カスタム検索(不登校情報センターの全サイト内から検索)

 
Clip to Evernote  Twitterボタン  AtomFeed  このエントリーをはてなブックマークに追加  


カテゴリ:周辺ニュース

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
(1人の利用者による、間の43版が非表示)
19行: 19行:
 
</tr>
 
</tr>
 
</table>
 
</table>
 +
  
  
41行: 42行:
  
 
〔〕 <br>
 
〔〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
58行: 58行:
 
〔〕 <br>
 
〔〕 <br>
  
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
砂間敬太
 +
【世界水泳】「楽しい」を追求した競技人生の先に…“元不登校”砂間敬太のワクワクが止まらない
 +
男子200メートル背泳ぎに出場する砂間敬太
 +
「世界水泳カウントダウン連載」競泳開幕まであと10日―男子200m背泳ぎ砂間敬太
 +
五輪を超える規模で2年に1度行われる水泳の“世界一決定戦”、世界水泳(テレビ朝日系で独占中継)が7月12日に開幕する。なかでも、注目を集めるのは競泳だ。金メダルを獲得すれば、1年後の東京五輪出場が内定する今大会。「THE ANSWER」は競泳開幕の30日前からカウントダウン連載を行い、出場25選手のインタビューに加え、特別企画を織り交ぜながら大会を盛り上げる。開幕まであと10日の第21回は、男子200メートル背泳ぎの砂間敬太(イトマン東進)が登場。小学4年から中学卒業まで学校に行かなかった異色の24歳が、競技人生に共通する「楽しい」の原点を探る。
 +
【一覧】男子200メートル背泳ぎに出場する砂間敬太はいつ登場? 世界水泳「競泳8日間レース日程」完全版
 +
     ◇ ◇ ◇
 +
世界の猛者との真剣勝負を思い描くと、ワクワクが止まらない。昨年のパンパシ水泳に続き、砂間は日の丸ジャージーに袖を通した。今夏もトビウオジャパン入りを果たし、声を弾ませる。
 +
「世界と戦う一番大きな舞台。(パンパシは)すごく楽しかったですし、やっぱりそこにいたいなっていうのもありますし、いなきゃいけない。初めての世界選手権で気が引き締まるというか、ちょっとテンションが上がってます。シニア代表は人生2回目なので」
 +
4月の日本選手権は、憧れの入江陵介(イトマン東進)と対決。序盤から前に出た砂間は、最初の50メートルを27秒15とし、入江に0秒37リード。150メートルの折り返しでも先輩に0秒49と差を広げた。優勝まで残り20メートル。しかし、スパートをかけた入江に逆転を許した。最終的には優勝した入江に0秒27及ばず、1分56秒06で2位となった。
 +
 +
「素直に悔しいのが大きい。個人メドレーも棄権して、100メートル背泳ぎも棄権して臨んだ200メートル背泳ぎだった。やっぱり優勝したいというのが僕の中で一番の課題というか、日本選手権では絶対優勝しようと思って練習してきたので、それが実現できなかったのが悔しいかなと思います」
 +
これまで主戦場の個人メドレーで萩野公介(ブリヂストン)、瀬戸大也(ANA)の背中を追ってきた。初の世界水泳切符を手に入れたものの、満足にはほど遠い。背泳ぎを牽引してきた入江との実力差を改めて痛感するレースとなった。
 +
「昔からすごく速くて、ずっと見てきた選手。今でも憧れていますし、やっと最近少しずつ追いついてきた。今回は一番練習もしてきたし、手応えもあったので、やっと勝てるかなと思ったんですけど、やっぱりまだまだすごい存在だなって。やっぱり勝負強いというか、経験値の違いだなって思いました。(追う立場は)すごく楽しいです。追いかけることが好きだなって思います」
 +
挑戦者のメンタルの持ち主は、レースで勝負を仕掛けることを忘れない。日本選手権は150メートルまでトップを守ったが「やっぱり世界を見ているので、世界は54秒台で入って1分24秒台でターンしている。日本人選手はラスト50メートルで上げるという安牌なレースが多い。それでは世界で戦えないなと思ったので、ちょっと積極的に泳ぎました」と分析する。
 +
 +
終盤の失速は高い目標を超えるために挑戦した結果。追う立場のまま、簡単には勝利を得られない。悔しさの残る成績に「まだまだ練習不足」と頭を悩ますが、新たな課題に喜びすら感じるようだった。
 +
「やっぱり世界の選手と戦えるっていうのがすごく楽しい。日本ではやっと2番に上がって来られたんですけど、世界ではまだ5、6番。世界水泳になると、決勝に残れるかも分からない順位なので、まだまだ上に行けるぞっていうのがわかるので楽しいですね」
 +
いつだって明るく、楽しく――。そんな童心を宿す24歳には、意外な過去がある。小学4年の途中から学校に行かなくなった。「いじめられたとかはなく、ただ普通に行きたくなかった」と理由を振り返る。ふとした時に学校に足を運ぶ。当然、周囲からは「昨日、なんで休んだの?」と質問が飛んだ。
 +
「たぶんそれが嫌だったんだと思います。っていうだけなんですよね。次、1週間休んでしまったので『次、何て言われるんだろう』みたいな。それで行けない。1か月休んで、行けないみたいな。そういうのを繰り返すというよりも、ずっと続いちゃったという感じですね」
 +
 +
一度辞めた水泳に戻れた理由、高校で出会った仲間の存在
 +
中学に進学すると、違う地区から来たクラスメートに「小学校の時に行ってなかったの?」と聞かれた。「それが嫌だっていうだけなんですよね。(大きな理由は)本当に何もないんですよ。迫られる感じがちょっと嫌」と明かす。
 +
小4で水泳と一緒にやっていた野球を辞めた。すると一気に太ったことから「これ以上、太るのはダサイ」と思い、スイミングスクールのコーチが誘ってくれたのを機に復帰。中学も大半は学校に行かなかったが、水泳だけは続けた。昼に起きて食事をし、夕方から「行くか」とプールに向かう生活。同じマンションの子供と顔を合わす程度で、学校の友達には会わなかった。
 +
 +
「小4で一回辞めて、本当にめちゃめちゃ太ったんですよ。コーチが呼び戻してくれて、徐々に体も絞れてきた。太っているのが嫌だと思って、トレーニングはずっとしていた。最初は体づくりみたいな感じで水泳を続けていた。でも、徐々に世界で戦いたいなと思ってきて、ずっと水泳は続けてきてる」
 +
学校には行かなくなったが、一度離れたプールに戻り、続けることができたのは「やっぱり楽しかった」ことが大きな理由。そして、進学した天理高で寮生活となり、泳ぐことも、学校生活も「どちらも楽しかった」。すると、一人で水をかく単調な練習に、大きな意味が加わった。
 +
「それまで仲間というのがいなかった。水泳に行っても“水泳の仲間”という感じだけだったんですけど、高校はクラスも3年間変わらなかったので、他競技の仲間にも、水泳部の仲間にも応援されて。寮生活だったので、勉強で入ってきた子たちとも仲良くなれて、すごく仲間に恵まれた。だから、水泳も頑張れたんだなって思います。
 +
 +
今も楽しいです。水泳って始めるのが遅くても大丈夫。学校の勉強って少し遅れたら全くわからなくなる部分があるじゃないですか。僕、昔は完璧でいたかったので、行くなら学校の成績も完璧がよかったし、水泳も日本一がよかった。たぶん、学校は途中から行ったらわからないだろうな、という先入観が行けない理由だったのかなと、今思えばありますね」
 +
 +
水泳を始めた時、学校に行かなかった期間、大切な仲間と練習した日々、そして世界を舞台に猛者たちと火花を散らす今。砂間のスイマー人生に共通するのは「楽しい」という純粋な気持ちだった。
 +
「まだまだ上がある。それもすごく刺激になりますし、練習のモチベーションにもなります。結局、『楽しいな。水泳って奥深いし、楽しいな』って、めちゃめちゃ思います。(両親に)今まで散々迷惑もかけてきて、それでもずっと見守ってくれていた。結果で恩返ししたい。元気な姿で泳いでいるところを見てほしい」
 +
「楽しい」を追求した先に、何を得るのか――。世界水泳、東京五輪はそれを証明する舞台となる。
 +
(明日12日の第22回は酒井夏海が登場)
 +
◆世界水泳、テレビ朝日系で連日中継 7月21日に開幕する競泳は、決勝をテレビ朝日系地上波、AbemaTVで最終日まで8夜連続放送。予選はBS朝日、AbemaTVで放送する。
 +
.
 +
〔2019年7/11(木) THE ANSWER〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
日本生まれ、日本育ちの外国人
 +
日本生まれ、日本育ち。それでも退去しないとだめですか「不法滞在」と呼ばれる外国人たちの叫び
 +
子どもの時から自分は日本人だと思っていたローレンス
 +
人手不足を背景に外国人労働者の受け入れが進む日本。一方、この国で育ち、言葉も文化も身につけながら、「不法滞在」とされる人たちがいる。彼らは故郷に貢献することも許されないのか。(浅倉拓也)
 +
.
 +
かんたんには帰れない
 +
アプルエボ・ケネス・ローレンス(21)は日本で生まれ、自分は日本人だと思って育ってきた。しかし15歳の時、東京入国管理局から母親と一緒に日本を出るよう命じられた。
  
〔〕 <br>
+
ガーナ人らしい父親は生まれた時にはいなかった。母親は1995年に来日したフィリピン人。超過滞在(オーバーステイ)だったが、日本人男性と再婚して在留資格を得た。だが、男性が病気で亡くなると、母子ともに在留資格は更新されず、「不法滞在」になった。
 +
母は野菜の加工場などで働いて一人息子を育ててきた。ローレンスはいじめなどに遭って不登校になった時期もあったが、10代半ばで自分を変えようと決意。いまは夜間中学で学び、生徒会長も務める。母子は退去強制の取り消しを求めて東京地裁に訴えたが、昨年末に「処分は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くとは言えない」と退けられ、今年4月、控訴も棄却された。
 +
政府がいま進めている外国人材の受け入れ拡大について、ローレンスの思いは複雑だ。「すでに日本にいる外国人にも目を向けてほしい。僕たちのことが見えないのか、それとも見ないようにしているのか……」
 +
 
 +
80~90年代のバブル期、超過滞在で働く外国人たちは事実上、黙認されていた。しかし景気が後退し、一方で日系人や技能実習生らの合法的な受け入れが始まると、不法滞在者の取り締まりは厳しくなった。
 +
ただ、退去命令を受けても簡単には帰れない人たちもいる。日本で子どもが育った家庭の多くもそうだ。こうした子どもたちは10代後半~20代となり、将来を見通せずにいる。日本人と同じように暮らしているのに、彼らはあくまで入管施設への収容を一時的に免れている「仮放免」。アルバイトもできないし、健康保険にも入れない。
 +
世界は滞在認める流れ
 +
2018年末時点で全国に約2500人いる仮放免者には難民申請者も多い。最近、クルド系トルコ人の5家族が在留資格を求めて裁判を起こした。母国に戻れば迫害や差別に遭うと訴えてきたが、クルド人が日本で難民認定された例はない。原告には日本で育ったり生まれたりした子ども世代20人も名を連ねる。
 +
 
 +
ドゥールスン・ラマザン(21)は9歳で来日した。クルド人コミュニティーと日本社会をつなぐ仕事をしたいと考えている。高校卒業後、通訳の専門学校をめざしたが、すべて断られた。いまは自動車整備の専門学校で国家資格の取得をめざし、苦手な漢字と格闘中だ。在留資格をめぐる闘いには「正直もう疲れた」と言うラマザンも、裁判には加わった。「これはおれだけの問題でなく、後には何十人、何百人という(同じ状態の)子どもがいる。裁判所にはそれを考えて判断してほしい」
 +
世界を見渡せば、不法滞在者に在留資格を与えることはそれほど特別なことではない。
 +
名城大学教授の近藤敦によると、欧州をはじめ世界の多くの国が、滞在年数など一定条件を満たした不法滞在者をまとめて合法化する「アムネスティ(恩赦)」を、数万人から数十万人規模で繰り返し行ってきた。彼らの身分を安定させ、合法的に働いて税金を納めてもらう方が、治安の面でも経済の面でも良いからだ。
 +
日本にも、法務大臣が人道的見地から滞在を認める「在留特別許可」という制度がある。00年代半ばにはこの制度で毎年1万人前後が救済されていた。これによって、いまでは会社を経営するなどして日本社会を支える一員となっている「元不法滞在者」は少なくない。
 +
東京で暮らすバングラデシュ人のエムディ・エス・イスラム(52)は85年に来日し、親身になってくれた交番の警察官の紹介で飲食店に最初の仕事を得た。その後超過滞在になったが、在留特別許可を得て中古車販売の会社を立ち上げることができた。法人税だけで6000万円以上を納めた年もある。「新しい外国人を呼ぶ前に、オーバーステイの人をリーガル(合法)にした方が税金もとれて良いじゃないか」。彼はそう考えている。
 +
たくさんの表彰状
 +
だが、在留特別許可もこの数年は認められにくくなった、と弁護士らは指摘する。さらに入管当局は、仮放免者が隠れて働くことがないよう「動静監視強化の徹底」を繰り返し指示。「入管職員に冷蔵庫の中までチェックされた」といった声も仮放免者から聞こえる。厳しい姿勢には、外国人労働者の受け入れ拡大に抵抗がある保守層への配慮があるようだ。
 +
 
 +
内閣府の世論調査で「不法就労」が「良くない」と答えた人は、90年は32.1%だった。それが04年は70.7%。不法滞在者は93年の約30万人をピークに減り続け、現在は7万4000人ほどだが、彼らを見る世間の目は厳しさを増している。
 +
東京で30年以上、非正規労働者を支援してきた「APFS」の福本修(66)は、風当たりがますます強まっていると感じている。在留資格のない子どものために彼らが通う学校へ署名活動などの協力を求めても、断られることが増えた。校長ら管理職が保護者や地元議員の反応を気にしているのは想像に難くない。
 +
超過滞在は違法だが、日本が人手不足の時に彼らを頼ったのも事実。その子どもたちが「故郷」である日本社会の一員となることは、そんなに不自然だろうか。
 +
ある仮放免の生徒は、入管に目をつけられるのを恐れ、名前を明かして取材に応じることができなかった。県外にも知られたスポーツ選手で、学校でも人気者だ。両親は、誇らしげにたくさんの表彰状を見せてくれた。その横で生徒は、「自分は何も悪いことはしてない」と悔しそうにつぶやいた。
 +
.
 +
〔2019年7/11(木)朝日新聞社 GLOBE+〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
きょうだいげんか
 +
幼児期のきょうだいげんかへのかかわり方【前編】押さえておきたい基本姿勢
 +
きょうだいげんかが毎日のように絶えず、その対応に苦労しているという保護者のかたも多いと思います。けんかをするほど仲がよいともいいますが、毎日大騒ぎとなると、親も大変です。今回は、発達心理学・幼児教育の専門家である東京学芸大学の岩立京子先生に、保護者のきょうだいげんかへのかかわり方について教えていただきました。
 +
.
 +
きょうだいげんかは人間関係を築く術を学ぶ場
 +
きょうだいの関係は、親子という縦の関係と、仲間という横の関係の中間にある「ナナメの関係」といえます。家族として身近にいて、年齢が近いため、親に対してよりも自己主張をしやすいのですが、お互いにまだ幼児であり、精神的に未熟ですから、相手のことを考えて自己調整ができません。ですから、けんかになりやすいのです。
  
〔〕 <br>
+
しかし、保護者のかたにとって悩みのタネでも、きょうだいげんかにはよい面がたくさんあります。自己主張をし、ぶつかり合うことで、相手にも考えや立場があるのだと、子どもが気付くことです。お互いに主張していくなかで、相手の話を聞き、どのようにして折り合いを付け、そして仲直りをするのか。人間関係を築くために重要なことを、きょうだいげんかをしながら学んでいきます。幼稚園や保育園などでは遠慮しがちで何も言えなくても、きょうだいには何でも言えるという子もいます。家庭できょうだいを相手に自己主張をする経験を積み、いずれは外でも自己主張ができるようになる。きょうだいげんかはそういった練習の場になるのです。
 +
幼いころはなんでもないことで言い争っていても、年齢が上がり、それぞれの認知・言語・自己調整力の発達にともなって、けんかの原因も仕方も変わっていきます。お互いの活動範囲が広がって、顔を合わせる機会が減れば、けんかは自然と収まっていきます。また、けんかを何度もしていくうちにお互いのことをよく知り、仲よくなっていくこともあります。そのうち、共同戦線を張って、親に対抗してくるようになるかもしれません。
 +
 
 +
けんかが起きてもまずは見守って
 +
けんかが起きても、ただの言い争いであれば、何もせず、見守っていてください。そして、頃合いを見計らって、「おやつよ」「買い物に行くわよ」などと声をかけるのです。もし、食事中のけんかであれば、「食事がまずくなるから、あとにして」と冷静に言いましょう。お腹が減っていれば、食べ物につられて、けんかは中断され、食べ終わったあとはけんかをしていたことも忘れていると思います。
 +
きょうだいげんかに親が介入しすぎると、「親が解決してくれる」「親がいなければ解決できない」と思ってしまい、親にすぐ言いつけるようになります。親も、口が達者なほうの主張をつい聞いてしまい、もう1人が不公平さを感じるようになります。けんかが大変なことだと思わせないためにも、おおらかに構えて、冷静な態度で対応していただけたらと思います。
 +
.
 +
「お兄ちゃんだから我慢しなさい!」と言ってしまった時は……
 +
きょうだいげんかへの対応でよくしてしまうのが、上の子に「お兄ちゃんだから」「お姉ちゃんだから」と言って我慢をさせてしまうことではないでしょうか。また、上の子と比較して、下の子に「お兄ちゃんはできるのに」「お姉ちゃんはできるのに」と言ってしまいがちだと思います。保護者がこうした態度を続けると、子どもの中に不満がたまっていきます。その時には反抗されなかったとしても、将来的に親子の信頼関係を築けていないということが起こり得ます。また、小学生高学年になって夜尿をしたり、不登校気味になったりという不適応行動に表れたりすることもあるのです。
 +
保護者のかたも、いらいらしたり、体調が悪かったりして、よくないとわかっていても、「お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい!」とつい言ってしまうことがあるでしょう。それはしかたのないことです。私も2人の子どもが幼いころにけんかばかりをしていて、「もういい加減にして!」と怒鳴ってしまったこともあります。ただ、そればかりが続くと、子どもは抑圧されて、欲求が満たされず、ますますけんかが増える……と悪循環に陥ってしまいます。子どもは不満がたまってくれば、なにかしらのサインを出してきます。そのサインを捉えて、自分の態度を振り返り、よくないと思う点を改めて、調整していくことが重要なのです。
 +
言い過ぎたと思ったら、「さっきは言い方が悪かったね、ごめんなさい。お母さんはこういうことを伝えたかったの」と、子どもに謝ることも大切です。保護者のそうした態度は、自分が悪いと思ったら友達に謝るという、お子さまの成長にもつながります。
 +
「親が子どもに謝れば、権威が保たれない」と考えるかたもいるようですが、権威をふりかざして一方的に押さえつけるだけでは、権威の前では何も言えないような大人になってしまうことも考えられます。謝るべき時は謝る、おかしいと思ったら主張して議論する。そうしたモデルを示してほしいと思います。幼児期からそうした姿勢を続けていくと、小学生くらいになった時、親が理不尽なことを言ったら、「そんな言い方をしていいの?」と正論を言ってくるようになるでしょう。
 +
.
 +
プロフィール
 +
岩立京子
 +
東京学芸大学総合教育科学系教授。心理学博士。専門は発達心理学、幼児教育。幼稚園教諭や保育士を養成するかたわら、保護者の保育相談なども行っている。著書は『子どものしつけがわかる本』(Como子育てBOOKS)など多数。
 +
※この記事は「ベネッセ教育情報サイト」で過去に公開されたものです。
 +
〔2019年7/11(木) ベネッセ 教育情報サイト〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
不登校からの高卒資格や大学進学
 +
小中学校で不登校でも勉強を諦めなくていい。高卒資格や大学進学を得るための選択肢
 +
話題になった不登校YouTuber小学生
 +
今年になって、沖縄県在住の小学5年生、通称ゆたぼん君が不登校を宣言し、自身はYoutuberとして生きていくことで多くのメディアが彼の動向を報じました。私を含め、教育に関わる多くの専門家が持論を展開し、ネットニュースなどで拡散され、彼がアップロードした動画は数多くの低評価を受けるなど、賛否の分かれる話となっています。(参照:“小学生がYoutuberとなって不登校宣言。我が子がこう言ったとき、親はどうすべきか?”|HBOL)
  
〔〕 <br>
+
彼が学校へ行かないことについては、父親がテレビ等で「本人が行きたくないものを無理強いすることはしたくない」などとコメントしていることや、脳科学者の茂木健一郎氏をはじめとする多くの著名人が「学校へ行くことだけが勉強じゃない」、「動画を作成してYoutubeにアップロードすることも勉強」など、好意的に理解していることで、彼の好きなようにやらせてみればよいという、社会的な理解は得られていると思います。
 +
私としては、このゆたぼん君という小学生については、これだけ知名度が上がり、芸能界でいうところの売れっ子の子役タレントみたいな地位を手に入れたのですから、それなりに他人とのつながりを大切にしていけば、彼が成人して、改めて学ぼうとした時には周りの大人や友人・知人が彼の学びを助けてくれる可能性があります。だから、彼についてはさほど心配していません。
 +
.
 +
普通の不登校児の選択肢
 +
ゆたぼん君のように、幸運にもYoutuberという道を選ぶことができた人や、著名な人との関わりが持てた人は、それなりに他人と交流できるだけのスキル、つまり社交性に優れているため、周辺の人を巻き込んで新しいビジネスを始めたりとか、芸能界に進んだりするなど、必ずしも学力や知識を要しない世界で生きていくことができますが、問題は彼のような特殊な環境にいる子どもではなく、学校以外に外界の人とのつながりがない子どもたちです。
 +
日本の義務教育では「年齢相当学年」という考え方があって、小中学校においては、出席日数がゼロであったとしても、自動的に卒業できてしまいます。「原級留置」という留年のような措置もありますが、大半は学校長の判断で卒業に至ります。そしてその中学校卒業の学歴があれば、高等学校へ入学できる資格を得てしまいます。しかし、不登校の生徒の多くは学力が著しく乏しく、出席日数も少ないから、内申書はほぼ無価値です。したがって、普通の高校へ進学するのは困難であることは間違いありません。
 +
学校へ行かずとも、勉強しなくても中学校は卒業できて進学するための資格に支障がないという配慮は、高校進学の段階で学力不足という大きな問題が露呈するのです。そこで、高校入試を突破する自信のない人たちに、あえてその上の、大学への道まで見据えた進学法を検討しておくべきです。
 +
学力に自信の無い15歳が選べる「高卒&大学進学法」3選
 +
大学や専門学校へ行くには高校を卒業して「大学入学資格」を得ておかなければなりませんし、多くの企業の求人票には「高卒以上」とあります。人生には学歴は関係ないとはいっても、社会生活において「高卒」の有無は大きいのです。そこで、学力が乏しい人でも、一定の努力で挑戦できる高卒・大学進学の道を3つ紹介します。
 +
 
 +
1.通信制高校へ進学
 +
通信制高校はそれぞれ公立と私立のものがあり、公立は授業料が安く、私立は高く設定されていますが、世帯年収が低い家庭については就学支援金などでどちらも大半の費用が補助されます。
 +
数ある通信制高校のうち、私立のところは、地元の学習塾や予備校などと提携していることが多くあります。この提携校のことを「サポート校」と呼びます。
 +
私立通信制高校とサポート校を併用すると年間100万円程度、3年間で300万円程度の学費が必要ですが、生徒の学力に応じて小中学校の学習に戻って指導することがあるなど、不登校だった人たちにとって居心地のよい環境や様々な工夫を用意してあるため、学びやすい学校が多いとされています。
 +
 
 +
2.高等学校卒業程度認定試験を受験
 +
かつて「大検」と呼ばれた、大学入学資格付与のための国家試験です。
 +
高校で行われる授業のうち、必修・選択を含めて8科目(例えば国語・英語・数学・地理・世界史・現代社会・科学と人間生活・生物など)を受験し、その全てで合格した人たちに、合格証書が送られます。
 +
受験料は8科目受験で8500円。年に2回開催され、一度に全て合格する必要はなく、科目別の合格を積み上げても構いません。全科目合格するには至難の業と思われがちですが、そうでもありません。
 +
俳優の河合我聞さんは42歳で挑戦し、7科目に合格しました。数学が合格基準点を下回ったので不合格でしたが、すぐに私立の通信制高校の聴講生になり、数学1科目分の単位を修得して科目免除を受けて最終合格を果たしています。
 +
 
 +
3.いきなり大学へ進学する
 +
我が国の通信制の課程を有する大学のうち、20校程度に「特修生」と呼ばれる入学制度があります。大学入学資格が無い人でも、15歳以上であれば学力不問で仮に入学できる制度で、所定の16単位を修得すると大学に正規入学することができます。
 +
例えば放送大学では、テレビ放送や教科書で勉強して、マークシートなどの課題を提出して単位認定試験に受験・合格すれば、1科目合格で2単位修得。これを8科目分繰り返せば16単位となり、正規に入学できてしまいます。正式に入学を許可されたら、過去に修得した16単位を含めて124単位に達すれば、4年制大学を正式に卒業できて、学士が取得できます。
 +
15歳から選科履修生となり、18歳で正規に入学し、22歳で卒業すると考えると、たっぷり7年の時間をかけて124単位を取ればよいので、アルバイトをしたり、同時並行で高卒認定試験や他の資格試験などに挑戦したりしながら、就職活動をすれば同世代の人たちと年齢的な帳尻があいます。
 +
それでも学力があるに越したことはない
 +
不登校に悩む皆さんが、とりあえず高校へ行く方法があるとか、高卒認定試験や通信制大学へ行く道があったとしても、相応の知識や学力があったほうが良いと思います。
 +
大学を出たのに知識が乏しい、高校を出たはずなのに作文や計算ができないとなると、社会人になってから困りますよね。
 +
学校でのいじめや先生の体罰については、自分の努力ではどうしようもありません。しかし学力不足については学習塾に通わせるとか、子どもの居場所を確保しつつ学べるフリースクールへ行くなどの選択肢を検討することになるかと思います。
 +
しかし、学習習慣の無い子どもの学習は、やはり自宅での支援が大切です。親子で取り組みやすい目標を定めて、例えば漢字検定や算数・数学検定などを受験して、習熟度を計った上で、親子で勉強してみるとか、英語であれば洋画のDVDを字幕付きで視聴し、次は字幕を消して視聴して英語に慣れるなど、あまり大きく構えずとも、反復練習をするだけで、容易に取り組める学びの場を作っていくと、無理なく学ぶことができます。
 +
小中学校における学習を、全て諦めるのではなく、少しでも、わかるところだけでもしっかりやっておくことで、将来に対する不安が少しは払拭できるはずです。
 +
 
 +
<文/松本肇>
 +
参考文献中卒・中退・不登校 誰でもイキナリ大学生
 +
【松本肇】
 +
<Twitter ID:@matsuhaji>
 +
まつもとはじめ●教育ジャーナリスト&教育評論家。有限会社トライアルコーポレーション代表取締役。神奈川大学法学部卒。神奈川大学大学院博士前期課程修了(民事訴訟法)。放送大学教養学部の全7専攻・コースを卒業し名誉学生。独立行政法人大学改革支援・学位授与機構で学士(法学、社会科学、教育学)を授与される。
 +
著書:『短大・専門学校卒ナースが簡単に看護大学卒になれる本』(エール出版社)、『中卒・中退・不登校 誰でもイキナリ大学生』『社会人大学院生のススメ』(オクムラ書店)
 +
2008年、インターネット画像の著作権事件「スメルゲット事件」の本人訴訟原告で勝訴し、著作権法判例百選に掲載。
 +
近年はバイキング(フジテレビ)、ワイドスクランブル・モーニングショー(テレビ朝日)、アベマプライム(アベマTV)などに教育問題の専門家として出演
 +
.
 +
〔2019年7/11(木) ハーバービジネスオンライン HARBOR BUSINESS Online〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
いじめ防止に向けて
 +
いじめ防止へ新組織 大阪・八尾市長、外部人材活用
 +
大阪府八尾市立小6年の女児が同級生の男児にいじめられて不登校となっている問題で、同市の大松桂右市長は11日、いじめ防止に向けて、外部人材を活用した新たな組織を設立するための予算措置を講じる考えを示した。学校教育などについて中山晶子教育長らと意見交換する市総合教育会議の中で表明した。
 +
会議では、大松市長が女児の保護者と面会したことを明らかにしたうえで、「(保護者と市教委の間に)全く信頼関係がないと感じた。市教委として責任の所在をはっきりさせ、けじめをつけるべきだと思う」と述べた。
 +
中山教育長は「女児が安心して通える状況に至っておらず、改めておわびしたい」と謝罪。出席した教育委員からは、いじめ防止策として相談体制の構築が必要といった意見が出た。
 +
〔2019年7/11(木) 産経新聞〕 <br>
  
〔〕 <br>
+
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
小説『神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)』
 +
なぜ日本人は右傾化するのか? 誰もが「居場所」を過剰に求める時代
 +
昨年、三島由紀夫賞を受賞し前作が芥川賞候補にもなった、最注目の作家・古谷田奈月さんの新刊『神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)』(河出書房新社)が発売された。神社の結婚披露宴会場を舞台にした物語は、結婚、家族、そして日本とは何かをあぶり出す問題作だ。刊行にあたり、ナショナリズム関連の著書を多数持つ政治学者・中島岳志さんと対談をおこなった。
 +
「安倍首相は空虚」と言えるのはなぜか?
 +
.
 +
宗教とナショナリズムを問う
 +
古谷田:私がはじめて中島さんのことを知ったのが、「マガジン9」での鈴木邦男さんとの対談でした。
 +
中島:「新右翼×リベラル保守」ですね。もう10年くらい前の対談です。
 +
古谷田:どうすれば日本人から在日コリアンに対する差別意識をなくせるだろうという思いから右翼や保守思想について調べていたとき、偶然この記事を見つけたんです。当時の私の右翼のイメージはすごく雑で、街宣車とネトウヨ、という感じでした。でもこの記事では、アジア主義思想について書いた学者と右翼のバリバリの運動家が、とても理知的で誠実な対話をしている。これまでのイメージを覆されました。
 +
それが、中島さんの著作や思想に興味を持つようになったきっかけです。
 +
中島:そうなんですね。僕自身が最初にそうした思想に関心を持つようになったのは、だいたい1995年頃です。一浪して94年に大阪外国語大学に入ったはいいものの途中から行かなくなり、いきなり留年が決まって、時間だけはたっぷりあって。そしたら年明けに阪神・淡路大震災が起きたんです。
 +
95年というと、バブル崩壊からしばらく経って、いい大学出ても就職先はないぞと言われている時でした。戦後50年の右肩上がりが終わって、ぼくらの世代は、何を根拠に生きていけばいいのかわからない。94年に出た岡崎京子の『リバーズ・エッジ』と、93年の鶴見済の『完全自殺マニュアル』の時代、といえばイメージが湧くかもしれません。
 +
震災が起こった時はちょうど宗教に関心があったんです。そうしたら、その年の3月にオウムの地下鉄サリン事件が起きた。僕よりも少し年上で、宗教に走った人たちが、あんなことをやったわけです。そして8月になると、当時の首相であった村山富市が「戦後50周年の終戦記念日にあたって」という、いわゆる「村山談話」を発表します。先の戦争に対する謝罪と反省を表明したあの声明を、いまのネトウヨの前身みたいな人たちが攻撃しはじめて、その流れで「新しい歴史教科書をつくる会」ができました。
 +
こうして、宗教とナショナリズムという、僕にとっていちばん訳がわからないと思っていたもの、そしておそらく世の中のみんなもわかっていなかったものが、この年一斉にやってきたんです。
 +
古谷田さんの『神前酔狂宴』は、神社の結婚披露宴会場を舞台に、まさに宗教とナショナリズムを問う作品だと思いました。
 +
----------
 +
【あらすじ】
 +
日清・日露戦争の英雄、高堂伊太郎(こうどう・いたろう)を祀る神社の結婚披露宴会場である高堂会館のバイトをはじめた18歳の青年・浜野。「高堂伊太郎って誰?」というくらいの無知なまま、同僚の梶(かじ)とともに時給アップを目指して全力で働いていた。
 +
高堂会館には、同じく明治の<軍神>を祀る椚萬蔵(くぬぎばんぞう)を祀る椚神社から数名の給仕が派遣されていた。そのひとりである倉地(くらち)は浜野たちの働きぶりを賞賛し、能率の悪い椚会館の意識改革をはじめる。
 +
2011年の震災後、挙式の申し込みが激増するなか出世していく浜野は、かつて高堂伊太郎が天皇に忠誠を尽くしたように、自らも新郎に忠誠を誓う給仕として挙式の現場を取り仕切り、一方で改革を成功させた椚会館からは次々とスタッフが派遣されはじめていた。
 +
やがて、「高堂伊太郎という偉大な英霊を祀る神社が、日本人の心を失ってしまった」と言ってのっとり宣言する倉地。同僚が次々と職場を去ってゆくなか、ある日風変わりな客がやってきて……。
 +
----------
 +
古谷田:そうですね。主人公の浜野とその友だちの梶というふたりが物語の主軸で、ともに18歳で高堂会館という、明治のいわゆる「軍神」を祀る神社の披露宴会場で給仕の派遣バイトを始める。そこからの15年間を描いています。
 +
以前、中島さんは「派遣労働が若者のトポス(場)を奪った」ということを書かれていたと思うんですが、トポスというのは、いわゆる物理的な場所や土地のことだけを指すわけではないんですよね? 
 +
中島:トポスは、物理的な場所に加えて、自分がそこで意味付けられている場所、という意味です。つまり、自分がいるからこの場が成り立っている、という実感を持てる場所のことですね。
 +
古谷田:それはきっと誰にとっても必要なものだと思うんですが、私に限っていうと、どこかにガッチリ属しているという状態がどうしてもダメなんです。家も苦手だし中学は不登校だし高校は通信制だし。だから労働という面では、単発バイトや日雇いといった雇用形態にとても救われました。派遣労働に居場所を守られたという感覚で、これは主人公の浜野のスタンスと近いと思います。ただ、この状態でトポスがあるといえるのか……。居場所がないこと自体を居場所にのように感じている自分が、なんとなく危ない存在に思えるんですが……。
 +
中島:うーん、まあ、トポスって「ない」ことで認識されるものだから。
 +
古谷田:! 
 +
中島:ある人は意識しないんです。たとえば、浜野の友人の梶は高堂会館で働くことに次第に誇りのようなものを感じるようになって、派遣という立場から職場に「ガッチリ属して」いきますよね。それがやがて高堂会館への怒りに転じて、伝統や絆を取り戻せと、公然と批判するようになる。まさにこのような、危機意識において喪失物として「発見される」のこそがトポスですね。
 +
古谷田:そうか……。私の場合、喪失や不足といった感じはないので、どこにも属せないという感覚から言葉が生まれて、その言葉が居場所を作り上げてくれているのかもしれません。
 +
現代日本はどのような社会か
 +
中島:いま日本で起きている右傾化の問題は、最愛のおばあちゃんを亡くした梶のように、強い喪失感を抱えるゆえに、拠り所を過剰に求める感覚が生み出していると思います。これは、安定した中に生きる人間は意識すらしないものです。そして、具体的なトポスを失っているがゆえに、どんどんとトポスの抽象化が起きる。ネイション(国民)って、会ったことも話したこともない人たちの「想像の共同体」ですよね。社会階層を超えた抽象的なつながりに、アイデンティティを見出していく。
 +
古谷田:でも、ナショナリズムに傾倒する人が必ずしも家庭環境が悪かったり、貧困にあえでいるわけでもありませんよね。
 +
中島:現代というのは、たとえ年収が多くても安定せず、いつ転落するかわからない滑り台社会なんです。だからみんな不安で、強い喪失感を抱えている。昔だったら、家族や地域共同体、会社が受け皿になっていたけど、それらが機能しなくなってきています。そこで、ごく抽象的なナショナリズムといったものに自分の拠り所を見出そうとするんだと思います。
 +
古谷田:抽象的だからこそ、信じてしまう。まさに梶はそうですね。
 +
中島:後半で浜野が、新郎を神とみなして、その忠誠心で突き進んでいくじゃないですか。あそこで出てくる「おれの新郎」というのは、二・二六事件とか、右派テロリズムに対する批評になるんじゃないかと思います。
 +
二・二六事件の首謀者の一人で、磯部浅一(いそべあさいち)という青年将校がいたんです。軍事クーデター未遂に参加した当時の将校たちは、世の中が悪くなっているのを、自分がなんとかしなきゃいけないと純粋に思っていた。天皇陛下の御心をわかっているのは自分たちだけであり、その思いで、政治腐敗を正そうとしたわけです。
 +
ところが彼らは、昭和天皇から賊軍と言われて鎮圧される。そして、後の磯部浅一の裁判記録を読むと、そのことによって磯部は天皇を恨んでいる。明治天皇はもっと偉かった、現天皇は歴代の天皇たちに謝るべきだと言って、処刑されて死んでゆく。
 +
古谷田:せつなすぎる……。
 +
中島:こうした歴史の手触りとよく似た感覚がこの小説にはあって、読み終えると、単に喜劇という形だけでは捉えきれない何かが残りました。
 +
古谷田:崇拝対象と折り合いをつけようとすること自体、切実なぶん滑稽な行為なのかもしれません。神道に合わせて自分を変えていく梶もそうだし。
 +
逆に主人公の浜野は、もともと神なんてどうでもいいし、新郎新婦の幸せもどうでもいい、というスタンスです。それで神社の保守的なあり方に対立する。終盤に出てくる松本千帆子も、元来の型にとらわれない婚礼を挙げようとして、浜野はそれに共感します。これって一見リベラルで革新的な価値観に思えるんですが、このふたりは逆に、頑なに自分を変えない存在でもある。梶よりこっちのほうが保守的かもしれない、と書きながら感じました。
 +
中島:浜野も揺れてるじゃないですか。神社の神の存在へ、ふと持っていかれそうになる。しかし彼はシナリオを書いて状況をフィクションとして捉え直すことで、自分を保とうとするわけですよね。
 +
死者を加えたデモクラシーに向けて
 +
古谷田:浜野が、勤め先の高堂会館の母体となる神社に参拝することを梶から頼まれ、でも気が進まなくて逃げようとするシーンがあります。あれは、私自身の英霊と呼ばれる人たちとの付き合い方が反映されているんです。
 +
英霊といってパッと思い浮かぶのは靖国神社ですが、『神前酔狂宴』を書くまでは、すすんで訪れようと思える場所ではありませんでした。いかにも政治的というか、右翼的で怖いという印象があって。でもこの作品を書いたことで心境が変わり、先日参拝してきました。遊就館の展示も見て。
 +
私個人としては、靖国の問題は、そこに祀られている人々と参拝者の関係をあらかじめ設定していることにあると感じました。戦没者の方々との対話のつもりで参拝しても、このようにありがたがってください、敬ってくださいというような主張が神社側からなされている。信仰、慰霊という個人的な行為に踏み込むというのは、神社としては政治的であること以上に問題だと思います。
 +
中島:全く同意です。僕はおじいさんが靖国に入っていて、昔は東京に来たら靖国神社に行っていたんです。当時の遊就館は、戦没者の遺品であるラッパとか水筒とかを静かに並べているだけだったんですよね。
 +
古谷田:そういうコーナーはいまも一部ありますね。
 +
中島:遺品がそっけない棚に並んでいて、兵器とかも並んでいたけど、解釈は見る側に委ねられていた。僕はその空間が嫌ではなかったんですけど、それがいつしか、あの戦争が正しかったという物語に沿った展示になっていて、心が離れました。死者の声を独占することはやめてくれって。
 +
死者って、自分の自由がきかない、ままならない存在ですよね。突然、思いがけない形でまなざしを向けてきたり、声をかけてくる。自分にとって都合のいい存在などではなく、時に自分を諌め、反省を促すような存在でもあります。そういうままならなさが重要なのに、あそこは、この人はこの物語の中のこういう死者です、ということをする。これは左派も同じで、広島の被爆者の声とか沖縄の声とか、死者の問題についてはどこにでもつきまとうことで、僕は両方嫌なんです。
 +
古谷田:死者を加えたデモクラシーを形成していこうと思ったら、具体的にはどうすればいいんだろう、と考えるんですが……。
 +
中島:かつてはおそらく、共同体は死者を含んでいたと思うんです。どの家にも仏壇や仏間があって、遺影があった。死者も家族の一員としてそこにいる、っていう感覚があったんですよね。現代の住宅建築はそういうものを消し去って、墓地も郊外にあって、僕たちは死者と接する機会をどんどん拒絶して、いま生きている人間を至上のものとしてきた。
 +
古谷田:死が見えない状態ですよね。私は母方の実家がお寺で、お墓で遊んだり無縁仏にお線香をあげたりしてきたせいか、もうこの世にいない人には親しみを感じるんですが。墓地を歩くと落ち着くし。
 +
中島:別に霊感があるとかそういう話じゃなく、死んでしまった大切な人と、なんとなく、言葉にならない感覚を交わす時というのはあるはずなんです。
 +
古谷田:ありますね。でもいま、死そのものがタブー視されて、極端にネガティヴなものとして捉えられている気がします。人が死んだ姿を見てはいけないし、老いて死ぬことさえ簡単には許されない。
 +
中島:そうですね。『完全自殺マニュアル』が問うたことって、あれは「死ね」と言っているんじゃなくて、「死ねる」という手段を手に入れた瞬間に生きることができる、ということなんです。死という最後のカプセルを持つことでようやく生きていけるのが僕たちの生じゃないか、と言っている。
 +
それに、僕は人生は死んで終わりだとは思えないんですよね。場合によっては死んでから始まるのかもしれない。
 +
古谷田:とてもよくわかります! いま生きているこの命の続きとしての死、という感覚が私にもあります。終わりではなく、あらたまる感じ。もっと、死ぬことや、死んだ先のことも、一緒に抱えて生きられたらなあ。
 +
中島:この研究室にある本なんて、ほとんど死んだ人の書いたものですからね。ずっと死者に囲まれているようなものです。僕もこの仲間にいずれ加わると思うとすごく安堵感がある。だとしたら、まだ見ぬ他者、まだ生まれてきてもいない他者との対話可能性をひらくというのが死の問題なんですよね。つまり、死者の問題というのは過去のものではなく、とてつもない未来志向なんです。
 +
加藤智大にとっての音楽とは
 +
中島:『神前酔狂宴』を読んでいる時、僕が『秋葉原事件』を書いているときにずっと考えていたことと近いテーマ性を感じました。
 +
秋葉原通り魔事件を起こした加藤智大は、親との関係に問題もあって、自分に自信が持てないと同時に自分の能力の高さを誇っていた。そうなると、具体的な人間関係がすべて建前になる。すべてが虚偽のやりとりであって、他者と本当の心での交流なんてできない、ということになるんです。
 +
古谷田:その感覚、ちょっとわかります……。
 +
中島:彼は派遣労働を転々として、友だちもいるのに孤独だったんですよ。報道では、友だちがいなかったからとか、派遣労働者だったこととかが問題にされるけど、調べると彼には友だちがたくさんいた。中高からのゲーム友だちとメーリングリストで繋がっていたり、派遣先の友だちと一緒に秋葉原で買い物したりメイドカフェに行ったりしている。
 +
古谷田:社交的だったんですね。先日の、元事務次官の父親に殺された引きこもりだったという男性も、オンラインゲーム上ではあるけれど交友関係はあったとネットニュースで見ました。しかもなかなかの地位が確立されていたという。
 +
私も、本格的にではないけれどソーシャルゲームをやるので、その世界独自の人間関係がだんだんと形成されていく感じはイメージできます。顔のわからない同士で協力してミッションをこなすうちに仲良くなったり、大勢でグループを作っている人たちもいる。
 +
ただ彼は振る舞い方を少し間違えていて、こじれている感じがありました。でもそれはゲームが問題なのではなく、単にマナーとモラルの問題。つまり実社会と同じなんです。オンラインゲームは引きこもりの温床だと言われることもあるけど、それ自体は善でも悪でもないと思います。
 +
中島:オンラインゲームにトポスを見つけることもありますよね。
 +
古谷田:はい。それは小説を読むことにもあると思うし、それこそ文芸の出番だったのかもしれない。彼や加藤智大の場合。
 +
中島:そうなんですよ。調べていくと、加藤智大にとっては音楽にその可能性があったんです。
 +
というのも、まず、事件にいたる経緯から話すと、彼は、ネットの掲示板上で、本当の心で付き合える人間がいるかもしれないと思ったみたいなんですよね。掲示板で最初、彼はネタを繰り出すんです。「ブサイクで能力がない奴は生きる価値がない」なんていうことを過激に書き込んだり、スレッドのタイトルに「世界を平和にしたい」と書いて、クリックしたらひどいことが書いてある、といったネタです。もちろん拒絶する人もいれば、それを面白がってくれる人もいて、面白がってくれる人間を理解者だと思って、狭いコミュニティを作り始めるんです。
 +
すると、ネタで書いていたものがだんだん自分のアイデンティティになってくる。そして理解者だと思っている人に実際に会いに行ったりもする。でも拒絶されるんですよね。つまり、抽象的他者を具体化しようとして、失敗する。
 +
それを繰り返して彼は絶望の淵にたどり着くんだけど、そんな時に、これは事件の三日前くらいの出来事なんですが、一度すごく荒れるんです。職場に行ったら「自分のつなぎ(作業着)がない」といって、大声で騒いだ。
 +
その帰り道の掲示板への書き込みで、いくつか異質なフレーズが出てくるんです。なんだろうと思って調べると、BUMP OF CHICKENの歌詞なんです。歌詞を丸ごと覚えているんですよ。どうしようもない感情の荒立ちに見舞われた時にやってくる言葉が、彼にとってはその歌詞だった。つまり、彼にとって最後の救いがあるとしたら、そういった音楽の言葉、芸術の言葉だったんだけど、それすら蹴飛ばして秋葉原に行ってしまった。
 +
『神前酔狂宴』は、世界は虚構ですべては滑稽な幻であると思いながら、ネタとしてやっていた物語に飲み込まれてゆく、という話でもありますよね。この構造は、僕が繰り返し考えてきた感覚でした。
 +
「99匹と1匹」の話
 +
古谷田:私はいまのお話を聞いて、加藤智大は芸術の言葉を蹴飛ばして事件を起こした、というよりもしかしたら、自分のものにした上でそうしたのかもしれないと思いました。蹴飛ばしたのではなく。つまり、文学や芸術といったものは必ずしも人を社会的な救済に導くわけではなく、もちろん受け手によるものではあるけど、孤独や絶望、悪でさえも肯定し、受け入れてしまう力があると思うので。
 +
中島:それはそうですよね。
 +
古谷田:とにかく闇との相性がいい、というか、すべての作品が闇生まれかもしれない。
 +
中島:でも、ある文章がかけがえなく生きる糧になる可能性を持つ、ということはあると思うんです。福田恆存という評論家が「99匹と1匹」といって、「世の中で100匹が迷っていたら、99匹を救おうとするのが政治である」と言うんです。
 +
福田によれば、政治というのは、基本的に互いに分かり合えない多様な人間たちで構成される社会を成り立たせるための、利害調整や合意形成を行うことです。そう簡単に人は分かり合えないぞ、という人間観に基づいた仕組みづくりです。
 +
たとえばお金があって、自分の望んだ環境も得た、それでも孤独である、という人はいっぱいいると思うんです。それがおそらく「1匹」で、ここに政治は届かない。つまり、ひとりの人間は、ある時は「99匹」で、ある時は「1匹」なんですよね。
 +
この「1匹」を救うのが芸術であり、特に文学である、ということを福田は確信している。そして重要なのは、この「1匹」を政治が救おうとしてはいけないということなんです。
 +
八紘一宇とか、みんなでひとつの思いを共有しよう、みたいな政治のあり方はファシズムにつながるんです。
 +
古谷田:そうか。「1匹」まで政治で捕まえようとするとファシズムになるんですね。
 +
中島:そういう、みんな分かり合えるよね、っていう政治を目指さない、ということを僕は決めている。加藤智大の中にあった「1匹」の部分に対して、政治は無力であるということを自覚しないといけない。それは芸術の領域、つまり文学とか音楽とか、そういうものでしか救えないものなんだと。
 +
古谷田:彼のことは他人ごとじゃないというか、居場所がないというあの感じは自分のことのように思える部分があるんです。
 +
私が彼のように居場所探しをせずに済んでいるのは、「書く」という性質が備わっていて、それが私という存在を肯定し続けてくれるから。本当にただそれだけの違いです。しかもこの性質は努力して獲得したものではなく、幼い頃からあるもので、単なる運なんです。
 +
だから、これはおこがましい考えだけど、もし自分が彼の救いになれるとしてもそれは友だちになるとか話し相手になるということではないと思う。私にできるのはやっぱり小説を書くことだし、人間には小説でしか触れられない部分がある。その感覚は強くあります。
 +
中島:僕は「1匹」を救うものの方に関心があって、逆説的に政治学をやっているところがあって、「100匹」を捕まえようとした政治の危なさを追いかけて、それで政治には何ができないのかということをずっとやり続けているんです。だから、信用しているのは文学の方なんですよね。
 +
でも、日本文学に絶望していた時期というのもあって、それは僕が論理で説明できてしまう作品に対して、頭にきたからなんですけど、それでも、やっぱりどこかで信頼できる作家が現れる。僕が説明できないことを描こうとしていることに、強い共感と敬意を感じるんです。古谷田さんの今作からは、それを強く感じました。
 +
.
 +
〔2019年7/12(金) 文藝編集部 現代ビジネス〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
大人のひきこもりが迎える最終地点
 +
孤独死は「大人のひきこもり」の最終地点か 高齢者の問題ではない現実「いい人」「真面目な人」の落とし穴
 +
孤独死があった現場の部屋=菅野久美子さん提供
 +
孤独死の取材を始めて、4年が経つ。私はその間、様々な孤独死現場を訪ね歩いてきた。孤独死の現場で感じるのは、社会で崩れ落ち、立ち上がれなくなった人たちの姿だ。年間3万人と言われる孤独死だが、ひときわ現場で目立つのは、高齢者ではなく、現役世代だ。孤独死者の属性は、近年社会問題となっている大人のひきこもりとリンクすることが多い。背景を考えるほど見えてくるのは、孤独死者個人ではなく、日本社会のいびつさだった。(ノンフィクションライター・菅野久美子)
 +
.
 +
大人のひきこもりが迎える最終地点
 +
孤独死した人は、何らかのきっかけで人生でつまずき、ひきこもるようになってしまった人ばかりだ。
 +
また、ひきこもりではなくとも、かろうじて仕事には行っているものの、一たび部屋の中に入ると、ゴミ屋敷のようなセルフネグレクト(自己放任)に陥っていて、自らを死に追い込むような生活を送っている。
 +
いや、そんな生活を送らざるを得ないほど、社会や親によって傷つけられ、立ち上がることすら困難だったというのが真相である。
 +
そんな大人のひきこもりが迎える最終地点は、孤独死だ。
 +
.
 +
「いい人」「うそを吐けない人」「心の優しい人」「真面目な人」
 +
孤独死した人の人生をご遺族の話や遺品からたどっていくと、いびつな社会の実態がまざまざと浮かび上がってくる。
 +
男性は会社組織での権力闘争やパワハラ、ブラック企業での長時間労働、女性は会社組織での理不尽なトラブル、離婚や死別、失恋などをきっかけに、心を病むなどして、セルフネグレクトに陥っていたことがわかった。
 +
ある大手手業に勤めていた40代の男性は、職場のパワーゲームに巻き込まれ、子会社に左遷、そこからアルコールに溺れ、家に引きこもるようになり、孤独死した。
 +
また、一部上場企業に勤めていた50代の男性は職場の上司からパワハラに遭い、20年以上に渡って引きこもり、熱中症で孤独死した。東日本大震災で物資がなくなったという恐怖心からタワーのように異様なお菓子の防壁を築き、部屋のドアは一面カビまみれだった。
 +
「孤独死する人は、真面目でうまくこの社会で生きられない人、生きるのに苦しんでいた人たちばかりです」
 +
原状回復を手掛ける特殊清掃業者から出てくるのは、そんな言葉ばかりだ。
 +
「いい人」「うそを吐けない人」「心の優しい人」「真面目な人」が、社会からひっそりと脱落し、引きこもるようになり、その後遺体が何日、何カ月も発見されないという事実に、私は打ちのめされた。
 +
それは、決して私の人生と生前の彼らの人生とが無関係であるとは思えなかったからだ。
 +
ごみを積み上げ、真ん中にくぼみを作って、体を横たえる
 +
 +
私自身、引きこもりの当事者でもある。小学校時代からいじめに遭い、それがきっかけで中学1年から2年間は不登校となり、完全なひきこもりになった。
 +
私が長年にわたって孤独死現場の取材を行っているのは、私と彼らを隔てるものが、ほとんど何もないと感じるからだ。
 +
先日、九州地方に住むゴミ屋敷に住む40代の女性を訪ねた。
 +
「私の体ってもしかしたら、におうかもしれない。それでも大丈夫ですか。会ってもらえますか」
 +
「気にしないから大丈夫」というと、彼女は少しほっとした表情を見せた。
 +
彼女は3日もご飯を食べていなかった。親とも不仲で友人もおらず、誰も頼れない。
 +
会社でパワハラを受けて左遷され、それから会社を休職中で、精神疾患を患っていた。
 +
エアコンはとうの昔にホコリが詰まって使用できなくなり、40度は下らない蒸し暑い室内にごみを積み上げ、その真ん中にくぼみを作って、体を横たえていた。
 +
心の寂しさを埋め合わせるように、話を誰かに聞いて欲しくて占いにハマり、借金は400万円にふくれあがって、その返済から食費が捻出できずにいた。
 +
こうなったのは全て自分が悪い。生きるのが苦しく、死んでもいいと思っていると、自分を責めていた。
 +
職場の人と道ですれ違うのが怖く、真夜中にしか出歩けないと打ち明けてくれた。
 +
その瞬間、かつての私も同じ気持ちを感じたことがあることを思い出した。
 +
.
 +
ネット=スマホだけが世界とつながる手段だった
 +
私もひきこもりだったときは近所の人の目が気になって、外出することすらできなかった。
 +
近所の人とすれ違うとジロジロ見られているような気がして、スーパーでさえ行くのが怖くなった。
 +
昼夜逆転の生活を送り、いつも死にたいと思っていたが、かろうじてパソコンでネットにかじりつく日々が続いた。
 +
当時の私と同じく、彼女もネット=スマホだけが世界とつながる手段だった。そして、Twitterを通じて、私に連絡してきたのだった。
 +
このような窮地は、果たして彼女が言うように、自己責任なのだろうか。私はとてもそうは思えない。現在彼女は、友人の民間のサポート生活団体をつなぐことで、手助けを経て、少しずつではあるが、前を向こうとしている。
 +
梅雨の時期から一気に増え始め、秋には収束する
 +
 +
私は、現役世代の孤独死にスポットを当てた記事を何度も何度も発信し続けている。
 +
なぜ、孤独死が多い社会になっているのか。なぜ私や彼女はこんなにも生きるのが苦しいと感じているのか。そして、どうすればこの社会はそんな状況から脱することができるのか。
 +
前述したように年間3万人が孤独死しているが、実数は5万人とも6万人に及ぶとも推測されている。
 +
原状回復を手掛ける特殊清掃業者は年々増え、今この瞬間も、彼らはひっきりなしに過酷な孤独死現場と向き合っている。現に私のもとには特殊清掃業者から、今月も孤独死の依頼が殺到していると情報が寄せられている。
 +
孤独死は梅雨の時期から一気に増え始め、秋には収束する。
 +
孤独死といっても、布団でポックリ突然死するというケースは実は少数派だ。
 +
数時間あるいは数日生存していたというケースも多く、か細い声で外に助けを求めていたという例もあるし、苦しみにあまり玄関にたどり着こうとしてその導線で亡くなっていることも少なくない。
 +
私はその故人の物語というミクロの視点で孤独死現場を取材し発信し続けているが、日本社会が抱えるこの途方もない闇の正体はまだつかみきれずにいる。
 +
              ◇
 +
菅野久美子(かんの・くみこ)1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経て、2005年よりフリーライターに。最新刊は、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)。
 +
.
 +
 +
7月25日「おとなのひきこもり」テーマにイベント
 +
7月25日午後7時30分、東京・渋谷で、菅野さん、赤木智弘さん、常見陽平さんによるトークイベント「おとなのひきこもりになった時、考えてほしいこと――孤独死3万人の道しるべ」が開かれます。今、働いている現役世代が日々感じている不安と、「おとなのひきこもり」や孤独死は、見えない糸でつながっています。人間関係が希薄になる中で、個人だけでなく、家族も孤立化する現代。突然、働けなくなるリスクは誰しもが抱えています。「おとなひきこもり」がリアルに迫った時、私たち一人一人ができること、について語りつくします。申し込みはページはこちら(https://peatix.com/event/737644/view)。
 +
〔2019年7/12(金) withnews〕 <br>
  
〔〕 <br>
+
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
菊池良
 +
「芥川賞」180作品を一気読み 満身創痍になってわかったこと
 +
自著に目を通す菊池さん。執筆中は常に『芥川賞全集』を持ち歩いていたそうです
 +
第161回芥川賞の選考会が、7月17日に開催されます。芥川賞といえば、毎年春と秋に、純文学作品を対象に文藝春秋が発表する賞。文学界では最高の名誉とされ、これまでに石原慎太郎『太陽の季節』や村上龍『限りなく透明なブルー』、綿矢りさ『蹴りたい背中』をはじめ、近年では又吉直樹『火花』、村田沙耶香『コンビニ人間』などが受賞してきました。(西谷格)
 +
1935年から始まり、これまでの歴代受賞作は計180あります。ライターの菊池良さんはこれらをすべて読み切り、その概要や歴史的背景をまとめた『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)をこのたび刊行しました。執筆の苦労とともに、「ひとり」にちなんだ作品についても、話を聞きました。
 +
.
 +
締め切り直前は4時間睡眠で1日5作品を読破
 +
 +
――『芥川賞ぜんぶ読む』では歴代作品がすべて網羅されていて、とても面白かったです。かなりの力作ですが、どういう経緯で出版することになったんでしょうか?
 +
菊池:ベストセラーになった『うんこ漢字ドリル』の著者・古屋雄作さんと一緒に飲んだ時、古屋さんは「すべてがうんこに関連した例文を書くという荒業をしている」と言っていたのですが、“荒業”という言葉にピンと来たんです。
 +
僕も何か荒業をしたいと考えていたら、ふと「芥川賞の本を全部読んでみたらどうか」と思いつきました。まずネットメディア「Zing(ジング)」で連載することになったのですが、第1回を公開した直後、旧知の編集者から連絡があって「これは書籍化、いけるよ!」と言われて締め切りが設定されてしまい、絶対にやらなきゃいけない状態になってしまったんです。
 +
それまでは会社員をしながらライターをしていたのですが、そのままだと週に1~2作品しか読めないので、思い切って会社を辞めて、芥川賞受賞作の読破に専念することにしたんです。
 +
 
 +
――すべての本を読み終えて、いかがでしたか?
 +
菊池:達成感はものすごくありました。フルマラソンを走りきった感じというか。締め切り1カ月前ぐらいは睡眠4時間とかだったので、肉体的にもキツかったです。めまいがすごくて、常に“ぐるぐるバット”をしたみたいな感じなりました。病院に行っても原因がわからず薬を飲んでいましたが、過労だったんでしょう。満身創痍でした。
 +
 
 +
――途中で挫折しそうにはなりませんでしたか?
 +
菊池:一種の自暴自棄にはなっていたと思います。締め切り1カ月前の時点でもまだ半分ぐらい読めていなくて、それまでは2日に1冊ぐらい読んでいたのが、多い日は日に4~5作品を読んでいました。
 +
その時期は、心を無にしていたというか、あとどのぐらいで完了するとか、「残り何日だから1日何作品読む」ってことは考えないようにしていました。考えると心が折れると思ったので。
 +
 
 +
――かなり孤独な時間ですよね?
 +
菊池:すごく孤独でしたね。締め切り直前の1カ月は、人と会話する時間もまったくなかったです。朝起きたらファミレスに行って、朝・昼・晩と3食同じ場所で食べながら、ずっと本を読み続けていました。今振り返ると、自分のなかで情熱が燃えて輝いていた時間だったように思います。
 +
「ひとり」を感じさせる芥川賞作品は?
 +
 +
――DANROには「ひとりを楽しむ」というテーマがあるのですが、「ひとり」に関する作品でオススメはありますか?
 +
菊池:1968年の受賞作『三匹の蟹』(大庭みな子)なんかいいかもしれません。アメリカ滞在中の主婦がホームパーティを開くのですが、自分自身は実はパーティが嫌いで、中座して抜け出してひとりで遊園地に行ってしまうんです。
 +
僕もパーティは苦手なほうで、10分で帰ったこともあります。主人公である主婦はパーティで交わされる、教養を見せびらかすようなスノッブな会話に嫌気が差すのですが、その気持ちは私もよく分かりますね。
 +
 
 +
――ほかにもありますか?
 +
菊池:『1R1分3秒』(町屋良平)も孤独……というより孤高を感じさせる作品です。21歳のプロボクサーが主人公なんですが、トレーニングって自分自身との戦いなんですよね。
 +
主人公には映画監督志望の友人がいるんですが、そいつが賞を取ったと言い出して、嫉妬してしまう。でも、テーマがスポーツなのですごくカラっとしていて、主人公も素直な性格なので、読んでいて爽やかな気持ちになれます。実は僕もボクシングジムに通っているんですが、サンドバッグを無心に叩いている時間って、何も考えないし、すごくひとりの時間ですよね。
 +
あと、前田敦子主演で映画化もされた『苦役列車』(西村賢太)。主人公は中卒で日雇い仕事をして生活しているんですが、専門学校に通っている同い年の友人ができて仲良くなります。でも、コンパに行ったり彼女と遊んだりしている友人とは結局は相容れず、溝を感じて離れてしまうんです。ちょっと仲良くなったけど、結局疎遠になってしまったことって、わりと誰にでもありますよね。そういう経験が思い当たる人は、感情移入しやすいと思います。
 +
 
 +
――今後やってみたいことはありますか?
 +
菊池:芥川賞を読みきって分かったのは、文学というのはものすごい“地層”になっているということでした。現代の作品もそうだし、たとえば私たちが普段ブログやツイッターで使っている言葉遣いにしても、すべて過去の蓄積の上に成り立っているんです。そのことを実感できたのは大きな収穫だったと思います。今後も、やはり文学を題材にしたものを書きたいと思っています。
 +
文学って、人間の内面を描いているものなので、主人公を通じて自分自身の内面にも触れられる。だから自分のことがわかるんです。自分はこういう人間に感情移入するんだな、という感じで。
 +
「スマホを持たずに出かけると自分自身と対話ができる」
 +
 +
――ところで、菊池さんは10代後半から20代の初めまで、ひきこもり生活を送ったそうですね?
 +
菊池:はい。単に自堕落だったんでしょうね。いじめとか人間関係の問題とかがあったわけではなくて、恐らく近所に住んでいた同級生4人が不登校だったから、それに釣られるようにして不登校になったんです。みんなで学校行かずにゲームとかしていました。遊びに行った家の親も、まったく怒らなかったです。
 +
自分の親も、心配はしていたとは思うのですが、学校に行けとかバイトしろとかは、まったく言われませんでした。22歳になって、さすがにマズいと思って大検を取り、大学生になりました。
 +
 
 +
――ひきこもりから、こうして社会で活躍できるようになったのは、どうしてだったんでしょうね?
 +
菊池:発信することが趣味だったのが大きいかもしれません。自分が読みたいものをひたすら読んだり、書きたいことを書いたりしていたので、自分が好きなものが何か分かった時期でもありました。ブログを書いて反応があるのも楽しかったです。ライターだったら俺にもできるかもっていうのを見つけられたことが大きかったでしょうね。
 +
就職活動の際には「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」というタイトルの逆求人サイトを作ったのですが、意外なほど注目されて『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)というタイトルで書籍化やドラマ化されました。
 +
 
 +
――かつてのひきこもりの時期や、最近の芥川賞受賞作すべてを読破した時期には、「ひとり」の時間も多かったと思いますが、どんな意味があったと思いますか?
 +
菊池:ひとりになるというのは、人生においてすごく重要なことだと思います。今の時代って、意識的にひとりになろうとしないと、なかなかなれないですよね。スマホを持っていたら、すぐ他人と繋がってしまいますし。
 +
だからこそ、スマホを持たずに出かけたりカフェに行ったりすると、自分自身との対話ができて新しい発見があると思います。
 +
そういう時間がないと、自分の好きなものが何かって、分からないんですよね。周りに人がいすぎると、自分の内面を見つめる時間がなくなってしまう。だから、本を何冊か持って旅行にでもでかけたら、最高ですね。
 +
 
 +
(著者プロフィール)
 +
西谷格(にしたに・ただす)
 +
ライター。1981年神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、地方新聞の記者を経てライターとなる。2009年~2015年まで上海に在住し、中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記(小学館新書)』など。東京都新宿区在住、独身。
 +
〔2019年7/12(金) DANRO〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
教育虐待パパ
 +
中学受験で子どもをツブす「教育虐待パパ」の共通点
 +
子どもへの過度な期待がエスカレート
 +
中学受験の過度なプレッシャーやストレスから心身に不調をきたし、心療内科に通う“小学生”が急増しているという。昔から教育熱心なのは母親のイメージが強かったが、近年は父親が自分の理想を子どもに押し付け、行き過ぎた指導で子どもをダメにしてしまうケースが目立つ。教育評論家の石川幸夫氏が、そんな「教育虐待」に走る父親の共通点を指摘する。
 +
.
 +
* * *
 +
これまで、中学受験の多くは、母親が主導権を握っていたのですが、この十年で受験には門外漢と言われていた父親の関わりが目立つようになってきました。いわば「父親の母親化」です。
 +
.
 +
それは、働き方改革に代表されるように女性の社会進出が顕著になり、忙しい母親に代わって、父親もわが子の教育に関心を持たざるを得ない状況に変化してきたからだと考えられます。いまや塾の選定から受験校の選定、そして、塾の送り迎えまで父親が行うことも珍しいことではありません。
 +
.
 +
小学校、中学校の受験を考える時、まだ子どもたちに判断力や理解力が乏しいため、志望校の選択から準備まで、すべて親の指導で行われます。その親でさえ、学校選択で揉めることが多々あります。主体は子どもであるはずなのですが、私立か国立か、一貫校かで夫婦の対立が起こることもしばしばです。受験に対する意見の違いから離婚にまで至ったケースや、親が望む学校に行かせるために引っ越しをしたり、住民票を移し替えたりするケースもあり、家庭崩壊に陥った家族もあります。
 +
.
 +
また、最近では、母子家庭や父子家庭の家庭も増え、祖父母の積極的な関わりも新たな傾向として見えてきました。一人の子どもに対する過度な期待が、時に行き過ぎた行動につながってしまうのです。
 +
.
 +
◆教育に熱心な父親のタイプ
 +
.
 +
私はこれまで、民間教育の現場で幼稚園受験・小学校受験・中学校受験、そして、高校受験に携わってきましたが、実際に受験として父親が深く関わってくる時期が中学受験です。幼児期の受験と違い、父親の存在感を示すことができるからです。それは、学習面や知識など、社会人としてのこれまでの経験を生かせると考えるからでしょう。
 +
わが子の教育に対して熱心な父親のタイプは、おおよそ次の4つに分けられます。
 +
.
 +
(1)学歴こそ低いものの比較的高収入の父親
 +
(2)高学歴で、自分の成功体験を子どもに押し付ける父親
 +
(3)高学歴でありながら途中挫折した父親
 +
(4)学力にコンプレックスを抱え、自分の子に夢をかける父親
 +
.
 +
高学歴の父親は、子供の学力が平均より高い場合、より学習指導に厳しくなる傾向があります。それは、子どもの学力の高さが、その先の高学歴人生を連想させ、父親の期待感が高まるからと考えられます。
 +
.
 +
一方、父親が低学歴でも比較的高収入の場合、自分の過去から、子どもには苦労させたくないと、できるだけ早い時期から積極的に習いごとに通わせたり、勉強を無理やり“させる”傾向を示します。もちろん、子どもの教育に熱心な父親はいつの時代でも存在し、わが子に対する当たり前の接し方ともいえます。子どもに目を向けてみても、そんな父親の教育熱心さに応えるように、父親の言動や行動を認め、従順な態度や対応を示します。そのため、一生懸命に勉強します。
 +
.
 +
しかし、まだ幼い小学生は受験という「ゴール」が本当に自分の望むゴールなのか判断がつきません。成長の途中にある中学受験の怖さはここにあります。このことを父親としても認識しておかなければなりません。親の言うとおりにすることで、子どもは実はそれがとても楽なことだと錯覚します。つまり、自分を支える力、自分を理解する自尊感情が育たないのです。
 +
.
 +
◆教育虐待に走る親のタイプ
 +
.
 +
そして、子どもへの過度な期待がエスカレートし、暴力をふるうなど「教育虐待」にまで至る父親の行動は、わが子に対する期待と愛情のアンバランスから起こると考えられます。
 +
.
 +
子供の成績から過度な期待を抱き、わが子を思う気持ちが溺愛に代わり、その先に、子どもを自由にコントロールできると勝手に考えてしまうのです。受験を通してわが子を、人格を持つ一人の人間として扱えない父親の姿は、自分の描く理想像を子どもに投影しているだけに過ぎません。
 +
その背景には、父親自身の人生観や、今おかれている社会的立場、過度な人的ストレス、自分の思い描く社会的地位とのギャップなど、複雑な要因が入り交じり、父親の“心の迷走”を感じ取ることができます。すでに、自分自身を冷静に、そして客観的に見られない状態になっており、子どもの受験に関しても自分より身分的・地位的に上の人か、権威ある教育や受験の専門家の意見以外は聞く耳を持たないのが特徴です。
 +
.
 +
こうした父親に共通する教育方針として、次のような内容が浮かび上がってきました。もちろん、受験だけに固執せず、良い面もありますが、過干渉といわれても
 +
仕方のない面は否めません。
 +
.
 +
・幼いころから習い事や塾、スイミングスクールなどに通わせる
 +
・約束を守れない場合、体罰を与える。食事をさせない、外に出す等。
 +
・口答えは許さない。
 +
・見るテレビの制限をする(ニュース番組・健全なアニメなど)
 +
・友人との連絡を禁止する。遊びに行くことも、家に招くことも禁止する
 +
・毎日の学習の確認をする(テスト結果の報告、学習内容の説明など)
 +
・博物館、展覧会などに連れていく
 +
・子供とは率先して関わる。遊びも付き合う
 +
・成果が上がらない場合、すぐに塾や先生を変える
 +
.
 +
 +
◆子どもと父親「ゴールの違い」
 +
.
 +
当然のことですが、中学受験は子ども自身の目標であり、入試までの過程には何度も繰り返されるテストがあり、その都度、子どもの頑張りや評価すべき通過点があります。
 +
.
 +
しかし、父親の考えるゴールには「合格」の二文字しかなく、それ以外はすべて否定的な捉え方をします。模擬試験の結果などはその最たるものです。結果が悪ければ、今まで以上に指導に熱が入ります。そして、子どもの学習時間も深夜まで及び、寝不足で学校の授業にまで支障が出るほどです。
 +
.
 +
そうした親の厳しすぎる指導で取り組んだ受験は、子ども自身のゴールではなく、合否の結果がすべてという父親のためのゴールともいえます。認知心理学の用語では、学習の結果として表れる成績や、親や先生など周囲からの称賛を目標としたゴールを「パフォーマンスゴール」と呼びます。
 +
本来は、子ども自身が日ごろの努力や受験勉強の成果の積み重ねから学べるゴールでなければなりません。これを「ラーニングゴール」と言います。結局、親の顔色をうかがいながら過度な期待を背負って受験に挑む子どもは、指導のつらさに耐えきれず、自分自身を追い詰めてしまうこともありますし、仮に不合格という結果を突きつけられれば、小さな心にさまざまな重荷となってのしかかります。
 +
.
 +
 +
◆パフォーマンスゴールと自尊感情
 +
.
 +
2016年に名古屋市で父親が中学受験に挑んでいた小学6年生の子どもを刺し殺すという事件がありましたが、これも、過度な親の受験教育・受験思考から、親の“心の暴走”と見ることができます。
 +
.
 +
一方、親の過剰な干渉や指導による反動が間違った方向に出てしまう子どももいます。2008年6月に東京・秋葉原で無差別殺傷事件(通り魔殺傷事件)が起こりました。当時25歳だった元派遣社員の男(加藤智大死刑囚)の犯行でしたが、彼は地元の進学校に進むも高校時代に成績不振に陥って挫折します。その後の調査で、犯人の母親がかなり教育熱心で厳しい親であることがわかりました。
 +
.
 +
犯人は、自己否定感に陥り、将来を悲観して通り魔という暴挙に出ます。親の意のままに育ってきた子は、周囲からは実に「いい子」なのですが、思春期になり、自分を見つめ直していく過程で、自らのゴールを模索し始めます。不登校になる生徒の多くに、こうした「いい子」の存在があります。思春期に至る過程で自己への渇望があるように思います。
 +
.
 +
 +
◆その先にある子どもの心の崩壊
 +
.
 +
しつけと虐待の違いは、実にはっきりしています。自分の考え方に従わせる行為そのものは指導でもなければしつけでもありません。それは、服従であり、飼育と言います。
 +
.
 +
コントロールすべきは父親自身の行動や感情で、命令や、時に暴力を用いて従わせること自体をしつけとは決して呼びません。子どもの良き伴走者であるべき父親が、社会で活躍する手本となるべき父親がとるべき行動ではないと思います。自分の描く夢のゴールを、さも、子ども自身が望むゴールと勘違いしている。子どもにとっては、自分自身を見出したゴールではないのです。
 +
.
 +
子どもたちには、中学受験の先にもたくさんのゴールがあります。それぞれが次のステップとなるよう、学ぶためのゴールです。親は人生の先輩として、子どもの先を歩んでいます。だから、子どものためと思い、自らが子供の人生設計をしてしまうのでしょう。しかし、場合によっては、その道は「これで良いのだろうか」と自分自身で歩まされてきた道かもしれません。たとえ過去において成功例であったとしても、多様化する今の時代にはそぐわずに通用しないパラダイムになっている可能性が大きいのです。
 +
〔2019年7/6(土) NEWS ポストセブン〕 <br>
  
