カスタム検索(不登校情報センターの全サイト内から検索)

 
Clip to Evernote  Twitterボタン  AtomFeed  このエントリーをはてなブックマークに追加  


カテゴリ:周辺ニュース

提供: 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
(版間での差分)
移動: 案内, 検索
(周辺ニュース)
 
(1人の利用者による、間の1,031版が非表示)
2行: 2行:
  
 
◎'''このパンくずリストは制作作業用です''' <br>
 
◎'''このパンくずリストは制作作業用です''' <br>
 +
[[:Category:不登校・引きこもり質問コーナー・部外者回答編|不登校・引きこもり質問コーナー・部外者回答編]]<br>
  
 
{{topicpath | [[メインページ]] > [[:Category:ひきこもり周辺ニュース|ひきこもり周辺ニュース]] > [[:Category:|◎]] > {{PAGENAME}} }}
 
{{topicpath | [[メインページ]] > [[:Category:ひきこもり周辺ニュース|ひきこもり周辺ニュース]] > [[:Category:|◎]] > {{PAGENAME}} }}
19行: 20行:
 
</tr>
 
</tr>
 
</table>
 
</table>
 
 
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[斎藤環]]、(人物紹介) <br>
 
+
'''筑波大・斎藤教授が講演 「対話の回復、継続を」 土浦 引きこもり対応説く'''<br>
〔〕 <br>
+
「引きこもりには対話が大事」と話す斎藤環教授<br>
 +
引きこもりへの理解と支援を考える学習会が16日、土浦市下高津の霞ケ浦医療センターで開かれ、精神科医で筑波大医学医療系の斎藤環(たまき)教授(57)が講演した。<br>
 +
引きこもりに絡む事件が起き社会問題化していることについて「引きこもりが危険というのは誤り」とした上で「家庭内での対話の回復と継続が大切。本人が安心して引きこもれる関係づくりから出口が見いだせる」と訴えた。<br>
 +
斎藤教授は、引きこもりが大きな社会問題になったのは20年ぶりと指摘し、「200万人の引きこもりのうち事件は数件に過ぎない。犯罪率は低く、基本は安全」と、引きこもりと犯罪を結び付けることは誤りと強調した。<br>
 +
引きこもりは不登校からなることが多く、毎年、数万人が引きこもり、社会復帰せずに増えたり長期化・高年齢化したりしていると現状を示した。<br>
 +
引きこもりは「たまたま困難な状況にあるまともな人」とし、自分自身の状態を肯定的に受け入れられるようになれば出口に近づくという。<br>
 +
親の関わり方について、怠けや甘えを指摘・批判したり説教したりするのは禁句だとし、当事者の声に耳を傾け受け入れることの大切さを説いた。<br>
 +
当事者との接し方を「仲のよい友達の子を預かる距離感がいい」と例え、個人の権利や尊厳に配慮すべきと述べた。<br>
 +
消費活動は社会参加の一歩になるため、月平均2万円ほどの小遣いをあげることを奨励。<br>
 +
ただし、家庭内暴力は絶対に許さない姿勢を持ち、警察への通報や家を出る避難も必要と語った。<br>
 +
斎藤教授は「家庭は最初と最後の支援者。<br>
 +
根気と時間がかかるが、孤立させず放っておかないという気持ちを保ち続けながら、信じて待つことが大事」と助言した。<br>
 +
講演会は県南地域医療懇話会が主催し、市民ら約200人が参加した。<br> 
 +
〔2019年6/17(月) 茨城新聞クロスアイ(綿引正雄)〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[ルネサンス大阪高等学校]]、大阪府大阪市北区(通信制高校・大阪府) <br>
 
+
'''通信制高や専門学校、教材に「eスポーツ」新校舎借り定員大幅増に'''<br>
〔〕 <br>
+
近畿大の学生講師にeスポーツの実技指導を受けるルネサンス大阪高等学校の生徒たち=大阪市北区で2019年1月21日午後1時51分、松本光樹撮影 <br>
 +
昨今盛り上がりをみせるeスポーツ。エレクトロニック(電子)スポーツの略で、コンピューターゲームで対戦する競技のことだ。<br>
 +
通信制高校や専門学校が講座を設ける動きも出てきている。<br>
 +
大阪市北区の通信制高校「ルネサンス大阪高等学校」も昨年4月、「eスポーツコース」を新設。<br>
 +
全国から問い合わせが相次ぎ、今年4月には新校舎を借りて定員を大幅に増やした。<br>
 +
担当者は「プロ選手を養成するのが主目的ではない。ゲームはあくまで高校教育における教材だ」と語る。<br>
 +
どのような授業が行われているのか。<br> 
 +
◇外部と交流、自分変える<br>
 +
「このキャラ(クター)だったらここはもっとせめて大丈夫」「そこは戦略が大事になってくる場面だ」<br>
 +
近畿大のeスポーツサークルの学生3人の指導に熱心に耳を傾けるのは、学生服に身を包んだ約20人の生徒たち。<br>
 +
図書館の自習室のような机が並んだ部屋にはキーボードとモニターが並ぶ。<br>
 +
取材した日に扱われていたのは「リーグ・オブ・レジェンド」と呼ばれる5人対5人のチームで陣地を取り合うゲーム。<br>
 +
生徒たちは身を乗り出し、「こっちから突破しようか」「今だ、いけ!」などと互いに声を掛け合いながら、キーボードを連打している。<br>
 +
授業はゲームの技術を磨く「実技」に加え、海外チームとの対戦を見据えた英会話を学ぶ時間もある。<br>
 +
昨年度は17人が在籍していたが、年間を通じて問い合わせが相次ぎ、今年4月にはコース専用の施設「梅田eスポーツキャンパス」を新たに開設した。<br>
 +
定員を増やして募集すると、予定人数の3倍以上の希望者が現れ、現在は約60人が在籍する。<br>
 +
北海道から沖縄まで全国から入学しており、「プロゲーマーになる」という志を持つ生徒もいる。<br>
 +
一方で、全日制の学校で不登校となった経験をもつ生徒も多い。<br>
 +
同校の福田和彦・法人営業部長は「入学前には人と話すのが苦手だった子も、驚くくらい人と話せるようになった」と変化を実感する。<br>
 +
実際、昨年10月から通う男子高校生(17)は、2年ほど前から学校になじめず家から出ずゲームをするようになったというが、この高校では「学校にくることが楽しくなった」と話す。<br>
 +
コースには、メンタルコントロールの授業も。<br>
 +
心理カウンセラーの小上左千子さんは、心理テストなどの結果をもとに「あなたは短気。他の人の話をまずしっかり聞いてみて」「ゲーム以外のことにももっと目を向けよう」などと個別にアドバイスすることもある。<br>
 +
福田部長は「eスポーツは子供たちが変わるきっかけになる。『ゲームが好き』という共通点を持つ仲間と交流をすることで、いろんなことに興味を持つきっかけにしてほしい」と話している。<br>
 +
〔2019年6/17(月)毎日新聞【松本光樹】〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[小学校]]、(小学校、教育のニュース) <br>
 
+
'''話題の不登校小学生ユーチューバー「学校って行く意味あるの?」その考えとは'''<br>
〔〕 <br>
+
思い返してみてください。嫌なことやしんどいことがあったとき、「なんで学校なんか行かなきゃいけなんだろう」と思ったことがある方も多いはず。<br>
 
+
さて、大人になった今、我が子に、「どうして学校に行かなきゃいけないの?」と聞かれたら、あなたはいったいどのように答えますか? <br>
 +
今回は、「学校へ行くことの意味」を考えてみたいと思います。<br>
 +
'''学校って行く意味あるの?''' <br>
 +
ほとんどの子供たちは「学校=勉強をするところ」と思っていることでしょう。<br>
 +
退屈な授業、膨大な宿題、勝手に決められた時間割…。そのどれもが、子供たちにとってうんざりするもの。<br>
 +
「学校なんかなくなればいいのに」「勉強なんか家でもできるじゃん」なんて思っている子供も少なくはないはずです。<br>
 +
最近注目を集めた不登校小学生のユーチューバー。ご存知の方も多いのではないでしょうか? <br>
 +
メディアでも注目を集めた彼はこう言いました。<br>
 +
「先生のいうことにハイハイ言う周りの子たちがみんな、ロボットに見えた。<br>
 +
人生は冒険だ。不登校は不幸ではない、いやいや学校へ登校している子供たちの方が、よっぽど不幸である」と。<br>
 +
彼の発言に多くの著名人が反応し、一躍時の人となりました。<br>
 +
確かに現代では、スマホやネットを使えばわからないことはすぐに調べることができます。<br>
 +
また、海外では、アメリカやカナダをはじめとして、「ホームスクーリング」という学習方法が合法になっている国もあります。<br>
 +
では、子供たちはどうして学校に行かなければならないのでしょうか? <br>
 +
子供たちに「なぜ、学校へ行かなければならないの?」と問われたら、どう答えたらいいのでしょうか<br>
 +
学校へ行く理由を探すため<br>
 +
学校へ行く理由はさまざまです。<br>
 +
・知識と教養を学ぶため<br>
 +
・社会性を身につけるため<br>
 +
・社会の基礎を学ぶため<br>
 +
・決められたことをきちんと守る訓練をするため<br>
 +
・嫌なことから逃げないようにするため<br>
 +
・それが子供の義務だから<br>
 +
そのどれもが正解であり、子供からの問いの答えとして適切です。<br>
 +
このように、学校へ行く意味は、探せば無限にあるのです。<br>
 +
しかし、大切なのはこれらの理由が、本当に子供にとって価値のあるものかどうか。<br>
 +
見方を変えればこの理由はすべて「学校生活を経験してきた大人による後付けで」であり、当事者である子供たちはピンとこないかもしれないのです。<br>
 +
なぜ学校に行くのか。学校に行くと自分にどのような利益があるのか…。<br>
 +
それを子供自身で見いだすことができれば、それは人生において何よりも宝になる。そう思いませんか?<br> 
 +
もし、子供に「なんで学校に行かないといけないの?」と聞かれたら「どうしてだと思う? <br>
 +
学校へ行くことで、どんないいことがあるか考えてみて?」と投げかけたうえで「私は、今、こんなときに『あぁ、学校に行っていてよかったなぁ』って実感するよ」と、自らの経験を元にした答えを伝えてあげるのもひとつの方法ではないかな…と筆者は思います。<br>
 +
'''学校は「戦いの場」ではない'''<br>
 +
もちろん自分の心や身体を傷つけてまで学校に行く必要はありません。<br>
 +
学校は学びの場であり戦いの場ではありません。苦しんで苦しんで、自分の命を削ってまで行くところではないのです。<br>
 +
もし、子供が学校へ行くことに強い恐怖やストレスを感じているのなら、学校は彼らの「居るべき場所ではない」ということ。<br>
 +
そんな子供たちには、「学校は学びに行くところであって、傷つきに行くところではない」ということを伝えたうえで、「学校に行かない」という選択肢を選んであげてもいいと思います。<br>
 +
子供たちの「どうして学校に行かなければならないの?」という問いかけが、シンプルな疑問なのか、子供からのSOSなのか、をしっかりと見極められる目を持っておくこと。<br>
 +
これも非常に大切です。<br>
 +
'''学校生活を楽しんでほしい'''<br>
 +
「学校なんて楽しくないところ」「学校は勉強しに行くところなのだから、面白くなくて当り前」というのはもっともな意見です。<br>
 +
しかし、子供たちの日々の生活の大半を過ごす場所。<br>
 +
どうせなら学校へ行く意義を見つけて、楽しく過ごして欲しい…と思うのは欲張りでしょうか。<br>
 +
いずれにせよ、子供たちが大きくなったとき「あぁ、学校に行っていてよかったな」と思ってもらえる瞬間があるように、と願います。<br>
 +
〔2019年6/17(月) LIMO 大中 千景〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[映画「閉鎖病棟」]]、() <br>
 
+
'''笑福亭鶴瓶×綾野剛×小松菜奈『閉鎖病棟』メイキング映像公開 平岩紙ら追加キャストも'''<br>
〔〕 <br>
+
『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(c)2019「閉鎖病棟」製作委員会 <br>
 
+
笑福亭鶴瓶主演映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』のメイキング映像が公開された。<br>
 +
本作は、1995年に発売され累計発行部数80万部を超える大ベストセラーとなった、山本周五郎賞受賞作『閉鎖病棟』(新潮文庫刊)を、『愛を乞うひと』『エヴェレスト 神々の山嶺』の平山秀幸監督・脚本によって映画化するもの。<br>
 +
とある精神科病院を舞台に、様々な過去を背負い、家族や世間から遠ざけられながらも明るく生きていた患者たちの日常を遮るように起こった殺人事件を巡り、登場人物たちの交錯する様々な想いを描く。<br>
 +
主演の鶴瓶は死刑囚でありながら、刑の執行が失敗し生きながらえ、今は精神科病院にいる男・梶木秀丸役を演じる。<br>
 +
また、秀丸と心を通わせる患者役として綾野剛、不登校が原因で精神科病院に通院する女子高生・由紀役を小松菜奈が演じる。<br>
 +
今回公開されたメイキング映像では、本作の為に7kgもの減量に成功した、車いす姿の鶴瓶らの撮影風景が捉えられており、撮影合間の休憩時は、鶴瓶が和気あいあいと談笑する場面も確認できる。<br>
 +
また、鶴瓶が本作の脚本を読んだ感想について「涙が止まらなかった」と語り、綾野が「これは、閉鎖病棟という中で暮らす方々の日常で、ウソだけはない」、小松が「これは、挑戦しなきゃいけない役だなと思った」と意気込みを語る姿も映し出されている。<br>
 +
さらに、追加キャストとして平岩紙、綾田俊樹、森下能幸、水澤紳吾、駒木根隆介、大窪人衛、北村早樹子、大方斐紗子、村木仁、片岡礼子、山中崇、根岸季衣、ベンガルの13名の出演が発表された。<br>
 +
〔2019年6/18(火) リアルサウンド編集部〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[三浦市学校教育ビジョン案]]、神奈川三浦市(教育のニュース) <br>
〔〕 <br>
+
'''三浦市立8小学校を3校に 少子化で市教委が統廃合案'''<br>
 +
神奈川県の三浦市教育委員会は17日、市立学校のこれからの教育の方向性を示す「市学校教育ビジョン案」を公表した。少子化に歯止めが掛からず、教員の働き方改革の必要性も増す中で小中一貫教育の推進が必要とし、中学校の数(3校)に合わせ、小学校も現在の8校から3校に統廃合することを目指す。<br>
 +
ビジョン案では、子どもたちが未来をたくましく、しなやかに生き抜く力などを育むとし、そのために小中学校で求められる取り組みとして、▽主体的で対話的な深い学びの実現▽いじめや不登校といった生徒指導上の課題の改善▽教師の指導力向上-の3点を列挙。<br>
 +
これらの実効性を高めるため、9年間を見通した教育課程編成と一定規模の児童生徒数、教職員数の確保を「車の両輪のように同時に実施することで大きな成果を生み出す」とし、25年度をめどに地域性を踏まえた「1中学校区1小学校」の教育環境を整えることを目標に据えた。<br>
 +
市教委によると、市立小学校が3校ある三崎地区と4校ある南下浦地区で、早ければ秋にも地域協議会準備会を設置。その後の協議会で小学校の設置場所の選定や通学手段など児童らの負担軽減策について話し合う。一方、小中一貫教育については、教育部会を新設するなどし、あり方を研究する。<br>
 +
17日に開かれた市議会6月定例会の本会議で、ビジョン案に対する見解を問われた及川圭介教育長は「小中一貫教育の推進は子どもたちの未来のために最善と考えている。丁寧に説明し、理解を得る努力をしていく」と述べた。<br>
 +
市内では少子化が進み、児童・生徒数が減少し続けている。市教委によると、19年度の児童数は1576人、生徒数は913人。1983年度のそれぞれ30%程度、35%程度まで落ち込んだ。小学校は現在、8校中5校が全学年1学級で、24年度には7校まで拡大すると見込まれている。<br>
 +
一方、市教委が16年度に保護者や教員を対象に実施したアンケートでは、約95%が「2学級以上がよい」と回答。これを踏まえ、市教委は昨年3月、「目指すべきは1学年複数学級」「1学年50人以上を確保するためには単純計算で4校」などと明記した基本方針骨子案を示していた。<br>
 +
市教委は7月16日まで、ビジョン案に対するパブリックコメントを実施している。<br>
 +
〔2019年6/17(月) カナロコ by 神奈川新聞〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[空想地図]]、(創作活動) <br>
 
+
'''34歳「地図の新しい見方」を探求する男の仕事観'''<br>
〔〕 <br>
+
幼児期の原体験が「空想地図」につながったという今和泉隆行さん<br>
 +
これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。<br>
 +
「会社員ではない」彼ら彼女らはどのように生計を立てているのか。<br>
 +
自分で敷いたレールの上にあるマネタイズ方法が知りたい。特殊分野で自営を続けるライター・村田らむと古田雄介が神髄を紡ぐ連載の第64回。<br>
 +
■想像で街の地図を描いた作品『空想地図』<br>
 +
今和泉隆行さん(34歳)は『空想地図』を描く人物として知られている。<br>
 +
『空想地図』とは、文字どおり想像で街の地図を描いた作品だ。<br>
 +
ウェブでも公開されている『中村市(なごむるし)』の空想地図を見ると非常にリアルに書き込まれている。<br>
 +
公園、商業施設、学校などが並ぶとても現実的な街だ。<br>
 +
この地図を何も知らずに見たなら、ほとんどの人が本物の地図だと思うだろう。<br>
 +
こだわりは地図だけではない。<br>
 +
中村市で発行された架空の銀行カードや運転免許証、中村市内のお店で買い物をした際にもらったレシートまで、すごい完成度で製作している。<br>
 +
空想地図はTV番組「タモリ倶楽部」などでも紹介され話題になり、2013年には『みんなの空想地図』(白水社)を上梓した。<br>
 +
そして今和泉さんは、今年の3月に『「地図感覚」から都市を読み解く: 新しい地図の読み方』という新刊を発売した。<br>
 +
この本は、地図オンチの人にも感覚的に地図がわかるようになる技術を紹介した話題の1冊だ。<br>
 +
なぜ今和泉さんは『空想地図』を描き始めたのだろうか? <br>
 +
そしてなぜ、ここにきて地図オンチ向けの本を作ることにしたのだろうか?<br> 
 +
今和泉さんのご自宅で話を聞いた。<br>
 +
今和泉さんは、母親の里帰り出産によって鹿児島市で産まれ、その後はずっと関東で育った。5歳までは横浜で暮らした。<br>
 +
「4歳の時にバスの路線図が好きになりました。知らない場所に行くのが、好きだったんです。<br>
 +
実家には自動車がなかったので、出かけるとなると路線バスか電車でした」<br>
 +
父親と路線バスに乗ると、バスは横浜駅からだんだん離れて進んでいった。<br>
 +
横浜駅から離れるに従い風景が変わっていく。<br>
 +
駅周辺のマンションが密集した地域を抜けると、林が現れた。<br>
 +
空が広くなり、そして一軒家が並ぶ住宅街になっていった。<br>
 +
「ダイナミックに風景が変化していくのが好きでした。<br>
 +
家に帰ってから路線図を見て振り返りました。『さっき聞いた地名の場所はここなんだ』とか未知の行き先を見つける入り口でしたね」<br>
 +
現在でも、今和泉さんはバスの路線図が好きだという。<br>
 +
「電車は電車で好きなんですよ。ただ電車の路線は限られているので、わりと簡単に覚えられます。<br>
 +
それに比べて地方都市のバスは、全然わからない地名だらけですからね。<br>
 +
バス乗り場の名前を見ただけではそれがどこにあるかまったくわからない。<br>
 +
それくらい難しいほうが脳のシナプスが働くし、血がたぎります」<br>
 +
■7歳の時には自然と地図を書き始めていた<br>
 +
5歳になると一家で東京都の日野市に引っ越した。日野市は家族全員にとって初めての街だった。<br>
 +
家族で地図を買い、地図を見ながら家族で近所を散策した。<br>
 +
「家族で幼稚園を回ったのを覚えてます。引っ越しが5月だったので、なかなか受け入れてくれる幼稚園がなくて何軒か回りました。<br>
 +
幼心に『ここの幼稚園の遊具は楽しそうなのに、行けなくて残念だな』って思ったのを覚えています」<br>
 +
それからも<br>
 +
『市立病院はどこだろう?』<br>
 +
『スーパーマーケットはどこだろう?』<br>
 +
と家族で地図を見る機会は多かった。自然と地図に親しみを持ち、7歳の時には自然と地図を書き始めていた。<br>
 +
「地図を描いた理由はとくになかったですね。迷路を描くのと同じような思考回路だったと思います」<br>
 +
初めの頃は、思いついては書き、飽きてはやめて、の繰り返しだったという。<br>
 +
幹線道路と川と鉄道を描き全体の構図を確定して、あとは街を細かく描いていった。<br>
 +
「両親の反応はプラスでもマイナスでもなかったです。<br>
 +
遊びの1つとしては悪くはないけど、宿題があるならそっちを優先してね、というくらいの感じでした」<br>
 +
小学校5年生でクラスに中村くんが転校してきた。<br>
 +
彼とは地図について話すことができた。それをきっかけに現在も続く『中村市』の地図を描き始めた。<br>
 +
小学校時代は割と活動的に楽しく過ごしたが、中学校は合わなかった。<br>
 +
「中学校では、中途半端に大人のまねをさせられるのが嫌でしたね。<br>
 +
『大人なんだから自分で考えて動け』という割には、本当の意味で自分で考えることは望まれていない。<br>
 +
多数派に『YES』と言っていればなんとかなる世界。クソだなと思っていました」<br>
 +
ただここで反旗を翻しても、1人の力はたかが知れている。目立っても仕方がない。<br>
 +
ならば学校に通うのをやめようかと思ったが、それは実行しなかった。<br>
 +
「クラスに不登校の子はいました。最初の頃はいたのに、いつの間にか学校に来なくなる子どもです。<br>
 +
僕から見ると彼は目立って見えました。どうにも目立つのは嫌だなあと思いました。<br>
 +
それに不登校をした結果、再び中学校に通わされてしまう状況になるのは最悪でした」<br>
 +
中学生が求められるのは『椅子に座っていることだけ』だと割り切って考えるようにした。<br>
 +
3年我慢して座っていたら、必ず卒業できるというのを希望に日々をやり過ごした。<br>
 +
■みんなが1つずつ下げるなら、いちばん上は『空く』<br>
 +
「成績は平均すると5段階評価で4くらいでした。いいほうだけど、とりわけよくもない……という感じですね。<br>
 +
高校入試は都市部の公立高校の自由な校風の学校を狙いたかったです。でもそういう学校はレベルが高いんですよね」<br>
 +
当時は都立高校改革の時期だった。みんな制度の変更にビビリ気味で、志望校のランクを1つ下げて受験する人が多かった。<br>
 +
「みんなが1つずつ下げて受験するなら、その学区でいちばん上の学校は『空く』と思ったんです。<br>
 +
それでいちばん上の学校を受験することにしました」<br>
 +
しっかりと受験勉強を始めたのは結局2月に入ってからだった。<br>
 +
そこから一気に詰め込んで、2月末に受験をした。めでたく志望校に行くことができた。<br>
 +
「受かったのは嬉しかったですが、トップの高校ですから行ってからが大変でした。<br>
 +
成績はどう頑張っても40人中30番台でした。ただ高校に入って話が通じる人ができて、楽になりました。<br>
 +
学校新聞を作る新聞委員会の長もやったりしました」<br>
 +
中学時代には盛んに地図制作をしたが、高校時代は積極的に学内活動をしたので多少地図制作はペースダウンした。<br>
 +
しかし、それでも描き続けていた。<br>
 +
「大学入試では、明治、駒沢、日大に落ちて専修大学に受かりました。<br>
 +
同学年の半分くらいは浪人してよりよい大学を狙う高校だったですし、親も『浪人してもいいんだよ』と言ってくれてはいたのですが、無駄な1年は過ごしたくないので進学しました」<br>
 +
大学では地理学を学んだ。<br>
 +
大学1年では、韓国に1カ月間、語学留学に行ったり、いわゆるベンチャービジネスコンテストに出場したりもした。<br>
 +
「2年になるといろいろわかってきました。地理学をやっていると、研究者になるか、学校の先生になるしか、大まかに道はないと気づきました。<br>
 +
そもそも学校が好きじゃないのに、このままでは学校を抜け出せない!! 『失敗だ!!』と思いました」<br>
 +
考えた末、他の大学に編入しようと思った。編入するにはもちろん編入試験を受けなければならない。<br>
 +
高校時代の受験勉強にはあまり燃えなかったのだが、大学2年の受験勉強にはメラメラとやる気が湧いてきた。<br>
 +
「『みんなで頑張ろう!!』なんていう時、僕は協調性がないのでやる気が湧かないんです。<br>
 +
逆に周りからまったく期待がない時に、スイッチが入るんですよ」<br>
 +
編入試験を受けて、無事に埼玉大学の経済学部に編入することが決まった。そしてまちづくりのゼミに入った。<br>
 +
そんな、人とは遅れて受験勉強をした大学時代だったが、受験とは別に独特な趣味も持っていたという。<br>
 +
■日本全国の土地勘が欲しかった<br>
 +
「大学時代は1人で日本中を回っていました。面白い場所に行こう、というのではまったくありませんでした。<br>
 +
とにかく行ったことがない場所に行くのが目的でした」<br>
 +
青春18きっぷやフェリーなど安い交通機関を使い、日本中の地方都市へ足を運んだ。<br>
 +
「この街で暮らすとどんな生活になるのだろう?」<br>
 +
と考えながら、駅ビル、百貨店、電気屋などを回り、普通の定食屋で飯を食い、住宅地にバスで行って帰ってくる……ということを続けた。<br>
 +
テーマパークやお城は手前までは行くが、入場料がかかるところには行かなかった。<br>
 +
厳島神社も手前までは足を運んだが、境内にはついに入らなかった。<br>
 +
「まあそういう観光地は大勢が行ってるし、ガイドブックにも載ってますからね。<br>
 +
私は日本全国の土地勘が欲しかっただけですから行く必要はなかったのです。<br>
 +
1日にいくつもの都市を渡り歩くこともありました。その結果、人口が20万人以上の都市はだいたい回りましたね。」
 +
すでにインターネットは普及していた時代だ。<br>
 +
全国を旅するならその様子をブログに書けば人気になると思うのだが、さほど頑張って更新はしなかったという。<br>
 +
「承認欲求はあるにはあるんですが、最低限の欲求なんですよね。<br>
 +
『もっと反響が欲しい!!』<br>
 +
『もっと売れたい!!』<br>
 +
みたいのはないんです。ブログも始めてはみたものの、続きませんでした。飽きっぽいんです。<br>
 +
現在はツイッターをやっていますが、予想以上にフォロワーが増えてしまったので、自分なりに役目を感じ無理やり振り絞ってつぶやいている感じです」<br>
 +
文学部から経済学部に編入した結果、必修単位が足りなくなり1年間留年することになった。<br>
 +
「国立大学に行けば学費が安くなると親には言っていたんですが、結局留年したので変わらなくなりました。<br>
 +
『すいません』と謝りました」<br>
 +
大学を卒業し、2009年に23歳で社会に出た。<br>
 +
「僕は『最大の努力をして、最上の結果を求める』よりも『最小の負担で、最低限マシな結果を得る』ほうが好きなんです。<br>
 +
昔はやった言葉で言えば、省エネですね。<br>
 +
就職試験もとても効率よく進め、3カ月で決まりました」<br>
 +
今和泉さんは、IT系のビジネスツールを販売する会社に就職した。<br>
 +
■市民権を剥奪されないくらいの最低限の仕事を<br>
 +
役回りは営業だった。ビジネス需要のあるところに足を運んで契約を取らなければならない。<br>
 +
「営業は自分には向いていませんでした。やる気がいっさい湧いてこなかったですね。<br>
 +
市民権を剥奪されないくらいの最低限の仕事だけするよう心がけました」<br>
 +
ただ当初は会社を辞めようとは思っていなかったという。<br>
 +
「当時は辞めたとこで食えるはずがないと思ってました。<br>
 +
『独立起業するつもりなんじゃない?』って言われることもありましたが、まったくその気はありませんでした。<br>
 +
むしろそんなことを言われると、俺を唆してはめるつもりか? と怒ってました」<br>
 +
その頃もまだ空想地図は描いていた。ただそれが価値のあるものだとは思っていなかった。<br>
 +
「空想地図の価値を自分で認めてなかったので、もちろんそれでお金を稼ぐことができるなんて思ってなかったです。<br>
 +
商売ができない以上、勤め人をするしかないと思ってました。ただ結果的には2年で会社を辞めました」<br>
 +
〔2019年6/18(火) 東洋経済オンライン〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[]]、千葉県浦安市(発達障害のニュース,特別支援学級) <br>
 
+
'''学習障害の苦手をiPadで改善 学校に「グレーゾーン」の居場所を作れるか'''〈AERA〉<br>
〔〕 <br>
+
「発達障害」の子供を持つ親たちが実際に必要としているのは、診断ではなく具体的な支援だ。<br>
 +
16年4月に施行された「障害者差別解消法」では学校や職場での「合理的配慮」が求められるようになったが、何をそう判断するかは現場次第なのが現状だ。<br>
 +
千葉県に住む家族に話を聞いた。<br>
 +
*    *  *  *<br>
 +
千葉県浦安市に住む中学1年生、鈴木陽大くん(12)はプロバスケットボール、千葉ジェッツふなばしの大ファン。<br>
 +
「外でバスケしてきていい?」<br>
 +
日曜日の昼過ぎ、母親のひかりさん(41)がうなずくと、<br>
 +
「夢と希望とちょっとのお金を持っていくね。あ、ちょっとのお金もないから夢と希望だけいっぱい持っていくねー」<br>
 +
と軽口をたたいた。<br>
 +
朗らかな会話からは想像しにくいが、陽大くんには「学習障害(LD)」の疑いがある。<br>
 +
そして兄の雄大くん(15)は、知的障害を伴うASDと診断されている。<br>
 +
言葉が遅く、こだわりも強かった長男に比べ次男の育児はスムーズだった。<br>
 +
「なんて育てやすいんだろうと思っていたら、幼稚園の園長から、『ちょっと心配だから市のこども発達センターに行ってみて』と言われて。えーっ、あなたも? とショックでした」(ひかりさん)<br>
 +
診断名はつかず、いわゆる「グレーゾーン」のまま小学校は通常学級へ。<br>
 +
1、2年生のうちは周りと大差なかった。「やっぱり何かおかしい」と気づいたのは3年生になってから。<br>
 +
2年生で習った九九を全然覚えていない。毎晩泣かせてでも一緒に取り組んだが、全く効果がない。<br>
 +
さらに板書もノートに書き写せない。<br>
 +
視覚で捉えた文字を一時的に記憶し、手元のノートに再現することができないのだ。<br>
 +
特に短期記憶の力が弱いため、学習の積み上げができず、5年生になっても学力は小学校2、3年生レベルで止まっていた。<br>
 +
「知的障害のある長男はゆるやかながらも積み上がっていくのに、どうして? と」(同)<br>
 +
もがき続けていた時、ある手法の存在を知った。<br>
 +
「苦手な部分をiPadで代替する」方法を、ハイブリッド・キッズ・アカデミーという民間の教室が教えていた。<br>
 +
東京大学先端科学技術研究センターでの研究成果を社会に還元する場として設立され、ソフトバンクのグループ会社が全額出資する教室だ。<br>
 +
 その教室で、板書やプリントを撮影してiPad上のノートに取り込み、大事なところに自分でマークやメモを書き込む方法を学んだ。<br>
 +
書き込みに使うのはキーボード。苦手な手書きではないため、どんどん書ける。<br>
 +
理科の実験も動画で撮れば、帰宅後に思い出すことができる。<br>
 +
陽大くんは夢中になった。日常でも、おいしいお菓子の名前やパッケージを頭で記憶する代わりに写真に残した。<br>
 +
そうすれば次にまた買える。千葉ジェッツの試合を見に行く道順も、写真で保存した。<br>
 +
努力では越えられなかった壁が突破できる。光が見えた──。<br>
 +
そう感じ、学校でも使わせてもらえるよう掛け合った。<br>
 +
だが、学校は「前例がない」「セキュリティーが心配」「他の子が写真に写り込むとプライバシーの問題が生じる」などさまざまな理由を挙げて、首を縦に振らない。<br>
 +
16年4月施行の「障害者差別解消法」によって、学校や職場では、一人一人の困りごとに合わせた「合理的配慮」の提供が求められるようになった。<br>
 +
しかし、何を「合理的配慮」とするかはあくまで現場の判断なのだ。<br>
 +
陽大くんの場合、2年かかってようやく許可が出たのは板書の撮影のみ。<br>
 +
しかも他の児童が写らないよう、本人ではなく先生が撮影する条件つきだ。<br>
 +
療育先の先生からはこう励まされた。<br>
 +
'''「LDの子は義務教育が終われば楽になりますよ」'''<br>
 +
社会に出れば、文字を書くのにパソコンやタブレットを使うのは当たり前。計算も電卓だ。<br>
 +
それなのに、義務教育の9年間、紙と鉛筆で苦手な漢字や筆算と格闘し続けることにどんな意味があるのだろう、とひかりさんは思う。<br>
 +
視力が弱い人が眼鏡を、聞こえにくい人が補聴器を使うのと、書くのが苦手だからiPadを使うのと、何が違うのか──。<br>
 +
兄の雄大くんは、特別支援学級で手厚い支援を受け、状況はかなり改善した。<br>
 +
こだわりも薄くなり、合わなかった視線も合うようになった。<br>
 +
来年は高校に進学するが、行き先は特別支援学校と決まっている。<br>
 +
「長男より障害も軽くグレーゾーンの次男のほうが、必要とする支援も受けられず、先行きも不安だらけです」(ひかりさん)<br>
 +
アエラのアンケートでも、「特別支援学級にいる子ほど障害は重くないが、通常学級ではサポートなしではついていけない。グレーゾーンの子の居場所がない」との声が寄せられた。<br>
 +
これは今春、陽大くんが中学進学の際に直面した問題でもある。<br>
 +
友だちがたくさんいる陽大くんは通常学級に進むことを望み、「僕は障害児じゃないよね」と母の顔をのぞき込んだ。<br>
 +
気持ちは痛いほどわかる。でも、中学の授業に小学3年レベルの学力でついていけないことは明白だ。<br>
 +
わからないままじっと毎日6時間座っているうちに自信をなくし、不登校になるのも心配だ。<br>
 +
ひかりさんは行動に出た。浦安市に対し、支援学級と通常学級の間のクラスを作ってもらうよう掛け合ったのだ。<br>
 +
前例はなかった。同じような悩みを持つ保護者とも協力し、粘り強く交渉した結果、風穴はあいた。<br>
 +
「他の親御さんから、地区に1クラスでも『間のクラス』があれば、うちの子も行かせたい、という声を聞くようになりました」(同)<br>
 +
ひかりさんは2人の子どもの障害のことは包み隠さず周囲に話す。オープンにしないと周囲もどう手を差し伸べていいかわからないからだ。<br>
 +
母から見ると、陽大くんは自分ができないことをある程度「ごまかせる」。<br>
 +
だがこの先、生きやすくするには「それじゃダメだ」とひかりさん。<br>
 +
「自分ができること、できないことをしっかり理解し、必要な支援は何なのかを自分の力で伝えられるようになってほしい」<br>
 +
〔2019年6/18(火) AERA dot.(編集部・石臥薫子)2019年6月24日号〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 
+
引きこもり関連事件
〔〕 <br>
+
'''相次ぐ引きこもり関連事件「孤立者を生む現代社会に問題」 支援NPOがメッセージ発信'''<br>
 
+
かつて対人恐怖症に苦しみ、克服したという井上一休さん。「人は何歳からでも変われる」と力を込める=丹波篠山市東吹 <br>
 +
神奈川県川崎市で引きこもり傾向だった男が児童らを殺傷し、自殺した事件などを受け、兵庫県丹波篠山市で引きこもりや不登校の当事者、家族を支援するNPO法人結が「今回の事件を引きこもり問題ではなく、孤立者を生み出す現代社会の問題として皆さんに受け止めてもらいたい」などとするメッセージを出した。代表の井上一休(本名・正典)さん(76)=同市=に思いを聞いた。<br>
 +
川崎市の事件に続き、元農林水産事務次官が引きこもりがちだった息子を刺したとして逮捕された事件が起きた。引きこもり問題が改めて注目を集める中、井上さんは「利用者に動揺が広がっている。家族からも問い合わせや相談件数が急に増えている」と明かす。<br>
 +
「引きこもりは悪だというイメージが広がっている」「引きこもりとますます言いづらくなる」「報道を見ていると、しんどくなる」といった声が寄せられているという。<br>
 +
両事件の報道を巡っては、引きこもりの当事者や家族会が、犯罪と引きこもりを結びつけるような報道は誤解や偏見を広げる恐れがあるとして、相次いで声明文を発表した。井上さんも、当事者を一様に「犯罪者予備軍」のように見る風潮を憂慮。「孤立をさせてしまっている社会のあり方に、どこかおかしなところがあるということを理解してほしい」と訴える。<br>
 +
ブログ「丹波篠山心の居場所」で公表したメッセージでは、孤立によって自己否定やいらだちを増幅させ、家族や社会に向け感情を爆発させるという事態が起きているとし、「今の(社会の)理解と支援体制のままでは止められない危機感がある」とつづった。<br>
 +
井上さんは、現代社会に「息苦しさ」を強く感じているといい「物事を○か×かで極端に分け、いろいろな考え方や価値観を認めない世の中。これではありのままの自分を出せない」と指摘する。<br>
 +
井上さんと共に活動する相談員の渡辺聖史さん(34)=丹波篠山市=は、かつて自身も引きこもりだった経験を踏まえ「引きこもりは複合的な要因が絡んでいるので理解が難しいが、決して怠けや甘えではない。本人はすごく苦しんでいる」と話す。当事者に向けては「まずは人とつながることが大事。人との出会いの中で自分が分かり、変えていける」と呼び掛ける。<br>
 +
NPO法人結は、県の「兵庫ひきこもり相談支援センター」丹波ブランチを運営している。同市東吹の「遊び村」内で、当事者や家族が自由に話し、くつろげる「居場所」を設けているほか、屋外約1500坪に、約50種類の手作り遊具を置いている。30代を中心に、小学生から50代まで1カ月に延べ約300人が利用している。相談料無料。<br>(藤森恵一郎)
 +
〔2019年6/18(火) 神戸新聞NEXT〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 
+
インターネットを使った参院選
〔〕 <br>
+
両陣営ネット駆使、若者に声を
 
+
来月4日の公示(21日投開票)の日程が有力視されている参院選で、県選挙区に立候補を予定する自民現職の大沼瑞穂氏(40)、無所属新人の芳賀道也氏(61)の両陣営ともインターネットを使った活動を活発化させている。会員制交流サイト(SNS)を連日更新し、プロモーションビデオやインタビューを積極的に配信。スマートフォンやパソコンを多用する若い世代の支持拡大をもくろむ。<br>
 +
ネットを使った選挙運動は2013年の参院選から解禁された。候補者、有権者ともにホームページ(HP)やフェイスブック(FB)、インスタグラム、ツイッターなどを使って公示後に投票を呼び掛けたり、演説会を告知したりできる。公示前も一般的な政治活動の範囲内で活用することが可能だ。<br>
 +
大沼氏の公式HPでは、自身の政治活動を伝える新たなプロモーションビデオを10日にアップした。党本部が本県選挙区を激戦区に指定したこともあり、1期目の国政活動を県民らに分かりやすく紹介する狙いがある。ビデオは2分58秒。国会答弁や子育て中の母親との交流、高齢者施設を訪問した様子を盛り込んだ。これまでのビデオは静止画でつないだ構成だったが、動画を使って山形に対する思いも伝えている。<br>
 +
FBは日々更新しており、各地で開く国政報告会や地域のイベントに参加した様子を掲載。スマホからも見られるようにしており、陣営は「シェア、拡散してもらうことで、多くの若年層などに1期目の活動や再選への思いを届けたい」としている。<br>
 +
芳賀氏はFBや動画投稿サイトを駆使し、自身の考えや人となりの周知に努めている。アナウンサーとして長くニュース番組を担当してきた経験を生かし、画面を通じた情報発信を重視しているのが特徴だ。<br>
 +
山形市の後援会事務所内には、動画収録スペースが設けられている。6月に「はがチャンネル」と銘打ち、ネットを通じたライブ配信を初めて実施。「若者を引きこもらせない社会」をテーマに、不登校支援などに携わってきた関係者をゲストに、約30分にわたり求められる対策について語り合った。今後も随時、さまざまな政治課題を取り上げて配信する計画だ。陣営担当者は「特に若い世代に気軽に見てもらえるのではないか。直面している課題を知ってほしい」と話す。<br>
 +
〔2019年6/18(火) 山形新聞〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
〔〕 <br>
+
全共闘世代の今
 
+
'''「損得より納得」元闘士、愚直に50年 フリースクール運営 全共闘世代の今'''<br>
 +
九州大の授業再開について、学生時代に作ったガリ版刷りのレポートを手にする進藤輝幸さん。紙は赤茶けていた <br>
 +
社会の矛盾と向き合い、あらがった60年代末の学生運動から半世紀が過ぎた。運動の渦中に身を置いた全共闘世代の若者はどんな人生を経て、今という時代をどう見詰めているのか。そんな先人の姿を、行動する現代の若者はどう受け止めるのか。一人一人の「私」の「ダイアリー」をめくる。<br>    
 +
×        ×    ×<br>  
 +
陽光が差す窓辺で、女の子が夢中で漫画を読んでいる。佐賀県唐津市にある3階建てのビル。ここで進藤輝幸さん(69)はフリースクールを営む。女児は学校を休みがちで、週2回は顔を見せる。特に勉強は教えないが、「不登校の子には、ほっとする時間がいるんです」。優しいまなざしに、かつて学生運動の闘士だった面影はない。<br>
 +
進藤さんがファイルから赤茶けた紙を取り出した。わら半紙にびっしり書き込まれた文字。一部は薄く消えかかっている。文章にはどこか青い幼さも感じる。<br>
 +
〈僕らの「学生」という存在はなにか? 学問とはなにか?〉〈僕らはファントム墜落等を経る中で、「本当の勉強」を求めた〉<br>
 +
「ガリ版で100枚以上刷って、大学の構内で配りました」<br>
 +
1969年。激化するベトナム戦争や大学運営の在り方を巡り、各地で烈火のごとく大学紛争が広がった。前年、大学構内に米軍機ファントムが墜落した九州大でも、学生が教室のバリケード封鎖や授業ストライキを繰り返した。あの季節、二十歳の九大生だった進藤さんもデモやストライキに参加した。<br>
 +
60年代末、大学への進学率が1割強だった全共闘の時代。東京大の学生を中心に、将来の社会的地位を約束された自身の立場を「自己否定」する考えが広まった。あれから50年。進藤さんは自らをごまかさず、愚直に「自己否定」を重ね、生きてきた。<br>
 +
'''原点は九州大入学後に携わったセツルメント'''<br>
 +
進藤輝幸さん(69)の原点は、九州大入学後に携わったセツルメント(地域生活支援)だった。被差別地域に入り、ボランティアで勉強を教える中、生徒に「あんたたちとおれたちは身分が違う」と言われた。「どんなに学歴差別に反対しても、自分はその恩恵を受ける加害者の側じゃないか」。自らを疑いながら、学生運動に身を投じた。<br>
 +
'''「人を変える仕事に就きたい」'''<br>
 +
1969年秋、福岡市・六本松の九大教養部。ストが解除され、授業が約半年ぶりに始まった。「何で授業を再開するのか!」。講義室に響く怒鳴り声。進藤さんは再開に納得できず、ガリ版刷りのリポートを配り、講義室に単身乗り込んだ。「大学の在り方を無視して、学問だけすればいいのか」。教授との押し問答は数十分続いた。他の学生は皆、押し黙ったままだった。<br>
 +
やがて政治の季節はしぼんでいく。自問の末、進藤さんは仕送りを断ち休学し、2年後に中退した。<br>
 +
アルバイト先のガソリンスタンドに就職したころ、父親を交通事故で亡くした。どう生きるべきか考えた。「人が変わらないと社会は変わらない。人を変える仕事に就きたい」。教員免許を取るため九大に再入学し、30歳を目前に中学校の社会科教諭となった。<br>
 +
授業の充実だけでなく、生徒と共に良いクラスをつくろうと週1~2回、学級通信を発行した。生徒が荒れた時代もあったが、体罰根絶には特にこだわった。<br>
 +
だが50歳を迎えた秋、女子生徒の態度にカッとなり、弁当箱で頭をたたいてしまった。頭にヘアピンが刺さり、1針縫うけがをさせた。「体罰は暴力と批判していたのに…。余裕をなくして、焼きが回った」<br>
 +
学級通信に謝罪文を書いた。それをきっかけの一つとして、早期退職した。多忙のあまり生徒と向き合えなかった反省から、古里の佐賀県唐津市に開いたフリースクール。教育者としての再出発だった。<br>
 +
自らが営むフリースクールで、女子児童を見守る進藤輝幸さん=4月25日、佐賀県唐津市 <br>
 +
◇   ◇   ◇<br>
 +
いま、不登校の児童を支える傍ら、近くにある玄海原発の反対運動も続ける。平日朝の街頭で、のぼりを手につじ立ちを始めて2年8カ月。累計550回に達する。<br>
 +
不正入試、政治家の失言、安全神話が招いた原発事故…。近年、大学も政治も企業も不祥事が明るみに出るたび、責任逃れに終始し、うやむやに幕引きするケースが目につく。<br>
 +
来し方を振り返った進藤さんは「結局、要領が悪かったんでしょうけどね」と照れ笑いし、こう付け加えた。「人生の岐路に立ったとき、損か得かより、納得できるかどうかを基準にしてきた。それが、私のささやかな誇りです」<br>
 +
'''全共闘運動、九州の大学にも飛び火'''<br>
 +
全共闘運動は1968~69年、九州各地の大学にも飛び火していった。それぞれの大学史に、その概要が記されている。九州大では68年6月、米軍機ファントムが建設中の電算機センターに墜落したことで、反戦闘争は加速した。市民も巻き込み、米軍板付基地(現福岡空港)の撤去運動が発生。学生はファントムの周囲にバリケードを張り、反基地の象徴として機体引き下ろしに反発した。<br>
 +
熊本大では68年末、生協食堂の定食費値上げを巡って、授業ストライキや本部封鎖など半年あまりの紛争が続いた。大分大では69年、学生会館や学生寮の管理を巡って大学側と対立し、学生が建物を占拠した。<br>
 +
紛争は私立大でも起きた。西南学院大では68年、学費値上げ反対や米原子力空母エンタープライズの佐世保港寄港阻止の闘争が盛り上がり、学生が院長室・学長室を封鎖。福岡大では69年4月の入学式当日、口元にタオルをまき、ヘルメットをかぶった「ゲバスタイル」が出現した。<br>
 +
'''全共闘 党派超え連帯'''<br>
 +
大学の学費値上げや管理運営体制、ベトナム戦争などに反発した学生が1960年代後半、バリケード封鎖や授業のストライキを展開した。大学側が機動隊導入などの強硬措置を繰り返すと、学生たちはセクト(党派)の枠組みを超えた学生組織「全学共闘会議」(全共闘)を結成して連帯し、紛争は全国的に波及した。68年度には67大学、69年度には127大学で紛争が発生している。<br>
 +
69年8月には紛争収拾に向け、大学の休校や廃校を可能にする「大学の運営に関する臨時措置法」(大学立法)が施行された。一部の過激派学生が大学内外で暴力行為を繰り返したこともあり、紛争は下火になっていった。<br>
 +
.
 +
〔2019年6/18(火) 西日本新聞〕 <br>
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
不登校YouTuber「ゆたぼん」と作家「太宰治」
+
大阪市中1女子いじめで不登校
不登校YouTuber「ゆたぼん」と作家「太宰治」 SNSで話題の核心部分とは?
+
'''大阪市立の中学校で3年前、女子生徒が不登校に 第三者委「いじめあった」と認定'''<br>
太宰治(八雲書店『太宰治全集 第1巻 (晩年)』(1948年刊)/Wikimedia Commons)
+
大阪市内の中学校で1年の女子生徒が不登校になった問題で、市の第三者委員会はいじめがあったと認定しました。<br>
勉強の必要性とは
+
「被害に遭われた生徒および保護者に対しまして、深くお詫び申し上げます」(教育委員会事務局指導部 水口裕輝部長)<br>
「ゆたぼん」というYouTuberをご存知だろうか。2008年12月生まれの10歳。「少年革命家」を名乗って「不登校の自由」を主張している。この男児と作家の太宰治(1909~1948)に意外な接点が生まれ、SNS上で話題になっている。
+
3年前(平成28年度)大阪市立の中学校に通っていた当時1年の女子生徒が、同級生らから叩かれたり蹴られたりといった暴力や暴言を受け不登校になりました。おととし6月に設置された市の第三者委員会は調査報告書をまとめ、女子生徒へのいじめがあったと認定しました。<br>
 
+
報告書の中で第三者委員会は女子生徒が被害を訴えったにもかかわらず、学校側は「いじめ」と認識せず、教育委員会の担当者も適切な指導をしなかったと指摘しました。報告書を受け市教委は「調査結果を重く受け止め、再発防止策に取り組む」としています。<br>
***
+
〔2019年6/18(火) MBSニュース〕 <br>
まず、ゆたぼんとは何者なのか、の説明から始めよう。ITジャーナリスト・高橋暁子氏が、東洋経済ONLINE(5月18日)に執筆した署名記事「YouTuber目指す大半の子が知らない厳しい現実 不登校YouTuber・ゆたぼんの明日はどっちだ」の冒頭部分は、次のような記述になっている。
+
《不登校の小学生YouTuber「少年革命家ゆたぼん」が話題だ。現在10歳の彼が不登校になったのは、大阪に住んでいた小学3年生の頃。宿題を強制する学校に疑問をいだき、「まわりの子がロボットに見えた」ためだという。
+
ゆたぼんさんは動画内で、「学校に行くな」「ロボットになるな」という過激な発言を繰り返している。それに対して、不登校の理由がいじめなどではなく「宿題がやりたくなかった」という理由であること、それにもかかわらず「不登校の子に勇気を与える」と発言していることなどから、批判コメントが殺到している》
+
ゆたぼんが「不登校は不幸じゃない」、「学校に行かなくていい」と主張する背景の1つに、学校での学習に対する不信感があるようだ。
+
ネットメディアの「AbemaTIMES」は7月10日、「『批判は気にしてへん』“不登校YouTuberゆたぼん”は今?  父・幸也さん『一つの生き方、ということで見守って』」の記事を配信した。
+
AbemaTVのニュース番組「AbemaPRIME」(月~金・21:00)が8日に放送した番組を元にしたものだ。この記事の中で、ゆたぼんが学校教育への不信感を吐露している部分を引用させていただく。
+
《不登校になって1年。両親は生活環境を変えるため、家族で沖縄への移住を決断。それでもゆたぼんくんは学校へ行くという道を選ばなかった。「算数やってみ、ってなったら電卓で調べたらいいだけやし、漢字はググったらいいだけやろ。書くことだけが勉強じゃない。こうやって話すのも勉強やから」》
+
ゆたぼんはYouTubeで翌11日にも、「【学校行かんでもググればいい】考える! 調べる! 人に聞く!」をアップし、同じ主張を繰り返している。2分過ぎの発言を再録させていただく。
+
《今はスマホに電卓があるから計算したら分かるし、分からない漢字があるなら、ググったらいい。ググったらすぐ分かる。で、今はSiriがおるから、訊いたらめっちゃ早い》
+
こうした発言は反響を呼んだ。そしてSNSで批判的な言及が多かったのは事実だ。とはいえ、相手は10歳の子供だ。「ゆたぼんの父親が、どこまで息子に言わせているか」も議論になるなど、批判側も悩みながらの発言が目立った。
+
 
+
なぜ人生に勉強は必要なのか――、70年前の太宰治が熱弁をふるう「正義と微笑」(本書収録)『パンドラの匣』太宰治[著]新潮社
+
太宰が「ゆたぼん」を“論破”と話題
+
話を戻せば、「なぜ勉強をしなければならないのか」という根源的な問いに答えるのは意外に難しい。Twitterでは、多数のユーザーが様々な角度から「勉強の必要性」を主張したのだが、そこに登場したのが太宰治だった。
+
 
