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カテゴリ:周辺ニュース

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===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
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就職氷河期世代支援プログラム
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実費負担原則からの解放、就職氷河期世代支援プログラムで交通費支給が可能に
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内閣府の担当者から一本の連絡をいただいた。2019年11月26日に官邸で開催される就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォームへの出席のためのものだ。
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政府が就職氷河期世代の支援に取り組むことは知っていたが、その会議に声がかかるとは思っていなかった。開催までの期日がほとんどなく、そもそも全体像がクリアに見えるほどの情報を持っていなかったため、会議での提案を絞り込むことにした。
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就職氷河期世代支援プログラムの主な概要は、その時点で読む限りハローワーク機能の拡充や職業訓練機会の充実、当該世代を正規雇用採用した企業への助成金など、間接的な支援が目立った。
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認定NPO法人育て上げネットでは、民間団体として若年者就労基礎訓練プログラム「ジョブトレ」という就労支援プログラムを持っている。こちらは月額で費用をいただくもので、応能負担型を採用している。
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簡単に言えば、費用負担が可能な若者や家族には月額費用を支払っていただき、そうでない方には寄付者からのご寄付を充ててプログラムを無償で受けられるようにするものである。広義のNPOは寄付を集めることで、応能負担型を採用しているところも少なくないと思われる。
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しかし、2010年前後から負担が難しく、かつ、無償であってもプログラムへの参加をためら若者が目立ってきた。その理由を聞くと、若者自身は収入がなく、貯金にも限りがある。また、家族も経済的に苦しいか、親子関係がうまくいっておらず、就労・就職支援を受けるための費用を出してもらうことができないという声であった。
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2014年、私たちはある企業からの助成を受けて、支援プログラムの無償枠を広げることができたが、そこでもプログラム参加を希望はするが、参加できない。つまり、働くために就労支援を受けたいが受けられない若者の悲痛な叫びが現場に響いた。
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その中で大きな要望のひとつが「交通費」であった。たまたま自転車などで通えるところに住んでいればいいが、そうでない場合、自宅とジョブトレの往復やインターンシップなどの交通費を拠出できない。ひとによっては、往復1,000円から2,000円が毎日かかってしまうため、生活を圧迫するというものだった。
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そこで当該企業の合意を得て、自宅とジョブトレの往復交通費や、インターンシップおよび就職活動等にかかる交通費も支給できるようになった。すると非常に多くの若者からジョブトレへの参加希望の手があがった。
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参加希望を押しとどめる交通費の存在
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それ以来、若者のみならず、子どもたちのサマーキャンプやJリーグ観戦などについても、極力、交通費を支給するように努めているが、参加率が飛躍的に高まった。交通費が出るから行くのではなく、数百円であっても交通費が出るなら「行ける」というものだ。それまでは「興味がない」「行きたくない」と言っていた若者、子どもたちからも「実は、交通費が出せないから行けないとは恥ずかしくて言えなかった」という言葉ももらった。
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今回の全国プラットフォームでは、とにかくさまざまな間接支援が拡充されるなかで、その機会に対してのアクセシビリティを担保したいと、「交通費」支給の提言を中心に絞り込んだ。
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生活費や資金の負担が当事者の足かせにならない資金支援を実現してください
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・これまでの若者支援の経験から、利活用が無料であっても交通費等の実費負担ができずに支援を受けられないひとがたくさんいます。
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・就職氷河期世代の中には親の資金に頼ることができず、貯金等の資力に乏しい当事者がおり彼らにとって政府の施策に乗りたくても乗れないひとたちが取りこぼされます。
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・就職支援、職業訓練を十分行うにあたって、現状の仕事を止めることは収入がなくなることを意味し、正規雇用になってからも最初の給与までにはタイムラグが発生します。
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出典:就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム 筆者提言
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交通費支給は過去にも何度かチャレンジしており、例えば、2015年11月12日に開催された「一億総活躍国民会議」でも提言したがかなわなかった。
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【アクセシビリティの保障が必要な理由】
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・「来所」「通所」を前提とし、中長期に渡っての利活用が必要な場合、それに対する交通費等の実費負担が拠出できないことがあります。
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・また交通費に限らず、別途発生する実費の拠出が困難なため、リソースの利活用を断念せざるを得ないこともあります。
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・経済的に苦しい状況では、実費負担を限られた生活費からねん出しなければなりません。家族環境に拠ることなく、個人単位で給付要件を考える必要があります。
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・アクセシビリティの保障は、社会的な孤立を回避し、国民が個々に活躍していくための前提要件であると考えます。
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出典:一億総活躍国民会議 筆者提言
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今回、内部でどのような議論があったのかはわからないが、2019年12月23日に発表された「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」において、交通費支給が実現した。
  
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「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」から抜粋(筆者撮影)
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例えば、広域移動時の交通費の支給や、地域活性化に資する就職を前提とした奨学金の返済支援等、社会参加や就労に向けた活動のネックとなる経済的負担の軽減をはじめ、就職氷河期世代に特化した相談支援や、多様な働き方、社会参加の場の創出、地域の創意工夫を活かした就職説明会等の取組への支援等を実施する。
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出典:就職氷河期世代支援に関する行動計画2019
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これで就職氷河期世代支援プログラムにかかる取り組みでは、対象者に交通費支給ができることになった。ここからは(すでに)各自治体の担当者は同プログラムの企画を作成している頃であると思われるが、実際に交通費を出したらどうなるのかというところで悩まれるかもしれない。
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「実費負担の原則」からの解放を
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小さなデータではあるが、上述の企業の助成金においてジョブトレに参加した若者と交通費支給の関係を見ていく。
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2014年:参加者13名 交通費受給者0名 (交通費支給なし)
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2015年:参加者16名 交通費受給者15名 (以下、交通費支給あり)
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2016年:参加者15名 交通費受給者15名
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2017年:参加者25名 交通費受給者22名
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2018年:参加者27名 交通費受給者26名
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この助成金は期間目安を3か月に置いているが、就労率は約90%となっている。支援現場でこの数値が出ることはほとんどない。しかし、少なくとも働くことに目標を持ち、支援プログラムを受けたいと考えていた若者で、交通費支給があったから出会うことができた若者たちである。いかに交通費支給のインパクトが大きいかがわかるのではないだろうか。
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実際に交通費支給を望んだ若者が置かれていた状況をいくつか紹介する。
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父親が急死され、母親がダブルワークの家庭にあったAさんは、職場でパワハラを受けながらも生活のために仕事を続けたが解雇された。すぐに次の仕事を探そうとしたが、また同じことになるのではとの不安から身動きが取れなくなってしまったため、支援を希望して来所された。母親は生活費を稼ぐことで精一杯のため、交通費を出せなかった。現在は清掃関係企業で働いている。
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母親が身体不自由で、父親の収入では母親の医療費と生活でギリギリの生活であったBさんは、小学校から不登校となり、いじめの経験から対人不安となる。中学以降の約10年は自宅にひきこもっていた。自分の年金などだけでも払えるようになりたいと考え来所。現在は小売業界で働いている。
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父親からの暴力により、16歳で家出。単発のアルバイトをしながらネットカフェや友人の家で転々とした生活をしていたCさんは、安定した生活をしたいと相談に訪れる。貯金はなく、親との関係も絶縁状態で頼れなかった。現在はIT企業で働いている。
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私たちは交通費などの「実費負担の原則」が前提となり過ぎている。利活用が無料であれば、あとは個人の選択肢の問題で終わらせてはならない。就職氷河期世代支援プログラムは自治体の企画立案に委ねられたいま、担当者および担当部署の方々には、交通費支給を実現させてほしい。そして、これによってさまざまな施策の活用を希望していたがアクセシビリティが保障されていないことで活用できなかったひとたちがいたなら、当該世代にかかわらず、交通費拠出等が難しい方々に対する「実費負担の原則」からの解放につなげてほしい。
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工藤啓
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認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長
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1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。
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〔2019年12/25(水) 工藤啓  認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長〕 <br>
  
 
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2020年1月17日 (金) 16:25時点における版

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就職氷河期世代支援プログラム 実費負担原則からの解放、就職氷河期世代支援プログラムで交通費支給が可能に 内閣府の担当者から一本の連絡をいただいた。2019年11月26日に官邸で開催される就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォームへの出席のためのものだ。 政府が就職氷河期世代の支援に取り組むことは知っていたが、その会議に声がかかるとは思っていなかった。開催までの期日がほとんどなく、そもそも全体像がクリアに見えるほどの情報を持っていなかったため、会議での提案を絞り込むことにした。 就職氷河期世代支援プログラムの主な概要は、その時点で読む限りハローワーク機能の拡充や職業訓練機会の充実、当該世代を正規雇用採用した企業への助成金など、間接的な支援が目立った。 認定NPO法人育て上げネットでは、民間団体として若年者就労基礎訓練プログラム「ジョブトレ」という就労支援プログラムを持っている。こちらは月額で費用をいただくもので、応能負担型を採用している。 簡単に言えば、費用負担が可能な若者や家族には月額費用を支払っていただき、そうでない方には寄付者からのご寄付を充ててプログラムを無償で受けられるようにするものである。広義のNPOは寄付を集めることで、応能負担型を採用しているところも少なくないと思われる。 しかし、2010年前後から負担が難しく、かつ、無償であってもプログラムへの参加をためら若者が目立ってきた。その理由を聞くと、若者自身は収入がなく、貯金にも限りがある。また、家族も経済的に苦しいか、親子関係がうまくいっておらず、就労・就職支援を受けるための費用を出してもらうことができないという声であった。 2014年、私たちはある企業からの助成を受けて、支援プログラムの無償枠を広げることができたが、そこでもプログラム参加を希望はするが、参加できない。つまり、働くために就労支援を受けたいが受けられない若者の悲痛な叫びが現場に響いた。 その中で大きな要望のひとつが「交通費」であった。たまたま自転車などで通えるところに住んでいればいいが、そうでない場合、自宅とジョブトレの往復やインターンシップなどの交通費を拠出できない。ひとによっては、往復1,000円から2,000円が毎日かかってしまうため、生活を圧迫するというものだった。 そこで当該企業の合意を得て、自宅とジョブトレの往復交通費や、インターンシップおよび就職活動等にかかる交通費も支給できるようになった。すると非常に多くの若者からジョブトレへの参加希望の手があがった。 参加希望を押しとどめる交通費の存在 それ以来、若者のみならず、子どもたちのサマーキャンプやJリーグ観戦などについても、極力、交通費を支給するように努めているが、参加率が飛躍的に高まった。交通費が出るから行くのではなく、数百円であっても交通費が出るなら「行ける」というものだ。それまでは「興味がない」「行きたくない」と言っていた若者、子どもたちからも「実は、交通費が出せないから行けないとは恥ずかしくて言えなかった」という言葉ももらった。 今回の全国プラットフォームでは、とにかくさまざまな間接支援が拡充されるなかで、その機会に対してのアクセシビリティを担保したいと、「交通費」支給の提言を中心に絞り込んだ。 生活費や資金の負担が当事者の足かせにならない資金支援を実現してください ・これまでの若者支援の経験から、利活用が無料であっても交通費等の実費負担ができずに支援を受けられないひとがたくさんいます。 ・就職氷河期世代の中には親の資金に頼ることができず、貯金等の資力に乏しい当事者がおり彼らにとって政府の施策に乗りたくても乗れないひとたちが取りこぼされます。 ・就職支援、職業訓練を十分行うにあたって、現状の仕事を止めることは収入がなくなることを意味し、正規雇用になってからも最初の給与までにはタイムラグが発生します。 出典:就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム 筆者提言 交通費支給は過去にも何度かチャレンジしており、例えば、2015年11月12日に開催された「一億総活躍国民会議」でも提言したがかなわなかった。 【アクセシビリティの保障が必要な理由】 ・「来所」「通所」を前提とし、中長期に渡っての利活用が必要な場合、それに対する交通費等の実費負担が拠出できないことがあります。 ・また交通費に限らず、別途発生する実費の拠出が困難なため、リソースの利活用を断念せざるを得ないこともあります。 ・経済的に苦しい状況では、実費負担を限られた生活費からねん出しなければなりません。家族環境に拠ることなく、個人単位で給付要件を考える必要があります。 ・アクセシビリティの保障は、社会的な孤立を回避し、国民が個々に活躍していくための前提要件であると考えます。 出典:一億総活躍国民会議 筆者提言 今回、内部でどのような議論があったのかはわからないが、2019年12月23日に発表された「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」において、交通費支給が実現した。

「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」から抜粋(筆者撮影) 例えば、広域移動時の交通費の支給や、地域活性化に資する就職を前提とした奨学金の返済支援等、社会参加や就労に向けた活動のネックとなる経済的負担の軽減をはじめ、就職氷河期世代に特化した相談支援や、多様な働き方、社会参加の場の創出、地域の創意工夫を活かした就職説明会等の取組への支援等を実施する。 出典:就職氷河期世代支援に関する行動計画2019 これで就職氷河期世代支援プログラムにかかる取り組みでは、対象者に交通費支給ができることになった。ここからは(すでに)各自治体の担当者は同プログラムの企画を作成している頃であると思われるが、実際に交通費を出したらどうなるのかというところで悩まれるかもしれない。 「実費負担の原則」からの解放を 小さなデータではあるが、上述の企業の助成金においてジョブトレに参加した若者と交通費支給の関係を見ていく。 2014年:参加者13名 交通費受給者0名 (交通費支給なし) 2015年:参加者16名 交通費受給者15名 (以下、交通費支給あり) 2016年:参加者15名 交通費受給者15名 2017年:参加者25名 交通費受給者22名 2018年:参加者27名 交通費受給者26名 この助成金は期間目安を3か月に置いているが、就労率は約90%となっている。支援現場でこの数値が出ることはほとんどない。しかし、少なくとも働くことに目標を持ち、支援プログラムを受けたいと考えていた若者で、交通費支給があったから出会うことができた若者たちである。いかに交通費支給のインパクトが大きいかがわかるのではないだろうか。 実際に交通費支給を望んだ若者が置かれていた状況をいくつか紹介する。 父親が急死され、母親がダブルワークの家庭にあったAさんは、職場でパワハラを受けながらも生活のために仕事を続けたが解雇された。すぐに次の仕事を探そうとしたが、また同じことになるのではとの不安から身動きが取れなくなってしまったため、支援を希望して来所された。母親は生活費を稼ぐことで精一杯のため、交通費を出せなかった。現在は清掃関係企業で働いている。 母親が身体不自由で、父親の収入では母親の医療費と生活でギリギリの生活であったBさんは、小学校から不登校となり、いじめの経験から対人不安となる。中学以降の約10年は自宅にひきこもっていた。自分の年金などだけでも払えるようになりたいと考え来所。現在は小売業界で働いている。 父親からの暴力により、16歳で家出。単発のアルバイトをしながらネットカフェや友人の家で転々とした生活をしていたCさんは、安定した生活をしたいと相談に訪れる。貯金はなく、親との関係も絶縁状態で頼れなかった。現在はIT企業で働いている。 私たちは交通費などの「実費負担の原則」が前提となり過ぎている。利活用が無料であれば、あとは個人の選択肢の問題で終わらせてはならない。就職氷河期世代支援プログラムは自治体の企画立案に委ねられたいま、担当者および担当部署の方々には、交通費支給を実現させてほしい。そして、これによってさまざまな施策の活用を希望していたがアクセシビリティが保障されていないことで活用できなかったひとたちがいたなら、当該世代にかかわらず、交通費拠出等が難しい方々に対する「実費負担の原則」からの解放につなげてほしい。

工藤啓 認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長 1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。 〔2019年12/25(水) 工藤啓 認定特定非営利活動法人育て上げネット 理事長〕

周辺ニュース

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夫が「グッジョブ!」だった瞬間 惚れ直しちゃう!家事に看病、嬉しいサプライズ…今年いちばん夫が「グッジョブ!」だった瞬間 家事に看病、嬉しいサプライズ…今年いちばん夫が「グッジョブ!」だった瞬間 結婚生活も長くなると、夫に対する不満もいろいろ出てくるもの。でも、夫が積極的に家事を手伝ってくれたり、優しく気遣ってくれたりしたときなど、ちょっとした瞬間に「やっぱりこの人と結婚してよかった~!」と思うこともけっこうありますよね。そこで『kufura』では、20~50代の既婚女性258人にアンケート調査を行い、「思わず惚れ直す!今年いちばん夫がグッジョブだった瞬間」を聞いてみました。

病気で弱っているときは夫の優しさが身にしみる 「私の体調が悪いときに、毎日ごはんを作ってくれたこと」(28歳/公務員) 「風邪を引いて食欲がなかった私が病院に行っている間に、風邪に効く食べ物を検索して、りんごのコンポートを作ってくれていた」(32歳/主婦) 「うつ病で徐々に家のことができなくなってしまいましたが、夫は仕事をしながらすべての家事をやってくれている。もう感謝しかありません」(50歳/主婦) 「私が腹痛で辛かったとき、夫が会社から早く帰って病院に連れて行ってくれ、子どもの面倒も見てくれた」(37歳/主婦) 「朝、夫に風邪を引いたことを伝えたら、出勤前の忙しい中、水やゼリーなどを枕元にササっと用意してから出勤したこと。すごくスマートでした」(36歳/その他) 「厄介な病気になったとき、『何も心配せずに病気を治すことだけを考えればいい』と言ってくれた」(40歳/主婦) 病気で弱っているときは、体が辛く気分も落ち込みがち。そんなときに夫が気遣ってくれると、感謝の気持ちでいっぱいになりますよね。優しい言葉をかけてくれたり、妻に代わって家事や育児を頑張ってやってくれるだけで、病気もすぐに回復しそうな気がしてきます。

自分から積極的に家事をしてくれて大助かり! 「何も言わなくても家事をやってくれる」(39歳/主婦) 「私からお願いしなくても、トイレ掃除や食器洗いなどの家事をしてくれていて、とてもうれしかった」(37歳/主婦) 「新生児をあやしているうちに寝落ちしてしまった際、夫が洗濯物を干して、食器洗いもしておいてくれた」(36歳/公務員) 「朝にお弁当を作ってくれた」(56歳/総務・人事・事務) 「私が仕事の日、休みだった夫が拭き掃除など普段なかなかできない家事をしてくれていて感激した」(41歳/主婦) 炊事、洗濯、掃除、その他諸々の家事を、妻が一人で全部こなすのはとても大変。夫が自ら進んで家事をやってくれるなんて、これほどうれしいことはないですよね。ぜひ、これが習慣化するように、夫が家事をしてくれたときは、感謝の気持ちを忘れずに伝えましょう。

妊娠・出産のときに支えてくれたのがうれしかった 「つわりで辛かったときに、一度頼んだだけのプリンなどの食べ物を、毎回あれこれ自発的に買ってきてくれた」(30歳/コンピュータ関連技術職) 「妊娠して仕事を辞めざるを得なくなったとき、仕事嫌いな夫が『給料は少ないけど仕方ない。頑張る』と私を支える宣言をしてくれた」(29歳/主婦) 「二人目妊娠中に妊娠悪阻と切迫流産できつかったときに、育休を取って子どもの面倒を見たり、家のことをしてくれた」(35歳/その他) 「妊娠が判明してからのサポート。以前に増して、家事や体調面などいろいろ面倒を見てくれるようになった」(28歳/営業・販売) 「出産時に心身ともに支えてくれたこと」(30歳/主婦) 妊娠中は体が思うようにならず、気持ち的にも不安定になりがち。そんなときに、夫のサポートがあると心強いし、「この人と結婚して良かった!」と心の底から感じることができそうです。

イザというときには子育てもしっかりサポート! 「育児で疲れたときに、私を一人にしてくれようとする。『温泉やネイルに行ってきていいよ』とお金までくれた」(33歳/営業・販売) 「育児に追われて自分の時間がなくて気が滅入っていたとき、『遊んでおいで』と一日自由な時間をくれた。その日は家事、育児すべてを夫がやってくれました」(38歳/公務員) 「家族でテーマパークに出かけたときに、子どもの面倒を見てくれた」(37歳/主婦) 「子どもが不登校のときに、いろいろと協力してくれた」(38歳/その他) 「子どもの勉強を見てくれる」(40歳/主婦) 「普段は子育てを妻に任せきり」という夫も多いと思いますが、イザというときに子どもの面倒を見てくれたり、子どものことをいっしょに真剣に考えてくれると、妻はとても感動するようです。なかなか自分の時間が取れない妻に、自由な時間をプレゼントするという夫の粋な計らいは、子育て中の妻なら誰もが惚れ直してしまうこと間違いなしのグッジョブです。 面倒なことや自分にはできないことをやってくれる

「パソコン関係で困ったことがあると、すぐに解決策を教えてくれる」(58歳/主婦) 「戸建てを購入するときに、細かいことまで調べてほとんどの手続きを夫一人でやってくれた」(28歳/総務・人事・事務) 「私の実家の家族が亡くなったとき、面倒な相続や役所関連の手続きをすべてやってくれてすごく頼りになった」(48歳/その他) 「子どもの携帯ゲーム機を直してくれたこと」(44歳/主婦) 「屋根や外壁のペンキの塗り替えの際、足場をよじ登って塗っていてスパイダーマンみたいでカッコよかった」(47歳/主婦) 「ゴキブリを一発で仕留めてくれた」(57歳/営業・販売)

妻ができないことを夫がサラッとやってのけると、「カッコいい」「頼りになる」と、つい惚れ直してしまいますよね。そんなに大げさなことでなく、「高いところの電球を取り替えてくれた」(40歳/主婦)、「なかなか開かなかったビンのフタを簡単に開けた」(57歳/総務・人事・事務)といった簡単なことでも、妻にとっては「夫ってすごい!」と感じるようです。

うれしいサプライズで妻のハートをわしづかみ 「結婚記念日にケーキを買ってきてくれた」(24歳/営業・販売) 「すごく食べてみたかったスイーツをサプライズで買ってきてくれた」(44歳/主婦) 「ふと夫に『みかんが食べたいけど、徒歩で買い物に行くと重いから買えないんだよね~』とぼやいたら、次の日に大量にみかんを買ってきてくれた」(45歳/その他) 「結婚20周年記念に高級バッグをプレゼントしてくれた」(49歳/主婦) 「私の誕生日に有給休暇を取って、行きたい場所に連れて行ってくれた」(43歳/主婦) 「仕事から帰ったら、夫が私を喜ばせようと部屋の模様替えをしていて、リビングが心地よく使いやすくなっていた」(56歳/デザイン関係) 「普段は何もしない夫が、私の誕生日に鍋料理を作ってくれた。涙が溢れて、せっかくの鍋料理が涙味でした」(54歳/その他)

妻は夫からのうれしいサプライズも大歓迎。予想もしていなかった不意打ちのプレゼントなど、夫の心遣いに思わず「グッジョブ!」と声を出してしまいそうになりますね。 夫の優しさや突然のスキンシップに癒される~

「私が転職したときに、仕事に慣れるまですごく心配して気遣ってくれた」(40歳/主婦) 「私の母が救急車で運ばれたとき、いっしょに寄り添ってくれたこと」(51歳/主婦) 「沖縄旅行でシュノーケリングをしましたが、久しぶりの海で泳ぐのが怖かった私の手を、しっかり握って離さずに、ずっと一緒に泳いでくれたこと」(56歳/主婦) 「急に暑くなってきたときに、私が外出している間に扇風機を出して使えるようにしておいてくれた」(56歳/主婦) 「電車でお年寄りに席を譲ったり、探し物をしている人といっしょに物を探してあげるなど、人に優しいところ」(47歳/主婦) 「毎日『かわいい』と言って、私の頭をなでてくれる」(32歳/主婦) 「仕事から疲れて帰ってきたら、急にハグをしてくれたこと」(25歳/主婦) 夫の優しさや愛情溢れるスキンシップに、妻は心身ともに癒されているようです。スキンシップは良好な夫婦関係を保つために有効と言われているので、ぜひ恥ずかしがらずに、たまには妻からスキンシップを図ってみるのも良さそうですね。

ほかにもまだある!夫がグッジョブだった瞬間 「どんなときも私のいちばんの味方でいてくれる」(41歳/主婦) 「台風で停電したときなど、しっかりしていて頼りになった」(38歳/その他) 「海外で詐欺に合いそうだったときに、英語で歯向かってくれた」(30歳/主婦) 「保険を見直したら料金がアップしてしまったが、それ以上の金額を上乗せして生活費をくれるようになった」(58歳/主婦) 「私の姪の教習所の費用をポンと出してくれた」(49歳/主婦) 「何もしたくなくて一日中だらっとしていただけの私に、『そういう頑張りすぎないところが好き』と言ってくれたこと」(28歳/主婦) 「誕生日に久しぶり手紙をもらい、『子どもたちのことを任せっきりでごめん、ありがとう。あんたと結婚してほんまに良かった』と書かれていたこと」(33歳/主婦) 今年いちばんの夫のグッジョブは、ほかにもいろいろ。妻を支えてくれる、頼りになる、太っ腹なところを見せてくれるなど、どれも夫に「惚れ直してしまう」というのがよくわかりますね。

2019年、妻に惚れ直された夫は意外とたくさんいたようです。妻に「グッジョブ!」と褒められることなど何も思い当たらないという夫の皆さん、まだ遅くはありません。ご紹介した例を参考に、年が変わる前までに、ぜひ妻への愛と感謝の気持ちを行動で示し、惚れ直される夫を目指してみてはいかがでしょうか? 土田奈々子 〔2019年12/27(金) kufura〕

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NHKの人気番組「ねほりんぱほりん」 後悔する元詐欺師に 「泣きたいのは被害者だ!」 ねほりんぱほりん「元詐欺師」回に辛辣な声【特選ねほぱほ】 『ねほりんぱほりん』(C)NHK NHKの人気番組「ねほりんぱほりん」の過去放送回の中から、特に注目を集めたものを選んで紹介していく「特選!ねほりんぱほりん」。今回お届けするのはシーズン4の初回「元詐欺師」(2019年10月9日放送)です。

近年、詐欺の手口は巧妙かつ多様になっているといいます。その中で、保険金詐欺やリフォーム詐欺など数々の詐欺行為に手を染めた男性が登場。今は更生したとのことですが、シーズン4の幕開けからとても濃いトークが繰り広げられました。詐欺への注意喚起ともなった「元詐欺師」回を視聴者の感想とともに振り返ってみましょう。

●放送当時( 2019年10月9日 )の盛り上がり シーズン4からは、放送開始時刻が22時50分からとなりました。新たなシーズンの幕開けに期待値が上がったのか、ネット上では放送開始時に盛り上がりが最高潮に。

●ウルトラQ風のオープニングからインテリ風ゲスト登場 番組開始前から、「待機中」とわくわくしながら待っていたのがうかがえるみなさん。そして始まると、ウルトラマンシリーズの原点でおなじみ「ウルトラQ」のパロディ風オープニングが流れます。ここに反応した人が多く「ウルトラQ!」「なぜなのか」などの反応が。また「おかえりなさい!」と番組復活を歓迎する声も多く見られました。 そして、スタジオに登場した元詐欺師・ヒロキさん(37歳・仮名)。いかついイメージの人と思いきや、きちんと七三分けにしたインテリ風の男性です。しかし経歴が紹介されると、「真っ黒」「ありとあらゆる詐欺やってる」「すでに胸糞」などネガティブな声が多数。また、「自分が話すことで詐欺被害を減らせれば」というヒロキさんの言葉も「詐欺師が話してると思うと信用できない」と懐疑的な声が上がりました。

●仕掛ける側のリスクが少ない詐欺の仕組み ヒロキさんいわく、詐欺は上部に足がつかないように、オレオレ詐欺1つを取っても、組織化や細分化がされているそうです。 そして、ヒロキさんが実際にやっていた保険金詐欺の話に。車を運転する人とわざと当たりに行く人、さらに車の修理業者までがグルになって保険会社から高額の保険金をだまし取る手口。「保険会社を詐欺るんか……」「車屋もグルなところ、こわっ」と戦慄する人が続出しました。そのほか、「お前らみたいのがいるから保険金が上がるんだよ」と怒りをあらわにする声も。

●アポ電詐欺の話から山里母のファインプレーエピソード 番組ではVTRで、犯罪ジャーナリストの多田文明さんのお話を聞きます。警察や銀行員を装って資産状況などを電話で確認し、それから犯罪を行うアポ電詐欺が横行しているとのこと。ネット上では「ただの強盗だよね」「殺人事件にもなってたよね」など、危険な手口であることを示唆する声があがります。 このVTR明けには、山里さんの実家にオレオレ詐欺の電話がかかってきたエピソードを披露。山里さんの母・文代さんが詐欺師に、「息子がアメリカに行く前ですか?」と聞き、相手が肯定すると「アメリカなんか行ってねぇ!」と一蹴したそうです。この話にTwitterでは、「文代さんさすがすぎる」と賞賛の嵐でした。

●ヒロキさんが悪の道に進んだ経緯とは ヒロキさんは、両親の離婚後に寂しさから自分の居場所を探し、いじめっ子になってしまったそうです。その結果、クラスに無視され不登校に。そうして非行に走るようになったと語りました。この話には「また承認欲求か」「少年院に入った人と同じようなアレだ」「元ヤクザと同じだ」と、以前放送された内容と重ね合わせる声が見られます。 また、「自業自得」「一切同情できない」「お母さんのせいにするなよなー」「完全に逆恨みじゃないですかー」と突き放す人も。一方で、「信頼できるものがないと腕力や金という裏切らないものに執着していくのは自然な摂理」と、ヒロキさんの心理に一定の理解を示す意見もありました。もちろん、「それが犯罪を犯す理由にはならない」ともっともな意見も。

●悪質なリフォーム詐欺から逮捕へ ヒロキさんいわく、リフォームの会社を立ち上げた後に、材料など諸経費を浮かせるために、悪質な詐欺行為に手を染めるようになったとのこと。「リフォームとか見えないところは詐欺の対象になりやすい」「自分が騙されてるなんて露ほども思ってないんだろう」など、詐欺のターゲットになりやすい業種だと指摘する声が上がります。 そして、“その場で即決”と“誰にも言わないで”という詐欺の2大ワードに、「怖い……」と改めて認識する人や「メモメモ」と今後の参考にする声が見られました。その後、ヒロキさんは逮捕され2年8ヵ月の実刑を受けますが「やってることのわりに、刑期が短いな」と驚く声が多く見られました。

●独房に入ってから目が覚める ヒロキさんは刑務所に入って服役することになり、妻に離婚され家族を失ってしまいます。これに対しネット上では「当然だろ」「仕方ないね」と突き放す人、「母子家庭がグレたきっかけなのに自分が母子家庭作っちゃうとか」と呆れる人などが見られます。また ヒロキさんの「全てを失った」という言葉には「他人の金を巻き上げて同じことしたくせに」と辛辣な意見も。 そして服役中には母親から手紙が届き、優しい言葉を綴ってくれたといいます。これには「あああお母さん……」「母の愛ってすごい」「(ヒロキさんに)蹴られたりひどい言葉言われたりしたのに……」と、母親に心を寄せる声が集まりました。 その後、ヒロキさんの母親にインタビューするVTRが流れ「クズでも息子は息子なんやな」「この人を何とか光の射す方へ導きたかったんだろうな」など、母の愛を痛感した人が多数。

●まとめ ヒロキさんは「これまで俺は何をしてたんだろう」と後悔し、母親のVTRにも「苦労してたんだな」と涙します。ただ、詐欺師になった経緯を「全部外のせいにしてる」「詐欺師だったから、ヒロキさんの言葉も本当かどうかわからない」と最後まで厳しい意見が飛び交いました。 今はボランティアとして詐欺撲滅のための活動をしているヒロキさんですが、YOUさんも本当に更生したかどうか疑わしい様子。そこでヒロキさんに「(ねほりん恒例)半期に一度の呼び出しですよ」と提案します。今後、ヒロキさんがどんな形で登場するか注目です。

●調査概要 調査期間、2019年10月9日 調査対象、Twitter 調査件数、838 件(10%サンプリング) 調査キーワード、ねほりんぱほりん 調査方法、対象期間のTweetを「クチコミ@係長」によるテキストマイニングにより分析 備考、実数に近づけるため件数を100%に補正 ねとらぼ調査隊 〔2020年1/5(日) ねとらぼ〕

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横溝千鶴子記念研究所オープン 「教育の迎賓館」へ 大磯に横溝千鶴子記念研究所オープン 全遺産を町に寄付 篤志家の故・横溝千鶴子さんの旧邸宅を改装しオープンした「横溝千鶴子記念教育研究所」=大磯町東小磯 神奈川県大磯町に長年住み、全遺産を町に寄付した篤志家の故・横溝千鶴子さんの旧邸宅が、「横溝千鶴子記念教育研究所」(同町東小磯)に生まれ変わってオープンした。教育や障害者福祉の分野で生涯にわたり20億円以上を寄付したという横溝さん。豪華な内装や調度品もそのままで、不登校の子どもたちへの支援の場としても活用される。生前に横溝さんとゆかりのあった関係者は「教育の迎賓館になってほしい」と期待を寄せている。 7日にオープンした教育研究所は、元五輪選手やベストセラー作家らも住む高級住宅地の一角に立つ2階建て(延べ床面積約290平方メートル)の洋館。玄関の吹き抜けにシャンデリアが飾られ、2階には茶室も。生前、馬術が趣味で集めたという馬をかたどった美術品のコレクションも残し、展示コーナーを設置した。 関係者によると、横溝さんは南足柄市出身で、小田原市の高校で教員を8年務めた。その後、東京都内で厨房(ちゅうぼう)設備の会社を夫婦で設立したという。 「『人間は1人では生きられない』と言い、自分のための蓄財はせず、親族にも遺産を一切残さず、全財産を寄付に投じた」と振り返るのは生前に交流のあった元町長の三好正則さん。米寿の記念として2007年、南足柄市に10億円を寄付した。大磯町にも6億円を寄付し、知的障害者の就労支援施設などの建設費に充てられた。 横溝さんは13年1月に93歳で亡くなった。その後、三好さんが遺言執行者となり、遺産約1億円と旧邸宅、土地が町に寄付されることになった。 町の教育研究所は、町立小中学校教員の研修の場として1994年に設置。不登校に悩む児童生徒の適応指導教室も併設するが、町内の民間幼稚園を間借りしている状態が続いていた。横溝さんが教員育成に熱心だったこともあり、旧邸宅を活用することになった。 施設は1階が事務室と教員研修用のスペース。2階の学習支援室「つばさ」が不登校の子どもたちの居場所となり、保護者からの相談なども受け付ける。庭の畑には今後、野菜を植える計画という。 リビングには豪華なソファが置かれ、キッチンは横溝さんが使っていた当時のまま。鈴木義邦所長は「子どもたちがエネルギーをためる場所。学校ではなく家のような内装だからこそ、子どもたちも落ち着いて通えるだろう」と期待。三好さんも「横溝先生は生前、教育現場の現状を憂えていた。自分も思いは先生と同じ。教員が新たな教育スキルを身に付ける場となってくれれば」と語った。 神奈川新聞社 〔2020年1/11(土) カナロコ by 神奈川新聞〕

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福岡市東区の「立花高校」の齋藤真人校長 「よかよか」で不登校児を支援、立花高校校長が講演 九州朝日放送 60年以上、不登校の子どもたちの自立支援を続けている福岡市東区の「立花高校」の齋藤真人校長。 日々、どうやって子どもたちと向き合っているのか、14日に福岡市で講演会を開きました。キーワードは、「よかよか」でした。 九州朝日放送 〔2020年1/15(水) 九州朝日放送〕

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過干渉な親 子どもは親の所有物?過干渉な親と上手くつきあっていくには?【お悩み相談】 夫との関係、義実家との付き合い、仕事やキャリア、ママ友などの人間関係……。毎日がんばって生きていると、悩みは尽きませんよね。そんなお悩みに、専門家がアドバイス。 「親ハラスメント」に悩み続けて…。リアル毒親体験を描いた『母がしんどい』田房永子さんの生き方 今回は実親さんに困っている「みどり」さんのお悩みです。

◆相談者プロフィール みどり(28歳女性) 結婚5年目、1歳の娘がいます。先日、娘がバイキンマンを指差して「ママ!」と言いました。

■ お悩み相談 私の実親は過干渉です。 「子どもは親の所有物」という考え方で、小さい頃から将来の夢や進路はもちろん、洋服の好みに対してまで口を出されていました。私はずっと反発していたので、親との喧嘩が絶えない子ども時代でした。 大人になって家を出て、ひとり暮らしを始めたことで、物理的に親との距離ができ、親もあまり口うるさく言わなくなりました。 私もむやみに反論しないなど、対応を気を付けていたこともあり、少し関係が改善されたように感じていました。 しかし、結婚するにあたり、県外に出ることは許してもらえず、夫にも「ご両親も君のことを心配して言うのだし、将来的にも近くに住んでいたほうが安心」と言われ、このままいい関係でいられるのなら良いかと思い、親と同じ市に住むことにしたのです。 しばらくは穏やかな関係が続いていたのですが、昨年私が娘を出産してから、また昔のように過干渉気味になってきてしまいました。 実家から車で30分ほどの距離に住んでいるので、アポなし訪問は当たり前だし、娘の服装や食事、しつけ、知育や将来についてまで、事細かに指図してきます。 娘のためを思っていろいろと言ってくれるのはよく伝わってくるのですが、発育に良いと聞いた食べ物を大量に買って持ってきたり、離乳食もすべて手作りでなければかわいそうだと言ったり、私や娘の実態はまるで考えず、自分の考えや昔の育児の常識を押しつけてくるので迷惑しています。 決めるのは娘の親である私達夫婦なので、すべて言うとおりにするつもりはまったくありませんが、話を聞くだけでも気が重いです。 かといって、やはり血の繋がった親ですし、夫にも「ご両親は君のことを大事に思うあまりいろいろ言いすぎてしまうだけ。迷惑に感じても、ないがしろにしてはいけない」と言わるため、疎遠になることもできず困っています。 適度に距離をとって上手くつきあっていく方法はないでしょうか。

■ 状況報告は控えめに。お礼をきっちり伝えてみて ご両親は、あなたの生活に口出しをしたいタイプの方とのこと。あなたが迷惑そうにしたり、反論したりするほど、「考え方を矯正しないと!」「アドバイスしないと!」と思ってしまうおそれがあります。ですので、迷惑そうにしたり反論したりせず、淡々とお礼を伝えてみましょう。 たとえば、いただいたものの中で役立ったものがあれば、「先日もらった○○、娘も食べることができて離乳食も順調だよ。ありがとう!」と伝えてみてください。安心することで少し落ち着くかもしれません。 また、あなたの色々な状況を把握すると、それだけご両親が干渉したくなることも増えてしまいます。 ご両親には、大切なことは伝えても、日々のことまで逐一伝えなくてもいいのです。 子育てに熱心だからこそ、あなたやお嬢さんに干渉してくるのだと思います。干渉したくなるようなきっかけをこちらから作らないことは大切です。 ご両親がほかに打ち込めそうなことを見つけて、あなたから提案してみるのもいいかもしれません。

◆回答者プロフィール 海野 雪(うみの・ゆき) 上級心理カウンセラー(日本能力開発推進協会認定)、不登校児童対応アドバイザー(全国webカウンセリング協会認定)など、心理系・教育系を中心に多様な資格を有する。200名以上の相談対応実績あり。 〔2020年1/15(水) レタスクラブニュース〕

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ゲーム時間制限条例案 スマホやゲームの利用「ルール化を」大阪市長 小中学生がスマートフォンやオンラインゲームに依存するのを防ごうと、大阪市の松井一郎市長は15日、スマホの使用時間を条例でルール化することも視野に、実効性ある対策を検討するよう市教委に指示した。 松井氏は同日市役所で開かれた会議で、不登校の要因の一つがスマホやゲーム依存であるとの実態が紹介されたことを受け、「夜は何時までとか、条例でルール化したらどうか」との考えを示した。 市内では旭区が平成26年に、スマホやゲーム機を午後9時以降は使用しないなどのルールを決定。校長判断で各校で適用されているが、市教委として統一したルールは定めていない。 松井氏は、使用制限に強制力を持たせたり罰則をつけたりすることは難しいとの認識を示した上で「理念的なものにはなるが、(大阪市として)ルールを作ったよというのが(不登校を減らすのに)大事なのかもしれない」と述べた。 スマホやオンラインゲームの使用制限をめぐっては、香川県が子供がインターネットやゲーム依存になるのを防ぐ全国初の条例制定を目指している。今月10日の検討委員会ではスマホやゲームは「平日は1日60分まで」などとする条例素案が示されたが、ネット上でも賛否が分かれるなど物議をかもしている。 〔2020年1/16(木) 産経新聞〕

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シングルマザー 母と子3人、所持金200円…一家のその後 命の食堂消え制服代すら 昨年11月18日時点で、給料口座の残高はわずか82円。梓一家は今もぎりぎりの生活を送る=昨年12月、長崎県内 4年前、所持金がわずか200円だったシングルマザーの梓=当時(42)=と出会った子ども食堂は、空き家になっていた。 「もっと続けたかったんだけどね」。無人になった食堂跡を見つめ、運営者の哲雄(72)は寂しそうに話した。2014年11月に長崎県内のうどん店を改装してオープン。おなかをすかせた子どもたちに無料で食事を提供し、勉強を教えた。これまで指導した子どもは約50人。長崎大に進学した子もいる。 開設当初は順調だった。新聞やテレビで取り上げられ、一時は年間120万円程度の寄付金がきた。米や野菜などの食材が全国から届き、食事の提供にも困らなかった。だが報道が落ち着くと、支援は徐々に減っていった。自身の給料や貯金を取り崩して月10万円の運営費を捻出してきたが、70歳を過ぎて「気力が一気に衰えた」。おととしの10月に食堂を閉じた。 「勉強は人生の土台」子ども食堂を立ち上げた思い 哲雄自身も母子家庭で育った。生活は厳しく、大学の研究室で働きながら夜間の定時制高校に通い、28歳で上智大に入学。在学中から都内で学習塾を経営した。45歳で妻の古里の長崎に移住してからは専門学校の講師などを経て、10年前から不登校や引きこもりの若者を支援する自立援助ホームを運営する。 「勉強は人生の土台。楽しさを知ってほしい」。無料塾兼子ども食堂を立ち上げたのは、そんな思いからだ。 子ども食堂を運営した4年間で、生活に困窮する母子家庭の現状を目の当たりにしてきた。特に厳しかったのが、15年11月に小学生の子ども3人と駆け込んできた梓だった。 哲雄は半年間にわたって弁当やパンを梓の自宅に届け、生活費に10万円を貸したこともある。ところが、ある日突然連絡がとれなくなった。最後に見かけたのは2年前。車中から疲れた表情で歩く姿を目撃したが、声をかけられなかった。「気にはなっているけど、私自身に支えるだけの余裕がなくて…」 寄る辺をなくした親子は今、どうしているのだろうか。 「頼るのはもう気まずくて」 4年ぶりに会ったシングルマザーの梓(46)は白髪がめっきり増え、ふくよかだった頬もこけていた。 初めて出会ったころ、梓は無職で収入は約10万円の失業保険のみ。小学生の子ども3人は給食以外に食べ物を口にできない日もあり、哲雄(72)が運営する子ども食堂だけが頼りだった。 「(生活費として借りた)お金は分割して返したけど、頼るのはもう気まずくて」。梓は哲雄と連絡を絶った理由をこう語った。失業保険が切れた後は、複数の短期アルバイトで食いつなぐも2016年3月に肺炎にかかり、3週間入院。退院後もしばらくは働けず、消費者金融から借金を重ねた。 「背丈に合った制服を見つけてあげたい」 この年8月からはファストフード店で働いた。月給は約10万円。借金を支払うと、手元には6万円しか残らない。光熱費を毎月のように滞納し、ガスや水道をたびたび止められるぎりぎりの生活が、今も続く。 美雪(16)は高校1年、直樹(14)は中学2年、沙織(12)は小学6年になった。目下の悩みは今春中学生になる沙織の制服だ。制服代だけで約4万円。かばんや体操服など含めると8万円近くかかる。入学時に約6万円の就学援助金がもらえるとはいえ、新品を買う余裕はない。ママ友や制服のリサイクル事業を手がける団体を頼って中古品を探しているが、なかなか見つからない。 直樹の制服も親族のお下がり。直樹からは「サイズが小さくなって体育座りもできない」と文句を言われている。「沙織には背丈に合った制服を見つけてあげたい」と思う。 子ども食堂、3718カ所に増 子どもの貧困問題が深刻化する中、子ども食堂は生活困窮家庭のライフラインとして全国的に広がった。NPO法人全国こども食堂支援センター「むすびえ」の調査によると、4年前の319カ所から19年には10倍以上の3718カ所に増えた。一方、哲雄のように資金難から閉鎖に追い込まれるケースも出始めている。 現在、梓を支えているのは古希を目前にした母親だ。「あなたのために働いているようなものよ」。離れて暮らす母親はそう言いながらホテルの食堂で働き、これまでに援助してくれた金額は100万円以上、頻繁に食材も届けてくれる。 梓は過労で再び体調を崩し、昨年11月にファストフード店を辞めた。今は知人の飲食店で働くが、勤務時間が短く、収入は減った。 来年は直樹の高校受験、再来年には美雪の大学受験を控える。「大学に進学して、将来は放射線技師を目指したい」。美雪の言葉が梓には重い。      ◇   ◇ 西日本新聞がキャンペーン連載「子どもに明日を」を始めて4年が過ぎた。この間、官民で対策が進み、昨年9月には改正子どもの貧困対策推進法が施行。今年から市町村の支援計画づくりが本格化する。子どもを取り巻く状況は変わったのか。連載で取り上げた家族たちのその後を追った。(御厨尚陽) ▼子ども食堂の運営状況 内閣府が2018年に子ども食堂を含めた517の民間支援団体に調査したところ、年間100万円未満で運営する団体は50.3%で、65.8%が「資金不足」を運営課題に挙げた。農林水産省が17年に274の子ども食堂を対象にした調査でも、71.6%が「年間30万円未満で運営」と回答。29.6%が「運営費の確保が難しい」と答えた。 〔2020年1/16(木) 西日本新聞〕

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回避型人類 「不登校児」や「引きこもり」は、回避型人類の先駆けである 「女性の生き方」エッセイでベストセラー街道ばく進中の『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。』(KKベストセラーズ)。著者の藤森かよこ氏(福山市立大学名誉教授)は元祖リバータリアンであるアイン・ランド研究の日本の第一人者として知られている。そんな藤森氏が、いま日本で大きな社会問題となっている「不登校児」や「引きこもり」の原因とその未来について考察した。2019年3月に内閣府が発表したところによれば、40歳から64歳の中高年の引きこもりの人数は推計61万人。15歳から39歳の引きこもりの人数である推計54万1千人を足せばなんと115万人以上にのぼる。その実態はいったい何を意味しているのか? 