〔〕 <br>
+
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
女性の自由と孤独
 +
自分と向き合うことの大切さ 夫のモラハラを乗り越えた女性
 +
「女性の自由と孤独」をテーマに、女装小説家・仙田学がさまざまな女性たちにインタビューをするこの連載。今回は、夫からの激しいモラハラと、2人の子どもたちの不登校を通して、女性としての価値観や生き方を見つめ直すことができたというアサコ(52)に話を聞いた。(仙田学)
 +
.
 +
夫からの日常的なモラハラ
 +
29歳で結婚したアサコは、翌年に長女を出産した。最初から夫は育児に全く参加しなかった。オムツ交換や入浴などには見向きもしない。たまにあやすことがあっても、気が向いたときだけ。
 +
「そのうち、言っても無駄だと思って頼むこともなくなりました。夫がいるのに、ひとりで子育てするのが当たり前になったんです。女がやるものだという意識が、私のほうにもあったかもしれません」
 +
 
 +
アサコは33歳で長男を出産した数年後に、鬱状態になった。
 +
「いつも眠くて、午前中ずっと寝てる状態が何カ月も続きました。なんで子育てがうまくいかないんだろう、なんでこんな人と結婚したんだろうって、自分を責めてばかり」
 +
 
 +
やがてアサコは離婚を考え始める。夫はその間も、育児に関わらないだけでなく、アサコや子どもたちに激しいモラハラをしていた。
 +
「家では日常的に怒鳴られていました。明らかに向こうがおかしいってわかるんですけど、おさまるまで待とうとしか思えないんです。さんざん怒鳴りつけて私を悪者にすると、夫は部屋に閉じこもります。やっと終わったと思って子どもたちを探すと、2人して脱衣室で膝を抱えて泣いていたいたこともありました。子どもたちにもしょっちゅう怒鳴っていました。考えたうえで叱っているんじゃなくて、感情に任せて怒っているだけ。無駄に厳しい割には、言うべきことを言っていないというか。子どもの失敗には逆上するくせに、自分にはとても甘いところもありました」
 +
.
 +
不登校になった2人の子ども
 +
度重なるモラハラによって鬱の症状が長引いたため、アサコは知人の紹介でアドラー心理学に基づくカウンセリングを受けた。それを通して、様々なことに気がついたという。
 +
「そもそも私自身も、子育てに向いていないと思っていたんです。独身の頃から、毎日家にいて家事をするとか考えられなかった。末っ子だったし、自分より弱い者の面倒を見るのは苦痛だと思っていました。母親は主婦の鏡みたいな人で、料理は上手いし洋裁も得意で、毎日きれいに掃除をしていました。女の子の生きる道はそれしかないんだと、母親からは教えられたんですけど、自分にはできないと思っていました」
 +
女性は女性らしく生きるべきという、母親から刷り込まれた価値観。しかし、家事や育児に向いていない自分。こうした状況に苦しむ中、長女が不登校になる。
 +
「娘が中1になったばかりの頃でした。いくら起こしても起きなくて、学校に行けない日が増えました。病院に連れていくと、心因性の起立性調節障害と診断されました。車で無理やり連れていったことも何回かありましたけど、娘が学校に行けたのは中学3年間で3~4カ月だけでした」
 +
中3の終わり頃に、長女は通信制の高校に行きたいと言いだし、長かった不登校生活が終わった。ところが2つ年下の長男も、中1のときに学校へ行かなくなる。アサコはどこかで予想していたという。
 +
「同じ家庭で育ってますからね。思春期になれば同じ問題が浮上するだろうって。息子が中2の頃、私は何度も深夜に起こされました。子どもの頃にやりたくもない習い事をさせられたとか、あいつ(夫)から怒鳴られたときに盾になってくれなかったとか、何十回も同じことを言われるんです。私が言い訳をすると、激怒しました。『じゃあお母さん離婚すればよかったの?』と言うと、『そんなこと言ってんじゃねえ』と怒鳴り返してきたり。扇風機の首を手で折ったり、押し入れや本棚に穴を開けたりもしていました。私に暴力を振るったことは一度もなかったですけどね。私が家にいるときに、子ども部屋から『死にたい』とLINEがきたこともありました。いま思えば、夫には反抗できなかったので、その感情を私に向けていたのかも」
 +
自分と向き合うこと
 +
 +
長いあいだ続いた長男の反抗は、あるときを境におさまった。きっかけはアサコが自分と向き合ったことだった。
 +
「変わらなきゃならないのは子どもじゃなくて自分のほうだと気づいたんです。自分に自信を持たずに生きてきたんだなって。それから子どもにダメ出しをすることをやめました。その代わり、できることを認めるようにしました。それは子どものためにも、自分のためにも。私が変わると、不思議なことに夫も協力して、子どもへの接し方を変えてくれるようになりました。不登校には自分の影響がかなりあったことに途中から気づいたみたいで」
 +
子どもの不登校を受け入れることは、アサコにとってありのままの自分を受け入れることでもあった。では、長らくモラハラに苦しめられてきた夫の存在を受け入れることはできたのだろうか。
 +
「夫には失礼な話だけど、私は自信のなさから、結婚するとき妥協したんですよね。自分にはこのくらいの人がお似合いなんだって。でも子どもの不登校を通して私が変わって、合わないところがはっきり見えてきました。言いたいことを言えるようにもなって、関係性が少し変わってきました。その甲斐あって前よりはうまくいくようになってきました」
 +
 
 +
(著者プロフィール)
 +
仙田学 (せんだ・まなぶ)
 +
女装小説家。2002年に小説「中国の拷問」で、「第19回早稲田文学新人賞」を受賞してデビュー。文芸誌を中心に小説やエッセイを執筆。著書に『盗まれた遺書』(河出書房新社)、『ツルツルちゃん』(オークラ出版)がある。全国で小説教室を開催中。「日刊SPA!」で女装エッセイ「女装小説家・仙田学の『女の子より僕のほうが可愛いもんっ!!』」を連載中。DANROでは、「女性の自由と孤独」をテーマに執筆。
 +
〔2019年7/7(日) DANRO〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
ご当地アイドルグループ「ami~gas(アミーガス)」。
 +
“不登校”からご当地アイドル 「中3女子」の一大決心
 +
「自分の気持ちを大事に動き出してほしい」と話すみゆうさん=6月20日、福井市
 +
福井県坂井市のショッピングセンター「アル・プラザ アミ」を活動拠点とするご当地アイドルグループ「ami~gas(アミーガス)」。メンバーのみゆうさん(20)は小中学生時代、起立性調節障害などで学校に行けなくなった時期があった。アイドルの世界に飛び込み、今春、通信制高校を卒業したみゆうさん。「ステージに上がっている自分が好きになれる。強い自分になれる」と、アミーガスの活動にますます力を入れる。
 +
 
 +
■ある日、突然
 +
平成23年。小学6年の2学期に「ある日突然、朝に起きられなくなった」。振り返れば、予兆と思われる頭痛や腹痛があったが、原因はわからない。それ以降、「毎日午前中は調子が悪くて体が動かせず、不登校になりました」。
 +
中学校の入学式には出席できたが、体調不良が続き、1週間で通えなくなった。総合病院にかかると、血圧測定などの検査で「起立性調節障害」と診断された。同障害は、自律神経のバランスが崩れることで頭痛やめまいなど体調不良を引き起こし、朝に起きられなくなるもの。思春期に多く、中高生の約1割が発症するとされる。周囲から「怠けている」と誤解を受けたり、登校できなかったりするストレスから症状が悪化することも多く、不登校の要因になっている。
 +
 
 +
だが、みゆうさんは投薬治療で症状が改善しなかった。「同級生に置いていかれている」と、ますます学校から足が遠のいた。
 +
そんな中で知ったのが、アミーガスだった。
 +
もともとAKB48のファンで、アイドルのキラキラした姿に勇気づけられていた。中学2年の時、福井でもご当地アイドルが活躍していると聞き、軽い気持ちで立ち寄ったのがきっかけだった。ステージに立つメンバーの姿に「地元の同年代の女の子が一生懸命にがんばっている」と、輝いてみえた。
 +
ライブに足しげく訪れるようになり、メンバーとも顔見知りになっていった。スクールカウンセラーの勧めで通信制高校に進むことを決めると、アイドルへの思いが高まった。「こそこそ応援するくらいなら、堂々と活動したかった」。メンバーからの誘いにも背中を押され、みゆうさんは中学3年生になる26年春、アミーガスに加入した。
 +
 
 +
■「踏み出す勇気を」
 +
高校在学中にはリーダーを務め、年下のメンバーを引っ張った。テレビCMやテレビドラマ「下町ロケット」にも出演した。「本当に好きなもの、がんばれるものがあることが大きかった」と日々の励みになり、今年3月、高校を卒業した。
 +
5月中旬。ライブでは、みゆうさんらメンバーの笑顔が弾けた。地元の福井県警坂井署から広報隊に任命され、ライブの合間には交通安全や特殊詐欺防止を呼びかける。子供限定の写真撮影イベントも行われ、幼い女の子が、憧れのまなざしを向けていた。
 +
結成から8年目。振り付けやライブでの動き方は自分たちで決める。先輩が後輩にアドバイスし、結束も強まっている。歌やダンス、司会進行などステージで自分を表現するため、レッスンに懸命だ。
 +
プロデュースを手がける企画制作会社、ショーケース(福井市)の武田将一朗社長は、みゆうさんだけでなく、メンバーそれぞれに成長の場になってきたと感じる。「どんなに良いことでも表現できないと伝わらない時代。アミーガスが自己表現力を高める活動になっている」
 +
みゆうさんは自分を振り返り、何か挑戦しようとする人にこう呼びかけた。「一歩踏み出すことは勇気がいるけれど、自分の気持ちを大事に動き出してほしい」
 +
ami~gas(アミーガス)=平成23年12月に結成。当初は「アル・プラザ アミ」の広報活動をする女性を集める取り組みだったがアイドルに転身した。持ち歌は約30曲。メンバーは入れ替わり制でこれまで30人が加入し、現在は12~25歳の8人。
 +
〔2019年7/7(日) 産経新聞〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
育児放棄に、周囲はどんな支援ができるのでしょうか?
 +
“育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市
 +
虐待経験者が胸の内を明かした。
 +
育児放棄に、周囲はどんな支援ができるのでしょうか? 人知れず育児に悩む親たちを支援する組織があります。支援を受けている虐待経験者が、当時の胸の内を明かしました。
 +
.
 +
“育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市
 +
札幌市の養護施設「興正学園」では、経済的に育てられなかったり、虐待された子どもを保護している。
 +
元の家庭に戻れるケース“1割“
 +
札幌市北区の児童養護施設・興正学園。経済的に親が育てられない子どもや、虐待されている子どもを保護し養育する公的な施設です。
 +
興正学園 鏑木康夫さん:「基本的に1歳から18歳の子どもが入所しています。(Q.定員は何人?)69人です。(Q.今は何人入所していますか?)69人います」
 +
道内23か所の児童養護施設の入所者の約8割が、虐待を受けていた子どもたちです。児童相談所や学校と連携し、子どもが元の家庭に戻れるようにするのが大きな役割です。
 +
しかし、実際に戻れるケースは1割ほどだといいます。興正学園では虐待が深刻な状態になる前に、その芽を摘もうという取り組みに力を入れています。
 +
.
 +
“育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市
 +
興正こども家庭支援センターでは24時間365日、育児に悩む親からの相談に対応している。
 +
子育てに悩む母親からの“SOS“
 +
「はい、興正こども家庭支援センターです。どんなご相談になりますでしょうか?」
 +
電話をしてきたのは子育てに悩む母親です。
 +
相談員:「実際に(子どもを)たたいてしまっているとか、外に出しているとか、家に帰らないで会わないようにしているケースがあって、そういう(緊急を要する)ケースの場合は面談につなぐ」
 +
育児に悩む親などからの相談を受ける施設を併設。24時間対応しているんです。
 +
.
 +
相談員は「危機感を抱いている人が増えている」と話す。
 +
6月だけで相談件数5件…札幌市民の中にある“後悔“
 +
年間約3700件の相談が寄せられますが6月、その数に変化がありました。
 +
相談員:「(虐待調査を)電話で依頼されたりすることが増えていて、虐待に危機感を抱いている人が増えた印象がある」
 +
例年、虐待の疑いがあるので調査してほしいという依頼は、年間15件ほどです。それが6月だけで5件に上りました。
 +
背景には札幌市で起きた2歳児の虐待事件があります。痛ましい死を防げなかったのかという悔いが市民の中にはあるようです。
 +
子育て中の母親:「親に頼れない状況だと誰かが手を貸したり、目を向けてやらないとどんどん孤立していく」「児相のことも言われているが一番は母親」「母親に対しての支援も必要だったのかなと思う」
 +
 
 +
北海道ニュースUHB
 +
“育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市
 +
シングルマザーのAさんは、過去に虐待したこともあった。
 +
「親子で孤立でした」
 +
子育てに悩む親を支援する民間の取り組みもあります。
 +
札幌市に住むAさん。小学3年生の息子を育てるシングルマザーです。仲の良い親子ですが、過去に虐待の経験があります。
 +
Aさん:「(子どもが)泣いた時は耳ふさいで、聞こえないふりしたりとか、たたいたりとか、もうやめてと叫んだり、親子で孤立でした」
 +
虐待が始まったのは息子が1歳のころ。妊娠中に離婚し一人で子育てをするストレスからでした。親からは出産を反対されていたため相談することができませんでした。児童相談所に相談することも考えましたが…。
 +
Aさん:「児童相談所に連絡すると自分が犯罪者になるんだろうなということと子どもを取られる。二人で死を選んだか、もしかしたら、あの子を殺していた可能性もあるかな」
 +
.
 +
札幌市の民間施設で行われたグループカウンセリングの様子。
 +
死を考えた末…助け求めた先はグループカウンセリング
 +
死まで考えたAさんが頼ったのは、札幌市東区の民間施設「麦の子」です。
 +
主に障害のある子どもを持つ親の相談に乗ったり、子どもを預かったりする支援を行なっています。ここでAさんが受けたのがグループカウンセリングです。同じ悩みを持つ親同士が苦しみを分かち合い支え合います。
 +
参加した母親:「みんなで学校に行ったはずなのに、あっという間に行けなくなって」
 +
重い口を開いたのは、不登校になった小学1年生の母親です。現在虐待を克服したAさんも経験者として参加しています。
 +
Aさん:「子どもは学校に行くのが仕事。昔から『働かざる者食うべからず』ということわざがあるよね。(不登校の息子に)『あなた何でご飯食べるの?』と言ったことがある。孤独じゃない。同じ、みんな同じだよ。大丈夫」
 +
自分の体験を笑いも交えながら語り、安心させます。
 +
参加した母親:「私の気持ちなんか誰もわからないと思っていたんですけれど、ここに参加して先輩お母さんに話を聞かせてもらって、私まだやれるかもしれないと思えて元気が出ました」「誰かともつながれる、孤独じゃない。今までは密室で(虐待を)やっていたので子どもにしなくなった。こういうグループカウンセリングに出るようになってから」
 +
Aさんは「麦の子」でカウンセリングを受け、3年かけて虐待から逃れることができました。しかし、今でも不安があります。
 +
Aさん:「一瞬、たたきたくなるし…」
 +
再び虐待をしてしまうかもしれない。そんな時、Aさんはかつてのように「麦の子」のスタッフに電話をします。
 +
Aさん:「怒っちゃったと言って、でもたたかなかったと言うと、『お母さんよく頑張ったね』と褒めてくれるんですよね。その積み重ねで電話をかけてもいい場所なんだ、つらい時は(電話を)かけたら救われる」
 +
.
 +
“育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市
 +
Aさんは“虐待の芽“を摘む取り組みが広がることを願っている。
 +
365日相談受付で“虐待に苦しむ親も減るのでは“
 +
「麦の子」では1年365日、24時間いつでも、育児で悩む親からの相談を受け付けています。Aさんは、このような取り組みが広がれば、虐待に苦しむ親も減るのではと考えています。
 +
Aさん:「(Q.息子さんは何が好き?)メロンパンです。(夕食時は)1日の話をしたりきょうはきっとこのテレビ取材の話でないでしょうかね」
 +
子どもを救うことは、母親を救うこと。虐待の芽を摘む取り組みが広がることを願ってやみません。
 +
〔2019年7/7(日) 北海道ニュースUHB〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
ホームスクール
 +
学校が合わないから「ホームスクール」…同年代の子と交流する場もほしい
 +
「心身に不調をきたしてまで、子どもを無理に学校に行かせる必要はない」。そんな認識が広まりつつある一方、学校に行かないと同年代の子どもと交流する機会も限られてしまう。親たちは、家で学ぶ子どもたち同士が安心して集える場を作ろうと動き出し、それを支える取り組みも始まっている。(田中ひろみ)
 +
.
 +
料理や社会見学…親子でグループ活動
 +
「学校以外で学べる場、みなさんで一緒に楽しい場を作っていきましょう」
 +
千葉県松戸市の熊谷亜希子さん(40)は今年4月から、不登校児らが日中に集まって、グループで活動する取り組み「松戸まなビーバー」を進めている。放課後の学びの場を運営している熊谷さんに、不登校児の親から、「子どもたちが集まれる場がほしい」といった要望が寄せられたことがきっかけだった。
 +
月に3回、平日に小中学生約10人と親らが集まって、理科の実験や料理作り、工場の見学などを行うというもの。同年代と交流する機会が少ない不登校児にとっては、家庭での学習だけでは体験できない、貴重な学びの場になっているという。
 +
熊谷さんの次女(10)も聴覚過敏などが原因で、小学1年の頃から「学校は怖い」と嫌がるようになり、今は学校に通っていない。熊谷さんは、「周囲から『学校に行かないと駄目』というプレッシャーを感じて苦しむ親子は多い。悩みも共有できる場にしたい」と話す。
 +
.
 +
「自分以外にもこんなにいるんだ」子どもが安心
 +
近年は「学校に行かないといけない」と不登校を悩むのではなく、自宅学習を「ホームスクール」、不登校児を「ホームスクーラー」と前向きにとらえることで、子どもたちが学校外で集まる場を提供する取り組みが、都市部を中心に広がりつつある。
 +
長女(9)が小学校入学後すぐに不登校になった埼玉県越谷市の小田恵さんは、フェイスブックで「ホームスクーラーとお出かけ」というグループを作成した。グループ参加者は、「この日に筑波山に登る人を募集」といったように、それぞれが企画を立てることができる。
 +
小田さんは「近くにホームスクーラーがいるなら、つながりたい」という親の声を受け、昨年4月、ホームスクーラーの居場所を登録できる「ホームスクーラーマップ」(https://goo.gl/n2RP6f)も公開した。登録した親子がマップ上に表示される仕組みだ。
 +
登録しているのは、今のところ全国で約170家庭だが、「子どもが『自分以外にもこんなにいるんだ』と安心できた」「近くのホームスクーラーに出会えた」といった反響があったという。
 +
次男(9)が小学1年の時に不登校になったという横浜市の佐々木貴広さん(30)は、自身や、ホームスクールに取り組んでいる親子の体験談などをまとめた情報サイト「ホームスクールジャパン」を開設している。
 +
 
 +
次男は小学2年になり、友達に誘われて学校に通うようになったが、佐々木さんは「『学校が合わないなら、ホームスクールがある』というくらい、ホームスクールが当たり前の選択肢となり、不登校に悩む子どもがいなくなればいい」と話している。
 +
ホームスクールで「出席扱い」進まず…「第三者機関のチェック必要」
 +
2017年に施行された教育機会確保法では、国や自治体が学校以外でも、不登校児が学ぶ機会を確保する施策を実施するよう義務付けている。
 +
不登校児の学びの場としては、民間のフリースクールや教育委員会が設置する適応指導教室がある。ただ、小中学校の不登校児が17年度に約14万人に上る中、適応指導教室に在籍する小中学生は約2万700人、教委と連携するフリースクールなどに通う小中学生は約2800人だ。
 +
ホームスクールについては、日本では制度は整っていないが、文部科学省は05年、保護者と学校が連携し、家庭でITなどを活用した計画的な学習プログラムを実践していることなどを条件に、学校長の判断で小中学校の出席扱いにできるとする通知を出している。
 +
ただ、17年度にこの仕組みを使って出席扱いとされた小中学生は、全国で149人にとどまっている。文科省は「学習状況の把握が難しかったり、学校現場で通知の内容が知られていなかったりといった要因が考えられる」としている。
 +
NPO法人「日本ホームスクール支援協会」(東京)によると、ホームスクールの制度が整っている欧米では、学習記録の提出の義務付けや指定したテストの受験などで、学習の質を担保しているという。同法人の日野公三理事長は「第三者機関が、家庭での学習記録を作成し、学校に提出するなど、チェックする仕組みが必要だ」と指摘する。
 +
〔2019年7/7(日) 読売新聞オンライン〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
引きこもり8050問題
 +
なぜ引きこもり・8050問題は深刻化するのか?高額な引きこもり支援ビジネスを一概に非難できない理由
 +
6月に引きこもりと思われる中年男性が起こした無差別殺人事件では、「一人で死んでほしい」とのコメントに様々な論議が起きました。被害にあった家族にとっては当然の感情かもしれませんが、引きこもり支援団体からは慎重な対応を望む声が上がりました。その事件に続いて引きこもっていた長男が周辺住民とトラブルになって戻ってきた後に、小学校の運動会の騒音に殺意を示したことに危機感を覚えた父親が殺害した事件がさらに波紋を起こしました。これらの事件を契機に引きこもりや8050が深刻な社会問題として一般の方にも知れ渡るようになりました。
 +
 
 +
深刻な8050問題
 +
内閣府の調査によると中高年(40-64歳)の引きこもりが推計61万3千人いるとされ、15-39歳の引きこもりの推計54万1千人よりも多いことがわかりました。関係者の感覚ではもっと多いのではないかともいわれています。中高年の引きこもりが多い背景には、就職氷河期、リストラなどの要因があげられています。中高年の引きこもりには大きく二つのタイプがあります。一度社会に出てから引きこもるタイプと社会に出る前の若い時(学生時代)からずっと引きこもっているタイプです。一度社会に出てから引きこもる原因は、業績至上主義、過重労働やパワハラなど社会のストレスからうつ病や不安障害などで退職し、その後なかなか復帰ができない場合が多いように思えます。若い時からの引きこもりは学校での人間関係やいじめなどが要因と言われていますが、実は原因がわからないことも多いのです。
 +
 
 +
引きこもりは病気なのでしょうか?
 +
中高年の引きこもりは対人関係や過剰労働が原因のうつ病や不安障害が背景にあることはよく経験しますが、ストレスのない状況においてはほとんど大きな問題はありません。しかし、仕事など社会と接する時に大きなストレスを感じて結局引きこもってしまう場合が少なからずあるようです。若い人の場合も自閉症スペクトラム障害や統合失調症のような精神疾患も原因として考えられますが、私が接している患者さんではそのような疾患はかなり稀です。どちらかというと神経質で過敏ですが、特にこれと言った精神疾患が背景にある人は少ないように思えます。社会に出にくいことから社交性不安障害などが当てはまる方も少なくありませんが、最近注目されているHSCやHSP(ハイリー・センシティブ・チャイルド、またはパースン)という性格が背景にあることが多いように感じます。HSCやHSPに関しては別のコラムで詳しく解説したいと思いますが、要するに非常に敏感で気を使うがあまり、多くの人と接するのが苦手になり、引きこもるようになるのです。最近はHSCやHSPがよく話題になっていますので気になる人はネットなどでチェックしてみてください。結構当てはまる人も多いと思います。実は私もある程度当てはまります。つまり引きこもりという病気があるわけではなく、そのような状態であると考えてください。
 +
 
 +
引きこもりはだめなこと?
 +
社会との接触が少なくなると何かと不自由な生活になりますので、保護者は「引きこもりはだめなこと」と考えがちです。確かに引きこもることで一般的に収入はなくなり、周辺住民との最低限の約束事も守れずにトラブルになる場合もあります。しかし、ほとんど家にいて株の取引きやソフト制作で十分すぎるほどの経済活動をしている人もいます。家族にとっては引きこもって、不登校になったり、社会と距離を置くことが大きな問題と考えるばかりか、恥ずかしことだと感じる人が少なくありません。この感情が引きこもりがなかなか解決しない大きな問題だと私は考えます。特に日本人は普通であることを大事にしようとしますので、多数派にいることで安心します。今でこそLGBTは社会的に認知され、少しは生きやすくなりましたが、当事者の方たちは大変つらい思いを抱えて生きてきたことでしょうし、今でも少なからず偏見は残っています。
 +
同じような考え方をしている男性が中心となって高度成長期を引っ張ってきましたが、グローバル化が進む中で、多種多様な考え方や視点が求められ、「ダイバーシティ」という概念が広がりました。そのような流れの中で「引きこもり」も同様の視点を持って考えるべき時が来ているように思えます。
 +
 
 +
引きこもりの何が問題なのでしょう?
 +
引きこもりの問題は、経済的活動があまりできていないことのように私は感じます。前述したように株の売買やプログラム作成などで生活費を稼いで、他人に大きな迷惑をかけていなければ何の問題もないと思います。経済的活動ができていない方は「お金」に強く執着してしまいます。現在も将来も収入の当てがないとなると不安を強く感じて「お金」に執着する気持ちは理解できます。そのために私の診察の目標は「ある程度の経済的活動」です。保護者の方には「引きこもっている人のゴールはアルバイトができること」と思ってくださいとお話しています。もちろん肉体的・精神的な問題からアルバイトすら困難な方もおられるでしょう。その時は各種の社会保障制度を利用することも必要になるでしょう。親にある程度の資産があって、高齢化した時には早めに弁護士や司法書士に相談して「成年後見人制度」などを利用して、引きこもっている方を経済的に安心させることも必要だと思います。
 +
 
 +
引きこもり支援の困難さ
 +
引きこもりを恥ずかしい問題ととらえずに、主に経済的な問題をどうするか?という視点で支援をしていくことが私は望ましいと思います。しかし、現実的に引きこもっている人に就労してもらったり、後見人制度を利用してもらうことはかなり難しいことだと感じます。対人関係に疲れて引きこもっている人が多いために、容易に面談をしていただけません。そのために専門家は一様に辛抱強くコンタクトをとることが大切だと力説しています。実際に何度も自宅を訪問している専門家や支援団体の方もたくさんおられます。私も、今のところそのような方法しかないのではと感じています。
 +
 
 +
専門家に早く相談することも大切ですが、私のかかわっているケースのほとんどがすでに専門家に相談しています。相談されるところによって対応はまちまちかもしれませんが、何度相談しても全く状況が変化しないことから、出口のないトンネルに入ったような気持ちになります。最初は引きこもり本人も相談されたようですが、これと言った解決方法がないために「どこに相談しても同じ!」と考え、我々の面談を拒否されます。そのために、最初に相談に応じた方の責任は重いですが、いくら専門家と言っても簡単に解決する妙案はありません。病気が疑われる場合は医療機関を紹介することもできますが、多くの方が特に病気を思わす状態ではありません。そのために、辛抱強いカウンセリングが必要となりますが、埒が明かないために次第に相談から遠ざかるようになります。そのために保護者の方が定期的に集まる会を主宰している民間団体も沢山あります。
 +
 
 +
支援団体の運営は苦しい?
 +
ネットで探せば引きこもりの支援団体はたくさんあり、専門家も色々なアドバイスをしていますが、事態は深刻化する一方です。あまり語られていませんが私は支援する方の経済的な問題が大きいように思えます。辛抱強い支援が必要なことは言うまでもありませんので、専門家が定期的に家庭訪問や電話で本人とコンタクトを取るようにしますが、すぐにコンタクトが取れる例は稀で、長期化します。対応する方の辛抱強さも大事ですが、全く収入にはなりません。支援団体では保護者から会費をいただいたり、補助金を申請したりしていますが運営はどの団体も厳しいでしょう。熱心な専門家が頻回にコンタクトを試みられていますが、専門家の多くは大学などの教育職です。給料は大学から出て、引きこもりが自分の専門であるのでフィールドワークとして熱心に仕事をされています。熱心に学生たちとサポートされている姿には頭が下がりますが、いざ大学を離れて民間で同じことをするのは経済的な問題からかなり困難です。同じような仕事・研究を大学でされていた先生が、退職して同様の方法で活動を継続していると「経済的にしんどい。大学だからできたことだ!」と今までの自分の活動を一般化できないことを悔やんでおられました。
 +
では公共団体が行えばいいではないか?と思われるでしょう。多くの都道府県は既に引きこもりの専門窓口を設けています。一般的なアドバイスや適切な団体を紹介していただけるとは思いますし、時には熱心に担当していただける職員さんもおられるでしょう。公共団体の場合は定期的な移動がありますので、新しい担当者に変わった時は折角築き上げた信頼感を一から構築しなければなりません。また、熱心な職員さんが体力的・精神的に参ってしまう場合もあります。このような様々な理由から引きこもり問題の解決が困難であると私は感じます。
 +
 
 +
医療者のかかわりの重要性と問題点:高額な引きこもり支援ビジネスを一概に非難できない理由
 +
病気のために引きこもっている人には医師の診察は有効ですが、多くの場合はこれと言って問題はなく、どちらかというと引きこもりによるうつ状態や不安感が問題となります。またイライラするとか寝られないなどの問題がある場合は医師の処方する薬が有効な場合もあります。たとえ、優秀なカウンセラーの方でも本人がイライラしたり、うつ状態になっていては十分な改善効果は得られませんので、医師の診察と組み合わせることが重要だと思われます。思春期外来を立ち上げて不登校や引きこもりに対応していただける精神科の先生も増えてきましたが、医師やスタッフが熱心に家庭を訪問していただけることは稀です。当たり前ですが、医師は診療をして料金をいただきますので、診察が始まるまでは全く収入にならないのです。引きこもりの方と本気でかかわるためには継続的なかかわりとそれに伴う費用が必要であることは間違いありません。それが保証されない限り本人・保護者や支援者のかかわりが長期間続かなくなり、長いトンネルに入り込むように思えます。そんな時に、ネットで見つけた自立成功率が高い支援団体に藁をもつかむ思いで相談に行く保護者がいても不思議ではありません。辛抱強い訪問でも全く反応しない、暴力をふるうなど切羽詰まった保護者が自立の可能性が高いという支援団体を頼るのは無理もない話です。私自身はそのような支援団体とかかわったことはありませんが、ある程度説得の後に自立支援の施設に連れていく、高額な費用を請求するなどの問題点がマスコミで指摘されています。このような方針は1980年前後に大きな問題となった引きこもり支援の戸塚ヨットスクールと重なるものを感じます。主催者の戸塚氏は傷害致死で有罪となり、服役の後にまたヨットスクールを再開しています。確かに死亡者まで出すやり方に批判の声も多かったのですが、意外なことに擁護する声も少なくありませんでした。少し乱暴と思われる方法でも少なからずの人が改善しているのも事実でしょう。マスコミで報道される費用は少し高いと感じますが、辛抱強い支援を期待するならある程度の費用は必要でしょう。先般の事件を受けて、政府も何らかの対策が必要であると感じていると思いますが、本当に実効性のある対策にするためにはかなりの予算処置も必要かと思います。
 +
 
 +
石蔵文信
 +
医師/循環器、心療内科医/家族・夫婦・定年問題専門
 +
内科専門医・循環器専門医・性機能専門医・超音波指導医。大阪市内と都内で男性更年期外来担当。循環器病・夫婦問題や定年後男性の生き方などが専門。各地で料理教室を開催。主な著書として『夫源病』(大阪大学出版会)『男のええかげん料理』(講談社)『なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略』 (幻冬舎新書) 『妻の病気の9割は夫がつくる (医師が教える「夫源病」の治し方)』『親を殺したくなったら読む本 (親に疲れた症候群の治し方)』(マキノ出版)など多数。日本原始力発電所協会代表(http://eco-powerplant.com)
 +
official sitehttp://gghouse.jp/
 +
〔2019年7/7(日) 石蔵文信  医師/循環器、心療内科医/家族・夫婦・定年問題専門〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
フランスで義務教育を3歳から
 +
義務教育を3歳から なぜ早める? フランスの教育大臣に狙いを聞いた
 +
フランスではこの秋、義務教育が3歳からになる
 +
フランスは今秋、義務教育が始まる年齢を6歳から3歳に引き下げる。欧州ではハンガリーと並んで、最も低年齢から義務教育が始まる国になる。既に97・6%の3歳児が日本の幼稚園にあたる「保育学校」に通っているが、あえて義務化に踏み切った狙いはどこにあるのか。ジャンミシェル・ブランケール国民教育相に聞いた
 +
「人生最初の7年間がカギを握る」
 +
 +
――公教育はどのような役割を果たすべきでしょうか。
 +
「学校は、フランス共和国の歴史と切り離せないほど重要な役割を果たしてきました。1880年代、6歳からの義務教育を始めたのは、革命から約100年に及ぶ不安定な時期を経て、共和国の基礎を強化するために学校に力を入れようと考えたからです。学校を通じて国民に知識を与え、フランス国民として育てようという考えです。その目的は皆が人生の平等なスタートラインに立てること。生まれた家庭の都合ではなく、自分次第で将来が決められるように、家庭の経済レベルや社会的な要因をこえた政策をとらなければいけません。実現のため、全体の学力を上げることや、『社会的な正義』を目指すことを目標に掲げました。すべての子どもたちに知識の基礎を身につけさせることが目標の達成につながり、学校への信用にもつながります」
 +
 
 +
――その考えは現代も変わらないということですか。
 +
「私たちは2017~22年までの政策のテーマを『信用の学校』と位置づけました。学校を通じてフランスという社会に所属している人たちが互いに信用しあえるようになることが目的です。決して簡単なことではありませんが、いったん、お互いのこと信用し合えるようになったら、子供たちも自分に自信がつくでしょう。公教育に対する不信感を拭いたいと考えています」
 +
 
 +
――3歳からの義務教育を実施しているのは欧州ではハンガリーだけで、学習到達度調査(PISA)の成績が上位のフィンランドやエストニアは7歳から義務教育が始まります。「信用の学校」を実現するために、義務教育の年齢を引き下げることが大切なのでしょうか。
 +
「保育学校に通う時期は、子どもの成長にとって大変重要です。あらゆる分野の研究で、人生の最初の7年間が大事だという結果が出ています。ですから保育学校の政策、つまり幼い子どもたちを対象にする政策はそれだけ大切なのです。限られた予算を投じてすることですから、大きな効果をもたらしてほしい。ですから、子だもたちが3歳から教育を受けることが必須だと考えました」
 +
「現時点で3歳以上の子どもたちの97%は既に(幼稚園にあたる)『保育学校』に通っています。残りは3%とはいえ、約2万5千人いるので、その数を軽視してはいけません。海外県や移民の多い地域では、保育学校に通う子どもは格段に少ない。午前中だけ、あるいは週に数回だけ通わせる家庭もあって、皆が毎日、朝から夕方まで通っているわけではありません」
 +
「全員を通わせるだけで満足することなく、質を担保しないといけません。認知科学の最新の研究結果なども考慮すると、語彙レベルの差が格差にもつながっているので、特に語彙力を増やすことが重要だと思います。その点で、保育学校の時点でフランス語の習得状況を改善できれば、子どもたちは小学校に入る時点で、より平等なスタートラインに立つことができるでしょう」
 +
 
 +
――「平等」がキーワードだということですか。
 +
「私たちの目的は競争させることではなく、協力的な環境をつくることです。一人で勝利するのではなく、皆で勝利を目指した方がいい。一人で好き勝手に生きていくのではなく、周囲に耳を傾けたり、相談したりすることも大事です。そのためには、子どもたちがフランス語を話せる才能を育てるべきだと考えています」
 +
 
 +
ブランケール国民教育相
 +
「『いじめ問題』どの国にも」
 +
 +
――4日に開かれたG7の教育相会合でも早期教育を討論のテーマに追加しました。
 +
「国によって教育に求めることは異なるかもしれませんが、学童期に入るまでの子どもたちをどのように育てればいいかというのは共通の課題です。どこの国の統計でも、5~15%の子どもたちが学校でいじめに遭っています。これは無視できない社会現象です。いじめ問題は学校への不信感や不登校の原因につながります。子どもたちが保育学校の年齢の時点で協力したり、他者との違いに対する理解度をあげたりするような共和国的な価値観を身につけさせることが大事だと考えています。学校教育の使命は知識を与えるだけではなく、価値観を伝えることでもあります。相手に対する尊重、尊敬の気持ち、共感や連帯感という価値観を子どもたちに身につけてほしい」
 +
 
 +
――先生も大変ですね。
 +
「教師の役割や仕事も国際的な観点で話し合うべき課題です。教師になるための研修中に、世界中に学びに行けるような環境を整えられるようにしたい。人工知能(AI)の導入などで、今の子どもたちが就く仕事は大きく変化すると思います。今後増えていくであろうIT系の職やエコな仕事などに就くために何を学び、どのような資格をとればいいのかを考える必要があると思っています」
 +
 
 +
――学力の格差はなぜ起こるのでしょうか。
 +
「フランスでは現在、学校に通う約20%が期待されている成績に達していません。成績の格差は、社会的背景の格差と相関関係にあります。それを償うのは学校の役割だと考えています。先ほど述べた20%の生徒たちを対象に、小1と小2のクラスの児童数を半分にしました。年間30万人の子どもたちに及ぶ政策で、今後は保育学校まで政策の範囲を広めるつもりです。とはいえ、全体的な底上げには時間がかかります。ですから、3歳からの義務教育という抜本的な改革を施すことにしました」
 +
 
 +
――保育学校に通う時期は人間形成における重要な時期だということですが、全員がフランス語の読み書きができて、話せるようになることが教育の格差是生につながると考えているのでしょうか。
 +
「そうですね。子どもたちが現時点で体感している不平等をなくすことが最終的な目標です。そのためには、『読む』『書く』『数える』『相手のことを尊重する』の四つの能力を身につけることが大切だと思っています。読み書きや計算は小学校1年生で教わることですが、結局は小学校に上がる前の家庭や学校での学びが大きな変化をもたらしています。特に注目したいのがやはり語彙力です。小学生になったら読解のスキルを身につけますが、文字は読めても意味をどのように捉えるかが肝心です。小学校に入る前に一定の語彙力を身につけていなければ、語彙力がある児童との間にギャップが生まれてしまいます」
 +
大人の不平等を反映させない
 +
 +
――全体的な学力の底上げにはなっても、格差は縮まらないという懸念はありませんか。
 +
「できるだけそのような状態をやわらげようとしているつもりです。先日、ある寄宿学校のパーティーに出席しましたが、そこの寮生は全員恵まれてない地域で生まれ育っています。それでも高度の学歴を身につけ、学習に集中しやすい環境も提供されています。同じ世代の人の間に存在する『日常の事情の格差』を減らそうとしています。『公』の学校というのはまだまだ捨てたものではなく、逆に21世紀における挑戦の余地があるととらえています」
 +
 
 +
――アメリカではチャータースクールが急増するなど、他国では公設民営化の動きもあります。フランスは、あくまで「平等」という理念を守るということですか。
 +
「フランスにおける義務教育というのは、共和国の保証です。学校間の予算の格差など、大人の世界の不平等を子どもの世界に反映させる訳にはいきません。持続可能な開発やバランスの保たれた平和な社会を望むならば、学校は『共和国らしくあるべき』なのです。学校を通じて、人それぞれが違うことを理解したうえで、お互い協力できる精神を育み、友愛を実現する社会をつくるためには、学校の間に壁や塀があってはいけません」
 +
 
 +
――基礎的な知識を十分に身につけないと、中学や高校の退学につながるという統計もあるようですが、そういったことへの対策にもなり得ますか。
 +
「もちろんです。子どもたち全員に基礎的な知識を与えることが大切です。小学校卒業した時点に、基礎を身につけてない子どもたちが約20%もいるという事態は、あってはならないことです。まさに『革命』並みの改革なのです」
 +
「高校の卒業試験でも口述試験に重きを置くことになったので、先ほどお話しした、語彙力に裏付けられた『話す』能力がより重視されます。今回の施策は将来に向けて、一貫性のある政策だと思います。幼稚園から高校卒業まですべての子どもたちは、歌い、話し、討論し、人の言うことを聞き、同級生と協力しなければいけない。それこそ我らが描いている『信用の学校』像なのです」
 +
.
 +
〔2019年7/8(月)朝日新聞社 GLOBE+〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
沖縄県少年サポートセンター
 +
Qプラスリポート 子どもたち見守る「少年サポートセンター」
 +
県内の少年犯罪件数はおよそ800件。年々減少傾向にあり、2017年からは1000件を下回ってます。それらを見ているとある特徴が見えてきました。
 +
Qプラスリポートです。いじめや不登校、非行など、子どもたちを取り巻く環境が複雑になっている中、彼らを見守り、支援しようと取り組んでいる人たちがいます。そんな「少年サポートセンター」を取材しました。
 +
楽しそうに農作業をする少年。彼は長い間学校に行っていません。そんな少年に居場所作りとして行われているのがこの農作業体験です。企画したのは県警が設置している少年サポートセンター。これは警察官とともに大学生など一般の人が参加しています。
 +
少年サポートセンター 大城警部「少年サポートセンターは少年の非行防止と健全育成を目的として立ち上げられたセンターなんですけれど、主な業務としては街頭補導活動や非行防止教室、問題を抱えた少年の立ち直り支援などを行っています。」
 +
県内の少年犯罪件数はおよそ800件。年々減少傾向にあり、2017年からは1000件を下回ってます。それらを見ているとある特徴が見えてきました。
 +
大城警部「特に犯罪を犯してしまった少年の特徴を見てみますと、中学生が犯罪に手を染めてしまう悪いことをしてしまう数が全国一多い。」
 +
事件を起こした少年のうち中学生の割合はおよそ56%。半分以上が中学生なのです。少年サポートセンターでは問題を抱える少年たちが非行に走るのを未然に防ぐため、農作業体験を通した居場所づくりや学習支援を行っています。
 +
.
 +
地域住民の人たちがこの子たちをみんなで見守ってあげるというのが一番いい方向じゃないかなと思う。
 +
警察ボランティア 金城さん「われわれでできる問題ではなくて、地域住民みんなが昔のように『どこどこの子供だ』『どこどこの誰だ』というように名前がわかるぐらい地域住民の人たちがこの子たちをみんなで見守ってあげるというのが一番いい方向じゃないかなと私は思う。」
 +
こちらは学習支援の様子。少年問題を専門に扱う警察職員の少年補導職員が勉強を教えます。
 +
少年補導職員 佐渡山さん「一緒に時間をかけて悩ませる、できているところはできているねと褒めたり励ましたりしながら本人に自信を持たせて指導しました。いろいろな大人やサポーターとの関わりがあることによって、子供たちは自分は守られている、自分には多くの味方がいるんだという自信にもつながる。」
 +
 
 +
かつてサポートを受け、今では社会人として働く女性に話を聞くことができました。宮城利恵子さん。印刷会社の社長として忙しい日々を送っています。
 +
OKIBカンパニー 宮城さん「(当時)私服で犬の散歩をしながら、授業中廊下を歩いて来たよ、みたいな感じ。」
 +
宮城さんは、サポートセンターの存在を当時はあまりよく思っていませんでした。
 +
宮城さん「(Q.当時サポーターをどう思っていた?)親とやり取りしていたり、先生方とサポートセンターの方がやり取りしているので、子供としては面白くない部分もある。何を話しているのか、大人で囲んで学校に行かせようとしているのか。」
 +
しかし、あることがきっかけで少しずつ変わっていきます
 +
宮城さん「中学生のころ子供ができて、親に相談できないものをサポートセンターの担当の方にお話ししたりとか、プライベートな話をするようになってからだんだん仲良くなった。」
 +
宮城さんは、20年経った今でも当時のサポーターと連絡を取り合っています。今は少年サポートセンターは少年だけでなく、親にとっても必要な存在だと考えています。
 +
宮城さん「(親も)悩んでいたと思うんですよね。相談できる相手がいなくて。私の親もサポートセンターの方たちに頼っていたと思うので、すごい力になってくれていると思うので、子どもたちや親御さんたちの力になっていける存在でいてくれたらなと思います。」
 +
いじめや虐待、未成年に忍び寄る薬物や大麻など、少年たちの周りには深刻な問題も横たわっています。こうしたなか彼らを犯罪から遠ざけ力になりたい。少年サポートセンターの取り組みはこれからも続きます。
 +
〔2019年7/8(月) 沖縄ニュースQAB〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
若年妊産婦に特化した若年ママの居場所
 +
「この子を育てたい」少女の決心を支えて 赤ちゃん名義の通帳 若年ママの居場所、奮闘の1年
 +
インスタ映えを狙い作った韓国料理チーズタッカルビを楽しむ少女ら。「もっと早く居場所に来ていれば」と漏らす少女もいた=5月、沖縄市の県助産師会母子未来センター(提供)
 +
18歳以下で妊娠・出産を経験する少女を支えようと、若年妊産婦に特化した居場所づくりが沖縄市で始まって1年がたった。行政主導による若年妊産婦の居場所づくりは全国初。不安定な生活や、学校に通う同世代との違いから精神的な不安が強くなり一般的に児童虐待の危険性が高まるとされる若年出産。赤ちゃんだけでなく、母親自身も成長過程のさなかにいる母子を孤立させない取り組みを取材した。(社会部・篠原知恵)
 +
 
 +
■インスタ映えを呼び水に
 +
沖縄県助産師会「母子未来センター」にある居場所は、母親に昼食を提供したり、赤ちゃんに離乳食を提供したりしながら妊娠や出産・育児の相談にのる。
 +
「若年出産の母親たちは『食事をしに来て』と呼んでも、元々昼食をとる習慣がなかったり、食そのものに興味がなかったりで来ないことが多い。でも『インスタ映え』を呼び水に声を掛けると来てくれる」と話すのはスタッフで助産師の山内れい子さん(61)。
 +
手にしたスマートフォン画面に並ぶのは、韓国の鉄鍋料理チーズタッカルビやチーズハットクなど色鮮やかなメニューの数々。居場所を訪れた少女らと一緒に作った昼食は都度、利用者全員とのライン(LINE)グループに投稿する。
 +
山内さんは「しつこいけど」とはにかみつつ、居場所へ来るように少女たちに呼び掛ける「お誘いライン」を毎日送る。少女らは運転免許を持てないため、スタッフは車で母子を迎えにも行く。「子どもがこんなの飲み込んじゃったけど大丈夫?」など、ラインで夜間に頻繁に届く子育て相談にものる。
 +
 
 +
■夕食しか食べる習慣なく
 +
居場所を利用する少女の多くは「妊娠が分かった時に戸惑ったと思う」と山内さん。「でも『決意した』ってみんな言うんです。10代なのに、全てにおいて子どものためにがんばっている。その決意を受け止めて支えていきたい」と話す。
 +
若年妊産婦の居場所を利用する少女たちの多くが当初、夕食しか食べる習慣がなく、食への関心も薄かった。開所当初は1日1食しか食べられない子が目立ったが、1年がたって最近は夜も含めて1日2食を完食できるようになってきた。「初めて昼ごはんを食べた」と言う少女、親が仕事を掛け持ちして朝起きられず、学校に遅刻しがちだったため不登校になった少女もいる。
 +
助産師の山内さんは「居場所に『来て』ではなく、どうしたら来てもらえるかの仕組みづくりを考えている」と話す。
 +
同世代が、大人になる過程で家庭や学校で経験することを体験しないまま母になる少女も多い。居場所が企画するイベントで少女たちの参加率が高かったのは赤ちゃんの健康と長寿を祈る「初ムーチー」作りや、よだれかけづくりだ。季節の飾り付けと赤ちゃんを一緒に撮影できる「寝相アート」も人気イベントの一つ。居場所が母子の関係づくりの一翼を担っている。
 +
 
 +
■妊娠を理由に退学
 +
居場所を利用する少女は定時制や通信制高校に通う子が過半数を占め、妊娠を理由に普通高校を退学せざるを得なかったケースもある。中卒もおり、仕事はアルバイトか求職中、もしくは無職。将来の経済的自立に向けた学び直しや復学は課題だ。
 +
「漢字の読み書きが苦手な少女もいて、行政手続き時はスタッフが市役所に同行する」。少女と行政機関の橋渡し役を担う沖縄市の居場所づくり支援員、宮城美幸さんはこう話す。
 +
「『子どもの保育園を休ませる時はどうしたらいいか』という相談もある」(宮城さん)。保育所など外の世界とのつながり方を知らないことも多い。行政の子育て支援の場に行きづらかったり、存在さえ伝わっていなかったりすることもあるという。
 +
 
 +
■共感しあえる居場所に
 +
そんな少女たちが、居場所を通して同世代の子育て仲間とのつながりをつくりつつある。
 +
父親の男性が18歳を迎えて結婚でき、「預金通帳の名義変更をしたい」と居場所で話した少女がいた。バッグから取り出したのは赤ちゃん名義の通帳。生まれた時に赤ちゃんの誕生日にちなんだ金額を入金し、次に体重分、そして身長分―。「毎月15日に入金したい」とはにかむ少女を見て、他の少女も子ども名義の貯金を始めた。
 +
互いに家計や出産、パートナーとの関係を助言しあうようになった少女たち。宮城さんは「こうなれば私たち大人が教えることはほとんどない。逆にスタッフが話しすぎないように気をつけるほど」と笑う。
 +
山内さんは「親や学校に否定され続けて育った少女も少なくない。『大丈夫。誰にだって失敗はあるんだから』と、頑張りを受け止めて、共感しあえる居場所でありたい」と話した。
 +
〔2019年7/9(火) 沖縄タイムス〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
教員と弁護士の二足のわらじを履く「先生」
 +
先生は弁護士 いじめ、勉強…学校現場の悩みはお任せ
 +
学校内弁護士、神内聡さん   
 +
東京都内の私立中高一貫校に、教員と弁護士の二足のわらじを履く「先生」がいる。いじめや不登校、教師の労働環境、モンスターペアレントなど、現代の教育現場が抱える課題は複雑だ。それだけに、教員兼弁護士の出番は広がっているという。「学校の困りごとの一番近くにいてトラブルを解決する」ことをモットーとする神内聡さん(41)のオシゴトに迫る。
 +
.
 +
学校内弁護士ってどんな働き方ですか。
 +
私は、淑徳中学校・高校(東京・板橋)に勤務する社会科教師であり、弁護士としても働いています。つまり兼業なんです。
 +
学校の顧問弁護士ではないのかとか、最近各地の教育委員会が導入している「スクールロイヤー」と何が違うのかなどよく聞かれますので、私が弁護士も兼業する教師として採用された経緯をお話しましょう。
 +
大学の学部時代は、かなり苦労して社会科の教員免許をとりました。淑徳中高に勤務していた2008年に司法試験に合格し、弁護士になりました。その後、しばらくは教員ではなく弁護士に専念していたのですが、当時の淑徳の校長から「学校で教えながら弁護士としても働いたらどうか」と誘われたのです。そんなことできるのか?と思いましたが、校長先生は本気でした。
 +
ここは強調しますが、淑徳にトラブルがあったわけではありません。キャリア教育を充実させるために、教員以外の経験のある多様な人材を教師に迎えたかったのです。だから、淑徳には宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤務したことがある理科の先生もいます。
 +
現在、業務時間の比率は教師8:弁護士2です。学校では授業のほかに担任の業務、部活動の顧問もしています。授業がない月曜と金曜の午前や、平日の学校勤務のあとに弁護士の仕事をします。淑徳だけでなく他の学校法人など顧問先は実はけっこう多くて、週に2、3件は相談がきます。学校内でけがをしたとか、人間関係のトラブルとか、相談内容もいろいろです。学校関係以外の案件も引き受けています。虐待案件や離婚、相続、不動産、医療事故などです。
 +
ふだん、学校ではあくまで教師なので弁護士であることを生徒にあまり意識させないようにしています。でも、ときには生徒たちに「相手の言い分を聞いて考えさせる」みたいに、弁護士っぽいニュアンスも小出しにしたりしています。
 +
 
 +
自治体のスクールロイヤーなどとは違うのですか。
 +
国が数年前からスクールロイヤーに着目するようになって、各地でいろんな弁護士さんがスクールロイヤーと呼ばれるようになりました。スクールロイヤーには大きく分けて3つの種類あるようです。
 +
 
 +
一つは相談型。教育委員会が依頼する弁護士を決めているパターンで、ほとんどがこの形態です。ただし、担当する弁護士が必ずしも教育に詳しいわけではないことも多く、問題の解決にはあまり有効ではないなという印象です。
 +
次が、職員兼務型。教育委員会や学校法人に雇用される弁護士です。最近増えていて、私も注目しています。ふだんから教育現場のそばにいますから、トラブルがおきたときにすぐに対応できます。
 +
そして3つ目が、教員兼務型で、今のところ、おそらく日本で私だけだと思います。
 +
スクールロイヤーが注目されるようになったのは、教育現場の人だけでは解決できない問題が増えてきたためです。特にいじめについては、2013年にいじめ防止対策推進法が施行され、現場の裁量ではなく法律にのっとった対応が必要になりました。ほかにも、教員の労働環境や保護者対策など、教育現場が抱える問題は、以前より複雑かつ法律の知識が必要になってきています。それで、弁護士の出番が増えてきたというわけです。
 +
弁護士と教員を兼務する利点はいろいろあります。普段から生徒や教職員の雰囲気、保護者の情報がわかっているので、弁護士としての判断材料が多いです。依頼主が淑徳でない場合でも、教師なので状況が理解しやすく、他校の教師たちも管理職を通さずに直接相談してくれることもあります。
 +
.
 +
先生は弁護士 いじめ、勉強…学校現場の悩みはお任せ
 +
「子どもたちのために」
 +
なぜ学校内弁護士になったのですか。
 +
淑徳で兼務を認めてくれたからというのがきっかけではありますが、教育現場と弁護士という課題にはもっと前から気づいていました。
 +
大学院では専攻を変えまして、教育学を修めました。日本と欧米の教育制度や学級運営の仕組みの違いなどに興味があったのです。その後、夜間の法科大学院に通って司法試験に合格、しばらくは弁護士だけをしていたときに、弁護士のほとんどは教育現場を知らなすぎると痛感しました。
 +
日本では弁護士は「裁判やって一人前」という風潮があります。教育現場に詳しくない弁護士だと、「裁判だ!」と言い出して学校と対決姿勢に入ってしまい、解決に時間がかかったり学校に子どもが行きづらくなってしまったりするのです。結局、子どものためになっていませんよね。
 +
 
 +
実は、もう一つきっかけがありました。弁護士専業だったころに、医師と弁護士を兼業している人がいることを知ったのです。大学病院に医師として勤務しながら、診療費の不払いとか、訴訟とかに弁護士としてかかわっているらしい。これだと思いました。
 +
日本では、弁護士と言えば裁判みたいに思われていますが、欧米では裁判だけやっている弁護士は少数派なのです。多くの人は、企業に勤務するなど全く違う仕事をしながら、弁護士として司法の知識を発揮しているのです。
 +
教員であり弁護士という立場なら、学校の困りごとの一番そばにいて、トラブルの解決に貢献できるのではないか。そう考えました。
 +
キャリアの足し算ですね。
 +
 +
これからキャリアを考える若い世代には、新卒で一斉に就職するとか、みんな同じリクルートスーツで就活するような同調圧力とかは、日本だけの話で異様だということに気づいてほしいです。早く社会にでることも大切ですが、様々な学問をじっくり勉強するのもいいですよ。実体験があるから言いますが、2つ以上の専門性をもつと相乗効果があります。1+1=2以上なんです。
 +
弁護士の世界でも同じ。今、弁護士は余り気味といわれていますが、+αの何かがあると強いです。たとえば、弁護士+ゲームの知識、とかね。
 +
法律は、社会の共通言語です。弁護士は法律の知識をもち、事実認定をする訓練を受けていて、交渉力もある。弁護士が裁判からもっと外に出て、様々な場面で活躍する社会こそ、真の法治国家だと考えています。+αの強みを持った後輩がどんどん登場するといいなと願っています。
 +
(聞き手 藤原仁美)
 +
■神内聡さんのキャリアヒストリー22歳(2001年) 東大法学部卒。専攻は政治学。法学部の授業のかたわら、歴史の授業を文学部で受講するなど「ものすごく大変な教職課程を修了し」社会科の教員免許を取得24歳(2003年) 東大大学院修了。教育学を専攻。学者のポストはなかなか見つからず、教員に30歳(2008年) 筑波大法科大学院を卒業後、司法試験に合格、弁護士に。夜間大学院だったので様々な業界出身で司法を目指した仲間に出会った33歳(2012年) 淑徳中高で教師兼弁護士として働き始める
 +
〔2019年7/9(火) NIKKEI STYLE〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
なぜ学校には「学年」「学級」があるのか
 +
学年とクラスをなくせば不登校は激減する
 +
なぜ子どもは不登校になるのか。その原因のひとつは、強制的に同年齢の集団をつくる「学年」や「クラス」にある。熊本大学教育学部の苫野一徳准教授は「同年齢の集団をつくるのは学校だけ。社会と同じく年齢が“ごちゃまぜ”の環境なら、不登校も減るはずだ」という――。
 +
 
 +
※本稿は、苫野一徳『ほんとうの道徳』(トランスビュー)の一部を再編集したものです。
 +
 
 +
■学校を「ごちゃまぜのラーニングセンター」にしたい
 +
わたしは学校を、もっともっと多様性が混ざり合った、いわば“ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていくべきだと考えています。
 +
そもそも市民社会とは、生まれも育ちもモラルも価値観も国籍も宗教も異なった、きわめて多様な人びとからなる社会です。だから学校もまた、本来であれば、できるだけ多様な人たちが出会い、知り合い、多様性を「相互承認」する機会をもっと豊かに整える必要があるはずなのです。
 +
でも、今の多くの学校は、ある意味ではきわめて同質性の高い空間です。
 +
同じ学年の子どもたちだけからなる学級集団を、みなさんは不思議に思ったことはないでしょうか?  そんな同年齢集団は、学校のほかにはないんじゃないかと思います。
 +
「自由の相互承認」は、わたしたちがまさに多様な人たちと出会い、知り合うことから始まります。知り合うことがなければ、分かり合うことも、そして認め合うことも当然できないからです。
 +
だから学校も、本来であれば、年齢や世代や障害のあるなしや国籍などを超えて、もっともっと多様な人たちが行き交う場にしていく必要があるはずなのです。
 +
 
 +
■なぜ学校には「学年」「学級」があるのか
 +
でも、学校は長い間それができませんでした。というのも、近代の学校は、大量の子どもたちに一気にさまざまな知識技能を学ばせる必要があったからです。そのため、学年学級制を採用し、「みんなに同じことを、同じペースで、同じようなやり方で学ばせる」、いわば大量生産型・ベルトコンベヤー式の教育を続けてきたのです。多様な子どもたちが教室にいれば、画一的なカリキュラムを一斉に教えることができなくなってしまうからです。
 +
こうして、学年が分けられ、小学生と中学生が分けられ、中学生と高校生が分けられることになりました。障害のあるなしでも分けられることになりました。学校は、かなり同質性の高い子どもたちからなる集団になったのです。
 +
改めて考えてみると、今、障害を持った多くの人と日常的に交流している中学生が、一体どれだけいるでしょうか。幼児としょっちゅう遊んでいる高校生が、一体どれだけいるでしょうか。現代の社会では、子どもと日常的に交流した経験のない若者が、その後もほとんど子どもと関わることなく親になることだってあるのです。いや、むしろそれが一般的です。わたしたちは、いつしか激しく分断された社会を生きているのです。
 +
 
 +
■同じ年齢の集団は「同調圧力」が働きやすい
 +
同年齢集団は、どうしても同調圧力が働きやすく、異質な存在を排除しようとする傾向を生み出してしまうものです。その結果、子どもたちは人と違うことを恐れ、空気を読み合うことをいくらか強いられるようになります。
 +
“人と違う”がゆえに学校になじめず、ついには不登校になってしまった子どもたちと、わたしはたくさん出会ってきました。でも彼らの多くは、学校を一歩出ると、実はとても生き生きとできるものです。実はわたしのゼミにも、不登校の中学生や高校生などがよく参加しています。彼女たちは、大学生に引けを取らないくらい、議論に対等に、そして楽しそうに参加しています。
 +
コミュニティが同質であればあるほど、わたしたちは息苦しくなるものです。でも、もし多様性が担保されていたならば、そしてその多様性を必要に応じて行ったり来たりできたなら、自分がより生き生きできる人間関係を見つけることも容易になるに違いないのです。
 +
 
 +
■学校をさまざまな人が学ぶ「複合施設化」する
 +
そんなわけで、わたしが思い描いている未来の学校の姿は、幼児から小・中学生、高校生、大学生、地域の人やお年寄り、障害者や外国人まで、とにかく多様な人が当たり前のように集い合う、“多様性がごちゃまぜのラーニングセンター”です。学校の複合施設化と言ってもいいでしょう。学校を、子どもたち“だけ”が学ぶ場ではなく、さまざまな人たちが集い学び合う場にしていくのです。そうして、多様な人たちが、必要に応じて、同質性や多様性を行ったり来たりできる環境をつくるのです。
 +
学校は、なぜ子どもたち“だけ”が学ぶ場でなければならないのでしょう?  せっかくの学習施設です。必要に応じて多様な人が集い学び合う、相互刺激の場にしてみてはどうでしょう? 
 +
そんなことできるわけがない、と思われるかもしれません。
 +
確かに、壁はいくつもあるでしょう。セキュリティの問題は、特に考えなければならない問題です。
 +
でもわたしは、いくつもの理由から、これは20~30年後の未来にはきっと実現する、少なくとも実現させるべき学校の姿だと確信しています。
 +
 
 +
■地域の人が参加することを文科省は奨励している
 +
理由は大きく二つあります。
 +
一つ目の理由は、前にも言ったように、「みんなで同じことを、同じペースで」の学びが、今や時代に合わなくなっていることに、多くの人が気づいていることです。
 +
カリキュラムは、今後「探究(プロジェクト)」が中心に確実になっていきます。とすれば、その探究が異年齢チームで行われることも十分ありうるでしょう。小学生と中学生と高齢者による、地域の課題解決プロジェクトチームが組まれることだってあるかもしれません。学校は、今よりもっともっと、多様性を自然に包摂できる空間になっていけるはずなのです。
 +
先述したように、学習指導要領は「社会に開かれた教育課程」を謳っています。地域の人たちが学校教育にもっと参画することを、文科省は大いに奨励しているのです。
 +
学校の中に、もっと多様性や流動性を。同質性の高い息苦しい空間を、もっと風通しのいいものにしていきたいものだと思います。
 +
 
 +
■「1年生と2年生が一緒に学ぶ」学級が増えている
 +
学校が“ごちゃまぜのラーニングセンター”になっていくだろうもう一つの理由は、特に地方で進んでいる、少子化や過疎化に伴う小規模校や学校統廃合の問題です。今、学校統廃合は加速度的に進んでおり、中には何十キロものバス通学をしている子どもたちもいます。現代の学校教育における、最大の問題の一つです。
 +
でもわたしは、まさにこの現状こそが、学校を否応なく“ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていく大きなきっかけになるのではないかと考えています。
 +
小規模校について言えば、今、全国で複式学級が急速に増加しています。1年生と2年生など、異年齢からなる学級のことです。
 +
でもこれは、見方を変えれば、異年齢という多様性の“ごちゃまぜ”がすでに実現した環境だと言うこともできます。
 +
複式学級では、同じ教室内で、異学年の子どもたちを二つに分けて一斉授業をする光景も時折見られます。でもそれはあまりにもったいないことです。ぜひ、これをチャンスに、学びの「個別化」と「協同化」の融合へと舵を切っていきたいものだと思います。異年齢という多様性を活かした、“ゆるやかな協同性”に支えられた個の学びを実現するのです(「個別化」と「協同化」の融合、より正確には、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」とわたしが呼んでいるこれからの学びのあり方については、拙著『教育の力』および『「学校」をつくり直す』をご参照いただければ幸いです)。
 +
そして当然、「プロジェクト」は、時と場合に応じて異年齢からなるプロジェクトチームによって進めることが可能です。小規模校は、多様性が自然な形で混ざり合う条件がすでに整っているのです。
 +
 
 +
■「大人が学ぶ姿」は子どもたちの刺激になる
 +
次に、学校統廃合の問題について。
 +
これもまた、わたしは学校を”ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていくための大きなきっかけにすることができると考えています。
 +
せっかくの学校を、統廃合してつぶしてしまうのではなく、学びの複合型施設へとリバイバルするのです。そのことによって、学校を子どもたちだけが学ぶ場所ではなく、地域の人、親、学生、幼児など、さまざまな人が集い学び合う、“ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていくのです。
 +
先生だって、学校を自分の学びの場として、子どもたちにその姿を大いに見せてあげてほしいと思います。たとえば、国内外の最新の教育事情を学ぶためのプロジェクトチームなんかをつくって、学校で大いに学び合っていただきたいと思います。先生は、子どもたちの「共同探究者」「探究支援者」であると同時に、自らがまさに「探究者」であり続けるのです。
 +
大人が学ぶ姿を見ることは、子どもたちにとって大きな刺激になるはずです。子どもたちや保護者の多くは、先生が研修などで常に学び続けていることをあまり知りません。だったらなおさら、子どもたちの目に触れないところで研修を行うのではなく、むしろ子どもたちがプロジェクトに勤しむその隣で、先生たちもプロジェクトに打ち込んでいるなんていう姿があっても素敵じゃないかとわたしは思います(もちろん、学校では子どもたちの「探究支援者」であることが第一ですが)。
 +
学校は地域づくりの要です。なくなると、地域住民をつなぎ合わせていた力が弱まり、町の活気も失われてしまいます。
 +
 