+
今年の夏、ゆたぼんがAbemaPRIMEの取材に答える写真と、太宰治の小説『正義と微笑』の文庫版・19ページを写した写真が並び、「少年革命家がいま話題になってるけど例の発言に大して太宰治が時を越えて論破してるから流石だなぁって」(原文ママ)とのツイートで発信されたのだ。
+
太宰の出典を正確に言えば、元本は新潮文庫の『パンドラの匣』。これには『正義と微笑』と『パンドラの匣』の2本の長編小説が収録されている。
+
写真で紹介された『正義と微笑』だが、そもそもどんな小説なのか、新潮文庫版に収められた文芸評論家の奥野健男(1926~1997)の解説から引用しよう。
+
《太宰治の許に出入りし、小説の指導を受けていた文学仲間であり弟子であった堤重久氏の弟の、堤康久氏の昭和十年前後の十六歳から十七歳にかけての日記を元にした小説である(堤康久氏は当時中村文吾の芸名で前進座の若手俳優であり、戦後は『正義と微笑』の芹川進の芸名で演劇活動を続けている)。太宰は「あとがき」で、「『正義と微笑』は青年歌舞伎俳優T君の少年時代の日記帳を読ませていただき、それに依って得た作者の幻想を、自由に書き綴った小説である」と述べている》
+
 
+
《どこまで堤康久氏の日記によったのか、どこから作者の想像によるフィクションかは、堤氏の日記と照合しなくてはわからないが、堤氏の日記に書かれた事実を借りながら、主人公の心情や思想の殆どは太宰治の創作であろうと想像できる。なぜなら主人公、芹川進の心情は余りに太宰治的であるからだ。しかし同時に昭和十年頃の旧制中学生、大学予科生の風俗と言動を実に巧みに日記から再現している。戦前も今日も、全く同じように受験勉強に苦しみ、愚劣な教師や友人や運動部の先輩などに悩まされ、嫌悪しながら傷ついている。読んでいて、どうして、今日も昔も学校というものは、愚かなまま変わらないのだろうと溜息が出て来るほどだ》
+
 
+
『正義と微笑』が描いた世界は、ゆたぼんが提示した不登校というテーマと、実はそれほど遠いものではないことが分かる。主人公の芹川進は不登校にこそなっていないが、学校という場所に疑問を抱いている。
+
Twitterで紹介された『正義と微笑』の一節は、具体的には《去年わかれた黒田先生》の発言だ。英語教師で、主人公は《利巧だった。男らしく、きびきびしていた。中学校全体の尊敬の的だったと言ってもいいだろう》と評している。
+
この黒田先生が、主人公を含むクラスの全員に別れを告げるシーンがある。「クビになる前に、俺のほうから、よした。きょう、この時間だけで、おしまいなんだ。もう君たちとは逢えねえかも知れないけど、お互いに、これからうんと勉強しよう」と呼びかけるのだが、ここで“勉強の重要性”が語られる。一部をご紹介しよう。
+
 
+
《勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。何も自分の知識を誇る必要はない》
+
太宰も丸暗記は否定的
+
普通、学校における勉強が批判されたり、不評を買ったりする原因として、「実生活には全く役に立たない無数の知識を、無理矢理に暗記させられても意味がない」と説明されることがある。
+
詰め込み教育の弊害、というわけだが、この黒田先生の面白いところは、「日常の生活に直接役に立たないような勉強」こそ、私たちの人格を完成させると断言しているところだろう。
+
ちなみに別の部分で、黒田先生は「覚えるということが大事」なのではない、とも説明している。丸暗記に意味がないことは、太宰も承知なのだ。
+
最終的に黒田先生=太宰は、どういう論理展開で勉強の重要性を説いたのかは、実際に文庫を読んでいただくとして、こうして黒田先生は学校を去っていった。そして彼の言葉を紹介したTwitterは反響を呼び、10月1日現在で30万件を超える「いいね」と、10万回を超えるリツイートが記録されたのだ。
+
感想を述べたツイートも多数、投稿された。その一部を、デイリー新潮の表記法に合わせて、いくつかご紹介させていただく。
+
《アインシュタインも「教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう。」(Education is what remains after one has forgotten what one has learned in school.)と言ったとか》
+
 
+
《勉強すると言う体験を大事にしてほしい。その中で心に残った何かが将来の仕事や趣味に繋がるかもだし、その経験が将来の精神の強さに繋がる》
+
《高齢の先輩方が後悔している事の一位が勉強です。時代の影響で十分勉強出来なかった状況の世代が勉強したいと願っている。勉強に集中できる世代は存分に勉強して遊んでください。私も中学くらいからもっかい学べるなら学びたいこと沢山あるし。遅くないから今でも毎日勉強》
+
《こんな勉強 意味あるの? 学校なんて意味あるの? と疑問に思いながら暮らして大人になった。結果、今思うのは 意味のない勉強など1つもなかったと言うこと。そして.…すべき勉強から逃げた分は、社会人になってから必要となりw 勉強し直してますね》
+
無理矢理でも学校へ行く必要があるのかないのか、この点で議論が起こるのは仕方ないだろう。だが、国語、算数、理科、社会、図工、音楽、体育――という勉強、学ぶことから逃げてはいけないようだ。
+
 
+
週刊新潮WEB取材班
+
2019年10月8日 掲載
+
新潮社
+
〔2019年10/8(火) デイリー新潮〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
性暴力被害
+
大阪市中1女子いじめで不登校
性暴力被害、10代以下、20代が圧倒的多く 被害打ち明けられず10歳で出産も 医師「自分守る大切さ教えて」
+
'''中1女子生徒不登校、いじめ認定 大阪市第三者委'''<br>
性暴力被害者への支援を話し合った県医師会主催の懇談会=9月28日、那覇市のダブルツリーbyヒルトン那覇首里城
+
大阪市立中学校で平成28年、当時1年だった女子生徒が同級生らからたたかれるなどして不登校になる問題があり、市教育委員会が設置した第三者委員会は18日、調査報告書をまとめ、同級生らの行為をいじめと認定した。当時の学校や市教委については、明確にいじめと認識せず適切な対応を欠いたと指摘した。<br>
性暴力被害者の支援を考える懇談会が9月28日、沖縄県那覇市のダブルツリーbyヒルトン那覇首里城であり、被害者支援に関わる医師らが、特に多い若年被害者の心理を踏まえた支援の在り方や、県の性暴力被害者ワンストップ支援センターの実情を報告した。県医師会が主催した。
+
報告書は非公開。市教委によると、生徒は28年4月以降、同級生らから腕や足をたたかれたり蹴られたりする暴行を複数回受けた。7月に保護者が学校へ被害を訴え、生徒は夏休み明けの2学期から不登校になったという。<br>
基調講演では、武蔵野大学人間科学部長で日本トラウマティック・ストレス学会理事の小西聖子さんが、ワンストップ支援センターと連携して被害者の外来診療を行う精神科医の立場から「周囲のサポートがあれば、被害後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)になりにくい」と寄り添う人の重要性を強調した。
+
市教委によると、担任らは家庭訪問や加害生徒への聞き取りは行っていたが、報告書では組織的にいじめに対応するための「いじめ対策委員会」を校内に設置すべきだったと指摘。市教委も学校側にいじめ対策委の開催を指導しなかったとして、「被害者の心情に寄り添えていなかった」と結論づけた。<br>
 
+
〔2019年6/18(火) 産経新聞〕 <br>
続いて県産婦人科医会理事で県立中部病院の橋口幹夫副院長が、今年8月に病院拠点型として開設されたワンストップ支援センターについて報告した。病院拠点型では医療と心理、両方の支援を1カ所で行うことができ、県センターでは24時間365日の対応を実現させた。橋口氏はセンターの相談体制や、警察などへの同行支援、被害者の診察料が助成される制度などを説明した。
+
センターは実証事業として2014年から相談を受けてきた。その実績と、中部病院での性暴力被害の診療から橋口氏は「当初成人の被害を想定していたが、10代以下から20代が圧倒的に多い」と子ども・若者への被害を問題視。「年齢が低いほど被害を打ち明けるのが遅れ、10歳が出産した事例もある」と将来への影響の大きさを指摘した。
+
被害後72時間以内は緊急避妊薬で妊娠を防ぐことができる。実際には受診までに数年、数十年かかる人も多い中、会場からは「72時間をどう周知できるか」との質問もあった。橋口氏は「自分の身を守る大切さを教育現場で、赤信号を渡らないのと同じレベルで教える必要がある」と答えた。
+
被害者が被害を言い出せないことに対し、小西氏は「社会が被害者への偏見をなくし、被害者が被害を相談することが悪循環を断ち切る一つ」と訴えた。
+
 
+
<基調講演>小西聖子氏 実情知り、寄り添って
+
東京都のワンストップセンターと連携し精神科の外来診療をしている。患者はほぼ全員が性暴力被害者。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症している人が多く、被害に遭いやすいのは若い人だ。被害女性30人に聞くと約3割は過去にも性被害歴があった。
+
 
+
典型例を紹介する。キャバクラで働く18歳女性が仕事帰りに客に強引にタクシーに乗せられ、宿でナイフで脅されて強姦された。彼女は家庭に居場所がなく成績は不振、いじめを受けて小学校高学年から不登校。中学では家出を繰り返し、15歳ほどで暴力団に近い無職男性と同居した。DVがあり、キャバクラで働いて生活を支えていた。
+
虐待、いじめ、教育の剥奪と多くの被害を受ける中で優しくしてくれる人を求めて危険な場所に行き、性暴力被害に遭う。しかしこのような被害者は「どうでもいい」と何事もなかったように回避的に考えるくせがある。何でもないように見えるため、非行としてしか捉えられず誤解される。そこに若年被害者の難しさがある。体罰のように、子どもへの暴力は大したことがないと見なす風潮も、若年者の被害につながる。
+
子どもへの性暴力被害・加害は身近で起きている。減らすためには、まず実情を知ってほしい。よくないことをしている人にも事情がある。子どもの自己評価を高め、危険な場所にいる子どもを減らさなければならない。被害者には孤立が一番よくない。専門性がなくてもそばでその人のことを一緒に考える人が必要だ。
+
琉球新報社
+
〔2019年10/8(火) 琉球新報〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
児童養護施設
+
40歳以上の引きこもり
親と一緒に暮らせないという現実。児童養護施設で暮らす子どもたち
+
'''引きこもり40歳以上6割 うち半数「10年以上」 長野県調査'''<br>
「児童養護施設」と呼ばれる福祉施設で暮らしている子どもたちが実際にどのような生活をしていて、家庭で育つ場合とどこが違うのか。また、それによって生じる問題と、今後どういう方向に進んでいくべきかについても考察していく。(『インターネット赤ちゃんポストが日本を救う』著:阪口源太、えらいてんちょう)
+
引きこもりの実態調査について説明する長野県の担当者=県庁で2019年6月18日午後3時24分、坂根真理撮影 <br>
 
+
長野県は18日、15~64歳で引きこもり状態にある人が県内に2290人いるとの実態調査結果を発表した。40歳以上の中高年層が6割を占めており、若者の問題として捉えられてきた引きこもりが、高齢化や長期化によって中高年の問題にシフトしていることが浮き彫りになった。<br>
■児童養護施設とはどんなところか
+
調査は今年2~4月、県内の民生委員・児童委員5040人を対象に、担当地区で把握している情報をアンケート用紙に記入してもらう方法で実施。回収率は89・4%だった。<br>
この章では、「児童養護施設」と呼ばれる福祉施設で暮らしている子どもたちが実際にどのような生活をしていて、家庭で育つ場合とどこが違うのかをご紹介します。また、それによって生じる問題と、今後どういう方向に進んでいくべきかについても考察していきます。
+
6カ月以上自宅から出られなかったり、近所のコンビニエンスストアなどに買い物に行く以外に外出しなかったりする引きこもり状態の人は2290人で、人口当たりの出現率は0・2%だった。<br>
 
+
引きこもり状態の人の性別は、男性1670人(72・9%)▽女性499人(21・8%)▽不明121人(5・3%)。年代別では、10代116人(5・1%)▽20代225人(9・8%)▽30代484人(21・1%)▽40代652人(28・5%)▽50代524人(22・9%)▽60代236人(10・3%)。<br>
児童福祉法第41条によれば、「児童養護施設は、保護者のない児童、虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする」とされています。
+
引きこもりの期間は、10代は「1~3年未満」、20代は「5~10年未満」が最も多かったのに対し、30代からは「10年以上」が最多。40~50代では約半数が10年以上引きこもっている状況だった。<br>
入所の際には、児童相談所の所長の判断で都道府県知事が入所措置を決定する仕組みになっています。後ほど改めて紹介しますが、入所にあたっては「児童相談所の所長」の権限が大きく影響することになります。
+
引きこもりに至った経緯は複数回答で「分からない(知らない)」が最も多い940人で、経緯が分かるものでは、「(心の病などの)疾病・性格など本人の状況」「就職したが失敗した」「不登校」が主な理由として挙がった。<br>
施設は近年、児童福祉法が改正され家庭的養護が推進されていることから小規模化の傾向が進んでいます。厚生労働省が平成29年に発表した資料(社会的養護の現状について〈参考資料〉)によると、平成20年から24年にかけて大舎が減り、中舎、小舎が大きく増えており実際に家庭的な環境が重視されてい
+
生活困窮の可能性を尋ねたところ「可能性は低い」との回答が半数を占める1161人(50・7%)だった。一方で、生活が困窮していたり家庭内暴力があったりするなど「迅速な支援が必要」との回答は147人(6・4%)に上り、県は当該市町村に早急な支援を依頼したという。<br>
ることがわかります。
+
県は「若い世代で引きこもりになった人が、長期化して中高年に至っていると推察される。中高年を中心に何らかの支援が必要」と分析。今後、市町村や専門家を交えて検討会を開催し、対策を練っていく構えだ。<br>
 
+
今回の実態調査結果を受けて、県健康福祉部の大月良則部長は「引きこもりは、誰にでも起こりうる問題だと捉えてほしい。悩みや苦しみを自分たちだけで持ち続けずに、まずは相談してもらいたい」と話している。<br>【坂根真理】
「児童養護施設」と聞くと、保育園や学校のような建物をイメージする人が多いのではないでしょうか。実際に、私も施設を訪れるまではその
+
〔2019年6/18(火) 毎日新聞〕 <br>
ようなイメージを持っていました。
+
建物に入ると、多くの場合は長い廊下に大きめの階段、図書室などの共用スペースなど、まさしく私たちが子どもの頃に通った学校が思い出される空間が広がっています。
+
しかし各部屋のドアを開けると、そこには教室ではなく、フローリングのリビングやキッチン、寝室、お風呂、洗面所……すなわち「家」の世界が広がっています。アットホームな雰囲気で、子どもたちが寛いで過ごせる環境であることが、非常に印象的でした。
+
 
+
毎日の食事は調理師や職員の方が作り、みんなが座れるテーブルで料理を囲んで食べます。
+
予定があって帰りが遅くなる子どももいますし、そのあたりも普通の家庭と変わりません。
+
寝る時には、小さい子どもたちは一緒の部屋でみんなで寝ます。ある程度大きくなってからは、個室が用意されるケースが多いようです。
+
朝は学校に行き、授業を受けて部活に出て、帰ってくる。食事をしてからは、どのチャンネルにするか話し合いつつテレビを観たり、部屋で自分の時間を過ごしたりして、お風呂や洗濯をした後、就寝します。
+
そこで営まれているのは、一見すると普通の「家」とほとんど変わらないような一日です。
+
ここまでは、児童養護施設での生活も家庭と変わらないように見えます。
+
しかし決定的な違いは、一緒に生活する人々の立場です。一緒に生活する大人は自分の「親」ではなく、一緒に生活する子どもたちは「兄弟姉妹」ではありません。
+
施設では多くの場合、年齢層などに応じて子どもたちをいくつかの「家」に分けます。そしてひとつの「家」を、複数の職員で担当することになります。
+
 
+
職員の方も24時間365日「家」にいるわけではなく、子どもを見る時間を宿直などで分担します。職員の方にも、自分の家庭があります。現実問題として施設の子どもたちの親そのものではない。これだけはどうにもできません。
+
ひとつの家にはだいたい5人くらいの子どもが住んでいます。その中には、場合によっては血のつながった兄弟がいる場合もありますが、基本的にはみんな別々の両親のもとで生まれ、施設に預けられた子どもたちです。
+
私が直接お会いした職員の方が共通して大切にされていたのが、「子どもと一対一で過ごす時間」でした。ある職員の方は、「毎日寝る前に30分、子どもたち一人一人と個別の時間を取り、ゆったりとその日にあったことなどを聞く時間をとるようにしている」
+
と話していました。
+
 
+
「施設を18歳で出るまでの間に、担当職員が変わることは出来るだけ避けたい。大人になって遊びに来た時にも、戻ってきた温かさを感じてもらいたいという気持ちから、出来るだけ長い年月、施設に勤めたいと思っている」
+
と語って下さった職員の方もいました。このように子どもたちの生活、成長を最優先に考える仕事への態度には胸を打たれます。
+
子どもたちが寝るまで彼らを見守り、その後も翌日のために準備をする。短い睡眠を取り、翌日も早朝から子どもたちを支え続ける。なかには施設に住み込みで職務に従事されているケースもあります。間違いなく、負担が大きい業務です。
+
しかしそれでも、「親」になることはできません。
+
 
+
第1章でも触れましたが、なかには愛着障害に陥ってしまう子どももいます。ここでの「愛着」とは私たちが普段使うものとは異なり、心理学の用語として人間や動物同士の情緒的な結びつきを指し示しています。そのような結びつきを親と形成することができなかった場合には、後々社会に出た時に対人関係や精神面でつらい思いを経験するケースも多くあります。彼らは、人見知りが激しくなってしまったり、新しい場所や環境になかなか適応できない傾向も強く、不登校になる例も多いそうです。
+
これらすべてが親の不在によるものとは言えませんが、ひとつの要因になっている可能性があります。
+
愛着の基盤をつくっていくことはとても難しい作業だと言われています。幼少期に必要なものは、やはり親という不動の存在が与える安心感なのです。
+
もちろん親も24時間365日子どもを見てあげられるわけではありませんが、「帰ってきた時にいつも同じ人が待っていてくれる」「自分にはいつもこの人がついていてくれる」という安心感は、どうしても施設では養いきれないものでしょう。
+
 
+
不動の存在を求めているのに、相手がどうしても動いてしまう。そういった経験を重ねると、子どもは次第に諦めていくのだそうです。求めること自体が徐々になくなることは、成長してからの自己肯定感の低さに直結します。
+
自分だけを見てくれる、自分の話になんでも耳を傾けてくれる、何よりも自分を愛してくれる、親という存在がどれだけ大きいものか。当たり前のように親に育てられた私も含む多くの人にとって、この不在はなかなか想像がつきにくいものだと思います。
+
また「親子」は、ひとつの人間関係です。子どもは親元で成長することで、生まれてはじめての人間関係を学んでいくのです。
+
子どもにとって親は、安心感を与えてくれる存在であると同時に、育つ過程で接する一人の「人間」です。一人の人間ですから当然、「オフ」の状態もありますし、時には「疲れた」と横になることもあります。悲しいこともあれば悩むこともある。子どもはそうやって、いろんな感情と共に生きている「人間の姿」を実際に目にしながら成長していくものだと思います。
+
 
+
その点、施設の子どもたちが接する職員の方は、常に「仕事」中です。子どもと接するときもプライベートな時間ではなく、あくまでも仕事として行動しています。常に「オン」の状態でいなければなりません。
+
ですからその辺りの機微は、施設ではどうしても養いづらい点だといえます。
+
漫画:にしかわ たく
+
〔2019年10/8(火) BEST TIMES〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
教育革命
+
大阪市中1女子いじめで不登校
いま、求められている新しい教育 現場で起きている「革命」を追う
+
'''中1女子がいじめで不登校 第三者委員会が「学校の対応に問題」と指摘'''<br>
いま、社会には「生きづらさ」が蔓延している。技術の革新の陰で、一億総中流と言われていた日本に格差が広がり、子どもの7人に1人が相対的貧困となった。「落ちこぼれ」は自己責任だと言われるようになった。マイノリティが生きづらく、差別が蔓延する世の中になってしまった。
+
ABCテレビ
子どもたちをも「生きづらさ」が取り巻いている。不登校、引きこもり、いじめ、無気力、虐待、貧困、発達障害......子どもたちを巻き込むさまざまな事件も紐解いていくと教育と切り離すことはできない。
+
大阪市で2016年、中学1年の女子生徒が複数の同級生からのいじめで不登校になったことについて、第三者委員会は、学校の対応に問題があったと指摘しました。<br>
どれも当事者だけの問題ではない。このような社会をつくってきた「これまでの教育」とは何だったのか。子どもの貧困は子どもの責任ではない。大人の貧困である。社会の貧困である。それぞれ異なる問題のように語られることも、その背後には共通する問題がある。
+
大阪市教育委員会によりますと、2016年4月、市立中学校で1年生だった女子生徒が複数の同級生から腕や足を殴られたり蹴られたりするいじめを受け、2学期以降、不登校になりました。問題を検証するために開かれた第三者委員会は18日、学校側が被害生徒の訴えを「いじめ」と明確に認識していなかったことや、いじめが起きた際に学校が開くべき「いじめ対策委員会」を開かずに対応に当たっていたことを問題点として指摘しました。市教委は「学校や市教委の担当者の認識が甘かった」と認め、今後は、学校側に開催の頻度や記録の報告を求めるとしています。<br>
社会問題はすべての人にとって「他人ごとではない」ことを改めて捉え直すべきときが来ている。これからの未来を支える子どもたちの教育環境を提供する大人こそが、学び直しの時代に差し掛かっていることに気づかなければならない。
+
〔2019年6/18() ABCテレビ〕 <br>
社会を取り巻く「生きづらさ」の正体
+
 
+
私は、これまで15年以上にわたり、編集・ライターとして乳幼児の子育てや教育をテーマに雑誌や書籍、web、テレビ番組などさまざまなメディアの制作に携わってきた。多くの教育現場に足を運び、子育て中の保護者たちのリアルな声、保育士や教員の声を数多く聞く機会を得た。妊娠期からの切れ目のない支援として注目されているネウボラや、母子の健康をサポートする日本各地の保健師の取材も行なっている。
+
現在は、東京都下のある自治体の「子ども・子育て会議」に市民委員として参加し、教育委員会では家庭教育支援のためのワークシートを幼児から中学生の保護者に向けて作成している。2017年には保育士の資格を取得。いまも月に数回は子育て相談の現場で多くの保護者の悩みに耳を傾けている。
+
それぞれの現場で感じるのは、旧来の日本の学校教育を受けて大人になった親や教員たちこそが、偏差値や学歴という古い価値観から逃れられず、一方で「先の見えない未来に対してどのように子育てや教育をすればいいのかがわからない」という不安に悩まされているということである。
+
20世紀型の教育ではいけないと薄々は気づいている。そして焦ってはいるものの、次に進むべき道がわからない。「何もしないと大切なお子さまが周囲から遅れを取ってしまいますよ」と進学塾に脅されながら、霧の中で子育ての正解や幸せへの近道を探している。
+
 
+
本当の幸せとは何だろうか
+
「子育てとは何か」「人間にとって、本当の幸せとは何だろうか」、そのことを深く考えている人は意外と少ないのではないか、現代人はそのような本質的な問いについて考える余裕もなく、目の前のやらねばならないことに追い立てられているのではないか、というのが私の実感である。
+
それらの問いに対しても「正解」があり、赤本やガイドブックやゲームの攻略本のように必ずどこかに書いてあるもので、お金を払えば誰かが教えてくれるものだと思っている人さえいる。
+
学校教育で空気を読むことを強いられ、根気強く我慢してきた子どもたちが大人になると、職場の空気を読み、ママ友の空気を読み、社会の空気を読み、次第に自分が本当に求めているものがわからなくなっていく。
+
空気を読まない人、我慢しない人を許せない。自分がこんなに我慢しているのに、あいつはなぜ我慢しないんだと怒りを抱え込む。自分がこんなに我慢してきたのに、うちの子はなぜ我慢ができないのかと焦りはじめる。子育てをする多くの親たちは、ほかの子どもたちに遅れをとらないように、できないことがないようにと躍起になっている。
+
「誰よりも早く、より正確に。間違いがあってはならない。失敗してはいけない。取り返しはつかない。こぼれ落ちてはならない。子育ての正解があるはずだ」
+
そう信じて子育ての正解を探し続けている。得体の知れない強迫観念が大人を包み込んでいる。そのような状況では、社会はどんどん閉塞感を増していく。
+
 
+
学校教育を受ければ受けるほど子どもたちは「学び」の喜びを感じることができなくなる。「勉強嫌い」を量産してしまう。そして、「教育」は「学び」の本質からはどんどん遠ざかっていく。学年が上がるごとに自己肯定感は下がっている。自分に自信がなくなり、そのままの自分では社会に受け入れられないという思いが膨れがる。
+
「勉強は嫌い」だけど、「勉強しなければ生きていけない」というジレンマに子どもを追い込んでいる。そして、「教育」は「学び」の本質からはますます遠ざかってきたように見える。
+
人間にとっての本来の「学び」とは何か
+
人間にとっての本来の学びとはどんなものだったのだろうか。そもそも私たち人間には、未知のものへの好奇心、新しいことを知り探求する喜び、学ぶ力が備わっている。それは生きていくために必要な能力だ。子育てに関するテレビ番組で乳幼児の発達についての知見を得るほどに、私はその素晴らしい力に圧倒される。
+
 
+
赤ちゃんは生まれたときから自ら探索を始める。これから生きていく世界に関わり、実験を繰り返しながら自分を知り、世界を知ろうとする。乳児が触ってほしくないものに手を伸ばすのも、ティッシュペーパーを次々に引き抜くのも、絵本を本棚からすべて取り出してしまうのも、「いたずら」も「遊び」も、全ては、世界に対する探求のプロセスだ。人間は本来、自ら学ぶ生き物である。
+
「学びたい」という主体
+
日本では近代化が過度に進むまで、生まれ持った「学びへの意欲」に突き動かされて学んでいた。学びたいことがあれば自ら師を見つけ、それぞれが個人的に教えを請い、習う。そこには「学びたい」という主体があった。寺子屋がその見本だろう。
+
現在の学校教育のような形式が始まったのは明治維新の後である。新しい国家を作るためには近代国家に相応しい国民を権威の意図のもとに育てなければならない。
+
近代国家で役に立つ人材とは、「日本人」という自覚を持ち、日本のために、工場で指示通りに動くことができ、軍隊で命令のもとに規律を乱さず行動できる人間だ。朝礼や体育での「前にならえ」や「休め」の号令も、運動会での行進も、そうした訓練を学校で行なっていた名残である。
+
 
+
近代の学校教育は、私たちの中に組み込まれている「自ずから生まれる学びへの欲求」を大事にせず、国や企業の要請に適応させる特殊なシステムでもあった。言われたことを言われた通りに、しかも「自主的に」できる人間を量産することを社会が求めていたのである。
+
高度度経済成長期、オートメーション化されたラインの中や分業化されたニーズの一端を担う場では、自分の意思を持ち組織の体制に疑問を呈することは効率を下げることでしかなかったからだ。
+
その後、経済競争を勝ち抜ける人材を養成することが目標となってきた。このように権威が行く先を決めてくれる社会は、ある意味安定し、楽でもあった。しかし、いま、権威が行く先を見失っている。我々は、何をどのように学ぶべきかを今一度考える必要がある。
+
大人になって改めて知る学ぶ楽しさ
+
 
+
学校教育を終えて大人になり、社会に出て改めて学ぶことの楽しさに気づいた人も多いだろう。私もまさにその一人である。取材を通して未知のことに出会い、本を読み、興味を惹かれることについて自分で師を探し、自ら選んで習うのは、たとえそれが仕事につながっているとしても、自分だけの趣味だとしても、この上ない楽しみとなる。
+
 
+
あなたにもきっとそんな体験があるはずだ。そのときのきっかけ、そのときの実感、そこに学びの本質がある。私たちは、自分で何を学ぶかを選び、師を選ぶことができれば、自らを育て高めることができる。それはまさに、大前提として子どもたちにこそ保障しなければならない環境である。
+
子どもたちに必要なのは
+
将来のためだけにいまの自分の興味を押し殺して、苦行のように強制的に学ばされる時間は、そのひとの能力を激減させる。子どもたちに必要なのは、世界に希望を持ち、一人一人の学ぶ喜びを引き出しながら、学ぶことの楽しさを体験できる場だ。
+
これまで、私自身の取材現場では、乳児の子育て~幼児教育、義務教育、高等教育~生涯学習まで、さらに世代を超えた「地域での学び」にも触れる機会があった。特別支援教育、被災地の教育、オルタナティブ教育にも触れてきた。それぞれに素晴らしい視点があり、素晴らしい取り組みが行われている。しかしそれぞれは分断されていた。掲載する媒体も、重なり合うことは少ない。
+
 
+
これからやってくる誰も知らない未来を切り開くのは、既存の価値観で効率を求めて組み立てた、分断された教育ではない。子どもにとって必要な学びは、子ども自身が知っている。子どもたちはいつの時代も、大人より敏感に世界の変化を感じ取っている。そのことに気づいた大人たちが、あちこちで動き始めている。これまでの子育てと教育を見直し、全国各地で新しい動きがはじまりつつある。
+
教育とは、未来を創ることだ。今、求められている新しい教育とは何か。未来を変えていくための新しい目的地はどこか。 私たちはどこに向かっているのか。それを掴むには、教育現場で起こっている最新の動きを捉え、教育の枠を超えた社会全体、そして世界を俯瞰で見る必要がある。
+
このコラムでは、細かく分断されてきた世界のそれぞれを読み解き、その本質を串刺しにすることで、教育革命の最前線を紐解いていきたい。
+
これからを生きる子どもたちのために。
+
太田美由紀
+
〔2019年10/9() Forbes JAPAN〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
イチローを超えかけたもう一人の男
+
夜間中学と外国人
「高校中退、そして単身渡米」人生のレールを外れたからこそ見えたもの ~奇跡の48年生には、イチローを超えかけたもう一人の男がいた~
+
'''「夜間中学」に増える外国人生徒 そこは「日本の義務教育」の最前線だった 語学学校ではないことの意味'''<br>
アメリカへの旅立ちの日。母と
+
西中原中学校の校歌を歌う外国人の夜間中学生 <br>
根鈴雄次(ねれいゆうじ)。中学時代からパワフルなバッティングが評判を呼び、数多の高校野球名門校の間で激しい争奪戦となった男がいる。甲子園で活躍し、プロに行く----誰もがそう信じて疑わなかった彼は、高校入学からわずか1ヶ月後の「不登校」によって“野球界の王道”からコースアウトしてしまう。引きこもり、中退、渡米、定時制高校卒業からの法大入り、そして二度目の渡米……周囲に惑わされることなく「己の声」を聴き、自分の可能性を信じて道を切り開いてきた男の半生は、私たちに何を教えてくれるのか。
+
「夜間中学」を知っていますか? 戦後の混乱で昼に中学校に通えなかった子どもたちが夜に学ぶために作られた、公立中学校の夜間学級です。現在は義務教育を終えられなかったお年寄りや、不登校で十分に学べなかった若者が通っています。一方で、いま生徒の7割は、日本に来て間もない外国人になっています。「義務教育の最後の砦(とりで)」と言われる夜間中学で過ごした外国の若者との出会いから、夜間中学の意義を考えました。<br>(朝日新聞社会部 斉藤佑介)
 
+
日本に行った親と離ればなれの子、受け皿になる「夜間中学」<br>
※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
+
「僕が赤ちゃんのとき、パパとママは日本へ行った。だからママとパパの顔がよくわからなかった。覚えていなかった。その後、お兄さんとお姉さんが日本へ、行っちゃったんだ。僕は、さみしかったよ」<br>
◆全てを捨て、ゼロからのスタート
+
昨年夏、三重県松阪市で開かれた外国にルーツを持つ小中学生を招いた「特別授業」を取材して、フィリピン出身の中学3年生と出会いました。日頃伝えられない家族への感謝や思いをビデオメッセージに託す企画で、この男子生徒は、小学5年生で来日するまで家族と離ればなれだった暮らしやそのさみしさをメッセージに込めていたのです。<br>
「あの“更地の頃”なら、もう一回、つぶされていましたね」
+
「夜間中学」について知ったのは、この時です。授業を企画した愛知淑徳大准教授の小島祥美さん(教育社会学)から、出稼ぎの家族についてきたり、後日呼び寄せられたりする子どもは、小中学生だけではない、と聞きました。義務教育期間を過ぎた学齢超過の若者が増え、その受け皿が「夜間中学」や「定時制高校」になっている、というのです。<br>
不登校、引きこもり、実家の消滅。
+
でも、外国人が多く生活する東海地方に、公立の夜間中学はありません。そもそもなぜ、夜間中学なのか。9月に入って、夜間中学について取材を始めました。<br>
その頃の“どん底の精神状態”なら、周囲からの雑音で再び、心が折れていたかもしれない。
+
'''「義務教育未修了」の私が日本で選んだ道'''<br>
「どうやったら、野球をやれるのかな。そう考えるようになっていたんです。高校の残り2年、野球ができないのも地獄。いい環境じゃなかった。僕は『自分らしく』と思ったんです」
+
フィリピン・カビテ州出身のテオドロ・ダニカ・タンさん(18)はこの春、川崎市立西中原中学校の夜間学級を卒業して、神奈川県内で有数の定時制高校に進学しました。<br>
周囲の期待に合わせる。それが、得策なのは分かる。しかし、それは「自分」ではない。
+
「一期一会。それぞれの出会いを大切に、と先生は教えてくれました。出会いと別れを大切にします」<br>
心に思い描き始めていた新たな舞台は「アメリカ」だった。
+
昨年10月のある夜、教室を訪ねると、ダニカさんが離任する先生に向けて、流ちょうな日本語であいさつをしていました。<br>
「人生、リセットしたかったんです。ゼロからやりたかったんです。僕を、誰も知らないところで野球をやりたかった。知らないところへポンと行っても、同じ年代なら、野球ならば勝負ができるだろうと」
+
壁に目をやると、ダニカさんが日本語で書いた「抱負」が掲示されています。<br>
 
+
「国語では、詩や小説などをふりがななしで読めるようになりたいです」<br>
マーク・マグワイア。ホセ・カンセコ。分厚い胸板と丸太のような腕で、バットを振り回す豪快な姿。
+
「文法を頑張ります。「は」と「が」の使い方をもっとわかるようになりたいです」<br>
その時、根鈴の心に浮かんでいた理想像は、メジャーを代表する2人のホームランバッターだった。
+
母子家庭で育ったダニカさんは2017年1月、仕事を求めた母についてくる形で来日しました。フィリピンの中学校を卒業できないままだったため、「義務教育未修了」とみなされ、日本では高校に進学できません。また、来日時はすでに高校1年生と同じ年頃で、義務教育を受ける年齢を過ぎて(学齢超過)おり、同じような境遇の人たちが多い夜間中学で学び直すことを選びました。<br>
しかし、野茂英雄が近鉄を退団してメジャーに行くのは、1995年(平成7年)のことだ。その当時、野球をするために、アメリカに行く高校生など、存在すら想定されていなかったといっても、決して大げさな表現でもない。
+
西中原中の夜間には20人余りが在籍しています。日本の80代のお年寄りや、20代の不登校経験者、そして10~20代のネパールやフィリピン、中国の若者。ダニカさんの同級生の顔ぶれは多様でした。<br>
しかも、何のアテも、コネもないのだ。
+
ダニカさんには、医者になるという夢があります。<br>
ただ、アメリカに行けば、俺のやりたい野球があるはずだ。
+
「大学に入るまでまだ時間がかかる。まずは高校に入ることが目標です」<br>
そう考えた根鈴は、自ら行動を起こした。
+
一緒に机を並べたフィリピン・マニラ出身のエイドリアン・メニアドさん(19)は、昼間にクリーニング店でアルバイトをしながら、夜間中学で学んでいました。彼にも、夢があります。
「野球が強い学校はないですか?」
+
「マニラにいる頃からワンピースとかナルトが好き。いつかアニメーターになりたいです」<br>
海外留学を斡旋してくれる会社に問い合わせ、紹介されたのはサンディエゴにある「サンマルコス・ハイスクール」だった。
+
'''学べることは言葉だけじゃない'''<br>
「再出発をしたいという思いがあったんです。留学して、卒業をして、きちんとやり遂げて、その『先』を見ていました」
+
西中原中の生徒は1378人(今年4月)。このうち23人いる夜間に通う生徒も、昼間の生徒とともに入学式や運動会、文化祭に参加します。公立夜間中学の学びに共通するのは、「日本語学校ではない」ということ。西中原中でも、言葉を教えるだけでなく、「時間を守る」などルールも身につけてほしい、と教師が日本の文化や慣習を丁寧に教えているようでした。<br>
アメリカに留学して、野球をやる。
+
今年3月まで通ったダニカさんは、在学中に英検1級もとって定時制高校に進学。安部賢一校長によると、ダニカさんは学力試験の英語で学年1位を取った、と報告に来たそうです。<br>
その決意を聞いた母は、何も言わずに貯金を切り崩し、渡航費と入学金を、根鈴に手渡してくれた。
+
「学びに対するモチベーションを維持するのは実は難しくて、高校に行ってもやめてしまう子がいます。勉強についていけない、日本社会や学校の集団になじめない、と個々の抱える課題は異なる。だからこそ、高等教育でも一人一人に応じた手厚い支援が必要なんです」と安部校長は話しました。<br>
 
+
'''「必要なのは日本社会との接点を作ること」'''<br>
1991年(平成3年)夏。
+
2人が通ったような公立の夜間中学は、現在、全国に33校あります。最近になって、新たに四国で設置が決まり、北海道でも検討が始まりました。<br>
イチローは、名門・愛工大名電高のエースとして、愛知県大会のマウンドに立っていた。打っても、8試合で28打数18安打、打率・643、本塁打3本、17打点、13盗塁。
+
埼玉県川口市や千葉県松戸市でもこの春、公立夜間中学が開設されました。<br>
驚異的な数字をたたき出していた「二刀流・鈴木一朗」が率いる愛工大名電高は、県大会決勝で0-7で東邦に敗戦。イチローの高校最後の夏は、甲子園の一歩手前で終わることになった。
+
義務教育未修了のお年寄りは今なおいますが、不登校経験のある生徒や外国人の若者たちが日本での進学や就職の足がかりとして通うなど、ニーズは増えているようです。
それでも、プロのスカウトの評価は高かった。打ってよし、走ってよし、そして、投手ゆえに肩もある。打者として「1位指名」の噂もささやかれた逸材は、11月22日のNPBドラフト会議でオリックスから4位指名を受け、プロ入りが決まった。
+
公立夜間中学が加盟する「全国夜間中学校研究会」によると、最近来日した外国人の生徒は、2018年9月時点で1215人になり、夜間中学の生徒全体に占める割合は、過去10年間で3割から7割に増えました。母国で義務教育を修了していなかったり、来日時点ですでに16~18歳と学齢期を超過していたりと、高校進学を求める外国人の若者の姿が浮かび上がります。
未来への展望が、大きく開けようとしていたその同級生とはあまりにも対照的な、根鈴の“夏の終わり”だった。
+
「教育機会確保法」は、国籍や年齢を問わず、義務教育を十分に受けられないまま学齢期を過ぎた人に、夜間中学などでの就学機会の提供を自治体に義務づけています。文部科学省は各都道府県に1校以上の夜間中学の設置を促します。<br>
「日本の中で、一度ずれた。楽しくねえ。不登校で出遅れてしまって『アメリカに行かせてくれ』『向こうで野球がやりたい』っていうのは卑怯なんだけど、すねをかじらせてもらおうと……。あの状況では、母親も『ノー』と言えなかったでしょうからね」
+
それでも、東北や東海、九州はいまのところゼロのまま。東海3県に聞くと、「すでに市町で日本語教室を開いている」「特にニーズは寄せられていない」として、夜間中学設置を検討していません。こうした学びの場がない地域で外国人の若者を支えているのはNPOや自主夜間学級などです。<br>
 
+
外国人が多い愛知県豊田市の新豊田駅近くには、外国にルーツのある子どもたちをサポートするNPO法人「トルシーダ」が運営する「日本語教室CSN」があります。前年度、外国籍の受講生約40人が学びました。伊東浄江代表は「高校進学のため、中学卒業の資格を得ようとする学齢超過の若者は東海地方にも多い」と話し、昼夜を問わず学齢超過の若者が学べる場が必要、と指摘します。<br>
根鈴は、日大藤沢高を休学して渡米、その翌年には中退した。
+
「必要なのは日本社会や日本人との接点を作ること。それは社会に認められた居場所であり、日本人との関係性を作れる『学校』ではないでしょうか」<br>
あいつを、何とかしてやりたかった。
+
'''日本を支える「外国人材」、その子どもの心に触れて'''<br>
その後悔の念は、根鈴が所属していた日大藤沢高校野球部の顧問であった鈴木の心から、一生消えることはない。
+
ダニカさんに一通り話を聞き終えた後、離ればなれの家族のことを尋ねると、少し表情が硬くなり、こう話しました。<br>
「3年間、あいつと一緒にやっていたら、人生が変わっていたと思うんです。僕が折れて、折れて、折れて、彼を高校野球に戻そうと試みたんです。でも、うまくいかなかった。ホントに惜しい」
+
「フィリピンにいる弟とおばあちゃんに会いたい。友達にも会えない。不安もあるけど、今は勉強を頑張りたいです」<br>
その恩師が何度も差し伸べてくれた手を、根鈴は振り払った。
+
その心の動きに、私は外国の子どもたちをサポートするNPO関係者の言葉を思い出していました。<br>
「今思えば、ホントに甘ちゃんですよね。あれだけ自分のことを考えてくれた監督さんだったのに……。本当に申し訳ないです」
+
『彼らは突然、日本の社会に放り込まれる。親よりも日本語ができるようになると、親と学校をつなぐ通訳の役割を担わされることもある。日本の子より、早く大人になることを求められるんです』 <br>
4打数2安打1本塁打。公式戦出場なし。
+
この春、新たな在留資格によって「外国人材」の受け入れ拡大が始まりました。近年、老いていくこの社会を支えているのは外国の人たちです。農家で、工場で、クリーニング店で、ホテルで、コンビニで。その家族や子どもたちもまた日本に来て、夢を抱き、学ぶ場を求めている。
何の爪痕も残せないまま、根鈴の高校野球生活は幕を閉じた。
+
川崎での取材が終わり、後日、大阪市立天満中学校の夜間中学を訪ねました。長年夜間中学で教鞭をとる竹島章好先生の言葉に、私は何度もうなずきました。<br>
もう一度、全力で、野球をやりたい--。
+
「日本人であろうが外国人であろうが、それぞれの尊厳やアイデンティティーを尊重し、義務教育の責任を負うのが日本の夜間中学だと思うんです」<br>
その思いを胸に抱き、たった一人で、米国へ旅立った。
+
【#となりの外国人】<br>
〔2019年10/9(水) 本がすき。〕 <br>
+
日本で働き、学ぶ「外国人」は増えています。近くで暮らしているのに、よくわからない。withnewsでは「外国人」の暮らしぶりや本音に迫る企画を進めています。ツイッター(@withnewsjp)などでも発信します。みなさんの「#となりの外国人」のことも聞かせてください。<br>
 +
〔2019年6/19(水) withnews〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
世田谷区桜ヶ丘中、西郷孝彦校長
+
我が子の発達障害を知ったきっかけ
校則撤廃校長 人間関係はスクラップ&ビルドでより強固に
+
'''ある“事件”がきっかけで我が子の発達障害を知った…母親たちの苦悩と願い'''〈AERA〉<br>
規格外な取り組みで話題の世田谷区桜ヶ丘中、西郷孝彦校長
+
「発達障害」という言葉は、広く知られるようになった。当事者ならずとも、身近な周囲の人にその特性を疑ったり、「自分もそうかも」と考えたりした経験のある人も少なくないはずだ。だが、発達障害について偏見なく理解しているかと尋ねられたら、自信を持ってうなずける人は少ないだろう。発達障害とはなにか、なぜ生きづらいのか。どんな支援が必要か。子どもと大人の現場から考えたい。<br>
校則全廃、制服・髪形自由、出たくない授業は出なくてもいい、生徒が先生を評価する――規格外な取り組みで話題となっている世田谷区立桜丘中学校。そんな環境を実現したのが同校の校長・西郷孝彦さん(65才)だ。
+
【発達障害の主な種類/当事者の親の声などはこちら】
近頃は、「空気を読む」ことが重視され、けんかをしたことがない生徒たちも多いという。しかし、そういった生徒たちに対して、あえて波風を立ててみるようなこともあるという西郷さん。
+
*    *  *  *<br>
「雰囲気が悪くなってけんかに発展するグループもあれば、褒められた子が“あんなことを言われてもうれしくない。先生のことは好きじゃないし、本当はイヤ”と私を悪者にすることで、友人との関係を修復しようとするパターンもある。みんな悩みながら自分なりの戦略を考えるんです」(西郷さん・以下同)
+
息子が「自閉症スペクトラム(ASD)」だと会社員の女性(37)が知ったのは、昨年2月の「事件」がきっかけだった。<br>
生徒一人ひとりに人間関係のトラブルを回避できるスキルが身につけば、いじめも起こりづらく、不登校も減少する。同校では学年が上がり、成長するに従って、いじめは確実に減っていくという。
+
小学5年生だった息子はその日、自宅で父親と口論になり、はだしで外に駆け出した。同じようなことは過去に数回あったが、この日は虐待を疑った近所の人が通報。息子は警察に保護された。事件後、役所の子育て支援課から児童精神科の受診をすすめられた。
衝突によって自分自身を見つめ直した生徒もいる。
+
「小さい頃からずっと育てにくさを感じてはいたんです」<br>
「同級生を殴ったり物を壊したりして居づらくなり、小学校を転々とするようないわゆる“問題児”としてわが校に入学してきた子がいました。すぐキレるので、当然、ここでもなかなか友達ができません。私はそのAくんがどういう時に爆発するのかを知るためにも、機会を見てはよく話しかけていました。そうしているうちに、すっかり“友達”になったんです」
+
と女性は言う。保育園の頃は、毎朝「行きたくない」と必ず大泣きした。一度登園してしまえばケロッと一日を過ごせていたから、「場面の切り替えが苦手」というASDの特性によるものだったのだろう。だが、当時は自分も周囲も「甘えん坊」だと捉えていた。就学後は机の上が整理できず、勉強も遅れがち。知能検査も受けたが、結果は「ボーダーライン」。担任やクラスの友だちが常に目をかけフォローしてくれたおかげで、学校生活はなんとかしのいでいた。しかし、家では徐々に暴言や暴力が激しくなっていった。<br>
Aくんにとって、西郷さんは中学校での初めての友達だ。
+
「本人は、ちゃんとしたいという理想と、うまくやれていない現実とのギャップに苦しんでいたんでしょう。『最低限こうでなくては』とか『普通はこうだ』と押しつけがちな夫とも衝突することが増えていました」<br>
「だけどある時、Aくんがほかの生徒といさかいになって暴れていたことがありました。落ち着かせようと近づいたら、気が立っていたのか、Aくんは“友達”であるはずの私を思いっきり殴ったんです。その事件がAくんにとってはショックだったようです。いちばんの理解者をポカッとやっちゃったわけですから」
+
そしてあの「事件」は起きた。<br>
この出来事をきっかけに、Aくんは少しずつ変わりはじめる。
+
文部科学省の2012年の調査では、公立の小・中学校の通常学級に通う子どもで発達障害の可能性があるのは6.5%とされる。1クラスに1人か2人はいる計算だ。<br>
「“自分はカッとなると、気持ちが抑えられず、大切な人をも傷つけてしまう傾向がある”と認識したそうです。自分のことを客観的に見られるようになり、気持ちを制御するためにはどうしたらいいのかも考えるようになった。その後、キレる回数は確実に減っていきました」
+
05年に施行された発達障害者支援法により、ASDや注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)の存在が広く知られるようになり、発達障害を疑ったり、診断を受けたりするケースも年々増加している。アエラが実施したアンケートにも、多くの悩みが寄せられた。<br>
自ら摩擦を生み、友人との関係を見直せた生徒もいる。
+
親からは「対応が難しい」「一般的な振る舞いができないので親子ともに自信をなくしている」といった悩みのほか、「育て方のせいだと夫や義理の両親から責められてつらい」「夫が全く子どもの障害を認めようとしないため、相談や交渉は一人でやるしかない」など孤立感を訴える声も目立った。<br>
「とても人気のある、友達の多い女子生徒だったのですが、そういう自分を維持するためには気がのらない時でも誘われたら断れず、悩んでいたんです。みんなにいい顔をしながらも、陰では“これじゃあ、自分のアイデンティティーがなくなってしまう”と校長室に来ては泣いていました」
+
「(当事者が)同級生やその親から『KY』(空気が読めない)『バカ』など心無い言葉に傷ついている」「担任が学習障害のある息子の目の前で『◯◯くんは、努力してもできないから、みんな諦めて』と話したために不登校になってしまった」など、周囲の理解や支援が追いついていない現状も透けて見える。<br>
ところが2年生になったある日、彼女が突然、黒髪を茶髪に染めてきた。真面目で優等生だったクラスメートの豹変ぶりに、周囲の友達は、驚いて一歩引いたようだった。
+
こうしたなか、確定的な診断名が出ることを恐れ、受診をためらう人も少なくない。<br>
「こうして他人との距離が適切に取れたことによって、彼女は自分を取り戻したのだと思います。それまでの友達との上辺だけのベタベタした関係から“独立”したわけです。髪を染めたのはある意味、彼女なりの“独立宣言”だったのでしょう」
+
冒頭の女性も通報事件がきっかけで受診はしたものの、「(発達障害という)レッテルを貼られると、自分自身も周囲も障害という枠の中でしか息子を見られなくなるのではないか」と不安に駆られたという。だが実際は、診断を受けて安堵した。<br>
人間関係の“スクラップ&ビルド”は、より強固な関係につながるという。
+
「『これからどう関わっていけばいいか、一緒に考えていきましょう』と言われて、ああ、手探りで訳のわからない状態から抜け出せると」(女性)<br>
「波風が立たず、ずっと仲よしでいるよりも、一時的にもめたとしても、本音を言い合ってそれを乗り越えた方が、さらに深い関係が築ける。裏を返せば、けんかや言い合いをせず、ずっと仲よしでいるのは表面だけのつきあいなのかもしれない。いったん破綻した後に関係の修復ができれば、もっと仲よくなれるケースが多いのです。
+
一方、小学1年生の娘を持つ自営業の女性(43)は、「ASDとADHDの重複」を疑いながらも受診には至っていない。娘はASDの特性のひとつとされる「想定外の事態への強い拒否感」がある。仕事で遅くなったからと夕食のメニューを急遽変えただけでも、長い間泣きわめく。服装へのこだわりも強く、どんなに出かけるはずの時間を過ぎていても着替えを急ぐことができない。実は夫にも「こだわり」と「衝動性」が見られ、女性は7年前から臨床心理士のカウンセリングに通っている。そこで「夫は受診すれば診断名がつくレベル。おそらく娘さんも同じ」と言われた。<br>
本当に好きな人、自分が仲よくしたい人であれば、何としてでも修復したいと思うものだし、けんかで相手の本音を知ったことで、相手をより深く理解できるからです」
+
夫は人の気持ちを想像することが苦手。突然、自分がいいと思うおもちゃを買って帰り、娘から「こんなの欲しくない」と言われ大げんかになることも。2人の仲裁で女性はヘトヘトだ。<br>
うまく衝突できずに本音をため込んだ結果、一度のけんかで最悪のケースに発展することもある。
+
しかし、そんな状況を保育園の担任に話しても「信じられません。園ではちゃんとしてますよ。お母さん、もっと甘えさせてあげてください」と言われた。<br>
今年7月、埼玉県所沢市で中学2年生の男子生徒が同級生に刃物で刺され亡くなるという事件が起きた。加害少年は「教科書を隠されてけんかになったから」と動機を語ったが、2人は同じクラスで部活動も一緒。周囲からは仲がよいと思われていた。もし、お互いの本音がわかるようなけんかの仕方を知っていれば、事件は起こらなかったかもしれない。
+
「診断名がつくかつかないかのいわゆる『グレーゾーン』のあるあるですよね。でも、保育園の園長からは『受診は待った方がいい』と言われました。『いま診断名がついて特別支援学級に行くと、通常学級に戻れないから』と。診断がついたところで、『ああやっぱり』となるだけだろうと私も思います」(女性)<br>
「衝突やけんかを経て成長した生徒は“人間は必ずしも言葉と感情が一致する時ばかりではない”と身を持って理解できるようになっていきます。例えば“バカ”と罵倒してきた同級生が“実はかまってほしいことを素直に伝えられないだけではないか”と言葉の背景にある感情を察せられるようになる。最終的に無駄ないさかいは減っていきます」
+
彼女が診断名より欲しいのは、少しでも状況を改善するための具体的なアドバイスや支援だ。発達障害に詳しいあきやま子どもクリニックの秋山千枝子医師もこう話す。<br>
※女性セブン2019年9月19日号
+
「診断名がつくかどうかにかかわらず、本来は親御さんが育てにくさを感じた時点で支援を開始してほしい」<br>
〔2019年9/8() NEWS ポストセブン〕 <br>
+
発達障害の難しさは、医師だけではなく、他の支援機関や学校などと連携し「チーム」で対応する必要があることだ。そんな体制を持つ医療機関は限られ、評判が高いところほど、受診予約は半年、1年先まで埋まっている。療育を受けられる児童発達支援施設(未就学児対象)や放課後等デイサービス(小学生以上高校生まで)も増えてはいるが、定評ある施設は空きが出るまで1、2年待ちがザラ。<br>
 +
3歳でASDの診断を受けた娘を2年待ってようやく児童発達支援施設に入れたという女性(36)は、来年の小学校進学に不安を募らせる。<br>
 +
「行政の窓口に相談しても、『学校と直接話してみてください』と言われて終わりでした」<br>
 +
具体的な支援を受けられる場所と、先の見通しが欲しい──。当事者に共通する願いだ。<br>(編集部・石臥薫子)
 +
※AERA 2019年6月24日号
 +
〔2019年6/19() AERA dot.〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
中川翔子
+
えっ、これがいじめ?
中川翔子 中学時代のいじめで感じた「オトナへの不信感」
+
'''問題の解き方を教えてあげたら「いじめ」になる? 波紋呼ぶチラシの理由とは'''<br>
Copyright (C) 2019 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.
+
「えっ、これがいじめ?」兵庫県内の学校で今春配布され、議論を呼んだチラシ <br>
「『死ぬんじゃねーぞ!!』は私がライブ中にも叫ぶメッセージ。いじめに遭い、私と同じような思いをしている子どもたちに、“どうか生き延びて”と伝えたくて」
+
「A子は算数の時間に、問題を一生懸命解いていた。しかしあと一歩のところで解けずにいた。隣の席の算数が得意なB男は、A子の困っている様子を見て、解き方と答えを教えた。A子はくやしくて泣きだした」-。全国でいじめが原因とみられる自殺や不登校などが相次ぎ、早期発見と対処の重要性が叫ばれる中、兵庫県内の学校で今春、上記のケースを「いじめ」の例として紹介する1枚のチラシが配られました。保護者らからは「えっ、これがいじめ?」「むしろ良いことをしたんじゃ?」と戸惑いの声も続々。制作した県教育委員会に、その意図を聞きました。<br>
そんな願いを込め、中川翔子(34)が自身のいじめ体験を文章とイラストでつづった『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』(文藝春秋)がベストセラーとなっている。
+
-かなり衝撃的な内容でしたが、なぜ、こうしたチラシを?<br>
子どものころからマンガやアニメ、ゲームが好きだった中川だが、私立中学に入学直後から、1人で絵を描いていることで「キモい」「オタク」とレッテルを貼られ、いじめが始まった。
+
「啓発チラシは、2013年から毎年新しいものを作って県内の全学校に配っていますが、今回はかなり踏み込んだ内容になっています。ただ、内容自体は兵庫県が独自に考えたのではなく、文部科学省が2016年に出したいじめ認知の手引きで、『いじめ』という言葉は使わないが『いじめ』として対応すべき事例-として紹介されているものです」<br>
「誰からも話しかけられず孤立して、5分、10分の休み時間をどう過ごしていいか、わからなかった」
+
-今年、攻めた理由は何だったのでしょう。<br>
絶えず誰かに悪口を言われ笑われている気がして、吐き気をこらえながらも、何とか学校へ通う日々。
+
「昨年度の兵庫県内のいじめ認知件数は1万2960件で過去最多となりました。軽微なものでも積極的に認知するようになった結果ですが、それでも全国平均を下回り、いまだに『0件』と報告する学校もある。でも、子どもたちの間で小さなトラブルは日常茶飯事。教師が『いじめ』と思っていなくても、実は当人は嫌な思いを抱き続けているケースもあるはずなんです。兵庫県内でもいじめが原因で子どもが命を絶つ事案が相次いでおり、いじめへの感度を上げるきっかけになればと、事例の中からあえて最も『そんなことが?』と感じられるものを取り上げ、タイトルも目を引くことを重視しました」<br>
「週末に、母と一緒にマンガを読んでダラッと過ごしたり笑ったりしているときが救いでした」
+
-保護者や教育現場からの反応は?<br>
だがある日、中川の心をさらに追い込む事件が起こる。
+
「保護者の方から『これがいじめになるんだったら、教え合いもするなというのか』などのご意見も何件か頂きました。もちろん、単純に『教えてあげる=いじめ』ではありません。ですが、教えられた子がすごく嫌だと感じ、さらに、日常的に勉強ができないとからかわれ、それが続くなど両者や集団内の関係性によっては、心の傷を負わせ、深刻な『いじめ』につながることもあると知っていただけたら、と思います」<br>
「下校しようとしたら、私の靴箱が不自然にへこんでいたんです。ショックでした。何日かして犯人らしき子がクスクス笑っているのを見て、『泣き寝入りはイヤ』と、その子の靴箱をへこませました」
+
-私も、「違うやろ」と思ってしまいました。<br>
すると翌日には、中川の靴箱がさらにボコボコにされていた。
+
「いえ、そういう方が大半だと思います。でも、いじめ防止対策推進法によるいじめの定義は『被害者が心身の苦痛を感じていること』が根幹で、一見いじめと思えないことも『いじめの芽』として対処することが求められています。さらに、たとえ教師が『いじめの芽』と捉えて子どもの家庭を訪問し、指導しようとしても、親御さんに『そんなの、いじめちゃうやろ』とシャットアウトされては元も子もありません。教師はもちろんですが、ご家庭でも考え、理解して頂けるきっかけになれば」
「自分が殴られたかのように傷つきました。そしてとうとうある日、靴箱から靴がなくなって。そんな“べたないじめ”に自分が遭うなんて認めたくない。でも靴はない。パニックになって必死で捜したけど見つからなかった」
+
確かに、冒頭の事例では、教えられたA子さんは泣いてしまいました。困っている姿を見て教えてあげようと思った優しい気持ちはしっかりほめつつ、なぜ相手が泣いてしまったのか、次からどうした方がいいか、さらに教えられたくないと感じたら、その気持ちをどう伝えればいいのか、親子で考えることが大切なのかもしれません。<br>(まいどなニュース・広畑千春)
靴がないと帰宅できない。もう先生に言うしかなかった。
+
◇      ◇  ◇<br>
「靴が盗まれるまでのいきさつを説明しているうちに、悔しさと悲しさで涙が止まらなくなって、先生は『じゃあこれを履いて帰りなさい』と、新品のローファーを手渡してくれました」
+
▼鳴門教育大・阪根健二教授(学校教育学)の話<br>
これでいじめっ子に先生が注意してくれるかもしれない。そう思ったのもつかの間、その先生に職員室に呼ばれ、こう告げられた。
+
法律上の「いじめ」の定義は、教師や保護者が子どものころとは大きく変わっている。チラシの例も(1)双方とも児童生徒(2)一定の人間関係がある(3)心理的・物理的影響を与えている(4)受けた側が心理的苦痛を感じている-といういじめの4要件に照らせば「いじめ」になる。文科省はこうした「兆候」や「芽」も含めて積極的に認知するよう求めているが、都道府県ごとの認知件数には大きな開きがあり、浸透しきっていないのが現状だ。学校現場でも戸惑いがある中で、今回のチラシは思い切った対応だと評価できる。ただポイントは、各校が保護者にこのチラシの真意を伝えること。それをして初めて、いじめの芽を意識する機会になる。<br>
「『中川、こないだのローファー代、早く払ってくれないかな』と。意味がまったくわからない。『盗まれた被害者がなんで? 加害者が払うべきじゃないですか!』」
+
〔2019年6/6() デイリースポーツ〕 <br>
すると先生は「そうかもしれないけど、ローファーは学校のものだからお金を払ってもらわないと困る」と答えたという。
+
「先生が気にしているのは、いじめじゃなくて経費だ。私へのいじめも、見て見ぬふりをしている。もう、ダメ。大人も信用できない。みんな、大嫌い……。1人で耐えてきた私の心が壊れる“とどめの一撃”でした」
+
帰宅して「学校に行きたくない」と部屋に鍵をかけてこもった中川。「義務教育だし、卒業もあと少しだし、行きなさい!」という母と、大ゲンカになったと振り返る。
+
「母は私の部屋のドアを蹴破って、入ってきました(笑)。今回の本の原稿を読んだ母は『こんなに悩んでいたなんて知らなかった。知っていたら学校に文句を言いにいっていたのに』と」
+
大人はよく「つらいのは今だけ」「卒業したら楽になる」と、助け船のつもりで言葉にするが……。
+
「いじめで苦しんでいる子どもの耳には入りません。私は、死にたくなるくらいなら、学校には行かなくていいと思う。不登校は“逃げる”ことじゃない。自分の人生に合う道を探すことなんです」
+
〔2019年9/9() 女性自身〕 <br>
+
 