■アメリカの1960年代から増えてきた愛着障害児と回避型人間 精神科医の岡田尊司(おかだ・たかし)は、『ネオサピエンス 回避型人類の登場』(文藝春秋、2019)において、未来は、他人と親密な人間関係を避けて自分の関心や興味に閉じこもる「回避型人類」の時代かもしれないと述べている。 岡田によると、現代という文明環境は養育者に対する安定した愛着が形成されないまま育つ子どもを激増させてきた。ただし、この「愛着障害者」の中でも、親密な人間関係を持ちたがらない回避型人間はサバイバルに有利かもしれない。それは、どういうことか?  アメリカでは1960年代から子ども虐待が社会問題になり、多動児や情緒障害児が増えてきた。最近の日本の現象は、アメリカではすでに1960年代から始まっていたのだ。 同時に、親を含めた他人に関心を示さずに、他人との親密な関係から逃げ、自分の興味の世界に閉じこもる「回避型」の子どもが増えてきた。 子どもが回避型になるには理由がいくつかある。まず、養育者(親である場合が多い)の子どもに対するネグレクトや無視などの一種の虐待から自分の心を守るために回避型になるケース。 虐待ではなくても、何らかの理由で養育者の子どもへの応答能力や共感力が貧しい場合にも、子どもは回避型になる。養育者の対応がトンチンカンだと、最初から養育者に期待しないほうが、寂しさや怒りなどのストレスがかからないから。 あと、生後一年未満に、もしくは長時間、保育所に預けられると回避型になることが調査によって明らかになった。同じ著者による『死に至る病 あなたを蝕む愛着障害の脅威』(光文社、2019)は、現代の病院で通例であるような、新生児を誕生直後から母親から離して新生児室で管理する方法には問題があると指摘している。 なぜならば、誕生後すぐに母親から離されると、安定した愛情関係を司るホルモンであるオキシトシンを新生児が分泌できないからだ。最初が肝心なのである。

■愛着障害児は成人後も人間関係で失敗する ただし、共働きや離婚の増加による養育者の精神的時間的体力的余裕のなさのためや、新生児保育方法の不備のために、安定した愛着関係を持てなかった子どもがみな回避型になるわけではない。 愛着障害の子どもの中には、寂しさからやたら他人に接近し要求し、厚かましく図々しく見える子どももいる。子どもの人見知りというのは、信頼できるかどうかわからない知らない人間には近づかないということなのだから、正常で健康な反応だ。 また、愛着障害の子どもの中には、特定の他人に過度に親しげにふるまうかと思えば、急に冷たく突き放す態度を見せることもある。常に相手の顔色を見て媚びる子どももいる。 どちらにしても、養育者に信頼が持てず、心の奥に安定した愛情が育まれなかった愛着障害児は、成人後も、他人と適切で安定した関係を結ぶことが下手である。 「恋多き女」とか「女性遍歴の多い男性」というのは、つまり「人間関係の出入りが多い人」というのは愛着障害者である。根本的には寂しい人々である。

■愛着障害は病気の元?  さらに、愛着障害は、「死にいたる病」だと岡田は指摘する。「愛着障害」の子どものまま大人になると、身体的不調もかかえやすい。肉体の病気であれ、精神疾患であれ、愛着障害は病気の真の原因であることが多い。心は誤魔化せても身体は正直なのだ。 宝泉薫『痩せ姫 生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ、2018)が指摘するように、若い女性の摂食障害は母親の無自覚な娘支配への抵抗であり、これも愛着障害の一例なのだ。 岡田によると、成人人口の三分の一くらいは愛着障害者だ。岡田が監修者で漫画が松本美耳子の『マンガでわかる愛着障害 自分を知り、幸せになるためのレッスン』(光文社、2019)に、そう書いてある。

■愛着障害の中でも回避型はサバイバルに有利 しかし、同じ愛着障害の中でも回避型は生き残るのに有利かもしれない。なんとなれば、他人とお仲間ごっこしているよりも、ひとりで情報をあさっていることが得意な人間のほうが、現代と未来のようなAI時代に適応できるからだ。パソコンやスマートフォンなど、親密な人間関係を回避するタイプの人間に好都合で便利な装置があふれているのが現代だ。 時代はもう後戻りできない。子どもが愛着障害にならないように女性に専業主婦となり、夫の収入だけで慎ましく暮らし、子どもを自分の手で養育せよと言っても無駄だ。子どもの顔ではなくスマートフォンの画面を見ている母親を責めてもしかたない。言葉の通じない乳幼児相手に24時間奉仕するワンオペ育児を、自由と気楽さに慣れた現代女性が心底から楽しめるはずがない。

ひょっとしたら、不登校児や引きこもりは、今後どんどん増加するに違いない回避型人類の先駆であるかもしれない。愛着障害者は人口の三分の一を占める。子どもであれ大人であれ、愛に飢えて心寂しい人間は残酷だ。そんな類の同級生や同僚に関わるのは時間とエネルギーの無駄だ。 他人とのコミュニケーションに期待せずに、情報収集と分析の技術を先鋭化させる勉強をして、経済的自立の道を模索したほうがいい。そのうちに、つかず離れずのストレスのない人間関係を結べる仲間に遭遇できるかもしれない。 大いなる母性への憧れは、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌の『魂のルフラン』(1997/及川眠子(作詞)/大森俊之(作曲))で満たせばいい。「私に還りなさい/記憶をたどり/優しさと夢の水源(みなもと)へ/もいちど星にひかれ生まれるために/魂のルフラン」とカラオケで歌ってください。 ※『魂のルフラン』歌詞部分(『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』(リットーミュージック)第5章より引用) 文/藤森 かよこ 〔2020年1/17(金) BEST TIMES〕

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ゲーム時間制限条例案 大阪市のスマホ・ゲーム利用規制報道は本当? 会見では「専門家を交えてのエビデンスの確認が必要」と回答 16日の定例会見で回答する松井市長。YouTubeより 「香川県に続いて大阪市もか」と、ネットユーザーを騒がせている大阪市の松井市長による「スマホやゲームの利用を条例でルール化を」との産経新聞の報道ですが、会見を聞くかぎりでは異なるようです。 松井市長「専門家を交えてのエビデンスの確認が必要」 会見の全内容は、大阪維新の会が『YouTube』にアップしている動画から確認できます。

見る時間のある人は動画の18分39秒あたりから、時間のない人は以下の書き起こしをどうぞ。 産経新聞記者:あとちょっと最後にひとつなんですけど、昨日の教育総合会議でスマホとかゲームっていうのが、長時間の使用っていうのが不登校の原因のひとつになるという指摘をうけて、ルール化することも効果的だという話が出ていましたが、市長としては例えば条例化も視野に、何か検討したほうがいいんじゃないかっていうお考えはお持ちでしょうか? 松井市長:まずあの現場の校長先生から、スマホとスマホでのゲーム、これのやりすぎというか、長時間化が子供の引きこもりにつながっているという、そういう現場からの指摘、これを受けて何らかの対応はしなくてはならないと思ってますけど、まずはやっぱり、専門家も入れるなかでそのエビデンス、本当にそうなのかどうかの検証、これは必要だと思います。 香川県のゲームの時間規制も、2、3年かけて検証しながらやっているという、やっぱり行政でルール、条例というかたちで、そういうルールを規制するということになれば、事実確認、それから事態検証というものをやったうえで、根拠を持ってルール作りが必要だと思いますから、その検証のなかで明らかに子供たちが不登校につながる、原因の大きなひとつとなるのであれば、それは少しでもそういうマイナスを取り除いてあげるという、取り除くための手段を尽くすというのが、我々の使命だと思いますから、そういうかたち、そういう結果が検証されれば、子どもたちがまさに、不登校とかそういうことにならないような手段を考え、提案をしたいと思っております。 出典:2020年1月16日(木) 松井一郎大阪市長 定例会見 「明らかに子供たちが不登校につながる」エビデンスがあればの話 産経新聞の報道では 大阪市の松井一郎市長は15日、スマホの使用時間を条例でルール化することも視野に、実効性ある対策を検討するよう市教委に指示した 松井氏は同日市役所で開かれた会議で、不登校の要因の一つがスマホやゲーム依存であるとの実態が紹介されたことを受け、「夜は何時までとか、条例でルール化したらどうか」との考えを示した。 出典:不登校…スマホ・ゲーム利用「条例、ルール化を」 大阪市の松井市長 - 産経ニュース と松井市長がすでに規制を始めるかのような内容でしたが、会見での回答を聞くかぎりでは松井市長は「現場からの声はあるけど、まずは専門家を交えてエビデンスを検証してから」と答えています。 産経新聞の報道は「15日に開かれた教育総合会議」のなかでの話で、今回書き起こしたのは「16日の定例会見」のため報道内容が異なるのは仕方ないのかもしれませんが、最新の情報では大阪市はスマホやゲームの利用規制に対して慎重な姿勢だと言えそうです。

篠原修司 ITジャーナリスト 1983年生まれ。福岡県在住。2007年よりフリーランスのライター・ITジャーナリストとして活動中。スマホやゲーム、ネットのことが専門。デマの検証も行っています。執筆や取材の依頼は digimaganet@gmail.com まで 〔2020年1/16(木) 篠原修司 ITジャーナリスト〕

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ゲーム時間制限条例案 香川に続き大阪も…子どものゲーム時間制限条例案に抗議の声 SNSでは批判や懸念の声が溢れており……。 1月15日、大阪市の松井一郎市長(55)はスマホの使用時間ルール化について対策を検討するよう市教育委員会に指示した。小・中学生がスマートフォンやオンラインゲームに依存し、ひいては不登校の原因の一端になることを防ぐためだと発表されている。 似たケースとして10日、香川県県議会が全国初となる「ネット・ゲーム依存症対策条例」(仮称)の制定に向けて条例検討委員会で審議していると報じられた。インターネットを使ったオンラインゲームの使用時間上限は18歳未満で1日60分、土日や祝日、長期休暇などは90分に制限するなど、具体的な内容となっている。 香川県に続き、大阪市も子供のオンラインゲームやインターネット使用の規制に動き出した。これに対してSNSでは批判や懸念の声が溢れており、香川県や大阪といったワードがトレンド入り。多くの意見が上がっている。

《香川の件、個人の時間に行政が口出しするのは違うと思う。犯罪じゃあるまいし》 《こういうところから、優秀なゲームクリエイターの芽が潰されていく…》 《オンラインゲームのせいで不登校?原因と理由が逆じゃないかな》 《私も子を持つ親だし心配だけど、このまま全国にこんな条例が広まっていったらと思うとゾッとする》

スマホの普及に伴って増えたインターネット上のトラブルや依存症は、各方面で問題視されている。しかし行政が利用時間に口を挟んだ前例はなく、議論は続きそうだ。 〔2020年1/16(木) 女性自身〕

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中学受験 中学受験はなぜ親子を「狂気」にまで追い込むのか、その構造的理由 子供に包丁を突き付ける親 「中学受験のときは両親が私の椅子の後ろに立っててね、背中に包丁を突き付けられながら勉強したんだよー」

開成・灘ら名門男子校教師の提言「くそばばあ」と言われたらこう答えよ 大学時代、名門中高大一貫校に通うお嬢様女子大生から実際に聞かされた言葉だ。あんまり明るく言うものだから、私たちはみんな冗談だと思い、「怖っ」と笑い飛ばした。その場にいたのは、私も含め公立校育ちの地方出身者ばかり。塾通いをしたこともなければ身近に中学受験をする友達すらおらず、そこまで受験に入れ込む親というものを、リアルな存在として想像することができなかったのである。 2016年8月、中学受験を控えた小学生の息子を父親が包丁で刺し殺した事件の一報を耳にしたとき、真っ先に思い出したのが、冒頭に挙げた知人の話だった。中学受験生に包丁を突き付ける親は、実在していたのだ。 かつては遠い世界のお話でしかなかった中学受験は、4人に1人が私立中学に進学する東京都で小学6年生の親をやっている身には、身近な話題となった。包丁こそ飛び出さないものの、中学受験後に離婚だとか、難関校を目指している子がクラスメイトの志望校をバカにしてひと悶着だとか、まあまあ穏やかではない話を耳にする。 Twitterを見れば、受験塾から日曜特訓代を含めてひと月に30万円以上引き落とされたという悲鳴のようなツイートが何千もリツイートされている。授業料がそこまで高額になるのは、中学受験をする小学6年生は日曜日ですら長時間拘束されていることを意味する。そうまでして、という言葉が口をついて出そうになるのは、私が無知なせいもあるのだろう。多くの親子が多大なリソースを割いて熱中するからには、それだけの理由があるはずなのだ。

夫に見下された妻の怒り 「君達が合格できたのは、父親の『経済力』そして、母親の『狂気』」 カリスマ塾講師のこんな言葉から始まるのが、架空の中堅受験塾「桜花ゼミナール」を舞台にした青年マンガ『二月の勝者-絶対合格の教室-』(『ビッグコミックスピリッツ』2018年1月より連載中)である。ほらきた、狂気。おかしな教育ママと家庭に無関心なエリート父、受験マシーンに仕立てられた鼻持ちならない子供というステレオタイプな家庭像を即座に想像する。 読み進めれば、この予断はすぐに裏切られる。桜花ゼミナールの生徒、そしてその親の多くは、身近にいてもおかしくないほどごく普通のありふれた人々だ。 特に生々しいのが、第2巻に登場する武田勇人の両親の描写である。下位のRクラスに属する勇人は、学童代わりに塾に放り込まれただけの普通の男の子だ。勉強よりもゲームが好きで、成績もふるわない。 母の香織は勤続20年の優秀な美容部員だが、育児中というハンデと学歴(高卒)のため、店長にはなれずヒラのまま。仕事のできない大卒店長のミスのしりぬぐいを押し付けられる理不尽な日々を、心に蓋をしてやり過ごしている。勉強に乗り気じゃない息子に塾を続けさせているのは、学歴のないつらさを、誰よりも実感しているからだ。

土日も仕事である彼女は塾の面談の出席を夫に頼むが、夫はスマホゲームをしながら「俺は絶対に仕事抜けらんないから」「お前の仕事みたいに代わりがきくワケじゃないからさ」と取り合わない。夫の暴言にいら立ちながらも、彼女は「ぶつかるより飲み込んだほうがラク」と感情を押し殺し、笑顔で耐える。 優秀であるにもかかわらず、学歴と家事育児負担のために職場では低い地位に押しとどめられ、家庭では職場での地位の低さゆえに夫に見下されて家事育児を押し付けられる。香織は現代日本の「女性活用」を象徴する存在だ。

息子に春期講習を受けさせたいと相談した香織は、例によってゲームから目を離さない夫に「いいカモ」「資本主義のドレイ」とバカにされ、ついに怒りを爆発させる。 何がいいカモだ あんたこそ 画面のキャラに課金してんじゃねーよ。 (略) 子どもに「課金」して、クソ強いキャラに育てよーとして何が悪い。 勇人にどんな敵でもラスボスでも倒せるクソつええ武器持たせたいんだよ。 そのためなら、課金ゲー上等!! 

香織を見くびってきた夫の言動にイライラしてきた読者としては、マンガ表現の巧みさもあって、よく言った!  とスタンディングオベーションしたくなるシーンだ。しかし字面だけ眺めれば、どうかしている発言なのは否めない。母親の「狂気」を他人事として眺めるはずが、すっかりこちらが「狂気」に飲み込まれてしまっていることに気づく。 「個人」より「みんな」が尊ばれる世界 子供描写も、また巧みだ。下位クラスを「底辺」と見下す前田花恋は、鼻持ちならない中学受験生というステレオタイプそのものに見える。彼女は最上位のΩクラスに在籍し、女子校トップの名門・桜蔭中学を目指している。 彼女がエリート塾への転塾を考えていることを知ったカリスマ塾講師の黒木は、プライベートの姿で偶然彼女と出くわしたふりをして説得にかかる(2巻)。がんばりすぎを心配するそぶりを見せる黒木に「みんなと同じこと言わないで!」と食ってかかる花恋。黒木は動じずに、「『みんな』ああ、そうだよね ほんとに」と受け止める。

なんで「勉強ができる」って特技は 「リレー選手になれた」とか 「合唱コンクールでピアノ弾いた」とかと同じ感じで 褒めてもらえないんだろうね? 「クラスで一番足が速い」子を 「みんな」が褒めるテンションで 「クラスで一番頭がいい」子も褒めてくれればいいのに。 (中略) 「昼休みに真っ先に校庭に出てドッジボールをする子」のように。 「私を褒めて」「私を見て」って思うよね?  黒木の言葉に、ポロポロ泣き出す花恋。勉強が好きで闘争心の塊である花恋は、教えられる前に解法を自分で編み出してしまうために学校の先生に疎まれ、クラスメートからも「頭いいアピール」「こないだもテストで満点って自慢してた」と陰口をたたかれてきたのだ。下位クラスを見下していたのは、彼らのほうが愛されることを知っている彼女の精いっぱいの強がりだった。 学校は「個人」より「みんな」が尊ばれる世界だ。「みんな」と同じであること、「みんな」のためにがんばること、「みんな」で団結すること。その空気の中では、自分のためだけにがんばる子は異物となる。「勉強できることが当たり前に褒められる世界」「『できる』ことを本音で話しても全然平気な場所」である桜花ゼミナールは、自分が自分でいられる唯一の居場所だったと、改めて花恋は気づく。

「花恋は女王様でしょ。少なくとも俺にとっては。そして桜花にとっても」と畳みかけて花恋を「オトす」黒木は、のちにこのやりとりを「今までもよく使ってきた手口」「赤子の手をひねるように簡単でした」とエリート塾の元同僚に語る。色恋営業さながらだ。 凡人でも希望を叶えられる サッカー少年である三浦佑星が入塾したのも、黒木の言葉が決め手だった。「解こうと粘ったのがよくわかる答案です」「スポーツか何か――長い期間、取り組んできたものがあるのでしょう」「粘って頑張った経験のある子は、受験でも強いですよ」(1巻)。 息子にサッカー選手になる夢を託していた父親は、黒木とのリフティング勝負中、失敗した息子を怖い顔でにらみつける「結果がすべて」というタイプだ。特別な才能の持ち主ではないがまじめな佑星にとって、黒木は努力する過程を認めてくれた初めての大人だったのだろう。 「子どものうちは子どもらしく、思い切り体を動かしたり、チームワークを学んだり…」と渋る父親をよそに、佑星は中学受験を決意する。父親も黒木の言葉で、かなわぬ夢を息子に期待し続けるフラストレーションから解放され、凡人でも希望をかなえやすい中学受験を応援することになる。

学校的な道徳を一切信じない 窓から電車を眺めてばかりで授業に身の入らなかった加藤匠は、黒木から全国鉄道模型コンテスト常連の鉄道研究会のある高偏差値男子校を勧められ、中学受験への意欲を燃やし始める(1巻)。集団主義的な公立中学の部活には、オタクがのびのびと好きなことを追求できる部活があまりないことを逆手に取ったのだ。 小学校での人間関係がうまくいかずに不登校になった柴田まるみは、自由な校風で知られる女子学院の塾OGから、いじめがなく、人と違っていることがかっこいいとされる学校だと聞かされ、同校にあこがれを抱くようになる(4巻)。 しかし女子御三家の一つで偏差値70である女子学院は、偏差値50のまるみには高嶺の花だ。思い切って希望を黒木に打ち明けると、黒木は否定するどころか、海外ではユニークであることは最上級の誉め言葉なのだとまるみの志望校変更を肯定した。「個性を尊重するいい学校です」「柴田さんにとても合うと思います。頑張ってください」。 黒木が笑顔なのにはわけがある。無理目の希望を持たせることで、系列の個人指導塾に囲い込み、「重課金」コースに誘導するつもりなのだ。

生徒を「金脈」、親を「スポンサー」、塾講師を「サービス業」だと言い切る塾講師としての黒木には、徹底的に「心」がない。香織が爆発したのも、香織が春期講習のお金を出したがらない夫に押し負かされそうなことを見抜いた黒木の差し金で、塾の女性講師が彼女との面談で夫への怒りを引き出した結果だった。 黒木は「子供は子供らしく」だとか「母は無私の愛情で子供に尽くすもの」だとかいった学校的な道徳を一切信じていない。親も子供もそれぞれに承認欲求を抱えた一個人にすぎないことを知っているからこそ、彼らが欲している言葉を的確に発し、金を引き出すことができる。しかし彼らは黒木の心無さゆえに、エンパワーされもするのである。 内申書という「心の監獄」 塾の中では常にクールな黒木が珍しく嫌悪をあらわにするのは、公立中学の内申書の話題になったときだ(4巻)。

少なからぬ親が私立中学受験を選択する理由の一つに、内申書への不安がある。公立中学から高校受験をする場合は内申書の点数が重要となるが、いじめで不登校経験のある子供や個性の強い子供には、内申書は不利にはたらく可能性があるからだ。言い換えれば、公立中学の内申書のおかげで中学受験塾は潤っている側面がある。 そのため「先生の目を見ると熱意が伝わる」「欠席は7日以内」「積極的に質問」「部活動で活躍(チームプレイ必要系が良し)」「生徒会活動も精力的にこなせるリーダータイプ」等と内申書で5を取るために必要なことを列挙する女性講師に、黒木は拍手する。親の不安をあおるのも、塾講師の仕事のうちなのだ。黒木は高校受験について聞かれて「大っ嫌いです」と即答する。

だって同じ学力の子が並んでたら、 より「先生に好かれる生徒」のほうが有利なんですよ? かたや「中学受験」 「本番のテストで点数をクリアさえすれば合格できる」 明解で気持ちいいですね。 私は中学受験が大好きです。

公立中学における内申書制度を「心の監獄」と表現する日本文学研究者の石原千秋氏も、まったく同じ理由で息子に中学受験させたことを、著書『秘伝 中学入試国語読解法』の中で語っている。 競争が避けられないものなら、それは学校の外で受験という形であった方がいいと、僕は考えている。僕が塾を否定しようと思わないのもそのためだ。内申書は論外にしても、ほんとうは学校は学業成績だけ付けたほうがよほどさっぱりするのだ。ところが、近代の国家のイデオロギー装置としての学校は内面も管理する。公立学校はそれが仕事でさえある。だとすれば、そこから逃れようとする人たちにとって、私立の中高一貫校は大切な存在なのだ。 公立中学でありながら服装・頭髪指導などを撤廃したことで話題を集めた千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長もまた、「忍耐」「礼節」「協力」といった内面を重視する日本の教育に否定的な立場をとる。発達に特性のある子供が排除されやすくなるというのが、その理由だ(『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』)。 親子を狂気に走らせるもの

『二月の勝者』は、中学受験を無邪気に礼賛するマンガではない(包丁が飛び出してもおかしくない教育虐待家庭も登場するし、災害時の避難も成績優秀者を優先するというエリート塾の講師の言葉にゾッとする人も少なくないだろう)。 だが本作が浮き彫りにするのは、「狂気」と呼べるレベルにまで子供や親を追い詰める外側の世界のおかしさだ。それは優秀な女性をスポイルする組織であり、学歴社会であり、なにより子供の「心」を査定する「近代の国家のイデオロギー装置としての学校」である。「心」無い黒木のやり方は、「心」を縛る公教育の陰画だ。テクニックは教えても内面までは踏み込まない受験塾という空間で、子供たちはそれぞれに内発的な動機を見出し、自律的に勉強に取り組むようになる。 受験塾になんとなく否定的な感情を抱いていた筆者のような読み手は、そんな子供たちの姿を見て、ラスボスは子供の心を型にはめこむ教育そのものであると思い至るのである。 日本の近代教育は、仁義忠孝を知育よりも優先すべきとする「教学聖旨」(明治12年)以来、一貫して知育偏重を戒め、徳育重視の方針を打ち出してきた。「国や郷土を愛する態度」まで評価する道徳の教科化で、内面を一律に管理する風潮はますます強まる一方だ。国家の制度は一朝一夕には変わらない。であれば、個を否定し「権威に従順な明るい良い子」を求める公教育になじめない子供たちが全力で逃げ出そうとするのも、親が子供の受験にのめりこむのも、理解できるのである。 それにしても、黒木はなぜそこまでして普通の親子から金をむしり取ろうとするのか。その理由の一端をのぞかせるシーンがある。私服姿の黒木が、風俗街にひっそり通い、水商売と思しき女性らの子供の勉強をボランティアでみているらしい描写だ(4巻)。引きこもりの子供の家を訪問する描写もたびたび登場する。 黒木が本当に救おうとしているのは、公教育から見捨てられた彼らなのかもしれない。比較的恵まれた都市部の子供たちは、私立中学受験によっていびつな公教育から脱出できる。では、そうでない子供たちは? おそらくその答えは、今後の展開で明らかになるのだろう。 堀越 英美 〔2020年1/17(金) 現代ビジネス〕

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いづらい中学校 子どもの心が砕かれる前に…大人がやるべきこと <記者コラム> 中学校とは、そんなにいづらいものなのか。子どもたちの話を聞いて、やるせない気持ちになった。 福岡県の高校2年の女子(17)のケース。学級の中心になるのは明るくて、ふざけるのが得意な人たちだ。同級生の悪口やスマートフォンからの情報で盛り上がる。でも、この子は悪口を聞くのが嫌でおとなしい方だったため、とにかく居心地が悪かった。 複数の「上位グループ」と「それ以外」という序列もあったようだ。ある日、級友は「自分たちは小学校から男子と付き合ってたよ」と上から目線で言ってきた。「あなたとは違う」とでも言いたげな口ぶりだった。 求められたのは面白さや笑いだ。うけ狙いの行動がいい意味で注目を浴びるのと、過度にいじられるのは紙一重。学級内で一定の地位を確保するのはまるでサバイバルゲームだが、何もこの学級に限った特殊な例ではない。 「中学時代、女子の流行はKポップだった」。同県の高1の女子は思い出す。関心はなくても知っておかないとクラスの話題に付いていけない。「アニメやボーカロイド(合成音声)が好きだけど、気持ち悪がられるので言えなかった」。趣味を話すことにさえ抵抗を感じた。 ある男子中学生は「正義感のある行動」が裏目に出た。体育館で静かに待つべき時間、ふざける生徒に小声で注意した。すると逆に「おまえがしゃべった」とやり玉に挙げられた。クラスで浮いた存在になったのは、その生徒に標的にされたからだと思う。 事情はそれぞれ異なる。だが、同年齢の子どもだけという閉鎖された空間や、校則で縛りながら集団行動と競争を同時に強いる環境が息苦しさの要因になっていないか。そこから逃れるように、かつての非行とは違った形で不登校の中学生が増えている。 文部科学省によると、中学生の不登校は2018年度、約12万人(全体の3・65%)で過去最多。日本財団の同年調査によると、通学はしていても通いたくないと感じることがある「不登校傾向」の生徒は推計約33万人という。 不登校でもいいじゃない-。そんな雰囲気は歓迎すべきだが、中学校が「不登校の温床」のような状況のままでいいはずはない。 「周りに付いていけない自分は劣っている」。不登校の経験者は一様に深く傷ついている。冒頭の女子は変革への希望も失っていた。「今後も変わりません」 子どもたちの心が砕かれる前に、大人がやるべきことはたくさんある。(四宮淳平) 〔2020年1/17(金) 西日本新聞〕

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大阪の大空小学校 校則なし、先生の残業なし。発達障害児や不登校だった子もみんな一緒に学ぶ小学校 大阪の大空小学校初代校長の木村泰子さん 「椅子に座れなくても、床に寝転がっていても、みんなと一緒に学べるのが学びの目的です。学校のあたりまえを変えるときです」 大阪の大空小学校初代校長、木村泰子さんはそう語る。 多様性が叫ばれるようになって久しいが、これから活躍する未来の若者たちを育てるはずの日本の教育現場は、昔と変わらない集団行動や校則で子どもたちを横並びに“管理”している。 みんなと同じ「ふつう」でいることに生きづらさを感じている子どもたちは多い。発達障害児や不登校児は増え、若者の自殺が社会問題となっている。

一方で、映画『みんなの学校』の舞台となった大阪の大空小学校は、発達障害と診断された子や不登校だった子など、さまざまな問題を抱えた子どもたちがともに学び合い、元気に卒業していく。 日本の教育システムが変わらない原因は何なのだろう? これからの子どもたちの学びに、親や先生はどう向き合えばいいのだろう?

『「ふつうの子」なんて、どこにもいない』を著した木村さんに話を聞いた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 木村泰子(きむら・やすこ) 大阪市立大空小学校初代校長。大阪府生まれ。「みんながつくるみんなの学校」を合言葉に、すべての子どもを多方面から見つめ、「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」ことに情熱を注ぐ。

2014年に大空小学校の1年間を追ったドキュメンタリー映画「みんなの学校」が公開され、大きな反響を呼ぶ。現在も全国各地の教育現場などで自主上映されている。15年春、45年の教職歴をもって退職。現在は、各地の講演会に呼ばれ、全国を飛び回っている。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 木村泰子さん 「見えない学力」が高まれば成績は後からついてくる

――大空小の子どもたちは、全国学力調査1位の秋田県を上回ったこともあるほど学力が高いそうですが、どんな授業をされているのでしょうか。 安心して、「わからへん」、「教えて」って言えるからですよ。 自分で考えておかしいと思ったら、「先生、それおかしいんとちゃう?」って言えるから。そういう環境だと、子どもは自分からどんどんチャレンジして、どんどん失敗して、わかるようになるまでやり直します。 そうして主体的に身につけた「見えない学力」が高まれば、点数で測る「見える学力」は結果としてついてきます。 そういうことを私たち教師は、子どもたちから学びました。 それまでは、大空小の先生たちも、授業の最後に必ず「わかりましたか?」って聞いて、子どもたちは「はい」って返事して終わってたんです。 子どもたちに、「ほんとうにわかったの?」と聞くと「はいと言わないと休み時間がなくなるから」と言う子どもがいたのです(笑)。 そのことを職員室で先生たちと「どう思う?」と対話しました。そこから「わかりましたか?」は使わないようにしたんです。 「それでも授業の終わりに何か確かめたいよね」とベテランの先生たちが話していたら、若い先生が「わからないところはどこですか?」と授業の最後に聞きましょうということになり、実行してみました。 そしたら、子どもたちが口をそろえて「わからなーい!」って言いだした(笑)。 要するに、先生が45分間しゃべって自己満足していただけで、子どもたちは受け身だったということをまざまざと突きつけられたのです。 そこで、先生は10分しか話さないようにしようとチャレンジを始めました。 残りの35分は子どもたちが主体的に学ぶ時間です。「この課題、みんなで解決しよう。よろしくね」って。そこから子ども同士が学び合う授業づくりが始まりました。

――素晴らしい取り組みですね。 子どもたちだけでやって困ったときは、「先生、ここちょっと助けてよ」とか、「ぼく、○○ちゃんに教えてるんやけど、わからへんみたいやから、先生教えてや」って言ってきますから、必要なときに出ていけばいいのです。 そうやって子ども同士が学び合う授業に不可欠なのが「見えない学力」。 つまり、人を大切にする力、自分の考えを持つ力、自分を表現する力、チャレンジする力です。この「見えない力」は子ども同士の関係性の中でしか育ちません。 子ども同士が学び合って課題を解決する力こそ、社会に出て通用する力。学校は社会の縮図なんですよ。 「ふつう」と「ふつうじゃない」子が分断されるワケ

――不登校で大空小学校に転校してきた子どもたちが、通学できなくなった学校のことを「牢屋!」、「刑務所!」、「監獄!」と口々に叫んだエピソードが本に出てきました。そこまで学校は子どもを追い詰めているのかと、胸が痛くなりました。

1、2年生で学校に行けなくなる子がすごく増えているんですよ。 不登校は中学校が一番多いといわれてきましたが、今は小学校でも深刻な問題になっています。子どもたちは学校が恐いんです。 何が恐いって、そこにいる先生が恐い。イスの座り方から、手の挙げ方、忘れ物、挨拶、持ち物ひとつひとつの置き場所や使い方にいたるまで、軍隊みたいに厳しくチェックされて、周りと少しでも違うと注意される。 社会のニーズは、「上司の言うことを聞くより自分で考える人間がほしい」という時代に変化しているのに、学校はいまだに先生の言うことを聞く人間を育てているんです。 その結果、個性や感受性が豊かな子どもほど学校に行けなくなって、社会から排除されている現状があります。

――木村さんは、4年前に大空小の校長を退任された後も、講演会で全国各地を飛び回り、学校改革のために奮闘されています。最近の教育現場に変化は見られるでしょうか? 最近は小学校だけでなく、幼稚園から中学、高校、大学まで講演していますが、むしろこの1、2年は、「ふつう」じゃない子どもに対する分断がますます進んでいますね。 社会では、「これからはダイバーシティ(多様性)だ、インクルージョン(社会的包摂)の時代だ」と言っているのに、子どもたちは小学校に入る前に「ふつう」かどうかを検査させられています。 「ふつう」と違うと、この子は先生の言うことを聞けないから困るという扱いをされて、「あなたは発達障害だから、あっちの支援学級です」と振り分けられてしまう。

木村泰子さん 社会は、人と違う考えや行動ができる「ふつうじゃない人」を求めるようになっているのに、大人が勝手に決めた「ふつう」の基準に当てはめて判断しようとする。社会が求めるニーズと教育現場が、どんどん乖離してしまっているんです。 でもね、子どもってみんな未成熟なんですよ。成長の仕方は人それぞれで、これから発達していくのに、(入学前から)障害があるってどういうことでしょう? 幼いうちから、そんなレッテルを貼られた子どもは大変です。 本来、子どもの成長度合いを検査する目的は、その子の特性を知ったうえで、周りの子どもたちと安心してつながって、一緒に集団生活を送るためであるべきなんです。 椅子に座れなくても、床に寝転がっていても、みんなと一緒に学べるのが学びの目的です。学校のあたりまえを変えるときです。

――大空小学校に転校してきた子が、前の学校で体操服に着替えるのを嫌がり、「例外は認められない」という理由で、体育の授業を受けさせてもらえなかった話は衝撃的でした。 あれは明らかな人権侵害ですよね。 体操服に着替えるのが嫌なら、そのままの服で体育の授業を受けさせればいいんです。 子どもには学習権があります。憲法二六条は、「すべて国民は、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定めていますからね。 子どもが学校にくる目的は、体操服を着ることじゃない。体育の授業を受けることですから。私がその子の親なら、「この子は自宅以外では着替えられないので、この服装のままで体育の授業を受けさせてください」と学校に言います。

それでも「困ります」と言われたら、「憲法にある子どもの学習権についてはどうお考えですか?」と勝負をかける(笑)。体育の授業の目的は、運動をすることにあるのです。 本当の公平は、体操服に着替えられない子がいても、「体育ができれば、その服のままでもええよ」と、その子の個性を認めて安心させること。そして、周りの子も安心して授業を受けられるようにすることです。 「ふつう」ができない子どもがいても、お互いを認め合って尊重することを、子どもたち自身で学ぶ。その手助けをするのが先生の役割ですし、それこそが本当の公平な関係性なんですよ。 例外を認めず、みんなと同じようにさせるのが公平という考え方は100パーセント間違ってます。 児童260人中発達障害が50人、先生は残業なし

――大空小学校では、さまざまな子どもたちが一緒に学ぶ環境でありながら、先生は定時退勤できていたそうですね。なぜそのような教育環境を作ることが可能だったのでしょうか。 私が9年間校長を務めた大空小は、全校児童260人中、「発達障害」と診断され(障害者)手帳を持っている子どもが50人を超えていました。 そう聞くと「先生の負担が多くて大変そう!」と思われるかもしれませんけど、日常は勤務時間が終われば帰っていました。 じゃあ、なんで他の学校の先生たちは、いつ死んでもおかしくないほど長時間労働しないといけないのか? それは、学び方改革をしていないからです。 大空小では、一人一人の子どもが自分から学校へ来て、1日学んで、納得して家に帰ります。それは、私たち教師が子ども同士をつなげて、子ども同士で教え合ったり助け合ったりしているからです。

大空小学校のルールはただひとつ。「自分がされていやなことは人にしない 言わない」。この約束を守ることだけです。 子どもが学校生活を楽しんで納得できると、いじめも不登校もないし、親からクレームがくることもありません。 教師は生徒や親の問題解決や相談事に時間をとられる必要がないから、本業だけやっていればいいんですよ。教師の働き方改革より、学び方改革をしないといけないわけです。

※後編は近日中に公開予定です。 木村泰子/家の光協会 木村葉子さんの新刊『「ふつうの子」なんてどこにもいない』が発売中です。 (取材・文:樺山美夏 編集:笹川かおり) 樺山美夏 〔2020年1/17(金) 12:08ハフポスト日本版〕

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貧困専業主婦 働きたくても働けない貧困専業主婦、再就職先は「4C」が多いが… 約2~4割の主婦が仕事復帰できない(子供の年齢層別、妊娠・出産退職者の仕事復帰の理想と現実) 専業主婦というとこれまで「勝ち組」とされてきたが、立場に異変が起きている。さまざまな事情から経済的に行き詰まり、専業主婦を強いられ、貧困に陥る「貧困専業主婦」が増えつつあるというのだ。 朝日10月10日付朝刊に掲載された《「貧困専業主婦」のワナ》の記事は、大きな波紋を呼んだ。「労働政策研究・研修機構」主任研究員である周燕飛さんが、自身の造語である「貧困専業主婦」の実態について解説した記事だが、以下のようなショッキングな内容が述べられていた。 ●全国に21万2000人(2016年時点)いると推計される ●貧困専業主婦の4人に1人は不本意ながら専業主婦だが、残りの4人に3人は自ら専業主婦を選んでいる ●「行きすぎた体罰」「育児放棄」など虐待行為の経験がある貧困専業主婦の割合は9.7%で、それ以外の主婦の約4割多かった。特に、育児放棄は2倍以上だった ●貧困専業主婦は子供に教育費がかけられず、学力が不充分になりがちなので、子供に貧困が連鎖する可能性がある ●女性が仕事を辞めると、高卒では1億円、大卒では2億円もの生涯賃金を失うという試算がある ●日本の女性はお金よりも、自らの手で子育てすることに大きな価値を見出すので、貧困専業主婦の3人に1人が「幸せ」と感じており、問題が表面化しにくい 厚労省は、生活に最低限必要な収入を表す指標である「貧困線」を、4人世帯で収入244万円、3人世帯で211万円としている(2015年)。『貧困専業主婦』(周燕飛著、新潮選書)によると、この貧困線を下回る収入の「貧困世帯」のうち、妻が無職で18才未満の子供がいる夫婦世帯を「貧困専業主婦世帯」と呼ぶと定義される。 豊かな生活を送るため、貧困世帯は妻が働きに出るのが当然のように思えるが、なぜ働かないのか。『専業主婦になりたい女たち』(ポプラ新書)の著者で相模女子大学客員教授の白河桃子さんが話す。 「日本は働く女性が増えたように思いますが、実は5割の女性が第1子出産後に仕事を辞め、専業主婦になります。2人に1人と、いまだに多くの女性が結婚を機に仕事を辞めていることになります。 その後、多くの主婦がパートなどで生活をしのいでいますが、一度仕事を辞めて正社員に戻れるのは実は4人に1人。安易に辞めてしまうと、元の地位に戻るのにはかなりハードルが上がります」 福岡県在住の専業主婦、古賀さん(仮名、33才)も、働きたくても働けない専業主婦の1人だ。 「高校の頃、ひどいいじめにあい、不登校になって高校を中退しました。そのせいで、私の最終学歴は中卒です。これまで居酒屋や100円ショップのアルバイトを経験しましたが、正社員はもちろん、派遣や契約社員として働いた経験もありません。 幸い、22才で結婚した時は、親も安心してくれましたが、夫も高卒で、勤めていた清掃会社の上司のパワハラで精神を病んでしまって。うつ病の診断を受けて、半年前に退社しました。貯金もなく生活できないので、今は生活保護を受けて暮らしています。 自分が働けたらよいのですが、7才と3才の子供に手がかかり、保育園に入れるお金もない。中卒で正社員としての業務経験もないので、育児に理解のあるような仕事には就けません」 専業主婦の再就職先としては、4C(介護、クリーニング、クッキング、キャッシャー)といわれる仕事に就くことが多いという。だが、それも時間に融通が利くわけではない。いくら人手不足で求人が多くても、パート先の条件に合わなければ、古賀さんのような主婦は労働市場から締め出されてしまう。 また、パートをしてもその賃金が安いために、給料のほとんどが保育園代に消えてしまうケースも多い。貧困層にとって、保育園に預けてまで働くメリットがないのだ。 『夫婦格差社会』(中公新書)の著者で経済学者の橘木俊詔さんは、同じような学歴や職歴の男女の「同類婚」によって夫婦の格差が拡大していると分析する。 「共働き世帯における夫婦の所得分布をみると、夫の年間所得が300万円未満であれば、妻の年間所得も200万円未満という割合が7割を占めています。 一方で、夫の年間所得が1000万円を超えると、妻が600万円以上と夫婦揃って高所得者層というケースも少なくない。そうして富裕層と貧困層、どちらにも専業主婦が生まれ、格差が拡大していくのです」 逆説的だが、高学歴の専業主婦ほど、仕事に就けないケースも多いという。主婦の生活実態に詳しい作家の石川結貴さんが話す。 「一流企業で働いていたバリキャリの女性が、一度仕事を辞めて同じ職場に戻ろうとしても、すでに別の優秀な人材が空いた穴を埋めています。結局、主婦がやれる仕事は“4C”ぐらいしかないのですが、そうした成功体験のある高学歴女性にはスーパーのレジ打ちはできないでしょう。結果、夫の収入だけに頼らざるを得なくなり、貧困が進むケースもあります」 ※女性セブン2020年1月1日号 〔2019年12/19(木) マネーポストWEB〕

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中国の義務教育と貧困 中国、義務教育を休学する子供が1年で1割未満に減少 832の貧困県 母親を看病するために休学した9歳の男児 【東方新報】中国教育部は11月25日、「義務教育を休学する子供たちが29万人いた地域が、施策により1年間で2万3000人へと減少した」と記者会見で発表した。 教育部はこの1年間、休学している子供たちが多い地域をモニタリングし、休学者が減少するための作業計画を実施した。これにより、家庭貧困やその他の理由で休学する子供たちを大幅に減少させることができた。モニタリングの対象は832の国家指定の貧困県だという。 計画では、「休学している子供たちに心理カウンセリングをして得た休学理由」を分類し、分類したターゲットに対する復学の施策を行った。「『インターネット+学校教育』で地方の学校にも質の高い学習リソースを提供」「子供たちに温かい学校づくり」などを実施した。今後、1年間で得たノウハウを展開して、全国規模で休学している子供たちの復学を支援していくという。 日本では「いじめの問題などによる不登校」の問題がなかなか改善しない。文科省の統計では、戦後多かった不登校の子供は1970年頃まで減少し1万人程度となったが、その後、1990年頃から急増。2001年から現在まで14万人から12万人の間で増減を繰り返している。「いじめによる自殺」という、不登校よりも深刻な事象も後を絶たない。 中国では、出席簿を教育部のプロジェクト担当官がオンラインで見て問題がありそうな子供を発見し、「なぜ学校を長期間休んでいるのか」を聴き取り、心理カウンセリングを行って悩みを抱える子供たちに手を差し伸べることが大規模にできているようだ。日本の教育行政関係者、また、不登校問題をテーマとする非営利団体などは、中国の1年間のこの試みについて、会議や訪問視察を申し入れて、どのような「不登校の分類と対策」が考えられるかの知恵を得る必要があるのではないか。(c)東方新報/AFPBB News

※「東方新報」は、1995年に日本で創刊された中国語の新聞です。 〔2019年12/19(木) 東方新報〕

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下山洋雄 虐待する父親に追い込まれる中、ひきこもり少年を救った1本の「電話」 現在、全国に100万人いると推測されるひきこもり。近年、中高年層が増加しており、内閣府は今年初めて、40歳以上が対象の調査結果を公表した。一般的には負のイメージがあるひきこもり。その素顔が知りたくて、当事者とゆっくり話してみたら……。 下山洋雄さん(39)のケース 下山洋雄さん(39)の名刺には、『KHJ認定ひきこもりピアサポーター』『特定非営利法人Node理事』などたくさんの肩書がある。小学生のころから高校まで、彼は断続的に不登校とひきこもりを繰り返した。その裏には父親からの虐待がある。 青森県で生まれ育ち、現在も青森在住の下山さんは、地元でひきこもり当事者やその親の会などをたったひとりで立ち上げ、自らの経験を生かして向き合っている。その団体の集まりのため上京してくるというので会いに出かけた。その日は彼の誕生日。東京で「手ぐすね引いて」待ち構えていた仲間がパーティーを開くという。講演会などで全国を飛び回るようになった彼を慕う仲間が多いのだ。その会場の片隅で、彼のこれまでの人生の一端を聞いた。 「今も父との闘いは続いています。つい先日も当事者会の人と電話でやりとりしていたら、私の部屋に入ってきて“いつまでやってるんだ”と大声で叫んでドアを蹴飛(けと)ばしていきました。父は私がやっていることがお金を生まないから苛立(いらだ)っているんです。父の怒りに触れると、今も心が揺らぎます。それだけ虐待を受けた経験がきつかった」 下山さんは長男として生まれた。サラリーマンの父の期待は大きかったようだ。最初に父を怖いと思ったのは小学校1年生のとき。 「私はもともと夜泣きがひどい神経過敏な子で、言葉の発達も遅かったそうです。小学校に入ると、勉強ができないうえに運動音痴であることがわかった。青森では冬になると学校でスキー学習があるので、父が教えてくれることになった。だけど私がヘタなので、いきなりストックで殴られたんです。鼻血が噴き出して、ひたすら恐怖感で震えてた」 勉強を教えてくれても、ちょっと沈黙するといきなり叩かれる。すると頭の中が真っ白になり、ますます何も考えられなくなって言葉が出ない。 「父は7人きょうだいの末っ子なんですが、自分も叩かれて育ったのか“叩けばわかる”というタイプ。父のいちばん上の兄、私からすると伯父に諫(いさ)められると“わかった、もう叩かない”と言うんですが、3か月もたたないうちにまた手が出るようになる」 集団になじめず、ひとり遊びをするような子だった。情緒不安定で、しょっちゅう“悲しい気持ち”にとらわれていたという。 「悲しい気持ちにとらわれる」という言葉が印象的だった。おそらく常に、叩かれることへの恐怖やつらさが心の土台にあるからなのだろう。子どもが「悲しい気持ちにとらわれる」のは、想像するととてもせつない。 唯一の味方である祖父が亡くなる 軽度の発達障害と診断され、小学校では特殊学級に入れられたり普通学級に戻されたりと、大人たちの都合に振り回された。そんな彼を心から心配し、認めてくれたのが母方の祖父だった。 「祖父は、“勉強ができなくてもいいんだよ”と言って、山で一緒に山菜やきのこをとったり旅行に連れていってくれたり。私の存在を丸ごと認めてくれました」 両親と彼と妹の一家4人は、彼が物心つくころから、青森市の母の実家で生活していた。祖父はいつでも彼の味方だった。だが、そんな中、あるトラブルが起こる。小学校6年生のとき、家庭科の先生に暴言を吐いたとして家庭科室に閉じ込められたのだ。教師のヒステリックな対応に恐怖を覚えた彼は帰宅後、母にそのことを告げる。母は学校へ行ってくれたが、取り合ってもらえなかった。そこから彼は教師や学校を信じなくなり、体調を崩して登校できなくなった。気持ちがいっぱいいっぱいだったのだ。 「中学の入学式には行きましたが、学校が怖くてたまらなかった。私自身、あのころは自分の気持ちをうまく言葉で伝えることができなかったから、毎日泣いていましたね。両親から車に押し込められて学校へ連れていかれたけど、そのうち血尿が出て心身症と判断されました」 9日間で不登校になった。父は息子が家にいることがとにかく気にくわなかったようだと振り返る。そんなときも、祖父に支えられていた。ところが冬のある日、祖父が出先で倒れて救急車で搬送、そのまま亡くなってしまう。 「救命センターに行ったとき、私は震えが止まりませんでした。言葉にできないくらい絶望的な気持ちだった」 味方がいなくなった。その思いは、父が趣味で木のテーブルを作るのを手伝わされたときにも痛感した。 「私はそういうことが苦手なので、どうしたらいいかわからない。父は教えることもなく、思うようにならないと叩く。庭に球根を植えたときも1列に10個植えるからと言われて、バランスよくできないと手が出る。そんなとき黙って見ている母にもだんだん腹が立っていきました」 父を殺していたか、自分が死んだか 中学にも、地元の高校にもほとんど通えず、家で考え込んでばかりいた。 「なぜかいじめられるようになったんです。クラスメートにどつかれた。どついた子の親に電話したり先生に言ったりしたけど、埒(らち)が明かない。私は話を聞いて、本人に謝ってほしかっただけ。だけどそれが伝わらない。それまでのすべてのストレスが一気に爆発したのか、教室の机をひっくり返したりして大暴れしてしまったんです。先生からは、“私にはあなたの気持ちがわからない”と言われました。それからは学校へ行こうとすると、お腹が痛い、熱も出る。結局、ずっと部屋にこもるしかなくなったんです」 怒ったのは父親だ。なぜ学校に行かないのかと尋問し、夜も寝かせてくれない。その当時、父も大きなストレスを抱えているという背景があった。父が勤めていた会社が他社と合併し、抜擢(ばってき)されて役職が上がったものの、プレッシャーになっていたのだ。 「父は、どんどん目つきが鋭く怖くなっていった。会社でもパワハラしていたらしいですが、家族さえ敵に見えたんじゃないでしょうか」 追い込まれていく父、そんな父にさらに追い込まれていく息子。彼は不眠症に苦しみ、まる2日眠れないこともあった。イライラが募り、ついに母親に暴力をふるうようになった。父親を殺してやろうと包丁を手にしたこともある。 「あまりにつらくて生きづらくて、どうしたらいいかわからなかったとき、新聞か何かで『いのちの電話』の番号を知ったんです。それでおそるおそるかけてみた。電話に出てくれた人は、私の話をゆっくりと聞いてくれました。父親を殺してやろうと思っていると言ったら、慌てず騒がず、“そういう気持ちになることもあるよね”と。そう言われ、ふっと気持ちが楽になった」 彼は毎日のように電話をかけた。電話の向こうの人は、いつでも話を聞いてくれた。今までの人生のストレスをすべてぶつけたが、ただじっと耳を傾けてくれた。安易に同調もしないし反論もしない。答えを出してもくれない。ただ、少しずつ、「答えはその人の中にある。自分の意思で決めて、自分で動くことが大事だ」ということをわからせてくれた。 「あの『いのちの電話』がなかったら、私は父を殺していたか自分で死んでいたか、どちらかです。今、ここにはいなかったと思う」 下山さんはきっぱりとそう言った。 『いのちの電話』は、1953年にロンドンで自殺予防のための電話相談に端を発している。日本では'71年に開始され、現在は全国に50センターある。彼のように電話で救われた人も多いだろう。だが、相談員の高齢化により、人手不足が深刻だ。「何時間かけ続けてもつながらない」などの苦情も増えているという。 自宅で開いた「考える会」 18歳になるまで、ひとりで部屋にこもって考え続けた。もしかしたら自分と同じような思いを抱えている人がほかにもいるのではないかという思いが広がった。ここが彼のすごいところだ。自分の悩みだけにこもるのではなく、自分の声を伝えながら、一緒に考えていくことはできないだろうかと思い立ったのだ。 「生きづらさを感じている人に自宅に来てもらって一緒に考える会みたいなものを始めたんです。最初はひとりしか来なかったけど、その人と話すことで私自身も救われる。続けていくうちに少しずつ増えていきました。その後、ネットをやるようになって、青森だけではなく全国のひきこもりの当事者や親たちとつながるようになりました」 小さな一歩が徐々に大きくなっていったが、父親はそんな彼を認めなかった。 「タダメシ食って、社会活動してそれが何になるのか」 「おまえはしょせん、支援される側なんだよ。黙って支援される側にいれば文句は言わない」 「おまえに人の話が聞けるわけがない」 暴言を吐かれ続けたが、彼は「自分の生き方が尊重されてもいいはずだ」と少しずつ信念をもつようになった。そうなれたのは、やはり『いのちの電話』のおかげだという。 「虐待やひきこもりについても、自分なりに勉強しました。親から虐待を受けた子が大人になったとき、どれほどしんどい思いをするのかもわかった。それは私にもあてはまります。簡単に働けというけど、自分で自分を認めることもできないのだから不安や葛藤が強くてそう簡単に働くことなんてできないんですよ」 今はひきこもり関係の活動で収入を得ているが、それは「雀の涙」だという。ただ、彼は自分が始めたこの活動に全精力を傾けている。 3児の父になっても妻子と離れ青森に残る 彼は大人になってから、過敏性腸症候群、喘息などの病気を発症した。すべてがストレスによるものだと診断されている。ただ、苦しみながらも、ひきこもり当事者とその親たちに寄り添う活動を続けた。30歳を過ぎたころ、そんな彼の活動に賛同したフリーの女性研究者が青森に訪ねてきた。おっとりしていて考え方が柔軟な彼女と意気投合。青森で一緒に住むようになり、彼女の妊娠が発覚した。 「子どもができたとわかったときはうれしかったけど、実は不安もありました。自分がしっかりしないと暴力の連鎖が起こることも勉強していたから。だけど、子どもをひとりの人間として認め、のびのび育てられれば、私自身を育て直すことにもつながるのかもしれないとも思いました」 現在、7歳、2歳、1歳の子がいる。妻は仕事の関係で、この1年、子どもたちと一緒に関東に住み、彼は実家で親と暮らしている。離れて暮らすのは寂しいが、まだ青森を離れるわけにはいかないのだ。 「青森にもたくさんのひきこもりの人たちがいます。居場所や親の会を立ち上げてしまったから、ここで私が離れるわけにはいかない。チャイルドライン(子どもの声を聞く電話)の運営にも携わっているので、それも放り出せない。きちんとした組織にして、引き継いでくれる人を見つけないと。青森は恥の意識が強くて、家庭内のことを外に言いたがらないんです。だから声を上げられない。自殺率も高い。そういう土地柄だからこそ、敷居の低い相談場所として、斜め後ろからの支援をもっと機能させたい」 斜め後ろからの支援とは、垂直(支配)でも、水平(当事者)でもない。倒れそうなときはいち早く後ろに行って支えるが、率先して手を引く役割ではない。黒衣として見守りつつ、いざというときはタオルを投げるトレーナー的要素も担う。当事者が本当に望んでいる支援を彼は担おうとしているのだ。 父とはまだわかりあえない。母は板挟みになっている。母をかわいそうだと思うし、父も彼自身も苦しんでいる状況は続いている。 「それでも一歩でも前に進みたい。そう思いながらやってきた。当事者会や親の会に招かれて講演をするようになり、以前より自分の可能性が広がっていると感じています」 彼の夢は、いつか温暖な地域に妻子とともに移住し、自給自足の生活を送ること。だがもしかしたら、その土地でも彼は、「生きづらさを感じる人の会」を立ち上げてしまうのではないかとふと思った。

