帰りを促した。だが少年は突然、1人の男性客の顔面を殴打。
制止されても構わず胸への肘打ちや頭突きを繰り返した。顔が青白くなり、動かなくなった男性はその後、死亡した。死因は肺動脈などの損傷による出血性ショックだった。
少年は傷害容疑で逮捕、後に同致死罪で起訴された。
■注意する大人おらず
伸びかけの丸刈り頭で法廷に現れた少年。大阪地裁で開かれた裁判員裁判では、事件の経緯とともに、少年の生い立ちや家庭環境が明らかにされた。
4歳のころ両親が離婚。沖縄へ転居後、不登校となった。そして小学5年から飲酒習慣が始まったという。
「中学生のころはビール2~3缶に泡盛の水割りを3杯くらい飲んでいた」
「酔うとよく眠れるし、楽しい気分になれるから」
被告人質問で淡々と語った少年。自宅や友人の家だけでなく、母親が働くスナックなどでも飲酒を重ねていた。しかし強く注意する大人はいなかった。
中学卒業後は職を転々とし、17歳のころからは父親と同居。愛知や大阪で暮らすようになった。
病院でパニック障害などの診断を受け薬を飲むようになったが、飲酒癖は一向に治らない。証人として出廷した父親はこう述べた。
「ビールくらいなら、という気持ちがあった。面と向かい『飲むな』ということはありませんでした」
■「笑われたと感じた」
事件についての少年の記憶はあいまいだった。
事件前日、知人の大人に連れられ現場のスナックで大量飲酒したという少年。
「酒を飲みたいという気持ちが抑えられなかった」といい、翌日、再び同店を訪れ、事件を起こした。
面識のない男性を殴ったのは「笑われたと感じたから」。無抵抗の男性に執拗(しつよう)な攻撃をやめなかった理由については「覚えていない」と繰り返した。
家族を理不尽に奪われた遺族は、やり場のない怒りをぶつけた。
男性の長男は意見陳述で「一生許すことはできない」と少年への憤りを吐露。
少年の父親にも厳しい視線を注ぎ、「幼少期からの飲酒をとめられなかったあなたは親失格だ」と声を震わせた。父親はただ、下を向くだけだった。
12月23日の判決公判。少年法に基づく懲役5年以上9年以下の求刑に対し、丸田顕裁判長は「何の落ち度もない被害者は理不尽に暴力をふるわれ命を落とした。いきさつに酌むべき点はない」として、懲役5年以上8年以下の判決を言い渡した。
一方、「小学生のころからの飲酒習慣という、不十分な養育環境が事件の遠因にもなった」とも述べた。
■落とし穴は身近に
古くから人々の生活の中で親しまれてきた酒。ただ、大量飲酒は健康上の問題を引き起こす上、未成年の飲酒は将来にわたって大きな影響を及ぼす。
このため、大手ビールメーカーはホームページで、(1)人格形成のゆがみ(2)記憶力低下(3)依存症リスク-の危険性を訴えている。
近年は未成年とアルコールとの接点は少なくなっている。厚生労働省の研究調査によると、週に1回以上飲酒する高校生の割合を平成8年度と29年度で比較すると、男子は14・5%→2・0%、女子は6・4%→1・3%と大幅に減少。成長への悪影響や依存症になりやすいといった認識が広がったほか、平成12年の未成年者飲酒禁止法の改正で、酒類を提供した店への罰則が大幅に強化されたことなどが背景にあるようだ。
それでも落とし穴は今も身近な場所にある。中高生が飲酒を経験した場面に関する調査では、「冠婚葬祭」と「家族と一緒」がトップ2を占めた。
その場の勢いで、身近な大人が軽い気持ちで酒を勧めたり、止めなかったりした場面を、見たことがある人はいないだろうか。
大人たちの軽率な言動が、深刻な飲酒習慣の引き金となることもあり得るのだ。
〔2020年1/9(木) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、熊本市中央区()
不登校の生徒の学習をサポート 不登校生徒の進学サポート 自分のペースで学習できる通信制高、NPO運営の予備校… 学ぶ形や環境、多様に
「公式が書いてあるページ開いて」。両側についたてのあるブースで、講師と生徒がマンツーマンで数学の問題を解いていく。
家庭教師派遣業などを手掛ける「トライグループ」(本社・東京)が全国80カ所の教室で運営する「トライ式高等学院」熊本駅前キャンパス=熊本市中央区=の“授業”だ。
同グループの講師が、提携する通信制高に通う不登校の生徒の学習をサポートしている。
このキャンパスに通う2年の中西雄一さん=同市中央区=は、同市内の私立高に入学したが、1年生の夏休み明けに、だるさや頭痛などですぐに起きられなくなる「起立性調節障害」と診断され、1カ月ほど欠席。その際、親の知り合いから勧められ、通信制高へ転校した。
最初は周りの目が気になったが、「社会に出てから大事なのは、最終的にどの大学を卒業したかだ」と割り切った。
第一志望を私大の薬学部に決めたため、全日制と違って受験科目に絞って勉強できる点も魅力だった。
「同じ高校から転校してきた生徒も何人か在籍している。親の理解もあって、通信制を選ぶ人は増えている」と話す中西さん。
駅前キャンパスには週6日通い、午前9時から個別授業や自主学習に励む。下校は通常午後7時。午後10時になることもあるという。
「時間の使い方を自分で決められるので勉強量が増えた。自信にもつながっている」
また、駅前キャンパス3年の女子生徒=同市東区=は、クラスや部活動の人間関係に悩み、県立高1年の夏から不登校気味に。1年の冬に転校し、県外私立大を目指して勉強を始めた。 入学から1年間は周囲になじめず、学校生活を楽しめない日々が続いた。
だが、3年になって何でも言い合える女性の友人ができてからは、通うことが楽しくなった。その子も人間関係がつらくなり、転校。同じ悩みを共有できる大切な存在だという。「ここに来て本当に良かった」
同学院の物部晃之学院長(40)は「学習面だけでなく、居場所づくりや夢の実現など、さまざまな面から生徒を支えることに重きを置いている」と強調。その上で、「以前に比べて、子どもが学ぶ形や環境は多様になった。自分のペースで目標を目指せる場所があることを多くの人に知ってほしい」と話す。
一方、熊本県内で不登校生の支援を続けるNPO法人「くまもと学習支援ネットワーク」(熊本市)は、医療・看護受験専門の予備校を運営している。
予備校は、運営するフリースクールの生徒の中で「資格を取りたい」という生徒が多かったことから、2017年4月に開校。10人ほどが熊本大医学部や看護専門学校への進学を目指している。
中山聖也代表(35)は「これからも個々のニーズに合った、きめ細やかな対応をしていきたい」と力を込めた。
(渡具知萌絵) 〔2020年1/9(木) 熊本日日新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
未成年のうつ状態 自慢の息子が学校を休みがちに…未成年のうつ状態の注意点
優等生の息子が学校を休みがちに…どうすればいい?
うつ病などメンタルの不調は、大人の病気というイメージがあります。が、厚生労働省の調べによると、青年期のうつ病の有病率は100人に1~7人程度とされています。
入社7年目でうつに…まじめな性格よりも大きな要因とは
「うつ専門メンタルコーチ」として、1万人以上のクライアントを指導し、『1日3分でうつをやめる。』(扶桑社刊)などの著書もある川本義巳さんに、子どもがうつ傾向になったときの具体的なエピソードと、気をつけたいポイントを教わりました。
自慢の息子が学校を休みがちに。親はどう対処したらいい?
●勉強もスポーツもできる優しい息子が、ある日学校に行けなくなって…
私は教育委員会で不登校・引きこもりの相談もしているので「子どもの相談にのってほしい」という依頼もよく受けます。純子さん(仮名)もそのお一人でした。
純子さんには大輔君(仮名)という高校2年生の息子さんがいらっしゃいました。
大輔君は小中学校と成績も優秀でスポーツができ、性格も優しいという、ご両親にとって自慢の息子でした。その大輔君が「学校に行けなくなってしまった」というのです。
純子さんの話をまとめると、こうです。
・本人が志望していた公立の進学校に入ることができ、両親もほっとしていた。
・中学まで続けてきたサッカーを高校でもやれるということで、最初は毎日楽しそうに学校に行っていた。
・部活は朝練があり、夜も遅い。土日は遠征や試合とほぼ休みがない状態。
・成績が落ちることもなかったので、気にしていなかったが、2年生の夏休みが終わったころから、表情がすぐれず、口数が減り、食も細くなった。
・そのうち朝起きてこなくなって、朝練を休むようになった。
それでも学校と放課後の部活はがんばっていたが、早退したり、欠席したりが始まり、ついに3日連続で休んでしまい、心配で仕方がない。精神科に連れていった方がいいのか悩んでいる。
純子さんの話を聞く限り、大輔君はうつ状態なのかも知れないと感じました。
ただ、ご両親としてはすぐに病院に行くよりも、カウンセリングなどの方がいいのではないかと思って、私のところに来られたそうです。
コーチングを引き受けるにあたって、こちらからいくつか質問をさせてもらいました。その結果わかったことは、次の内容でした。
・朝練~学校~部活~塾 とかなり過密なスケジュールである。
・本人はまじめで「とにかくがんばる」というタイプ。それで結果も出している。
・今回不調になったのは、どうやら新チームのキャプテンに任命されそのプレッシャーがあったようだ。
・元々優しくて人に強くものが言えない性格なので、チームをまとめられなかったようだ。
大輔君はいわゆる「優等生タイプ」です。私のもとに相談にくる中高生のほとんどがこのタイプにあたります。