+
 
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
イチローを超えかけた男
+
Eコマース「BASE」
「イチローを越えかけた男」の少年時代、不登校になった高校時代
+
'''お母さんも使えるEコマース。「BASE」を作ったのは誰だ?'''<br>
アメリカでは3Aでプレーし、イチローよりも早いメジャーデビューまであと一歩のところまで行った根鈴雄次さん。現在は『アラボーイベースボール・根鈴道場』(横浜市都筑区)であらゆる年代のプレーヤーの指導を行っている。そんな根鈴さんは、高校入学早々から四番を任されるほどの実力がありながら、なぜ野球部を辞めてアメリカに渡ったか? そこにはどのような経緯があったのでしょうか?
+
鶴岡裕太 BASE株式会社代表取締役CEO <br>
【前編】星稜・奥川投手のお母さんに聞いた、子育て、教育方針
+
必要なものはメルアド、パスワード、3文字以上のショップURLのみ。「お母さんも使える」をコンセプトに今年2月、70万ショップを突破したEコマースプラットフォーム「BASE」。2012年、大学生のときにBASE株式会社を設立した鶴岡裕太代表取締役は語る。「インターネットの力で普及していくものはグローバルか、ローカルか。BASEが対象にしているのは完全に後者です。やがては個人だったり、地方にある小さなお店が主役になるような社会が来る。彼らの一歩目を支援する、それがBASEの役割だと思っています」<br>
 +
初期費用なし。月額利用料なし。商品登録数も無制限。無料のネットショップ開設は当時、画期的だった。その1年後、ヤフーが同様の無料サービスを始めた。「当時はビビりました」と笑うが、利用者層が異なるため影響はなかった。先の言葉ではないが、鶴岡率いる小さなチームが業界を動かしたわけだ。BASEのサービスが市場に受け入れられた理由をこうも語る。「基本的には運とタイミング。価値観が多様化し、より高い給料を追求するような資本主義的な考え方ばかりではなくなりました。『給料は安くても楽しく働きたい』とか『生きがいを求めたい』という人が増えたんですね。そういう時代にちょうど合致したのかなと思います」<br>
 +
昨秋4度目の移転をし、六本木グランドタワーにオフィスを構えた。会社の道程を鶴岡とともに振り返ってみたい。<br>
 +
■サービス初日に数千人が登録<br>
 +
BASE前夜。大学3年生だった鶴岡は、家入一真氏率いるクラウドファンディングの会社、CAMPFIREでインターンをしていた。プログラミングを覚え、ウェブサービス作成を手伝い、好きだったネットの世界にさらにのめり込んだが、起業しようと考えたことはなかった。「大学卒業後はこのまま働かせてもらうか(笑)、そうでなければウェブ関連の仕事に携われたらいいかな、くらいの感じでしたね」<br>
 +
あるとき、地元の大分で小売店を営む母から相談を受けた。「ネットショップを立ち上げたいんだけど」と。楽天などに出店する方法もあったが、ネットの知識がないとややこしい。お金も知識も技術もいらない、誰でもショップが作れるネットサービスができないかと考えた。<br>
 +
「親孝行というより、母のような地方の50~60歳くらいの女性も『ネットで売りたい』って考えるような時代が来たんだな、と。一方で、実際の需要と供給のギャップみたいなものを感じましたね。楽天やYahoo!を使うような大きな会社ばかりでなく、ローカルの小さなチームを対象にする、そんなサービスがあったらいいなって」<br>
 +
使命感もあったが、それ以上にウェブサービスを考えるのが楽しかった。仲間数人に手伝ってもらいながら2012年11月にBASEをリリース。メディアに紹介されたこともあり、初日に数千人のユーザーが登録し、ひと月後には1万を超えた。自分の作ったサービスを喜んでくれる人がいる。そのことが単純にうれしかった。しかし、同時に業務が増え、てんやわんやの時期でもあった。<br>
 +
「予想外でしたからね。僕自身、当時はプロのエンジニアとは言えないレベル。趣味の延長線のようなプログラミングでしたのでトラブルもいろいろありました。想定していたトラフィックと違い、商品登録がうまくできないとか、同時に2つの商品が売れてしまうとか。人数も少なかったですし、いま振り返っても数年間は大変でしたね」<br>
 +
■登録数は右肩上がり、けれど収益はゼロ<br>
 +
ローンチの1カ月後にはBASEを法人化した。1年目には5万ショップまで登録数を伸ばした。ITベンチャー企業として他がうらやむスタートだが、その実、BASE事業からの収益はゼロだった。多くの人に使ってもらうことを最優先としたため、数年間はあえてマネタイズしない選択を取ったからだ。<br>
 +
「当時は売れたときの決済手数料のみ。これはカード会社等にお支払いするものでしたから、会社には利益は残りません。一方で、収益化を狙うとそれぞれショップの売り上げの構造も考える必要がありますし、僕たちが対象とするユーザーさん向けではなくなる可能性がある。『誰のため、何のためにやるのか?』がいちばんブレてはいけない、と思ったんです。『これからお店をスタートする』というとき、1円でも取られてしまったら、スタートする側にとってはリスクになると考えたんです」<br>
 +
その間の資金運営はどうしていたのか? 鶴岡に賛同する投資家に恵まれたことも幸運のひとつだったろう。サイバーエージェントはじめ幾つかの出資があり、運営費や社員の給料などはそこからまかなうことができた。
 +
収益化を始めたのは40万ショップを超えた2017年秋から。商品が売れたときのみサービス利用料が発生する仕組みへと変更した。マネタイズのタイミングは難しかったものの、ユーザーはそれ以上の価値を見いだし、BASEの登録数はさらに伸びていった。<br>
 +
「ネットショップ開設のリスク」をゼロに、次は「資金調達のリスク」をゼロに<br>
 +
鶴岡には創業当初から考えていたことがあった。決済と金融への参入だ。業界的に取引先は大きな会社ばかり、同社が対象にするような個人事業主には門戸が閉ざされていると感じていた。Eコマースプラットフォーム「BASE」の立ち上げから数年のうちには、購入者向けのID型決済サービス・お支払いアプリ「PAY ID」や事業者向けの「PAY.JP」といったオンライン決済代行サービスをリリース。簡単に設定でき、費用も安いのが特徴だ。<br>
 +
続く2018年12月にはショップオーナーに向けた資金調達サービス「YELL BANK」をスタート。資金を理由にこれまでチャレンジできずにいた人たちの次の一歩を支援したい、という。「ネットショップを作るリスクはいまの日本でほとんどなくなったと言っていい。けれど、資金調達に関してはまだまだハードルが高いですよね。リスクなしでできる方法はないかと考えていたんです」<br>
 +
「YELL BANK」は即時に資金調達ができる、そこだけでも画期的なシステムだが、支払いが発生するのは商品が売れたときのみ。仮に商品が売れなければ1銭の支払いも発生しない。<br>
 +
「BASEを使うと未来の売り上げを予測できる。そのうえで未来に発生する債権を買い取るという考え方なんです。出資額はショップに応じて1万円から1000万円まで。現時点では一部のショップのみへの公開ですが、最終的には全ショップに提供したい。理想的にはショップに登録すると同時に、未来の売り上げを予測できるようにしたいですね」<br>
 +
■誰かに喜んでもらえること、それが仕事の絶対条件
 +
これまで見てきたようにBASEのサービスは一貫してブレがない。「いま現在、大きい企業ではなくこの先、世の中の中心となっていくような方々の第一歩目を支援したいという考え方。そのために何ができるか? 『彼らのリスクをいかに少なくするか』がいちばんのテーマなのかなと。金銭的な面はもちろん、技術的な面でも」<br>
 +
一方、「新しいことだらけで、一瞬にしてこの6、7年が過ぎたかなという感覚はあります」とも言う。会社勤めの経験すらなく、当初は会社がどういうものなのか、経営者が何をするものなのかもわからなかった。<br>
 +
「人が増えていくなかで情報共有がうまくいかないとか、働く環境の整備が追いつかないとか、あらゆる問題が発生しましたからね。僕自身、プロダクトに対しては『絶対にこうしたい!』という思いがありますが、会社運営に関しては『こうしたい』と考えるような余裕はなかった。その場その場で最適な方法を探す、優秀なメンバーに支えられながらここまでやってきた感じでしょうか」<br>
 +
最初は単純にコードを考えるのが楽しかった。仕事というより趣味の感覚でBASEのサービスを始めた。そんな場所から遠く離れ、22歳で経営者になるということ。道中、葛藤やストレスはなかったのだろうか。<br>
 +
「事業が成長していくなかで僕が変わらずコード書いていたら、会社として終わってますよね(笑)。プロダクトそのものに触れている時間はいまも好きですが、(小さなチームを支援するという)テーマ感そのものが楽しいんです。仕事の内容には、こだわりがなかったのかもしれません」
 +
その仕事観は中学生のころの体験に基づいている。一時期、不登校だったという鶴岡だが、母は何も言わず、劇団四季の舞台へと連れ出した。「感動しましたね。演じている人も観ている人も一所懸命。観客は幸せな気持ちで家へと帰る。誰かに喜んでもらえる、自分もこういう働き方がしたいなって。それが仕事をする絶対的な条件になったんです」<br>
 +
■プロダクトを作る以上は楽観的じゃないとダメ<br>
 +
昨年秋、六本木グランドタワーに移転した。37階。東京都下を一望し、晴れた日は遠く富士山を望む。「越してきたとき、武者震い、しませんでしたか?」そんな問いにも笑って返し、不思議な話をしてくれる。現オフィスの会議室入り口にあるのは「YANAGI」「SHINTAISO」「ROPPONGI」といったカッティングシート。何のことかと思えば、かつて事務所があったビルの名前だという。「創業したばかりのころ、実はこの場所(六本木グランドタワー)にあった雑居ビルにいたんです。堀江さんも昔いた『柳ビル』って有名なビルだったんですけど。しばらくして立ち退きになって僕らは引っ越し、跡地にこのグランドタワーができました。戻ってきた、みたいな感じはありますかね(笑)」<br>
 +
インタビューの後、鶴岡は広報の女性と共にエレベーターまで送ってくれた。過去の取材を振り返り、社長自ら見送りに来るケースはあっただろうか、と考える。黒いパーカーの下、彼はほとんど黙っていたが「いたって普通のこと」と捉えている気がした。鶴岡の先の言葉がよみがえる。<br>
 +
「プロダクトを作る以上、絶対に楽観的じゃないとダメだという確信みたいなのがあって。明日成功するのか、20年後になるのか、それはほぼ運に近いですけど、その運の可能性を少しでも上げたいならやっぱりやりつづけるしかないんですね。今後小さい会社、小さいチームが主役になる、そういう時代が来るのは確実ですが、それがいつ来るのか。いかに早くできるか、僕らはそこを頑張りたいんです。そのためにはやりつづけるしかないと思っています」<br>
 +
プロフィル 鶴岡裕太 BASE株式会社代表取締役CEO<br>
 +
1989年生まれ。大分県出身。東京工科大学3年生のとき、家入一真氏率いるハイパーインターネッツ(現CAMPFIRE)でのインターンを経て2012年12月、BASE株式会社を設立。16年にForbes が選ぶ「アジアを代表する30歳未満」の小売り&Eコマース部門、18年にはForbes JAPANの日本の起業家BEST3位に選出された。<br>
  
■高校入学直後に監督に直談判
+
BASE株式会社<br>
――小・中学生の頃はどんな野球少年でしたか?
+
本社所在地:東京都港区六本木。設立:2012年12月。資本金:25億9224万(資本準備金を含む)。主な事業は国内最大級のEコマースプラットフォーム「BASE」、お支払いアプリ「PAY ID」、開発者向けオンライン決済サービス「PAY.JP」のほか「BASE」オーナーに向けた資金調達「YELL BANK」を運営。ミッションは「価値の交換をよりシンプルにし、世界中の人々が最適な経済活動を行えるようにする」こと。<br>
「小6の時に身長が170cmあって、体が大きくて速いボールを投げられたので、とにかくピッチャーでよく投げていました。今考えると明らかに投げ過ぎで、その影響で利き腕の左腕だけ今でも短いんですよ」
+
Photograph:Kentaro Kase<br>
 
+
Text:Mariko Terashima<br>
――当時からかなりトレーニングをされていたとうかがいましたが。
+
〔2019年6/6()朝日新聞社 AERA STYLE MAGAZINE〕 <br>
「メジャーリーガーのカンセコやマグワイアが凄いホームランを打っていたのをBS放送でよく見ていましたね。あと北斗の拳とプロレスが好きで、その三つから『体を鍛えたい!』という発想になって、ボディビルのジムに通ってトレーニングを始めました(笑)。中3の時にベンチプレスで100キロあげてました」
+
 
+
――当時の野球界ではまだまだウエイトの知識は広がっていない時期ですね。
+
「どの高校にも食事と休養が大切という考えがまだない時代で、ろくに朝食も食べずに走り込んでいたらどんどん筋肉が萎んでいくんですね。なので、入部したての1年でしたけど、監督に『朝はしっかり食べさせて欲しい』『アミノ酸を摂取させて欲しい』『練習中に水を飲まないと危険です』と直談判してましたね(笑)」
+
 
+
――当時から行動力がすごいですね(笑)
+
「でも、当時の監督さんは度量のある方で、普通は『なんだと!』ってなるところだと思いますけど、話をきちんと受け止めて、認めてくれましたね。なかなかできることではないと思います」
+
 
+
■不登校、留年、そして渡米
+
――入学早々から4番を任せられる実力がありながら、その後は不登校になり野球の練習にも行かなくなったそうですね。
+
「入学してすぐの試合でホームランを打って、その後のモチベーションの維持が難しくなったり、家庭の中がゴタゴタしていたり…思春期の時期にいろんなことが重なって自律神経のバランスを崩して、学校に行けなくなったんです。野球をやりたくてもやれないという状況になりました。それで留年して、もう一度高校1年をやることになったんです」
+
 
+
――もう一度学校に行くようになったのは、何かきっかけがあったのですか?
+
「『根鈴はあのまま終わった』と思われるのが悔しいじゃないですか? なので、2回目の1年生は勉強をものすごく頑張りましたね。学年で一番にもなりましたから。それで1年後、同級生たちが3年になっていたんですけど、もう一度野球部に戻りました」
+
 
+
――そこから、なぜアメリカに渡られたのですか?
+
「野球部に復帰したんですけど、『1年以上野球をやってなかった奴をなぜ使うんだ!』とか、周囲の不満みたいなのがあるなって、何とくなくわかるじゃないですか? そういうのに疲れたんですね。それで休学して、アメリカに行くことにしたんです。どうしてもアメリカが良かったというわけではなくて、当時は日本に独立リーグもクラブチームもなかったですから、高校で野球を辞めた人間がもう一度野球を続ける道はアメリカしかなかったんです」
+
 
+
――英語は話せたんですか?
+
「アメリカに最初渡った時は何もできませんでした。でも、だんだん会話が通じるようになってくるんです。そうするとソフトボールに参加させてもらうえるようになっ¬て、しばらくすると次は野球チームの練習に行けるようになって、(少しずつ成長していく)リアルなロールプレイングゲームをしているような感じでしたね」
+
 
+
――ネットもない時代に英語も喋れない中で、十代の子が単身アメリカに渡るというのはかなり勇気がいることですね。
+
「大体の不登校になるような生徒は自分に自信が持てないことが多いと思うんですけど、自分の場合は最初のアメリカでの経験が自信になって、その後に繋がったというのはあると思いますね」
+
(取材・西尾典文/写真・編集部)
+
*次回は、様々な体験をしてきた根鈴さんが少年野球の保護者や指導者に伝えたいことを伺います。
+
BASEBALL KING
+
〔2019年10/2() ベースボールキング〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[ホームスクーリング]]、(教育のニュース) <br>
イチローを超えかけた男
+
'''「学校行かず家で勉強」あり?なし?米で広がる「ホームスクーリング」不登校YouTuberに思うこと'''<br>
「叶わなかった甲子園への青写真」人生のレールを外れたからこそ見えたもの ~奇跡の48年生には、イチローを超えかけたもう一人の男がいた~
+
一緒に勉強するクリスティン・ヤシュコさん(左から2番目)と長女のアルドリンさん(左)、長男のウォーカー君(右から2番目)、キース君=2019年2月、米バージニア州=染田屋竜太撮影 <br>
根鈴雄次(ねれいゆうじ)。中学時代からパワフルなバッティングが評判を呼び、数多の高校野球名門校の間で激しい争奪戦となった男がいる。甲子園で活躍し、プロに行く----誰もがそう信じて疑わなかった彼は、高校入学からわずか1ヶ月後の「不登校」によって“野球界の王道”からコースアウトしてしまう。引きこもり、中退、渡米、定時制高校卒業からの法大入り、そして二度目の渡米……周囲に惑わされることなく「己の声」を聴き、自分の可能性を信じて道を切り開いてきた男の半生は、私たちに何を教えてくれるのか。
+
子どもを学校に行かせず、親が家で勉強をみる「ホームスクーリング」と呼ばれる方法での教育が、アメリカで広がっています。<br>
 
+
50州すべてで合法化されており、2~3%の子どもが利用しているといいます。<br>
※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
+
「自分の好きなことを自由なカリキュラムで学べる」と賛成する意見の一方で、「学校に行かないと社会性は身につかない」という批判も。<br>
◆“怪物”を育てた男
+
日本でも最近、YouTubeで少年が学校に行かないことを宣言し、話題になりました。<br>
東京から電車を乗り継ぎ、およそ3時間。茨城県鹿嶋市は、サッカーJ1の強豪・鹿島アントラーズのホームタウンでもある。Jリーグの試合当日には、深紅のレプリカユニホームに身を包んだサポーターたちで、JR鹿島神宮の駅前はごった返すという。
+
学校に行かないで勉強するという選択肢は、ありなんでしょうか。<br>
 
+
(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)<br>
「それ以外の日は、このあたり、人がいませんよ」
+
「学校通わず家で勉強」あり?なし? アメリカの「ホームスクーリング」、その現場を見た<br>
笑いながら、タクシーの運転手さんが明かしてくれた。
+
'''「本当に正しい方法なのか……」 でも選んだ'''<br>
その静かな駅前から、小高い丘に向かって車で約10分。下校する生徒たちの横をすり抜けるようにして、車は鹿島学園高の正門前へと到着した。
+
アメリカ東部バージニア州、オークトンに住むクリスティン・ヤシュコさんは、長女のアルドリンさん(15)、ウォーカー君(12)、キース君(10)の3人の子どもがいます。<br>
「相当、遠かったでしょ?」
+
アルドリンさんが小学校に上がるとき、ホームスクーリングに決めました。<br>
 
+
「学校や先生に不満があるわけじゃなかったんです。<br>
野球部監督の鈴木博識(すずきひろし)が、プレハブの部室で、温和な笑顔とともに出迎えてくれた。
+
ただ、何をどうやって勉強したいか、子ども自身に決めてほしかった。<br>
1989年(平成元年)創立の同校には、2018年(平成30年)現在も甲子園の出場経験はなく、県ベスト4が最高成績だ。
+
そして、学校生活の時間に縛られない、家族の時間を大切にしたかった。<br>
決して強豪とはいえない、歴史も浅い野球部に鈴木が監督として迎えられたのは、2015年(平成27年)8月のことだった。
+
だからホームスクーリングを選びました」<br>
鈴木が築き上げてきた実績は、実に輝かしい。
+
アルドリンさんは学校には行かず、クリスティンさんと書店で教科書を探したり、興味のあるオンライン教材を見つけたりしました。<br>
1996年(平成8年)から14年間、母校・日本大学の監督として、全国大学選手権で準優勝2度。村田修一(元・横浜~巨人、現・巨人2軍打撃兼内野守備コーチ)、長野(ちょうの)久義(巨人~広島)ら、プロの世界でも一線級で活躍する選手たちを、数多く育て上げている。
+
1週間、1カ月単位でのカリキュラムも2人で相談しながら決めました。<br>
1950年(昭和25年)生まれ。還暦も越えた名将が、最後の挑戦の場として選んだのは、もう一度、高校生と一緒に、甲子園という「夢」を追うことだった。
+
記者も9歳と7歳の子どもを持つ身として、自主的に勉強させる難しさは痛感しています。<br>
鈴木は1968年(昭和43年)夏、栃木・小山高のエースとして甲子園に出場。初戦(2回戦)の高松商戦では、8回まで1失点の好投も、同点で迎えた9回にサヨナラ負けを喫している。
+
子どもに任せてうまく進むものなのでしょうか。<br>
日大、そして社会人の三菱自動車川崎でも活躍した後、1981年(昭和56年)から、指導者生活をスタートした。
+
クリスティンさんは教師ではなく、教育に携わった経験もありませんでした。<br>
まず青森商で5年間監督を務め、1987年(昭和62年)から日大藤沢高の監督に就任した。
+
「だから、毎回手探り。でも幸運なことに、こちらから『やりなさい』といったのは算数(数学)とライティングくらい。<br>
赴任当時、日大藤沢には甲子園出場経験がなかった。
+
後は彼女の希望を優先しました」。<br>
自分もプレーした夢の舞台に、生徒たちを立たせてやりたい。
+
夫は航空宇宙科学の専門家。理数系の科目で分からないことがあれば、教えてくれていたといいます。<br>
情熱的な指導ももちろんだが、いい選手がいると聞けば、休日も惜しんで、スカウティングのために足を運んだ。
+
バージニア州では、年に1回、「学力到達テスト」を受け、基準点を上回ればホームスクーリングが認められることになっています。<br>
監督就任直後の、暑い夏の日のことだった。鈴木は、中3の有望な左打者を視察するため、神奈川県内のあるグラウンドに出向いた。
+
アルドリンさんは今まで、常にテストをパスしてきたといいます。<br>
ところが、その選手と同じチームで一塁を守っていた体のがっちりした「別の選手」の動きに、いっぺんに心を奪われた。
+
学校に行っていたら高校2年にあたるアルドリンさんですが、今取り組んでいるのは、大学の生物学の参考書。<br>
「バッティングのパワー。ヘッドスピード。スイングの強烈さ。それは、すごかったですよ。この選手、いいなあと」
+
「内臓器官の仕組みを学んでいます。とにかく生物学って面白い!」と笑顔。<br>
それが、中学2年生の根鈴だった。
+
昼間に地域のボランティアに参加し、大学の講義に出ることも。<br>
シニアリーグでは、軟式ではなく、硬式のボールを使う。緑中央リトルシニア(現・横浜青葉リトルシニア)に入団した根鈴の、中1での初めてのゲーム。つまり、硬式での第1打席でいきなり、本塁打を放ったという。
+
「普通の学校に通っていたら絶対にできなかった。だから私はホームスクーリングでよかった」<br>
根鈴は、聞こえてくる“自分への高評価”がうれしかった。
+
アルドリンさんが「できる子」だったからホームスクーリングがうまく行ったんじゃないか、とも勘ぐってしまいます。<br>
「今で言うなら、清宮(幸太郎=現・日本ハムファイターズ)君みたいに、ずぬけた体で目立っていたみたいです。パンチ力も『神奈川県で1番』と言われて、打ったら周りが『おーっ』って」
+
でも、「いろいろな子に合わせることができるから、ホームスクーリングに意味がある」とクリスティンさん。<br>
小6の時点で、すでに身長170センチ、体重85キロ。その恵まれた体格を生かした豪快なバッティングは、県内でも早々と、評判になっていた。
+
次男のキース君は、文字がうまく読めない「ディスレクシア」という学習障害を持っていました。<br>
すごい体の中学生が、ホームランを打ちまくっている--
+
クリスティンさんは読書の時、キース君に寄り添ってゆっくり、時間をかけて本を読んでいました。<br>
根鈴に着目したのは、鈴木だけではなかった。
+
「彼が学校に行っていたら、みんなの前で恥ずかしい思いをして本嫌いになっていたかもしれない」。<br>
横浜、桐蔭学園、東海大相模。名だたる強豪校の監督や関係者が根鈴のプレーを視察に訪れた。
+
まだ少し時間はかかるものの、キース君は「本を読むの好きだよ」と教えてくれました。<br>
「ウチの学校に来てくれないか」
+
「今でも、本当にこの方法が最適だったのか、不安になる時はあります」と、クリスティンさんは正直な気持ちを口にしました。<br>
にわかに“怪物争奪戦”が勃発していた。
+
「でも、家族で悩みながら進んできたことで、間違いなく絆は強くなった」と話します。<br>
〔2019年10/3() 本がすき。〕 <br>
+
アメリカの「家庭教育研究所」などによると、ホームスクーリングで学ぶ子どもは今、全米で100万~200万人いるとされています。<br>
 
+
割合にすると2~3%ほどで、増加傾向。<br>
 
+
50州全てで合法化されており、州によっては子どもの名前や年齢を届け出るだけでいいところ、テストや家庭訪問を受けなければいけないところなど様々なようです。<br>
 +
この動きが広がっている原因の一つに、荒れる公立学校という背景があります。<br>
 +
例えば、2015~16年、全米の公立学校の79%で暴力や窃盗などの事件がありました。<br>
 +
高校生の10%が、大麻使用経験があると答えており、薬物の広がりに不安を覚える家庭も多くあるようです。<br>
 +
研究によると、ホームスクーリングを選んだ理由に「学校での安全面や教育面での不安」を挙げる家庭が多くあるといいます。<br>
 +
また、オンライン教育の発達や普及もホームスクーリングを後押ししています。<br>
 +
MOOC(Massive Opening Online Courses)と呼ばれる、大学などによる授業のオンライン配信が広がり、アメリカの教育NPO「カーンアカデミー」による無料配信授業はホームスクーリング家庭の間でも人気なのです。<br>
 +
それ以上に、取材したホームスクーリングの親たちが口にしたのは、「学校によるお仕着せの教育で子どもを縛りたくない」という思いでした。<br>
 +
もともと、1970年代にホームスクーリングがアメリカで広がり始めたのも、公教育への不信感がきっかけだとされています。<br>
 +
'''ジオラマ使って世界史授業'''<br>
 +
記者がこの問題に関心を持ったのは、現在特派員をしているバンコクで、長男の所属する野球チームのコーチの男性が、「うちはホームスクーリングなんだ」と話してくれたことがきっかけでした。<br>
 +
「子どもは学校に通うのは当たり前だ」と考えていた自分にとって、家で親が勉強をみるなんてすぐには理解できませんでした。<br>
 +
ただ、ホームスクーリングに関する記事やアメリカの論文を読んでいるうち、かなりの数の人がこの方法を採り入れていることを知りました。<br>
 +
偶然、2月にアメリカ出張をする機会ができたため、バージニア州で取材しようと決意。<br>
 +
行き当たったのが、オークトンにある「コンパス・ホームスクール」でした。<br>
 +
ここは、普段、家で勉強している子どもたちが週に1、2回通う「学校」。<br>
 +
でも、普通の学校とは違います。<br>
 +
「数学」「ライティング」といったクラスもありますが、「プログラミング」「ロボット製作」など様々なものが用意されています。<br>
 +
例えば、のぞいた「世界史」の授業では、ジオラマを使って子どもたちに説明していました。<br>
 +
「さあ、これはどこの戦車だ?」と男性の先生がきくと、「ソ連」「ドイツ」と子どもたちから声が上がります。<br>
 +
先生は「これはソ連製のT-34。ドイツとの戦闘で使われた。さあ、この戦車が開発された背景はなんだったんだろう?」と問いかけます。<br>
 +
思わず、こちらも身を乗り出してしまいます。<br>
 +
「この先生は戦争マニア。学歴は高卒です。でも世界史の授業は誰よりもうまい」と、コンパス・ホームスクールの設立者の1人、ジェニー・グローブ・ブラッドショーさんがうれしそうに話してくれました。<br>
 +
「うちは、公立学校のカリキュラムは意識していないんです。<br>
 +
面白いこと、子どもたちが学びたいことでクラスを編成しています。クラスの年齢もバラバラですよ」<br>
 +
1学期7~8コマの授業で料金は60~200ドル(6,700~2万2千円)程度。<br>
 +
教会の一角を借りていますが、「学校」としての認可は受けていません。<br>
 +
「ホームスクーリングの子どもたちは『学校に行かないから社会性がない』と言われがち。だからここをつくりました」とブラッドショーさんは説明します。<br>
 +
ブラッドショーさんの2人の娘もホームスクーリング。<br>
 +
化学の修士号を持つブラッドショーさんはオンライン教材を使いながら勉強をみてきました。<br>
 +
「だって、まったく同じ年齢の子どもたちとまったく同じカリキュラムで勉強しなければいけないなんて息苦しくないですか」と笑って話してくれました。<br>
 +
「もちろん、ホームスクーリングは簡単なものじゃないです。<br>
 +
どうやって、どんなスケジュールで教えたらいいのか、何度も何度も子どもたちと話し合いながら進めてきました」。<br>
 +
そんな中で、地域のロボット製作や自然教室に参加した娘たちが集まった子どもたちと楽しそうに取り組んでいたのに気づきました。<br>
 +
「気楽に子どもたちが集まれる場所をつくれないか」。<br>
 +
ホームスクーリングで出会った親たちも、「友だちと一緒に何かに取り組む機会が少ないのではないか」と心配する声が出ていました。<br>
 +
「それなら自分でつくってしまおう」と2012年、友人らとコンパスを立ち上げました。<br>
 +
初めは165人だった子どもたちは今、500人を超えるまでになりました。<br>
 +
「親たちと話しながら、新たなクラスをつくったり、口コミで先生を集めたり。毎年形を変えています」とブラッドショーさんは話してくれました。<br>
 +
こういった場所は、ホームスクーリングの子どもたちの受け皿になる「アンブレラ(傘)・スクール」と呼ばれ、全米各地にあるそうです。<br>
 +
'''学校行かせたらどんなに楽か'''<br>
 +
ホームスクーリングをめぐっては、「公立学校の平均よりも学力が高い」「社会適応性がある」という研究結果の一方、「これらの研究は白人の裕福な家庭ばかり対象になっている」「共働きの家庭はそもそもホームスクーリングを選べない」などの反論があり、議論になっています。<br>
 +
もちろん、アメリカでもホームスクーリングに賛成の意見ばかりではありません。<br>
 +
例えば2000~2012年、ホームスクーリングの家庭で虐待やネグレクトによって子どもが亡くなったのは84件。<br>
 +
ジョージア州では2018年、「ホームスクーリングするから」と学校をやめさせた親が子どもの殺人容疑で逮捕される事件もありました。<br>
 +
「学校の目の届かないところで虐待の温床が生まれる危険性がある」という意見もあります。<br>
 +
ちなみに、日本では義務教育が学校への「通学」を前提にしていることや、自宅学習が学習指導要領に沿うものとみなされないことから、ホームスクーリングを「違法」とする見方が強いようです。<br>
 +
一方、教育を受ける権利の保障という考えから、正式な教育と認めるべきだという意見もあります。<br>
 +
アメリカでインタビューした多くの親たちは、「ホームスクーリングを強制はしない。子どもが学校に行きたいと言えばすぐに行かせたい」と話していました。<br>
 +
彼らは「ホームスクーリングで楽な道を選んだとは思っていない」と口をそろえます。<br>
 +
ホームスクーリングは「あり」なのか。<br>
 +
2人の子どもを持つ親として考えるようになりました。<br>
 +
以前は「学校に行かないなんてあり得ない」と思っていましたが、今は「選択肢の一つかな」とも考えられます。<br>
 +
記者自身を振り返ってみても、学校でのお仕着せ教育に嫌気が差したことは何度もあります。<br>
 +
中学校の時、平気で生徒に暴力を働く教師にみんな身を固めながら黙って椅子に座っていた授業も思い出しました。<br>
 +
例えば、バージニア州で子ども3人をホームスクーリングで育てている女性は、末っ子の次男の発達障害で「毎日が本当に苦しかった」と言います。<br>
 +
机に向かわせるだけでも一苦労。内容を理解しない子を何度もしかりつけそうになったと言います。<br>
 +
「子どもとの時間を増やす」の裏側には、「しんどいことも全て受け止める」という意味があるようにも感じられました。<br>
 +
YouTubeで「学校なんて行かない」と宣言した子どもに対し、ネット上で「学校に行かせないなんて親の責任放棄だ」という書き込みを見かけました。<br>
 +
記者がアメリカで感じたのは逆です。<br>
 +
家で子どもと向き合うからこそ、親はさらに大きな責任を感じる。<br>
 +
「学校に行かせたらどんなに楽か、と頭をよぎったこともある。<br>
 +
でもやっぱりホームスクーリングを選んだ」と話してくれた母親もいました。<br>
 +
コンパス・ホームスクールを立ち上げたブラッドショーさんに、「勉強はしんどいのを乗り越えることに意味があるのではないですか」と聞きました。<br>
 +
すると、「しんどいことは強制しないとやらないという考えは正しいのでしょうか。<br>
 +
やる気になったら子どもたちはしんどいものに自分から向かっていきますよ」と言われました。<br>
 +
自宅で、ものすごく嫌がりながら計算や漢字に取り組んでいる長男を見ると、「うーん」と思ってしまいます。<br>
 +
自分はまだ、ホームスクーリングに踏み出す気持ちにはなれません。<br>
 +
今子どもたちが通っている学校の良さも感じますし、まだ彼らの全てを受け入れる覚悟を持てないからかもしれません。<br>
 +
でも、少なくとも、「学校に行かなきゃダメだから」という単純な理由ではなくなった気がします。<br>
 +
〔2019年6/7() withnews〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[志成館高等学院]]、熊本県熊本市(通信制サポート校・熊本県) <br>
安里駿佑
+
'''【令和に咲く】「本音」語れば何かが… 不登校経て活動(熊本市)・成毛侑瑠樺さん'''<br>
夢に向けテイクオフ 中学3年生、パイロット目指しハワイへ 1年かけて訓練
+
教師と生徒が向き合う「対話プロジェクト」に取り組む成毛侑瑠樺さん<br>
訓練を受けるため渡米することを報告した安里駿佑さん(左から2人目)と野国昌春町長(同3人目)ら=9月19日、北谷町役場
+
夏休みや冬休みの終わりが近づくと、成毛侑瑠樺[うるか]さん(19)=熊本市北区=の心はざわつく。<br>
【北谷】沖縄県北谷町立桑江中学校3年の安里駿佑さん(14)は、夢であるパイロットになるための一歩を踏み出そうとしている。6日から米国ハワイ州に旅立ち、約1年かけて県内とハワイを行き来しながらグライダーの免許を取得するための訓練などを受ける。目指すは17歳で取得できるセスナ機の操縦免許だ。9月19日、北谷町役場に野国昌春町長を訪ね、抱負を語った。
+
「不登校の子どもが死を選ぶかも…」。不登校だった時、死を考えたことがある。<br>
米軍嘉手納基地を離着陸する米軍機が上空を飛び交う北谷町宮城に住む安里さん。幼少期から飛行機好きの父猛さん(44)に連れられて飛行機を眺めるうちに、飛行機のとりこになった。物心ついた頃から写真を撮り始め、今では音を聞いただけで機種が分かる。
+
「軽い気持ちで『死なないで』とは言えない。不登校でもいいんだと伝えたい」-。<br>
一時期、不登校気味になっていた安里さんの足を学校に向かわせたのも飛行機のおかげだ。中学2年生の頃、航空ショーを見るために一人で米国へ渡り、約2カ月滞在した。異文化の生活の中で英語に興味が湧き、帰国後は「学校での勉強が楽しくなった」という。校内のスピーチコンテストに出場し、11月には英国留学に派遣される。
+
3月まで高校生だった成毛さん。現在は大学進学を目指す一方、「公教育を変えたい」と奮闘している。
飛行機について学ぶ場は嘉手納基地の滑走路を見渡せる「道の駅かでな」だ。「飛行機愛好家の人たちと交流しながら、さらに知識が深まった」と話す。
+
高校時代から取り組むのが、教師と生徒が向き合う「対話プロジェクト」。<br>
安里さんが目指しているのは貨物などを輸送するプロペラ機のパイロット。「海外で働くためにもっと英語も身に付けたい」と意気込んだ。
+
知り合いの教師に声を掛け、熊本市内の中学校などで4回開催した。<br>
報告を受けた野国町長は「グローバルな社会に対応できる人材育成に取り組んでいる。今後の精進に期待したい」と背中を押した。
+
生徒からの学校批判に、教師からは「私たちも頑張っている。学校がなくてもいいの」と本音が飛び出した。<br>
琉球新報社
+
教師たちの悩みを知った。<br>
〔2019年10/3() 琉球新報〕 <br>
+
小学3年の頃。「私ブスだから」という友人の言葉に「そうだね」と応じたら、教師に怒られた。<br>
 +
「相手の意見を尊重したのに、なぜ怒られたか分からなかった」。<br>
 +
女子グループにうまくとけ込めず、不登校になった。<br>
 +
よく木々を写生していたという八景水谷公園で笑顔を見せる成毛侑瑠樺さん=熊本市北区 中学は別室登校。<br>
 +
教室に一時戻ったが、修学旅行先の沖縄の戦争資料館で、「キモイ」を連発する同級生の姿にショックを受けた。<br>
 +
「ここだけ見てレポートを書けばいい」と言う教師にも失望した。<br>
 +
「先生は、どうせ生徒は興味がないと思っている」。別室登校に戻った。<br>
 +
別室の教師は、意見を聞いた上で時間割を作った。<br>
 +
「不登校の生徒を見る目ではなく、『成毛侑瑠樺』を見てくれた。自分を肯定できるようになった」。<br>
 +
教師批判の気持ちが薄らぐのが分かった。<br>
 +
「公教育を変える」と始めた対話プロジェクトはまだ緒に就いたばかり。<br>
 +
今後の展開も見えない。けれども、本音で語り合えば何か見えてくるものがある。<br>
 +
それが分かったのは大きな収穫だった。<br>
 +
不登校の時、熊本市北区の八景水谷公園と坪井川遊水地で友人と写生をした。<br>
 +
たくさん木を描いた。<br>
 +
「木には『いい生き方をしてるね』と言ってくれた別室の先生のような包容力を感じる。私もそんな大人になりたい」。<br>
 +
今の目標は、大学で教育哲学を学ぶことだ。(文・熊川果穂=25歳、写真・西國祥太=29歳)<br>
 +
◇なるげ・うるか 2000(平成12)年生まれ。3月に通信制の志成館高等学院を卒業。<br>
 +
生徒と教師の「対話プロジェクト」開催には、若者の社会起業家を支援する東京の非営利団体から、10万円の資金援助を受けた。<br>
 +
よく木々を写生していたという八景水谷公園で笑顔を見せる成毛侑瑠樺さん=熊本市北区<br>
 +
●教育現場変える人かも 昨年8月、高校生だった成毛さん主催のイベント「#不登校は不幸じゃない」を取材したのが初対面。<br>
 +
学校に抱く疑問などで意気投合し、何時間も話し込んだ。<br>
 +
SNSでいろんな人とつながって、イベント開催につなげる積極性に驚いた。<br>
 +
教師の長時間労働など、深刻な問題がある教育現場。<br>
 +
成毛さんは自分の経験を生かして、何かを変えることができる人かもしれない。当たってほしい予感だ。 <br>
 +
〔2019年6/7() 熊本日日新聞(熊川果穂)〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
BE KOBEミライプロジェクト
+
進路に悩む
BE KOBEミライプロジェクト 子ども支援団体を審査/兵庫県
+
「この子たち」はなぜ、勉強ができるのに進路に悩むのか?
兵庫県の神戸市が企業などと基金を設立し、子どもの支援を行う団体を応援する取り組みが2019年から始まり、10月3日、支援団体の審査会が行われました。
+
大人になっても、しんどくなることはありますよね。
神戸市の「BE KOBEミライPROJECT」は、神戸の未来を担う子どもたちを支援しようと2019年発足。
+
子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まり、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。
これまでに、クラウドファンディングなどでおよそ100万円の助成金が集まっていて, 3日は、交付先を選ぶ審査会が開かれ、12の団体がそれぞれ活動内容を発表しました。
+
本記事では、「子どもの進路に親はどのように関わるか」という、最もポピュラーな親の悩みについて、4つの実例を交えながら、著者の考え方をお伝えします。(構成:編集部/今野良介)
厚生労働省などによりますと、国内では、子どもの7人に1人が貧困状態にあるとされていて,地域で子どもを支える仕組みづくりが必要とされています。
+
審査会に参加した団体の代表は、演劇を通して不登校の子どもや悩みを抱える親の居場所を作る取り組みなどそれぞれが行っている支援についてアピールしました。
+
また、会場では売り上げの一部を基金に寄付する企業の紹介もされていて、商品の1つであるコーヒーなどが振る舞われました。
+
審査結果は、10月10日に「BE KOBEミライPROJECT」のホームページで発表されます。
+
〔2019年10/3(木) サンテレビ〕 <br>
+
  
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
+
●進路に悩み、しんどくなってしまった4人の子ども
ページ名[[]]、() <br>
+
私は教育の専門家ではありませんので、「どうやって勉強したらいい成績が取れるか」というようなことは書けません。ここで書くのは、「子どもにとっての勉強というものを親はどう考えるべきなのか」ということです。
旗当番やPTAの役員会
+
カウンセリングでしばしば出会うのは、親が勉強や成績にこだわりすぎて、より大切なことが見えなくなっているケースです。「どうしたらいい成績が取れるか」と、子どもが悩んでいるのなら、悪くないでしょう。しかし、親がその方法を知りたがっているというのは、問題があると思います。
PTA役員や旗当番「任意なのに強制」という矛盾が生む息苦しさ。回避法はある?
+
当然ですが、勉強するのも、難関といわれる学校に進学するのも、働くことだってそうですが、みな、幸せな人生を送るためでしょう。幸せになるという目的に対して、勉強することは、手段の1つにすぎないはずです。しかし、よく言われるように、手段と目的が取り違えられて、こと勉強に関しては、混乱しているケースにしばしば出会います。
夏休みが終わり、旗当番やPTAの役員会などが再開して憂鬱だという保護者の方も少なくないようです。そこで今回は、「PTA活動」や「旗当番制度」の矛盾をはらんだ現状について詳しく掘り下げるほか、最後の項目では回避方法についても紹介します。
+
以下に紹介するのはすべて、ある同じ日のカウンセリングであったことです。
「PTA役員・子ども会役員」「旗持ち」とは?
+
小学生のお子さんがいる方は内容や仕組みをご存知だと思いますが、各学校によって違いがあるため、ここでは筆者の子供が通う小学校のほか、全国各地にいる友人・知人の話をもとに簡単に説明します。
+
  
旗持ち
+
ケース[1] 難関校を目指す中学生
「旗持ち当番」「立哨当番」などと呼ばれる「旗持ち」は、住まいを考慮して組み立てられた順番に、各保護者が1~2カ月に1回ぐらいのペースで決められた場所に立哨する仕組み。また、立哨の代わりに、子供たちの集団登校を当番制で見守る学校もある。
+
その日の最初のケースは、中学生の親でした。
 +
その男の子は、小学生まではクラスで1、2番の成績だったそうです。でも、中学になって、少しずつ成績が下がってきていました。そのことに親がこだわりすぎて、家庭の中は険悪なムードになってきていました。下がってきたと言っても、上位には変わりないのです。友達も多いようだし、クラブ活動にも熱心に取り組んで、子どもは楽しくすごせているようでした。
 +
しかし、親は最難関の1つである高校への進学を望んでいて、もっと勉強しないとこのままでは合格できないと、そればかり心配していました。成績のことでしつこく干渉して、子どもが深夜に家を出てしまったり、近所の人が警察を呼ぶような親子ゲンカも、何度か起こしていました。
 +
その高校に進学できたとしても、勉強の競争はますますしんどくなり、もっと厳しくなることをどう考えているのかと、私は親に尋ねてみました。
 +
不思議なことに、その点は、まったく気にならないようでした。「とにかくなんとかその高校に入りさえすればいい。そうすれば子どもは将来必ず幸せになる」と、親は思い込んでいるようでした。
 +
そして、まさにその部分に対して、子どもは怒りをもっていると感じました。
  