文/亀山早苗(ノンフィクションライター) かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆 〔2019年12/21(土) 週刊女性PRIME〕

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帰国子女の葛藤 学校では「特殊」扱い、帰国子女の葛藤 「空気を読まない」わけじゃない 当事者の記者が探した居場所 取材に応じてくれた飯田麻衣さん。「帰国子女」100人以上のアンケートを実施した=本人提供 「帰国子女」と聞くと、どんな人を思い浮かべますか。外国語がしゃべれて、自分の意見をはっきり言う、「普通の日本人とどこか違う」イメージかもしれません。うらやましいと言われることもある一方、ネットで「帰国子女」と検索すると「うざい」「空気読めない」といった言葉が目に入ることも。子ども時代に日本と東南アジア、アメリカで育った記者も、思春期の頃は自分の言動や考え方が周囲と違っていないか気にしていたことがありました。自分以外の当事者はどう感じてきたんだろう。取材を進めると、意外な一面が見えてきました。(朝日新聞デジタル編集部・池上桃子) 3割が「いじめを受けた」 「日本社会が描く『帰国子女』のイメージと、実際の帰国子女がどのように異なるのかを明らかにしたい」 そんな目的で、2年以上海外に滞在し、日本に帰国した人たちを対象にしたアンケート調査が行われ、今年1~5月に100人以上が回答しました。 結果はこのようなものでした。 帰国時に逆カルチャーショックを感じた:77% 帰国子女であることをバカにされたり、妬まれたり、嫌みを言われたことがある:43% いじめを受けた:34% 「逆カルチャーショック」とは一般的に、海外から帰ってきた日本人が、母国であるはずの日本の習慣や文化に対して、異国に来た時のように衝撃を受けることを指します。 ブログやSNSを使ってアンケートを行ったのは、東京都に住む飯田麻衣さん(28)。自身も5歳で渡米し、小学6年生の夏までアメリカ合衆国で育った帰国子女です。 飯田さんは「多くの人が逆カルチャーショックを感じていて、日本人学校に通っていた子も例外じゃないのは意外でした」と話します。(※記者注:日本人学校は様々な国にあり、日本とほとんど変わらない教育を受けることができます。海外で暮らす時に子どもを現地校に通わせるか日本人学校に通わせるかで悩む親もいるようです) また、アンケートでは多くの人が帰国子女であることを「誇りに思う」と答えた一方、「人から帰国子女だと認められること」は必ずしもポジティブに受け止めていない人も多く、日本社会での「帰国子女のイメージ」については「ポジティブ」から「ネガティブ」まで大きくばらける結果となりました。 それについて飯田さんは「周囲に知られるのが嫌で、隠しているという人もいます。住んでいた国や期間よってバックグラウンドは色々だし、長く海外に住んでも外国語は苦手という人もいます。なのに『キコク』と一言でくくるととても限られたイメージになってしまい、それには私も違和感を持っていました」 帰国後、1カ月で転校 飯田さん自身の帰国経験も、簡単なものではありませんでした。 「アメリカ人だ」 6年半の米国生活を終え、大阪府の公立小学校に転入したばかりの頃、クラスメートから何度も言われた言葉です。 「その頃はかなり日本語がなまっていて、髪形や服装も日本の流行と違っていました。ランドセルを持ってなかったのでバックパックを使っていて、髪の毛もワンレングスで。日本の学校のこともあまり知らず、今でも覚えているのは、牛乳瓶のふたの開け方が分からずこぼしてしまった時に『アメリカ人ってそんなこともできないんだ』と指をさされ、笑われたことです」 「自分が周りに馴染めていない」と気づくのに時間はかかりませんでした。 「明らかにはじかれていたのは自分でもわかった。日本は母国で、自分は日本人だと思っている。何が悪いのか分からず混乱しました」 飯田さんはほどなく学校に通えなくなりました。 「親が学校に相談に行くと、先生は『お嬢さんは特殊です』と言うだけで、何も対応してくれませんでした」 アメリカの学校で黒人に対する差別や公民権運動を学ぶ授業を通して「差別はいけない」と先生から強く教えられていたという飯田さんいとって、この対応はショックだったと言います。 クラスに友達もできず、先生も何も対応してくれない。その環境で学ぶことはできず、飯田さんは帰国から1カ月で大阪府内のインターナショナルスクールに転校。高校卒業までその学校で過ごし、大学進学後は東京に住んでいます。帰国直後につらい思いをしたものの「私のふるさとは日本。赤べこやこけしみたいな工芸品や、地方の文化が大好きで、旅行もよくします」と話します。 公立小学校での経験については「今思えば、先生も私をどう扱っていいか分からなかったんだと思います。帰国子女を受け入れたことはほとんどない学校だったし、無理だったと思うんです。でも、これから帰国を経験する子どもたちにとっては公立の学校の状況が変わっていてほしいと思います」。 なぜ帰国子女がそこまで異端視されるのか。 飯田さんが紹介してくれた本「たったひとつの青い空―海外帰国子女は現代の棄て児か―」(大沢周子)には、身ぶり手ぶりが大きいことや、初対面の相手に握手を求めたり、大人にも物怖じせずに意見を言ったりする立ち振る舞いが「鼻につく」「気にさわる」と攻撃の対象になった事例などが紹介されています。 初対面の人との距離の取り方や、教室での立ち振る舞いのスタンダードが違っていて、例えば飯田さんのようにアメリカから帰ってきた子の振る舞いが受け入れられないことがあるようです。この本は1986年に書かれたものですが、「状況は大きくは変わっていないのでは」と飯田さんは感じています。 「母国」になじめない孤独 母国に帰ってきたのに、周囲から受け入れてもらえないーー。 故郷なのに、居場所がない。 飯田さんのような経験は、帰国子女であることを「公言しない」という人が少なくない理由にもなっているかもしれません。 記者の友人にも、帰国子女が多い学校の方がなじみやすいだろうと受け入れに積極的な中学を受験したり、インターを選んだりする子がいました。とはいえ、誰でも私立の学校に通える経済力や学力があるわけではないし、飯田さんも指摘する通り、公立の学校にこそ多様な生徒の居場所があってほしいと思います。また、帰国子女に限ったことではありませんが、ちょっとした差異を理由にしたいじめが「特殊だから」で切り捨てられていいとは思えません。 飯田さんと同世代の記者も、中学1年生で東南アジアから神奈川県の公立校に転入した時、「長い髪は結ぶ」といった厳しい校則や、「部活の先輩を見たら大きな声であいさつ」などの上下関係を一から身につける必要がありました。他のみんなにとっては当たり前のことなので、その戸惑いを人と共有できない孤独感もありました。自分が異物のように感じ、ここにいない方がいいのではないか、いちゃいけないんじゃないかと思うほど不安になったのを覚えています。 米国から帰国し大学に入った後は、言動に「帰国臭がでてる」「場の流れが読めてない」と言われかなり傷ついたこともありました。自分は自分なので気にしないと思う一方、「もうあまり言われないようにしよう」と努めるようになり、そのうち「帰国に見えない」と言われるようになりました。それでも自分自身は同じ自分なので、不思議に思います。 もちろん、みんなが苦労するわけではありません。飯田さんのアンケートには、逆カルチャーショックをほとんど感じなかったという回答も寄せられています。どこの国に行ってもすぐに適応し、楽しくやっていける人もいますし、逆に外国の暮らしがどうしても合わず、日本に帰れてほっとしたという帰国子女もいます。 専門家に聞くと…イメージとは逆 帰国時の逆カルチャーショックは、メンタルヘルスにも影響を及ぼすことがあります。 帰国子女や海外移住者の診療を続けてきた「池袋診療内科メディカルオーククリニック」の小川原純子院長(50)に話を聞きました。 「毎年20人ほどの帰国者(大人も含む)が通院しています。適応障害や摂食障害で来院し、投薬が必要なケースもあります。不登校になって親と一緒に来院する子や、自傷行為をしている子もいました」 ほとんどが日本への再適応ができず、ストレスを感じているケースだと言います。 「日本が悪い、海外が良いということではないですが、日本の学校は子どもに求めるマナーや規律の水準も高く、それに慣れていない子にとっては適応がとても難しいように思います。例えば授業中に水を飲まない、図書室では本当に静かにする、1人が悪いことをすると集団で怒られるなどの場面が理解できずストレスを感じる子がいます」 小川原院長は、長年の診療経験で気づいたことがあると話します。 「ほとんどの子が、新しい環境に適応しようとヘトヘトになるまで努力して、情緒不安定になっています。女の子は小学5年生で東南アジアから引っ越してきて、地域の学校に慣れようといつも気を張っているうちにものが食べられなくなって来院しました」 物怖じせずに自分を貫く、あえて悪く言えば「空気を読まない」というような帰国子女のイメージとは逆で、必死で合わせようと自分を演じるうちに無理が生じる。そんな思春期の子どもの葛藤が見えてくるような気がしました。 自分らしくいられる場所 思春期の子を支えるには「自分らしくいられる場所をつくってあげること」が大事だと小川原院長は言います。 「再適応には混乱が伴います。学校で一生懸命適応しようとしている分、家庭で気持ちを吐き出せる場所をつくるのが大事です。家に帰ったとたんすごい勢いで学校の悪口を言う子もいますが、言いながら気持ちを整理するので、親には否定しないで聞いてあげてほしいです」 「もしどうしても無理なら、学校を休むのもあり。今はSNSで海外の友達と簡単に話せるし、過去が幸せなら思い出とつながることも大事です」 中には再適応をあきらめ、元の国に戻る子どももいますが、多くの子どもたちが3年ほどかけて日本に再適応すると感じているそうです。「時間はかかっても、最終的にはみんな乗り越えています。自分は海外に行ってきてよかった、と思えたらもう大丈夫です」 どこで生まれ、どんな文化で育つかは子ども自身に選べることではありません。異文化に触れたことをギフトだと思える人もいますが、トラウマを抱え、いつまでも日本になじめないまま大人になる人もいます。そもそも、「再適応」は絶対にしなければいけないものでしょうか。どこの国にいても、同じ自分でいることは難しいのでしょうか。もう少しこの問題を取材してみたいと思います。 〔2019年12/26(木) withnews〕

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女性向け風俗 女が男を買う時代  心を癒す「女性向け風俗」の実態とは? 女性向け風俗について、ネットの書き込みや掲示板を見ると、予想に反して20代女性の利用客が非常に多い 写真:アフロ ソープ、ピンサロ、ヘルスなど、全国に点在する性的サービス=風俗。夜の繁華街を歩けば、ネオンの灯りに煌々と照らされた店や呼び込みの男性、看板を目にすることも多いだろう。 では、女性向けの風俗についてはどうだろう。「そんなもの存在するの?」なんて声も聞こえてくる一方で、ここ数年で利用する女性客が軒並み増えているという。女子会で話題に上がることも多いという声もある。一口に風俗といっても、レンタル彼氏、女性専用性感マッサージ、ホスト、出張ホストなど、その種類はさまざまだ。

◆元整体師の70代“男娼”に月1で癒される30代独身OL 「お互い傷ついた経験があるから分かり合えるものがあるんじゃないかな」と語るのは、自身の体験ルポを綴った「男を買ってみた。~癒しのメソッド~」の著者・鈴木セイ子氏。 幅広い年齢層の女性たちから、日常生活にまつわる相談ごとを受ける鈴木さんは、17年のキャリアを積む「生活カウンセラー」。相談の内容は、うつ病やパニック障害からダイエット、美容、夫婦関係の修復など多岐にわたる。そんな鈴木さんが、女性向け風俗に興味を持ったのは、ある男性の話がきっかけだった。 「友人の知り合いにいわゆる“男娼”がいるんですが、元整体師の彼は、なんと70代! 完全紹介制で今も現役らしいのですが、その友人が現場を見学させてもらったというんです。その展開にも、彼の年齢にもビックリですし、そこでいったいどんな行為が繰り広げられるのか? その日のお客さんは、地方に住む30代の独身OL。彼は勃たないのでいわゆる性的な交わりはなく、ひたすら女性に施すわけですが、なんと21時からスタートして終わったのが翌朝5時! そのお客さんは、月に1回、彼とひと晩過ごすために上京しているそう。 その話がずっと心にフックされていたんでしょうね。その後、少しずつ周囲からも女性向け風俗を利用したという話を聞いているうちに、これはなかなか興味深いぞと。思い切って行ってみることにしたんです」

◆女性向け風俗がフツーになれば、男女ともハッピーになれる? 男性ならまだしも女性が風俗へ行くなんてーー。 そんな風潮に対し「男だから、女だからといって権利が分散されるのはおかしい」と言い切る鈴木さんは幼い頃から、なぜランドセルが赤じゃないとダメなのか理解できなかった。また、“嫁奴隷制度”が根強い田舎でありながら、保育園の送り迎えをし、洗濯物を干す「先進的」な父の姿を笑う近所の人たちを見て「何がおかしいんだろう?」と、子どもながらに男女差別について疑問を抱いてきたという。 「いわゆる“男性だけが利用するもの”とされてきた性的サービスでさえも、女性たちの間で拡大しているということは、いよいよこの閉鎖的な世の中から解放される時代になってきている、ひとつの表れなのではないかと感じています。 男女差別の風潮を当たり前のように受け入れるのではなく、男女ともに考え直してみたほうが、結果お互いがハッピーになれるんじゃないかと思うんです」 その思いをひとりでも多くの人に伝えるために、そして「カップルや夫婦間で話し合うひとつのコンテンツになれば…」と、“男を買う”ことを切り口に執筆することを決め、性的サービスへの扉を開いた。 「まず驚いたのが、ネットの書き込みや掲示板を見ると、予想に反して20代女性の利用客が非常に多いこと。中には、バージンの人も少なくない。実際にそこで働く彼らに聞くと、『男というものを知りたいから、裸で立ってみてください』なんて人もいたそう。 確かに、私のカウンセリングに来るクライアントにも、誰とも付き合ったことのない20代後半の女性や、30歳間近なのにバージンで悩む女性が大勢います。また、40~50代のある知人男性が、知り合いの女子大生に、『バージンをもらってほしい』とお願いされたなんて話も聞いたことがあります。 欲しい情報が簡単にネットで手に入るこの時代、経験よりも知識が勝って、自分の感覚で恋愛ができない。デジタル化で対人関係のコミュニケーションが希薄化されてきているというのもひとつの原因だと思います。とても切実な問題です」

◆マッチングサイトよりも健全!? サービスの種類は、主に4つに分かれる。アロマオイルやベビーパウダーなどを使用したボディトリートメント並びに、ハンド、大人のおもちゃを使った性感マッサージが受けられる「女性専用性感マッサージ」、食事やショッピングなどデートのみの「レンタル彼氏」、酒を飲みながら、男性と面白おかしいトークを楽しむ「ホストクラブ」に、性感マッサージとレンタル彼氏を足した「出張ホスト」なんてものもある。 「ソープ、ピンサロ、ヘルス、パプ、SMクラブなど、コンテンツが細分化されている男性向けに比べると、女性向けは少ない。身体的に満たされたい男性と違い、女性は精神的に癒されたい人が多いからでしょうね。 何かに孤独を感じている人や失恋して恋をすることが億劫になっている人、男性経験のない人がデートの予行演習として利用するのも良いと思います。性感マッサージだって、きちんとしたサイトなら病気のケアもしているので、マッチングサイトよりも断然健全だと思います」 鈴木さんが今回経験した女性専用性感マッサージ、レンタル彼氏、ホストクラブについて、どれも「お金が発生するので、とくに罪悪感はなかった」という。 「まず最初にトライしたのが女性専用性感マッサージ。ラブホテルのじめっとした感じがいやだったので、シティホテルのデイユースを利用しました。私が先に部屋に入って待っていたのですが、めちゃくちゃ緊張しましたね。『ブサイクだったらリアクションどうしよう』なんて思ったり(笑)。実際は後光までさしている西村元貴似のさわやかなイケメンだったんですけどね。性感タイムはもう最高で、『これ“本番”我慢するのしんどいね(苦笑)』なんて口をついて出ちゃうほど気持ち良かったです。 レンタル彼氏は、こちらからシチュエーションを指定しました。せっかくなら今まで経験したことのないシチュエーションや、若い頃、こういうのに憧れていたなぁ~みたいなのを叶えてもらいたい。いろいろ考えた結果、遊園地で手つなぎデートしたのち、観覧車でプロポーズしてもらうという、誰もオーダーしたことはなかろう内容にしました。180cmの西島秀俊似の“彼氏”とのデートは、ピュア感がすごいというか、ひさびさに“見られる”意識を持ちましたね。ちょっと上目遣いなんかしちゃったりして(笑)。 ホストクラブは、最高のエンタメ。ディズニーランドよりも何倍も楽しい! 奮発してモエ・エ・シャンドンのシャンパンコールをお願いしたんですが、これがもうくそ楽しくて! ホストクラブはひとりで行くよりも、女同士の接待なんかにおすすめしたいです」 そこで働く男性とは一体どんな人たちなのか。彼らと実際に会い、サービスを受け、話をし、取材を進めていくうちに、さまざまな発見があったという。 「私が会った人はみんなイケメンで、この仕事とは別に本業がある人ばかりでした。そして、お客さんである私たちと同様に、彼らも過去に傷を負っている人が多い。離婚、婚約解消など理由はさまざまだけれど、お互い傷ついた経験があるから分かり合えるものがあるんじゃないかなと思います。 私の友人は“性的サービス”を受けることで新しい恋に踏み出しましたし、しばらく恋愛をお休みしている人にもおすすめです。大切なのは、恋愛にブランクを空けないこと! ブランクが長くなればそのぶん抜け出すハードルが上がってしまいます。あと、人肌に慣れておくのはとても必要だと思います。 彼らは“プロ”なので、身体的にだけでなく、精神的にも気持ちよくしてくれますから、自信にもつながりますしね」 自信を与え、体だけじゃなく心まで癒してくれるうえ、傷つくリスクも少ない。分かったのは、女性向け風俗は、思った以上に合理的なひとつの選択肢だということ。孤独の壁にぶちあたったとき、この選択肢を知っているといないのとでは大きく変わる。この先、ものすごいスピードで需要が伸びていくだろう。 鈴木セイ子 明星大学人文学部心理・教育学科卒。在学中より依存症患者の会や不登校問題の会などへボランティアとして参加し、カウンセリング実践をスタート。その後、起業し主に女性のための生活カウンセラーとして17年従事している。また、女性の独立支援や女性をテーマにした映像プロデューサーなど活動の幅を広げるなか、「様々な女性を描く1分シネマ」をコンセプトに、インスタを開始した。onna_zukan instaシネマ~女図鑑~

取材・文:獅子沢アキ FRIDAYデジタル 〔2019年12/30(月) FRIDAY〕

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「第三者」の力 不登校にも効果!子育てに不可欠「第三者」の力 (篠原 信:農業研究者) 親子で挨拶に行きたい、と言われて自宅で待っていた。資格に合格し、進路も決まったので報告に来た、という話だった。その子はここ2、3年、不登校になっており、私が時折相手をしていた。そのお礼に来てくれたわけだ。 では私が何か特別なことをしたかというと、何にもない。何かためになる話をその子にしたかというと、そうでもない。 ただ私は、「赤の他人」だからこそできることをやろうと思っただけ。したことといえば、私が自宅でパソコン仕事や読書をしているその隣で、自習させたり本を読ませていただけ。別に勉強も教えない。ただ、同じ空間で一緒の時間を過ごしただけ。それでも、そうした時間がその子には決定的に重要だろうと考えていた。

■第三者の海に飛び込む勇気 不登校になると、何が問題なのだろうか。進学?  将来、就職が難しくなる?  もしかしたら、一生引きこもり?  親御さんは、大変強い不安に襲われる。それは当然だろう。なんとか解決したい、子どもが再び学校に通うようになってほしい、と願うのも、やむをえないことだ。ただ私が考えるに、不登校の最大の問題は「第三者の海」に飛び込む勇気が失われることのように思う。もしその勇気を取り戻せるなら、他の問題はたいしたことがない。 子どもは分かっている。いつか親は先立ち、自分が独り立ちしなければならないことを。親の庇護から離れ、赤の他人だらけの「第三者の海」に飛び込んで、生き抜く術を身につけなければならないことを。けれど、どうしても我慢できないことが起き、不登校になると、重要な装置が失われる。「第三者と関係を結ぶ」装置だ。 現代日本では、子どもが第三者と関係を結ぼうとすると、学校という場しか事実上存在しない(ように感じている)。もし学校に行けなくなってしまうと、第三者と関係を結ぶ方法が失われてしまう。親とは違う、全くの赤の他人と関係を結ぶにはどうしたらよいのか分からなくなってしまう。 学校の先生やカウンセラーももちろん親切に相談に乗ってくれる。しかしこの人たちは「関係者」だ。教師も専門家も「仕事だから」親切にしてくれる。しかしこの人たちは「関係者」であって、第三者ではない。お仕事で付き合ってくれるだけだと感じるから、「果たして自分は、第三者とうまくやっていけるのだろうか」という不安を消す力はない。 不登校になると、子どもが他人(第三者)と関係を結べる唯一の場所が失われる。そうなると、子どもは第三者とうまくやっていくことに自信を失う。 社会に出るということは、まさに赤の他人だらけの「第三者の海」に飛び込むという行為。なのに学校という「第三者の海」で関係を構築することに失敗したら。就職し、社会に出ても他人とうまくやれなかったらどうしよう。不登校の子どもは、こうした不安に囚われる。もう二度と、第三者と仲良くすることなんてできないのかな、と。 だからこそ、私が冒頭の子どもに対してとろうとしたポジションは「赤の他人(第三者)」だ。何の利害もない。その子がどうなろうと、損も得もない。そんな赤の他人の私が、「うちにおいで」と誘い、一緒の空間と時間を過ごす。ただそれだけ。 それだけなのだけど、たぶんそれによって、その子は「赤の他人も自分を受け入れてくれるんだ」と自信を回復し、「第三者の海」に飛び込む勇気を取り戻すきっかけが得られる。私は「赤の他人」であることを利用して、「第三者の海」にもあなたを受け入れる人はたくさんいるよ、ということを、無言のまま伝えようとしただけだ。

■「第三者」がいない子育てのいま 現代日本では、教育は家庭と学校、あるいは専門機関だけが行うものだと考えられている。赤の他人、第三者が口を出すべきではないと思われている。そのために、不登校になると、その親子は袋小路に陥る。学校という場所を失うと、第三者と関わる場所を全部失ってしまう。このため、「第三者の海」に飛び込む勇気を子どもに取り戻してもらうためには、その勇気を奪った場所である学校に戻るしかない、という矛盾が生じる。 昔と大きく変化したのは、自営業者が少なくなってしまったことだ。2000年には1100万人いた自営業者が、2018年には700万人へと激減した。その代わりに増えたのがサラリーマンなどの勤め人。昔は商店街もそれなりに元気で、酒屋や食料品店の店長が「ヒマしているならうちを手伝ってよ」などと言って、「第三者」が声をかけてくれることもあった。学校以外の場所で第三者と関係を結ぶことが可能だった。 しかし、ほとんどの人が勤め人になった現代では、会社の中に大人たちは引きこもり、出会うことすら難しい。学校に通えなくなると、第三者と関係を結ぶ方法が見当たらなくなるのが、現代の日本だ。

■専門家も「親の頑張りで」 ある日、不登校の問題に詳しい専門家の講演があると聞いたので、最新情報を仕入れようと参加した。非常に優しそうな表情、柔らかな語り口。なるほど、たくさんの不登校の子どもや親の相談に乗ってきただけあって、とても柔和なお人柄だと拝察した。 しかし私は、話を聴くにつれて猛烈に腹が立ってきた。講演を私なりに要約すれば、「子どもはなんとか学校に行かせなさい、学校に行かないのは親の接し方、話し方に問題があるからで、親自身がひたすら反省しなければならない」という話だった。つまり「不登校は親が原因」と言っているわけで、それを解決できるか否かも親次第、という話だった。あまりに腹が立ったので、講演の途中で「第三者はどこにいったのですか!」と声を上げてしまった。 講演終了後、非礼を詫びつつ、なぜお話の中に親と学校、専門機関しか登場しないのか、なぜ第三者の力を借りようとしないのか、訊いてみた。

「昔のご近所の力ですね。私もそれがあればもっと話はラクなのに、と思います。でも今の日本では、それを望むべくもありません。だから親に頑張ってもらうしかないし、専門機関に相談するようアドバイスするほかないのです」という答えだった。 親や教師、専門機関といった「関係者」しか子どもに関わる装置が、今の日本にはない。いまさら、第三者に関わってもらうことが期待できない。そうカウンセラーの方は本音を漏らした。 私は本音を聞かせてくれたことに謝意を示すと同時に、絶望した。たとえ専門機関に相談しても、「子どもにはこうした声かけをしなさい、こうした態度はとらないように」と、親を指導するだけだとしたら、結局はすべての責任を親に押し付けているだけ。親はそうでなくても自分を責めている。なんとかできる場面はなかったのか、と、自分で自分を追い詰めている。親は決して第三者になり得ない。なのに「第三者の海に飛び込め」というしかない。矛盾だ。 先日、農林水産省の事務次官だった方が息子を殺害し、実刑判決が下ったとの報道があった。この件に関し、複雑な思いを抱く人は多い。もっと早くに専門機関に相談できなかったのだろうか、という意見も多かった。しかしその専門機関も、子への接し方を指導するだけなら、親が自責の念を強めるだけに終わるだろう。専門機関が子どもに接したとしても、教師やカウンセラーは「お仕事」で付き合っているだけだと子どもにバレてしまう。第三者でない人間がいくら「第三者の海である学校に戻れ」と言っても、効果があるとはどうにも思えない。 だから私は冒頭のように、「赤の他人」であることを最大限利用して、不登校のその子に声をかけ、同じ空間、同じ時間を過ごすようにした。赤の他人でも自分を受け入れてくれる人がいる。そうした体験を重ねることで、もう一度、「第三者の海」も楽しそう、と思ってもらえたら、と。

■赤の他人だからできることがある 今年の夏に、電車の中で大騒ぎする子どもを諭す場面をツイッターで紹介したところ、大変な評判を呼び、テレビでも紹介されたりした。* それだけ、電車で騒ぐ子どもをどうしようもなくて困っている親御さんが多い証でもあるのだろうが、興味深かったのは、「赤の他人だからこそできる育児アシストの方法があったのか!」と反応してくれる人が多かったことだ。子どもがいないから子育てにはまったくタッチできない、でも子育てで何か役立てることがあるなら、と願っていたけれど、方法が分からなかった人たち。こうした人たちがたくさんいて、この人たちが敏感に反応してくれたことがよく分かった。

この記事を読んだ人にもうひとつ、お願いをしたい。不登校の問題も、赤の他人であるあなただからこそできることがある。それは、親にも教師にも専門機関にもできないことだ。それは「第三者」として関わることだ。赤の他人しか、第三者にはなれない。その第三者が、不登校の子を気にかけ、ほんの少し一緒の空間、一緒の時間を過ごすことができたとしたら。 その子は、親から何を言われるよりも、教師や専門家からどれだけ立派なお話を聞くよりも、特別な勇気を取り戻すきっかけを得ることができる。「第三者の海」に飛び込む勇気を。 やがて親元を離れ、第三者と関係を結ばねばならないことを、子どもは重々承知している。けれど、学校に行けなくなってしまうと、その勇気がくじけてしまう。その勇気を取り戻すきっかけは、第三者だからこそ、赤の他人だからこそ提供できる。 現代の日本では、不登校の問題、引きこもりの問題が年々大きくなっている。その原因の一つは、子育てから第三者の関与を拒否してしまったことにあるのではないか。子育ては親がやるもの、学校や専門機関が解決するべきものとされ、第三者を遠ざけてしまったのではないか。その結果、さまざまな弊害が噴出するようになった。しかし、第三者を拒否してきた親も子も、すでに世代は変わった。そして今の親子は、第三者が関わろうとしない状況の中で孤立して苦しんでいる。 第三者は、「電車で大騒ぎする子ども」にも、不登校の子にも、赤の他人だからこそできる子育てアシストがある。私たちの社会はもう一度、第三者も重要な教育アシストをしてくれる存在なのだということを、思い出すべき時期が来ているのかもしれない。

篠原 信 〔2019年12/27(金) JBpress〕

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学校のことを聞かれたらどうしよう 「学校のこと聞かれたら…」不登校の家庭を悩ます帰省、おだやかな過ごし方は?「明日は我が身と思い…」 年末年始の帰省がゆううつな家庭も 【#withyou~きみとともに~】 「学校のことを聞かれたらどうしよう」――。不登校の子どもの中には、年末年始の帰省をゆううつに感じている人もいます。祖父母や親戚に不登校であることを伝えておらず、びくびくしながら向かう両親の故郷。しかし、居心地の悪さやプレッシャーで、精神的にすり減ってしまうことも……。それに、気遣いでくたくたになってしまうのは、子どもだけではありません。今回の帰省のやり方、考えてみませんか。(朝日新聞記者・金澤ひかり、野口みな子)

【マンガ】不登校の子の気持ち描いた漫画 きっかけは、先生からの暴力…「またおこられる」 テレビで学校の話題、部屋を抜け出し… 神奈川県に住むさゆりさん(19)の家族は、お盆と正月は両親の実家に帰省する習慣があります。中学3年生の夏休み後ごろから学校に行けなくなったさゆりさんは、帰省の際、親族から学校の話題が出ることがつらく、家族と一緒に帰省できない年もあるそうです。 学校を休みがちになっていた中学3年のお盆休み、母方の実家に帰ったときのことでした。高校受験を意識した祖父から、「いい高校に行ってほしい」という言葉を何げなく投げかけられました。 学歴を重んじる祖父の考えと、現実の自分の状況との乖離に、気持ちがふさいだと言います。学校の話題に触れられるのが嫌で、次の正月は帰省しませんでした。 不登校のことを知らない祖父に、学校のことを話さないでというのは難しいかもしれません。しかし、「当然学校は行くもの」という価値観の祖父母に会うのは、しんどく感じるようになりました。 通信制高校に進学してからは家族と帰省することもありましたが、テレビで学校の話題が上がることがあります。そんなときは親族が集まる部屋から抜け出して友達に電話し、「早く帰りたい」と苦しい気持ちを聞いてもらって時間をしのいだそうです。 「行っているフリ」でもいい 「祖父母の家に行くたびに、『学校について聞かれたらどうしよう』とびくびくしていました」 そう話すのは、自身も小1から中3まで不登校で、その経験をもとにした漫画「学校へ行けない僕と9人の先生」(双葉者)の作者・棚園正一さん(37)です。棚園さんも、父方の祖父母には不登校であることを知られていませんでした。帰省中はなるべく学校の話にならないように、当たり障りのない話を意識していたといいます。 冬休みなどの長期休みは、他の子どもも学校に通っていないため、不登校の子どもが持つ後ろめたさも少しやわらぎます。そんなとき、学校を意識せざるを得ないタイミングが、学校の会話が出やすい帰省や親族の集まりなのです。 棚園さんは、「嫌であれば無理に行く必要はない」としつつも、「学校がせっかく休みなのに、気に病んでのびのび過ごせないのはもったいない」と話します。思い出すのは、学校に行っていない後ろめたさばかり気にする自分でした。「祖父母はたぶん僕の元気な姿を見たいだけでした。行かなきゃ2人との思い出もなかったのかな」 「気にしすぎないことも大事」という棚園さんは実際、祖父母の家では学校に行っているように振る舞っていたこともあると言います。 「それは大したうそじゃないし、それで気持ちが楽に過ごせるのであれば、悪いことではないと思います。もしかしたら冬休みが終わったら本当に学校に行くかもしれないですし。行けなくてもいいですけどね」 帰省のゆううつ、親も 大阪府堺市に住むゆきさん(仮名)の小学4年生の長男(10)は、約1年にわたり不登校の状態が続いています。 これまでは毎年、ゆきさんの実家に帰省していましたが、今年は長男は家族だけで過ごしたがっていると言います。帰省中、長男は同年代のいとこと遊ぶことが多かったといいますが、普通に学校に通えている子を目の前にすると、「自分はどうしてこうなったんだろう」と思い詰めてしまうためです。 しかし、実家への帰省をためらうのは長男だけではなく、ゆきさんも同じです。「(不登校に対して)否定的な発言をされたり、『これからどうするの?』などと聞かれたときが心配です。「そんな状況はあまりに酷です」とゆきさん。 さらに「私自身への風当たりも心配」と話します。「息子のことについて『いつまでそのままでいるの?』と聞かれるんじゃないかと気が気じゃないんです」 「当事者にならなきゃ分からないだろうから、理解は求めないけど、ふれないでほしいのが本音です。明日は我が身…と思い、見守ってほしいです」と話しています。 重要なのは「子どもの精神の安定」 NPO法人日本スクールソーシャルワーク協会の山下英三郎名誉会長は、帰省に対する不安は不登校の子どもだけではなく、親にもあるといいます。祖父母に子どもが不登校だと伝えていない後ろめたさがあったり、帰省によって子どもが精神的にすり減ってしまったりするためです。 「必ずしも祖父母や親戚が偏見なく接してくれるとは限らないので、正直に子どものことを伝えればいいということでもないのです」 個々のケースにもよりますが、親戚の関係性から帰省せざるを得ない場合もあります。山下さんは「子どもの精神的な安心・安定が一番なので、本人がプレッシャーを感じる状況を避けることが大事」と話します。「無理したときのダメージと比べると、帰省しなかったことを周囲にいろいろ言われた方がまだマシですよね」 かと言って、親が「帰省しない」という決断をするには不安なものです。例えば、親だけで帰省したり、子どもも顔だけ出してすぐ帰ったり、「柔軟に対応していければいいのでは」と山下さんは提案します。 帰省や親戚の集まりに行きたいかどうか、子ども自身が伝えられればいいですが、親や祖父母を気遣って「行きたくない」と言いづらい場合もあります。山下さんは、「帰省の話になったとき、子どもが緊張しているかどうか、または日常の暮らしぶりからも、親戚と一緒に過ごせる状況かどうかというのは感じ取れるかもしれません」。 一方、もしも帰省先の親族に不登校の子どもがいたら、どんなことに気をつけたらよいでしょうか。山下さんは「もしも本人を心配していらっしゃるのであれば、『何かできることがあればサポートするよ』という気持ちでいてください」。 ただし、過度に気を遣われることは、本人にとっても居心地の良いものではありません。「あくまで普通でいてください」と山下さん。「学校に行っているかどうかということを抜きにして、本人を大切に思っているという気持ちを大事にしてください」 新しい年、穏やかな気持ちで 日常の生活を離れて、自分のルーツや地元の価値観に触れる帰省を、苦手に思う人も多いのではないでしょうか。親族とはいえ、普段の暮らしぶりを知らない相手に、詮索されたり、踏み込んだりしてほしくないこともあるはずです。 それが自分にとってプレッシャーや不安につながるのであれば、帰省をやめたり、期間を短くしたりすることも、ひとつの選択として適切なことだと思います。不登校の子どもやその親のみなさんが、少しでもおだやかな気持ちで新しい年を迎えられることを願っています。 《#withyou ~きみとともに~》 withnewsでは、生きづらさを抱える10代への企画「#withyou ~きみとともに~」を続けています。 〔2019年12/27(金) withnews〕

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校長が児童に全治10日のけが負わす 「校長先生酔っているの」児童の言葉に腹立て、頭揺らす 校長停職 小学校の男性校長(60)が児童の前髪をつかみ頭を揺さぶったとして沖縄県教育委員会は26日、校長を停職3カ月の懲戒処分にしたと発表した。 県教委によると、11月中旬に校外活動の帰りのバスの中で、校長の足元がふらついている様子を見た同児童から「校長先生酔っているの」と言われたことに腹を立て、児童の前髪をつかみ、大声で叱責(しっせき)しながら頭を揺さぶった。児童は全治10日間ほどの外傷性頸部(けいぶ)症候群の傷害を負い、校長への恐怖心などから1カ月ほど不登校となった。児童は今月中旬に学校に戻っている。校長は児童や保護者に謝罪。今月12日から年休を取り、出勤していない。 〔2019年12/27(金) 沖縄タイムス〕

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校長が児童に全治10日のけが負わす 「酔っているの」に腹を立て…校長が児童に全治10日のけが負わす 停職3カ月の懲戒処分 沖縄県教育委員会は26日、児童の頭を強く揺さぶり、全治10日間程度のけがを負わせた本島中部の小学校の男性校長(60)を停職3月の懲戒処分にしたと発表した。 県教委によると、男性校長は11月中旬にあった校外での課外活動で、バス移動中に騒いでいた別の児童を注意するため車内を移動した。その際に校長の足元がふらついていたため、当該児童に「酔っているの」と言われたことに腹を立て、前髪をつかみ大声で叱責(しっせき)しながら頭を揺さぶった。 児童は外傷性頸部(けいぶ)症候群のけがを負い、校長への恐怖心などから約1カ月にわたって不登校となったが、現在は登校しているという。 琉球新報社 〔2019年12/27(金) 琉球新報〕

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映画『尾崎豊を探して』 尾崎豊で人生が激変した人たち。結婚、ひきこもりからの“卒業”も… 映画『尾崎豊を探して』より C)2019「尾崎豊を探して」製作委員会 『I LOVE YOU』『15の夜』『卒業』-。時代と世代を超えて愛され、歌い継がれる不世出の歌手・尾崎豊。人気絶頂の1992年に26歳の若さで夭折し、没後27年経った現在もリアルタイム世代ではない若年層の心を捉え、新たなファンを生み出している。 映画『尾崎豊を探して』が12月27日(金)よりTOHOシネマズ新宿にて先行ロードショーされ、2020年1月3日(金)から2週間限定で全国公開される。

そんな尾崎に影響を受け、人生を激変させた生粋のファン3組が“私たちのOZAKI”を語りつくす。 <尾崎が結びつけた結婚。驚きの”歌碑ウエディング”とは> 安藤浩さん(42)& 留美さん(44)夫妻は尾崎をきっかけに知り合い、2015年にめでたくゴールイン。入籍は「嫁の人生で一番辛い日である尾崎の命日を少しでも和らげることができれば」という浩さんの思いで、尾崎の命日4月25日に入籍。当初は命日入籍を反対していた留美さんだったが「尾崎の命日に自分の結婚記念日を重ねれば、人生で最も辛い日に“嬉しい”というデータの上書きができる。4.25が泣くだけの日ではなくなりました」と浩さんの尾崎愛に救われた。

挙式は尾崎の誕生日である11月29日に行う予定だったが「尾崎ファンの友人たちに日程を報告したら“その日は歌碑(※東京・渋谷のクロスタワーに設置されている尾崎ファンの集いの場)に行くから参加は出来ない”と本気のトーンで言われて(笑)」と前日28日に繰り上げて挙式。 尾崎の誕生日の29日になった瞬間に横浜からウエディングドレス姿のまま歌碑に駆け付け、尾崎ファンに祝福されるという伝説を作った。「今思えば11月29日に歌碑の前で挙式すればよかった」という留美さん。ちなみに「尾崎ファンはパスワードを1129にしがち。個人情報流失に気を付けて!」と呼びかける。 <尾崎の歌で”脱引きこもり”。歌に生きる希望を見いだす>

元ひきこもりの栗山大輝さん(22)は、不登校に悩む中学時代に尾崎の歌に触れて、生きる希望を見いだした。「きっかけは不登校時代にテレビで観た尾崎のドキュメンタリー番組。まるで明日死ぬかのような勢いで歌っている姿に衝撃を受けました。『十七歳の地図』の“何のために生きてるのか解らなくなるよ”は当時の自分のこと。尾崎はギリギリで頑張っている。そこに励まされた」と共感。尾崎の『存在』を聴きながら受験勉強に励み「高校では皆勤賞をもらいました」と脱ひきこもりで人生を大きく前進させた。 <三世代で尾崎ファン。お腹の中で、尾崎の曲を聴いていた> 森田真美さん(55)、その息子・宇都裕也さん(26)& 美玖さん(25)夫婦、孫の陽暉くん(4)、月乃ちゃん(2)は3世代で尾崎ファン。真美さんは「世の中の大人がちゃんとしているとは思えず、常に社会に対して腹を立てていた19歳のとき、尾崎のアルバム『回帰線』に出会いました。共感しすぎるくらいに共感をして、自分の考え方や信念は変えないぞ!と誓いました。はたから見ると単なるファンだけれど、自分としてはファンではなくて同志という気持ち」と思い入れは強い。

真美さんは1992年4月30日に護国寺で行われた尾崎の追悼式にも参列。お腹の中には裕也さんがいた。裕也さんは「母の影響で生まれる前から尾崎の曲が日常にあって、ずっと流れていた」というが、本格的に尾崎に開眼したのは両親の離婚を経験した11歳の頃。「子供心に両親の離婚という状況は壮絶でしたが、逆にすべての人を受け入れて愛してみたいという気持ちが生まれました。それを歌っていたのが尾崎でした。亡くなってこの世にはいないはずなのに、僕の思いに共感してくれて驚いた。尾崎の歌は“もうダメだ!”と崩れそうになる時に心に染みわたる」と実感を込める。

その妻・美玖さんは裕也さんを通して尾崎ファンに。裕也さんがそうだったように「2人の子供(陽暉くん・月乃ちゃん)の尾崎との出会いは、夫と同じようにお腹の中です。夫が尾崎の歌を聴いたり歌ったりするので、子供たちも自然と覚えています」と尾崎のバトンが新しい世代にも受け継がれている。 <尾崎豊の”魂”は、時代を超えて紡がれている>  尾崎婚の浩さんも、リアルタイムではない新たな世代に尾崎の歌が受け継がれていく様を肌で感じることがあるという。「先日も歌碑を一人で訪れる女子高生の姿がありました。誕生日や命日にも毎年高校生くらいの若い人たちの姿がある。尾崎さんの音楽は思春期の年代や、大人になっても悩みもがいて生きる人たちにも響く。それはこの先も普遍的に変わらないはずです」と確信。時代が令和に変わっても、尾崎は迷い傷ついた人々に手を差し伸べる。 <取材・構成:石井隼人> 日刊SPA! 〔2019年12/27(金) 週刊SPA!〕

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桐野夏生×前川喜平 「若者の荒廃」に危機感…社会が抱える問題とは? 桐野夏生×前川喜平〈週刊朝日〉 前川喜平(まえかわ・きへい 左)1955年、奈良県生まれ。79年、文部省(現・文部科学省)入省。文部大臣秘書官、官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官などを経て2016年、文部科学事務次官。現在は、自主夜間中学のスタッフとして活動する傍ら、執筆など... 社会の歪みを鋭く切り取った小説を書いてきた作家の桐野夏生さん。長年、教育の中枢に携わってきた前川喜平さん(元文部科学事務次官)。ふたりとも昨今の事件に表れる若者の荒廃に、危機感を抱いているという。現代の深層にどんな問題が横たわっているのか。

【この記事の写真の続きはこちら】 桐野:2年前、『路上のX』(朝日新聞出版)という本で、親に棄(す)てられて居場所のない女子高生が街をさまよう状況を書きました。若い女性の貧困が問題視されて久しく、私自身もそれをテーマに作品を書いてきました。

最近気になるのが、若い男性の荒廃です。三鷹ストーカー殺人事件(2013年、トラック運転手の男性が元交際相手の女子高生にストーカー行為を繰り返した後に刺殺。この事件が誘引ともなり、リベンジポルノの関連法が成立)や、川崎市中1男子生徒殺害事件(15年、川崎市の多摩川河川敷で13歳の中学1年生の少年が殺害された上に死体を遺棄され、殺人の疑いで少年3人が逮捕)、東松山都幾川河川敷少年殺害事件(16年、埼玉県東松山市の都幾川河川敷で、16歳の少年が14~17歳の5人に殺害された後、死体を遺棄され、この5人が殺人の疑いで逮捕)。そうした少年の犯罪が後を絶ちません。

事件を起こした少年たちの背景を見ると、ほとんど学校に行っていなくて、ゲームとアニメ漬けだったりする。要するに本当のワルにもなれないというか、学校で落ちこぼれ、ワルの仲間でも落ちこぼれている。

一つの大きなほころびの中で、若い女性も男性もあがいているような感じがするんですよ。それは今、日本が世も末みたいな状況になっていることの表れなのではないか、と書くテーマを考えながら、いつも思うんです。

前川さんは、官僚の立場から教育の中枢である文科省におられた。こうした若者について、どんなふうに見ていますか。

前川:若者の荒廃を私も感じています。その根っこにあるのは、自分を信頼していないことだと思う。自分を信頼することを「自己肯定感」と言ったりしますけど、若者が荒廃するに至るには、子ども時代に問題があるんだろう、と思います。大切なのは、自分を認めてくれる人が、どれだけ子ども時代に周りにいるか。裕福な家に育ったとしても自己肯定感をなくしてしまう、ということもありますから。経済的なことだけじゃなくて、自分をきちんと認めてくれる人がいるのかどうか。 一方で、私が非常に危機感を抱いているのが、国全体として人を大切にしない政治がずっと続いていることです。それが若者の荒廃につながっている部分があると思います。

桐野:自己肯定感が子ども時代に確立できないということが政治の問題でもある、ということですね。

前川:今の政治は全体として人を大切にしていない。文部科学行政に長年携わってきましたが、人に関わる役所っていうと文部科学省か厚生労働省の二つなんです。だけど、この二つの行政は予算がずっと抑えられている。

文科省の管轄で言えば、学校はブラック職場と言われる状態ですし、児童相談所も質量ともに不十分。全体的に教育や児童福祉の世界で、国がかけるお金が少ない。今、保育士の処遇の低さがずいぶん問題にされていますけど、一向に改善されないですよね。保育士に限ったことではない、介護に携わる人もそうですし、人を大切にするために、人に接する仕事をしている人がもっと大切にされなきゃいけない。

それなのに、行政改革は人件費を削ることだ、というような考え方が一般的にさえなり、人はないがしろにされている。そういう政治が、もう30年ぐらい続いてきているんです。