勉強もスポーツもできるし、生徒会長をやっていたという子もいます。
どの子もまじめで努力家。悪い言い方をすれば「手を抜くことを知らない」と言えます。
●まじめな子ほど、手の抜き方がわからない
彼らは常に全力疾走をしているような感じなのですが、とくに進学校になると、学年が上がるにつれてやることも増えるので、物理的な時間が確保しづらくなってきます。
これは大人がハードワークでメンタルの調子が悪くなるのと同じで、常にはりつめたような状態になってしまうので、新たな負荷がかかったり、なにかトラブルが発生したりすると、途端にメンタル不調に陥ります。
大人の場合は、休暇をとったりしてリフレッシュしたりしますが、子どもの場合は少し勝手が違います。
まず「休みを取る=学校を休む」ということに抵抗があるため、よほどでない限り休むという選択肢を取りません。ましてや優等生タイプだと尚更でしょう。
また精神科を受診するにしても、未成年の場合発達途上ということもあり、まだまだ揺れやすい面がありますから、未成年の臨床に詳しい先生でないと、判断が難しい面もあります。 そういうことを考慮すると、大人のような投薬治療ではなく、カウンセリングやコーチングといった心理療法の活用を考えることも大事だと思います。最近ではスクールカウンセラーなど割と身近に存在していることもあるので、病院よりもまず相談というスタンスを取ることが賢明です。
大輔君の場合は、本人の希望もあり私が担当することになりました。約3か月間のコーチングで彼は調子を取り戻し、その後は問題なく学校に行けるようになりました。
もちろん部活も続けていました。卒業後は現役で大学に合格し、サッカーを続けているという報告ももらっています。
●未成年をコーチングするときに気をつけたこと
私が彼のサポートをしているときに心がけていたことがあります。未成年と関わるときに参考になるかと思いますのでご紹介しますね。
1.とにかく彼と友達になろうとした。親友として話を聞くことにした。
2.「なにがあったのか」は一切聞かず、「どうしたいか」という話ばかりをした。
3.卒業までという期限があることを考え、そのなかでできることを二人で考えた。
とくに3番は大事です。本人たちは「卒業までになんとしなくちゃ」というプレッシャーも抱えています。
でもそこにばかりフォーカスすると身動きが取れなくなるので、スケジュール管理を頭に置きながら、本人が安心できる手順を一緒に考えます。
そうすることで本人たちの不安が軽減され、やることが整理されてくるので、結果回復に向かうことができます。
未成年の場合、その親御さんも同時にサポートする感覚も必要です。
じつは親の方が不安が強く、お子さんがそこに影響されていたということもありますので、親子同時にメンタルケアを行うことも必要です。
いずれにしても子どもたちは卒業という区切りがあるため、不調を感じたらなるべく早めにケアをすることが大事です。
●教えてくれた人【川本義巳さん】
うつ専門メンタルコーチ。高校卒業後、SEとして20年以上メーカーに勤務。大手IT企業への転職を機にうつ病を発症、寝たきり状態になり、1年2か月の休職を余儀なくされる。
職場復帰後も6年間うつ病に悩まされ、さまざまな方法を試すが失敗。2007年コーチングに出合い、うつ病を完全克服。その体験をきっかけにうつ専門のプロコーチになることを決意
〔2020年1/9(木) ESSE-online〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
いわき市「NPO法人青陽」 展示会運営に協力を 磐城高等芸術商科総合学園 NPO寄付募る
協力を呼び掛ける芳賀校長
いわき市の磐城高等芸術商科総合学園が運営する「NPO法人青陽」はクラウドファンディングを活用し、展示会の運営費などを募る。九日、同学園の芳賀敦子校長が発表した。
同法人は発達障害や不登校などの学生が、卒業後も自立して生活できるよう二〇一八(平成三十)年に設立された。切り絵の作品などを制作し、展示会を行っている。
しかし、材料費などは個人や職員の私費に頼っているのが現状だという。
いわき信用組合が運営しているクラウドファンディングサイト「FAAVO磐城国」を利用し、三月二十九日まで支援を呼び掛ける。
目標額は八十万円で、来年度の運営費などに充てる。寄付の金額に応じ、切り絵のポストカードなどを贈る。サイトは「FAAVO磐城国」で検索できる。問い合わせはNPO法人青陽 電話0246(34)4555へ。芳賀校長は「自立を目指す学生のためにもご協力をよろしくお願いします」と話した。
◇     ◇  ◇ 
同学園は市内のイトーヨーカドー平店に設けられた多目的スペース平七小で、創作切り絵展を開いている。三十一日まで。
〔2020年1/10(金) 福島民報〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
不登校・ひきこもりの就労促進 ひきこもり、就労支援へ  九州調理師専門学校 フリースクールと連携
長崎市の九州調理師専門学校は新年度、不登校・ひきこもり当事者の就労促進に向け、フリースクールと連携した支援制度を創設する。昼間に相談支援を通じて対人不安や悩みの解消を図りつつ、夜間授業で調理技能の習得を促す。川島賢治校長(41)は「料理を食べた人に『おいしい』と言われることが社会復帰への自信につながる」と当事者が自立に向かう姿を思い描いている。
NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(東京)によると、不登校・ひきこもりの問題に関して専門学校が独自の就労支援制度を設けるのは全国的に珍しい。
同会理事でジャーナリストの池上正樹さん(57)は「ただ働く環境を与えるのではなく、スキルを身に付けながら段階的に就労を目指すことができる。
社会に戻りたいと考える人たちの選択肢が広がる」と期待を語る。
就労した経験があっても、人間関係や仕事のミスマッチで挫折した人や、長く対外的な関わりがない人らをサポートする狙い。
これまでの同校の卒業生には、調理の過程で自信を付けて社会的自立を果たした人も多くいたという。川島校長は「周囲との付き合いが苦手な人が一人で黙々と作業することもできる」と語る。学校側が調理を通じた就労支援ができないか、フリースクール側に打診していた。
長崎市の「フリースクールクレイン・ハーバー」が連携する。支援制度は調理師養成科の夜間部に創設。
対象は中学卒業以上で年齢制限はなく、通常募集に加えて不登校・ひきこもりなどの当事者を募る。
就学前に、当事者と保護者を交えた面談で支援方針を決定。入学者は卒業までの1年半、夜間部の生徒と同様に調理師免許取得のための講義を受け実習に取り組む。同時に、フリースクールへ通って外出習慣を身に付けたり、学校や生活の悩みを相談したりできる。学費は支援の有無に限らず同じ。夜間部には現在、10~50歳代まで幅広い世代が在学している。
クレイン・ハーバーの中村尊代表(52)は「何もせずに家にいると、不安は膨らみ最初の一歩を踏み出すハードルが高まる。料理を通じた成功体験を積み重ねることで不安は解け、自信につながる」と期待する。
内閣府によると、2015年の調査で若年層(15~39歳)のひきこもり人口は約54万人。
18年の調査では中高年(40~64歳)のひきこもり人口が約61万人に上っており、きっかけは「退職」が最も多かった。
■18、26日に説明会
九州調理師専門学校は今月18、26の両日、支援制度に関する4月入学者向けの説明会を開催する。
会場は長崎市弁天町の同校。個別面談や調理実習体験などをする。事前予約が必要。入学、説明会の問い合わせは同校(電095・861・7008)。
〔2020年1/10(金) 長崎新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
のせゆみこ 不登校の体験を歌に 大田原・のせゆみこさん、7月CDデビュー
学園祭で歌うのせゆみこさん=2019年10月、塩谷町の日々輝学園高
栃木県大田原市在住のシンガー・ソングライター、のせゆみこ(本名・野瀬有美子(のせゆみこ))さん(25)が7月、自身の不登校の経験から生まれた歌「かけがえのないキミへ」でCDデビューする。「今の自分と重なる」「心が震えた」。ライブで共感を広げてきた特別な一曲だ。
「どんな時でもキミは 決してひとりじゃないから」。思いを込めて歌い続ける。 中学1年の時だった。
頭痛や腹痛、体が重くて動かない。のせさんは学校に行けなくなった。
「心は行きたくても体が言うことを聞かなかった」
中学2年の夏休み明けから、大田原市の適応指導教室に通い始めた。そこには、同じ体験をした仲間がいた。
「私だけじゃないんだ」
先生のギターに合わせて教室のピアノを弾き、みんなで歌うと「気持ちが解放できた」。ようやく見つけた居場所だった。
そんな時、ボランティア活動で訪れた老人ホームで、とちぎ未来大使のえりのあさんと出会った。介護の仕事をしながら、シンガー・ソングライターとして歌う姿に「私も音楽で元気を届けたい」。夢ができた。
塩谷町の通信・単位制高校「日々輝学園」を卒業後、進む道を考える中で「かつての自分と同じように悩んでいる子どもたちのために歌おう」と思うようになった。そして「かけがえのないキミへ」が生まれた。
「『がんばれ』だなんて言葉に 耳をふさいだあの頃」「他人と同じことができなくて 自分に苛(いら)立っていたあの頃」…。
歌詞には実体験がストレートにつづられ、こう呼び掛ける。