PTA役員
+
ケース[2] 不登校気味の難関校の高校生
クラス全員の保護者が、6つほどの部から希望する部を選択し、それぞれの部から代表が選出され、さらにその代表の中から部長や副部長が選ばれる仕組み。部によって内容が異なり、他校との球技大会(参加者は保護者のみ)の開催や夏休みに上映する映画のチケットを参観日に販売したり、ヨガや料理教室を開催して参加を募ったりする。
+
次のケースは、ちょうど、その難関高校の2年生の親でした。
 +
子どもが夏休み明けから朝起きられなくなり、休むことが増えてきました。病院で検査をしたが、「身体的には問題がない、疲れているようだ」と言われたとのことでした。2学期末は、ほとんどの科目で試験を受けられなかったのですが、親は学校に何度も掛け合って、追試に合格して、3学期にしっかり通学できれば、留年しなくてもいいという配慮をしてもらいました。実際にはますます登校が困難になってきているので、追試をクリアしても3学期に通学できるとは思えませんでした。
 +
それでも親は「留年さえ避けられれば」と、そこばかりにこだわっていました。たとえ3年に進級できても、その先のしんどさ、まして大学受験などは、いまのままでは到底無理なことが明らかなのですが、そこを尋ねても、反応はありませんでした。
 +
このケースでは、子どもの不登校は、子どもが(無意識も含めて)選択している大事な「方向転換」や「自分を見つめ直すこと」によると考えられました。しかし、親のほうは、そのような「現実」に向き合うことを避け、目の前の問題、つまり「子どもが起きられないことや子どもの不登校さえなくすことができれば、すべては解決する」と思い込もうとしているようでした。
 +
子どもにしてみれば、自分の人生の大きな問題に取り組む作業が始まろうとしているときに、混乱し動揺する親のことまで気を配らないといけないのは、本当にしんどいことだろうと、私には感じられました。
  
子ども会役員
+
ケース[3] 留年した医学部の大学生
旗当番の表を子ども会の保護者に、クリスマスのお菓子や年度が変わる前には図書券を子ども会の子供たちに配布する。
+
その日は、それに続いて、大学生の親、社会人の親の面接がありました。
廃品回収をして子ども会費につなげるなどの活動を行ったり、夏休みのラジオ体操の監督を交代で行ったりする場合もある。
+
大学生のケースは、医学部に現役で進学した男の子の親でした。3年生までは順調にきたものの、4年生で臨床実習の前にクリアしなければいけないテストに合格できなかったそうです。留年が決まった子どもに、親としてどう接していけばいいのか、という相談でした。
誰かが免除されるのを許せなくなるメカニズム
+
ずっと優等生でやってきたその子は、勉強すれば、その試験もクリアできると自信はあったようです。
そもそも、PTA役員や旗持ち当番は「ボランティア」なので、強制されるものではありません。にもかかわらず、学校から配布されるPTA役員の用紙には「必ずどこかの役員に所属する」ように記され、PTAが運営する毎朝の旗当番や子ども会の役員選出についても「断る」という選択肢がないケースが多いようです。
+
でも、たとえそれをクリアできても、「その先に自分は何を目的にしてやっていけばいいのかがわからなくなった」と親に話したそうです。「しなければいけないことはわかるけれど、何をしたいのかがわからない」と、その子が必死で親に訴えたと聞いて、その切実な言葉に、私は胸を打たれました。
そのため、たとえ仕事や家庭の都合、親の介護、子供の不登校といった事情であっても、誰かが役員や旗当番を免除されると周囲の人たちは納得がいかないという状況に陥ってしまうようです。
+
しかし、親は「あと2年で卒業できるのに、そうすれば医師になれるのに」と、その点ばかりを気にされていました。医師になれたら、他の問題なんてなんでもないという感じで話すのが、印象的でした。
これは、誰かが免除されると残っている人たちの負担が増え、「しんどくても私はやっているのに」「ずるい」という気持ちが芽生えてしまうことが原因と言えるでしょう。こういった状況や感情が、PTA役員や旗持ちについて「誰かが免除されるのを許せなくなるメカニズム」を作り出していると言えます。
+
子どもが心配しているのは、「たとえ医師になれたとしても自分が何をしたいのかは見つからないかもしれない」そして「それが見つからないと、この先このままで生きていくのはしんどそうだ」ということだと思われます。このケースでは、子どもが自分の悩みを親に話せたこと、この段階で自分と向き合う時間をとれたことは、子どもにとってよいことだと、話を聞きながら感じました。
 +
ケース[4] 仕事が辛くなった新人医師
 +
さて、この日の最後、社会人の親からの相談です。若い医師の親でした。
 +
初期研修を終えて、いよいよ医師らしい仕事が始まったのですが、患者さんや家族からきつい言葉をかけられたり、職場での人間関係がしんどかったりで、親に弱音を吐いているとのことでした。だんだんと仕事に行くことがつらくなってきているようで、朝に車で家を出るのですが、職場が近づくと違う方向に道を曲がってしまい、家に帰ってきてしまうことが何度もあったそうです。
 +
いまは、母親が車で職場まで送っていき、帰りも迎えに行っている状況とのことでした。うつ病かもしれないし、病院にかかるようにと両親もすすめていますが、子どもは「それは絶対に嫌だ」と拒否している、とのことでした。
 +
さて、これらのケースをまとめてご覧になって、どう思われたでしょうか?
 +
いずれのケースでも、親は子どものために必死で応援しようとしてはいます。しかし、子どものほうは、いまのやり方でやっていくのが、もうしんどくなっているようです。それでも親は、そのしんどさが見えないかのようにふるまっています。
 +
とにかく、先に進みさえすれば、いまの問題はなんとかなるから、と思い込んでいる。いや、思い込もうとしているように、私には思えました。
  
「ボランティアなのに強制」という矛盾
+
「高校にさえ入れたら」
子供が小学校に入学してまもなく、「子ども会は任意団体なので入るか入らないかは自由ですが、役員に当たった場合はやってもらわないといけなくなるんです。それから旗当番は、子ども会とは違うPTA団体が管理しているので、こちらもやってもらうことになります」というような説明を受けた人も多いのではないでしょうか? 
+
「留年さえしなければ」
「子ども会は任意で入会するかどうかを決めることができるのに、その子ども会の役員については強制で持ち回り」ということは、事実上、子ども会への加入は任意ではなく強制されていることになります。
+
「大学にさえ合格できたら」
子ども会への加入が任意なのであれば、子ども会に入会しなかった人が役員をするのはおかしな話です。また、PTA団体への加入についても任意であるならば、PTAが運営する旗当番については辞退することができるはずです。
+
「医師にさえなれたら」
  
さらには、個人情報の開示に同意をしていない住所や氏名が、学校から勝手に子ども会に伝えられていることも不思議な現象と言えます。
+
とにかく、いまの目の前の壁を乗り越えたら、なんとかなるからと、先に進めようとします。しかし、高校に進んでも、大学に進んでも、それだけで問題が解決するわけではありません。
「1人だけ免除して今後どうするつもり?」「責任は取れるの?」
+
さらに最後のケースでわかるように、医師になっても、そこでしんどくなることはありえるのです。これは、少し冷静に考えたらわかることだと思います。
では次に、そもそもはボランティアなのだから辞退をするのも自由なはずのPTA役員や旗持ち当番が、なぜ強制的な状態のまま存続しているのかについて考えていきましょう。現状は次のような状態が少なくないのではないかと思われます。
+
「そうしたほうがいい」と言われたことを上手にこなしてきた優等生でも、どこかで壁に向き合うことになります。自分がしたいことであれば、しんどくてもがんばれるでしょう。しかし、自分が何をしたいのかよくわからない状態のままでは、いわゆる「修羅場」と言えるような試練に出会ったとき、乗り越えられない可能性が高いでしょう。
 +
そのような場合には、いったん立ち止まって、自分の気持ちやその先の人生についてじっくり考えてみるという姿勢は、むしろ正しい対処法だと言えるのではないでしょうか。
 +
子どもが自分から動き始めるのを待つこと。また、たとえ親から見たらつまらないことであっても、そして子どももすぐに興味をなくしてしまうとしても、子ども自身の興味があることや、やりたいことを大切にすること。そのような接しかたが親には求められます。
 +
その理由は、結局、そのような接し方によってこそ、子どもが自分は何をやりたいのかに気がつく可能性が高まるからでしょう。
 +
そして、立ち止まったり、やり直したりするのに、遅すぎることはありません。そのような多くの例が、みなさんの周りにもたくさんあるはずです。
  
・子ども会の説明を受けたときに「役員や旗当番についても辞退が可能なはず」だと伝えても、「役員や旗当番は避けられないので絶対にやってもらうことになります」の一点張り。
+
田中茂樹(たなか・しげき)
 
+
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。文学博士(心理学)。共働きで4児を育てる父親。京都大学医学部卒業。信州大学医学部附属病院産婦人科での研修を経て、京都大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)修了。2010年3月まで仁愛大学人間学部心理学科教授、同大学附属心理臨床センター主任。
・子ども会の会長さんに連絡をしても、「私の一存では決められないので…」と言葉を濁す返事のみ。
+
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。病院と大学の心理臨床センターで17年間、不登校や引きこもり、摂食障害やリストカットなど子どもの問題について親の相談を受け続けている。これまで約5000件の親の悩みを解決に導いてきた。著書に『子どもを信じること』(大隅書店)などがある。
 
+
〔2019年6/5() ダイヤモンド・オンライン〕 <br>
・学校に訴えても、「PTAは保護者の方たちが任意で活動している団体なので、学校が口を挟むことはできないんです」と言われてしまう。
+
 
+
では、仕事や家庭の都合、親の介護、子供の不登校といった事情で役員や旗当番が難しい場合、どこに訴えればよいのでしょうか? 
+
上記のような現実では、「辞退したい」という声を受け入れる窓口を、学校とPTAが無意識のうちに連携して潰してしまっていると言えるため、窓口を探すことは非常に困難と言えます。
+
誰かが1人を免除してしまうと、「1人だけ免除して今後どうするつもり?」「他の人からも免除してほしいと言われたとき責任は取れるの?」「どの家庭にも事情があるのに」などと責め立てられてしまうからです。
+
そして、誰もが辞退できない状況がつくりあげられた結果、現在も役員や旗持ちという制度が強制的な状態のままになってしまっているのでしょう。
+
本当に役員や旗当番は必要? そのメリット・デメリット
+
ここでは、リアルタイムで子供が小学校に通っている保護者たちと、子供が以前に小学校に通っていた保護者たちの生の声をご紹介します。
+
 
+
 役員や旗当番のメリット
+
 ・立哨のおかげでスクールゾーンに侵入してくる車を防いだり、不審者から子供たちを守ることにつながったりしていると思う
+
 ・転勤族にとっては、手っ取り早く保護者の方と馴染めるチャンスになのでありがたい
+
 ・いろいろな保護者と話せるので、学校のことなど情報交換ができる
+
 ・親同士が仲良くしていても陰湿なイジメがある場合もあるので何とも言えないが、保護者同士のコミュニケーションの場になっていて、子供同士の輪が広がるキッカケにもなっていると思う
+
 ・旗当番をしていると、子供の友達やほかの子供たちの様子もよくわかる
+
 
+
 役員や旗当番のデメリット
+
 ・ボランティアなのに辞めることができず、不満が募る
+
 ・PTA役員の仕事は、廃止しても特に困るようなものが思い当たらず、何のメリットがあるのかがわからない
+
 ・保護者が立哨していることに子供たちが安心しきっていて、車への注意や危機感が薄い
+
 ・辞めたいと感じても、たらいまわしにされてしまい、結局は卒業までやるハメになる
+
 ・事情がある人への配慮がされにくい
+
 ・仕事や家庭の都合を優先しにくい雰囲気
+
 ・都合が悪いと先生に代わってもらうこともできるが、連続で続くと余計にほかの保護者に申し訳なく感じてしまう。できれば、旗当番自体から名前を削除してもらいたい
+
 ・ほかの保護者とのコミュニケーションは参観日だけで十分。役員や旗当番をするメリットは思い浮かばない
+
見直されるべき役員や旗当番
+
上記のように、保護者同士のコミュニケーションの手段としては、役員の集まりや旗当番は重要な役割を果たしていると言えるようです。そのため、気持ちや時間に余裕があれば、こういったメリットを得るために自主的に役員や旗当番を行うというのも一つの手段だと言えるでしょう。
+
しかし、辞退できるにもかかわらず「辞退できないような強制的な制度」は保護者の不満を蓄積させる原因であり、事情がある人への配慮を欠いてしまうことにもなりかねません。
+
また、60歳以上の雇用が一般的となっている今では、両親に応援を頼むことができない家庭も多くなっているため、役員や旗当番が強制的であることは見直されるべきではないかと筆者は考えています。
+
 
+
下記のように、体調面や精神面での負担だけでなく、仕事や家庭の都合などで現実的に旗持ちや役員が難しいという人たちも少なくありません。
+
 ・妊娠中や産後
+
 ・下の子がまだ小さく、旗当番に連れて行くのも家に置いていくのも心配
+
 ・子供が不登校になり、子供にとっても保護者にとっても立哨が辛い
+
 ・シングル家庭で、保護者が体調を崩しがち、または子供が体調を崩しがち
+
 ・配偶者や両親、義父母が非協力的
+
 ・仕事上、急な出張が入る。もしくは誰かが休んだ場合は、代わりに出勤したり出張へ行ったり必要がある
+
PTA役員や旗当番の回避方法
+
学校や子ども会に役員や旗当番の辞退を申し出ても受け入れてもらえないような場合は、管轄の教育委員会に相談してみましょう。事情を伝え、役員や旗当番はボランティアで本来は任意であることも念押しし、学校に役員や旗当番を辞退したいと伝えてもらうことで配慮がなされる場合が多いようです。
+
また、文部科学省によって来年度からスクール弁護士を全国に300人配置する準備が進んでいるため、スクール弁護士に相談してみるというのも一つの手段です。ただ、いじめや虐待から子供たちを守るための相談がメインのようですので、相談時間が長くならないよう、伝えたいことを紙にまとめておくなどの配慮が必要でしょう。
+
まとめ
+
子供たちの通っている学校に何か恩返しをしたいとは思いつつも、ボランティアでありながら強制的である役員や旗当番の制度に違和感を覚えている人も少なくありません。
+
こうした制度が重荷だと感じている人のことはもちろん、現状のシステムでは事情のある人への配慮を欠いてしまうと危惧している人、仕事や家庭の都合、親の介護、子供の不登校といった事情から役員や旗当番が難しいという人の意見が広く伝われば嬉しく思います。
+
山内 良子
+
〔2019年10/3() LIMO〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
中川翔子
+
モカ
中川翔子 いじめ自殺無くすため“隣る人”の重要さ訴える
+
連休明けたら、学校に行けなくなった……社会からはみ出すって才能ですか? がんじがらめの社会の歩き方
Copyright (C) 2019 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.
+
お悩み相談を続けるモカさん。自身も不登校の経験者だ=モカさん提供
いじめに遭い、不登校になる子どもたち。なかには自ら命を絶ってしまう子も……。私たち大人には何ができるのだろう? 中川翔子(34)が実体験を踏まえて語る。
+
10連休明け、ふとしたことから学校に足を向けにくくなっている人がいるかもしれません。今は飲食店経営で成功しているモカさん(33)は高校時代、ほぼ不登校でした。様々な経験を経て、彼女は話します。「はみ出せることも才能の一つです」(朝日新聞記者・高野真吾)
「『死ぬんじゃねーぞ!!』は私がライブ中にも叫ぶメッセージ。いじめに遭い、私と同じような思いをしている子どもたちに、“どうか生き延びて”と伝えたくて」
+
そんな願いを込め、中川翔子が自身のいじめ体験を文章とイラストでつづった『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』(文藝春秋)がベストセラーとなっている。
+
 
+
子どものころからマンガやアニメ、ゲームが好きだった中川だが、私立中学に入学直後から、1人で絵を描いていることで「キモい」「オタク」とレッテルを貼られ、いじめが始まった。
+
「誰からも話しかけられず孤立して、5分、10分の休み時間をどう過ごしていいか、わからなかった」
+
絶えず誰かに悪口を言われ笑われている気がして、吐き気をこらえながらも、何とか学校へ通う日々。
+
「週末に、母と一緒にマンガを読んでダラッと過ごしたり笑ったりしているときが救いでした」
+
大人はよく「つらいのは今だけ」「卒業したら楽になる」と、助け船のつもりで言葉にするが……。
+
「いじめで苦しんでいる子どもの耳には入りません。私は、死にたくなるくらいなら、学校には行かなくていいと思う。不登校は“逃げる”ことじゃない。自分の人生に合う道を探すことなんです」
+
 
+
中川の母は娘のために、通信制高校を見つけてきた。
+
「通学も自分のペースでいい。ひきこもりの人やヤンキーもいる。世代もさまざま。いろんな人がいて、それぞれよかった」
+
教室で絵を描いていると「めっちゃうまいじゃん。Ayu(浜崎あゆみ)の絵を描いて」と、声をかけられたことも。
+
「うれしかった。その同級生とは今でも友達です。母が違う選択肢を示し、味方でいてくれた。これが何よりサポートになりました」
+
 
+
中川の母は、毎年貯金をはたいて、旅行にも連れていってくれた。
+
「小学校3年のときに父が亡くなってからは、母が1人で働いて育ててくれました。決して裕福ではないなか、16歳のときには、フロリダのディズニーワールドへ連れていってくれて……。それから10年後、ディズニー映画『塔の上のラプンツェル』('11年公開)で、私がラプンツェルの声を担当したときは、母も大喜びしてくれました。『生きててよかった~』と思いましたね」
+
 
+
そう思ったのには理由がある。
+
「じつは17歳のとき、『死にたい』という衝撃が襲ってきて、リストカットしてしまったんです。母は『バカ! なんでこんなことするのよ』と、涙を流しながら私を叱りました。父が亡くなったとき以来、初めて見た母の涙……。今も忘れられません」
+
 
+
その後、再び「死にたい衝動」に襲われたという中川。そのときは飼っていた猫が甘えてきて、さすっているうちに収まったという。
+
「『死にたい衝動』が起きたときは、まずいったん寝て、好きなものを食べたり、好きなことをしたりして、気持ちをそらしてほしい。それを繰り返して、少しずつ毎日を生き延びてほしいです」
+
好きなことをするーー中川の場合はマンガ、アニメ、ゲームと、“明るい遺書”のつもりで始めたブログだった。
+
 
+
「“好きなこと縛り”で発信していたら、そこに共感の声が届くようになり、自分の居場所になって、夢や未来をつくり出す場所にもなっていきました。私がそうだったように、つらい時代は『未来の種を見つける“さなぎの時間”』。いじめで苦しんでいる子どもには、そう伝えたい。お母さんには、そんな子どもに“隣って”あげてほしいんです」
+
 
+
“隣る人”とは、絶妙な距離感で子どもを見守り、寄り添い続ける人。ある児童養護施設の保育士と子どもを描いた映画のタイトルだったという。
+
「ただ隣に、そばにいる人。でも、いじめで傷ついた子どもの絶対的な味方。いじめはなくならないかもしれない。でもいじめで亡くなる子は、なくしたい。そのためにも“隣ってくれる”大人が必要なんです」
+
 
+
最後に、10代の自分に今、かけたい言葉を聞いてみると。
+
「大丈夫。生きているといいことあって、幸せを感じられる。つらい日々も上書きできる。30代、友達もいるよ、約束する!」
+
いつも“隣って”くれた母にも「ありがとう」と伝えたいーーそう笑顔で答えた。
+
〔2019年9/9(月) 女性自身〕 <br>
+
 
+
  
 +
【マンガ】「学校しんどい、わかるよ」の言葉に返された意外な反応 きれいごとは通じない本音マンガの結末
 +
【関連記事】連休明けが怖いあなたへ……「割り切って好きなこと」という選択
  
 +
〈令和に悩む、横浜市の中学2年生、沖田奈津さん(14)〉(モカさんに寄せられた複数の相談者の事例を組み合わせています。記事の最後に相談窓口の案内があります)
 +
沖田さんは連休明けの今週、風邪でもないのに学校を「ずる休み」してしまいました。
 +
小学校の時は違いました。学年上位の成績をキープし、どちらかというと優等生でした。
 +
ところが中学生になると、勉強する意味が分からなくなりました。机に向かっても集中できなくなり、スマホでユーチューブを眺める時間が増えました。
 +
それでも学校には通い続けていましたが、この4月、親や先生から成績低下を指摘されました。10連休中に遅れを取り戻そうとしましたが、結局はダメでした。
 +
ついに連休明けからは、学校を欠席。心配したクラスメイトが「学校に来なよ」とLINEをくれたのですが、あいまいな返信しかしませんでした。
 +
「中学で休んでいるなんて、社会に出てやっていけないかも……」
 +
他のみんなが学校に通っている中、このまま不登校でいいのか、悩んでいます。
 +
.
 +
モカさんの回答は……
 +
日本はシステムやルールが整備されています。確かに便利な国です。
 +
その反面、すごくがんじがらめで、ちょっとのことでも道から外れにくい。学校に行くのが当たり前のルールだから、不登校を許してもらえません。
 +
だから、次の言葉を贈ります。
 +
「はみ出せることも、才能の一つです」
 +
.
 +
授業中は居眠りか落書き
 +
私は学校の勉強が大嫌いでした。学校との相性も良くなかった。
 +
小学生の時、授業中はうわの空でした。
 +
空を見ているか、居眠りしているか、教科書に落書きをしているか。
 +
それでも、先生はいつも私にだけは甘かった。3月生まれで、クラスで一番幼く、クラスメイトからも子ども扱いされていたからでしょうか。自分でも不思議です。
  
 +
連休明けたら、学校に行けなくなった……社会からはみ出すって才能ですか? がんじがらめの社会の歩き方
 +
遅刻の常習犯で忘れ物も
 +
さらに、遅刻の常習犯でした。自宅から徒歩3分のところに小学校があるのに、クラスで一番多く遅刻していました。
 +
よく全校生徒を集めた朝礼中に校長先生の後ろを歩き、みんなに笑われました。
 +
忘れ物もひどかったです。ノートや体操着を持って行かないので、全教科の教科書とノートを常に学校に置いていました。宿題も、もちろんやっていません。
 +
.
 +
学歴なくても経営者として成功
 +
中学は、何とか通いましたが、その後高校はほぼ行っていません。
 +
その頃は、学校にも行かず、好きなことをして遊び歩きました。
 +
その延長線で会社をおこし、女装イベントで成功し、20代半ばで年収が1千万円を超えました。今も複数の飲食店などを経営しています。
 +
いわゆる「学歴」が高くなくても、経済的に成功している人たちは、私の周りにゴロゴロいます。
 +
.
 +
学校行くだけが正解でない
 +
学校に行くだけが、正解ではない。
 +
そう頭を切り替えた時、逆に、勉強をする本当の意味が見つかるかもしれません。
 +
私は、過去に衝撃的な行動をしたことがあります。その経験と、他の人の悩み相談に乗ることを経て、大きく人生を修正しました。
 +
私が経験したのが、あまりに劇的な内容のため、よく「世界が変わったのか?」と聞かれます。
 +
しかし、世界自体は変わりません。
 +
.
 +
自分変われば世界変わる
 +
校則や学校のルールの変更があっても、学校の根本は変わらないでしょう。
 +
それでも、自分が変われば、自分にとっての世界や学校は変わるのです。
 +
いま悩んでいることが、ずっと続くなんて思わないで。学校が嫌だとか不登校の問題なんて、人生の一瞬だけの問題に過ぎませんから。
 +
     ◇
 +
モカ、1986年3月、東京生まれの元男性。トランスジェンダーとして、東京・新宿2丁目を中心に複数の飲食店などを経営する。29歳の時、自殺しようとマンション屋上から飛び降りたものの、奇跡的に生還。現在は、電話や対面で生きづらい人やLGBT当事者の人生相談に乗る活動を続けている。自身の半生を題材に、描き下ろし漫画を含む書籍『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』(光文社新書)を4月に発売。
 +
.
 +
相談窓口はこちら
 +
■24時間こどもSOSダイヤル
 +
0120-0-78310
 +
     ◇
 +
■こどものSOS相談窓口(文部科学省サイト)
 +
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm    
 +
     ◇
 +
■いのち支える窓口一覧
 +
http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php
 +
〔2019年5/10(金) withnews〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
石井光太が考える「貧困問題」
+
GW明け不登校
川崎中1男子生徒殺害事件はなぜ起きたのか――石井光太が考える「貧困問題」の本当の問題点
+
GW明けに急増 わが子が不登校になったらどう対応すべきか
©杉山秀樹/文藝春秋
+
長かったGWが明けて最初の週末だ。朝、子供が頭痛や腹痛を訴え、学校を休みがちになった。こんな時、親はどう対応すべきか?
日本の7人に1人が貧困層の今、貧困問題は決して個別の事象でもなければ自己責任でもなく、少年犯罪、虐待、売春、精神疾患、薬物依存と密接につながっている。新著『 本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式 』を上梓したノンフィクション作家の石井光太氏が、「忠生中学生徒刺傷事件」から「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」まで、数々の凶悪事件から貧困問題の本質を浮き彫りにする。(全2回の1回目/ #2 へ続く)
+
「最もやってはいけないのは、『どうして学校に行かないの?』『ズル休みじゃないの?』などと責めることです」
      ◆ ◆ ◆
+
こう指摘するのは、不登校や引きこもりに関する取材を長年行うノンフィクション作家の黒川祥子氏だ。引きこもりの若者の社会参加・自立を支えるNPO団体の監事も務める。その黒川氏によれば、長期休暇をきっかけに不登校になる子供は珍しくない。自殺が多いのも長期休暇明けで、特に夏休み明けは最も多い。黒川氏に聞いた――。
等価可処分所得が1人世帯で122万円以下の層
+
「学校に行きたがらないのには、必ず理由がある。あの場所に戻るくらいなら死んでしまいたい、となるのでしょう。学校さえなければ生き延びられた子供はかなりいると思います。親は無理に行かせるのではなく、学校を嫌がる理由を知るべき」
――日本は7人に1人が貧困層に該当し、実際の生活はかなり苦しい家庭が相当数あるにも関わらず、社会のなかで可視化されにくい気がします。
+
せかさず、じっくり時間をかけて本人から聞き出す。あるいは、信頼できる子供の友達、友達の親、学校の教師らから情報収集する。黒川氏が以前取材したある父親は、娘の友人と親しく、その友人を通して娘が同級生グループから「LINEいじめ」に遭っている“証拠”を手に入れ、教育委員会などに直談判。いじめを撃退した。
石井 いま日本で問題になっているのは、「相対的貧困」の人々、具体的には等価可処分所得が1人世帯で122万円未満の層です。途上国のストリートチルドレンのような、見た目がもうボロボロの服で今日明日の食事にも事欠くような絶対的貧困ではないので、一見わかりにくい。でも実際には、日々ろくな食事を食べさせてもらっていない子供や、自分の親の年金で生活費をまかなっている50、60代、貧困ビジネスで食い物にされる生活保護受給者といった貧困層が2000万人近くいるわけです。
+
「お金」や「場所」を用意するだけでは貧困問題を解決できない
+
 その何が一番問題かというと、貧困が生み出す「自己否定感」です。たとえば生活保護を受ければ、最低限の住まいはあって確かに餓死はしないでしょう。でも親も子供たちも「社会のお荷物だ」「世間に顔向けできない」といった疎外感をもちやすく、自己否定感を抱いてしまう。長年そういう精神状態でいると、自分の人生に対して希望を持てずに自暴自棄になり、犯罪、虐待、売春、薬物依存などの問題と結びつきやすくなります。
+
生活保護予算はすでに3兆円を超え、国も各自治体も膨大なお金をかけてさまざまな施策を打ち出していますが、この自己否定感の問題に目を向けて一人ひとりの中に「自己肯定感」が生まれるような支援でないと、いくらお金を出し、ただ場所を用意したところで問題の抜本的解決にはなりません。単に支援センターみたいな箱だけあって、「ここに来なよ」「支援者もいますよ」といわれても、とくに未成年者にとっては関わりづらいものがあります。
+
  
――メンタルの部分に踏み込んだ福祉政策でないと、せっかくの支援があまり功を奏さないということでしょうか。
+
■第三者の介入が欠かせない
石井 その通りです。自己否定感を持った子は、学校にも部活にも家庭にも居場所がありません。そういう子は地域コミュニティの中で自分の役割をきちんと持ててこそ、はじめてアイデンティティができて、そこが自分の居場所になってきます。金銭と箱だけでは貧困問題を解決できないんです。
+
また、別の母子家庭の母親は、子供の友達の親から我が子の不登校の原因が同級生によるいじめにあることを聞き、「それなら学校に行かなくていい」と、親が積極的に不登校の子供を支えた。子供はフリースクールで学習支援などを受け、不登校のまま中学を卒業し、自由な校風の高校に進学。黒川氏は後に、その子供から「あのまま中学に行っていたら自殺していた」と打ち明けられたという。
じつは、川崎中1男子生徒殺害事件を取材して分かったのは、被害者の上村遼太くんも加害者の少年たちもみんな、地元のNPOや児童福祉施設と何度かつながっていたのに、全員そこからこぼれ落ちてしまっていたことです。遼太くんのケースでいうと、家庭内暴力が原因で離婚したお母さんは5人の子供を抱えて生活保護を受けていましたが、そこにお母さんの新しい彼氏が家に住み始めるんです。そんな複雑な環境ゆえ思春期の中学1年生にとって家に居場所はなかった。加害者側のある少年はフィリピン人ハーフで、お父さんは蒸発していないし、パブで働くお母さんは日本語が話せず子供をネグレクトし、家では妹と二人で食事もままならない極貧家庭でした。学校ではいじめられて不登校になり、結果、行き場がなくなって不良グループで集まるようになっていった。そして些細な勘違いから、43回もカッターナイフで切り刻まれたあの悲惨な事件が起きたわけですが、福祉制度との接点はあったにもかかわらず、自己否定感から始まった負の連鎖がセーフティーネットを食い破ってしまった。
+
さらに重要なポイントとして挙げるのは、第三者の介入だ。
弱肉強食の「孤児の時代」
+
「不登校や引きこもりの原因が、学校ではなく親の無自覚な無関心、過干渉、虐待などにあることも。引きこもりの解決には、第三者の介入が欠かせません。まずは親が行政の窓口に行き、相談を。子供の状態に応じて適切な地域の社会的資源を紹介してくれます」
――この問題を論じるうえで、本書では戦後の児童福祉政策のあり方を4つの時代にわけて論じていたのが新鮮でした。戦後~60年代「孤児の時代」、70年代~80年代「校内暴力の時代」、90年代「いじめの時代」、2000年代以降「虐待の時代」です。
+
黒川氏は中高年の引きこもりも多数取材。彼らの大半は学生時代に不登校になり、いつの間にか数十年も時間が経ってしまったケース。そうならないためにも、可能な限り早い段階で“動きだせる状況”をつくりだす。
 
+
「世間体が悪いからと、親が子供の不登校や引きこもりを隠しているケースもよくあります。結果的に、子供の人生を奪っているのです」
石井 時代の流れを俯瞰してみると、根っこの問題を解決しないまま対症療法で押さえつけても、時代によって問題の表出の仕方が変わるだけだということが見えてきます。まず「孤児の時代」から考えていきましょう。戦後、街に浮浪児が溢れかえりましたが、彼らはいわゆる戦災孤児と、戦争で精神を病んでしまった親に捨てられた家出少年たちで構成されていました。その最大のたまり場は上野で、12歳以下を中心とした浮浪児が靴磨きや闇市の手伝いなどで食いつないでおり、逆に13歳以上の子供たちは、農家の深刻な人手不足を背景に人買いによる人身売買の対象にされた。社会全体が混乱していた時期で、物理的に食べ物も生活に必要な物資も大きく不足し、1948年には日本で初めて児童福祉法が施行されますが、当然国の手当は追いつきませんでした。
+
親が今、動かねばならない。
 
+
〔2019年5/11(土) 日刊ゲンダイDIGITAL〕 <br>
子供たちは怒りの表出先をどこに向けるかというより、日々生きるだけで精一杯の弱肉強食の世界でした。統計をみると明らかですが1950年代に入って自殺者数が急激に増えていくんですね。路上での野垂れ死や餓死、凍死も多く、精神的に耐えられなくなった人たちから自殺していく。かつて上野の浮浪児だったヤクザの組長に取材したことがあるんですが、当時はみんなお腹をすかせて犬も食料にしているような状態。あるとき隅田川を歩いていたら仲間がひとり「もう疲れたよ」ってつぶやいて、ドボンと隅田川に飛び込んで自殺してしまったそうです。生き延びたその組長は戦後73年たって、その同じ川に飛び込んで自殺するんですね……。
+
生き残るというのが運だった時代。浮浪児だけでなくパンパンや傷痍軍人のような社会に捨てられた棄民が相当数いた。彼らは棄民たち同士で助け合い、それこそヤクザに助けられて生き延びた子供たちもいた。生きるのに必死すぎてそこには尊厳もクソもなかったというのが彼らの本音で、日本が絶対的貧困だった時代です。
+
「忠生中学生徒刺傷事件」にみる「校内暴力の時代」
+
――それが60年代の高度経済成長を経て、70年代には「校内暴力の時代」になったのはなぜでしょうか。
+
 
+
石井 まず高度経済成長期に核家族化が進んで、地方から都心部へ多数の人口が流入しました。いままでだったら地方コミュニティのなかで家庭に問題が起きたら親戚や地域の人に助けを求めやすかったのが、問題を家庭内で抱え込みやすくなった。大量生産・大量消費社会の出現を背景に、家を買うのにローンを組む人が増え、クレジットカードが普及し、消費者金融が拡大していったのもこの時期です。日本の企業が世界に進出して国内の景気がよくなる反面、この時期、サラ金よって家族が離散したり、成長の恩恵にあずかれない家庭の格差はどんどん拡大していきました。
+
この頃は、核家族に対する理解と支援がなかったうえに、当時の様子を学校の先生たちに聞くと、「闇金」の横行で一回借金したら雪だるま式に返せない額に膨らんで、親が「蒸発」してしまう家庭もけっこうあった。児童養護施設に引き取られた子供たちの多くは経済的な問題を抱えた家庭でしたし、差別などもあからさまな形でありました。つまり、社会によ って貧困家庭が押しつぶされている構図が明らかだったのです。
+
 
+
そこで、「社会が家庭を壊したんだ」と大人が支配する社会に不満を抱いた高度経済成長期の子供たちは、中学生・高校生になった70年代に校内暴力という形で抱えていたフラストレーションを爆発させます。先生に対する暴力行為や生徒同士の血を流すような喧嘩、学校の窓ガラスをわってバイクで走り回るような不良行為が日常茶飯事。80年代放送のドラマ『スクール・ウォーズ』の世界なわけですが、TVだと熱血教師がみんなを押さえつけていたのが現実にはむしろ先生たちのほうが痛めつけられていた。
+
「教師と生徒が逆転」の衝撃
+
象徴的なのが83年の「忠生中学生徒刺傷事件」です。町田の中学につとめる30代の男性教師が自衛のために果物ナイフを持ち歩いていたのが、ある日生徒に襲われて反撃して、ケガを負わせてしまった。世間はびっくりしたわけですね、いままで教師が生徒を押さえつけていると思っていたのが完全に逆転している。最初は教師を批判するトーンだったのが、よく見れば校内暴力は深刻化していて、街中に暴走族も溢れかえっている。事件は大々的にメディアで報じられ、国は全国の校内暴力の沈静化に本腰をいれて、学校に警官を派遣して非行少年を取り締まったり、暴走族を一網打尽にして少年院に送り込むようになりました。あの頃「警察24時」ものの番組でもよく、暴走族壊滅作戦などに密着していたでしょう。
+
 
+
――ありましたね。爆音鳴らして走行する暴走族集団vs県警パトカーみたいな。
+
石井 不良グループも暴走族もそうですが、当時の不良児は「組織化」されていました。貧困家庭でグレてしまった子とか、虐待家庭で育った子とか、いまでいう発達障害の子とかが、不良の縦社会のなかで殴られながらもついていって、仲間とともに社会に怒りをぶつけ、大人の社会にたいして復讐をしていた。でも警察が本格的に介入するにしたがって、80年代後半からバブル期の幕開けとともに徐々に校内暴力が減っていきます。「24時間戦えますか」のCMに代表されるように、この頃はとにかく猛烈に働く企業戦士が多く、父親は休日もゴルフだ接待だと仕事でつぶれ、子供を十分にかえりみない家庭も多かったでしょう。家庭という問題の根っこは変わらないまま、ガス抜きだった校内暴力という「穴」に強引にコンクリートを流し込んで詰めたら、今度は別の穴が開いただけでした。
+
 
+
石井光太(いしい・こうた)
+
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『原爆 広島を復興させた人びと』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『漂流児童 福祉施設の最前線をゆく』『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』など多数。
+
Amazonで購入する
+
3歳男児が窒息死 “足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件”の両親は次々と子供をつくっていった へ続く
+
石井 光太
+
〔2019年9/28(土) 文春オンライン〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
石井光太が考える「貧困問題」
+
補いあうことができるか
3歳男児が窒息死 “足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件”の両親は次々と子供をつくっていった
+
ゆたぼんは「補いあう」ことができるか
石井光太氏 ©杉山秀樹/文藝春秋
+
■60才で引退
川崎中1男子生徒殺害事件はなぜ起きたのか――石井光太が考える「貧困問題」の本当の問題点 から続く
+
僕は今月で55才と2ヶ月になり、60才まであと4年と10ヶ月となった。
日本の7人に1人が貧困層の今、貧困問題は決して個別の事象でもなければ自己責任でもなく、少年犯罪、虐待、売春、精神疾患、薬物依存と密接につながっている。新著『 本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式 』を上梓したノンフィクション作家の石井光太氏が、「忠生中学生徒刺殺事件」から「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」まで、数々の凶悪事件から貧困問題の本質を浮き彫りにする。(全2回の2回目/ #1 より続く)
+
僕は65才まで待てないので、60才で引退しようと思っている。
     ◆ ◆ ◆
+
引退して、本当なら四国の実家で一人で暮らす78才の母(5年後には83才だが)とともに暮らし、生活費は母の遺族年金をメインに、僕の支払い前倒しのため8万円程度ににしかならないであろう年金を加えて生活していきたいと本気で思っている。
「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」……
+
が、僕には家族もいるし少ないながら法人のスタッフもいるため、60才時にそんなに簡単には次の生活には移行できないとは思う。
――90年代の「いじめの時代」に移行したわけですね。
+
だから現実的な落としどころとして、週数日仕事、週数日家族、週数日母、みたいな一週間になるのかなあと想像している。
石井 学校での表向きの暴力が力で押さえつけられたら、今度は大人の目の届かないところで陰湿ないじめが起きるようになっていきました。暴力は不可視化され、陰湿なものになっていった。教育環境が落ち着いたと思っていた大人たちは、いじめによる死を突然突きつけられ、混乱しました。「葬式ごっこ」で男子中学生が自殺に追い込まれた80年代後半の「中野富士見中学いじめ自殺事件」を先駆けに、90年代には「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」など陰湿きわまりない事件が起きていきました。体育館のマットで逆さにぐるぐる巻きにされて男子生徒が窒息死した山形の事件では7人の子が加担し、旭川の事件では男子生徒10人が性的暴行を加え、うち1人がレイプしています。力の強い不良同士の暴力ではなく、普通の子が普通の子を集団でいじめる構図のなか凄惨な事件が起きました。
+
けれども、母の遺族年金に頼りつつ母を介護する、というのは、僕にとっては当たり前の未来である。母と僕、心細い者同士、それなりに資産をシェアしながら補い合えばいい。それは、家族にもスタッフにも思う。
  
個人的な体験でよく覚えているのは、僕が中学のときクラスに知的障害の女の子がいて、お父さんに性的虐待をされて母子で東京に逃げてきたんですが、見た目が汚いし、「私、お父さんとセックスした」とか周りに言ってしまうわけです。すると男子生徒がおっぱいやお尻を触ったりしていじめる。いまなら軽い知的障害や発達障害の子は専門的な支援が受けられますが、当時は「普通の子」と同じように扱われていましたから、ケアの対象にならず、陰湿ないじめのターゲットにされたことも多かったと思います。
+
■「補い合う人たち」
 +
当事者は語れない。哲学者G.C.スピヴァク 著『サバルタンは語ることができるか』を参照しつつ当欄で語り続けていることだ(たとえば汚辱Squalorと沈黙~傷つきの新時代)。
 +
この「語れない当事者」という問題と、上に書いた「補い合う人たち」という問題は近い。僕の場合は、権力性を帯びた「男性ジェンダー」であるためわかりにくいが(正確に書くと高齢母+脳出血体験者の僕)、僕は体力も落ち以前よりだいぶ弱ってきたのは事実だ。母もまだ元気ではあるが、80才に近づいている。僕と母の実感としては、我々は体力的に確かに弱ってきている。
 +
当事者は弱い。当然、僕よりも弱い。そして問題のコアに近ければ近いほど、自らの問題について語ることが困難になる。だから誰かが代弁したり代表することで(前者は支援者、後者は「経験者」)問題は露わになってくる。不登校・ひきこもり問題や虐待のアフターケアについては、僕も「代弁者」の一員であることを自覚している。だから当欄ではそれに則って書いている。
 +
ただし、ある程度「弱い者同士が支え合う」、という現象は、ひきこもりや虐待といったハードな問題に限定せずとも日常的に生じることだと思う。その一例が、僕の場合である。
  
国はさまざまな事件を受けて全国的ないじめ防止キャンペーンを行い、啓発活動に取り組んだ結果、学校でのいじめはしだいに減っていきました。90年代初頭のバブル崩壊はいわゆる「失われた20年」の始まりだったわけですが、失業率と離婚件数は増加の一途をたどり、問題を抱えた家庭も多かった。そして2000年代になって、子供たちの間に「自傷行為」「不登校」「引きこもり」といった現象が目立ち始めます。学校内のいじめを封じ込めていったら、今度は暴力性が他者ではなく自分に向いたり、無気力に家に引きこもる子供が大量に出現したわけです。
+
■「自己責任」
2000年以降の「虐待の時代」
+
世の中は「自己責任」という安易な概念が主流を占めるようだ。何か事件があれば、すぐに自己責任論が生じる。
――こうした現象の背景に何があったのでしょうか。
+
これは、「自己」という曖昧なものを、現代の日本人が無邪気に信じていることから来ていると思う。本当に世知辛いというか、余裕のない世の中になった。
 +
これは、「弱い側」にもいつのまにか侵入している概念である。たとえば、不登校YouTuberゆたぼんは新時代の主役か、それともただのロボットかで話題の「ゆたぼん」の父は(ゆたぼんの「言葉」はまだ父の言葉だと僕は思う)、どうやら素朴な自己決定主義者のようだ。
 +
哲学者のデリダは、『法の力』のなかで、純粋な自己決定はないと説く。デリダに頼らずとも、我々の日常を少し顧みると、我々はなにかを決める時、誰かの影響を少なからず受ける。その誰かとは、リアルな家族や友人かもしれないし、ネットでの著名人かもしれない。それらの影響を受けつつ、よくわからないレベルで我々は「決めて」いく。
 +
現実の「決定」場面はそのような神秘的なものである。だが我々は、何かが決まる時は、ある一人の誰かが(たとえばゆたぼんが)熟考して決めていると勘違いしてしまう。たぶんそう考えるほうがわかりやすいからだろう。
  
石井 問題を抱えた子供たちを調査すると、背景に家庭での虐待経験があることが分かってきたんですね。もちろん、以前から今で言うネグレクトや家庭内暴力はありましたが、メディアで盛んに取り上げられたことで顕在化しやすくなり、統計的にも虐待の相談件数が急増しました。これが2000年以降の「虐待の時代」です。リストカットや引きこもりといった社会的不適合の子供たちが内面に問題を抱えていること、虐待やネグレクトなどによって、脳の発達が遅れてしまうことや精神疾患を抱えやすくなるといったことが広く知られるようになり、いままで教育の領域だったものが医学の領域にシフトしました。
+
■我々の「決定」は、誰かとのコミュニケーションのなかでよくわからないまま決まっていっている
 +
現実は、一「決定」場面においても、我々の「決定」は、誰かとのコミュニケーションのなかでいつのまにかよくわからないまま決まっていっている。何かを一人で決めるそんな強い自己などなく、なんとなく不登校後の進路は決まり、なんとなく老後の同居スタイルが決まっていく。誰かと誰かのコミュニケーションのなかで、いつのまにか惰性の中でダラダラとものごとは決まる。
 +
だから、学校に行きたくなくなってそれに親が賛成し本人も受け入れたら不登校となるのはある意味自然だし、逆に、また誰かに会いたくなったけれどもそれは学校では無理なので鬱々とひきこもってしまい親は仕方なく「待つ」というのもひとつのコミュニケーションだ。
 +
そして、なんとなくどこか「居場所」に出かけ、そこのスタッフがおもしろくてその居場所に通い、気づけば大学に進学していた、というのもありなのだ。
 +
すべては、「自己」がよく事態を把握しないまま進行する。本人と誰かが「補いあって」いる。本人は無邪気に自己決定を信じているのかもしれないが、現実には誰かとのコミュニケーションのなかで何かが進行していき、そこそこの現実が目の前に現れる。
 +
その場合の「自己」は、弱くてもいい。そして、自己同士が互いに支え合う、フォローし合うのが人間社会なのだと思う。哲学者ドゥルーズは、かなりの上から目線でそんな人間社会のあり方を「群れ」と表現した。
 +
つまりは、自己や自我以前の群れ的コミュニケーションのなかですべては決定する。自己責任論は事実とは異なる。
  
また、家庭の問題は「親を支援しないと解決につながらない」という視点がこの時代になってようやく出てきました。実際に虐待家庭を取材すると、貧困家庭が多く、親がアルコール依存症などの問題を抱えているケースが多く見受けられます。無論、貧困だから虐待をするという意味では決してありませんが、比較すれば貧困などが要因としてあるというのは統計に表れています。どの家庭にだって似たようなトラブルが起きるものですが、貧困家庭では親自身の問題が経済的問題によってねじれにねじれてしまっているのです。
+
田中俊英
 
+
一般社団法人officeドーナツトーク代表
一例を挙げると、僕が『 「鬼畜」の家 』で書いた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」は、2013年当時3歳の皆川玲空斗くんが両親にウサギ用のかごに監禁され、口にタオルをまかれて窒息死させられた凄惨な事件ですが、父親の皆川忍、母親の皆川朋美のふたりとも、貧困の連鎖のなかで形成された、いわば世間から孤立した「非社会の親」でした。朋美はホステスをやっていた母が客との間につくった子で、母の再婚相手の家で腹違いの兄弟たちとともに育ちますが、中学のときに学校で深刻ないじめを受けて不登校になり、中卒で自らもホステスになった。10代で店で知り合った客との間に子供をつくっていた朋美は、母に連れられて初めて行ったホストクラブで、同じく中卒でホストをしていた忍と出会い、ひと月後には同棲をはじめ、毎年のように子供を生み続けるんです。朋美は専業主婦になり、忍はホストをやめて派遣会社に登録して運送の仕事をしていたんですが、当然大家族で暮らせるわけがない。彼らの財源は生活保護。生活保護を支給されるようになってから再就職しようとせず、第5子、第6子と出産していき、最終的には月40万を超える支給額を受けていました。生活保護をもらって密室で暮らせるから、誰もストップをかける人がいないまま、次々と子供をつくっていった。
+
子ども若者支援NPO法人代表(淡路プラッツ02〜12年)のあと、2013年より一般社団法人officeドーナツトーク代表。子ども若者問題(不登校・ニート・ひきこもり・貧困問題等)の支援を行なう。03年、大阪大学大学院「臨床哲学」を修了。主な著書に、『ひきこもりから家族を考える』(岩波ブックレット)ほか。内閣府・広島県・川西市・大阪市ほかで子ども若者支援専門委員。officeドーナツトークは、平成29年度 内閣府「子供と家族・若者応援団表彰、内閣特命担当大臣表彰」受賞。
虐待している意識のない親たち
+
〔2019年5/11(土) 田中俊英 一般社団法人officeドーナツトーク代表〕 <br>
 
+
一方の忍はホステスの母とトラック運転手の間にできた子で、奔放な母に育児放棄され乳児院と児童養護施設で育てられています。小学校のころから(目につくものはなんでも口に入れてしまう)異食症を発症し、さまざまな問題行動を重ねていた忍は、中卒後、当時ソープランドで働いていた母と暮らしますが、食事もろくに作られず水道やガスが止められることも日常茶飯事な劣悪な環境で、高校を中退して職を転々とした勤め先のひとつが朋美と出会ったホストクラブだったわけです。
+
彼らの住んでいたアパートではゴミ屋敷のような部屋で犬猫を15~16匹飼っていたんですが、走り回る犬を犬小屋に閉じ込める感覚で「うるさいから」と玲空斗くんをウサギ用のケージに監禁し虐待を繰り返していた。次女の玲花ちゃんには犬用の首輪をつけて動きを制限していた。ある日、ケージのなかで玲空斗くんがギャンギャン泣き始めて、やかましいと忍がタオルで口を縛ったら、翌日死んでいた。僕は取材前、どれだけ極悪人の夫婦かと思っていたら、本人たちは虐待している意識がなく、彼らは彼らなりの仕方で子供を愛していたことに強い衝撃を受けました。二人とも親の貧困という闇があって、すべての感覚や優先順位が狂ってしまっているまま、生活保護で「非社会の親」になり、子育てでまわりとつながることもないまま、結果として子供を虐待死させてしまっている。
+
 
+
――福祉政策、支援のあり方を深く考えさせられる事件ですね。
+
石井 冒頭でも言ったように、自己否定感というその子が抱えている精神的な問題をなくさない限り貧困問題は解決できません。お金だけ、箱だけ用意しても絶対に駄目なんです。もちろんそういう物理的な支援も必要ですが、社会のなかで多様な価値観を認めて、さまざまな境遇にある人たちの特性を認め、尊重する――そうやってその子のなかで自己肯定感を育んでいくことこそ大切です。
+
痛ましい事件を繰り返さないために
+
4つの時代のなかで現在の虐待の時代はとりわけ孤立しやすく、自分のなかに問題を抱え込んでしまった人が自己否定感を雪だるま式に膨らませてしまいやすい。新著『 本当の貧困の話をしよう 』では精神的なケアを含めた問題解決へのアプローチ、さまざまな支援策やソーシャル・ビジネス、貧困の壁を突破した先人たちの知恵と勇気を書きました。これまで数多くの学校で貧困問題に関する講演をしてきましたが、本書はその集大成として17歳に向けて語りかけるスタイルで一冊にまとめたものです。社会の諸問題の根っこにある貧困の連鎖を歴史のなかできちんと位置づけて考えることは、地域社会の未来をつくっていくうえで必要不可欠であることはもちろん、自分自身の人生を切り開いていくうえでも、たくさんの本質的な「気づき」があると思います。痛ましい事件を繰り返さないためにも、本書がみなさんにとって「これからの未来を語り合う」きっかけになれば嬉しく思います。
+
 
+
石井光太(いしい・こうた)
+
1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『原爆 広島を復興させた人びと』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『漂流児童 福祉施設の最前線をゆく』『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』など多数。
+
石井 光太
+
〔2019年9/28(土) 文春オンライン〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[定時制高校の生徒]]、(定時制高校、) <br>
中川翔子
+
'''子どもの無反応、無気力に働きかけるアプローチ'''<br>
中川翔子が語るいじめ体験「毎日戦う、生き伸びる、やり過ごすのに一杯一杯だった」
+
先日初めて、定時制高校に講演に行きました。<br>
タレントの中川翔子さん(34)が、『 「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない 』(文藝春秋)を上梓した。いじめられて不登校になった体験を文章と漫画で伝えている。また、最近のいじめを理解するために、当事者にも話を聞いている。いじめで悩む当事者だけでなく、「大人たちにも読んでほしい」と語る。
+
あらかじめ、ご担当の先生から、こんな情報をいただいていました。<br>
死ななくてよかったって心から思った
+
「石川さんが日頃行かれている全日制の生徒とは少し雰囲気が違うかもしれません。<br>
 
+
いろんな生徒がいます。年齢層も幅広いですし、家庭環境が複雑な子、いじめや不登校を経験して、全日制を退学した子などもいます」<br>
――当時の自分から見て、今の自分はどう見えていると思いますか?
+
実際に、皆さんの前に立って話し始めると、確かに、いつもと雰囲気が違いました。<br>
中川 遠すぎて、30代が。未来すぎて。「大人になった今よりも、何十倍も重くて長かった」と、当時の自分からすると思う。30代になることすら、自分は考えていなかったかもしれない。毎日戦う、生き伸びる、やり過ごすのに一杯一杯だった気がするんです。
+
'''発言や考えを受容する効果'''<br>
 
+
講演中に、「皆さんには、夢ややってみたいことはありますか?」と私が投げかけると、いつもは、シーンとしたままで反応がありません。<br>
――「死ぬんじゃねーぞ!!」というタイトルに込められた意味は?
+
考えているのか、いないのか、表情からはほとんど読みとることができません。<br>
中川 ずっと部屋に閉じこもって、死んじゃいたいって思っていました。密かに憧れていたのが、アニメソングを唄う人になることです。遠い未来にその夢がかなった瞬間があり、死ななくてよかったって心から思ったんです。ライブに来てくれた一人ひとりも大変なことがあった中で来てくれて、会えている。同じこと、好きなことを共有できている。いろんな感情がばーっと湧いた時に思わず、最後に叫んだんです。
+
ところが、今回はいきなり、「はい!あります」と手が挙がりました。<br>
人生は壮大なゲーム、RPGのように考えても、年齢を重ねるたびに、心の余裕というか、切り替えられるような術を見つけられます。当時、キラキラした青春を送っていたら、こんな人生ではなかった。この仕事もしてなかっただろうし。その頃に無理やりにでも、見つけていた好きなことたちがたくさん経験値になって、未来の自分を助けてくれる。
+
まず、60代の生徒さんが、「外国で働きたいです」とおっしゃるのです。<br>
カーストの底辺になるって、自分でも認めたくない
+
思いがけない反応と、夢を持ちながら学び続けられている人生の大先輩の姿に感動しました。<br>
 