桐野:保育や介護の人件費はずっと抑えられています。政府の発想の中にはどこか性差別的な意識が根底にあるのではないか、と思うんです。今や両親ともに共働きが普通で、昔ながらの性別で役割を分担する家庭が崩壊しているのに、政策は現状に全く追いついていない。なのに昔ながらの家族像が美しい、みたいなことが言われてますから、乖離(かいり)しすぎています。

前川:そのとおりなんです。厳しいお父さんと優しいお母さんがいて、お父さんが経済的な柱になっていて、お母さんは家の中のことをするのが仕事、という厳父慈母なんて言葉がありました。

今も標準家庭って言葉があるけど、政府が言っている標準家庭って全く標準じゃない。女性が働くのが当然だし、税制にしても家族制度にしても、様々な制度が古いモデルのまま。扶養控除を見直すべきだ、とずいぶん言われていますけど、それも見直されていない。 政治が時代に追いついていないんです。女性が従属的立場に置かれている、それが当たり前なんだ、という観念がずっと続いているんですね。

桐野:1997年に『OUT』という本で、弁当工場で働くパート主婦の話を書いたんですが、外国のメディアの人が取材に来ると、一番聞かれるのは「どうして夫はホワイトカラーなのに奥さんはブルーカラーなんだ」ということでした。夫婦が家の中で階層的に分断されている。そういう状況がなかなか欧米のメディアにはわからなかったみたいです。日本では家計補助的なパートタイマーをやる主婦が多い、と言うと、すごく驚かれたものです。

この20年で状況はもっと悪くなって、男性の非正規労働者もすごく増えたし、単身者が多くなって、非婚化が進んでいます。

前川:2015年に、安倍首相はアベノミクスの「新3本の矢」という公約をしました。そのうちの一つが少子化対策で「希望出生率1.8を実現します」というものです。なのにそれから出生率は下がり続けています。本当に子どもを産み育てやすい条件を作ったか、というと作っていない。

桐野:全くできてないですよね。今、少子化どころか無子化とも言われてますから。30代の若い女性に話を聞くと、苦労することがわかってるから「子どもは産まない」という人が多い。

前川:だとすると、生まれてくる子どもも望まれない形で生まれてくることが多くなるんじゃないか、と思う。それは子どもにとっても不幸なことですよ。

桐野:虐待も本当に多いですよね。最近やたらと目につく、男親の虐待は、なんで起こるとお考えですか。

前川:私もその心理は推し量りがたいところがありますけど、虐待する親は多かれ少なかれ、自分が虐待されてきた過去があると思う。自分を愛さない人は人も愛せないですから、自分を愛さない人が子どもも愛せなくなってしまうのでは。愛情深く育てられていれば、虐待なんて起こらないと思いますよ。 桐野:それはあるでしょうね。男親が虐待するのは自己承認欲求じゃないか、という声もあります。会社をはじめ、どこにも認められる場所がなくて、家庭の中で自分が暴力でもって支配するという構図で、自分の承認欲求を満たしていくんじゃないかという。

前川:確かにDVなんかの事件でよく聞かれるのは、家庭の外ではものすごく真面目で穏やかという評価なのに、家庭の中では豹変していたというケースですね。DVや虐待をする人は、自己承認欲求が外で満たされていない、ということじゃないでしょうか。

桐野:社会全体として、承認欲求が満たされる場というのがなくなっているんでしょうね。ネット社会で個人レベルの結びつきもなくなってきているし、そもそも共同体がなくなってきている、ということもあります。

前川:今、国会で答弁している役人を見ていると可哀想になってきます。あからさまなウソをつき続けなければならない状態に置かれていて、痛めつけられた反動で、家の中で威張りたくなって、事件を起こさないといいなと思いますよ。今の官僚は、自己承認欲求という意味では、全く承認されていない。強い権力のもとで、愚かなことだとわかっているのに、明らかなウソを言わされる。こういう構図は、政府だけでなくて、いろんな会社で生じていますよね。

桐野:これだけ政府に対して不信感がある状況ってすごい事態だと思います。役人時代の前川さんの座右の銘は、「面従腹背」だったそうですね。官僚のお仕事はお忙しいと聞いています。

前川:今、国会でウソをつかされている役人のように、馬鹿げたことで忙しいこともあるんですよ。一度ウソをつくと、それをウソで固めるという膨大な作業があります。国会中なんて、ずっとその作業をしていますよ。だから今、官僚を辞める人も増えています。中央省庁にキャリアで入っても、こんなところに長くいたくない、と。

桐野:政治や中央省庁がそんな状況なんですから、日本が悪い方向に向かうのも当然という気がします。 前川:だけど実は、こういう事態は日本だけじゃなくて、世界中で起こっているんじゃないかと思うんです。アメリカなど世界を見渡してみれば、強い力で抑えつけられている人がたくさんいますから。

桐野:最近の造語で、「不本意な禁欲主義者」を指す「インセル」という言葉があります。女性から蔑視されているせいで恋人ができない、と信じている男性を指す言葉で、その人たちがいろんな犯罪を犯しているという話があります。自分が禁欲しているわけじゃなくて、させられている。だからリア充の男女にものすごく嫉妬して、テロに近い犯罪を犯す。 恋愛によってパートナーを得て、パートナーによって自己承認欲求を満たすような恋愛像が崩れてきていて、恋愛できない若者が増えている。どこにも自分の自己承認欲求を満たすものがない。だから居場所がなくなる。それって結構リアルな実態なんじゃないかと思うのです。関係性から生じる怨恨ではなく、不特定多数への憎悪が犯罪につながっているんじゃないかと、嫌な予感がしています。 前川:子どもたちの実体験が少なくなっている、ということも、30年ぐらい前から指摘されています。ゲームとか今ではスマホの世界に入り込み、子どもたちが人と交流したり自然を体験したりと、かつてふんだんにあったはずの機会を、意図的に作らなければならなくなっています。ネット社会がどんどん進んで、ひきこもりも増えています。

>>【後編/「不登校は学校に責任がある」前川喜平が桐野夏生と考える教育問題】へ続く (構成/本誌・松岡かすみ) ※週刊朝日  2020年1月17日号より抜粋 〔2020年1/11(土) AERA dot.〕

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桐野夏生×前川喜平 「不登校は学校に責任がある」前川喜平が桐野夏生と考える教育問題〈週刊朝日〉 前川喜平(まえかわ・きへい 左)1955年、奈良県生まれ。79年、文部省(現・文部科学省)入省。文部大臣秘書官、官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官などを経て2016年、文部科学事務次官。現在は、自主夜間中学のスタッフとして活動する傍ら、執筆など... リアルな心理描写で社会の闇を浮き彫りにしてきた作家の桐野夏生さん。長年、教育行政に携わってきた前川喜平・元文部科学事務次官。ふたりは昨今の若者が抱える問題に危機感を募らせる。子どもの教育、不登校、貧困問題などをどう見るのか。

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【前編/「若者の荒廃」に危機感…社会が抱える問題とは? 桐野夏生×前川喜平】より続く *  *  * 桐野:ひきこもりの人たちは、どんなきっかけがあれば出てこられるとお考えですか。

前川:私はいま自主夜間中学のボランティアスタッフなんですが、ここには40代の男性で、十数年ひきこもりだった人がいます。ひきこもりを脱した直接的なきっかけはわからないですが、自主夜間中学があるということを聞いて、行ってみよう、という気になったみたいで。それで学校に来始めたら楽しくて、ずっと通い続けているんですよね。夜間中学には叱る人もいないし、変に介入する人もいないし、ありのまま素のままでいられるから、居心地がいいらしい。

こういう場所が、社会に一本立ちして出ていけるきっかけになるんじゃないか、と思うんです。

桐野:中学までの義務教育を十分受けられなかった人が世の中にたくさんいる、ということですね。

前川:ええ、理由として多いのは、貧困、虐待、不登校。貧困は年配の方に多いです。戦後、新制中学に通えなかったという人ですね。私がこの2年の間に友達になった人で、「セーラー服の歌人 鳥居」という人がいます。文学賞も取った素晴らしい歌人なんですけど、公式の場ではセーラー服を着ているんです。

私はペンネームの鳥居という名前しか知りませんが、この人は母子家庭で育って、小学校のときにお母さんが自殺して、児童養護施設で虐待を受けた。ホームレスだったこともある。そういった事情で中学へはほとんど行けなかったそうです。

彼女がなぜセーラー服を着ているかというと、中学校に行きたかった、今からでも行きたいんだ、という気持ちを表している。しかも、それは自分のことだけではなくて、中学校に行きたかったけど行けなかった人が世の中にたくさんいることを知ってほしいという。 桐野:学校に行きたくても行けなかった人がいる一方で、不登校も増えている。

前川:不登校に関しては、私は学校のほうに責任があると思うんです。今、学校がものすごく居心地の悪い場所になっている。例えば道徳が「特別の教科」として格上げになりました。教育勅語も安倍政権のもとで閣議決定まで行われていて、学校の教材として使っていい、ということになっている。さすがに公立学校で教育勅語を教材に使ったというケースは聞いていませんが、これから出てくる恐れはあります。森友学園の幼稚園では暗唱させていましたね。

とにかく上から抑えつけるような“押し付け道徳”が復活してきていて、全体のために自分を捨てることがいいことなんだという滅私奉公みたいな考え方が復活してきている。

桐野:軍隊や企業とか、組織に従順であれ、という教育ですよね。それが家父長制の家族に結びついて、全く今の状況と合わないのに、なんでそんなアナクロニズムなことをするんでしょう。

前川:私はやはり今の政権を担っている一人ひとりが、自己肯定感を持ってないからじゃないか、と思う。自分に自信がない人っていうのはより大きなものにすがろうとしますから、強い権力や大きな権威というものと一体化することによって、実態のない安心感を得ているんじゃないかと。

桐野:大きなものというのは、つまり日本人であることですとか、日本国であるというナショナリズムに結びつくわけですね。

前川:だからヘイト的になったりするんじゃないかと。

桐野:「企業の一兵士として、企業のために働け」という発想が今なお残っていることが、大人の自己承認欲求が満たされないことにつながっていると思います。だから家で威張るようになる。すごく問題を生んでいます。

子どもの貧困の対策は、どうなっているんでしょう。最近無償化されたのは、幼児教育ですか?

前川:幼児教育については昨年10月から始まり、今春から大学の一部でも始まります。ただね、この安倍内閣の幼稚園と大学の無償化については非常に問題があると思っています。幼児教育を無償にするお金があるんだったら、まずは保育士と幼稚園教諭の待遇を良くしないと、あの人たちも結婚して子どもを産むことができません。 桐野:順番が違いますね。

前川:しかも貧困家庭の場合には、もともと保育料全額免除制度があったから、無償化でメリットが増えるわけじゃない。それに無償というのは全員タダになるわけですから、大金持ちの人もタダになる。つまり貧困層には恩恵がなくて、富裕層には恩恵があるわけですから、むしろ格差を広げているんですよ。

桐野:今の状況が少しでも良くなればいい、と思うのですが、物書きはただ見て、そこに生きている人を書こう、と思うだけです。それにしても、暗いテーマしか思いつかないですね。

前川:それでも、ぜひ書いていただきたい。時代を直視する、ということは大事なことだと思います。政治家が見ている世界は、まだ「標準家庭」が残っているごく一部の世界だと思う。

もっと実態を知らないと、社会を良くすることはできません。多くの人たちが見えない部分を見えるようにしてあげるということは大事だと思う。そういう意味でも、桐野さんの本を読んでもらわなくちゃいけない。安倍さんにも読んでもらいたいですよ。

桐野:ありがとうございます。私は書くことしかできないので、これからも書き続けます。若い男性の荒廃をテーマにした小説を、まもなくこの週刊朝日誌上で始めます。

前川さんの2020年の目標は何ですか?

前川:「アベと共に去りぬ」。今、各地の講演に呼ばれて“フーテンの寅さん”みたいな生活をしているんですが、私の話を聞きたい、という人には、今の政権が好きじゃない人たちが多い。安倍さんが退陣すれば、もう私を呼ぶ必要もなくなりますから(笑)。 (構成/本誌・松岡かすみ) ※週刊朝日  2020年1月17日号より抜粋 〔2020年1/11(土) AERA dot.〕

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eスポーツ eスポーツで不登校を克服 大阪の通信制高校 授業でコンピューターゲームを行う生徒ら。eスポーツが希望になっているという=大阪市北区(宇山友明撮影) ゲームで社会性を身に付け、不登校を克服しよう-。大阪の通信制高校がコンピューターゲームの腕前を競う「eスポーツ」を通じ、不登校や引きこもりになった生徒らの社会復帰を後押ししている。eスポーツを学ぶ新たなキャンパスも昨年4月に開校。悩みを抱えた生徒らの入学希望が増加し、関係者は「eスポーツが生徒らの希望になっている」と話している。 「ナイスナイス!」「ドンマイ、まだいけるよ!」。ゲーム用の高性能パソコンが40台並ぶ、ルネサンス大阪高等学校の新施設「梅田eスポーツキャンパス」(大阪市北区)。チームに分かれてeスポーツに打ち込む生徒らは、互いに声を掛けながらゲーム攻略に夢中になっていた。中には、いじめや人間関係が原因で、過去に不登校や引きこもりになった生徒もいる。 同校が全国の高校で初めてのeスポーツコースを開設したのは、一昨年4月。昨年には新キャンパスができ、悩みを抱える生徒の入学希望が増加。来年度は定員の3倍以上の応募が寄せられており、オープンキャンパスや授業見学に訪れる生徒や両親も後を絶たない。 現在、コースに通う生徒は1~3年の計約50人。授業は週2回で、教材となるのはeスポーツに採用されている戦略ゲームや格闘ゲームだ。中でも授業で扱われる頻度が高いのが5対5のオンライン対戦ゲーム。キャラクターを操作して陣地を取り合うゲームで、チームワークを駆使して戦うことが求められる。このため、eスポーツを通じてコミュニケーション能力や協調性など日常生活に欠かせない社会性を身に付けることができるという。 また、同校ではeスポーツの授業と並行して英会話や心理学の授業も実施している。 生徒らもeスポーツを通じて積極的に登校するようになるなど、少しずつだが立ち直り始めている。中学1年時に人間関係が原因で引きこもりになった大阪府東大阪市の男子生徒は「人間関係を構築するのが苦手だったが、人と関わる楽しさを知った。引きこもりのときのストレス発散の道具で逃げ道でしかなかったゲームが、今では自分の希望」と説明する。いじめが原因で1年半以上不登校だった兵庫県川西市の女子生徒は「大学に進学するか、eスポーツに関わる仕事に就くために専門学校に行くか。毎日わくわくしながら悩んでいる」と目を輝かせた。 同校の福田和彦部長は「生徒らにはeスポーツで自信を取り戻してもらい、将来は社会で活躍する人間に成長していってほしい」と話している。(宇山友明) 不登校や引きこもりの社会復帰を後押しする一方、eスポーツは過度なプレーが未成年者のゲーム依存を助長する危険性があるとも指摘されている。昨年5月には世界保健機関(WHO)が「ゲーム障害」を疾病と認定。普及に向けて逆風が吹く中、ゲーム依存を防止するための研究を行うeスポーツ団体も現れた。 昨年7月に関西の学生らで結成された「学生e-sports連盟」は、大学間の大会を企画する一方、京都大大学院医学研究科の村井俊哉教授の協力を受けながらゲームによる健康被害についての研究を実施。ゲーム依存を未然に防ぐ方法と、依存症を発症している未成年者が社会復帰をするための手段が現在の研究テーマだ。今後はゲーム障害を予防するための制度設計にも取り組む予定で、小澤行央副理事長は「eスポーツがネガティブなものに捉えられないように、研究を進めていきたい」と話した。 〔2020年1/11(土) 産経新聞〕

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N高からプロゲーマー「まりも」こと井上瑞貴 eスポーツ選手権 N高「まりも」さんがリベンジ導く 前年は不完全燃焼「リーダーになる」 リーグ・オブ・レジェンド部門で優勝して喜ぶN高の「まりも」こと井上瑞貴さん 2019年12月に東京都内で開かれた第2回全国高校eスポーツ選手権(毎日新聞社など主催)の決勝大会。N高のメンバーとして出場した「まりも」こと井上瑞貴さん(17)は、エースとしてチームをリーグ・オブ・レジェンド(LoL)部門の優勝に導いた。ベスト4止まりだった前回のリベンジを果たし、参加119チームのトップに立った。 N高がクラーク記念国際秋葉原を破り初優勝 高校eスポーツLoL部門 もともとクラスを盛り上げるような性格だったが、中学1年の終わりごろにふとしたきっかけで友達が離れていき、不登校に。そこで熱中したのが、小学5年で始めたパソコンゲームだった。通信制のN高を選んだ理由も「ゲームに時間を割きたかった」からだった。 N高に入った18年は、五輪公認大会が開催されるなどeスポーツが熱を帯び始めていた頃。部活動は「eスポーツ部」に入り、世界的に人気が高く、5人と5人で対戦する陣取りゲームのLoLにのめり込んだ。同じ部のメンバーとチームを組み、19年3月に開かれた第1回大会のLoL部門決勝大会に挑んだ。 大会前には「あまり練習をしなくても優勝できる」と自信があった。LoLは1人でもプレーができ、メンバーはいずれも1人プレーで高い平均点をたたき出していたからだ。しかし、大会ではメンバー同士の連携がうまくいかず、準決勝で敗れた。「不完全燃焼だ」と悔やんだ。 第2回大会に向けて、チームのリーダーになろうと自ら手を挙げた。うまくまとめられるか怖かったが、何よりリベンジを果たしたかった。1人でプロを目指すアマチュアのチームに加わり、5人で勝つための武者修行を積んだ。 以前は両親から「ゲームばかりして」とあきれられていたが、今は応援してくれている。現在は2年生で、父親と将来について「高校卒業までにプロゲーマーになる道が開けなかったら、プログラミングの専門学校に進んでゲームクリエーターを目指そう」と話し合っている。 プロゲーマーへの道は険しいかもしれない。それでも今は「人より得意なものが見つけられた」という充実感にあふれている。【竹下理子】 〔2020年1/12(日) 毎日新聞〕

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養育費 娘が進学校をやむなく退学、43歳女性に立ちはだかった養育費2万円の壁 離婚に伴い問題となる「養育費」 昨年12月23日、多くのメディアで、「養育費の算定式が新しくなる」というニュースが大きく報じられましたが、あなたの耳にも入りましたか。 例えば、父の年収が700万円、母が300万円、子ども1人(14歳以下)の場合、今までは月5万円でしたが、これからは月7万円と、月2万円増える計算です。父の年収が800万円、母が100万円、子ども2人(1人は15歳以上、1人は14歳以下)の場合は、今までは月13万円(2人分)でしたが、これからは月15万円と、やはり月2万円増えます。 「月7万円を20歳の誕生月まで」 ほとんどの場合、子どもは父親ではなく母親が引き取るため、大半の母子家庭では養育費を月2万円上乗せできると考えてよいでしょう。今までも、算定表という根拠があれば、夫は「裁判所のルールなら仕方がない」という感じで渋々、首を縦に振ることが多かったのですが、これは新算定になっても変わらないでしょうから、新算定表による増額分は机上の空論ではなく、実際にもらえる金額だと期待してよさそうです。 これは夫婦が離婚する場合だけでなく、未婚出産(できちゃった婚をするつもりが途中で別れた)や不倫出産(相手が既婚者なので結婚できない)で婚外子(夫婦ではない男女の間の子)の養育費を決める場合も使うことができます。 今回紹介する相談者は多胡桃さん。桃さんは3年前、当時の夫と離婚、一人娘(杏さん)の親権は桃さんが持ち、養育費は「毎月7万円を20歳の誕生月まで」と決まりましたが、これは当時の養育費算定表通りの金額なので、桃さんにとって有利でも不利でもありませんでした。 しかし、離婚から3年後、市内で偏差値上位の高校に入学した娘さんは1年生の冬に不登校の状態に陥り、わずか1年で自主退学。現在はどこの学校にも通わず、フリーターとして働いています。せっかく進学校に合格した娘さんの学歴は中卒で止まってしまったのですが、すべての原因は「養育費は足りないこと」でした。一体何があったのでしょうか。

<家族構成と登場人物(すべて仮名)、属性・年収は変動なし> 多胡桃(離婚時40歳、現在43歳)、派遣社員(年収250万円)※今回の相談者 大家雅也(同43歳、同45歳)、会社員(年収900万円) 多胡杏(同13歳、同16歳)、中学生→高校退学

家庭環境から娘が問題行動、それでも進学校へ 「リビングのテーブルの上に、5冊の節約本が置かれていました」 桃さんは夫との結婚生活をそう振り返りますが、娘さんが中学に入学するとき、準備金として20万円が必要なので、夫にお金を出してほしいと頼んだそうですが…5冊の節約本は「もっとやるべきことがあるだろ?」という夫からの無言のプレッシャーでした。 夫が家計に口を挟むのはこのときが初めてではなく、そのたびに、桃さんは出費を切り詰めてきたので、これ以上削るお金はありませんでした。当時、結婚生活は15年目。多少の蓄えはありそうですが、桃さんいわく、家族の貯金はゼロだった模様。なぜでしょうか。 桃さんの手取りは月18万円ですが、これはすべて生活費として使い果たしていました。夫は「お前が稼がないからしょうがないな」という感じで、桃さんの給料では足りない分だけお金を渡すというスタイルでした。 例えば、娘さんが中学に入学する前月、夫が入れた生活費はわずか3万円でした。夫の年収は900万円なので、月3万円しか払わなければかなりの金額が自由になる計算で、貯金を考えれば、準備金の20万円は大した金額ではないはずです。 しかし、夫は「20万円ぽっちもためていないのはお前が悪い!」と言い放ち、生活費を一切追加しようとしなかったので結局、桃さんが週末に日雇いのアルバイトをして、20万円を補填(ほてん)せざるを得なかったのです。せめて、義務教育を終えるまでは両親そろった家庭を維持するのが親の務めだと思い、桃さんは我慢に我慢を重ねてきたそうです。

夫婦の間にほとんど会話はなく、会話をしようものなら、夫が意味不明な持論で論破し、妻はただただ涙を流すだけ…娘さんは、そんな劣悪な家庭環境の中で暮らしていたので、性格の形成や情緒の安定に難があるタイプに育ったのです。 「先生、のだめカンタービレを知っていますか? 娘はのだめちゃんにそっくりなんです!」 桃さんはため息交じりにそう言いますが、例えば、「コンビニに行く」とうそをつき、夜の9時まで戻ってこない、桃さんの財布からお金を盗み、ゲームソフトを買ってくる、桃さんのクレジットカードを使ってスマホゲームに課金する。それらを問いただされると「だから何なのよ!」と大声を上げ、仏壇のろうそくをばらまき、ボヤ騒ぎを起こす。 そんなふうに、家庭の不和のせいで娘さんが問題行動を起こすようになったのです。一方で、学校の勉学は優秀で学内トップクラスの成績でした。桃さんは娘さんが13歳のときに夫と離婚したのですが、娘さんの部屋はなく、勉強机はリビングのテーブルでした。とても勉強に集中できる環境ではないのに、高校受験は進学校を受験し、合格したそうです。 同級生は全員、大学受験用の塾に通っており… 桃さんは、守銭奴の夫が途中で難癖をつけて養育費の支払いをやめることが予想できたので、養育費の約束を公正証書に残したのですが、離婚1カ月目から振り込まれていないのは予想外でした。 公正証書があれば、元夫の給与を差し押さえるための申し立てをすることが可能です。差し押さえが成功すれば、職場は元夫へ給与を支払う前に直接、桃さん(または娘さん)の口座に養育費の未払い分を振り込んでくれます。いわゆる給与天引きが可能で、しかも、一度手続きを踏めば、最終回(今回は20歳)まで自動的に天引きされるので便利です。 桃さんは、元夫の給与を差し押さえることで安定的に養育費を手に入れることができたのですが、今度は養育費が足りないという別の問題が発生したのです。 学歴が「専門学校卒」の桃さんは知らなかったのです。娘さんの高校は進学校とはいえ、大学受験対策は高校の授業だけでは不十分だということを。同級生は1年生のときから受験用の塾へ通っており、娘さんも同じように通いたかったのですが授業料は少なくとも毎月3万円。桃さんの収入と元夫からの養育費では無理な金額でした。 しかも、所得制限を超えており、児童扶養手当(一人親家庭に支給される手当)が望めないのでなおさらです。もちろん、中学入学時のように桃さんが週末に副業をするという選択肢もありますが、桃さんは長年の過労がたたり、肝機能障害を患っていました。少しでも無理をすると倒れて寝込んでしまうありさまで、自力で何とかするのは不可能でした。あとは、元夫に養育費を増額してもらうしかありません。 本来は親権者である桃さんが直接、元夫を説得すべきですが、結婚生活の出来事がトラウマになっており、元夫の存在を思い出すだけで頭は真っ白になり、手は震え、汗ばんでくるので、LINEを一通書くのも無理な状況でした。 そこで、娘さんが桃さんになりかわって夫にLINEを送ったのですが…いまだに給与差し押さえの件を根に持っているようで、「お前らのせいでクビになりそうだぞ! 話は天引きをやめてからだ!!」と逆上したり、受験事情には無知なのに、「東大受けるんだろ? そうじゃなきゃ○○高校に行った意味がない!」とまくし立てたり、「そんなことより俺とデートしようぜ!」と酔っぱらった感じで思春期の娘さんへセクハラまがいの暴言を吐いたり…。 娘さんは、ただでさえ情緒が不安定で他の子より傷つきやすいのに、実の父親から罵声を浴びせられたら平静を保つのは無理です。結局、元夫を説得できず、養育費の増額が実現できないどころか、娘さんの心に永遠に消えないだろう傷が残る結果に。同じクラスで塾に通っていない生徒が娘さんだけという状況で、娘さんは次第に学校から足が遠のいたのです。 通信制にも希望を見いだせず、高校退学を決断 娘さんは、金銭的に苦しむ桃さんを助けたい一心でアルバイトを始めたのですが、進級に必要な単位が足りず、このままでは留年せざるを得ません。桃さんはそれでも、高校を卒業させてあげたいので、授業料を払えそうな通信制へ転入を提案したのですが、大学進学が絶望的な通信制に希望を見いだせず結局、高校を退学する決断をしたのです。 ところで新算定表によると、離婚時(13歳)の養育費は毎月9万円が妥当な金額です。桃さんの場合(月7万円)より2万円多ければ、娘さんは塾に通って大学へ進学し、正社員として就職する道が開けていたのでは、と残念でなりません。 もちろん、算定表は14歳以下、15歳以上で金額が分かれています。娘さんは離婚時13歳、相談時16歳でした。旧算定表でも、13歳時の養育費は月7万円、16歳時は月9万円が妥当な金額です。 法律上、事情変更による見直しは認められているのですが(民法880条)、桃さんのように、精神的な理由で元夫へアプローチできないケースも多いです。途中で増額するのが至難の業なので、離婚時、どのような金額を設定するのかが極めて重要で、今回の改正で救われる一人親、そして子どもが増えることを願うばかりです。 なお、「うちは子どもがいないから関係ないでしょ」と人ごとのように素通りするのは危険です。今回、養育費算定表だけでなく婚姻費用算定表も改定されました。婚姻費用は、別居中の夫婦の生活費のことです。例えば、夫の年収が900万円、妻が専業主婦の場合、今までは月13万円でしたが、これからは月15万円なので、子どもがいないのに月2万円増額されています。 報道では増額の理由として、「子どものスマートフォンの普及」「子どもの教育費の増加」を挙げています。なぜ、子どもがいない家庭でも増額されたのか定かではありませんが、いずれにせよ、子連れの妻だけでなく妻がもらえる金額も増えたのは確かなのです。 露木行政書士事務所代表 露木幸彦 〔2020年1/13(月) オトナンサー〕

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眠っている才能 【特集】不登校児たちに「眠る才能」…引き出されたのは何故?異才発掘に挑む東大教授 約43万人。 これは不登校、もしくは学校生活に馴染めない中学生の数です。 なかには障害のためになじめなかったもののあるきっかけで眠っている才能が開花した子どもたちがいます。そこにはどんな秘密があったのでしょうか。 カンテレ「報道ランナー」 読み書き困難で不登校…今や青年実業家 自由自在にドローンを操る高梨智樹さん。 17歳で日本チャンピオンになり、翌年、ドローンで撮影をする会社を起こした「青年実業家」です。 実は高梨さん、ある障害と診断されていました。

【高梨さん】 「書くのほとんど書けなくて、自分の名前もひらがなで書くのが精いっぱいなんです。読む方は『こんにちわ』とか、一言ぐらいなら読めますよ」 読み書きが困難なディスレクシアという発達障害です。 高梨さんが参加したのは毎年京都で開かれているATAC(エイタック)カンファレンスという研究会。

カンテレ「報道ランナー」 学びや生活に困難を抱える子供や親を支援するための技術や子供の才能を引き出した実例などを紹介してきました。 【中邑教授】 「パソコンやスマホ使って大学入試受けたっていいじゃないか」 カンテレ「報道ランナー」 研究会の中心人物はこの人。東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授です。 【中邑教授】 「道具はいっぱい持ってますよ」 そういって紹介してくれたのは、タッチすることで教科書を読み上げてくれるリーディングペンという道具。

【中邑教授】 「こんなもんがあるなんて信じられないでしょ」 中邑研究室では、子供たちにデジタル教材など「読み書き」を補うツールを紹介。学校にも「合理的配慮」としてツールの使用を認めさせることで子供たちの学びを取り戻してきました。

カンテレ「報道ランナー」 【中邑教授に支援された母親】 「なんというか、神様というか。支えてもらいました。枠から外れたっていいじゃないかという安心をもらったりとか。外れてること楽しもうよと」 小学生の時読み書きができないことのストレスで不登校になった高梨さん。 中学で中邑教授と出会ったことをきっかけに発達障害の診断を受け、「代読してもらう」という「合理的配慮」で高校受験に合格しました。

カンテレ「報道ランナー」 【高梨さん】 「今までそれがあって不自由あって出来なかったことが不自由じゃなくなったのでできるようになった。できるようになったら、周りの人より行動力あって本気になればちゃんとやれる。他の人と比べなくなったのも大きい。その人はその人、僕は僕」 子供の特性を生かす、異才発掘プロジェクト 今年の研究会には料理研究家の土井善晴さんも参加しました。 カンテレ「報道ランナー」 食材そのものの良さを引き出す土井さんの料理哲学に中邑教授も相通ずるものを感じていました。 【中邑教授】 「今、子供を見てるだろうか?子供を愛せるかどうかが思い通りの学校に行ったかとかそういうことだけになっていないだろうか?やはり子供には子供の、食材には食材の強さがある」

【土井さん】 「そのままのよさがあるからね。すでにいいんです」 【中邑教授】 「子供には子供の良さがあり強さがある」

子供の特性が生かされることを目指して、中邑教授が6年前に始めたのが異才発掘プロジェクトRocketです。 普通の学校では学べない様々なプログラムを作り最先端で活躍する人達を講師に招いてきました。参加している子供たちの約3分の1は学校には行っていません。 この日、研究会の会場の一角ではRocketの子供たちの作品が展示されました。

【中邑教授】 「どうお客さん?みんな見てくれてる?」 京都府南丹市に住む吉田悠太君。小学1年生の秋、教室で聞こえる話し声が耳の中でぐちゃぐちゃになり学校に行けなくなりました。 4年生の時、ロケットの説明会に参加して初めて、両親は不登校の悠太君を認めることができるようになりました。

【悠太君の母・和美さん】 「周りから認められなくてもこの子を見守れる気持ちが沸いたというか。それまではどうしても『学校行かさないと』と自分も思うし、周りも言うし。すごく苦しかったんで」 好きをとことん突き詰める 中邑教授から言われた言葉は「好きなことをとことん突き詰めること」。

悠太君が突き詰めているのは模写と版画。 気づけば一日十時間以上も没頭していることがあります。 【悠太君の母・和美さん】 「悠太、きりの良いところでお昼」

【悠太君の父】 「全然反応ないわ」

【母・和美さん】 「ちょっとびっくりして、なんか才能あるんかもと」

人の話し声が嫌いで教室に入ることもできなかった悠太君。 版画を作り、ロケットに参加してからは、一人で東京に行き、人前で発表できるようになりました。

カンテレ「報道ランナー」 【悠太君】 「変わった?」

【母・和美さん】 「緊張したら顔面蒼白になるとことか」

【悠太君】 「なんで変わったんやろうな」

カンテレ「報道ランナー」 変わるべきは子供か、社会か 悠太君は今、プロの彫師に弟子入りし、本格的な修行を始めています。

カンテレ「報道ランナー」 【中邑教授】 「人と違ってもいい。俺は俺で堂々と生きるという、変わった子供たち、ユニークな子供たちが、つぶされず育つ世の中を作れば、20年後、30年後面白い社会がくると思ってやってるだけのことなんですよ。気の長い話ですよね。本当かどうかもわからない話。だけど必ずそうなる。なぜかといえば、人間はやりたい方向に伸びていくのが一番力を発揮できるからです」 変わるべきは子供なのか?   それとも社会なのか?

眠っている才能はまだまだ沢山あるのかもしれません。 カンテレ「報道ランナー」2020年1月7日放送より カンテレ 〔2020年1/12(日) 関西テレビ〕

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ひきこもり青年の「恩返し」 母からの束縛、不登校、ひきこもりを乗り越えて国家資格を取得した青年の「恩返し」 現在、全国に100万人いると推測されるひきこもり。近年、中高年層が増加しており、内閣府は今年初めて、40歳以上が対象の調査結果を公表した。一般的には負のイメージがあるひきこもり。その素顔が知りたくて、当事者とゆっくり話してみたら……。 城田純一さん(仮名=28)のケース 城田さんは明るい笑顔が印象的な、なんとも爽やかな好青年だ。過去に不登校やひきこもりの時代があったとはとても思えない。彼は現在、あん摩マッサージ指圧師の国家資格をもって仕事をする一方、障がい者施設でのボランティアや、ひきこもり当事者をサポートする活動を熱心におこなっている。 「自分が楽しいからやってるんです」 そう言って、障がい者の子どもたちと一緒に行ったキャンプの写真を見せてくれた。城田さんも子どもたちも笑顔が弾けていた。 乳がん末期の母から束縛を受けて 城田さんは1歳違いの兄と妹にはさまれた次男として、両親のもとに育った。母の様子がおかしくなったのは、小学校中学年のころだ。 「母がものすごくヒステリックになって、家庭の雰囲気も一気に暗くなりました。僕たち子どもに当たり散らす、物を投げる。父は昔かたぎのまじめで寡黙(かもく)なサラリーマンで、何かあると母を介して子どもに言うんです。直接、父と話したことはあまりなかった」 母が変わったのは、乳がんを患ったせいだった。最初からすでに「末期」と告知されていたという。幼い子どもたちを抱えて命の期限を知らされ、平常心ではいられなかったのだろう。小学生の子どもたちに母の心情は理解できなかったに違いない。 「もともと母は、継母から虐待を受けていたらしいんです。そんな母を守ろうと結婚した父だけど、父自身も事情があって親戚に預けられて育った人。お互いに相手を理解はできるけど補完しあうことはできなかったのかもしれません。ふたりとも親にはなったものの、子どもの愛し方もわからなかったのでしょう」 そんな彼の唯一のストレスの捌(は)け口は、地元のサッカーチームでプレーすることだった。それも最初は母に反対され、父に懇願してやっと始めることができたのだという。 「母は束縛の激しい人でしたね。病気でそうなったのか、もともとなのかはわかりませんが。僕がサッカーをやりたいと言ったときも、“危ないからダメ” “ゴボウみたいにやせてるおまえには向いてない”とか、さんざん言われました。チームに入った最初の日に僕の紹介もかねてみんなで地元のとんかつ店に行ったんですよ。それでちょっと遅く帰宅したら、玄関先でいきなり母に殴られて正座させられて説教。まったく言い訳を聞いてくれなかった」 友達が家に遊びに来たとき、母がお煎餅を投げつけてきたこともある。おそらく友達ができて息子の世界が広がっていくことを嫌がったのではないかと城田さんは言う。 友達と公園にいると、「何ほっつき歩いてるの」と怒って連れ戻しに来ることもあった。 「おまえのかあちゃん、ヤバいな」と友人に言われて、幼いながらもメンツが丸つぶれになるような惨めな気持ちにもなった。こういうことが子どもの性格や友人関係に、意外と大きな影を落とすことはあると思う。 家庭でのことはともかく、サッカーがあるから学校や地域では活発な少年だった。ところが中学2年のとき、サッカーで足をケガし、無理を押して続けていたところ、腰椎椎間板ヘルニアになってしまう。中学時代は部活と地域のクラブチーム、両方で活動していたが、どちらもやめざるをえなかった。 「なんとかなるだろうと思っていたのですが、痛みがひどくてどんどん動けなくなっていって。手術という選択肢もありました。でも怖くて踏み切れなかった」 サッカーをあきらめたことで友人との接点も少なくなった。そのころから城田さんに異変が起こる。動悸(どうき)、冷や汗、そして突然、目の前が真っ白になる現象が起こり、教室で座っていることができなくなったのだ。身体に何が起こっているのかわからず、病院を転々として検査を受けたが、内科的な異常は見当たらない。だが、教室に入ろうとすると腹痛がひどくなる。結局、保健室登校となり、テストも保健室で受けた。 「不思議なんですが、母は僕がケガをしたことにはほぼ無関心でした。サッカーをやめたり保健室登校になったりしたことにも大騒ぎしなかった。自分のテリトリーに僕が戻ってきたと思ったのか、そのあたりはわかりませんが」 誰とも話さない生活を2年以上 高校は推薦で入学できたが、心身の不調は続き、夏前に通えなくなった。夏休み明けには学校へ行くふりをして、近所の公園で本や雑誌を読み、下校時間に帰宅していたのだ。 学校から登校していないという連絡を受けた母は、受話器を置くなり彼を殴りつけた。 「どうして親を悲しませるようなことをするの、と言われて、“心身ともにつらくて通うのは無理”と言いました。そこからはよくある攻防戦(笑)。朝になると母が布団を剥がしにくる、僕は放っておいてくれと布団の中で丸くなる」 どんなに言われても学校へは通えなかった。自室から出たくもなかった。誰とも関わりたくないと心底思っていたという。 「親がせめて通信制でもいいから高卒の資格を得てほしい、社会とつながりをもつためにアルバイトしてほしいと言ってきました。外に出られる自信はなかったけど、自分のルーティンを作ろうと決意したんです。布団にこもっているかゲームをしているかの生活で、学校に行けない情けない自分と直面するのがつらくなっていたのかもしれない」 週に3回、夜、飲食店でアルバイトを始め、9月末には学校を辞めて通信制高校に編入した。ただ、バイト先でも人間関係は築けず、家にいる時間はひたすらゲームに逃げ込んだ。 「バイト先が最寄り駅から2駅だったので通えたんです。それも帽子とマスクで完全武装していました。小中学生のときの友人のお母さんに会うのも、近所の人に心配されるのもイヤだった。そんな生活をしていると、学校で会う人って友人だと思っていたけど、実は環境が一緒だっただけで、僕には気の合う友達なんていなかったんだ、とまた虚(むな)しい気持ちになって……」 アルバイト代はゲームや本に消えていく。家庭でもバイト先でも、ほとんど誰とも話さない生活(社会的ひきこもり)を2年以上、送っていたが、高校3年生になると、さすがにこのままひきこもっていていいのかと考えるようになった。 ヒステリックな母を変えた先生 「その少し前くらいから、母の身体の状態が緩和されたようで性格も穏やかになっていったんですよね。それが整体の先生のおかげだったようなんです。その先生が来ていたのは知っていました。母がイライラして僕に八つ当たりすると、“子どもにそんな態度をとってはいけない”と言ってくれたこともあったけど、僕はいつも先生を無視して自室にいたんです」 だが、ヒステリックだった母を変えた先生に、心身不調な自分も診てもらいたい、いろいろ相談したいと思ったのだという。実際に診てもらうと、かつて痛めた腰の不調も言い当てられた。体調や精神状態についても親切に説明し、相談にのってくれた。 「先生は前から僕に気さくに声をかけてくれていたのに、僕はいつもシカトしてた。それでも親切に対応してくれたので、思わず人生で初めて土下座しました。申し訳ございませんでした、と。先生は“きみは悪くないよ。お母さんも病気でつらかったんだと思う。きみもよく耐えてきたね。お母さんは本当はきみのことをとても愛してるんだよ”と言ってくれたんです。信頼できる人に初めて会えたと思いました。それで弟子にしてもらおうと思ったんです」 だが、その先生は弟子をとらないという。むしろ一緒に勉強しようと誘われて勉強会に参加するようになった。「この子はプロになりたいみたいだから」「素直でやさしい子だよ」と集まった人たちにも紹介してくれた。不器用で愛し方のわからない両親は、そんなふうに褒めてくれたことがなかったから、彼は心癒され、自分もあん摩マッサージ指圧師になろうと決めた。 父に専門学校に行きたいと打ち明け、試験を受けて国家資格を受けることができる学校に入学した。19歳のときだった。 「昼夜逆転の生活をしていたのでつらかったけど、朝早く起きて週に6日、学校に通いました。これからは人間関係も大事にしなければいけないと心に決めて、顔を合わせると“おはようございます”と元気に挨拶もして。最初は声が出なかったし、挨拶したあと話が続かなくて困惑したりしましたけど、だんだん慣れていきました」 その専門学校の最初のテストで、彼はクラスでいちばんになった。国家資格を取るには解剖学や生理学、臨床医学まで幅広く学ばなければいけない。彼は必死に勉強した。そしてトップになった。それが自信を生んだ。 「プロになると決めたから覚悟ができたんですよね。やりたいことが見つかった。クラスでいちばんになったら、勉強を教えてと言ってくる人が現れた。教えることで、自分が人の役に立てることがうれしかった。一緒に勉強を頑張っていく仲間ができたのも楽しくて。カラオケにも初めて行きましたけど、人前で歌うのは案外、楽しいなと思えて」 愛することに不器用な母を許せた  専門学校2年生のころ、穏やかになったと思った母が徐々におかしくなっていった。裸足で家を飛び出したり、近所のカフェのキッチンでうずくまり、「長男が来なければ出てこない」と言い張ったり。 「父は母が出ていかないようリビングで寝ていたんですが、母は夜中に窓から出ていってしまう。裸足で寝間着のままタクシーで羽田空港へ行ったこともありましたね。警察によると外国人に話しかけまくっていたらしい。父に対しても名前を呼び捨てで呼んでいました。 病気の影響もあるかもしれないけど、僕は母が“なりたい人格”になったんじゃないかと思ったんです。だから僕も母を名前で呼んで“今日の料理はうまかったよ”と、恋人に接するようにしていたんです。母はうれしそうでしたね」 人格が変わったのは3か月ほどの期間だ。ある夜、リビングでテレビを見ていた城田さんのもとに、母は熱い味噌汁を置いて「ごめんね」と言った。その瞬間、彼の中ですべてが氷解し、愛することに不器用だった母を許せたという。母はその2週間後に亡くなった。 「母自身も、すべてから解放された3か月だったんじゃないでしょうか。亡くなった顔はとてもきれいでした」 その後、城田さんは専門学校を卒業、国家資格にも受かってあん摩マッサージ指圧師として仕事を始めた。この1年ほどは障がい者施設でのボランティアと並行して、一般社団法人トカネットのメンタルフレンドにもなっている。不登校やひきこもり当事者の「友人」として一緒に遊んだり話したり、ときにはその子の行きたいところへ同行したりする活動だ。

「会って話したり本を読んだり。徐々に外に出られるようになって一緒にサイクリングをすることもあります。こういうときもマッサージの資格が役立つんですよね。調子が悪そうだったら施術することもできますから。 “その時間に仕事をすればもっとお金になるのに”と言う人もいるけど、僕はつらかったときに整体の先生に助けられた。だからその恩返しをしたいんです。かつての僕のように苦しんでいる子や社会的に弱い立場にいる人の助けになりたい」 身体を整えると心も前向きになることがあると、彼は実体験から学んだ。だから苦しむ人たちの身体と心をケアしたいと真摯(しんし)に語る。 もっと福祉を学びたいと考え、現在は通信制大学で社会福祉も勉強している。つらかった10代を跳ね返すように、明るい笑顔で城田さんは今日も仕事にボランティアに飛び回っている。マイナスをプラスに変える力強さ、自分から学び取るたくましさを、彼はもがきながら手にしたのだ。

文/亀山早苗(ノンフィクションライター) かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆 〔2020年1/12(日) 週刊女性PRIME〕

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コミュニティハウスひとのま 悩み抱えず相談して 高岡「コミュニティハウスひとのま」開設10年 ■引きこもり 親の高齢化で助言 引きこもりや不登校といった生きづらさを抱える人をはじめ、誰をも受け入れる高岡市東上関の「コミュニティハウスひとのま」は今年、開設10年目を迎えた。引きこもる50代と80代の親が共に困窮する「8050問題」が広がる中、施設でも同様の傾向が見られる。運営する宮田隼さん(36)=同市戸出町=は「親子双方のため、ぎりぎりまで抱え込まず周囲に早く助けを求めたほうがいい」とアドバイスする。(社会部・橋本京佳) 宮田さんが2011年、地域住民らの交流場所として、空き家を借りてオープンさせた。「どんな人でも受け入れてくれる」と口コミで広まり、悩みを抱える児童・生徒らが多く集まってきた。 1日当たり約30人が利用。日中は子どもたちが多く訪れ、ゲームをしたり宮田さんと談笑したりして思い思いに過ごす。夜は宮田さんがいないが、居場所を求める人がやってきてくつろぐ。利用料は1日300円で「懐に余裕がなければ払わなくても許している」と宮田さん。 「子どもが引きこもっているのでなんとか外に出してほしい」と依頼され、多いときは週に6軒を訪ねて外出を呼び掛けたこともあった。近年は「自分が定年や高齢になり、これ以上引きこもりの子どもを支えるのは難しい」という相談が急増。家庭訪問の依頼も40、50代の人が中心になった。 宮田さんは、引きこもりに対する社会の偏見が強いため、第三者への相談をためらう人が多いことを指摘。「誰もが悩みを抱えていて引きこもりもその一つ。特異な例とみるべきではない」と話している。 〔2020年1/12(日) 北日本新聞〕

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不登校と留学の経験 不登校、海外留学の経験経て「悩み抱える子どもたちを社会とつなげたい」 1月13日は「成人の日」。長崎県内では新成人約1万3400人が自分の夢に向かって新たな一歩を踏み出す。長崎国際大1年の奥村美月さん(19)は高校時代に不登校となったが、「環境を変えたい」と決意し海外に留学。自らの経験を踏まえ、現在はスクールソーシャルワーカーになることを目指し、福祉分野の勉強に励む。 「明日は学校に行こう」。そう思うと夜眠れず、朝は学校に行く気持ちが起きなくなった。 当時、進学校の県立高2年生だった奥村さんは1学期の途中、1年次の友人とクラスが分かれたことや、課題の量が増え自由な時間が無くなったことなどが重なり、学校が楽しくないと感じ始めていた。ただ、今振り返っても「不登校になった明確な理由は分からない」と話す。 先生も家族も学校に行くことを強いた。昼夜逆転した生活を送り、家族とも極力話さなくなった。自分の部屋だけが唯一の居場所だった。 8月末、体育祭の練習があるのをきっかけに少しずつ学校に行けるようになった。しかし10月の中間テストで思うような成績が取れず、勉強をする理由が分からなくなり、テスト後は再び不登校となった。 「自分を知っている人がいない場所に行きたい」。海外留学を考えるようになったのは冬休みの頃。最初は家族も反対した。だが「環境を変えたい」という強い意志や、留学先について調べたことを伝えると両親も理解を示してくれた。翌2017年2月にニュージーランドの高校に入学した。 言葉の壁にぶつかったが、3カ月後には少しずつ英語が聞き取れるようになった。個性豊かな学生に囲まれ、自由な校風の中、楽しく2年間の学校生活を送った。 ある日、先生に「英語で『不登校』ってなんて言うの?」と聞いてみた。すると「そんな言葉は無い。ただ学校に行っていないだけ、好きなことをしているならそれでいいじゃない」との答えが返ってきた。驚いたのと同時に「これでいいんだ」と思い、心が軽くなった。 「留学の経験は多くのことを学ぶ機会を与えてくれた」と両親に感謝の言葉を口にする。現在は長崎国際大人間社会学部で福祉分野の勉強に励んでいる。「悩みを抱える子どもや、障害のある子どもにいろんな選択肢を紹介し、社会とつなげる役割を担う大人になりたい」と将来を見据える。 〔2020年1/14(火) 長崎新聞〕

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発達障害の子と学校 なぜ日本の学校は「発達障害の子」に冷たいのか 空気が読めない人は、なぜ空気が読めないのか――。発達障害児の子を持つド根性ママさんライターがありとあらゆる疑問に体当たり。発達障害は治るのか、治らないのか。発達障害は問題児なのか。それとも秘めたる才能を持つのか。世界を動かせる子に育てる方法。