 +
■軽井沢に「幼少中」が混ざり合う学校をつくる
 +
だったら、学校を今よりもっと多様な人たちの学びの空間にしてしまってはどうか。わたしはそう考えています。
 +
2020年に仲間と共に開校を予定している幼小中「混在」校、軽井沢風越学園は、文字通り、幼小中が混ざり合う学校として構想しています。「自由」と「自由の相互承認」の実質化を学校づくりの原理とし、「同じから違うへ」と「分けるから混ぜるへ」をコンセプトとした学校です。
 +
それは文字通り、“ごちゃまぜのラーニングセンター”になるでしょう。幼小中の子どもたちだけでなく、保護者や地域の人たちも、それぞれの関心や必要に応じてこの学校に関わり学び合う、そんな学校にしたいと考えています。
 +
軽井沢と言うと、お金持ちの別荘地のイメージがありますので、時々裕福な家庭の子どもたちのための私立学校と誤解されてしまうのですが、わたしたちが目指しているのはそのような学校ではありません。あくまでも、地元の子どもたちのための「地域と共にある学校」です。寮などもつくりません。
 +
ほんとうは公立学校をつくりたかったのですが、義務教育段階においては公設民営の公立学校の設置が法律で認められていないため、ひとまず私立学校の形を取りました。でも、経済的な理由で入学できないような子どもがいないよう、今さまざまな方策を練っているところです。
 +
 
 +
■公教育制度は「150年程度」の歴史しかない
 +
とまれ、来るべき市民教育の本質は、単に道徳教育や市民教育の“授業”をするだけでなく、学校それ自体を、多様な人たちが知り合い、交流し、そして「相互承認」の感度を育み合っていく場としてつくっていくことにあるとわたしは考えています。
 +
繰り返しますが、これは決して突飛なアイデアではありません。今の常識に、あまりとらわれないようにしたいと思います。わたしたちが今知っている学校の姿は、歴史的、また世界的に見てもきわめてローカルなものです。そもそも公教育制度自体が、整備されてからせいぜい150年の歴史しかないものなのです。時代と共にその姿が大きく変わっていくのは、ある意味で当然のことです。
 +
上に述べたことは、何十年後かの、ごく一般的な学校の姿になっているかもしれません。いや、そのような姿へと、わたしたちは学校を向かわせていく必要がある。わたしはそう考えています。
 +
 
 +
----------
 +
苫野 一徳(とまの・いっとく)
 +
熊本大学教育学部准教授
 +
1980年兵庫県生まれ。熊本大学教育学部准教授。哲学者、教育学者。主な著書に、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『教育の力』(講談社現代新書)、『「自由」はいかに可能か』(NHKブックス)、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)がある。幼小中「混在」校、軽井沢風越学園の設立に共同発起人として関わっている。
 +
----------
 +
.
 +
熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳 写真=iStock.com
 +
〔2019年7/9(火) プレジデントオンライン〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
川口市中学生いじめ不登校
 +
<川口いじめ>元生徒をネットで中傷したのは同級生の父…和解へ 弁護士が批判も 母親、炎上の原因語る
 +
中学校名を明記したネットの「掲示板」では虚偽の事実が匿名で大量に書き込まれた。写真は2017年10月の書き込み
 +
埼玉県川口市立中学校でいじめを受け不登校になった元男子生徒(16)がインターネットの掲示板に実名や中傷の書き込みをされたとして、投稿者1人に対して90万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が8日、さいたま地裁(日下部祥史裁判官)であった。元同級生の40代の父親が答弁書で、投稿者と認めた上で請求棄却を求めた。父親は答弁書で「深く反省し心からおわび申し上げる」ともしている。
 +
 
 +
中1自殺、涙浮かべる母…紙に「ありがとう」 亡くなる当日、家出る息子見送る「既に決めていたのだろう」
 +
被告側は「話し合いによる解決を希望する」としたことから、原告側もこれに応じ、今後は法廷の場で和解の話し合いを行うことになった。
 +
原告代理人の荒生祐樹弁護士は「被告側は加害者のために書き込みをしたなどと意味不明のことを述べている」などと批判した。
 +
ネット掲示板で実名や中傷の書き込みがされた問題で元男子生徒は、発信元の公開を情報会社3社に求める裁判を起こし、2018年12月に東京地裁は「プライバシーの侵害があった」と認め4件3人について発信元の開示を命じる判決を出した。うち2人はこれまでに和解し、残る1人を被告として提訴していた。
 +
元男子生徒の母親はこの日、「ネット上のいじめが炎上した根本の原因は学校や市教委が保護者会で虚偽の説明を繰り返したことにある。炎上拡大を防ぐ対策を怠ったことの責任は重い」と話した。
 +
元男子生徒側は、学校や市教委を相手に対しても損害賠償を求めて提訴している。
 +
〔2019年7/9(火) 埼玉新聞〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
3人産んだ女性、愛さんの「選択」
 +
19歳から3人産んだ女性が岐路で下した「決断」
 +
離婚を経て3人の子を育てる愛さんの「選択」とは?
 +
人生は、思い描いていたとおりに進むとは限らない。予測もつかないタイミングで子どもを授かったり、一度は愛を誓い合った相手から思わぬ形で裏切られたり。「まさか」と思うような人生の落とし穴は、そこかしこに転がっている。
 +
とくに子どもがいるうえでの離婚は想像以上に過酷であり、その後の人生をどう生きるか、否が応でも何らかの「選択」を迫られることになる。大人同士の事情で生じた生活の変化により、いかにして子どもたちを守っていけばいいのか。そのうえで自分自身の幸せをどう再構築するか。
 +
.
 +
今回はシングルマザーとして3人の子を育てる、清瀬愛さん(仮名、33歳)さんのケースを取り上げる。自他共に認める恋愛体質で「異性を見る目がない」と話す彼女が、わが子を守り育ててきた10数年間に及ぶ軌跡とは――。
 +
 
 +
■19歳で子どもができて怒濤の生活に…
 +
「負けず嫌いで、とにかく気が強いタイプなんです。可愛げとは程遠くて、正直男運も散々。そんな私ですが、3人の子どものことは絶対に守っていきたいし、私自身の幸せも諦めたくはない。だって私が悲観的になってしまったら、きっと子どもたちの人生も暗いものになってしまうから」
 +
.
 +
販売店勤務の契約社員である愛さん。人なつっこい笑顔、女性らしい佇まいとは対照的に、彼女が歩んできた道のりは決して平坦なものではなかった。
 +
最初の結婚は19歳。相手は当時、働いていたチェーンのカラオケ店の同僚だった。付き合って1年経った頃、子どもができたのがきっかけだ。恋人としては好きだったが、生活していくことを想像すると絶望的だった。
 +
「ケンカになれば輩(やから)のような口調で罵るし、お金もあるだけ使ってしまう人で。それでも若い私にとっては大切な人だったんです。今思うと疑問なんですけどね」
 +
.
 +
授かった子どもを堕ろすことだけは考えられなかった。そこで愛さんは決意した。父親として、子どもを“認知してもらおう”と――。
 +
愛さんは当時を振り返る。
 +
「若いながらもいろいろ調べると、未婚の母として産めば、子どもに将来苦労をかけるかもしれないことがわかってきました。出生がわからないことで、結婚や就職が難しくなるなどです。だから、父の名前をしっかりと戸籍に残しておきたかった」
 +
愛さんの望み通り、2人は入籍した。しかし案の定、夫は出産にも子どもにも無関心だった。産後3日目にようやく産院を訪れ、興味なさそうに「あ、生まれたんだ」と一言つぶやいたという。
 +
当事者意識のない夫は、その後も愛さんを困惑させた。支給された出産一時金は自分の懐に入れ、散財。妻と子どものために、家に十分な生活費を入れようとする気配もない。
 +
 
 +
■出産後すぐホステスになったわけ
 +
子どもを育てるため、自分で稼ぐしかないと腹をくくった愛さんは、驚きの決断を下す。2週間の里帰りを終え、夫のアパートに戻った愛さんは、そのわずか3日後にはなんと、近くのクラブでホステスとして働き始めたのだ。
 +
未経験の水商売の世界に飛び込んだのは、生まれたばかりの子どもを抱えながら、とにかく短期間でお金を稼ぐため。営業メールをし、同伴出勤をし、お客さんの誕生日プレゼントを用意し……。必死に働いた愛さんは、気づけば店のナンバーワンに。半月で80万円を稼ぎだすこともあったという。
 +
.
 +
ナンバーワンになったからといって、愛さんが”目的“を見失うことはなかった。ホステスは、あくまで子どものため、収入を得るための“手段”。稼いだ給料を自分のために使うことはほとんどなく、将来の子どもの養育のためほぼ全額貯金に回した。
 +
水商売ではタブーとされる「子持ち」であることを隠すどころか、積極的に話題にした。それでもファンは絶えず、中には愛さんへの手土産に、子ども用のミルクを持ってくるお客までいたという。子どものために明るく懸命に働く彼女の姿が共感を呼び、人気を得ていたのかもしれない。
 +
.
 +
夫はというと、愛さんが働き始めたことに甘え、仕事を辞めてしまった。仕方なく夫に子どもを託し、愛さんは必死で稼ぎ続けた。しかし朝起きると、財布に入れておいたはずの紙幣とともに夫はパチンコ屋へと消えている。財布にお金がないと、苛立ちで殴られることもあった。DVが日常化し、殴られながら「早く終わらないかな?」と考えている自分に気づいたとき、愛さんは我に返ったという。
 +
「友人にも『早く目を覚ましなよ』と言われて、確かにもう限界だなと。夫に離婚を申し出ましたが、お金を運んでくる私とすんなり別れてくれるはずもありません。最終的には30万円の入った封筒を渡し、土下座して頼み込みました。すると夫は『届けは勝手に出してくれ、子どもの籍も抜いておいてくれ』と……」
 +
離婚届は夫の分も愛さんが書き、適当な判を押して役所へ提出した。養育費は、請求してもムダだと諦めた。そのまま店が用意してくれたアパートへ子どもとふたりで移り住み、以降、夫とは一度も会っていないという。
 +
その約半年後、ある程度の貯金を蓄えクラブを辞めた愛さんだったが、再び転機が訪れる。2人目の夫との出会いだ。
 +
相手は、クラブのメンバーとお客合同で開催された飲み会に招かれていた男性。愛さんと同じバツイチの子持ちだったこともあり、自然と意気投合した。
 +
.
 +
「子どもを育てているのは元奥さんでしたが、彼は子育てというものをよく理解していました。親しくなって遊びに行こうとなったときも、子どもが一緒に楽しめる場所を選んでくれたりして……。周りからの評判もよかったし、いい人なのかなと感じていました」
 +
離婚後まだ間もない愛さんだったが、1人で子どもを育てる心細さもあったのかもしれない。離婚後4年経っていた彼の猛プッシュもあり、交際して1年で入籍。当時愛さんはまだ20歳、彼は28歳だった。
 +
.
 +
長女が2歳になったその年の夏、愛さんは第2子を妊娠。子どもは3人欲しいと思っていた愛さんは、大喜び。出産に際して2人目の夫は、前の夫とはまったく違う反応を示した。
 +
「夫は立ち会い出産を望まなかったんですが、理由を聞くと『立ち会いをすると感情移入してしまい、(血のつながらない、連れ子の)長女への接し方と差がついてしまう可能性がある』というんです。実際、長女とは、近所の人が本当の父娘だと勘違いするくらい仲良くしてくれていました。素直にうれしかったですね」
 +
.
 +
■第3子を守るための「決断」
 +
ところが、次女を出産してすぐ、平穏な生活に暗雲が垂れ込める。夫の浮気だ。
 +
「ある日、仕事から帰ってきた夫を見て、なぜか『この人、浮気してるかも』と感じたんです。女の勘なのですが……」
 +
カマをかけるとムキになって否定する夫。そこで愛さんが携帯をこっそり調べると、女性とメッセージのやり取りを行っていることが判明した。中には目を覆いたくなるようなショッキングな内容もあった。ある日の早朝、意を決して夫に迫ると、あっさり浮気を認めた。
 +
「その場で女性に連絡してもらい、二度と夫と関わらないよう話をしました。相手は出会い系サイトで知り合った女性で、『家庭を壊すつもりはなかった、ただ愛し合っていただけ』なんて言い訳をしていました。なんだか昼ドラを見ているみたいな、他人事みたいな気持ちだったのを覚えています」
 +
騒動はそれだけで終わらなかった。離婚が頭をよぎる中、なんと3人目の妊娠が発覚したのだ。
 +
愛さんの脇の甘さといえばそれまでだが、ここで愛さんは決断を下す。3人目の子の命と、子どもたちの生活を守ることを優先し、夫と関係修復をすることにしたのだ。何を差し置いても子どもを守るという愛さんの姿勢はここでも一貫している。
 +
.
 +
その後、新興宗教にハマり、孫を入信させようとする義両親とのトラブルに直面。子どもたちのため、離婚だけは避けようとしてきたが、結婚10年目を迎える頃には、さすがに夫婦関係はギクシャクしたものに。結婚当初、愛さんがあれだけ好ましく思っていた夫の子煩悩な側面も、すでにかつてのようではなくなってしまっていた。
 +
そこからの半年間は、離婚したい愛さんと、離婚したくない夫の間で、泥沼の離婚劇。その影響は小学6年生、4年生、2年生になっていた子どもたちにも及んだ。下の2人は夜泣きがひどくなり、長女は反抗期も重なって不登校になってしまった。愛さんは毎晩ほぼ一睡もせず子どもたちをあやし、長女が落ち着くまで毎日学校へ送り迎えをした。
 +
.
 +
そしてようやく、離婚騒動が終焉を迎える。
 +
「夫に300万円の借金があることが発覚したんです。逆に私は、クラブ時代に蓄えた300万円以上の貯金と、離婚騒動が起きる前に始めた、タウン誌の営業での稼ぎがありました。そもそも生活費も、途中からは私が大半を賄っていました。初めは親権を主張していた夫も、それを突きつけると無言に。当然子どもたちも、私と暮らすことを希望しました」
 +
養育費に関しては、月に1万5000円の支払いが限界だと言われた。「呆れましたが、のむしかなかった」(愛さん)。
 +
 
 +
■35歳までには、正社員として転職がしたい
 +
調べると、養育費は収入扱いになり、母子手当が減ってしまうこともわかった。無理に取り立てる必要はないな、と割り切ったという。そしてようやく離婚が成立。現在愛さんは3人の子どもたちと東京近郊のマンションで暮らしている。
 +
離婚後2年が経過した現在、夫から養育費は振り込まれていない。現状の収入としては、販売員として働く愛さんの月収が25万円。そこに2種類の母子手当と児童手当で月に約10万円が支給されている。
 +
.
 +
「これからは収入をもっと上げていかないと、と思っています。いつまでも手当に頼っているわけにもいきません。子どもたちの今後のためにも、35歳までには、正社員として転職がしたい。今は今後の方向性を必死で模索している最中です」
 +
重大な決断を経てきた愛さんだが、今彼女に悲愴感は感じられない。
 +
「若い頃から、幸せな普通の家族を夢見ていました。優しい旦那さんがいて、私は子どもとゆっくり向き合って、時には一緒にお菓子を作ったりして……。でも今の私は1人、毎朝バタバタとご飯を食べさせて子どもたちを送り出し、そのまま仕事へ。帰宅後は家事をしながら子どもたちの面倒を見て。てんやわんやです。それでも長女は妹・弟思いのしっかりものに、次女はマイペースなおっとりやさんに、長男はやんちゃ盛りの男の子に、すくすく育ってくれています。大変なこともあるけれど、4人で賑やかに暮らしています。あっけらかんとした性格で、われながらよかったなって(笑)」
 +
.
 +
恋愛体質で、自ら波乱の生活に突き進んだ面はある。それでも必要な場面では自らきっちりと決断を下してきた。愛さんが心から3人の子どもたちを愛し、できる限り不自由な思いをさせないよう、笑顔で育てるという姿勢も一貫している。そんな選択をした愛さんと子どもたちの未来が、健やかであることを願ってやまない。
 +
本連載では、取材をさせていただける方を募集しています。お子さんがいて離婚をされた方の応募をお待ちしております。ご応募はこちらのフォームより。
 +
.
 +
〔2019年7/10(水) 波多野 友子 :ライター 東洋経済オンライン〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
41歳Jリーガー・安彦考真
 +
年俸120円、でもめっちゃ前向き “ジーコ抜いた”41歳Jリーガー・安彦考真の素顔「後悔取り戻す」
 +
41歳になって初めてJリーグの舞台に立った安彦考真さん=朝日新聞
 +
41歳1カ月9日。今シーズン、サッカーのJリーグで最年長デビューを果たした選手がいます。J3の「横浜スポーツ&カルチャークラブ」に所属するFW安彦考真(あびこ・たかまさ)選手です。仕事を全て辞めて、40歳で念願のJリーガーとなりました。ただ、今季の年俸はわずか120円。それでも、ファミレスでたまに頼めるデザートを「たまらないぜいたく」と言うなど、とにかくポジティブです。「ジーコの記録を抜いた」男の素顔に迫りました。(朝日新聞スポーツ部記者・吉田純哉)
 +
キムタク世代、ジーコの記録を抜く
 +
 +
肩にかかるロンゲがトレードマーク。1990年代に青春時代を過ごした名残と言います。「キムタク(俳優の木村拓哉さん)がロンゲの時代に、僕も生きていたんで。ああいうのが格好いいという思いがやっぱり抜けないんじゃないですか」。笑うと、目尻にしわが浮き出ます。
 +
チームでの役割は、スーパーサブ。3月のガイナーレ鳥取との開幕戦、後半37分から途中出場して、「Jリーグ最年長デビュー」を記録しました。「堂々とプレーできました。めちゃくちゃ気持ち良かったです」
 +
これまでの記録保持者は偉大な選手でした。ブラジル代表の名選手として知られ、日本代表監督も務めたジーコさん。Jリーグが創設された1993年に、J1鹿島で作った40歳2カ月13日でした。
 +
安彦選手は「ジーコさんを抜くとか認めたくない人もたくさんいるとは思うんです。でも、こんな挑戦していた選手がいるんだよと知ってもらうためにも、記録は残したいです」と語ります。
 +
.
 +
J1川崎選手のマネージャーも
 +
挑戦の原点は、高校3年時に、新聞配達で30万円をためていったブラジルへのサッカー留学です。卒業後に再びブラジルに渡りましたが、けがもあって、プロデビューは飾れませんでした。
 +
 
 +
20歳で帰国したあと、J1清水、当時J2だった鳥栖のテストを受けましたが、合格とはなりませんでした。そのときの自身の言動に後悔していたそうです。
 +
「自分の人生にうそをついていたんです。ただびびっただけなのに、調子が悪かったとか言って」
 +
その後はJクラブの通訳や、元日本代表MF北澤豪さんの事務所で働きました。6年前に独立し、イベント運営、J1川崎のFW小林悠選手の個人マネジャーなどサッカー関連の仕事を個人で請け負っていました。
 +
そのなかでも印象的だったのが、不登校だった生徒も通う通信制高校のサッカー部の指導だったそうです。「野球で言えば、子供たちに『10回の素振りよりも、1回の打席が大事』って教えながら、自分が立ってないじゃん、打席にって」
 +
年収900万円を捨てて、無職での挑戦 39歳の夏
 +
39歳の夏、Jリーガーをもう一度目指そうと決意しました。「ブラジルに行きたいとなったような、説明のつかない衝動に駆られた。人生の後悔を取り戻したいって」
 +
年収900万円近くあった仕事を辞めて、東京・恵比寿駅から徒歩2分にある家賃30万円のマンションを引き払いました。貯金もなかったそうで、神奈川県相模原市にある実家に戻りました。
 +
クラウドファンディングでジムでの練習費用を募りました。「無一文でやるから、応援しやすい。本気度が可視化されるなって。クラブにそのファンも連れていけると思った」。155人から121万円が集まりました。
 +
.
 +
年俸10円でプロ入りも壁に
 +
通訳時代のつてを頼って、J2水戸のテストを受けたところ、合格を勝ち取りました。プロ選手として契約を交わしたものの、年俸は10円。ゼロ円で契約はできないので、最低金額の月収1円で10カ月間の契約でした。
 +
日本でのプロ契約は上からA、B、Cの3段階に分かれます。例えばJ1で450分以上出場すれば、B以上の契約が結べます。A契約ならば、最低基本年俸が460万円と決められています。
 +
実績のない安彦選手はC契約のために、最低年俸がありません。安彦選手も「一般的な年俸をもらうのなら、テストすら受けられなかったと思います」と認めています。そして、そんな自分を「0円Jリーガー」と命名しました。
 +
水戸に受かったものの、プロは甘くはありませんでした。練習についていくのがやっとで、出場機会はつかめませんでした。練習場に向かうことがつらく、トイレの鏡と向かい合い、笑顔を無理やりに作ってからグラウンドに立っていた時期もありました。
 +
.
 +
移籍後、念願のピッチに
 +
今シーズンは、レベルが一つ下がるJ3に戦いの場を選びました。旧知の仲だった「横浜スポーツ&カルチャークラブ」のシュタルフ監督に誘ってもらったことも大きな要因でした。「やっぱり試合に出てなんぼ。見返したいという気持ちも出てきちゃって」。今季、リーグ戦14試合のうち、6試合に途中出場しています(6月29日現在)。
 +
ただ、今季の年俸もわずか120円。実家暮らしは続き、父親の軽自動車を借りて練習に通う日々です。
 +
それでも、「0円Jリーガー」に代表されるように、プレー以外の部分にも付加価値をつける取り組みをしています。今シーズンから、年間240万円の「個人スポンサー」が付きました。昨年は昼ご飯にも困り、選手寮で出る白飯をプラスチックの食品保存容器に詰めていましたが、今年は外食もできるようになりました。「ファミレスでたまにデザートも頼める。たまらないぜいたくです」
 +
 
 +
40歳から始まったJリーガー生活。いつ現役を引退するつもりなのか。「次にやりたいことができたら、笑顔でバイバイと言いたいです」。安彦選手は講演やオンラインサロン活動などを行い、支援をしてくれる人たちとのつながりも大切にしています。失敗を否定せずに、挑戦を応援する社会になってほしいと願って、今日も全力プレーを続けています。
 +
〔2019年7/10(水) withnews〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
不登校YouTuberゆたぼん
 +
「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」
 +
学校に通わないことを自ら決意、「不登校は不幸じゃない」とのメッセージを発信し続ける不登校のYouTuber“ゆたぼん“こと中村逞珂くん(10)。「学校に行かなくなりました。家でYouTubeアップしたり、全然不幸と思いませんでした。むしろ楽しかったです」(昨年8月の投稿)といった、大人顔負けの主張が沖縄の地元紙に取り上げられて以降、言動の是非をめぐってさまざま議論が繰り広げられ、チャンネル登録者数は5万6千人に達した。
 +
 
 +
”ゆたぼん”の生き方から考える「学校は必要?」
 +
不登校の道を選んだのは、いじめなどではなく、学校という存在そのものに対する疑問からだった。「宿題をやりたくないのでやらなかった。なんで学校があるんだろう、なんで先生がいるんだろう、なんで先生の言うことを聞いてやらないといけないのだろう、なんでやろって疑問がめっちゃ多かった」。大阪に住んでいた小学3年生の頃、決められた授業や、毎日やらされる宿題、何より周りの子どもたちと同じように行動しなければならないということに疑問を持つようになったという。「子どもは学校に行く権利はあるけど、義務はないし、大人もそう。大人も学校に行きたいって言ったら行かせる義務がある。でも、行きたくないって言ったら無理やり行かせる義務はない」と主張するゆたぼんくん。気がつけば校舎から徐々に足が遠のいていった。
 +
.
 +
「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」
 +
母・きよみさん
 +
母・きよみさんは「“学校行ったら“と勧めているうちに、これはゆたぼんのためにやっているのかな、世間体から見られる親の立場のためにやってたのかな、と気づいてしまった」と振り返る。
 +
心理学を独学で学んだという父・幸也さんは「1年生、2年生の頃は休まず楽しく行っていた。でも3年生になると、“なぜ、どうして“っていうのが生まれてきた。僕はそれを大事にしてあげたい。自分の中から出てくる“なぜ、どうして“を全力で探求していくところに、学びが生まれると思っている」と話す。
 +
「先生からの体罰があったのが原因でもあるが、学校側との話し合いの中で、なんとか給食だけでも来てくれないか、という話もあって、ゆたぼん自身も、じゃあ給食だけなら、じゃあ5時間目も、6時間目も…という流れもあった。でも、友達に“お前だけずるい。せこい“と言われたので、もう行かない、っていう選択になった。子育てには正解がないと思うし、それぞれの家庭で、自分が正しいと思った子育てをしていると思う。僕もどうしてあげるのが親として一番良いのかを考えた時、ゆたぼん自身が楽しんでるか、幸せなのかってところを大事にしてあげたいと思った。先生に叩かれたり、友達に“ずるい““せこい“って言われたりしているのに、それでも無理やり行かせてしまえば心に傷が残ってしまうかもしれない。それが大人になっても残ってしまったら、僕自身もすごい後悔すると思う。それだったらやっぱり、今のゆたぼんの幸せ、今ゆたぼんが何をしたいかっていうのを全力で応援してあげて、サポートしてあげたい」(父・幸也さん)。
 +
 
 +
■「自分のしたいことを全力でやっている」
 +
不登校になって1年。両親は生活環境を変えるため、家族で沖縄への移住を決断。それでもゆたぼんくんは学校へ行くという道を選ばなかった。「算数やってみ、ってなったら電卓で調べたらいいだけやし、漢字はググったらいいだけやろ。書くことだけが勉強じゃない。こうやって話すのも勉強やから」。
 +
幸也さんは「匿名性の高いSNSなどでは誹謗中傷が多いかなという感じだが、不登校の子を持つ親御さんなどから“気持ちが分かる“とか“すごいことを世の中に発信してくれた“という励ましの声をいただいた。“学校がすごく楽しいから行った方がいいよ“というのも一つの意見だが、みんな嫌々学校に行ってきたから、行かないやつは許せない、そういう気持ちがあるのかな」と話す。
 +
.
 +
「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」
 +
ゆたぼんくん
 +
自宅を訪ねると、投稿用動画の撮影が行われていた。幸也さんによると、動画配信のきっかけは2年生の時。「お笑い芸人になりたいと言って、物真似を撮ってYouTubeにアップし始めたのが最初だった(幸也さん)という。
 +
「俺は、子どもでも活躍できる世の中を作る」と語っていたゆたぼんくんに、自身への批判について聞いてみると、「色んな意見があると思うし、そんなん言う人たちはずっとそんなん言っといていいんちゃうって。俺はそんなん気にしてへん。スルーしてる」と、意に介していない様子だ。
 +
背景には、自分の意思に反して学校に行くことが、時に自らの命を奪うことにつながるという考えがあるようだ。だからこそ、動画でも「一番大切なものは自分の命」、講演でも「死んだらあかん」、そしてパーソナリティーを務める地元のインターネットラジオでも「この番組は不登校で苦しんでいる子とか、学校が嫌で死にたいって言う子に元気と勇気を与える」と訴えてきたという。
 +
.
 +
「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」
 +
ラジオ番組で
 +
ラジオ番組でゆたぼんくんに相談を持ちかけた9歳の女の子は、「うざいとか、気持ち悪いとか言われたりして、一人ぼっちになって、声をかけても無視される」。ゆたぼんくんは「(彼女は)“死にたい、死にたい“って言っていたけど、俺のYouTubeを見て元気をもらったらしい」と明かした。
 +
そんな中、ゆたぼんくんに新たな動きが見られた。先月6日の投稿で、「今日は学校に行きたいと思う」と、方針転換とも取れる発言が飛び出したのだ。「俺は自由登校やから、学校行くわ。学校行きたいときに行く。給食の時間だけ行って、5時間目受けて帰る。そのパターンが多いし、プールの時間とか、俺が好きな図工の時間とかやったら行くし」。
 +
幸也さんは「もう本当に自分のしたいことを全力でやっているという感じなので、何をするかも本人自身が決めている。土日とかに学校の友達が遊びに来たりもする。平日には同じように不登校の子たちが集まって、親も含めてみんなでどこかに遊びに行ったり。パソコンいじるのか、動画を撮るのか、あるいは勉強をするのか、基本的には自分で決めて、自分でやっている。本人がやりたくないことは手がつかないし、知識としても身につかないので、勉強しろということは言わない。学校に行っていてもニートになる可能性はあると思うし、あとで後悔するのも人生。過去には戻れないんだから、今できることを今やれば良いんじゃないかと思う」(幸也さん)。
 +
 
 +
■カンニング竹山、箕輪厚介氏、夏野剛氏の意見は?
 +
教育ジャーナリストの松本肇氏は「社会人として杓子定規なことを言えば、日本に住むなら日本語が必要だし、買い物ならちょっとした算数はできた方がいい。そうした子ども時代に学ぶべき必要なことを究極の形にしたのが義務教育だと思う。だから学ばなくてもいいじゃんというふうに思ってしまうのは非常にもったいない。スポーツ選手になるにしても、やはり基礎体力を鍛えるために走るのは必要でしょ、と。料理に例えると、カレーばかり食べている子どもには、“実はスパゲティーもおいしいよ。ハンバーグもおいしいよ“と言ってちょっとでも食べさせてあげないと、他の料理のおいしさはなかなか分からない。YouTubeにも色んな世界があって楽しいけれども、人と人とのつながりの中で色んなことを学ぶ機会を自らなくしてしまっているのはとてももったいないと僕は思う。ただ、行きたくないのに無理やり行かせるのは違うと思うし、こういう生き方もありかなとは思う」とコメント。
 +
カンニング竹山は「それぞれの考えがあっていが、人生80年くらいと考えると、おとなになってからの時間は60年もあって、もちろんお金も稼がないといけないけれど、色々なことができる。それに対して、未成年は20年、生まれて3年くらいは記憶がないとすれば、17年間くらい。友達の関係のなかで傷ついたり、恋愛もあったり、学ぶことも多いと思う。いじめなどがないのであれば、ゆたぼんくんはあんなに明るい子だし、学校に行ってもいいのかなと思う」。
 +
.
 +
「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」
 +
 
 +
ゲストの意見は…
 +
幻冬舎の編集者・箕輪厚介氏は「“みんな違ってみんないい“、だと思う。僕が嫌だなと思うのは、うだつの上がらないおっさんたちが、自分たちは頑張って学校に行ったんだから、お前も行けよと言い、同質であれということで小学生をこぞって叩くこと。そんなおっさんになるくらいなら、学校なんか行かない方がマシだと思う。それくらい情けない」。
 +
慶應義塾大学の夏野剛・特別招聘教授は「子どもをバカにしすぎだと思う。ものすごく才能を発揮する早熟な子達がいるということは、すでにスポーツの世界が証明している。そういう子たちにとって、中学校の体育の授業はバカバカしくて受けていられないと思う。僕は大人たちが苦手なプログラミングのコンテストの審査員をやっているが、実際に小4の子がアプリを作って賞を取ったりしている。一律な事にはまらない子に強制するのではなく、必要な知識を得られる環境を整えてあげる方法を考えた方がいいと思う」。
 +
それぞれの意見を聞いた幸也さんは「どれが正解とか不正解はないと思うし、我が家ではこういう生き方でやっているが、別に皆さんの家族にやってくれって言っているわけでは全然ない。一つの生き方ということで見守ってもらえればと思う」と話していた。
 +
〔2019年7/10(水) AbemaTIMES〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
心の病を持つ人が働くレストラン調布市「クッキングハウス」
 +
調布の「不思議なレストラン」 心の病に笑顔と「らしさ」取り戻す居場所 /東京
 +
"日替わりランチ「玄米定食」。この日は、玄米ご飯、焼きコロッケ、きんぴらごぼう、マカロニサラダ、手作りのぬか漬け、みそ汁、寒天デザート"
 +
「中高年の引きこもり」は約61万人、うつ病など精神疾患患者は約392万人と、心の病気が社会問題化する中、調布のNPO法人クッキングハウス会が運営する、心の病を持つ人が働くレストラン「クッキングハウス」(調布市布田1、TEL 042-488-6369)が、福祉関係者やメディアなどから注目されている。(調布経済新聞)
 +
レストランでメンバーと語り合う松浦幸子さん(左)、後ろは調理場となるキッチン
 +
 
 +
NPO代表の松浦幸子さんが1987(昭和62)年に会を設立し、1992(平成4)年にオープンした同レストラン。メンバーと呼ぶ20~70代の統合失調症やうつ病など心を患った人と、スタッフ、ボランティアが力を合わせ働いている。現在62人いるメンバーは、メニューの考案、買い物、調理、接客など、好きな時間に自分ができる仕事をする。食事を食べるだけの人、店には来たが無理をしない人もいるという。
 +
「閉じこもらずここにやって来れば、わずかだが基本給が出る。焦らずマイペースにできる仕事をする。仲間がいて、できることの喜びを感じる。生きがいが生まれ、患者さんは自分の居場所だと実感する」と松浦さん。心を患うメンバーとスタッフ、地域住民、客が交流するオープンなレストランは、地域に根差して親しまれ、27年になる。
 +
 
 +
松浦さんは、息子の不登校がきっかけで、福祉の世界に飛び込んだ。弱者の立場になって考えたかったが、実習先の精神科病院では、鍵のかかった部屋に閉じ込められ、長期入院する患者と接する日々だった。「皆、暗い顔をしていた。心を病んだ上に、仕事や家族を失って絶望を感じ、薬では元気になれず、社会復帰できない患者が多かった」。この経験から、弱い立場の人が心豊かに地域の中で共に暮らせる社会を目指したいと考えるようになった。
 +
「食事はおいしく食べ、楽しく語り合うもの。生きていることを喜べるのが食事」との考えから、「おいしさ」を提供しながら、心を病む人が働いて社会と関われるレストランという居場所を作った。生きづらさを抱える人を、ありのまま受け入れる。病院でも家でもない、包容力のある場所で安心して働く。客や仲間と触れ合うことで自信をつけ、徐々に回復して社会復帰する人もいるという。市民にオープンにすることで、「偏見や差別がなくなれば」との思いもある。
 +
スタッフの田村さんが「ハプニングばかりで笑いの絶えない日常が楽しい」と話す横で、メンバーの一人が「減薬できたのはクッキングハウスのおかげ」と言う。「スタッフとメンバーは、互いに無くてはならない存在」と松浦さん。「心病む人と共に、この街で豊かに暮らす。安心して自分らしさを取り戻せる場所」とのメッセージを壁に掲げ、「弱い立場の人が幸せな社会は、本当の幸福な社会」を信念としている。
 +
メニューは日替わりランチが1種類(1,000円)。玄米ご飯、焼きコロッケ、きんぴらごぼう、マカロニサラダ、ぬか漬け、みそ汁に手作りの寒天デザートなど。無農薬野菜や天然調味料など、食材にこだわった家庭料理を日替わりで提供する。
 +
松浦さんは「私たちの活動は、地域の社会資源だと考えている。どのようにしたら心の病気が回復するのか、持っているノウハウを公開していくことが使命。心の病への理解を広げ、家族が孤立せず偏見がなくなるように、息の長い活動を続けていきたい」と話す。「サポートすることを苦労だと思ったことは一度もない。悩みながらも、共に笑い、食事をしたら、私が元気をもらえる」とも。
 +
明るい光が差し込む調布の「不思議なレストラン」に、今日も人々が集う。囲むテーブルの上には「おいしいご飯」が並び、レストランは温かい空気と笑顔であふれている。
 +
営業時間は11時30分~14時30分。土曜・日曜・祝日定休。
 +
.
 +
〔2019年7/10(水) みんなの経済新聞ネットワーク〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
ブラック企業より酷いことになっている校則
 +
校則が厳しいのに「生徒の自主性を重んじる校風」と書いてしまう素敵な状況について
 +
ブラック企業の求人で「当社はアットホームな職場です」と書かれているというジョークがありますが、ブラック思考に染まった組織というのは、トップも社員も「俺たちはブラックなんだ」ってことにすら気づかないものなんですよ。世の中には信じられないほどの理不尽ってのが横行するのは何故なんですかね。
 +
ブラック企業より酷いことになっている
 +
最近いじめや不登校の生徒を出してしまっている学校が、いじめを減らそうとさらに校則を厳しくして生徒を締め付けた結果、かえっていじめが陰湿化して収拾がつかなくなったそうで、ICT教育の話の裏側で相当話題になっていました。ソサエティ5.0とか偉そうなことを教育行政で語る割に、足元ではとんでもない教育の現場が存在しているのは、ブラック企業より酷いことになっている証左じゃないかと思うのです。
 +
個人的に、学校に合わない子どもが不登校になることは、その子ども本人にとって恥でも何でもないと思うんですよ。もしも、私の子どもが学校で友達と合わない、先生と距離があると言い始めたら、まずは休んで様子を見ようかという声がけをすると思います。
 +
でも、学校は毎日きちんと通うもの、嫌でも給食は全部食べるもの、楽しく遊べる友達は量産するものという「常識」は、子どもによっては大変な負担になるし、むしろ追い詰める原因になると思うんですよね。子どもの歌で「友達100人できるかな」とか歌うのって、物凄く残酷なことだと感じます。いま大人になって働いている読者の皆さんで、呼べば集まれる友達100人いる方、どれだけいらっしゃいます? おられたらその場で奇声を上げてください。
 +
.
 +
先生は尊敬しなければならないという不思議な強迫観念
 +
私自身はいじめられることも、いじめることも経験して、いまでは立派な嫌なやつとして世間でおおいに羽ばたいておりますが、学校のクラスで好きなやつもいれば嫌いなやつもいる、好きな先生もいて嫌いな先生もいると受け入れられるようになったのは高校生になってからでした。それまでは、クラス全体で調和を取らなければならない、先生は尊敬しなければならないという不思議な強迫観念が強かったように思います。
 +
中学時代、私が暴力事件を起こしてしまい学校で問題にされたときに、詰問する先生に理由を聞かれて「学校が楽しくない」と申し上げて非常に驚いた表情をされたのを思い出します。いまでこそ、クラスメートを殴って良いとは露ほども思いませんが、不愉快なことをしてきた級友に鉄拳制裁をして何が悪いと当時中坊であった私は固く信じておりました。
 +
 
 +
実際には声の大きい人が勝つという不条理
 +
そんな私の恥ずかしい経験も含めて中学に「講師」として舞い戻った甘酸っぱい話は別のところで書いたわけなんですが、頂戴した反響の中に「学校は、学校内での苦しさを生徒が『自主的に』救済しようとすると邪魔ばかりされる環境だ」というメッセージがあり、膝打ちをしました。学校と言わず、一般的な職場でも、あるいは町内会やマンションの管理組合でも、必ず誰かに「伺い立て」をし「根回し」してから「承認された」風の空気感を得てはじめて前に進めるという、実に風通しの悪い閉塞感の原因になっておるよなあ、と。
 +
そこには、誰もが「公平」に扱われるべきだという建前と、実際には声の大きい人が勝つという不条理とが混在し、社会ではそういう理不尽を受け入れるのが大人として当たり前であるというブラック企業なみの刷り込みがあるように感じます。
 +
「おまえ、noteぐらいやっとけよ」と若者に煽られる選ばれし者の記憶|山本一郎(やまもといちろう)|note(ノート)
 +
https://note.mu/kirik/n/n8c8f00c47ce5
 +
 
 +
それもこれも、大部屋で机並べて先生が前で講義し、それを生徒が揃って聞き、板書をノートに書き記して出された宿題を粛々と提出することが「勉強である」という、子どもにとって「平等な」日本の教育の情景の伝統が送させている部分もあるのではないかと思うわけです。
 +
.
 +
真の平等なんてどこにもないんじゃないか
 +
学校も社会も平等であるべきなのに、実際には違います。人間関係がより流動的であった中学受験の学習塾ではいじめなんてものは起きようがなかったし、草野球でも部活でも固まった人間関係ができるたびに必ず誰かが攻撃の対象になったり陰口を言われたりして、最後は「あいつはああいうやつだから」と突き放された結果、その場にいられなくなって辞めていくという経験則を持っています。
 +
固まった人間関係があまり持てない大学文系の教養課程はノートの貸し借り程度の付き合いでも充分勉強することはできたし、より高度な勉強をするはずのゼミではやはり「あいつはおかしい」と外される奴が出て、留学先の寮では異国文化に慣れ親しめない留学生はやはりルームメイトから邪魔者扱いされて週末に街中に出るための車にすら乗せてもらえないとかいう事態が起きる。それが人間の性だとするならば、異質なものを異質と認識した途端にハネたり外したりするのもまた避けられない宿命なんだろうと思うわけですよ。人間の織り成す社会において、真の平等なんてどこにもないんじゃないかとすら思います。
 +
中学受験をする教育熱心な家庭が公立で子どものいじめに遭い、同じく受験を志す家庭の多い私学に編入しようとしたり、どうせ学校の授業は受験の役に立たないからと不登校上等で塾通いをメインに据えて学校に呼び出される保護者みたいな話を聞くにつけ、家庭環境と子どもの自主性・自律性とが学校と合わなかったときの選択肢をもっと自然に増やせないものかと思うわけです。その子どもの資質や、家庭の環境、目指すべきものが違えば、当然環境もそれに合わせてあげないと、可哀想なのはその子どもの精神です。
 +
 
 +
画一的な教育を続けてきたことへの総括は?
 +
翻って、文部科学省もようやくそういう我が国の初等中等教育が抱える諸問題に気づいて、いまさらになって文科大臣である柴山昌彦さんの名前を冠した「柴山・学びの革新プラン」なるものを発表するようになりました。
 +
「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」について
 +
http://www.mext.go.jp/a_menu/other/1411332.htm
 +
 
 +
でも、ここのお題目に掲げている「多様な子供たちを『誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び』の実現」という内容は、まさに大部屋での教育を明治維新以降脈々と続けてきた日本の文部科学行政が光を当ててこなかった部分ではないかと思うんですよね。それも、大部屋の教室で、一斉に全員が同じことを学ぶ、画一的な教育を続けてきたことへの総括も反省も評価も弁明もない。
 +
「子どもの個性が大事だ」と言いながら、決まった制服、同じような授業内容、厳しい校則で縛り上げて、できる子どもほど学校の外に良い教育を求めて塾に通ったりネットを駆使したりする。子どもが抱える悩みや求められた助けに気づいた家庭が学校から子どもを引き剥がしてあげることでようやく家庭と子どもが自主性を発揮したはずが、不登校は悪だという単純な図式をもとに登校を促し、また、学校の現場だけでなく教育委員会も平然と「いじめはなかった」と認定してしまうような体たらくを繰り返すことで、いままでどれだけ多くの子どもたちが輝ける幼少時代を辛い記憶に塗り染めていまを生きてきたかについて、もう少し思いを致す必要があるんじゃないのかなあと思うのです。
 +
.
 +
実に悲しいことです
 +
また、時を同じくして経済産業省も「未来の教室 EdTech研究会」と題して、最先端の教育技術と生徒参加型のSTEAM教育のような手法、さらにプログラミング教育や人工知能を活用した個人の学び方の話まで突っ込んでいろいろと議論が深まっています。ここだけ見ると、文科行政のシマを荒らされたくない文科省が、先行した経産省のプロジェクトでの検討内容を表面だけパクって中教審に諮問ぶん投げて、無理矢理「柴山プラン」として仕立て上げただけなんじゃないかという微妙な疑念すら持ちます。
 +
文科省だけがおかしいわけではないけれど、長らく日教組との闘いもあって教育の現場を日干しにした結果が、むしろ多様な生徒をマネジメントする機能を失った教育組織が事なかれ主義をこじらせて生徒に厳しい校則を守らせることでしか規律を維持できなくなっている姿を思い浮かべさせてくれます。実に悲しいことです。
 +
令和の教育改革に向けた、「未来の教室ビジョン」をとりまとめました
 +
「未来の教室」とEdTech研究会 第2次提言
 +
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190625002/20190625002.html
 +
 
 +
この辺の話を見ていると、いまの日本の教育は義務教育だけでなく、高校、大学入試、大学、さらには科研費の分配や論文数の低迷のところまで、相当な制度疲労を起こしていて、どこから手を付けたらよいのか分からないぐらいの状況になっているのではないでしょうか。仮に世界的な学力比較のPISAが高かったからと言って、日本の科学技術や国民全体の学識のレベルが上がっているとはいえないとも思えます。
 +
 
 +
なりたい人は誰でも教員になれてしまうぐらいの倍率
 +
そして、日本の先生、教員はブラック企業もかくやというほどストレスフルな勤務状況を強いられる一方で、かつての難関であった教員採用試験はすっかりと色褪せ、いまではなりたい人は誰でもなれてしまうぐらいの倍率になってしまい、優秀な教員に支えられた日本の教育の現場という比喩自体が崩壊してしまっています。
 +
一番忸怩たる思いをしているのは日本全国で子どもたちの教育の前線に立っている先生がたでしょう。英語を喋れない英語教師が量産されたと酷評された時期もありましたが、いまではそれよりも酷く、教員の定員が維持できないので体育教師が社会を教えたり、課外活動や学校行事を行える人員が確保できず働いている保護者たちの協力も得られないので活動そのものを縮小したり取りやめる学校さえも出てきています。
 +
こうなると、先端技術を学校の現場で活かせといっても、それに対応できる先生の数も質も足りず、高齢化した教員にプログラミングを子どもに教えさせることで「子どものほうがプログラミングに詳しい状況」となってしまえば、子どもにどうやって「先生を尊敬しろ」と言えるのかという哲学的な状況にまで達してしまうことになります。
 +
結果として、学校の、先生の、システムの尊厳を維持するために、どうしても校則を厳しくして、生徒がそれを守っているという状況にしない限り、日本の公教育の現場を成り立たせることができないのではないか、と危惧するのです。「お前ら、先生だぞ。言うことを聞け」という、古き昭和のプロトコル。
 +
.
 +
一層の抑圧を生徒に求める規律の取れた学校像の美化へ
 +
だって、プールカードはハンコによる捺印でなければ入れない学校とか平然とある状況なんですよ。理由もなく「学校が決めたことだから守ってください」というのは、もはや世間で通用する組織の言うことじゃありませんよ。
 +
もちろん、これは一例であって、もっと柔軟な大多数の学校はそうではないかもしれませんが、茶髪やパーマ、制服の問題でも「何が学校教育に求められているのか」が不在のまま校則だけが厳しくなり、また、保護者や地域の目を過剰に気にした結果が一層の抑圧を生徒に求める規律の取れた学校像の美化へと繋がっていくわけですよね。
 +
 
 +
小学校のプールカードに保護者がサインで出したら入れてもらえなかったので学校に聞いてみた - Togetter
 +
https://togetter.com/li/1370711
 +
 
 +
「黒染め強要で不登校」生まれつき茶髪の女子高生が提訴:朝日新聞デジタル
 +
https://www.asahi.com/articles/ASKBS6D22KBSPTIL024.html
 +
そういう意味不明な強制と矯正が平然と行われている日本の教育で、自律性や自発性を重んじるべきSTEAM教育やらプログラミング教育、あるいはアクティブラーニングが日本の社会を開きますと文部科学省に言われても困ります。「文科省、お前はそれをどの口で言うのだ」と現場や保護者や生徒から一揆でも起こされるんじゃないかと思いますし、学習ログを吸い上げるために生徒1人1台PCを配ったとしても特定の企業が潤うだけだという議論になりはしないか心配でなりません。
 +
みんな、口では「子どもの教育は大事だよ」と言うのです。でも、そこで起きていることが世間一般のブラック企業も真っ青になるような、ツヤツヤの漆黒も同然の状況だとしたら、子どもをいったいどこで教育すればいいのでしょうか。教育には100点満点などないけれど、せめて胸を張って「この学校に来てよかった」と言えるような教育システムになっていってほしいと願っています。
 +
.
 +
〔2019年7/4(木)山本 一郎 文春オンライン〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
中年ひきこもりの親ができる“初めの一歩”
 +
お金で解決はNG…中年ひきこもりの親ができる“初めの一歩”
 +
無理やり引きずり出しても逆効果
 +
76歳の元農水事務次官が先月1日、自宅で44歳の長男を刺殺したニュースを見た瞬間、都内在住のAさん(60代後半)は背筋が凍ったという。
 +
 
 +
Aさんは都内の一流大を卒業し、メガバンクの役員まで務めた。40代前半の長男もAさんと同じ大学を卒業後、一流企業に就職できたが、職場の人間関係に馴染めず、わずか2年で辞職し、ひきこもり状態に。Aさん夫婦と同居している。
 +
 
 +
Aさんは「息子は暴力を振るうことはありませんが、常にイライラしていて、私らも気が休まらない。今はまだ私も働いているので金銭的な問題はありませんが、正直お手上げです」と言って肩を落とした。
 +
悩める親につけ込む悪質業者が最近、はびこっているという。
 +
自立支援と称し、ひきこもりの子どもを自宅から無理やり連れ出し、軟禁状態に。3カ月や半年で数百万円といった法外な料金を請求する――KHJ全国ひきこもり家族会連合会は6月23日、そんな「引き出し屋」と呼ばれる業者の実態把握に乗り出すことを決めた。
 +
とはいえ、追い詰められた親はワラにもすがる思いで、「お金で解決できるなら」(Aさん)などと、冷静な判断ができなくなっている。
 +
「そもそも、ひきこもりは3カ月、半年程度で解決できる問題ではありません。実態のよく分からない民間業者に頼むのはやめた方がいい」と話すのは、ノンフィクション作家の黒川祥子氏。
 +
不登校やひきこもりの取材を長年行っている黒川氏のアドバイスはこうだ。
 +
「無理やり外に引きずり出すと、親に対する怒りを募らせ、事態がますますこじれます。それより、まず行政に相談する。親御さんだけでいい。本人を連れて行く必要はありません。各都道府県に設置されている『ひきこもり地域支援センター』を訪ねてみてください。地域によって相談員の温度差があるので、必ずしも満足のいく対応をしてもらえない可能性はありますが、いずれにせよ、家族だけで解決するのは困難です。とにかく外部に相談することが、解決の第一歩になります」
 +
 
 +
もし同センターの対応が不満だったら、その場で、他にどんな公的な相談窓口があるのかを教えてもらえばいい。
 +
「短期間にお金で何とかなるなんて、あり得ません。2、3年と長いスパンで見てください。親御さんが“外に出る”ことで意識も変わるし、家庭内の雰囲気も変わっていきます。まずはそこからです」(黒川祥子氏)
 +
世間体というプライドを捨てられるか。“初めの一歩”は親からだ。
 +
〔2019年7/4(木) 日刊ゲンダイDIGITAL〕 <br>
 +
 
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[]]、() <br>
 +
不登校やひきこもりのフリースペース「PUPPE(プッペ)」
 +
不登校の君、“居場所”ここに 静岡・清水駅前、母娘が開設
 +
親子でフリースペースを開所した中島路香さん(右)と陽さん=20日、静岡市清水区のPUPPE
 +
静岡市清水区の清水駅前銀座商店街に6月、不登校やひきこもりの児童を対象としたフリースペース「PUPPE(プッペ)」が開所した。開設したのは、中島路香さん(53)と陽(ひかる)さん(24)の親子=同区=。それぞれの立場で不登校と向き合ってきた当事者としての経験を糧に、「子どもが自分の力で元気になれる場所作り」を目指す。
 +
「ずっと家の外に居場所がほしかった」-。自身も小学1年から不登校となった経験を持つ陽さんが当時を振り返る。その上で「不登校の児童には、周囲がまずそれを否定せず認めてあげることが大切」と強調する。開所に向けて民間の子育てインストラクターの資格を取得。施設ではスタッフとして子どもたちに寄り添う。
 +
「PUPPE」はドイツ語で「さなぎ」を意味する。週4日開所し、館内での過ごし方は自由。代表の路香さんは「学校に通うだけが正解じゃない。ここでは各人の関心や自主性を尊重しながら、安心して過ごせる空間作りを最優先にしたい」と語る。栄養士の監修による昼食を毎回提供し、心身から健康を支えていく。
 +
母として娘の不登校に向き合ってきた路香さんは、個別面談などを通じて保護者への支援にも力を入れる。「私も最初は学校に行かせようとして、親子で苦しんだ。不登校は親も悩むもの。双方の悩みを共有できる場にしたい」。自らの経験と反省を施設運営に生かそうと試みる、2人の姿勢は共通している。
 +
駅前の商店街という立地にもこだわった。人が行き交う場所に通うことで、子どもたちの自閉傾向の改善につなげたいという。商店への訪問学習なども計画し、2人は「商店街が大きな学校として学びの場になれば」と期待を込める。
 +
.
 +
〔2019年7/4(木) 静岡新聞社@S[アットエス] by 静岡新聞SBS〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
329行: 1,461行:
 
〔2019年7/5(金) 静岡放送(SBS)〕 <br>
 
〔2019年7/5(金) 静岡放送(SBS)〕 <br>
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[慶應幼稚舎]]、() <br>
 
'''逃げ場がない!慶應幼稚舎「6年間担任持ち上がり制」の弊害'''<br>
 
「東大理3より難しい」―
 
“慶應義塾幼稚舎”の入試を評するときによく使われる表現だ。ここでいう「理3」とは東京大学理科3類。<br>
 
全国に82ある医学部の中でも、断トツの偏差値を誇り、国内の大学入試で最難関とされる東大医学部である。<br>
 
彼らのキャラクターのせいもあって、言い方は悪いが、「偏差値オタク」との呼称が理3の代名詞になっているほどだ。<br>
 
そんな彼らがもし若返って、“慶應義塾幼稚舎”の入試に挑戦できたとしても、まず合格できないだろう。<br>
 
日本のエスタブリッシュメント層を多く輩出してきた“慶應”を体現し維持しているのは、まさしく幼稚舎であり、多くの者が抱くそのブランド力への憧れが人気を不動のものとしているのである。<br>
 
『慶應幼稚舎の秘密』では、出来る限り多くの幼稚舎出身者にインタビューを行い、知られざる同校の秘密を浮かび上がらせていく。<br>
 
その一部より、興味深い部分を掲載したい。<br>
 
慶應幼稚舎の教育システムの最大の特徴は「6年間担任持ち上がり制」だろう。<br>
 
「6年間担任持ち上がり制」は、生徒一人ひとりの特性を把握して、細やかな対応がしやすいというメリットがある。<br>
 
さらには、生徒同士の友情や教員と生徒の密な関係が生まれやすい。<br>
 
「私は幼稚舎を60年ほど前に卒業したのですが、大学を卒業してから毎年、クラス会が開かれています。<br>
 
この半世紀、毎回、9割以上のOB・OGが出席。担任も必ず顔を出してくれます。<br>
 
これまでの人生の中で、一番の仲間といえるのは幼稚舎の級友以外にありえません」(前出・OB)<br>
 
その一方で、6年間担任持ち上がり制の問題点を指摘する声も少なくない。<br>
 
もっとも多いのは、逃げ場がないということだ。10数年前に幼稚舎から子どもを自主退学させたという父兄は次のように振り返る。<br>
 
「うちの子どもはあまり友達づきあいがうまいタイプではなく、クラスの中で浮く存在になってしまったんです。<br>
 
担任の先生との相性も良くなく、3年生の途中で不登校になってしまった。<br>
 
クラスが替われば何とかなるとも思ったのですが、あと3年間以上もこのままの状態が続くと考えたら、子どものためにならないのではという気がしてきて、やめさせることにしたんです」<br>
 
この生徒は他の私立小学校に編入。そこではうまくいき、不登校も解消されたという。<br>
 
生徒同士だけでなく、親同士でも一度あつれきが生じるとやっかいだ。<br>
 
幼稚舎にはPTAがなく、親が参加しなければならない会はあまり多くないものの、他の父兄との関係がこじれてしまうと、精神的な消耗度は激しいようだ。<br>
 
前出の父兄はこう続ける。<br>
 
「子どものこともあって、あるお母さんに文句を言ったら、非常に険悪な雰囲気になってしまい、以降、父兄が集まる会に参加するのが嫌になってしまったんです。<br>
 
子どもがまだ不登校でなかった頃は、運動会や学習発表会には何とか顔を出していたものの、年2回の保護者会には出席しなくなっていました。<br>
 
からだの調子も悪くなり、病院に行くと軽いうつ病と診断され、医師からも無理にそうした会に出る必要はないと言われていたんです」<br>
 
逃げ場がないのは教員も同じ。2000年10 月には、6年生の担任だった<br>
 
31歳の教員が自ら命を絶つという事件も起きている。<br>
 
「とても教育熱心で、カリキュラムも目一杯詰め込む感じで、幼稚舎の担任に多い、生徒を伸び伸びと育てるタイプとは違っていました」と話すのは、この事件を知る幼稚舎関係者だ。<br>
 
なお、専科教員が受け持つ教科を除き、国語、社会、算数、総合(生活)、体育の一部は担任が授業を担当する。<br>
 
教科書は学年で共通のものを使うが、教材やカリキュラムは担任の裁量に任され、クラスによって授業内容はかなり異なる。<br>
 
自殺した教員は自分が受け持つクラスの生徒の学力を伸ばそうと、宿題なども積極的に出していたという。<br>
 
「家に帰って親に不満を洩らす生徒が少なからずいたようです。<br>
 
その父兄と思われる人たちから、学校側に担任を替えてくれというようなメールが届くようになった。<br>
 
それを知った教員は相当なショックを受け、悲劇が起こったのです」<br>
 
〔2019年6/15(土) 文/田中 幾太郎 BEST TIMES〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[KHJとちぎベリー会]]、() <br>
 
'''「生きたい」意志持てる支援を呼び掛け 栃木県内、引きこもり相談が過去最多'''<br>
 
「一人一人に寄り添った支援を」と呼び掛ける池上正樹さん=宇都宮市内 <br>
 
県子ども若者・ひきこもり総合相談センター「ポラリス☆とちぎ」に寄せられた2018年度の相談件数が過去最多となり、相談のうち最多を占める引きこもりへの支援の必要性が再認識されている。<br>
 
特に、引きこもりが長期化した中高年層への支援は急務。<br>
 
先月末、宇都宮市内で講演したジャーナリスト池上正樹(いけがみまさき)さんは「まずは『生きたい』という意志を当事者が持てることが大切」と就労や就学をゴールにしない支援を呼び掛けた。<br>
 
講演会は県内の不登校・引きこもり当事者とその家族を支援するNPO法人「KHJとちぎベリー会」(斎藤三枝子(さいとうみえこ)理事長)が主催。<br>
 
多くの当事者家族や関係機関職員らが訪れた。<br>
 
20年以上にわたって引きこもりの問題を取材している池上さんは、高齢親子の社会的孤立に端を発した全国の事件を例示しながら「共通点は、支援から取りこぼされたこと」と分析。<br>
 
「つながりの貧困という視点で問題を見なければ、命が失われかねない」と警鐘を鳴らした。<br>
 
引きこもりが潜在化・長期高齢化している背景として指摘するのは「一度レールから外れると戻れなくなる社会の構造と、支援の枠組みの失敗」だ。<br>
 
池上さんによると、引きこもる行為は「自分の価値観を守り、生き続けるための選択肢」。<br>
 
引きこもりの支援というと就労などにつなげることを思い浮かべがちだが、「社会の枠に合わせるのではなく、一人一人の方向性に寄り添っていく支援が必要」と強調した。<br>
 
県内の引きこもりに関する相談を受け付けている同センターによると、新規相談者に占める40代以上は15年度以降、全体の約1割で推移。<br>
 
だが、中野謙作(なかのけんさく)センター長は「実際に問題を抱えた人は数字より多い」とみて「今後も慎重に一層の支援を行っていきたい」と話す。<br>
 
川崎市で児童らが殺傷された事件、都内で元官僚が長男を刺殺したとみられる事件などが相次ぎ、引きこもりへの偏見の広がりも懸念されている。<br>
 
中野センター長は「当事者本人や家族が家庭で安心できなければ、次の支援につながらない」とこうした偏見の弊害を危惧している。<br>
 
〔2019年6/15(土) 下野新聞SOON〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[中高年ひきこもり]]、(8050問題) <br>
 
'''なぜ日本でこれだけ引きこもりが増えたのか'''<br>
 
川崎市多摩区で起きた殺傷事件の容疑者が引きこもりであったことから、引きこもりがまるで犯罪予備軍であるかのような報道があった。<br>
 
これに対し当事者らでつくる団体は偏見を助長すると声明を発表した。<br>
 
今年3月に内閣府が公表した推計値では、40歳から64歳の中高年の引きこもりが全国に61.3万人いるという。<br>
 
キャリアカウンセラーとして引きこもりや就職困難者の支援を行ってきた小島貴子・東洋大学理工学部生体医工学科准教授と、引きこもり問題の第一人者として臨床に携わる精神科医の斎藤環氏が対談した『子育てが終わらない』(青土社)。<br>
 
今回、中高年の引きこもり状態の背景に何があるのかなどについて小島氏に話を聞いた。<br>
 
『子育てが終わらない 新装版 ―「30歳成人」時代の家族論』(小島貴子,斎藤環 著、青土社)<br>
 
――今年3月に内閣府が中高年の引きこもりが約61万人と発表し衝撃を持って受け止められました。<br>
 
引きこもりや就職困難者の支援を続けてきた小島先生にとっても驚きでしたか?<br>
 
小島:内閣府の調査では、約61万人と公表されましたが、私たちは100万人近い中高年の引きこもりがいると推定しているので特に驚きはありませんでした。<br>
 
斉藤先生と出会ったのは10年以上前に開かれたパネルディスカッションでした。<br>
 
当時、すでに引きこもりの子どもが40代で、親が70代の「4070問題」があったので、より高齢化し現在のように「5080問題」になるのはわかっていました。<br>
 
――一口に引きこもりの子どもがいる家庭と言っても、さまざまな状況があるのは承知していますが、なかでも多く見られるのはどのような家庭状況でしょうか?<br>
 
小島:親にある程度の経済力がないと引きこもることはできませんから、一定以上の経済力のある世帯に多いですね。<br>
 
たとえば以前、日本の大手企業で、社員に妻や20歳以下の子ども、高齢の両親などを除き扶養家族がどれくらいいるか調べてもらったことがあります。<br>
 
その結果、部長、課長クラス以上の世帯に引きこもりと思われる成人の扶養家族がいることがわかりました。<br>
 
また引きこもりの子どもがいる家庭では、夫婦関係が機能していないケースが目立ちます。<br>
 
引きこもりのカウンセリングでは、相談に訪れるお母さんの多くが「子育てに失敗した」「私が悪い」と自責の念にかられています。<br>
 
こうした家庭では男性が稼ぎ、女性が子どもを育てる役割を担っている場合が多いので、夫は妻に対し「お金は十分渡しているのに子どもの教育に失敗して、学校にも行かないし働きもしないじゃないか」と妻を責め立てる。<br>
 
もしくは、まったく口をきかず、無視をする。<br>
 
あるいは、学校が悪いと外に責任を押し付ける傾向があります。<br>
 
本来ならば、家庭で起きた問題は夫婦が協力して解決するべきですが、どちらかに責任の比重が重くのしかかり、夫婦関係が正常に機能していません。<br>
 
――夫婦関係が機能していない場合、どうすれば再び機能するようになるのでしょうか?<br>
 
小島:単語だけで会話をする夫婦は機能しているとは言えません。会話量と理解力はイコールなのです。<br>
 
ヨーロッパ、特にフランスやイタリア、スペインなどではカフェなどでよく話している光景を目にします。<br>
 
その理由をイタリア人と結婚した親友に聞くと「争わないため」だと言います。<br>
 
ヨーロッパは有史以来、地理的に地続きで争いが絶えなかったので話し合うことで戦争に発展しないようにしていると言うのです。<br>
 
いまでもパートナーや親しい人たちと頻繁に会話するのは争いごとを避けるためだと言います。<br>
 
日本人は言葉にすると逆に争いごとになると思い会話をしない傾向があります。<br>
 
言葉にしないから相手が何を考えているのか理解できずに、忖度して物事を進め、結果的に子どもが深刻な問題を抱えていることがある。<br>
 
夫婦間の会話がないと子どもも自然と話さなくなります。<br>
 
おしゃべりな引きこもりはいません。<br>
 
――なぜ日本でこれだけ引きこもりが増えたのでしょうか?<br>
 
小島:社会に欠損があるからだと思います。特に社会に蔓延する「同調圧力」の強さです。<br>
 
人と人がわかり合うには、まず自分自身を理解しないといけません。<br>
 
たとえば「私は〇〇です」と〇〇の部分を授業で学生に埋めてもらうと最初の30~40個はだいたい皆同じものが出てきます。<br>
 
41個目から出てくるものが個性です。<br>
 
学校という装置のなかでは、集団性に対する美化、同調圧力により人と違うこと、つまり個性が認められない。<br>
 
そうなると、個性を持ち、集団に馴染めない子どもたちは生きづらさを感じるようになります。生きづらいと引きこもりやすくなります。<br>
 
引きこもるきっかけは様々ですが、小中学校時代から不登校がちだったりと、子どものときから生きづらさを抱えている人は多い印象です。<br>
 
――子どもが将来引きこもりにならないために、子育ての中で意識するとよい点はありますか?<br>
 
小島:子ども自身が考え、決定するトレーニングはしたほうが良いですね。<br>
 
親が優秀であればあるほど、自分の考えが正しいと思い込み「子どものためだから」と判断し、指図しがちです。<br>
 
――たとえば「この学校を受験し、この会社に入りなさい」といった具合にですか?<br>
 
小島:もちろん、それが子どもにとって重要だと考えるから指図していると思いますが、その道を進んで子どもが本当に幸せかどうかはわかりません。<br>
 
――もし引きこもってしまった場合にはどうすればよいのでしょうか?<br>
 
小島:第三者である行政やNPOなどに相談すると解決はしやすいです。<br>
 
ただし、無理矢理部屋から引きずり出すなど暴力的に引きこもりを解決しようとする団体には注意が必要です。<br>
 
しかし、これだけ引きこもりがいる現状を見ると、いかに相談に対するハードルが高いかがわかります。<br>
 
まず支援側は「相談に乗ります」ではなく、「最近、親子の会話が少なくて困っていませんか」「夫婦の会話が少なくないですか」「子どもが部屋から出てこないことがありますか」など具体的な事例でハードルを下げアウトリーチすることが大事です。<br>
 
――引きこもりの方のカウンセリングを担当されていたわけですが、実際はどのように相談が進むのですか?<br>
 
小島:最初は、相談すること自体のハードルが高いので相談者に対し寄り添うことが重要です。<br>
 
たとえばお母さんが来てくれた場合、「よく相談に来てくれましたね」「いままで大変でしたね」と言ったように。<br>
 
子どもが引きこもった経緯は聞きません。<br>
 
そして帰り際に「今日はどうでしたか?」と聞くと、大抵は「スッキリした」「気持ちが楽になった」と答えてくれます。<br>
 
それを夫や子どもに伝えてくださいとアドバイスします。<br>
 
子どもも夫もお母さんや妻に対し悪いと思っているので、お母さんの気持ちが楽になって良かったと思うわけです。<br>
 
そうすると次からは夫も相談に来るようになります。<br>
 
相談に来て話すことの何が良いかというと、自分がしたことや思っていたことを言葉にするので、言語で認知することになり、客観視できるようになります。<br>
 
そこが重要で、そうなれば解決の糸口が見えてきます。<br>
 
最終的には当事者が出てきてくれれば、解決する確率が高くなります。<br>
 
当事者が相談に来たら、どんな仕事でも良いので挑戦してみるように話をします。<br>
 
親は、すぐに正社員で雇ってくれるところが良い、安定が一番だとなりますが、そこで急いではいけません。<br>
 
そもそも「安定」は社会的な装置ではなく、自分のなかにあるものです。毎日、やることや行くところがあり、「よし今日も一日が終わった」と自分を認めてあげられるのが大事です。会社や人間関係に依存していればそれがなくなった瞬間に「安定」はなくなります。<br>
 
――本書のタイトル「子育てが終わらない」という状態はまさに引きこもりに悩む親の悲痛な叫びではないでしょうか。<br>
 
小島:子育てには精神的、社会的、経済的に何歳ごろまでにどうやって自立させるかといったある程度のタイムスケジュールが必要です。<br>
 
本当の意味での自立とは、どんな状況でも暮らしていくことができること。自立することで自尊感情が生まれます。<br>
 
ところが、日本社会の自立の基準は、「ちゃんとした学校を出て、ちゃんとした会社に勤める」という「ちゃんと」という曖昧な基準で子どもを縛っている。<br>
 
また、「あの子はできるのに、うちの子はできない」と他の子と比較するのをやめましょう。<br>
 
子どもによって発育も違います。他人と比較し、善悪を判断している限り、子育ては終わらないのではないでしょうか。<br>
 
〔2019年6/15(土)本多カツヒロ (ライター) Wedge〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
582行: 1,581行:
 
〔2019年6/16(日) 沖縄タイムス〕 <br>
 
〔2019年6/16(日) 沖縄タイムス〕 <br>
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[吹田市立小学校いじめ事件]]、大阪府吹田市(いじめのニュース) <br>
 
'''「重大ないじめ」と認定されないといじめは放置される!?―大阪・吹田市いじめ事件に見る問題点'''<br>
 
大阪府吹田市立小学校に通う小学5年の女児が1、2年生だった平成27年秋ごろから29年3月まで、同級生の複数の男児から暴行されるなどのいじめを受け、骨折や心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負っていたことについて、吹田市が設置した第三者委員会が明らかにした件で、当該小学校の問題が報告書などによって明らかになってきました。<br>
 
マスコミ報道では「教師が被害児童からのいじめ報告を放置した」とありますが、なぜ児童の被害申告を放置することになったのかを検討してみたいと思います。<br>
 
'''学習指導だけではなく、生活指導も求められる日本の学校教育'''<br>
 
「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」によれば、小学校における1学級あたりの児童は35人(1年生)または40人(2~6年生)と定められていて、この学級には教諭1人が担任として割り当てられています。<br>
 