+
「他の皆さんはどうですか?」とふると、今度は、10代の生徒さんがやってみたいことを話してくれました。<br>
――学校内の、身分制度にも似た「スクールカースト」のことを取り上げていますね。
+
その後も、2~3人手が挙がり、各々にユニークな発表で場をいっそう和ませてくれました。<br>
中川 目には見えないけど、はっきりと存在する仕組みがあります。
+
「やりたいこと」があり、それを自発的に人前で発表することは、そんなに簡単なことではありません。<br>
小学校の時は好きな絵を描いていても、先生も素晴らしい方だったので、個性として認めてくれました。しかし、中学になると、空気が変わって、最初にしくじったんです。
+
私がこれまで行ってきた学校の講演では、まずないことです。<br>
「プリ帳を見せて」と言われたんですが、持っていなかったので、慌ててプリクラを撮って、家にあった、おばあちゃんが作ったノートに貼って、持って行ったんです。「なにこれ?」「なんで、おばあちゃんが作ったノートに貼っているの?」「キモいんだけど」みたいな空気になっちゃって。
+
「この学校の生徒さんは何が違うのだろう?」と考えました。<br>
スクールカーストの底辺になるって、プライドもあるし、自分でも認めたくない。本当に毎日が長くて。「あー、終わった」「でも明日も行かなくちゃ」「嫌だな」って、繰り返していた気がします。
+
大人が意欲的に学び、夢を語る姿を子どもたちに見せていることも一つ大きな要因としてあるでしょう。<br>
大人にSOSを出すのは限界まで我慢した結果
+
もう一つ、先生方の接し方によるところは非常に大きいと感じました。<br>
 
+
「こんなことを言ったら笑われるかも、否定されるかも」という恐れがあると、決して、自分の考えは言えません。<br>
――中3のとき、靴箱をボコボコにされて、やり返した結果、中川さんの靴が盗まれ、先生に話して、ローファーを借りたエピソードが書かれています。取材では、いじめが起きた後に設置される調査委員会では、やり返していることを理由に、“子ども同士のトラブル”と判断されることがあったりします。
+
先生方が、日頃から、どんな考えや発言も受容し、お互いに受容し合うように関わっていらっしゃるからこその反応なのだと感じました。<br>
中川 あー、大人って、なんでそうなんだろう。被害を受けても、泣き寝入りだったり、お金とか時間の負担を強いられます。アメリカでは、いじめた方が転校させられると聞きました。
+
このような関わり方が増えたら、無反応や無気力を装う子どもたちは減るのではないかと考えさせられました。<br>
大人にSOSを出してくるって、自分の中で限界まで我慢したり、悩んだりした結果だと思うんですよね。大人がいい加減な対応をすると、何かのトリガーになっちゃう可能性がある。SOSを出してくれた場合は、大人は話をちゃんと聞くこと。そして、被害者に寄り添ってほしい。
+
〔2019年5/12() ベネッセ 教育情報サイト〕 <br>
振り返ってみると、自分が描いていた絵が気持ち悪かったりするんですよ。それは浮いちゃうこともあるだろうって。でも、靴を盗むって、窃盗じゃないですか。合う、合わないはあると思うんですけど、合わなくても、いじめていい理由にはならないですよね。
+
いつか「チャイルドライン」のボランティアをやりたい
+
 
+
――最近のいじめは、いじめた側がいじめられる側に、いじめられる側がいじめる側になったりします。
+
中川 誰しもが悪口を言ってしまう。だけど、やっぱり、命を落とす前に、何段階もあると思うんですよね。自殺の原因って積み重なるものだと思うんですよね。私も17歳のとき、「もう死んでやる」って衝動になっていたんです。それって、一個のいじめだけじゃなくて、あるとき限界になっちゃう。
+
私もいじめる側、悪口を言っている側になったこともあるし、見て見ぬふりをしているときもありました。だから、いじめている側の気持ちに比べて、いじめを受けた側のショックがどれくらい大きいかもよく分かります。「えーっ」「なんで、自分がこんな目に?」って、混乱ですよ。自分でもどうしようもない、あの感じ。まだ覚えていますね。
+
社会に出ると、学校こそが特殊な場所ってわかって。仕事する時に我慢したりとか、自分へのご褒美を作ったりとか、なんとかできるようになっていく。だけど、18歳までの時間はやっぱり、大人がどこかで守ってあげるべきです。
+
18歳の子まで電話をかけられる「チャイルドライン」があって、ボランティアの大人が話を聴く。すごくいいことだなと思いました。いつかそのボランティアをやりたいんですよね。
+
 
+
――超党派の議員の勉強会で「いじめ防止対策推進法」の改正案が作られました。いじめ防止を最優先にすること、いじめ対策主任を置くこと、いじめを放置や助長した教員に対する懲戒処分を盛り込みました。しかし、「現場が混乱する」などの意見があり、改正がされませんでした。
+
中川 それが仕事だ、混乱しろ! はあ、なんで大人は頭がかたくなっちゃうんだろうな。時代にあわせて、子どもたちを守るのが大人の仕事なのに。寄り添った形にぜひ変えてほしいですね。
+
大きな事件があって、例えば大津市のいじめ自殺事件で失われた命があって、ちょっとずつ動いているわけじゃないですか。命が失われることを未然に防ぐことができるはず。個性を認めてくれる環境があれば、大人がいたらいいですね。
+
 
+
――いじめは、被害者だけでなく、周囲にも衝撃を与えることがあります。私の取材では、いじめられていない子ですが、止められないことで自殺をした、ということがありました。
+
中川 え! 罪悪感で? 感受性が強いのかな。優しすぎるのかな……。どんな場合でも、自分で命を絶つことって、これまでやってきたことがぜんぶ無駄になる。止められなかったと思っても、少しずつ日数が進んで、中学から高校になるだけでも、ぜんぜん精神の容量が変わるじゃないですか。でも、そのときは見えないんですよね。
+
「いじめから逃げる」って言い方はおかしい
+
 
+
――いじめに先生が関与することがあります。1986年の中野富士見中で起きたいじめ自殺では「葬式ごっこ」に先生も参加していました。また、スクールカーストを先生が作ったケースもあります。
+
中川 通信制高校は風通しがよくって、スクーリングとレポートはやらなければならなかったけど、授業自体は好きな曜日に行ったり、行かなかったりでも大丈夫だったんです。ひきこもり、不登校、いじめられっ子、ギャル、芸能人、いろんな人がいて。席を自由に選べたんですよね。
+
それだけでもぜんぜん違って。だから教室の隅っこで一人で絵を描いていたんです。そしたら、ギャルの人が「めっちゃ、絵が上手いじゃん」「カラオケ行こうぜ」って話しかけてくれて。前の中学だったら、スクールカーストでいえば「陽キャラ」で「1軍」のような人だったんです。
+
 
+
 よく「いじめから逃げる」って言いますけど、「一回しかない人生で正しい選択をした」と言い方を変えて、角度を変えればいいんですよね。本のために対談した子も、「逃げではない。正しい選択をしただけ」だって。本当にその通りだと思います。
+
「明るい遺書」のつもりでブログを書いた
+
 
+
――最近のいじめはインターネットを使って行われることもありますが、一方で、ネットが居場所になる子もいます。ネットの使い方でアドバイスできることはありますか?
+
中川 今の時代でも、「ネットが悪い」と切り捨てる先生がいるそうですよ。この間、10代の子に聞いてびっくりしたんですけど。ただ、10代の子からすると、怖いと思うのは、ゲームの情報を知りたいだけなのに、エロ漫画の広告が出てきちゃう。あれやめてほしいんですよ。あと、大人も、めちゃめちゃ悪口を書くじゃないですか。正義感のつもりかどうかわからないですけど、こういうことをしていたら、いじめがなくならないよね。
+
私は「明るい遺書」のつもりでブログを書いたんですけど、「呪いのブログ」にしなくてよかったと思う。実際、それで救われたので。好きとか、楽しいとか、そういう思いを込めるゲームのつもりで、ほめるだけのSNSのアカウントを作ってもいいのかもしれない。
+
「ただ隣にいる人」になってほしい
+
 
+
――自殺対策白書(2015年)によると、1972年から2013年までの42年間で9月1日が、18歳以下の自殺者が年間でもっとも多い日とされています。
+
中川 夏休みを振り返ると、「やっと学校へ行かなくて済む」「やっと解放された」などと思ったんです。速攻でネットばっかりやって、昼夜逆転して、だらだら腐った日々を送りました。だけど、腐りながらも生き延びました。そして、中3のとき、「木村」という存在に出会った。
+
私は「キモい」と言われる存在でしたが、木村はハイカーストとも話せるのに、普通に接してくれた。どうでもいいことで一緒に爆笑したり。で、昨日、やっと言ったんです(笑)。「ごめんね、照れちゃって言えなかったけど、本に書いたんだよね」って。
+
木村がやってくれたことは勇気のある、勇敢な行動だと思うんですよね。「ただ隣にいる人」、それが「隣(とな)る人」。大人にもぜひ、隣ってほしい。クラスにいじめがあるなら、挨拶するでもいい、関係ない話をするでもいい。一緒に笑えることがあったら、ぜひ話しかけてほしい。隣る勇気、木村が増えたら、いいなって。
+
渋井 哲也
+
〔2019年8/31() 文春オンライン〕 <br>
+
 
+
 
+
 
+
 
+
 
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[発達障害]]、(発達障害のニュース) <br>
最初に親がすべきこと
+
発達障害知っておきたい症状と特徴
子どもが不登校になった時、最初に親がすべきこと【カウンセラー根本裕幸さん】
+
'''「発達障害」とは?知っておきたい症状と特徴について'''<br>
子どもの不登校に悩まれている親御さんは少なくないのではないでしょうか。3ヵ月先まで予約のとれない心理カウンセラーとして大人気の根本裕幸さんは、そもそも「学校に行くのが普通」という親の考え方が問題の根源にある、とアドバイスをくださいました。
+
文部科学省の調査により、発達障害の子どもは近年増加傾向にあることがわかりました(※1)。<br>
 +
発達障害にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる特徴を持ちます。<br>
 +
そのため、発達障害の種類によって、望ましいコミュニケーションの方法も異なります。<br>
 +
今回は、発達障害の種類や症状、特徴などについてご紹介します。<br>
 +
'''発達障害っていったいどんな状態?'''<br>
 +
発達障害は、発達障害者支援法において、次のように定義されています。<br>
 +
「自閉症、アスペルガー症候群そのほかの広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害などこれに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」(※2)。<br>
 +
このように発達障害には、さまざまな種類があります。<br>
 +
症状は発達障害の種類によって異なりますが、言語や知的な発達が遅れたり、人とのコミュニケーションや社会性などに問題が起きたりします。<br>
 +
発達障害の原因には、生まれつきの脳の特性や感染症などが挙げられています。<br>
 +
発達障害の種類によって異なります。発達障害の分類と種類、主な原因は次のとおりです。<br>
 +
・ダウン症候群<br>
 +
ダウン症候群は、染色体異常によって起こる発達障害に分類されます。<br>
 +
染色体は、遺伝情報を伝えたり発現させたりする役割を持ちます。<br>
 +
染色体には、22対の常染色体と1対の性染色体があり、常染色体の1つ「21番染色体」が通常よりも1本多くなると、ダウン症候群となります(※3)。<br>
 +
・自閉スペクトラム症(ASD)<br>
 +
自閉スペクトラム症(ASD)は、自閉症やアスペルガー症候群の総称で、広汎性発達障害とほぼ同義とされています。<br>
 +
自閉症は、言葉の発達が遅れるほか、コミュニケーションや対人関係などにおいて障害がみられます。<br>
 +
原因は特定されていませんが、脳の機能障害によって起こると考えられています。<br>
 +
また、周産期に起きたなんらかのトラブルも関与しているという意見もあります。<br>
 +
ちなみに保護者の育て方は影響しないようです(※4)。<br>
 +
・アスペルガー症候群
 +
アスペルガー症候群は、比較的症状が軽度の自閉症として扱われています。<br>
 +
そのため、自閉症と同様に対人関係に障害がみられます。しかし、言葉の発達の遅れはみられません。<br>
 +
原因についても、自閉症と共通していると考えられています。<br>
 +
・学習障害(LD)
 +
学習障害は、知的な発達に問題がないにもかかわらず、読み書きや人の話を聞いたり話したりすることが難しいことが特徴です。<br>
 +
AD/HD・高機能自閉症などを伴う場合は、それらも含めて考慮した学習支援が必要となります(※5)(※6)。
 +
・知的障害<br>
 +
知的障害は精神遅滞とも呼ばれ、知的な発達が遅れることが特徴です。<br>
 +
症状が重い場合は子どものころに気づかれることが多いのですが、症状が軽い場合は診断が遅くなります。<br>
 +
原因としては、染色体異常や先天性代謝異常症、中枢神経感染症、胎児期にかかった感染症、脳の奇形などが挙げられます(※7)。<br>
 +
それぞれの障害の特性について、発達障害情報・支援センター(国立障害者リハビリテーションセンター)が以下のようにわかりやすくまとめています。<br>
 +
これらの障害を持つ方々の教育を支援するために、文部科学省では「発達障害者支援法」を定めています。<br>
 +
発達障害の症状が現れてから、できるだけ早い段階で発達支援を行うことを重要と考え、学校教育や就労などさまざまな場において支援することが目的です。<br>
 +
この法律に従い、各自治体では発達障害を持つ子どもの発達支援をしています。<br>
 +
具体的には、発達障害を持つ子どもの保護者が相談できるよう環境を整備し、必要に応じて医療機関や専門機関を紹介しています。<br>
 +
子どもの発達障害が疑われる場合に、すぐに医療機関を受診するのではなく、まずは自治体に相談してみてはいかがでしょうか(※9)。<br>
 +
子どもの発達障害のより詳しい症状について、ご紹介します。<br>
 +
・ダウン症候群<br>
 +
ダウン症候群の特性としては、全身の筋肉の緊張度が低下したり特徴的な顔つきになったりします。<br>
 +
また、消化器系の病気や中耳炎などを合併しやすいといわれています。<br>
 +
知的発達が遅れますが、成長の道筋はダウン症ではない子どもとほぼ同じです。<br>
 +
また、人なつっこく明るくてやさしい性格をしている傾向があります(※10)(※11)。
 +
・自閉スペクトラム症(ASD)<br>
 +
自閉スペクトラム症(ASD)に分類される自閉症は、言葉の発達が遅れるほか、コミュニケーションをうまく取れない、良好な対人関係の構築が難しい、社会性に欠ける、特定の物事に対する強いこだわり、行動のパターン化などがみられます。<br>
 +
いずれかの症状が3歳までに現れるといわれています。<br>
 +
また、知的障害を伴うこともあれば、知能に遅れがみられない場合もあるなどさまざまです。<br>
 +
自閉症の子どもは、目を合わせない、1人遊びを好む、かんしゃくを起こすことが多い、表情の変化に乏しい、名前を読んでもこちらを向かない、ほかの子どもに興味がないなどの特徴がみられます(※12)(※13)。<br>
 +
・アスペルガー症候群<br>
 +
アスペルガー症候群は、対人関係の障害と強いこだわり、趣味や活動のパターン化がみられます。<br>
 +
自閉症とは違い、言葉の発達の遅れはありません。<br>
 +
また、知的障害を伴うケースもほとんどないといわれています。<br>
 +
アスペルガー症候群の子どもは、集団で遊ぶより1人で遊ぶことを好み、その遊びをくり返す傾向があります(※14)(※15)。<br>
 +
・学習障害(LD)<br>
 +
学習障害の子どもは、読み書きや算数などに関する発達に障害があります。<br>
 +
単語ごとに文節を区切って読んだり、勝手に文末の言葉を変えて読んだりするなど、症状は多種多彩です(※16)。<br>
 +
・知的障害<br>
 +
知的障害の子どもは、食事の準備や排尿・排便、対人関係の構築、お金の管理など、社会生活に必要な適応機能が年齢に対して低くなっています。<br>
 +
そのため、同年齢の子どもができることができず、まわりの人のサポートが必要となります(※17)。<br>
 +
発達障害の症状によって、更なる問題が起こる場合があります。<br>
 +
これを二次障害といい、対人関係を構築できないためにまわりに馴染めず、不登校になったり、暴力をふるったりすることなどが挙げられます。<br>
 +
発達障害を早期に発見して、適切に発達支援をすることが二次障害の予防に役立つと考えられています(※18)。<br>
 +
発達障害の子どもとのコミュニケーション術<br>
 +
発達障害の影響によって、コミュニケーションがうまくとれなかったり、音や光に過敏になったりすることがあるので、保護者やまわりの人が適切に対処することが求められます。<br>適切にコミュニケーションを取って対処することで、子どもの発達にいい影響を与えられるかもしれません。<br>
 +
具体的な事例を挙げて解説します。<br>
 +
・障害によってコミュニケーションがうまくできないことがある<br>
 +
発達障害によって、人とコミュニケーションをうまく取れない場合、ほかの子どもと比較したり、大声で叱ったりしてはいけません。<br>
 +
子どもは、コミュニケーションを取りたくても取れない状況にあるため、このような対応は子どもを傷つけてしまう可能性があります。<br>
 +
また、「この子は発達障害だから」と見放すことも、子どもの心に悪影響を及ぼすかもしれません。<br>
 +
単純に叱るのではなく、どのようにしてまわりとコミュニケーションを取ればいいのかを伝えましょう。<br>
 +
言葉のコミュニケーションだけにこだわるのではなく、サインや身振り手振り、カードを使うなど、その子どもに合ったコミュニケーションの取り方を教えてはいかがでしょうか(※19)。<br>
 +
また、それだけですぐにコミュニケーションを取れるようになるわけではないので、幼稚園や保育園、小学校の先生などまわりの人に対して、「うちの子はゆっくりのペースでお願いします」と伝えておくなど、子どもが過ごしやすい環境をつくることも大切です。<br>
 +
・音や光に過敏なことがある<br>
 +
発達障害の子どもは、音や光に過敏な場合があります。<br>
 +
大きな音や強い光にさらされることで、パニックを起こすこともありますが、このような場合にも子どもを押さえつけるようなことは避けた方がいいでしょう。<br>
 +
なぜそのような大きな音がするのか、理由を伝えることをおすすめします。<br>
 +
過敏なものに対する理解を深めることで、次第にパニックを起こしにくくなるかもしれません。<br>
 +
・得意分野をみつけること<br>
 +
発達障害があるために、同年齢の子どもと同じことができない場合があります。<br>
 +
それにより、ほかの子どもと比べることで、自信を失ったり喪失感を覚えたりする場合もあります。<br>
 +
「なぜ、ほかの子どもはできてうちの子はできないのか」とイラ立ちを覚える保護者も少なくありません。<br>
 +
しかし、自信を失っている子どもに対し、「なぜできないのか」と叱ると、さらに子どもが自信を失ってしまう可能性があります。<br>
 +
まずは、その子どもの得意分野を見つけるようにしましょう。<br>
 +
子どもが自分の得意分野を認識することで、その分野に関して自信を持てるようになります。<br>
 +
これが、自尊心を育む第一歩になると考えられます。<br>
 +
'''まわりの人の助けを借りて子どもと向き合おう'''<br>
 +
発達障害の種類はさまざまで、アスペルガー症候群のように、子どものころに発見しづらい症状もあります。<br>
 +
現代では発達障害者支援法により、教育や就労などさまざまな場でサポートを受けることができるので、「もしかして発達障害かも?」と思ったら、まずは自治体に相談しましょう。<br>
  
ゆうりもさんからの質問
+
参照元<br>
Q. 息子が不登校に。親としてどう対応すべきでしょうか?
+
(※1)参照:『放課後等の教育支援の在り方に関する資料』(文部科学省)<br>
15歳の子どもが、中学は不登校に、通信制高校は一学期で中退しました。高校選びの時は「高校には行きたい」と言っていたものの、2月3月の事前登校に参加しないまま入学して、行かなくなりました。不登校の理由は、本人は「疲れた」とか「もう無理」としか語りません。いじめではなく、友人関係と、中学時代とのギャップだったのかと思っていました。慎重すぎる性格、小学校での優等生的な態度、ユーモアのセンス、人の気持ちを読むなど、最近話題になり始めたHSC(ハイリーセンシティブチャイルド)の気質に当てはまる要素が多く、それも学校になじめない原因かと考え始めています。
+
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/03/16/1355830_1.pdf P.51~52<br>
今はゲーム、スマホテレビ、友人1人と月に2回くらい遊ぶのみです。家族関係としては平和です。夫と話し合いをして、本人には「今すぐに転校や高卒認定など考えず、自分の方向が見えるまで待つから」と伝えようと言っていますし、親としても家族会などに参加しようと考えています。ただ本当にそれで良いのか、もっと伝えるべきことがあるのではないかと悩んでいます。(40歳)
+
(※2)参照:『特別支援教育について』(文部科学省)<br>
根本裕幸さんの回答
+
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/hattatu.htm<br>
A. 学校になじめない性格の子どももいます。その子に合う環境を親が見つけてあげましょう。
+
(※3)参照:『ダウン症のあるお子さんを授かったご家族へ』(公益財団法人日本ダウン症協会)<br>
不登校の悩みというのは、親が「学校に行ってほしい」と思っているから生まれるものです。親が「別に学校なんて行かなくてもいいじゃん」と思っている家には生まれないのです。親が学校に行くことに執着していると、学校に行きたくない子どもは「親は私を分かってくれない」と思い、そこに心理的対立が生まれてしまいます。ですから、ゆうりもさんがお子さんを無理に学校に行かせようとしていないのは、素晴らしいことだと思います。
+
http://www.jdss.or.jp/family/index.html<br>
 
+
(※4)参照:『自閉症について』(厚生労働省)<br>
ゆうりもさんのお子さんのケースの場合、問題の根っこは非常にシンプルで、要はお子さんは学校になじめない性格なのだと思われます。たとえばこれが習い事なら、始めたもののその先生が合わないと感じたら、別の先生に変えますよね。大人になって会社に入ったときは、会社が合わないと感じたら転職をします。これが当たり前ですよね。ところが学校だけは、“変える”というシステムが許されていないのです。大変不思議なのですが……。
+
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html<br>
なじめない環境にずっといたところで、得られるものはありません。ただ学校も勉強も嫌いになってしまうだけです。ですから子どもが学校になじめなかった場合、その子に合う環境を探してあげる。それが親の役目だと思うのです。まだまだ少ないですが、今は様々な形態の学校もできてきています。もちろん、必ずしも学校でなくとも良いでしょう。私の知り合いには、海外に行った子もいますし、毎日絵を描いてメルカリで売っている子もいます。ゆうりもさんも、お子さんに合う環境を探し出してあげてください。お子さんの方向性が定まるのを待つのも良いですが、「問題児」として扱われる期間をあまり長くしないことも大切です。
+
(※5)参照:『学習障害』(厚生労働省)<br>
恐らくお子さんは、小学校、中学校も我慢して通っていたのだと思います。ですから親は味方なんだということを示して、お子さんに合う環境を見つけてあげましょう。大切なのは、お子さんの未来をデザインする意識で探すことです。そのためにも、まずは「学校に行くのが普通」という親自身の意識を変えるようにされてください。
+
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-004.html<br>
+
(※6)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)<br>
PROFILE根本裕幸1972年生まれ。1997年より神戸メンタルサービス代表・平準司氏に師事。2000年にプロカウンセラーとしてデビュー。以来、述べ15000本以上のカウンセリングをこなす。2001年、カウンセリングサービス設立に寄与。企画、運営に従事し、2003年からは年間100本以上の講座やセミナーもこなす。2015年より独立。フリーのカウンセラー、講師、作家として活動している。『いつも自分のせいにする 罪悪感がすーっと消えてなくなる本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本』(大和書房)、『子どもの将来は「親」の自己肯定感で決まる』(実務教育出版)など著書多数。ブログはコチラ→https://nemotohiroyuki.jp/  この人の回答一覧を見る山本 奈緒子1972年生まれ。6年間の会社員生活を経て、フリーライターに。『FRaU』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。 この人の回答一覧を見る 取材・文/山本奈緒子
+
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.9<br>
根本 裕幸
+
(※7)参照:『知的障害(精神遅滞)』(厚生労働省)<br>
〔2019年10/1(火) webマガジン mi-mollet〕 <br>
+
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-004.html<br>
 
+
(※8)画像引用:『発達障害を理解する』(発達障害情報・支援センター)<br>
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
+
http://www.rehab.go.jp/ddis/%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%82%92%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%81%99%E3%82%8B/%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%A8%E3%81%AF/<br>
ページ名[[]]、(夜間中学校のニュース、受刑者のニュース、) <br>
+
(※9)参照:『特別支援教育について』(文部科学省)<br>
'''夜間中学、「受刑者の需要」調査 香川県教委、開設判断の材料に'''<br>
+
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/001.htm<br>
高松刑務所で取材に応じる三船晃裕分類教育部長=1日午後、高松市 <br>
+
(※10)参照:『ダウン症のあるお子さんを授かったご家族へ』(公益財団法人日本ダウン症協会)<br>
香川県教育委員会が夜間中学を開設するかどうかを検討する上で、受刑者の需要を判断材料に加える方針を決め、高松刑務所(高松市)に調査協力を要請したことが1日、分かった。<br>
+
http://www.jdss.or.jp/family/index.html<br>
文部科学省は、不登校経験者や外国人労働者らの学びの場として夜間中学の設置を自治体に促している。<br>
+
(※11)参照:『ダウン症』(滋賀県立小児保健医療センター)<br>
刑務所からの出所者を想定した動きは極めて異例だ。<br>
+
http://www.pref.shiga.lg.jp/mccs/shinryo/sekegeka/shikkan/sentense/down.html<br>
県教委の職員2人が7月31日、高松刑務所を訪れ、依頼書と受刑者への配布文案を三船晃裕分類教育部長(56)に手渡した。<br>
+
(※12)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)<br>
三船部長は取材に「間違いなく受刑者にニーズはある」と述べ、調査への協力姿勢を示した。<br>
+
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.9<br>
〔2019年10/1() 共同通信〕 <br>
+
(※13)参照:『自閉症について』(厚生労働省)<br>
 +
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html<br>
 +
(※14)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)<br>
 +
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.9<br>
 +
(※15)参照:『アスペルガー症候群について』(厚生労働省)<br>
 +
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-006.html<br>
 +
(※16)参照:『学習障害』(厚生労働省)<br>
 +
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-004.html<br>
 +
(※17)参照:『知的障害(精神遅滞)』(厚生労働省)<br>
 +
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-004.html<br>
 +
(※18)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)<br>
 +
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.25
 +
(※19)参照:『どうしたらいいの?~子どもとの接し方(幼児期~学童期』(大阪府)<br>
 +
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/1206/00027606/eeyan_jido2.pdf P.17<br>
 +
プロフィール<br>
 +
監修:岩波 明 (いわなみ あきら)<br>
 +
1959年神奈川県生まれ。1985年、東京大学医学部医学科卒。医学博士、精神保健指定医。<br>
 +
都立松沢病院、東京大学附属病院精神科、埼玉医科大学精神科などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授に。<br>
 +
2015年より昭和大学附属烏山病院院長を兼任し、ADHD専門外来を担当。<br>
 +
精神疾患の認知機能、司法精神医療、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。<br>
 +
『心の病が職場を潰す』(新潮新書)、『大人のADHD もっとも身近な発達障害』(ちくま新書)、『発達障害』(文春新書)など、著書多数。<br>
 +
※この記事は「ベネッセ教育情報サイト」で過去に公開されたものです。<br>
 +
〔2019年5/13() ベネッセ教育情報サイト〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
子どもたちの自己肯定感の低さ
+
「ただ、いる、だけ」というケア
日本の子どもたちは自己肯定感が低い、小学3年生と中学1年生に特に注意を
+
ケアとは何か?「ただ、いる、だけ」の仕事から見えた「その価値」
学校では2学期が始まり1カ月が経ちました。夏休み明けは子どもの自殺が多いことで知られ、8月末には多くのメディアで辛い状況にある子どもたちへの励ましのメッセージが掲載されていました。しかし、残念ながら今年もいくつかの自殺の記事を見ることになりました。
+
「ただ、いる、だけ」という仕事
今年の夏休み明けとなる9月2日(月)には東京都内で江戸川区の中学2年生と品川区の中学1年生の自殺の事件が同時に報じられました。また、他のエリアでも中学生や高校生が自ら命を絶ったと思われる事件が複数報道されました。
+
「あなたの仕事は、ただ、いる、だけ。そこに居るだけです」。さて、こんな風に言われたらどうだろうか。「おぉ楽じゃないですか。ラッキー」と引き受ける人もいれば、「そんなんでお金をもらっていいんですか」と訝しむ人もいるだろう。
日本において10代の自殺率は増え続けています。辛い状況にある子どもたちのセーフティネットをますます整備していく必要があります。そしてさらにこのような状況が起きる背景に「日本の子どもたちの自己肯定感の低さ」という課題を感じます。
+
現実にこんな仕事があることを教えてくれるのが東畑開人(十文字学園女子大准教授、臨床心理士)の体験記『居るのはつらいよ』(医学書院)である。
〇自己肯定感とは
+
超一流大学に進学、臨床心理学を学ぶために大学院にまで進み「長く苦しい学究生活」の末に「ハカセ」となった「僕=東畑」は、ハカセにふさわしい一流カウンセラーを目指すべく沖縄の精神科デイケアにたどり着く。
「自己肯定感とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉」とあります。(Wikipediaより)
+
そこで待っていたのは、新人には異例とも言える超好待遇と施設にやってくる人々の「ケア」だった。日常の連続の先に、やがて見えてきた「ただ、いる、だけ」の意味とは――。
専門的には色々な解釈がありますが、総じて「今の自分でいい」「自分はここにいていい」と思える感覚のことを指しています。自ら命を絶つようなことはまさにこの逆の感覚で「自分はダメだ」「自分の居場所がない」という状態であるので、自己肯定感を高めていくことは、まさにこの社会問題への解決策になります。
+
東畑開人、1983年生まれ。2010年に京都大学大学院で博士号を取得し、就職したのは沖縄の精神科クリニックだった。博士号を取っても、非常勤、時給1000円のような条件が飛び交う臨床心理士の世界にあって、そこは「常勤、月給25万円、賞与6ヵ月」という条件を提示した。
〇世界的に見て自己肯定感が低い日本の子どもたち
+
ハカセの心はときめく。人生がときめく、好待遇の魔法である。だが、世の中、そんな上手い話はない。精神的な傷に触れていき、回復するセラピーをやりたいと思っていたはずなのに、与えられた仕事は「ただ、いる」ことだった。
内閣府が行っている「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」は、13歳から29歳までを対象に7か国を比較した調査で、本年度5年ぶりにその結果が発表されています。
+
なんといっても、与えられた最初の業務命令は座っていることだ。ハカセに求められたのはなにかを「する」のではなく、「いる」こと。
まず最初に「自分自身に満足している」という調査については下記の結果となっています。
+
《いきなり突きつけられたのは、当たり前なんですけど、博士号がなんの役に立たないって現実ですよね。そのデイケアって汗とヤニと垢の匂いが充満していて、あまり綺麗な空間とは言えないんですよ。
 
+
それなのに、僕は心理職なんだからと思って、最初はYシャツにジャケットで出勤していました。でも、働いている人も通ってくる人もみんなジャージなんですね。強烈に浮いてるんですよ。だから、さすがにカウンセリングの時はシャツに着替えるんだけど、二週間もしたら、短パンにポロシャツで、みんなで一緒に野球をやってました(笑)。
残念ながらこの調査では日本が7か国中最も満足度が低い結果になりました。特に「そう思う」という最も肯定的な回答は10%しかなく、他の国の3分の1~6分の1程度です。日本人の控えめな国民性を割り引いて考える必要はあるのでしょうが、それでも同様の調査のほとんどが「日本の若者の自己肯定感の低さ」を指摘している現状は見逃せないと感じます。
+
綺麗なカウンセリングルームで、パリッとしたシャツとジャケットでセラピーをしたいみたいな憧れはあったんですけど、デイケアはちょっと違うということです。そこは、みんなで暮らしている場所なんです。だから、当然、色々な匂いがするし、「暮らす」のにはジャケットよりジャージがいいわけです。》
同じ質問の5年前との比較のデータもありました。
+
「足を引っ張ってたので、イルツラでした…」
「そう思う」・「どちらかといえばそう思う」の合計は前回5年前(46%)⇒今回(45%)と少々後退しました。日本の若者の自己肯定感の低さは、改善していないか、むしろ後退気味であることにさらに危機感を感じます。
+
そんな場所で、戦力として活躍していたのが、沖縄の女性たちだ。
自己肯定感にとって重要な「自分には長所がある」という質問は下記の結果でした。
+
ハカセも早朝に10人乗りのハイエースに乗り込み、運転して、自力でデイケアに通えない人たちを送迎する。施設に集う人々と一緒に料理をしたり、洗濯したり、掃除をしたりもする。しかし、ここでもハカセの労働は誰からもあてにされていない。
 
+
心理職の教科書にデイケアで働くのに、生活的なスキルが必要だとは書かれていない。
こちらも残念ながら日本はこの7か国では肯定的な返答が最低の結果になっています。アメリカ・フランスと比べると肯定的な返答は30%ほど低い水準です。日本の若者だけ長所がないわけではないでしょうから、自分で感じられていない状況があります。
+
《車の運転も掃除も調理も、高卒の医療事務のスタッフのほうがよっぽどテキパキ働いているんですよね。僕はそういう意味では本当に役立たずで、足を引っ張ってたので、イルツラでしたね》
この質問の前回5年前との比較データは下記になります。
+
お金をもらえれば、いいのではないか。そんな声も聞こえてきそうだが……。
こちらも「そう思う」・「どちらかといえばそう思う」の合計は前回5年前(69%)⇒今回(62%)と後退しました。
+
《それじゃあ、調理とか以外で何をやっているのかというと、ただただメンバーさんと一緒に時間を過ごすのが僕の仕事でした。お茶を飲んでいるメンバーさんの横で、僕もお茶を飲んでいる。それどころか、お茶がないときもあって、ただただ、座っている。本当になんもしないで、ただ、いる。これがつらいんですよ。
〇自己肯定感が下がるのは小学3年生と中学1年生という指摘
+
何か作業をしていれば、自分の世界に入れるんですよ。手を動かしたり、車を運転したりしていると、「する」ことがあるので、それをやればいい。でも、「いる」って何もやることがない。話を聴くとかでもないですからね。ただただ座っているんです。周りに人がいるから、自分の空想の世界に逃避したり、瞑想状態に入るわけにもいかないですしね。これってとてもつらいんですよ。
それでは自己肯定感はいつ下がるのでしょうか。幼稚園や保育園などの小さい子どもは、結構高そうに見えますが、いつからこんなに下がるのでしょうか。
+
そうやって、デイケアに通ってくる人たちと一緒に「ただ、いる、だけ」で給料がもらえる。こんなんでいいのかってなるでしょう。》
東京都教職員研修センターによる「自尊感情や自己肯定感に関する研究」に下記の調査結果がありました。この調査によると「小学3年生」・「中学1年生」において自尊感情に大きめの落差が見られることが指摘されています。
+
東畑は当時デイケアで展開されていた日常をこんな文章でまとめている。
 
+
----------
小中学生の不登校数は増え続け14万人を超える水準となっていますが、下記の通り、中学1年生で激増します。
+
「朝、目覚めると、ショッピングセンターの駐車場に行く。送迎バスが迎えに来る。鼻をほじりながら、デイケアに向かう。いつもの席に座ると、お茶を入れ、そして拾ってきたタバコの吸い殻を数える。朝のミーティングがあり、ラジオ体操をする」
小学3年生と中学1年生が特に課題が大きい点は現場で子どもたちを見ている私たちの経験的にもうなずけるものがあります。
+
「それが終わると昼休みまでただ座っている。ときどきトランプをしたり、身の上話をしたりする。昼食を食べると、ソフトボールをしにいく。帰ってきたら着替えて、ただ座っている。夕食を食べて、送迎バスに揺られて、ショッピングセンターの駐車場まで帰る。………」
小学3年生といえば、学習面がグッと難しくなります。まず生活科が理科・社会に分かれます。算数でも小数・分数・不等号などが登場し、つまずき始める子が増えてきます。そうなると勉強が分からない⇒学校がつまらない⇒イラつきが始まる、という負のスパイラルも起きてきます。また小学3年生は早期化する中学受験を始める子が出てくる年です。塾に通い始めて大量の宿題に向き合い思うようにいかなくなることの影響もあるのかもしれません。
+
----------
また、中学1年生は「中1ギャップ」と呼ばれるもっと大きな変化が子どもたちに訪れます。通いなれた小学校から中学校になり、メンバーも大きく変わり、制服になり、定期試験、校則、先輩―後輩関係などが一気に訪れます。
+
簡単に整理をしておくと、彼が志したセラピーというのは何かを「する」ことで、心が病んだ目の前の患者を回復させるという行為だ。これはとてもわかりやすい。
このような中で自己肯定感を落としていき、先ほどのような結果になっていることが考えられます。
+
「回復する」というのは成果であり、成果があることで人は経済的な報酬を気持ちよく受け取ることができる。
〇学校・保護者はどうすべきか
+
ケアとは何か?
このような現状に対して、「子どもの良いところを認めて褒めましょう」「ありのままのその子を認めましょう」などと色々な指摘がされています。それぞれその通りだな、と思うのですが、「そうはいってもなかなかできない」という学校現場、保護者の声が聞こえます。今の学校システム、また忙しい家庭の環境においてうまくいかないことが多いのではないかと思います。
+
では「居る」とは何か。「日常に付き添い続けること」と定義できる。繰り返される、ぐるぐるとした日常はそれ自体が「ケア」として機能している。
簡単な解決策はなかなかないのですが、私は拙著の「自己肯定感 育成入門」にも書かせていただいた具体的な考え方を3つだけご紹介させていただきます。私たちが15年で5万人以上の小学生を見てきた経験からの実効策です。
+
さて、問題はケアとは何か、ケアの価値とは何かである。
(1)「ほめる」より「気づく」
+
お茶を飲んだり、タバコを吸ったり、ソフトボールをしたり、一緒に食事をしたり……。これで報酬が発生する。その時、少なくない人はこう思うはずだ。
これは言い換えると、成果や結果だけで褒めるのではなく、子どもたちの小さな変化や成長のプロセスに注目し、そこを気づいて子どもに伝えるということです。子どもの自己肯定感を支えるのは、無条件で自分の存在を受け入れてくれる「安全基地」の存在です。ですので、どんな結果であるかよりも、親や学校の先生にしか分からない小さな変化や努力をぜひ見つけてあげてほしいと思います。子どもたちはそういう存在が多くいればいるほど心の安全基地が堅牢なものになります。チャレンジする子ほど心に安全基地を持っていると感じます。
+
「えっこれでお金をもらっていいのか」。あるいは「この人たちこれでいいのか?」
(2)「未来」ではなく「過去」を語る
+
東畑はここまでの話に「そうそう」と言いながら、大きくうなずきながら、言葉を探していく。
子育てや教育において、つい未来を語ってしまいがちです。またその未来への不安から「こんなんでどうする!」という叱責にもなってしまいます。そんな見えない未来への懸念だけが強調されてしまうと子どもも不安が大きくなってしまいます。心の安全基地を表現するためには、その子の産まれたころの写真や映像を見たり、そのことを話題にしたり、親子のスタート地点を確認することをお勧めしています。また学校でも、入学時や春からの成長を思い起こすことが良いと考えます。現時点で出来ないことより、過去から「出来るようになってきたこと」にぜひ注目をしてほしいと思います。
+
《この本の難しかったところなんです。専門職としてデイケアにいるのは、もちろんそこに通ってくるメンバーの人たちに回復してほしいという思いがあるからです。
(3)子どもの好きなものを追いかけて興味を持つ
+
でも、現実は10年そこにいる人がいて、彼や彼女はおそらく次の10年もそこにずっと居続けるだろうという現実があるんです。
子どもにとっても大人にとっても好きなものは重要です。好きなものがあることで辛い時にも心の救いが出来るし、そこから仲間が広がったり、道が拓けたりもします。子どもたちにとって自分が好きなものに大人が興味を持ってくれる、というのは嬉しいものです。仲間が増えたような感覚です。電車でもスポーツでもゲームでも芸能人でも、子どもが好きになっているものに親や先生が興味を意識的に持ってみて話しかけていくと良いと思います。どのジャンルも知れば面白いもので、直感的に大人が興味は持てなくても、知れば面白いし、分からないことは子どもに聞くと喜んで教えてくれます。子どもに聞くのもお勧めの方法です。
+
では、その人たちの回復って何か? あるいはそうやって生きることの価値って何か? ということをずっと現場で考えてきたと思うんですよね。
課題が指摘され続ける日本の若者の自己肯定感を社会全体で改善できるように心から願っています。
+
「生産性が無い」といって生きることを否定するのは違うし、逆に「生きているだけで価値がある」という言葉で思考を止めてしまうと軽すぎる。
「子どもは社会の鏡」と言われますので、私たち大人がイキイキとしている姿も見せていかないとなかなか希望が持てないことにもなりますので、子どもたちのためにも大人もまたやりがいを持って頑張っていきたいと思います。
+
スタッフが何もしなくても、彼らがデイケアに10年通えていたかと問われたら、それも違うんです。一緒に麦茶を飲んだり、いるだけの時間を過ごすことはきわめて大事だった。それがなかったら、「居る」は簡単に損なわれてしまう。
<参考図書>
+
そして、それだけじゃなくて、彼が「居る」ことによって、デイケア全体が豊かな場所になっていたというのもあるんです。
子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門
+
それぞれのメンバーさんがそうです。ひとりひとりが「居る」ことで、「場」ができるんですよ。それは間違いなく、そう。でも……だけど……、「ただ、いる、だけ」でいいのか、となるのが本当に悩ましいところでした。
http://books.yakan-hiko.com/
+
僕は専門家として、この「ただ、いる」時間をどう理解していいか分からなかった。どうしても口ごもってしまうんです。
 
+
だからこそ、あえて学術論文の言葉ではなく、エッセイの言葉でこの本を書いたのは、見た人、関わった人たちのリアリティを通じて「いる」ことの意味を考えたかったからなんですね。》
平岩国泰
+
ケアは「場」が主体になるもの
放課後NPOアフタースクール代表理事
+
デイケアに勤務経験がある専門家たちは、一様に座っていることがつらいという記述に共感するという。
放課後NPOアフタースクール代表理事。1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業などを担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職し、教育の道に専念。“アフタースクール”を通じて、子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年より文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年より新渡戸文化学園理事、渋谷区教育委員。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊)
+
《あれが一番しんどい、とみな言ってました(笑)。ただ座っているのって、難しいんです。でもね、難しいことには価値があるはずだと思うんです。
〔2019年10/2() 平岩国泰  放課後NPOアフタースクール代表理事〕 <br>
+
ケアする施設で本当に大切なのは、民俗学でいう「ハレとケ」の「ケの時間」です。お祭りではなくて、退屈な日常こそがケアだと思うし、人間が生きてるってそういうことだと思うんです。
 +
だけど、そういうケの部分の価値って本当に難しい。それは泡のように消えてしまう。
 +
例えば、「ただ、いる」ことの価値はもしかしたらエビデンスで示せるかもしれない。でも、それが示されたら、次に「じゃあもっと効率的に『いる』ことの効用を高めよう」みたいな話になっちゃって、そうするとその価値はすぐに消えてしまう。
 +
だって、「居る」の効率をあげるためには、そこに「居る」のが専門家ではなく、素人でも、ロボットでも犬でもいいじゃないかという話にもなります。そして実際、そうかもしれないんです。素人もまた「居る」を支えますから。
 +
考えていると、よくわからなくなるんです。「ただ、いる」ってなんなんだって。それはそこに居るときには価値を感じるんだけど、でもその価値は語ろうとするとあわく消えていってしまう。
 +
ただ、これって実は「みんな」の問いなのではないかと。つまり、僕らの日常もまた価値を説明しえないものによってできているのではないかと》
 +
例えば、不登校や出社ができなくなる状況を想像してみるといい。経験者は「ただ、いる」ことが辛くなり、やがて「自分は役に立っているだろうか」「自分には価値がないのではないか」と問うことになる。
 +
私にもよくわかる。フリーランスになる直前、2017年末~2018年にかけてこれまでにない体調不良に襲われた私は「適応障害」と診断を受けることになった。そこで感じていたのが、「自分は役に立っていない」という思いだった。
 +
《そして、自分には価値がないから、会社とか学校に行かない方がいいのかもしれないとか、みんなバカにしているんじゃないかと悩むことになるんです。そのときに「心のケア」が必要だと言われています。
 +
世間的に「心のケア」って、カウンセラーが1対1で深い話をするというイメージがあると思うんですけど、それは実は「ケア」ではないんですね。いや、ケアになる場合もあるんだけど、むしろ1対1で向き合っていくと、「セラピー」的な要素が多くなります。
 +
1対1だとどうしても自分と向き合うことになるんですよ。非日常的な時間と場所で、自分を掘り下げていく。それがセラピーです。だけど、自分の傷と向き合っていくことが有効な時もあるし、そのことでよりしんどくなってしまう時もある。セラピーは相手とタイミングを選びます。カウンセリングは有効なものですが、万能ではない。
 +
これに対して、ケアというのは「場」が主体になるものだと思うんです。居場所という言葉がありますけど、「居る」ことが可能な場所。それは一対一というよりも、色々な人がいる場所です。
 +
いろんな人がいて、場が出来ることによって、人はなんとなく日常が可能になっていく。そうやって、普通に生きることが支えられていく。》
 +
ここに「ただ、いる、こと」の意味、「ケア」の価値がある。
 +
〔2019年5/14() 現代ビジネス〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
イチローを超えかけたもう一人の男
+
スクールセクハラ
「不登校の4番打者」人生のレールを外れたからこそ見えたもの ~奇跡の48年生には、イチローを超えかけたもう一人の男がいた~
+
スクールセクハラの深い闇 教諭が何度も「生理ですか?」生徒の心に傷
根鈴雄次(ねれいゆうじ)。中学時代からパワフルなバッティングが評判を呼び、数多の高校野球名門校の間で激しい争奪戦となった男がいる。甲子園で活躍し、プロに行く----誰もがそう信じて疑わなかった彼は、高校入学からわずか1ヶ月後の「不登校」によって“野球界の王道”からコースアウトしてしまう。引きこもり、中退、渡米、定時制高校卒業からの法大入り、そして二度目の渡米……周囲に惑わされることなく「己の声」を聴き、自分の可能性を信じて道を切り開いてきた男の半生は、私たちに何を教えてくれるのか。
+
男性教諭に「生理?」などとセクハラ発言をされ、学校に通えなくなった女子中学生は、医師に「ストレス反応」と診断されたという
 
+
教諭から繰り返しセクハラを受けた-。そんな投稿が取材班に寄せられた。中学生の娘が、ストレスで頭痛や吐き気が止まらなくなり学校に行けなくなったという。性暴力を告発する「#Me Too」運動が広がりを見せる中、教師と生徒の関係では被害が潜在化しやすい現状がある。子どもたちが声を上げやすい体制づくりが学校現場には求められている。
※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
+
関係者によると、問題は昨春、福岡市立中学校の不登校の生徒が通う教室で起きた。机に伏していた女子生徒に、男性教諭が「生理ですか?」と問いかけた。不快そうにする生徒に「生理は恥ずかしいことじゃない」「娘がいるから分かる」と続けたという。
◆15歳の心が、いっぱいになってしまった瞬間
+
その後も、気分が悪そうにしている女子生徒複数人に同じ発言を繰り返したといい、うち1人はストレスで教室に行けなくなった。この生徒は「やめてくださいと伝えても、『体調を確認するのが仕事だから』とあっけらかんとしていた。それ以上、何も言えなくなった」と話した。
1989年(平成元年)春。
+
.
根鈴雄次は、神奈川県の日大藤沢高に入学した。
+
「配慮を欠いていた」教諭を指導
元・中日ドラゴンズの投手で通算219勝、50歳まで現役を続けた山本昌をはじめ、プロの世界にも多くのOBを送り出している。
+
保護者が「セクハラだ」と抗議した後も、別の女子生徒に対し、「○○さん(下の名前)も随分、女性ぽくなってきましたよ。少女じゃなくてちょっと女性に変わりますね」などと発言していた。
その強豪校へ、指定校推薦で入学した。
+
市教育委員会によると、教諭は「体調を確認する目的で尋ねた」「教室に通い始めた頃に比べて成長したことを伝えたかった」と釈明。市教委の担当者は「生徒に寄り添おうと思ってのことだが、発達段階やTPOをわきまえず、配慮を欠いていた」として教諭を指導したという。
甲子園に出る。そして、プロの世界へ進んでいく。
+
.
大いなる夢を抱き、飛び込んだ高校野球の世界。しかし、根鈴には、その空気がどうして
+
文部科学省によると、2017年度にセクハラやわいせつ行為で懲戒処分を受けた教員は210人。内訳は「体に触る」が最多の56人▽「盗撮、のぞき」42人▽「性交」38人▽「キス」16人-と続いた。会話などによるセクハラで処分された教員も11人いた。被害者は「自校の児童生徒」が46%で最多だった。
も肌に合わなかった。
+
NPO法人「スクール・セクシュアル・ハラスメント防止関東ネットワーク」(東京)の徳永恭子さん(72)は「性的なことは人に相談しにくいのに、相手が先生だとさらに潜在化する。処分件数は氷山の一角にすぎない」と指摘する。
厳しい上下関係、朝練、グラウンド整備、全体練習、後片付け。課されることが多すぎて、自分を振り返る余裕もない。
+
〔2019年5/14() 西日本新聞〕 <br>
 
+
俺のやりたい野球って、これだったのか?
+
楽しくない。なぜか虚しい。すると、監督の言葉も、先輩たちのちょっとした指示も、全く意味のないもののように思えてくる。
+
「中学の頃って、月曜から金曜までは自分で考えて練習して、それを土曜と日曜の試合で試してみる。そんな感じだったんです。基本的には『遊び』じゃないですか。そういう野球しか知らなかったんです。でも、高校に入ったら、それこそ365日、始発電車で学校に行って、朝から練習する。そのことに面食らったんですよ」
+
たかが部活動。ちっぽけな世界の出来事に過ぎない。しんどいのは、最初だけ。少しの間の辛抱だ。そうやってやり過ごしていけば、いいだけの話なのかもしれない。
+
それでも、何かが違う。一体、どうすればいいんだ。
+
揺れる心は、どうしても「自己否定」につながってしまう。
+
『心のコップ』には、縁すれすれまで水がたまっていた。
+
 
+
--練習、しんどいんだ。やってられねえよ。
+
愚痴をぶつけると、時に慰めてもくれる。その緩衝材になってくれるはずの『家族』が、その時、ばらばらになっていた。
+
父親の抱えた借金が理由で、両親が離婚を余儀なくされたのだ。
+
「家がちゃんとしていたら、ストレスにも耐えられていたと思うんですよね。でもその時、心が削れていってたんです」
+
野球の練習を終え、学校から帰っても、家には誰もいない。
+
孤独感からのストレス。しかし、その晴らしようも分からない。
+
 
+
中学時代から自己流で取り組んでいたウエートトレーニングで、今よりもっと、自分の体に筋肉をつけたかった。そのための時間が欲しい。トレーニングジムにも通いたい。
+
なのに、15歳の自分は、監督や先輩たちに「こうしたい」と自分の言葉で、自分の思いを伝え切れなかった。
+
周囲に流されているかのように、仲間たちと足並みをそろえようとしている、自分への苛立ちも募り始めていた。
+
ざわざわした心が、収まらない。
+
少年から、大人へと変わっていく。その多感な時期に抱え込んだ複数の方程式の解を、全く導き出せなくなっていた。
+
微妙なバランスをかろうじて保っていた“水面”が、大きく揺れ動いたのは、そんな時だった。
+
将来を見据えて、一度立ち止まって、考えてみる。こうなりたい。そのために、今、何をすべきか。我慢なのか。主張して、己を貫くのか。
+
しかし、15歳の思春期に、そんな成熟した、冷静な判断を下せる心の持ち主の方が、むしろ珍しいのではないだろうか。
+
強気と弱気。希望と無力感。もっとやれる。いや、やっても、どうしようもない。
+
表裏一体のカードは、心の中でくるくると、ずっと回転していた。
+
どれが、本当の自分なんだ。
+
 