■発達障害が「才能」になる魔法の教育 2017年に福井県の中学校で、担任らの厳しい叱責に耐えかねた男子中学生が自殺した。生徒は他教師から発達障害の疑いを指摘され「発達障害に詳しい医師がメンバーに入っている調査委(員会)も、生徒について『真面目で努力家だが、対人関係が器用でない一面もあった』」(読売新聞)などとした。 生徒が課題の未提出を繰り返していたことも報道されている。愛知教育大学の「発達障害学生の理解と対応のためのミニブック(教員用)」によると「発達障害のある学生に見られやすい一般的な行動・特徴」の1つとして「提出期限や約束の時間を守れない、又は忘れてしまうことが多い」ことが挙げられる――。

■発達障害児は勉強ができない子か さて、筆者にも「自閉スペクトラム症」(ASD)と診断された息子がいる。3歳まで言葉が出ず、家族以外とはなかなか視線を合わさず、黙々と積み木を並べるひとり遊びが好きだ。4歳になる現在急速に話し始め、陽気なおふざけキャラに転身している。が、前述のニュースを見て親として息子の将来が漠然と心配になるときはある。ただASDといった発達障害は生まれついた脳機能の特徴で、病気のように治せるものではないが「障害」の2文字がひとり歩きしている感も否めない。 たしかに独特のこだわりや感覚過敏などは周囲の理解や、環境整備が必要なことも多い。得意不得意なことの差も大きいので、得意分野を伸ばす傍ら、不得意部分では将来不自由しない程度に補う作業も必要だ。そのために児童精神科医や心理士、言語聴覚士、作業療法士らによる「療育」が存在しており、特に脳の発達が目覚ましい幼いころから遊びや運動を通じて働きかけをすることの重要性が謳われている。 だが、そんな幼少期の「療育」期を経た現在、ハタと我が家の目前に立ちはだかるのは、「入らせたい小学校がない」という現実の壁だった。 そもそも小学校入学はあらゆる子にとって大きな試練だ。ある日を境に突如45分間椅子に座り続け、興味のあるなしに関係なく先生の話を聞き続けなくてはならない試練。膨大な連絡事項に大量の宿題、さらにはお友達と仲良く過ごすことも求められる。まさに発達障害児にとっては苦手分野のオンパレード。こんな試練のなか、本人に過剰な負担を強いることなく、知的好奇心を伸ばせる学校はどこにあるのか。だが、通える公立学校の選択肢の少なさに、早くも心はぽっきり折れはじめている。

さて、発達障害児が公立小学校を希望する際、選択肢は主に4つある。 1.知的遅れがなく、特性も強すぎなければ、普通学級に進学する。2.知的遅れはないが、情緒面や対人コミュニケーションに多少の問題がある場合は、普通学級に在籍しながら週に数時間「通級による指導」(通級指導教室、以下通級)で小集団・個別指導を受ける。3.知的遅れや情緒面で集団生活が難しい場合は、小学校に併設された「特別支援学級」(以下支援学級)に在籍する。4.知的遅れや身体的障害を伴う場合は、「特別支援学校」に通う。 支援教育は充実しているように思えるが、課題も多い。筑波大学の柘植雅義教授は3つ問題点を挙げる。 「まずは自治体で支援学級の設置にばらつきがあること。横浜市のように全公立小学校に支援学級がある地域もあれば、学区域校に支援学級がない場合もある。遠くの小学校まで親が送り迎えしなくてはならないなど、国が定めた『障害者差別解消法』に反する事態も発生しています」


▼公立小学校の支援の種類 現状では知的遅れが大きくない、通級と支援学級の間の“発達グレーゾーン”の子がこぼれ落ちてしまうことも……。 通級指導教室(通級) 普段は通常学級に在籍し授業を受けるが、週に数時間程度、個別や小集団でソーシャルスキルトレーニングなどの指導を受ける教室。 特別支援学級(支援学級) 一般校に設置された8人を上限とした個別支援学級。学校により、知的障害学級・言語障害学級・自閉症および情緒障害学級などがある。 特別支援学校 盲・ろう・知的障害など各種障害に応じて、学習面や生活面など総合的支援を行う学校。


さらに「支援学級」や「通級」で必ずしも専門家からのケアが受けられないという事実もある。専門性の高い素晴らしい教師もいるが、そういう先生に出会えるかは運次第。 「米国で特別支援教育に当たるのは、州によっては修士号取得者以上。『支援が必要』と認定された子どもにプロが教育に当たるのは基本です。ところが日本では小学校や中学校の教員免許を持っていれば誰もが支援学級の先生になれてしまう。国には発達障害の専門免許や、通級や支援学級の専門免許の創設を望みます」

■発達グレーゾーン 現状の支援体制からこぼれ落ちる「発達グレーゾーン」の存在もある。知的遅れがなく特性も僅かだが、周囲の無理解から思春期以降、うつ病など二次障害に発展する子もいる。 そんな公立校の問題を知るなかで、代々木ゼミナールが発達障害児支援教育に参入するという週刊誌ニュースが飛び込んできた。お受験予備校の老舗が本気で発達障害児教育に参入したら、これは公立校の不足部分を補える可能性もあるのではないか。そもそも少子化時代において、子どもの数は減る一方だが、発達障害児のニーズは増加の一途をたどる。既存の公的療育センターはパンク状態で、キャンセル待ちを望む列ができている。民間企業がこの分野に参戦すれば、親には選択肢が増え、企業にとってはビジネスチャンスになるのではと、さっそく取材を開始した。 代ゼミはこの案件についてコメントを控えるとの回答だった。しかし、同じく大手予備校である四谷学院から話を聞くことができた。四谷学院は、実は10年以上もの発達障害児向け通信教育の実績を持つ。その背景にはどんなストーリーがあるのか、森みさ常務取締役に尋ねた。 「実は発達障害という言葉を知る以前から、私たちスタッフの間ではある疑問があったんです。難関大学に合格するほどなのに、奇妙なこだわりやちょっとしたことでパニックになってしまう受験生が常に一定数いるのはなぜなのか。ずば抜けた秀才がエレベーターのボタンをすべて押さなくては気がすまなかったり、有名大学進学後、周囲とのトラブルで引きこもりになってしまったり。彼らをどう理解し、どんな支援をしてくればよかったのか、そんな問題意識が出発点になっています」 四谷学院は、自閉症児の教育に専門的な知見を持つ私立武蔵野東学園と組み、教材開発や相談事業を行っている。19年からは新たに、教師や保育士、保護者のニーズに応える形で、独自の「発達障害児支援士」資格認定講座も立ち上げた。 だが、肝心の市場そのものの可能性について尋ねると「正直、予備校部門という本丸あってこそ可能」だともいう。「ほかの学習塾や予備校では講師1人に対して生徒100名といった大規模授業が展開できますが、こと発達障害に関しては個別指導や小集団授業が大前提。独自の教材開発にも莫大な時間とコストがかかり、回収には時間がかかります。事業採算は最優先ではありません」。 それでも社会的ニーズが高く、教育に関わる企業として大切な分野であるとの思いが、このプロジェクトにつながっていると語る。

■強みを伸ばす教育の必要性 柘植教授は取材のなかで発達障害児の弱みを補うだけでなく、強みを伸ばす教育の必要性も言及している。 「日本の発達障害支援は、学習面や行動面で困難を示す子の救済の意識が強いですが、海外では『2E(twice-exceptional)教育』の考えが一般的です。訳すと『二重の特別支援』。天才を表す『ギフテッド』とも似ていますが、発達に凸凹がある子は、オールマイティに教科がこなせない半面、ある分野で特異な才能や能力を持つことが多い。 米コロラド州立大学テンプル・グランディン教授は、自らの自閉症の特性を生かし、(※)非虐待的な家畜施設の設計者として世界的に有名になりました。ビジネス分野でも発達障害傾向の起業家は多いです。それに気づいた海外では特性を持つ子を積極的に集めて、英才教育プロジェクトもスタートさせています」 そんなポジティブな側面からの教育を介しているのは、急成長を続ける日本企業、LITALICOだ。 幼児や学齢期サポートを行う「LITALICOジュニア」、就労支援の「LITALICOワークス」、発達障害情報サイトなど、発達障害者を多角的にサポートする事業展開で存在感を放つ同社は、独自の「研究所」も持つ。大学の専門機関と公立学校からの教員研修として実習も受け入れるなか、IT×ものづくり教室として14年から開始したのが「LITALICOワンダー」だ。 事業部長の毛利優介氏によると、最初は単発プログラムからスタートしたという。「独自のこだわりや興味の範囲が限定されがちなお子さんに、興味の幅をひろげてもらいたいとキャンプや陸上、料理などの単発教室を試みるなか、特に可能性を感じたのがプログラミング教育でした。普段は10分と座れない子が3時間ぶっ通しで熱中したり、場面緘黙で一切喋らない子が、一生懸命自分の作品を示したり、明らかに発達障害の子にも向いている分野だと実感したんです」。 1人で黙々と作業できること、視覚情報操作であること、パターンを見いだしスモールステップで成果が表れることなど、プログラミングは発達障害との相性が良い。 現在は一般児童向けプログラミング教室として人気を博しているが、3割は発達障害児やグレーゾーン、不登校などの経験がある児童であり、年1回の「ワンダーメイクフェス」は1万人を超すイベントに成長した。 毛利氏は、「障害とは結局、社会に個性がフィットするかどうかの問題なんです」と語る。その意味ではITやAI分野の発展が期待される「ソサエティ5.0」時代や、いま話題の「STEM教育」(科学・技術・工学・数学)分野において、才能や適性を発揮できる発達障害児は増えていくのかもしれない。 (※)食肉加工場に、トラックで運ばれてきた牛がリラックスするための水と空間を用意するなどし、より穏やかで効率的な加工プロセスを設計した。人道的な家畜の取り扱いができ、工場の従業員の安全対策にもつながった。

■発達障害児に対するサービス 一方で民間分野の課題もある。「儲かるから」という目的だけで、専門家の知見を取り入れずトラブルに発展するケースもあるからだ。12年に児童福祉法が改正され、発達障害児に対するサービスの量的緩和が図られた結果、特に学齢期の子たちの放課後預かりを目的とした「放課後等デイサービス」事業所数が激増したが「療育」とは程遠いお粗末な施設も存在するようになってしまった。 福岡を中心に発達障害児支援事業「UNICO」を開始したウェルモの鹿野佑介社長はこの分野における質の改善を政府に提言している。「現状では受け入れる児童数に対する職員の数や施設の面積数など、設備面がクリアしていれば開設可能です。今後はぜひ専門的な療育を行う施設としての質もポイントとして評価してほしいと求めています」。 親も無数に存在する施設を選ぶ際の基準がわからず、長時間の預かりが可能か、車の送迎があるかなど目先のサービスを優先しがちだ。 公立学校、民間塾それぞれの可能性と課題が見えてきたが、最後に改めて提言したいのは、やはり公立学校における制度の見直しだ。 発達障害児を持つ家庭のすべてが、子どもの療育に時間と労力、資力を費やせるわけではない。選択肢が豊富な都心部の一部の「意識高い系」家庭のみが、上質な療育を子に受けさせられる構図は改善されていくべきだろう。発達障害は放置すれば、学級崩壊や不登校などの二次障害につながる。本来「障害」でないはずの子どもを障害者にせずその子の特性が人生を明るく彩るような教育を選べるよう、家庭と教育機関、民間多方面からの改善を期待したい。

▼「枚挙にいとまがない」発達障害傾向の偉人たち 古今東西、“発達障害”の傾向を持つ偉人は枚挙にいとまがない。科学の分野においてはエジソンやアインシュタイン、音楽ではモーツァルトやフレディ・マーキュリー、美術ではゴッホやミケランジェロ、作家のジェームズ・ジョイスや芥川龍之介などはそのほんの一例だ。もちろん現代の精神科医が直接診察することができない以上、正確な診断を下すことはできない。 だが日記や書簡、同時代人の回想などからは、彼らの色濃い特性が浮かび上がってくる。近年ではアップルのスティーブ・ジョブズやマイクロソフトのビル・ゲイツ、ハリウッドではトム・クルーズやスティーブン・スピルバーグ、日本でも俳優の栗原類さんや歌手の米津玄師さんなどが、それぞれの診断名や特性についてカミングアウトしている。 彼らの人生から学べることは何だろう。彼らは決して“秀才”ではなかった。少なくとも多くの学校や家庭で望まれるような「素直でお友達が多く、運動も勉強も得意な良い子」ではなかった。むしろ得意・不得意の凸凹が激しいからこそ、「これ」と定めた分野に集中できたし、場の空気を読み周囲を忖度しないからこそ、常識破りの創作や研究、起業を可能としたともいえる。 もちろん「発達障害=天才」という論理は成り立たない。だが、彼らの一見型破りとも思える人生を紐解くことで学べることも多いはずだ。 ▼発達障害児が混ざっても問題がない北欧の学校

■日本の学校での支援教育はまだまだ 北欧やアメリカなど海外の学校視察を通じて痛感するのは、日本の学校での支援教育はまだまだだということです。 発達障害に関してはすでに研究も進み、どのような支援や教育方法がふさわしいかエビデンスもそろってきていますが教育現場に反映されない場合も多く、専門知識を持たない教師による「長年の経験」頼みな現状も多いのが残念なところです。例えばADHDの子はソワソワと動き回り、注意も散漫で衝動性が強い特性があるので、周囲の壁には掲示物をベタベタ貼らない、同級生の動きが見えにくい前列の席に配置するなどの工夫をすることができます。 あるいはASDの場合、人との接触が苦手で、実は私もその傾向があるのですが、騒音が渦巻く40人学級(1年生は35人上限)自体、耐えがたい空間になるのです。黒板の文字や教科書を眺めながら板書をするのが苦手でも、タブレットを使ってなら可能なお子さんもいます。そういった基本的な配慮がいまだ日本では一般的ではありません。 この夏、北欧視察に行った際、現地では通常学級の定員が20人で、それ以上増えたら2つの学級に分けます。そのうえ子どものニーズに応じて必ず補助教員がつくことに感動しました。反対に海外の専門家が日本の学校を見学して驚くのは「なぜ視覚支援がないか」ということです。発達障害の子は将来の見通しがつかないことに強い不安を抱きやすく、口頭での指示が短期記憶に残りにくいなどの問題も抱えています。 しかし、その場合でも、文字や絵や写真など視覚情報を使えばきちんと理解し記憶できる。ここに載せた写真を見ると休憩時間を含めた予定がわかりやすく示されています。これは支援学級の取り組みではなく、通常学級の教室です。発達障害児に対する特別支援以前に定型発達の子に対しても十分過ごしやすい工夫が凝らされています。 大人だっていまの時代、スマホアプリやグーグルサービスで予定を視覚的に管理し、LINEなどで仕事の案件を連絡し合いますよね。誰も重要事項を口頭だけで伝えようとなんてしていない。学校現場だけが、いまだに口頭伝達を重視しています。 特別支援を行うのに、必ずしも高価な設備や教材は必要ではないんです。基本的な知見を取り入れ、あとは各校に発達障害の専門家を巡回させる。これだけで学校内のさまざまな問題は解決するのではないでしょうか。

■▼3種の発達障害は重なり合う! 


三浦 愛美(みうら・まなみ) フリーランスライター 1977年、埼玉県生まれ。武蔵大学大学院人文科学研究科欧米文化専攻修士課程修了。構成を手がけた本に『まっくらな中での対話』(茂木健一郎ほか著)などがある。



黒田 美保 名古屋学芸大学ヒューマンケア学部教授 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。博士(医学)・博士(学術)。臨床心理士・臨床発達心理士。2016年4月より、現職。


フリーランスライター 三浦 愛美、名古屋学芸大学ヒューマンケア学部教授 黒田 美保 〔2020年1/13(月) プレジデントオンライン〕

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成人式に出席したくない 「ボッチ成人式」よりドラクエのコンサート 12年ひきこもった男性の“人生の節目”とは?〈dot.〉 「成人式に行きたくない」と考える人が、3割もいるという。いじめられていた同級生に会いたくない、成人を祝うことに意味を感じないなど、理由はそれぞれ。自身も「ボッチ成人式」を欠席した経験を持つ不登校新聞の編集長、石井志昂さんは「大人になる節目の日は、人それぞれ、いろんなタイミングで訪れる」と訴える。       *  *  * 成人式を迎えるみなさん、おめでとうございます。最近、こんな気になるツイートが流れてきました。 「成人式 行かないと人に成れないしな……」 どんな方のつぶやきかはわかりませんが、その気持ちはすごくわかります。成人式に行きたくない。しかし、行かねばまっとうな大人になれない。そんな気後れがあるのかもしれません。 成人式というのは「一生に一度」「両親が喜ぶかもしれない」、あわよくば「失われたアオハル(青春)が経験できるかもしれない」という甘い誘惑が漂う行事です。一方で、もしも学校にいい思い出がなかったり、ひきこもっていたりしたら、成人式に行かないことに罪悪感すら抱くものです。でも私は声を大にして言いたい。成人式を欠席したいのはあなただけではありません。私はよく、こんな声を聞いてきました。 「成人式なんて絶対に行かない」 「いじめられた人にもう一度会うなんて考えらえない」 成人式は「同窓会」という意味合いが強く、私を含め、私のまわりの不登校をした人は固い決意で成人式を欠席しました。しかし、こんな思いをしているのは不登校の人だけではありません。 日本財団が調査したところ、17歳~19歳の男女のうち「成人式に出席したくない」と答えた人が29.4%(「18歳意識調査」日本財団/2019年1月7日)もいました。理由は「同級生に会いたくない」「成人を祝うことに意味を感じない」など。 実際に、勇気を振り絞って成人式に行ってみたらどうだったのか。こんなことを思った人がいたそうです。 「バカ騒ぎをしている同級生に興ざめした」(20代・女性) 「式場には無造作ヘアの男とかギャルとか、リア充ばっかり。オレの居場所なんて1ミリもなかった」(20代・男性) 一方、学校によくない思い出を持っていても、成人式を楽しんで帰ってきたという人もいます。 「不登校は中学校まで、高校の同級生とひさしぶりに出会えたのは楽しかった」(30代女性) 「社会科見学だと思って行ってみたけど、わりと楽しめました」(20代男性) 私が成人式に行かなかった、つまり「ボッチ成人式」を回避できたのは、その約1年前に取材したコピーライター・糸井重里さんのこんな言葉も大きく影響していました。 「日本の成人式って30歳でしょ。27歳だよって言う人もいるけど、俺は30歳だと思うな。だって30歳になるまで周囲の眼も甘いからね。日本の成人式は30歳。30歳になって『やることがわかった』というのでいいんじゃないかな。俺の成人は45歳だったけど」(2001年『不登校新聞』の取材にて) 糸井さんの真意は、大人になる節目の日は、人それぞれ、いろんなタイミングで訪れるということ。そういう意味で言えば「私だけの成人式の日」が人それぞれのタイミングで訪れるはずです。そんな言葉を信じて成人式に行かなかったわけですが、最近、抜群によかった「私だけの成人式」を迎えた日の話を聞きました。埼玉県で生まれ育ったトシさん(30代後半・男性)の話です。

■いじめで12年間ひきこもった部屋を出た日 トシさんはいじめを機に中学2年生で不登校。以来、26歳までの12年間はほとんどひきこもっていました。 トシさんが受けたいじめは執拗なものでした。 きっかけは、クラスのムードメーカーがトシさんへの悪口を言い始めたこと。それが仲間内に広がり、ヤンキー系の同級生の耳にも入ります。このヤンキーが、みんなの前でトシさんをいじり始め、小突きだし、いじめが本格化。同級生たちは、トシさんにまつわる悪口を堂々と言うようになり、トシさんの家まで追いかけてきて窓から覗き見て笑ったり、テニスのラケットで殴りつけてきたりしたこともあったそうです。 当然、トシさんは人間不信になりました。もう二度と覗きこまれまいとカーテンを固く閉め、家のなかにひきこもります。 家族からも理解はされません。戦後の貧しい環境で育った祖父母と、親に楽をさせたくて必死に働いた父。家族は「なんでがんばれないんだ」という眼でトシさんを見ていました。 学校と家のなかから刺すような視線に耐えかね、現実を忘れようとトシさんはゲームなどに没頭。そのとき救いになったのが「ドラゴンクエスト」(以下・ドラクエ)でした。 初めて買ったドラクエは「ドラゴンクエスト3」、小学5年生のころです。RPGという世界に興奮しつつも、遅々として進まないストーリー。どうすればクリアできるのか、ボスはどう倒せばいいのか、友だちと意見交換をし、いっしょに遊びました。ある友だちは、毎日のようにわが家を訪れて、笑いあってドラクエを進めていたそうです。あらゆるゲームの中で、ドラクエだけが「傷ついてない思い出」だったのです。 ひきこもりながらも、ドラクエをしていると「いつかまた、あんなふうに楽しく誰かと話したい」、そう思えたんだそうです。 毎日のように訪れていた友だちは、その後、トシさんをラケットで殴った子です。なんで変わってしまったのか、ゲームを終えるとトシさんの胸には悔しさが蘇ります。同時に「それでも学校へ行かなきゃ」という罪悪感も募ります。とっくに学校を卒業した年齢になってからも、「行かなければ」という焦りに何度も夢のなかで襲われたそうです。 成人式も欠席。不登校から6年が経っていた当時でも、同級生の存在は恐怖でしかありませんでした。しかし、それよりも「こんな自分を見せられない」という思いのほうが強かったそうです。こんな自分とは、ひきこもって何もできない自分です。 そんなトシさんに「本物の成人式」が訪れたのは22歳。ドラクエのゲームミュージックを担当している作曲家すぎやまこういちさんのコンサートを見に行った日でした。 「本物を聴きたい」 コンサートの存在を知ったトシさんはそう思い立ち、8年ぶりの単独外出を試みます。最寄り駅までは同級生に出会うかもしれず、親に頼んで車で移動。駅に着くと、地図の見方も切符の買い方もよくわかりません。8年ぶりの外出という緊張感。その駅で同級生たちに笑われた記憶も蘇り、余計に頭が混乱します。パニックになりながらも必死で切符を購入し、電車に乗りました。目的の駅に着き、会場へ急げども今度は迷子に。やっと会場へたどり着いたとき、コンサートは半分以上、終わっていました。 でも、そこでは画面の向こうでしか出会えなかったすぎやまこういちさんが指揮棒を振るっていました。演奏していた曲は、ドラクエ4で勇者が初めてステージに降り立ったときの曲。その瞬間、震えるような感動を味わいました。 コンサート終了後、すぎやまさんと握手もすることができました。握手の際、すぎやまさんから「ありがとう」と言われ、トシさんはこう思ったそうです。 「私の命を支えてくれたゲームの世界と現実の世界が繋がった」 それからのトシさんは徐々に外に出る時間を増やし、現在は週4日の会社勤め。残りの日は、同じひきこもり経験者のコミュニティーで活動しています。すぎやまさんと出会ってから10数年、人に裏切られたときも、仕事が見つからなかったときも、ずっとすぎやまさんのコンサートだけは毎年、欠かさず通っているそうです。

■「人生でもっと大事な日は訪れる」 トシさんにとっての「成人式」は、すぎやまさんのコンサートに飛び出していった日だったと私は思います。トシさんは、ひきこもっているあいだ何度も死を考えていました。それでも自殺に至らなかったのは、ゲームや漫画を通して、かすかな充実感を得ていたからです。それは言葉にすれば「手ごたえ」みたいなものでしょうか。その手ごたえを確かめに、トシさんは意を決してコンサートに行きました。もっと言えば、この世は生きる価値のある世界だと確かめたということです。 私やトシさんや多くの不登校の人たちが、成人式にも同窓会にも行きたくないのは、今の自分が見られたくないからです。でも、どんな自分でもいい。ドラクエにちなんで言えば、装備なんて裸でいいから、会いたい人がいる。そうやって無我夢中で飛び出した日が、大人への第一歩、人生の節目となるのです。 こんな話をしても、ひきこもった人は人生が終わっているとか、成人式にも行けないでかわいそうだとか言う人はいるでしょう。外野には言わせておけばいいんです。 ちょっと不器用で生きづらくても、私たちには、人生のなかでもっと大事な日が訪れます。それを楽しみに待ってみませんか。今日も今日とて、意味があるかないかわからないゲーム上のレベル上げもしてやりましょう。ゲーム実況を飽きもせず朝まで見てやりましょう。だって、それに感動して、笑って支えられてきたから。いま楽しいと思えることの先に、「本物の成人式」がきっと来るはずです。(文/石井志昂) 〔2020年1/13(月) AERA dot.〕

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睡眠改善テクニック 夜型生活はトラブルのもと 子どもの学習能力を引き出す睡眠改善テクニック 子どもの健康 「寝る子は育つ」の言葉通り、小学生には9~11時間もの睡眠時間が必要だと言われています。塾や習い事、部活、遊びと多忙な現代の小学生は、睡眠不足に陥りやすく、また夜型化しがちだそう。睡眠障害の専門家である井上雄一さんに、その影響と、子どもの睡眠改善法について聞きました。

井上雄一さん 話を伺った人 井上雄一さん 睡眠総合ケアクリニック代々木理事長、東京医科大学睡眠学講座教授 (いのうえ・ゆういち)睡眠学(Somnology)のエキスパートとして、日本睡眠学会特任副理事長(国際担当)、日本薬物脳波学会理事などを務める。睡眠障害に診療、研究、啓蒙、教育など多方面からアプローチ。睡眠総合ケアクリニック代々木では、内科、精神科、耳鼻咽喉科などの医師と連携しながら、専門的な治療を行っている。 出典:「小学生白書Web版 (2018年9月調査)」(学研教育総合研究所) 原因は塾やゲーム、スマホ 小学生の夜型化が進んでいる

――「小学生白書Web版」(学研教育総研/2018年9月調査)によれば、22時以降に就寝している子どもは、小4で42.5%、小5で51.5%、小6で63.0%だそうです。最近の小学生の睡眠は、どんな傾向にあるのでしょうか。 睡眠研究の世界では、そもそも思春期になると就寝時間が遅くなり、夜型化しやすいと言われています。ただ、普段の診療を通して感じるのは、日本の子どもが夜型化し始める時期は早まっているということ。ここ5年ほどで、睡眠に問題を抱える小学校高学年のお子さんが増えました。 夜型化が進んだ要因は、中学受験のために遅い時間まで塾に行ったり、夜遅くまでゲームやスマホで遊んだりしていること。脳と体の発達を考えても、小学生には最低でも9時間は睡眠が必要です。朝7時に起きるなら、22時には就寝しないといけない。しかし実際は、0時まで起きている子も少なくありません。 睡眠中は、日中に活性化する交感神経を休めたり、体を成長させたり、記憶を定着させたり、脳をクリアな状態にしたりと、さまざまなことが行われています。つまり、睡眠不足は多くのデメリットをもたらすのです。 井上雄一さん 睡眠不足は、学習のパフォーマンスや人間関係にも影響する

――小学生が睡眠不足になると、具体的にどのような影響があるのかを教えてください。 睡眠が足りないと、眠気や全身のだるさを感じやすくなります。すると集中力が落ち、だらしなさや落ち着きのなさにもつながる。脳の働きも悪くなるため、学習のパフォーマンスも低下していきます。 不安が強くなったり、情緒不安定になったり、うつ傾向になったりと、情緒面にも影響します。こうした心身の不調は、学力低下、運動能力低下にまで発展すると考えられます。

――一時的ならまだしも、睡眠不足が続くと生活に支障をきたしそうですね。 そうなんです。まず、体内時計が夜型化してしまうと、朝、起きることができなくなります。起床するべき時刻に、血圧が上がり始めないからです。 「低血圧で起きられない」と言う人がよくいますが、それは間違い。もともと人間の体は、朝になると血圧が上がるようにできています。しかし、体内時計がずれると、血圧の上がり始める時刻も同様に後ろにずれてしまう。 7時に起きようとしても、体内時計が2時間ずれていれば、血圧が上がり始めるのは9時。だから起きられないのです。 朝、起きることができないせいで、不登校になる小学生もたくさん見ています。今、ここに通っているだけでも100人近い。遅刻するから、登校時に友だちと約束ができなくなって、友人関係が悪化し、学校に行けなくなってしまうんです。

――人間関係にまで影響してしまうのですね。 親子関係にも響きます。睡眠問題をめぐって親子仲にトラブルが生じている家庭は、15家庭に1家庭はあると思いますよ。 大人と違い、子どもは朝方まで眠りが深いもの。体内時計が後ろにずれていれば、なおさらです。眠りが深い状態で無理に子どもを起こすと、寝ぼけて酔っ払ったときのようになる「睡眠酩酊」に陥りやすい。すると、不機嫌になったり、ときに暴力的になったりして、親とトラブルになるのです。 体内時計を正常化するための夜型化防止テクニック

――子どもの生活が夜型化するのを予防、改善するためには、どんな対策を取ればいいのでしょうか。 体内時計を前倒しするよう、子どものプライベートライフを調節するほかありません。遅刻、欠席が目立ってきたり、不登校になったりと社会生活に支障をきたせば、それはただの睡眠不足ではなく、立派な病気です。 いくら熱心に夜遅くまで塾で勉強をしても、受験に支障が出ては意味がない。試験の日の朝、起きられなくて試験が受けられなかったり、試験中に寝てしまったりした子も知っています。下記のような方法で、体内時計を正常化していきましょう。

■子どもの夜型化を改善するテクニック

(1)朝、30分早く起きて親子で散歩をする いつもより30分早く起床して、親子で一緒に散歩を。朝の光を浴び、活動することで体が覚醒し、生活リズムの改善に役立つ。親子の会話が増えるので、コミュニケーションの修復にもつながりやすい。夜はもちろん、9時間以上の睡眠を確保できる時間に就寝を。

(2)週末に寝だめをしない 平日の睡眠不足を補うため、週末に遅起きする子どもは多い。しかし1時間でも起きる時間がずれると、体内時計が狂い、睡眠時間は足りていても、日中の眠気やだるさ、精神的な不安定さにつながる。長期的には成績悪化を招くというデータもある。

(3)食事の時間を一定にする 消化管にも体内時計のスイッチがあるため、食事の時間がずれると体内時計に影響する。そのため、食事を取る時間は一定にするのがベスト。塾や習い事などで夕食の時間がずれそうな場合は、帰宅後に夕食を取るのではなく、出かける前に半分の量、帰宅後に半分の量という食べ方にすると体内時計の維持につながる。

(4)スマホ、ゲームは朝にする 朝の光、とくにブルーライトは体を覚醒させる。スマホ、ゲーム機のブルーライトは波長が短くエネルギーが高いため影響が大きく、夜型化を招く大きな要因に。夜は寝室や自室に持ち込ませないなどのルールを作り、朝早く起きて遊ぶ習慣作りを。

(5)夜の予定を調整する 塾や習い事などで毎日、遅くまで活動していると、睡眠不足と夜型化は進む一方。週に5日のところを1日減らしたり、終了時刻を早めたりと、できるだけ早寝できる環境作りをして、睡眠時間の確保に努めたい。 夏休みの過ごし方が夜型化するかどうかのキー

――睡眠に問題を抱える小学生の患者さんが増えやすい時期はありますか? 小学生の受診者が増えるのは、12月の初めぐらいからです。中学受験を控えて、あわててくるケースが多いですね。 しかし、体内時計の治療は、時間がかかるもの。外来で集中的に治療しても、3~4週間かけて1時間ほどしか動かない。日の出の遅い冬に治療しようとすると、太陽光に似た光を出す機械を購入したりしなければならず、余計に費用がかさみます。 ただ本来、生活リズムが崩れやすいのは、夏休みの時期。長期休暇なので、自由気ままに生活し続けていると、体内時計がどんどん乱れていくわけです。

一方で、朝からしっかりと太陽光が差す夏休みは、体内のリズムを調整しやすい時期でもある。この時期、朝に活動する習慣をつけておくことは、とても重要です。

――なるほど。学校の勉強に塾、習い事、宿題、ゲーム、友人とのコミュニケーション。最近の小学生はタスクが多いですよね。 そうですね。保護者の方はぜひ、「いつしなければならない」という思い込みを外し、隙間時間でタスク処理ができるよう一緒に考えてあげてください。 朝、早く起きて趣味に没頭してもいいし、通学の時間が長いならそのあいだに宿題を済ませるのも手です。夜遅くにSNSのコミュニケーションに時間を費やしがちな子には、他人に合わせて自分の生活リズムを変える必要がないことを説明した方がいいと思います。 もしかすると今後は、時間の使い方について親子で話し合う必要性がより高まるかもしれません。というのも、教育にWebシステムを取り入れることが、夜型化に拍車をかける一因にもなりうるからです。 あるアジアの国では宿題の提出期限が深夜0時に設定されているため、宿題を提出した後に食事をして遊ぶという生活リズムになり、学校に行けなくなる子どもが続出しているそうです。夜遅くまでブルーライトを浴びているのも、不眠につながっていると予想されます。

――「自分の人生を他人にコントロールされない」というのは、大人になっても大事な心がけですよね。 家族も街も寝静まった夜に活動するのは、子どもにとっては魅力的でしょう。私自身も経験したのでよくわかります。でも、充実した人生は心身の健康あってこそ。「早く寝なさい!」というだけでなく、一緒に人生をクリエートしていく気持ちで睡眠の改善に取り組んでほしいと思います。 (撮影:辰根 東醐 編集:阿部 綾奈/ノオト) 有馬ゆえ ライター、編集者 〔2020年1/14(火) 朝日新聞EduA〕

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引きこもりの人の年齢と期間 元引きこもり45歳男性が定時制高卒業へ 文化祭で主役「就職、結婚したい」 担任の竹本教諭と談笑する廣田さん(京都市中京区・朱雀高) 不登校や引きこもりを経験しながら30代後半から夜間中学で学び直し、現在は京都市中京区の朱雀高定時制に4年生として通う男性がいる。今春に卒業予定で「周回遅れだが、ようやくスタートラインに立てた。人生はこれから。諦めずに就職を実現させ、両親を安心させたい」と意気込んでいる。

廣田光輝さん(45)=山科区。小学6年の2学期初日、通学途中に急に吐き気がして学校に行けなくなった。原因は分からず、それ以来不登校になった。中学校は1日も登校できず、外出先の理髪店で体調が悪くなったのを機に自宅からも出られなくなり、引きこもりになった。 20歳の時、テレビアニメにはまり、原作の漫画を買いに書店に走った。体調に異変はなく、外出できるようになった。ただ、働くことが考えられず、時折登山や旅行をしながら実家で暮らした。30代後半、母親が病気になり「これ以上心配を掛けたくない」と決意。学び直しのため、38歳で夜間中学の洛友中(下京区)に入学し、卒業後は朱雀高定時制に入った。 授業について「教わったことが、自分のものになるのがうれしい」と語る。友人もでき、東京の修学旅行も経験した。11月にあった文化祭の演劇では主役を務め、担任の竹本裕一教諭は「堂々と演じ、積極性も出てきた」と評価する。 廣田さんは「過去に家の洗面台を蹴ったこともあったが、最終的には心配してくれた親を苦しませてはいけないという気持ちが湧いた。就職して一人前。そして結婚して両親に孫を抱かせてあげたい」と前を見据える。 〔2020年1/14(火) 京都新聞〕

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桜丘中学校のインクルーシブ教育 校則も定期テストもない 桜丘中学校のインクルーシブ教育が「大人たち」にもたらしたもの 現在の日本の教育に危機感を抱いているのは、文部科学省や経済産業省の官僚、一部の熱心なNPOや民間の教育業界の関係者、そして、ひと握りの現場の教員だけではない。東京都世田谷区では、ある公立中学校の保護者有志が中心となり、教育のイノベーションに向けてトークイベントを開催、大盛況となった。 「定期テストや校則を撤廃し、不登校やいじめもなくなった」とメディアからも注目を集めた世田谷区立桜丘中学校の保護者たちである。開催した「桜丘中学校ミライへのバトン ~選びたくなる、公立学校とは?~」には参加申し込みが殺到し、1000人の席はすぐに予約で埋まった。キャンセル待ちも出るほどだった。当日(2019年11月30日)、会場には、世田谷区の小中学生や保護者、桜丘中学校に興味を持ち遠方から足を運んだ人もいたという。 2017年から毎年開催されている「未来の先生展」や、昨年開催された「Learn X Creation(ラーン・バイ・クリエイション)」など、これまでの教育の問題点を検討し、新しい教育を模索しイノベーションを起こそうと試みる大きなイベントが、このところ注目され始めていた。感度の高い教育者や保護者にはそれらの開催は浸透しつつあったが、保護者たちが自ら主催し、1000人もを集めたイベントはあまり見当たらない。 子どもたちが3年間楽しく過ごすために

今回のイベントは、桜丘中学校の保護者や地域のボランティアなど約50人がスタッフとなり、協力してつくり上げた。その立案には、保護者の切実な思いが込められていた。 桜丘中学校が注目を集めたのは、2018年12月から朝日新聞で連載記事が掲載されたことが大きなきっかけだった。その記事は桜丘中学校を丁寧に取材し、この学校のユニークな教育をありのままに伝えていたが、「校則がない」「定期テストがない」などの言葉だけが、後続のメディアの報道でひとり歩きしてしまっていた。 「子どもが在籍する保護者として感じている実情と、外から見られている学校の姿にギャップを感じていました。子どもたちは生き生きとして本当に楽しそうに学んでいましたが、保護者の中には、注目されすぎていることや受験対策に不安を感じる方もいました。そうしたいろいろな思いを共有し、話せる場を持ちたいと思い、動き始めました。子どもたちのための学校とはどんなものかをみんなで考える会にしたかった」(保護者有志・橋本陽子さん) その思いに応え、4人の登壇者が集まった。桜丘中学校校長の西郷孝彦さん、世田谷区長の保坂展人さん、麻布学園理事長で城南信用金庫顧問の吉原毅さん、そして、教育評論家の「尾木ママ」こと尾木直樹さんだ。 やりたいことをやらせる教育方針 トークイベントの冒頭には、桜丘中学校の普段の様子がスライドで映し出された。職員室前の廊下には机が置かれ、教室に入りづらい子がここで勉強することも、卒業生が土日に勉強しにくることもある。家から麻雀牌を持ってきて、やりたいと言えば机をくっつけて台をつくり、やってみる。 フリーWi-Fiにも接続できるようになっており、スマホもiPadもOK。服装も髪型も自由。定期テストも宿題もない。校則もなくした。授業中に寝る自由も、授業がつまらないと言う自由も確保されている(それは先生の授業がつまらないから)。 子どもたちがやりたいことはできる限りサポートし、やりたくないということには、それはなぜかと丁寧に耳を傾ける。頭ごなしに決めつけて従わせるのではなく、子どもたちが自ら考え、動くことを応援する。 3Dプリンターでつくりたいものをつくってみたり、ハンモックで揺られながらスマホを楽しんだりすることもできる。放課後の補習教室、放課後のボーカルレッスン、放課後の料理教室、夜の勉強教室、炎のギター教室など居場所づくりにも力を入れている。 これらはすべて、「すべての子どもたちが3年間楽しく過ごすためにどうすればいいか」を、西郷校長や教員が真剣に考えた結果であるという。 「桜丘中では、『この学年』や『このクラス』ではなく、あの子はこうだね、この子はこうだねと個人の話をします。困っている子がひとりいれば、他にも困っている子はいるはずです。その子を観察し、意見を聞いて、その子が楽しく過ごせるにはどうすればいいかを考えて学校を見直してきました。これは教育理論先行ではなく、自然科学の方法です。自然を観察してその法則を見つけるということを教育に持ち込んでいます」(西郷校長) 「自分で考える力」を身につける

西郷校長は桜丘中学校の校長となって今年で10年になる。着任当時はどこにでもある普通の中学校だった。そこで、4つの新しいOS(Operating System)を桜丘中に導入したという。

OS1 多様性の需要・尊重/みんな違っていい。みんな違うほうがいい。 OS2 愛情を持って生徒に接する/生徒と教員が溶け込んでいるような関係性。 OS3 1人1人を大切にする/うちのクラスは、と言わない。1人1人を見る。 OS4 子どもと共に「生きる」/子どもの3年間と自分の人生の3年間を一緒に生きる。

桜丘中学校の「インクルーシブ教育」 桜丘中学校で行われているのは、インクルーシブ教育である。西郷校長は教員としてのスタートを養護学校(現在の特別支援学校)からスタートさせており、発達障害などへの理解も深い。短い命を終える子どもたちにも出会った。そしていまを楽しく生きることが何よりも大切だと思うようになったと語った。 最初はとまどっていた教員も、その理念を理解し、少しずつ変化していった。すると、子どもたちが変わっていく。ひとたび、いい循環が生まれれば、あとはどんどん改善されていく。それぞれの生徒が居心地のいい空間を見つけ、不登校の生徒は減り、多様であることがよしとされる場では、いじめも必要なくなった。 学ぶ意欲が高まり、「自分で考える力」を身につけることができるため、桜丘中学校の学力は、世田谷区でもトップクラスとなった。実生活にリンクさせて学ぶ英語は、飛び抜けて高い実力がついている。東京大学と東京学芸大学によるリサーチでは、いま注目されている非認知能力も高いという結果が出た。 2019年の国際学力調査(PISA)で、日本は、2015年の前回と比べ、科学は3ランク下げて5位、数学は1ランク下げて6位と、なんとか上位にとどまったものの、読解力は7ランク下げて15位という結果となった。 読解力といっても、ただ単に文章を読み解くだけの力ではない。大学教授のブログ、本の書評、科学雑誌の記事の3つを資料として、そこから根拠を示しながら、自分の考えをまとめる力が問われたもので、まさにこれからの時代に必要な高度な学力である。膨大な情報のなかから重要なものを選び取り、教科の枠にとらわれず横断的に自ら考え表現するための力だ。 この国際学力調査の結果が出る以前から、文部科学省も経済産業省も教育のイノベーションが必要であるという危機感は抱いており、2020年度には新しい学習指導要領が小学校で、2021年度には中学校でも施行されることになっている。桜丘中学校では、まさにこうした動きに先駆けて、実践的な力を身につける環境を整えてきたと言えるのではないだろうか。

保護者も自分たちで社会を変える力を このトークイベントでは、桜丘中学校の様子をスライドで見て、西郷校長の話を聞きながら、3人の登壇者も大きく頷いていた。 教育評論家の尾木さんは「既存の社会にうまくハマるための人材ではなく、新しい社会を創っていける人間を育てることが教育です。多様性を認めて、それぞれの力を生かして協力し合うことは、これからの日本の社会や企業を組み替えるための大切な取り組みね」と桜丘中学校の教育に共感し、「私たちの大人の生き方、価値観の見直しが迫られている」と警鐘を鳴らした。 「自分たちで社会を変える力」 麻布学園理事長で城南信用金庫顧問の吉原さんは、「自由闊達、自主自立にしないと子どもたちは育ちません」と切り出し、次のように語った。 「詰め込み、管理してしまうと自分で判断することをやめてしまう。情熱もなく、小粒になる。麻布でも、お受験で思考が凝り固まった子どもをいかにほぐすかが勝負です。中学高校は人間の基礎をつくる。そこで基礎をつくった子は、将来、爆発的に力を発揮します。活躍する場所を自分で見つけることができる。 規則を重視しすぎると、人を統制し、いじめる道具になってしまうことがある。規則より大事な倫理、思いやり、愛情、そういうものが会社や社会に必要だと思います」 西郷校長が退任したら、新しい校長になったらどうなるのか。その後のことを心配する声も多い。そのことを受けて、世田谷区長の保坂さんは次のように話した。 「桜丘中のように1人1人の子どもを尊重して、可能性を引き出す教育、誰1人として排除せず、包み込むことが必要だと思います。 教育について考える場にこれだけ多くの方が集まってくださることはまずありません。社会全体がいま大きく変わろうとしています。私は、上から変えるのではなく、学校現場から特色を出して踏み出していくこと、区民のみなさんの声から教育を変えていくことがとても重要だと考えています」

私たち1人1人が、声を上げ、働きかけていくことで教育は変わると、保坂さんは言うのである。 西郷校長の根底に流れるのは、教育理念というよりは、揺るぎない「人間への信頼」だ。 「子どものころ、大きくなったら悪い大人になりたいと思っていた人はいますか? いませんよね。人間ってそういう心を持って生まれてくる。だからそういう心が発動するように、自由にいろいろなことができる環境をつくってあげるんです。非認知的スキルは教えられません。環境がつくる。現在の多くの学校がそういう環境をつくっているのかはちょっと疑問ですね。 いま、学校の存在意義が問われています。うちの生徒たちは、海外の高校に行きたいと言っている子が多い。子どもたちに愛想をつかされないよう、日本にも素晴らしい教育の場が増えていくといいなと思います」 西郷校長は、自著「校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール」のなかでも、「『自分たちで社会は変えられる』ということに気づいてほしかったからです」「子どもたちは、みんな自分たちで『変える力』を持っている」と繰り返し記している。自らが退任した後、もし生徒が望まない方向に学校が動き出したら、「自分たちで変えればいい」という未来の子どもたちへの信頼も伝わってくる。 実は、前出の保護者有志の橋本さんは、後日、取材した際に「これだけはみなさんにぜひ伝えたい」と、次のように付け加えてくれた。 「あの学校がいいから引っ越そう、越境しようということではなく、それぞれの人がいまいる場所や学校で、少しでも変えていくことができれば、社会全体が大きく動き出すのではないかと思います。今回のイベントが、そのひとつのきっかけになればいいなと願っています」 私たち大人も、かつては子どもだった。西郷校長の言葉を借りて言えば、私たちのなかにも「自分たちで社会を変える力」がきっとあるはずだとあらためて思う。できることから行動に移すべきときが来ている。 太田美由紀 〔2020年1/15(水) Forbes JAPAN〕

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群馬県 相談や交流ができるフリースペースを開設する計画 商店街に若者の“居場所”を不登校や引きこもり支援 群馬・寄付受け付け 前橋市千代田町の商店街に、不登校やひきこもりの若者が気軽に立ち寄って相談や交流ができるフリースペースを開設する計画が進んでいる。4月のオープンに向け、工事などに必要な資金をインターネットで集めるクラウドファンディングを実施中だ。 フリースペースは、不登校やひきこもりの若者の居場所「アリスの広場」を運営する団体「ぐんま若者応援ネット」と、性的少数者(LGBT)支援団体「ハレルワ」が協働で開設を目指している。 「アリスの広場」(前橋市南町)は、不登校とひきこもりを経験した佐藤真人さん(38)が2014年に始めた。かつての自分と同じような境遇の若者が外に出て視野を広げるきっかけになればと運営している。 「ハレルワ」は15年に発足。性的指向などで他人と違うことに生きづらさを感じている人たちの居場所づくりや社会での啓発に取り組んできた。代表の間々田久渚(ひさな)さんは「生きづらさを抱える当事者や寄り添う人たちが『安心できる居場所』を当事者の手で生み出したい」と話す。 当面の目標金額は120万円。専用サイト(https://readyfor.jp/projects/matihoke)から、2月29日午後11時まで寄付できる。寄付者には美術作品やイベント開催権などが贈られる。【鈴木敦子】 〔2020年1/15(水) 毎日新聞〕