「キミは世界でたったひとりの かけがえのないたからもの 泣いていても怒っていても 素直な気持ちのままでいいよ どんな時でもキミは 決してひとりじゃないから」
ライブで歌うと評判を呼び、福祉施設や学園祭、イベントなどに次々と呼ばれるようになった。「自分の気持ちに寄り添ってくれてありがとう」「私の子どもも不登校。一緒に頑張ろうと思います」。観客からは共感のメッセージが届く。
7月19日、えりのあさんと同じレーベルからのデビューが決まった。大田原市の那須野が原ハーモニーホールで同日ライブも行う。
「仲間や恩師、家族。いろいろな人に支えられて、こうして元気で大好きな音楽を楽しめている。
その恩返しに、笑顔の花畑をつくりたい」。感謝を胸に、心を込めて歌う。
〔2020年1/10(金) 下野新聞SOON〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
インドネシアの日本人起業家 和田直希 家具から部屋、そしてまちへ インドネシアで都市開発に挑む日本人起業家
カマルクホールディングス 和田直希
世界の暮らしをリデザイン(ReDesign)する──。そんな壮大な思いを実現しようとしている日本人連続起業家がいる。
シンガポールに本社を置くIoT家具スタートアップ、カマルクホールディングスの和田直希(39)だ。和田は1月6日、インドネシアの地で「まちづくり」という新たな挑戦を始めることを発表した。
「10年後も20年後も、常に新しい人たちが集う『変わり続けるまち』。変わり続けることで、新しいカルチャーが生まれ続ける『変わらないまち』をつくりたい」
和田がインドネシアで挑む「まちづくり」のIRAMA(イラマ)プロジェクトは、日本でいうと東京駅に当たる都市中心部での敷地面積4000平方メートルの開発だ。
和田がインドネシアの元大統領であるメガワティ・スカルノプトゥリと出会ったことで始動した。
完成する施設は、コワーキングオフィス、ホテル、フード、カルチャー(ラジオ局)、ガーデンなど7つの機能を持つ。そして、注文から製造、出荷といった工程を自動化・自走化した家具工場、地下に溜まるCO2を利用し温度、湿度、照度の自動制御、画像認識で最適な収穫ができる植物工場も設置するなど最先端の取り組みを行う。
さらに、家具、空間、生活がつながる「Que」というスマホアプリも開発し、それらが相互作用するサスティナブルな施設を目指す構想だという。
「大きなまちをつくりたいわけではありません。『IRAMA』という名前で、ニューヨークや東京、アジアなど世界中に展開していきたい。
このコミュニティが多拠点でどこにでも住めるまちになるなら、地元がジャカルタのインドネシア人がニューヨークのIRAMAのコワーキングオフィスにある企業で就職するという選択肢が生まれ、ライフスタイルの変化も生み出せるかもしれない。僕らのまちづくりでは、『一生住むまち』ではなくても、『人を輝せるまち』であり、『人生に必要な時に訪れるまち』をつくりたい。人生の中で、このまちで過ごす数年間があったら美しいなと」(和田)
「家具」から「まち」をデザインする
和田が「すべて『まちづくり』のために積み上げてきた」と語るカマルクホールディングスの創業は2014年6月。シンガポールに本社、インドネシアに工場を持つスタートアップは、「ファニチャー2.0」を標榜し、家具のあり方を素材、製造、流通、価格、IT/IoT化から再定義し、世界観をイメージして家具を製造・販売してきた。
「まちは人の集合体であり、建物や家の集合体。では家はというと、プロダクトの集合体。
だからまず家具から始めた。エキサイティングな家具メーカーとしてブランドが認知されたら、家具から家、まちへとつながるのではないか、と」(和田)
16年3月に世界初で「家具×IoT」というコンセプトの「サウンドテーブル」の予約販売を開始。スマートフォンから自分の好きな音楽を流せたり、外の天気に応じた環境音を奏でたりできる薄型スピーカー内蔵型テーブルは大きな話題を呼んだ。
家具を所有せず「利用」する
次に和田が取り組んだのは、家具のサブスクリプション(定額課金)サービスの「カマルク」。
18年3月に、日本で初めて同サービスをリリースし、月額390円から利用できる。家具を「所有する」に対し、「利用する」という新しい価値観を提唱した。
「例えば、机ひとつ取っても、小学生向けの机は、中学生、高校生になったら使用しなくなり、廃棄となる。小学生向けの机メーカーであれば関係はそれで終わりです。カマルクであれば、高校生、大学生、社会人とライフスタイルの変化に合わせて、定額サービスの中で机の形を変えて使用し続けられる。ただ、カマルクとしては、ユーザーにずっと使い続けてもらうために、時代とともに変わり続ける必要がある。これはまちづくりにも影響しているブランドアイデンティティです」
『私の部屋』を素晴らしい空間にする
同社は18年5月、米ニューヨーク州でも、同サービスの展開を開始。クリエイティブ・ディレクターとして、世界的ファッション・プロデューサーであるニコラ・フォルミケッティを迎えた。レディ・ガガのクリエィティブ・ディレクター、ディーゼルのクリエイティブ・ディレクター、ユニクロのファッションディレクターなどを務めた世界的に知られる第一人者だ。
同5月には、ポップアップストアをオープン。ニューヨークSOHO地区に常設店舗もオープンさせ、NYタイムズなど現地メディアからも注目された。
「安いからではなく、ラグジュアリー感覚での利用が多い。
家具を、というよりも、部屋を豊かにする目的の観葉植物をリプレイスしているイメージです。
それは、家具作りから回収・再利用まで責任を持ち、永続的な関係を構築するためのサブスクリプションサービスとして、世界一地球に優しい家具メーカーを目指すという姿勢への評価もあるかもしれません。
そして、僕らとしては、世界のユーザーにとって、人生の多くを過ごす『私の部屋』を素晴らしい空間にする。こうした考えも、今回のまちづくりにつながる大事なピースであると思っています」
さらに、その考えは、和田が2018年より代表取締役を務める、カスタマイズ家具の企画・開発・販売を行うユアニチャーにも現れている。「あなただけの家具を、簡単に」をコンセプトに、サイズ1センチメートル単位で、10種類以上の色をカスタムオーダーできるオンラインカスタマイズ家具のD2Cブランド「ユアニチャー」は、テクノロジーを活用した一点ものの家具をリーズナブルな価格で提供しているのが特徴。よりたくさんの人がインテリアを楽しめる世界を目指している。
不登校から失踪。ホームレスも経験した
和田の「まちづくり」への思いのきっかけは、最初の起業時にさかのぼる。小学校高学年、中学校、高校と馴染めずに不登校だった和田は15歳で失踪。3カ月間のホームレス時代などを経て、18歳でイベント会社を設立した。
「皿洗いのバイトもクビになり、個人事業主でないと生きていけないと(笑)。逃避の手段であり、積極的な理由で起業家になったわけではありませんでした」。その立ち上げ時に聞いていた曲の歌詞に大きな影響を受けたという。
「THA BLUE HERB『時代は変わる』という曲にあった『お前のための時代ならお前が変えろ』という歌詞に衝撃を受けました。これからどう生きていこうという時に『自分の思うようなまちをつくろう』と。40歳になる時に、ドロップアウトした自分でもフィットするまちをつくり、将来的に自分の子どもたちに住んでもらえるまちをつくりたいと思ったんです」
なんども起業・経営に挑戦する理由
和田はイベント会社を売上数億規模の企業へと成長させた後、08年に叔父が経営していたインドネシアの木工工場の株式の一部を買い取ってインドネシアに移住。
移住当時28歳の和田が家具のOEM展開する企業へと進化させた同企業は、14年には、グループ全体で売上100億円弱、従業員1000人以上にまで成長した。
「家具のOEM事業は私自身の事業選択ではなかったので、事業が成長した段階で、自分の夢である『まちづくり』に進みたいとカマルクホールディングスを創業しました。なんども起業家、経営者として挑戦しているのは、ホームレス経験で『生きていることが幸せ』となり鈍感力が高まったことで難しいことが苦にならないこと。そして、夢を持ち続けること、夢を叶えた後の次の夢を大事にしているからかもしれません」
クリエイティブ・ディレクターとしての顔
和田には、こうした世界を舞台に進化し続けてきた起業家・経営者の「顔」とともに、第一線で活躍するクリエイティブ・ディレクターの顔も併せ持つ。その代表的な事例が、今回のIRAMAプロジェクトの発表会に応援で駆けつけたFukase率いるSEKAI NO OWARIであり、彼らが世界を舞台に活動するプロジェクトである「End of the World(エンド・オブ・ザ・ワールド)」のクリエイティブ・ディレクションだ。
Fukaseとはバックグラウンドが近く、感覚が似ているという。和田と彼らとの付き合いは、6年間に及ぶ。SEKAI NO OWARIは幼馴染で集まって結成されたグループだが、発言には「(4人で活動し続けるために)過去を捨てて、過去を切り離していきていく」とあり、和田がIRAMAに込めた思いとシンクロするという。
起業家として「40歳でまちづくりを始める」という夢を叶えた和田だが、彼はすでにその先を見ている。 「時代がモノからコト。コトから人に変わってきている。人だけが自動化できない中で、いかに『人が輝けるか』。そういうまち、これまでないじゃないですか」
和田は最後に起業家としてこう話をした。
「スタートアップに必要な、今すぐ結果を出すという世界とは真逆の、世界規模で壮大な挑戦の道を歩んでいます。