+
答えは出ない。
+
迷いのループに、完全に入り込んでいった。
+
ホームランを打った、その翌朝のことだった。
+
目覚めても、ベッドから立てなくなっていた。
+
まるでブレーカーが落ちたかのように、体に「動け」という電気信号が届かない。
+
それでも、朝練に行かなきゃいけない。追い立てられるような思いだけで気力を振り絞り、家を出た。始発電車に乗るために、夜明け前の薄暗い町を歩いていると、息が切れてくるのが分かった。
+
目の前の景色が、ぐらぐらと揺れている。
+
 
+
近所の公園のベンチに、がっくりと座り込んだ。まぶしい朝の光が差してくる。それでも、立ち上がれない。
+
もう、きっと、練習は始まっているんだろうな。電車に乗らなきゃ。早く学校に行かなきゃ。
+
心の中では、とても焦っていた。
+
なのにふらつく足は、駅とは逆方向の自宅へと向かっていた。
+
「ちょっと具合が悪いから、戻って来た」
+
出勤前の準備で忙しい教師の母にそう告げると、階段を這うように上り、2階にある自室のベッドに倒れ込んだ。
+
 
+
翌朝、体温を測ると、39度まで上がっていた。
+
その翌朝も、その次の日も、朝になると体温がはね上がった。
+
「だるいんです。学校に行きたくないし、練習に行くとか、するとか、しないとか、そういうのじゃなくて、とにかく、家から出たくなくて……」
+
その迷える若者に、寄り添い続けた野球人がいた。
+
〔2019年10/2() 本がすき。〕 <br>
+
 
+
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
小幡和輝
+
“ワールドカフェ”スタイル
ファンの後押し、地方にカフェ 学生起業は出会い次第
+
'''「子どもたちの自己肯定感を上げていこう!」“ワールドカフェ”スタイルで見えてきたPTAの新しい形'''<br>
小幡和輝です。前回の記事「ヒッチハイクみたいに声かけた 学生起業家の仲間集め」ではWebサービスでの学生起業の話を絡めた、仲間集めについて書かせていただきました。
+
「すべては子どもの健全な成長のために」<br>
学生起業といえばWebサービスが主流ではありますが、インターネット時代だからこそリアルのコミュニティーの重要性が上がっているように感じます。
+
PTAの本来の目的とするのは、保護者と教職員が力を合わせ、子どもの成長を支援していくことだ。もちろん活動はボランティアであり、団体への加入は義務付けされていない。しかしいったんPTAに加入すれば、学校行事の手伝いや登下校の見守り、地域パトロール、PTA総会への参加などやることは限りない。さらに実質強制的な役員の持ち回りもあり、共働きで日々の生活に追われる保護者にとってPTA活動は頭痛のタネだ。<br>
実は僕も一番はじめに立ち上げた事業はカフェの経営です。BARの昼間の時間をお借りして、不定期カフェを営業していました。
+
「PTAのルーティンを見直し、子どものために何ができるか考える」<br>
オンラインで気軽に誰かとつながれる時代だからこそ、リアルの価値が上がっているように感じます。
+
東京都小金井市で行われた、PTAを変える新たな試みを取材した。<br>
しかし、店舗を借りるためのお金であったり、固定費であったり、店舗ビジネスのハードルは非常に高いです。成功確率を上げるためにはどんなことが必要でしょうか。
+
'''PTA総会を保護者の対話の場に変える'''<br>
今回、お話を聞いたのは東北芸術工科大学に在学中で、山形県でコーヒースタンド「Day&Coffee」を開業した北嶋孝祐さんです。
+
PTA総会と言うと、来賓の挨拶が延々続き、議題はかたちばかりの採決を取って承認され、最後は懇親会があって終了というのが一般的だ。しかし小金井市小中学校PTA連合会の総会は、普段見慣れない風景が広がっていた。<br>
 
+
5月11日に小学校の講堂で開かれた総会には、約200人の保護者と教育委員会、市会議員が参加。通常の総会の段取りが終わると、参加者はアトランダムに5人程度のグループに分かれた。グループではお互いに向き合って円状に座り、寄せ合った膝の上には1枚のホワイトボードとペンが乗っている。用意されたお茶とお菓子を食べながら、参加者は設定されたテーマについて意見交換を行い、ホワイトボードに出された意見を書き込んでいくのだ。<br>
――オープンしたのはつい最近ですよね。おめでとうございます。
+
これは「ワールドカフェ」と呼ばれる議論の手法で、カフェのようにオープンでリラックスした雰囲気の中で行うことで、創造性に富んだ対話を引き出そうとする試みだ 。また、ホワイトボードを囲んで意見を書き込むグループワークは、東京工業大学で実践されている「えんたくん」の手法を取り入れた。<br>
(北嶋)ありがとうございます。今年の6月6日にプレオープンしたばかりですが、思っていたよりお客さんが来てくれてとてもありがたいです。近くのおじいちゃん、おばあちゃんや若いサラリーマンなど、多種多様な方が来てくださっています。
+
'''PTAで子どもの課題を話さなくていいんですか'''<br>
 
+
この総会の仕掛け人の1人である大熊雅士教育長は、総会に「ワールドカフェ」を取り入れた理由をこう語る。<br>
――店舗を持つと固定費や初期投資が結構かかりますよね。怖さとかはなかったですか?
+
「小金井ではPTAが協力的で、学校運営に無くてはならない存在になっています。しかしPTAには『研修会を去年やったので、また今年もやらないと』など、深く考えずに前例を踏襲することが多い。保護者からは『目の前の子どもたちは大きな課題をいっぱい抱えているのに、PTAでその課題を話さなくていいんですか?PTAが新しいことをしなくていいんですか?』という声があり、本来のPTAのあり方を考えて、子どもの課題を考える会をやってみようということになりました」<br>
(北嶋)立ち上げるときにクラウドファンディングを立ち上げたのですが、それが大きかったと思っています。開業資金としても大きかったですし、あと支援してくれた人への返礼品はお店に来てもらって使えるものを多くしたんです。なので、支援してくれた方が直接お店に来てくれるようになって、そこからじわじわと広がってきているように感じます。
+
今回意見交換を行ったテーマは、「子どもの自己肯定感」だ。その理由は、「何が問題かと言った時に、一番となるのが自己肯定感の低下です。引きこもりや不登校、いじめはすべてここから始まる」(大熊教育長)からだ。<br>
 
+
意見交換では、「自己肯定感を下げている子どもは何を思っているのか」「それは何が原因か」「PTAは何ができるのか」を、それぞれが意見を出し合いホワイトボードに書き込んでいく。ホワイトボードには、「子どもは忙しすぎて時間や居場所がない」「そもそも親自身にも余裕がない」「親同士がもっと会って、お互いの子どもを『凄いよっ』て言い合うのはどうか」といった言葉がびっしり並ぶ。対話セッションは1時間弱だったが、どのグループの参加者も終了しても まだまだ話し足りなさそうだった。<br>
――僕たちの世代だと、起業=ITベンチャーというのがかなり多いと思うのですが、なぜローカルの店舗をやろうと思ったのでしょう?
+
'''いまPTAの存在意義がわからなくなっている'''<br>
(北嶋)もともと建築には関心があったんですが、一般的な建築って設計して建物を建てるところまでが仕事なんですよね。でもやっぱり中身って大事で、その建物にどんなコンテンツを入れるかも考えていかなきゃダメじゃないかなって。じゃあ自分は中身を作って運営したいと思ったのがきっかけですね。
+
会終了後、総会に初めて出席したというお母さんは、「普段聞けない、いろいろな家庭の子育ての様子を聞けて視野が広がりました。今後PTAとして、小さなことですが家に友達呼んであげて、交流の場を広げる手伝いをしてやれたらいいな思います」と語った。
 
+
また去年も総会に出席したというお母さんは、「去年と全然違う」と語ったうえで、今後のPTAのあり方について「PTAは子どもの近くにいられるからこそ、子どもがいま何を思い、 何が必要なのか拾えればいいなと。それをPTAのみんなに伝えて、より良い居場所を作ってあげれたらいいんじゃないかなと思います」と語った。<br>
――大学に入る時から起業するつもりだったんでしょうか?
+
いまPTAには、運営すること自体に汲々として、子どもを取り巻く課題に向き合ってこなかったという反省がある。小金井市のPTAを束ねる連合会の前田薫平会長は、「いまPTA自体の存在意義がわからなくなってしまっている」と前置きしたうえで、だからこそPTAが一歩踏み出さなければいけないと強調する。<br>
(北嶋)いえ、起業は思っていなかったですね。まずは就職して30歳くらいでなにかやりたいなとは考えていましたが、まさか在学中にやれるとは思っていなかったです。話が具体的になってきたのは、いまの会社を一緒に立ち上げた共同創業者がいるのですが、彼との出会いが大きいですね。もともと郁文堂書店という本屋さんをやっていた人で、その運営を手伝っていたこともあって。マネジャーということで、店舗運営を結構いろいろやっていたのですが、そのときにコーヒーを提供してお代はドネーション制でもらうみたいなこともやっていて、それがいまの原型でもあります。
+
「子どもたちの一番近くにいる保護者と先生の、次に近い存在なのが地域の大人です。しかし昨今では『ナナメの関係』、つまり自分の親には相談できないけれど、近くの大人には相談できるという存在がなくなりつつあります。子どもの孤立を防ぐためには、地域が必要だと思います」<br>
 
+
'''PTAと地域が一体となって子どもを見守る'''<br>
――これからの目標や展望などはありますか?
+
学校の教員の仕事量は限界を超えており、今後益々PTAには教育への参画を求められそうだ。そうなれば保護者の負担感がさらに増える可能性もある。<br>
(北嶋)第一歩はコーヒースタンドから始まりましたが、Day &……という形でいろいろ展開していきたいと思っています。いまのところ東京はピンとこなかったのと、地方の方が若者ができることが多いと思うし、地方は課題の先進地域なので、ここから自分たちがやれることをやっていきたいです。
+
しかし前田会長は言う。<br>
 
+
「結局は子どもたちのためで、誰かが得をしたとか損をしたとか言う方が多いのは何でかなと疑問に思っています。やらされているというのは楽しみを生まないと思います。今回の総会も前向きに考えている人が手伝ってくれたからこそ進めることができました。子どもたちが『お父さん、お母さんが何か面白いことをやっている』と見てくれればうれしいなと思っています」<br>
■インタビューを終えて
+
一方、総会に参加した四児のお母さんは、これからはどれだけ地域を巻き込めるかがポイントだと語った。<br>
開業から3年以内に7割のお店が潰れるといわれています。僕が立ち上げたカフェも残念ながらうまくは行かず、事業撤退をしています。北嶋さんのようにクラウドファンディングを活用し、事前の需要確認やファン作りをすることで、成功率は飛躍的に高まるでしょう。ローカル店舗の運営にはコミュニティー作りが不可欠です。自分の失敗を振り返ると、僕はコミュニティー作りがうまくできてなかったです。もし次回やるとしたら、クラウドファンディングからはじめ、仲間を集めていきながらお店を立ち上げていきたいと思いました。
+
「いま小学校で子どものためにあれをしてみよう、これをしてみようと考えているんですけど、やっていくうえで人材が足りません。PTA役員だけでは回らない部分もあり、でも働いているお母さんが多い中でやっていくには、やっぱり地域を巻き込みたいなと。どれだけ地域の方を巻き込んでいけるかが、子どものよりよい居場所作りにつながっていくと思います」<br>
 
+
地域=PTAだけでは ない。たとえ子どもが学校を卒業しても、地域の大人として子どもに関わり続ける。教員、保護者(もちろん父親も)、行政、そして地域住民が一体となって子どもの成長を見守る社会がこれから益々必要になる。<br>
小幡和輝(おばた・かずき)氏1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験、その後高校3年生で起業。47都道府県すべてから参加者が集う、「地方創生会議in高野山」を主催。1億円規模の地方創生ファンドを設立し、地方でチャレンジする人を応援している。最年少で内閣府より地域活性化伝道師の認定を受けるなど、活動は多岐にわたる。
+
小金井市のPTAの取り組みは、その第一歩なのだ。<br>
〔2019年9/26() NIKKEI STYLE〕 <br>
+
〔2019年5/14() 【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】FNN.jpプライムオンライン〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
進路ルートから漏れていく若者たち
+
高校教育の見直し
'''学生の平均内定数「増加」の一方、進路ルートから漏れていく若者たち'''
+
自民、高校教育の見直しを提言
好転する就活、氷河期の絶望
+
自民党の教育再生実行本部(本部長・馳浩元文部科学相)は14日、生徒の学習意欲の低下を踏まえ、高校教育の見直しを政府に求める提言をまとめた。
近年、少子化で働き手が減る中で大学生の就職状況は好転している。
+
提言では、生徒の持つ能力や個性に対応するため、高校普通科を見直す必要性を指摘。新たな学科の具体例として「サイエンス・テクノロジー科」や「アスリート科」などを挙げた。
筆者の所属する学部では2013年以降、卒業前に4年生全員の調査を継続しているが、年々求人倍率が上がる中で、学生のエントリーシート提出数や企業の説明会参加回数が減っている。
+
また、不登校や中退をきっかけに定時制や通信制課程に通う生徒が増えていることを受け、勤労青年教育を第1目的に掲げた従来の制度の変更や教育内容の充実などを求めた。
「一度も働いたことない40~50代大卒娘」を抱えた高齢親が増加中
+
〔2019年5/14() 産経新聞〕 <br>
だが学生一人当たりの平均内定取得数は増え続けている。それは内定が一つだけという学生が減り、2割程度の学生が一人で4つ以上の内定をとっているからだ(内定を辞退される企業にとっては大変な苦労だろう)。
+
しかし、少数だが途中で就職活動に疲れて辞めてしまい、無業で卒業する者もいる。実は内定を得た学生とそうでない学生の違いは紙一重だったりする。
+
だが内定が得られないと、就職が決まっている同級生に会うのも嫌になって大学からも足が遠ざかる。誰にも愚痴をこぼすこともできなければ、相談できないという悪循環に陥る。中には、友人や大学からの電話にも出なくなり、音信不通になる者もいる。
+
それに比べると求人自体が少なく、どんなに活動しても内定が得られなかった就職氷河期の学生たちはどんな絶望状態にいたのだろうか。若者への就労支援も相談機関もなく、自己責任だと突き放され、心が壊れた学生も大勢いただろう。
+
筆者は就職氷河期だった90年代半ばから2000年代初めまで、丸の内の会社で働いていた。就職解禁時期になると学生たちが各会社の前に長い列を作って並んでいたことを思い出す。
+
だが、その頃は学生たちがどれほどの苦境の中にいるのか、筆者も含め世の中の大人の多くが気づいていなかった。あの長い列に並んでいた学生の多くは就職先が決まらず、アルバイトや無業のまま卒業し、社会を漂流することになったのだろう。
+
筆者が横浜市役所で働いていた2000年代半ばには、子育て支援施設のスタッフが「最近、赤ちゃんを連れてくる若いお母さんやお父さんに、仕事が非正規で経済的に苦しいという人が目立つ」と言い出したのもその頃であった。氷河期世代の若者が親になりだした時期だったのだ。
+
働いているふりする若者も…
+
今や企業は早く学生を引き付けようとし、今年の夏休みはインターンシップという名の事実上の3年生の就職活動のスタートであった。
+
インターンシップも行ってみないと、本当に純粋なインターンシップなのか、インターンシップという名の企業説明会なのか、それとも選考を兼ねているインターンシップなのかは全くわからない。
+
こうやって多くの者がインターンシップに参加し、次の就職活動のステージへと移っていく。
+
たまにインターンシップに行った先であっさり内定をもらう者がいる。それでその後の就職活動をする気がなくなり、そこでいいやと決めてしまう者もいる。内定を出した会社が良いかどうかは別として、実は早すぎる内定は学生にも企業にもリスクがある。
+
学生たちは就職活動しながら、様々な企業の話を聞き、大人と出会い、自分なりに判断を繰り返し、自分の適性や自分にあう会社や仕事を見つけていく。
+
選び、選ばれるという過程を経験し悩みながら、自分なりに働くうえで大事にしたいことや自分の立ち位置を見定めていく。
+
何も考えない間に内定をもらって他の企業も訪れず、試行錯誤のプロセスを経ないと、卒業直前になって「ちゃんと就職活動すればよかった」と後悔したまま就職し、ちょっと気に入らないことがあるとあっさり辞めてしまったりする。
+
そもそも大卒で就職した者は3年以内に3割は最初の仕事を辞めてしまう。最近では、初職より良い条件の企業に転職する者もいるが、労働時間が長すぎる、人間関係がよくない、仕事に疲れてと退職の理由はさまざまである。
+
後先考えず辞めてしまい、しばらく休もう、バイトで過ごそうと考えている間に履歴書の空白期間が開き、就職活動の意欲を失う者もいる。中には友人とのラインでは働いているふりをしているが、本当はとっくに仕事はやめていたという者もいる。
+
仕事を辞めてもしばらくは大学時代の人間関係も続いていくが、そのうち同級生のライフステージの移行とともに、人間関係が切れていく。ある者にとっては、仕事を失うことは社会とのつながりを失うことになりかねないのだ。
+
漂流する若者たちの行方
+
だが、最近は若者の就職状況が良いといっても、若者の雇用がずっと安定しているわけではない。
+
実は2015年時点のデータで見ても、中学・高校・大学と順調に進学し、卒業時に就職し、3年たっても初職にとどまっているのは同年代の4人に1人である(仮に2015年の状況で中高大と進学していくとどうなるか、という仮定である)。
+
例えば図から、2015年のデータで見ると中学卒業生の98.5%は高校に進学し、高卒者の約18%が就職(3年以内にうち4割ぐらいが辞める)、大学進学が約55%。そして大学卒業生の約7割が就職し、3年以内にうち3割が退職するというわけだ。
+
これが2000年時点のデータで見ると高校からの大学進学率は約45%で大卒者の就職率は約56%であった。
+
大学卒業時の就職率が低かったこともあり、3年たっても初職にとどまっていたのは同年代の約6人に1人である。
+
2000年、2015年のいずれにしても、これは初職就職後3年後の数字であるので、それ以降も考えれば初職で安定して働き続ける若者は、ごく一握りに過ぎないのだ。
+
しかも就職状況が良い、といっても2015年には高卒就職者は18万人弱いたが、3年たってすでに4割近くが初職を辞めている。20歳になるかならないかの7万人の若者はどうしているだろうか。
+
同年4年制大学を出て就職した44万人のうち約14万人が3年以内に離職している。若者たちは次のスタートはうまくきれただろうか。
+
若者の就労支援機関に来る相談者も、その中のごく一部にすぎない。うまく新しいステージに移れた者は良いが、次の展望がないままに、漂流する若者たちはどこに流れていくのだろうか。
+
実は引きこもりになった若者の理由はさまざまである。
+
不登校からそのままという者もいるが、4人に1人は学校生活は順調であったものの就職活動で躓いた者であり、さらに4人に1人は就職してから働いていたが、職場のトラブルや何らかの理由で退職から引きこもりに至った者である。
+
学校を卒業して就職したからといって、それで終わりではない。働きだしてからも若者は悩み、壁にぶつかるときがある。その時に、相談できる場所や適切な支援があるかどうかで、その後の若者の人生は大きく変わってしまう。
+
学校から企業に就職した後は、「企業が若者を育成する」という前提で組まれてきた日本社会は、まだ人生の試行錯誤を支える社会的な仕組みは不十分である。
+
今後、少子高齢化で激変する日本のことを考えてみれば、20代そこそこで就職した会社や選んだ仕事がその後40年以上、続くだろうか。政府はついこの前は、「少子化は国難」といっていたはずだが、その問題意識や政策対応はどうなったのだろうか。
+
学生たちに少子化による人口減少の進む日本の今後の人口構成がどうなるかを教えると、ほとんどの者が「これからの日本はどうなるの。どうしてこんなになるまで放置していたの」と驚きおののく。
+
そもそも日本の30年後、40年後が急速な高齢化と人口減でどうなるかわからないのだ。社会の将来がどうなるかわからない中で、どうして自分たちの未来が信じられるだろうか。
+
学生たちにとっては、自分たちが生きていく日本の未来こそ、先の見えないままに漂流しているように思えるのだ。
+
前田 正子
+
〔2019年9/26() 現代ビジネス〕 <br>
+
 
+
 
+
 
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
Smart World
+
幼い頃から英語を学ばせるべきか?
NTT Com、スマートワーク、スマートシティなどを促進する推進室を新設
+
生後6ヵ月から英語を浴びていた子が2歳直前に「反発」した話
「Smart World」を実現する推進室を新設
+
「なんでもできる子」は理想だけれど
NTTコミュニケーションズ(NTT Com)は、データを利活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、社会的課題の解決を通じた「Smart World」を実現するため、「スマートワークスタイル推進室」「スマートエデュケーション推進室」「スマートシティ推進室」「スマートファクトリー推進室」「スマートヘルスケア推進室」を10月1日に新設する。
+
子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まり、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。
データ利活用に必要なすべての機能を利用可能なプラットフォーム「Smart Data Platform」を中核としたデータ利活用を通じて、顧客のDXやSmart Worldの実現に向けた取り組みの強化を目的としている。五つの推進室はパートナーなどとの共創を通じて、顧客のニーズに合ったソリューションやサービスの開発・提供を行う。
+
本記事では、「幼い頃から英語を学ばせるべきか?」という答えのない問いへの1つの考え方を、著者自身の子育てのエピソードとともにします。(構成:編集部/今野良介)
スマートワークスタイル推進室は、日々の業務に伴う不便さ、非効率さに起因する時間・労力・人件費の無駄を軽減し、職場環境や仕事のやり方など働き方に関するさまざまな社会的課題を解決し、働き方改革を推進することを目的としている。
+
交通費の精算を簡素化し社内の業務プロセスを変革するソリューションや、従業員間や従業員・企業間での業務活性化をサポートするコミュニケーションツールの開発・提供を進めていく。
+
 
+
スマートエデュケーション推進室は、学力格差の是正、教員の負荷軽減、不登校・いじめの抑止、AI・ロボットの台頭への対応といった教育に関するさまざまな社会的課題を解決し、日本の教育を変革することを目的としている。
+
授業や家庭学習から生成されるデータと教室運営、校務などの教職員業務から生成されるデータを連携させることで、個々の生徒に適した学習教育の実現や生徒の学習意欲・態度に関する分析など、教育に関する新たな価値創造を進める。
+
スマートシティ推進室は、都市の治安、エネルギー効率化など都市に関するさまざまな社会的課題をICTの活用により解決することを目的としている。都市から収集・蓄積されるさまざまなデータを、映像分析や自然言語分析、音解析を行い、さらなるデータの利活用を促進していく。
+
スマートヘルスケア推進室は、高齢者人口の増加による医療費上昇、医師の高齢化、地域による医師数格差など、日本の医療を取り巻く社会的課題を解決することを目的としている。
+
ウェルネスから予防・診断・治療・リハビリにいたる各ステージにおいてデータを収集・蓄積、分析・活用することで、新たなヘルスケアサービスを提供し、医療プロセスの革新やデータ利活用による新たな付加価値の創造を進める。
+
〔2019年9/26(木) BCN〕 <br>
+
 
+
  
 +
●イギリス人の大学生をベビーシッターとしてホームステイさせた
 +
私は、認知心理学の研究をするために、大学院に進みました。そこでは、脳の働きについて、記憶のしくみや言葉を話す能力、他人の心を知るしくみなどについて研究をしていました。
 +
妻は産婦人科の医師です。2人とも医学や脳についての知識がありました。しかし、自分たちの子どもをどう育てるかについては、大いに期待と不安がありました。専門的な知識があってもなくても、育児で不安を感じるのは、どの親でも同じだと思います。
 +
長男が生まれて、日に日に育っていく姿を見ているうちに、いままで論文や教科書から学んだ知識だったものが、生の現実として体験されるうちに、考え方も変わっていきました。私は、「子どもを育てたら、自分の心理学の知識も増えて研究にも役立つ」と思っていた部分があったのです。そのように話してくれた先輩も、たくさんいました。
 +
しかし、私にとっては、子育ての困難さとやりがいは、そのようなものではなかったのです。心理学や医学の知識は、子どもが幸せに育つための手段や方法の1つにすぎない、と感じるようになりました。知識や研究よりも、育児そのもののほうがずっと大事で、楽しかったのです。
 +
「そうしなければ」ではなく「そうしたい。そのほうが楽しい」と強く思いました。その考え方は、自分の場合、正しかったと思っています。
 +
とはいえ、私も、はじめのうちは、「どうやったら子どもを賢い子にできるか」ということを考えていました。具体的には、学校の成績が良くて、語学ができて、スポーツも得意でという、わかりやすい「優等生」のイメージです。他の人から見てもわかりやすい基準で「すばらしい子」に育てるにはどうしたらいいかと、考えていたのです。
 +
たとえば、小さいころから日常的に英語に触れることによってバイリンガルに育てたいと思い、イギリス人の大学生をベビーシッターとしてホームステイさせたりもしました。長男が生後6ヵ月~2歳半ぐらいのことです。
 +
しかし、2歳になる前に、大人が英語で話していると「ちゃんとしゃべって!」とはっきりと文句を言うようになりました。
 +
彼の言う「ちゃんと」とは、「英語ではなく日本語で話せ」という意味でした。
 +
これがもし海外勤務などで外国で暮らしていたら、英語を話さないわけにはいかないし、保育園でも英語に触れるので、事情は違っていたでしょう。望み通り、バイリンガルに育ったかもしれません。
 +
でも、わが家の場合はそうではありませんでした。そして、そういう私の「下心」を見抜くかのように、子どもは、「ちゃんとしゃべって!」という言葉で、日本語で話すように大人たちに要求したのです。
 +
私は、そちらのほうがすばらしいことのように思えたのです。しっかりコミュニケーションをしたい、自分が良くわかる言葉を、自分で選んでしゃべりたい。そして親たちにも、そう話すように要求した。
 +
英語の発音がよくなるとか、LとRが聞き分けられるとか、日常の挨拶ができるとか。そういう表面的な話ではなくて、言葉というものがとても大切な根源的なものであることに気づかせてもらえたと思っています。会話をするのは生きていく上で大切な要素だから、下心を取っ払って、しっかり話せと、子どもに教えられました。
 +
私はかつて「言語の脳科学」という研究プロジェクトに参加していました。そこで、言語学研究の第一人者である大津由紀雄先生から、いろいろとご指導いただきました。
 +
大津先生は、小学校で英語を教えることについてずっと反対されていました。その理由は、言語の基礎は、根幹は日本語でも他の言語でも共通の部分が多いので、まずは母語をしっかりと身につけて「言語の力」を育てる。それがあれば、他の言語もしっかりと学んでいけるということを、脳の仕組みや認知心理学の知見から確信しておられたからです。
 +
外国語の教育方法をきちんと身につけていない人、たとえば小学校の先生が、付け焼刃で英語を教えさせられることには、多くの問題があると思います。たとえば、英語を教える時間をとるために、国語を学ぶ時間が減ってしまうこと1つとっても、明らかに問題だと思います。
  
 +
田中茂樹(たなか・しげき)
 +
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。文学博士(心理学)。共働きで4児を育てる父親。京都大学医学部卒業。信州大学医学部附属病院産婦人科での研修を経て、京都大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)修了。2010年3月まで仁愛大学人間学部心理学科教授、同大学附属心理臨床センター主任。
 +
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。病院と大学の心理臨床センターで17年間、不登校や引きこもり、摂食障害やリストカットなど子どもの問題について親の相談を受け続けている。これまで約5000件の親の悩みを解決に導いてきた。著書に『子どもを信じること』(大隅書店)などがある。
 +
.
 +
田中茂樹
 +
〔2019年5/15(水) ダイヤモンド・オンライン〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、() <br>
+
ページ名[[]]
意識したい3つの「じ」とは
+
福岡県北九州市() <br>
不登校の我が子に声をかけるときに意識したい3つの「じ」とは
+
'''◆発達障害に関する相談カフェ'''
毎年、長期休暇である夏休みが終わったこの時期に「不登校」になる生徒が多いといいます。いま、日本全国には19万3674人の不登校児がおり、中学校ではほぼ1クラスに1名という高い割合であるため(平成29年度 文部科学省による調査結果)、決して他人事ではありません。子どもの気持ちがわからずに悩んだり、親が自身を責めてしまったり…家族で不登校の問題と向き合うにはどうしたらよいのでしょうか。そこで今回は、今まで1万8000組以上の不登校に悩む親子を支援してきた不登校解決コンサルタントの菜花俊氏の最新刊『不登校になって本当に大切にするべき親子の習慣』(青春出版社)から、不登校の子どもの心がほぐれる「声かけ」のヒントを紹介します。
+
発達障害のある子どもなどについて悩みを持つ保護者同士で語り合います。
 
+
日時:3月28日(木)13~14時30分
●「どうして学校に行けないの?」は子どもを閉ざす質問
+
場所:銀杏庵穴生倶楽部(八幡西区鉄王2丁目)
「どうして学校に行けないの?」
+
対象:発達障害などが気になる子どもの保護者
ひょっとするとあなたも、子どもにこんな質問していませんか?実は、学校に行けない子どもに対して「どうして学校に行けないの?」は最悪の質問です。なぜなら、この質問で子どもは、学校に行けない理由を次から次へと探し出し、自分や相手を責め、自信を失い、孤独と無力感でいっぱいになり、何もする気がなくなるからです。
+
定員:先着10人
 
+
費用:500円(飲み物・菓子付き)
一方、子どもが希望を持ち、自分で考え答えを見つけ出し、行動できるようになる質問もあります。質問ひとつで、天国と地獄、正反対の結果になるのです。あなたが子どもに投げかける質問は、それだけ大きな影響力があるのです。
+
申し込みは3月4日から保健福祉局精神保健福祉課【電話】093・582・2439へ。
例えば、
+
〔北九州市政だより 平成31年3月1日号〕 <br>
・よほどつらいことがあったんだね?(今までずっと我慢してきたんだね?)
+
・お母さんが聴いてあげられることはある? (お母さんに話せることはある?)
+
・お母さんにして欲しいことは何かある?(お母さんにできることはある?)
+
そして、学校のことを話題にできるくらい子どもが元気になったら
+
 
+
・(優しく)本当はどうしたいの?
+
・どうすればできる(学校に行ける)と思う?
+
・もしできる(学校に行ける)としたら何から始める?
+
これらの質問には、子どもを癒やし、自信を取り戻し、自ら動き出せるようになる力があります。ポイントは、子どもに共感しつつも「子どもが何を言っても動揺しない」ことです。子どもにとって一番の苦しみは自分のせいで大好きなお母さんが悩むことなのですから。子どもの話を真剣に聴いたあとは、笑顔で締めくくることを忘れないでください。
+
 
+
●「何を言うか」ではなく「何を言ってほしいか」
+
子どもが悩んでいるとき、迷っているとき、泣いているとき、怒っているとき、頑張っているとき、動き出したとき…親としてどんな言葉をかけていいか迷ったら、この3つをヒントにしてください。
+
 
+
1 見守っていることを伝える
+
「悩みがあるの?」
+
「何か迷っているんだね?」
+
「悲しいことがあったの?」
+
「腹が立つことがあったの?」
+
「頑張っているね!」
+
「決心したんだね!」
+
心の変化に親が気づいていることを伝えるだけで、子どもは勇気づけられます。
+
 
+
2 何も言わずに笑顔でうなずく
+
言葉の代わりに、大きくグッドサイン(親指を立てる)でもいいです。「イエス!」の気持ちを示せば、お子さんは心強くなります。
+
 
+
3 何と言ってほしいか、子どもにたずねる
+
「あなたの力になりたいんだけど、お母さんの助けはいる?」
+
「お父さん、◎◎ちゃんの頑張りが嬉しいよ!こんなとき、何て言われたい?」
+
この3つのヒントを参考に、「何がこの子を元気にするか?」を考えてみてください。そうしたら、言葉も自然と出てくるようになるでしょう。
+
 
+
●子どもをほめるときは3つの「じ」を意識する
+
「子どもをうまくほめられない」
+
「ほめてもぜんぜん子どもが喜ばない」
+
「子どもをほめたら、キレられた……」
+
深いためいきとともに、こう漏らす親御さんたちをたくさん見てきました。「ほめる」とは「認める」ということです。でも、言うほど簡単ではないでしょう。
+
かける言葉やタイミングを間違えば、お子さんが喜ばないどころか、怒り出すことさえあるかもしれません。実は、「ほめる(=認める)」がうまくいくには、3つの条件が必要です。私は3つの“じ”と呼んでいます。子どもをほめるときは、ぜひ次の3つの「じ」を心がけてみてください。
+
 
+
1 子どもがほめてほしい“事”をほめる
+
ふだんから子どもの話をよく聞いて、どこをほめてほしいのか、何を大切にしているのかをよく把握しておきます。
+
 
+
2 子どもがほめてほしい“時”にほめる
+
希望を持ったり、元気なときや、自分で自分を認めているときこそ、ほめるベストタイミングです。反対に、落ち込んだり、ひどく疲れているときは、「ぜんぜんわかってない!」と、子どもの信用をなくしてしまうかもしれません。
+
 
+
3 親自身が自信を持っている“事”に関してほめる
+
ほめるからには、親がその事柄に対して、子ども以上に自信をもっているのが理想的です。ほめられる側からすれば、自分以上にできる人や実績のある人からのほめ言葉のほうが、嬉しいはずです。
+
不登校解決のために今日からできることは、とても小さな一歩かもしれません。しかし、親の勇気ある一歩は必ず子どもの心に何らかの変化をもたらすはずです。その一歩として、まずは「声かけ」から意識してみてはいかがでしょうか。
+
菜花 俊
+
〔2019年9/27(金) ダイヤモンド・オンライン〕 <br>
+
 
+
 
+
 
+
 
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、東京都(フリースクール) <br>
+
ページ名[[]]、八丈町() <br>
'''不登校、代わりの居場所は? 子供の個性に合わせ「学びの形」選べれば'''<br>
+
'''平成30年度八丈町子どもの発達障害サポート事業'''  
子供の不登校をきっかけにフリースクールを開いた赤沼美里さん <br>
+
「発達障害の特性がある子どもとどう向き合って支えていくか」支援者にできること、家族にできることについて、専門医による事例を交えた講演会と個別相談を実施します。
夏休み明け前後は子供の自殺が増える時期。最悪の事態を防ごうと「つらいなら学校を休んでもいいよ」というメッセージが広がっている。<br>
+
■講演会
だが、学校の代わりになるような「不登校のその先」の選択肢は少なく、知られていない。<br>
+
日時:
学校に行けない子供とその親は居場所を求め、悩み、葛藤している。(油原聡子)<br>
+
11月9日(金)午後2時30分~4時30分「学校、保育園でちょっと気になる子への支援」(主に支援者向け)
【表でみる】子供の悩み相談窓口「ここに通いたい」<br>
+
11月10日(土)午前9時30分~11時30分「子どもの発達の凸凹に合った支援」(主に保護者向け)
小学校に入学して2カ月で不登校になった長男(8)が、フリースクールに通うことを決めたとき、東京都の赤沼美里さん(42)は、「やっとつながる場所ができた」という安心感でほっとした。<br>
+
場所:大会議室(八丈町役場2階)
長男は気持ちの切り替えが苦手で、入学後まもなく行き渋りが始まった。<br>
+
対象者:子どもの発達支援に関心のある方(両日とも参加は可能です)
聴覚過敏で子供の騒ぐ声やホイッスルの音に耳をふさぐ。<br>
+
申込方法:11月7日(水)までに電話、メール、窓口のいずれかの方法で申し込み。
学ぶ意欲は高いが、授業が簡単すぎてつまらない。<br>
+
(※メールの際は、件名を「講演会」とし、本文に参加希望日、氏名、所属、連絡先を記入してください)
みんなと一緒の行動ができず、叱られてばかりだった。<br>
+
■個別相談
それでもなんとか通っていたが、5月の運動会を機にじんましんが出るように。<br>
+
日時:11月10日(土)午後1時~4時(1件あたり30分程度)
夫婦で話し合い、学校を休ませることにしたが、「これからどうしよう」と不安でいっぱいだった。<br>
+
場所:相談室1・2(八丈町役場1階)
◆母親もストレス<br>
+
対象者:発達障害の特性があるお子様の保護者等身内の方
日中、長男と自宅で過ごすうちに赤沼さんのストレスも募っていった。<br>
+
申込方法:10月31日(水)までに電話、メール、窓口のいずれかの方法で申し込み。
「当時は仕事も休んでいました。なんでこの子は家にいるんだろうって、やるせなくて、悲しくて」<br>
+
(※メールの際は、件名を「発達相談」とし、本文に児童氏名、保護者氏名、連絡先を記入してください。後日職員から内容の確認等でご連絡をさせていただく場合があります)
周囲に不登校の経験者もいなかった。小学校以外の学べる場所の情報も少なかった。<br>
+
※申し込みが多数の場合や内容により、今回の相談会ではお受けできない場合がありますので、ご了承ください。
「自分だけ輪に入れない、孤立したような気持ち」に襲われた。<br>
+
■共通
そんなとき、幼稚園のママ友を通じ、不登校の子供がいる女性に会うことができた。<br>
+
講師・相談医:公立福生病院医師 五月女友美子(そうとめゆみこ)氏(小児科医、子どもの心相談医、臨床心理士)
「無理に行かせたら傷つくだけ。でも、家にいてもイライラするだろうし、子供の居場所は大事」という助言が心に響いた。<br>
+
問い合わせ・申し込み:子ども家庭支援センター
「学校に行かなくてもいい」という判断が、長男の未来を狭めてしまうのではないかと怖かった。<br>
+
【電話】2-4300【E-mail】kodomo@town.hachijo.tokyo.jp
だが、女性の言葉に背中を押された。好奇心旺盛な長男は学びたくないわけではない。<br>
+
〔広報はちじょう 2018年10月号〕 <br>
通学できる距離で、個性に合う所-。毎日、インターネットでフリースクールを探した。<br>
+
ようやく見学したスクールは教育方針が合わず、遠回しに断られた上に、長男も嫌がった。<br>
+
「なんでうちの子はなじめないんだろう」。<br>
+
帰り道、涙がにじんだ。「子供が悪いわけじゃくて、合わなかっただけ」。<br>
+
夫の慰めに気持ちを立て直した。<br>
+
◆ゆっくり見守る<br>
+
学校に行かなくなってから約1カ月後、夫が探してきたフリースクールに長男が通い始めると、赤沼さんの心も軽くなった。<br>
+
ほかの子とトラブルになっても、「ゆっくり見守りましょう」という相手の母親の言葉に救われた。<br>
+
居場所が見つかるまでの孤独と絶望感が消えていった。<br>
+
「同じようなつらさをほかの人に味わってほしくない」。<br>
+
そんな思いから昨年、都内でフリースクールを立ち上げた。<br>
+
赤沼さんも不登校を受け入れるのに時間がかかった。<br>
+
「経験者の話を聞き、少しずつ不安が消えました」。<br>
+
母親同士情報を共有し、悩みに寄り添うことを大切にしている。<br>
+
いじめや環境になじめないケースなど、学校に行けない理由はさまざまだ。<br>
+
「選択肢がないと追い詰められてしまう。いろんな会社があるように、いろんな学校があっていい。<br>
+
子供の個性に合わせて、学びの形が選べるようになればいいのではないでしょうか」<br>
+
■行きたくないと訴えられたら味方だときちんと伝えて<br>
+
子供が学校に行きたくないと訴えた場合、保護者はどう対応したらいいのだろうか。<br>
+
千葉大学の藤川大祐教授(教育方法学)は「子供がプレッシャーになるような言動は控え、寄り添ってほしい」と話す。<br>
+
学校に行けないことで、子供自身も苦しんでいる。<br>
+
藤川教授は「学校に行けない理由が明らかなら、学校と連携して解決するのもひとつの手段」とする。<br>
+
その上で、「子供は親に忖度(そんたく)してしまうこともあるし、自分でも学校に行けない理由を分かっていないこともある。<br>
+
無理に行かせようとしたり、聞き出そうとしたりはせず、まずは、親は子供の味方だときちんと伝えることが必要」と話している。<br>
+
■悩み相談窓口、受付時間を延長<br>
+
夏休み明けに合わせ、子供や保護者の悩みを聞く相談機関は普段より電話の受付時間を延長するといった対応強化に乗り出している。<br>
+
18歳以下の子供を対象にした相談窓口「チャイルドライン」では、9月4日まで普段より4時間長くし、午後2~11時、フリーダイヤル(0120)997777で相談に応じる。<br>
+
オンラインチャットも、期間中は曜日を限定せず、毎日午後4~9時に開設する。<br>
+
運営するNPO法人「チャイルドライン支援センター」の高橋弘恵さんは「相談者のありのままを受け止める。<br>
+
悩んでいたり、もやもやしたりしている人は抱え込まないで」と話す。<br>
+
法務省の「子どもの人権110番」は、9月4日までは時間を延長、平日は午前8時半から午後7時まで、土日は午前10時から午後5時まで受け付け、保護者にも対応する。<br>
+
文部科学省も「24時間子供SOSダイヤル」への相談を呼び掛けている。<br>
+
〔2019年9/1(日)産経新聞〕 <br>
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
ページ名[[]]、沖縄県(不登校のニュース、) <br>
+
ページ名[[]]、() <br>
'''「地獄のような」日々だった…不登校だった人と親が語る #不登校は不幸じゃない '''<br>
+
'''発達障害について学ぶ'''  
親や子としての不登校経験を語ったイベントの参加者=18日、南風原町文化センター <br>
+
「落ち着きがない」「忘れ物が多い」「友達とうまく遊べない」など、こどもの発達が気になる保護者や支援者のみなさん、一緒に学び、これからの子育てのヒントにしてみませんか?
夏休み明けを前に「#不登校は不幸じゃない」と題したイベントが18日、南風原町文化センターで開かれた。<br>
+
日時:5月30日(木)10時~12時
不登校経験のある人と親計4人が体験とともに「学校に行けなくても将来は大丈夫」「生きていれば未来は見えてくる」と伝え、約40人が耳を傾けた。<br>
+
場所:区役所5階 会議室
小学3年から中学3年の2学期まで学校に行けなかった志堅原京子さん(41)は、学校に行こうとすると吐いてしまう「地獄のような」日々を送った。<br>
+
講師:NPO法人「チャイルズ」代表 是澤(これさわ)ゆかり氏
体重が20キロを下回るほど苦しんだが、原因は分からない。<br>
+
定員:30名
「人に気を遣う敏感な子どもだったから」と今は思う。「一からやり直したい」と考えるようになった時、7年間続いた嘔吐(おうと)が止まった。<br>
+
申込:電話(先着順)
「どんなに周りが行かせようと思っても行けない時は行けない。心が成長した時に行けるようになる」と語った。<br>
+
費用:無料
盛島楓さん(22)は、いじめが原因で小学3年から中学2年まで不登校になった。<br>
+
問合せ:保健福祉課(子育て支援室)
「体調が悪い」と理由をつけて欠席する自分を責めていたが、ある日母親から「行きたくなければ行かなくていい」と言われ、「家にいていいんだ」とほっとしたという。<br>
+
【電話】6576-9844
盛島さんは現在、コスメショップのオーナー。<br>
+
【FAX】6572-9514
「生きていれば未来が見えて次の段階に進める。本人が挑戦したいことを経験させてほしい」と呼び掛けた。<br>
+
〔広報みなと令和元年5月号大阪市港区〕 <br>
小学6年の娘が不登校の女性(44)は当初、頑張れば解決できると「あの手この手で無理やり登校させた」と振り返る。<br>
+
だが、娘は学校に行くたびに発熱。<br>
+
他の体験者らとつながりを持つようになると、「私も生きやすく、娘も笑顔が増えた」と言い、今は「娘は幸せと言うようになった。<br>
+
この経験は私たちの糧になる」と前を向いた。<br>
+
イベントは全国一斉企画の一環。<br>
+
沖縄では盛島さんの母・美奈子さん(48)が中心となって開いた。<br>
+
〔2019年8/19(月) 沖縄タイムス〕 <br>
+
 
+
 
+
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
観際メル
+
斎藤環
【令和に咲く】役立つ助言とことん追求 哲学生かし、自分なりに 「悩み相談」担当の高校生・観際メルさん(八代市) 
+
'''「中高年ひきこもりは自己責任か?」精神科医・斎藤環が予測する「孤独死大量発生」時代'''<br>
読書で培った哲学を生かして、フリーペーパーに連載を持つ観際メルさん=八代市
+
「ひきこもりが自己責任だという捉え方は明らかに間違いです。長引くひきこもりは、家族の思惑や社会のプレッシャーや本人の苦しさなど、さまざまな要因が複合して成立する現象で、自分の意思決定ではありません。どこの家庭でも、どんな年齢の誰にでも起こりうる現象ですから、世間は寛容になってもらいたいと思います」
「高校生の息子が、スマートフォンを片時も離しません」。そんな母親からの相談に、当時中学2年だった観際[みきわ]メルさん(ハンドルネーム)=八代市=はこう返した。「あなたが息子さんに執着してませんか」
+
'''中高年ひきこもりは自己責任かと問う斎藤環さん'''
フリーペーパーの悩み相談コーナーで回答を担当するメルさん。不登校を経験し、哲学を愛する。連載は形を変えて続き、メルさんは高校生になった。
+
こう語るのは、精神科医として30年前から不登校やひきこもりの問題に取り組んできた、斎藤環・筑波大教授(社会精神保健学)だ。<br>
哲学との出合いは小学6年のとき。学校では、先生への反論や個性が許されないことに違和感を覚えた。「人間味あふれる」哲学の本を読み始めた。
+
'''「中高年ひきこもり」の実態に初めて光があたった'''<br>
2016年、中高一貫校に進学。「哲学のことを話せる友達ができるかも」と期待したが、中学でも環境の変化はなかった。熊本地震後に不登校となり、6月半ばから保健室や別教室へ登校した。
+
40~64歳の「中高年ひきこもり」が、全国で約61万3000人いる――。先日、内閣府が発表した推計値は世間に大きな衝撃を与えた。これまで政府は39歳以下の「若者」を対象にした調査しか行ってこず(30代以下のひきこもりの推計値は約54万人)、今回の全国調査で初めて「中高年ひきこもり」の実態の一端に光があたったからだ。<br>
ブログを始めたのは中学1年。読んだ本の面白さと読みやすさを5段階で評価し、感想をまとめた。学校や日常生活で思うことも書いたところ、八代市などで配布されるフリーペーパー「やつしろぷれす」が連載を依頼。17年、「中学生メルのピリ辛アドバイス(メルアド)」がスタートした。
+
'''自分には「娯楽を楽しむ資格はない」と思い詰め'''<br>
やつしろぷれすに掲載された「中学生メルのピリ辛アドバイス(メルアド)」
+
ひきこもりの人は、顔が見えにくい。自ら外に助けを求めることも少ない。そのため、斎藤氏らが20年前から「ひきこもり高齢化」に警鐘を鳴らしてきたにもかかわらず、国の調査や対策は常に後回しにされてきた。<br>
「早起きが苦手」-「きちんと生活できているので、それでいいのでは」
+
「中高年のひきこもりでは、1日、何もしていない人が半分ぐらいいます。ベッドで横になったり、ソファに座っていたり。頭の中でいろいろ考えて葛藤しているから、退屈は感じないそうです。部屋に籠ってネットやゲームに没頭している印象を持たれがちですが、それは実は少数派。ひきこもっている人は自責的になっており、自分には娯楽を楽しむ資格はないという思いがあるようです。思い詰めすぎた結果、鬱などを発症してしまうケースもあります」<br>
「彼氏がデートの時、スマホばかり見ている」-「一緒にいすぎて話題がないのかも。デート回数を減らして、お互いが一緒にいる時間を大切に」
+
'''「ひきこもりバッシング」が起こる懸念も'''<br>
心掛けるのは「客観的に問題を見て、肯定も交ぜつつ、納得してもらえるような答えにすること」。1日以上じっくり考えて、悩みに真剣に向き合う。哲学書も参考にし、自分なりの答えを返す。
+
斎藤氏は、現在50歳代半ばのひきこもりが一斉に年金受給開始年齢に達する「2030年問題」を指摘する。<br>
今年4月の高校進学を機に連載は「メルの懺悔[ざんげ]室」となり、読者が打ち明ける過ちを考察し、助言するコーナーにモデルチェンジした。「理想は包容力のある大人の返しができること」とはにかむ。
+
「わが子の将来を案じる親は、自分が死ぬまで、子の年金保険料を払い続けているはずです。その子たちが年金を受給し始めたとき、年金制度は支払いに耐えられるでしょうか。
将来の夢はまだ分からない。ただ、「大学で哲学を本格的に学びたい」と思う。「情報と人が多く集まる都会で生活して、哲学を語る友達をつくりたい」(文・写真、中村悠=29歳)
+
また、年金の財源は半分が税金です。一般の人から『税金を払ってないくせに年金をもらうのはずるいじゃないか』という“ひきこもりバッシング”が起こることを、私は強く懸念しています。生活保護に頼る場合も同じです。『ひきこもったのは自己責任なのだから、死んでも仕方ない』との論調が、世の中の主流になってしまうことを危惧します」<br>
◇みきわ・める 2003(平成15)年生まれ。県内の中高一貫校の中学校卒業後、通信制高校に進学。勉強や読書の傍ら、スーパーの鮮魚コーナーでアルバイトに励む。カメラや旅行に興味がある。最近は美術史も勉強中。
+
さらにその先に、非常に深刻な問題が予測されるという。<br>
「メルの懺悔室」
+
「私が案じるのは、そもそもひきこもりの半数以上は、年金や生活保護の受給申請をしないかもしれないということです。役所で手続きをする生活能力の問題もあるし、何より恥だと感じて申請しない人も多いのではないか。その場合、あとは孤独死しかありません。やがて“孤独死大量発生時代”がやってくるでしょう」<br>
<取材を終えて>芯の強さ、大人顔負け 観際メルさんの行動基準は「『やりたいか』と『自分が求められているか』の2点のみ」だという。イギリスへのホームステイに挑戦するなど、「見聞を広めたい」と国内外への旅行にも積極的に出掛ける。彼女を前にすると「果たして自分はいつも自分の頭で物事を考えているか」と不安になる。それほど、強い芯を感じる女子高生だ。その強さと哲学を糧に、どんどん自分の世界を広げてほしいと思う。(八代支社・中村悠)
+
ひきこもり家庭の「家計」、就労にとっていちばん大事な「安心」、懸念される「介護虐待」など、多岐にわたって対策を論じる斎藤環氏の提言「『中高年ひきこもり』100万人の現実」は、 「文藝春秋」6月号 に全文掲載されている。<br>
〔2019年9/27(金) 熊本日日新聞〕 <br>
+
ひきこもり高齢化は、私たちの社会が直面する「いま、そこにある危機」だ。<br>
 