学校の規模にもよりますが、学校全体としては、学級数に対して1~1.3倍程度の教諭がいれば充足するとされているので、ものすごく条件が良い場合で教諭1人当たり児童約30人、状況によっては40人に対して指導を行わなければなりません。<br>
 
この人数に対して、主要科目について学習指導を行うほか、生活指導を通して生徒の健康や生活環境を整えていくのです。<br>
 
児童の中には発達障害を抱えているとか、家庭の環境が悪いなど、様々な事情で学校生活に問題のある者がいることもあって、教諭は日々、あらゆる問題に対処しなければならない立場にあります。<br>
 
40人の児童のうちのたった1人の児童が何らかの問題行動を起こしてしまうなら、教諭が聞き取り調査や解決に向かうための指導を行うことで解決するかもしれませんが、その問題の児童が2人、3人と増えてしまっていくとどうなるか。<br>
 
ただでさえ学校は様々な行事のある施設ですから、対応しきれなくなってしまうのは想像に難くないと思います。<br>
 
'''吹田市の女児いじめ事件はなぜ放置・隠蔽されたのか'''<br>
 
国は平成2013年に「いじめ防止対策推進法」を施行し、2017年に「いじめの防止等のための基本方針」が改定されると同時に、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が策定されました。<br>
 
女児へのいじめは2015年の秋から始まったとされていますから、学校が積極的にいじめ防止の対策を講ずるための法整備が行われているさなかの事件でした。<br>
 
報道によれば、被害女児が学校の複数回のアンケートに答え、いじめの事実を申告しているのにも関わらず、教諭が児童に具体的な内容を聴取しなかったことが報じられています。<br>
 
一方、吹田市による報告書によれば、そのアンケートを紛失・破棄したとあります。<br>
 
これは何を意味するか。「いじめの事実を見つけてしまうと、仕事が膨大に増えるから、見なかったことにした」のでしょう。<br>
 
第三者委員会によって当該教諭に聴取したところで、「大きなケガもないので、面倒な報告はしませんでした」などと正直に言うはずもありません。<br>
 
「忘れた」「うっかり破棄した」と回答してしまえば、教諭自身も上司も傷つきません。<br>
 
もちろん、アンケート調査を実施・破棄した教諭の心の中までは見えないので、「ちょっとした意地悪や口げんかなどで教諭がいちいち介入しているときりがない」と判断したのでしょう。<br>
 
しかし、その放置が女児の骨折・PTSD・視力低下を招いたのです。<br>
 
'''傷害になって始めて認知される「重大事態」とは何か'''<br>
 
吹田市は、いじめ防止対策推進法に基づき、基本方針を定めています。<br>
 
この方針の中で、「重大事態」についての手続き等を定めた箇所があります。<br>
 
引用してみましょう。<br>
 
  
“3 重大事態への対処<br>
 
【参考】重大事態とは<br>
 
一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。<br>
 
二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。<br>
 
(1)重大事態の報告<br>
 
重大事態が発生したときは、校長は速やかに教育委員会に報告し、教育委員会は市長に事態発生について報告するとともに、公平性・中立性を確保しながら調査を行います。”<br>
 
'''吹田市いじめ防止基本方針9ページより引用'''<br>
 
この文言は、「状況に応じて適切に対処する」という意味ですが、要するに「いじめにより死傷者が出た時、1か月以上の不登校があった時はきちんと調査せよ」という学校関係者への指示であって、これはつまり、「ケガや長期欠席がなければ対処しなくていい」という反対解釈が成り立ちます。<br>
 
もちろん、再発防止のために第三者委員会を組織し、加害事実を確認するマニュアルとなっているから、かなり仰々しい手続きになります。<br>
 
仰々しい手続きだからこそ、学校長・副校長・教頭などが自発的にいじめ予防を促す効果が期待できるのですが、この方針が強ければ強いほど、学校内でいじめが起こると担任などは「指導力のない教諭」というレッテルを貼られることを恐れ、「少々のいじめは見なかったことにする」という隠蔽志向に変質していくのだと思います。<br>
 
本質的ないじめ防止は「業務の分担」「簡易な報告」「問題の顕在化」<br>
 
我が国の学校は、生徒・児童をしっかりとコントロールできる教諭を「指導力が高い」と評価する傾向にあります。<br>
 
だから、どんな家庭環境にある子どもでも、指導力の高い教諭のもとにいれば、いじめも起こらないし、学ぶ意欲も向上するという建前です。<br>
 
だからその結果だけを手っとり早く得ようとすれば、生徒・児童の問題行動は、見なかったことにしてでもゼロにしなければなりません。<br>
 
しかし、いじめはどんな社会にでも存在します。<br>
 
そこで、死傷者が出るなど、「重大事態」に陥らないためには、小さないじめをひとつひとつ捉えていく必要があります。<br>
 
◆教諭の業務を分担せよ<br>
 
公立学校は、どうしても少ない予算の中で、限られたマンパワーの中で運営していかなければなりません。<br>
 
現場では、学習指導と生活指導を同時に行うのは、無理が生じやすく、いじめなどのイレギュラーな問題が生じた時に対応が困難になってしまいます。<br>
 
そこで、子どものメンタルに関わることも多い問題なのだから、臨床心理士などの専門資格を持つ人材をスクールカウンセラーとして常駐させ、生活指導上の問題については、カウンセラーの指導のもとでいじめ防止策を行うべきではないかと思います。<br>
 
◆いじめ報告書は簡易なもので行う<br>
 
今回、吹田市が公開したいじめ報告書は、32ページのものとなりました。<br>
 
今回は被害女児が骨折・PTSD・視力低下という重大事態に陥り、かつ放置・隠蔽などが大きく報じられたからこのような詳細のものになったのですが、学校生活で起こる、日々のいじめ等については、教諭の負担を軽減するためにも、200字程度で書き終えられる簡易な報告にとどめるべきです。<br>
 
詳細・厳格に報告するよう義務づけると、どうしても報告が遅くなったり、「事件なんて見なかった」ことにしがちだからです。<br>
 
◆いじめは顕在化が最大の予防<br>
 
多くのいじめ(大人の社会ではハラスメントとも呼びますね)は、人の見ていないところで起きます。<br>
 
もし、軽微であってもいじめを発見した場合、傷害や不登校に至ってなくても、いじめが起こったと推測できる場合、教諭や学校関係者はどのようにすべきか。
 
まずは複数の大人が情報を共有した上で、「いじめは絶対に許さない」、「卑怯なことをする奴らは絶対に許さないし、それを口に出さない人も加害者をかばうことになるから許さない」と、毅然とした態度で宣言すべきなのです。<br>
 
これでいじめを100%防止できるなんてことはありませんが、陰湿・執拗ないじめはかなり無くなるはずです。<br>
 
<文/松本肇 Twitter ID:@matsuhaji><br>
 
まつもとはじめ●教育ジャーナリスト&教育評論家。<br>
 
ハーバービジネスオンライン<br>
 
〔2019年6/19(水) HARBOR BUSINESS Online〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、大阪府八尾市(いじめのニュース) <br>
 
'''「女児いじめ」八尾市が報告書を公表 「市教委の対応が不十分」と謝罪'''<br>
 
大阪府八尾市で小学6年の女子児童が同級生の男子児童から暴行を受け不登校が続いている問題で、市は19日に市教委の対応が不十分だったとして、謝罪しました。<br>
 
八尾市の小学6年の女子児童は小学4年のころから同級生の男子児童から暴言を吐かれるようになり、去年2月には公園で暴力を受け左手の指を骨折するなどの重傷を負いました。<br>
 
女子児童はその後PTSDと診断され、現在も不登校が続いています。<br>
 
市は19日第三者委員会の報告書を公表し、学校から去年2月に暴力事案があったと報告を受けた際、いじめと捉えて早期に対応できなかったとして謝罪しました。<br>
 
一方、女子児童の両親は報告書がいじめ行為をしたのが男子児童1人としている点について「はやし立てたほかの児童の行為もいじめと認定すべきだ」としています。<br>
 
〔2019年6/19(水) MBSニュース〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、() <br>
 
'''小6女児いじめで不登校 市教委『学校の対応が不適切だった』 調査報告書を公表'''<br>
 
大阪府八尾市の市立小学校の女子児童が不登校になっているのは、同級生からのいじめが原因と教育委員会が発表しました。<br>
 
「学校の対応が不適切だった」としています。<br>
 
【八尾市教育委員会・中山晶子教育長】<br>
 
「被害のお子様の気持ちに心に寄り添うことができなかったこと、深く心よりお詫び申し上げます」<br>
 
報告書によると、八尾市立の小学校で不登校となった女子児童は、4年生だったおととし、同じクラスの複数の男子児童から「ブス」や「ババア」といった悪口を言われ始めました。<br>
 
去年2月には、市内の公園で女子児童が男子児童とけんかになり、うつぶせに倒れた体の上を20回ほど飛び跳ねられる暴力を受け、左手の小指を骨折しました。<br>
 
その後、2人は別のクラスとなり、女子児童は一時、学校に通っていましたが、相手の姿を見かけことなどをきっかけに、去年10月以降、登校できていません。<br>
 
【女子児童の父親】<br>
 
「娘の意志は学校に行くことを望んでいます。ただ、怖くて行けないと今朝も言っていました」<br>
 
両親によると、女子児童は家から外に出ることもままならないほど精神的に不安定な状態だということです。<br>
 
【女子児童の母親】<br>
 
「このままだったら娘は怖くて、寝てても夢にも暴力シーンが毎日出てくるし、起きててもやっぱり、そのことが頭から離れなくて怖いって、ずっと言っていた」<br>
 
報告書では、こうした事実をいじめと認定するとともに、学校側の対応を問題視しています。<br>
 
学年全体に悪口を言い合う雰囲気があったことで深刻に捉えず、組織的な対応に至らなかったほか、暴力行為については約4か月にわたって十分に調査をしていませんでした。<br>
 
女子児童が心の傷を深めたことについては、学校だけでなく教育委員会に対しても女子児童に寄り添った支援が不十分だったと指摘しています。<br>
 
【女子児童の父親】<br>
 
「いじめられている子どもに寄り添ってもらいたいなというか、助けを求められている子どもに対して、教師、まわりの大人がちゃんと耳を傾けて声を聴いてもらいたいなと」<br>
 
女子児童の両親は今回の報告書について不満があるとして、再調査を求めたいとしています。<br>
 
〔2019年6/19(水)関西テレビ〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、() <br>
 
'''女児の不登校はいじめが原因 大阪・八尾市教委が報告書'''<br>
 
八尾市立小6年の女児がいじめ認定されたことを受け、会見の冒頭、頭を下げる中山晶子教育長(右から2番目)ら=19日午後、大阪府八尾市<br>
 
大阪府八尾市立小学校6年の女児(11)が同級生の男児から暴力をふるわれて骨折するなどし、不登校になっている問題で、八尾市教育委員会は19日、不登校はいじめが原因と認定した市教委設置の第三者委員会による報告書を発表した。<br>
 
学校側の対応が不十分とも指摘され、中山晶子教育長は「被害の子供の心に寄り添うことができず深くおわびする」と謝罪した。<br>
 
報告書によると、女児が小学4年だった平成30年2月14日、市内の公園で男児から左手小指を骨折する暴力を受けたことなどをいじめ行為と認定、不登校の原因とした。<br>
 
女児は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、昨年10月から不登校が続いている。<br>
 
会見した中山教育長は「学校も市教委も初期対応ができず、女児の嫌な気持ちをくみ取れなかった」などと陳謝。<br>
 
「保護者が報告書の内容に納得していないのは理解している」とした上で、「しっかり話をして信頼回復に努め、女児が登校できる態勢にしていく」と述べた。<br>
 
報告書を受け、市教委は女児と男児が校内で会わないように教室を別棟にしたり、教諭らが見守りしたりする対応を取るなどして、女児が登校できる環境づくりを進める。<br>
 
一方、学校での早期のいじめ把握や市教委の指導強化に向け、教職員の研修実施や増員、外部専門家の協力をあおぐ取り組みを推進。<br>
 
早期に被害の児童や保護者の思いをくみ取れるよう関係者との連携も深めるとした。<br>
 
〔2019年6/19(水) 産経新聞〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、() <br>
 
'''八尾 小6女児不登校 いじめが原因'''<br>
 
大阪府八尾市の小学6年の女子児童が不登校になっている問題で、市の教育委員会は、学校の対応が不十分だったとして謝罪しました。<br>
 
八尾市の小学6年生の女子児童は去年、同級生の男子児童から頭や背中を踏みつけられるなどの暴力を受け、左手の小指を骨折するけがを負いました。<br>
 
その後、女子児童は不登校になっています。<br>
 
市が19日公表した第三者委員会の調査報告書では、男子児童の暴言や暴力はいじめにあたり、不登校の原因になったと認定。<br>
 
学校が暴力などを知りながらいじめと認識せず、4ヵ月以上にわたり適切に対応しなかったと指摘しました。<br>
 
女子児童の両親は今後、市に再調査を求める方針です。<br>
 
〔2019年6/20(木) ABCテレビ〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
1,036行: 1,917行:
 
〔2019年6/16(日) 琉球新報〕 <br>
 
〔2019年6/16(日) 琉球新報〕 <br>
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、() <br>
 
'''「学校対応、認識不十分」 大阪いじめ不登校で報告書'''<br>
 
大阪府八尾市立小に通う女子児童(11)が同級生から暴力を振るわれるなどのいじめを訴え不登校になった問題で、市教育委員会が設置した第三者委員会が、不登校はいじめが原因と認定し、学校側がいじめと認識するのが遅れ、対応が不十分だったとの調査報告書をまとめたことが16日、両親への取材で分かった。<br>
 
両親によると、報告書は4年生のときに同級生の男児から言われた悪口や、昨年2月に市内の公園で男児から暴行を受け、手の小指を骨折したことなどをいじめと認定。<br>
 
5年生で不眠などの症状を訴えるようになり、不登校になったのもいじめと関連があるとした。<br>
 
〔2019年6/17(月) 共同通信〕 <br>
 
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、() <br>
 
'''小6女児いじめで骨折、PTSDに 学校の対応は後手'''<br>
 
大阪府八尾市の市立小学校6年生の女児が同級生の男児から暴力や悪口のいじめを受け、長期間不登校になっていると認定した報告書を、市のいじめ調査委員会が今月まとめたことがわかった。<br>
 
女児は骨折し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されている。<br>
 
報告書では、学校が初期段階からいじめと捉えず組織的な対応をしていなかったと指摘している。<br>
 
弁護士や臨床心理士らでつくる委員会が、6日付でまとめた。<br>
 
女児が4年生時に男児から「デブ」「ブス」などと言われたこと▽4年生時の昨年2月、市内の公園で、男児がうつぶせに倒れた女児の上で20回程度跳びはねるなどし、女児が左手小指骨折や胸腰部打撲などのけがを負ったことなどをいじめと認定した。<br>
 
女児は昨年2月以降も時々登校していたが、同10月に校内で男児から中指を立てられ、翌日以降、登校していない。<br>
 
同12月、PTSDと診断された。<br>
 
報告書によると、4年生時の悪口について、担任は女児の保護者から相談を受け、やめるよう男児を注意していた。<br>
 
だが、悪口はよくあることとして重要視せず、いじめとは捉えていなかった。<br>
 
公園での暴力行為について、担任は当日に双方の家庭に訪問するなどの対応はとった。<br>
 
だが、学校は事態の深刻さを認識せず、校外でのけんかとして、いじめとは捉えなかった。<br>
 
担任は悪口や暴力に対応した内容の記録も誤廃棄していた。<br>
 
〔2019年6/17(月) 朝日新聞デジタル〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
1,150行: 2,008行:
 
〔2019年6/17(月) 茨城新聞クロスアイ〕 <br>
 
〔2019年6/17(月) 茨城新聞クロスアイ〕 <br>
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
+
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、() <br>
+
'''蹴ったり悪口、いじめと認定…小6女児不登校'''<br>
+
大阪府八尾市立小6年の女児(11)が、同級生の男児から受けた暴行などで心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され不登校になっている問題で、市教育委員会の第三者委員会は、同級生らの行為をいじめと認定した。<br>
+
学校側については「女児に寄り添った対応ができていなかった」などと批判した。<br>
+
報告書は6日、市教委を通じて女児の両親に届けられた。<br>
+
第三者委が認定した事実によると、女児は4年生だった2018年2月14日の放課後、市内の公園で遊んでいた男児から蹴られるなどの暴行を受け、左手小指を骨折。<br>
+
それ以前にも複数の同級生から悪口を言われており、昨年10月中旬以降、一度も登校できず、同12月にPTSDと診断された。<br>
+
第三者委は「寄り添った対応を学校ができていないことが女児の精神症状に影響している。危機感を持って対応すべきだった」と指摘した。<br>
+
女児の両親は16日、読売新聞の取材に応じ、「報告書には娘に原因があるように書かれている部分があり納得できない」と話し、市に再調査を求める考えを明らかにした。<br>
+
市教委は18日、保護者説明会を開く予定。<br>
+
〔2019年6/17(月) 読売新聞オンライン〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
1,219行: 2,066行:
 
〔2019年6/17(月) LIMO〕 <br>
 
〔2019年6/17(月) LIMO〕 <br>
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、大阪府八尾市(いじめのニュース) <br>
 
'''小学校がいじめ対応せず 小6女児が悪口に暴行で骨折・PTSDに 大阪・八尾市'''<br>
 
八尾市で11歳の女子児童が不登校になり、いじめを訴えていた問題で、市の第三者委員会は、学校側がいじめに対し、適切に対応しなかったとする報告をまとめました。<br>
 
八尾市の第三者委員会は、女子児童(11)が、小学4年だった当時、同級生の男子児童から「デブ」などと悪口を言われたり、踏みつけられた状態で約20回、飛び跳ねるなどの暴行を加えられたことが、いじめにあたると認定。<br>
 
女児は、いじめが原因で指を骨折していて、PTSD=心的外傷後ストレス障害で不登校になっています。<br>
 
報告書は、いじめの初期段階で学校が対応しなかったと指摘していますが、両親は、そもそも初期段階については聞き取りもされておらず、調査が不十分だと主張。<br>
 
暴行を受けた当日も、きっかけを作ったのは女子児童だったかのように報告されていて、誤解を招くとして市に再調査を求める方針です。<br>
 
〔2019年6/17(月) ABCテレビ〕 <br>
 
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[八尾市小学生いじめ不登校]]、() <br>
 
'''八尾市小6女児、暴行受け骨折…不登校に 第三者委「原因はいじめ」と認定'''<br>
 
大阪府八尾市で小学6年の女子児童が同級生の男子児童から暴行を受け骨折するなどして不登校になっている問題で、市の第三者委員会が不登校の原因はいじめだと認定していたことがわかりました。<br>
 
八尾市の小学6年の女子児童は小学4年のころから同級生の男子児童らに暴言を吐かれるようになり、さらに公園で暴行を受けて左手の小指を骨折する重傷を負いました。<br>
 
女子児童はその後、PTSDと診断されて不登校が続いています。<br>
 
女子児童の両親によりますと、市の第三者委員会が不登校の原因がいじめと認定していたことがわかりました。<br>
 
一方で、第三者委員会がいじめ行為をしたのは男子児童1人としている点について、両親は「はやし立てた他の男子児童の行為もいじめに認めるべきだ」として、市に意見書を提出する方針です。<br>
 
〔2019年6/17(月) MBSニュース〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
1,703行: 2,532行:
 
〔2019年6/6(木)朝日新聞社 AERA STYLE MAGAZINE〕 <br>
 
〔2019年6/6(木)朝日新聞社 AERA STYLE MAGAZINE〕 <br>
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
+
 
ページ名[[世田谷区立桜丘中学校]]、() <br>
+
'''校則がないからこそ、教師と生徒は対等に話し合うことができる――西郷孝彦校長インタビュー'''<br>
+
世田谷区桜丘中学校。私鉄の駅から徒歩10分ほどの住宅街にある。職員室前の廊下には机と椅子がフリースペースとして置かれ、Wi-fiも完備されている。<br>
+
授業時間だったが、インターネットに接続しながら、話をしたり、自分のペースで勉強をする生徒もいた。<br>
+
校長室でも、塾の宿題をしている生徒が校長と談笑する姿が見られた。<br>
+
この学校はチャイムが鳴らない。そして何より、校則がない。<br>
+
生徒手帳には「礼儀を大切にする」「出会いを大切にする」「自分を大切にする」が「心得」として掲げられ、また、子どもの権利条約の一部が示されている。<br>
+
なぜ、こうした学校運営が可能なのか。西郷孝彦校長(64)に話を聞いた。<br>
+
'''◆◆◆「心得」の3つですべてが指導できます'''<br>
+
――生徒手帳には「桜丘中学校の心得」が3つだけ書かれていますが、以前は校則があったのでしょうか?<br>
+
西郷 以前の生徒手帳には、校則が20ページほど書かれていました。<br>
+
例えば、「他のクラスの教室に入ってはいけない」とか、「上級生は下級生と話してはいけない」とか。<br>
+
下着の色を決めている学校だってありますよね。以前の勤務校では、こうした細々とした校則がありました。<br>
+
校則のことを考え始めたのは、この桜丘中学校に赴任してから、ここ4、5年のことですね。<br>
+
当初は、校内がいわゆる「荒れた」状態にありました。<br>
+
見直すことになったときに、本当はいらなかったのですが、何もないと不安に思う人もいる。<br>
+
校則は最終的には校長判断ですが、「3つくらいにしよう」と提案したときに、生活指導主任が原案を作ってくれました。<br>
+
この3つですべてが指導できます。先生方はこれをよりどころに指導します。<br>
+
この学校では制服も自由です。(身体的な性と、自認する性が違う)トランスジェンダーの生徒もそれで救われると思います。<br>
+
――生徒手帳に子どもの権利条約が記されていますが、珍しいですね。<br>
+
西郷 日本は法治国家です。この学校に校則はないですが、日本の法律には縛られています。<br>
+
例えば、校内でも他人のものを勝手に自分のものにすれば、窃盗罪ですよね。誰かを傷つければ傷害罪です。<br>
+
よく「学校の中は治外法権だ」とか、「学校だから許される」と言われますが、それはやめようと。社会と同じ規則で学校も回っています。<br>
+
日本は子どもの権利条約に批准しています。だから、法律と同じ。<br>
+
そう子どもに教えないといけませんし、先生も守る必要があります。<br>
+
権利条約に掲げられた権利を知ることで、大切にされていることがわかり、子どもは自己肯定感が得られます。<br>
+
大人でもさまざまな考えがある<br>
+
――校則はそのままで、運用面で改善する方法もあったと思いますが、どうして校則をなくす方向になったのでしょうか。<br>
+
西郷 先生方って、校則があると、話し合いにならないんです。「校則があるからダメ」「守るか、守らないか」になってしまいます。<br>
+
例えば、「靴下は白」と規定があったから、理由を考えずに「校則にあるから」と、そこで指導は終わってしまいます。<br>
+
一方、生徒に聞かれた時に「汚れたときにわかりやすいから」と説明すれば、そこから話し合いが始まります。<br>
+
結果、合理的な話し合いを重ねることで信頼関係ができてきます。<br>
+
スカート丈についても、ルールがなければ、「短すぎるんじゃないか?」「寒くないか?」などと先生たちが言ってくれます。<br>
+
いろんな考えがあります。大人でもさまざまな考えがある中で、生徒は自分で選択していきます。<br>
+
そもそも、校則をがんばってなくそうと思ったのは、不登校の子どもたち、発達障害の子どもたちがいたからです。<br>
+
厳しく指導すると、学校に来なくなります。でも、そうした子だけに「特例」を許すと、他の生徒が「なんで、あの子だけ?」と不満を言います。<br>
+
だったら、校則でしばりつけることはやめようと。<br>
+
その頃、別の問題が起きました。文字が読めず、板書が取れず、教科書が読めない生徒がいたのです。<br>
+
そのため、タブレットを利用可能にしました。音声読み上げソフトで教科書の内容を聞き、板書は写真で撮りました。<br>
+
試しに、その生徒がいるクラスだけタブレットを持ち込み自由にしました。<br>
+
最初は2、3人が持ってきましたが、重いし、管理が大変なので、必要のない子は持ってこなくなりました。このやり方を全体に広げたのです。<br>
+
'''校則でしばることが染み付いている''' <br>
+
――先生を育てることになりますね。<br>
+
西郷 そうです。ただ、校則が厳しい他の学校から転勤してきた先生は慣れるのが難しいんです。<br>
+
うちの学校は私服ですが、そうした先生は、私服の生徒を見て「私、無理です」と、1日中イライラしていました(笑)。<br>
+
何か注意した時に、うちの生徒が「どうしてですか?」と返すことも、先生によっては「生意気だ」と映ってしまいます。<br>
+
校則でしばることが染み付いていますからね。<br>
+
上から目線での威圧感がある先生には、「生徒とは対等に話し合いましょう」「馬鹿にするような話し方はやめてほしい」と伝えています。<br>
+
校則がないということは、正解がないということです。<br>
+
採用も、できるだけ新規教員をお願いしています。そして、若い先生にはどんどん外へ行って、失敗してもいいから勉強してもらいたいです。<br>
+
最初の10年で勉強しないと、知識もスキルも落ちていくだけです。僕も含めて、能力主義なんです。<br>
+
3年目で完全に一人前になるように育てています。<br>
+
――保護者側からは意見があると思うのですが……。<br>
+
西郷 いっぺんに校則をなくしたわけではありません。<br>
+
例えば、靴下の色、セーターの色を自由にしていき、夏は半ズボンでもよいということにしていきました。<br>
+
そして、生徒会がカジュアルデーを設けました。土曜日は私服と決めたのです。<br>
+
小学校だって、私服じゃないですか。<br>
+
徐々に慣れていき、「別にかまわない」という感じになっていきました。違和感がなくなったのです。<br>
+
ですので、私は、逆に制服のある学校へ行くと違和感を抱きます。<br>
+
同じ制服を着させて、どうやって生徒を区別しているのか。わからないじゃん、と(笑)。<br>
+
'''SNSのトラブルは減りました'''<br>
+
――携帯電話やスマホ、SNSに関するルールは?<br>
+
西郷 保護者からは「スマホを禁止して」という声はありません。<br>
+
「スマホを買ってほしいと言われて困る」という声はありますが(笑)。<br>
+
以前は、LINEのグループを作ることは禁止になっていました。<br>
+
それは悪口を書いたり、グループでハブにしたりすることがあったからです。<br>
+
でも、禁止してもみんなやりますからね。<br>
+
LINEの人に「出張授業」にきてもらい、SNSの使い方について話してもらいました。<br>
+
今でも、許可なく写真をアップしたというくらいのトラブルはあります。<br>
+
しかし、理由はわかりませんが、SNSのトラブルは減りました。<br>
+
これまでは悪いことをすると学校の先生に叱られるという発想でしたが、今は、社会から叱られるということがわかってきました。<br>
+
校内の問題ではすまされない。<br>
+
それで慎重になっているのかもしれません。<br>
+
――生徒会との関係はどうでしょうか。<br>
+
西郷 普通、生徒総会は何も面白くない。つまらないじゃないですか。<br>
+
そこで何を言っても、最終的に先生が決めるのなら、総会で意見が出るはずもありません。<br>
+
だから、「ここで決まったことは実現するよ」と言ったんです。<br>
+
最低でも、決まったことを先生が実現する努力を見せる。すると、どんどん意見が出て盛り上がります。<br>
+
僕の考えと同じことを言う生徒がいると「シメた!」と思うんですよ(笑)。<br>
+
最近実現したことは、校庭に芝生を植えたこと。<br>
+
ただ、野球やサッカーもしますし、植えたのは一部にしました。また、定期テストをなくしました。<br>
+
うちの学校で学力が落ちたら……<br>
+
――定期テストをなくして、評価はどうやっているのですか?<br>
+
西郷 9教科100点満点のテスト勉強は、なかなか一度にできません。<br>
+
でも、「10点満点」のテストならば、前の日に家で勉強すればできます。<br>
+
中間や期末テストをまとめてやるのではなく、こまめに小テストをやっていくことにしたのです。<br>
+
生徒の提案に対して、先生たちは反対すると思っていました。<br>
+
ところが、先生方が、定期テストではない方法を調べてきました。僕以上のことを先生方は考えていたんです。<br>
+
うちの学校で学力が落ちたら、日本にとってのチャレンジは終わります。<br>
+
校則をなくしたら学力は落ちる、という結論になってしまう。<br>
+
だから先生方も、学力向上には力を入れようと思っています。<br>
+
実際、学力はかなり上がっていますが、成績のいい子は、偏差値の高い進学校よりも、自由な校風の青山高校だったり、やりたい部活動で高校を選んだりすることが多いですね。<br>
+
だから、親御さんはどう思っているのか……(笑)。<br>
+
ただ、そうやって自分で考えることが重要ですし、そういう自由な環境からじゃなければ、日本のスティーブ・ジョブズは生まれてこないと思いますよ。<br>
+
'''今後、改善したいのは授業の質です'''<br>
+
――部活動のあり方はどうでしょうか?<br>
+
西郷 水曜日と日曜日の公式練習は禁止しています。そして、週10時間と決めて、平日は2時間、土曜日は3時間にしています。<br>
+
それ以外に自主練はありますが、強制は禁止しています。そうすることで自主的な意識が芽生えます。<br>
+
自主練に教師は立ち合いませんが、コーチか保護者が付いているようにします。<br>
+
部活の顧問をやりたくて教師になった人もいます。そんな人は、土日も部活をやりたい。<br>
+
しかし、そうでない人からは「ブラック部活」と呼ばれるほどです。いまは教師のなり手がいない時代ですからね。<br>
+
少しでも働きやすい職場にしなければいけません。<br>
+
また、教師にも休養が必要です。飲みに行ったり、趣味に時間を費やすことが一人の人間として必要なのです。<br>
+
――今後の学校運営の課題は?<br>
+
西郷 改善したいのは授業の質です。一斉に知識を注入する授業は、もういいでしょ? 人間は知識ではAIにかないません。<br>
+
創造性を教えていかないと、学校だけでなく、日本が潰れてしまいます。だから、受験用の授業と、創造性を育てる授業を分けたいです。<br>
+
ただ、国が変わらないとなかなかできません。そのため、受験用の授業も必要悪でやっていますが、チャレンジをしていきたいです。<br>
+
この学校の校長も今年で10年になりましたが、長期間務めたからこそ、できたという部分もあります。<br>
+
でも、それも今年度で終わりです。その後は、何も考えていません。<br>
+
2019年6月7日12:50追記:一部表現を修正しました。<br>
+
〔2019年6/7(金) 渋井 哲也 文春オンライン〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
2,600行: 3,318行:
 
〔2019年05月13日 不登校新聞 by kito-shin〕 <br>
 
〔2019年05月13日 不登校新聞 by kito-shin〕 <br>
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名 [[ユーチューバー]]、 (職名 <br>
 
'''YouTuber目指す大半の子が知らない厳しい現実'''<br>
 
人気YouTuberのヒカキン氏。彼に憧れて同じ職業を目指す子どもは多いが……<br>
 
不登校の小学生YouTuber「少年革命家ゆたぼん」が話題だ。<br>
 
現在10歳の彼が不登校になったのは、大阪に住んでいた小学3年生の頃。<br>
 
宿題を強制する学校に疑問をいだき、「まわりの子がロボットに見えた」ためだという。<br>
 
ゆたぼんさんは動画内で、「学校に行くな」「ロボットになるな」という過激な発言を繰り返している。<br>
 
それに対して、不登校の理由がいじめなどではなく「宿題がやりたくなかった」という理由であること、それにもかかわらず「不登校の子に勇気を与える」と発言していることなどから、批判コメントが殺到している。<br>
 
彼のように、YouTuberを志向する子どもは少なくない。<br>
 
幼稚園児・保育園児または小学生の子どもがいる保護者を対象とした大谷大学教育学部の「幼児教育・小学校教育に関する保護者の意識調査」(2019年3月)によると、将来就きたい職業がある子ども全体が答えた、なりたい職業第2位(8.2%)は「YouTuber」。<br>
 
さらに、小学4~6年生の男の子では「YouTuber」は1位(20.9%)となった。<br>
 
また、自分の子どもに将来就いてほしい職業があると回答した保護者のうち、希望する職業第1位は「公務員」(39.5%)で、親子間での願いが乖離していることがわかる。<br>
 
これは何も日本に限った話ではない。<br>
 
小学6年生を対象とした韓国教育部の「2018小中等進路教育現況調査結果」(2018年12月)によると、なりたい職業の5位に「YouTuber」がランクイン。<br>
 
2017年では6位だったK-POP歌手(アイドル)が今回は8位であり、今の子どもたちがテレビよりもネットに関心が高いことがよくわかる結果となった。<br>
 
このように子どもたちのYouTuber志向は高まるばかりだが、筆者は軽い気持ちでYouTuberを目指すのはおすすめできない。<br>
 
'''■収入が得づらく不安定な仕事'''<br>
 
小学生の間で圧倒的人気を誇るHIKAKIN氏。<br>
 
近年はテレビやCMにも多数出演しており、年収は数億を超えるとも言われている。<br>
 
小学生が将来YouTuberになりたいと考えたとき、まずイメージするのは彼のような姿ではないか。<br>
 
一方、さきほどご紹介した「保護者が子どもに就いてほしい職業」の1位が公務員だった理由は、やはり安定性にあるだろう。<br>
 
では、YouTuberは安定していると言えるのだろうか。<br>
 
YouTubeの収益化条件は2018年2月以降、厳しくなっている。<br>
 
チャンネル登録者数1000人以上、公開動画の総再生時間が過去12カ月で4000時間以上という条件が加わったのだ。<br>
 
たとえ条件を満たしたとしても、1再生当たりの収益は0.05~0.1円程度。<br>
 
つまり月収30万円を得るには、1再生当たり0.1円として1カ月に300万再生程度が必要ということになる。<br>
 
ほとんどのYouTuberはここまでいけないので、専業ではなく副業で運営しているケースが多い。<br>
 
ある小学生YouTuberは、1年以上動画を投稿し続けているが、チャンネル登録者数はわずか51人、再生数もいちばん多いもので500回数程度しかない。<br>
 
収益化の条件をクリアするまで、少なくとも数カ月から数年間、収益なしのままひたすら投稿し続ける必要がある(そもそも、18歳未満の子どもは収益を得られないが)。<br>
 
白い仮面が特徴の人気YouTuberのラファエル氏は、「拳で車のフロントガラスを割る」など過激なチャレンジ動画などが人気を博して、チャンネル登録者数が200万人を超える人気を誇っていた。<br>
 
ところが、2019年1月にメインチャンネルが突然アカウント停止。<br>
 
収益は毎月数千万円に上っていたため、損失額は5000万円以上になったという(現在は復旧済み)。<br>
 
アカウント停止の原因は、YouTubeがルールを厳格化し、重大な危険や死亡を招くおそれのあるチャレンジや、子どもに深刻な精神的苦痛を与えたりするおそれのある動画の投稿が禁止されたためだ。<br>
 
YouTuber動画は視聴回数を集めるために過激化する傾向にあり、その代表格が当時のラファエル氏だったというわけだ。<br>
 
このようにYouTuberとは、運営側のさじ加減1つでアカウント停止となってしまうリスクを抱えた職業である。<br>
 
'''■「好きなことをして稼ぐ」のは難しい'''<br>
 
目立ちたい、人気者になりたいと思ってYouTuberを目指す子も多いが、その点でも厳しい現実が待っている。<br>
 
現在、YouTuber市場はレッドオーシャン化しており、今から始めても視聴回数を稼げるジャンルはやりつくされてしまっている。<br>
 
しかも、すでに多くのファンを抱える先行者と視聴者を奪い合わなければならない。<br>
 
HIKAKIN氏は、2018年に放送されたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、7分の動画編集に6時間かけていることを明らかにした。<br>
 
「お手軽に好きなことだけをして稼いでいる」ように見えるが、その裏には企画力、トーク力、撮影技術、編集力のすべてが必要とされているのだ。<br>
 
スマホで撮影し、編集もせず投稿しているだけの動画では、チャンネル登録者も獲得できず再生数も伸びないのは想像に難くない。<br>
 
再生数が伸びない若者は、極端な行為に走りがちになる。<br>
 
女子は「JS(女子小学生)・JC(女子中学生)・JK(女子高生)」などと年齢をうたう場合が多く、それにより成人男性ファンがついて再生数は上がる。<br>
 
ただしその際、あおられて自ら服を脱いでしまうなどの例も見られる。<br>
 
一方で男子は、犯行予告や犯罪行為などの過激行動に走って炎上したり、事件化したりする例が見られる。<br>
 
'''■黒歴史として残る「デジタルタトゥー」'''<br>
 
実際、小学生などがキッズYouTuberに憧れて保護者に隠れて動画を投稿して、炎上してしまう例は少なくない。<br>
 
YouTubeで検索すると、多数の小学生の炎上動画が見つかる。<br>
 
たとえ、炎上騒動が収拾したとしても安心はできない。<br>
 
アフィリエイト目的のアカウントが「炎上小学生YouTuber」として、炎上した動画を再投稿している例も多数見つかる。<br>
 
こうなると、ネット上から炎上動画を削除することはもはや不可能に近い。<br>
 
そのような動画は、デジタルタトゥー(削除するのが難しい個人情報)として残り続けることになる。<br>
 
冒頭で紹介したゆたぼんさんも、YouTubeだけじゃなくテレビや新聞などにも顔出しし、本名で登場しつつ過激な発言を繰り返している。<br>
 
ここまでくると彼の個人情報がネット上から消えることはないし、今後、彼が学校に行かないままでも行くことにしても、批判する人は現れるだろう。<br>
 
わずか10歳で普通の生活を送ることの難易度が上がってしまった。<br>
 
また、筆者が会ったある小学生男児は、「大きくなったら人気のYouTuberになる!」と元気いっぱい答えてくれた。<br>
 
大好きなゲームのプレイ実況がしたいそうだ。<br>
 
YouTuberの動画は楽しいし、テレビとは違ってコメントにも答えてくれるなど親近感も感じられるため、子どもが憧れるのは仕方なくもある。<br>
 
今後も憧れる子どもが続出することは間違いないので、このようなさまざまなリスクがあることは引き続き伝えていきたい。<br>
 
〔2019年5/18(土) 高橋 暁子 :ITジャーナリスト 東洋経済オンライン〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[ハイリー・センシティブ・チャイルド]]、() <br>
 
'''「先生が他の子を怒るのが怖い」…共感力・思考力高く、生まれつき刺激に敏感な「HSC」'''<br>
 
「先生が他の子を怒るのが怖い」「騒がしい教室が苦手」――。<br>
 
生まれつき、人の気持ちや周りの刺激に敏感な特性を持っている子どもがいることを知っているだろうか。<br>
 
「HSC(ハイリー・センシティブ・チャイルド)」と呼ばれ、不登校やひきこもりの背景の一つとして、注目されている。<br>(田中ひろみ)
 
'''病気や障害ではなく、長所でもあるが…不登校・引きこもりの背景に'''<br>
 
「うちの子のことだ」<br>
 
千葉県内に住む女性(38)は、4年前、本でHSCのことを知った。<br>
 
小6の長女(11)は、小さい頃から、服がチクチクするのを嫌がったり、大きな音でパニックを起こしたりしていた。<br>
 
HSCは、感覚に敏感という特徴から、発達障害の一つ「自閉症スペクトラム障害」と勘違いされることもあるが、人の気持ちをくみ取るのが得意という点が異なる。<br>
 
長女も、保育園の頃から、同級生に髪の毛を引っ張られても、「あの子はかまってほしくてやっているだけだから大丈夫」と理解を示したり、相手を傷つけない言いまわしで誘いを断ったりしていた。<br>
 
女性は、「親の私より、周りに気を使う子だな」と感じていた。<br>
 
小学校に入ってからも、「隣の席の子と何か話さなきゃと思うと疲れる」「他の子が怒られていると怖い」と話した。いじめに遭ったわけではなく、友達もいるが、昨秋から、「学校は疲れる。行きたくない。家が落ち着く」と言って欠席するようになった。<br>
 
女性は「本人の特性に合う環境を探した方が良いかも」と、自宅で学ぶホームスクーリングを実践する親たちに相談しているほか、私立の中学に入ることを検討している。<br>
 
HSCは病気や障害ではなく、共感力や思考力の高さは長所でもある。<br>
 
ただ、本人や親、教師らがHSCについて知らないと、「変な味がする」「肌触りが嫌」など、他の人には気にならないことを苦痛に感じて不満を訴え、「わがまま」と誤解されることがある。<br>
 
学校に行くだけで疲れてしまったり、大勢の人の輪の中に入るのが苦手だったりして、「みんなと同じようにできない」と悩むことも。<br>
 
不眠や吐き気、頭痛などを訴えて、向精神薬を処方されてしまうケースもあるという。<br>
 
幼い頃は、あまり眠らず、すぐ泣くことも多く、親も「育てにくい」と悩むケースが少なくない。<br>
 
HSCを研究する臨床心理士で、スクールカウンセラーの高橋亜希さんは、「相談に来る子の半数くらいがHSC。『神経質』『気にしすぎ』と周りから言われて傷ついていたけれど、本人がHSCと分かるだけで、『人と違っていても良いんだ』と気持ちが楽になる」と話す。<br>
 
'''否定せずに受け止めて'''<br>
 
人一倍、敏感な子を育てるうえで、親や教師らはどのようなことに気をつければ良いのだろうか。<br>
 
HSCの子育てについての著書がある精神科医の明橋大二さんは、「普通の子と同じ育て方をすると、HSCは自己否定感を持ってしまいがち」と指摘する。<br>
 
例えば、「鉛筆の持ち方が悪い」と叱っただけで、否定の言葉を強く受け止めやすく、「お母さんは私のことが嫌なんだ」と感じてしまうことがある。<br>
 
強い口調で叱らず、優しく注意したうえで、「この字はうまく書けているね」といったように、褒めることをセットにすると良いという。<br>
 
「服がチクチクする」「変な臭いがする」「痛い」「怖い」といった訴えを、「気にしすぎ」「早くして」などと否定せず、「そうなんだね」と共感し、受け止めることも大切だ。<br>
 
教師の役割も重要になる。明橋さんは、「先生の叱り声が怖い」「給食から変なにおいがするのに、残さず食べるように先生に言われて吐いてしまい、トラウマになった」といった理由で、不登校になった子をたくさん診てきた。<br>
 
誰かが叱責(しっせき)を受けているのを見聞きするだけで、強いショックを受ける子もいる。<br>
 
明橋さんは、「学校がつらい場合は、フリースクールやホームスクーリングという手もある。<br>
 
多様な学びがあっていい」と呼びかけている。<br>
 
HSC アメリカの心理学者、エレイン・アーロン氏が2002年頃に提唱し、ここ数年で日本にも広まり始めた。<br>
 
感触やにおい、音、味、人の気持ちなど、何に対して特に敏感かは人によって違うが、〈1〉深く考える〈2〉刺激を受けやすい〈3〉共感力が高い〈4〉ささいな変化に気付く――という4点が共通するという。<br>
 
15~20%が該当するとの調査もある。<br>
 
〔2019年5/21(火) 読売新聞オンライン〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[五月病]]、事項百科) <br>
 
'''子どもが不登校になる前に親ができること'''<br>
 
そろそろ学校にも慣れた頃かなと、親がほっと一息ついた頃、登校しぶりを始める子どもたちがいます。<br>
 
不登校になる前に親ができることを考えてみましょう。<br>
 
'''◆5月は緊張の糸が切れる時期'''<br>
 
「五月病」というのは、新入学などで生活が大きく変化した春、新しい環境に適応できず、ゴールデンウィーク明けに疲れが一気に吹き出すことを指すことが多いようです。<br>
 
しかし、ゴールデンウィークも明け、5月も終わりにさしかかろうとした頃にも、登校しぶりを始める子どもたちがいます。<br>
 
学校にも慣れた様子だったのに、と、親は戸惑ってしまいますよね。<br>
 
最近は小学校の多くが、春に運動会を開きます。<br>
 
秋には学芸的な行事が多いこと、残暑が厳しい9月に運動会の練習をする体力的な負担を考えて、などが理由としてあるようです。<br>
 
つまり、春に運動会がある小学校の場合、新1年生は、入学後早々に運動会の練習が始まるわけです。<br>
 
楽しいながらもバタバタした毎日が終わり、ほっと一息つけるのが運動会後。授業の内容も、体育が減って座学が多くなります。<br>
 
「クラス全員で」という雰囲気も収まり、仲良しグループができはじめるのもこの頃。<br>
 
本格的にスタートした小学校生活に戸惑う子どもたちも多いようです。<br>
 
'''◆登校しぶりのほとんどは「原因不明」'''<br>
 
いじめがあるという様子もない。勉強についていけないという感じでもない。<br>
 
なのに、毎朝、あるいは月曜日の朝などに、「行きたくない」とだけ繰り返し訴えたり、はげしく泣いたり、学校に行きたがらない。<br>
 
熱もないしどう見ても元気そうなのに、頭痛や腹痛を訴えてみたりする。<br>
 
多くの子どもたちは、学校に行きたくない理由を、言葉でうまく説明できません。<br>
 
朝の忙しい時間、わけもわからず「学校に行きたくない」と泣かれるのは、親としてもストレスですよね。<br>
 
厳しく対応した方がいいのか、それとも優しく受け止めるべきなのか。<br>
 
迷いつつも、昼間誰もいない家に子どもをひとり残しておくわけにもいかず、なだめすかしてどうにかこうにか登校させる、という対応になることも多いのではないかと思います。<br>
 
1日中心配していたのに「学校楽しかった~」と帰ってきた、なんてことも多いものです。<br>
 
朝の登校しぶりの理由を聞いても、親が納得できるような答えはなかなか帰ってこないことがほとんど。<br>
 
この時期の登校しぶりが「原因不明」であることは少なくありません。<br>
 
たとえ、子どもがケロッとしていても、「わがまま」と決めつけてしまわないようにしましょう。<br>
 
学校に行きたくないと言われて心配したこと、「困ったことがあるなら、話してほしい」という気持ちを伝えておきましょう。<br>
 
親からすればまだまだ小さな子どもでも、子どもなりにプライドもあります。<br>
 
何か問題が起こっていたとしても、「親に心配をかけたくない」とか「できれば自分で解決したい」とか、けなげに考えていることも少なくないもの。<br>
 
また、大人でもそうですが「なんとなくモヤモヤしている」といった状態で、自分の気持ちを誰かに伝えるのは難しいものですよね。<br>
 
親子の信頼関係が育っていれば、自分の手には負えないと思ったら子どもの方から打ち明けてくれます。<br>
 
理由を無理に聞き出そうとせず、子どもの力を信じることも大切です。<br>
 
〔2019年5/21(火) All About〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
LINEでの悩み相談
 
'''<福島県教委>LINEでの悩み相談好評 18年度1499件、手軽な文章で電話上回る'''<br>
 
無料通信アプリ「LINE(ライン)」を使って子どもたちが悩みなどを打ち明ける福島県教委の「LINE相談」が好調だ。2018年度に寄せられた1499件は電話相談の件数を上回り、担当者は「文章でやりとりするラインは手軽で、相談のハードルが下がった」とみている。<br>
 
ライン相談は昨年5月28日に開始した。相談内容で最も多いのは、不登校や部活動などの学校生活(245件)。友人や恋愛といった人間関係(244件)、学習(93件)、いじめ(62件)と続いた。<br>
 
臨床心理士の資格を持つ相談員とのやりとりで解決に至ることが大半だが、内容によっては専門機関と情報共有して対応したケースもあったという。<br>
 
月別では、長期休暇中に相談が多く寄せられた。開始直後の6月(414件)を除くと、冬休みの12月(225件)、夏休みの7月(190件)と8月(124件)に集中する。曜日別では金曜と土曜が多い。<br>
 
県教委は子どもの悩みを聞く二つの電話相談窓口も設けている。18年度は「24時間子どもSOS」が1091件、「ダイヤルSOS」が750件で、ライン相談の多さが際立つ。<br>
 
好評だったことを受けて19年度も継続した。県高校教育課は「子どもたちのSOSを多様なチャンネルで受け止めることが大事。悩みに寄り添い、重大な問題の未然防止に努めたい」と話す。<br>
 
ライン相談は県内小中高と特別支援学校の児童生徒が対象で、毎日午後5~9時に受け付けている。<br>
 
〔2019年5/22(水) 河北新報〕 <br>
 
 
 
 
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
須藤理彩
 
須藤理彩「親の務め」が反響 娘がいじめで不登校の経験語る
 
Copyright (C) 2019 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.
 
女優の須藤理彩(42)が5月15日、「スッキリ」(日本テレビ系)に出演。「親の務め」について持論を明かし、反響を呼んでいる。
 
番組では10歳の不登校YouTuber・ゆたぼんについて取り上げていた。ゆたぼんは小学3年生のころ、教師から理不尽な扱いを受けたことがキッカケで不登校となった。現在学校には「行きたい時だけ。給食とか図工の時とか。あとは遠足」という自分のペースで通学している。またゆたぼんはYouTuberとしての活動について「学校が嫌で死にたいとか(そういった子に)元気と勇気を与えるためにやっている」と語った。
 
コメントを求められた須藤は「娘が一時期いじめで不登校になって、自宅学習していた時期があったんですよ」と明かし、「その時期にお友達が家に集まってくれてプリントを運んでくれて、塾にも行けて習い事にも行けて。何の不自由もなかったんです」と話した。「このまま不登校でもいいかな」と考えたようだが、いっぽうで気づいた“親の務め”についてこう語った。
 
「いろんな人が人のやりたくないこともやってくれているから、いま自分が何の不自由もなく、こうして楽しく生きていられる。そう教えることが、親の務めだと思っています」
 
また「将来何になるか、ほとんどの子は分からない」と話した須藤は、子供の将来のために「いろんなことをやって準備をしておくことも、親として私はやってあげたいことかな」と結んだ。
 
12歳と7歳の子を持つ母として、親の役割について語った須藤。Twitterでは賛同の声が上がっている。
 
《須藤さんの意見は本当に良かったと思う。うちも子供達の学校生活では色々あり本当に沢山の事を考えた。親は子供ためなら色々な知識や方向性を教えたり、助けたり、時には逃げ道も教えたり》
 
《子供がしたい事させてあげるのも大切だけど軌道修正してあげるのも親の務め》
 
《周りの人達の支えがあって出来るっていうところは誰よりも肝に銘じなきゃとは思う》
 
放送後、須藤は自身のTwitterを更新。「スッキリ」への出演にちなんで《事前に娘に、スッキリでいじめのこと話して良いか確認しました。是非話してとの事だったので、デリケートな問題でしたが、敢えて話させて頂きました》と親子のやりとりを明かした。さらに《皆さまもぜひご家族で、自宅学習のこと話し合ってみてはいかがでしょうか?》とフォロワーに呼びかけている。
 
〔2019年5/15(水) 女性自身〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
いじめと損害賠償
 
いじめ調査の非開示に福島・会津坂下町の父親が損害賠償を求める
 
息子へのいじめをめぐり、父親が 会津坂下町を相手取りアンケート結果の開示を求めた裁判が始まった。
 
福島地方裁判所で第一回口頭弁論に臨んだ会津坂下町の男性。
 
5年前、当時 中学一年生だった長男は、同級生からのいじめで不登校となり、今年1月に自殺した。
 
男性は 「事実の一片でも明らかになるということがなければ息子のいじめ自体はなかったことにされるのかなという気はしていて非常にそれに関して危惧を感じています」と話した。
 
町の教育委員会の第三者委員会が行った当初の調査では、“いじめがあったとは断言できない”と判断。
 
同級生などに行った いじめのアンケート結果の開示も拒否したことから、男性は 被害の実態がわからないとしてアンケート結果を開示するよう求めている。
 
15日の裁判で被告の町側は「個人情報保護の観点から開示はできない」と請求の棄却を求め、争う姿勢を示した。
 
これを受け男性は「実態に向き合うにはあったいじめを徹底的に検証するということしかないと思う、それを検証しないということは、また いじめが起きてもおかしくないし、自死が起きてもおかしくない」と話した。
 
〔2019年5/15(水) 福島テレビ〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[ひきこもりコミュニティラジオ]]、岩手県北上市() <br>
 
息子を想う母が始めた「引きこもりコミュニティラジオ」の伝播力引きこもる子を持つ母親が、地域のFMラジオで「不登校・ひきこもり」に関する1時間番組を毎月放送し、反響を呼んでいる <br>
 
●「もっと世の中に知ってもらいたい」 引きこもる子を持つ母がラジオで訴え<br>
 
引きこもる子を持つ母親が、地域のFMラジオで「不登校・ひきこもり」に関する1時間番組を毎月放送し、反響を呼んでいる。<br>
 
番組を制作しているのは、次男が5年にわたって「社会的引きこもり」状態にあり、地域で「ひきこもり親の会」にも参加している岩手県北上市の後藤誠子さん(51歳)。<br>
 
北上市コミュニティFM「きたかみE&Beエフエム」で毎月第4金曜日に放送している「1人じゃないから」という番組だ。<br>
 
きっかけは、親の会に参加するうちに、「引きこもり」について「もっと世の中に知ってもらいたい」「自分にもできることがあるのではないか」と思うようになったことだという。<br>
 
昨年、後藤さんたちが引きこもり家族対象のイベントを開催し、身近に当事者がいて自分自身も生きづらさを感じているというシンガーソングライターの風見隠香さんを北上市内に招いた際、イベントの告知でラジオに協力したのを契機にラジオ局のスタッフが興味を持ち、番組づくりを依頼された。<br>
 
「北上市では、行政も社協も引きこもり支援にほとんど協力してくれませんので、自分たちでやらなければと考え、ラジオ放送を始めたのです」(後藤さん)<br>
 
不登校だった後藤さんの次男は、何とか高校を卒業した後、上京して専門学校に入ったものの、途中で通えなくなった。<br>
 
土日でも学校に通い、最終電車で帰宅していたという。<br>
 
2年ほど東京で1人暮らしをしていた。<br>
 
ただ、ほとんど食事をしなくて痩せ細っていたので、連れて帰ってきた。<br>
 
現在は週に2回、多機能型事業所に通っているという。<br>
 
「『家にいて、つらくないの?』って聞くんですけど、黙ってるんです。高校は進学校だったので頑張り過ぎたのかなって思う」(後藤さん)<br>
 
次男は居場所には行きたがらないものの、小学校時代からの友人がいることに、後藤さんはありがたみを感じる。<br>
 
「だから、私も少し気持ちに余裕があって、周りの人たちに向けて、引きこもりする人たちのことを知ってもらいたいという啓蒙活動ができるんだと思います」<br>
 
番組では、後藤さんから1ヵ月の近況を話した後、共演している元当事者女性のコーナーがあり、つらかったときに励まされたり助けられたりした曲を、当時のエピソードと共に紹介していく。<br>
 
ラジオはこれまでの経験から、孤立する本人たちとの親和性が高い。<br>
 
後藤さんも、批判的な反応が来るのかと思って身構えていたものの、リスナーからはおおむね好意的だった。<br>
 
「ただ学校に行かないという選択肢を選んだだけなのに、社会的なつながりも切れてしまって、それがすごくつらかった」「自分だけだと思っていたら、他にも同じような人がいることを知って励まされた」<br>
 
当事者や親からも、そんなメッセージが寄せられてくる。<br>
 
まさに、番組名にもなった「1人じゃないから」の思いが、ラジオを通して共有される。<br>
 
「当事者の方やその保護者の方からのメッセージは、リアルなつらさが綴ってあるのですが、なるべく楽しい雰囲気で放送しています」(後藤さん)<br>
 
'''●周りの人たちの考え方や 偏見を変えていきたい'''<br>
 
番組はコミュニティFMなので、市内でしか聴けない。<br>
 
それなのに多くの反響があることに、後藤さんはびっくりしたという。<br>
 
「北上市以外の人にも知ってもらいたいですね」<br>
 
そんなリスナーの声も寄せられる。<br>
 
引きこもりというと、隠すイメージがあった。<br>
 
でも、それは皆が知らないからで、本当のことを知ってくれて当たり前のようになれば、もっと言えるようになるのではないかと、後藤さん自身も励まされた。<br>
 
「最近、本人を手助けするよりも、周りの人たちの考え方や偏見を変えていきたいと思うようになったんです」(後藤さん)<br>
 
ラジオを通じて、引きこもり経験者や一般の関心のある人たち、学校の現職教師なども参加するようになった。<br>
 
一方で、知人や身内からも「お母さんがそうやって外に出るから、子どもがいつまでも家にいるんじゃないか」と責められる。<br>
 
そういう周りの空気があるから、本人も家族も助けてと声を挙げにくくなり、身動きができなくなる。<br>
 
だからこそ家族が率先して、こうした「甘えてる」「頑張っていないだけ」といった価値観と闘っていかなければいけない。<br>
 
'''●助けるのではない 「1人の人間」として扱う'''<br>
 
後藤さんはこれから北上に、人や資源とつながるきっかけとなる居場所をつくるため、市の福祉課や社協と定期的に話し合いをしている。<br>
 
「行政の引きこもり支援は、全部一緒。引きこもりの人たちはみんなが助けを必要としているわけでもなく、助けてもらいたいわけでもない。<br>
 
1人の人間として扱ってもらえればそれでいい。支援と言って、引きこもり行為を1つにくくらないでほしい」<br>
 
世間では「引きこもり」というとみんなが「家から出られない」「親と話ができない」などと一律に思われている。<br>
 
でも、実は一人ひとりが個性的で、できることも生き方も人によってみんな違う。<br>
 
「それぞれの当事者たちの能力を活かし、家にいて仕事ができなくても、高齢者でも子どもでも誰でも参加できて、役割や仕事を望んでいる人と人材を必要としている社会がつながれるプラットホームを、地域につくりたいと思っているんです」<br>
 
後藤さんは、そんな地域を一緒に考えていくためのネットワークづくりを呼びかけている。<br>
 
また、そんな日々の活動について、次男から「自分のことを説明する手間が省けるから」と発信するよう勧められたのを契機に、ブログ「社会的ひきこもりのち晴れ」も綴っている。<br>
 
次回のラジオ放送は、5月24日(金)午前9時から。再放送は、翌25日(土)。<br>
 
6月の第4金曜日には、北上市長がゲストで出演する予定だという。<br>
 
※この記事や引きこもり問題に関する情報や感想をお持ちの方、また、「こういうきっかけが欲しい」「こういう情報を知りたい」「こんなことを取材してほしい」といったリクエストがあれば、下記までお寄せください。<br>
 
Otonahiki@gmail.com(送信の際は「@」を半角の「@」に変換してお送りください)<br>
 
なお、毎日、当事者の方を中心に数多くのメールを頂いています。<br>
 
本業の合間に返信させて頂くことが難しい状況になっておりますが、メールにはすべて目を通させて頂いています。<br>
 
また、いきなり記事の感想を書かれる方もいらっしゃるのですが、どの記事を読んでの感想なのか、タイトルも明記してくださると助かります。<br>
 
〔2019年5/16(木) 池上正樹 ダイヤモンド・オンライン〕 <br>
 
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
たかまつなな
 
'''たかまつなな「重圧を」不登校ユーチューバー心配'''<br>
 
NHK職員でお笑い芸人のたかまつなな(25)が、学校に通わずユーチューバーとして活動する10歳の児童が周囲の大人やメディアにプレッシャーを負わされているのではないかと心配した。<br>
 
たかまつは16日、ツイッターを更新。「不登校YouTuber」のハッシュタグを付けて、「言っていいのか分かりませんが、ある番組で不登校の子と共演した時に『絶対に相手は子供なので、責めないでください』とスタッフさんに言われた」と、不登校児童と共演した際のエピソードを明かし、<br>
 
「収録中、その子は世間の評価とは正反対で全くしゃべらず、おそらくお母さんのゴーストライターだと私は悟った。(裏はとれていない)」と臆測した。<br>
 
番組では、その不登校児童を有名人らが応援していると紹介されていたという。<br>
 
「だからメディアによって、その子が作られていくのは怖かったです。メディアは罪深いなと痛感しました。<br>
 
期待に応えようとどんどんエスカレートしていく。虚像やキャラになり後戻りできなくなる」と危ぶんだ。<br>
 
自身は19歳でテレビ出演を果たしたが、その後、プレッシャーで「過呼吸になってしまった」という。<br>
 
そうした経験から、「10歳の子に、マスコミのプレッシャーを負わせていいのか、いくら強い子で大人びている子でも大丈夫かな。<br>
 
学校にまた行きたくなった時、白い目で見られたりして本当にいけるのかな」と、不登校の少年ユーチューバーを心配した。<br>
 
〔2019年5/16(木) 日刊スポーツ〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===

2019年7月12日 (金) 17:14時点における版

このページは新聞ニュースなどを一時的に保管するページです。記事はこのあと分類し、それぞれのページに移動します。分類の仕方は下段に表示していますが改善を重ねています。(2018年12月)

このパンくずリストは制作作業用です

Icon-path.jpg メインページ > ひきこもり周辺ニュース > [[:Category:|◎]] > 周辺ニュース
Icon-path.jpg メインページ > 北海道 > さいたま市 > 周辺ニュース
所在地 北海道
TEL
FAX





目次

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()

〔〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
砂間敬太 【世界水泳】「楽しい」を追求した競技人生の先に…“元不登校”砂間敬太のワクワクが止まらない 男子200メートル背泳ぎに出場する砂間敬太 「世界水泳カウントダウン連載」競泳開幕まであと10日―男子200m背泳ぎ砂間敬太 五輪を超える規模で2年に1度行われる水泳の“世界一決定戦”、世界水泳(テレビ朝日系で独占中継)が7月12日に開幕する。なかでも、注目を集めるのは競泳だ。金メダルを獲得すれば、1年後の東京五輪出場が内定する今大会。「THE ANSWER」は競泳開幕の30日前からカウントダウン連載を行い、出場25選手のインタビューに加え、特別企画を織り交ぜながら大会を盛り上げる。開幕まであと10日の第21回は、男子200メートル背泳ぎの砂間敬太(イトマン東進)が登場。小学4年から中学卒業まで学校に行かなかった異色の24歳が、競技人生に共通する「楽しい」の原点を探る。 【一覧】男子200メートル背泳ぎに出場する砂間敬太はいつ登場? 世界水泳「競泳8日間レース日程」完全版      ◇ ◇ ◇ 世界の猛者との真剣勝負を思い描くと、ワクワクが止まらない。昨年のパンパシ水泳に続き、砂間は日の丸ジャージーに袖を通した。今夏もトビウオジャパン入りを果たし、声を弾ませる。 「世界と戦う一番大きな舞台。(パンパシは)すごく楽しかったですし、やっぱりそこにいたいなっていうのもありますし、いなきゃいけない。初めての世界選手権で気が引き締まるというか、ちょっとテンションが上がってます。シニア代表は人生2回目なので」 4月の日本選手権は、憧れの入江陵介(イトマン東進)と対決。序盤から前に出た砂間は、最初の50メートルを27秒15とし、入江に0秒37リード。150メートルの折り返しでも先輩に0秒49と差を広げた。優勝まで残り20メートル。しかし、スパートをかけた入江に逆転を許した。最終的には優勝した入江に0秒27及ばず、1分56秒06で2位となった。

「素直に悔しいのが大きい。個人メドレーも棄権して、100メートル背泳ぎも棄権して臨んだ200メートル背泳ぎだった。やっぱり優勝したいというのが僕の中で一番の課題というか、日本選手権では絶対優勝しようと思って練習してきたので、それが実現できなかったのが悔しいかなと思います」 これまで主戦場の個人メドレーで萩野公介(ブリヂストン)、瀬戸大也(ANA)の背中を追ってきた。初の世界水泳切符を手に入れたものの、満足にはほど遠い。背泳ぎを牽引してきた入江との実力差を改めて痛感するレースとなった。 「昔からすごく速くて、ずっと見てきた選手。今でも憧れていますし、やっと最近少しずつ追いついてきた。今回は一番練習もしてきたし、手応えもあったので、やっと勝てるかなと思ったんですけど、やっぱりまだまだすごい存在だなって。やっぱり勝負強いというか、経験値の違いだなって思いました。(追う立場は)すごく楽しいです。追いかけることが好きだなって思います」 挑戦者のメンタルの持ち主は、レースで勝負を仕掛けることを忘れない。日本選手権は150メートルまでトップを守ったが「やっぱり世界を見ているので、世界は54秒台で入って1分24秒台でターンしている。日本人選手はラスト50メートルで上げるという安牌なレースが多い。それでは世界で戦えないなと思ったので、ちょっと積極的に泳ぎました」と分析する。

終盤の失速は高い目標を超えるために挑戦した結果。追う立場のまま、簡単には勝利を得られない。悔しさの残る成績に「まだまだ練習不足」と頭を悩ますが、新たな課題に喜びすら感じるようだった。 「やっぱり世界の選手と戦えるっていうのがすごく楽しい。日本ではやっと2番に上がって来られたんですけど、世界ではまだ5、6番。世界水泳になると、決勝に残れるかも分からない順位なので、まだまだ上に行けるぞっていうのがわかるので楽しいですね」 いつだって明るく、楽しく――。そんな童心を宿す24歳には、意外な過去がある。小学4年の途中から学校に行かなくなった。「いじめられたとかはなく、ただ普通に行きたくなかった」と理由を振り返る。ふとした時に学校に足を運ぶ。当然、周囲からは「昨日、なんで休んだの?」と質問が飛んだ。 「たぶんそれが嫌だったんだと思います。っていうだけなんですよね。次、1週間休んでしまったので『次、何て言われるんだろう』みたいな。それで行けない。1か月休んで、行けないみたいな。そういうのを繰り返すというよりも、ずっと続いちゃったという感じですね」

一度辞めた水泳に戻れた理由、高校で出会った仲間の存在 中学に進学すると、違う地区から来たクラスメートに「小学校の時に行ってなかったの?」と聞かれた。「それが嫌だっていうだけなんですよね。(大きな理由は)本当に何もないんですよ。迫られる感じがちょっと嫌」と明かす。 小4で水泳と一緒にやっていた野球を辞めた。すると一気に太ったことから「これ以上、太るのはダサイ」と思い、スイミングスクールのコーチが誘ってくれたのを機に復帰。中学も大半は学校に行かなかったが、水泳だけは続けた。昼に起きて食事をし、夕方から「行くか」とプールに向かう生活。同じマンションの子供と顔を合わす程度で、学校の友達には会わなかった。

「小4で一回辞めて、本当にめちゃめちゃ太ったんですよ。コーチが呼び戻してくれて、徐々に体も絞れてきた。太っているのが嫌だと思って、トレーニングはずっとしていた。最初は体づくりみたいな感じで水泳を続けていた。でも、徐々に世界で戦いたいなと思ってきて、ずっと水泳は続けてきてる」 学校には行かなくなったが、一度離れたプールに戻り、続けることができたのは「やっぱり楽しかった」ことが大きな理由。そして、進学した天理高で寮生活となり、泳ぐことも、学校生活も「どちらも楽しかった」。すると、一人で水をかく単調な練習に、大きな意味が加わった。 「それまで仲間というのがいなかった。水泳に行っても“水泳の仲間”という感じだけだったんですけど、高校はクラスも3年間変わらなかったので、他競技の仲間にも、水泳部の仲間にも応援されて。寮生活だったので、勉強で入ってきた子たちとも仲良くなれて、すごく仲間に恵まれた。だから、水泳も頑張れたんだなって思います。

今も楽しいです。水泳って始めるのが遅くても大丈夫。学校の勉強って少し遅れたら全くわからなくなる部分があるじゃないですか。僕、昔は完璧でいたかったので、行くなら学校の成績も完璧がよかったし、水泳も日本一がよかった。たぶん、学校は途中から行ったらわからないだろうな、という先入観が行けない理由だったのかなと、今思えばありますね」

水泳を始めた時、学校に行かなかった期間、大切な仲間と練習した日々、そして世界を舞台に猛者たちと火花を散らす今。砂間のスイマー人生に共通するのは「楽しい」という純粋な気持ちだった。 「まだまだ上がある。それもすごく刺激になりますし、練習のモチベーションにもなります。結局、『楽しいな。水泳って奥深いし、楽しいな』って、めちゃめちゃ思います。(両親に)今まで散々迷惑もかけてきて、それでもずっと見守ってくれていた。結果で恩返ししたい。元気な姿で泳いでいるところを見てほしい」 「楽しい」を追求した先に、何を得るのか――。世界水泳、東京五輪はそれを証明する舞台となる。 (明日12日の第22回は酒井夏海が登場) ◆世界水泳、テレビ朝日系で連日中継 7月21日に開幕する競泳は、決勝をテレビ朝日系地上波、AbemaTVで最終日まで8夜連続放送。予選はBS朝日、AbemaTVで放送する。 . 〔2019年7/11(木) THE ANSWER〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
日本生まれ、日本育ちの外国人 日本生まれ、日本育ち。それでも退去しないとだめですか「不法滞在」と呼ばれる外国人たちの叫び 子どもの時から自分は日本人だと思っていたローレンス 人手不足を背景に外国人労働者の受け入れが進む日本。一方、この国で育ち、言葉も文化も身につけながら、「不法滞在」とされる人たちがいる。彼らは故郷に貢献することも許されないのか。(浅倉拓也) . かんたんには帰れない アプルエボ・ケネス・ローレンス(21)は日本で生まれ、自分は日本人だと思って育ってきた。しかし15歳の時、東京入国管理局から母親と一緒に日本を出るよう命じられた。

ガーナ人らしい父親は生まれた時にはいなかった。母親は1995年に来日したフィリピン人。超過滞在(オーバーステイ)だったが、日本人男性と再婚して在留資格を得た。だが、男性が病気で亡くなると、母子ともに在留資格は更新されず、「不法滞在」になった。 母は野菜の加工場などで働いて一人息子を育ててきた。ローレンスはいじめなどに遭って不登校になった時期もあったが、10代半ばで自分を変えようと決意。いまは夜間中学で学び、生徒会長も務める。母子は退去強制の取り消しを求めて東京地裁に訴えたが、昨年末に「処分は社会通念に照らして著しく妥当性を欠くとは言えない」と退けられ、今年4月、控訴も棄却された。 政府がいま進めている外国人材の受け入れ拡大について、ローレンスの思いは複雑だ。「すでに日本にいる外国人にも目を向けてほしい。僕たちのことが見えないのか、それとも見ないようにしているのか……」