ただ、僕が死ぬ時には、カマルクが一番大きな企業になっていると思いますよ」
〔2020年1/6(月) Forbes JAPAN〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
主婦のお悩み相談 子どもの誕生日プレゼントを盗もうとした…?悪い噂のあるママ友が怖い【お悩み相談】
夫との関係、義実家との付き合い、仕事やキャリア、ママ友などの人間関係……。毎日がんばって生きていると、悩みは尽きませんよね。そんなお悩みに、専門家がアドバイス。
挨拶してるのに無視… いい大人なのにバカみたい ママ友がこわい(1)
今回はママ友の行動に戸惑っている「ゆーみん」さんのお悩みです。
◆相談者プロフィール ゆーみん(36歳女性)
今年6歳になる息子のママ。専業主婦で、手芸の趣味を楽しんでいます。
■お悩み相談
私は36歳の主婦で、ことし小学1年生になる息子がいます。
息子が保育所の頃から同じ地域に住んでいるので、ご近所にもたくさんママ友がいます。
その中に同い歳の息子さんを持つママ友がいたのですが、先日クレクレと言いますか、物を奪われそうになってどう対処していいものか困っています。
もともと噂で「借りたものを返さない」「なかば奪うようにものを取られた」などという噂を耳にする方でしたので、私もそれとなく日頃から注意はしていました。
今まではそれほど接点もなかったのですが、ことしは息子同士が同じクラスになったこともあり、LINEなども交換しています。
先日、そのママ友から「誕生日プレゼントって当日まで見つからないようにどこかに隠したりしてるの?」と聞かれました。
私の息子と、ママ友の息子さんとは誕生日が近く、秋の授業参観のときに誕生日プレゼントの話をしていたので、その延長の話題だとその時は思いました。
そこで、オリジナルロボットをつくれる玩具を購入しており、サプライズで渡すために、旦那の借りている駐車場の倉庫に隠していたことを、深く考えずに喋ってしまったのです。
帰宅してから噂のことが気になり、念のためプレゼントを移動させました。
すると翌日、そのママ友から『探したけどプレゼントなんか置いてないじゃない』とLINEが来たのです。
なぜ駐車場の場所を知っているのか、しかもプレゼントをどうしようとしたのか。
いろいろ疑問はわきましたが、怖さもあって返事は適当にはぐらかして無理やりLINEを終わらせました。
それからメッセージなどは特にありません。
ママ友のことを疑いたくありませんが、良くない噂があったこともあり、どうしても気味悪く感じてしまいます。
このことを旦那にも相談しましたが、いかんせん証拠もないことなのでどうすればいいのか夫婦で思い悩んでいます。
何もなかったので大ごとにするのも…とは思いますが、今は顔を合わすのも少し怖く思えてしまい、困っています。
■境界線を意識せずに行動する人なのかもしれません
まずは、プレゼントを奪おうとしたかどうかは、噂に基づいて憶測すべきことではありません。
ですが、駐車場の場所を知っていて覗かれたことは、ママ友さんの発言から汲み取ることができるので、この点でアドバイスいたしますね。
ママ友さんがしたことは、プライバシー侵害や不法侵入罪に該当するおそれがある行動です。
ただ、ママ友さんにしてみれば悪気なく「話した内容を確認した」くらいに思っているのかもしれません。
また、自分のものと他人のものとの違い、他者との境界線を意識せずに行動しているのかもしれません。
ですので、ママ友さんが今後トラブルを起こさないよう「他人の駐車場をチェックするのはやり過ぎ」と注意することもできます。他人の領域を侵している実感がなく、注意されることで学ぶ可能性もあるからです。
彼女のために注意するほど親しいわけではないのであれば、せめてトラブルが起きないようにつきあいましょう。
そして今後は「もの」や「場所」の話題は極力避け、尋ねられても具体的なことを伝えないように注意してください。
◆回答者プロフィール 海野 雪(うみの・ゆき)
上級心理カウンセラー(日本能力開発推進協会認定)、不登校児童対応アドバイザー(全国webカウンセリング協会認定)など、心理系・教育系を中心に多様な資格を有する。200名以上の相談対応実績あり。
〔2020年1/6(月) レタスクラブニュース〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
島田彪雅 御所実プロップ島田、SO高居ら“弟”へ感謝の涙
<全国高校ラグビー大会:桐蔭学園23-14御所実>◇決勝◇7日◇大阪・花園ラグビー場
奮闘したが、頂点には届かなかった。御所実のプロップ島田彪雅(ひゅうが、3年)は、ノーサイドの笛で泣き崩れた。
「我慢はできていたけど…。強みのディフェンスが対応できなかった。でも気持ちで負けたとは思ってないです」
花園にかける思いを、決勝の舞台で出し切った。島田は16歳で東海大大阪仰星を退学。1度はラグビーを辞めた。不登校にもなったが、仲間に救われた。チームメートのSO高居海靖(3年)が、島田家のインターホンを毎日鳴らした。「彪雅くん、一緒にラグビーやりましょうよ。16時からの練習、来てくださいよ」。
心にラグビー熱がよみがえった。1学年下の高居と一緒に勉強し、御所実に入学。同じ黒色ジャージーを着た。
高居は言う。「彪雅くんは中学のときから僕の憧れだった。自分にもしんどいときはあると思う。一緒のユニホームでラグビーがしたかったんです」。3年間、切磋琢磨(せっさたくま)した。結果は花園準優勝。結果に泣いたが、胸に悔いはない。
涙をぬぐい、島田は前を向いて話す。「御所実に来て、人間として成長できた。正直、1年生の最初はしんどいときもあった。でも、みんなが仲良くしてくれて…。学年は違うけど、みんなは“弟”みたいだった」。自分を救ってくれた仲間への「感謝の涙」だった。
  〔2020年1/7(火) 日刊スポーツ【真柴健】〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
島田彪雅 御所実19歳島田、母の愛情で不登校克服/花園秘話 御所実プロップ島田彪雅(3年、中央)の応援で花園に観戦に駆けつけた姉の寿莉亜さん(左)、母の賀奈子さん(右)(撮影・真柴健)
<全国高校ラグビー大会:桐蔭学園23-14御所実>◇決勝◇7日◇大阪・花園ラグビー場 第99回全国高校ラグビー大会には、唯一の19歳ラガーマンがいた。憧れの花園で躍動した御所実(奈良)のプロップ島田彪雅(ひゅうが、3年)は16歳で、1度はラグビーを諦めた過去がある。東海大大阪仰星に入学するも1年足らずで不登校になり退学。だが、大好きだったラグビーを諦めきれず、御所実へ転学。そんな壮絶な人生に、ずっと寄り添った母・賀奈子さん(46)が聖地・花園のスタンドで当時を振り返った。
◇    ◇    ◇    ◇
黒色ジャージーを着て、島田彪雅は生まれ変わった。3年前の秋。16歳だった彪雅は、自室に引きこもった。未来が見えず、母・賀奈子さんは頭を悩ませた。
「トイレのときしか、部屋から出てこない。学校に行かないだけならともかく、閉じこもってしまったんで…。あんまり会話もなかったです、あのときの家庭は地獄でした」
15歳で胸を躍らせて入学した東海大大阪仰星だったが、うまくなじめず。16歳の誕生日を迎えた8月には、ラグビーの練習に行かなくなった。
「菅平(長野)の夏合宿は悲惨でした。嫌がる彪雅を私が無理やり…。車に乗せて『グズグズしてても仕方ない。ラグビー部を辞めるって言いに菅平まで行くで!』って。でも、あのときは辞めなかったですよね。ラグビー、大好きやったから」
だが、秋には学校を休むようになった。「もう学校に行くか行かないかは、どうでもよかった。なんとかして部屋から引っ張り出さないと…。だから『退学届、一緒に出しに行こう』って」。16歳の冬に退学。そこから先は、何も見えなかった。
「学校を辞めたとき『俺、働かないとダメかな?』って彪雅が聞いてきて。母子家庭だから…って考えすぎなんですよ、あの子は」。大好きなラグビーを続けてほしい-。母には、その一心しなかった。
「なんとか外に出てほしくて…。偶然、3歳上のお姉ちゃん(寿莉亜、22)が働いてた運送会社が12月のお歳暮のバイトを募集してたから『行ってみたら?』って。いや、もうそのときは、『お姉ちゃんと一緒なら大丈夫やから行ってこい!』って言うたと思います」
1カ月間、アルバイト生活を経験すると、気持ちは楽になった。「またラグビーがしたい…」。そんな気持ちが胸にわきあがってきた。
ラグビーがきっかけで結ばれた1歳下の仲間も、彪雅を奮い立たせた。御所実SO高居海靖(3年)は、3年前、壊れるぐらい島田家のインターホンを押した。
「海靖くんが毎日毎日、電話をくれて…。『彪雅くん一緒にラグビーやりましょうよ。今日、16時からの練習に来てくださいよ。勉強も一緒にやりましょうよ』って。電話をくれたら家まで迎えに来てくれて『到着しました!』って。その子が居たから、うちの子は今があるんです…」
1度はフェードアウトしたラグビー人生。重たい心の扉をこじ開けたのは母親の愛情、そして仲間の存在だった。20年1月7日、決勝の舞台でも「3番」を背負い、花園で奮闘した。
「3年前は考えられへん舞台にアンタは立ってるんやで、って。うちの家は地獄やったんやから。今はもう…。彪雅が寮から家に帰ってくるのが、楽しみで楽しみで…。ご飯もなんでも作って。夜な夜な仕事から帰ってきて、ビールを飲みながら彪雅の活躍してるシーンを見るのが、今の私の生き甲斐なんです」