+
「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年6月号<br>
 
+
〔2019年5/17(金) 文春オンライン〕 <br>
 
+
 
+
 
+
 
+
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
NPO法人ヒューマンフェローシップ
+
'''斎藤環「中高年引きこもり、復帰しやすい環境を」筑波大学斎藤環教授'''<br>
NPOヒューマンフェローシップ
+
【まとめ】<br>
ミュージカルで若者支援
+
・引きこもりの高齢化・長期化が懸念されている。<br>
生きづらさ抱える人と創作
+
・多様な働き方を認め、社会復帰可能な社会へ。<br>
教育
+
・幼少期からのコミュニケーションスキル教育で若者の不登校・引きこもり対策を。<br>
おどるなつこさん(中央)から指導を受ける参加者
+
(C)Japan In-depth編集部 <br>
磯子区のNPO法人ヒューマンフェローシップは、生きづらさを抱える若者らとミュージカルをつくる企画を10月から行う。様々な役割があるミュージカルを通して、仲間づくりや達成感を体感してもらい、今後の人生に役立ててもらうことが狙いだ=中面に関連記事。
+
今年3月末、40歳から64歳の中高年の引きこもりは約61万3000人との調査結果が内閣府から発表された。<br>
この企画は「生きづらさを抱える子ども・若者とつくるミュージカルプロジェクト」。横浜市と(公財)横浜市芸術文化振興財団の「芸術創造特別支援事業リーディング・プログラムYokohamaArtLife」に採択され500万円の支援金で活動する。
+
今回は筑波大学で医学医療系教授を務める斎藤環氏をゲストに招き、政治ジャーナリストの細川珠生氏が、引きこもりの長期化と高齢化について聞いた。
芸術分野の視点を
+
始めに斎藤教授は引きこもりが高齢化している要因について、「かつての引きこもりは不登校からそのまま長引く人が8割を占めていた」「2000年代からは退職後に引きこもる人や、一旦就労したがストレスで仕事を辞めて引きこもる人が増えた」などと述べ、引きこもりを始める年齢が上がっていると指摘した。更に「80~90年代に中学生だった人が引きこもりを始め、気付いたら現在30~40歳になっていることが多い」とも述べ、引きこもりの長期化が高齢化の要因にもなっているとの見解を示した。<br>
同法人は設立以来、不登校やニート、引きこもりなどから自立を目指す若者に、安心して住める住環境の提供や専門的な就労支援を行ってきた。「これまでの就労支援にプラスして芸術分野、遊び的な視点からの体験を通して、今後の人生のきっかけにしてほしい。キャストや照明、広報など自分にあった役割で、一つのものを作る醍醐味を体感してもらえれば」。こう話すのは、同法人代表理事の岩本真実さん。
+
引きこもりは女性より男性に多く見られるという結果については、「こういう統計をとると大体このような結果になるが必ずしも事実ではない」「女性の引きこもりも非常に多いと言われている」と述べ、その背景について「日本社会の中では女性が引きこもっていても問題視されにくく、事例化するかどうかという問題がある」ことを挙げた。「家事手伝いなど、女性の引きこもりを正当化する言葉があり、周りの人があまり問題視しない」「男性に比べればだが、大学を卒業してすぐに就職しなくてはいけないというプレッシャーが女性には少なく、引きこもりも大目に見られやすい」ことが要因となり、女性の引きこもりは数字に出てくいとの見方を示した。これを踏まえた上で、「事例化が少ないことを加味しないと、必ずしもこの数字を鵜呑みにはできない」と強調した。<br>
プログラムは、根岸駅前の「Negishi Livebox M6」などを会場に3カ月間、タップダンサーのおどるなつこさんら専門家を招きワークショップ形式の練習を行う。12月21日(土)、22日(日)にクラシックミュージカル「ジーザス クライストスーパースター」を上演する。
+
細川氏は「中高年と若者の引きこもりでは、原因や対策、解決方法に違いはあるか」と聞いた。<br>
9月1日には、プログラム開始にさきがけ、同法人の関係者らが練習を行った。おどるなつこさんから、ストレッチ法や発声方法などの指導を受けた。10月から興味のある人に参加してもらう。練習日は、水・木・日曜日。12月の公演のほか、路上パフォーマンスなども予定している。
+
斎藤教授は「決定的に違うのは学歴」と述べ、「20歳くらいまでは学校という居場所がある」「不登校も引きこもりに移行する原因の一つなので、不登校対策をしっかりやるのが最初の予防策」などと若者の引きこもりを防ぐ方法について話した。<br>
〔2019年9月12日 タウンニュース金沢区・磯子区版〕 <br>
+
一方で就労可能年齢を超えた人へのアプローチについては、「就労支援の枠組みを柔軟にしていく」ことが必要だとの見方を示した。現在の就労支援について、「過去に比べて随分柔軟になったものの、未だ荒っぽいところがある」「引きこもりや発達障害を持った人のように、対人関係だけは苦手だけれど、就労可能なスキルは持っているという人が対象からあぶれやすい」などと述べた上で、「対人困難や社会参加困難の度合いによって色々な職種が選べるような復帰しやすい環境が必要」だとした。「引きこもりを一度起こしてもまた復帰できる社会にするのが一番有効な対策だ。」とも述べた。<br>
 +
就労形態や仕事の仕方の多様性が必要だとする斎藤教授の意見に対し、細川氏は厚生労働省が進めているテレワークなどにも言及。<br>
 +
「働き方改革の中では子育て期の女性にあてはめがち」とした上で、家を含めた多様な職場環境を認める会社が増えていることについて「対人関係が苦手な人達でも仕事がしやすい環境になるかもしれないということか」と聞いた。
 +
斎藤教授は「ネットの恩恵はまさにそういう所にある」と述べた上で、インターネットの普及によって人と対面で関わらずして仕事ができるようになったり、個人もオンラインでモノを売ることが出来るようになったり、自分の得意なことを活かして起業できるようになったりしたことに触れ、「ネットを駆使して稼ぐということをモデル化していくのは大事」と述べた。<br>
 +
一方で「ネットで完結は出来ない」「どこかで人と接点がないと生きる実感や充実感が得られない」などとも述べ、“ネットで稼ぐ”ことの問題点を指摘し、対面でのコミュニケーションも不可欠だとの見方を示した。<br>
 +
今や、生まれた時からスマートフォンがある世代が小学生に成長。細川氏はインターネットやスマートフォンの普及に伴って、「人間関係の構築が難しくなっている」と述べた。加えて、「不登校になる年齢も早まっている」と述べた上で、「今までの中学生や反抗期においての不登校対策だけではなくて、それを小学生でもやっていかなければならないというのが現状だと思う」と述べ、「幼い子どもに対してはどういったことを心掛けていく必要があると思うか」と聞いた。<br>
 +
斎藤教授は「ゲームやスマートフォン、パソコンなど、バーチャルなデバイスを使うことは、これから生きていく為のスキルとして必須」とした上で、「いかにバランスよく接していくか」が大事だとした。<br>
 +
更に「コミュニケーションというものを全体として包括的に捉えていくことが必要」だとも述べた。<br>
 +
これについてはスクールカーストを例に挙げ、「カースト上位の生徒を決定づける要因がコミュニケーションスキル」だという事実に言及。しかし子どもたちが考える“コミュ力”というものは子ども独自文化の中で測られるものであり、その偏った視点でのカースト形成によって「偏ったコミュニケーション能力が良いものとされてしまう。それは企業では通用しない」と懸念を示した。<br>
 +
これを改善する為の方法として、斎藤教授は「小学校中学校から、正当な意味でのコミュニケーションスキルを学校の先生が教える機会がもっと増えるべき」<br>
 +
「そのコミュニケーションスキルの中に、リテラシーなどネットによるコミュニケーションも含まれるべき」と述べ、コミュニケーションスキル教育をしっかりやっていくことが一番重要だとの見解を示した。<br>
 +
以上を踏まえて細川氏は、引きこもりの問題の根本は学校での教育にある可能性を指摘し、反抗期の子供への関わり方について聞いた。<br>
 +
これに対して斎藤教授は「私の考えだが、最近親御さんも親としてのゆとりがない」と述べ、少し前の世代に比べて「子供が言うことを聞かないと本気で子供を嫌いになってしまう」「思い通りにならない子供はいらない」という傾向が強まっているように感じると懸念を示した。更に「子どもにとって一番悲惨なのは放っておかれること、無視されること」「反抗はちゃんと関わってもらう為のアピール」だと述べ、「親は振り回されてあげて頂くということが大事」だと話した。加えて、「引きこもっている方を見ると、自己肯定感が非常に低い方が多い」「遡って聞いてみると、親に一度も褒められたことがない、或いは条件付きでしか褒められたことがないという幼少期を持っている人が目立つ」と述べ、「親は自己肯定感の基礎を作る大事な存在」であることを強調した。<br>
 +
「総論yesで各論no」、つまり「(子供の)存在は常に肯定する、(子供の)個々の言動に関しては(親が)嫌なことは嫌だ、と主張していく」というスタンスで子どもに関わるのが大事だとの考えを示した。<br>
 +
(この記事はラジオ日本「細川珠生のモーニングトーク」2019年5月11日放送の要約です)
  
 +
「細川珠生のモーニングトーク」
 +
ラジオ日本 毎週土曜日午前7時05分~7時20分
 +
ラジオ日本HP http://www.jorf.co.jp/index.php
 +
細川珠生公式HP http://hosokawatamao.com/
 +
細川珠生ブログ http://tamao-hosokawa.kireiblog.excite.co.jp/
 +
.
 +
細川珠生(政治ジャーナリスト)
 +
〔2019年5/17(金) Japan In-depth〕 <br>
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
石井志昂
+
ないない夫にイライラ!
不登校は人生の“詰み”ではない。『不登校新聞』編集長が伝えたいこと
+
'''電気を消さない、引き出し閉めない、ドア閉じない! ないない夫にイライラ!【お悩み相談】'''<br>
夏休み明けが重なる「9月1日」を控え、いまも苦しい気持ちを打ち明けられずに学校へ向かおうとする子、向えないかも…と不安になっている子がいるかもしれません。
+
夫との関係、義実家との付き合い、仕事やキャリア、ママ友などの人間関係……。毎日がんばって生きていると、悩みは尽きませんよね。そんなお悩みに、専門家がアドバイス。<br>
そんな子どもたち、そして、その親に向けて『不登校新聞』編集長・石井志昂さんは「不登校は人生の“詰み“ではない」と語ります。その意味とは…? 石井さんがハフポスト日本版に寄稿した。
+
SILVA姐さんに訊きました! 「結婚生活でモヤッた気持ち、相手にどう伝える?」<br>
夏休み明けが重なる「9月1日」は子どもの自殺が1年で最も多い日です。いまも苦しい気持ちを誰にも打ち明けられずに、学校へ向かう子がいるかもしれません。
+
今回は旦那さまの行動にイライラしている「コモドドラゴン」さんのお悩みです。<br>
そこでこのブログでは、夏休み明けの子どもの心境をお伝えするとともに、「不登校は人生の“詰み”ではない」ことをお伝えできればと思っています。
+
まずは、ここで前提としている「9月1日」の意味からお伝えします。
+
2015年8月に発表された「自殺対策白書」によると、1972年~2013年の42年間で、9月1日に自殺した子どもは131人。平均の2.6倍と突出しています。調査分析したのは森口和研究員(現・自殺総合対策推進センター所属)でした。
+
夏休み明けのこの時期、なぜ自殺が集中するのか。それは私たち『不登校新聞』が取材してきた不登校の子どもたちの心境からうかがい知ることができます。
+
 
+
内閣府「自殺対策白書」より作図
+
必死で通っている時には感じない「苦しさ」に気づく
+
夏休みに入ると、子どもは大きな解放感を得ます。それは学校に苦しさを感じていない子も同じだと思います。
+
学校へ行くのが苦しい子の場合、夏休みに入った直後、長い睡眠時間をとったり、強い倦怠感に襲われたりします。学校へ通っていたころの緊張と疲労が一気に噴き出すからです。
+
こうした「休息」が充分にとれると「学校での苦しさ」を自覚します。毎日、がんばって学校へ通っている時は必死なので、「苦しさ」を感じないことが多いのです。
+
「苦しさ」の中身は、いじめや、いじめとは言えなくても教室内の人間関係でついた心の傷、勉強への重圧、部活や先生についての悩み、親からの期待に応えられなかったという自責の念などです。
+
子どもがそうした「苦しさ」を感じ始めるのが、お盆明けごろです。
+
俗に「学校へのカウントダウン」とも呼ばれていますが、苦しさを感じていた学校へ「あと〇日で戻ってしまう」という気持ちが芽生えるからです(東北や北海道では、より早く休みが明けるのでお盆前にカウントダウンが始まります)。 
+
学校への不安感、恐怖感がしだいに募っていく感覚を「地獄が迫ってくる感じ」「ジェットコースターが落ちる前の感覚」だと表現していた子どもたちもいました。
+
そして、緊張感や不安感が最も高まるのは夏休み明けの前夜です。
+
じつは子どもの自殺も夏休み明けの前夜がもっとも多くなります。「9月1日」が多いと言われていますが、本当に多いのは「8月31日の深夜」。深夜のため統計上は日付が変わって、「9月1日」が突出しているように見えるのです。
+
親の直感を信じて、子どものSOSを見極める
+
親からすると、子どもがそれほど学校で苦しんでいるならば「SOS」をいち早く見つけたいと思うものです。子どもたちが発信する特徴的なSOSは以下のとおりです。
+
・体調不良を訴える(頭痛/腹痛/体の痛みなど)
+
・食欲不振
+
・不眠
+
・これまでやれていたことができない(夏休みの宿題など)
+
・大好きだったものが楽しめなくなる(本を読む、絵を描くなど)
+
・理由を言わずに「死にたい」「人生をやめたい」と訴える。
+
「死にたい」と訴えてきた場合は別ですが、その他の理由は「夏休みだから」という理由で、つい見落としがちです。食欲不振や不眠などは「夏バテかな」と思いますし、夏休みの宿題ができないことなどは「恒例だ」と思う人も少なくないでしょう。
+
私も上記のことがすべて「SOS」に該当するとは思いません。しかし、夏休みに入った直後と夏休み明けが近づいてきた時期とを比べ、上記のようなことが目立つ場合は注意が必要です。
+
SOSかどうかの指針として、あるお母さんは「親の直感を信じていい」と話していました。
+
 
+
ただ、不登校やひきこもりなどの「将来への不安」が先行すると、その直感は鈍ります。心を落ち着かせて、小さいころから見てきたわが子の様子を思い出し、「今」異変を感じるかどうか。
+
その問いに対する親の直感は「そうそう外れない」と言っていました。
+
ただし、「学校へ行きたくない」と本人が訴えてきた場合は別です。
+
「学校へ行きたくない」子に言ってはいけない2つの言葉
+
子どもが「学校へ行きたくない」と言ったらどうしよう。親にとって大きな心配の1つでもあります。
+
学校で苦しんでいればいるほど、子どもは「行きたくない」という一言を言えません。学校には行くものだと強く思っているからです。学校へ行けないぐらいなら死んだほうがいいと本気で思っている子どもも少なくありません。
+
なので「学校へ行きたくない」と深刻に訴えてきた場合は、最大級のSOSだと思ってください。子どもは限界ギリギリ、がけっぷちで親に助けを求めています。
+
 
+
では、その時、どうすればいいのか。じつは多くの親が踏んできた地雷(禁句)があります。
+
 
+
「なんで学校へ行きたくないの」
+
  
「もうすこしがんばってみよう」
+
◆相談者プロフィール コモドドラゴン(52歳女性)<br>
この2つが子どもを追いつめる禁句の言葉です。もっと言うと、親ならば誰しも言ってしまうであろうこれらの言葉で、不登校の子たちは深く傷つけられ、追いつめられてきたのです。
+
子育ての次は夫育て? 毎日穏やかに過ごしたいだけなのに…<br>
ならば、どうすればいいのか。
+
例えば「そっか」と同意をした後で、「いま、どんな気持ちなの?」と心境を聞き、そのうえで、学校へ行く、行かないの選択肢を子ども自ら選んでもらい、周囲はその選択に従う。 
+
これは、学校へ行きたくないと訴えたときだけでなく、子どもの悩みを聞く姿勢としても確立している手法でもあります。
+
もちろん、これが普段からできる人は、フリースクールのスタッフなど「プロ」ですが、「なるべくそちらの方向を目指す」という程度に覚えておいてもらえたら幸いです。
+
不登校には「その先」がある
+
自分の子や自分が不登校にならなくても、知ってほしいことがあります。
+
  
1つは、学校へ行かなくなった後、フリースクール、学童、図書館、自宅などが子どもの居場所になって、その成長や学びを助けるケースが多くあるということ。
+
■ お悩み相談<br>
2つめは、小中学校へ通うことは子どもの権利であって、義務ではないということ。
+
51歳の夫の日頃の行動にイラついています。<br>
憲法では、子どもは教育を受ける権利がありますが、親は子どもを無理やり学校へ通わせる義務はありません。子どもが望めば、校長裁量で1日も学校へ通わず、小中学校を卒業することができます。私の友人も小学校は1日しか通っていませんが、彼女はいまIT企業で働いています。
+
まず、つけた電気は消しません。夫がお風呂から上がると浴室の電気はもちろんのこと、洗面台、脱衣所の電気すべてが煌々(こうこう)とついています。それなのに換気扇は何度言ってもつけないので、「なんでやねん!」とイライラしながらチェックしてまわるのが毎日の私の仕事です。<br>
不登校には「その先」があること。そして、義務教育は子どもの義務ではないこと。
+
タンスの引き出しは毎度空き巣に入られたかのように中途半端に段違いであいています。そのうえ、そこから引っ張り出した服がだらーんと出ているのでもうため息しかありません。冷蔵庫のドアも開けたら完全に閉めないので、しばらくしてからピーピーと鳴る警告音で「また!」と気づくのです。<br>
この2つはまだ多くの人に知られていませんが、事実であり、不登校が人生の“詰み”=終わりではないという根拠の1つです。
+
いずれにせよ後から点検するのに手間がかかるので、それなら初めから私が出すほうが早いと思って、つい先回りしてやってしまうので、夫がそのくせを治す気配は一向にありません。
私自身、中学2年生から不登校でした。私の予想に反して、学校へ行かないことは「人生の詰み」ではありませんでした。
+
何度か「どうしてつけた電気を消さないの?」と聞いたことがありますが、「電気はつけたときと消したときに一番電気代がかかるんだよ。ずっとつけているほうが経済的なんだ」などと分かったような分からないような屁理屈をこねます。<br>
もし学校が怖いと感じている人がいるならば、私のように生きている人を知ってもらい、どうか「死ぬ以外の選択肢がある」ことを信じてもらいたいと思っています。  
+
私よりあとに夫が出かけるときなど、帰宅すると部屋中の電気だけでなくエアコンまでもがつけっぱなしで、最近よく聞くスマホから電気の消し忘れをチェックできるスマート電化にするべきか真剣に考えています。<br>
少しでも自殺を考えてしまったり、周りに悩んでいる人がいる人たちなどに向けて、以下のような相談窓口があります。 
+
夫だけの問題ならまだいいのですが、最近は高校生の息子までが部屋の電気をつけたまま学校へ行ったり、夫と同じ片鱗がうかがえるので戦々恐々としています。息子に注意しようにも「お父さんもやってるじゃない」と言われると、やはりまずは夫に改めてもらわないと示しがつかないな、と思っています。ただ、長年の習慣を50過ぎてどうやったら治るのだろうと困り果てているのです。<br>
 +
■ 「完了」に親しむトレーニングを取り入れましょう。<br>
 +
1.「完了」のルールを具体的に決めましょう。たとえば「入浴後のルール」として「換気扇をつける」「照明を消してから脱衣所を去る」など。<br>
 +
2.「完了」の動作を意識させましょう。たとえば、冷蔵庫の警告音が鳴ったとき、あなたが即座に閉めなければ旦那様や息子さんが気にして閉めてくれるかもしれません。そのときに「閉めてくれてありがとう!」と感謝しましょう。引き出しが閉まっている状態について「閉まってると気持ちいいね!」とあえて伝えてもいいですね。<br>
 +
3.旦那様や息子さんが「完了」しやすい仕様のものを取り入れましょう。たとえば、照明器具としてセンサーライトを導入したり、タンスではなくオープンラックやハンガータイプの収納家具を用いたりすることを検討してみてください。<br>
 +
4.電気使用量がグラフ化される機材やアプリを用いてみましょう。ゲーム感覚で節電を意識できれば「完了」するメリットを感じてくれるかもしれません。<br>
 +
◆回答者プロフィール 海野 雪(うみの・ゆき)<br>
 +
上級心理カウンセラー(日本能力開発推進協会認定)、不登校児童対応アドバイザー(全国webカウンセリング協会認定)など、心理系・教育系を中心に多様な資格を有する。200名以上の相談対応実績あり。<br>
 +
〔2019年11/24(日) レタスクラブニュース〕 <br>
  
チャイルドライン:0120-99-7777
 
東京自殺防止センター:03-5286-9090
 
いのちと暮らしの相談ナビ:
 
厚生労働省|自殺対策ホームページ:0570‐064‐556
 
自殺総合対策推進センター:
 
(編集:毛谷村真木)
 
石井志昂
 
〔2019年8/30(金) ハフポスト日本版〕 <br>
 
  
  
1,277行: 1,405行:
  
 
〔〕 <br>
 
〔〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
1,283行: 1,410行:
  
 
〔〕 <br>
 
〔〕 <br>
 
  
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 
ページ名[[]]、() <br>
 
ページ名[[]]、() <br>
 +
 
〔〕 <br>
 
〔〕 <br>
  

2019年12月12日 (木) 23:03時点における最新版

このページは新聞ニュースなどを一時的に保管するページです。記事はこのあと分類し、それぞれのページに移動します。分類の仕方は下段に表示していますが改善を重ねています。(2018年12月)

このパンくずリストは制作作業用です
不登校・引きこもり質問コーナー・部外者回答編

Icon-path.jpg メインページ > ひきこもり周辺ニュース > [[:Category:|◎]] > 周辺ニュース
Icon-path.jpg メインページ > 北海道 > さいたま市 > 周辺ニュース
所在地 北海道
TEL
FAX

目次

周辺ニュース

ページ名斎藤環、(人物紹介)
筑波大・斎藤教授が講演 「対話の回復、継続を」 土浦 引きこもり対応説く
「引きこもりには対話が大事」と話す斎藤環教授
引きこもりへの理解と支援を考える学習会が16日、土浦市下高津の霞ケ浦医療センターで開かれ、精神科医で筑波大医学医療系の斎藤環(たまき)教授(57)が講演した。
引きこもりに絡む事件が起き社会問題化していることについて「引きこもりが危険というのは誤り」とした上で「家庭内での対話の回復と継続が大切。本人が安心して引きこもれる関係づくりから出口が見いだせる」と訴えた。
斎藤教授は、引きこもりが大きな社会問題になったのは20年ぶりと指摘し、「200万人の引きこもりのうち事件は数件に過ぎない。犯罪率は低く、基本は安全」と、引きこもりと犯罪を結び付けることは誤りと強調した。
引きこもりは不登校からなることが多く、毎年、数万人が引きこもり、社会復帰せずに増えたり長期化・高年齢化したりしていると現状を示した。
引きこもりは「たまたま困難な状況にあるまともな人」とし、自分自身の状態を肯定的に受け入れられるようになれば出口に近づくという。
親の関わり方について、怠けや甘えを指摘・批判したり説教したりするのは禁句だとし、当事者の声に耳を傾け受け入れることの大切さを説いた。
当事者との接し方を「仲のよい友達の子を預かる距離感がいい」と例え、個人の権利や尊厳に配慮すべきと述べた。
消費活動は社会参加の一歩になるため、月平均2万円ほどの小遣いをあげることを奨励。
ただし、家庭内暴力は絶対に許さない姿勢を持ち、警察への通報や家を出る避難も必要と語った。
斎藤教授は「家庭は最初と最後の支援者。
根気と時間がかかるが、孤立させず放っておかないという気持ちを保ち続けながら、信じて待つことが大事」と助言した。
講演会は県南地域医療懇話会が主催し、市民ら約200人が参加した。
  〔2019年6/17(月) 茨城新聞クロスアイ(綿引正雄)〕

周辺ニュース

ページ名ルネサンス大阪高等学校、大阪府大阪市北区(通信制高校・大阪府)
通信制高や専門学校、教材に「eスポーツ」新校舎借り定員大幅増に
近畿大の学生講師にeスポーツの実技指導を受けるルネサンス大阪高等学校の生徒たち=大阪市北区で2019年1月21日午後1時51分、松本光樹撮影
昨今盛り上がりをみせるeスポーツ。エレクトロニック(電子)スポーツの略で、コンピューターゲームで対戦する競技のことだ。
通信制高校や専門学校が講座を設ける動きも出てきている。
大阪市北区の通信制高校「ルネサンス大阪高等学校」も昨年4月、「eスポーツコース」を新設。
全国から問い合わせが相次ぎ、今年4月には新校舎を借りて定員を大幅に増やした。
担当者は「プロ選手を養成するのが主目的ではない。ゲームはあくまで高校教育における教材だ」と語る。
どのような授業が行われているのか。
  ◇外部と交流、自分変える
「このキャラ(クター)だったらここはもっとせめて大丈夫」「そこは戦略が大事になってくる場面だ」
近畿大のeスポーツサークルの学生3人の指導に熱心に耳を傾けるのは、学生服に身を包んだ約20人の生徒たち。
図書館の自習室のような机が並んだ部屋にはキーボードとモニターが並ぶ。
取材した日に扱われていたのは「リーグ・オブ・レジェンド」と呼ばれる5人対5人のチームで陣地を取り合うゲーム。
生徒たちは身を乗り出し、「こっちから突破しようか」「今だ、いけ!」などと互いに声を掛け合いながら、キーボードを連打している。
授業はゲームの技術を磨く「実技」に加え、海外チームとの対戦を見据えた英会話を学ぶ時間もある。
昨年度は17人が在籍していたが、年間を通じて問い合わせが相次ぎ、今年4月にはコース専用の施設「梅田eスポーツキャンパス」を新たに開設した。
定員を増やして募集すると、予定人数の3倍以上の希望者が現れ、現在は約60人が在籍する。
北海道から沖縄まで全国から入学しており、「プロゲーマーになる」という志を持つ生徒もいる。
一方で、全日制の学校で不登校となった経験をもつ生徒も多い。
同校の福田和彦・法人営業部長は「入学前には人と話すのが苦手だった子も、驚くくらい人と話せるようになった」と変化を実感する。
実際、昨年10月から通う男子高校生(17)は、2年ほど前から学校になじめず家から出ずゲームをするようになったというが、この高校では「学校にくることが楽しくなった」と話す。
コースには、メンタルコントロールの授業も。
心理カウンセラーの小上左千子さんは、心理テストなどの結果をもとに「あなたは短気。他の人の話をまずしっかり聞いてみて」「ゲーム以外のことにももっと目を向けよう」などと個別にアドバイスすることもある。
福田部長は「eスポーツは子供たちが変わるきっかけになる。『ゲームが好き』という共通点を持つ仲間と交流をすることで、いろんなことに興味を持つきっかけにしてほしい」と話している。
〔2019年6/17(月)毎日新聞【松本光樹】〕

周辺ニュース

ページ名小学校、(小学校、教育のニュース)
話題の不登校小学生ユーチューバー「学校って行く意味あるの?」その考えとは
思い返してみてください。嫌なことやしんどいことがあったとき、「なんで学校なんか行かなきゃいけなんだろう」と思ったことがある方も多いはず。
さて、大人になった今、我が子に、「どうして学校に行かなきゃいけないの?」と聞かれたら、あなたはいったいどのように答えますか? 
今回は、「学校へ行くことの意味」を考えてみたいと思います。
学校って行く意味あるの? 
ほとんどの子供たちは「学校=勉強をするところ」と思っていることでしょう。
退屈な授業、膨大な宿題、勝手に決められた時間割…。そのどれもが、子供たちにとってうんざりするもの。
「学校なんかなくなればいいのに」「勉強なんか家でもできるじゃん」なんて思っている子供も少なくはないはずです。
最近注目を集めた不登校小学生のユーチューバー。ご存知の方も多いのではないでしょうか? 
メディアでも注目を集めた彼はこう言いました。
「先生のいうことにハイハイ言う周りの子たちがみんな、ロボットに見えた。
人生は冒険だ。不登校は不幸ではない、いやいや学校へ登校している子供たちの方が、よっぽど不幸である」と。
彼の発言に多くの著名人が反応し、一躍時の人となりました。
確かに現代では、スマホやネットを使えばわからないことはすぐに調べることができます。
また、海外では、アメリカやカナダをはじめとして、「ホームスクーリング」という学習方法が合法になっている国もあります。
では、子供たちはどうして学校に行かなければならないのでしょうか? 
子供たちに「なぜ、学校へ行かなければならないの?」と問われたら、どう答えたらいいのでしょうか
学校へ行く理由を探すため
学校へ行く理由はさまざまです。
・知識と教養を学ぶため
・社会性を身につけるため
・社会の基礎を学ぶため
・決められたことをきちんと守る訓練をするため
・嫌なことから逃げないようにするため
・それが子供の義務だから
そのどれもが正解であり、子供からの問いの答えとして適切です。
このように、学校へ行く意味は、探せば無限にあるのです。
しかし、大切なのはこれらの理由が、本当に子供にとって価値のあるものかどうか。
見方を変えればこの理由はすべて「学校生活を経験してきた大人による後付けで」であり、当事者である子供たちはピンとこないかもしれないのです。
なぜ学校に行くのか。学校に行くと自分にどのような利益があるのか…。
それを子供自身で見いだすことができれば、それは人生において何よりも宝になる。そう思いませんか?
  もし、子供に「なんで学校に行かないといけないの?」と聞かれたら「どうしてだと思う? 
学校へ行くことで、どんないいことがあるか考えてみて?」と投げかけたうえで「私は、今、こんなときに『あぁ、学校に行っていてよかったなぁ』って実感するよ」と、自らの経験を元にした答えを伝えてあげるのもひとつの方法ではないかな…と筆者は思います。
学校は「戦いの場」ではない
もちろん自分の心や身体を傷つけてまで学校に行く必要はありません。
学校は学びの場であり戦いの場ではありません。苦しんで苦しんで、自分の命を削ってまで行くところではないのです。
もし、子供が学校へ行くことに強い恐怖やストレスを感じているのなら、学校は彼らの「居るべき場所ではない」ということ。
そんな子供たちには、「学校は学びに行くところであって、傷つきに行くところではない」ということを伝えたうえで、「学校に行かない」という選択肢を選んであげてもいいと思います。
子供たちの「どうして学校に行かなければならないの?」という問いかけが、シンプルな疑問なのか、子供からのSOSなのか、をしっかりと見極められる目を持っておくこと。
これも非常に大切です。
学校生活を楽しんでほしい
「学校なんて楽しくないところ」「学校は勉強しに行くところなのだから、面白くなくて当り前」というのはもっともな意見です。
しかし、子供たちの日々の生活の大半を過ごす場所。
どうせなら学校へ行く意義を見つけて、楽しく過ごして欲しい…と思うのは欲張りでしょうか。
いずれにせよ、子供たちが大きくなったとき「あぁ、学校に行っていてよかったな」と思ってもらえる瞬間があるように、と願います。
〔2019年6/17(月) LIMO 大中 千景〕

周辺ニュース

ページ名映画「閉鎖病棟」、()
笑福亭鶴瓶×綾野剛×小松菜奈『閉鎖病棟』メイキング映像公開 平岩紙ら追加キャストも
『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(c)2019「閉鎖病棟」製作委員会
笑福亭鶴瓶主演映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』のメイキング映像が公開された。
本作は、1995年に発売され累計発行部数80万部を超える大ベストセラーとなった、山本周五郎賞受賞作『閉鎖病棟』(新潮文庫刊)を、『愛を乞うひと』『エヴェレスト 神々の山嶺』の平山秀幸監督・脚本によって映画化するもの。
とある精神科病院を舞台に、様々な過去を背負い、家族や世間から遠ざけられながらも明るく生きていた患者たちの日常を遮るように起こった殺人事件を巡り、登場人物たちの交錯する様々な想いを描く。
主演の鶴瓶は死刑囚でありながら、刑の執行が失敗し生きながらえ、今は精神科病院にいる男・梶木秀丸役を演じる。
また、秀丸と心を通わせる患者役として綾野剛、不登校が原因で精神科病院に通院する女子高生・由紀役を小松菜奈が演じる。
今回公開されたメイキング映像では、本作の為に7kgもの減量に成功した、車いす姿の鶴瓶らの撮影風景が捉えられており、撮影合間の休憩時は、鶴瓶が和気あいあいと談笑する場面も確認できる。
また、鶴瓶が本作の脚本を読んだ感想について「涙が止まらなかった」と語り、綾野が「これは、閉鎖病棟という中で暮らす方々の日常で、ウソだけはない」、小松が「これは、挑戦しなきゃいけない役だなと思った」と意気込みを語る姿も映し出されている。
さらに、追加キャストとして平岩紙、綾田俊樹、森下能幸、水澤紳吾、駒木根隆介、大窪人衛、北村早樹子、大方斐紗子、村木仁、片岡礼子、山中崇、根岸季衣、ベンガルの13名の出演が発表された。
〔2019年6/18(火) リアルサウンド編集部〕

周辺ニュース

ページ名三浦市学校教育ビジョン案、神奈川三浦市(教育のニュース)
三浦市立8小学校を3校に 少子化で市教委が統廃合案
神奈川県の三浦市教育委員会は17日、市立学校のこれからの教育の方向性を示す「市学校教育ビジョン案」を公表した。少子化に歯止めが掛からず、教員の働き方改革の必要性も増す中で小中一貫教育の推進が必要とし、中学校の数(3校)に合わせ、小学校も現在の8校から3校に統廃合することを目指す。
ビジョン案では、子どもたちが未来をたくましく、しなやかに生き抜く力などを育むとし、そのために小中学校で求められる取り組みとして、▽主体的で対話的な深い学びの実現▽いじめや不登校といった生徒指導上の課題の改善▽教師の指導力向上-の3点を列挙。
これらの実効性を高めるため、9年間を見通した教育課程編成と一定規模の児童生徒数、教職員数の確保を「車の両輪のように同時に実施することで大きな成果を生み出す」とし、25年度をめどに地域性を踏まえた「1中学校区1小学校」の教育環境を整えることを目標に据えた。
市教委によると、市立小学校が3校ある三崎地区と4校ある南下浦地区で、早ければ秋にも地域協議会準備会を設置。その後の協議会で小学校の設置場所の選定や通学手段など児童らの負担軽減策について話し合う。一方、小中一貫教育については、教育部会を新設するなどし、あり方を研究する。
17日に開かれた市議会6月定例会の本会議で、ビジョン案に対する見解を問われた及川圭介教育長は「小中一貫教育の推進は子どもたちの未来のために最善と考えている。丁寧に説明し、理解を得る努力をしていく」と述べた。
市内では少子化が進み、児童・生徒数が減少し続けている。市教委によると、19年度の児童数は1576人、生徒数は913人。1983年度のそれぞれ30%程度、35%程度まで落ち込んだ。小学校は現在、8校中5校が全学年1学級で、24年度には7校まで拡大すると見込まれている。
一方、市教委が16年度に保護者や教員を対象に実施したアンケートでは、約95%が「2学級以上がよい」と回答。これを踏まえ、市教委は昨年3月、「目指すべきは1学年複数学級」「1学年50人以上を確保するためには単純計算で4校」などと明記した基本方針骨子案を示していた。
市教委は7月16日まで、ビジョン案に対するパブリックコメントを実施している。
〔2019年6/17(月) カナロコ by 神奈川新聞〕