80~90年代のバブル期、超過滞在で働く外国人たちは事実上、黙認されていた。しかし景気が後退し、一方で日系人や技能実習生らの合法的な受け入れが始まると、不法滞在者の取り締まりは厳しくなった。 ただ、退去命令を受けても簡単には帰れない人たちもいる。日本で子どもが育った家庭の多くもそうだ。こうした子どもたちは10代後半~20代となり、将来を見通せずにいる。日本人と同じように暮らしているのに、彼らはあくまで入管施設への収容を一時的に免れている「仮放免」。アルバイトもできないし、健康保険にも入れない。 世界は滞在認める流れ 2018年末時点で全国に約2500人いる仮放免者には難民申請者も多い。最近、クルド系トルコ人の5家族が在留資格を求めて裁判を起こした。母国に戻れば迫害や差別に遭うと訴えてきたが、クルド人が日本で難民認定された例はない。原告には日本で育ったり生まれたりした子ども世代20人も名を連ねる。

ドゥールスン・ラマザン(21)は9歳で来日した。クルド人コミュニティーと日本社会をつなぐ仕事をしたいと考えている。高校卒業後、通訳の専門学校をめざしたが、すべて断られた。いまは自動車整備の専門学校で国家資格の取得をめざし、苦手な漢字と格闘中だ。在留資格をめぐる闘いには「正直もう疲れた」と言うラマザンも、裁判には加わった。「これはおれだけの問題でなく、後には何十人、何百人という(同じ状態の)子どもがいる。裁判所にはそれを考えて判断してほしい」 世界を見渡せば、不法滞在者に在留資格を与えることはそれほど特別なことではない。 名城大学教授の近藤敦によると、欧州をはじめ世界の多くの国が、滞在年数など一定条件を満たした不法滞在者をまとめて合法化する「アムネスティ(恩赦)」を、数万人から数十万人規模で繰り返し行ってきた。彼らの身分を安定させ、合法的に働いて税金を納めてもらう方が、治安の面でも経済の面でも良いからだ。 日本にも、法務大臣が人道的見地から滞在を認める「在留特別許可」という制度がある。00年代半ばにはこの制度で毎年1万人前後が救済されていた。これによって、いまでは会社を経営するなどして日本社会を支える一員となっている「元不法滞在者」は少なくない。 東京で暮らすバングラデシュ人のエムディ・エス・イスラム(52)は85年に来日し、親身になってくれた交番の警察官の紹介で飲食店に最初の仕事を得た。その後超過滞在になったが、在留特別許可を得て中古車販売の会社を立ち上げることができた。法人税だけで6000万円以上を納めた年もある。「新しい外国人を呼ぶ前に、オーバーステイの人をリーガル(合法)にした方が税金もとれて良いじゃないか」。彼はそう考えている。 たくさんの表彰状 だが、在留特別許可もこの数年は認められにくくなった、と弁護士らは指摘する。さらに入管当局は、仮放免者が隠れて働くことがないよう「動静監視強化の徹底」を繰り返し指示。「入管職員に冷蔵庫の中までチェックされた」といった声も仮放免者から聞こえる。厳しい姿勢には、外国人労働者の受け入れ拡大に抵抗がある保守層への配慮があるようだ。

内閣府の世論調査で「不法就労」が「良くない」と答えた人は、90年は32.1%だった。それが04年は70.7%。不法滞在者は93年の約30万人をピークに減り続け、現在は7万4000人ほどだが、彼らを見る世間の目は厳しさを増している。 東京で30年以上、非正規労働者を支援してきた「APFS」の福本修(66)は、風当たりがますます強まっていると感じている。在留資格のない子どものために彼らが通う学校へ署名活動などの協力を求めても、断られることが増えた。校長ら管理職が保護者や地元議員の反応を気にしているのは想像に難くない。 超過滞在は違法だが、日本が人手不足の時に彼らを頼ったのも事実。その子どもたちが「故郷」である日本社会の一員となることは、そんなに不自然だろうか。 ある仮放免の生徒は、入管に目をつけられるのを恐れ、名前を明かして取材に応じることができなかった。県外にも知られたスポーツ選手で、学校でも人気者だ。両親は、誇らしげにたくさんの表彰状を見せてくれた。その横で生徒は、「自分は何も悪いことはしてない」と悔しそうにつぶやいた。 . 〔2019年7/11(木)朝日新聞社 GLOBE+〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
きょうだいげんか 幼児期のきょうだいげんかへのかかわり方【前編】押さえておきたい基本姿勢 きょうだいげんかが毎日のように絶えず、その対応に苦労しているという保護者のかたも多いと思います。けんかをするほど仲がよいともいいますが、毎日大騒ぎとなると、親も大変です。今回は、発達心理学・幼児教育の専門家である東京学芸大学の岩立京子先生に、保護者のきょうだいげんかへのかかわり方について教えていただきました。 . きょうだいげんかは人間関係を築く術を学ぶ場 きょうだいの関係は、親子という縦の関係と、仲間という横の関係の中間にある「ナナメの関係」といえます。家族として身近にいて、年齢が近いため、親に対してよりも自己主張をしやすいのですが、お互いにまだ幼児であり、精神的に未熟ですから、相手のことを考えて自己調整ができません。ですから、けんかになりやすいのです。

しかし、保護者のかたにとって悩みのタネでも、きょうだいげんかにはよい面がたくさんあります。自己主張をし、ぶつかり合うことで、相手にも考えや立場があるのだと、子どもが気付くことです。お互いに主張していくなかで、相手の話を聞き、どのようにして折り合いを付け、そして仲直りをするのか。人間関係を築くために重要なことを、きょうだいげんかをしながら学んでいきます。幼稚園や保育園などでは遠慮しがちで何も言えなくても、きょうだいには何でも言えるという子もいます。家庭できょうだいを相手に自己主張をする経験を積み、いずれは外でも自己主張ができるようになる。きょうだいげんかはそういった練習の場になるのです。 幼いころはなんでもないことで言い争っていても、年齢が上がり、それぞれの認知・言語・自己調整力の発達にともなって、けんかの原因も仕方も変わっていきます。お互いの活動範囲が広がって、顔を合わせる機会が減れば、けんかは自然と収まっていきます。また、けんかを何度もしていくうちにお互いのことをよく知り、仲よくなっていくこともあります。そのうち、共同戦線を張って、親に対抗してくるようになるかもしれません。

けんかが起きてもまずは見守って けんかが起きても、ただの言い争いであれば、何もせず、見守っていてください。そして、頃合いを見計らって、「おやつよ」「買い物に行くわよ」などと声をかけるのです。もし、食事中のけんかであれば、「食事がまずくなるから、あとにして」と冷静に言いましょう。お腹が減っていれば、食べ物につられて、けんかは中断され、食べ終わったあとはけんかをしていたことも忘れていると思います。 きょうだいげんかに親が介入しすぎると、「親が解決してくれる」「親がいなければ解決できない」と思ってしまい、親にすぐ言いつけるようになります。親も、口が達者なほうの主張をつい聞いてしまい、もう1人が不公平さを感じるようになります。けんかが大変なことだと思わせないためにも、おおらかに構えて、冷静な態度で対応していただけたらと思います。 . 「お兄ちゃんだから我慢しなさい!」と言ってしまった時は…… きょうだいげんかへの対応でよくしてしまうのが、上の子に「お兄ちゃんだから」「お姉ちゃんだから」と言って我慢をさせてしまうことではないでしょうか。また、上の子と比較して、下の子に「お兄ちゃんはできるのに」「お姉ちゃんはできるのに」と言ってしまいがちだと思います。保護者がこうした態度を続けると、子どもの中に不満がたまっていきます。その時には反抗されなかったとしても、将来的に親子の信頼関係を築けていないということが起こり得ます。また、小学生高学年になって夜尿をしたり、不登校気味になったりという不適応行動に表れたりすることもあるのです。 保護者のかたも、いらいらしたり、体調が悪かったりして、よくないとわかっていても、「お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい!」とつい言ってしまうことがあるでしょう。それはしかたのないことです。私も2人の子どもが幼いころにけんかばかりをしていて、「もういい加減にして!」と怒鳴ってしまったこともあります。ただ、そればかりが続くと、子どもは抑圧されて、欲求が満たされず、ますますけんかが増える……と悪循環に陥ってしまいます。子どもは不満がたまってくれば、なにかしらのサインを出してきます。そのサインを捉えて、自分の態度を振り返り、よくないと思う点を改めて、調整していくことが重要なのです。 言い過ぎたと思ったら、「さっきは言い方が悪かったね、ごめんなさい。お母さんはこういうことを伝えたかったの」と、子どもに謝ることも大切です。保護者のそうした態度は、自分が悪いと思ったら友達に謝るという、お子さまの成長にもつながります。 「親が子どもに謝れば、権威が保たれない」と考えるかたもいるようですが、権威をふりかざして一方的に押さえつけるだけでは、権威の前では何も言えないような大人になってしまうことも考えられます。謝るべき時は謝る、おかしいと思ったら主張して議論する。そうしたモデルを示してほしいと思います。幼児期からそうした姿勢を続けていくと、小学生くらいになった時、親が理不尽なことを言ったら、「そんな言い方をしていいの?」と正論を言ってくるようになるでしょう。 . プロフィール 岩立京子 東京学芸大学総合教育科学系教授。心理学博士。専門は発達心理学、幼児教育。幼稚園教諭や保育士を養成するかたわら、保護者の保育相談なども行っている。著書は『子どものしつけがわかる本』(Como子育てBOOKS)など多数。 ※この記事は「ベネッセ教育情報サイト」で過去に公開されたものです。 〔2019年7/11(木) ベネッセ 教育情報サイト〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
不登校からの高卒資格や大学進学 小中学校で不登校でも勉強を諦めなくていい。高卒資格や大学進学を得るための選択肢 話題になった不登校YouTuber小学生 今年になって、沖縄県在住の小学5年生、通称ゆたぼん君が不登校を宣言し、自身はYoutuberとして生きていくことで多くのメディアが彼の動向を報じました。私を含め、教育に関わる多くの専門家が持論を展開し、ネットニュースなどで拡散され、彼がアップロードした動画は数多くの低評価を受けるなど、賛否の分かれる話となっています。(参照:“小学生がYoutuberとなって不登校宣言。我が子がこう言ったとき、親はどうすべきか?”|HBOL)

彼が学校へ行かないことについては、父親がテレビ等で「本人が行きたくないものを無理強いすることはしたくない」などとコメントしていることや、脳科学者の茂木健一郎氏をはじめとする多くの著名人が「学校へ行くことだけが勉強じゃない」、「動画を作成してYoutubeにアップロードすることも勉強」など、好意的に理解していることで、彼の好きなようにやらせてみればよいという、社会的な理解は得られていると思います。 私としては、このゆたぼん君という小学生については、これだけ知名度が上がり、芸能界でいうところの売れっ子の子役タレントみたいな地位を手に入れたのですから、それなりに他人とのつながりを大切にしていけば、彼が成人して、改めて学ぼうとした時には周りの大人や友人・知人が彼の学びを助けてくれる可能性があります。だから、彼についてはさほど心配していません。 . 普通の不登校児の選択肢 ゆたぼん君のように、幸運にもYoutuberという道を選ぶことができた人や、著名な人との関わりが持てた人は、それなりに他人と交流できるだけのスキル、つまり社交性に優れているため、周辺の人を巻き込んで新しいビジネスを始めたりとか、芸能界に進んだりするなど、必ずしも学力や知識を要しない世界で生きていくことができますが、問題は彼のような特殊な環境にいる子どもではなく、学校以外に外界の人とのつながりがない子どもたちです。 日本の義務教育では「年齢相当学年」という考え方があって、小中学校においては、出席日数がゼロであったとしても、自動的に卒業できてしまいます。「原級留置」という留年のような措置もありますが、大半は学校長の判断で卒業に至ります。そしてその中学校卒業の学歴があれば、高等学校へ入学できる資格を得てしまいます。しかし、不登校の生徒の多くは学力が著しく乏しく、出席日数も少ないから、内申書はほぼ無価値です。したがって、普通の高校へ進学するのは困難であることは間違いありません。 学校へ行かずとも、勉強しなくても中学校は卒業できて進学するための資格に支障がないという配慮は、高校進学の段階で学力不足という大きな問題が露呈するのです。そこで、高校入試を突破する自信のない人たちに、あえてその上の、大学への道まで見据えた進学法を検討しておくべきです。 学力に自信の無い15歳が選べる「高卒&大学進学法」3選 大学や専門学校へ行くには高校を卒業して「大学入学資格」を得ておかなければなりませんし、多くの企業の求人票には「高卒以上」とあります。人生には学歴は関係ないとはいっても、社会生活において「高卒」の有無は大きいのです。そこで、学力が乏しい人でも、一定の努力で挑戦できる高卒・大学進学の道を3つ紹介します。

1.通信制高校へ進学 通信制高校はそれぞれ公立と私立のものがあり、公立は授業料が安く、私立は高く設定されていますが、世帯年収が低い家庭については就学支援金などでどちらも大半の費用が補助されます。 数ある通信制高校のうち、私立のところは、地元の学習塾や予備校などと提携していることが多くあります。この提携校のことを「サポート校」と呼びます。 私立通信制高校とサポート校を併用すると年間100万円程度、3年間で300万円程度の学費が必要ですが、生徒の学力に応じて小中学校の学習に戻って指導することがあるなど、不登校だった人たちにとって居心地のよい環境や様々な工夫を用意してあるため、学びやすい学校が多いとされています。

2.高等学校卒業程度認定試験を受験 かつて「大検」と呼ばれた、大学入学資格付与のための国家試験です。 高校で行われる授業のうち、必修・選択を含めて8科目(例えば国語・英語・数学・地理・世界史・現代社会・科学と人間生活・生物など)を受験し、その全てで合格した人たちに、合格証書が送られます。 受験料は8科目受験で8500円。年に2回開催され、一度に全て合格する必要はなく、科目別の合格を積み上げても構いません。全科目合格するには至難の業と思われがちですが、そうでもありません。 俳優の河合我聞さんは42歳で挑戦し、7科目に合格しました。数学が合格基準点を下回ったので不合格でしたが、すぐに私立の通信制高校の聴講生になり、数学1科目分の単位を修得して科目免除を受けて最終合格を果たしています。

3.いきなり大学へ進学する 我が国の通信制の課程を有する大学のうち、20校程度に「特修生」と呼ばれる入学制度があります。大学入学資格が無い人でも、15歳以上であれば学力不問で仮に入学できる制度で、所定の16単位を修得すると大学に正規入学することができます。 例えば放送大学では、テレビ放送や教科書で勉強して、マークシートなどの課題を提出して単位認定試験に受験・合格すれば、1科目合格で2単位修得。これを8科目分繰り返せば16単位となり、正規に入学できてしまいます。正式に入学を許可されたら、過去に修得した16単位を含めて124単位に達すれば、4年制大学を正式に卒業できて、学士が取得できます。 15歳から選科履修生となり、18歳で正規に入学し、22歳で卒業すると考えると、たっぷり7年の時間をかけて124単位を取ればよいので、アルバイトをしたり、同時並行で高卒認定試験や他の資格試験などに挑戦したりしながら、就職活動をすれば同世代の人たちと年齢的な帳尻があいます。 それでも学力があるに越したことはない 不登校に悩む皆さんが、とりあえず高校へ行く方法があるとか、高卒認定試験や通信制大学へ行く道があったとしても、相応の知識や学力があったほうが良いと思います。 大学を出たのに知識が乏しい、高校を出たはずなのに作文や計算ができないとなると、社会人になってから困りますよね。 学校でのいじめや先生の体罰については、自分の努力ではどうしようもありません。しかし学力不足については学習塾に通わせるとか、子どもの居場所を確保しつつ学べるフリースクールへ行くなどの選択肢を検討することになるかと思います。 しかし、学習習慣の無い子どもの学習は、やはり自宅での支援が大切です。親子で取り組みやすい目標を定めて、例えば漢字検定や算数・数学検定などを受験して、習熟度を計った上で、親子で勉強してみるとか、英語であれば洋画のDVDを字幕付きで視聴し、次は字幕を消して視聴して英語に慣れるなど、あまり大きく構えずとも、反復練習をするだけで、容易に取り組める学びの場を作っていくと、無理なく学ぶことができます。 小中学校における学習を、全て諦めるのではなく、少しでも、わかるところだけでもしっかりやっておくことで、将来に対する不安が少しは払拭できるはずです。

<文/松本肇>

参考文献中卒・中退・不登校 誰でもイキナリ大学生 【松本肇】 <Twitter ID:@matsuhaji> まつもとはじめ●教育ジャーナリスト&教育評論家。有限会社トライアルコーポレーション代表取締役。神奈川大学法学部卒。神奈川大学大学院博士前期課程修了(民事訴訟法)。放送大学教養学部の全7専攻・コースを卒業し名誉学生。独立行政法人大学改革支援・学位授与機構で学士(法学、社会科学、教育学)を授与される。 著書:『短大・専門学校卒ナースが簡単に看護大学卒になれる本』(エール出版社)、『中卒・中退・不登校 誰でもイキナリ大学生』『社会人大学院生のススメ』(オクムラ書店) 2008年、インターネット画像の著作権事件「スメルゲット事件」の本人訴訟原告で勝訴し、著作権法判例百選に掲載。 近年はバイキング(フジテレビ)、ワイドスクランブル・モーニングショー(テレビ朝日)、アベマプライム(アベマTV)などに教育問題の専門家として出演 . 〔2019年7/11(木) ハーバービジネスオンライン HARBOR BUSINESS Online〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
いじめ防止に向けて いじめ防止へ新組織 大阪・八尾市長、外部人材活用 大阪府八尾市立小6年の女児が同級生の男児にいじめられて不登校となっている問題で、同市の大松桂右市長は11日、いじめ防止に向けて、外部人材を活用した新たな組織を設立するための予算措置を講じる考えを示した。学校教育などについて中山晶子教育長らと意見交換する市総合教育会議の中で表明した。 会議では、大松市長が女児の保護者と面会したことを明らかにしたうえで、「(保護者と市教委の間に)全く信頼関係がないと感じた。市教委として責任の所在をはっきりさせ、けじめをつけるべきだと思う」と述べた。 中山教育長は「女児が安心して通える状況に至っておらず、改めておわびしたい」と謝罪。出席した教育委員からは、いじめ防止策として相談体制の構築が必要といった意見が出た。 〔2019年7/11(木) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
小説『神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)』 なぜ日本人は右傾化するのか? 誰もが「居場所」を過剰に求める時代 昨年、三島由紀夫賞を受賞し前作が芥川賞候補にもなった、最注目の作家・古谷田奈月さんの新刊『神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)』(河出書房新社)が発売された。神社の結婚披露宴会場を舞台にした物語は、結婚、家族、そして日本とは何かをあぶり出す問題作だ。刊行にあたり、ナショナリズム関連の著書を多数持つ政治学者・中島岳志さんと対談をおこなった。 「安倍首相は空虚」と言えるのはなぜか? . 宗教とナショナリズムを問う 古谷田:私がはじめて中島さんのことを知ったのが、「マガジン9」での鈴木邦男さんとの対談でした。 中島:「新右翼×リベラル保守」ですね。もう10年くらい前の対談です。 古谷田:どうすれば日本人から在日コリアンに対する差別意識をなくせるだろうという思いから右翼や保守思想について調べていたとき、偶然この記事を見つけたんです。当時の私の右翼のイメージはすごく雑で、街宣車とネトウヨ、という感じでした。でもこの記事では、アジア主義思想について書いた学者と右翼のバリバリの運動家が、とても理知的で誠実な対話をしている。これまでのイメージを覆されました。 それが、中島さんの著作や思想に興味を持つようになったきっかけです。 中島:そうなんですね。僕自身が最初にそうした思想に関心を持つようになったのは、だいたい1995年頃です。一浪して94年に大阪外国語大学に入ったはいいものの途中から行かなくなり、いきなり留年が決まって、時間だけはたっぷりあって。そしたら年明けに阪神・淡路大震災が起きたんです。 95年というと、バブル崩壊からしばらく経って、いい大学出ても就職先はないぞと言われている時でした。戦後50年の右肩上がりが終わって、ぼくらの世代は、何を根拠に生きていけばいいのかわからない。94年に出た岡崎京子の『リバーズ・エッジ』と、93年の鶴見済の『完全自殺マニュアル』の時代、といえばイメージが湧くかもしれません。 震災が起こった時はちょうど宗教に関心があったんです。そうしたら、その年の3月にオウムの地下鉄サリン事件が起きた。僕よりも少し年上で、宗教に走った人たちが、あんなことをやったわけです。そして8月になると、当時の首相であった村山富市が「戦後50周年の終戦記念日にあたって」という、いわゆる「村山談話」を発表します。先の戦争に対する謝罪と反省を表明したあの声明を、いまのネトウヨの前身みたいな人たちが攻撃しはじめて、その流れで「新しい歴史教科書をつくる会」ができました。 こうして、宗教とナショナリズムという、僕にとっていちばん訳がわからないと思っていたもの、そしておそらく世の中のみんなもわかっていなかったものが、この年一斉にやってきたんです。 古谷田さんの『神前酔狂宴』は、神社の結婚披露宴会場を舞台に、まさに宗教とナショナリズムを問う作品だと思いました。


【あらすじ】 日清・日露戦争の英雄、高堂伊太郎(こうどう・いたろう)を祀る神社の結婚披露宴会場である高堂会館のバイトをはじめた18歳の青年・浜野。「高堂伊太郎って誰?」というくらいの無知なまま、同僚の梶(かじ)とともに時給アップを目指して全力で働いていた。 高堂会館には、同じく明治の<軍神>を祀る椚萬蔵(くぬぎばんぞう)を祀る椚神社から数名の給仕が派遣されていた。そのひとりである倉地(くらち)は浜野たちの働きぶりを賞賛し、能率の悪い椚会館の意識改革をはじめる。 2011年の震災後、挙式の申し込みが激増するなか出世していく浜野は、かつて高堂伊太郎が天皇に忠誠を尽くしたように、自らも新郎に忠誠を誓う給仕として挙式の現場を取り仕切り、一方で改革を成功させた椚会館からは次々とスタッフが派遣されはじめていた。 やがて、「高堂伊太郎という偉大な英霊を祀る神社が、日本人の心を失ってしまった」と言ってのっとり宣言する倉地。同僚が次々と職場を去ってゆくなか、ある日風変わりな客がやってきて……。


古谷田:そうですね。主人公の浜野とその友だちの梶というふたりが物語の主軸で、ともに18歳で高堂会館という、明治のいわゆる「軍神」を祀る神社の披露宴会場で給仕の派遣バイトを始める。そこからの15年間を描いています。 以前、中島さんは「派遣労働が若者のトポス(場)を奪った」ということを書かれていたと思うんですが、トポスというのは、いわゆる物理的な場所や土地のことだけを指すわけではないんですよね?  中島:トポスは、物理的な場所に加えて、自分がそこで意味付けられている場所、という意味です。つまり、自分がいるからこの場が成り立っている、という実感を持てる場所のことですね。 古谷田:それはきっと誰にとっても必要なものだと思うんですが、私に限っていうと、どこかにガッチリ属しているという状態がどうしてもダメなんです。家も苦手だし中学は不登校だし高校は通信制だし。だから労働という面では、単発バイトや日雇いといった雇用形態にとても救われました。派遣労働に居場所を守られたという感覚で、これは主人公の浜野のスタンスと近いと思います。ただ、この状態でトポスがあるといえるのか……。居場所がないこと自体を居場所にのように感じている自分が、なんとなく危ない存在に思えるんですが……。 中島:うーん、まあ、トポスって「ない」ことで認識されるものだから。 古谷田:!  中島:ある人は意識しないんです。たとえば、浜野の友人の梶は高堂会館で働くことに次第に誇りのようなものを感じるようになって、派遣という立場から職場に「ガッチリ属して」いきますよね。それがやがて高堂会館への怒りに転じて、伝統や絆を取り戻せと、公然と批判するようになる。まさにこのような、危機意識において喪失物として「発見される」のこそがトポスですね。 古谷田:そうか……。私の場合、喪失や不足といった感じはないので、どこにも属せないという感覚から言葉が生まれて、その言葉が居場所を作り上げてくれているのかもしれません。 現代日本はどのような社会か 中島:いま日本で起きている右傾化の問題は、最愛のおばあちゃんを亡くした梶のように、強い喪失感を抱えるゆえに、拠り所を過剰に求める感覚が生み出していると思います。これは、安定した中に生きる人間は意識すらしないものです。そして、具体的なトポスを失っているがゆえに、どんどんとトポスの抽象化が起きる。ネイション(国民)って、会ったことも話したこともない人たちの「想像の共同体」ですよね。社会階層を超えた抽象的なつながりに、アイデンティティを見出していく。 古谷田:でも、ナショナリズムに傾倒する人が必ずしも家庭環境が悪かったり、貧困にあえでいるわけでもありませんよね。 中島:現代というのは、たとえ年収が多くても安定せず、いつ転落するかわからない滑り台社会なんです。だからみんな不安で、強い喪失感を抱えている。昔だったら、家族や地域共同体、会社が受け皿になっていたけど、それらが機能しなくなってきています。そこで、ごく抽象的なナショナリズムといったものに自分の拠り所を見出そうとするんだと思います。 古谷田:抽象的だからこそ、信じてしまう。まさに梶はそうですね。 中島:後半で浜野が、新郎を神とみなして、その忠誠心で突き進んでいくじゃないですか。あそこで出てくる「おれの新郎」というのは、二・二六事件とか、右派テロリズムに対する批評になるんじゃないかと思います。 二・二六事件の首謀者の一人で、磯部浅一(いそべあさいち)という青年将校がいたんです。軍事クーデター未遂に参加した当時の将校たちは、世の中が悪くなっているのを、自分がなんとかしなきゃいけないと純粋に思っていた。天皇陛下の御心をわかっているのは自分たちだけであり、その思いで、政治腐敗を正そうとしたわけです。 ところが彼らは、昭和天皇から賊軍と言われて鎮圧される。そして、後の磯部浅一の裁判記録を読むと、そのことによって磯部は天皇を恨んでいる。明治天皇はもっと偉かった、現天皇は歴代の天皇たちに謝るべきだと言って、処刑されて死んでゆく。 古谷田:せつなすぎる……。 中島:こうした歴史の手触りとよく似た感覚がこの小説にはあって、読み終えると、単に喜劇という形だけでは捉えきれない何かが残りました。 古谷田:崇拝対象と折り合いをつけようとすること自体、切実なぶん滑稽な行為なのかもしれません。神道に合わせて自分を変えていく梶もそうだし。 逆に主人公の浜野は、もともと神なんてどうでもいいし、新郎新婦の幸せもどうでもいい、というスタンスです。それで神社の保守的なあり方に対立する。終盤に出てくる松本千帆子も、元来の型にとらわれない婚礼を挙げようとして、浜野はそれに共感します。これって一見リベラルで革新的な価値観に思えるんですが、このふたりは逆に、頑なに自分を変えない存在でもある。梶よりこっちのほうが保守的かもしれない、と書きながら感じました。 中島:浜野も揺れてるじゃないですか。神社の神の存在へ、ふと持っていかれそうになる。しかし彼はシナリオを書いて状況をフィクションとして捉え直すことで、自分を保とうとするわけですよね。 死者を加えたデモクラシーに向けて 古谷田:浜野が、勤め先の高堂会館の母体となる神社に参拝することを梶から頼まれ、でも気が進まなくて逃げようとするシーンがあります。あれは、私自身の英霊と呼ばれる人たちとの付き合い方が反映されているんです。 英霊といってパッと思い浮かぶのは靖国神社ですが、『神前酔狂宴』を書くまでは、すすんで訪れようと思える場所ではありませんでした。いかにも政治的というか、右翼的で怖いという印象があって。でもこの作品を書いたことで心境が変わり、先日参拝してきました。遊就館の展示も見て。 私個人としては、靖国の問題は、そこに祀られている人々と参拝者の関係をあらかじめ設定していることにあると感じました。戦没者の方々との対話のつもりで参拝しても、このようにありがたがってください、敬ってくださいというような主張が神社側からなされている。信仰、慰霊という個人的な行為に踏み込むというのは、神社としては政治的であること以上に問題だと思います。 中島:全く同意です。僕はおじいさんが靖国に入っていて、昔は東京に来たら靖国神社に行っていたんです。当時の遊就館は、戦没者の遺品であるラッパとか水筒とかを静かに並べているだけだったんですよね。 古谷田:そういうコーナーはいまも一部ありますね。 中島:遺品がそっけない棚に並んでいて、兵器とかも並んでいたけど、解釈は見る側に委ねられていた。僕はその空間が嫌ではなかったんですけど、それがいつしか、あの戦争が正しかったという物語に沿った展示になっていて、心が離れました。死者の声を独占することはやめてくれって。 死者って、自分の自由がきかない、ままならない存在ですよね。突然、思いがけない形でまなざしを向けてきたり、声をかけてくる。自分にとって都合のいい存在などではなく、時に自分を諌め、反省を促すような存在でもあります。そういうままならなさが重要なのに、あそこは、この人はこの物語の中のこういう死者です、ということをする。これは左派も同じで、広島の被爆者の声とか沖縄の声とか、死者の問題についてはどこにでもつきまとうことで、僕は両方嫌なんです。 古谷田:死者を加えたデモクラシーを形成していこうと思ったら、具体的にはどうすればいいんだろう、と考えるんですが……。 中島:かつてはおそらく、共同体は死者を含んでいたと思うんです。どの家にも仏壇や仏間があって、遺影があった。死者も家族の一員としてそこにいる、っていう感覚があったんですよね。現代の住宅建築はそういうものを消し去って、墓地も郊外にあって、僕たちは死者と接する機会をどんどん拒絶して、いま生きている人間を至上のものとしてきた。 古谷田:死が見えない状態ですよね。私は母方の実家がお寺で、お墓で遊んだり無縁仏にお線香をあげたりしてきたせいか、もうこの世にいない人には親しみを感じるんですが。墓地を歩くと落ち着くし。 中島:別に霊感があるとかそういう話じゃなく、死んでしまった大切な人と、なんとなく、言葉にならない感覚を交わす時というのはあるはずなんです。 古谷田:ありますね。でもいま、死そのものがタブー視されて、極端にネガティヴなものとして捉えられている気がします。人が死んだ姿を見てはいけないし、老いて死ぬことさえ簡単には許されない。 中島:そうですね。『完全自殺マニュアル』が問うたことって、あれは「死ね」と言っているんじゃなくて、「死ねる」という手段を手に入れた瞬間に生きることができる、ということなんです。死という最後のカプセルを持つことでようやく生きていけるのが僕たちの生じゃないか、と言っている。 それに、僕は人生は死んで終わりだとは思えないんですよね。場合によっては死んでから始まるのかもしれない。 古谷田:とてもよくわかります! いま生きているこの命の続きとしての死、という感覚が私にもあります。終わりではなく、あらたまる感じ。もっと、死ぬことや、死んだ先のことも、一緒に抱えて生きられたらなあ。 中島:この研究室にある本なんて、ほとんど死んだ人の書いたものですからね。ずっと死者に囲まれているようなものです。僕もこの仲間にいずれ加わると思うとすごく安堵感がある。だとしたら、まだ見ぬ他者、まだ生まれてきてもいない他者との対話可能性をひらくというのが死の問題なんですよね。つまり、死者の問題というのは過去のものではなく、とてつもない未来志向なんです。 加藤智大にとっての音楽とは 中島:『神前酔狂宴』を読んでいる時、僕が『秋葉原事件』を書いているときにずっと考えていたことと近いテーマ性を感じました。 秋葉原通り魔事件を起こした加藤智大は、親との関係に問題もあって、自分に自信が持てないと同時に自分の能力の高さを誇っていた。そうなると、具体的な人間関係がすべて建前になる。すべてが虚偽のやりとりであって、他者と本当の心での交流なんてできない、ということになるんです。 古谷田:その感覚、ちょっとわかります……。 中島:彼は派遣労働を転々として、友だちもいるのに孤独だったんですよ。報道では、友だちがいなかったからとか、派遣労働者だったこととかが問題にされるけど、調べると彼には友だちがたくさんいた。中高からのゲーム友だちとメーリングリストで繋がっていたり、派遣先の友だちと一緒に秋葉原で買い物したりメイドカフェに行ったりしている。 古谷田:社交的だったんですね。先日の、元事務次官の父親に殺された引きこもりだったという男性も、オンラインゲーム上ではあるけれど交友関係はあったとネットニュースで見ました。しかもなかなかの地位が確立されていたという。 私も、本格的にではないけれどソーシャルゲームをやるので、その世界独自の人間関係がだんだんと形成されていく感じはイメージできます。顔のわからない同士で協力してミッションをこなすうちに仲良くなったり、大勢でグループを作っている人たちもいる。 ただ彼は振る舞い方を少し間違えていて、こじれている感じがありました。でもそれはゲームが問題なのではなく、単にマナーとモラルの問題。つまり実社会と同じなんです。オンラインゲームは引きこもりの温床だと言われることもあるけど、それ自体は善でも悪でもないと思います。 中島:オンラインゲームにトポスを見つけることもありますよね。 古谷田:はい。それは小説を読むことにもあると思うし、それこそ文芸の出番だったのかもしれない。彼や加藤智大の場合。 中島:そうなんですよ。調べていくと、加藤智大にとっては音楽にその可能性があったんです。 というのも、まず、事件にいたる経緯から話すと、彼は、ネットの掲示板上で、本当の心で付き合える人間がいるかもしれないと思ったみたいなんですよね。掲示板で最初、彼はネタを繰り出すんです。「ブサイクで能力がない奴は生きる価値がない」なんていうことを過激に書き込んだり、スレッドのタイトルに「世界を平和にしたい」と書いて、クリックしたらひどいことが書いてある、といったネタです。もちろん拒絶する人もいれば、それを面白がってくれる人もいて、面白がってくれる人間を理解者だと思って、狭いコミュニティを作り始めるんです。 すると、ネタで書いていたものがだんだん自分のアイデンティティになってくる。そして理解者だと思っている人に実際に会いに行ったりもする。でも拒絶されるんですよね。つまり、抽象的他者を具体化しようとして、失敗する。 それを繰り返して彼は絶望の淵にたどり着くんだけど、そんな時に、これは事件の三日前くらいの出来事なんですが、一度すごく荒れるんです。職場に行ったら「自分のつなぎ(作業着)がない」といって、大声で騒いだ。 その帰り道の掲示板への書き込みで、いくつか異質なフレーズが出てくるんです。なんだろうと思って調べると、BUMP OF CHICKENの歌詞なんです。歌詞を丸ごと覚えているんですよ。どうしようもない感情の荒立ちに見舞われた時にやってくる言葉が、彼にとってはその歌詞だった。つまり、彼にとって最後の救いがあるとしたら、そういった音楽の言葉、芸術の言葉だったんだけど、それすら蹴飛ばして秋葉原に行ってしまった。 『神前酔狂宴』は、世界は虚構ですべては滑稽な幻であると思いながら、ネタとしてやっていた物語に飲み込まれてゆく、という話でもありますよね。この構造は、僕が繰り返し考えてきた感覚でした。 「99匹と1匹」の話 古谷田:私はいまのお話を聞いて、加藤智大は芸術の言葉を蹴飛ばして事件を起こした、というよりもしかしたら、自分のものにした上でそうしたのかもしれないと思いました。蹴飛ばしたのではなく。つまり、文学や芸術といったものは必ずしも人を社会的な救済に導くわけではなく、もちろん受け手によるものではあるけど、孤独や絶望、悪でさえも肯定し、受け入れてしまう力があると思うので。 中島:それはそうですよね。 古谷田:とにかく闇との相性がいい、というか、すべての作品が闇生まれかもしれない。 中島:でも、ある文章がかけがえなく生きる糧になる可能性を持つ、ということはあると思うんです。福田恆存という評論家が「99匹と1匹」といって、「世の中で100匹が迷っていたら、99匹を救おうとするのが政治である」と言うんです。 福田によれば、政治というのは、基本的に互いに分かり合えない多様な人間たちで構成される社会を成り立たせるための、利害調整や合意形成を行うことです。そう簡単に人は分かり合えないぞ、という人間観に基づいた仕組みづくりです。 たとえばお金があって、自分の望んだ環境も得た、それでも孤独である、という人はいっぱいいると思うんです。それがおそらく「1匹」で、ここに政治は届かない。つまり、ひとりの人間は、ある時は「99匹」で、ある時は「1匹」なんですよね。 この「1匹」を救うのが芸術であり、特に文学である、ということを福田は確信している。そして重要なのは、この「1匹」を政治が救おうとしてはいけないということなんです。 八紘一宇とか、みんなでひとつの思いを共有しよう、みたいな政治のあり方はファシズムにつながるんです。 古谷田:そうか。「1匹」まで政治で捕まえようとするとファシズムになるんですね。 中島:そういう、みんな分かり合えるよね、っていう政治を目指さない、ということを僕は決めている。加藤智大の中にあった「1匹」の部分に対して、政治は無力であるということを自覚しないといけない。それは芸術の領域、つまり文学とか音楽とか、そういうものでしか救えないものなんだと。 古谷田:彼のことは他人ごとじゃないというか、居場所がないというあの感じは自分のことのように思える部分があるんです。 私が彼のように居場所探しをせずに済んでいるのは、「書く」という性質が備わっていて、それが私という存在を肯定し続けてくれるから。本当にただそれだけの違いです。しかもこの性質は努力して獲得したものではなく、幼い頃からあるもので、単なる運なんです。 だから、これはおこがましい考えだけど、もし自分が彼の救いになれるとしてもそれは友だちになるとか話し相手になるということではないと思う。私にできるのはやっぱり小説を書くことだし、人間には小説でしか触れられない部分がある。その感覚は強くあります。 中島:僕は「1匹」を救うものの方に関心があって、逆説的に政治学をやっているところがあって、「100匹」を捕まえようとした政治の危なさを追いかけて、それで政治には何ができないのかということをずっとやり続けているんです。だから、信用しているのは文学の方なんですよね。 でも、日本文学に絶望していた時期というのもあって、それは僕が論理で説明できてしまう作品に対して、頭にきたからなんですけど、それでも、やっぱりどこかで信頼できる作家が現れる。僕が説明できないことを描こうとしていることに、強い共感と敬意を感じるんです。古谷田さんの今作からは、それを強く感じました。 . 〔2019年7/12(金) 文藝編集部 現代ビジネス〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
大人のひきこもりが迎える最終地点 孤独死は「大人のひきこもり」の最終地点か 高齢者の問題ではない現実「いい人」「真面目な人」の落とし穴 孤独死があった現場の部屋=菅野久美子さん提供 孤独死の取材を始めて、4年が経つ。私はその間、様々な孤独死現場を訪ね歩いてきた。孤独死の現場で感じるのは、社会で崩れ落ち、立ち上がれなくなった人たちの姿だ。年間3万人と言われる孤独死だが、ひときわ現場で目立つのは、高齢者ではなく、現役世代だ。孤独死者の属性は、近年社会問題となっている大人のひきこもりとリンクすることが多い。背景を考えるほど見えてくるのは、孤独死者個人ではなく、日本社会のいびつさだった。(ノンフィクションライター・菅野久美子) . 大人のひきこもりが迎える最終地点 孤独死した人は、何らかのきっかけで人生でつまずき、ひきこもるようになってしまった人ばかりだ。 また、ひきこもりではなくとも、かろうじて仕事には行っているものの、一たび部屋の中に入ると、ゴミ屋敷のようなセルフネグレクト(自己放任)に陥っていて、自らを死に追い込むような生活を送っている。 いや、そんな生活を送らざるを得ないほど、社会や親によって傷つけられ、立ち上がることすら困難だったというのが真相である。 そんな大人のひきこもりが迎える最終地点は、孤独死だ。 . 「いい人」「うそを吐けない人」「心の優しい人」「真面目な人」 孤独死した人の人生をご遺族の話や遺品からたどっていくと、いびつな社会の実態がまざまざと浮かび上がってくる。 男性は会社組織での権力闘争やパワハラ、ブラック企業での長時間労働、女性は会社組織での理不尽なトラブル、離婚や死別、失恋などをきっかけに、心を病むなどして、セルフネグレクトに陥っていたことがわかった。 ある大手手業に勤めていた40代の男性は、職場のパワーゲームに巻き込まれ、子会社に左遷、そこからアルコールに溺れ、家に引きこもるようになり、孤独死した。 また、一部上場企業に勤めていた50代の男性は職場の上司からパワハラに遭い、20年以上に渡って引きこもり、熱中症で孤独死した。東日本大震災で物資がなくなったという恐怖心からタワーのように異様なお菓子の防壁を築き、部屋のドアは一面カビまみれだった。 「孤独死する人は、真面目でうまくこの社会で生きられない人、生きるのに苦しんでいた人たちばかりです」 原状回復を手掛ける特殊清掃業者から出てくるのは、そんな言葉ばかりだ。 「いい人」「うそを吐けない人」「心の優しい人」「真面目な人」が、社会からひっそりと脱落し、引きこもるようになり、その後遺体が何日、何カ月も発見されないという事実に、私は打ちのめされた。 それは、決して私の人生と生前の彼らの人生とが無関係であるとは思えなかったからだ。 ごみを積み上げ、真ん中にくぼみを作って、体を横たえる

私自身、引きこもりの当事者でもある。小学校時代からいじめに遭い、それがきっかけで中学1年から2年間は不登校となり、完全なひきこもりになった。 私が長年にわたって孤独死現場の取材を行っているのは、私と彼らを隔てるものが、ほとんど何もないと感じるからだ。 先日、九州地方に住むゴミ屋敷に住む40代の女性を訪ねた。 「私の体ってもしかしたら、におうかもしれない。それでも大丈夫ですか。会ってもらえますか」 「気にしないから大丈夫」というと、彼女は少しほっとした表情を見せた。 彼女は3日もご飯を食べていなかった。親とも不仲で友人もおらず、誰も頼れない。 会社でパワハラを受けて左遷され、それから会社を休職中で、精神疾患を患っていた。 エアコンはとうの昔にホコリが詰まって使用できなくなり、40度は下らない蒸し暑い室内にごみを積み上げ、その真ん中にくぼみを作って、体を横たえていた。 心の寂しさを埋め合わせるように、話を誰かに聞いて欲しくて占いにハマり、借金は400万円にふくれあがって、その返済から食費が捻出できずにいた。 こうなったのは全て自分が悪い。生きるのが苦しく、死んでもいいと思っていると、自分を責めていた。 職場の人と道ですれ違うのが怖く、真夜中にしか出歩けないと打ち明けてくれた。 その瞬間、かつての私も同じ気持ちを感じたことがあることを思い出した。 . ネット=スマホだけが世界とつながる手段だった 私もひきこもりだったときは近所の人の目が気になって、外出することすらできなかった。 近所の人とすれ違うとジロジロ見られているような気がして、スーパーでさえ行くのが怖くなった。 昼夜逆転の生活を送り、いつも死にたいと思っていたが、かろうじてパソコンでネットにかじりつく日々が続いた。 当時の私と同じく、彼女もネット=スマホだけが世界とつながる手段だった。そして、Twitterを通じて、私に連絡してきたのだった。 このような窮地は、果たして彼女が言うように、自己責任なのだろうか。私はとてもそうは思えない。現在彼女は、友人の民間のサポート生活団体をつなぐことで、手助けを経て、少しずつではあるが、前を向こうとしている。 梅雨の時期から一気に増え始め、秋には収束する

私は、現役世代の孤独死にスポットを当てた記事を何度も何度も発信し続けている。 なぜ、孤独死が多い社会になっているのか。なぜ私や彼女はこんなにも生きるのが苦しいと感じているのか。そして、どうすればこの社会はそんな状況から脱することができるのか。 前述したように年間3万人が孤独死しているが、実数は5万人とも6万人に及ぶとも推測されている。 原状回復を手掛ける特殊清掃業者は年々増え、今この瞬間も、彼らはひっきりなしに過酷な孤独死現場と向き合っている。現に私のもとには特殊清掃業者から、今月も孤独死の依頼が殺到していると情報が寄せられている。 孤独死は梅雨の時期から一気に増え始め、秋には収束する。 孤独死といっても、布団でポックリ突然死するというケースは実は少数派だ。 数時間あるいは数日生存していたというケースも多く、か細い声で外に助けを求めていたという例もあるし、苦しみにあまり玄関にたどり着こうとしてその導線で亡くなっていることも少なくない。 私はその故人の物語というミクロの視点で孤独死現場を取材し発信し続けているが、日本社会が抱えるこの途方もない闇の正体はまだつかみきれずにいる。

菅野久美子(かんの・くみこ)1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経て、2005年よりフリーライターに。最新刊は、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)。 .

7月25日「おとなのひきこもり」テーマにイベント

7月25日午後7時30分、東京・渋谷で、菅野さん、赤木智弘さん、常見陽平さんによるトークイベント「おとなのひきこもりになった時、考えてほしいこと――孤独死3万人の道しるべ」が開かれます。今、働いている現役世代が日々感じている不安と、「おとなのひきこもり」や孤独死は、見えない糸でつながっています。人間関係が希薄になる中で、個人だけでなく、家族も孤立化する現代。突然、働けなくなるリスクは誰しもが抱えています。「おとなひきこもり」がリアルに迫った時、私たち一人一人ができること、について語りつくします。申し込みはページはこちら(https://peatix.com/event/737644/view)。

〔2019年7/12(金) withnews〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
菊池良 「芥川賞」180作品を一気読み 満身創痍になってわかったこと 自著に目を通す菊池さん。執筆中は常に『芥川賞全集』を持ち歩いていたそうです 第161回芥川賞の選考会が、7月17日に開催されます。芥川賞といえば、毎年春と秋に、純文学作品を対象に文藝春秋が発表する賞。文学界では最高の名誉とされ、これまでに石原慎太郎『太陽の季節』や村上龍『限りなく透明なブルー』、綿矢りさ『蹴りたい背中』をはじめ、近年では又吉直樹『火花』、村田沙耶香『コンビニ人間』などが受賞してきました。(西谷格) 1935年から始まり、これまでの歴代受賞作は計180あります。ライターの菊池良さんはこれらをすべて読み切り、その概要や歴史的背景をまとめた『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)をこのたび刊行しました。執筆の苦労とともに、「ひとり」にちなんだ作品についても、話を聞きました。 . 締め切り直前は4時間睡眠で1日5作品を読破

――『芥川賞ぜんぶ読む』では歴代作品がすべて網羅されていて、とても面白かったです。かなりの力作ですが、どういう経緯で出版することになったんでしょうか? 菊池:ベストセラーになった『うんこ漢字ドリル』の著者・古屋雄作さんと一緒に飲んだ時、古屋さんは「すべてがうんこに関連した例文を書くという荒業をしている」と言っていたのですが、“荒業”という言葉にピンと来たんです。 僕も何か荒業をしたいと考えていたら、ふと「芥川賞の本を全部読んでみたらどうか」と思いつきました。まずネットメディア「Zing(ジング)」で連載することになったのですが、第1回を公開した直後、旧知の編集者から連絡があって「これは書籍化、いけるよ!」と言われて締め切りが設定されてしまい、絶対にやらなきゃいけない状態になってしまったんです。 それまでは会社員をしながらライターをしていたのですが、そのままだと週に1~2作品しか読めないので、思い切って会社を辞めて、芥川賞受賞作の読破に専念することにしたんです。

――すべての本を読み終えて、いかがでしたか? 菊池:達成感はものすごくありました。フルマラソンを走りきった感じというか。締め切り1カ月前ぐらいは睡眠4時間とかだったので、肉体的にもキツかったです。めまいがすごくて、常に“ぐるぐるバット”をしたみたいな感じなりました。病院に行っても原因がわからず薬を飲んでいましたが、過労だったんでしょう。満身創痍でした。

――途中で挫折しそうにはなりませんでしたか? 菊池:一種の自暴自棄にはなっていたと思います。締め切り1カ月前の時点でもまだ半分ぐらい読めていなくて、それまでは2日に1冊ぐらい読んでいたのが、多い日は日に4~5作品を読んでいました。 その時期は、心を無にしていたというか、あとどのぐらいで完了するとか、「残り何日だから1日何作品読む」ってことは考えないようにしていました。考えると心が折れると思ったので。

――かなり孤独な時間ですよね? 菊池:すごく孤独でしたね。締め切り直前の1カ月は、人と会話する時間もまったくなかったです。朝起きたらファミレスに行って、朝・昼・晩と3食同じ場所で食べながら、ずっと本を読み続けていました。今振り返ると、自分のなかで情熱が燃えて輝いていた時間だったように思います。 「ひとり」を感じさせる芥川賞作品は?

――DANROには「ひとりを楽しむ」というテーマがあるのですが、「ひとり」に関する作品でオススメはありますか? 菊池:1968年の受賞作『三匹の蟹』(大庭みな子)なんかいいかもしれません。アメリカ滞在中の主婦がホームパーティを開くのですが、自分自身は実はパーティが嫌いで、中座して抜け出してひとりで遊園地に行ってしまうんです。 僕もパーティは苦手なほうで、10分で帰ったこともあります。主人公である主婦はパーティで交わされる、教養を見せびらかすようなスノッブな会話に嫌気が差すのですが、その気持ちは私もよく分かりますね。

――ほかにもありますか? 菊池:『1R1分3秒』(町屋良平)も孤独……というより孤高を感じさせる作品です。21歳のプロボクサーが主人公なんですが、トレーニングって自分自身との戦いなんですよね。 主人公には映画監督志望の友人がいるんですが、そいつが賞を取ったと言い出して、嫉妬してしまう。でも、テーマがスポーツなのですごくカラっとしていて、主人公も素直な性格なので、読んでいて爽やかな気持ちになれます。実は僕もボクシングジムに通っているんですが、サンドバッグを無心に叩いている時間って、何も考えないし、すごくひとりの時間ですよね。 あと、前田敦子主演で映画化もされた『苦役列車』(西村賢太)。主人公は中卒で日雇い仕事をして生活しているんですが、専門学校に通っている同い年の友人ができて仲良くなります。でも、コンパに行ったり彼女と遊んだりしている友人とは結局は相容れず、溝を感じて離れてしまうんです。ちょっと仲良くなったけど、結局疎遠になってしまったことって、わりと誰にでもありますよね。そういう経験が思い当たる人は、感情移入しやすいと思います。

――今後やってみたいことはありますか? 菊池:芥川賞を読みきって分かったのは、文学というのはものすごい“地層”になっているということでした。現代の作品もそうだし、たとえば私たちが普段ブログやツイッターで使っている言葉遣いにしても、すべて過去の蓄積の上に成り立っているんです。そのことを実感できたのは大きな収穫だったと思います。今後も、やはり文学を題材にしたものを書きたいと思っています。 文学って、人間の内面を描いているものなので、主人公を通じて自分自身の内面にも触れられる。だから自分のことがわかるんです。自分はこういう人間に感情移入するんだな、という感じで。 「スマホを持たずに出かけると自分自身と対話ができる」

――ところで、菊池さんは10代後半から20代の初めまで、ひきこもり生活を送ったそうですね? 菊池:はい。単に自堕落だったんでしょうね。いじめとか人間関係の問題とかがあったわけではなくて、恐らく近所に住んでいた同級生4人が不登校だったから、それに釣られるようにして不登校になったんです。みんなで学校行かずにゲームとかしていました。遊びに行った家の親も、まったく怒らなかったです。 自分の親も、心配はしていたとは思うのですが、学校に行けとかバイトしろとかは、まったく言われませんでした。22歳になって、さすがにマズいと思って大検を取り、大学生になりました。

――ひきこもりから、こうして社会で活躍できるようになったのは、どうしてだったんでしょうね? 菊池:発信することが趣味だったのが大きいかもしれません。自分が読みたいものをひたすら読んだり、書きたいことを書いたりしていたので、自分が好きなものが何か分かった時期でもありました。ブログを書いて反応があるのも楽しかったです。ライターだったら俺にもできるかもっていうのを見つけられたことが大きかったでしょうね。 就職活動の際には「世界一即戦力な男・菊池良から新卒採用担当のキミへ」というタイトルの逆求人サイトを作ったのですが、意外なほど注目されて『世界一即戦力な男』(フォレスト出版)というタイトルで書籍化やドラマ化されました。

――かつてのひきこもりの時期や、最近の芥川賞受賞作すべてを読破した時期には、「ひとり」の時間も多かったと思いますが、どんな意味があったと思いますか? 菊池:ひとりになるというのは、人生においてすごく重要なことだと思います。今の時代って、意識的にひとりになろうとしないと、なかなかなれないですよね。スマホを持っていたら、すぐ他人と繋がってしまいますし。 だからこそ、スマホを持たずに出かけたりカフェに行ったりすると、自分自身との対話ができて新しい発見があると思います。 そういう時間がないと、自分の好きなものが何かって、分からないんですよね。周りに人がいすぎると、自分の内面を見つめる時間がなくなってしまう。だから、本を何冊か持って旅行にでもでかけたら、最高ですね。

(著者プロフィール)

西谷格(にしたに・ただす)

ライター。1981年神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、地方新聞の記者を経てライターとなる。2009年~2015年まで上海に在住し、中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記(小学館新書)』など。東京都新宿区在住、独身。 〔2019年7/12(金) DANRO〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
教育虐待パパ 中学受験で子どもをツブす「教育虐待パパ」の共通点 子どもへの過度な期待がエスカレート 中学受験の過度なプレッシャーやストレスから心身に不調をきたし、心療内科に通う“小学生”が急増しているという。昔から教育熱心なのは母親のイメージが強かったが、近年は父親が自分の理想を子どもに押し付け、行き過ぎた指導で子どもをダメにしてしまうケースが目立つ。教育評論家の石川幸夫氏が、そんな「教育虐待」に走る父親の共通点を指摘する。 . * * * これまで、中学受験の多くは、母親が主導権を握っていたのですが、この十年で受験には門外漢と言われていた父親の関わりが目立つようになってきました。いわば「父親の母親化」です。 . それは、働き方改革に代表されるように女性の社会進出が顕著になり、忙しい母親に代わって、父親もわが子の教育に関心を持たざるを得ない状況に変化してきたからだと考えられます。いまや塾の選定から受験校の選定、そして、塾の送り迎えまで父親が行うことも珍しいことではありません。 . 小学校、中学校の受験を考える時、まだ子どもたちに判断力や理解力が乏しいため、志望校の選択から準備まで、すべて親の指導で行われます。その親でさえ、学校選択で揉めることが多々あります。主体は子どもであるはずなのですが、私立か国立か、一貫校かで夫婦の対立が起こることもしばしばです。受験に対する意見の違いから離婚にまで至ったケースや、親が望む学校に行かせるために引っ越しをしたり、住民票を移し替えたりするケースもあり、家庭崩壊に陥った家族もあります。 . また、最近では、母子家庭や父子家庭の家庭も増え、祖父母の積極的な関わりも新たな傾向として見えてきました。一人の子どもに対する過度な期待が、時に行き過ぎた行動につながってしまうのです。 . ◆教育に熱心な父親のタイプ . 私はこれまで、民間教育の現場で幼稚園受験・小学校受験・中学校受験、そして、高校受験に携わってきましたが、実際に受験として父親が深く関わってくる時期が中学受験です。幼児期の受験と違い、父親の存在感を示すことができるからです。それは、学習面や知識など、社会人としてのこれまでの経験を生かせると考えるからでしょう。 わが子の教育に対して熱心な父親のタイプは、おおよそ次の4つに分けられます。 . (1)学歴こそ低いものの比較的高収入の父親 (2)高学歴で、自分の成功体験を子どもに押し付ける父親 (3)高学歴でありながら途中挫折した父親 (4)学力にコンプレックスを抱え、自分の子に夢をかける父親 . 高学歴の父親は、子供の学力が平均より高い場合、より学習指導に厳しくなる傾向があります。それは、子どもの学力の高さが、その先の高学歴人生を連想させ、父親の期待感が高まるからと考えられます。 . 一方、父親が低学歴でも比較的高収入の場合、自分の過去から、子どもには苦労させたくないと、できるだけ早い時期から積極的に習いごとに通わせたり、勉強を無理やり“させる”傾向を示します。もちろん、子どもの教育に熱心な父親はいつの時代でも存在し、わが子に対する当たり前の接し方ともいえます。子どもに目を向けてみても、そんな父親の教育熱心さに応えるように、父親の言動や行動を認め、従順な態度や対応を示します。そのため、一生懸命に勉強します。 . しかし、まだ幼い小学生は受験という「ゴール」が本当に自分の望むゴールなのか判断がつきません。成長の途中にある中学受験の怖さはここにあります。このことを父親としても認識しておかなければなりません。親の言うとおりにすることで、子どもは実はそれがとても楽なことだと錯覚します。つまり、自分を支える力、自分を理解する自尊感情が育たないのです。 . ◆教育虐待に走る親のタイプ . そして、子どもへの過度な期待がエスカレートし、暴力をふるうなど「教育虐待」にまで至る父親の行動は、わが子に対する期待と愛情のアンバランスから起こると考えられます。 . 子供の成績から過度な期待を抱き、わが子を思う気持ちが溺愛に代わり、その先に、子どもを自由にコントロールできると勝手に考えてしまうのです。受験を通してわが子を、人格を持つ一人の人間として扱えない父親の姿は、自分の描く理想像を子どもに投影しているだけに過ぎません。 その背景には、父親自身の人生観や、今おかれている社会的立場、過度な人的ストレス、自分の思い描く社会的地位とのギャップなど、複雑な要因が入り交じり、父親の“心の迷走”を感じ取ることができます。すでに、自分自身を冷静に、そして客観的に見られない状態になっており、子どもの受験に関しても自分より身分的・地位的に上の人か、権威ある教育や受験の専門家の意見以外は聞く耳を持たないのが特徴です。 . こうした父親に共通する教育方針として、次のような内容が浮かび上がってきました。もちろん、受験だけに固執せず、良い面もありますが、過干渉といわれても 仕方のない面は否めません。 . ・幼いころから習い事や塾、スイミングスクールなどに通わせる ・約束を守れない場合、体罰を与える。食事をさせない、外に出す等。 ・口答えは許さない。 ・見るテレビの制限をする(ニュース番組・健全なアニメなど) ・友人との連絡を禁止する。遊びに行くことも、家に招くことも禁止する ・毎日の学習の確認をする(テスト結果の報告、学習内容の説明など) ・博物館、展覧会などに連れていく ・子供とは率先して関わる。遊びも付き合う ・成果が上がらない場合、すぐに塾や先生を変える .

◆子どもと父親「ゴールの違い」 . 当然のことですが、中学受験は子ども自身の目標であり、入試までの過程には何度も繰り返されるテストがあり、その都度、子どもの頑張りや評価すべき通過点があります。 . しかし、父親の考えるゴールには「合格」の二文字しかなく、それ以外はすべて否定的な捉え方をします。模擬試験の結果などはその最たるものです。結果が悪ければ、今まで以上に指導に熱が入ります。そして、子どもの学習時間も深夜まで及び、寝不足で学校の授業にまで支障が出るほどです。 . そうした親の厳しすぎる指導で取り組んだ受験は、子ども自身のゴールではなく、合否の結果がすべてという父親のためのゴールともいえます。認知心理学の用語では、学習の結果として表れる成績や、親や先生など周囲からの称賛を目標としたゴールを「パフォーマンスゴール」と呼びます。 本来は、子ども自身が日ごろの努力や受験勉強の成果の積み重ねから学べるゴールでなければなりません。これを「ラーニングゴール」と言います。結局、親の顔色をうかがいながら過度な期待を背負って受験に挑む子どもは、指導のつらさに耐えきれず、自分自身を追い詰めてしまうこともありますし、仮に不合格という結果を突きつけられれば、小さな心にさまざまな重荷となってのしかかります。 .

◆パフォーマンスゴールと自尊感情 . 2016年に名古屋市で父親が中学受験に挑んでいた小学6年生の子どもを刺し殺すという事件がありましたが、これも、過度な親の受験教育・受験思考から、親の“心の暴走”と見ることができます。 . 一方、親の過剰な干渉や指導による反動が間違った方向に出てしまう子どももいます。2008年6月に東京・秋葉原で無差別殺傷事件(通り魔殺傷事件)が起こりました。当時25歳だった元派遣社員の男(加藤智大死刑囚)の犯行でしたが、彼は地元の進学校に進むも高校時代に成績不振に陥って挫折します。その後の調査で、犯人の母親がかなり教育熱心で厳しい親であることがわかりました。 . 犯人は、自己否定感に陥り、将来を悲観して通り魔という暴挙に出ます。親の意のままに育ってきた子は、周囲からは実に「いい子」なのですが、思春期になり、自分を見つめ直していく過程で、自らのゴールを模索し始めます。不登校になる生徒の多くに、こうした「いい子」の存在があります。思春期に至る過程で自己への渇望があるように思います。 .