母の思いは息子に届いた。「泣いても泣いても、うそじゃない。ラグビーボールを持って、彪雅は思いっきり走ってる…。こんな幸せが待ってるなんて思ってもなかったんです」。
タクシードライバーの賀奈子さんは、子どもを思ってハンドルを握っている。そんな支えがあったから、彪雅には今がある。
「夢ですよね? この現実はありえないんです。3年前、こんなことになるとは考えもできなかった。たった3年で…。こんなに人って変われるんですね。あのままの人生だったら彪雅は…。この道はないんです。強くなったなぁ彪雅…」
どんなに小さくたっていい。1歩前に踏み出せば人生は変わる。
〔2020年1/7(火) 日刊スポーツ【真柴健】〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
育児と仕事 子育てと仕事両立は大変 イライラ防ぐ3つの「ない」
育児に仕事にと日々奮闘する皆さん、元気に頑張っていくためのヒントをお伝えします。
あけましておめでとうございます。真新しい年を迎えたあなたの心と体はお元気でしょうか? こんにちは、精神科医・産業医の奥田弘美です。
さて前回記事「子育てしつつ元気に働くには 子持ち産業医からエール」では、働きながら子育てするワーキングママ(パパ)に向けてのエールを書きました。現代日本において子育てしながら働いていくのは、いろいろ大変なことも多いですが、その頑張りは必ず報われる! 素晴らしい喜びや深い感動が近未来に待っている! ということを様々な例を挙げてお伝えしました。今回は、育児に仕事にと日々奮闘するワーキングママ(パパ)たちが、元気に頑張っていくための心の整え方について、より踏み込んだ具体的なヒントをつづりたいと思います。 ■合言葉は「焦らない」「比べない」「頑張り過ぎない」
前回記事でも触れたように、残念ながら現在の日本社会では、ワーキングママ(パパ)のストレス度は、そうでない人に比べてピンポイントではどうしても高くなってしまいがち。特に子供が生まれて小学校低学年になるぐらいまでは、子育てに多大な時間とエネルギーをとられるため、仕事や自分自身の時間が持てずにイライラしてしまうことも多いでしょう。
そんな時に、筆者自身は常に「焦らない」「比べない」「頑張り過ぎない」の「3つの『ない』」を自分に言い聞かせて心を整えるようにしていました。この「3つの『ない』」は産業医としてワーキングママ(パパ)にお伝えするたびに大変好評をいただきます。具体的に解説していきましょう。
まずは「焦らない」「比べない」から。子供が小さければ小さいほど、自分が思うように仕事ができません。ましてや自分を磨く時間などはめったにとれません。子供のいない同僚がハードワークをこなして華やかに活躍したり、研修や留学などの経験を積んでスキルアップしたりしているのを横目で見ながら、自分は時短勤務でそそくさと退社して子供のお迎えに行かなければならず、「このままでいいのだろうか?」とついつい焦ってしまう。あるいは、他人の昇進や表彰の噂を聞くたびに「同期の〇〇さんたちと比べてずいぶん差がついてしまった」と比べて落ち込んでしまう……。そんなふうにイライラしたり自己嫌悪に陥ってつらくなったりということは多々あると思います。
筆者自身も子供が小さい頃は、何度そんな感情を体験したことでしょう。同世代のドクターが研究成果を学会で華々しく発表したり、医療の最前線で活躍している姿を見たりするたびに、子供の迎えに合わせたパートタイムや時短勤務を細々と続ける自分と比べては、よく落ち込みかけたものでした。しかしそのたびに、人生の先輩たちからもらった珠玉のような言葉を思い出しては、「焦らない」「比べない」と自分自身に言い聞かせ、心を整えていました。
例えば筆者の尊敬する教授や上司からは次のような励ましをいただきました。
「あなたは今、日本の未来を担う人材を育てるというとても重要な仕事をしているんだよ。自分自身のやっている仕事を大きな目で眺めて、もっと誇りを持ちなさい」
「人ひとりを赤ん坊から育てあげて一人前にするという一大長期プロジェクトに取り組んでいる人とそうでない人とが、目先の仕事で差がつくのは当たり前。自分自身にもっとハンディを認めてあげなさい」と。
また幼児教育の専門家でもある先輩ママからは、下記のような助言を会うたびに頂きました。
「子供が小さいうちは、親の愛情は質だけじゃなくて量も必要なの。ママやパパがそばで見守ってあげているからこそ子供は安心して心も体も健やかに成長させることができるのよ。だから今は子供たちとの時間をできるだけ優先してあげて。たいていの仕事はあとから挽回がきくけど、子供に関われるのは今この時しかないのよ。焦らないで!」
■親の愛情は質だけじゃなくて量も必要なワケ
この先輩ママのアドバイスは、今から思い返すと本当に貴重でした。彼女の言葉どおり、やはり子供と過ごす時間をある程度しっかり確保しておかないと、子供が放つSOSのサインに気がついてやることができないのです。
例えば保育園や学童保育から連れて帰ってきて、ご飯を一緒に食べたり風呂に入れたりしているなかで、「あのね、今日ね、○○くんとね」と友達とトラブルがあったことをポツポツと話し出す。10代になって思春期に入ってきた頃も、食後の後片付けをしている私の背中に向かって、「実はさ、この前こんなこと言われたんだけど」と心が傷ついた出来事を唐突に話し始める。
親が何となく元気がないなあ、様子がおかしいなあと感じて「今日何かあったの?」と尋ねても、子供はすぐに心の中を話してはくれません。言語能力が十分に発達していないため、すぐに感情を言葉にすることができないのです。子供は親と一緒に時間をゆっくり過ごしている中で、少しずつ自分の気持ちをまとめながら、自分自身のタイミングが整った時にようやく言語化してSOSを出してくるのです。
我が家では私か夫が夕食以後は必ず子供たちのそばにいることにしてきたため、このSOSを早めにキャッチでき、イジメや不登校などの問題に発展するのを食い止められたことが何回かありました。そのたびに「親の愛情は質だけじゃなくて量も必要」とはこのことなんだなと痛感することしきりでした。
最近の若いママ・パパと話していると、SNS(交流サイト)やインターネットを通じて私の頃よりもはるかに多くの情報に触れるようで、「他人のキャリアや子育てと自分たちを比べてしまって、落ち込む、悩む」という声をよく聞きます。そのたびに、私は「焦らない」「比べない」とわが身を振り返りながらお伝えしています。
他人は他人と割り切って、せっかく自分たちの元に生まれてきてくれた子供との時間をできるだけ確保して、一緒に楽しく過ごしましょう。多少手抜きした不完全な子育てでも、親がそばにいて見守ってあげていると子供は安心して、スクスクとたくましく成長してどんどん手がかからなくなってくるもの。とにかく今はできるだけ笑顔で子供と過ごせるように心がけましょう。ママとパパが笑顔で一緒にいてくれることこそが、子供の心の一番の栄養になるんだからね、と。
そのためにも、親自身が「頑張り過ぎない」ことが必要です。仕事も育児も完璧に! と頑張り過ぎてママ・パパが心身ともに疲労してしまうと、余裕がなくなって笑顔が減り、表情も態度もイライラ・キリキリしてきます。すると子供だけではなく、夫婦関係にも悪影響を及ぼしてしまいます。
■自分の睡眠時間と食事時間はしっかり確保
繰り返しますが、子供はママとパパが笑顔で一緒にいてくれることが何よりうれしいし、精神的にも安心するのです。ママやパパが穏やかな笑顔で一緒にいてくれるからこそ、自分の悩みを安心して打ち明けることができるのです。だからまずは、ご自身の睡眠時間や食事時間をできるだけしっかりと確保してください。
特に子供が小さい時には、衣食住の世話に多大な時間と体力がとられます。家事で手抜きできるところは手抜きし、子供だけじゃなく自分もしっかり栄養をとって睡眠を1時間でも多く確保して、とにかく体力と気力を落とさないように心がけてください。
子育て中でも認められたいと、仕事でくれぐれも無理しすぎないように。睡眠時間を削ってヘロヘロになって仕事を頑張っても、結局体を壊してしまえば、会社にも家族にも迷惑をかけてしまいます。
「子育てで大変な時は、仕事でのスローダウンも必要」と、割り切ることが大切です。自分がその時その時に確実に無理なくできる仕事を請け合い、きっちりとコンスタントにこなしていく。そして子育てをサポートしてくれている会社や周りの人たちに「ありがとう」と感謝の気持ちを忘れないようにしながら、細く長く仕事人生を続けていく。すると徐々に子供が成長して手がかからなくなり、いつの間にか仕事にかけられる時間が増えて、再び全力投球できるようになっていきますから。そしてその時、子育てのために仕事をスローダウンした経験が決して無駄ではなかったことに必ず気づけますから。
どうぞ「焦らない」「比べない」「頑張り過ぎない」の3つの「ない」を心がけて、仕事と育児の両立を元気に無理せず続けていってくださいね。
奥田弘美精神科医(精神保健指定医)・産業医・労働衛生コンサルタント。1992年山口大学医学部卒。精神科医および都内約20カ所の産業医として働く人を心と身体の両面からサポートしている。著書には『1分間どこでもマインドフルネス』(日本能率協会マネジメントセンター)、『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(すばる舎)など多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人に合ったマインドフルネス瞑想(めいそう)の普及も行っている。