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米国の「ホームスクーリング」 米国では200万人以上の子供が「ホームスクーリング」、教育に求められる変革と多様化
少子化が進む日本。子供の数は減っているが、小中学生の「不登校」が過去最多になったとしてさまざまなメディアが取り上げた。
文部科学省が2018年10月に発表した「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によると、2017年度の小中学生の数は982万人で過去最少、一方で小中学生の不登校生徒数は前年比1万348人増の14万4031人となり、初めて14万人を超え過去最多を更新した。
このトレンド、実は日本だけで起こっているものではない。欧米でも学校に行かない子供たちが急増している。
しかし、このトレンドについて日本と大きく異なっている点がある。それは「不登校」「ひきこもり」などネガティブな印象を持つ言葉ではなく、「ホームスクーリング」や「パーソナライズド・ラーニング」などの言葉で説明され、多くの場合ポジティブに捉えられているのだ。
学校に行かないことがポジティブに捉えられているのはなぜなのか。理由の1つは、ホームスクールやパーソナライズド・ラーニングで学習している子供の方が習熟度が高いという研究結果が相次いで公開されているためだ。
またビル・ゲイツ氏などパーソナライズド・ラーニングの可能性を説く著名人が増えていることもその背景にあるといえるだろう。
今回は第四次産業革命の本格始動を目前に世界で起こる教育革命の最前線をお伝えしたい。
英国・米国でも学校に行かない子供たちが急増、その理由
英BBCは2018年4月、英国で学校に行かずホームスクーリング(自宅で学習)する子供の数が2015年の3万4000人から1万4000人増加し、2017年には4万8000人に達したと伝えた。この状況を受け、英国政府は「自宅学習の権利と責任」に関するガイドラインを発表する予定だと報じられている。
英国の教育専門家らは、国内の教育システムが危機的状況にあることや、いじめ問題が深刻化していることなどが背景にあると指摘。1人の教師が30人もの生徒を教えるスタイルに疑問を投げかけ、オンラインツールなどを活用した21世紀の新しい教育を模索すべきとの声が高まっている。
一方、米国ではホームスクーリングする子供(5~17歳)の数は200万人以上ともいわれている。ナショナル・ホームエデュケーション研究所は、ホームスクーリングする子供の数は年率2~8%で増加しており、2016年時点ですでに230万人いたと推計している。
米教育省によると、ホームスクーリングする子供の数は1999年に85万人だったが、2007年に150万人に増加したという。この20年の間に着実にホームスクーリングする子供の数は増えていることがうかがえる。
米国では1980年代からホームスクーリングが増加したといわれているが、その理由は時代とともに変化している。当初は、クリスチャンの家庭が、宗教・モラルの教育において公共の学校では不十分と考え、子供をホームスクーリングさせることが多かったといわれている。
それまで米国では義務教育過程において子供は公共または私立の学校で学ぶことが法律で義務付けられていたが、1980年代にホームスクーリングを合法と定める州が登場し、教育を取り巻く環境は変わり始めることになる。
現在では、すべての州でホームスクーリングが認められている。また、ホームスクーリングの子供でも、学校間のスポーツイベント(日本のインハイなどに相当するもの)への参加を認める州もある。米国ではホームスクーリングはれっきとした教育選択肢の1つとして浸透しているといえるだろう。
ちなみにこのスポーツイベントの参加を認める法律は「ティム・ティーボウ法」と呼ばれている。ホームスクーリングをしながら、地域の高校フットボールクラブに参加、その後フロリダ大学を経てプロのアメフト選手になった人物の名前だ。
立ち上がる教育者たち、米国で起こる教育ディスラプション
ホームスクーリングの認知と需要が高まる中、ニューヨークでは学校版Airbnbとも称されるスタートアップ「CottageClass」が登場し注目を集めている。
公立学校には通わせたくないが、学費が高騰する私立にも行かせたくないと考え、ホームスクーリングを選ぶ親がニューヨークで増加しているといわれている。CottageClassは、このホームスクーリングで学ぶ子供たちと親、さらに教師がつながるプラットフォームを提供している。
教師がどのような授業を行うのか、プラットフォーム上にその概要を公開。親はそこから子供に合う授業をピックアップしていく。ホームスクーリングする子供どうし、親どうしのつながりができる空間として重宝されているようだ。
CottageClassの創業者であるマニシャ・スノイヤー氏は元教師。ニューヨークのテックメディアTechnical.lyの取材で、既存の教育制度に危機感を持ったことが同プラットフォームを立ち上げるきっかけになったと語っている。
スノイヤー氏が教師時代にもっともフラストレーションを感じたのが、子供たちの行動管理に関する方法だ。1クラスに何十人も詰め込まれており1人1人に対応することは不可能のため、静かに座ることを強要する以外何もできなかったという。 また既存の教育制度では、教育に情熱を持って取り組む教師であっても、標準テストへの準備などで時間を割かれ、クリエイティビティや能力を発揮できないでいる状態だと指摘している。 CottageClassは、親がホームスクーリングの一部を教育熱心な教師たちに任せられるだけでなく、子供も社会性を身につけることができ、ホームスクーリングの次の形として期待が寄せられているのだ。
ホームスクーリングは子供たちが自分のペースで学習を進められるため、「パーソナライズド・ラーニング」を実施する上でも効果的な教育環境といえるだろう。
カーン・アカデミーのように分かりやすい教育コンテンツとバッジ獲得などのゲーミフィケーションの仕組みを取り入れたオンライン学習プラットフォームを活用すれば、子供たちの学習における能動性を高め、学校で勉強するよりも高い学習効果を生み出すことが可能だ。
学術誌Canadian Journal of Behavioral Scienceに寄稿された論文によると、カナダの学校に通う子供とホームスクーリングの子供のテストの点数を比較したところ、ホームスクーリングの子供の方が点数が高いという結果になった。
調査対象となったホームスクーリングの内容は、「ストラクチャード」と呼ばれ、よく練られたカリキュラムで学習が行われていたという。カリキュラムがストラクチャードでない場合、ホームスクーリングの子供たちの点数は平均を下回った。
このほかにもパーソナライズド・ラーニングの効果を示す研究は数多く発表されており、ホームスクーリングだけでなく、学校でも導入が始まっている。
米国では、カーン・アカデミー創設者のサルマン・カーン氏が設立した「カーン・ラボ・スクール」やコワーキングスペースWeWorkが設立したプライベート小学校「WeGrow」など、ホームスクーリング以外にもさまざまな試みが行われており、教育の選択肢はかなり多様化しているといえるだろう。教育改革が求められる日本にとって示唆に富む事例となるはずだ。
〔2019年12/27(金) AMP[アンプ]文:細谷元(Livit)〕

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グレタ・トゥーンベリ グレタ・トゥーンベリさんを批判する“大人たち” 心理の専門家はどう見る?
COP25参加のため、ヨットで大西洋を横断したグレタ・トゥーンベリさん(2019年12月、AFP=時事)
今年は、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん(16)が話題となりました。9月の国連気候行動サミットで、「経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり」「私はあなたたちを絶対に許さない」などと各国代表を批判し、若者を中心に多くの人の支持を集めました。その一方で、トランプ米大統領など著名人による批判も目立ち、ネット上でも彼女をやゆする意見が飛び交っています。
大人たちはなぜ、彼女を激しく批判するのでしょうか。心理カウンセラーの小日向るり子さんに聞きました。
経済力と発言力を持つ男性
Q.海外では、トランプ米大統領や高級ブランド「ルイ・ヴィトン」を擁するLVMHグループのベルナール・アルノー氏、国内では、堀江貴文氏などの著名人が「若者の士気を下げる」「人間が人間であることを否定することになる」などとグレタさんの言動を批判したり、皮肉ったりしています。なぜ、彼らは彼女に批判的なのでしょうか。
小日向さん「彼女を批判している人の多くについて『中高年男性』といった年齢や性別ではなく、『価値観』で分類した方が理解しやすいと思います。その価値観とは『人間はより快適で利便性の高い生活を求めて常に進化していく生き物であり、それこそが個人や世界の幸福につながる』というものです。
グレタさんの活動に対して『人間であることを否定することになる』という発言は、その価値観をよく表していると感じます。より快適で利便性が高い生活を求めて進化するための人間の活動は、そのまま経済の発展につながりますが、グレタさんの主張とは対立します。
つまり、現状では、経済的な力とそれに付随する発言力を持つ人が中高年の男性に多いため、批判しているのは中高年男性が多いと見えるのではないでしょうか」
Q.大人が彼女を批判、嘲笑するとき、どんな心理なのでしょうか。
小日向さん「『若造には分からない』『あなたも年をとれば分かる』といった言葉は著名人でなくても、年長者が若者に言う発言として珍しいものではありません。多くの大人は若者(未成年)に対し、『人生経験が少ない=世の中の仕組みを十分に理解していない』と思っているものです。そうした意味では、大人が一般的な若者を見る感覚と、彼女への感覚が一致している部分はあるでしょう。
ただ、彼女を批判する人々には『若者(未成年)』というだけではない別の感情がいくつか働いているように感じます。それは彼女の『温室効果ガスを削減せよ』などの主張、感情を前面に出す態度が大きいのではないでしょうか」
Q.彼女を批判する意見の中には、「精神的に病んでいる」「学校に行け」などと彼女の病歴(アスペルガー、うつ)や不登校をやゆするようなものや、「彼女は悪い大人に操られている」「利用されている」といった陰謀論的なものも目立ちます。
小日向さん「グレタさんは、自身が発達障害の自閉スペクトラム症であることを告白しています。この障害は『空気が読めない』『物事を白か黒かで考えることが多い』『突き進むパワーが強い』といった特徴があります。
これらの特徴は長所になることもありますが、調和を重視する環境では短所になります。そのため、調和を善しとする人々は彼女の障害を『病気』だといい、『だからそれを矯正するために学校に行きなさい』という主張が妥当な結論になるのでしょう。
また、『善が悪を懲らしめる』という勧善懲悪のストーリーが好きな人は多いです。そのため、真偽のほどはさておき『実はグレタさんの裏には操っている悪い大人がいる』というストーリーはメディアで非常に盛り上がるのです」
ねじれによるフラストレーション
Q.グレタさんの件を通じて見えた傾向はありますか。
小日向さん「近年、『物分かりのいい大人』になりたがたる人が多くなった印象を受けます。実際に『年長者には黙って従え』『少数派はおとなしくしていろ』といった言動はハラスメントとして罰せられることにもなりかねませんので、保身のためにも物分かりのいい大人になった方が現代を生きやすいのです。
その結果、グレタさんのような革新派の人が『物分かりのいい大人』から守られ、保守派が保守でいられなくなるという心理的ねじれ構造が出ており、このねじれによるフラストレーションが対立構造を激化させている一因ではないでしょうか。
また、9月の国連気候行動サミットでの、彼女の怒りを全身に込めた『表情』だけでいえば、好感を抱かなかった人も多いと思います。グレタさんの発言は確かに正義ですが、その主張より先に感情の部分で不快を覚えてしまうと、彼女を理解しようという能動的な動きは抑制されます。
また、経済力がある人は気が強い傾向にあるため、『大人である自分たちに対する敵意の表情』に闘争本能を刺激されたこともあるのではないでしょうか」
Q.「環境保護に努めよう」「(将来的に)原発を減らしていくべきだ」などと環境問題について正論を言うと、「現実的になれ」「経済活動が萎縮する」などと理由をつけてたたかれることがよくあります。
小日向さん「『環境保全に努めたい』『原子力より安心、安全な代替エネルギーがあればそれを使用した方がよい』ということは世界の共通認識です。しかし、現時点でそうした社会を実現しようと、例えばグレタさんのように、すべての人や物がアメリカからヨーロッパまでを船で移動したら経済活動は萎縮します。これが代替案だとしたらお粗末と言わざるを得ないのです。 人間は欲深い生き物ですから、一度上がってしまった生活のクオリティーを下げることは想像以上にストレスとなります。今回のグレタさんの件だけでなく、理想論者は代替案まで提案すること、現実論者は利益だけではなく理想も追求することがそれぞれ必要です。そして、考えが異なるからといって対立するのではなく、互いに歩み寄る精神が大切なのではないでしょうか」
〔2019年12/28(土) オトナンサー〕

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通勤経路外での労災はおりるか 通勤途中に不登校生徒の家を訪問し交通事故に。経路外だけど労災になる?
【設例5】通勤経路外での労災はおりるか
不登校生徒の様子を知るため、通勤途中に生徒宅に立ち寄り。そこから学校に向かう途中で事故に遭いました。登録した通勤経路外になるのですが、労災はおりるでしょうか?

1通勤経路外でも理由次第でOK !
労働者が通勤途中で事故に遭い負傷した場合は、通勤災害*として労災の対象になります。この場合、使用者にあらかじめ届け出た通勤経路かどうかが問題になる場合がありますが、労災の実務ではたとえ届け出た通勤経路とは異なっていても、「合理的な経路」と判断されれば労災の対象にしています。例えば、当日電車が人身事故で遅延し、迂回ルートで通勤していた途中で負傷した場合も「合理的な経路」として労災の対象になります。
*労災には業務災害(公務災害)、通勤災害が含まれる。
2不登校の生徒の自宅立ち寄りは公務?
設例は通勤途中の立ち寄りですが、その目的は不登校の生徒の自宅を訪ね、連絡事項の伝達や様子を知るためでした。もしこのことが教員にとって業務に該当するならば、通勤災害ではなく業務災害として判断されることになります。さらに、公立学校教員は地方公務員なので、業務災害ではなく公務災害になります。公務災害の場合、通勤災害よりも公務員の労働者にとって休業などの点で有利です。
公務災害かどうかは、災害発生時に任命権者から通常または臨時に割り当てられた職務を遂行しているなど、職務が任命権者の支配下にある必要があります(「公務遂行性」)。
設例の場合、不登校の生徒の自宅に立ち寄るという行為は、通常は担任が自らの判断のみで行うものではなく、管理職と相談して行うものです。つまり、校長の職務命令として行うものであり、その支配下での職務であると考えられるので、公務遂行性があると言えます。
また、公務災害が認められるためには、公務に内在する危険性が現実化したと言える必要があります(「公務起因性」)。生徒の自宅に行く途中で事故に遭うことは、学校外の場所に移動する行為を伴うので、事故に遭う可能性はあり得ることです。そのため、公務に内在する危険性が現実化したと言えます。
以上のように、設例の場合は通勤災害ではなく、公務災害として認定される可能性が高いでしょう。
3部活動業務での移動の場合はどうなる?
設例とは異なりますが、部活動業務での移動中に負傷した場合はどうでしょうか。特に勤務時間外の部活動で校外に出ている際に事故で負傷した場合に問題になります。
勤務時間外の部活動業務での事故は、学校の教育活動として行われ、校長の指示と責任の下で実施されるものは公務災害の対象になります。したがって、部活動業務での移動中に負傷した場合でも、公務災害が認められます。
一方で、中体連や高体連など、連盟が主催する公式戦での審判業務に際して負傷した場合は、校長の指示と責任の下での業務ではないとされ、公務災害に該当しません。しかし実際には、中体連や高体連などの連盟に登録しなければその部活動は公式戦に参加することはできず、連盟が主催する公式戦を実施するために顧問の先生は審判業務を担当せざるを得ません。
それにもかかわらず、審判業務に関しては公務災害が認められないのはあまりにも理不尽であり、日本の部活動運営が連盟の独占的な権力構造を前提とする極めて歪なものであることを物語っています。教員の部活動業務の負担が社会問題となっている中で、連盟の存在と運営のあり方は、連盟の業務を担当せざるを得ない顧問教員の公務遂行性の判断とも関連して、最も批判的に議論されなければならない論点だと思います。
※このコーナーに出てくる人物名や団体名、設定は架空のものです。
著・監修 神内 聡
弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。担当科目は社会科。著作に『学校内弁護士 学校現場のための教育紛争対策ガイドブック』(日本加除出版)など。
※『教員養成セミナー 2020年2月号』
「もし教師が法律を知らなかったら 若手のためのコンプラ入門」より 〔2019年12/28(土) 教員養成セミナー〕


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高校生モデル・よしあき ティーンの人気を集める高校生モデル・よしあきが初のエッセー本を出版
  「友達ゼロで不登校だった僕が世界一ハッピーな高校生になれたわけ」
よしあき初のエッセー本「友達ゼロで不登校だった僕が世界一ハッピーな高校生になれたわけ」
「グッチ(GUCCI)」や「バーバリー(BURBERRY)」のオープニングパーティーに来場し、「ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE&GABBANA)」のミレニアルズ向けのショーや東京ガールズコレクションのランウエイを歩く高校生モデルのよしあきが12月26日、初のエッセー本「友達ゼロで不登校だった僕が世界一ハッピーな高校生になれたわけ」(KADOKAWA)を出版した。本の中では、中性的な言動がいじめの対象となり不登校だった過去を告白。その後、台湾での療養生活や帰国後のフリースクールでの恩師との出会い、原宿デビューなどを経て“世界一ハッピーな高校生”と思えるようになるまでの歩みをつづった。そんなよしあきに本の出版や現在の活動について話を聞いた。
WWD:今回の出版の経緯は?
よしあき:数年前にもお話をいただいていましたが、“暗い過去を売りにしたかわいそうな子”という目では見られたくなくて、保留にしていました。その後、自分と似たような経験をした子が悲しい結末で終わるニュースを目にする機会があり、僕がこんなに元気になれたんだから少しでも希望を届けられればと思い、もう一度お声が掛かったタイミングで出版を決めました。
WWD:不登校になったきっかけは?
よしあき:自分では最初はいじめだと思っていなかったんです。小学生の頃からサッカーよりおままごとが好きで、「女っぽい」とからかわれたことから、ちょっかいがどんどんエスカレートして、同級生から暴力を受けることもありました。深く傷ついていましたが、当時は誰にも話すことができませんでした。お母さんや姉のミチとも仲は良かったけれど、家では強がっていたのかもしれません。僕がキャパオーバーになり学校へ行けなくなって初めて、家族がいじめの事情を知りました。
WWD:本の中では家庭内暴力や自殺未遂などの過去についても赤裸々に語った。“ハッピー”と思えるようになるまでにはどんなことがあったか?
よしあき:不登校の時期には精神的に不安定になり、家庭で暴れてしまうこともありました。ミチが受験を控えていたことから、11歳のときに生まれの地である台湾に移住しました。日本の社会や人間関係からくるプレッシャーがなくなり、少しずつ元気になっていくのを感じました。一方でそのときにSNSで見た原宿のポップなファッションに憧れを感じて、帰国したら原宿に行くことを夢見るように。当時流行していたスキニーパンツがはきたくてダイエットもしたんです。
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"昔は悪目立ちをしないようにしていた自分が派手なファッションを楽しむようになった"
WWD:13歳で帰国し、すぐに原宿へ行った?
よしあき:家族や親戚としか話さない日々が何年か続いていたので勇気が必要でした。お母さんたちが探してくれたフリースクールに通い、そこで恩師の先生との出会いがありました。恩師をはじめ仲間や人と関わることに慣れていったんです。そしてやっとミチに原宿に連れて行ってもらい、竹下通りを歩きました。はじめは緊張したんですが、髪の毛を緑に染めたり、ケミカルウオッシュのデニムにタイダイ柄のTシャツを合わせたり、ミチとおそろいのコーディネートをしたりと、だんだんと派手なファッションを楽しめるようになりました。昔は悪目立ちをしないようにしていた自分が、まさかこんな派手な格好して自信が持てるようになるなんて、ファッションの力って本当にすごいと思います。そんな中、街頭でテレビのインタビューを受け、そこから徐々にモデルの活動をさせていただくようになりました。
WWD:若者マーケティング研究機関「シブヤイチマルキューラボ(SHIBUYA109 lab.)」が発表した「トレンド大賞2019」のヒト部門では1位によしあき&ミチが選ばれた。
よしあき:2人ですごく喜びました!ミチは「わたしはずっと、遊びでも球拾いしかやらせてもらえない子どもだった」と言っていて、僕もなかなか仲間に入れてもらえない子でした。そんな僕にイベントでファンの子が「会えてうれしい」って涙を流してくれたりするんです。全てにおいて不正解の人間だと思っていましたが、今まで自分がやってきたことは間違ってなかったのかもって思えるようになりました。
WWD:現在インスタグラムのフォロワー数は36万を超える。ファンを獲得するために何か工夫していることはあるか?
よしあき:僕たちは人並みにしかやってないです。ただ、SNSでは悲しいことや暗いことは発信しないようにしています。もちろん落ち込むこともありますが、そんなときは大好きな酢豚定食を食べたり(笑)、友達に話したりしてストレスを解消しています。不登校やいじめを経て、ため込まないようにしようと決めたんです。ため込んで人に物事を伝えなかったのでいじめがエスカレートしたんだと思います。
PHOTO : TSUKASA NAKAGAWA
"僕の人生は誰にもあげたくない"
WWD:過去に戻ってやり直したいと思うことはあるか?
よしあき:やり直したいとは思いません。もし普通の学校生活を送っていたら今の僕になれていないかもしれない。過去があったから今の僕があるんだと思います。フリースクールで恩師に会えたこと、家族が支えてくれたこと、モデルの仕事に出合えたことなどいろんな奇跡が起こったので、僕の人生は誰にもあげたくないです。
WWD:今回出版する本はどんな人に読んでもらいたい?
よしあき:人間関係で困っている人や不登校になってしまった子に読んでもらいたいです。僕のお母さんのインタビューも掲載しているので、同じような境遇のお母さんにも読んでほしいです。本を作る過程で、僕とお母さんの間には当時すれ違いがあったことを知りました。僕は「もっと構ってほしい」とか「お母さんにそんなに好かれていないかも」と思っていたら、お母さんはカウンセリングに通ったり学校を探していたりと、僕のためにいそがしくしてくれていたんです。本当に今が幸せすぎて過去を肯定できるようになったので、僕の経験を通してどんなにつらいことも絶対に超なんとかなるって、伝えられたらうれしいです。
〔2019年12/28(土) WWD JAPAN.com〕

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長崎県五島市フリースペースつくしんぼ 「小さなSOS受け止めたい」五島にフリースペース 不登校、いじめ… 新たな「居場所」へ
五島市三尾野1丁目、福江総合福祉保健センター
小さなSOSを受け止めたい-。五島市に今月、不登校や引きこもり、いじめなどに悩む子どもたちを受け入れる「フリースペースつくしんぼ」が開設された。かつての当事者やその親、相談支援に詳しいメンバーらがボランティアで運営し、電話や面会で相談に応じる。学校と自宅以外に過ごす場所が少ない離島で、新たな「居場所」づくりを目指す。
市内では現在、国と県の委託を受けたNPO法人が運営する「五島若者サポートステーション」(五島サポステ)が、仕事や通学ができない15~39歳の就労支援などに取り組んでいる。一方、14歳以下については、市教委が学校外で不登校者を支える「教育支援教室」などがあるが、民間の支援活動がほとんどなかった。
そこで、五島サポステ副総括コーディネーターの草野久幸さん(65)が、サポステの元利用者や支援者らに呼び掛け、年齢制限を設けない支援組織の設立を提案。草野さんの他に7人が「フリースペースつくしんぼ」の支援メンバーとして参加した。いずれは引きこもりなどの子どもがいる親同士が悩みを共有する場もつくりたいという。
草野さんらは日中、福江総合福祉保健センター(三尾野1丁目)2階の五島サポステに常駐。「サポステとして、年齢にこだわらず切れ目のない支援を行うため、誰もが自由に滞在し、相談しやすい場にしたい」として、小中学生の来所も歓迎する。フリースペースの支援メンバーが集まる定例会は、同センターで毎月第3水曜日午後6時半から。その場でさまざまな悩みも相談でき、次回は来年1月15日の予定。
草野さんは「家で1人でゲームをするよりも、まずはフリースペースで誰かと一緒に遊んでほしい。子どもたちの選択肢を増やしたい」と話す。問い合わせや相談は草野さん(電090・1191・3292)。
〔2019年12/30(月) 長崎新聞〕

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NPO法人「くるみ─来未」 障害者らに居場所を 川崎・中原区のNPO、施設開所へ奔走
発達障害や知的障害のある子どもたちに居場所を提供しようと、地域のコミュニティースペースをつくる取り組みに奔走しているNPO法人がある。川崎市中原区で自閉症児支援を手掛ける「くるみ─来未」。立ち上げに要する資金が150万円ほど足りておらず、2020年2月のオープンを目指して寄付を集めている。
「障害の当事者やその家族たちが誰でも楽しく過ごせる場所にしたい」。くるみの理事長を務める太田修嗣さん(43)は、自費で同区上平間の2階建て一軒家を購入。2階は自宅で、1階をコミュニティースペース「くるみのおうち」として、地域住民らが気軽に立ち寄れる「憩いの場」をつくっている。
築50年にもなる家は、大規模なリフォームが必要だった。19年春から団体の利用者や支援者らの協力を得てDIY(日曜大工)で改修作業に着手。壁紙を貼り直したり、ひたすら雑巾がけをしたりして、計10回で延べ120人が作業し、約60平方メートルあるスペースはすっかりきれいになった。
くるみは14年に設立。太田さん自身が父子家庭で自閉症の長男・直樹さん(18)を育ててきた経験から「社会との接点を持ちづらい子が安心できる場を」と、弁当作りやアウトドア体験などのイベントを月1回ほど催してきた。活動を広げるため、初めて自前の施設を造ることにした。
「活動の原点には息子の存在がある。どうすれば彼らしく生きられる社会にできるかという視点でずっと考えてきた」と太田さん。改修作業には直樹さんも参加し、オープンを心待ちにしているという。開所後はイベントのほか、虐待被害や不登校の子どもを一時保護するシェルターの機能も持たせるつもりだ。
費用は約2200万円。くるみのおうちは完成間近だが、テーブルやエアコンなど家具・家電の用意がなく、賛同者の寄付が欠かせない。くるみは市の特例認定NPO法人のため、寄付者は税制の優遇措置を受けられる。太田さんは「みんなが自分らしくいられる場にしたい。社会を変える取り組みに協力してほしい」と呼び掛けている。
詳細はくるみのホームページ(http://kuruminaoto.org/)。問い合わせは、同団体にメール(kurumi.naoto@gmail.com)を送る。
〔2019年12/30(月) カナロコ by 神奈川新聞〕

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レリジャスハラスメント/religious harassment(レリハラ) 自治体直営の山村留学センター所長が入寮児童と保護者にレリハラ/不適切宗教勧誘か
不適切な宗教勧誘が行われた疑いがある本郷山村留学センター(同センター公式HPより)
地方自治体による山村留学事業において、施設の責任者が入寮中の女子児童とその母親に対し不適切な宗教勧誘を行っていたことが判った。
山村留学事業とは都市部の小中学生を農村や漁村など主に過疎地の公立学校で受け入れる地方自治体の事業。問題が発覚したのは山口県岩国市。同市へ山村留学する児童・生徒は自治体が運営する寮『本郷山村留学センター』で指導員と生活し地元の公立学校に通う。同センターでは本郷小学校に通う小学生の男女児童を受け入れているが、本郷中学校へ進む中学生については男子のみ継続入寮可能で女子児童は中学進学後には入寮できない。
今年春から小学生の娘をセンターに預け、中学進学後も継続入寮を希望していた母親が岩国市職員である施設責任者から受けた”交換条件”による宗教勧誘の被害を告発した。
山村留学事業における宗教勧誘被害
岩国市の山村留学事業では主に都市部から転校した小中学生が緑豊かな山村で留学生活を送っている。保護者が市に支払う委託費は小学生が月46,200円、中学生は月に51,400円となっている。一年ごとの更新で継続利用も可能。山村留学の背景にはいじめや不登校などの問題も指摘されているが、今回宗教勧誘の被害に遭ったのは親の仕事の事情で山村留学を選択した小学校高学年の女子児童とその母親だ。
提示された”交換条件”
娘の小学校卒業後も継続して中学校卒業までのセンター入寮を希望する母親は、施設の責任者である60代の男性所長に今年春から相談していた。この責任者はセンター開設後32年間、市の職員として所長を務め、数年前に定年となって以降も年度契約で準公務員として再任用されている。
6月上旬、センターを訪れた母親は事務室で所長から思いがけない提案を受ける。娘を中学3年間自宅に下宿させること、つまり里親となる交換条件として自身が教会長を務める天理教への母娘の入信と中学卒業後に娘を天理高校へ進学させると約束することを持ちかけられたというのだ。
センターに入寮中の女子児童は中学生になっても里親を見つけることができれば継続してセンターを利用することは可能だが、寮として宿泊はできない。地域には高齢者が多く、里親となる世代の民家自体がないため、これまでセンターに通う女子中学生の里親をしてきたのはこの所長のみだ。
以下は母親の記憶を基に再現したセンター事務室(管理室)内でのやり取り。
母親「所長、女子中学生の受け入れ、何とかなりませんか。いろいろ問い合わせしているのですが、なかなかうまくいきません」
所長「うちで預かってもいいんだけど、決めていることがあるからねぇ。天理高校に行く子だけ預かることにしてるから。じゃあ、○○子(娘の名)、天理高校に行ってくれる?僕は教会長なんだけど。天理高校は天理教の信者じゃないと受けられないんだよね。決まりがあるからね。今度、そういうの(別席)があるから、4人(所長夫妻、母娘)で行きましょう。おやさまという方がいるんだけどね、どういう教えでどうして大事なのか」
思いがけない提案に面食らった母親は思考停止状態になり固まってしまったという。脈があると思ったのか所長はその後、30分以上天理教についてブリーフィングを続けた。明確な返答ができないまま施設を後にした母親だったが、その後、友人にこの交換条件の提示について話したところ「それはおかしい」と指摘され、立場を利用した宗教勧誘であるレリジャスハラスメント/religious harassment(レリハラ)の被害に遭ったことに気付く。
保護者に無断でお参りさせていた
11月、ある検定試験を娘が受ける際、所長が保護者に無断で試験会場の近くにある天理教の周東大教会にお参りさせていたことが判明、母親は告発の決意を固めた。
12月初め、母親はレリハラの証拠として所長との会話を録音した。
母親「天理教に入って天理高校に入らないと所長の家には下宿させてもらえないわけですよね?」
所長「だからね、私はそう決めたんですよ。卒業されるんだけど皆それっきりでね。感謝せいとは言わんけども、ただ連絡はしてほしいんですよ、ここを育った子は。留学センターを巣立った子どもたちだからどういう形であれ連絡をしてほしいんだけど、うちで育った子は何にもないんですよ、そういう子に私は育てた覚えはないんだけども、結局家に帰ったらそうなってしまうから。だから私は今度預かる子は天理高校に行くと。天理高校に行けば私も毎月天理に行くから、○○子(娘の名)に会えるわけですよ、どんなことしてる?と話もできるからね、わかります?私自身が安心もする、頑張ってるなと。そういうことを大事にしたいから私は天理高校へ行く子ならば預かることにしたんです。わかりますか、民間の家に帰ると何にもないからね」
母親「所長の自宅に下宿していた子たちは天理高校に進学されていないんですか?」
所長「いない。皆家に帰ってしまうとそれっきりになるから嫌でね、それでもう天理高校に行く子だけを預かることにしたんです。そうしたらお母さんにも一回は天理教の話が聞いてもらえるでしょ、今まで預かった子には誰も天理教の話はしていない、一般的な家だと思っているからここが。私はあくまでも天理教の教会長だからね、これではいかんなと、せっかく預かるなら私も天理教の信者だから、せっかく預かる子どもさんの保護者の方にぜひ天理教のお話を聞いてほしいなと、それでこのようにさせてもらったんですよ。別に強制的に信者になれってことではないですよ、間違えないでくださいよ。ただ話の順番として(信者に)なってもらわないと天理高校を受けられないから」
天理高校の保証人システムを力説する所長。
所長「天理教の信者でないと天理高校を受けられないんですよ、天理高校を受けるためには話を聴いてもらわんと受けられないというシステムがあるんですよ。親が保証人じゃないんですよ、(天理)高校の保証人は。天理教には大教会というのがあって、大教会長がその子の保証人になるんですよ。だから何かあった時には親に行くんじゃないんですよ。大教会の会長のところに行くんですよ、これこれこういう子が来てますけれどどうなってるんですかと、だから天理教の話を聞いてもらって私がこの子は天理高校を受けますからって、印鑑が要るんですよ、願書を出すのに」
無断で参拝させたことも「問題ない」
さらに娘を天理教の大教会へ連れて行き参拝させたことも「問題ない」と弁明した。
所長「(11月の検定)試験を受けに来ましたよね。その時も、駐車場がないから大教会の場所を借りて駐車場に行ったんですよ。そこでちょっと参拝して行こう、せっかく受けるんだから試験前に神様でもお祈りしとこうということで行って。まあ(試験に)通ったから別に問題ないんだけども」
母親は“交換条件”の決定的な言質を取った。
母親「6月にお話しした時に、娘と私が天理教に入信して天理高校に入ると、」
所長「約束ちゅうか、うちで預かると」
母親「下宿させていただいて山村留学を続けられると仰ってましたよね」 所長「そう、そうです」
所長から「12月26日に天理教の最初の信者になる人の勉強会(別席)に行きましょう」と言われていた母娘だが、後日理由を付けて断っている。
天理教関係者に確認したところ、確かに天理高校の応募資格には「天理教信者の子女で」と明記されているが「親も保証人で大教会長は連帯保証人」との位置づけだという。また「印鑑」には「確かにうちの信者です」という証明の面もあるとのこと。
渦中の施設責任者に電話取材
12月16日、この所長に電話取材を行い、事実関係を確認した。
――6月に母親から相談された時に「天理教へ入信するのであれば」と言ったのか
「入信をするとは言っておりません。なんか間違えてませんか」
――具体的にどのように言ったのか
「だから天理高校に行くためにはどうしても話を聴いてもらわないといけんから、それで天理教の話を一回聴いてくださいと。入信するかしないかはご自由ですと言うとります」
――具体的に「天理教に入らないと中学1年から外に行っていただきます」と
「そんなことは言ってません。うちで預かるときには天理高校に行かせたいんですよ、里親するんですよ、要するに。皆高校でダメになるから。高校行ってない。辞めてるんです。そういう子にしたくない。天理高校なら寮もあるし、ひと月に1回天理に行くので顔も見れる。天理教の教会長やってますから。できれば天理高校に行かせたいんですよ。それでね、預かる条件として天理高校に行かす条件として一応預かりますけれども、ただ本人が意思が変わってどうしても天理高校を受けられないと言われればそれはしょうがないですねという話をしたんですよ。この前も」
所長はこれまで5人の女子中学生を預かってきたが、一度も天理教へ連れて行ったり天理教の話はしていないという。
所長「好き好んで預からない、頼まれて」
――11月の検定試験の際、母親に無断で娘を天理教の教会にお参りさせた
「(天理教の)駐車場に停めただけですよ、駐車場がないから」
――お参りはしてないんですか
「お参りはしましたよ。受験するんだから合格してほしいでしょ、だから」
――親の承諾は取ってないんですよね
「取ってないですそれは、本人が嫌がればさせませんけど。せっかくだから天理教の教会に参拝していきましょうと言っただけですからそれだけのことですよ。何が言いたいんですか?」
――6月に母親から相談された際に「うちで預かってもいいけど決めていることがある」と
「それはそうですよ」
――交換条件として提示されたんですよね
「交換条件ではないです。酷い言い方されますね。交換条件じゃなくてうちで里親するんですよ」
「この前、メールが来て来年受験させるので来年はこっちにおらない(いない)と聞いている。よく聞いてください○○さんから。私もわかってませんけど」
「もう面倒くさい」「問題なんでしょう」
「いろんな情報が行ってるんですねそっちにね、ほんとのこと聞いてください、もう面倒くさいね」
「天理教は関係ないですから、私の気持ちを言うたわけですから」
――天理高校に入らないと下宿させてもらえないとお母さんが確認された
「確認というか、そうじゃなくて『入信して天理高校に行かなきゃいけませんか?』と言われて、できればそうしてほしいと。本人が3年預かるんだったらそりゃ気持ちも変わるかもしれないからその時には仕方がないですねと言ったわけですから。預からんとは言ってませんよ」
――6月の時点で、「うちで預かってもいいけど天理高校に行く子しか下宿させない」と
「そのようにしたいんですよ、私としては」
――という話はしたんですよね
「それはしましたよ」
――中学に進んでも寮に残れないと悩んでいる親にそういう話をすることは条件を提示されたと受け取られても仕方ないのでは
「それは仕方ないでしょ、うちで預かるわけだから、(それが嫌なら)よそで預かってもらえばいいだけだから」
――ならそれは条件を提示したと受け取られても仕方ないのでは
「それはそうかもしれないが」
――条件を提示したという意識はなかったと
「それはないですよね、その時点ではね」
――女子児童が中学生になったら寮に残れないという状況の中でそういう話をしたことは問題があるのでは
「何の問題があるのかよく分からんけど。じゃ、問題があるんでしょう」
――職場で宗教勧誘をしたわけですよね
「勧誘をしたわけでではないです、里親は個人になるんですよ、だから別問題でしょ、職場とは」
――職場でそういう話をされたわけですよね
「中ではないですからね」
――話をしたのは寮の中だったと聞いている
「寮の中ではないと思いますけど」
――母親に伺った話では場所は寮の中だったと
「私にどうしてほしいわけですか、よくわからんけどその意図が」
――事実関係の確認をしたいんですよ
「事実関係?」
――場所はセンターの中じゃなかったんですか
「それをどうしたいんですか、記事に出されるわけですか」
――事実関係を確認出来て記事にできると思えば出します
「出してどうされるわけですか、私を責めるわけですか、そのようにしたゆうて」
――事実として山村留学センターの中で娘の進学に悩む母親に対して天理教への勧誘をしたのかどうか
「天理教の勧誘ではないって言ってるでしょ。私は天理高校に行かしたいがために言っただけですから、勧誘とは全然違いますと言ってるじゃないですか」
――天理高校に行かせたいという意思はあったわけですよね
「それはあったですよ、天理高校に行かせたいという。だから天理高校に行かすためには話を聴いてもらわねいけんという条件があるから、皆そうですからね、天理高校に行く子は」
――お母さんも入信しなければいけないということなんですよね
「それ言ったやん、別に入信はしなくてもいいですよと、それ違いますよと」
――「大教会の保証人が」と
「大教会の保証人がどうしても要るからね。親が私らもなれないわけなんですよ。だから天理教の話を一回聴いてもらって、こういうことで信者さんになってもらってますから天理高校を受けさてけさせてくださいと言う風に印鑑をもらいに行くわけなんですよ。それだけのことです」
――お母さんの入信については
「ないです別に、それは言ってません」
――お母さんは「言われた」と
「言ってないです」
―誤解があったと
「それは話をしようと思ってます、ちゃんと」
「別に強制的に入信はしてませんので」
母親の反論と無念
所長の弁明に対し母親は以下の反論をしている。
・意思の変更について
所長の弁明「ただ本人が意思が変わってどうしても天理高校を受けられないと言われればそれはしょうがないですね」
→「続きがあります。『でも預かる以上は天理高校を目指してやってもらいます』つまり、選択肢はないということです」
・入信の選択の自由について
所長の弁明「入信するかしないかはご自由です」
→「言われてないです」
・”交換条件”を示した場所(と時間)
所長の弁明「寮の中ではないと思いますけど」
→「話をしたのは寮の中です、日中です。事務所です」
・母親の入信について
所長の弁明「別に入信はしなくてもいいですよとそれ違いますよと」
→「『親が入信しないと受験できないんですよ』」と言ってました」
母親はつい先日も所長から「天理教に入っていただけないなら中学から他のセンターに移ればいいでしょ、他にもたくさんあるんだから」と告げられたという。
親の承諾なしに無断で特定の宗教施設に連れて行かれたことについて娘は母親に「試験の前に突然連れて行かれてお祈りした」と話しているという。母親は吐露する。
「娘を教会へ連れて行ったこと。これを思うと苦しいです」
後編では、この所長から送られてきた回答FAXの驚くべき内容、“交換条件”の法的問題、岩国市や天理教本部の対応、天理教が”福祉活動”として行っている天理教里親連盟の問題についてレポートする。
<取材・文/鈴木エイト> 【鈴木エイト】 すずきえいと●やや日刊カルト新聞主筆・Twitter ID:@cult_and_fraud。
滋賀県生まれ。日本大学卒業 2009年創刊のニュースサイト「やや日刊カルト新聞」で副代表~主筆を歴任。2011年よりジャーナリスト活動を始め「週刊朝日」「AERA」「東洋経済」「ダイヤモンド」に寄稿。宗教と政治というテーマのほかに宗教2世問題や反ワクチン問題を取材しトークイベントの主催も行う。共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)
〔2019年12/30(月) HARBOR BUSINESS Online ハーバー・ビジネス・オンライン〕

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ドキュメンタリー映画「こんばんはⅡ」 「群馬県内にも夜間中学を」市民グループが上映会 夜間中学舞台の「こんばんはⅡ」
映画「こんばんはⅡ」の上映会に向けて会議を開く市民グループの奥山龍一代表(左から3人目)と本堂晴生事務局長(同4人目)ら=群馬県伊勢崎市内で2019年12月19日、鈴木敦子撮影 群馬県内初の夜間中学設置を目指す市民グループが来年1月25日、伊勢崎市富塚町の市民プラザで、夜間中学が舞台のドキュメンタリー映画「こんばんはⅡ」の上映会を開く。入場無料。先着60人。グループのメンバーは「夜間中学は勉強だけでなく、人との関わりや生きていく上で必要なものを学べる場。まずは実態を知ってほしい」と強調する。
【鈴木敦子】 夜間中学について、文部科学省は2016年の教育機会確保法で、少なくとも各都道府県1校の設置を促している。だが、現状は7都府県の33校にとどまり、群馬を含む38道県が未設置だ。かつての夜間中学は、戦中や戦後の混乱期に義務教育を修了できなかった人たちの救済が目的だった。しかし、今では生徒の約8割を外国人が占め、不登校経験者の日本人も多い。
市民グループは、共愛学園前橋国際大学の奥山龍一教授が代表を務め、伊勢崎市や大泉町などで外国人らの学習支援に取り組むボランティアら約15人がメンバー。それぞれの活動の中で、来日時点で既に義務教育年齢を超えていたり、日本語が分からず授業についていけなかったりして、学びたい意欲はあっても学校に通えない外国人を多く見てきたという。中学を出ていなければ就労は厳しく、社会に居場所を見つけることも難しい。グループは、夜間中学を学習の場だけでなく、日本の文化や慣習を知り、さまざまな人間関係を育む場としても期待する。 また、事務局長でNPO法人「Gコミュニティ」代表の本堂晴生さんは「外国人労働者が増える中、雇用する企業が夜間中学通学を支援してくれれば、人材育成にもつながる」と意義を述べる。今回の上映会を通じて設置に向けた機運を醸成したいという。
県教委が視察した埼玉県川口市など先行自治体によると、入学希望者の中には夜間中学を「無料の日本語学校」と誤解している外国人も少なくなく、全教科の履修が必要なことなど実態や役割を理解してもらうことが大事という。
◇世代、国籍異なる生徒が勉強
映画「こんばんはⅡ」は、千葉県内の自主夜間中学や大阪府の公立夜間中学などを撮影した作品。いじめで不登校になった人や障害者、難民らさまざまな背景を持つ人たちが登場する。2003年に公開された「こんばんは」の続編で、世代も国籍も異なる生徒たちが読み書きや計算に取り組み、給食や文化祭などの時間を通じて周囲と交流し、自信も獲得していく姿が記録されている。
上映会では森康行監督と、沼田市出身で都内の公立夜間中学元教諭の見城慶和さん、卒業生らのトークもある。問い合わせはメール(yakan.chugaku.gunma0125@gmail.com)または本堂さん(070・5021・9103)。
〔2019年12/30(月) 毎日新聞〕

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ひきこもる就職氷河期世代。 ひきこもる就職氷河期世代。ひきこもり100万人時代、中心は40代。家族が苦悩する「お金問題」
【令和ヒット記事】 令和の幕開けとなった2019年、Business Insider Japanから多くのヒット記事が生まれました。そんな注目の1本を紹介。
※本記事は2019年4月9日に公開した記事の再掲です
中高年のひきこもりは、若者より多い ──。
内閣府が3月29日に発表したひきこもりの高齢化に関する実態調査で、40~64歳までのひきこもり当事者の推計人数が約61万人と、40歳未満の約54万人を上回った。不登校と同様、若年層のイメージが強い「ひきこもり」だが、むしろ中高年の問題だという事実が浮き彫りになった。
ひきこもりの中心層は就職氷河期世代。中高年のひきこもりは若者より多くなっている。
100万人の中心層は就職氷河期世代
なかでも中高年当事者の4分の1を占める一大勢力が、40~44歳の「ポスト団塊ジュニア」だ。彼らは「就職氷河期」の2000年前後に大学を卒業し、就活の失敗などを機にひきこもり状態となった人が多い。
だが、自治体のひきこもり支援策の対象者は、多くが「39歳未満」。40代の当事者が支援を受けられないままに年を重ねれば、親が死去したり要介護状態になったりした時、共倒れしてしまいかねない。
内閣府の調査によると、40歳~64歳のひきこもり当事者の推計数は、部屋から出られない人から、趣味に関する用事の時だけ外出できる人までを含めた「広義のひきこもり」で推計61万3000人。2015年度にほぼ同じ条件で出した15~39歳の推計値は54万1000人で、合わせて100万人を超える当事者がいる計算だ。
中高年の当事者のうち25.5%が40~44歳だ。このうち33.3%が大学卒業と就職が重なる20代前半に、初めてひきこもりとなった。
ひきこもり問題に詳しい境泉洋宮崎大准教授は「ひきこもりの中心層は就職氷河期世代。彼らは10年後に50代となり、80代の親を抱えることになる」と指摘する。
すでに今も50代のひきこもり当事者と、80代の親の苦境が「8050問題」として社会的に注目されるようになっている。子どもが親の年金や収入に頼って暮らしていると、親が死亡したとたんに、家計が行き詰まるためだ。
「8050問題とはお金の問題」
神奈川県などで2018年以降、親の死後、遺体を放置したとして、同居する40代~60代の無職の子どもが死体遺棄の疑いで逮捕される事件が相次いだ。報道によると、遺体が生前から寝ていたとみられる布団の中で発見されたケースも複数あった。
「親の年金がなくなる」という当事者の危機感が、事件の背景にはある。支援者によると、対人恐怖や精神疾患などを抱えて、誰にも相談することができず、結果的に遺体を放置してしまう当事者も少なくないという。
都内に住むエディトリアルデザイナー、間野成さん(51)には、故郷の新潟県長岡市に88歳の母親と、30年以上ひきこもっている兄(60)がいる。兄は20代の終わりに地元の工場を退職してから職が見つからず、自室にこもった。
間野さんは長いあいだ、兄を重荷に感じていたが、2017年に父親の死をきっかけに、約30年ぶりに会話ができるようになった。「兄のひきこもりの原因」だと思い込んでいた父親と、死の直前に和解したことも転機となり、兄を受け入れられるようになったという。
ただ最近は母親の衰えが進み、身の回りのことができなくなりつつある。1日前に電話で話した内容も覚えていないなど、物忘れも激しくなった。今はデイサービスを週1回利用しているが、ホームヘルパーも使わざるを得なくなり、介護費用もかさみそうだ。
生活は教員だった父親の遺族年金で賄われているため、母親が死去したら年金支給も止まる。間野さんは、兄に障害年金を受給させるための手続きを始めた。
「社会復帰の望みを完全にあきらめてしまうのか、という思いから申請をためらっていましたが、今後を見据えて手続きだけはしておこうと考えました」
継続的にサポートを受けているひきこもり相談所の料金も、1時間半ごとに9800円かかる。間野さんは「8050問題とは、突き詰めればお金の問題とも言えます」としみじみと話した。兄は簡単な炊事はするものの、ケアマネージャーとのやり取りや介護に関する判断ができる状態ではない。間野さんが忙しい仕事の合間を縫い、帰省しながらこなしている。
息子にお金残したいと介護サービスも拒否
ひきこもりの当事者・家族が作る「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(東京)が3月21日、都内で開催したシンポジウムでも、支援者から「中高年ひきこもり」の深刻な事例報告が相次いだ。
岩手県洋野町の保健師で、ひきこもり支援を担うNPO法人「エンパワメント輝き」理事長の大光テイ子さんが関わったのは、70代の高齢者夫婦と40代の無職の息子の家庭だ。家を訪ねてみると、「部屋には座る隙間がないほどごみが散乱し、屋根は雨漏りし、台所の床は家族が転ぶほど傾いていました」(大光さん)
父親は要介護状態の妻にも介護サービスを利用させず、自身も認知症を患っていた。「ひきこもりの息子にお金を残してやりたい」と、家の修理も介護サービスの利用も断っていたのだ。大光さんは、「息子さんも私たちが面倒見ますから」と父親を説得して介護サービスを利用してもらい、自宅を改修し、息子には精神科を受診させた。3年がかりで生活を立て直したという。
千葉県市川市で24時間、生活困窮者らの支援に当たる「生活サポートセンターそら」の主任相談支援員、朝比奈ミカ氏は、70代男性からの「住宅ローンを滞納し、自宅を差し押さえられた」という相談を紹介した。「男性が家を失った原因は、自立できずにいる子どもに1銭でも多く残そうと、投資に手を出したからでした」と説明する。
「39歳の壁」が支援につながらず
東京でひきこもりの相談支援に当たるNPO法人「楽の会リーラ」の市川乙允事務局長は、「多くの相談者から真っ先に『年齢制限はありますか』と聞かれる」と話した。
行政のひきこもり支援の窓口は、多くの場合青少年担当の部署だ。東京都など複数の自治体が、年齢を問わず支援するようにはなってきたが、まだ多くの自治体がひきこもり相談会などの対象年齢を「39歳まで」としている。
4月上旬、ある当事者の会に参加した40代女性は、会場で配られた就労支援プログラムのチラシを手にして「これも39歳まで!」と肩を落とした。
「相談があれば、年齢を問わず支援する」としている自治体もあるが、チラシやパンフレットに対象年齢が記されていたり、「青少年」センターが窓口だったりした場合、中高年の当事者は「SOS」を出すことをためらってしまう。やる気を振り絞っても支援につながれない。その落胆が、当事者の社会に出る気力を摘んでいく。
「兄に話し相手がいる」環境を作る
朝比奈氏は、少子化や非婚化、日本型雇用の崩壊などによって「今後は身寄りがなく家族を頼れない人や、中高年の子どもを養う余裕のない親が増える」と話す。40代前半の当事者が50代を迎える10年後、問題はさらに深刻化しかねない。
だが、ひきこもり期間の長い中高年当事者が、仕事を得て自立するのは容易ではない。当事者には発達障害や軽度の知的障がい、精神疾患を抱える人も含まれる。親の残した資産を活用する、生活保護や障害年金を受給するといった、就労以外の選択肢を増やした方が、本人が社会に出てきやすくなる面もある。
ひきこもりの兄を持つ間野さんの目標は「僕が先に死んだとしても、兄に話し相手がいる、という環境を作ること」だという。昔はなるべく、近所の人と顔を合わせないようにしていたが、今は母親の通うデイサービスのスタッフや隣人に、兄の事をまめに話すようにしている。いつか兄が、彼らと直接話せるようになればいいと願う。
当事者と家族を最も苦しめるのは、社会から孤立し、困った時に誰にも頼れなくなることだ。宮崎大の境准教授は「支援者の見守りや自助グループの集まりなどによって、当事者らが社会との『弱いつながり』を確保することが重要だ」と話している。
〔2019年12/30(月) BUSINESS INSIDER JAPAN(文・有馬知子)〕