◆その先にある子どもの心の崩壊 . しつけと虐待の違いは、実にはっきりしています。自分の考え方に従わせる行為そのものは指導でもなければしつけでもありません。それは、服従であり、飼育と言います。 . コントロールすべきは父親自身の行動や感情で、命令や、時に暴力を用いて従わせること自体をしつけとは決して呼びません。子どもの良き伴走者であるべき父親が、社会で活躍する手本となるべき父親がとるべき行動ではないと思います。自分の描く夢のゴールを、さも、子ども自身が望むゴールと勘違いしている。子どもにとっては、自分自身を見出したゴールではないのです。 . 子どもたちには、中学受験の先にもたくさんのゴールがあります。それぞれが次のステップとなるよう、学ぶためのゴールです。親は人生の先輩として、子どもの先を歩んでいます。だから、子どものためと思い、自らが子供の人生設計をしてしまうのでしょう。しかし、場合によっては、その道は「これで良いのだろうか」と自分自身で歩まされてきた道かもしれません。たとえ過去において成功例であったとしても、多様化する今の時代にはそぐわずに通用しないパラダイムになっている可能性が大きいのです。 〔2019年7/6(土) NEWS ポストセブン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
女性の自由と孤独 自分と向き合うことの大切さ 夫のモラハラを乗り越えた女性 「女性の自由と孤独」をテーマに、女装小説家・仙田学がさまざまな女性たちにインタビューをするこの連載。今回は、夫からの激しいモラハラと、2人の子どもたちの不登校を通して、女性としての価値観や生き方を見つめ直すことができたというアサコ(52)に話を聞いた。(仙田学) . 夫からの日常的なモラハラ 29歳で結婚したアサコは、翌年に長女を出産した。最初から夫は育児に全く参加しなかった。オムツ交換や入浴などには見向きもしない。たまにあやすことがあっても、気が向いたときだけ。 「そのうち、言っても無駄だと思って頼むこともなくなりました。夫がいるのに、ひとりで子育てするのが当たり前になったんです。女がやるものだという意識が、私のほうにもあったかもしれません」

アサコは33歳で長男を出産した数年後に、鬱状態になった。 「いつも眠くて、午前中ずっと寝てる状態が何カ月も続きました。なんで子育てがうまくいかないんだろう、なんでこんな人と結婚したんだろうって、自分を責めてばかり」

やがてアサコは離婚を考え始める。夫はその間も、育児に関わらないだけでなく、アサコや子どもたちに激しいモラハラをしていた。 「家では日常的に怒鳴られていました。明らかに向こうがおかしいってわかるんですけど、おさまるまで待とうとしか思えないんです。さんざん怒鳴りつけて私を悪者にすると、夫は部屋に閉じこもります。やっと終わったと思って子どもたちを探すと、2人して脱衣室で膝を抱えて泣いていたいたこともありました。子どもたちにもしょっちゅう怒鳴っていました。考えたうえで叱っているんじゃなくて、感情に任せて怒っているだけ。無駄に厳しい割には、言うべきことを言っていないというか。子どもの失敗には逆上するくせに、自分にはとても甘いところもありました」 . 不登校になった2人の子ども 度重なるモラハラによって鬱の症状が長引いたため、アサコは知人の紹介でアドラー心理学に基づくカウンセリングを受けた。それを通して、様々なことに気がついたという。 「そもそも私自身も、子育てに向いていないと思っていたんです。独身の頃から、毎日家にいて家事をするとか考えられなかった。末っ子だったし、自分より弱い者の面倒を見るのは苦痛だと思っていました。母親は主婦の鏡みたいな人で、料理は上手いし洋裁も得意で、毎日きれいに掃除をしていました。女の子の生きる道はそれしかないんだと、母親からは教えられたんですけど、自分にはできないと思っていました」 女性は女性らしく生きるべきという、母親から刷り込まれた価値観。しかし、家事や育児に向いていない自分。こうした状況に苦しむ中、長女が不登校になる。 「娘が中1になったばかりの頃でした。いくら起こしても起きなくて、学校に行けない日が増えました。病院に連れていくと、心因性の起立性調節障害と診断されました。車で無理やり連れていったことも何回かありましたけど、娘が学校に行けたのは中学3年間で3~4カ月だけでした」 中3の終わり頃に、長女は通信制の高校に行きたいと言いだし、長かった不登校生活が終わった。ところが2つ年下の長男も、中1のときに学校へ行かなくなる。アサコはどこかで予想していたという。 「同じ家庭で育ってますからね。思春期になれば同じ問題が浮上するだろうって。息子が中2の頃、私は何度も深夜に起こされました。子どもの頃にやりたくもない習い事をさせられたとか、あいつ(夫)から怒鳴られたときに盾になってくれなかったとか、何十回も同じことを言われるんです。私が言い訳をすると、激怒しました。『じゃあお母さん離婚すればよかったの?』と言うと、『そんなこと言ってんじゃねえ』と怒鳴り返してきたり。扇風機の首を手で折ったり、押し入れや本棚に穴を開けたりもしていました。私に暴力を振るったことは一度もなかったですけどね。私が家にいるときに、子ども部屋から『死にたい』とLINEがきたこともありました。いま思えば、夫には反抗できなかったので、その感情を私に向けていたのかも」 自分と向き合うこと

長いあいだ続いた長男の反抗は、あるときを境におさまった。きっかけはアサコが自分と向き合ったことだった。 「変わらなきゃならないのは子どもじゃなくて自分のほうだと気づいたんです。自分に自信を持たずに生きてきたんだなって。それから子どもにダメ出しをすることをやめました。その代わり、できることを認めるようにしました。それは子どものためにも、自分のためにも。私が変わると、不思議なことに夫も協力して、子どもへの接し方を変えてくれるようになりました。不登校には自分の影響がかなりあったことに途中から気づいたみたいで」 子どもの不登校を受け入れることは、アサコにとってありのままの自分を受け入れることでもあった。では、長らくモラハラに苦しめられてきた夫の存在を受け入れることはできたのだろうか。 「夫には失礼な話だけど、私は自信のなさから、結婚するとき妥協したんですよね。自分にはこのくらいの人がお似合いなんだって。でも子どもの不登校を通して私が変わって、合わないところがはっきり見えてきました。言いたいことを言えるようにもなって、関係性が少し変わってきました。その甲斐あって前よりはうまくいくようになってきました」

(著者プロフィール) 仙田学 (せんだ・まなぶ) 女装小説家。2002年に小説「中国の拷問」で、「第19回早稲田文学新人賞」を受賞してデビュー。文芸誌を中心に小説やエッセイを執筆。著書に『盗まれた遺書』(河出書房新社)、『ツルツルちゃん』(オークラ出版)がある。全国で小説教室を開催中。「日刊SPA!」で女装エッセイ「女装小説家・仙田学の『女の子より僕のほうが可愛いもんっ!!』」を連載中。DANROでは、「女性の自由と孤独」をテーマに執筆。 〔2019年7/7(日) DANRO〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ご当地アイドルグループ「ami~gas(アミーガス)」。 “不登校”からご当地アイドル 「中3女子」の一大決心 「自分の気持ちを大事に動き出してほしい」と話すみゆうさん=6月20日、福井市 福井県坂井市のショッピングセンター「アル・プラザ アミ」を活動拠点とするご当地アイドルグループ「ami~gas(アミーガス)」。メンバーのみゆうさん(20)は小中学生時代、起立性調節障害などで学校に行けなくなった時期があった。アイドルの世界に飛び込み、今春、通信制高校を卒業したみゆうさん。「ステージに上がっている自分が好きになれる。強い自分になれる」と、アミーガスの活動にますます力を入れる。

■ある日、突然 平成23年。小学6年の2学期に「ある日突然、朝に起きられなくなった」。振り返れば、予兆と思われる頭痛や腹痛があったが、原因はわからない。それ以降、「毎日午前中は調子が悪くて体が動かせず、不登校になりました」。 中学校の入学式には出席できたが、体調不良が続き、1週間で通えなくなった。総合病院にかかると、血圧測定などの検査で「起立性調節障害」と診断された。同障害は、自律神経のバランスが崩れることで頭痛やめまいなど体調不良を引き起こし、朝に起きられなくなるもの。思春期に多く、中高生の約1割が発症するとされる。周囲から「怠けている」と誤解を受けたり、登校できなかったりするストレスから症状が悪化することも多く、不登校の要因になっている。

だが、みゆうさんは投薬治療で症状が改善しなかった。「同級生に置いていかれている」と、ますます学校から足が遠のいた。 そんな中で知ったのが、アミーガスだった。 もともとAKB48のファンで、アイドルのキラキラした姿に勇気づけられていた。中学2年の時、福井でもご当地アイドルが活躍していると聞き、軽い気持ちで立ち寄ったのがきっかけだった。ステージに立つメンバーの姿に「地元の同年代の女の子が一生懸命にがんばっている」と、輝いてみえた。 ライブに足しげく訪れるようになり、メンバーとも顔見知りになっていった。スクールカウンセラーの勧めで通信制高校に進むことを決めると、アイドルへの思いが高まった。「こそこそ応援するくらいなら、堂々と活動したかった」。メンバーからの誘いにも背中を押され、みゆうさんは中学3年生になる26年春、アミーガスに加入した。

■「踏み出す勇気を」 高校在学中にはリーダーを務め、年下のメンバーを引っ張った。テレビCMやテレビドラマ「下町ロケット」にも出演した。「本当に好きなもの、がんばれるものがあることが大きかった」と日々の励みになり、今年3月、高校を卒業した。 5月中旬。ライブでは、みゆうさんらメンバーの笑顔が弾けた。地元の福井県警坂井署から広報隊に任命され、ライブの合間には交通安全や特殊詐欺防止を呼びかける。子供限定の写真撮影イベントも行われ、幼い女の子が、憧れのまなざしを向けていた。 結成から8年目。振り付けやライブでの動き方は自分たちで決める。先輩が後輩にアドバイスし、結束も強まっている。歌やダンス、司会進行などステージで自分を表現するため、レッスンに懸命だ。 プロデュースを手がける企画制作会社、ショーケース(福井市)の武田将一朗社長は、みゆうさんだけでなく、メンバーそれぞれに成長の場になってきたと感じる。「どんなに良いことでも表現できないと伝わらない時代。アミーガスが自己表現力を高める活動になっている」 みゆうさんは自分を振り返り、何か挑戦しようとする人にこう呼びかけた。「一歩踏み出すことは勇気がいるけれど、自分の気持ちを大事に動き出してほしい」 ami~gas(アミーガス)=平成23年12月に結成。当初は「アル・プラザ アミ」の広報活動をする女性を集める取り組みだったがアイドルに転身した。持ち歌は約30曲。メンバーは入れ替わり制でこれまで30人が加入し、現在は12~25歳の8人。 〔2019年7/7(日) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
育児放棄に、周囲はどんな支援ができるのでしょうか? “育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市 虐待経験者が胸の内を明かした。 育児放棄に、周囲はどんな支援ができるのでしょうか? 人知れず育児に悩む親たちを支援する組織があります。支援を受けている虐待経験者が、当時の胸の内を明かしました。 . “育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市 札幌市の養護施設「興正学園」では、経済的に育てられなかったり、虐待された子どもを保護している。 元の家庭に戻れるケース“1割“ 札幌市北区の児童養護施設・興正学園。経済的に親が育てられない子どもや、虐待されている子どもを保護し養育する公的な施設です。 興正学園 鏑木康夫さん:「基本的に1歳から18歳の子どもが入所しています。(Q.定員は何人?)69人です。(Q.今は何人入所していますか?)69人います」 道内23か所の児童養護施設の入所者の約8割が、虐待を受けていた子どもたちです。児童相談所や学校と連携し、子どもが元の家庭に戻れるようにするのが大きな役割です。 しかし、実際に戻れるケースは1割ほどだといいます。興正学園では虐待が深刻な状態になる前に、その芽を摘もうという取り組みに力を入れています。 . “育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市 興正こども家庭支援センターでは24時間365日、育児に悩む親からの相談に対応している。 子育てに悩む母親からの“SOS“ 「はい、興正こども家庭支援センターです。どんなご相談になりますでしょうか?」 電話をしてきたのは子育てに悩む母親です。 相談員:「実際に(子どもを)たたいてしまっているとか、外に出しているとか、家に帰らないで会わないようにしているケースがあって、そういう(緊急を要する)ケースの場合は面談につなぐ」 育児に悩む親などからの相談を受ける施設を併設。24時間対応しているんです。 . 相談員は「危機感を抱いている人が増えている」と話す。 6月だけで相談件数5件…札幌市民の中にある“後悔“ 年間約3700件の相談が寄せられますが6月、その数に変化がありました。 相談員:「(虐待調査を)電話で依頼されたりすることが増えていて、虐待に危機感を抱いている人が増えた印象がある」 例年、虐待の疑いがあるので調査してほしいという依頼は、年間15件ほどです。それが6月だけで5件に上りました。 背景には札幌市で起きた2歳児の虐待事件があります。痛ましい死を防げなかったのかという悔いが市民の中にはあるようです。 子育て中の母親:「親に頼れない状況だと誰かが手を貸したり、目を向けてやらないとどんどん孤立していく」「児相のことも言われているが一番は母親」「母親に対しての支援も必要だったのかなと思う」

北海道ニュースUHB “育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市 シングルマザーのAさんは、過去に虐待したこともあった。 「親子で孤立でした」 子育てに悩む親を支援する民間の取り組みもあります。 札幌市に住むAさん。小学3年生の息子を育てるシングルマザーです。仲の良い親子ですが、過去に虐待の経験があります。 Aさん:「(子どもが)泣いた時は耳ふさいで、聞こえないふりしたりとか、たたいたりとか、もうやめてと叫んだり、親子で孤立でした」 虐待が始まったのは息子が1歳のころ。妊娠中に離婚し一人で子育てをするストレスからでした。親からは出産を反対されていたため相談することができませんでした。児童相談所に相談することも考えましたが…。 Aさん:「児童相談所に連絡すると自分が犯罪者になるんだろうなということと子どもを取られる。二人で死を選んだか、もしかしたら、あの子を殺していた可能性もあるかな」 . 札幌市の民間施設で行われたグループカウンセリングの様子。 死を考えた末…助け求めた先はグループカウンセリング 死まで考えたAさんが頼ったのは、札幌市東区の民間施設「麦の子」です。 主に障害のある子どもを持つ親の相談に乗ったり、子どもを預かったりする支援を行なっています。ここでAさんが受けたのがグループカウンセリングです。同じ悩みを持つ親同士が苦しみを分かち合い支え合います。 参加した母親:「みんなで学校に行ったはずなのに、あっという間に行けなくなって」 重い口を開いたのは、不登校になった小学1年生の母親です。現在虐待を克服したAさんも経験者として参加しています。 Aさん:「子どもは学校に行くのが仕事。昔から『働かざる者食うべからず』ということわざがあるよね。(不登校の息子に)『あなた何でご飯食べるの?』と言ったことがある。孤独じゃない。同じ、みんな同じだよ。大丈夫」 自分の体験を笑いも交えながら語り、安心させます。 参加した母親:「私の気持ちなんか誰もわからないと思っていたんですけれど、ここに参加して先輩お母さんに話を聞かせてもらって、私まだやれるかもしれないと思えて元気が出ました」「誰かともつながれる、孤独じゃない。今までは密室で(虐待を)やっていたので子どもにしなくなった。こういうグループカウンセリングに出るようになってから」 Aさんは「麦の子」でカウンセリングを受け、3年かけて虐待から逃れることができました。しかし、今でも不安があります。 Aさん:「一瞬、たたきたくなるし…」 再び虐待をしてしまうかもしれない。そんな時、Aさんはかつてのように「麦の子」のスタッフに電話をします。 Aさん:「怒っちゃったと言って、でもたたかなかったと言うと、『お母さんよく頑張ったね』と褒めてくれるんですよね。その積み重ねで電話をかけてもいい場所なんだ、つらい時は(電話を)かけたら救われる」 . “育児放棄“私たちはどんな手を? 「親子で孤立」経験者が語る虐待から抜け出せた理由 札幌市 Aさんは“虐待の芽“を摘む取り組みが広がることを願っている。 365日相談受付で“虐待に苦しむ親も減るのでは“ 「麦の子」では1年365日、24時間いつでも、育児で悩む親からの相談を受け付けています。Aさんは、このような取り組みが広がれば、虐待に苦しむ親も減るのではと考えています。 Aさん:「(Q.息子さんは何が好き?)メロンパンです。(夕食時は)1日の話をしたりきょうはきっとこのテレビ取材の話でないでしょうかね」 子どもを救うことは、母親を救うこと。虐待の芽を摘む取り組みが広がることを願ってやみません。 〔2019年7/7(日) 北海道ニュースUHB〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ホームスクール 学校が合わないから「ホームスクール」…同年代の子と交流する場もほしい 「心身に不調をきたしてまで、子どもを無理に学校に行かせる必要はない」。そんな認識が広まりつつある一方、学校に行かないと同年代の子どもと交流する機会も限られてしまう。親たちは、家で学ぶ子どもたち同士が安心して集える場を作ろうと動き出し、それを支える取り組みも始まっている。(田中ひろみ) . 料理や社会見学…親子でグループ活動 「学校以外で学べる場、みなさんで一緒に楽しい場を作っていきましょう」 千葉県松戸市の熊谷亜希子さん(40)は今年4月から、不登校児らが日中に集まって、グループで活動する取り組み「松戸まなビーバー」を進めている。放課後の学びの場を運営している熊谷さんに、不登校児の親から、「子どもたちが集まれる場がほしい」といった要望が寄せられたことがきっかけだった。 月に3回、平日に小中学生約10人と親らが集まって、理科の実験や料理作り、工場の見学などを行うというもの。同年代と交流する機会が少ない不登校児にとっては、家庭での学習だけでは体験できない、貴重な学びの場になっているという。 熊谷さんの次女(10)も聴覚過敏などが原因で、小学1年の頃から「学校は怖い」と嫌がるようになり、今は学校に通っていない。熊谷さんは、「周囲から『学校に行かないと駄目』というプレッシャーを感じて苦しむ親子は多い。悩みも共有できる場にしたい」と話す。 . 「自分以外にもこんなにいるんだ」子どもが安心 近年は「学校に行かないといけない」と不登校を悩むのではなく、自宅学習を「ホームスクール」、不登校児を「ホームスクーラー」と前向きにとらえることで、子どもたちが学校外で集まる場を提供する取り組みが、都市部を中心に広がりつつある。 長女(9)が小学校入学後すぐに不登校になった埼玉県越谷市の小田恵さんは、フェイスブックで「ホームスクーラーとお出かけ」というグループを作成した。グループ参加者は、「この日に筑波山に登る人を募集」といったように、それぞれが企画を立てることができる。 小田さんは「近くにホームスクーラーがいるなら、つながりたい」という親の声を受け、昨年4月、ホームスクーラーの居場所を登録できる「ホームスクーラーマップ」(https://goo.gl/n2RP6f)も公開した。登録した親子がマップ上に表示される仕組みだ。 登録しているのは、今のところ全国で約170家庭だが、「子どもが『自分以外にもこんなにいるんだ』と安心できた」「近くのホームスクーラーに出会えた」といった反響があったという。 次男(9)が小学1年の時に不登校になったという横浜市の佐々木貴広さん(30)は、自身や、ホームスクールに取り組んでいる親子の体験談などをまとめた情報サイト「ホームスクールジャパン」を開設している。

次男は小学2年になり、友達に誘われて学校に通うようになったが、佐々木さんは「『学校が合わないなら、ホームスクールがある』というくらい、ホームスクールが当たり前の選択肢となり、不登校に悩む子どもがいなくなればいい」と話している。 ホームスクールで「出席扱い」進まず…「第三者機関のチェック必要」 2017年に施行された教育機会確保法では、国や自治体が学校以外でも、不登校児が学ぶ機会を確保する施策を実施するよう義務付けている。 不登校児の学びの場としては、民間のフリースクールや教育委員会が設置する適応指導教室がある。ただ、小中学校の不登校児が17年度に約14万人に上る中、適応指導教室に在籍する小中学生は約2万700人、教委と連携するフリースクールなどに通う小中学生は約2800人だ。 ホームスクールについては、日本では制度は整っていないが、文部科学省は05年、保護者と学校が連携し、家庭でITなどを活用した計画的な学習プログラムを実践していることなどを条件に、学校長の判断で小中学校の出席扱いにできるとする通知を出している。 ただ、17年度にこの仕組みを使って出席扱いとされた小中学生は、全国で149人にとどまっている。文科省は「学習状況の把握が難しかったり、学校現場で通知の内容が知られていなかったりといった要因が考えられる」としている。 NPO法人「日本ホームスクール支援協会」(東京)によると、ホームスクールの制度が整っている欧米では、学習記録の提出の義務付けや指定したテストの受験などで、学習の質を担保しているという。同法人の日野公三理事長は「第三者機関が、家庭での学習記録を作成し、学校に提出するなど、チェックする仕組みが必要だ」と指摘する。 〔2019年7/7(日) 読売新聞オンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
引きこもり8050問題 なぜ引きこもり・8050問題は深刻化するのか?高額な引きこもり支援ビジネスを一概に非難できない理由 6月に引きこもりと思われる中年男性が起こした無差別殺人事件では、「一人で死んでほしい」とのコメントに様々な論議が起きました。被害にあった家族にとっては当然の感情かもしれませんが、引きこもり支援団体からは慎重な対応を望む声が上がりました。その事件に続いて引きこもっていた長男が周辺住民とトラブルになって戻ってきた後に、小学校の運動会の騒音に殺意を示したことに危機感を覚えた父親が殺害した事件がさらに波紋を起こしました。これらの事件を契機に引きこもりや8050が深刻な社会問題として一般の方にも知れ渡るようになりました。

深刻な8050問題 内閣府の調査によると中高年(40-64歳)の引きこもりが推計61万3千人いるとされ、15-39歳の引きこもりの推計54万1千人よりも多いことがわかりました。関係者の感覚ではもっと多いのではないかともいわれています。中高年の引きこもりが多い背景には、就職氷河期、リストラなどの要因があげられています。中高年の引きこもりには大きく二つのタイプがあります。一度社会に出てから引きこもるタイプと社会に出る前の若い時(学生時代)からずっと引きこもっているタイプです。一度社会に出てから引きこもる原因は、業績至上主義、過重労働やパワハラなど社会のストレスからうつ病や不安障害などで退職し、その後なかなか復帰ができない場合が多いように思えます。若い時からの引きこもりは学校での人間関係やいじめなどが要因と言われていますが、実は原因がわからないことも多いのです。

引きこもりは病気なのでしょうか? 中高年の引きこもりは対人関係や過剰労働が原因のうつ病や不安障害が背景にあることはよく経験しますが、ストレスのない状況においてはほとんど大きな問題はありません。しかし、仕事など社会と接する時に大きなストレスを感じて結局引きこもってしまう場合が少なからずあるようです。若い人の場合も自閉症スペクトラム障害や統合失調症のような精神疾患も原因として考えられますが、私が接している患者さんではそのような疾患はかなり稀です。どちらかというと神経質で過敏ですが、特にこれと言った精神疾患が背景にある人は少ないように思えます。社会に出にくいことから社交性不安障害などが当てはまる方も少なくありませんが、最近注目されているHSCやHSP(ハイリー・センシティブ・チャイルド、またはパースン)という性格が背景にあることが多いように感じます。HSCやHSPに関しては別のコラムで詳しく解説したいと思いますが、要するに非常に敏感で気を使うがあまり、多くの人と接するのが苦手になり、引きこもるようになるのです。最近はHSCやHSPがよく話題になっていますので気になる人はネットなどでチェックしてみてください。結構当てはまる人も多いと思います。実は私もある程度当てはまります。つまり引きこもりという病気があるわけではなく、そのような状態であると考えてください。

引きこもりはだめなこと? 社会との接触が少なくなると何かと不自由な生活になりますので、保護者は「引きこもりはだめなこと」と考えがちです。確かに引きこもることで一般的に収入はなくなり、周辺住民との最低限の約束事も守れずにトラブルになる場合もあります。しかし、ほとんど家にいて株の取引きやソフト制作で十分すぎるほどの経済活動をしている人もいます。家族にとっては引きこもって、不登校になったり、社会と距離を置くことが大きな問題と考えるばかりか、恥ずかしことだと感じる人が少なくありません。この感情が引きこもりがなかなか解決しない大きな問題だと私は考えます。特に日本人は普通であることを大事にしようとしますので、多数派にいることで安心します。今でこそLGBTは社会的に認知され、少しは生きやすくなりましたが、当事者の方たちは大変つらい思いを抱えて生きてきたことでしょうし、今でも少なからず偏見は残っています。 同じような考え方をしている男性が中心となって高度成長期を引っ張ってきましたが、グローバル化が進む中で、多種多様な考え方や視点が求められ、「ダイバーシティ」という概念が広がりました。そのような流れの中で「引きこもり」も同様の視点を持って考えるべき時が来ているように思えます。

引きこもりの何が問題なのでしょう? 引きこもりの問題は、経済的活動があまりできていないことのように私は感じます。前述したように株の売買やプログラム作成などで生活費を稼いで、他人に大きな迷惑をかけていなければ何の問題もないと思います。経済的活動ができていない方は「お金」に強く執着してしまいます。現在も将来も収入の当てがないとなると不安を強く感じて「お金」に執着する気持ちは理解できます。そのために私の診察の目標は「ある程度の経済的活動」です。保護者の方には「引きこもっている人のゴールはアルバイトができること」と思ってくださいとお話しています。もちろん肉体的・精神的な問題からアルバイトすら困難な方もおられるでしょう。その時は各種の社会保障制度を利用することも必要になるでしょう。親にある程度の資産があって、高齢化した時には早めに弁護士や司法書士に相談して「成年後見人制度」などを利用して、引きこもっている方を経済的に安心させることも必要だと思います。

引きこもり支援の困難さ 引きこもりを恥ずかしい問題ととらえずに、主に経済的な問題をどうするか?という視点で支援をしていくことが私は望ましいと思います。しかし、現実的に引きこもっている人に就労してもらったり、後見人制度を利用してもらうことはかなり難しいことだと感じます。対人関係に疲れて引きこもっている人が多いために、容易に面談をしていただけません。そのために専門家は一様に辛抱強くコンタクトをとることが大切だと力説しています。実際に何度も自宅を訪問している専門家や支援団体の方もたくさんおられます。私も、今のところそのような方法しかないのではと感じています。

専門家に早く相談することも大切ですが、私のかかわっているケースのほとんどがすでに専門家に相談しています。相談されるところによって対応はまちまちかもしれませんが、何度相談しても全く状況が変化しないことから、出口のないトンネルに入ったような気持ちになります。最初は引きこもり本人も相談されたようですが、これと言った解決方法がないために「どこに相談しても同じ!」と考え、我々の面談を拒否されます。そのために、最初に相談に応じた方の責任は重いですが、いくら専門家と言っても簡単に解決する妙案はありません。病気が疑われる場合は医療機関を紹介することもできますが、多くの方が特に病気を思わす状態ではありません。そのために、辛抱強いカウンセリングが必要となりますが、埒が明かないために次第に相談から遠ざかるようになります。そのために保護者の方が定期的に集まる会を主宰している民間団体も沢山あります。

支援団体の運営は苦しい? ネットで探せば引きこもりの支援団体はたくさんあり、専門家も色々なアドバイスをしていますが、事態は深刻化する一方です。あまり語られていませんが私は支援する方の経済的な問題が大きいように思えます。辛抱強い支援が必要なことは言うまでもありませんので、専門家が定期的に家庭訪問や電話で本人とコンタクトを取るようにしますが、すぐにコンタクトが取れる例は稀で、長期化します。対応する方の辛抱強さも大事ですが、全く収入にはなりません。支援団体では保護者から会費をいただいたり、補助金を申請したりしていますが運営はどの団体も厳しいでしょう。熱心な専門家が頻回にコンタクトを試みられていますが、専門家の多くは大学などの教育職です。給料は大学から出て、引きこもりが自分の専門であるのでフィールドワークとして熱心に仕事をされています。熱心に学生たちとサポートされている姿には頭が下がりますが、いざ大学を離れて民間で同じことをするのは経済的な問題からかなり困難です。同じような仕事・研究を大学でされていた先生が、退職して同様の方法で活動を継続していると「経済的にしんどい。大学だからできたことだ!」と今までの自分の活動を一般化できないことを悔やんでおられました。 では公共団体が行えばいいではないか?と思われるでしょう。多くの都道府県は既に引きこもりの専門窓口を設けています。一般的なアドバイスや適切な団体を紹介していただけるとは思いますし、時には熱心に担当していただける職員さんもおられるでしょう。公共団体の場合は定期的な移動がありますので、新しい担当者に変わった時は折角築き上げた信頼感を一から構築しなければなりません。また、熱心な職員さんが体力的・精神的に参ってしまう場合もあります。このような様々な理由から引きこもり問題の解決が困難であると私は感じます。

医療者のかかわりの重要性と問題点:高額な引きこもり支援ビジネスを一概に非難できない理由 病気のために引きこもっている人には医師の診察は有効ですが、多くの場合はこれと言って問題はなく、どちらかというと引きこもりによるうつ状態や不安感が問題となります。またイライラするとか寝られないなどの問題がある場合は医師の処方する薬が有効な場合もあります。たとえ、優秀なカウンセラーの方でも本人がイライラしたり、うつ状態になっていては十分な改善効果は得られませんので、医師の診察と組み合わせることが重要だと思われます。思春期外来を立ち上げて不登校や引きこもりに対応していただける精神科の先生も増えてきましたが、医師やスタッフが熱心に家庭を訪問していただけることは稀です。当たり前ですが、医師は診療をして料金をいただきますので、診察が始まるまでは全く収入にならないのです。引きこもりの方と本気でかかわるためには継続的なかかわりとそれに伴う費用が必要であることは間違いありません。それが保証されない限り本人・保護者や支援者のかかわりが長期間続かなくなり、長いトンネルに入り込むように思えます。そんな時に、ネットで見つけた自立成功率が高い支援団体に藁をもつかむ思いで相談に行く保護者がいても不思議ではありません。辛抱強い訪問でも全く反応しない、暴力をふるうなど切羽詰まった保護者が自立の可能性が高いという支援団体を頼るのは無理もない話です。私自身はそのような支援団体とかかわったことはありませんが、ある程度説得の後に自立支援の施設に連れていく、高額な費用を請求するなどの問題点がマスコミで指摘されています。このような方針は1980年前後に大きな問題となった引きこもり支援の戸塚ヨットスクールと重なるものを感じます。主催者の戸塚氏は傷害致死で有罪となり、服役の後にまたヨットスクールを再開しています。確かに死亡者まで出すやり方に批判の声も多かったのですが、意外なことに擁護する声も少なくありませんでした。少し乱暴と思われる方法でも少なからずの人が改善しているのも事実でしょう。マスコミで報道される費用は少し高いと感じますが、辛抱強い支援を期待するならある程度の費用は必要でしょう。先般の事件を受けて、政府も何らかの対策が必要であると感じていると思いますが、本当に実効性のある対策にするためにはかなりの予算処置も必要かと思います。

石蔵文信 医師/循環器、心療内科医/家族・夫婦・定年問題専門 内科専門医・循環器専門医・性機能専門医・超音波指導医。大阪市内と都内で男性更年期外来担当。循環器病・夫婦問題や定年後男性の生き方などが専門。各地で料理教室を開催。主な著書として『夫源病』(大阪大学出版会)『男のええかげん料理』(講談社)『なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略』 (幻冬舎新書) 『妻の病気の9割は夫がつくる (医師が教える「夫源病」の治し方)』『親を殺したくなったら読む本 (親に疲れた症候群の治し方)』(マキノ出版)など多数。日本原始力発電所協会代表(http://eco-powerplant.com) official sitehttp://gghouse.jp/ 〔2019年7/7(日) 石蔵文信 医師/循環器、心療内科医/家族・夫婦・定年問題専門〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
フランスで義務教育を3歳から 義務教育を3歳から なぜ早める? フランスの教育大臣に狙いを聞いた フランスではこの秋、義務教育が3歳からになる フランスは今秋、義務教育が始まる年齢を6歳から3歳に引き下げる。欧州ではハンガリーと並んで、最も低年齢から義務教育が始まる国になる。既に97・6%の3歳児が日本の幼稚園にあたる「保育学校」に通っているが、あえて義務化に踏み切った狙いはどこにあるのか。ジャンミシェル・ブランケール国民教育相に聞いた 「人生最初の7年間がカギを握る」

――公教育はどのような役割を果たすべきでしょうか。 「学校は、フランス共和国の歴史と切り離せないほど重要な役割を果たしてきました。1880年代、6歳からの義務教育を始めたのは、革命から約100年に及ぶ不安定な時期を経て、共和国の基礎を強化するために学校に力を入れようと考えたからです。学校を通じて国民に知識を与え、フランス国民として育てようという考えです。その目的は皆が人生の平等なスタートラインに立てること。生まれた家庭の都合ではなく、自分次第で将来が決められるように、家庭の経済レベルや社会的な要因をこえた政策をとらなければいけません。実現のため、全体の学力を上げることや、『社会的な正義』を目指すことを目標に掲げました。すべての子どもたちに知識の基礎を身につけさせることが目標の達成につながり、学校への信用にもつながります」

――その考えは現代も変わらないということですか。 「私たちは2017~22年までの政策のテーマを『信用の学校』と位置づけました。学校を通じてフランスという社会に所属している人たちが互いに信用しあえるようになることが目的です。決して簡単なことではありませんが、いったん、お互いのこと信用し合えるようになったら、子供たちも自分に自信がつくでしょう。公教育に対する不信感を拭いたいと考えています」

――3歳からの義務教育を実施しているのは欧州ではハンガリーだけで、学習到達度調査(PISA)の成績が上位のフィンランドやエストニアは7歳から義務教育が始まります。「信用の学校」を実現するために、義務教育の年齢を引き下げることが大切なのでしょうか。 「保育学校に通う時期は、子どもの成長にとって大変重要です。あらゆる分野の研究で、人生の最初の7年間が大事だという結果が出ています。ですから保育学校の政策、つまり幼い子どもたちを対象にする政策はそれだけ大切なのです。限られた予算を投じてすることですから、大きな効果をもたらしてほしい。ですから、子だもたちが3歳から教育を受けることが必須だと考えました」 「現時点で3歳以上の子どもたちの97%は既に(幼稚園にあたる)『保育学校』に通っています。残りは3%とはいえ、約2万5千人いるので、その数を軽視してはいけません。海外県や移民の多い地域では、保育学校に通う子どもは格段に少ない。午前中だけ、あるいは週に数回だけ通わせる家庭もあって、皆が毎日、朝から夕方まで通っているわけではありません」 「全員を通わせるだけで満足することなく、質を担保しないといけません。認知科学の最新の研究結果なども考慮すると、語彙レベルの差が格差にもつながっているので、特に語彙力を増やすことが重要だと思います。その点で、保育学校の時点でフランス語の習得状況を改善できれば、子どもたちは小学校に入る時点で、より平等なスタートラインに立つことができるでしょう」

――「平等」がキーワードだということですか。 「私たちの目的は競争させることではなく、協力的な環境をつくることです。一人で勝利するのではなく、皆で勝利を目指した方がいい。一人で好き勝手に生きていくのではなく、周囲に耳を傾けたり、相談したりすることも大事です。そのためには、子どもたちがフランス語を話せる才能を育てるべきだと考えています」

ブランケール国民教育相 「『いじめ問題』どの国にも」

――4日に開かれたG7の教育相会合でも早期教育を討論のテーマに追加しました。 「国によって教育に求めることは異なるかもしれませんが、学童期に入るまでの子どもたちをどのように育てればいいかというのは共通の課題です。どこの国の統計でも、5~15%の子どもたちが学校でいじめに遭っています。これは無視できない社会現象です。いじめ問題は学校への不信感や不登校の原因につながります。子どもたちが保育学校の年齢の時点で協力したり、他者との違いに対する理解度をあげたりするような共和国的な価値観を身につけさせることが大事だと考えています。学校教育の使命は知識を与えるだけではなく、価値観を伝えることでもあります。相手に対する尊重、尊敬の気持ち、共感や連帯感という価値観を子どもたちに身につけてほしい」

――先生も大変ですね。 「教師の役割や仕事も国際的な観点で話し合うべき課題です。教師になるための研修中に、世界中に学びに行けるような環境を整えられるようにしたい。人工知能(AI)の導入などで、今の子どもたちが就く仕事は大きく変化すると思います。今後増えていくであろうIT系の職やエコな仕事などに就くために何を学び、どのような資格をとればいいのかを考える必要があると思っています」

――学力の格差はなぜ起こるのでしょうか。 「フランスでは現在、学校に通う約20%が期待されている成績に達していません。成績の格差は、社会的背景の格差と相関関係にあります。それを償うのは学校の役割だと考えています。先ほど述べた20%の生徒たちを対象に、小1と小2のクラスの児童数を半分にしました。年間30万人の子どもたちに及ぶ政策で、今後は保育学校まで政策の範囲を広めるつもりです。とはいえ、全体的な底上げには時間がかかります。ですから、3歳からの義務教育という抜本的な改革を施すことにしました」

――保育学校に通う時期は人間形成における重要な時期だということですが、全員がフランス語の読み書きができて、話せるようになることが教育の格差是生につながると考えているのでしょうか。 「そうですね。子どもたちが現時点で体感している不平等をなくすことが最終的な目標です。そのためには、『読む』『書く』『数える』『相手のことを尊重する』の四つの能力を身につけることが大切だと思っています。読み書きや計算は小学校1年生で教わることですが、結局は小学校に上がる前の家庭や学校での学びが大きな変化をもたらしています。特に注目したいのがやはり語彙力です。小学生になったら読解のスキルを身につけますが、文字は読めても意味をどのように捉えるかが肝心です。小学校に入る前に一定の語彙力を身につけていなければ、語彙力がある児童との間にギャップが生まれてしまいます」 大人の不平等を反映させない

――全体的な学力の底上げにはなっても、格差は縮まらないという懸念はありませんか。 「できるだけそのような状態をやわらげようとしているつもりです。先日、ある寄宿学校のパーティーに出席しましたが、そこの寮生は全員恵まれてない地域で生まれ育っています。それでも高度の学歴を身につけ、学習に集中しやすい環境も提供されています。同じ世代の人の間に存在する『日常の事情の格差』を減らそうとしています。『公』の学校というのはまだまだ捨てたものではなく、逆に21世紀における挑戦の余地があるととらえています」

――アメリカではチャータースクールが急増するなど、他国では公設民営化の動きもあります。フランスは、あくまで「平等」という理念を守るということですか。 「フランスにおける義務教育というのは、共和国の保証です。学校間の予算の格差など、大人の世界の不平等を子どもの世界に反映させる訳にはいきません。持続可能な開発やバランスの保たれた平和な社会を望むならば、学校は『共和国らしくあるべき』なのです。学校を通じて、人それぞれが違うことを理解したうえで、お互い協力できる精神を育み、友愛を実現する社会をつくるためには、学校の間に壁や塀があってはいけません」

――基礎的な知識を十分に身につけないと、中学や高校の退学につながるという統計もあるようですが、そういったことへの対策にもなり得ますか。 「もちろんです。子どもたち全員に基礎的な知識を与えることが大切です。小学校卒業した時点に、基礎を身につけてない子どもたちが約20%もいるという事態は、あってはならないことです。まさに『革命』並みの改革なのです」 「高校の卒業試験でも口述試験に重きを置くことになったので、先ほどお話しした、語彙力に裏付けられた『話す』能力がより重視されます。今回の施策は将来に向けて、一貫性のある政策だと思います。幼稚園から高校卒業まですべての子どもたちは、歌い、話し、討論し、人の言うことを聞き、同級生と協力しなければいけない。それこそ我らが描いている『信用の学校』像なのです」 . 〔2019年7/8(月)朝日新聞社 GLOBE+〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
沖縄県少年サポートセンター Qプラスリポート 子どもたち見守る「少年サポートセンター」 県内の少年犯罪件数はおよそ800件。年々減少傾向にあり、2017年からは1000件を下回ってます。それらを見ているとある特徴が見えてきました。 Qプラスリポートです。いじめや不登校、非行など、子どもたちを取り巻く環境が複雑になっている中、彼らを見守り、支援しようと取り組んでいる人たちがいます。そんな「少年サポートセンター」を取材しました。 楽しそうに農作業をする少年。彼は長い間学校に行っていません。そんな少年に居場所作りとして行われているのがこの農作業体験です。企画したのは県警が設置している少年サポートセンター。これは警察官とともに大学生など一般の人が参加しています。 少年サポートセンター 大城警部「少年サポートセンターは少年の非行防止と健全育成を目的として立ち上げられたセンターなんですけれど、主な業務としては街頭補導活動や非行防止教室、問題を抱えた少年の立ち直り支援などを行っています。」 県内の少年犯罪件数はおよそ800件。年々減少傾向にあり、2017年からは1000件を下回ってます。それらを見ているとある特徴が見えてきました。 大城警部「特に犯罪を犯してしまった少年の特徴を見てみますと、中学生が犯罪に手を染めてしまう悪いことをしてしまう数が全国一多い。」 事件を起こした少年のうち中学生の割合はおよそ56%。半分以上が中学生なのです。少年サポートセンターでは問題を抱える少年たちが非行に走るのを未然に防ぐため、農作業体験を通した居場所づくりや学習支援を行っています。 . 地域住民の人たちがこの子たちをみんなで見守ってあげるというのが一番いい方向じゃないかなと思う。 警察ボランティア 金城さん「われわれでできる問題ではなくて、地域住民みんなが昔のように『どこどこの子供だ』『どこどこの誰だ』というように名前がわかるぐらい地域住民の人たちがこの子たちをみんなで見守ってあげるというのが一番いい方向じゃないかなと私は思う。」 こちらは学習支援の様子。少年問題を専門に扱う警察職員の少年補導職員が勉強を教えます。 少年補導職員 佐渡山さん「一緒に時間をかけて悩ませる、できているところはできているねと褒めたり励ましたりしながら本人に自信を持たせて指導しました。いろいろな大人やサポーターとの関わりがあることによって、子供たちは自分は守られている、自分には多くの味方がいるんだという自信にもつながる。」

かつてサポートを受け、今では社会人として働く女性に話を聞くことができました。宮城利恵子さん。印刷会社の社長として忙しい日々を送っています。 OKIBカンパニー 宮城さん「(当時)私服で犬の散歩をしながら、授業中廊下を歩いて来たよ、みたいな感じ。」 宮城さんは、サポートセンターの存在を当時はあまりよく思っていませんでした。 宮城さん「(Q.当時サポーターをどう思っていた?)親とやり取りしていたり、先生方とサポートセンターの方がやり取りしているので、子供としては面白くない部分もある。何を話しているのか、大人で囲んで学校に行かせようとしているのか。」 しかし、あることがきっかけで少しずつ変わっていきます 宮城さん「中学生のころ子供ができて、親に相談できないものをサポートセンターの担当の方にお話ししたりとか、プライベートな話をするようになってからだんだん仲良くなった。」 宮城さんは、20年経った今でも当時のサポーターと連絡を取り合っています。今は少年サポートセンターは少年だけでなく、親にとっても必要な存在だと考えています。 宮城さん「(親も)悩んでいたと思うんですよね。相談できる相手がいなくて。私の親もサポートセンターの方たちに頼っていたと思うので、すごい力になってくれていると思うので、子どもたちや親御さんたちの力になっていける存在でいてくれたらなと思います。」 いじめや虐待、未成年に忍び寄る薬物や大麻など、少年たちの周りには深刻な問題も横たわっています。こうしたなか彼らを犯罪から遠ざけ力になりたい。少年サポートセンターの取り組みはこれからも続きます。 〔2019年7/8(月) 沖縄ニュースQAB〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
若年妊産婦に特化した若年ママの居場所 「この子を育てたい」少女の決心を支えて 赤ちゃん名義の通帳 若年ママの居場所、奮闘の1年 インスタ映えを狙い作った韓国料理チーズタッカルビを楽しむ少女ら。「もっと早く居場所に来ていれば」と漏らす少女もいた=5月、沖縄市の県助産師会母子未来センター(提供) 18歳以下で妊娠・出産を経験する少女を支えようと、若年妊産婦に特化した居場所づくりが沖縄市で始まって1年がたった。行政主導による若年妊産婦の居場所づくりは全国初。不安定な生活や、学校に通う同世代との違いから精神的な不安が強くなり一般的に児童虐待の危険性が高まるとされる若年出産。赤ちゃんだけでなく、母親自身も成長過程のさなかにいる母子を孤立させない取り組みを取材した。(社会部・篠原知恵)

■インスタ映えを呼び水に 沖縄県助産師会「母子未来センター」にある居場所は、母親に昼食を提供したり、赤ちゃんに離乳食を提供したりしながら妊娠や出産・育児の相談にのる。 「若年出産の母親たちは『食事をしに来て』と呼んでも、元々昼食をとる習慣がなかったり、食そのものに興味がなかったりで来ないことが多い。でも『インスタ映え』を呼び水に声を掛けると来てくれる」と話すのはスタッフで助産師の山内れい子さん(61)。 手にしたスマートフォン画面に並ぶのは、韓国の鉄鍋料理チーズタッカルビやチーズハットクなど色鮮やかなメニューの数々。居場所を訪れた少女らと一緒に作った昼食は都度、利用者全員とのライン(LINE)グループに投稿する。 山内さんは「しつこいけど」とはにかみつつ、居場所へ来るように少女たちに呼び掛ける「お誘いライン」を毎日送る。少女らは運転免許を持てないため、スタッフは車で母子を迎えにも行く。「子どもがこんなの飲み込んじゃったけど大丈夫?」など、ラインで夜間に頻繁に届く子育て相談にものる。

■夕食しか食べる習慣なく 居場所を利用する少女の多くは「妊娠が分かった時に戸惑ったと思う」と山内さん。「でも『決意した』ってみんな言うんです。10代なのに、全てにおいて子どものためにがんばっている。その決意を受け止めて支えていきたい」と話す。 若年妊産婦の居場所を利用する少女たちの多くが当初、夕食しか食べる習慣がなく、食への関心も薄かった。開所当初は1日1食しか食べられない子が目立ったが、1年がたって最近は夜も含めて1日2食を完食できるようになってきた。「初めて昼ごはんを食べた」と言う少女、親が仕事を掛け持ちして朝起きられず、学校に遅刻しがちだったため不登校になった少女もいる。 助産師の山内さんは「居場所に『来て』ではなく、どうしたら来てもらえるかの仕組みづくりを考えている」と話す。 同世代が、大人になる過程で家庭や学校で経験することを体験しないまま母になる少女も多い。居場所が企画するイベントで少女たちの参加率が高かったのは赤ちゃんの健康と長寿を祈る「初ムーチー」作りや、よだれかけづくりだ。季節の飾り付けと赤ちゃんを一緒に撮影できる「寝相アート」も人気イベントの一つ。居場所が母子の関係づくりの一翼を担っている。

■妊娠を理由に退学 居場所を利用する少女は定時制や通信制高校に通う子が過半数を占め、妊娠を理由に普通高校を退学せざるを得なかったケースもある。中卒もおり、仕事はアルバイトか求職中、もしくは無職。将来の経済的自立に向けた学び直しや復学は課題だ。 「漢字の読み書きが苦手な少女もいて、行政手続き時はスタッフが市役所に同行する」。少女と行政機関の橋渡し役を担う沖縄市の居場所づくり支援員、宮城美幸さんはこう話す。 「『子どもの保育園を休ませる時はどうしたらいいか』という相談もある」(宮城さん)。保育所など外の世界とのつながり方を知らないことも多い。行政の子育て支援の場に行きづらかったり、存在さえ伝わっていなかったりすることもあるという。

■共感しあえる居場所に そんな少女たちが、居場所を通して同世代の子育て仲間とのつながりをつくりつつある。 父親の男性が18歳を迎えて結婚でき、「預金通帳の名義変更をしたい」と居場所で話した少女がいた。バッグから取り出したのは赤ちゃん名義の通帳。生まれた時に赤ちゃんの誕生日にちなんだ金額を入金し、次に体重分、そして身長分―。「毎月15日に入金したい」とはにかむ少女を見て、他の少女も子ども名義の貯金を始めた。 互いに家計や出産、パートナーとの関係を助言しあうようになった少女たち。宮城さんは「こうなれば私たち大人が教えることはほとんどない。逆にスタッフが話しすぎないように気をつけるほど」と笑う。 山内さんは「親や学校に否定され続けて育った少女も少なくない。『大丈夫。誰にだって失敗はあるんだから』と、頑張りを受け止めて、共感しあえる居場所でありたい」と話した。 〔2019年7/9(火) 沖縄タイムス〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
教員と弁護士の二足のわらじを履く「先生」 先生は弁護士 いじめ、勉強…学校現場の悩みはお任せ 学校内弁護士、神内聡さん 東京都内の私立中高一貫校に、教員と弁護士の二足のわらじを履く「先生」がいる。いじめや不登校、教師の労働環境、モンスターペアレントなど、現代の教育現場が抱える課題は複雑だ。それだけに、教員兼弁護士の出番は広がっているという。「学校の困りごとの一番近くにいてトラブルを解決する」ことをモットーとする神内聡さん(41)のオシゴトに迫る。 . 学校内弁護士ってどんな働き方ですか。 私は、淑徳中学校・高校(東京・板橋)に勤務する社会科教師であり、弁護士としても働いています。つまり兼業なんです。 学校の顧問弁護士ではないのかとか、最近各地の教育委員会が導入している「スクールロイヤー」と何が違うのかなどよく聞かれますので、私が弁護士も兼業する教師として採用された経緯をお話しましょう。 大学の学部時代は、かなり苦労して社会科の教員免許をとりました。淑徳中高に勤務していた2008年に司法試験に合格し、弁護士になりました。その後、しばらくは教員ではなく弁護士に専念していたのですが、当時の淑徳の校長から「学校で教えながら弁護士としても働いたらどうか」と誘われたのです。そんなことできるのか?と思いましたが、校長先生は本気でした。 ここは強調しますが、淑徳にトラブルがあったわけではありません。キャリア教育を充実させるために、教員以外の経験のある多様な人材を教師に迎えたかったのです。だから、淑徳には宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤務したことがある理科の先生もいます。 現在、業務時間の比率は教師8:弁護士2です。学校では授業のほかに担任の業務、部活動の顧問もしています。授業がない月曜と金曜の午前や、平日の学校勤務のあとに弁護士の仕事をします。淑徳だけでなく他の学校法人など顧問先は実はけっこう多くて、週に2、3件は相談がきます。学校内でけがをしたとか、人間関係のトラブルとか、相談内容もいろいろです。学校関係以外の案件も引き受けています。虐待案件や離婚、相続、不動産、医療事故などです。 ふだん、学校ではあくまで教師なので弁護士であることを生徒にあまり意識させないようにしています。でも、ときには生徒たちに「相手の言い分を聞いて考えさせる」みたいに、弁護士っぽいニュアンスも小出しにしたりしています。

自治体のスクールロイヤーなどとは違うのですか。 国が数年前からスクールロイヤーに着目するようになって、各地でいろんな弁護士さんがスクールロイヤーと呼ばれるようになりました。スクールロイヤーには大きく分けて3つの種類あるようです。

一つは相談型。教育委員会が依頼する弁護士を決めているパターンで、ほとんどがこの形態です。ただし、担当する弁護士が必ずしも教育に詳しいわけではないことも多く、問題の解決にはあまり有効ではないなという印象です。 次が、職員兼務型。教育委員会や学校法人に雇用される弁護士です。最近増えていて、私も注目しています。ふだんから教育現場のそばにいますから、トラブルがおきたときにすぐに対応できます。 そして3つ目が、教員兼務型で、今のところ、おそらく日本で私だけだと思います。 スクールロイヤーが注目されるようになったのは、教育現場の人だけでは解決できない問題が増えてきたためです。特にいじめについては、2013年にいじめ防止対策推進法が施行され、現場の裁量ではなく法律にのっとった対応が必要になりました。ほかにも、教員の労働環境や保護者対策など、教育現場が抱える問題は、以前より複雑かつ法律の知識が必要になってきています。それで、弁護士の出番が増えてきたというわけです。

弁護士と教員を兼務する利点はいろいろあります。普段から生徒や教職員の雰囲気、保護者の情報がわかっているので、弁護士としての判断材料が多いです。依頼主が淑徳でない場合でも、教師なので状況が理解しやすく、他校の教師たちも管理職を通さずに直接相談してくれることもあります。

. 先生は弁護士 いじめ、勉強…学校現場の悩みはお任せ 「子どもたちのために」 なぜ学校内弁護士になったのですか。 淑徳で兼務を認めてくれたからというのがきっかけではありますが、教育現場と弁護士という課題にはもっと前から気づいていました。 大学院では専攻を変えまして、教育学を修めました。日本と欧米の教育制度や学級運営の仕組みの違いなどに興味があったのです。その後、夜間の法科大学院に通って司法試験に合格、しばらくは弁護士だけをしていたときに、弁護士のほとんどは教育現場を知らなすぎると痛感しました。 日本では弁護士は「裁判やって一人前」という風潮があります。教育現場に詳しくない弁護士だと、「裁判だ!」と言い出して学校と対決姿勢に入ってしまい、解決に時間がかかったり学校に子どもが行きづらくなってしまったりするのです。結局、子どものためになっていませんよね。

実は、もう一つきっかけがありました。弁護士専業だったころに、医師と弁護士を兼業している人がいることを知ったのです。大学病院に医師として勤務しながら、診療費の不払いとか、訴訟とかに弁護士としてかかわっているらしい。これだと思いました。 日本では、弁護士と言えば裁判みたいに思われていますが、欧米では裁判だけやっている弁護士は少数派なのです。多くの人は、企業に勤務するなど全く違う仕事をしながら、弁護士として司法の知識を発揮しているのです。 教員であり弁護士という立場なら、学校の困りごとの一番そばにいて、トラブルの解決に貢献できるのではないか。そう考えました。 キャリアの足し算ですね。

これからキャリアを考える若い世代には、新卒で一斉に就職するとか、みんな同じリクルートスーツで就活するような同調圧力とかは、日本だけの話で異様だということに気づいてほしいです。早く社会にでることも大切ですが、様々な学問をじっくり勉強するのもいいですよ。実体験があるから言いますが、2つ以上の専門性をもつと相乗効果があります。1+1=2以上なんです。 弁護士の世界でも同じ。今、弁護士は余り気味といわれていますが、+αの何かがあると強いです。たとえば、弁護士+ゲームの知識、とかね。 法律は、社会の共通言語です。弁護士は法律の知識をもち、事実認定をする訓練を受けていて、交渉力もある。弁護士が裁判からもっと外に出て、様々な場面で活躍する社会こそ、真の法治国家だと考えています。+αの強みを持った後輩がどんどん登場するといいなと願っています。

(聞き手 藤原仁美)

■神内聡さんのキャリアヒストリー22歳(2001年) 東大法学部卒。専攻は政治学。法学部の授業のかたわら、歴史の授業を文学部で受講するなど「ものすごく大変な教職課程を修了し」社会科の教員免許を取得24歳(2003年) 東大大学院修了。教育学を専攻。学者のポストはなかなか見つからず、教員に30歳(2008年) 筑波大法科大学院を卒業後、司法試験に合格、弁護士に。夜間大学院だったので様々な業界出身で司法を目指した仲間に出会った33歳(2012年) 淑徳中高で教師兼弁護士として働き始める 〔2019年7/9(火) NIKKEI STYLE〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
なぜ学校には「学年」「学級」があるのか 学年とクラスをなくせば不登校は激減する なぜ子どもは不登校になるのか。その原因のひとつは、強制的に同年齢の集団をつくる「学年」や「クラス」にある。熊本大学教育学部の苫野一徳准教授は「同年齢の集団をつくるのは学校だけ。社会と同じく年齢が“ごちゃまぜ”の環境なら、不登校も減るはずだ」という――。

※本稿は、苫野一徳『ほんとうの道徳』(トランスビュー)の一部を再編集したものです。

■学校を「ごちゃまぜのラーニングセンター」にしたい わたしは学校を、もっともっと多様性が混ざり合った、いわば“ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていくべきだと考えています。 そもそも市民社会とは、生まれも育ちもモラルも価値観も国籍も宗教も異なった、きわめて多様な人びとからなる社会です。だから学校もまた、本来であれば、できるだけ多様な人たちが出会い、知り合い、多様性を「相互承認」する機会をもっと豊かに整える必要があるはずなのです。 でも、今の多くの学校は、ある意味ではきわめて同質性の高い空間です。 同じ学年の子どもたちだけからなる学級集団を、みなさんは不思議に思ったことはないでしょうか?  そんな同年齢集団は、学校のほかにはないんじゃないかと思います。 「自由の相互承認」は、わたしたちがまさに多様な人たちと出会い、知り合うことから始まります。知り合うことがなければ、分かり合うことも、そして認め合うことも当然できないからです。 だから学校も、本来であれば、年齢や世代や障害のあるなしや国籍などを超えて、もっともっと多様な人たちが行き交う場にしていく必要があるはずなのです。

■なぜ学校には「学年」「学級」があるのか でも、学校は長い間それができませんでした。というのも、近代の学校は、大量の子どもたちに一気にさまざまな知識技能を学ばせる必要があったからです。そのため、学年学級制を採用し、「みんなに同じことを、同じペースで、同じようなやり方で学ばせる」、いわば大量生産型・ベルトコンベヤー式の教育を続けてきたのです。多様な子どもたちが教室にいれば、画一的なカリキュラムを一斉に教えることができなくなってしまうからです。 こうして、学年が分けられ、小学生と中学生が分けられ、中学生と高校生が分けられることになりました。障害のあるなしでも分けられることになりました。学校は、かなり同質性の高い子どもたちからなる集団になったのです。 改めて考えてみると、今、障害を持った多くの人と日常的に交流している中学生が、一体どれだけいるでしょうか。幼児としょっちゅう遊んでいる高校生が、一体どれだけいるでしょうか。現代の社会では、子どもと日常的に交流した経験のない若者が、その後もほとんど子どもと関わることなく親になることだってあるのです。いや、むしろそれが一般的です。わたしたちは、いつしか激しく分断された社会を生きているのです。

■同じ年齢の集団は「同調圧力」が働きやすい 同年齢集団は、どうしても同調圧力が働きやすく、異質な存在を排除しようとする傾向を生み出してしまうものです。その結果、子どもたちは人と違うことを恐れ、空気を読み合うことをいくらか強いられるようになります。 “人と違う”がゆえに学校になじめず、ついには不登校になってしまった子どもたちと、わたしはたくさん出会ってきました。でも彼らの多くは、学校を一歩出ると、実はとても生き生きとできるものです。実はわたしのゼミにも、不登校の中学生や高校生などがよく参加しています。彼女たちは、大学生に引けを取らないくらい、議論に対等に、そして楽しそうに参加しています。 コミュニティが同質であればあるほど、わたしたちは息苦しくなるものです。でも、もし多様性が担保されていたならば、そしてその多様性を必要に応じて行ったり来たりできたなら、自分がより生き生きできる人間関係を見つけることも容易になるに違いないのです。

■学校をさまざまな人が学ぶ「複合施設化」する そんなわけで、わたしが思い描いている未来の学校の姿は、幼児から小・中学生、高校生、大学生、地域の人やお年寄り、障害者や外国人まで、とにかく多様な人が当たり前のように集い合う、“多様性がごちゃまぜのラーニングセンター”です。学校の複合施設化と言ってもいいでしょう。学校を、子どもたち“だけ”が学ぶ場ではなく、さまざまな人たちが集い学び合う場にしていくのです。そうして、多様な人たちが、必要に応じて、同質性や多様性を行ったり来たりできる環境をつくるのです。 学校は、なぜ子どもたち“だけ”が学ぶ場でなければならないのでしょう?  せっかくの学習施設です。必要に応じて多様な人が集い学び合う、相互刺激の場にしてみてはどうでしょう?  そんなことできるわけがない、と思われるかもしれません。 確かに、壁はいくつもあるでしょう。セキュリティの問題は、特に考えなければならない問題です。 でもわたしは、いくつもの理由から、これは20~30年後の未来にはきっと実現する、少なくとも実現させるべき学校の姿だと確信しています。

■地域の人が参加することを文科省は奨励している 理由は大きく二つあります。 一つ目の理由は、前にも言ったように、「みんなで同じことを、同じペースで」の学びが、今や時代に合わなくなっていることに、多くの人が気づいていることです。 カリキュラムは、今後「探究(プロジェクト)」が中心に確実になっていきます。とすれば、その探究が異年齢チームで行われることも十分ありうるでしょう。小学生と中学生と高齢者による、地域の課題解決プロジェクトチームが組まれることだってあるかもしれません。学校は、今よりもっともっと、多様性を自然に包摂できる空間になっていけるはずなのです。 先述したように、学習指導要領は「社会に開かれた教育課程」を謳っています。地域の人たちが学校教育にもっと参画することを、文科省は大いに奨励しているのです。 学校の中に、もっと多様性や流動性を。同質性の高い息苦しい空間を、もっと風通しのいいものにしていきたいものだと思います。

■「1年生と2年生が一緒に学ぶ」学級が増えている 学校が“ごちゃまぜのラーニングセンター”になっていくだろうもう一つの理由は、特に地方で進んでいる、少子化や過疎化に伴う小規模校や学校統廃合の問題です。今、学校統廃合は加速度的に進んでおり、中には何十キロものバス通学をしている子どもたちもいます。現代の学校教育における、最大の問題の一つです。 でもわたしは、まさにこの現状こそが、学校を否応なく“ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていく大きなきっかけになるのではないかと考えています。 小規模校について言えば、今、全国で複式学級が急速に増加しています。1年生と2年生など、異年齢からなる学級のことです。 でもこれは、見方を変えれば、異年齢という多様性の“ごちゃまぜ”がすでに実現した環境だと言うこともできます。 複式学級では、同じ教室内で、異学年の子どもたちを二つに分けて一斉授業をする光景も時折見られます。でもそれはあまりにもったいないことです。ぜひ、これをチャンスに、学びの「個別化」と「協同化」の融合へと舵を切っていきたいものだと思います。異年齢という多様性を活かした、“ゆるやかな協同性”に支えられた個の学びを実現するのです(「個別化」と「協同化」の融合、より正確には、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」とわたしが呼んでいるこれからの学びのあり方については、拙著『教育の力』および『「学校」をつくり直す』をご参照いただければ幸いです)。 そして当然、「プロジェクト」は、時と場合に応じて異年齢からなるプロジェクトチームによって進めることが可能です。小規模校は、多様性が自然な形で混ざり合う条件がすでに整っているのです。

■「大人が学ぶ姿」は子どもたちの刺激になる 次に、学校統廃合の問題について。 これもまた、わたしは学校を”ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていくための大きなきっかけにすることができると考えています。 せっかくの学校を、統廃合してつぶしてしまうのではなく、学びの複合型施設へとリバイバルするのです。そのことによって、学校を子どもたちだけが学ぶ場所ではなく、地域の人、親、学生、幼児など、さまざまな人が集い学び合う、“ごちゃまぜのラーニングセンター”にしていくのです。 先生だって、学校を自分の学びの場として、子どもたちにその姿を大いに見せてあげてほしいと思います。たとえば、国内外の最新の教育事情を学ぶためのプロジェクトチームなんかをつくって、学校で大いに学び合っていただきたいと思います。先生は、子どもたちの「共同探究者」「探究支援者」であると同時に、自らがまさに「探究者」であり続けるのです。 大人が学ぶ姿を見ることは、子どもたちにとって大きな刺激になるはずです。子どもたちや保護者の多くは、先生が研修などで常に学び続けていることをあまり知りません。だったらなおさら、子どもたちの目に触れないところで研修を行うのではなく、むしろ子どもたちがプロジェクトに勤しむその隣で、先生たちもプロジェクトに打ち込んでいるなんていう姿があっても素敵じゃないかとわたしは思います(もちろん、学校では子どもたちの「探究支援者」であることが第一ですが)。 学校は地域づくりの要です。なくなると、地域住民をつなぎ合わせていた力が弱まり、町の活気も失われてしまいます。

■軽井沢に「幼少中」が混ざり合う学校をつくる だったら、学校を今よりもっと多様な人たちの学びの空間にしてしまってはどうか。わたしはそう考えています。 2020年に仲間と共に開校を予定している幼小中「混在」校、軽井沢風越学園は、文字通り、幼小中が混ざり合う学校として構想しています。「自由」と「自由の相互承認」の実質化を学校づくりの原理とし、「同じから違うへ」と「分けるから混ぜるへ」をコンセプトとした学校です。 それは文字通り、“ごちゃまぜのラーニングセンター”になるでしょう。幼小中の子どもたちだけでなく、保護者や地域の人たちも、それぞれの関心や必要に応じてこの学校に関わり学び合う、そんな学校にしたいと考えています。 軽井沢と言うと、お金持ちの別荘地のイメージがありますので、時々裕福な家庭の子どもたちのための私立学校と誤解されてしまうのですが、わたしたちが目指しているのはそのような学校ではありません。あくまでも、地元の子どもたちのための「地域と共にある学校」です。寮などもつくりません。 ほんとうは公立学校をつくりたかったのですが、義務教育段階においては公設民営の公立学校の設置が法律で認められていないため、ひとまず私立学校の形を取りました。でも、経済的な理由で入学できないような子どもがいないよう、今さまざまな方策を練っているところです。

■公教育制度は「150年程度」の歴史しかない とまれ、来るべき市民教育の本質は、単に道徳教育や市民教育の“授業”をするだけでなく、学校それ自体を、多様な人たちが知り合い、交流し、そして「相互承認」の感度を育み合っていく場としてつくっていくことにあるとわたしは考えています。 繰り返しますが、これは決して突飛なアイデアではありません。今の常識に、あまりとらわれないようにしたいと思います。わたしたちが今知っている学校の姿は、歴史的、また世界的に見てもきわめてローカルなものです。そもそも公教育制度自体が、整備されてからせいぜい150年の歴史しかないものなのです。時代と共にその姿が大きく変わっていくのは、ある意味で当然のことです。 上に述べたことは、何十年後かの、ごく一般的な学校の姿になっているかもしれません。いや、そのような姿へと、わたしたちは学校を向かわせていく必要がある。わたしはそう考えています。


苫野 一徳(とまの・いっとく) 熊本大学教育学部准教授 1980年兵庫県生まれ。熊本大学教育学部准教授。哲学者、教育学者。主な著書に、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)、『教育の力』(講談社現代新書)、『「自由」はいかに可能か』(NHKブックス)、『子どもの頃から哲学者』(大和書房)、『はじめての哲学的思考』(ちくまプリマー新書)、『「学校」をつくり直す』(河出新書)がある。幼小中「混在」校、軽井沢風越学園の設立に共同発起人として関わっている。


. 熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳 写真=iStock.com 〔2019年7/9(火) プレジデントオンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
川口市中学生いじめ不登校 <川口いじめ>元生徒をネットで中傷したのは同級生の父…和解へ 弁護士が批判も 母親、炎上の原因語る 中学校名を明記したネットの「掲示板」では虚偽の事実が匿名で大量に書き込まれた。写真は2017年10月の書き込み 埼玉県川口市立中学校でいじめを受け不登校になった元男子生徒(16)がインターネットの掲示板に実名や中傷の書き込みをされたとして、投稿者1人に対して90万円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が8日、さいたま地裁(日下部祥史裁判官)であった。元同級生の40代の父親が答弁書で、投稿者と認めた上で請求棄却を求めた。父親は答弁書で「深く反省し心からおわび申し上げる」ともしている。

中1自殺、涙浮かべる母…紙に「ありがとう」 亡くなる当日、家出る息子見送る「既に決めていたのだろう」 被告側は「話し合いによる解決を希望する」としたことから、原告側もこれに応じ、今後は法廷の場で和解の話し合いを行うことになった。 原告代理人の荒生祐樹弁護士は「被告側は加害者のために書き込みをしたなどと意味不明のことを述べている」などと批判した。 ネット掲示板で実名や中傷の書き込みがされた問題で元男子生徒は、発信元の公開を情報会社3社に求める裁判を起こし、2018年12月に東京地裁は「プライバシーの侵害があった」と認め4件3人について発信元の開示を命じる判決を出した。うち2人はこれまでに和解し、残る1人を被告として提訴していた。 元男子生徒の母親はこの日、「ネット上のいじめが炎上した根本の原因は学校や市教委が保護者会で虚偽の説明を繰り返したことにある。炎上拡大を防ぐ対策を怠ったことの責任は重い」と話した。 元男子生徒側は、学校や市教委を相手に対しても損害賠償を求めて提訴している。 〔2019年7/9(火) 埼玉新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
3人産んだ女性、愛さんの「選択」 19歳から3人産んだ女性が岐路で下した「決断」 離婚を経て3人の子を育てる愛さんの「選択」とは? 人生は、思い描いていたとおりに進むとは限らない。予測もつかないタイミングで子どもを授かったり、一度は愛を誓い合った相手から思わぬ形で裏切られたり。「まさか」と思うような人生の落とし穴は、そこかしこに転がっている。 とくに子どもがいるうえでの離婚は想像以上に過酷であり、その後の人生をどう生きるか、否が応でも何らかの「選択」を迫られることになる。大人同士の事情で生じた生活の変化により、いかにして子どもたちを守っていけばいいのか。そのうえで自分自身の幸せをどう再構築するか。 . 今回はシングルマザーとして3人の子を育てる、清瀬愛さん(仮名、33歳)さんのケースを取り上げる。自他共に認める恋愛体質で「異性を見る目がない」と話す彼女が、わが子を守り育ててきた10数年間に及ぶ軌跡とは――。

■19歳で子どもができて怒濤の生活に… 「負けず嫌いで、とにかく気が強いタイプなんです。可愛げとは程遠くて、正直男運も散々。そんな私ですが、3人の子どものことは絶対に守っていきたいし、私自身の幸せも諦めたくはない。だって私が悲観的になってしまったら、きっと子どもたちの人生も暗いものになってしまうから」 . 販売店勤務の契約社員である愛さん。人なつっこい笑顔、女性らしい佇まいとは対照的に、彼女が歩んできた道のりは決して平坦なものではなかった。 最初の結婚は19歳。相手は当時、働いていたチェーンのカラオケ店の同僚だった。付き合って1年経った頃、子どもができたのがきっかけだ。恋人としては好きだったが、生活していくことを想像すると絶望的だった。 「ケンカになれば輩(やから)のような口調で罵るし、お金もあるだけ使ってしまう人で。それでも若い私にとっては大切な人だったんです。今思うと疑問なんですけどね」 . 授かった子どもを堕ろすことだけは考えられなかった。そこで愛さんは決意した。父親として、子どもを“認知してもらおう”と――。 愛さんは当時を振り返る。 「若いながらもいろいろ調べると、未婚の母として産めば、子どもに将来苦労をかけるかもしれないことがわかってきました。出生がわからないことで、結婚や就職が難しくなるなどです。だから、父の名前をしっかりと戸籍に残しておきたかった」 愛さんの望み通り、2人は入籍した。しかし案の定、夫は出産にも子どもにも無関心だった。産後3日目にようやく産院を訪れ、興味なさそうに「あ、生まれたんだ」と一言つぶやいたという。 当事者意識のない夫は、その後も愛さんを困惑させた。支給された出産一時金は自分の懐に入れ、散財。妻と子どものために、家に十分な生活費を入れようとする気配もない。

■出産後すぐホステスになったわけ 子どもを育てるため、自分で稼ぐしかないと腹をくくった愛さんは、驚きの決断を下す。2週間の里帰りを終え、夫のアパートに戻った愛さんは、そのわずか3日後にはなんと、近くのクラブでホステスとして働き始めたのだ。 未経験の水商売の世界に飛び込んだのは、生まれたばかりの子どもを抱えながら、とにかく短期間でお金を稼ぐため。営業メールをし、同伴出勤をし、お客さんの誕生日プレゼントを用意し……。必死に働いた愛さんは、気づけば店のナンバーワンに。半月で80万円を稼ぎだすこともあったという。 . ナンバーワンになったからといって、愛さんが”目的“を見失うことはなかった。ホステスは、あくまで子どものため、収入を得るための“手段”。稼いだ給料を自分のために使うことはほとんどなく、将来の子どもの養育のためほぼ全額貯金に回した。 水商売ではタブーとされる「子持ち」であることを隠すどころか、積極的に話題にした。それでもファンは絶えず、中には愛さんへの手土産に、子ども用のミルクを持ってくるお客までいたという。子どものために明るく懸命に働く彼女の姿が共感を呼び、人気を得ていたのかもしれない。 . 夫はというと、愛さんが働き始めたことに甘え、仕事を辞めてしまった。仕方なく夫に子どもを託し、愛さんは必死で稼ぎ続けた。しかし朝起きると、財布に入れておいたはずの紙幣とともに夫はパチンコ屋へと消えている。財布にお金がないと、苛立ちで殴られることもあった。DVが日常化し、殴られながら「早く終わらないかな?」と考えている自分に気づいたとき、愛さんは我に返ったという。 「友人にも『早く目を覚ましなよ』と言われて、確かにもう限界だなと。夫に離婚を申し出ましたが、お金を運んでくる私とすんなり別れてくれるはずもありません。最終的には30万円の入った封筒を渡し、土下座して頼み込みました。すると夫は『届けは勝手に出してくれ、子どもの籍も抜いておいてくれ』と……」 離婚届は夫の分も愛さんが書き、適当な判を押して役所へ提出した。養育費は、請求してもムダだと諦めた。そのまま店が用意してくれたアパートへ子どもとふたりで移り住み、以降、夫とは一度も会っていないという。 その約半年後、ある程度の貯金を蓄えクラブを辞めた愛さんだったが、再び転機が訪れる。2人目の夫との出会いだ。 相手は、クラブのメンバーとお客合同で開催された飲み会に招かれていた男性。愛さんと同じバツイチの子持ちだったこともあり、自然と意気投合した。 . 「子どもを育てているのは元奥さんでしたが、彼は子育てというものをよく理解していました。親しくなって遊びに行こうとなったときも、子どもが一緒に楽しめる場所を選んでくれたりして……。周りからの評判もよかったし、いい人なのかなと感じていました」 離婚後まだ間もない愛さんだったが、1人で子どもを育てる心細さもあったのかもしれない。離婚後4年経っていた彼の猛プッシュもあり、交際して1年で入籍。当時愛さんはまだ20歳、彼は28歳だった。 . 長女が2歳になったその年の夏、愛さんは第2子を妊娠。子どもは3人欲しいと思っていた愛さんは、大喜び。出産に際して2人目の夫は、前の夫とはまったく違う反応を示した。 「夫は立ち会い出産を望まなかったんですが、理由を聞くと『立ち会いをすると感情移入してしまい、(血のつながらない、連れ子の)長女への接し方と差がついてしまう可能性がある』というんです。実際、長女とは、近所の人が本当の父娘だと勘違いするくらい仲良くしてくれていました。素直にうれしかったですね」 . ■第3子を守るための「決断」 ところが、次女を出産してすぐ、平穏な生活に暗雲が垂れ込める。夫の浮気だ。 「ある日、仕事から帰ってきた夫を見て、なぜか『この人、浮気してるかも』と感じたんです。女の勘なのですが……」 カマをかけるとムキになって否定する夫。そこで愛さんが携帯をこっそり調べると、女性とメッセージのやり取りを行っていることが判明した。中には目を覆いたくなるようなショッキングな内容もあった。ある日の早朝、意を決して夫に迫ると、あっさり浮気を認めた。 「その場で女性に連絡してもらい、二度と夫と関わらないよう話をしました。相手は出会い系サイトで知り合った女性で、『家庭を壊すつもりはなかった、ただ愛し合っていただけ』なんて言い訳をしていました。なんだか昼ドラを見ているみたいな、他人事みたいな気持ちだったのを覚えています」 騒動はそれだけで終わらなかった。離婚が頭をよぎる中、なんと3人目の妊娠が発覚したのだ。 愛さんの脇の甘さといえばそれまでだが、ここで愛さんは決断を下す。3人目の子の命と、子どもたちの生活を守ることを優先し、夫と関係修復をすることにしたのだ。何を差し置いても子どもを守るという愛さんの姿勢はここでも一貫している。 . その後、新興宗教にハマり、孫を入信させようとする義両親とのトラブルに直面。子どもたちのため、離婚だけは避けようとしてきたが、結婚10年目を迎える頃には、さすがに夫婦関係はギクシャクしたものに。結婚当初、愛さんがあれだけ好ましく思っていた夫の子煩悩な側面も、すでにかつてのようではなくなってしまっていた。 そこからの半年間は、離婚したい愛さんと、離婚したくない夫の間で、泥沼の離婚劇。その影響は小学6年生、4年生、2年生になっていた子どもたちにも及んだ。下の2人は夜泣きがひどくなり、長女は反抗期も重なって不登校になってしまった。愛さんは毎晩ほぼ一睡もせず子どもたちをあやし、長女が落ち着くまで毎日学校へ送り迎えをした。 . そしてようやく、離婚騒動が終焉を迎える。 「夫に300万円の借金があることが発覚したんです。逆に私は、クラブ時代に蓄えた300万円以上の貯金と、離婚騒動が起きる前に始めた、タウン誌の営業での稼ぎがありました。そもそも生活費も、途中からは私が大半を賄っていました。初めは親権を主張していた夫も、それを突きつけると無言に。当然子どもたちも、私と暮らすことを希望しました」 養育費に関しては、月に1万5000円の支払いが限界だと言われた。「呆れましたが、のむしかなかった」(愛さん)。

■35歳までには、正社員として転職がしたい 調べると、養育費は収入扱いになり、母子手当が減ってしまうこともわかった。無理に取り立てる必要はないな、と割り切ったという。そしてようやく離婚が成立。現在愛さんは3人の子どもたちと東京近郊のマンションで暮らしている。 離婚後2年が経過した現在、夫から養育費は振り込まれていない。現状の収入としては、販売員として働く愛さんの月収が25万円。そこに2種類の母子手当と児童手当で月に約10万円が支給されている。 . 「これからは収入をもっと上げていかないと、と思っています。いつまでも手当に頼っているわけにもいきません。子どもたちの今後のためにも、35歳までには、正社員として転職がしたい。今は今後の方向性を必死で模索している最中です」 重大な決断を経てきた愛さんだが、今彼女に悲愴感は感じられない。 「若い頃から、幸せな普通の家族を夢見ていました。優しい旦那さんがいて、私は子どもとゆっくり向き合って、時には一緒にお菓子を作ったりして……。でも今の私は1人、毎朝バタバタとご飯を食べさせて子どもたちを送り出し、そのまま仕事へ。帰宅後は家事をしながら子どもたちの面倒を見て。てんやわんやです。それでも長女は妹・弟思いのしっかりものに、次女はマイペースなおっとりやさんに、長男はやんちゃ盛りの男の子に、すくすく育ってくれています。大変なこともあるけれど、4人で賑やかに暮らしています。あっけらかんとした性格で、われながらよかったなって(笑)」 . 恋愛体質で、自ら波乱の生活に突き進んだ面はある。それでも必要な場面では自らきっちりと決断を下してきた。愛さんが心から3人の子どもたちを愛し、できる限り不自由な思いをさせないよう、笑顔で育てるという姿勢も一貫している。そんな選択をした愛さんと子どもたちの未来が、健やかであることを願ってやまない。 本連載では、取材をさせていただける方を募集しています。お子さんがいて離婚をされた方の応募をお待ちしております。ご応募はこちらのフォームより。 . 〔2019年7/10(水) 波多野 友子 :ライター 東洋経済オンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
41歳Jリーガー・安彦考真 年俸120円、でもめっちゃ前向き “ジーコ抜いた”41歳Jリーガー・安彦考真の素顔「後悔取り戻す」 41歳になって初めてJリーグの舞台に立った安彦考真さん=朝日新聞 41歳1カ月9日。今シーズン、サッカーのJリーグで最年長デビューを果たした選手がいます。J3の「横浜スポーツ&カルチャークラブ」に所属するFW安彦考真(あびこ・たかまさ)選手です。仕事を全て辞めて、40歳で念願のJリーガーとなりました。ただ、今季の年俸はわずか120円。それでも、ファミレスでたまに頼めるデザートを「たまらないぜいたく」と言うなど、とにかくポジティブです。「ジーコの記録を抜いた」男の素顔に迫りました。(朝日新聞スポーツ部記者・吉田純哉) キムタク世代、ジーコの記録を抜く