〔2020年1/8(水) NIKKEI STYLE〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
石井翔 「ぼくは失敗作だ」 活発だった僕が不登校を経て「ワクワク」できるようになるまで 石井翔さん N高等学校(以下、N高)の生徒数が増えています。N高とは、2016年に開校した私立の通信制高校で、インターネットを活用した通信教育で注目を集めています。2019年現在は生徒数が1万人超に上っており、もしも日本の高校生が300人の村だったら1人はN高生ということになります。。N高にはどんな人たちが通っているのでしょうか。現在、高校2年生で、N高に通う石井翔さんにお話をうかがいました。翔さんは小学校のころから徐々に学校に行けなくなり、中学校で不登校。現在はN高に通っています。幼少期は活発だった石井さんが不登校になった兆しはなんだったのか、N高に通い始めたのはなぜか。お話をうかがいました。
――小さいころは、どんな子どもだったと自分では思いますか?
やんちゃな感じだったと思います。友だちと川遊びをしたり、ザリガニを獲ったり、自然のなかで遊ぶのが大好きで、得意な教科も体育でした。ドッヂボールも得意で市の大会で勝ち進んだこともありました。
――不登校というと「暗い」というイメーもが強いですよね。しかし、楽しそうな学校生活を送っているようにも聞こえましたが、なぜ不登校になったのでしょうか?
その理由がよくわからないんですね。小学生の高学年に入ってから、急に「起きられない日」が増えてきました。それまでは、目覚まし時計も掛けずに自然と朝は起きられていましたし、夜もふつうに寝ていました。でも、起きられない日はどうしても起きられない。目が覚めると午後になっている日もありました。
――親御さんは怒りませんでしたか?
怒られました。「朝だよ!」「もう学校だよ!」と言われて、肩を揺すって起こそうとしてくれましたが反応ができないんです。
――朝、起きられないという以外で学校生活に支障は出ていませんでしたか?
そのころは学校へ行くだけで精一杯でしたから、宿題とかはまったくできませんでした。それでも中学生のころよりはましだったと思いますが。
――中学生に入ってから不登校が本格化したんですか?
そうです。中学校入学時、母親からは「中学校からは気持ちを切り替えていこう」「ちゃんと行かないと将来に響いてくるよ」と言われました。自分でもそのとおりだと思いましたし、最初はがんばったんです。でも、中学に入ってすぐ、中1の5月ぐらいからは行けなくなりました。
そのころは毎日、起きられないというより、朝は物理的にベッドから動けないし、動きたいとも思えなかったです。
――日中はどんなふうにすごされていたのでしょうか?
毎日ずっと、「明日も学校があるよな」って思っていました。学校へ行けない日も、一日中ベッドにいても、「明日こそ学校に行こう」というプレッシャーが自分のなかに降り積もる感じでしょうか。
あのころは、学校の生徒に会うのも、先生に会うのも嫌でしたし、家で学校の話をするのも避けていました。車で移動中のときも、学校の前を通ると車のなかで隠れていました。
ある日家で寝ていたら突然部屋に先生が入ってきたことがありました。「学校へ来なさい」みたいなことを言われたのが、もう恐怖でしかなかったです。
――不登校直後、そのころはどんな気持ちでしたか?
孤独でした。誰からも自分の気持ちが理解されず、兄弟のなかでは自分だけが不登校。「僕は失敗作だ」とも思っていました。
――周囲の対応で覚えていることはありますか?
親からは「病院へ行こう」と言われ、病院で「起立性調節障害」と診断をされました。睡眠薬みたいなものを処方されて眠れるようにはなりましたが、問題はそれでも学校へ行きたくないってことですよね。
――学校以外の場所は勧められたのでしょうか?
フリースクールや塾へ行かないかと勧められ、行ってみたこともあります。でも、正直なことを言えば勧められた段階からイヤでした。学校へ行ってない僕が言うのも変ですが、人とちがう場所、みんなとちがう場所へ行くのは、なんかイヤだよなって。なので、基本的には家にいました。
――いまは高校に進学されていますが、何が前へ踏み出す転機になったのでしょうか
いま通っているN高等学校の情報を見つけたからだと思います。中学3年生になってからは、担任の先生から家の玄関先で定時制や通信制の高校もあると言われてたり、親からも(高校の)パンフレットを見せられ「決めなきゃ」という気持ちはあったんですが、なんとなく行く気にはなれずにいたところ、N高の情報をネットで見つけました。
N高では、プログラミング講座やパティシエ講座とか、その後の将来につながる授業が多かったんですよね。それにネットだけでほとんど完結する高校っておもしろいなあって。それまでは毎日、学校へ行くことだけが通うことだと思っていましたし、ふつうの学校よりも授業がおもしろそうだなと思ったんです。N高のことを知ったときは、学校へ行かなくなってから初めてワクワクしました。
――いまは高校2年生ですが、実際にN高に入ってみてどう思っていますか?
いい意味でぶっとんだ生徒が多くて楽しいです(笑)。価値観も趣味もいろいろだし、変わっていておもしろい人が多いですよね。
最初はネットだけで学校に関わろうと思いましたが、ネット上で仲良くなってから直接会ってみたり、イベントで意気投合したりして友だちもできました。先日もN高のプログラム「職業体験」で、五島列島の五島市でワインづくりを手伝わせてもらいました。
先生や同級生と一緒に一週間ぐらい泊まり込みで作業をするんですよ。友だちとくだらない話をしたり、共同作業で達成感を得たりして、「なんか学生っぽいことをしてるな」って思いました(笑)。
――ずいぶんと変化があったんですね。いま、取り組みたいと思っていることはありますか? 今、ハマっているのがバックパッカーです。今年は、プライベートでベトナムやタイにも行きました。海外へ行くと、排気ガスがすごかったり、めちゃくちゃなこともありますが、世界ってこんなに広いんだなって思えるんですよ。
――私は14歳から不登校をして、ひきこもり体質です。バックパッカーとなった翔さんが急に遠い存在に思えてきました(笑)。
けっこう安く行けますよ。費用も親から少し援助してもらいましたが、基本は自分のバイト代だけで行ってますから。
――検討しておきます(笑)。今日はお時間、ありがとうございました。
◎ターニングポイントの解説【石井志昂】
石井翔さんのお話で特筆したい点が、自然のなかで遊ぶのが好きで、活発だった子も不登校になったということです。あまり知られていませんが不登校はどんな子にも起きます。
勉強の成績が優秀な子も、学級委員に毎年選ばれる優等生も、友だちが多くクラスの人気者だった子も、スポーツが得意で体を動かすのが得意な子も、不登校になります。理由はさまざまです。いまやどんな子も、深刻ないじめ、それも同級生からだけでなく教員からのいじめに苦しむことがあります。また、成績不振や家庭内不和などで精神的に大きな負担を感じ、学校どころではない、という子もいます。本人や親の性格や気質によって「不登校をしない人」などいないわけです。
 どんな子にも不登校が起こりえる背景としては、2つのことが挙げられます。
ひとつ目は、いま学校自体が「子どもにとって息苦しい設定になっていること」です。毎日、学校へ通うことが、事実上は義務付けられ、休むことが許されません。大人であれば「有給休暇」「異動願い」「転職」なども権利の一つですが、その権利は学校に通う生徒にはありません。もちろん長期休暇は会社員よりも子どものほうが多いのですが、「任意の休暇」が現実的には認められていません。「有給休暇は使いづらい」という声もよく聞きますが「認められていない」というのは、未成年にとってあまりにも無理な設定ではないでしょうか。
もう一つの背景が「遅れを取り戻せない設定」になっていることです。上記のように学校は息苦しい場になっていますが、たとえば「不登校」になった場合、リスタートの仕組みがありません。石井翔さんの場合も、公立学校は、ただ学校へ戻そうとするだけで、リスタートに向けた制度がなく、勉強の遅れは独学とN高に入ってから取り戻しています。
ここで注意が必要なのは「遅れを取り戻せない」から、学校を休ませないようにせねばと考えるのは乱暴です。遅れを取り戻せる設定があればいいわけです。私は通信制高校の肩を持ちたいわけではなく、さまざまな教育形式が選択肢として検討されるべきだと思っています。N高など通信制教育は、一斉授業も行なっていますが、本人の習熟度に合わせた教育プログラムが充実しています。
一方、「通信制中学校」の可能性について、国のあいだで議論がありましたが、コミュニケーションスキルや社会性の向上に問題があるとして検討されませんでした。 しかし、翔さんの場合、押しつけられた公立の中学校は不登校で苦しみ、自分で「おもしろそうだ」と思った選んだ高校からは人が変わったように楽しんでいます。翔さんは「自分で言うのも変ですが、N高に入ってからコミュニケーションスキルは上がりました」と言っています。
ただし、N高を含む通信制高校にも課題があります。自分の意志で入学をしないと卒業が難しかったり、入学しやすいぶん、勉強ができる気力や体力がないと精神的に追い詰められてしまうなどの点です。
しかし、公立学校、つまり一つだけのスタイルの学びのなかで「ぼくは失敗作だ」と精神的に追い詰められる人はいます。事態の改善に向けて真に多様な選択肢が検討されることは大事ではないでしょうか。翔さんの場合は、一般的な高校のスタイルではない学びのかたちを見つけて「ワクワクした」と。
これが、