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小学生 重大ニュース2019年 【2019年重大ニュース-小学生】中学受験人気、読書量減少、虐待・いじめなど
小学生に関する2019年のニュースを振り返ると「中学受験」「プログラミング教育」「読書率の低下」「虐待」「いじめ」などキーワードはさまざま。子どもたちを取り巻く世界の複雑さや多忙さを想像すると、時代の大きな変化を感じずにはいられない。リセマムが選ぶ2019年の「小学生」重大ニュースを発表する。
2019年を振り返る 小学生 重大ニュース
中学受験人気続く
芝浦工業大学附属中学校は2019年7月23日、2021年4月より男女共学化する予定を発表した。高等学校は2017年度より先行して共学化しており、2020年3月には最初の女子生徒が卒業する。
本郷中学校・高等学校は2019年5月19日、高等学校の募集について、令和3年度(2021年度)入試より停止することを学校Webサイトに掲載。また、令和2年度(2020年度)入試より中学校の募集定員を増員する。豊島岡女子も2022年度入試より高校募集を停止する。
人気校の相次ぐ高校募集停止や、男女共学化、大学連携などにより、都市部の中学受験人気に2020年以降も拍車がかかっていくことが予想される。
2019年5月21日
【中学受験】【高校受験】本郷、2021年入試から高校募集を停止…中学募集は定員増
2019年6月17日
【高校受験】豊島岡女子、2022年度入試より高校募集を停止
2019年7月23日
【中学受験2021】芝浦工大附属中が2021年度より男女共学化、大学連携・STEAM教育強化
読書量が30年前から半減…タブレットやオーディオブックは読書習慣の後押しとなるか?
学研教育総合研究所は2019年11月20日、小学生白書Web版・1989年調査を公開した。1か月の読書冊数は、1989年が平均9.1冊だったのに対し、2018年が平均5.0冊と、30年前と比べて読書量が約半分に減っていることが明らかになった。特に小学4年生で1989年が平均12.9冊、2018年が4.9冊と差が大きい。
現代の小学生は、習い事などにより放課後多忙であったり、ゲームやYouTube等のデジタルコンテンツが身近になったりと、読書の時間がなかなか取れないことも考えられる。こうした読書量の変化は、後の生活面や学力面、情緒面にどのように作用するのか。家庭や小学校でのタブレットやパソコンの導入、オーディオブック、電子書籍などが子どもたちの読書習慣の後押しになることに期待したい。
2019年6月28日
絵本ナビ×audiobook.jp、1話数分の朗読音声1,100作品配信
2019年10月8日
「Kindle キッズモデル」「Amazon Fire HD 10 キッズモデル」10/30発売
2019年10月28日
幅広い読書が「思考力・創造性」に好影響、学力向上にも
2019年11月22日
読書量が30年前と比べて半減…小学生白書
虐待、いじめから守られるべき子どもたち
東京都は2019年3月28日、保護者らによる体罰の禁止などを盛り込んだ「東京都子どもへの虐待の防止等に関する条例」を東京都議会本会議で可決した。子どもを虐待から守るため、都民、保護者、関係機関などの責務を明らかにしており、2019年4月1日より施行された。
また、文部科学省が発表した「2018年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の結果によると、いじめの認知件数は前年度比12万9,555件増の54万3,933件で過去最多を更新。小・中・高校・特別支援学校のうち、小学校が8割近くを占め、小学校でのいじめは4年前から3倍以上に増えている。
家庭での子ども虐待に関するニュースは後を絶たず、子ども同士のいじめも止まらず、ついには教師の間での悪質ないじめが発覚した小学校もあった。父親による息子の中学受験への行き過ぎた指導と執着から、我が子を死に至らしめたという悲惨なニュースも報じられた。中学教師が女生徒を誘拐・監禁したという理解しがたい出来事も記憶に新しい。
「子どもの権利条約」の国連採択から30年、日本批准から25年を迎えたが、いまだ日本社会における認知度は低い。大人たちは一刻も早く、子どもの心と身体を守るための環境を整備し、子どもの権利利益の擁護と健やかな成長を守る社会づくりを進めていく必要があるだろう。
2019年3月29日
東京都、子どもへの虐待防止条例が成立、4月施行
2019年10月18日
いじめ、過去最多54万3,933件…8割近くが小学校
2019年11月15日
子どもの権利条約に関する意識の低さ浮き彫り「尊重されている」子ども2割弱
2020年に本格始動となる教育改革。小学校での英語教科化やプログラミング教育の必修化の背景には、日本の子どもたちが未来のグローバル社会で活躍することが期待されていることがある。しかし、子どもたち自身の健康と日常の幸せが、すべての教育の土台であることを忘れてはならない。
〔2019年12/30(月) リセマム《リセマム 編集部》〕

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超多忙、教員の勤務実態 保護者へ電話、報告書作成、家庭訪問… 教員、放課後も超多忙 部活顧問は残業不可避 県内小中・勤務実態アンケート
当たり前となっている部活動、心配な生徒への対応、保護者への連絡―。本島中部のある中学校を訪ねると、長時間労働に陥っている教員の勤務実態が浮かび上がった。日中は過密なスケジュールに追われ、放課後は保護者の帰宅に合わせた電話や家庭訪問を繰り返す教員ら。教育委員会などから依頼される報告書の作成なども請け負いながら、日々の授業づくりに取り組んでいる。
「これを見てください」と校長が取り出したのは、「教育相談」と書かれたぶ厚いファイル。中には、登校を渋ったり精神的に不安定になったりしている生徒の様子をまとめた資料がつづられているという。この学校では1学級当たり3、4人は不登校の傾向があり、教員らが注意深く観察している。
教員の空き時間は1日6コマの授業のうち1コマだけ。その1コマは教育相談に関する教員同士の話し合いや会議などに充てられ、実質的に空き時間は皆無。必然的に、本来業務の教材研究やテストの採点作業は放課後に行うことになる。
校長は「昔は非行への対応で忙しかったが、今はいじめや不登校が多い。保護者への連絡は保護者の仕事が終わった後になるので、どうしても遅い時間帯になる」と説明する。先日もある教員が午後6時すぎに「家庭訪問に行ってきます」と職員室を出て行ったという。
日が暮れた午後6時、職員室にはまだ5、6人の教員が残っていた。終業時間は午後4時45分だが、パソコンでの資料作成や生徒に関する情報交換などでまだ仕事は終わりそうにない。誰かがまとめて注文したのか、複数のデスクに夜食用のチキンといなりずしが置かれていた。
体育館ではまだ部活動が続いていた。部活動の時間は午後6時までと決められており、後片付けを終えた顧問が職員室に戻るのは午後6時半ごろ。その時点で1時間半ほどの残業が発生する。顧問になった教員は構造的に残業が避けられない。
校長は「加配や支援員の配置はありがたいが、打ち合わせの時間が生まれてしまう。根本的には教員の数を増やさないと長時間労働はなくならないと思う。そして、学校だけでなく家庭や地域の協力も不可欠だ」と語った。
〔2019年12/30(月) 琉球新報(稲福政俊)〕

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高橋ユリさん(仮名)の手記 私の性暴力被害体験 その回復と葛藤 監禁、レイプされながら何とか生き延びた
〔はじめに〕
いかに掲載するのは月刊『創』2018年11月号に掲載した高橋ユリさん(仮名)の手記だ。彼女が最初に編集部に連絡してきたのは、別に掲載した集団レイプ事件被害女性の手記を読んだのがきっかけだ。その別の女性の手記もヤフーニュース雑誌に再掲したのであわせてご覧いただきたい。
   (編集部) 私は、集団レイプの被害者です。
その被害は今から25年以上前、私が当時16歳の時に起きました。高校2年になる直前の春休み、家庭環境が複雑で、家に居場所のなかった私は、地元から少し離れた場所に住む先輩を頼って、泊めてもらおうと駅の近くで待っていました。 もう3月なのにとても寒い日でした。当時は高校生が一人で時間を潰せる場所もあまりなくて、同じところを行ったり来たり……。うつむきながらあったかい缶ココアを飲んでいたのを覚えています。
スッと車が横にきて、「送っていくよ」と声をかけられました。「大丈夫」と返事をするのと同時に後部座席に引きずりこまれ、そこには2人の男が乗っていました。男たちは、私が持っていた缶ココアをシンナーだと勘違いしたらしく、「なんだよ、シンナーじゃねぇのか。じゃあ、これ吸えよ」とシンナー入りの缶を差し出しました。
驚愕と恐怖からか、その後、その男たちとどんな会話をしたのか、私がどんな態度をとったのか、詳細に思い出すことはできません。ただ、缶ココアを取り上げ笑いながら車外に放り投げた時の缶の音。被害を受けた場所の淀んだ空気。シンナーとたばこの匂い。豆電球のあかり。「女いるから来いよ」と電話をかける男の後ろ姿……まるで静止画をみるように、感覚として残っています。そして「いっそ殺してほしい」と願ったこと、でもそれ以上に強く「生きたい」と願ったこと。そんなことをぼんやり記憶しています。
いわゆる不良のたまり場であったその場所に、何日監禁されていたのか、のべ何人にレイプされたのか、今となってはもうわかりませんし、知りたくもありません。
でも私は生き延びました。
解放されたのは、その男たちの一人にそこから連れ出されたためでした。「俺のものになれ」という条件と引き換えに、その場から逃げだすことができました。
でも、そのことが後から自分を責める原因になり、長い間苦しむことになりました。見知らぬ男たちに突然拉致され、レイプされる。それは無力な16歳の少女には仕方のなかったこと。でも……助かるためとはいえ、あの男について行ったのは自分でした。
あの時逃げられれば、警察に行けたかも。誰かに話せたかも。その前に、先輩に連絡がとれていたら。そもそも家出なんてしなければ……。
でもどんなに考えても「仕方がなかった」に辿りつく、自問自答の日々が続きました。
春休み明けの新学期、クラスメイトと一緒にいながら感じた、違和感。果てしない距離感……。今まで、あんなに楽しかった何気ない会話が別世界のことのように遠く感じました。
「私はもう、ここにはいられない」
それから不登校になり、結局退学することになりました。
性暴力やDVの被害者を「サバイバー」と呼ぶことがありますが、特に被害後の2年間は私にとって、まさにサバイバルな毎日でした。被害時と同じように、半分乖離したような(うつろな)状態で日々を過ごしました。
自分の汚れた身体では、もう元の自分には戻れない。私の中で「家には帰れない」という思いが強かったため、家出を繰り返し、ときには公衆トイレで眠ることもありました。家出しているとき、「どうしたの?」と優しい声で話しかけてくる大人は、ほとんどが性搾取しようとする大人たちでした。「いくら?」「泊めてあげようか?」……。
「どうせ汚れてしまったんだから」と自暴自棄になることもありました。当時の私には、安全と思える場所も、安心を与えてくれる大人もいませんでした。そして、助けを求める知恵もありませんでした。被害前の子ども時代を振り返っても、学校で、月経や妊娠のことは教わっても、セックスに対する知識や、こんな被害に遭った時「どうすればいいか」を教わることはなかったし、性に関することは暗黙のタブーでした。
「やっぱり生きたい」という願いと希望
被害から2年ほど経って、母に被害を打ち明け「忘れなさい」と言われた時、完全に、その記憶は一時凍結状態になったのだと思います。「私が黙っていれば、忘れさえすれば、きっと普通に生きていける」と。実家に戻り、やりがいのある仕事を見つけ、忙しい日々を送りながらも、心にはいつも空虚と不安がありました。被害に関連することやニュースにはできるだけ触れないように。何もなかったように振る舞えるように感情を殺して……。
フラワーデザイナーとして花と向き合う瞬間だけ、本当の自分になれる気がして仕事に没頭しました。高校中退によって諦めてしまった夢や人生を取り戻さなきゃ、と必死でもがいていた気がします。
被害から10年後、デザイナーとしてのキャリアを積むため海外留学を経験し、
「もう大丈夫。私は過去に縛られたりしない」と少しずつ自分に自信が持てるようになった頃、結婚を意識するような彼ができました。婚約後のブライダルチェック(婦人科検診)で不妊症と診断され、「若い頃の性病を放っておいたからでしょうね」という女医の言葉がきっかけで、心の奥に鍵をかけて押し込めていた“レイプ被害の記憶”というパンドラの箱はあっさり開いてしまいました。
毎日続く悪夢とフラッシュバック。
「こんな私なんか、あの時殺されていればよかった」という想いがいつも頭から離れず、繰り返す自殺未遂。生きている感覚を確かめるため、また反対に、自分に罰を与えるために脅迫的にやめられないリストカット。「おまえのせいだ!」と母に浴びせる罵声。婚約者は支えてくれようとしましたが、結局、結婚は破談になりました。今となっては、この結果が正しかったのだと思います。
複雑性PTSDと診断され、被害に遭った3月前後は特に症状がひどいために、3年連続で精神科に入院し、その間に集中してPTSD治療を行いました。
カウンセリングの途中で乖離してしまい、治療を中断することもしばしば……という辛い治療でしたが、いま振り返ると、その原動力になっていたものは「やっぱり生きたい」という願いと希望だったような気がします。
その希望は、あんなに恨み、憎んでいると思っていた母が与えてくれたものでした。 最後の自殺未遂。診察でもらった精神安定剤や睡眠薬をこっそり貯めこみ、胃洗浄(薬を取り除く処置)しても間に合わない時間を逆算して周到に準備した計画。3日間意識が戻らない状態から奇跡的に後遺症もなく生き返ったとき、私が最初に見たのは病室の床に小さくなって寝ている母の姿でした。「もう、こんなことはやめよう」……まるで呪縛からとけるように自然にそう思えた瞬間でした。同時に「私は母から愛されていなかったわけではない」と思えた瞬間でもありました。
その日を境に、「死ぬこと」へ向かう日々から「生きること」に向かう日々が始まったのです。
20代の、パンドラの箱を抱えながらがむしゃらに走る日々とは違って、一歩一歩、カメ並みに進むような回復までの長い長い道のりでした。少し進んだかと思うと、すぐに逆戻り。いま現在もまだ、その道の途中だと思います。
“死にたい病”はなかなか厄介で、トリガー(被害を想起させる出来事)に何度もつまづきながらも治療を続け、家族や治療者、周囲の支えてくれる人たちに少しずつ心を開いてゆきました。注意深く心を開くのと同時に、安全や安心などまったく感じられない、と思っていたこの社会が実はそうでもない、ということに気づき始めてもいました。性暴力被害者を支援する団体がいくつも存在することを知り、「いつか、もっと元気になったら私にもできることがあるだろうか…」と、いつしか考えるようになりました。
性暴力被害者の声を届けるための活動
そして、治療を始めてから10年近く経った頃、性暴力被害者支援員の養成講座に申し込み、講習を受けることになりました。以下は、その当時の想いや葛藤をカウンセラーにメールで綴ったものです。
《レイプ被害のことを母に伝えた時、「誰にも言ったらダメ。早く忘れなさい」と言われて「あぁ私はやっぱり人に言えないことをされたんだ。恥ずかしいことなんだ」と思って生きてきました。私に限らず、性犯罪被害者は少なからずこのような二次被害を受けていると思います。
母として、娘を思う心配からの言葉なのでしょう……でも、とても傷つきました……。
「どうして被害者の私が、辛い苦しいと声に出来ず、後ろめたいような気持ちを抱えて生きていなければいけないんだろう……」
「なかったこととして忘れて生きるのが本当に幸せなこと?」そんなことできるはずないのに…と、ずっと理不尽な想いを抱えていました。 レイプ被害にあった私は隠れていなければいけない存在なのか? 被害があってもなくても、私は私なのに。それは被害者からすれば、自分を否定されているような気持ちになるのです。
そして“被害をなかったことにすること”それは、加害者を野放しにして、更なる加害の可能性を与えてしまうことではないのか、とも思いました。
私はもう恥じて生きたくないんです。恥じるべきなのは加害者のほうです。だから、この性暴力被害者支援の講座に参加したのかな、とも思います。被害に遭った私でも、そのままの私でいいのだと思えるようになるために。
時代的に性暴力サバイバーも声を挙げられるようになってきました。まだまだ偏見や無理解はあるけれど、被害をなかったこととして生きるのではなく、サバイバーとして生きていく選択ができる時代になってきたのだと思っています。
不妊の原因が性暴力被害にあることがわかって、心の奥にしまっていたパンドラの箱が開いてしまい、そこからPTSD発症…という経緯を辿った私にとって、決して被害のことを忘れて生きることなどできません。子どもがいないという事実を認識する度、それを避けて通ることはできないからです。
記憶喪失にでもならない限り、私たち性暴力サバイバーにゴールはありません。
もしゴールがあるとしたら…それは私が私らしく生きることです。笑って泣いて大好きな人と過ごす、そんな当たり前の生活ができることです。幸せになる権利が私にもあると思えることです。
でもやっぱり葛藤は大きいです。自分の傷を癒すために支援する立場になりたいのか…当事者だからできることがあるなんて、直後の被害者からすれば、傲慢じゃないのかとか…もちろん怖さもあります。
PTSD治療のただ中にいる頃は、支援者になることなど想像もつきませんでした。でも、「当事者の私だからできることもあるかも…」と今回、性暴力被害者支援員の講座を受けたことは、被害者である自分を受け入れるということでした。そして、この辛い体験を無駄にしたくないという想いもあります。
また、ある意味で母からの自立でもありました。母がどう言ってもどう思っても、私は私の生きたい人生を歩むのだ…と。
受講中の心の揺れも、もちろんありました。講師は…性犯罪被害者支援に関わる方々、私と同じ当事者、警察関係、検事、弁護士、精神科医、婦人科医などなど様々なのですが、もちろん揺れたのは 当事者の話です。
私とケースが似ていたせいもあったと思いますが、彼女の「どんな事件だったか」の内容の話では、緊張しました……でも、フラッシュバックもなく予想以上に落ち着けていました。
それより揺れたのは、彼女が「最後に残った課題は母親との関係でした」と言ったときでした。「あぁ…やっぱり」と思って涙が出そうになりました。彼女も母親に私と同じような言葉をかけられていました。「忘れなさい」と。きっと彼女も私と同じような心の葛藤を経てここに居るんだと思うと…辛いというより共感の涙だったと思います。
とにかく、先生、いろんな葛藤がありながらも講習は無事終わりました。今日はとにかく自分をたくさん褒めてあげたいと思います。
最後に最近、毎日繰り返し読む、アファメーション(肯定的な断言)の言葉です。
「自分は生きるのに、あたいする人間です。
自分は、自分のままでいいのです。
自分は愛するに、あたいする人間です。
自分は、自分の居所をつくっていいのです。
自分を、うんと好きになります」
(『今日1日のアファメーション』西尾 和美著より)
大好きな人と結婚して、やりたい仕事を見つけて、過去も受け入れて今、やっと自分のままで、自分の居場所を見つけられそうな気がしています。》
最後に。いま私は、仲間とともに、性暴力被害者の声を届けるため、当事者としての活動をしています。性暴力被害者がその被害を“なかったこと”にして生きなくてもいい社会の実現をめざして、私らしく、一歩ずつでもカメのように粘り強く進んでいきたいです。
〔2019年12/30(月) 創〕

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SCHOOL OF LOCK!10代が選ぶ好きな曲 「不登校」「彼女ができた」10代が選ぶ 2019年の鍵曲
パーソナリティのとーやま校長
10代向けのラジオ番組、TOKYO FM「SCHOOL OF LOCK!」。12月30日(月)の放送テーマは『鍵曲グランプリ2019』。パーソナリティのとーやま校長が、リスナーにとって何かのきっかけになった1曲を、直接電話で聞いていきました。
とーやま校長:今日は、生徒のキミの2019年を、曲を通して振り返る『鍵曲グランプリ2019』! 今年、キミにとって何かの鍵となった曲、2019年の自分的グランプリとなった曲を教えてもらう!
◆Mrs. GREEN APPLE「僕のこと」
クラスの環境があまり合わずストレスを感じていたとき、腹痛が起きて涙が止まらなくなりました。その日は模試があり登校しないといけなかったので母に車で送ってもらったのですが、そのときに車内で聴いたのがこの曲です。苦しくて誰も共感してくれないと思っていたときに、『ああ なんて素敵な日だ 幸せと思える今日も 夢破れ挫ける今日も』という歌詞が寄り添ってくれた気がしました。(15歳女性)
とーやま校長:ミセス先生も嬉しいだろうな。その日はどうだったの?
リスナー:この曲を聴いたら気持ちが治まって、その日は乗り切ることができました。
とーやま校長:今、中3だよね。そこからの日々は?
リスナー:やっぱりクラスの環境には合わなくて「学校に行きたくない」という日もあったんですけど、その度にこの曲を聴いて乗り越えて頑張ってきました。
とーやま校長:うん! そのときに頑張って奮い立たせた気持ちを忘れないためにも、この曲をもう一度聴こうか?
リスナー:はい。
――ここで「僕のこと」をオンエア。このほかには、次のような鍵曲が紹介されました。
◆Eve「レーゾンデートル」
クラスでは1人でいて、存在感が無いんじゃないかと思っていたときに、この曲を知りました。毎朝毎晩曲を聴き、通学路でも口ずさんでいたほどです。この曲を聴いたら、少しは前向きになれるようになりました。(13歳男性)
◆日向坂46「キュン」
中学2年生のときから好きな人がいます。その人と学校で話した日の帰り道に、この曲を聴いてテンションを上げていました。この曲を聴くと、その子への思いが増幅する気がします。いつか、その子といっしょに遊びに行きたいです。(16歳男性)
◆AK-69「START IT AGAIN」
サッカー部に所属しているのですが、ケガで半年間できませんでした。その間、YouTubeで音楽をずっと聴いていたらこの曲が流れました。『一度燃え尽きようとも 再起不能でも こいつの火は消えない』という歌詞が、そのときの自分の気持ちを描いているようで心に残りました。一度はサッカーを辞めようかと思ったのですが、思い留まることができた曲です。(17歳男性)
◆[ALEXANDROS]「あまりにも素敵な夜だから」
今年になって同じクラスになった友達と、ドロス先生の話で意気投合しました。そんなときにこの曲が発売され、毎日「この曲のここがいい!」という話をたくさんしました。友達との距離が、より近くなるきっかけになった曲です。(17歳男性)
◆平手友梨奈(欅坂46)「角を曲がる」
高校3年生です。僕は作詞の勉強がしたくて、進路に悩んでいました。そんなときにこの曲のMVが公開され、『周りの人間に決めつけられた 思い通りのイメージになりたくない』という歌詞が心に響きました。僕は進学校に通っていて、周りからは良い学校に進むように薦められたのですが、「自分の行きたい道に行こう」と思えた曲です。もう進路は決まっていて、4月からは本格的に音楽の勉強をします。(18歳男性)
◆GReeeeN「キセキ」 僕は2018年5月の途中から2019年6月まで、家庭の事情もあって不登校でした。7月からは先生の協力もあって復帰することができ、夏祭りのボランティアで出会った人と、付き合うこともできました。1年前の自分では想像ができないようなことで、この曲のようにキセキが起こった出来事です。(17歳男性)
〔2020年2019/12/31(火) TOKYO FM+〕

周辺ニュース

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卯野たまご 「手相はコミュニケーション力と直感を磨くレッスン」卯野たまごさん
19歳のとき、突然路上でベテラン手相家に見出されたという卯野たまごさん。
12年間の修行期間――なんと2000人を無料鑑定!――を経て、予約の取れない大人気手相占い師に。すべてを見通してしまう第六感と手相メソッドをもち、なんとマンガまで描けてしまう異色の存在。
数々の老若男女の表に出せない深い悩みに寄り添ってきた卯野たまごさんが語る、オンナの人生に不可欠な“手相力”って?
向き不向きを知って仕事も人間関係もラクに!【卯野たまご先生の手相講座】
(この記事は2019年3月7日に掲載されたものです)
卯野たまご 小学生の頃から不登校になり引きこもりをしていたが、19歳のときにベテラン占い師(のちに師匠となる“おじい”)にスカウトされて、路上で手相占いを始める。長年の夢だったマンガ家デビューも叶え、現在はマンガ家かつ占い師としても活躍。
現在は占いの個別鑑定ではなく、定期的な手相講座を開いて迷える女子たちを日々レクチャー中! 講座案内はツイッターに随時アップ。ツィッター@uno_tamago
手相を学ぶとなぜ直感が磨かれる?
「とにかく手相というものが大好きです」と語る卯野さん。
「じーっと見てたら、手相が突然語り始めるんです(笑)。
手相はその人のことを誰よりも想っている存在ですから、“本当はもっとこうしたらいいのに……”“この子、毎日がんばってるんですよ”とかね、語りかけてきます。
私は直感型タイプなので、鑑定法も独特なところがありますが、いろんな手相を見るのが好きです。
疲れたときは、家にこもってストックしているお気に入りの手相写真を無心に眺めて、癒やされてます」というほどの手相マニアでもある。
「手相は右手が35歳以降の社会的な自分。左手が35歳までの本来の自分を表します。
そう思って手の形や肉付き、線の違いをまずは比べてみると面白いですよ。
私の手相講座では、まず握手から始めてもらうんですけど、これが大好評。ふだん、あまり他人の手に触れることって少ないので、手触りや質感の違い、大きさや形にハッと気づきがあるんですよね。しかもオキシトシンが出るので、その場ですぐにみんなが仲良くなります」
少人数制の実践型「手相教室」(写真)や大人数もOKの「直感でみる手相講座」etc.手相を学べる会を定期的に開催、そちらも大盛況。
「自分の手は見ることはあっても他人の手はなかなか見られないので、この機会にご家族やご友人、恋人など鑑定してみるとよいですね」と卯野さん。最近は女性だけでなく、壮年男性などゲストの幅も広がっているよう。 「手相を入り口にして新しい視点が広がると、だれでも直感は磨かれていくと思うんです。第六感といわれる直感は、いわば筋肉と一緒。使えば使うほど目覚めるし、使うクセがつきます。勘が冴えると悪いものを選ばなくなります。直感=本能。危険を察知するセンサーでもあり、自分自身ですね。“あ、これいいな”“この人ヤバイかも”という直感は浮かんだとしても、なぜそう思うのか掘り下げない人が多いなぁと感じます」

すでに多数の著書を刊行している卯野さん。

精神科医・名越康文先生も「まったく新しい潜在能力開発マンガだ」と大絶賛! 手相にも人生にも造詣が深まるのはもちろん、私たちが本来持っている“第六感”を鍛えるきっかけになること間違いなし。
手相入門としておすすめなのは、共著『世界初!? スピ力と統計学でダブル鑑定 幸せつかむ「うのなか手相占い」やってます!』(右)、卯野さんが手相家になるまでのビックリ実録『引きこもりがスカウトされて占い師になったら人生が一変した話』(中)、ネガティブ女子7人が卯野さんのアドバイスで幸せをつかむ『いい運気と仲良しになれる! 引き寄せ行動術』(左)。
直感が鈍ると幸せのありかもつかめない
「また、その直感を信じることができないのは、自分自身を信じられないのと同じなんですよね。
“これまでこうだったから”という経験値頼みや、幼少時に厳しい両親からの縛りが強かった人ほど、直感は鈍っている傾向にあります。
同時に、本当の意味で自分自身を優先するすべをしらない。
それには、潜在意識の書き換えという大変な作業が必要なのですが、そこに気づいたのも、手相が入り口だった方は多いですね。
というのも、手相教室に来てくださる女性のお悩みで、最も多い質問は、“私、どうやったら幸せになれますか?”。ここまでくると、“自分対話講座”をしていただいて、自分について掘り下げてもらう作業も必要になります。自分について語ってみてください、と言われて、自分のプロフィールが肩書の羅列のみ……という方は要注意。
とはいえ、占い講座に来るという時点でなんとかしよう!と思ってらっしゃるんですよね。
その証拠に、来てくださる人のほとんどは、人生の転換期が手相にくっきりと出ていますから(笑)。ご自分でも、なにか直感が働いて、占いに行ってみようという行動力につながっているわけです」と卯野さん。
ちなみに、手相以外に「人生の転換期」に起こりやすいことを教えてもらうと……
●シンクロが起こる
●寝ても寝ても眠気が収まらない
●電化製品が次々と壊れる
●ゾロ目をよく見る
●これでもか!というくらい、あらゆることがうまくいかなくなる
●家族や親友など身近な人との別れ
などがあるそう。思い当たる方は「人生の転換期」が訪れているのかもしれません。
大人が使えるコミュニケーションツールとしての可能性
卯野さんが定期的に行っている手相講座で目指しているのは、自分の手相読みはもちろん、家族や友人など大切な人の健康や人生の“サイン”を手相から読めるようになること。
「手相がわかると、手相から感じたこと、読み取ったことを相手に言語化しようと努力しますよね。
だから、楽しんでやっているうちに、自然と表現能力、コミュニケーション能力がどんどんアップするんですよ。私自身、コミュニケーションツールとして手相レクチャーをしてほしいと、企業の研修や老人ホーム、小学校の授業に招かれることも増えました。
いわゆる占い好きとは全然違う方々なのに、びっくりするほど楽しんでいて、手相の持つ可能性を確信した瞬間でもあります。私の手相マンガを読んでくださっている読者さんとは、また違う価値観の方にも、ものすごく需要があったという」

ミモレディレクター・大草直子の手相もみてもらいました!

大草ディレクターの手相(編集・バタやん撮影)を卯野さんが鋭いまなざしでチェック♡ 「男の手相ですね! スッキリ、はっきりした手相で、ほぼ悩まない人です! 野心的すぎず、とても生き方が上手な方です。
自分に不要なものを“除ける、はぶく、はじく力”が非常に強い。35歳以降、自分の命より大事なものができて、生き方や考え方、エネルギーを注ぐ先がずいぶん変わったと思います。若い時は今以上に計り知れないバイタリティで、自分の命も顧みないほどの行動力と瞬発力を発揮していたと思います(笑)。モテる方ですから、もしかしたら今も昔のように恋愛したい!って思ってらっしゃるかもしれないですね。ふふ。どうぞよろしくお伝えください」
透明感あふれる笑顔が本当に素敵……!と思わずにはいられない卯野さん。その清らかな美貌と親しみやすい関西弁から発せられる、まさかの「ぐうの音も出ない」的確すぎる診断に、バタやんも戦慄……の取材タイムとなりました。
生年月日を尋ねたりする必要のない手相は、まさに飲み会の鉄板ネタであると同時に、口下手でなかなか話題をふれない人にとっても救世主的なコミュニケーションツールでもあるのだ。直感も磨かれ、コミュニケーション能力も上がるとあっては、これはもう、学ばないなんてもったいない!
卯野 たまご 〔2020年1/1(水) webマガジン mi-mollet撮影/川端里恵(編集部 取材・文/藤本容子(編集部)〕

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逮捕されたのは19歳の少年 小学5年から飲酒…19歳の少年がスナックで客を撲殺するまで
未成年の飲酒経験は大人と一緒の場合が多い
日本では未成年者飲酒禁止法により、飲酒は20歳からと定められている。アルコールが精神や身体の発育に大きな影響を与えるからだ。
それを体現するような事件が昨年6月、大阪市西成区のスナックで起きた。来店客同士のトラブルの末、69歳の男性が死亡。逮捕されたのは19歳の少年だった。小学5年から始まった飲酒習慣と、それを容認してきた大人たちが招いた悲劇。「親失格だ!」。
あまりにも理不尽な展開に、法廷では少年の父親に向けた遺族の叫びが響いた。
■執拗な肘打ち、頭突き
昨年6月29日、大阪メトロと南海電鉄の天下茶屋駅からほど近い1軒のスナック。常連の男性客2人が和やかにグラスを傾ける中、表情に幼さの残る1人の少年が姿を見せた。
「21歳やから」。店主のママにそう告げた少年はハイペースで10杯近くの焼酎水割りを飲み続け、やがて常連客に「おっさんら、年いくつや」と絡み始めた。
危うさを感じたママは帰りを促した。だが少年は突然、1人の男性客の顔面を殴打。
制止されても構わず胸への肘打ちや頭突きを繰り返した。顔が青白くなり、動かなくなった男性はその後、死亡した。死因は肺動脈などの損傷による出血性ショックだった。
少年は傷害容疑で逮捕、後に同致死罪で起訴された。
■注意する大人おらず
伸びかけの丸刈り頭で法廷に現れた少年。大阪地裁で開かれた裁判員裁判では、事件の経緯とともに、少年の生い立ちや家庭環境が明らかにされた。
4歳のころ両親が離婚。沖縄へ転居後、不登校となった。そして小学5年から飲酒習慣が始まったという。
「中学生のころはビール2~3缶に泡盛の水割りを3杯くらい飲んでいた」
「酔うとよく眠れるし、楽しい気分になれるから」
被告人質問で淡々と語った少年。自宅や友人の家だけでなく、母親が働くスナックなどでも飲酒を重ねていた。しかし強く注意する大人はいなかった。
中学卒業後は職を転々とし、17歳のころからは父親と同居。愛知や大阪で暮らすようになった。
病院でパニック障害などの診断を受け薬を飲むようになったが、飲酒癖は一向に治らない。証人として出廷した父親はこう述べた。
「ビールくらいなら、という気持ちがあった。面と向かい『飲むな』ということはありませんでした」
■「笑われたと感じた」
事件についての少年の記憶はあいまいだった。
事件前日、知人の大人に連れられ現場のスナックで大量飲酒したという少年。
「酒を飲みたいという気持ちが抑えられなかった」といい、翌日、再び同店を訪れ、事件を起こした。
面識のない男性を殴ったのは「笑われたと感じたから」。無抵抗の男性に執拗(しつよう)な攻撃をやめなかった理由については「覚えていない」と繰り返した。
家族を理不尽に奪われた遺族は、やり場のない怒りをぶつけた。
男性の長男は意見陳述で「一生許すことはできない」と少年への憤りを吐露。
少年の父親にも厳しい視線を注ぎ、「幼少期からの飲酒をとめられなかったあなたは親失格だ」と声を震わせた。父親はただ、下を向くだけだった。
12月23日の判決公判。少年法に基づく懲役5年以上9年以下の求刑に対し、丸田顕裁判長は「何の落ち度もない被害者は理不尽に暴力をふるわれ命を落とした。いきさつに酌むべき点はない」として、懲役5年以上8年以下の判決を言い渡した。
一方、「小学生のころからの飲酒習慣という、不十分な養育環境が事件の遠因にもなった」とも述べた。
■落とし穴は身近に
古くから人々の生活の中で親しまれてきた酒。ただ、大量飲酒は健康上の問題を引き起こす上、未成年の飲酒は将来にわたって大きな影響を及ぼす。
このため、大手ビールメーカーはホームページで、(1)人格形成のゆがみ(2)記憶力低下(3)依存症リスク-の危険性を訴えている。
近年は未成年とアルコールとの接点は少なくなっている。厚生労働省の研究調査によると、週に1回以上飲酒する高校生の割合を平成8年度と29年度で比較すると、男子は14・5%→2・0%、女子は6・4%→1・3%と大幅に減少。成長への悪影響や依存症になりやすいといった認識が広がったほか、平成12年の未成年者飲酒禁止法の改正で、酒類を提供した店への罰則が大幅に強化されたことなどが背景にあるようだ。
それでも落とし穴は今も身近な場所にある。中高生が飲酒を経験した場面に関する調査では、「冠婚葬祭」と「家族と一緒」がトップ2を占めた。
その場の勢いで、身近な大人が軽い気持ちで酒を勧めたり、止めなかったりした場面を、見たことがある人はいないだろうか。
大人たちの軽率な言動が、深刻な飲酒習慣の引き金となることもあり得るのだ。
〔2020年1/9(木) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、熊本市中央区()
不登校の生徒の学習をサポート 不登校生徒の進学サポート 自分のペースで学習できる通信制高、NPO運営の予備校… 学ぶ形や環境、多様に
「公式が書いてあるページ開いて」。両側についたてのあるブースで、講師と生徒がマンツーマンで数学の問題を解いていく。
家庭教師派遣業などを手掛ける「トライグループ」(本社・東京)が全国80カ所の教室で運営する「トライ式高等学院」熊本駅前キャンパス=熊本市中央区=の“授業”だ。
同グループの講師が、提携する通信制高に通う不登校の生徒の学習をサポートしている。
このキャンパスに通う2年の中西雄一さん=同市中央区=は、同市内の私立高に入学したが、1年生の夏休み明けに、だるさや頭痛などですぐに起きられなくなる「起立性調節障害」と診断され、1カ月ほど欠席。その際、親の知り合いから勧められ、通信制高へ転校した。
最初は周りの目が気になったが、「社会に出てから大事なのは、最終的にどの大学を卒業したかだ」と割り切った。
第一志望を私大の薬学部に決めたため、全日制と違って受験科目に絞って勉強できる点も魅力だった。
「同じ高校から転校してきた生徒も何人か在籍している。親の理解もあって、通信制を選ぶ人は増えている」と話す中西さん。
駅前キャンパスには週6日通い、午前9時から個別授業や自主学習に励む。下校は通常午後7時。午後10時になることもあるという。
「時間の使い方を自分で決められるので勉強量が増えた。自信にもつながっている」
また、駅前キャンパス3年の女子生徒=同市東区=は、クラスや部活動の人間関係に悩み、県立高1年の夏から不登校気味に。1年の冬に転校し、県外私立大を目指して勉強を始めた。 入学から1年間は周囲になじめず、学校生活を楽しめない日々が続いた。
だが、3年になって何でも言い合える女性の友人ができてからは、通うことが楽しくなった。その子も人間関係がつらくなり、転校。同じ悩みを共有できる大切な存在だという。「ここに来て本当に良かった」
同学院の物部晃之学院長(40)は「学習面だけでなく、居場所づくりや夢の実現など、さまざまな面から生徒を支えることに重きを置いている」と強調。その上で、「以前に比べて、子どもが学ぶ形や環境は多様になった。自分のペースで目標を目指せる場所があることを多くの人に知ってほしい」と話す。
一方、熊本県内で不登校生の支援を続けるNPO法人「くまもと学習支援ネットワーク」(熊本市)は、医療・看護受験専門の予備校を運営している。
予備校は、運営するフリースクールの生徒の中で「資格を取りたい」という生徒が多かったことから、2017年4月に開校。10人ほどが熊本大医学部や看護専門学校への進学を目指している。
中山聖也代表(35)は「これからも個々のニーズに合った、きめ細やかな対応をしていきたい」と力を込めた。
(渡具知萌絵) 〔2020年1/9(木) 熊本日日新聞〕

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未成年のうつ状態 自慢の息子が学校を休みがちに…未成年のうつ状態の注意点
優等生の息子が学校を休みがちに…どうすればいい?
うつ病などメンタルの不調は、大人の病気というイメージがあります。が、厚生労働省の調べによると、青年期のうつ病の有病率は100人に1~7人程度とされています。
入社7年目でうつに…まじめな性格よりも大きな要因とは
「うつ専門メンタルコーチ」として、1万人以上のクライアントを指導し、『1日3分でうつをやめる。』(扶桑社刊)などの著書もある川本義巳さんに、子どもがうつ傾向になったときの具体的なエピソードと、気をつけたいポイントを教わりました。
自慢の息子が学校を休みがちに。親はどう対処したらいい?
●勉強もスポーツもできる優しい息子が、ある日学校に行けなくなって…
私は教育委員会で不登校・引きこもりの相談もしているので「子どもの相談にのってほしい」という依頼もよく受けます。純子さん(仮名)もそのお一人でした。
純子さんには大輔君(仮名)という高校2年生の息子さんがいらっしゃいました。
大輔君は小中学校と成績も優秀でスポーツができ、性格も優しいという、ご両親にとって自慢の息子でした。その大輔君が「学校に行けなくなってしまった」というのです。
純子さんの話をまとめると、こうです。
・本人が志望していた公立の進学校に入ることができ、両親もほっとしていた。
・中学まで続けてきたサッカーを高校でもやれるということで、最初は毎日楽しそうに学校に行っていた。
・部活は朝練があり、夜も遅い。土日は遠征や試合とほぼ休みがない状態。
・成績が落ちることもなかったので、気にしていなかったが、2年生の夏休みが終わったころから、表情がすぐれず、口数が減り、食も細くなった。
・そのうち朝起きてこなくなって、朝練を休むようになった。
それでも学校と放課後の部活はがんばっていたが、早退したり、欠席したりが始まり、ついに3日連続で休んでしまい、心配で仕方がない。精神科に連れていった方がいいのか悩んでいる。
純子さんの話を聞く限り、大輔君はうつ状態なのかも知れないと感じました。
ただ、ご両親としてはすぐに病院に行くよりも、カウンセリングなどの方がいいのではないかと思って、私のところに来られたそうです。
コーチングを引き受けるにあたって、こちらからいくつか質問をさせてもらいました。その結果わかったことは、次の内容でした。
・朝練~学校~部活~塾 とかなり過密なスケジュールである。
・本人はまじめで「とにかくがんばる」というタイプ。それで結果も出している。
・今回不調になったのは、どうやら新チームのキャプテンに任命されそのプレッシャーがあったようだ。
・元々優しくて人に強くものが言えない性格なので、チームをまとめられなかったようだ。
大輔君はいわゆる「優等生タイプ」です。私のもとに相談にくる中高生のほとんどがこのタイプにあたります。
勉強もスポーツもできるし、生徒会長をやっていたという子もいます。
どの子もまじめで努力家。悪い言い方をすれば「手を抜くことを知らない」と言えます。
●まじめな子ほど、手の抜き方がわからない
彼らは常に全力疾走をしているような感じなのですが、とくに進学校になると、学年が上がるにつれてやることも増えるので、物理的な時間が確保しづらくなってきます。
これは大人がハードワークでメンタルの調子が悪くなるのと同じで、常にはりつめたような状態になってしまうので、新たな負荷がかかったり、なにかトラブルが発生したりすると、途端にメンタル不調に陥ります。
大人の場合は、休暇をとったりしてリフレッシュしたりしますが、子どもの場合は少し勝手が違います。
まず「休みを取る=学校を休む」ということに抵抗があるため、よほどでない限り休むという選択肢を取りません。ましてや優等生タイプだと尚更でしょう。
また精神科を受診するにしても、未成年の場合発達途上ということもあり、まだまだ揺れやすい面がありますから、未成年の臨床に詳しい先生でないと、判断が難しい面もあります。 そういうことを考慮すると、大人のような投薬治療ではなく、カウンセリングやコーチングといった心理療法の活用を考えることも大事だと思います。最近ではスクールカウンセラーなど割と身近に存在していることもあるので、病院よりもまず相談というスタンスを取ることが賢明です。
大輔君の場合は、本人の希望もあり私が担当することになりました。約3か月間のコーチングで彼は調子を取り戻し、その後は問題なく学校に行けるようになりました。
もちろん部活も続けていました。卒業後は現役で大学に合格し、サッカーを続けているという報告ももらっています。
●未成年をコーチングするときに気をつけたこと
私が彼のサポートをしているときに心がけていたことがあります。未成年と関わるときに参考になるかと思いますのでご紹介しますね。
1.とにかく彼と友達になろうとした。親友として話を聞くことにした。
2.「なにがあったのか」は一切聞かず、「どうしたいか」という話ばかりをした。
3.卒業までという期限があることを考え、そのなかでできることを二人で考えた。
とくに3番は大事です。本人たちは「卒業までになんとしなくちゃ」というプレッシャーも抱えています。
でもそこにばかりフォーカスすると身動きが取れなくなるので、スケジュール管理を頭に置きながら、本人が安心できる手順を一緒に考えます。
そうすることで本人たちの不安が軽減され、やることが整理されてくるので、結果回復に向かうことができます。
未成年の場合、その親御さんも同時にサポートする感覚も必要です。
じつは親の方が不安が強く、お子さんがそこに影響されていたということもありますので、親子同時にメンタルケアを行うことも必要です。
いずれにしても子どもたちは卒業という区切りがあるため、不調を感じたらなるべく早めにケアをすることが大事です。
●教えてくれた人【川本義巳さん】
うつ専門メンタルコーチ。高校卒業後、SEとして20年以上メーカーに勤務。大手IT企業への転職を機にうつ病を発症、寝たきり状態になり、1年2か月の休職を余儀なくされる。
職場復帰後も6年間うつ病に悩まされ、さまざまな方法を試すが失敗。2007年コーチングに出合い、うつ病を完全克服。その体験をきっかけにうつ専門のプロコーチになることを決意
〔2020年1/9(木) ESSE-online〕

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いわき市「NPO法人青陽」 展示会運営に協力を 磐城高等芸術商科総合学園 NPO寄付募る
協力を呼び掛ける芳賀校長
いわき市の磐城高等芸術商科総合学園が運営する「NPO法人青陽」はクラウドファンディングを活用し、展示会の運営費などを募る。九日、同学園の芳賀敦子校長が発表した。
同法人は発達障害や不登校などの学生が、卒業後も自立して生活できるよう二〇一八(平成三十)年に設立された。切り絵の作品などを制作し、展示会を行っている。
しかし、材料費などは個人や職員の私費に頼っているのが現状だという。
いわき信用組合が運営しているクラウドファンディングサイト「FAAVO磐城国」を利用し、三月二十九日まで支援を呼び掛ける。
目標額は八十万円で、来年度の運営費などに充てる。寄付の金額に応じ、切り絵のポストカードなどを贈る。サイトは「FAAVO磐城国」で検索できる。問い合わせはNPO法人青陽 電話0246(34)4555へ。芳賀校長は「自立を目指す学生のためにもご協力をよろしくお願いします」と話した。
◇     ◇  ◇ 
同学園は市内のイトーヨーカドー平店に設けられた多目的スペース平七小で、創作切り絵展を開いている。三十一日まで。
〔2020年1/10(金) 福島民報〕

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不登校・ひきこもりの就労促進 ひきこもり、就労支援へ  九州調理師専門学校 フリースクールと連携
長崎市の九州調理師専門学校は新年度、不登校・ひきこもり当事者の就労促進に向け、フリースクールと連携した支援制度を創設する。昼間に相談支援を通じて対人不安や悩みの解消を図りつつ、夜間授業で調理技能の習得を促す。川島賢治校長(41)は「料理を食べた人に『おいしい』と言われることが社会復帰への自信につながる」と当事者が自立に向かう姿を思い描いている。
NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(東京)によると、不登校・ひきこもりの問題に関して専門学校が独自の就労支援制度を設けるのは全国的に珍しい。
同会理事でジャーナリストの池上正樹さん(57)は「ただ働く環境を与えるのではなく、スキルを身に付けながら段階的に就労を目指すことができる。
社会に戻りたいと考える人たちの選択肢が広がる」と期待を語る。
就労した経験があっても、人間関係や仕事のミスマッチで挫折した人や、長く対外的な関わりがない人らをサポートする狙い。
これまでの同校の卒業生には、調理の過程で自信を付けて社会的自立を果たした人も多くいたという。川島校長は「周囲との付き合いが苦手な人が一人で黙々と作業することもできる」と語る。学校側が調理を通じた就労支援ができないか、フリースクール側に打診していた。
長崎市の「フリースクールクレイン・ハーバー」が連携する。支援制度は調理師養成科の夜間部に創設。
対象は中学卒業以上で年齢制限はなく、通常募集に加えて不登校・ひきこもりなどの当事者を募る。
就学前に、当事者と保護者を交えた面談で支援方針を決定。入学者は卒業までの1年半、夜間部の生徒と同様に調理師免許取得のための講義を受け実習に取り組む。同時に、フリースクールへ通って外出習慣を身に付けたり、学校や生活の悩みを相談したりできる。学費は支援の有無に限らず同じ。夜間部には現在、10~50歳代まで幅広い世代が在学している。
クレイン・ハーバーの中村尊代表(52)は「何もせずに家にいると、不安は膨らみ最初の一歩を踏み出すハードルが高まる。料理を通じた成功体験を積み重ねることで不安は解け、自信につながる」と期待する。
内閣府によると、2015年の調査で若年層(15~39歳)のひきこもり人口は約54万人。
18年の調査では中高年(40~64歳)のひきこもり人口が約61万人に上っており、きっかけは「退職」が最も多かった。
■18、26日に説明会
九州調理師専門学校は今月18、26の両日、支援制度に関する4月入学者向けの説明会を開催する。
会場は長崎市弁天町の同校。個別面談や調理実習体験などをする。事前予約が必要。入学、説明会の問い合わせは同校(電095・861・7008)。
〔2020年1/10(金) 長崎新聞〕