肩にかかるロンゲがトレードマーク。1990年代に青春時代を過ごした名残と言います。「キムタク(俳優の木村拓哉さん)がロンゲの時代に、僕も生きていたんで。ああいうのが格好いいという思いがやっぱり抜けないんじゃないですか」。笑うと、目尻にしわが浮き出ます。 チームでの役割は、スーパーサブ。3月のガイナーレ鳥取との開幕戦、後半37分から途中出場して、「Jリーグ最年長デビュー」を記録しました。「堂々とプレーできました。めちゃくちゃ気持ち良かったです」 これまでの記録保持者は偉大な選手でした。ブラジル代表の名選手として知られ、日本代表監督も務めたジーコさん。Jリーグが創設された1993年に、J1鹿島で作った40歳2カ月13日でした。 安彦選手は「ジーコさんを抜くとか認めたくない人もたくさんいるとは思うんです。でも、こんな挑戦していた選手がいるんだよと知ってもらうためにも、記録は残したいです」と語ります。 . J1川崎選手のマネージャーも 挑戦の原点は、高校3年時に、新聞配達で30万円をためていったブラジルへのサッカー留学です。卒業後に再びブラジルに渡りましたが、けがもあって、プロデビューは飾れませんでした。

20歳で帰国したあと、J1清水、当時J2だった鳥栖のテストを受けましたが、合格とはなりませんでした。そのときの自身の言動に後悔していたそうです。 「自分の人生にうそをついていたんです。ただびびっただけなのに、調子が悪かったとか言って」 その後はJクラブの通訳や、元日本代表MF北澤豪さんの事務所で働きました。6年前に独立し、イベント運営、J1川崎のFW小林悠選手の個人マネジャーなどサッカー関連の仕事を個人で請け負っていました。 そのなかでも印象的だったのが、不登校だった生徒も通う通信制高校のサッカー部の指導だったそうです。「野球で言えば、子供たちに『10回の素振りよりも、1回の打席が大事』って教えながら、自分が立ってないじゃん、打席にって」 年収900万円を捨てて、無職での挑戦 39歳の夏 39歳の夏、Jリーガーをもう一度目指そうと決意しました。「ブラジルに行きたいとなったような、説明のつかない衝動に駆られた。人生の後悔を取り戻したいって」 年収900万円近くあった仕事を辞めて、東京・恵比寿駅から徒歩2分にある家賃30万円のマンションを引き払いました。貯金もなかったそうで、神奈川県相模原市にある実家に戻りました。 クラウドファンディングでジムでの練習費用を募りました。「無一文でやるから、応援しやすい。本気度が可視化されるなって。クラブにそのファンも連れていけると思った」。155人から121万円が集まりました。 . 年俸10円でプロ入りも壁に 通訳時代のつてを頼って、J2水戸のテストを受けたところ、合格を勝ち取りました。プロ選手として契約を交わしたものの、年俸は10円。ゼロ円で契約はできないので、最低金額の月収1円で10カ月間の契約でした。 日本でのプロ契約は上からA、B、Cの3段階に分かれます。例えばJ1で450分以上出場すれば、B以上の契約が結べます。A契約ならば、最低基本年俸が460万円と決められています。 実績のない安彦選手はC契約のために、最低年俸がありません。安彦選手も「一般的な年俸をもらうのなら、テストすら受けられなかったと思います」と認めています。そして、そんな自分を「0円Jリーガー」と命名しました。 水戸に受かったものの、プロは甘くはありませんでした。練習についていくのがやっとで、出場機会はつかめませんでした。練習場に向かうことがつらく、トイレの鏡と向かい合い、笑顔を無理やりに作ってからグラウンドに立っていた時期もありました。 . 移籍後、念願のピッチに 今シーズンは、レベルが一つ下がるJ3に戦いの場を選びました。旧知の仲だった「横浜スポーツ&カルチャークラブ」のシュタルフ監督に誘ってもらったことも大きな要因でした。「やっぱり試合に出てなんぼ。見返したいという気持ちも出てきちゃって」。今季、リーグ戦14試合のうち、6試合に途中出場しています(6月29日現在)。 ただ、今季の年俸もわずか120円。実家暮らしは続き、父親の軽自動車を借りて練習に通う日々です。 それでも、「0円Jリーガー」に代表されるように、プレー以外の部分にも付加価値をつける取り組みをしています。今シーズンから、年間240万円の「個人スポンサー」が付きました。昨年は昼ご飯にも困り、選手寮で出る白飯をプラスチックの食品保存容器に詰めていましたが、今年は外食もできるようになりました。「ファミレスでたまにデザートも頼める。たまらないぜいたくです」

40歳から始まったJリーガー生活。いつ現役を引退するつもりなのか。「次にやりたいことができたら、笑顔でバイバイと言いたいです」。安彦選手は講演やオンラインサロン活動などを行い、支援をしてくれる人たちとのつながりも大切にしています。失敗を否定せずに、挑戦を応援する社会になってほしいと願って、今日も全力プレーを続けています。 〔2019年7/10(水) withnews〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
不登校YouTuberゆたぼん 「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」 学校に通わないことを自ら決意、「不登校は不幸じゃない」とのメッセージを発信し続ける不登校のYouTuber“ゆたぼん“こと中村逞珂くん(10)。「学校に行かなくなりました。家でYouTubeアップしたり、全然不幸と思いませんでした。むしろ楽しかったです」(昨年8月の投稿)といった、大人顔負けの主張が沖縄の地元紙に取り上げられて以降、言動の是非をめぐってさまざま議論が繰り広げられ、チャンネル登録者数は5万6千人に達した。

”ゆたぼん”の生き方から考える「学校は必要?」 不登校の道を選んだのは、いじめなどではなく、学校という存在そのものに対する疑問からだった。「宿題をやりたくないのでやらなかった。なんで学校があるんだろう、なんで先生がいるんだろう、なんで先生の言うことを聞いてやらないといけないのだろう、なんでやろって疑問がめっちゃ多かった」。大阪に住んでいた小学3年生の頃、決められた授業や、毎日やらされる宿題、何より周りの子どもたちと同じように行動しなければならないということに疑問を持つようになったという。「子どもは学校に行く権利はあるけど、義務はないし、大人もそう。大人も学校に行きたいって言ったら行かせる義務がある。でも、行きたくないって言ったら無理やり行かせる義務はない」と主張するゆたぼんくん。気がつけば校舎から徐々に足が遠のいていった。 . 「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」 母・きよみさん 母・きよみさんは「“学校行ったら“と勧めているうちに、これはゆたぼんのためにやっているのかな、世間体から見られる親の立場のためにやってたのかな、と気づいてしまった」と振り返る。 心理学を独学で学んだという父・幸也さんは「1年生、2年生の頃は休まず楽しく行っていた。でも3年生になると、“なぜ、どうして“っていうのが生まれてきた。僕はそれを大事にしてあげたい。自分の中から出てくる“なぜ、どうして“を全力で探求していくところに、学びが生まれると思っている」と話す。 「先生からの体罰があったのが原因でもあるが、学校側との話し合いの中で、なんとか給食だけでも来てくれないか、という話もあって、ゆたぼん自身も、じゃあ給食だけなら、じゃあ5時間目も、6時間目も…という流れもあった。でも、友達に“お前だけずるい。せこい“と言われたので、もう行かない、っていう選択になった。子育てには正解がないと思うし、それぞれの家庭で、自分が正しいと思った子育てをしていると思う。僕もどうしてあげるのが親として一番良いのかを考えた時、ゆたぼん自身が楽しんでるか、幸せなのかってところを大事にしてあげたいと思った。先生に叩かれたり、友達に“ずるい““せこい“って言われたりしているのに、それでも無理やり行かせてしまえば心に傷が残ってしまうかもしれない。それが大人になっても残ってしまったら、僕自身もすごい後悔すると思う。それだったらやっぱり、今のゆたぼんの幸せ、今ゆたぼんが何をしたいかっていうのを全力で応援してあげて、サポートしてあげたい」(父・幸也さん)。

■「自分のしたいことを全力でやっている」 不登校になって1年。両親は生活環境を変えるため、家族で沖縄への移住を決断。それでもゆたぼんくんは学校へ行くという道を選ばなかった。「算数やってみ、ってなったら電卓で調べたらいいだけやし、漢字はググったらいいだけやろ。書くことだけが勉強じゃない。こうやって話すのも勉強やから」。 幸也さんは「匿名性の高いSNSなどでは誹謗中傷が多いかなという感じだが、不登校の子を持つ親御さんなどから“気持ちが分かる“とか“すごいことを世の中に発信してくれた“という励ましの声をいただいた。“学校がすごく楽しいから行った方がいいよ“というのも一つの意見だが、みんな嫌々学校に行ってきたから、行かないやつは許せない、そういう気持ちがあるのかな」と話す。 . 「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」 ゆたぼんくん 自宅を訪ねると、投稿用動画の撮影が行われていた。幸也さんによると、動画配信のきっかけは2年生の時。「お笑い芸人になりたいと言って、物真似を撮ってYouTubeにアップし始めたのが最初だった(幸也さん)という。 「俺は、子どもでも活躍できる世の中を作る」と語っていたゆたぼんくんに、自身への批判について聞いてみると、「色んな意見があると思うし、そんなん言う人たちはずっとそんなん言っといていいんちゃうって。俺はそんなん気にしてへん。スルーしてる」と、意に介していない様子だ。 背景には、自分の意思に反して学校に行くことが、時に自らの命を奪うことにつながるという考えがあるようだ。だからこそ、動画でも「一番大切なものは自分の命」、講演でも「死んだらあかん」、そしてパーソナリティーを務める地元のインターネットラジオでも「この番組は不登校で苦しんでいる子とか、学校が嫌で死にたいって言う子に元気と勇気を与える」と訴えてきたという。 . 「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」 ラジオ番組で ラジオ番組でゆたぼんくんに相談を持ちかけた9歳の女の子は、「うざいとか、気持ち悪いとか言われたりして、一人ぼっちになって、声をかけても無視される」。ゆたぼんくんは「(彼女は)“死にたい、死にたい“って言っていたけど、俺のYouTubeを見て元気をもらったらしい」と明かした。 そんな中、ゆたぼんくんに新たな動きが見られた。先月6日の投稿で、「今日は学校に行きたいと思う」と、方針転換とも取れる発言が飛び出したのだ。「俺は自由登校やから、学校行くわ。学校行きたいときに行く。給食の時間だけ行って、5時間目受けて帰る。そのパターンが多いし、プールの時間とか、俺が好きな図工の時間とかやったら行くし」。 幸也さんは「もう本当に自分のしたいことを全力でやっているという感じなので、何をするかも本人自身が決めている。土日とかに学校の友達が遊びに来たりもする。平日には同じように不登校の子たちが集まって、親も含めてみんなでどこかに遊びに行ったり。パソコンいじるのか、動画を撮るのか、あるいは勉強をするのか、基本的には自分で決めて、自分でやっている。本人がやりたくないことは手がつかないし、知識としても身につかないので、勉強しろということは言わない。学校に行っていてもニートになる可能性はあると思うし、あとで後悔するのも人生。過去には戻れないんだから、今できることを今やれば良いんじゃないかと思う」(幸也さん)。

■カンニング竹山、箕輪厚介氏、夏野剛氏の意見は? 教育ジャーナリストの松本肇氏は「社会人として杓子定規なことを言えば、日本に住むなら日本語が必要だし、買い物ならちょっとした算数はできた方がいい。そうした子ども時代に学ぶべき必要なことを究極の形にしたのが義務教育だと思う。だから学ばなくてもいいじゃんというふうに思ってしまうのは非常にもったいない。スポーツ選手になるにしても、やはり基礎体力を鍛えるために走るのは必要でしょ、と。料理に例えると、カレーばかり食べている子どもには、“実はスパゲティーもおいしいよ。ハンバーグもおいしいよ“と言ってちょっとでも食べさせてあげないと、他の料理のおいしさはなかなか分からない。YouTubeにも色んな世界があって楽しいけれども、人と人とのつながりの中で色んなことを学ぶ機会を自らなくしてしまっているのはとてももったいないと僕は思う。ただ、行きたくないのに無理やり行かせるのは違うと思うし、こういう生き方もありかなとは思う」とコメント。 カンニング竹山は「それぞれの考えがあっていが、人生80年くらいと考えると、おとなになってからの時間は60年もあって、もちろんお金も稼がないといけないけれど、色々なことができる。それに対して、未成年は20年、生まれて3年くらいは記憶がないとすれば、17年間くらい。友達の関係のなかで傷ついたり、恋愛もあったり、学ぶことも多いと思う。いじめなどがないのであれば、ゆたぼんくんはあんなに明るい子だし、学校に行ってもいいのかなと思う」。 . 「批判は気にしてへん」”不登校YouTuberゆたぼん”は今? 父・幸也さん「一つの生き方、ということで見守って」

ゲストの意見は… 幻冬舎の編集者・箕輪厚介氏は「“みんな違ってみんないい“、だと思う。僕が嫌だなと思うのは、うだつの上がらないおっさんたちが、自分たちは頑張って学校に行ったんだから、お前も行けよと言い、同質であれということで小学生をこぞって叩くこと。そんなおっさんになるくらいなら、学校なんか行かない方がマシだと思う。それくらい情けない」。 慶應義塾大学の夏野剛・特別招聘教授は「子どもをバカにしすぎだと思う。ものすごく才能を発揮する早熟な子達がいるということは、すでにスポーツの世界が証明している。そういう子たちにとって、中学校の体育の授業はバカバカしくて受けていられないと思う。僕は大人たちが苦手なプログラミングのコンテストの審査員をやっているが、実際に小4の子がアプリを作って賞を取ったりしている。一律な事にはまらない子に強制するのではなく、必要な知識を得られる環境を整えてあげる方法を考えた方がいいと思う」。 それぞれの意見を聞いた幸也さんは「どれが正解とか不正解はないと思うし、我が家ではこういう生き方でやっているが、別に皆さんの家族にやってくれって言っているわけでは全然ない。一つの生き方ということで見守ってもらえればと思う」と話していた。 〔2019年7/10(水) AbemaTIMES〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
心の病を持つ人が働くレストラン調布市「クッキングハウス」 調布の「不思議なレストラン」 心の病に笑顔と「らしさ」取り戻す居場所 /東京 "日替わりランチ「玄米定食」。この日は、玄米ご飯、焼きコロッケ、きんぴらごぼう、マカロニサラダ、手作りのぬか漬け、みそ汁、寒天デザート" 「中高年の引きこもり」は約61万人、うつ病など精神疾患患者は約392万人と、心の病気が社会問題化する中、調布のNPO法人クッキングハウス会が運営する、心の病を持つ人が働くレストラン「クッキングハウス」(調布市布田1、TEL 042-488-6369)が、福祉関係者やメディアなどから注目されている。(調布経済新聞) レストランでメンバーと語り合う松浦幸子さん(左)、後ろは調理場となるキッチン

NPO代表の松浦幸子さんが1987(昭和62)年に会を設立し、1992(平成4)年にオープンした同レストラン。メンバーと呼ぶ20~70代の統合失調症やうつ病など心を患った人と、スタッフ、ボランティアが力を合わせ働いている。現在62人いるメンバーは、メニューの考案、買い物、調理、接客など、好きな時間に自分ができる仕事をする。食事を食べるだけの人、店には来たが無理をしない人もいるという。 「閉じこもらずここにやって来れば、わずかだが基本給が出る。焦らずマイペースにできる仕事をする。仲間がいて、できることの喜びを感じる。生きがいが生まれ、患者さんは自分の居場所だと実感する」と松浦さん。心を患うメンバーとスタッフ、地域住民、客が交流するオープンなレストランは、地域に根差して親しまれ、27年になる。

松浦さんは、息子の不登校がきっかけで、福祉の世界に飛び込んだ。弱者の立場になって考えたかったが、実習先の精神科病院では、鍵のかかった部屋に閉じ込められ、長期入院する患者と接する日々だった。「皆、暗い顔をしていた。心を病んだ上に、仕事や家族を失って絶望を感じ、薬では元気になれず、社会復帰できない患者が多かった」。この経験から、弱い立場の人が心豊かに地域の中で共に暮らせる社会を目指したいと考えるようになった。 「食事はおいしく食べ、楽しく語り合うもの。生きていることを喜べるのが食事」との考えから、「おいしさ」を提供しながら、心を病む人が働いて社会と関われるレストランという居場所を作った。生きづらさを抱える人を、ありのまま受け入れる。病院でも家でもない、包容力のある場所で安心して働く。客や仲間と触れ合うことで自信をつけ、徐々に回復して社会復帰する人もいるという。市民にオープンにすることで、「偏見や差別がなくなれば」との思いもある。 スタッフの田村さんが「ハプニングばかりで笑いの絶えない日常が楽しい」と話す横で、メンバーの一人が「減薬できたのはクッキングハウスのおかげ」と言う。「スタッフとメンバーは、互いに無くてはならない存在」と松浦さん。「心病む人と共に、この街で豊かに暮らす。安心して自分らしさを取り戻せる場所」とのメッセージを壁に掲げ、「弱い立場の人が幸せな社会は、本当の幸福な社会」を信念としている。 メニューは日替わりランチが1種類(1,000円)。玄米ご飯、焼きコロッケ、きんぴらごぼう、マカロニサラダ、ぬか漬け、みそ汁に手作りの寒天デザートなど。無農薬野菜や天然調味料など、食材にこだわった家庭料理を日替わりで提供する。 松浦さんは「私たちの活動は、地域の社会資源だと考えている。どのようにしたら心の病気が回復するのか、持っているノウハウを公開していくことが使命。心の病への理解を広げ、家族が孤立せず偏見がなくなるように、息の長い活動を続けていきたい」と話す。「サポートすることを苦労だと思ったことは一度もない。悩みながらも、共に笑い、食事をしたら、私が元気をもらえる」とも。 明るい光が差し込む調布の「不思議なレストラン」に、今日も人々が集う。囲むテーブルの上には「おいしいご飯」が並び、レストランは温かい空気と笑顔であふれている。 営業時間は11時30分~14時30分。土曜・日曜・祝日定休。 . 〔2019年7/10(水) みんなの経済新聞ネットワーク〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ブラック企業より酷いことになっている校則 校則が厳しいのに「生徒の自主性を重んじる校風」と書いてしまう素敵な状況について ブラック企業の求人で「当社はアットホームな職場です」と書かれているというジョークがありますが、ブラック思考に染まった組織というのは、トップも社員も「俺たちはブラックなんだ」ってことにすら気づかないものなんですよ。世の中には信じられないほどの理不尽ってのが横行するのは何故なんですかね。 ブラック企業より酷いことになっている 最近いじめや不登校の生徒を出してしまっている学校が、いじめを減らそうとさらに校則を厳しくして生徒を締め付けた結果、かえっていじめが陰湿化して収拾がつかなくなったそうで、ICT教育の話の裏側で相当話題になっていました。ソサエティ5.0とか偉そうなことを教育行政で語る割に、足元ではとんでもない教育の現場が存在しているのは、ブラック企業より酷いことになっている証左じゃないかと思うのです。 個人的に、学校に合わない子どもが不登校になることは、その子ども本人にとって恥でも何でもないと思うんですよ。もしも、私の子どもが学校で友達と合わない、先生と距離があると言い始めたら、まずは休んで様子を見ようかという声がけをすると思います。 でも、学校は毎日きちんと通うもの、嫌でも給食は全部食べるもの、楽しく遊べる友達は量産するものという「常識」は、子どもによっては大変な負担になるし、むしろ追い詰める原因になると思うんですよね。子どもの歌で「友達100人できるかな」とか歌うのって、物凄く残酷なことだと感じます。いま大人になって働いている読者の皆さんで、呼べば集まれる友達100人いる方、どれだけいらっしゃいます? おられたらその場で奇声を上げてください。 . 先生は尊敬しなければならないという不思議な強迫観念 私自身はいじめられることも、いじめることも経験して、いまでは立派な嫌なやつとして世間でおおいに羽ばたいておりますが、学校のクラスで好きなやつもいれば嫌いなやつもいる、好きな先生もいて嫌いな先生もいると受け入れられるようになったのは高校生になってからでした。それまでは、クラス全体で調和を取らなければならない、先生は尊敬しなければならないという不思議な強迫観念が強かったように思います。 中学時代、私が暴力事件を起こしてしまい学校で問題にされたときに、詰問する先生に理由を聞かれて「学校が楽しくない」と申し上げて非常に驚いた表情をされたのを思い出します。いまでこそ、クラスメートを殴って良いとは露ほども思いませんが、不愉快なことをしてきた級友に鉄拳制裁をして何が悪いと当時中坊であった私は固く信じておりました。

実際には声の大きい人が勝つという不条理 そんな私の恥ずかしい経験も含めて中学に「講師」として舞い戻った甘酸っぱい話は別のところで書いたわけなんですが、頂戴した反響の中に「学校は、学校内での苦しさを生徒が『自主的に』救済しようとすると邪魔ばかりされる環境だ」というメッセージがあり、膝打ちをしました。学校と言わず、一般的な職場でも、あるいは町内会やマンションの管理組合でも、必ず誰かに「伺い立て」をし「根回し」してから「承認された」風の空気感を得てはじめて前に進めるという、実に風通しの悪い閉塞感の原因になっておるよなあ、と。 そこには、誰もが「公平」に扱われるべきだという建前と、実際には声の大きい人が勝つという不条理とが混在し、社会ではそういう理不尽を受け入れるのが大人として当たり前であるというブラック企業なみの刷り込みがあるように感じます。 「おまえ、noteぐらいやっとけよ」と若者に煽られる選ばれし者の記憶|山本一郎(やまもといちろう)|note(ノート) https://note.mu/kirik/n/n8c8f00c47ce5

それもこれも、大部屋で机並べて先生が前で講義し、それを生徒が揃って聞き、板書をノートに書き記して出された宿題を粛々と提出することが「勉強である」という、子どもにとって「平等な」日本の教育の情景の伝統が送させている部分もあるのではないかと思うわけです。 . 真の平等なんてどこにもないんじゃないか 学校も社会も平等であるべきなのに、実際には違います。人間関係がより流動的であった中学受験の学習塾ではいじめなんてものは起きようがなかったし、草野球でも部活でも固まった人間関係ができるたびに必ず誰かが攻撃の対象になったり陰口を言われたりして、最後は「あいつはああいうやつだから」と突き放された結果、その場にいられなくなって辞めていくという経験則を持っています。 固まった人間関係があまり持てない大学文系の教養課程はノートの貸し借り程度の付き合いでも充分勉強することはできたし、より高度な勉強をするはずのゼミではやはり「あいつはおかしい」と外される奴が出て、留学先の寮では異国文化に慣れ親しめない留学生はやはりルームメイトから邪魔者扱いされて週末に街中に出るための車にすら乗せてもらえないとかいう事態が起きる。それが人間の性だとするならば、異質なものを異質と認識した途端にハネたり外したりするのもまた避けられない宿命なんだろうと思うわけですよ。人間の織り成す社会において、真の平等なんてどこにもないんじゃないかとすら思います。 中学受験をする教育熱心な家庭が公立で子どものいじめに遭い、同じく受験を志す家庭の多い私学に編入しようとしたり、どうせ学校の授業は受験の役に立たないからと不登校上等で塾通いをメインに据えて学校に呼び出される保護者みたいな話を聞くにつけ、家庭環境と子どもの自主性・自律性とが学校と合わなかったときの選択肢をもっと自然に増やせないものかと思うわけです。その子どもの資質や、家庭の環境、目指すべきものが違えば、当然環境もそれに合わせてあげないと、可哀想なのはその子どもの精神です。

画一的な教育を続けてきたことへの総括は? 翻って、文部科学省もようやくそういう我が国の初等中等教育が抱える諸問題に気づいて、いまさらになって文科大臣である柴山昌彦さんの名前を冠した「柴山・学びの革新プラン」なるものを発表するようになりました。 「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」について http://www.mext.go.jp/a_menu/other/1411332.htm

でも、ここのお題目に掲げている「多様な子供たちを『誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び』の実現」という内容は、まさに大部屋での教育を明治維新以降脈々と続けてきた日本の文部科学行政が光を当ててこなかった部分ではないかと思うんですよね。それも、大部屋の教室で、一斉に全員が同じことを学ぶ、画一的な教育を続けてきたことへの総括も反省も評価も弁明もない。 「子どもの個性が大事だ」と言いながら、決まった制服、同じような授業内容、厳しい校則で縛り上げて、できる子どもほど学校の外に良い教育を求めて塾に通ったりネットを駆使したりする。子どもが抱える悩みや求められた助けに気づいた家庭が学校から子どもを引き剥がしてあげることでようやく家庭と子どもが自主性を発揮したはずが、不登校は悪だという単純な図式をもとに登校を促し、また、学校の現場だけでなく教育委員会も平然と「いじめはなかった」と認定してしまうような体たらくを繰り返すことで、いままでどれだけ多くの子どもたちが輝ける幼少時代を辛い記憶に塗り染めていまを生きてきたかについて、もう少し思いを致す必要があるんじゃないのかなあと思うのです。 . 実に悲しいことです また、時を同じくして経済産業省も「未来の教室 EdTech研究会」と題して、最先端の教育技術と生徒参加型のSTEAM教育のような手法、さらにプログラミング教育や人工知能を活用した個人の学び方の話まで突っ込んでいろいろと議論が深まっています。ここだけ見ると、文科行政のシマを荒らされたくない文科省が、先行した経産省のプロジェクトでの検討内容を表面だけパクって中教審に諮問ぶん投げて、無理矢理「柴山プラン」として仕立て上げただけなんじゃないかという微妙な疑念すら持ちます。 文科省だけがおかしいわけではないけれど、長らく日教組との闘いもあって教育の現場を日干しにした結果が、むしろ多様な生徒をマネジメントする機能を失った教育組織が事なかれ主義をこじらせて生徒に厳しい校則を守らせることでしか規律を維持できなくなっている姿を思い浮かべさせてくれます。実に悲しいことです。 令和の教育改革に向けた、「未来の教室ビジョン」をとりまとめました 「未来の教室」とEdTech研究会 第2次提言 https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190625002/20190625002.html

この辺の話を見ていると、いまの日本の教育は義務教育だけでなく、高校、大学入試、大学、さらには科研費の分配や論文数の低迷のところまで、相当な制度疲労を起こしていて、どこから手を付けたらよいのか分からないぐらいの状況になっているのではないでしょうか。仮に世界的な学力比較のPISAが高かったからと言って、日本の科学技術や国民全体の学識のレベルが上がっているとはいえないとも思えます。

なりたい人は誰でも教員になれてしまうぐらいの倍率 そして、日本の先生、教員はブラック企業もかくやというほどストレスフルな勤務状況を強いられる一方で、かつての難関であった教員採用試験はすっかりと色褪せ、いまではなりたい人は誰でもなれてしまうぐらいの倍率になってしまい、優秀な教員に支えられた日本の教育の現場という比喩自体が崩壊してしまっています。 一番忸怩たる思いをしているのは日本全国で子どもたちの教育の前線に立っている先生がたでしょう。英語を喋れない英語教師が量産されたと酷評された時期もありましたが、いまではそれよりも酷く、教員の定員が維持できないので体育教師が社会を教えたり、課外活動や学校行事を行える人員が確保できず働いている保護者たちの協力も得られないので活動そのものを縮小したり取りやめる学校さえも出てきています。 こうなると、先端技術を学校の現場で活かせといっても、それに対応できる先生の数も質も足りず、高齢化した教員にプログラミングを子どもに教えさせることで「子どものほうがプログラミングに詳しい状況」となってしまえば、子どもにどうやって「先生を尊敬しろ」と言えるのかという哲学的な状況にまで達してしまうことになります。 結果として、学校の、先生の、システムの尊厳を維持するために、どうしても校則を厳しくして、生徒がそれを守っているという状況にしない限り、日本の公教育の現場を成り立たせることができないのではないか、と危惧するのです。「お前ら、先生だぞ。言うことを聞け」という、古き昭和のプロトコル。 . 一層の抑圧を生徒に求める規律の取れた学校像の美化へ だって、プールカードはハンコによる捺印でなければ入れない学校とか平然とある状況なんですよ。理由もなく「学校が決めたことだから守ってください」というのは、もはや世間で通用する組織の言うことじゃありませんよ。 もちろん、これは一例であって、もっと柔軟な大多数の学校はそうではないかもしれませんが、茶髪やパーマ、制服の問題でも「何が学校教育に求められているのか」が不在のまま校則だけが厳しくなり、また、保護者や地域の目を過剰に気にした結果が一層の抑圧を生徒に求める規律の取れた学校像の美化へと繋がっていくわけですよね。

小学校のプールカードに保護者がサインで出したら入れてもらえなかったので学校に聞いてみた - Togetter

https://togetter.com/li/1370711

「黒染め強要で不登校」生まれつき茶髪の女子高生が提訴:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASKBS6D22KBSPTIL024.html そういう意味不明な強制と矯正が平然と行われている日本の教育で、自律性や自発性を重んじるべきSTEAM教育やらプログラミング教育、あるいはアクティブラーニングが日本の社会を開きますと文部科学省に言われても困ります。「文科省、お前はそれをどの口で言うのだ」と現場や保護者や生徒から一揆でも起こされるんじゃないかと思いますし、学習ログを吸い上げるために生徒1人1台PCを配ったとしても特定の企業が潤うだけだという議論になりはしないか心配でなりません。 みんな、口では「子どもの教育は大事だよ」と言うのです。でも、そこで起きていることが世間一般のブラック企業も真っ青になるような、ツヤツヤの漆黒も同然の状況だとしたら、子どもをいったいどこで教育すればいいのでしょうか。教育には100点満点などないけれど、せめて胸を張って「この学校に来てよかった」と言えるような教育システムになっていってほしいと願っています。 . 〔2019年7/4(木)山本 一郎 文春オンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
中年ひきこもりの親ができる“初めの一歩” お金で解決はNG…中年ひきこもりの親ができる“初めの一歩” 無理やり引きずり出しても逆効果 76歳の元農水事務次官が先月1日、自宅で44歳の長男を刺殺したニュースを見た瞬間、都内在住のAさん(60代後半)は背筋が凍ったという。

Aさんは都内の一流大を卒業し、メガバンクの役員まで務めた。40代前半の長男もAさんと同じ大学を卒業後、一流企業に就職できたが、職場の人間関係に馴染めず、わずか2年で辞職し、ひきこもり状態に。Aさん夫婦と同居している。

Aさんは「息子は暴力を振るうことはありませんが、常にイライラしていて、私らも気が休まらない。今はまだ私も働いているので金銭的な問題はありませんが、正直お手上げです」と言って肩を落とした。 悩める親につけ込む悪質業者が最近、はびこっているという。 自立支援と称し、ひきこもりの子どもを自宅から無理やり連れ出し、軟禁状態に。3カ月や半年で数百万円といった法外な料金を請求する――KHJ全国ひきこもり家族会連合会は6月23日、そんな「引き出し屋」と呼ばれる業者の実態把握に乗り出すことを決めた。 とはいえ、追い詰められた親はワラにもすがる思いで、「お金で解決できるなら」(Aさん)などと、冷静な判断ができなくなっている。 「そもそも、ひきこもりは3カ月、半年程度で解決できる問題ではありません。実態のよく分からない民間業者に頼むのはやめた方がいい」と話すのは、ノンフィクション作家の黒川祥子氏。 不登校やひきこもりの取材を長年行っている黒川氏のアドバイスはこうだ。 「無理やり外に引きずり出すと、親に対する怒りを募らせ、事態がますますこじれます。それより、まず行政に相談する。親御さんだけでいい。本人を連れて行く必要はありません。各都道府県に設置されている『ひきこもり地域支援センター』を訪ねてみてください。地域によって相談員の温度差があるので、必ずしも満足のいく対応をしてもらえない可能性はありますが、いずれにせよ、家族だけで解決するのは困難です。とにかく外部に相談することが、解決の第一歩になります」

もし同センターの対応が不満だったら、その場で、他にどんな公的な相談窓口があるのかを教えてもらえばいい。 「短期間にお金で何とかなるなんて、あり得ません。2、3年と長いスパンで見てください。親御さんが“外に出る”ことで意識も変わるし、家庭内の雰囲気も変わっていきます。まずはそこからです」(黒川祥子氏) 世間体というプライドを捨てられるか。“初めの一歩”は親からだ。 〔2019年7/4(木) 日刊ゲンダイDIGITAL〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
不登校やひきこもりのフリースペース「PUPPE(プッペ)」 不登校の君、“居場所”ここに 静岡・清水駅前、母娘が開設 親子でフリースペースを開所した中島路香さん(右)と陽さん=20日、静岡市清水区のPUPPE 静岡市清水区の清水駅前銀座商店街に6月、不登校やひきこもりの児童を対象としたフリースペース「PUPPE(プッペ)」が開所した。開設したのは、中島路香さん(53)と陽(ひかる)さん(24)の親子=同区=。それぞれの立場で不登校と向き合ってきた当事者としての経験を糧に、「子どもが自分の力で元気になれる場所作り」を目指す。 「ずっと家の外に居場所がほしかった」-。自身も小学1年から不登校となった経験を持つ陽さんが当時を振り返る。その上で「不登校の児童には、周囲がまずそれを否定せず認めてあげることが大切」と強調する。開所に向けて民間の子育てインストラクターの資格を取得。施設ではスタッフとして子どもたちに寄り添う。 「PUPPE」はドイツ語で「さなぎ」を意味する。週4日開所し、館内での過ごし方は自由。代表の路香さんは「学校に通うだけが正解じゃない。ここでは各人の関心や自主性を尊重しながら、安心して過ごせる空間作りを最優先にしたい」と語る。栄養士の監修による昼食を毎回提供し、心身から健康を支えていく。 母として娘の不登校に向き合ってきた路香さんは、個別面談などを通じて保護者への支援にも力を入れる。「私も最初は学校に行かせようとして、親子で苦しんだ。不登校は親も悩むもの。双方の悩みを共有できる場にしたい」。自らの経験と反省を施設運営に生かそうと試みる、2人の姿勢は共通している。 駅前の商店街という立地にもこだわった。人が行き交う場所に通うことで、子どもたちの自閉傾向の改善につなげたいという。商店への訪問学習なども計画し、2人は「商店街が大きな学校として学びの場になれば」と期待を込める。 . 〔2019年7/4(木) 静岡新聞社@S[アットエス] by 静岡新聞SBS〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ひきこもりのマイナスイメージが強まることへの懸念 立ち上がった「ひきこもり」当事者、根深いメディアの偏見に変化促す緊急シンポ 川崎殺傷事件、農林水産事務次官の長男殺害事件を機に「ひきこもり」に関する報道が相次いだ。これを受けてひきこもり当事者、経験者は6月30日、東京都内で緊急シンポジウムを開いた。 登壇者は報道によって、ひきこもりのマイナスイメージが強まることへの懸念を表明。一方、当事者の発言や行動が、負のイメージ拡散に歯止めを掛けたのではないか、との指摘もあった。ひきこもりの声がメディア、そして社会にもたらした変化とは。(ジャーナリスト・有馬知子)

●20年前からバッシング報道 「ひきこもりとメディア~『容疑者はひきこもりでした』報道を巡って~」と題されたこのシンポジウムは、当事者団体「ひきこもりUX会議」などが主催した。 「ひきこもり」が最初に大きく報じられたのは、2000年の西鉄バスジャック事件と新潟少女監禁事件だ。加害者はひきこもりだったとの報道で、激しい当事者バッシングが起きた。登壇者の1人で精神科医の斎藤環氏は「当時の報道番組では、リベラルとされるコメンテーターですら『ひきこもりはぜいたく病』と発言し、共感を呼んでいた」と振り返る。 当事者を、力づくで「立ち直らせ」ようとする業者も、もてはやされた。UX会議の恩田夏絵代表理事は、小学校2年生から不登校だが、当時ある業者が不登校の子を「目覚めさせる」ため、頭からバケツで水を掛ける場面をテレビで見て、恐怖したという。 「不登校ってこれほど悪い存在なんだ、自分もこうされるんだと思い、さらに縮こまってしまった」と述懐した。 同じくUX会議の林恭子代表理事は「今回の事件で、ひきこもりは得体が知れない、怖いというイメージがさらに強まるのではないかと心配だ」と述べた。「外に出ると、自分も(両事件の当事者と)同じだと思われるのではないか」と怖くなり、これまで以上にひきこもってしまった女性もいるという。

●当事者の声で報道が沈静化 厚労相もメッセージ 今回の事件では、林代表理事ら当事者・経験者が積極的に情報を発信したことで、視聴者・読者のリテラシーが高まり報道がやや沈静化した面もあると、斎藤氏は指摘する。 「20年前は、当事者がメディアに出ても『表に出ているから偽物だ』と攻撃された。世間が当事者の声に少しずつ、耳を傾けるようになったのは大きな変化だ」(斎藤氏) 事件後、UX会議と「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」は、相次いで「報道によって『ひきこもり=犯罪者予備軍』のようなイメージを生産しないでほしい」などとする声明文を発表した。 さらに両団体は6月26日、根本匠厚生労働大臣と面談。根本厚労相は同日「安易に事件とひきこもりの問題を結び付けることは、厳に慎むべき」「当事者や家族の声も聞きながら施策を進めていく」とのメッセージを発表した。

斎藤氏は「ひきこもり施策は従来、有識者と支援の専門家の意見を参考に作られてきた。当事者の意見を聴いたのは大きな進歩だ」と評価する。 20年前とのもう一つの違いは、当事者自身もメディアを持ったことだ。その一つ「ひきポス」が事件について、当事者数人の手記を掲載したところ、大手メディアから執筆者への取材が相次いだという。 石崎森人編集長は「社会に当事者の声を届けられた。また読者からも『自分は外に出てはいけない危険な存在だと感じていたが、そうではないと思えた』などの声を頂いた」と語った。

●ステレオタイプ化したがるメディア しかし、当事者をステレオタイプな「ひきこもり」像に押し込めようとする大手メディアの圧力は、今も根強く残る。 シンポジウム主催者の1人である「ぼそっと池井多」氏は、あるイベントを開いた際、主催者だったにもかかわらず、一参加者であるかのように報道された経験を語った。取材スタッフによると、ひきこもりがイベントを開く、という行為が「視聴者のイメージに合わない」と上司に判断されたという。 「『奥の部屋で膝を抱えて座る』『みじめでみすぼらしい存在』などといった誤ったイメージが、再生産されてしまった」と批判する。

ジャーナリストの堀潤氏は、報道する立場から「メディアは視聴者に理解してもらおうとするあまり『ひきこもり』『被災者』など、乱暴なカテゴライズをしがちだ」と述べた。 当事者には部屋から出られない人も、外出はできるが社会的なつながりを持てない人もいる。不登校の若者、リストラされた中高年、主婦、セクシュアルマイノリティーなど属性もさまざまだ。 当事者メディア「ひきこもり新聞」の木村直弘編集長は「ひきこもりは同質な集団ではなく千差万別。いろいろな当事者の声を拾い上げることが大切だ」と話した。

●「引き出し業者」に頼らないで 登壇者が警告 シンポジウムでは、事件報道で不安に駆られた家族が、当事者を強引に外へ連れ出す民間業者を頼ってしまうことへの懸念も、相次いで表明された。 木村編集長は「引き出し業者」と呼ばれるこうした団体に「Tシャツと股引き姿で、無理やり連れていかれた」という被害者の事例を紹介。「彼を連れ去った団体は、今も頻繁にテレビに登場している」と憤る。

UX会議の恩田代表理事は「引き出し業者は、『1000人治した』『必ず就労させる』『100%回復させる』『明るい未来』といったインパクトの強い言葉を並べる傾向が強い」と指摘する。 精神科医の斎藤氏も「『子どもの暴力を今改めなければ、家庭は崩壊してしまう』など、子どもの行動を貶めるような言葉で、不安をあおる業者は注意すべき」と話した。 木村編集長は「ひきこもりは『甘え』だという偏見から、無理に連れて行っても構わないと考える人は未だに多い。だが人権を無視した、暴力的な支援の危険性を理解してほしい」と訴えている。

【ひきこもり当事者・親の相談先】 ・KHJ全国ひきこもり家族会連合会(全国の支部リスト) https://www.khj-h.com/meeting/families-meeting-list/ ・ひきこもり地域支援センター https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/hikikomori/ . 〔2019年7/4(木) 弁護士ドットコム 弁護士ドットコムニュース編集部〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ハラスメントと学校側隠蔽工作 部活顧問のハラスメントと学校側隠蔽工作が生んだ悲劇。学校部活に潜む構造的問題 生徒の自殺は部活顧問からの不適切な指導が原因か 埼玉県さいたま市立南浦和中学校で、バドミントン部に所属する1年生男子生徒が昨年8月26日、夏休み中の部活に向かう途中で自殺。それから1年近い時間をかけて、大きな問題に発展することになりました。(参照:“自殺中1遺族「部活顧問が原因」 市の教育委が第3者委設置へ”|FNN) 報道によると、中1生徒はバドミントン部の男性顧問から、複数回に及ぶ不適切な指導を受けていたとあります。詳細についてはまだ調査中でわからないことが多いのですが、それでも「胸ぐらをつかむ」といった暴行の他、「頭が悪い」「やりたくておまえらの顧問やってるわけじゃねえ」「お前、存在する意味あるのか」といった人格を否定するような暴言が複数見られたとありました。 . 部活顧問は「リピーター教師」だった 2018年5月、つまり、生徒が自殺してしまう3か月前、学校が行った体罰に関するアンケートで「当該部活顧問から胸ぐらをつかまれた」などの暴行に遭った生徒4人から被害報告がありました。一般に、スポーツの指導者は、少しばかり荒い指導をすることがあります。そのような指導であっても、生徒は「気合を入れてもらった」と前向きに解したり、自分のことを想っての熱血指導だと納得した上での厳しい指導を受け入れることもあるのですが、この学校で起こったのは、やはり理不尽な、行き過ぎた指導だったのでしょう。 「体罰の有無を問うアンケート」で、暴行や暴言を証言しているころから察すると、スポーツの指導という名目では限度を超えた理不尽な指導であったことが想像できます。このアンケートを受けて、顧問は保護者会で謝罪しつつ、その後も同じバドミントン部の指導を続けています。そして7月には保護者会から顧問の交代を要望されていたのにも関わらず、8月に生徒が自殺してもなお、年が明けた今春まで顧問だったといいます。

私たちはこうした体罰を繰り返す教師を「リピーター教師」と呼ぶことがありますが、教育の名の下に行う体罰は、優れた指導力と誤信してしまうことから起こります。そして厳しい指導という名の体罰がこの顧問のストレスの捌け口だったのではないでしょうか。 「口頭注意」のみだった校長の指導 自殺そのものは未然に防がなければなりませんが、起きてしまった以上は取り返しがつかないのですから、せめてそれはきちんと原因を究明し、再発防止のためにあらゆる手段を取るのが現在の我が国の教育現場です。そして情報を共有することが、再発防止の基本です。しかし、校長はあろうことか、遺族にこんな言葉をかけます。 「自殺という言い方をしてしまうと保護者会を開いて遺族が説明しなければならない。マスコミがたくさん押し寄せてきて、告別式がめちゃくちゃにされてしまう」 死因は部活顧問の体罰からの逃避行動と見られる自殺なのに、表向きは「不慮の事故」という処理をされてしまったのです。 確かに自殺者の遺族は、弔問に訪れた人たちからの、ある種の好奇の目に曝され、自殺が予見できなかったのか等の説明を求められることがあるので、公表することをためらいます。死者や遺族のプライバシーを守る必要もあると思います。しかし、葬儀については不慮の事故と言い張ることは学校側の配慮として理解できますが、本当の原因は部活顧問の体罰なのですから、当該中学校はもとより、さいたま市教育委員会や文部科学行政全体で共有すべき重大事件なのです。 . 再発防止など無理だと思っている教育委員会 校長が体罰の事実を知っていたのに、それを放置したために生徒が自殺に追い込まれた。こういう問題が起こったとき、学校長や教育委員会など、責任ある立場の人たちは何とコメントするか。判で押したような言い訳が散見されます。みなさんも聞いたことがあるでしょう。

「今回のことは遺憾でなりません。二度と同様の問題が起こらないよう、指導を徹底します」
「関係者、遺族、学校の生徒のみなさんに、多大なご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「事実関係を調査した上で、十分な対処を検討します」

このような言葉を発すると、教育行政に関わる責任者のみなさんは、十分に反省したものと解されて、一件落着となり、この問題は処理されたことになります。あとはせいぜい自殺に追い込んだとされる顧問を停職・減給、校長には戒告・訓告処分です。なぜなら、生徒を直接殺した訳ではないからです。 実はこの3つの言葉の前に、隠れた言葉が入っているのです。この一文です。 「一連の対応に不手際はなかったと考えているが、」 そう、自殺に追い込んだ責任や、当該生徒に対して謝罪しているのではありません。

「一連の対応は正しかったけれど、自殺が起こった事実については残念です」
「一連の対応は正しかったけれど、関係者のみなさんに心配をかけたことについては謝罪します」
「一連の対応は正しかったけれど、事実関係については調べてみます」

そして第三者委員会を設置して、数か月かけて事件の風化を図るのです。 教育委員会は、たまに真剣に取り組むことはあっても、「教育現場は多かれ少なかれ事故は起こるし、一定の割合で自殺はある。たまたま心の弱い生徒に、教諭が強く言ってしまったことで事件になった。関係者はある程度反省した態度を見せて、再発防止の会議を何度か開けば世間は忘れる」と考えてしまうものです。 つまり、一連の「再発防止セレモニー」を行うと、校長の責任を問われるだけだし、地域全体としては「学校を運営していれば、ある程度の自殺は起こる。セレモニーを行っても一定数の自殺は防げない」と考えます。それなら費用のかかる第三者委員会とか、複数の教員のスケジュールを抑えた再発防止のための会議を煩わしいと考えれば、「不慮の事故」として上に報告する方が簡単なのです。

どうすれば再発防止ができるのか 確かに若年者の自殺は一定数起こるし、いじめも体罰も本当に防ぐことなどできません。しかし、少なからず教育現場の不祥事を取材・研究してきた立場で私から再発防止策を提言させていただくとすれば、とにかく事実から目をそらす行為全般がいけません。 成人になると自殺の動機は多岐にわたりますが、中学校で起こる生徒の自殺の大半は、継続的なハラスメント行為によるものです。例えば同級生や先輩からのハラスメントは「いじめ」と呼びますが、同年代の人たちによるハラスメントは反撃するとか、不登校になるとか、親・教員・警察に告げ口するなどの退避行動がとれます。一方で、教員からのハラスメントは「体罰」などと呼びますが、知力・体力面では圧倒的な差がある教員からのハラスメントは逃げられません。現実に、今回の校長は、生徒のアンケートを受けて部活顧問に口頭注意するも、顧問の行動を見張るなどの再発防止策はしていません。 つまり、教育委員会や学校長が「再発防止のための指導をする」と記者会見で公言しても、それは実行力が伴うものではなく、「二度と起きないよう、現場は気をつけろ」と訓示を垂れるだけです。 しかし、現場の教職員であれば、実は何らかの解決策を持っています。 実は今回のバドミントン部の顧問が述べていた言葉にヒントがあります。 . 現場教員への部活指導押し付けも問題の一端 「やりたくておまえらの顧問やってるわけじゃねえ」 今回の事件に見られるように、部活動に伴うハラスメントの元凶はここにあるのです。 公立中学校の部活動の顧問は、たいていは教員のボランティアだといわれています。残業手当が出るわけでもなく、休日出勤手当てなども極めて少額といわれています。それに加えて、経験のない教員が、やりたくもない競技の指導をしなければならないのです。教員が、プライベートな時間を犠牲にして部活動が成り立っているのです。 普通に大学を出て教員免許を取得しただけの、ごく一般的な教員であれば、運動科学や健康科学に基づいたスポーツ指導法や、個別の競技の指導法までカバーできません。それでも指導しなければならないとすれば、競技でミスをした生徒を批判し、言うことを聞かない者には有形力を行使することになります。それがエスカレートすると、精神的に追い込むような人格批判や暴力に発展するのです。

学校は、指導経験のない教員に、しかもボランティアで顧問を命じるのですから、指導内容に問題があってもボランティアの顧問を強く批判することなどできません。だって、「やりたくもない部活の顧問」なのですから、辞められては困るし、他の教員に引き継がせるのも大変です。 このような部活動の実態をきちんと検討し、本当に再発防止のための一手を打つとすれば、各教科の指導を専門としている教員に無理な顧問を依頼するのではなく、科学的なトレーニングを指導できる専門的な人材を顧問として雇い入れる道を本格的に検討すべきです。

近年の、スポーツ指導は、ただ走らせたり、無理なトレーニングをさせたり、炎天下でプレーさせたり、または怒鳴ったり、殴ったりするような根性主体の指導は避けて、スポーツ経験者や指導者経験の豊富な人材の下で科学的に行うことが望ましいとされているのです。 もちろん、新たに人を雇い入れるのですから、予算が必要で、財源の確保が必要です。 しかし、部活動に対して科学的に適切な指導を行う予算を割くことができないのであれば、もはや校長も教育委員会も「再発防止」などと口に出してはいけません。いつものように第三者委員会を設置して責任者追求セレモニーを行うだけなのか、それとも本当に再発防止となるよう、予算を計上してでも専門性の高い顧問を雇い入れるのでしょうか。 うまく機能すれば、教員は部活の顧問から解放され、学習指導に専念できる環境が整備されることになります。不幸にして亡くなった中1生徒の無念を晴らしていけるかどうか。さいたま市の改革を見届けていかなければなりません。 【松本肇】

<Twitter ID:@matsuhaji>

まつもとはじめ●教育ジャーナリスト&教育評論家。 . 〔2019年7/4(木) ハーバービジネスオンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
人はブラブラして過ごす 働かなくてもいいよ~就労や自己責任の呪縛から解き放たれよう ■50年はプラブラ 人生は長くて90年で、そのうちフルに働いたとしてもせいぜい40年ほど、あと50年は「学生」したり「子ども」したり「高齢者」したりと、人はブラブラして過ごす。 我々の社会というかこの近代社会は、なぜか「労働」ということに過剰な意味付けをしているようだ。よくわからないが「国民の義務」にもそれは入っている。国民というか、市井の人々を管理する権力サイドからすると、働いてもらわないと困る、ということらしい。 だがさまざまな事情(高齢ひきこもりとか精神障害とか発達障害とか)があって働けない、あるいは働くことが持続できない人々はたくさんいる。また、家庭が裕福で働く必要のない人々も前者よりは少ないもののいることはいる。 後者の方はラッキーだとして、前者の方(働けないあるいは働くことが持続しない)は、そんな無理して働くなくてもいい、というアタリマエのことを僕はあらためて言いたい。

というのも、少し前に当欄で親亡きあと、生活保護で何が悪い?~高齢ひきこもりという記事を書いたところ、何人もの方から、「それでもやはり就労にチャレンジすべきでは?」というご感想をいただいており、それらの方々はすべて「支援者」の方だという事実がある。 社会規範とは、人々のそんな「アタリマエ」から形成され、強固なものとなる。 それは根深く社会に定着し、働けない者の心を直撃する。現実としては働けない、あるいは働くことが長続きしない。それは当人の弱さも原因の一つではあるが、それよりもどちらかというと昨今の「企業のブラック化」のほうが大きな原因だと僕は思う。

■ブラックとトラウマ ひきこもりの原因が不登校から就労の挫折に移った今、意を決して働いたもののその職場がたまたまブラックであり、そこでトラウマを刻印され退職し再びひきこもるというパターンが珍しくなくなっている。 そう、働くことは危険になっている。 非正規雇用4割、正社員でも長時間労働が当たり前の今(働き方改革などはまだまだ少数派だと思う)、下手して働くと再び傷ついてしまう。

ひきこもりの原因が就労現場での挫折が中心を締め、そのトラウマを抱えつつ再び長期のひきこもりに突入した人に対して、「それでも働け」とは僕にはとても言えない。 むしろそうした人々の存在が、この社会にしつこくはびこっている就労規範を打ち砕く契機になるかも、と期待もしている。 が、そうした人々に対して、世の青少年支援者たちは「働くことはできる」と言ってしまう。 もう、いいんじゃないでしょうか、その「働くことが第一」の価値から降りてしまっても。 政府は40代になっても就労支援し続ける的な政策提案をしたが(「氷河期世代」を集中支援=安定就労へ3年計画策定-諮問会議)、こんな状況になってもまだ国は人々を働かせるのか、と僕はいやになった。

■「自己責任」はコミュニケーションの根源を知らない者がいう愚かな価値 働けない人は現実として働けないし続かない。非正規とブラック社会の我が国は、弱い者をそれでも「働け」と追い込んでいく。 そもそも、働くことがそんなに価値があるか? 高齢化した母を手助けして、布団を干したり買い物に行ったりカボチャを切ったり(いずれも体力仕事)することも大事ではないか? あるいは、親がささやかに行なう家庭菜園を手伝うことも、その家族的には大いに助かることではないか? あるいは、なんらかのかたちで関わり始めた「居場所」的な施設(たとえば子ども食堂)で、ボランティア的にその施設を応援することも立派な社会貢献ではないか?

あるいは、地元の福祉系団体が行なうバザーを手伝ったりするのも、その人ならではの温かみを醸し出す作業になるかもしれない。 そう、働けない人は働かなくてもいいんだよ。 「働くこと=善」はここ200年程度で形成された価値に過ぎないと僕は思うし(それ以前は規範ではなく生存のための手段だった)、働かないかわりに何かできることがあればそれを行ない(無理して行なわなくてもいい)、生活保護や親のカネで生活してもなんら問題ではない。

我々は「他者」なしでは生きていけない。というより、自我の形成は他者によって行なわれる。また、自己は常に他者に取り囲まれ、他者の力によって生かされている。それが「コミュニケーション」の根源にある。 「自己責任」なんて、コミュニケーションの根源を知らない者がいう愚かな価値だ。 そろそろ就労なんていう近視眼的な価値から解き放たれ、人間同士が助け合い、社会の中で個が生かされる「ヒトの根源」に戻っても僕はいいと思う。 人は長生きして90年程度。働くのも悪ではないが、喜びのなか、自由に生きることこそが最善の価値だと思う。頼るところは他者に頼り、頼られる者は頼られることを誇りとする。そして、その頼られる者(税を払う人々)も、いずれは誰かを頼ることになる。これからの少子社会は、このような「誰かを頼ってもよい社会」になったらいいと思う。今の、新自由主義的な殺伐とした社会は最低だ。 それで90年気持ちよく生きることができればいいのではないでしょうか?

田中俊英 一般社団法人officeドーナツトーク代表 子ども若者支援NPO法人代表(淡路プラッツ02〜12年)のあと、2013年より一般社団法人officeドーナツトーク代表。子ども若者問題(不登校・ニート・ひきこもり・貧困問題等)の支援を行なう。03年、大阪大学大学院「臨床哲学」を修了。主な著書に、『ひきこもりから家族を考える』(岩波ブックレット)ほか。内閣府・広島県・川西市・大阪市ほかで子ども若者支援専門委員。officeドーナツトークは、平成29年度 内閣府「子供と家族・若者応援団表彰、内閣特命担当大臣表彰」受賞。 〔2019年7/4(木) 田中俊英 一般社団法人officeドーナツトーク代表〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
八尾市小学6年の女子いじめ不登校  大阪・八尾市のいじめ 再調査へ 大阪府八尾市の小学校で11歳の女子児童がいじめで不登校になっている問題で市は両親の求めに応じ再調査することを決めました。 八尾市が再調査を決めたのは小学6年の女子児童(11)が去年2月同級生の男児から暴力を振るわれ骨折し、PTSD=心的外傷後ストレス障害で不登校になっている問題です。市の教育委員会は第三者委員会を設置し、先月女児のPTSDはいじめが原因とする調査報告書を発表。しかし、暴力を振るわれる前に女児が先に手を出したように受け取られる記述があるなど事実とは異なるとして、両親が市に再調査を求めていました。再調査のための第三者委員会は1度目の調査とは別の弁護士や臨床心理士ら5人で構成されるということです。 . 〔2019年7/5(金) ABCテレビ〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
教育虐待 子が従わないから刺し殺す51歳父の愛情 「教育虐待」が後を絶たない。精神科医の片田珠美氏は、「『子どもは自分のもの』という所有意識や、『自分は正しい』という誤った信念が、この手の虐待の原因になっている」と指摘する――。

■なぜ、51歳の父親は小6の息子を刺し殺したのか 2016年8月、名古屋市で当時小学6年生だった息子の胸を包丁で刺して殺害した罪に問われている51歳の佐竹憲吾被告の初公判が、今年6月21日に名古屋地裁で行われた。 佐竹被告は、自身が地元の有名進学校である中高一貫校を卒業しており、一人息子にも自分の母校に進学してほしいと希望し、名古屋市内でも有数の進学塾に通わせていた。 息子が塾に入った小学3年生の頃から、佐竹被告は暴力を振るうようになったようで、たたいたり、物に当たったり、教科書を破ったりしたという。あげくの果てに「受験勉強で言うことを聞かないから刺した」わけで、これは教育虐待にほかならない。 教育虐待とは、親が教育熱心なあまり、子どもに過度な期待をして、思い通りの結果が出ないと厳しく叱責したり、暴力を振るったりすることである。その結果、子どもが心にトラウマを抱えるケースも少なくない。

■「教育虐待」する親の4つの特徴 なぜ親は教育虐待をするのか?  教育虐待の影響で、不登校やひきこもり、家庭内暴力や摂食障害などの問題を抱えるようになった親子を精神科医として数多く診察してきて、次の4つの特徴に気づいた。


① 「子どもは自分のもの」という所有意識 ② 子どもは「自分をよく見せるための付属物」という認識 ③ 子どもを自分の思い通りにしたいという支配欲求 ④ 自分は正しいという信念


. 子が従わないから刺し殺す51歳父の愛情 ■「子どもは自分のもの」という所有意識 まず、①「子どもは自分のもの」という所有意識は、子どもを虐待する親の多くに認められる。最も暴力的な形で表れるのが身体的虐待だ。 たとえば、2019年1月、千葉県野田市で当時小学4年生だった栗原心愛(みあ)さんが自宅の浴室で死亡した事件で逮捕され、傷害致死罪で起訴された父親の勇一郎被告である。 勇一郎被告は、心愛さんの両腕をつかんで体を引きずり、顔を浴室の床に打ち付け、胸や顔を圧迫するなどの暴行を加え、顔面打撲や骨折を負わせた。それだけでなく、心愛さんの手に汚物を持たせ、その様子をスマートフォンやデジカメで撮影していたという。 どうして実の娘にこんなひどいことができるのかと首をかしげたくなるが、わが子を虐待する親の話を聞くと、皮肉なことに、実の子だからできるのだということがわかる。子どもを自分の所有物とみなしているからこそ、自分の好きなように扱ってもいいと思い込む。 実際、子どもに身体的虐待を加える親が、「自分の子どもをどうしつけようが、俺の勝手だ」「子どもを殴るかどうか、他人にとやかく言われる筋合いはない」などと話すことは少なくない。自分の子どもは虐待してもかまわないという思い込みの根底には、しばしば強い所有意識が潜んでいる。 こうした所有意識は、教育虐待をする親にも認められる。「子どもは自分のもの」という所有意識ゆえに、子どもに勉強させるために厳しく叱責するのも、暴力を振るうのも、自分の勝手だと思い込むわけである。

■子どもは「自分をよく見せるための付属物」という認識 教育虐待をする親にとくに強いのが、②子どもは「自分をよく見せるための付属物」という認識だ。 この認識が強い親にとって、子どもは、自分の価値を底上げしてくれるバッグや宝石などと同等の存在にすぎない。そのため、成績がよく、先生にも気に入られ、友達にも好かれ、習い事でもほめられる“パーフェクト・チャイルド”であることを常に求める。さらに、「いい大学」「いい会社」に入り、隣近所や親戚に自慢できるようなエリートコースを歩んでくれるよう願う。 その役割を子どもがきちんと果たしてくれれば、親の自己愛は満たされるが、逆に子どもが「自分をよく見せるための付属物」でなくなれば、親の自己愛は傷つく。だから、成績の低下や受験の失敗などに直面すると、親は怒り、罵倒する。 しかも、子どもが「自分をよく見せるための付属物」としての役割を果たしてくれなかったせいで、自分が恥をかいたと親は思っている。当然、恥をかいた自分は被害者で、その原因をつくった子どもは加害者という認識であり、加害者である子どもを責めてもいいと考える。こうして、子どもを責め、罵倒することを正当化する。

■子どもを自分の思い通りにしたいという支配欲求 佐竹被告の「受験勉強で言うことを聞かないから刺した」という供述からは、子どもを自分の思い通りにしたいという支配欲求がうかがえる。 このような支配欲求を親が抱く理由として、利得、自己愛、「攻撃者との同一視」の3つが考えられる。 まず、利得だが、これは非常にわかりやすい。多いのは、子どもに将来の高収入を期待する親である。わが子が「いい学校」「いい会社」に入ることを望むのも、それによって高収入が得られるはずと思っているからだろう。 親の自己愛、とくに傷ついた自己愛も、親が支配欲求を抱く重要な動機になる。なぜかといえば、傷ついた自己愛、そしてそれによる敗北感を抱えている親ほど、子どもを利用して、自分の果たせなかった夢をかなえようとするからだ。 佐竹被告も、その1人のように見える。高校卒業後は大学に進学せず、飲食店などに勤務し、逮捕当時はトラックの運転手として働いていたということなので、中高一貫の有名進学校に入ったものの、その後の学歴についてはコンプレックスにさいなまれていたのではないか。

■人生の敗北・劣等感を子どもにぶつける毒親たち このように傷ついた自己愛と敗北感を抱えている親ほど、その反動で自分がかなえられなかった夢を子どもに実現させようとする。 これは、親が自分の人生で味わった敗北感を子どもの成功によって払拭し、傷ついた自己愛を修復するためだろう。いわば敗者復活のために子どもに代理戦争を戦わせるわけだが、親が子供の希望や適性を無視して自分の夢を子どもに押しつけると、不幸な結果を招きかねない。 親が支配欲求を抱く3つ目の動機として、「攻撃者との同一視」を挙げておきたい。これは、自分の胸中に不安や恐怖などをかき立てた人物の攻撃を模倣して、自らの屈辱的な体験を乗り越えようとする防衛メカニズムであり、フロイトの娘、アンナ・フロイトが見いだした(『自我と防衛』)。 このメカニズムは、さまざまな場面で働く。たとえば、学校の運動部で「鍛えるため」という名目で先輩からいじめに近いしごきを受けた人が、自分が先輩の立場になった途端、今度は後輩に同じことを繰り返す。 「攻撃者との同一視」は、親子の間でも起こりうる。子どもの頃に親から虐待を受け、「あんな親にはなりたくない」と思っていたのに、自分が親になると、自分が受けたのと同様の虐待をわが子に加える。 教育虐待をする親の話を聞くと、親自身が「子どもの頃に勉強しないとたたかれた」とか「成績が下がると罵倒された」とかいう経験の持ち主であることが多い。そういう話を聞くたびに、「自分がされて嫌だったのなら、同じことを子どもにしなければいいのに」と私は思う。だが、残念ながら、そんな理屈は通用しないようだ。 むしろ、「自分は理不尽な目に遭い、つらい思いをした」という被害者意識が強いほど、自分と同じような経験を子どもに味わわせようとする。親自身が辛抱した経験によって、子どもへの支配欲求を正当化するのだ。

■「虐待は愛の証し」という価値観で自己正当化 何よりも厄介なのは、④自分は正しいという信念である。もちろん、子どもを虐待している自覚などない。 こうした信念は、先ほど取り上げた勇一郎被告にも認められる。勇一郎被告は、警察の取り調べで「しつけで悪いとは思っていない」と供述したようだが、おそらく本音だろう。 死に至らしめるほどの暴力を「しつけ」と称するのは、理解に苦しむし、責任逃れのための詭弁ではないかと勘繰りたくなる。だが、虐待の加害者のなかには、虐待を愛情の証しとみなしていて、「愛しているから、あんなことをした」と話す者が少なくない。 勇一郎被告も、「虐待は愛の証し」という価値観の持ち主だったのではないか。このような愛情と虐待の混同は、虐待の加害者にしばしば認められ、自己正当化のために使われる。自己正当化によって、自分は正しいと思い込んでいるからこそ、あれだけ激しい暴力を子どもに加えるのだろう。 こうした自己正当化は、教育虐待をする親にとくに強いように見受けられる。子どもを罵倒するのも、暴力を振るうのも、子どもの将来のためだと思っている。当然、自分が悪かったとも間違っていたとも思わないし、決して謝らない。 教育熱心な親ほど、教育虐待に走りやすい。そのことを肝に銘じ、4つの特徴が自分自身にもあるのではないかと親はわが身を振り返らなければならない。そして、子どもが一定の年齢以上になったら、親と子は別人格と割り切るべきである。 . 精神科医 片田 珠美 写真=iStock.com 〔2019年7/5(金) プレジデントオンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
いじめや不登校に弁護士が助言 いじめ解決に弁護士会と協定 県教育委員会 高校でのいじめや不登校といった問題に、弁護士が助言することで早期解決を目指す取り組みが8月から始まります。 県教育委員会は、県立高校で起きるいじめなどの問題に対し、弁護士が法に基づき対応し素早く解決を図るための協定を県弁護士会と結びました。県教委によりますと、県内の公立高校でのいじめの認知件数は増加傾向にあり、近年はSNS上でのいじめや、学校と保護者のトラブルが増加したことで生徒指導が複雑化しているということです。8月から月に1回、要望のあった学校に対して弁護士相談会を開くほか、弁護士によるいじめ予防のための出前講座も行われます。県弁護士会は、生徒の利益を大前提に教員の負担を解消し、安心・安全な学校づくりに貢献したいということです。 . 〔2019年7/5(金) 静岡放送(SBS)〕