石井志昂 『不登校新聞』編集長、不登校経験者 1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。
〔2020年1/8(水) 石井志昂 『不登校新聞』編集長、不登校経験者〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
声優、高槻かなこ 阪神大震災25年 1歳で被災「絆伝える」声優、高槻かなこさんの決意
25年前の阪神大震災を経験した神戸市出身の声優が、次世代に震災の記憶を継承する活動に一歩踏み出した。震災当時まだ1歳で「現実味のない災害」だったが、震災をテーマにした昨秋の音楽朗読劇に参加し、被災地の出身者として「伝える責任」を感じるようになった。「神戸を背負う一人として、被災者がどのように震災を乗り越えてきたかを伝えたい」と訴える。
声優は、人気アニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」などに出演する高槻かなこさん(26)。同作から生まれたアイドルグループ「Aqours(アクア)」のメンバーとして平成30年末のNHK「紅白歌合戦」に特別枠で出演するなど、若者を中心に高い人気を誇る。
ただ、震災当時はまだ1歳。神戸市内の社宅で被災したものの被害はなく、記憶もほとんどない。近くに住む祖母がタンスの下敷きになって負傷したことをのちに知ったが、震災は「あまり現実味がない」というのが正直な気持ちだった。 親の転勤で県内外を転々とし、小学6年で阪神高速道路の倒壊現場近くにある小学校へ転校。学校には「1・17」が近づくとメディアが取材に訪れ、震災復興を願う歌「しあわせ運べるように」を歌ったが、それでも震災について深く考えることはなかった。
転機は23年の東日本大震災。不登校がちな生活を救ってくれたアニメやアニメソングの影響で「アニソン歌手」を夢見て大阪でアルバイト中、街が津波にのみ込まれる映像を見た。「地震や津波はこんなに悲しい出来事なのか」と初めて強く意識した。
声優やアイドルグループとして活動後も、西日本豪雨で福岡のライブに一部ファンが来場できなかったり、大阪でのライブ翌日に大阪北部地震が起きたりと自然の脅威に直面した。「(被災者の)心の支えとまでは言わないが、何か楽しい存在でありたい」と考えるようになった。 一方で、郷里を襲った阪神大震災が頭をよぎることも増えた。幼いころから神戸の街並みに震災の傷痕すら感じなかったのは、「被災者が一丸となって震災に立ち向かい、いち早く復興を実現できたからでは」などと思いを巡らせた。
そうした中、阪神大震災から懸命に立ち上がる神戸の人々を描く音楽朗読劇「ヘブンズ・レコード~青空篇~」のオファーを受けた。すぐ「やりたいです」と答えた。「神戸を背負う一人として震災を伝える責任を感じた」からだった。
昨年9月、東京や神戸で開かれた朗読劇で演じたのは、震災で亡くなった母親の人格が乗り移った女性。演出家に薦められた本で実在のモデルがいたことを知り、衝撃を受けた。「ある意味、アニメのよう」な難しい役柄を必死に想像しながら演じきった。
被災した親族の一部からは「悲しいことを思い出すから、劇を見るのが怖い」との声もあった。震災の悲惨な記憶に触れたくない気持ちも理解できる。それでも、朗読劇に参加したことで「震災の記憶を芝居で現実味をもって伝えることも大切」という思いを強くした。
「震災で人々がどのように結びつき、乗り越えてきたのかを今後も自分の得意な芝居と歌で伝えたい。きっと魂で訴えかければ、震災を知らない人たちにも伝えることができる」
〔2020年1/8(水) 産経新聞(尾崎豪一)〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
40~64歳のひきこもりが推計約61万人 「中高年ひきこもり」は他人事ではない!なりやすい人の特徴とは
いまや「ひきこもり」というと若い人よりも中高年のほうが多い現代。
2018年の内閣府の実態調査によると、40~64歳のひきこもりが推計約61万人にものぼることが判明した。
「中高年のひきこもり」は決して他人事ではなく、突然の解雇や再就職先探し、親の介護での退職など誰にでも起こり得ることが原因となる場合が多いという。
そこで前回に続き今回は、臨床心理士として「ひきこもり」の研究、当事者への支援を行ってきた桝田智彦氏の新刊『中高年がひきこもる理由』(青春出版社)から、中高年ひきこもりにみられる2つのタイプについて解説していく。
●親の言いなりの「いい子」がひきこもりになりやすい?
まず、「従来のタイプの中高年ひきこもり」は、思春期から20代前半における挫折が長期化しもので、本人の資質や不適切な養育経験、いじめなどによるところが比較的大きいひきこもりです。では、具体的にどのような性向の方が多いのでしょうか。
それは、人づきあいが苦手で、コミュニケーション能力が低く、内向的で、自己主張があまり強くない方に多く見られるように思います。
このような方たちは同調圧力のある学校や会社での生活になじめず、人間関係を築くこともむずかしいために孤立してしまうことが多いのです。
孤独が招くさびしい日々や息苦しい日々を送るうちにそれに耐えられずに不登校になり、あるいは会社へ行けなくなって、ひきこもってしまうケースが少なくありません。
私の体感ではさらに、まじめでやさしく、繊細で、敏感で、空気を読むことに長けていて、子どもの頃に親の顔色をうかがってきた方が非常に多いと感じます。
このような人たちはともすれば、親に反抗することもないまま、社会の規範に逆らうこともない従順な「いい子」に育ちがちで、
そして、この「いい子」であること自体が、ひきこもりのリスク要因となるのです。
なぜなら、自分の心を押し殺して、親の意向に従ってばかりいる「いい子」を続けているうちに、
多くの場合、自分が何をしたいのか、何が好きで、何が嫌いなのか、つまり「自分の欲求」がわからなくなるからです。
自我の確立がなされず、自分というものが曖昧なわけです。このような状態では自己主張はできません。
「嫌です」というひとことも言えず、相手の申し出を断ることもできません。
学校では、自己主張しない子・なんでも我慢する子とみなされて、いじめの標的にもされやすくなります。
また、職場では、面倒な仕事を押しつけられても文句のひとつも言わずに黙々と仕事をこなす「都合のいい人」にされてしまいがちです。
これでは仕事の量は増えるばかりで、やがて許容量を超えた時点で、心身ともに疲れはてて会社を辞めざるをえなくなり、
そして、退職後にひきこもってしまうケースも見受けられます。
ちなみに、相手に説得されやすい人はそうでない人よりもひきこもりやすいですし、
また、何かトラブルがあったときに、悪いのは自分だと思いやすい人はそうでない人よりも、やはりひきこもりやすい傾向にあります。
●再就職の難しさが「中高年ひきこもり」を生み出す
一方、「新しいタイプ」は中高年ひきこもりに多く見られる特有のタイプです。
「新しいタイプ」とは、貧困や雇用、親の介護などが原因やきっかけとなって、ひきこもってしまわれた方々です。
そして、彼らの多くが一人前の社会人として働いてきた経験を持っていることは、すでにお話ししたとおりです。
内閣府の中高年のひきこもりに関する実態調査では「35歳での無職の経験」が53.2%と半数以上いました。
しかも、「働いた経験」という項目では、「正社員として働いたことがある」人が73.9%におよんだのですつまり、
中高年のひきこもりの方々の多くは社会人として通用していたし、社会人として「まっとうに」生きてきた人たちなのです。
今回の2018年調査ではこのことを示す興味深い数字があります。
40歳~64歳の中高年層のひきこもりの方々に、人と対したときの感情や感じ方について質問した項目を見ていきましょう──。
●「自分の欠点や失敗を少しでも悪く言われると、ひどく動揺しますか」という質問に対して、「はい」53.2%、「どちらかといえばいいえ」46.8%と、かなり拮抗している。
●「人といるとバカにされたり、軽く扱われたりしないか、不安になる」という質問への答えは、「はい」「どちらかといえばはい」が48.9%、「どちらかといえばいいえ」51.1%で、ほとんど差がない。
●「初対面の人とすぐに会話できる自信がある」という質問に対し、「はい」「どちらかといえばはい」が44.7%、「いいえ」「どちらかといえばいいえ」が55.3%だった。
これらの数字が表しているのは、中高年のひきこもりのかなりの方々は、個人の資質や性格などが原因でひきこもっているわけではないということです。
では、そのような「一人前の社会人」だった人たちがどのようにしてひきこもってしまうのでしょうか。
40代、50代ともなると、給料もそれなりに高額になるため、リストラの標的にされやすく、突然、解雇を言いわたされるケースも少なくありません。
また、リストラには遭わなくても、職場での強烈ないじめや過酷な労働環境などに耐えられずに会社を辞めていく人もいます。
最近では、郷里に住む親の介護のためにやむをえず退職する人も目立つようです。
いずれにしろ、中高年の人が会社を辞めると、新しい職をみつけることは至難の業で、東京や大阪などの都市部でさえ、再就職先をみつけることがむずかしくなるのです。
最初のうちは、それまでのキャリアで培った自分のスキルを少しは活かせるような職場を望んでいた人も、
不採用通知の山を見ると、高望みはできないことを思い知るようになるのでしょう。
食べていくために非正規やアルバイトで手を打つ方もいるわけです。
しかし、たとえばアルバイトとしてコンビニやラーメン店などで働きはじめたとします。そこにはたいてい年下の上司がいます。
20代の上司が、40代、50代の部下にえらそうに命令したり、怒鳴りつけているのを飲食店やコンビニなどで見たことがある方もいるかもしれません。
中高年の部下は自分を必死で抑えているのでしょう、頭を下げ続けていたりするのです。
ボロボロに傷つけられた心を抱えて働きつづけることにも、限界があります。
このように、ようやくみつけた非正規やアルバイトも苦痛になってしまったら、立ち直ってまた新しい職を探すのは、容易なことではありません。
また、無職の状態では体裁も悪く感じられ、友だちとも会いたくないでしょう。
問題はこのような過程で孤立に追い込まれ、以前は自分のなかにあった自己肯定感も社会に認められている感覚も両方を削られていき、
アイデンティティが完全に崩壊してしまうことだと思います。
つまり、パート先で年下の上司に小突かれつづけたり、何度も面接で落とされたりしているうちに、「自分は自分でいい」という自己肯定感は低下していきます。
しかも、無職になってしまったことで、「そんな自分でいいと社会に認められている」という確信は当然のこととして、徐々にゼロに近い状態に陥るでしょう。
自己肯定感も、社会的に認められている感覚も両方を失い、生きるための「土台」であるアイデンティティが崩壊してしまったとき、
人は絶望し、ひきこもらざるをえないのだと思います。さらに、最近の高齢化にともない、親の介護のためにやむをえず都会の会社を辞めて、Uターンをする人たちも増えています。
そのような人たちはたいてい、自分のスキルをもってすれば、郷里でも仕事がみつかるだろうと思っています。
ところが、地方の雇用状況は都市部よりもさらに厳しく、とくにハイスペックな人たちを雇うような会社は、地方へ行けば行くほど少なくなります。
地域社会が崩壊し、核家族化した現代において、多くの日本人が孤独と背中合わせに生きていると考えられます。
いざ何かが起きれば、このような孤独な人たちは独りで困難な局面に立ち向かわなければならないわけで、
そのとき、その重みに耐えられずにひきこもってしまう人も少なくないと思います。
だからこそ、「自分は大丈夫」と高をくくっている人も「自分事」として、ひきこもりをとらえていただきたいのです。
〔2019年12/25(水) ダイヤモンド・オンライン 桝田智彦〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕