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のせゆみこ 不登校の体験を歌に 大田原・のせゆみこさん、7月CDデビュー
学園祭で歌うのせゆみこさん=2019年10月、塩谷町の日々輝学園高
栃木県大田原市在住のシンガー・ソングライター、のせゆみこ(本名・野瀬有美子(のせゆみこ))さん(25)が7月、自身の不登校の経験から生まれた歌「かけがえのないキミへ」でCDデビューする。「今の自分と重なる」「心が震えた」。ライブで共感を広げてきた特別な一曲だ。
「どんな時でもキミは 決してひとりじゃないから」。思いを込めて歌い続ける。 中学1年の時だった。
頭痛や腹痛、体が重くて動かない。のせさんは学校に行けなくなった。
「心は行きたくても体が言うことを聞かなかった」
中学2年の夏休み明けから、大田原市の適応指導教室に通い始めた。そこには、同じ体験をした仲間がいた。
「私だけじゃないんだ」
先生のギターに合わせて教室のピアノを弾き、みんなで歌うと「気持ちが解放できた」。ようやく見つけた居場所だった。
そんな時、ボランティア活動で訪れた老人ホームで、とちぎ未来大使のえりのあさんと出会った。介護の仕事をしながら、シンガー・ソングライターとして歌う姿に「私も音楽で元気を届けたい」。夢ができた。
塩谷町の通信・単位制高校「日々輝学園」を卒業後、進む道を考える中で「かつての自分と同じように悩んでいる子どもたちのために歌おう」と思うようになった。そして「かけがえのないキミへ」が生まれた。
「『がんばれ』だなんて言葉に 耳をふさいだあの頃」「他人と同じことができなくて 自分に苛(いら)立っていたあの頃」…。
歌詞には実体験がストレートにつづられ、こう呼び掛ける。
「キミは世界でたったひとりの かけがえのないたからもの 泣いていても怒っていても 素直な気持ちのままでいいよ どんな時でもキミは 決してひとりじゃないから」
ライブで歌うと評判を呼び、福祉施設や学園祭、イベントなどに次々と呼ばれるようになった。「自分の気持ちに寄り添ってくれてありがとう」「私の子どもも不登校。一緒に頑張ろうと思います」。観客からは共感のメッセージが届く。
7月19日、えりのあさんと同じレーベルからのデビューが決まった。大田原市の那須野が原ハーモニーホールで同日ライブも行う。
「仲間や恩師、家族。いろいろな人に支えられて、こうして元気で大好きな音楽を楽しめている。
その恩返しに、笑顔の花畑をつくりたい」。感謝を胸に、心を込めて歌う。
〔2020年1/10(金) 下野新聞SOON〕

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インドネシアの日本人起業家 和田直希 家具から部屋、そしてまちへ インドネシアで都市開発に挑む日本人起業家
カマルクホールディングス 和田直希
世界の暮らしをリデザイン(ReDesign)する──。そんな壮大な思いを実現しようとしている日本人連続起業家がいる。
シンガポールに本社を置くIoT家具スタートアップ、カマルクホールディングスの和田直希(39)だ。和田は1月6日、インドネシアの地で「まちづくり」という新たな挑戦を始めることを発表した。
「10年後も20年後も、常に新しい人たちが集う『変わり続けるまち』。変わり続けることで、新しいカルチャーが生まれ続ける『変わらないまち』をつくりたい」
和田がインドネシアで挑む「まちづくり」のIRAMA(イラマ)プロジェクトは、日本でいうと東京駅に当たる都市中心部での敷地面積4000平方メートルの開発だ。
和田がインドネシアの元大統領であるメガワティ・スカルノプトゥリと出会ったことで始動した。
完成する施設は、コワーキングオフィス、ホテル、フード、カルチャー(ラジオ局)、ガーデンなど7つの機能を持つ。そして、注文から製造、出荷といった工程を自動化・自走化した家具工場、地下に溜まるCO2を利用し温度、湿度、照度の自動制御、画像認識で最適な収穫ができる植物工場も設置するなど最先端の取り組みを行う。
さらに、家具、空間、生活がつながる「Que」というスマホアプリも開発し、それらが相互作用するサスティナブルな施設を目指す構想だという。
「大きなまちをつくりたいわけではありません。『IRAMA』という名前で、ニューヨークや東京、アジアなど世界中に展開していきたい。
このコミュニティが多拠点でどこにでも住めるまちになるなら、地元がジャカルタのインドネシア人がニューヨークのIRAMAのコワーキングオフィスにある企業で就職するという選択肢が生まれ、ライフスタイルの変化も生み出せるかもしれない。僕らのまちづくりでは、『一生住むまち』ではなくても、『人を輝せるまち』であり、『人生に必要な時に訪れるまち』をつくりたい。人生の中で、このまちで過ごす数年間があったら美しいなと」(和田)
「家具」から「まち」をデザインする
和田が「すべて『まちづくり』のために積み上げてきた」と語るカマルクホールディングスの創業は2014年6月。シンガポールに本社、インドネシアに工場を持つスタートアップは、「ファニチャー2.0」を標榜し、家具のあり方を素材、製造、流通、価格、IT/IoT化から再定義し、世界観をイメージして家具を製造・販売してきた。
「まちは人の集合体であり、建物や家の集合体。では家はというと、プロダクトの集合体。
だからまず家具から始めた。エキサイティングな家具メーカーとしてブランドが認知されたら、家具から家、まちへとつながるのではないか、と」(和田)
16年3月に世界初で「家具×IoT」というコンセプトの「サウンドテーブル」の予約販売を開始。スマートフォンから自分の好きな音楽を流せたり、外の天気に応じた環境音を奏でたりできる薄型スピーカー内蔵型テーブルは大きな話題を呼んだ。
家具を所有せず「利用」する
次に和田が取り組んだのは、家具のサブスクリプション(定額課金)サービスの「カマルク」。
18年3月に、日本で初めて同サービスをリリースし、月額390円から利用できる。家具を「所有する」に対し、「利用する」という新しい価値観を提唱した。
「例えば、机ひとつ取っても、小学生向けの机は、中学生、高校生になったら使用しなくなり、廃棄となる。小学生向けの机メーカーであれば関係はそれで終わりです。カマルクであれば、高校生、大学生、社会人とライフスタイルの変化に合わせて、定額サービスの中で机の形を変えて使用し続けられる。ただ、カマルクとしては、ユーザーにずっと使い続けてもらうために、時代とともに変わり続ける必要がある。これはまちづくりにも影響しているブランドアイデンティティです」
『私の部屋』を素晴らしい空間にする
同社は18年5月、米ニューヨーク州でも、同サービスの展開を開始。クリエイティブ・ディレクターとして、世界的ファッション・プロデューサーであるニコラ・フォルミケッティを迎えた。レディ・ガガのクリエィティブ・ディレクター、ディーゼルのクリエイティブ・ディレクター、ユニクロのファッションディレクターなどを務めた世界的に知られる第一人者だ。
同5月には、ポップアップストアをオープン。ニューヨークSOHO地区に常設店舗もオープンさせ、NYタイムズなど現地メディアからも注目された。
「安いからではなく、ラグジュアリー感覚での利用が多い。
家具を、というよりも、部屋を豊かにする目的の観葉植物をリプレイスしているイメージです。
それは、家具作りから回収・再利用まで責任を持ち、永続的な関係を構築するためのサブスクリプションサービスとして、世界一地球に優しい家具メーカーを目指すという姿勢への評価もあるかもしれません。
そして、僕らとしては、世界のユーザーにとって、人生の多くを過ごす『私の部屋』を素晴らしい空間にする。こうした考えも、今回のまちづくりにつながる大事なピースであると思っています」
さらに、その考えは、和田が2018年より代表取締役を務める、カスタマイズ家具の企画・開発・販売を行うユアニチャーにも現れている。「あなただけの家具を、簡単に」をコンセプトに、サイズ1センチメートル単位で、10種類以上の色をカスタムオーダーできるオンラインカスタマイズ家具のD2Cブランド「ユアニチャー」は、テクノロジーを活用した一点ものの家具をリーズナブルな価格で提供しているのが特徴。よりたくさんの人がインテリアを楽しめる世界を目指している。
不登校から失踪。ホームレスも経験した
和田の「まちづくり」への思いのきっかけは、最初の起業時にさかのぼる。小学校高学年、中学校、高校と馴染めずに不登校だった和田は15歳で失踪。3カ月間のホームレス時代などを経て、18歳でイベント会社を設立した。
「皿洗いのバイトもクビになり、個人事業主でないと生きていけないと(笑)。逃避の手段であり、積極的な理由で起業家になったわけではありませんでした」。その立ち上げ時に聞いていた曲の歌詞に大きな影響を受けたという。
「THA BLUE HERB『時代は変わる』という曲にあった『お前のための時代ならお前が変えろ』という歌詞に衝撃を受けました。これからどう生きていこうという時に『自分の思うようなまちをつくろう』と。40歳になる時に、ドロップアウトした自分でもフィットするまちをつくり、将来的に自分の子どもたちに住んでもらえるまちをつくりたいと思ったんです」
なんども起業・経営に挑戦する理由
和田はイベント会社を売上数億規模の企業へと成長させた後、08年に叔父が経営していたインドネシアの木工工場の株式の一部を買い取ってインドネシアに移住。
移住当時28歳の和田が家具のOEM展開する企業へと進化させた同企業は、14年には、グループ全体で売上100億円弱、従業員1000人以上にまで成長した。
「家具のOEM事業は私自身の事業選択ではなかったので、事業が成長した段階で、自分の夢である『まちづくり』に進みたいとカマルクホールディングスを創業しました。なんども起業家、経営者として挑戦しているのは、ホームレス経験で『生きていることが幸せ』となり鈍感力が高まったことで難しいことが苦にならないこと。そして、夢を持ち続けること、夢を叶えた後の次の夢を大事にしているからかもしれません」
クリエイティブ・ディレクターとしての顔
和田には、こうした世界を舞台に進化し続けてきた起業家・経営者の「顔」とともに、第一線で活躍するクリエイティブ・ディレクターの顔も併せ持つ。その代表的な事例が、今回のIRAMAプロジェクトの発表会に応援で駆けつけたFukase率いるSEKAI NO OWARIであり、彼らが世界を舞台に活動するプロジェクトである「End of the World(エンド・オブ・ザ・ワールド)」のクリエイティブ・ディレクションだ。
Fukaseとはバックグラウンドが近く、感覚が似ているという。和田と彼らとの付き合いは、6年間に及ぶ。SEKAI NO OWARIは幼馴染で集まって結成されたグループだが、発言には「(4人で活動し続けるために)過去を捨てて、過去を切り離していきていく」とあり、和田がIRAMAに込めた思いとシンクロするという。
起業家として「40歳でまちづくりを始める」という夢を叶えた和田だが、彼はすでにその先を見ている。 「時代がモノからコト。コトから人に変わってきている。人だけが自動化できない中で、いかに『人が輝けるか』。そういうまち、これまでないじゃないですか」
和田は最後に起業家としてこう話をした。
「スタートアップに必要な、今すぐ結果を出すという世界とは真逆の、世界規模で壮大な挑戦の道を歩んでいます。
ただ、僕が死ぬ時には、カマルクが一番大きな企業になっていると思いますよ」
〔2020年1/6(月) Forbes JAPAN〕

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主婦のお悩み相談 子どもの誕生日プレゼントを盗もうとした…?悪い噂のあるママ友が怖い【お悩み相談】
夫との関係、義実家との付き合い、仕事やキャリア、ママ友などの人間関係……。毎日がんばって生きていると、悩みは尽きませんよね。そんなお悩みに、専門家がアドバイス。
挨拶してるのに無視… いい大人なのにバカみたい ママ友がこわい(1)
今回はママ友の行動に戸惑っている「ゆーみん」さんのお悩みです。
◆相談者プロフィール ゆーみん(36歳女性)
今年6歳になる息子のママ。専業主婦で、手芸の趣味を楽しんでいます。
■お悩み相談
私は36歳の主婦で、ことし小学1年生になる息子がいます。
息子が保育所の頃から同じ地域に住んでいるので、ご近所にもたくさんママ友がいます。
その中に同い歳の息子さんを持つママ友がいたのですが、先日クレクレと言いますか、物を奪われそうになってどう対処していいものか困っています。
もともと噂で「借りたものを返さない」「なかば奪うようにものを取られた」などという噂を耳にする方でしたので、私もそれとなく日頃から注意はしていました。
今まではそれほど接点もなかったのですが、ことしは息子同士が同じクラスになったこともあり、LINEなども交換しています。
先日、そのママ友から「誕生日プレゼントって当日まで見つからないようにどこかに隠したりしてるの?」と聞かれました。
私の息子と、ママ友の息子さんとは誕生日が近く、秋の授業参観のときに誕生日プレゼントの話をしていたので、その延長の話題だとその時は思いました。
そこで、オリジナルロボットをつくれる玩具を購入しており、サプライズで渡すために、旦那の借りている駐車場の倉庫に隠していたことを、深く考えずに喋ってしまったのです。
帰宅してから噂のことが気になり、念のためプレゼントを移動させました。
すると翌日、そのママ友から『探したけどプレゼントなんか置いてないじゃない』とLINEが来たのです。
なぜ駐車場の場所を知っているのか、しかもプレゼントをどうしようとしたのか。
いろいろ疑問はわきましたが、怖さもあって返事は適当にはぐらかして無理やりLINEを終わらせました。
それからメッセージなどは特にありません。
ママ友のことを疑いたくありませんが、良くない噂があったこともあり、どうしても気味悪く感じてしまいます。
このことを旦那にも相談しましたが、いかんせん証拠もないことなのでどうすればいいのか夫婦で思い悩んでいます。
何もなかったので大ごとにするのも…とは思いますが、今は顔を合わすのも少し怖く思えてしまい、困っています。
■境界線を意識せずに行動する人なのかもしれません
まずは、プレゼントを奪おうとしたかどうかは、噂に基づいて憶測すべきことではありません。
ですが、駐車場の場所を知っていて覗かれたことは、ママ友さんの発言から汲み取ることができるので、この点でアドバイスいたしますね。
ママ友さんがしたことは、プライバシー侵害や不法侵入罪に該当するおそれがある行動です。
ただ、ママ友さんにしてみれば悪気なく「話した内容を確認した」くらいに思っているのかもしれません。
また、自分のものと他人のものとの違い、他者との境界線を意識せずに行動しているのかもしれません。
ですので、ママ友さんが今後トラブルを起こさないよう「他人の駐車場をチェックするのはやり過ぎ」と注意することもできます。他人の領域を侵している実感がなく、注意されることで学ぶ可能性もあるからです。
彼女のために注意するほど親しいわけではないのであれば、せめてトラブルが起きないようにつきあいましょう。
そして今後は「もの」や「場所」の話題は極力避け、尋ねられても具体的なことを伝えないように注意してください。
◆回答者プロフィール 海野 雪(うみの・ゆき)
上級心理カウンセラー(日本能力開発推進協会認定)、不登校児童対応アドバイザー(全国webカウンセリング協会認定)など、心理系・教育系を中心に多様な資格を有する。200名以上の相談対応実績あり。
〔2020年1/6(月) レタスクラブニュース〕

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島田彪雅 御所実プロップ島田、SO高居ら“弟”へ感謝の涙
<全国高校ラグビー大会:桐蔭学園23-14御所実>◇決勝◇7日◇大阪・花園ラグビー場
奮闘したが、頂点には届かなかった。御所実のプロップ島田彪雅(ひゅうが、3年)は、ノーサイドの笛で泣き崩れた。
「我慢はできていたけど…。強みのディフェンスが対応できなかった。でも気持ちで負けたとは思ってないです」
花園にかける思いを、決勝の舞台で出し切った。島田は16歳で東海大大阪仰星を退学。1度はラグビーを辞めた。不登校にもなったが、仲間に救われた。チームメートのSO高居海靖(3年)が、島田家のインターホンを毎日鳴らした。「彪雅くん、一緒にラグビーやりましょうよ。16時からの練習、来てくださいよ」。
心にラグビー熱がよみがえった。1学年下の高居と一緒に勉強し、御所実に入学。同じ黒色ジャージーを着た。
高居は言う。「彪雅くんは中学のときから僕の憧れだった。自分にもしんどいときはあると思う。一緒のユニホームでラグビーがしたかったんです」。3年間、切磋琢磨(せっさたくま)した。結果は花園準優勝。結果に泣いたが、胸に悔いはない。
涙をぬぐい、島田は前を向いて話す。「御所実に来て、人間として成長できた。正直、1年生の最初はしんどいときもあった。でも、みんなが仲良くしてくれて…。学年は違うけど、みんなは“弟”みたいだった」。自分を救ってくれた仲間への「感謝の涙」だった。
  〔2020年1/7(火) 日刊スポーツ【真柴健】〕

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島田彪雅 御所実19歳島田、母の愛情で不登校克服/花園秘話 御所実プロップ島田彪雅(3年、中央)の応援で花園に観戦に駆けつけた姉の寿莉亜さん(左)、母の賀奈子さん(右)(撮影・真柴健)
<全国高校ラグビー大会:桐蔭学園23-14御所実>◇決勝◇7日◇大阪・花園ラグビー場 第99回全国高校ラグビー大会には、唯一の19歳ラガーマンがいた。憧れの花園で躍動した御所実(奈良)のプロップ島田彪雅(ひゅうが、3年)は16歳で、1度はラグビーを諦めた過去がある。東海大大阪仰星に入学するも1年足らずで不登校になり退学。だが、大好きだったラグビーを諦めきれず、御所実へ転学。そんな壮絶な人生に、ずっと寄り添った母・賀奈子さん(46)が聖地・花園のスタンドで当時を振り返った。
◇    ◇    ◇    ◇
黒色ジャージーを着て、島田彪雅は生まれ変わった。3年前の秋。16歳だった彪雅は、自室に引きこもった。未来が見えず、母・賀奈子さんは頭を悩ませた。
「トイレのときしか、部屋から出てこない。学校に行かないだけならともかく、閉じこもってしまったんで…。あんまり会話もなかったです、あのときの家庭は地獄でした」
15歳で胸を躍らせて入学した東海大大阪仰星だったが、うまくなじめず。16歳の誕生日を迎えた8月には、ラグビーの練習に行かなくなった。
「菅平(長野)の夏合宿は悲惨でした。嫌がる彪雅を私が無理やり…。車に乗せて『グズグズしてても仕方ない。ラグビー部を辞めるって言いに菅平まで行くで!』って。でも、あのときは辞めなかったですよね。ラグビー、大好きやったから」
だが、秋には学校を休むようになった。「もう学校に行くか行かないかは、どうでもよかった。なんとかして部屋から引っ張り出さないと…。だから『退学届、一緒に出しに行こう』って」。16歳の冬に退学。そこから先は、何も見えなかった。
「学校を辞めたとき『俺、働かないとダメかな?』って彪雅が聞いてきて。母子家庭だから…って考えすぎなんですよ、あの子は」。大好きなラグビーを続けてほしい-。母には、その一心しなかった。
「なんとか外に出てほしくて…。偶然、3歳上のお姉ちゃん(寿莉亜、22)が働いてた運送会社が12月のお歳暮のバイトを募集してたから『行ってみたら?』って。いや、もうそのときは、『お姉ちゃんと一緒なら大丈夫やから行ってこい!』って言うたと思います」
1カ月間、アルバイト生活を経験すると、気持ちは楽になった。「またラグビーがしたい…」。そんな気持ちが胸にわきあがってきた。
ラグビーがきっかけで結ばれた1歳下の仲間も、彪雅を奮い立たせた。御所実SO高居海靖(3年)は、3年前、壊れるぐらい島田家のインターホンを押した。
「海靖くんが毎日毎日、電話をくれて…。『彪雅くん一緒にラグビーやりましょうよ。今日、16時からの練習に来てくださいよ。勉強も一緒にやりましょうよ』って。電話をくれたら家まで迎えに来てくれて『到着しました!』って。その子が居たから、うちの子は今があるんです…」
1度はフェードアウトしたラグビー人生。重たい心の扉をこじ開けたのは母親の愛情、そして仲間の存在だった。20年1月7日、決勝の舞台でも「3番」を背負い、花園で奮闘した。
「3年前は考えられへん舞台にアンタは立ってるんやで、って。うちの家は地獄やったんやから。今はもう…。彪雅が寮から家に帰ってくるのが、楽しみで楽しみで…。ご飯もなんでも作って。夜な夜な仕事から帰ってきて、ビールを飲みながら彪雅の活躍してるシーンを見るのが、今の私の生き甲斐なんです」
母の思いは息子に届いた。「泣いても泣いても、うそじゃない。ラグビーボールを持って、彪雅は思いっきり走ってる…。こんな幸せが待ってるなんて思ってもなかったんです」。
タクシードライバーの賀奈子さんは、子どもを思ってハンドルを握っている。そんな支えがあったから、彪雅には今がある。
「夢ですよね? この現実はありえないんです。3年前、こんなことになるとは考えもできなかった。たった3年で…。こんなに人って変われるんですね。あのままの人生だったら彪雅は…。この道はないんです。強くなったなぁ彪雅…」
どんなに小さくたっていい。1歩前に踏み出せば人生は変わる。
〔2020年1/7(火) 日刊スポーツ【真柴健】〕

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育児と仕事 子育てと仕事両立は大変 イライラ防ぐ3つの「ない」
育児に仕事にと日々奮闘する皆さん、元気に頑張っていくためのヒントをお伝えします。
あけましておめでとうございます。真新しい年を迎えたあなたの心と体はお元気でしょうか? こんにちは、精神科医・産業医の奥田弘美です。
さて前回記事「子育てしつつ元気に働くには 子持ち産業医からエール」では、働きながら子育てするワーキングママ(パパ)に向けてのエールを書きました。現代日本において子育てしながら働いていくのは、いろいろ大変なことも多いですが、その頑張りは必ず報われる! 素晴らしい喜びや深い感動が近未来に待っている! ということを様々な例を挙げてお伝えしました。今回は、育児に仕事にと日々奮闘するワーキングママ(パパ)たちが、元気に頑張っていくための心の整え方について、より踏み込んだ具体的なヒントをつづりたいと思います。 ■合言葉は「焦らない」「比べない」「頑張り過ぎない」
前回記事でも触れたように、残念ながら現在の日本社会では、ワーキングママ(パパ)のストレス度は、そうでない人に比べてピンポイントではどうしても高くなってしまいがち。特に子供が生まれて小学校低学年になるぐらいまでは、子育てに多大な時間とエネルギーをとられるため、仕事や自分自身の時間が持てずにイライラしてしまうことも多いでしょう。
そんな時に、筆者自身は常に「焦らない」「比べない」「頑張り過ぎない」の「3つの『ない』」を自分に言い聞かせて心を整えるようにしていました。この「3つの『ない』」は産業医としてワーキングママ(パパ)にお伝えするたびに大変好評をいただきます。具体的に解説していきましょう。
まずは「焦らない」「比べない」から。子供が小さければ小さいほど、自分が思うように仕事ができません。ましてや自分を磨く時間などはめったにとれません。子供のいない同僚がハードワークをこなして華やかに活躍したり、研修や留学などの経験を積んでスキルアップしたりしているのを横目で見ながら、自分は時短勤務でそそくさと退社して子供のお迎えに行かなければならず、「このままでいいのだろうか?」とついつい焦ってしまう。あるいは、他人の昇進や表彰の噂を聞くたびに「同期の〇〇さんたちと比べてずいぶん差がついてしまった」と比べて落ち込んでしまう……。そんなふうにイライラしたり自己嫌悪に陥ってつらくなったりということは多々あると思います。
筆者自身も子供が小さい頃は、何度そんな感情を体験したことでしょう。同世代のドクターが研究成果を学会で華々しく発表したり、医療の最前線で活躍している姿を見たりするたびに、子供の迎えに合わせたパートタイムや時短勤務を細々と続ける自分と比べては、よく落ち込みかけたものでした。しかしそのたびに、人生の先輩たちからもらった珠玉のような言葉を思い出しては、「焦らない」「比べない」と自分自身に言い聞かせ、心を整えていました。
例えば筆者の尊敬する教授や上司からは次のような励ましをいただきました。
「あなたは今、日本の未来を担う人材を育てるというとても重要な仕事をしているんだよ。自分自身のやっている仕事を大きな目で眺めて、もっと誇りを持ちなさい」
「人ひとりを赤ん坊から育てあげて一人前にするという一大長期プロジェクトに取り組んでいる人とそうでない人とが、目先の仕事で差がつくのは当たり前。自分自身にもっとハンディを認めてあげなさい」と。
また幼児教育の専門家でもある先輩ママからは、下記のような助言を会うたびに頂きました。
「子供が小さいうちは、親の愛情は質だけじゃなくて量も必要なの。ママやパパがそばで見守ってあげているからこそ子供は安心して心も体も健やかに成長させることができるのよ。だから今は子供たちとの時間をできるだけ優先してあげて。たいていの仕事はあとから挽回がきくけど、子供に関われるのは今この時しかないのよ。焦らないで!」
■親の愛情は質だけじゃなくて量も必要なワケ
この先輩ママのアドバイスは、今から思い返すと本当に貴重でした。彼女の言葉どおり、やはり子供と過ごす時間をある程度しっかり確保しておかないと、子供が放つSOSのサインに気がついてやることができないのです。
例えば保育園や学童保育から連れて帰ってきて、ご飯を一緒に食べたり風呂に入れたりしているなかで、「あのね、今日ね、○○くんとね」と友達とトラブルがあったことをポツポツと話し出す。10代になって思春期に入ってきた頃も、食後の後片付けをしている私の背中に向かって、「実はさ、この前こんなこと言われたんだけど」と心が傷ついた出来事を唐突に話し始める。
親が何となく元気がないなあ、様子がおかしいなあと感じて「今日何かあったの?」と尋ねても、子供はすぐに心の中を話してはくれません。言語能力が十分に発達していないため、すぐに感情を言葉にすることができないのです。子供は親と一緒に時間をゆっくり過ごしている中で、少しずつ自分の気持ちをまとめながら、自分自身のタイミングが整った時にようやく言語化してSOSを出してくるのです。
我が家では私か夫が夕食以後は必ず子供たちのそばにいることにしてきたため、このSOSを早めにキャッチでき、イジメや不登校などの問題に発展するのを食い止められたことが何回かありました。そのたびに「親の愛情は質だけじゃなくて量も必要」とはこのことなんだなと痛感することしきりでした。
最近の若いママ・パパと話していると、SNS(交流サイト)やインターネットを通じて私の頃よりもはるかに多くの情報に触れるようで、「他人のキャリアや子育てと自分たちを比べてしまって、落ち込む、悩む」という声をよく聞きます。そのたびに、私は「焦らない」「比べない」とわが身を振り返りながらお伝えしています。
他人は他人と割り切って、せっかく自分たちの元に生まれてきてくれた子供との時間をできるだけ確保して、一緒に楽しく過ごしましょう。多少手抜きした不完全な子育てでも、親がそばにいて見守ってあげていると子供は安心して、スクスクとたくましく成長してどんどん手がかからなくなってくるもの。とにかく今はできるだけ笑顔で子供と過ごせるように心がけましょう。ママとパパが笑顔で一緒にいてくれることこそが、子供の心の一番の栄養になるんだからね、と。
そのためにも、親自身が「頑張り過ぎない」ことが必要です。仕事も育児も完璧に! と頑張り過ぎてママ・パパが心身ともに疲労してしまうと、余裕がなくなって笑顔が減り、表情も態度もイライラ・キリキリしてきます。すると子供だけではなく、夫婦関係にも悪影響を及ぼしてしまいます。
■自分の睡眠時間と食事時間はしっかり確保
繰り返しますが、子供はママとパパが笑顔で一緒にいてくれることが何よりうれしいし、精神的にも安心するのです。ママやパパが穏やかな笑顔で一緒にいてくれるからこそ、自分の悩みを安心して打ち明けることができるのです。だからまずは、ご自身の睡眠時間や食事時間をできるだけしっかりと確保してください。
特に子供が小さい時には、衣食住の世話に多大な時間と体力がとられます。家事で手抜きできるところは手抜きし、子供だけじゃなく自分もしっかり栄養をとって睡眠を1時間でも多く確保して、とにかく体力と気力を落とさないように心がけてください。
子育て中でも認められたいと、仕事でくれぐれも無理しすぎないように。睡眠時間を削ってヘロヘロになって仕事を頑張っても、結局体を壊してしまえば、会社にも家族にも迷惑をかけてしまいます。
「子育てで大変な時は、仕事でのスローダウンも必要」と、割り切ることが大切です。自分がその時その時に確実に無理なくできる仕事を請け合い、きっちりとコンスタントにこなしていく。そして子育てをサポートしてくれている会社や周りの人たちに「ありがとう」と感謝の気持ちを忘れないようにしながら、細く長く仕事人生を続けていく。すると徐々に子供が成長して手がかからなくなり、いつの間にか仕事にかけられる時間が増えて、再び全力投球できるようになっていきますから。そしてその時、子育てのために仕事をスローダウンした経験が決して無駄ではなかったことに必ず気づけますから。
どうぞ「焦らない」「比べない」「頑張り過ぎない」の3つの「ない」を心がけて、仕事と育児の両立を元気に無理せず続けていってくださいね。
奥田弘美精神科医(精神保健指定医)・産業医・労働衛生コンサルタント。1992年山口大学医学部卒。精神科医および都内約20カ所の産業医として働く人を心と身体の両面からサポートしている。著書には『1分間どこでもマインドフルネス』(日本能率協会マネジメントセンター)、『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(すばる舎)など多数。日本マインドフルネス普及協会を立ち上げ日本人に合ったマインドフルネス瞑想(めいそう)の普及も行っている。
〔2020年1/8(水) NIKKEI STYLE〕

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石井翔 「ぼくは失敗作だ」 活発だった僕が不登校を経て「ワクワク」できるようになるまで 石井翔さん N高等学校(以下、N高)の生徒数が増えています。N高とは、2016年に開校した私立の通信制高校で、インターネットを活用した通信教育で注目を集めています。2019年現在は生徒数が1万人超に上っており、もしも日本の高校生が300人の村だったら1人はN高生ということになります。。N高にはどんな人たちが通っているのでしょうか。現在、高校2年生で、N高に通う石井翔さんにお話をうかがいました。翔さんは小学校のころから徐々に学校に行けなくなり、中学校で不登校。現在はN高に通っています。幼少期は活発だった石井さんが不登校になった兆しはなんだったのか、N高に通い始めたのはなぜか。お話をうかがいました。
――小さいころは、どんな子どもだったと自分では思いますか?
やんちゃな感じだったと思います。友だちと川遊びをしたり、ザリガニを獲ったり、自然のなかで遊ぶのが大好きで、得意な教科も体育でした。ドッヂボールも得意で市の大会で勝ち進んだこともありました。
――不登校というと「暗い」というイメーもが強いですよね。しかし、楽しそうな学校生活を送っているようにも聞こえましたが、なぜ不登校になったのでしょうか?
その理由がよくわからないんですね。小学生の高学年に入ってから、急に「起きられない日」が増えてきました。それまでは、目覚まし時計も掛けずに自然と朝は起きられていましたし、夜もふつうに寝ていました。でも、起きられない日はどうしても起きられない。目が覚めると午後になっている日もありました。
――親御さんは怒りませんでしたか?
怒られました。「朝だよ!」「もう学校だよ!」と言われて、肩を揺すって起こそうとしてくれましたが反応ができないんです。
――朝、起きられないという以外で学校生活に支障は出ていませんでしたか?
そのころは学校へ行くだけで精一杯でしたから、宿題とかはまったくできませんでした。それでも中学生のころよりはましだったと思いますが。
――中学生に入ってから不登校が本格化したんですか?
そうです。中学校入学時、母親からは「中学校からは気持ちを切り替えていこう」「ちゃんと行かないと将来に響いてくるよ」と言われました。自分でもそのとおりだと思いましたし、最初はがんばったんです。でも、中学に入ってすぐ、中1の5月ぐらいからは行けなくなりました。
そのころは毎日、起きられないというより、朝は物理的にベッドから動けないし、動きたいとも思えなかったです。
――日中はどんなふうにすごされていたのでしょうか?
毎日ずっと、「明日も学校があるよな」って思っていました。学校へ行けない日も、一日中ベッドにいても、「明日こそ学校に行こう」というプレッシャーが自分のなかに降り積もる感じでしょうか。
あのころは、学校の生徒に会うのも、先生に会うのも嫌でしたし、家で学校の話をするのも避けていました。車で移動中のときも、学校の前を通ると車のなかで隠れていました。
ある日家で寝ていたら突然部屋に先生が入ってきたことがありました。「学校へ来なさい」みたいなことを言われたのが、もう恐怖でしかなかったです。
――不登校直後、そのころはどんな気持ちでしたか?
孤独でした。誰からも自分の気持ちが理解されず、兄弟のなかでは自分だけが不登校。「僕は失敗作だ」とも思っていました。
――周囲の対応で覚えていることはありますか?
親からは「病院へ行こう」と言われ、病院で「起立性調節障害」と診断をされました。睡眠薬みたいなものを処方されて眠れるようにはなりましたが、問題はそれでも学校へ行きたくないってことですよね。
――学校以外の場所は勧められたのでしょうか?
フリースクールや塾へ行かないかと勧められ、行ってみたこともあります。でも、正直なことを言えば勧められた段階からイヤでした。学校へ行ってない僕が言うのも変ですが、人とちがう場所、みんなとちがう場所へ行くのは、なんかイヤだよなって。なので、基本的には家にいました。
――いまは高校に進学されていますが、何が前へ踏み出す転機になったのでしょうか
いま通っているN高等学校の情報を見つけたからだと思います。中学3年生になってからは、担任の先生から家の玄関先で定時制や通信制の高校もあると言われてたり、親からも(高校の)パンフレットを見せられ「決めなきゃ」という気持ちはあったんですが、なんとなく行く気にはなれずにいたところ、N高の情報をネットで見つけました。
N高では、プログラミング講座やパティシエ講座とか、その後の将来につながる授業が多かったんですよね。それにネットだけでほとんど完結する高校っておもしろいなあって。それまでは毎日、学校へ行くことだけが通うことだと思っていましたし、ふつうの学校よりも授業がおもしろそうだなと思ったんです。N高のことを知ったときは、学校へ行かなくなってから初めてワクワクしました。
――いまは高校2年生ですが、実際にN高に入ってみてどう思っていますか?
いい意味でぶっとんだ生徒が多くて楽しいです(笑)。価値観も趣味もいろいろだし、変わっていておもしろい人が多いですよね。
最初はネットだけで学校に関わろうと思いましたが、ネット上で仲良くなってから直接会ってみたり、イベントで意気投合したりして友だちもできました。先日もN高のプログラム「職業体験」で、五島列島の五島市でワインづくりを手伝わせてもらいました。
先生や同級生と一緒に一週間ぐらい泊まり込みで作業をするんですよ。友だちとくだらない話をしたり、共同作業で達成感を得たりして、「なんか学生っぽいことをしてるな」って思いました(笑)。
――ずいぶんと変化があったんですね。いま、取り組みたいと思っていることはありますか? 今、ハマっているのがバックパッカーです。今年は、プライベートでベトナムやタイにも行きました。海外へ行くと、排気ガスがすごかったり、めちゃくちゃなこともありますが、世界ってこんなに広いんだなって思えるんですよ。
――私は14歳から不登校をして、ひきこもり体質です。バックパッカーとなった翔さんが急に遠い存在に思えてきました(笑)。
けっこう安く行けますよ。費用も親から少し援助してもらいましたが、基本は自分のバイト代だけで行ってますから。
――検討しておきます(笑)。今日はお時間、ありがとうございました。
◎ターニングポイントの解説【石井志昂】
石井翔さんのお話で特筆したい点が、自然のなかで遊ぶのが好きで、活発だった子も不登校になったということです。あまり知られていませんが不登校はどんな子にも起きます。
勉強の成績が優秀な子も、学級委員に毎年選ばれる優等生も、友だちが多くクラスの人気者だった子も、スポーツが得意で体を動かすのが得意な子も、不登校になります。理由はさまざまです。いまやどんな子も、深刻ないじめ、それも同級生からだけでなく教員からのいじめに苦しむことがあります。また、成績不振や家庭内不和などで精神的に大きな負担を感じ、学校どころではない、という子もいます。本人や親の性格や気質によって「不登校をしない人」などいないわけです。
 どんな子にも不登校が起こりえる背景としては、2つのことが挙げられます。
ひとつ目は、いま学校自体が「子どもにとって息苦しい設定になっていること」です。毎日、学校へ通うことが、事実上は義務付けられ、休むことが許されません。大人であれば「有給休暇」「異動願い」「転職」なども権利の一つですが、その権利は学校に通う生徒にはありません。もちろん長期休暇は会社員よりも子どものほうが多いのですが、「任意の休暇」が現実的には認められていません。「有給休暇は使いづらい」という声もよく聞きますが「認められていない」というのは、未成年にとってあまりにも無理な設定ではないでしょうか。
もう一つの背景が「遅れを取り戻せない設定」になっていることです。上記のように学校は息苦しい場になっていますが、たとえば「不登校」になった場合、リスタートの仕組みがありません。石井翔さんの場合も、公立学校は、ただ学校へ戻そうとするだけで、リスタートに向けた制度がなく、勉強の遅れは独学とN高に入ってから取り戻しています。
ここで注意が必要なのは「遅れを取り戻せない」から、学校を休ませないようにせねばと考えるのは乱暴です。遅れを取り戻せる設定があればいいわけです。私は通信制高校の肩を持ちたいわけではなく、さまざまな教育形式が選択肢として検討されるべきだと思っています。N高など通信制教育は、一斉授業も行なっていますが、本人の習熟度に合わせた教育プログラムが充実しています。
一方、「通信制中学校」の可能性について、国のあいだで議論がありましたが、コミュニケーションスキルや社会性の向上に問題があるとして検討されませんでした。 しかし、翔さんの場合、押しつけられた公立の中学校は不登校で苦しみ、自分で「おもしろそうだ」と思った選んだ高校からは人が変わったように楽しんでいます。翔さんは「自分で言うのも変ですが、N高に入ってからコミュニケーションスキルは上がりました」と言っています。
ただし、N高を含む通信制高校にも課題があります。自分の意志で入学をしないと卒業が難しかったり、入学しやすいぶん、勉強ができる気力や体力がないと精神的に追い詰められてしまうなどの点です。
しかし、公立学校、つまり一つだけのスタイルの学びのなかで「ぼくは失敗作だ」と精神的に追い詰められる人はいます。事態の改善に向けて真に多様な選択肢が検討されることは大事ではないでしょうか。翔さんの場合は、一般的な高校のスタイルではない学びのかたちを見つけて「ワクワクした」と。
これが、

石井志昂 『不登校新聞』編集長、不登校経験者 1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。
〔2020年1/8(水) 石井志昂 『不登校新聞』編集長、不登校経験者〕

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声優、高槻かなこ 阪神大震災25年 1歳で被災「絆伝える」声優、高槻かなこさんの決意
25年前の阪神大震災を経験した神戸市出身の声優が、次世代に震災の記憶を継承する活動に一歩踏み出した。震災当時まだ1歳で「現実味のない災害」だったが、震災をテーマにした昨秋の音楽朗読劇に参加し、被災地の出身者として「伝える責任」を感じるようになった。「神戸を背負う一人として、被災者がどのように震災を乗り越えてきたかを伝えたい」と訴える。
声優は、人気アニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」などに出演する高槻かなこさん(26)。同作から生まれたアイドルグループ「Aqours(アクア)」のメンバーとして平成30年末のNHK「紅白歌合戦」に特別枠で出演するなど、若者を中心に高い人気を誇る。
ただ、震災当時はまだ1歳。神戸市内の社宅で被災したものの被害はなく、記憶もほとんどない。近くに住む祖母がタンスの下敷きになって負傷したことをのちに知ったが、震災は「あまり現実味がない」というのが正直な気持ちだった。 親の転勤で県内外を転々とし、小学6年で阪神高速道路の倒壊現場近くにある小学校へ転校。学校には「1・17」が近づくとメディアが取材に訪れ、震災復興を願う歌「しあわせ運べるように」を歌ったが、それでも震災について深く考えることはなかった。
転機は23年の東日本大震災。不登校がちな生活を救ってくれたアニメやアニメソングの影響で「アニソン歌手」を夢見て大阪でアルバイト中、街が津波にのみ込まれる映像を見た。「地震や津波はこんなに悲しい出来事なのか」と初めて強く意識した。
声優やアイドルグループとして活動後も、西日本豪雨で福岡のライブに一部ファンが来場できなかったり、大阪でのライブ翌日に大阪北部地震が起きたりと自然の脅威に直面した。「(被災者の)心の支えとまでは言わないが、何か楽しい存在でありたい」と考えるようになった。 一方で、郷里を襲った阪神大震災が頭をよぎることも増えた。幼いころから神戸の街並みに震災の傷痕すら感じなかったのは、「被災者が一丸となって震災に立ち向かい、いち早く復興を実現できたからでは」などと思いを巡らせた。
そうした中、阪神大震災から懸命に立ち上がる神戸の人々を描く音楽朗読劇「ヘブンズ・レコード~青空篇~」のオファーを受けた。すぐ「やりたいです」と答えた。「神戸を背負う一人として震災を伝える責任を感じた」からだった。
昨年9月、東京や神戸で開かれた朗読劇で演じたのは、震災で亡くなった母親の人格が乗り移った女性。演出家に薦められた本で実在のモデルがいたことを知り、衝撃を受けた。「ある意味、アニメのよう」な難しい役柄を必死に想像しながら演じきった。
被災した親族の一部からは「悲しいことを思い出すから、劇を見るのが怖い」との声もあった。震災の悲惨な記憶に触れたくない気持ちも理解できる。それでも、朗読劇に参加したことで「震災の記憶を芝居で現実味をもって伝えることも大切」という思いを強くした。
「震災で人々がどのように結びつき、乗り越えてきたのかを今後も自分の得意な芝居と歌で伝えたい。きっと魂で訴えかければ、震災を知らない人たちにも伝えることができる」
〔2020年1/8(水) 産経新聞(尾崎豪一)〕

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40~64歳のひきこもりが推計約61万人 「中高年ひきこもり」は他人事ではない!なりやすい人の特徴とは
いまや「ひきこもり」というと若い人よりも中高年のほうが多い現代。
2018年の内閣府の実態調査によると、40~64歳のひきこもりが推計約61万人にものぼることが判明した。
「中高年のひきこもり」は決して他人事ではなく、突然の解雇や再就職先探し、親の介護での退職など誰にでも起こり得ることが原因となる場合が多いという。
そこで前回に続き今回は、臨床心理士として「ひきこもり」の研究、当事者への支援を行ってきた桝田智彦氏の新刊『中高年がひきこもる理由』(青春出版社)から、中高年ひきこもりにみられる2つのタイプについて解説していく。
●親の言いなりの「いい子」がひきこもりになりやすい?
まず、「従来のタイプの中高年ひきこもり」は、思春期から20代前半における挫折が長期化しもので、本人の資質や不適切な養育経験、いじめなどによるところが比較的大きいひきこもりです。では、具体的にどのような性向の方が多いのでしょうか。
それは、人づきあいが苦手で、コミュニケーション能力が低く、内向的で、自己主張があまり強くない方に多く見られるように思います。
このような方たちは同調圧力のある学校や会社での生活になじめず、人間関係を築くこともむずかしいために孤立してしまうことが多いのです。
孤独が招くさびしい日々や息苦しい日々を送るうちにそれに耐えられずに不登校になり、あるいは会社へ行けなくなって、ひきこもってしまうケースが少なくありません。
私の体感ではさらに、まじめでやさしく、繊細で、敏感で、空気を読むことに長けていて、子どもの頃に親の顔色をうかがってきた方が非常に多いと感じます。
このような人たちはともすれば、親に反抗することもないまま、社会の規範に逆らうこともない従順な「いい子」に育ちがちで、
そして、この「いい子」であること自体が、ひきこもりのリスク要因となるのです。
なぜなら、自分の心を押し殺して、親の意向に従ってばかりいる「いい子」を続けているうちに、
多くの場合、自分が何をしたいのか、何が好きで、何が嫌いなのか、つまり「自分の欲求」がわからなくなるからです。
自我の確立がなされず、自分というものが曖昧なわけです。このような状態では自己主張はできません。
「嫌です」というひとことも言えず、相手の申し出を断ることもできません。
学校では、自己主張しない子・なんでも我慢する子とみなされて、いじめの標的にもされやすくなります。
また、職場では、面倒な仕事を押しつけられても文句のひとつも言わずに黙々と仕事をこなす「都合のいい人」にされてしまいがちです。
これでは仕事の量は増えるばかりで、やがて許容量を超えた時点で、心身ともに疲れはてて会社を辞めざるをえなくなり、
そして、退職後にひきこもってしまうケースも見受けられます。
ちなみに、相手に説得されやすい人はそうでない人よりもひきこもりやすいですし、
また、何かトラブルがあったときに、悪いのは自分だと思いやすい人はそうでない人よりも、やはりひきこもりやすい傾向にあります。
●再就職の難しさが「中高年ひきこもり」を生み出す
一方、「新しいタイプ」は中高年ひきこもりに多く見られる特有のタイプです。
「新しいタイプ」とは、貧困や雇用、親の介護などが原因やきっかけとなって、ひきこもってしまわれた方々です。
そして、彼らの多くが一人前の社会人として働いてきた経験を持っていることは、すでにお話ししたとおりです。
内閣府の中高年のひきこもりに関する実態調査では「35歳での無職の経験」が53.2%と半数以上いました。
しかも、「働いた経験」という項目では、「正社員として働いたことがある」人が73.9%におよんだのですつまり、
中高年のひきこもりの方々の多くは社会人として通用していたし、社会人として「まっとうに」生きてきた人たちなのです。
今回の2018年調査ではこのことを示す興味深い数字があります。
40歳~64歳の中高年層のひきこもりの方々に、人と対したときの感情や感じ方について質問した項目を見ていきましょう──。
●「自分の欠点や失敗を少しでも悪く言われると、ひどく動揺しますか」という質問に対して、「はい」53.2%、「どちらかといえばいいえ」46.8%と、かなり拮抗している。
●「人といるとバカにされたり、軽く扱われたりしないか、不安になる」という質問への答えは、「はい」「どちらかといえばはい」が48.9%、「どちらかといえばいいえ」51.1%で、ほとんど差がない。
●「初対面の人とすぐに会話できる自信がある」という質問に対し、「はい」「どちらかといえばはい」が44.7%、「いいえ」「どちらかといえばいいえ」が55.3%だった。
これらの数字が表しているのは、中高年のひきこもりのかなりの方々は、個人の資質や性格などが原因でひきこもっているわけではないということです。
では、そのような「一人前の社会人」だった人たちがどのようにしてひきこもってしまうのでしょうか。
40代、50代ともなると、給料もそれなりに高額になるため、リストラの標的にされやすく、突然、解雇を言いわたされるケースも少なくありません。
また、リストラには遭わなくても、職場での強烈ないじめや過酷な労働環境などに耐えられずに会社を辞めていく人もいます。
最近では、郷里に住む親の介護のためにやむをえず退職する人も目立つようです。
いずれにしろ、中高年の人が会社を辞めると、新しい職をみつけることは至難の業で、東京や大阪などの都市部でさえ、再就職先をみつけることがむずかしくなるのです。
最初のうちは、それまでのキャリアで培った自分のスキルを少しは活かせるような職場を望んでいた人も、
不採用通知の山を見ると、高望みはできないことを思い知るようになるのでしょう。
食べていくために非正規やアルバイトで手を打つ方もいるわけです。
しかし、たとえばアルバイトとしてコンビニやラーメン店などで働きはじめたとします。そこにはたいてい年下の上司がいます。
20代の上司が、40代、50代の部下にえらそうに命令したり、怒鳴りつけているのを飲食店やコンビニなどで見たことがある方もいるかもしれません。
中高年の部下は自分を必死で抑えているのでしょう、頭を下げ続けていたりするのです。
ボロボロに傷つけられた心を抱えて働きつづけることにも、限界があります。
このように、ようやくみつけた非正規やアルバイトも苦痛になってしまったら、立ち直ってまた新しい職を探すのは、容易なことではありません。
また、無職の状態では体裁も悪く感じられ、友だちとも会いたくないでしょう。
問題はこのような過程で孤立に追い込まれ、以前は自分のなかにあった自己肯定感も社会に認められている感覚も両方を削られていき、
アイデンティティが完全に崩壊してしまうことだと思います。
つまり、パート先で年下の上司に小突かれつづけたり、何度も面接で落とされたりしているうちに、「自分は自分でいい」という自己肯定感は低下していきます。
しかも、無職になってしまったことで、「そんな自分でいいと社会に認められている」という確信は当然のこととして、徐々にゼロに近い状態に陥るでしょう。
自己肯定感も、社会的に認められている感覚も両方を失い、生きるための「土台」であるアイデンティティが崩壊してしまったとき、
人は絶望し、ひきこもらざるをえないのだと思います。さらに、最近の高齢化にともない、親の介護のためにやむをえず都会の会社を辞めて、Uターンをする人たちも増えています。
そのような人たちはたいてい、自分のスキルをもってすれば、郷里でも仕事がみつかるだろうと思っています。
ところが、地方の雇用状況は都市部よりもさらに厳しく、とくにハイスペックな人たちを雇うような会社は、地方へ行けば行くほど少なくなります。
地域社会が崩壊し、核家族化した現代において、多くの日本人が孤独と背中合わせに生きていると考えられます。
いざ何かが起きれば、このような孤独な人たちは独りで困難な局面に立ち向かわなければならないわけで、
そのとき、その重みに耐えられずにひきこもってしまう人も少なくないと思います。
だからこそ、「自分は大丈夫」と高をくくっている人も「自分事」として、ひきこもりをとらえていただきたいのです。
〔2019年12/25(水) ダイヤモンド・オンライン 桝田智彦〕

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◎記事は次のように分類し保存しています(2017年7月時点 ⇒ひきこもり周辺ニュースでより詳しく)

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