周辺ニュース

ページ名[[]]、()
石崎森人 元ひきこもり35歳男性、自己否定を繰り返し「絶望の限界」を見て浮上できた 現在、全国に100万人以上いると推測されるひきこもり。近年、中高年層が増加しており、内閣府は今年初めて、40歳以上が対象の調査結果を公表した。一般的には負のイメージがあるひきこもり。その素顔が知りたくて、当事者とゆっくり話してみたら……。 石崎森人さん(35)のケース ひきこもり当事者・経験者が発信する雑誌『HIKIPOS』編集長の石崎森人さん(35)。現在5号まで出ているこの雑誌には毎回、特集がある。例えば、3号では「ひきこもりと恋愛・結婚」、4号では「ひきこもりと『働く』」などで当事者たちが原稿を書いており、非常に興味深い。 東京郊外の駅前で会った石崎さんは、にこやかで知的な印象。穏やかそうに見えるが、激しい精神的葛藤を経てきたと話し始めた。 生まれながらに感受性が強かったのか、あるいは抑圧的な父親と心配性な母親とに厳しく育てられたからなのか、子どものころから「家は、安心できる場所ではない」と実感していたという。兄と弟に挟まれた次男だから自由に育ったのかと思ったが、彼は繊細すぎるくらい繊細だった。 . イジメを目撃し「人間は腐ってる」 小学校に入学するころバブルが崩壊し、テレビでは「同情するなら金をくれ」とドラマ『家なき子』で安達祐実が叫んでいた。石崎さんの家も周りも自営業者が多く、バブル崩壊の影響で大人はピリピリしていた。それが子どもにも影響したのか、入学してすぐイジメを目撃した。それを見て彼は「人間は腐ってる」と厭世観(えんせいかん)を強めていった。 「家では父親が口達者で、とにかく怖くて、心安まるときがなかった。否定されながら育ちました。子どもはほかの家庭を知らないから、自分の家や親が絶対だと思ってしまう。父が言うように自分をダメなやつと思っていて、ずっと自分のことが大嫌いでした」 不登校になりかけたが、友人が迎えに来てくれてなんとか凌(しの)ぎ、中学に上がった。 「勉強も運動もできない劣等生でした。中学に入るとすぐ、神戸連続児童殺傷事件、通称『酒鬼薔薇事件』が起こった。犯人はひとつ年上。インパクトがありましたね。家ではゲームは禁止、門限があって自由に遊べないなどと規律が厳しくて気が休まるヒマもなかった。反発したり、親を恨む前に、自分を押し殺す習慣がつくんです。いつも親の顔色をうかがって自分を殺し、そんな自分を嫌いになっていく」 成績がついていけなかったこともあり、高校は定時制へ。年齢や環境の違う同級生は、一筋縄ではいかない人たちが多かったが、石崎さんには、それが非常におもしろかったという。「多様性」を意識したのかもしれない。 NHKの『真剣10代しゃべり場』という番組にも出演。「麗しきディベートの貴公子」と呼ばれていたようだ。 「人生で唯一、調子のいい時期でした(笑)」 ひきこもりどころか、青春を謳歌(おうか)しているように思える。しかも推薦で大学に入学してひとり暮らしを始めたというから、自由に楽しむことを覚えたのかと思いきや、心身が徐々に悲鳴を上げていく。 「僕は人生において、リラックスしたことがなかった。いつでも自己嫌悪がひどくて、人からどう見られているかを気にして緊張状態。心も身体もバキバキでした。何かあると自分が悪いんだと責め続けた。人はみんな精神的にギリギリのところで明るく振る舞うものと思い込んでいました。そうではないと知ったのは30歳を過ぎてから」 . 就職直後、思いつめて自殺未遂…… 大学入学前後から病院に通って抗うつ剤を飲んではいたが、とにかく調子が悪い。医師からは、心身症、うつ病、双極性障害などたくさんの病名をつけられた。 「吐き気がひどかったり強迫観念にかられたり。大学にもあまり行けず、部屋で寝ていることも多かったんですが、アルバイトをしないと生活できない。その状態のまま、就職活動を始めました」 小さいながらも出版社に合格。ところが入社当日から12時間働かされた。それが3日間続き、あげく「週末はボランティアして」と出社を強要された。 「その3日間、雑用以外に僕がした仕事はテープ起こし5分ですよ。専門用語が飛び交い、音質が悪くて全然聞き取れなかったんだけど、それを上司に相談もできず……。“5分しか起こしてないのか”と言われ、無能なんだ、社会人失格だと思い込んで……。 もう普通には生きられない、会社に行くか死ぬかのどちらかだと思いつめて。針金のハンガーを開いてタンスにかけ、首をかけて死のうとしたんですが、うまくいかなかった」ただ、そこで石崎さんの「理性」がかろうじて働いた。追い込まれたとき、相談できるのは親しかいなかった。大学4年で実家へ戻っていたので、親に意志を伝えた。そして彼は3日働いた会社を辞め、緊急で3週間入院した。 問題はそのあとだ。退院してから自転車や徒歩で行ける場所でアルバイトを始めたが、通勤途中に気分が悪くなって吐いてしまう。バイトをやめて病院に通う日々。 「社会参加していないことに負い目があるし、親には申し訳ないし。自室にこもって、夜中に冷蔵庫をごそごそ探っていた。お風呂も週に1回か2回しか入らない生活でした」 自分がいけないのだと責め続けた。自分の人生は終わったという思いに支配された。 「朝方、そろそろ寝ようと思ってベランダでタバコを吸っていると、近所の年下の男の子が5時ごろ家を出るんです。あの子は一部上場企業に就職したんだっけ、ああいう人が世の中を作っているんだなあ。キャリアを積んで一人前になっていく。僕は26歳で何のスキルもない、とまた落ち込んでいく。本当は社会で先頭を走りたいタイプだったのに」 大学時代、文芸の同人誌を作っていたことがある。それが「そこそこ売れた」ので、編集者として活躍したいという思いが強かった。なのに結局は家にこもっているだけ。 理想と現実とのギャップに苦しむと同時に、彼はやはり「頑張れなかった自分」を否定し続けていたのだろう。 2年ほどひきこもっているうちに体力も減退していく。歩いて5分のコンビニへも筋肉痛が激しくて行かれない。 身体が弱ってくると眠ることもできなくなる。ちょっとうとうとすると、映画『エルム街の悪夢』のような悪夢を見る。「寝逃げ」ができなくなったと彼は感じた。 . やはり親より先に死ぬことはできない 「寝ても起きても悪夢が追いかけてくる感じ。背中が痛くて寝ても座ってもいられない。薬だけが増えていきました」

ある日、とうとう薬と酒を同時に大量に飲み、トイレで気絶してしまう。弟に発見され、病院に救急搬送された。 「胃洗浄で助かったんですが、弟に発見されたことが情けなくてたまらない。家に帰ると家族に薬を捨てられていました。薬が恋しくてたまらない。頭を麻痺(まひ)させる薬がなくなり、冷静になる過程で、“死ぬべきだ”と神の声を聞いたような希死念慮(きしねんりょ)を経験しました」 ところが、その土壇場で再度、石崎さんの理性が働く。高校の同級生が自殺した当時を思い出したのだ。母親が抜け殻のようになったことを。 「うちの親も兄弟も悲しむだろうなと。たとえ親子関係がよくないとしても、やはり親より先に死ぬことはできない。なぜかそう思ったんですよ」 底をついた、という実感があった。それを彼は「絶望の限界が見えた」と表現した。絶望の限界が見えたら、あとは浮上するしかない。ひきこもりと「事件」とが取りざたされる昨今だが、ひきこもる人の多くは犯罪など起こさない。むしろ、どんどん沈んでいくのだ。だが、石崎さんのように底打ち感を体験した瞬間が浮上のきっかけになりうる。 「自己否定」をしない訓練 自分の状況を客観的に眺め、薬を抜いて「素の人間」に立ち返ろうと彼は決めた。 「薬を抜くために2週間、入院しました。最初は薬の離脱症状に苦しんだけど、しばらくたって外に出たら、風を感じたんです。抗うつ剤は感覚を鈍らせるので、風など感じたことがなかった。そこからリハビリが始まりました」 いい機会だからとネットで売っている1円の中古本を買い込んで読みあさった。大学時代に学んだ心理学も、もう1度、勉強し直した。自分のことが少しずつわかっていった。そこでキーワードになったのが「自己肯定」だ。 「自己肯定感には、自然に持っているベースとなるものと、社会的に培われるものがある。僕にはベースとなる肯定感がない。それは子どものころ、のびのび安心して暮らせたか、自分の気持ちを受け止めてくれる人がいたか、にかかっている。それがあれば、自分を肯定できるし人も肯定できる」 ベースとなる肯定感がないのに、社会的肯定感を積み重ねても砂上の楼閣。東大生だろうが成功者だろうが、自己肯定感の低い人間は大勢いる。ベースとなる肯定感がないからだろうと彼は言う。 自己肯定とか自己否定とか、よく聞く言葉ではあるが、人がなぜそこに固執するのかよくわからなかった。ただ、石崎さんの話を聞いて、生きるベースとなるのは、「自分がここにいていい」と思える気持ちだとわかった。それがあれば自分を受け入れることができる。「私は私だもん」と思える気持ちでもある。 それがなく、「自分はダメだ」「生きている価値がない」と常に自分を否定するのは非常につらいことだろう。そんなダメな自分を周りはどう見ているのかと考えたら、外に出ることすらできなくなる。 石崎さんは、ベースがないから自己肯定はむずかしいと感じた。だから否定しないエクササイズを始めたという。 「僕はひと言発するたびに、こんなことを言う自分はダメだ、と否定していた。だから自分を否定しない作業を5分してみる。否定しそうになると、いや、そう思わなくていいんだとマイナスからゼロに戻す。毎日少しずつ時間を延ばす。否定さえしなければなんとかなります」 親を許そうと思えた理由32歳までエクササイズを続けた彼は、動き出した。とはいえ、30歳を過ぎて就職はむずかしい。 フルタイムで働く自信もなかった。そこで実家や兄が起業した会社でマーケティングや新卒採用、IT関係などを担うようになる。 強権的な父親を恨んだこともあった。だが彼は一時期、祖母の介護をしてみて、父が常に怒りっぽくて威圧的なのはこの母に育てられたからだとわかった。だから連鎖はここで止めよう、そのために親を許そうと思えたのだという。 以前だったら会社経営者の父が幹部を怒る声に耐えられず逃げ出していた。だが今は、「トップが怒るとどれだけ悪影響を与えるか。会社の士気が下がって従業員が辞めたら父自身が損をする。みんなが気持ちよく仕事をすることで効率が上がる」とうまく説得できるようになっている。 「前は論破すればいいと思っていたけど、人は論破されても納得しなければ変わらない。僕自身、親とうまくやる術が身についてきた気がします」 彼のソフトな口調と、つい耳を傾けたくなる言葉のチョイスはそういう経験から生まれたのだ。 数年前からは『不登校新聞』や『ひきこもり新聞』と関わるようになった。さらに当事者が集まる『ひきこもりUX会議』の創立メンバーとして活動を始めた。そんな中、もっとナマの声を発信したいと立ち上げたのが『HIKIPOS』である。この雑誌、価格設定がおもしろい。定価は500円だが、当事者は100円、応援価格が2000円なのだ。石崎さんが考え出した設定だ。 「活動がお金と結びついていくといいんですが、まだ経済的にはうまくいかないですね」 それでも雑誌の評判は上々である。実際、当事者でなくても興味深く読める。それは結局、誰もが生きづらさを感じているからにほかならない。 かつていっときも休まずに自分に罵声(ばせい)を浴びせていた石崎さんが、あのころの自分に言ってあげたい言葉があるとしたら? 彼はしばらく考えてから、穏やかに言った。 「自分を否定することはないよ。将来も絶望することはないよ」

【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】 かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆。 〔2019年6/15(土) 週刊女性PRIME〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
川崎と練馬2つの事件 川崎と練馬“事件の共通点”…「ひきこもり」への理解は進むのか TOKYO MX(地上波9ch)朝のニュース生番組「モーニングCROSS」(毎週月~金曜7:00~)。6月7日(金)放送の「オピニオンCROSS neo」のコーナーでは、キャスターでジャーナリストの岸田雪子さんが、川崎と練馬で起きた2つの事件の背景にある“ひきこもり”について意見を述べました。

◆厚労大臣「結びつけるのは慎むべき」 根本匠厚生労働大臣は、6月4日(火)の記者会見で川崎市の20人殺傷事件や、練馬区で元農水事務次官が長男を殺害した事件について「事実関係が明らかではないが、安易にひきこもりなどと結びつけるのは慎むべき」と述べました。 また、川崎市の事件の容疑者と元農水事務次官の長男は、いずれもひきこもり傾向にあったと報じられていますが、根本大臣は「ひきこもりの状態にある人への対策としては、個人の状況に寄り添い、きめ細かく支援しながら、社会とのつながりを回復していくことが重要」としています。 岸田さんは「ひきこもりは“恥”ではない」と主張。今回の2つの事件から、ひきこもり当事者が抱えている苦しさについて「私たちがもっと知っておくべき」と訴えます。

◆「8050問題」 川崎市の事件の容疑者は、同居する親族が介護を頼もうとすると、激高したと報じられています。岸田さんによると、80代の親が50代の子の生活を支える「8050問題」は、親の介護が介入する過程で発覚する場合が多いそうです。 外部から介護が入るとなると、子どもにとって安定していたはずの家のなかに、大きな変化が生じることになります。それだけに、この問題に対しては「非常に丁寧さが必要ということを知ったほうがいい」と岸田さん。 一方、練馬の事件では、息子の家庭内暴力がなぜ生まれたのかに注目。過去にいじめられた体験があったそうで「苦しさを抱えるなかで、SOSとしての暴力だった可能性もある」と言います。そして、ひきこもり当事者にどれだけ寄り添えたのかを案じ、岸田さんは「周囲の理解のなさが当事者を追いつめてしまうことがある、と覚えておいたほうがいい」と話します。

◆誰からも認めてもらえない苦しさ 岸田さんはひきこもり当事者の思いを伝えるべく、過去に取材した男性の言葉を紹介します。その男性にとって、何が一番つらかったかと言えば「自分の存在を、誰からも認めてもらえなかったこと」。 そして、男性を救ったのが「ずっと、つらかったんだね」という父親からの言葉だったとか。この何でもないように思える言葉が、当事者には「初めてわかってもらえた」と思えたそうです。 当時、この父親は息子に対してとても悩んでいたそうですが、同じように苦しむ親たちと出会うなかで「自分だけじゃない」「子どもも苦しんでいる」ということに気付き、息子と向き合うことができたんだとか。

◆「自分を守るために、休む権利は誰にでもある」 岸田さんは多くの取材をするなかで、子ども時代にいじめや虐待を経験している方が、ひきこもりになりやすいと感じているそう。幼少期に自己肯定感を育むことができず、なおかつ就職の難しさ・厳しさを経験し、そこで立ちいかなくなってしまった際に「自分を守る術として、ひきこもりが現れている」と言います。さらには「その認識を家族や同居する人がわかってあげることが大事だと思う」とも。 また、親を追い込まないようにするのも重要で「家庭のなかを安定させることが大事」と主張します。そして、親を追い込まない社会作りの一例として、ここ数十年で大きく変化した不登校への認識を挙げます。 かつては「登校拒否」と言われ、学校に行かないことを良しとしない時代がありましたが、現在は「教育機会確保法」により、つらいときなどは休んでもいいと定められているそうです。「自分を守るために、休む権利は誰にでもある」と理解を促します。 最近では、ひきこもりだった方がフリーペーパーを作り、情報を発信したりしているそうです。それだけに、ひきこもりの方も経験者と繋がり「どう社会復帰できたのかなどの情報共有をしていただきたい」と話していました。 〔2019年6/15(土) TOKYO MX〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
困窮世帯 「生まれてきて幸せなのかな」 ユニホーム買えず、部活やめる子も 孤独にじむ困窮世帯 学童保育「困窮層への補助検討を」 沖縄県小中学生調査の自由記述欄は、生活や進路への不安、行政への要望など保護者や子どもたちの切迫した意見であふれた。

保護者からは、生活保護家庭の子どもでも、部活動ができる支援を望む意見が上がった。ユニホームや用具の費用が壁となり、諦めざるを得ない状況があるとの問題提起だ。制服や教科書などの再利用制度の充実、子ども医療費無料化の年齢引き上げを求める声のほか、支援拠点や人材が少ない離島での育児不安もうかがえた。 ひとり親や住民税非課税世帯へのサポートが重要な一方で「両親共働きでも、低収入で生活に苦しんでいる世帯がいる」との訴えもあった。 4人の子育て中で、夫が働けない状況にある回答者は「朝から夕まで毎日仕事で子どもはほったらかし。特に下の2人は生まれてきて幸せなのかなと思う。生んだことを後悔する時がある」とつづった。 一方、子どもからは「自分に自信がない」との記述や、「家も学校も過ごしにくい。相談できる人もいないため『死』を考える」と孤独感をにじませる悲痛な声も。親の経済的負担を察し「バイトなどで働いてお金をもらって母に親孝行したい」という子もいた。 保護者と子どものどちらも、子どもの居場所や無料塾を知らないという意見も目立ち、行政など支援者側が取り組みをどう周知していくか検証する必要がありそうだ。 . ■調査を受託した教授ら意見 県小中学生調査について14日に県庁であった記者会見には、県担当者のほかに3人の識者が同席し、意見を述べた。 沖縄大学の山野良一教授は、放課後児童クラブ(学童保育)の利用料が高額で、利用を諦めたと答えた割合が、困窮層ほど高かった結果に触れ「補助を検討してほしい」と要望した。困窮層ほど子育ての負担感や孤立感を強く感じていることが示された背景には「長時間労働による疲労感があるだろう」と分析。「子どもが小さいときから親が働く割合が全国より高い。子育てに目がいかなくなる恐れもある」と指摘した。 制服などの再利用制度について琉球大学の本村真教授は、部活動で使う用具などにも広げるよう提言。経済状況によらず部活動に参加できれば「体を動かすのが得意な子はさらに自己肯定感が上がる。所属感や仲間意識を高める意味でも有効」と語った。 調査を受託した大阪府立大学の山野則子教授は、子どもの居場所が全国で最も多いなど貧困対策を重点化する沖縄の姿勢を評価した。 一方で、必要な世帯に支援が届かない課題について、学校を拠点にする重要性を説明した。学校で子ども食堂に取り組むNPOや自治体が広がり「不登校が半減したり、朝ご飯を食べるので子どもたちの集中力が上がったり、遅刻がゼロになったりという成果が出ている」と紹介。「義務教育や学校とつながる施策を具体的にやっていく必要があるのではないか。子どもの最善の利益のため、教育委員会と市長部局(福祉)の壁をどう越えられるかだ」と訴えた。 〔2019年6/16(日) 沖縄タイムス〕


周辺ニュース

ページ名[[]]、()
不登校経験者の苦しみ 大人になっても続く「普通じゃない」の呪縛 不登校経験者の苦しみ 調査の内容について不登校研究会で話し合ったことを書き留めたホワイトボード 不登校の苦しさは、学校に行けない期間だけでなく、社会人になった後も続くことがあります。「学校に行けなかった自分は『下の人間だ』」。そんな思い込みから、不登校の経験にふたをして「自己否定感」を生んでしまう。人間関係に影響を与えることも……。「生きづらさから少しでも楽になってほしい」と話す教育社会学者でシューレ大学スタッフの朝倉景樹さんに話を聞きました。(朝日新聞記者・金澤ひかり) . 「不登校の苦しさ」可視化し発信 朝倉さんがスタッフとして関わる、不登校経験者たちが通う民間の大学「シューレ大学」の不登校研究会では、当事者や経験者を対象に「不登校の苦しさ」をネット調査しています。 不登校研究会は、シューレ大学のOB・OGを含めた18~40代半ばの十数人が、生きづらさなどにてついて議論を交わすなかで、メンバーから「不登校経験の苦しさにふたがされているような状況をどうにかしたい」という声があがったことがきっかけだといいます。 朝倉さんは「不登校については一定の理解が進み、社会も環境を整備しましょうという流れになっていて、それはとてもありがたい」とする一方で、「不登校経験はそれなりにしんどいんだけど、なかなか理解してもらえない」と話します。 . 苦しさの正体とは 「不登校経験の苦しさ」、その正体とは一体なんなのでしょうか。 朝倉さんは、多くの不登校経験者はその経験により、「自己否定感を得る」と話します。 「日本の子どもたちは学校に行くのが当たり前という環境にあります。でも、いじめなどの理由で不登校になると、その『当たり前』ができなくなり、『みんな大変なはずなのに行けない・行かない自分はだめな人間なんじゃないか』という否定感を得ることにつながるんです」 不登校経験者の多くが「自己否定感」を抱えているということを前提に、朝倉さんは、今回の調査には、当事者と当事者以外に向けてそれぞれ発信する意味があると言います。 「当事者に向けては、不登校経験の苦しさを持つ人たちに『あなただけじゃない』と伝えたいと思っています」 「不登校に見えないよ」で自己否定感強く 朝倉さんがこれまで見てきた中には、アルバイト先などで不登校経験を話し、「不登校になんか見えないよ。全然大丈夫だよ」と言われたという経験者もいるといいます。 不登校経験に後ろめたさがある本人は、たとえアルバイトができるようになっていても、「普通じゃない」自分が際立ってしまうように感じます。「普通にしないといけない」「やっぱり私のつらさはわかってもらえないんだろうな」という思いを強くする場合があるといいます。 「自己否定感を持っている子どもたちは、『自分がだめだということがばれるのではないか』などの気持ちから、『人が怖い』という感覚も同時に出てきます。人の『否定的な視線』を怖く感じ、経験者同士でさえ自分の気持ちを話しにくくなってしまうことがあります」 「だからこそ、自分が弱いから・自分がだめだからつらいわけではないということを伝えたいんです」

また、当事者以外に発信するのには、「いまの自分の苦しさを言える状況にない不登校の子どもたちもいます。経験者からの『苦しさ』を調査し発信することで、本人がゼロから言えなくても、関心を持ってくれた人たちに苦しさを伝えることができる」と話します。 「学校に行けない・行かない自分が、学校に行っている人より『下』だと思っている中で、自分の苦しさをすらすら言うのは難しく、プレッシャーです。でも、経験者の語りにより、関心を持ってくれた人に『苦しさ』を知っていただく一つの手がかりになります」 . 社会に潜む「間」に光をあてたい 苦しみを共有することの重要性は、実は「引きこもり」問題にも関連すると朝倉さんは話します。 「いま注目されるのは、親が高齢者になった40代や50代の引きこもりです。でも本当は、引きこもり始めた年齢から、40代50代になるまでには『間』があるはずなんです」 朝倉さんは、「間」が見過ごされる背景に、学齢期に支援が集中しがちという問題点を指摘します。 「18歳を超えると、社会の関心がとたんに失われます。『自分で責任を取れ』と。でも苦しさをわかってもらえたり、つながりさえあったりすれば、本人はかなり楽になるはずなんです。社会の理解と支援が不十分だから、本人たちが行き詰まりやすくなるんです」

調査は21日まで、ウェブ(http://shureuniv.org/blog/2019/05/3805)で募集。 22日には、シューレ大学20周年イベント「自分から始まる生き方を創る」が開催され、調査結果についても発表される。 詳細は(http://shureuniv.org/blog/2019/05/3782)に掲載。

withnewsは2018年4月から、生きづらさを抱える10代への企画「#withyou」を始めました。日本の若い人たちに届いてほしいと、「#きみとともに」もつけて発信していきます。みなさんの生きづらさも聞かせてください。 〔2019年6/20(木) withnews〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
上流国民なら罪にならない? <青い空白い雲>「引きこもり息子」を殺した"上流国民"の家庭道徳観?〈サンデー毎日〉 ◇牧太郎の青い空白い雲/723 「上流国民」という言葉は嫌らしくて好きになれなかった。特定の人たちが妙に皮肉っぽく使う「ネットスラング」の類い。無視していたのだが、4月19日の悲惨な交通事故が「上流国民」という言葉に市民権を与えてしまった。 この日の正午過ぎ、東京・池袋で、87歳の高齢ドライバーが運転する乗用車が暴走。2人の母子が死亡。多くの怪我(けが)人も出した。大惨事だった。しかし、運転手はなぜか逮捕されなかった。 ネットが詮索を始めた。「運転手が元高級官僚(旧通産省工業技術院長)という上級国民だったから逮捕されないのだ!」という指摘が相次いだ。 上流国民なら罪にならない?まさか......法は万人に平等だ。そんなことは断じて許されない。 多分、本人が骨折して、精神的ダメージも大きく、留置場に入れてしまうと「予期せぬ事故」が起こるかもしれない!と警察は判断したのだろう。回復を待って逮捕されるものと思っていたが......退院後も「在宅捜査」だった。 やはり「上流国民」なるものは特別待遇を受けるのか? そういえば、例の森友事件で「公文書改ざん」を疑われた財務官僚は無罪放免になった。やっぱり「上流国民」、特に「高級官僚」は特別扱いなのか?

         ×  ×  ×

「上流国民」が"息子殺し"をしでかしてしまった。 76歳の元農水事務次官・熊沢英昭容疑者のことである。家庭内暴力を振るう、引きこもりの44歳の長男が、自宅隣の小学校の運動会の音に腹を立て「うるせえな。ぶっ殺すぞ」と騒ぐ姿を見た。児童らに危害を加えるのではないか?と恐怖に襲われ、つい我が子を殺害してしまった。 容疑者の体には複数のアザが残っていた。日ごろから長男から暴力を受け、心身ともに限界を感じ、追い詰められた末の"究極の選択"だったのだろう。 多くの人が同情した。当方もちょっと泣けた(彼が次官の頃、JRAの経営委員だったので、面識もあった)。 「親としてけじめをつけた」と支持する意見もある。農水省OBが減刑嘆願に動き出した。 しかし、今回の「息子殺し」はあまりに「日本的な責任の取り方」ではあるまいか?

         ×  ×  ×

「上流国民の悲劇」を感じた。「決行!」の背景に、高級官僚らしい「思い込み」「思い上がり」が隠れているような気がするのだ。当の長男は「次官の父親」を自慢していた。普通なら「親父の悪口」を言いたい頃に......。「上流国民」家族の「思い込み」を感じる。 日本の殺人事件の半分は、親子間や夫婦間など親族のなかで起きている。殺人に至るには、それぞれの家庭内に複雑な事情がある。今回だけが「特別」ではない。 でも、今回、世間は"思慮分別のある高級官僚だから殺した"と、さも正しい判断だったと思い込む。メディアも、まるで「容疑者の味方」である。 これも、世間が「上流国民は特別だ!」と勘違いしている証拠ではあるまいか。

         ×  ×  ×

「ひきこもり地域支援センター」に相談すべきだった!なんて言わない。高級官僚でなくても誰でも「家の恥」を隠そうする。仕方ない。 でも、長い役所暮らしで「自民党政権の空気」に熊沢容疑者は敏感だったのではないか。 安倍政権がめざす憲法改正。自民党の憲法改正草案の第24条には〈家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない〉とある。 自由を享受し、権利を行使するに当たっては、自助努力と自己責任の原則に従え!ということだろう。自民党の「家庭道徳観」に、この「上流国民」は敏感だった? 介護、不登校、引きこもり......は、公的機関を利用するのではなく、家族が自己責任のもとに面倒を見る。「自助」が原則?この自民党の「家族道徳主義」を一人の「上流国民」が実践した。そして、世間は「息子殺し」を容認する。 それでいいのか? 「公助」を否定する「責任の取り方」に、僕は反対だ! 〔2019年6/20(木) mainichibooks.com〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
藤井美穂 163cm80kg、モデルとして米国で活躍 藤井美穂 米国でプラスサイズモデルという新たなジャンルで活躍する藤井美穂さん。日本では「デブ」と言われ続け活路が見つけられなかったといいます。そんな藤井さんが米国に渡った訳、自分の道を見いだした過程、日本の人々に伝えたいことを伺いました。 モデルというと背が高くて、細い――そんなイメージを持つ人も少なくないはずだ。ただ、米国では今、一般女性の平均サイズである、LL~3Lサイズのモデル「プラスサイズモデル」という新たなジャンルが注目を集めている。 洋服の購買者は、自分の体形とかけ離れた細いモデルよりも、リアルな体形のモデルのほうが親しみやすい。さらに「細い=美しい」という価値観に警鐘を鳴らす側面もある。モデルの摂食障害や女性たちの過激なダイエットなどが問題となり、「自分らしい美しさを大切にしよう」という考えが広まり、大手ファッション誌やファッションショーなどでもプラスサイズモデルがたびたび登場するようになっている。 藤井美穂さんはそんなプラスサイズモデルの1人。プラスサイズブランドのモデルとしてショーに出たり、インフルエンサーとして活動したりしている。インスタグラムのフォロワー数は6万人に上り、世界中にフォロワーがいる。それだけでなく、ハリウッドを拠点に女優としても活躍している。「きゃしゃな人が多いアジア人の中で、プラスサイズというのはかなりの強みです。『アジア人』『プラスサイズ』という条件のオーディションに出たら、右に出る人はいません」という。 そんな快進撃を続ける藤井さんだが、4年前、渡米する前の日本では「自分の居場所が見つからなかった」という。「体形に自信が持てず、それが自分自身の評価の低さにもつながっていました」 . デブやブスと言われ続けた 藤井さんが体形を気にするようになったのは中学生の頃。私立の女子校に進学したものの、雰囲気になじめず、いじめにも遭い不登校に陥った。そのときのストレスで20kg近く増量。「自分の体形、特に脚が好きではなかった」という。そんな不登校の時代に励みになったのが劇団での活動だ。演技することに夢中になり、稽古を続けた。「楽しく演じているといじめられていたことを忘れられました」 その後、公立の高校に転校し、「やっと普通の人になれた」という藤井さんは、芸術系の演劇が学べる桐朋短期大学へ進学。「役者としてあんなに頑張ったことはないと思うくらい、いい作品のために力を尽くした」という。ただ、このときも日本で生きていく道は見つけられなかった。 「周囲の女の子はかわいくて細い子ばかりだったので、私は面白い人でいようとしました。大学の同級生はデブやブスなどと失礼なことを面白半分に言ってくる。『これはいじめではなく、イジリなんだ』と考えていたのですが、やはり受け止めきることができなくて。容姿を笑いものにされることが耐えられなかったんです」

●中学レベルの英語で海外に飛び出した そこで藤井さんの頭をよぎったのが海外に飛び出すことだった。「もともとハリウッド映画が好きだったので海外なら私にも輝く道があるかもしれないと思うようになりました。英語は中学生レベルでしたが、思い切って飛び出すことにしたんです」 ロサンゼルスに拠点を定め、まずは語学学校で英語を学んだ。「アメリカ人が話すような英語を身に付けなければ演技をすることは難しい。語学学校で学ぶだけでは物足りなかったので、積極的に現地に友人を作りました。彼氏ができたことが英語上達の近道になりました」 1年で不自由なく英語を話せるまでに上達し、その後演劇学校に。しかし、「舞台の上では自分の英語は微妙に不自然。そのせいで演技指導もしてもらえない状況に気づきました」。その後、滑舌矯正のクラスに通い、不自然さのない英語が話せるように鍛えていった。そして演劇学校を卒業してから、女優としての活動をスタートさせたが、なかなか軌道には乗らなかった。 「毎日オーディションを受けては落ちるの繰り返し。特にハリウッドではアジア人の需要は少なく、あったとしても貞淑な妻やめったに話さない女の子など、ステレオタイプなものばかり。自分がやりたいと思えるような役は少なかったんです」 そんな中、藤井さんが見出したのがコメディーショーへ出演することだ。時に女を捨てることさえ求められる日本の芸人と違って米国のコメディーは女優と近い存在。コメディーを経て映画に出演する人も少なくない。「もともと関西人なのでコメディを演じることは好き。米国のコメディーに出会ってこれだ! と自分の場所を見つけられたような気がしました」。様々なショーに出演し、演技力を磨いていった。「コメディーショーはお客さんが笑ってくれるかどうかですぐに結果が分かる場所。厳しい場所でしたが、鍛えられました」 嫌いだった脚が好きになった こうして活動を続けるうちに、藤井さんの中で一つの転機が訪れる。それは周囲の友人たちからの言葉がきっかけだった。「ずっと体形にコンプレックスがったので、日本では体を隠すようなゆったりとしたサイズの服ばかり着ていました。しかし、こちらでは脚がきれいだねと言われたり、もっとぴったりとした服のほうが似合うと言われたり、体形を冷やかす人は誰もいなかった。試しにレギンスをはいてみると、アメリカンでセクシーな自分が鏡の前にいたんです。あんなに嫌いだった自分の脚が好きになるとは、世界がひっくり返ったようでした」 体形に自信が持てるようになったとき、舞い込んできたのがプラスサイズモデルとしての仕事だ。友人から紹介され、YouTubeのプラスサイズモデルが登場する番組に出たところ、反響を呼んだ。「アジア人のプラスサイズは珍しく、注目されたんだと思います。そこからインスタグラムのフォロワー数も増え、ショーに呼ばれるなど、モデルとしての仕事が広がっていきました。自信が持てなかった体形がこんなに評価されるとは思いもよりませんでした」 モデルとして女優としてさらに活躍したいと願う藤井さんにはもう一つの目標がある。それは日本における「美しい=細い」という価値観を変えることだ。「私自身、体形のことで悩み、とても苦しかった。細いことだけが美しいという考えを取っ払いたい。そしてかつての自分のように悩んでいる人がラクになれるきっかけを作りたい」 〔2019年6/20(木) 取材・文/飯泉 梓(日経doors編集部) 写真/藤井美穂さん提供 日経doors〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
こころのはな ひきこもり女子会 やりたいこと応援、引きこもり女子集まって 催し30回目迎える ひきこもり女子会が開かれる心華寺。「途中参加でも良いので、気軽に参加してください」と語る樽床さん(京都府宇治市神明) 外出しづらく、社会から孤立してしまいがちな引きこもり状態の女性らが集まる催し「こころのはな ひきこもり女子会」がこのほど30回目を迎えた。おおむね月1回、京都府宇治市神明の心華寺で開かれ、約10人が集う。当事者が経験を語るほか、メークや陶芸の体験会もあり、主催団体は「やりたいことを応援する場。女性同士で安心して過ごしてほしい」と呼び掛ける。 女子会は2016年10月、不登校や引きこもりの人の自立を支援するNPO法人「こころのはな」(宇治市)が始めた。同年に全国組織の「ひきこもりUX会議」が各地で始めたのがきっかけ。 引きこもりの当事者や家族が参加し、年齢は20~50代。和歌山県や兵庫県など府外からも訪れる。SNS(会員制交流サイト)で女子会の存在を知った人が多い。発足当初は、ペットや恋愛などのテーマで、ざっくばらんに会話し、引きこもり経験がある女性が、回復の経緯などを話した。参加者から「もっといろいろなことがしたい」と声が上がり、昨年度からアロマセラピーやフラワーアレンジメントの体験も取り入れた。ボランティアの樽床美花さんは「同じ境遇の人が集まり、いつも会話が盛り上がる。『初めて自分の気持ちを話せた』と笑顔を見せる人もいる」と話す。 参加者が運営に加わったり、就職活動を始めたり、当事者の家族同士の交流も生まれたりと広がりを見せる。 こころのはなは「当事者の苦しさやしんどさを共感できる会として続けたい」とし、樽床さんは「お菓子を食べながら、参加者の話を聞くだけでも大丈夫。社会に出る一歩にしてほしい」と呼び掛ける。 問い合わせは、こころのはな0774(45)5561か、女子会のツイッター「@joshikai_kyoto」へ 〔2019年6/20(木) 京都新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
居場所がなかった田村くん あのとき、教室に居場所がなかった田村くんに私は何ができたのだろうか 大人になった今だからこそなのでしょうが、思い出すたびに胸が痛んでどうしようもなくなる思い出があります。 小学生のとき、もう何年生の頃だったかも覚えていませんが、クラスに「田村くん」という男の子がいました。田村くんは普段とても無口で大人しく、なぜかいつもこわばったような顔をしていて、多分、私を含めてクラスメイトの誰も彼の笑顔を見たことがないような、そんな子でした。 . あのとき、教室に居場所がなかった田村くんに私は何ができたのだろうか 遠足の日の朝、傘で何度も突かれた経験も 休み時間になると男の子たちがこぞって運動場に走っていく中、田村くんだけは外にも行かず、誰かと話すこともなく、よく机に突っ伏していたのを覚えています。 そんな彼は時折、癇癪(かんしゃく)を起こして泣き叫びながら人を叩いたり、イスを振り回したりすることがありました。私自身も、遠足の日の朝、出発直前に突然暴れ出した田村くんに傘で何度も突かれた経験があります。子どもながらにとても怖かったですし、どうして彼がそんな風になってしまうのかが理解できず、ただ「この子は怖い子だ」と思って、それ以来彼には近寄らなくなってしまったのです。 いつ癇癪を起こすか分からない田村くんは次第にみんなから避けられるようになり、そのうち「ヤベー奴」として認識され、彼をバカにしたり、面白がってからかう子たちも現れました。そういうことがあるたび、田村くんはまた「わあー」と大声を出して暴れ、周りの子どもたちは怖がり、からかっていた子たちは期待していた通りの行動を取った彼を見てゲラゲラと笑う。 . 今から考えると「どうなんだ」という対応ではあるものの 今となっては面白がっていた子たちに対して「なんてひどいことを……」と思えるようになりましたが、当時子どもだった私たちにとって、田村くんは単なる「ヤベー奴」であり、そんなことがあっても「あの子、変わった子だから……」で終わらせてしまっていたのでした。 そして学校内で唯一の大人である先生たちはどうしていたかと言うと、田村くんが癇癪を起こすやいなや「こら! 何でそんなことするの!!」と怒鳴り、泣き叫ぶ彼を引っ張ってどこかに連れていくことが恒例でした。これまた今から考えると「どうなんだ」という対応ではあるものの、先生の立場としては他の子たちが怪我をすることも防がないといけないわけで、頭ごなしに「怒鳴ったり無理やり連れていくんじゃなくて、もっとじっくり時間をかけて、優しく諭してあげてくれ」とも言えないなあと思うわけです。

田村くんは居づらかったんじゃないか そもそも、彼はどうしてそんなことになってしまったのでしょうか。 田村くんのことを思い出したのは、私が子どもの発達について関心を持ち始めたときのことです。そして最近になって、「田村くんはきっと、教室に居づらかったんじゃないか」と考えるようになりました。 第三者が、今になって憶測で、そして安易に彼のことを「何らかの症例」に当てはめたくはないのでそうした部分には言及せずに書きますが、おそらく田村くんにとっては教室がとても居心地が悪い場所で、私たちからは大人しくしているように見えていても本当は、ずっとその「居づらさ」を我慢していたんじゃないかと思います。 それが何かのきっかけで爆発してしまった結果、感情のコントロールがうまくできなくなってしまって、周りに助けを求められる人もいなくて、不安で仕方がなかった。そしてさらに追い討ちをかけるようにクラスメイトから避けられたり、バカにされたり、それがきっかけでまたパニックになって、先生からも怒鳴られてしまうなんて、彼にとっては心に深い傷が残ってもおかしくないくらい、とても辛い経験だっただろうなあ、と思わずにはいられないのです。 . 田村君のお母さんが「みんなに謝りたい」 田村くんは確か、卒業する前に私たちの前から姿を消してどこかへ行ってしまって、残念だけれど本当の気持ちも聞けなかったし、今どうしているのかも分からないし、「何も知らずに傷つけてしまってごめんね」と謝ることも、多分もうできません。 彼が学校に来なくなった少し前だったか後だったか、田村くんのお母さんが「みんなに謝りたい」と、教室に現れたことがありました。当時はポカンとして聞いていたけれど、「息子が暴れて迷惑をかけて、いつもごめんね。怖い思いをさせてしまって本当にごめんなさい」と話すお母さんの姿は、今になって思い出すとあまりにも痛ましくて、「どんな気持ちであの場に立っていたんだろう」と想像すると、こちらまで胸が痛くなって、つい涙が出そうになるのです。 「自分の子はそんな子じゃない」という親たち 田村くんのような「教室に居づらい子」は、決して少なくないでしょう。だからこそ真剣に、そういう子たちが負わなくてもいい傷を未然に防ぐ方法を考えているものの、これが非常に難しい問題のようなのです。

先日登壇させてもらった、主に教育関係者が多く集まるイベントでこの問題について話したところ、終演後に1人の男性に声をかけられました。男性は教師をしているそうで、やはり「教室に居づらい子」は少なくないことを教えてくれました。 そこで私から「そういう子について、例えば学校側から保護者に『本人が安心して勉強できる場所』を一緒に考えてあげるよう、提案することは現実的に難しいのか」と尋ねてみたのです。すると、彼は少し考えてから「まず保護者が『自分の子はそんな子じゃないんだ、みんなと同じ教室で一緒に勉強ができるんだ』と、自分の子の“居づらさ”を認めようとしない場合があるので……」と難色を示しました。 田村くんがそうであったかは分かりませんが、「一般学級」に通うのが難しい場合、「特別支援学級」や「特別支援学校」に通う方が精神的に落ち着いて勉強ができるケースもあります。しかし、保護者が子どもの状況を正確に理解できていない、または認めようとしない場合や、一般学級以外に入ることに抵抗を持っている場合、子どもには逃げる場所がありません。 . 子どもを「安心できる場所」に置いてあげる もちろん「教室に居づらい子」の保護者が全員そうではなく、「子どものことを思って気にかけてはいるものの、子どもが辛い思いをしているかどうかの見極めが難しく、慎重に見守っていた結果、子どもが癇癪を起こすまで決断ができなかった」というケースもあるでしょう。 そんな中で、学校側から「特別支援学級や特別支援学校に通わせてあげた方がいいのではないか」と言われても、保護者が心を整理するまでに時間がかかってしまう気持ちも理解できます。そして最終的な判断を下すのは保護者であるゆえに、学校側としてもそれ以上のことは言えない、というのが実情のようです。 子どもを「安心できる場所」に置いてあげることは非常に重要で、そこで得た成功体験は本人の自信につながり、「できること」がどんどん増えていきます。逆に、子どもにとっての挫折体験やいじめなどのトラウマは子どもの自己肯定感を奪い、自信を失くしたり、一生心に残る傷となる可能性も否定できません。

不必要な「傷」を負わせないことの大切さ クラスメイトであった私たちが田村くんにそうしてしまったように、子どもは何も知らないがゆえに、「教室に居づらい子」を傷つけてしまうことがあります。 ただ、それを未然に防ぐため、学校側が小学生の子どもたちに彼らの存在を「理解してあげてね」と伝えることや、授業で彼らの存在をテーマとして取り扱うことが正しいのかというと、現時点で私には「YES」と断言する自信はありません。なぜならば、子どもたちがそうした知識を持つことで、「教室に居づらい子」がかえって「あの子は私たちと違うんだ」と認識されてしまい、いじめにつながる可能性もあるからです。 『発達障害』(文春新書)などの著書もある精神科医の岩波明さんに「こうした問題を解決するために何が必要か」とうかがったところ、2つの提言をいただきました。 「1つは、初等教育における学校システムを見直すことです。日本の画一的な教育に対して、オランダほか多くの国では現在20人前後の少人数クラスを作り、生徒への個別対応ができるよう配慮されています。

また、日本では『子どもを通常学級に通わせるか、特別学級や特別支援学校に通わせるか』の決定権が保護者にありますが、日本以外では精神科領域の専門的知識を有する人が子どもの状態や特性をチェックした上で、学校側に決定権を与えている国も多いです。このようなシステムを取り入れることで、先生の負担も減りますし、ひとりひとりの子どもに向き合い、変化に気が付きやすくなるメリットが得られます。クラス替えもほとんどメンバーが変わらないため、いじめがあまりないという報告もあるようです」 . 理解者を増やす努力を 日本では、小学校低学年は40人学級から35人学級に改善されたものの、OECD平均と比較するとクラスの規模や教員1人あたりの生徒数も多い状況にあります。また、学校だけの問題でもありません。 「2つ目は、こうした子どもたちに対しての社会の理解を進めることです。昔よりは偏見も減りましたし理解も進んでいますが、残念ながら、その理解や知識が学校で起きている問題の解決にうまく結びついていないのが現状です。 今は先生の負担も大変なようで、学校現場だけにいじめや不登校などの問題を押し付けるべきではありません。行政がしっかり問題に着目してシステムを作り変えたり、理解者を増やす努力をしたりする必要があるでしょう」 岩波さんがおっしゃるように、周りにいる大人たちが「理解者となり、SOSを出しやすい存在」となるだけでも、子どもたちが深刻な事態に陥る前に助けてあげることができるのではないでしょうか。既存のシステムや人々の認識を変えることは簡単なことではありません。しかし、私たちひとりひとりが意識して行動することで、「教室に居づらい子」が安心できる場所でのびのびと育ち、より豊かな人生を歩むことができるようになると思うのです。 田村くんが今どうしているかは知る由もありませんが、どうか彼が安心できる場所で、心穏やかに過ごせていることを、切に願っています。 . 〔2019年6/21(金) 吉川 ばんび 文春オンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ユーチューバー過当競争で過激化 ユーチューバー市場、早くも飽和状態 「将来つきたい3位」も過当競争で過激化 小学生教育プログラム「YouTuber Academy」では、映像制作とネットリテラシーを学ぶ 今や小学生憧れの職業である「YouTuber(ユーチューバー)」。動画投稿サイトで自作動画を公開し、閲覧者を獲得、主に広告収入で生活しようとする人を指す。日本でも代表的なユーチューバーの年収は数億円に及ぶとされ、養成学校ができるほどの人気となっている。一方、職業人口が増え、淘汰(とうた)されるユーチューバーも。閲覧者欲しさに過激行為へ走るケースもあり、専門家は「稼げるイメージが先行しているが、今から成功するのは厳しい」と話す。

■子供たちの憧れ 先月、不登校の自由を主張する沖縄県宜野湾市の10歳のユーチューバー「少年革命家ゆたぼん」が注目された。あどけない少年が「学校へ行くな」「(教師の言うなりの)ロボットになるな」と過激な発言を繰り返す動画には賛否両論が沸き起こり、ちょっとした“炎上”状態に。主張の是非はともかく、地方の小学生が好きなタイミングで好きなことを世界に発信することは、ユーチューバーならではの行為で、既存メディアにできないことではある。 ネット動画に親しむ子供たちにとって、今やパティシエやサッカー選手と並び、ユーチューバーは憧れの職業だ。学研教育総合研究所が昨年9月、全国の小学1~6年の男女1200人を対象にアンケートを行ったところ、将来つきたい職業で、ユーチューバーが3位にランクインした。

■拡大するユーチューバー市場 日本で代表的なユーチューバーである「HIKAKIN(ヒカキン)」氏の年収は数億円に及ぶとされる。4つのYouTube(ユーチューブ)チャンネルの登録者数は計1460万人以上。実験やゲーム実況など自作動画の広告収入のほか、テレビやCMにも出演、動画内で商品を紹介してもらおうと企業スポンサーもついている。 ユーチューバー人口は増加傾向だ。令和4年の国内ユーチューバー市場は579億円規模に達すると予想されている。ユーチューバーになるため、脱サラする人もいて、養成学校もある。老舗専門学校の代々木アニメーション学院(東京都千代田区)でも、需要に対応するため、画像制作などを学べるYouTuber科を、来年度から開講する予定だ。2年間で「声優としての技術」「動画編集などのスキル」を学べるといい、広報担当者は「自分の表現方法の幅を広げるために学びたいと考えている方が多い」と話す。

■厳しい現実 ただ、ユーチューバー人口が増えれば増えるほど、すでに固定ファンを獲得している古参に比べ、新規参入者が生き残るのは難しくなっている。注目を集めたいばかりに、犯罪行為に走るケースもある。先月は、東京・渋谷のスクランブル交差点にベッドを運び込んで動画撮影し、道交法違反(禁止行為)の疑いでユーチューバーら男女7人が摘発された。なかには「逮捕されても、人気者になれてうれしい」と語る者もおり、あるユーチューバーは「炎上スレスレが一番稼げる」としたり顔で話す。 一方、ITジャーナリストの高橋暁子氏は「炎上行為だけで稼げるほど甘くない」と指摘する。動画の広告収入は閲覧者数に比例するが、一般的には1再生数につき、0・05~0・1円だという。ユーチューバー人口増により、単価は下げられ続けており、「収益化はどんどん難しくなっている」と話す。安定した収入を得るためには、事務所や企業とタイアップすることが近道だが、「炎上行為を繰り返すユーチューバーに仕事を頼む危険は犯さないだろう」(高橋氏)。 ユーチューブを運営するグーグル社が単価やルール変更を行い「グーグルに生殺与奪を握られている」リスクもあって、「(飽和状態の)今からヒカキン氏のように成功するのは厳しい。ユーチューブだけでなく、別の新興動画サイトなどに活躍の場を探す方が賢いのでは」と“忠告”する。

■小学生向けユーチューバー教室 「保護者が恐れるのは、何も知らない子供たちが勝手に動画を撮影し、全世界に公開し、トラブルになること。習い事としてのユーチューバー教室があってもいいはず」と話すのは、教育事業を手掛けるFULMA(フルマ)の広報担当者、中條武さん(28)。日本で初めての「ユーチューバーになる」ことを題材にした小学生教育プログラム「YouTuber Academy」を運営している。 もともとは自然体験教室などを実施していたが、「やりたい子供たちが多いけど、親に機材もノウハウもないため、させてあげられない」という需要を感じ、同プログラムを昨年4月から開設した。月4時間のコースで1クラス定員12人(講師2人)、月謝は1万2960円。今年度からクラスを増やしたほど好評で、小学校への出張授業なども行っている。 動画は2~3カ月に1本のペースで作成。危機管理上、保護者が認めた範囲でのみ公開する。講師陣は映像制作や教育に関わってきており、動画制作とともに、ネットリテラシー教育にも力を入れる。「サッカー教室に通う子供たちが全員プロサッカー選手になるわけではないように、将来の生業にするかは別にして、楽しみながら、ネットの危険性や動画制作を学んでもらえれば」と話した。 〔2019年6/21(金) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
ゲーム依存症 700万円の課金地獄…中年[ゲーム依存症]が急増中 76歳の元農林水産省事務次官の父親に刺殺された44歳無職の息子はゲームに耽溺し、ひきこもり、家族や近隣への攻撃性を増していた。たかがゲームと侮るなかれ。家庭崩壊や、精神を病む中年が増えているのだ…… . ギャンブル、酒、薬物依存に並ぶ重い疾病だと国際機関が警鐘! 5月25日、WHO(世界保健機関)総会は、オンラインゲームやテレビゲームのやりすぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を、新たな依存症として認定した「国際疾病分類」を承認した。興味のない者にとっては「たかがゲーム」だが、大きな社会問題となっているギャンブル、アルコール、薬物依存などと並ぶ重い疾病として、国際機関が警鐘を鳴らしたというわけだ。 くしくも発表のちょうど1週間後には、ゲーム依存症の息子の先行きを案じた父親が、凶行に及んでいる。6月1日、元農林水産省事務次官の父親(76歳)が、東京都練馬区の自宅で無職の息子(44歳)を包丁で刺殺したのだ。 「元次官の息子は長年ひきこもりがちで、オンラインゲーム『ドラゴンクエスト10』に依存した生活を送っていました。本名でツイッターもやっており、父親がトップ官僚だったことを盛んに吹聴しながら、他のプレイヤーを見下す攻撃的な発言をふりまいていたようです。また、同居していた両親に対して、中学生時代から激しい家庭内暴力を繰り返していたことも明らかになっています」(全国紙社会部記者) 痛ましい事件はどうすれば防げたのか、悩める親子に誰か手を差し伸べることはできなかったのかと、胸を痛めた人も多かろう。 . 30~50代で急増も受診する患者はまれ だが、練馬の悲劇は特殊な事例ではなく、ゲーム依存症の患者は30代から50代まで幅広い年代で増えつつあるのが実情だ。精神科医でゲーム依存症に詳しい岡田尊司医師はこう語る。 「治療を求めにやってくる患者の中心は、中高生から大学生ですが、スマホの普及で今までゲームをしてこなかった層にも裾野が広がったことも影響して、小学生や大人の相談も近年増加傾向にあります。社会人でもちゃんと仕事をできているうちはまだ深刻ではないかもしれませんが、一度社会とのつながりが切れてしまうとブレーキが利かなくなり、一晩中ゲームにのめり込む。そのままひきこもるケースも少なくないのです」 岡田医師のもとに来院した20代後半男性の場合、2年間ほどオンラインゲームに依存しており、慢性的な無気力と不眠に悩んでいた。その間は、仕事もせず家にこもりがちで、オンラインゲームでやり取りする以外、人と会話することがほとんどなかったという。 岡田医師によると、子供の場合、ゲームに熱中して学業がおろそかになったり不登校になったりすることで心配した親が相談に訪れる場合がほとんど。一方、30~50代の大人になると、仕事によほどの支障が生じていない限り、自分の意思で診察を受けにくる人はごくわずかだ。だからこそ、少しでも身に覚えがある人は、ゲーム依存症チェックリストを参照して、自分の状況を把握してほしい。 =========

<ゲーム依存症チェックリスト>

過去1年間の状態を振り返って最も当てはまる数字を選んでください ① まったくない ② あまりない ③ ときどきある ④ 頻繁にある

1. ゲームに熱中し、他のことをしているときも頭から離れず、ついそのことを考えてしまう 2. 1日でもゲームがやれないと落ち着かなかったり、イライラしたり、怒りっぽくなったりする 3. ゲーム時間が長くなり、休みの日やその前日には8時間以上、週に30時間以上やり続けてしまう 4. ゲームをやめよう(減らそう)と思っても、自分の意思ではやめられず、ついやりすぎてしまう 5. ゲームに熱中するようになって、これまで好きだったことや趣味に関心がなくなった 6. ゲームのやりすぎで、生活や健康に問題が生じているとわかっているのに、やりすぎてしまう 7. ゲームをプレイする時間のことで、家族や周囲の人に本当のことを言わないことがある 8. 嫌な気分から逃れようとしたり、紛らわそうとして、ついゲームをすることがある 9. ゲームを優先する結果、家族や友人との関係をおろそかにしたり、仕事や勉学を怠ったりする

[判定の方法] ④に当てはまるとき、その診断項目に該当するとみなす。5項目以上④に該当する場合、ゲーム依存の疑いが強いと判定され、専門的な診断と治療が必要。その基準に達しなくても、1項目でも④に該当する項目がある場合や、③が5項目以上ある場合は、予備軍といえる。このままの状態が続くと、依存症に移行する場合もあるので、十分注意が必要だ(岡田医師監修)

=========

また、医療者の他にも、各種の依存症「当事者」たちによる支援の輪も広がっている。依存症の回復支援にあたるワンネスグループ共同代表の三宅隆之氏も、ゲーム依存症に悩む中年男性の急増は、深刻な問題だと指摘する。 「昨年グループ全体の相談件数が、電話だけで1660件、メール、SNSが538件で、合計2198件でした。そのうちネットゲーム依存に関するものが8%を占めて175件。全体の1割弱で少ないと思われるかもしれませんが、一昨年は4%だったので倍増なのです。また、ギャンブル、アルコール、薬物、ゲームの順に相談件数が多かったのですが、アルコール依存症に迫る勢いで、ゲーム依存症に関する相談が昨年から急増しています」 三宅氏の話によれば、先述の事件の被害者のように、周囲に対して暴力的になるのはよくあるケース。家族関係に破綻をきたすことも珍しくないようだ。 「夫の異常な行動に身の危険を感じた奥さんからの深刻な相談がありました。40代後半の男性は、休日は奥さんに子守りを頼まれたにもかかわらず、オンラインゲームに熱中し、子供をほったらかし。一度、子供が勝手に外出して行方不明になったことすらあるそう。このときは奥さんに咎められて逆上し、家の中のものをめちゃくちゃに荒らしたそうです。ゲームに夢中になるあまり、周りがまったく見えていない典型的な事例です」

脳が萎縮、判断力も低下。700万円の課金地獄 暴力と並んで深刻なのが、金銭面でのトラブルだ。続いて三宅氏が挙げたのは、30代後半男性の相談事例である。 「多額の借金をしてしまうほどソーシャルゲームにお金をつぎ込み、とうとう我慢の限界を超えた奥さんとケンカに発展。何度も話し合いを重ねて、もうゲームにお金はかけない、と約束したものの、結局我慢できず数週間後には課金。際限なくお金をつぎ込んでしまうこのケースは、ギャンブル依存症と非常によく似ています」 ほかにも、人気ソーシャルゲーム「モンスターストライク」で700万円もの課金した猛者もいるというから、ゲームの“魔力”は侮れない。 しかもゲーム依存症の決定的な恐ろしさは、脳に器質的なダメージを与える点にある。前出の岡田医師は、こう警鐘を鳴らす。 「近年の研究でも、ゲームを長時間かつ長期間やるにつれて、衝動や感情をコントロールする脳の領域が萎縮することがわかっています。具体的な症状として、慢性的な睡眠障害、仕事への意欲の低下、セルフネグレクトにつながる注意力や記憶力の低下、鬱状態や無気力、社会性の低下、攻撃性の増大などが見られます。ゲーム依存症の怖さは、麻薬中毒や覚せい剤中毒とまったく同じ。いや、それらよりも依存性は強いのかもしれません。ゲームは『現代のアヘン』といっても過言ではないのです」

子供の依存症なら早い段階で親が異変を察知するケースも多いが、中年の場合は自分で気づかなければ治療のテーブルにすら乗れない。ゲームを少しでもたしなんでいる諸兄は、ご注意あれ。

【岡田尊司氏】

京都大学医学部卒業。精神科医。京都医療少年院を経て、現在は岡田クリニック院長。著書に『インターネット・ゲーム依存症』(文春新書)など

<取材・文/福田晃広・野中ツトム(清談社) 写真/ぱくたそ> ※週刊SPA!6月18日発売号「中年[ゲーム依存症]の地獄」特集より . 〔2019年6/21(金) 週刊SPA!〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
組み体操「巨大人間ピラミッド」廃絶 現役小学校長が、組み体操「巨大人間ピラミッド」廃絶を訴える理由 人間ピラミッドに見え隠れする「思想」 運動会につきものとされる「組み体操」、とりわけ巨大人間ピラミッドの問題点が指摘されるようになって久しい。 この6月11日には、大阪府教育庁が府立学校に対して、人間ピラミッドやタワーの「原則禁止」を通達した。昨年度、府内で383件もの事故が発生し、100件以上の骨折があったことが理由という。 しかしその一方で、教育界ではいまだに、組み体操へのこだわりが消え去ったわけではない。内田良氏(名古屋大学准教授、教育社会学)によると、一部の地域ではむしろ巨大化、活発化さえしているようである。そこには一体、何があるのか。 おそらく、組み体操の危険性をいくら訴えたところで、巨大化は止まらないだろう。また事故が起きても、現場では「安全対策」が講じられ、再び巨大化していく――。私も一教育者として実感するところだが、教育現場における組み体操の人気は、それほど根強いものなのである。 そもそも、「安全性が確認された」ならば、組み体操や巨大人間ピラミッドは問題ではなくなるのか。私は、たとえ安全であったとしても、子供たちの体育において巨大人間ピラミッドのような種目を実施するべきではないと強く感じている。 巨大人間ピラミッドを、あえて教育現場で実施する、その教育上の目的はどこにあるのか。子供たちに何を学習させようとしているのか。 おそらく、推進する人々の多くは、その根拠として学習指導要領の「特別活動」のくだりをあげるだろう。


(3) 健康安全・体育的行事

心身の健全な発達や健康の保持増進,事件や事故,災害等から身を守る安全な行動や規律ある集団行動の体得,運動に親しむ態度の育成,責任感や連帯感の涵養,体力の向上などに資するようにすること。(学習指導要領第6章第2「学校行事」より)

しかしそこには、本当に体育的視点があるのだろうか。 巨大人間ピラミッドにおいては、下の子供はただひたすら重量に耐え、上の子供は落下の恐怖と戦う。そこに、ある「思想」が見え隠れしていることに、推進する人々は気づいていない。教育観、人間観と言ってもよい。体育的視点から言うと身体観でもある。 子供たちはブロックではない まず第一に、日本の体育は、子供たちがそれぞれに異なる身体を有する「人間」であることを無視している。 子供たちの顔や性格がそれぞれ違うように、身体も体力もそれぞれ違う。それが「人間」の身体であり、彼らは無機質な機械ではないし、ロボットでもない。 これほど「個性尊重」「一人ひとりを大切に」と言っておきながら、運動会となるとその教育理念を忘れてしまう。「異なる身体」は子供たちの「個性」でもある。体力も同様に「個性」であり、規格化することは不可能である。 しかし組み体操では、それを無視して、ピラミッドの一部となる子供たちの身体が一律に重量に耐えられると見なす。 硬く無機質で、ものも言わない、感情も持たない――そのような「ブロック」であるなら、5段10段と積み上げることはたやすいだろう。しかしそうではないのだ。ピラミッドを指導する教師たちは、あたかもコンクリートや鉄の塊のように子供たちの身体を見てしまっていることに気づいていない。 このように身体を「一律」に捉えようとする身体観は、戦時下における徴兵検査を彷彿とさせる。ある一定の基準を満たした体格と体力のみが「合格」とされ、「一律」の身体が代替可能な部品のように集められた時代。組み体操に底流する身体観は、戦争の時代を思い起こさせる。 その一方で、実際には、戦前あるいは戦時中に組み体操が盛んに実施されたという記録はない。 日本で巨大人間ピラミッドが実施された最古の記録は、1905年、日本体育会体操学校(現在の日本体育大学)男子部がマスゲームで披露した「人梯(じんてい)」である。戦前~戦時中には、人間ピラミッドはあくまで体操の専門教育を受けた屈強な大学生がデモンストレーションとして行うものであり、高さも5段程度だった。 戦後、1951年の文部省の「中学校高等学校学習指導要領 保健体育科体育編」に初めて組み体操と人間ピラミッドが登場する。それでも長い間、教育現場で人間ピラミッドが実施されることはあまりなかった。1960年代の学習指導要領からは、組み体操そのものが消えている。 授業の場で行われなくなった組み体操は、運動会という新たな居場所を見出したのかもしれない。いつ、どこの運動会で人間ピラミッドが始まり、そしていつ巨大化を始めたのかについては、今後の研究が必要だ。ただいずれにしても、意外にも巨大人間ピラミッドの歴史はそう長いものではないのである。 スポーツに「服従と抑圧」は必要か? 組み体操の教育目的としてよく挙げられるのが、「仲間との絆を深める」「みんなでひとつのことを成し遂げる達成感」「努力の意義を学ぶ」などである。だが何も、巨大人間ピラミッドでなくても、これらを教えることはできるのではないか。 巨大人間ピラミッドが象徴する教育観。それは、子供たちを従順な、画一化された存在とすることにあるように思われる。確かに、教育現場でそのような意図が明言されるわけではない。現場の先生方が、そんなことなど考えてもいないことは私も承知している。 教育の当事者は「抑圧している」などとは考えてもいないのに、意識してもいないのに、なぜいま組み体操や人間ピラミッドに違和感を抱く人が増えているのか。 おそらく、近代以降の学校という空間に、人々を抑圧し、画一化し、服従させる文化が溢れていること、それが現在もなお社会の根っこに横たわっていることに、私たちも薄々気づいているのであろう。 教育関係者だけの問題ではない。抑圧、服従は、日本の学校文化の象徴となってしまっている。学校とは長らく、「そういうところ」だったのである。 近年は運動会が日差しのまだ強くない5月、6月に開催されることも多くなってきた。新学期がはじまり、クラスや担任の先生が替わり、子供たちは落ち着かず、浮ついている時期である。 落ち着かないクラスを一致団結させ、一体感を醸成するのに、巨大人間ピラミッドは役に立つ――そう考える先生方もいるかもしれない。夏休み前までにクラスを形作り、2学期を無事に過ごして、年度末までこぎ着ける。子供たちの心を何とか一つにするための方策、組み体操や巨大人間ピラミッドには、そうした効果も確かにあるのかもしれない。

だが、たとえそれによってクラスがまとまったとしても、またいじめや不登校の抑止力として有効であったとしても、人間を「ピース」のように見立てることが子供たちの将来に、そして社会に何らかの負の影響をもたらさないと言い切れるだろうか。 学校によって植え付けられた無意識の服従や抑圧の経験が、彼らが大人になったとき、「理不尽なことにも耐えなければいけない」「自分の意見を言ってはいけない」という考え方につながっていくのではないかと、私は危惧する。 社会を変える決断になる 昨年5月、日本大学アメリカンフットボール部員の「悪質タックル」が社会問題化したのは記憶に新しい。そのとき選手らは、コーチや監督に何も言えなかった。問題が表面化した後、選手らは「指示があったことを前提に、大学は真実を話して欲しい。僕らは監督、コーチの駒ではない」と発言している(朝日新聞、2018年5月18日)。 この証言からわかるように、選手らは、自分たちが監督やコーチにとって「駒」に過ぎない、と感じていた。これは単に日大アメフト部に限った問題ではなく、広く日本のスポーツ界に未だに蔓延る、重大な問題である。 スポーツ指導者の暴力や暴言がなかなか根絶されない背景には、若者を「駒」と見なす思想がある。個人の意見を表明することが許されない選手たちは、巨大人間ピラミッドの「ピース」にされている子供たちの延長線上にいる。 ゆえに、教育界が巨大人間ピラミッドと決別することは、スポーツ界、ひいては日本社会全体の空気を変える力を秘めているかもしれない。それほどまでの大きな影響力を有する決断だと、私は考えている。 もし実行されれば、その影響力は教育現場、スポーツ界にとどまらない。なぜならば、多くの国民が(巨大ではないにせよ)小学校、中学校、高校いずれかのタイミングで人間ピラミッドを経験しているからである。いまの大人たちの身体にも、抑圧と服従はしっかりとしみ込んでいる。 巨大人間ピラミッド的な人間観は、日本社会にとっては都合のいいものなのかもしれない。人間を駒やブロックのピースのように扱い、戦時下の一兵卒のように代替可能な部品と考え、働けなくなり、使えなくなれば次の「誰か」を簡単に求める。 そのような貧弱な人間観に支えられた社会では、規格さえ合えば「誰でもいい」。一人ひとりのことを考える余裕はない。その日、その月、その年の成果だけが大切なのである。 巨大人間ピラミッドが教育現場から姿を消すことが、そうした社会を見直すためのきっかけになるかもしれない。ただ、それにはまだ時間もかかるだろう。 その道筋をつくるためには、これからの体育や運動会がどうあるべきかについても、提言が必要である。最後に、体育的視点を強調しながら私見を述べておきたい。 これからの「運動会」のあるべき姿 前述した通り、学習指導要領において運動会は「特別活動」と位置づけられており、そこに記載された教育目的を根拠に、その意義や価値が主張されてきた。具体的には、下記のようなものだ。


学校行事を通して,望ましい人間関係を形成し,集団への所属感や連帯感を深め,公共の精神を養い,協力してよりよい学校生活を築こうとする自主的,実践的な態度を育てる。((学習指導要領第6章第2「学校行事」より))


だが運動会は、子供たちの「運動する」姿をもって構成される教育空間である。一人ひとりが主体的に取り組み、青空の下でその身体を遺憾なく運動させ、元気はつらつとした姿を展開するのが、あるべき姿のはずだ。「運動」することよりも「耐える」ことに重点を置くのならば、それはもはや「運動会」の名に値しないであろう。 加えて、昨今では大人のスポーツに対する取り組み方も変化し、生涯スポーツを実践する人も増えている。生涯にわたってスポーツを楽しむための基盤を形成すべき子供時代に、一体、巨大人間ピラミッドの実践はどのように位置付けることができるのか。 新しい動きが出始めている。近年は、従来のような伝統的種目で構成された運動会ではなく、球技や陸上競技などのスポーツ種目を主とした「スポーツ・フェスティバル」を、生徒主体で運営・実行させる中学校も増えてきた。 これにより、教員側の負担も軽減されているようだ。何より体育的視点から言っても、生徒たちが将来大人になり自立したとき、どのようにして自主的にスポーツに取り組み、楽しんでいくべきか、そのノウハウを学習する絶好の機会にもなる。 つらい仕打ちに耐え、服従するような体育だけでは、生涯スポーツの形成に向けた重要な資質の育成が望めないどころか、むしろスポーツを嫌いな大人をどんどん社会に送り出すことにもなりかねない。スポーツの大切さや楽しさを心から理解し、支えてくれる国民がまだまだ少ないことには、こうした古い体育のあり方もきっと関係しているだろう。 運動会が子供たちの躍動と笑顔で満ちるものになった時、初めて日本の学校教育、そして日本社会は変わっていけるかもしれない。もちろんスポーツ界も変わることを期待したい。 運動会とその実施種目のあり方は、それほどの大きな責任を負っている。巨大人間ピラミッドが危険か、安全か――もはや論点はそこではないのだ。 . 鈴木 明哲 〔2019年6/16(日) 現代ビジネス〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
沖縄少年院 過ち、戦争、二度と起こさない 沖縄少年院が平和教育 犯した罪と向き合う少年らの学び直しの場 平和の礎でガイドの説明を聞く沖縄少年院の少年ら=12日、糸満市摩文仁の県平和祈念公園 2018年7月に沖縄市から糸満市に移転した沖縄少年院が、県平和祈念資料館と連携した平和学習に力を入れている。犯した罪と向き合う少年らは「二度と戦争を起こさない」という沖縄戦後の決意に「二度と過ちを犯さない」という自身の誓いを重ね、心に深く刻む。沖縄少年院は矯正施設としての役割に加え、学校から遠ざかっていた少年らの「学び直しの場」としても機能し始めている。 移転後4回目となる平和学習は12日に行われた。参加したのは退院を間近に控えた5人の少年。講話や資料館見学、壕や慰霊塔のフィールドワークを通し、1日掛けて沖縄戦を学んだ。 「資料館に来たことがある人?」。講話を担当した同館の新垣成美さんが問い掛けると、少年全員が手を挙げた。続いて「講話を聞いたことがある人?」と聞くと、迷いながら1人が手を挙げた。中学校を休みがちだった少年らにとって、資料館を訪れるのは小学校の遠足以来だった。 沖縄戦に至る歴史や戦時中の悲惨な出来事を説明した新垣さんは、最後に「あなた方の命は沖縄戦を必死に生き延びた人の命が宿っている。生まれた時点でものすごく価値がある」と力説した。父親から暴力を受けて育った少年(17)は「家では父親のDV(ドメスティックバイオレンス)、学校では先生の体罰を受けていた。自尊心が低く、強がるために入れ墨を入れたり薬をやったりしていた。自分の命に価値があると言ってくれて、自信が付いた」と、新垣さんの言葉を受け止めた。 資料館の常設展示、各国の戦没者の名前が刻まれた平和の礎、少年兵が潜んでいた壕も同館のガイドが紹介した。「小学生の時に聞いた話はあまり覚えていない」と口をそろえる少年ら。沖縄戦で同年代の子どもが動員されていたことに衝撃を受け、熱心に話を聞いた。ガイド役を務めた同館の長島誠さんは「たくさんの学校でガイドをするが、話を聞く態度は沖縄少年院がピカイチだ」と感心する。 中学校1年生の時から不登校の少年(17)は「自分と同じ年くらいの子が戦うためのことしか教えられなかった。勉強したかったはずなのに」と、沖縄戦で死んだ少年に思いをはせた。学習後、少年院に戻り「戦争の中を頑張って生き抜いた人の命を自分が受け継いでいる。悪いことをして刑務所に行くのはもったいない。自分の力で変えていく」と決意を新たにした。 沖縄少年院の佐竹広行統括専門官は「少年院の子はさまざまな問題を抱えている。以前は塀の中で法務教官主体の教育をしていたが、それだけでは限界があると知った。地域の力も借りながら、学び直しを進めていきたい」と語った。 (稲福政俊) . 琉球新報社 〔2019年6/16(日) 琉球新報〕


周辺ニュース

ページ名[[]]、()
若者の自殺死亡率 低下しない若者の自殺死亡率 都道府県別のデータを比較した 川崎・登戸でスクールバスを待っていた小学生らが相次いで刺された殺傷事件では、犯人は自らの首を切って死亡した。「拡大自殺」の一種であるとされたことから、テレビのコメンテーターやSNSでは「一人で死ねばいい」という言葉が飛び交い、その是非をめぐって論争にまで発展した。 . 「一人で死ぬ」ことを選ぶ若者は少なくない 筆者は1990年代後半から自殺や自殺未遂をテーマに取材をしている。最近では、いじめや不適切な指導、パワハラやセクハラによって、子どもや若者が自殺に至ったり、未遂をする人たちの事例について、当事者や遺族の話を聞いている。過去には、自殺の方法が「ネット心中」や硫化水素自殺、違法な薬物のやりとりなどの社会問題になることもあった。 警察庁の発表では、2012年以降の年間自殺者数は3万人を下回って、昨年は統計を取り