◎記事は次のように分類し保存しています(2017年7月時点 ⇒ひきこもり周辺ニュースでより詳しく)

ハンディがある人 ひきこもりの動き社会的弱者のニュースホームレス

発達障害のニュース障害者のニュース性的少数者

生活困窮者のニュース外国人のニュースいろいろな事件・事故
家庭と家族のこと 家庭・家族のニュース家族の生活調査里親のニュース
ひとり親家庭ひきこもり調査子どもの生活調査
学校の種類 小学校のニュース中学校のニュース義務教育学校

夜間中学校のニュース学習教室のニュース無料塾
適応指導教室のニュースフリースクールのニュース
専門学校のニュース大学のニュース特別支援学校のニュース

山村留学のニュース離島留学のニュースホームスクーリングのニュース
学ぶ条件と環境 奨学金のニュース就学援助のニュース教育委員会のニュース

家庭教師のニュース学習教室のニュース無料塾

校則のニューススクールカウンセラー教育のニュース
高校のニュース 高校の国内留学 http://www.futoko.info/zzblogc/
全日制高校のニュース定時制高校のニュース通信制高校のニュース
通信制サポート校のニュース高等専修学校のニュース高校中退のニュース
高校卒業程度認定試験技能連携校のニュース
社会条件と社会団体 社会福祉協議会のニュース寺院・教会のニュース社会福祉施設のニュース土地生活困窮者自立支援制度フードバンクSNS
児童福祉の施設 児童相談所のニュース児童相談所と警察署の情報共有
児童福祉施設のニュース児童養護施設のニュース
衣食住 子ども食堂フードバンク子ども食堂・フードバンク

食のニュース衣のニュース| 

住まいのニュース簡易宿泊所無料低額宿泊所ごみ屋敷ホームレス
司法と警察 法的制度のニュース司法のニュース家庭裁判所のニュース

警察署のニュース||児童相談所と警察署の情報共有
警察庁のニュース最高裁判所のニュース受刑者のニュース

マルトリートメント 子どもの虐待のニュースいじめのニュース体罰のニュース暴力のニュース
子ども関係のこと 不登校のニュース子どもの貧困のニュースいじめのニュース

子どもの虐待のニュース所在不明の子ども体罰のニュース
暴力のニュース校則のニュース非行のニュース
居場所のニュース子ども食堂・フードバンク子どもの虐待の件数

被災の子ども
健康とからだ 健康のニュース医療のニュース介護のニュース自殺予防
無料低額診療身体誕生と生育死亡関係
政府機関 文部科学省厚生労働省のニュース法務省

国土交通省内閣府のニュース金融庁のニュース
総務省財務省農林水産省

経済産業省特許庁消費者庁
地方自治体 東京都と特別区道府県政令市市町村
国際機関・海外 国連OECDEUユネスコWHO大韓民国
職業と働くこと 働くのニュース産業のニュース就業のニュース

農業のニュース林業のニュース水産業のニュース
福祉の仕事廃棄物・リサイクルコンピュータ
創作活動ボランティアのニュース土地
個人ワーカー支援者のニュース訪問活動
不登校情報センターが関わる求人事業者

職名中学生・高校生のための仕事ガイド
◎(未整理のところ) その他(未分類)事項百科子どもの貧困の本
ウィッツ青山学園高等学校の就学支援金不正事件の関連
===[[:Category:周辺
相談・カウンセリング記録&Q&A紹介 相談と活動記録Center:不登校情報センター・相談室

不登校・引きこもり質問コーナー

Q&Aによる学校等の紹介(80校を紹介)人物紹介
制作ノート
新聞メディア不登校情報センター経由
ひきこもりニュース通信員サイト制作の覚え書
新聞社等メデイア各位様

このカテゴリには、ページまたはメディアがひとつもありません。

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
地域
不登校情報センター
イベント情報
学校・教育団体
相談・支援・公共機関
学校・支援団体の解説
情報・広告の掲載
体験者・当事者
ショップ
タグの索引
仕事ガイド
ページの説明と構造
ツールボックス