周辺ニュース

ページ名空想地図、(創作活動)
34歳「地図の新しい見方」を探求する男の仕事観
幼児期の原体験が「空想地図」につながったという今和泉隆行さん
これまでにないジャンルに根を張って、長年自営で生活している人や組織を経営している人がいる。
「会社員ではない」彼ら彼女らはどのように生計を立てているのか。
自分で敷いたレールの上にあるマネタイズ方法が知りたい。特殊分野で自営を続けるライター・村田らむと古田雄介が神髄を紡ぐ連載の第64回。
■想像で街の地図を描いた作品『空想地図』
今和泉隆行さん(34歳)は『空想地図』を描く人物として知られている。
『空想地図』とは、文字どおり想像で街の地図を描いた作品だ。
ウェブでも公開されている『中村市(なごむるし)』の空想地図を見ると非常にリアルに書き込まれている。
公園、商業施設、学校などが並ぶとても現実的な街だ。
この地図を何も知らずに見たなら、ほとんどの人が本物の地図だと思うだろう。
こだわりは地図だけではない。
中村市で発行された架空の銀行カードや運転免許証、中村市内のお店で買い物をした際にもらったレシートまで、すごい完成度で製作している。
空想地図はTV番組「タモリ倶楽部」などでも紹介され話題になり、2013年には『みんなの空想地図』(白水社)を上梓した。
そして今和泉さんは、今年の3月に『「地図感覚」から都市を読み解く: 新しい地図の読み方』という新刊を発売した。
この本は、地図オンチの人にも感覚的に地図がわかるようになる技術を紹介した話題の1冊だ。
なぜ今和泉さんは『空想地図』を描き始めたのだろうか? 
そしてなぜ、ここにきて地図オンチ向けの本を作ることにしたのだろうか?
  今和泉さんのご自宅で話を聞いた。
今和泉さんは、母親の里帰り出産によって鹿児島市で産まれ、その後はずっと関東で育った。5歳までは横浜で暮らした。
「4歳の時にバスの路線図が好きになりました。知らない場所に行くのが、好きだったんです。
実家には自動車がなかったので、出かけるとなると路線バスか電車でした」
父親と路線バスに乗ると、バスは横浜駅からだんだん離れて進んでいった。
横浜駅から離れるに従い風景が変わっていく。
駅周辺のマンションが密集した地域を抜けると、林が現れた。
空が広くなり、そして一軒家が並ぶ住宅街になっていった。
「ダイナミックに風景が変化していくのが好きでした。
家に帰ってから路線図を見て振り返りました。『さっき聞いた地名の場所はここなんだ』とか未知の行き先を見つける入り口でしたね」
現在でも、今和泉さんはバスの路線図が好きだという。
「電車は電車で好きなんですよ。ただ電車の路線は限られているので、わりと簡単に覚えられます。
それに比べて地方都市のバスは、全然わからない地名だらけですからね。
バス乗り場の名前を見ただけではそれがどこにあるかまったくわからない。
それくらい難しいほうが脳のシナプスが働くし、血がたぎります」
■7歳の時には自然と地図を書き始めていた
5歳になると一家で東京都の日野市に引っ越した。日野市は家族全員にとって初めての街だった。
家族で地図を買い、地図を見ながら家族で近所を散策した。
「家族で幼稚園を回ったのを覚えてます。引っ越しが5月だったので、なかなか受け入れてくれる幼稚園がなくて何軒か回りました。
幼心に『ここの幼稚園の遊具は楽しそうなのに、行けなくて残念だな』って思ったのを覚えています」
それからも
『市立病院はどこだろう?』
『スーパーマーケットはどこだろう?』
と家族で地図を見る機会は多かった。自然と地図に親しみを持ち、7歳の時には自然と地図を書き始めていた。
「地図を描いた理由はとくになかったですね。迷路を描くのと同じような思考回路だったと思います」
初めの頃は、思いついては書き、飽きてはやめて、の繰り返しだったという。
幹線道路と川と鉄道を描き全体の構図を確定して、あとは街を細かく描いていった。
「両親の反応はプラスでもマイナスでもなかったです。
遊びの1つとしては悪くはないけど、宿題があるならそっちを優先してね、というくらいの感じでした」
小学校5年生でクラスに中村くんが転校してきた。
彼とは地図について話すことができた。それをきっかけに現在も続く『中村市』の地図を描き始めた。
小学校時代は割と活動的に楽しく過ごしたが、中学校は合わなかった。
「中学校では、中途半端に大人のまねをさせられるのが嫌でしたね。
『大人なんだから自分で考えて動け』という割には、本当の意味で自分で考えることは望まれていない。
多数派に『YES』と言っていればなんとかなる世界。クソだなと思っていました」
ただここで反旗を翻しても、1人の力はたかが知れている。目立っても仕方がない。
ならば学校に通うのをやめようかと思ったが、それは実行しなかった。
「クラスに不登校の子はいました。最初の頃はいたのに、いつの間にか学校に来なくなる子どもです。
僕から見ると彼は目立って見えました。どうにも目立つのは嫌だなあと思いました。
それに不登校をした結果、再び中学校に通わされてしまう状況になるのは最悪でした」
中学生が求められるのは『椅子に座っていることだけ』だと割り切って考えるようにした。
3年我慢して座っていたら、必ず卒業できるというのを希望に日々をやり過ごした。
■みんなが1つずつ下げるなら、いちばん上は『空く』
「成績は平均すると5段階評価で4くらいでした。いいほうだけど、とりわけよくもない……という感じですね。
高校入試は都市部の公立高校の自由な校風の学校を狙いたかったです。でもそういう学校はレベルが高いんですよね」
当時は都立高校改革の時期だった。みんな制度の変更にビビリ気味で、志望校のランクを1つ下げて受験する人が多かった。
「みんなが1つずつ下げて受験するなら、その学区でいちばん上の学校は『空く』と思ったんです。
それでいちばん上の学校を受験することにしました」
しっかりと受験勉強を始めたのは結局2月に入ってからだった。
そこから一気に詰め込んで、2月末に受験をした。めでたく志望校に行くことができた。
「受かったのは嬉しかったですが、トップの高校ですから行ってからが大変でした。
成績はどう頑張っても40人中30番台でした。ただ高校に入って話が通じる人ができて、楽になりました。
学校新聞を作る新聞委員会の長もやったりしました」
中学時代には盛んに地図制作をしたが、高校時代は積極的に学内活動をしたので多少地図制作はペースダウンした。
しかし、それでも描き続けていた。
「大学入試では、明治、駒沢、日大に落ちて専修大学に受かりました。
同学年の半分くらいは浪人してよりよい大学を狙う高校だったですし、親も『浪人してもいいんだよ』と言ってくれてはいたのですが、無駄な1年は過ごしたくないので進学しました」
大学では地理学を学んだ。
大学1年では、韓国に1カ月間、語学留学に行ったり、いわゆるベンチャービジネスコンテストに出場したりもした。
「2年になるといろいろわかってきました。地理学をやっていると、研究者になるか、学校の先生になるしか、大まかに道はないと気づきました。
そもそも学校が好きじゃないのに、このままでは学校を抜け出せない!! 『失敗だ!!』と思いました」
考えた末、他の大学に編入しようと思った。編入するにはもちろん編入試験を受けなければならない。
高校時代の受験勉強にはあまり燃えなかったのだが、大学2年の受験勉強にはメラメラとやる気が湧いてきた。
「『みんなで頑張ろう!!』なんていう時、僕は協調性がないのでやる気が湧かないんです。
逆に周りからまったく期待がない時に、スイッチが入るんですよ」
編入試験を受けて、無事に埼玉大学の経済学部に編入することが決まった。そしてまちづくりのゼミに入った。
そんな、人とは遅れて受験勉強をした大学時代だったが、受験とは別に独特な趣味も持っていたという。
■日本全国の土地勘が欲しかった
「大学時代は1人で日本中を回っていました。面白い場所に行こう、というのではまったくありませんでした。
とにかく行ったことがない場所に行くのが目的でした」
青春18きっぷやフェリーなど安い交通機関を使い、日本中の地方都市へ足を運んだ。
「この街で暮らすとどんな生活になるのだろう?」
と考えながら、駅ビル、百貨店、電気屋などを回り、普通の定食屋で飯を食い、住宅地にバスで行って帰ってくる……ということを続けた。
テーマパークやお城は手前までは行くが、入場料がかかるところには行かなかった。
厳島神社も手前までは足を運んだが、境内にはついに入らなかった。
「まあそういう観光地は大勢が行ってるし、ガイドブックにも載ってますからね。
私は日本全国の土地勘が欲しかっただけですから行く必要はなかったのです。
1日にいくつもの都市を渡り歩くこともありました。その結果、人口が20万人以上の都市はだいたい回りましたね。」 すでにインターネットは普及していた時代だ。
全国を旅するならその様子をブログに書けば人気になると思うのだが、さほど頑張って更新はしなかったという。
「承認欲求はあるにはあるんですが、最低限の欲求なんですよね。
『もっと反響が欲しい!!』
『もっと売れたい!!』
みたいのはないんです。ブログも始めてはみたものの、続きませんでした。飽きっぽいんです。
現在はツイッターをやっていますが、予想以上にフォロワーが増えてしまったので、自分なりに役目を感じ無理やり振り絞ってつぶやいている感じです」
文学部から経済学部に編入した結果、必修単位が足りなくなり1年間留年することになった。
「国立大学に行けば学費が安くなると親には言っていたんですが、結局留年したので変わらなくなりました。
『すいません』と謝りました」
大学を卒業し、2009年に23歳で社会に出た。
「僕は『最大の努力をして、最上の結果を求める』よりも『最小の負担で、最低限マシな結果を得る』ほうが好きなんです。
昔はやった言葉で言えば、省エネですね。
就職試験もとても効率よく進め、3カ月で決まりました」
今和泉さんは、IT系のビジネスツールを販売する会社に就職した。
■市民権を剥奪されないくらいの最低限の仕事を
役回りは営業だった。ビジネス需要のあるところに足を運んで契約を取らなければならない。
「営業は自分には向いていませんでした。やる気がいっさい湧いてこなかったですね。
市民権を剥奪されないくらいの最低限の仕事だけするよう心がけました」
ただ当初は会社を辞めようとは思っていなかったという。
「当時は辞めたとこで食えるはずがないと思ってました。
『独立起業するつもりなんじゃない?』って言われることもありましたが、まったくその気はありませんでした。
むしろそんなことを言われると、俺を唆してはめるつもりか? と怒ってました」
その頃もまだ空想地図は描いていた。ただそれが価値のあるものだとは思っていなかった。
「空想地図の価値を自分で認めてなかったので、もちろんそれでお金を稼ぐことができるなんて思ってなかったです。
商売ができない以上、勤め人をするしかないと思ってました。ただ結果的には2年で会社を辞めました」
〔2019年6/18(火) 東洋経済オンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、千葉県浦安市(発達障害のニュース,特別支援学級)
学習障害の苦手をiPadで改善 学校に「グレーゾーン」の居場所を作れるか〈AERA〉
「発達障害」の子供を持つ親たちが実際に必要としているのは、診断ではなく具体的な支援だ。
16年4月に施行された「障害者差別解消法」では学校や職場での「合理的配慮」が求められるようになったが、何をそう判断するかは現場次第なのが現状だ。
千葉県に住む家族に話を聞いた。
*    *  *  *
千葉県浦安市に住む中学1年生、鈴木陽大くん(12)はプロバスケットボール、千葉ジェッツふなばしの大ファン。
「外でバスケしてきていい?」
日曜日の昼過ぎ、母親のひかりさん(41)がうなずくと、
「夢と希望とちょっとのお金を持っていくね。あ、ちょっとのお金もないから夢と希望だけいっぱい持っていくねー」
と軽口をたたいた。
朗らかな会話からは想像しにくいが、陽大くんには「学習障害(LD)」の疑いがある。
そして兄の雄大くん(15)は、知的障害を伴うASDと診断されている。
言葉が遅く、こだわりも強かった長男に比べ次男の育児はスムーズだった。
「なんて育てやすいんだろうと思っていたら、幼稚園の園長から、『ちょっと心配だから市のこども発達センターに行ってみて』と言われて。えーっ、あなたも? とショックでした」(ひかりさん)
診断名はつかず、いわゆる「グレーゾーン」のまま小学校は通常学級へ。
1、2年生のうちは周りと大差なかった。「やっぱり何かおかしい」と気づいたのは3年生になってから。
2年生で習った九九を全然覚えていない。毎晩泣かせてでも一緒に取り組んだが、全く効果がない。
さらに板書もノートに書き写せない。
視覚で捉えた文字を一時的に記憶し、手元のノートに再現することができないのだ。
特に短期記憶の力が弱いため、学習の積み上げができず、5年生になっても学力は小学校2、3年生レベルで止まっていた。
「知的障害のある長男はゆるやかながらも積み上がっていくのに、どうして? と」(同)
もがき続けていた時、ある手法の存在を知った。
「苦手な部分をiPadで代替する」方法を、ハイブリッド・キッズ・アカデミーという民間の教室が教えていた。
東京大学先端科学技術研究センターでの研究成果を社会に還元する場として設立され、ソフトバンクのグループ会社が全額出資する教室だ。
 その教室で、板書やプリントを撮影してiPad上のノートに取り込み、大事なところに自分でマークやメモを書き込む方法を学んだ。
書き込みに使うのはキーボード。苦手な手書きではないため、どんどん書ける。
理科の実験も動画で撮れば、帰宅後に思い出すことができる。
陽大くんは夢中になった。日常でも、おいしいお菓子の名前やパッケージを頭で記憶する代わりに写真に残した。
そうすれば次にまた買える。千葉ジェッツの試合を見に行く道順も、写真で保存した。
努力では越えられなかった壁が突破できる。光が見えた──。
そう感じ、学校でも使わせてもらえるよう掛け合った。
だが、学校は「前例がない」「セキュリティーが心配」「他の子が写真に写り込むとプライバシーの問題が生じる」などさまざまな理由を挙げて、首を縦に振らない。
16年4月施行の「障害者差別解消法」によって、学校や職場では、一人一人の困りごとに合わせた「合理的配慮」の提供が求められるようになった。
しかし、何を「合理的配慮」とするかはあくまで現場の判断なのだ。
陽大くんの場合、2年かかってようやく許可が出たのは板書の撮影のみ。
しかも他の児童が写らないよう、本人ではなく先生が撮影する条件つきだ。
療育先の先生からはこう励まされた。
「LDの子は義務教育が終われば楽になりますよ」
社会に出れば、文字を書くのにパソコンやタブレットを使うのは当たり前。計算も電卓だ。
それなのに、義務教育の9年間、紙と鉛筆で苦手な漢字や筆算と格闘し続けることにどんな意味があるのだろう、とひかりさんは思う。
視力が弱い人が眼鏡を、聞こえにくい人が補聴器を使うのと、書くのが苦手だからiPadを使うのと、何が違うのか──。
兄の雄大くんは、特別支援学級で手厚い支援を受け、状況はかなり改善した。
こだわりも薄くなり、合わなかった視線も合うようになった。
来年は高校に進学するが、行き先は特別支援学校と決まっている。
「長男より障害も軽くグレーゾーンの次男のほうが、必要とする支援も受けられず、先行きも不安だらけです」(ひかりさん)
アエラのアンケートでも、「特別支援学級にいる子ほど障害は重くないが、通常学級ではサポートなしではついていけない。グレーゾーンの子の居場所がない」との声が寄せられた。
これは今春、陽大くんが中学進学の際に直面した問題でもある。
友だちがたくさんいる陽大くんは通常学級に進むことを望み、「僕は障害児じゃないよね」と母の顔をのぞき込んだ。
気持ちは痛いほどわかる。でも、中学の授業に小学3年レベルの学力でついていけないことは明白だ。
わからないままじっと毎日6時間座っているうちに自信をなくし、不登校になるのも心配だ。
ひかりさんは行動に出た。浦安市に対し、支援学級と通常学級の間のクラスを作ってもらうよう掛け合ったのだ。
前例はなかった。同じような悩みを持つ保護者とも協力し、粘り強く交渉した結果、風穴はあいた。
「他の親御さんから、地区に1クラスでも『間のクラス』があれば、うちの子も行かせたい、という声を聞くようになりました」(同)
ひかりさんは2人の子どもの障害のことは包み隠さず周囲に話す。オープンにしないと周囲もどう手を差し伸べていいかわからないからだ。
母から見ると、陽大くんは自分ができないことをある程度「ごまかせる」。
だがこの先、生きやすくするには「それじゃダメだ」とひかりさん。
「自分ができること、できないことをしっかり理解し、必要な支援は何なのかを自分の力で伝えられるようになってほしい」
〔2019年6/18(火) AERA dot.(編集部・石臥薫子)2019年6月24日号〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
引きこもり関連事件 相次ぐ引きこもり関連事件「孤立者を生む現代社会に問題」 支援NPOがメッセージ発信
かつて対人恐怖症に苦しみ、克服したという井上一休さん。「人は何歳からでも変われる」と力を込める=丹波篠山市東吹
神奈川県川崎市で引きこもり傾向だった男が児童らを殺傷し、自殺した事件などを受け、兵庫県丹波篠山市で引きこもりや不登校の当事者、家族を支援するNPO法人結が「今回の事件を引きこもり問題ではなく、孤立者を生み出す現代社会の問題として皆さんに受け止めてもらいたい」などとするメッセージを出した。代表の井上一休(本名・正典)さん(76)=同市=に思いを聞いた。
川崎市の事件に続き、元農林水産事務次官が引きこもりがちだった息子を刺したとして逮捕された事件が起きた。引きこもり問題が改めて注目を集める中、井上さんは「利用者に動揺が広がっている。家族からも問い合わせや相談件数が急に増えている」と明かす。
「引きこもりは悪だというイメージが広がっている」「引きこもりとますます言いづらくなる」「報道を見ていると、しんどくなる」といった声が寄せられているという。
両事件の報道を巡っては、引きこもりの当事者や家族会が、犯罪と引きこもりを結びつけるような報道は誤解や偏見を広げる恐れがあるとして、相次いで声明文を発表した。井上さんも、当事者を一様に「犯罪者予備軍」のように見る風潮を憂慮。「孤立をさせてしまっている社会のあり方に、どこかおかしなところがあるということを理解してほしい」と訴える。
ブログ「丹波篠山心の居場所」で公表したメッセージでは、孤立によって自己否定やいらだちを増幅させ、家族や社会に向け感情を爆発させるという事態が起きているとし、「今の(社会の)理解と支援体制のままでは止められない危機感がある」とつづった。
井上さんは、現代社会に「息苦しさ」を強く感じているといい「物事を○か×かで極端に分け、いろいろな考え方や価値観を認めない世の中。これではありのままの自分を出せない」と指摘する。
井上さんと共に活動する相談員の渡辺聖史さん(34)=丹波篠山市=は、かつて自身も引きこもりだった経験を踏まえ「引きこもりは複合的な要因が絡んでいるので理解が難しいが、決して怠けや甘えではない。本人はすごく苦しんでいる」と話す。当事者に向けては「まずは人とつながることが大事。人との出会いの中で自分が分かり、変えていける」と呼び掛ける。
NPO法人結は、県の「兵庫ひきこもり相談支援センター」丹波ブランチを運営している。同市東吹の「遊び村」内で、当事者や家族が自由に話し、くつろげる「居場所」を設けているほか、屋外約1500坪に、約50種類の手作り遊具を置いている。30代を中心に、小学生から50代まで1カ月に延べ約300人が利用している。相談料無料。
(藤森恵一郎) 〔2019年6/18(火) 神戸新聞NEXT〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
インターネットを使った参院選 両陣営ネット駆使、若者に声を 来月4日の公示(21日投開票)の日程が有力視されている参院選で、県選挙区に立候補を予定する自民現職の大沼瑞穂氏(40)、無所属新人の芳賀道也氏(61)の両陣営ともインターネットを使った活動を活発化させている。会員制交流サイト(SNS)を連日更新し、プロモーションビデオやインタビューを積極的に配信。スマートフォンやパソコンを多用する若い世代の支持拡大をもくろむ。
ネットを使った選挙運動は2013年の参院選から解禁された。候補者、有権者ともにホームページ(HP)やフェイスブック(FB)、インスタグラム、ツイッターなどを使って公示後に投票を呼び掛けたり、演説会を告知したりできる。公示前も一般的な政治活動の範囲内で活用することが可能だ。
大沼氏の公式HPでは、自身の政治活動を伝える新たなプロモーションビデオを10日にアップした。党本部が本県選挙区を激戦区に指定したこともあり、1期目の国政活動を県民らに分かりやすく紹介する狙いがある。ビデオは2分58秒。国会答弁や子育て中の母親との交流、高齢者施設を訪問した様子を盛り込んだ。これまでのビデオは静止画でつないだ構成だったが、動画を使って山形に対する思いも伝えている。
FBは日々更新しており、各地で開く国政報告会や地域のイベントに参加した様子を掲載。スマホからも見られるようにしており、陣営は「シェア、拡散してもらうことで、多くの若年層などに1期目の活動や再選への思いを届けたい」としている。
芳賀氏はFBや動画投稿サイトを駆使し、自身の考えや人となりの周知に努めている。アナウンサーとして長くニュース番組を担当してきた経験を生かし、画面を通じた情報発信を重視しているのが特徴だ。
山形市の後援会事務所内には、動画収録スペースが設けられている。6月に「はがチャンネル」と銘打ち、ネットを通じたライブ配信を初めて実施。「若者を引きこもらせない社会」をテーマに、不登校支援などに携わってきた関係者をゲストに、約30分にわたり求められる対策について語り合った。今後も随時、さまざまな政治課題を取り上げて配信する計画だ。陣営担当者は「特に若い世代に気軽に見てもらえるのではないか。直面している課題を知ってほしい」と話す。
〔2019年6/18(火) 山形新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
全共闘世代の今 「損得より納得」元闘士、愚直に50年 フリースクール運営 全共闘世代の今
九州大の授業再開について、学生時代に作ったガリ版刷りのレポートを手にする進藤輝幸さん。紙は赤茶けていた
社会の矛盾と向き合い、あらがった60年代末の学生運動から半世紀が過ぎた。運動の渦中に身を置いた全共闘世代の若者はどんな人生を経て、今という時代をどう見詰めているのか。そんな先人の姿を、行動する現代の若者はどう受け止めるのか。一人一人の「私」の「ダイアリー」をめくる。
     ×        ×    ×
   陽光が差す窓辺で、女の子が夢中で漫画を読んでいる。佐賀県唐津市にある3階建てのビル。ここで進藤輝幸さん(69)はフリースクールを営む。女児は学校を休みがちで、週2回は顔を見せる。特に勉強は教えないが、「不登校の子には、ほっとする時間がいるんです」。優しいまなざしに、かつて学生運動の闘士だった面影はない。
進藤さんがファイルから赤茶けた紙を取り出した。わら半紙にびっしり書き込まれた文字。一部は薄く消えかかっている。文章にはどこか青い幼さも感じる。
〈僕らの「学生」という存在はなにか? 学問とはなにか?〉〈僕らはファントム墜落等を経る中で、「本当の勉強」を求めた〉
「ガリ版で100枚以上刷って、大学の構内で配りました」
1969年。激化するベトナム戦争や大学運営の在り方を巡り、各地で烈火のごとく大学紛争が広がった。前年、大学構内に米軍機ファントムが墜落した九州大でも、学生が教室のバリケード封鎖や授業ストライキを繰り返した。あの季節、二十歳の九大生だった進藤さんもデモやストライキに参加した。
60年代末、大学への進学率が1割強だった全共闘の時代。東京大の学生を中心に、将来の社会的地位を約束された自身の立場を「自己否定」する考えが広まった。あれから50年。進藤さんは自らをごまかさず、愚直に「自己否定」を重ね、生きてきた。
原点は九州大入学後に携わったセツルメント
進藤輝幸さん(69)の原点は、九州大入学後に携わったセツルメント(地域生活支援)だった。被差別地域に入り、ボランティアで勉強を教える中、生徒に「あんたたちとおれたちは身分が違う」と言われた。「どんなに学歴差別に反対しても、自分はその恩恵を受ける加害者の側じゃないか」。自らを疑いながら、学生運動に身を投じた。
「人を変える仕事に就きたい」
1969年秋、福岡市・六本松の九大教養部。ストが解除され、授業が約半年ぶりに始まった。「何で授業を再開するのか!」。講義室に響く怒鳴り声。進藤さんは再開に納得できず、ガリ版刷りのリポートを配り、講義室に単身乗り込んだ。「大学の在り方を無視して、学問だけすればいいのか」。教授との押し問答は数十分続いた。他の学生は皆、押し黙ったままだった。
やがて政治の季節はしぼんでいく。自問の末、進藤さんは仕送りを断ち休学し、2年後に中退した。
アルバイト先のガソリンスタンドに就職したころ、父親を交通事故で亡くした。どう生きるべきか考えた。「人が変わらないと社会は変わらない。人を変える仕事に就きたい」。教員免許を取るため九大に再入学し、30歳を目前に中学校の社会科教諭となった。
授業の充実だけでなく、生徒と共に良いクラスをつくろうと週1~2回、学級通信を発行した。生徒が荒れた時代もあったが、体罰根絶には特にこだわった。
だが50歳を迎えた秋、女子生徒の態度にカッとなり、弁当箱で頭をたたいてしまった。頭にヘアピンが刺さり、1針縫うけがをさせた。「体罰は暴力と批判していたのに…。余裕をなくして、焼きが回った」
学級通信に謝罪文を書いた。それをきっかけの一つとして、早期退職した。多忙のあまり生徒と向き合えなかった反省から、古里の佐賀県唐津市に開いたフリースクール。教育者としての再出発だった。
自らが営むフリースクールで、女子児童を見守る進藤輝幸さん=4月25日、佐賀県唐津市
◇   ◇   ◇
いま、不登校の児童を支える傍ら、近くにある玄海原発の反対運動も続ける。平日朝の街頭で、のぼりを手につじ立ちを始めて2年8カ月。累計550回に達する。
不正入試、政治家の失言、安全神話が招いた原発事故…。近年、大学も政治も企業も不祥事が明るみに出るたび、責任逃れに終始し、うやむやに幕引きするケースが目につく。
来し方を振り返った進藤さんは「結局、要領が悪かったんでしょうけどね」と照れ笑いし、こう付け加えた。「人生の岐路に立ったとき、損か得かより、納得できるかどうかを基準にしてきた。それが、私のささやかな誇りです」
全共闘運動、九州の大学にも飛び火
全共闘運動は1968~69年、九州各地の大学にも飛び火していった。それぞれの大学史に、その概要が記されている。九州大では68年6月、米軍機ファントムが建設中の電算機センターに墜落したことで、反戦闘争は加速した。市民も巻き込み、米軍板付基地(現福岡空港)の撤去運動が発生。学生はファントムの周囲にバリケードを張り、反基地の象徴として機体引き下ろしに反発した。
熊本大では68年末、生協食堂の定食費値上げを巡って、授業ストライキや本部封鎖など半年あまりの紛争が続いた。大分大では69年、学生会館や学生寮の管理を巡って大学側と対立し、学生が建物を占拠した。
紛争は私立大でも起きた。西南学院大では68年、学費値上げ反対や米原子力空母エンタープライズの佐世保港寄港阻止の闘争が盛り上がり、学生が院長室・学長室を封鎖。福岡大では69年4月の入学式当日、口元にタオルをまき、ヘルメットをかぶった「ゲバスタイル」が出現した。
全共闘 党派超え連帯
大学の学費値上げや管理運営体制、ベトナム戦争などに反発した学生が1960年代後半、バリケード封鎖や授業のストライキを展開した。大学側が機動隊導入などの強硬措置を繰り返すと、学生たちはセクト(党派)の枠組みを超えた学生組織「全学共闘会議」(全共闘)を結成して連帯し、紛争は全国的に波及した。68年度には67大学、69年度には127大学で紛争が発生している。
69年8月には紛争収拾に向け、大学の休校や廃校を可能にする「大学の運営に関する臨時措置法」(大学立法)が施行された。一部の過激派学生が大学内外で暴力行為を繰り返したこともあり、紛争は下火になっていった。
. 〔2019年6/18(火) 西日本新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
大阪市中1女子いじめで不登校 大阪市立の中学校で3年前、女子生徒が不登校に 第三者委「いじめあった」と認定
大阪市内の中学校で1年の女子生徒が不登校になった問題で、市の第三者委員会はいじめがあったと認定しました。
「被害に遭われた生徒および保護者に対しまして、深くお詫び申し上げます」(教育委員会事務局指導部 水口裕輝部長)
3年前(平成28年度)大阪市立の中学校に通っていた当時1年の女子生徒が、同級生らから叩かれたり蹴られたりといった暴力や暴言を受け不登校になりました。おととし6月に設置された市の第三者委員会は調査報告書をまとめ、女子生徒へのいじめがあったと認定しました。
報告書の中で第三者委員会は女子生徒が被害を訴えったにもかかわらず、学校側は「いじめ」と認識せず、教育委員会の担当者も適切な指導をしなかったと指摘しました。報告書を受け市教委は「調査結果を重く受け止め、再発防止策に取り組む」としています。
〔2019年6/18(火) MBSニュース〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
大阪市中1女子いじめで不登校 中1女子生徒不登校、いじめ認定 大阪市第三者委
大阪市立中学校で平成28年、当時1年だった女子生徒が同級生らからたたかれるなどして不登校になる問題があり、市教育委員会が設置した第三者委員会は18日、調査報告書をまとめ、同級生らの行為をいじめと認定した。当時の学校や市教委については、明確にいじめと認識せず適切な対応を欠いたと指摘した。
報告書は非公開。市教委によると、生徒は28年4月以降、同級生らから腕や足をたたかれたり蹴られたりする暴行を複数回受けた。7月に保護者が学校へ被害を訴え、生徒は夏休み明けの2学期から不登校になったという。
市教委によると、担任らは家庭訪問や加害生徒への聞き取りは行っていたが、報告書では組織的にいじめに対応するための「いじめ対策委員会」を校内に設置すべきだったと指摘。市教委も学校側にいじめ対策委の開催を指導しなかったとして、「被害者の心情に寄り添えていなかった」と結論づけた。
〔2019年6/18(火) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
40歳以上の引きこもり 引きこもり40歳以上6割 うち半数「10年以上」 長野県調査
引きこもりの実態調査について説明する長野県の担当者=県庁で2019年6月18日午後3時24分、坂根真理撮影
長野県は18日、15~64歳で引きこもり状態にある人が県内に2290人いるとの実態調査結果を発表した。40歳以上の中高年層が6割を占めており、若者の問題として捉えられてきた引きこもりが、高齢化や長期化によって中高年の問題にシフトしていることが浮き彫りになった。
調査は今年2~4月、県内の民生委員・児童委員5040人を対象に、担当地区で把握している情報をアンケート用紙に記入してもらう方法で実施。回収率は89・4%だった。
6カ月以上自宅から出られなかったり、近所のコンビニエンスストアなどに買い物に行く以外に外出しなかったりする引きこもり状態の人は2290人で、人口当たりの出現率は0・2%だった。
引きこもり状態の人の性別は、男性1670人(72・9%)▽女性499人(21・8%)▽不明121人(5・3%)。年代別では、10代116人(5・1%)▽20代225人(9・8%)▽30代484人(21・1%)▽40代652人(28・5%)▽50代524人(22・9%)▽60代236人(10・3%)。
引きこもりの期間は、10代は「1~3年未満」、20代は「5~10年未満」が最も多かったのに対し、30代からは「10年以上」が最多。40~50代では約半数が10年以上引きこもっている状況だった。
引きこもりに至った経緯は複数回答で「分からない(知らない)」が最も多い940人で、経緯が分かるものでは、「(心の病などの)疾病・性格など本人の状況」「就職したが失敗した」「不登校」が主な理由として挙がった。
生活困窮の可能性を尋ねたところ「可能性は低い」との回答が半数を占める1161人(50・7%)だった。一方で、生活が困窮していたり家庭内暴力があったりするなど「迅速な支援が必要」との回答は147人(6・4%)に上り、県は当該市町村に早急な支援を依頼したという。
県は「若い世代で引きこもりになった人が、長期化して中高年に至っていると推察される。中高年を中心に何らかの支援が必要」と分析。今後、市町村や専門家を交えて検討会を開催し、対策を練っていく構えだ。
今回の実態調査結果を受けて、県健康福祉部の大月良則部長は「引きこもりは、誰にでも起こりうる問題だと捉えてほしい。悩みや苦しみを自分たちだけで持ち続けずに、まずは相談してもらいたい」と話している。
【坂根真理】 〔2019年6/18(火) 毎日新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
大阪市中1女子いじめで不登校 中1女子がいじめで不登校 第三者委員会が「学校の対応に問題」と指摘
ABCテレビ 大阪市で2016年、中学1年の女子生徒が複数の同級生からのいじめで不登校になったことについて、第三者委員会は、学校の対応に問題があったと指摘しました。
大阪市教育委員会によりますと、2016年4月、市立中学校で1年生だった女子生徒が複数の同級生から腕や足を殴られたり蹴られたりするいじめを受け、2学期以降、不登校になりました。問題を検証するために開かれた第三者委員会は18日、学校側が被害生徒の訴えを「いじめ」と明確に認識していなかったことや、いじめが起きた際に学校が開くべき「いじめ対策委員会」を開かずに対応に当たっていたことを問題点として指摘しました。市教委は「学校や市教委の担当者の認識が甘かった」と認め、今後は、学校側に開催の頻度や記録の報告を求めるとしています。
〔2019年6/18(火) ABCテレビ〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
夜間中学と外国人 「夜間中学」に増える外国人生徒 そこは「日本の義務教育」の最前線だった 語学学校ではないことの意味
西中原中学校の校歌を歌う外国人の夜間中学生
「夜間中学」を知っていますか? 戦後の混乱で昼に中学校に通えなかった子どもたちが夜に学ぶために作られた、公立中学校の夜間学級です。現在は義務教育を終えられなかったお年寄りや、不登校で十分に学べなかった若者が通っています。一方で、いま生徒の7割は、日本に来て間もない外国人になっています。「義務教育の最後の砦(とりで)」と言われる夜間中学で過ごした外国の若者との出会いから、夜間中学の意義を考えました。
(朝日新聞社会部 斉藤佑介) 日本に行った親と離ればなれの子、受け皿になる「夜間中学」
「僕が赤ちゃんのとき、パパとママは日本へ行った。だからママとパパの顔がよくわからなかった。覚えていなかった。その後、お兄さんとお姉さんが日本へ、行っちゃったんだ。僕は、さみしかったよ」
昨年夏、三重県松阪市で開かれた外国にルーツを持つ小中学生を招いた「特別授業」を取材して、フィリピン出身の中学3年生と出会いました。日頃伝えられない家族への感謝や思いをビデオメッセージに託す企画で、この男子生徒は、小学5年生で来日するまで家族と離ればなれだった暮らしやそのさみしさをメッセージに込めていたのです。
「夜間中学」について知ったのは、この時です。授業を企画した愛知淑徳大准教授の小島祥美さん(教育社会学)から、出稼ぎの家族についてきたり、後日呼び寄せられたりする子どもは、小中学生だけではない、と聞きました。義務教育期間を過ぎた学齢超過の若者が増え、その受け皿が「夜間中学」や「定時制高校」になっている、というのです。
でも、外国人が多く生活する東海地方に、公立の夜間中学はありません。そもそもなぜ、夜間中学なのか。9月に入って、夜間中学について取材を始めました。
「義務教育未修了」の私が日本で選んだ道
フィリピン・カビテ州出身のテオドロ・ダニカ・タンさん(18)はこの春、川崎市立西中原中学校の夜間学級を卒業して、神奈川県内で有数の定時制高校に進学しました。
「一期一会。それぞれの出会いを大切に、と先生は教えてくれました。出会いと別れを大切にします」
昨年10月のある夜、教室を訪ねると、ダニカさんが離任する先生に向けて、流ちょうな日本語であいさつをしていました。
壁に目をやると、ダニカさんが日本語で書いた「抱負」が掲示されています。
「国語では、詩や小説などをふりがななしで読めるようになりたいです」
「文法を頑張ります。「は」と「が」の使い方をもっとわかるようになりたいです」
母子家庭で育ったダニカさんは2017年1月、仕事を求めた母についてくる形で来日しました。フィリピンの中学校を卒業できないままだったため、「義務教育未修了」とみなされ、日本では高校に進学できません。また、来日時はすでに高校1年生と同じ年頃で、義務教育を受ける年齢を過ぎて(学齢超過)おり、同じような境遇の人たちが多い夜間中学で学び直すことを選びました。
西中原中の夜間には20人余りが在籍しています。日本の80代のお年寄りや、20代の不登校経験者、そして10~20代のネパールやフィリピン、中国の若者。ダニカさんの同級生の顔ぶれは多様でした。
ダニカさんには、医者になるという夢があります。
「大学に入るまでまだ時間がかかる。まずは高校に入ることが目標です」
一緒に机を並べたフィリピン・マニラ出身のエイドリアン・メニアドさん(19)は、昼間にクリーニング店でアルバイトをしながら、夜間中学で学んでいました。彼にも、夢があります。 「マニラにいる頃からワンピースとかナルトが好き。いつかアニメーターになりたいです」
学べることは言葉だけじゃない
西中原中の生徒は1378人(今年4月)。このうち23人いる夜間に通う生徒も、昼間の生徒とともに入学式や運動会、文化祭に参加します。公立夜間中学の学びに共通するのは、「日本語学校ではない」ということ。西中原中でも、言葉を教えるだけでなく、「時間を守る」などルールも身につけてほしい、と教師が日本の文化や慣習を丁寧に教えているようでした。
今年3月まで通ったダニカさんは、在学中に英検1級もとって定時制高校に進学。安部賢一校長によると、ダニカさんは学力試験の英語で学年1位を取った、と報告に来たそうです。
「学びに対するモチベーションを維持するのは実は難しくて、高校に行ってもやめてしまう子がいます。勉強についていけない、日本社会や学校の集団になじめない、と個々の抱える課題は異なる。だからこそ、高等教育でも一人一人に応じた手厚い支援が必要なんです」と安部校長は話しました。
「必要なのは日本社会との接点を作ること」
2人が通ったような公立の夜間中学は、現在、全国に33校あります。最近になって、新たに四国で設置が決まり、北海道でも検討が始まりました。
埼玉県川口市や千葉県松戸市でもこの春、公立夜間中学が開設されました。
義務教育未修了のお年寄りは今なおいますが、不登校経験のある生徒や外国人の若者たちが日本での進学や就職の足がかりとして通うなど、ニーズは増えているようです。 公立夜間中学が加盟する「全国夜間中学校研究会」によると、最近来日した外国人の生徒は、2018年9月時点で1215人になり、夜間中学の生徒全体に占める割合は、過去10年間で3割から7割に増えました。母国で義務教育を修了していなかったり、来日時点ですでに16~18歳と学齢期を超過していたりと、高校進学を求める外国人の若者の姿が浮かび上がります。 「教育機会確保法」は、国籍や年齢を問わず、義務教育を十分に受けられないまま学齢期を過ぎた人に、夜間中学などでの就学機会の提供を自治体に義務づけています。文部科学省は各都道府県に1校以上の夜間中学の設置を促します。
それでも、東北や東海、九州はいまのところゼロのまま。東海3県に聞くと、「すでに市町で日本語教室を開いている」「特にニーズは寄せられていない」として、夜間中学設置を検討していません。こうした学びの場がない地域で外国人の若者を支えているのはNPOや自主夜間学級などです。
外国人が多い愛知県豊田市の新豊田駅近くには、外国にルーツのある子どもたちをサポートするNPO法人「トルシーダ」が運営する「日本語教室CSN」があります。前年度、外国籍の受講生約40人が学びました。伊東浄江代表は「高校進学のため、中学卒業の資格を得ようとする学齢超過の若者は東海地方にも多い」と話し、昼夜を問わず学齢超過の若者が学べる場が必要、と指摘します。
「必要なのは日本社会や日本人との接点を作ること。それは社会に認められた居場所であり、日本人との関係性を作れる『学校』ではないでしょうか」
日本を支える「外国人材」、その子どもの心に触れて
ダニカさんに一通り話を聞き終えた後、離ればなれの家族のことを尋ねると、少し表情が硬くなり、こう話しました。
「フィリピンにいる弟とおばあちゃんに会いたい。友達にも会えない。不安もあるけど、今は勉強を頑張りたいです」
その心の動きに、私は外国の子どもたちをサポートするNPO関係者の言葉を思い出していました。
『彼らは突然、日本の社会に放り込まれる。親よりも日本語ができるようになると、親と学校をつなぐ通訳の役割を担わされることもある。日本の子より、早く大人になることを求められるんです』 
この春、新たな在留資格によって「外国人材」の受け入れ拡大が始まりました。近年、老いていくこの社会を支えているのは外国の人たちです。農家で、工場で、クリーニング店で、ホテルで、コンビニで。その家族や子どもたちもまた日本に来て、夢を抱き、学ぶ場を求めている。 川崎での取材が終わり、後日、大阪市立天満中学校の夜間中学を訪ねました。長年夜間中学で教鞭をとる竹島章好先生の言葉に、私は何度もうなずきました。
「日本人であろうが外国人であろうが、それぞれの尊厳やアイデンティティーを尊重し、義務教育の責任を負うのが日本の夜間中学だと思うんです」
【#となりの外国人】
日本で働き、学ぶ「外国人」は増えています。近くで暮らしているのに、よくわからない。withnewsでは「外国人」の暮らしぶりや本音に迫る企画を進めています。ツイッター(@withnewsjp)などでも発信します。みなさんの「#となりの外国人」のことも聞かせてください。
〔2019年6/19(水) withnews〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
我が子の発達障害を知ったきっかけ ある“事件”がきっかけで我が子の発達障害を知った…母親たちの苦悩と願い〈AERA〉
「発達障害」という言葉は、広く知られるようになった。当事者ならずとも、身近な周囲の人にその特性を疑ったり、「自分もそうかも」と考えたりした経験のある人も少なくないはずだ。だが、発達障害について偏見なく理解しているかと尋ねられたら、自信を持ってうなずける人は少ないだろう。発達障害とはなにか、なぜ生きづらいのか。どんな支援が必要か。子どもと大人の現場から考えたい。
【発達障害の主な種類/当事者の親の声などはこちら】 *    *  *  *
息子が「自閉症スペクトラム(ASD)」だと会社員の女性(37)が知ったのは、昨年2月の「事件」がきっかけだった。
小学5年生だった息子はその日、自宅で父親と口論になり、はだしで外に駆け出した。同じようなことは過去に数回あったが、この日は虐待を疑った近所の人が通報。息子は警察に保護された。事件後、役所の子育て支援課から児童精神科の受診をすすめられた。 「小さい頃からずっと育てにくさを感じてはいたんです」
と女性は言う。保育園の頃は、毎朝「行きたくない」と必ず大泣きした。一度登園してしまえばケロッと一日を過ごせていたから、「場面の切り替えが苦手」というASDの特性によるものだったのだろう。だが、当時は自分も周囲も「甘えん坊」だと捉えていた。就学後は机の上が整理できず、勉強も遅れがち。知能検査も受けたが、結果は「ボーダーライン」。担任やクラスの友だちが常に目をかけフォローしてくれたおかげで、学校生活はなんとかしのいでいた。しかし、家では徐々に暴言や暴力が激しくなっていった。
「本人は、ちゃんとしたいという理想と、うまくやれていない現実とのギャップに苦しんでいたんでしょう。『最低限こうでなくては』とか『普通はこうだ』と押しつけがちな夫とも衝突することが増えていました」
そしてあの「事件」は起きた。
文部科学省の2012年の調査では、公立の小・中学校の通常学級に通う子どもで発達障害の可能性があるのは6.5%とされる。1クラスに1人か2人はいる計算だ。
05年に施行された発達障害者支援法により、ASDや注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)の存在が広く知られるようになり、発達障害を疑ったり、診断を受けたりするケースも年々増加している。アエラが実施したアンケートにも、多くの悩みが寄せられた。
親からは「対応が難しい」「一般的な振る舞いができないので親子ともに自信をなくしている」といった悩みのほか、「育て方のせいだと夫や義理の両親から責められてつらい」「夫が全く子どもの障害を認めようとしないため、相談や交渉は一人でやるしかない」など孤立感を訴える声も目立った。
「(当事者が)同級生やその親から『KY』(空気が読めない)『バカ』など心無い言葉に傷ついている」「担任が学習障害のある息子の目の前で『◯◯くんは、努力してもできないから、みんな諦めて』と話したために不登校になってしまった」など、周囲の理解や支援が追いついていない現状も透けて見える。
こうしたなか、確定的な診断名が出ることを恐れ、受診をためらう人も少なくない。
冒頭の女性も通報事件がきっかけで受診はしたものの、「(発達障害という)レッテルを貼られると、自分自身も周囲も障害という枠の中でしか息子を見られなくなるのではないか」と不安に駆られたという。だが実際は、診断を受けて安堵した。
「『これからどう関わっていけばいいか、一緒に考えていきましょう』と言われて、ああ、手探りで訳のわからない状態から抜け出せると」(女性)
一方、小学1年生の娘を持つ自営業の女性(43)は、「ASDとADHDの重複」を疑いながらも受診には至っていない。娘はASDの特性のひとつとされる「想定外の事態への強い拒否感」がある。仕事で遅くなったからと夕食のメニューを急遽変えただけでも、長い間泣きわめく。服装へのこだわりも強く、どんなに出かけるはずの時間を過ぎていても着替えを急ぐことができない。実は夫にも「こだわり」と「衝動性」が見られ、女性は7年前から臨床心理士のカウンセリングに通っている。そこで「夫は受診すれば診断名がつくレベル。おそらく娘さんも同じ」と言われた。
夫は人の気持ちを想像することが苦手。突然、自分がいいと思うおもちゃを買って帰り、娘から「こんなの欲しくない」と言われ大げんかになることも。2人の仲裁で女性はヘトヘトだ。
しかし、そんな状況を保育園の担任に話しても「信じられません。園ではちゃんとしてますよ。お母さん、もっと甘えさせてあげてください」と言われた。
「診断名がつくかつかないかのいわゆる『グレーゾーン』のあるあるですよね。でも、保育園の園長からは『受診は待った方がいい』と言われました。『いま診断名がついて特別支援学級に行くと、通常学級に戻れないから』と。診断がついたところで、『ああやっぱり』となるだけだろうと私も思います」(女性)
彼女が診断名より欲しいのは、少しでも状況を改善するための具体的なアドバイスや支援だ。発達障害に詳しいあきやま子どもクリニックの秋山千枝子医師もこう話す。
「診断名がつくかどうかにかかわらず、本来は親御さんが育てにくさを感じた時点で支援を開始してほしい」
発達障害の難しさは、医師だけではなく、他の支援機関や学校などと連携し「チーム」で対応する必要があることだ。そんな体制を持つ医療機関は限られ、評判が高いところほど、受診予約は半年、1年先まで埋まっている。療育を受けられる児童発達支援施設(未就学児対象)や放課後等デイサービス(小学生以上高校生まで)も増えてはいるが、定評ある施設は空きが出るまで1、2年待ちがザラ。
3歳でASDの診断を受けた娘を2年待ってようやく児童発達支援施設に入れたという女性(36)は、来年の小学校進学に不安を募らせる。
「行政の窓口に相談しても、『学校と直接話してみてください』と言われて終わりでした」
具体的な支援を受けられる場所と、先の見通しが欲しい──。当事者に共通する願いだ。
(編集部・石臥薫子) ※AERA 2019年6月24日号 〔2019年6/19(水) AERA dot.〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
えっ、これがいじめ? 問題の解き方を教えてあげたら「いじめ」になる? 波紋呼ぶチラシの理由とは
「えっ、これがいじめ?」兵庫県内の学校で今春配布され、議論を呼んだチラシ
「A子は算数の時間に、問題を一生懸命解いていた。しかしあと一歩のところで解けずにいた。隣の席の算数が得意なB男は、A子の困っている様子を見て、解き方と答えを教えた。A子はくやしくて泣きだした」-。全国でいじめが原因とみられる自殺や不登校などが相次ぎ、早期発見と対処の重要性が叫ばれる中、兵庫県内の学校で今春、上記のケースを「いじめ」の例として紹介する1枚のチラシが配られました。保護者らからは「えっ、これがいじめ?」「むしろ良いことをしたんじゃ?」と戸惑いの声も続々。制作した県教育委員会に、その意図を聞きました。
-かなり衝撃的な内容でしたが、なぜ、こうしたチラシを?
「啓発チラシは、2013年から毎年新しいものを作って県内の全学校に配っていますが、今回はかなり踏み込んだ内容になっています。ただ、内容自体は兵庫県が独自に考えたのではなく、文部科学省が2016年に出したいじめ認知の手引きで、『いじめ』という言葉は使わないが『いじめ』として対応すべき事例-として紹介されているものです」
-今年、攻めた理由は何だったのでしょう。
「昨年度の兵庫県内のいじめ認知件数は1万2960件で過去最多となりました。軽微なものでも積極的に認知するようになった結果ですが、それでも全国平均を下回り、いまだに『0件』と報告する学校もある。でも、子どもたちの間で小さなトラブルは日常茶飯事。教師が『いじめ』と思っていなくても、実は当人は嫌な思いを抱き続けているケースもあるはずなんです。兵庫県内でもいじめが原因で子どもが命を絶つ事案が相次いでおり、いじめへの感度を上げるきっかけになればと、事例の中からあえて最も『そんなことが?』と感じられるものを取り上げ、タイトルも目を引くことを重視しました」
-保護者や教育現場からの反応は?
「保護者の方から『これがいじめになるんだったら、教え合いもするなというのか』などのご意見も何件か頂きました。もちろん、単純に『教えてあげる=いじめ』ではありません。ですが、教えられた子がすごく嫌だと感じ、さらに、日常的に勉強ができないとからかわれ、それが続くなど両者や集団内の関係性によっては、心の傷を負わせ、深刻な『いじめ』につながることもあると知っていただけたら、と思います」
-私も、「違うやろ」と思ってしまいました。
「いえ、そういう方が大半だと思います。でも、いじめ防止対策推進法によるいじめの定義は『被害者が心身の苦痛を感じていること』が根幹で、一見いじめと思えないことも『いじめの芽』として対処することが求められています。さらに、たとえ教師が『いじめの芽』と捉えて子どもの家庭を訪問し、指導しようとしても、親御さんに『そんなの、いじめちゃうやろ』とシャットアウトされては元も子もありません。教師はもちろんですが、ご家庭でも考え、理解して頂けるきっかけになれば」 確かに、冒頭の事例では、教えられたA子さんは泣いてしまいました。困っている姿を見て教えてあげようと思った優しい気持ちはしっかりほめつつ、なぜ相手が泣いてしまったのか、次からどうした方がいいか、さらに教えられたくないと感じたら、その気持ちをどう伝えればいいのか、親子で考えることが大切なのかもしれません。
(まいどなニュース・広畑千春) ◇      ◇  ◇
▼鳴門教育大・阪根健二教授(学校教育学)の話
法律上の「いじめ」の定義は、教師や保護者が子どものころとは大きく変わっている。チラシの例も(1)双方とも児童生徒(2)一定の人間関係がある(3)心理的・物理的影響を与えている(4)受けた側が心理的苦痛を感じている-といういじめの4要件に照らせば「いじめ」になる。文科省はこうした「兆候」や「芽」も含めて積極的に認知するよう求めているが、都道府県ごとの認知件数には大きな開きがあり、浸透しきっていないのが現状だ。学校現場でも戸惑いがある中で、今回のチラシは思い切った対応だと評価できる。ただポイントは、各校が保護者にこのチラシの真意を伝えること。それをして初めて、いじめの芽を意識する機会になる。
〔2019年6/6(木) デイリースポーツ〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
Eコマース「BASE」 お母さんも使えるEコマース。「BASE」を作ったのは誰だ?
鶴岡裕太 BASE株式会社代表取締役CEO
必要なものはメルアド、パスワード、3文字以上のショップURLのみ。「お母さんも使える」をコンセプトに今年2月、70万ショップを突破したEコマースプラットフォーム「BASE」。2012年、大学生のときにBASE株式会社を設立した鶴岡裕太代表取締役は語る。「インターネットの力で普及していくものはグローバルか、ローカルか。BASEが対象にしているのは完全に後者です。やがては個人だったり、地方にある小さなお店が主役になるような社会が来る。彼らの一歩目を支援する、それがBASEの役割だと思っています」
初期費用なし。月額利用料なし。商品登録数も無制限。無料のネットショップ開設は当時、画期的だった。その1年後、ヤフーが同様の無料サービスを始めた。「当時はビビりました」と笑うが、利用者層が異なるため影響はなかった。先の言葉ではないが、鶴岡率いる小さなチームが業界を動かしたわけだ。BASEのサービスが市場に受け入れられた理由をこうも語る。「基本的には運とタイミング。価値観が多様化し、より高い給料を追求するような資本主義的な考え方ばかりではなくなりました。『給料は安くても楽しく働きたい』とか『生きがいを求めたい』という人が増えたんですね。そういう時代にちょうど合致したのかなと思います」
昨秋4度目の移転をし、六本木グランドタワーにオフィスを構えた。会社の道程を鶴岡とともに振り返ってみたい。
■サービス初日に数千人が登録
BASE前夜。大学3年生だった鶴岡は、家入一真氏率いるクラウドファンディングの会社、CAMPFIREでインターンをしていた。プログラミングを覚え、ウェブサービス作成を手伝い、好きだったネットの世界にさらにのめり込んだが、起業しようと考えたことはなかった。「大学卒業後はこのまま働かせてもらうか(笑)、そうでなければウェブ関連の仕事に携われたらいいかな、くらいの感じでしたね」
あるとき、地元の大分で小売店を営む母から相談を受けた。「ネットショップを立ち上げたいんだけど」と。楽天などに出店する方法もあったが、ネットの知識がないとややこしい。お金も知識も技術もいらない、誰でもショップが作れるネットサービスができないかと考えた。
「親孝行というより、母のような地方の50~60歳くらいの女性も『ネットで売りたい』って考えるような時代が来たんだな、と。一方で、実際の需要と供給のギャップみたいなものを感じましたね。楽天やYahoo!を使うような大きな会社ばかりでなく、ローカルの小さなチームを対象にする、そんなサービスがあったらいいなって」
使命感もあったが、それ以上にウェブサービスを考えるのが楽しかった。仲間数人に手伝ってもらいながら2012年11月にBASEをリリース。メディアに紹介されたこともあり、初日に数千人のユーザーが登録し、ひと月後には1万を超えた。自分の作ったサービスを喜んでくれる人がいる。そのことが単純にうれしかった。しかし、同時に業務が増え、てんやわんやの時期でもあった。
「予想外でしたからね。僕自身、当時はプロのエンジニアとは言えないレベル。趣味の延長線のようなプログラミングでしたのでトラブルもいろいろありました。想定していたトラフィックと違い、商品登録がうまくできないとか、同時に2つの商品が売れてしまうとか。人数も少なかったですし、いま振り返っても数年間は大変でしたね」
■登録数は右肩上がり、けれど収益はゼロ
ローンチの1カ月後にはBASEを法人化した。1年目には5万ショップまで登録数を伸ばした。ITベンチャー企業として他がうらやむスタートだが、その実、BASE事業からの収益はゼロだった。多くの人に使ってもらうことを最優先としたため、数年間はあえてマネタイズしない選択を取ったからだ。
「当時は売れたときの決済手数料のみ。これはカード会社等にお支払いするものでしたから、会社には利益は残りません。一方で、収益化を狙うとそれぞれショップの売り上げの構造も考える必要がありますし、僕たちが対象とするユーザーさん向けではなくなる可能性がある。『誰のため、何のためにやるのか?』がいちばんブレてはいけない、と思ったんです。『これからお店をスタートする』というとき、1円でも取られてしまったら、スタートする側にとってはリスクになると考えたんです」
その間の資金運営はどうしていたのか? 鶴岡に賛同する投資家に恵まれたことも幸運のひとつだったろう。サイバーエージェントはじめ幾つかの出資があり、運営費や社員の給料などはそこからまかなうことができた。 収益化を始めたのは40万ショップを超えた2017年秋から。商品が売れたときのみサービス利用料が発生する仕組みへと変更した。マネタイズのタイミングは難しかったものの、ユーザーはそれ以上の価値を見いだし、BASEの登録数はさらに伸びていった。
「ネットショップ開設のリスク」をゼロに、次は「資金調達のリスク」をゼロに
鶴岡には創業当初から考えていたことがあった。決済と金融への参入だ。業界的に取引先は大きな会社ばかり、同社が対象にするような個人事業主には門戸が閉ざされていると感じていた。Eコマースプラットフォーム「BASE」の立ち上げから数年のうちには、購入者向けのID型決済サービス・お支払いアプリ「PAY ID」や事業者向けの「PAY.JP」といったオンライン決済代行サービスをリリース。簡単に設定でき、費用も安いのが特徴だ。
続く2018年12月にはショップオーナーに向けた資金調達サービス「YELL BANK」をスタート。資金を理由にこれまでチャレンジできずにいた人たちの次の一歩を支援したい、という。「ネットショップを作るリスクはいまの日本でほとんどなくなったと言っていい。けれど、資金調達に関してはまだまだハードルが高いですよね。リスクなしでできる方法はないかと考えていたんです」
「YELL BANK」は即時に資金調達ができる、そこだけでも画期的なシステムだが、支払いが発生するのは商品が売れたときのみ。仮に商品が売れなければ1銭の支払いも発生しない。
「BASEを使うと未来の売り上げを予測できる。そのうえで未来に発生する債権を買い取るという考え方なんです。出資額はショップに応じて1万円から1000万円まで。現時点では一部のショップのみへの公開ですが、最終的には全ショップに提供したい。理想的にはショップに登録すると同時に、未来の売り上げを予測できるようにしたいですね」
■誰かに喜んでもらえること、それが仕事の絶対条件 これまで見てきたようにBASEのサービスは一貫してブレがない。「いま現在、大きい企業ではなくこの先、世の中の中心となっていくような方々の第一歩目を支援したいという考え方。そのために何ができるか? 『彼らのリスクをいかに少なくするか』がいちばんのテーマなのかなと。金銭的な面はもちろん、技術的な面でも」
一方、「新しいことだらけで、一瞬にしてこの6、7年が過ぎたかなという感覚はあります」とも言う。会社勤めの経験すらなく、当初は会社がどういうものなのか、経営者が何をするものなのかもわからなかった。
「人が増えていくなかで情報共有がうまくいかないとか、働く環境の整備が追いつかないとか、あらゆる問題が発生しましたからね。僕自身、プロダクトに対しては『絶対にこうしたい!』という思いがありますが、会社運営に関しては『こうしたい』と考えるような余裕はなかった。その場その場で最適な方法を探す、優秀なメンバーに支えられながらここまでやってきた感じでしょうか」
最初は単純にコードを考えるのが楽しかった。仕事というより趣味の感覚でBASEのサービスを始めた。そんな場所から遠く離れ、22歳で経営者になるということ。道中、葛藤やストレスはなかったのだろうか。
「事業が成長していくなかで僕が変わらずコード書いていたら、会社として終わってますよね(笑)。プロダクトそのものに触れている時間はいまも好きですが、(小さなチームを支援するという)テーマ感そのものが楽しいんです。仕事の内容には、こだわりがなかったのかもしれません」 その仕事観は中学生のころの体験に基づいている。一時期、不登校だったという鶴岡だが、母は何も言わず、劇団四季の舞台へと連れ出した。「感動しましたね。演じている人も観ている人も一所懸命。観客は幸せな気持ちで家へと帰る。誰かに喜んでもらえる、自分もこういう働き方がしたいなって。それが仕事をする絶対的な条件になったんです」
■プロダクトを作る以上は楽観的じゃないとダメ
昨年秋、六本木グランドタワーに移転した。37階。東京都下を一望し、晴れた日は遠く富士山を望む。「越してきたとき、武者震い、しませんでしたか?」そんな問いにも笑って返し、不思議な話をしてくれる。現オフィスの会議室入り口にあるのは「YANAGI」「SHINTAISO」「ROPPONGI」といったカッティングシート。何のことかと思えば、かつて事務所があったビルの名前だという。「創業したばかりのころ、実はこの場所(六本木グランドタワー)にあった雑居ビルにいたんです。堀江さんも昔いた『柳ビル』って有名なビルだったんですけど。しばらくして立ち退きになって僕らは引っ越し、跡地にこのグランドタワーができました。戻ってきた、みたいな感じはありますかね(笑)」
インタビューの後、鶴岡は広報の女性と共にエレベーターまで送ってくれた。過去の取材を振り返り、社長自ら見送りに来るケースはあっただろうか、と考える。黒いパーカーの下、彼はほとんど黙っていたが「いたって普通のこと」と捉えている気がした。鶴岡の先の言葉がよみがえる。
「プロダクトを作る以上、絶対に楽観的じゃないとダメだという確信みたいなのがあって。明日成功するのか、20年後になるのか、それはほぼ運に近いですけど、その運の可能性を少しでも上げたいならやっぱりやりつづけるしかないんですね。今後小さい会社、小さいチームが主役になる、そういう時代が来るのは確実ですが、それがいつ来るのか。いかに早くできるか、僕らはそこを頑張りたいんです。そのためにはやりつづけるしかないと思っています」
プロフィル 鶴岡裕太 BASE株式会社代表取締役CEO
1989年生まれ。大分県出身。東京工科大学3年生のとき、家入一真氏率いるハイパーインターネッツ(現CAMPFIRE)でのインターンを経て2012年12月、BASE株式会社を設立。16年にForbes が選ぶ「アジアを代表する30歳未満」の小売り&Eコマース部門、18年にはForbes JAPANの日本の起業家BEST3位に選出された。

BASE株式会社
本社所在地:東京都港区六本木。設立:2012年12月。資本金:25億9224万(資本準備金を含む)。主な事業は国内最大級のEコマースプラットフォーム「BASE」、お支払いアプリ「PAY ID」、開発者向けオンライン決済サービス「PAY.JP」のほか「BASE」オーナーに向けた資金調達「YELL BANK」を運営。ミッションは「価値の交換をよりシンプルにし、世界中の人々が最適な経済活動を行えるようにする」こと。
Photograph:Kentaro Kase
Text:Mariko Terashima
〔2019年6/6(木)朝日新聞社 AERA STYLE MAGAZINE〕

周辺ニュース

ページ名ホームスクーリング、(教育のニュース)
「学校行かず家で勉強」あり?なし?米で広がる「ホームスクーリング」不登校YouTuberに思うこと
一緒に勉強するクリスティン・ヤシュコさん(左から2番目)と長女のアルドリンさん(左)、長男のウォーカー君(右から2番目)、キース君=2019年2月、米バージニア州=染田屋竜太撮影
子どもを学校に行かせず、親が家で勉強をみる「ホームスクーリング」と呼ばれる方法での教育が、アメリカで広がっています。
50州すべてで合法化されており、2~3%の子どもが利用しているといいます。
「自分の好きなことを自由なカリキュラムで学べる」と賛成する意見の一方で、「学校に行かないと社会性は身につかない」という批判も。
日本でも最近、YouTubeで少年が学校に行かないことを宣言し、話題になりました。
学校に行かないで勉強するという選択肢は、ありなんでしょうか。
(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
「学校通わず家で勉強」あり?なし? アメリカの「ホームスクーリング」、その現場を見た
「本当に正しい方法なのか……」 でも選んだ
アメリカ東部バージニア州、オークトンに住むクリスティン・ヤシュコさんは、長女のアルドリンさん(15)、ウォーカー君(12)、キース君(10)の3人の子どもがいます。
アルドリンさんが小学校に上がるとき、ホームスクーリングに決めました。
「学校や先生に不満があるわけじゃなかったんです。
ただ、何をどうやって勉強したいか、子ども自身に決めてほしかった。
そして、学校生活の時間に縛られない、家族の時間を大切にしたかった。
だからホームスクーリングを選びました」
アルドリンさんは学校には行かず、クリスティンさんと書店で教科書を探したり、興味のあるオンライン教材を見つけたりしました。
1週間、1カ月単位でのカリキュラムも2人で相談しながら決めました。
記者も9歳と7歳の子どもを持つ身として、自主的に勉強させる難しさは痛感しています。
子どもに任せてうまく進むものなのでしょうか。
クリスティンさんは教師ではなく、教育に携わった経験もありませんでした。
「だから、毎回手探り。でも幸運なことに、こちらから『やりなさい』といったのは算数(数学)とライティングくらい。
後は彼女の希望を優先しました」。
夫は航空宇宙科学の専門家。理数系の科目で分からないことがあれば、教えてくれていたといいます。
バージニア州では、年に1回、「学力到達テスト」を受け、基準点を上回ればホームスクーリングが認められることになっています。
アルドリンさんは今まで、常にテストをパスしてきたといいます。
学校に行っていたら高校2年にあたるアルドリンさんですが、今取り組んでいるのは、大学の生物学の参考書。
「内臓器官の仕組みを学んでいます。とにかく生物学って面白い!」と笑顔。
昼間に地域のボランティアに参加し、大学の講義に出ることも。
「普通の学校に通っていたら絶対にできなかった。だから私はホームスクーリングでよかった」
アルドリンさんが「できる子」だったからホームスクーリングがうまく行ったんじゃないか、とも勘ぐってしまいます。
でも、「いろいろな子に合わせることができるから、ホームスクーリングに意味がある」とクリスティンさん。
次男のキース君は、文字がうまく読めない「ディスレクシア」という学習障害を持っていました。
クリスティンさんは読書の時、キース君に寄り添ってゆっくり、時間をかけて本を読んでいました。
「彼が学校に行っていたら、みんなの前で恥ずかしい思いをして本嫌いになっていたかもしれない」。
まだ少し時間はかかるものの、キース君は「本を読むの好きだよ」と教えてくれました。
「今でも、本当にこの方法が最適だったのか、不安になる時はあります」と、クリスティンさんは正直な気持ちを口にしました。
「でも、家族で悩みながら進んできたことで、間違いなく絆は強くなった」と話します。
アメリカの「家庭教育研究所」などによると、ホームスクーリングで学ぶ子どもは今、全米で100万~200万人いるとされています。
割合にすると2~3%ほどで、増加傾向。
50州全てで合法化されており、州によっては子どもの名前や年齢を届け出るだけでいいところ、テストや家庭訪問を受けなければいけないところなど様々なようです。
この動きが広がっている原因の一つに、荒れる公立学校という背景があります。
例えば、2015~16年、全米の公立学校の79%で暴力や窃盗などの事件がありました。
高校生の10%が、大麻使用経験があると答えており、薬物の広がりに不安を覚える家庭も多くあるようです。
研究によると、ホームスクーリングを選んだ理由に「学校での安全面や教育面での不安」を挙げる家庭が多くあるといいます。
また、オンライン教育の発達や普及もホームスクーリングを後押ししています。
MOOC(Massive Opening Online Courses)と呼ばれる、大学などによる授業のオンライン配信が広がり、アメリカの教育NPO「カーンアカデミー」による無料配信授業はホームスクーリング家庭の間でも人気なのです。
それ以上に、取材したホームスクーリングの親たちが口にしたのは、「学校によるお仕着せの教育で子どもを縛りたくない」という思いでした。
もともと、1970年代にホームスクーリングがアメリカで広がり始めたのも、公教育への不信感がきっかけだとされています。
ジオラマ使って世界史授業

記者がこの問題に関心を持ったのは、現在特派員をしているバンコクで、長男の所属する野球チームのコーチの男性が、「うちはホームスクーリングなんだ」と話してくれたことがきっかけでした。

「子どもは学校に通うのは当たり前だ」と考えていた自分にとって、家で親が勉強をみるなんてすぐには理解できませんでした。
ただ、ホームスクーリングに関する記事やアメリカの論文を読んでいるうち、かなりの数の人がこの方法を採り入れていることを知りました。
偶然、2月にアメリカ出張をする機会ができたため、バージニア州で取材しようと決意。
行き当たったのが、オークトンにある「コンパス・ホームスクール」でした。
ここは、普段、家で勉強している子どもたちが週に1、2回通う「学校」。
でも、普通の学校とは違います。
「数学」「ライティング」といったクラスもありますが、「プログラミング」「ロボット製作」など様々なものが用意されています。
例えば、のぞいた「世界史」の授業では、ジオラマを使って子どもたちに説明していました。
「さあ、これはどこの戦車だ?」と男性の先生がきくと、「ソ連」「ドイツ」と子どもたちから声が上がります。
先生は「これはソ連製のT-34。ドイツとの戦闘で使われた。さあ、この戦車が開発された背景はなんだったんだろう?」と問いかけます。
思わず、こちらも身を乗り出してしまいます。
「この先生は戦争マニア。学歴は高卒です。でも世界史の授業は誰よりもうまい」と、コンパス・ホームスクールの設立者の1人、ジェニー・グローブ・ブラッドショーさんがうれしそうに話してくれました。
「うちは、公立学校のカリキュラムは意識していないんです。
面白いこと、子どもたちが学びたいことでクラスを編成しています。クラスの年齢もバラバラですよ」
1学期7~8コマの授業で料金は60~200ドル(6,700~2万2千円)程度。
教会の一角を借りていますが、「学校」としての認可は受けていません。
「ホームスクーリングの子どもたちは『学校に行かないから社会性がない』と言われがち。だからここをつくりました」とブラッドショーさんは説明します。
ブラッドショーさんの2人の娘もホームスクーリング。
化学の修士号を持つブラッドショーさんはオンライン教材を使いながら勉強をみてきました。
「だって、まったく同じ年齢の子どもたちとまったく同じカリキュラムで勉強しなければいけないなんて息苦しくないですか」と笑って話してくれました。
「もちろん、ホームスクーリングは簡単なものじゃないです。
どうやって、どんなスケジュールで教えたらいいのか、何度も何度も子どもたちと話し合いながら進めてきました」。
そんな中で、地域のロボット製作や自然教室に参加した娘たちが集まった子どもたちと楽しそうに取り組んでいたのに気づきました。
「気楽に子どもたちが集まれる場所をつくれないか」。
ホームスクーリングで出会った親たちも、「友だちと一緒に何かに取り組む機会が少ないのではないか」と心配する声が出ていました。
「それなら自分でつくってしまおう」と2012年、友人らとコンパスを立ち上げました。
初めは165人だった子どもたちは今、500人を超えるまでになりました。
「親たちと話しながら、新たなクラスをつくったり、口コミで先生を集めたり。毎年形を変えています」とブラッドショーさんは話してくれました。
こういった場所は、ホームスクーリングの子どもたちの受け皿になる「アンブレラ(傘)・スクール」と呼ばれ、全米各地にあるそうです。
学校行かせたらどんなに楽か
ホームスクーリングをめぐっては、「公立学校の平均よりも学力が高い」「社会適応性がある」という研究結果の一方、「これらの研究は白人の裕福な家庭ばかり対象になっている」「共働きの家庭はそもそもホームスクーリングを選べない」などの反論があり、議論になっています。
もちろん、アメリカでもホームスクーリングに賛成の意見ばかりではありません。
例えば2000~2012年、ホームスクーリングの家庭で虐待やネグレクトによって子どもが亡くなったのは84件。
ジョージア州では2018年、「ホームスクーリングするから」と学校をやめさせた親が子どもの殺人容疑で逮捕される事件もありました。
「学校の目の届かないところで虐待の温床が生まれる危険性がある」という意見もあります。
ちなみに、日本では義務教育が学校への「通学」を前提にしていることや、自宅学習が学習指導要領に沿うものとみなされないことから、ホームスクーリングを「違法」とする見方が強いようです。
一方、教育を受ける権利の保障という考えから、正式な教育と認めるべきだという意見もあります。
アメリカでインタビューした多くの親たちは、「ホームスクーリングを強制はしない。子どもが学校に行きたいと言えばすぐに行かせたい」と話していました。
彼らは「ホームスクーリングで楽な道を選んだとは思っていない」と口をそろえます。
ホームスクーリングは「あり」なのか。
2人の子どもを持つ親として考えるようになりました。
以前は「学校に行かないなんてあり得ない」と思っていましたが、今は「選択肢の一つかな」とも考えられます。
記者自身を振り返ってみても、学校でのお仕着せ教育に嫌気が差したことは何度もあります。
中学校の時、平気で生徒に暴力を働く教師にみんな身を固めながら黙って椅子に座っていた授業も思い出しました。
例えば、バージニア州で子ども3人をホームスクーリングで育てている女性は、末っ子の次男の発達障害で「毎日が本当に苦しかった」と言います。
机に向かわせるだけでも一苦労。内容を理解しない子を何度もしかりつけそうになったと言います。
「子どもとの時間を増やす」の裏側には、「しんどいことも全て受け止める」という意味があるようにも感じられました。
YouTubeで「学校なんて行かない」と宣言した子どもに対し、ネット上で「学校に行かせないなんて親の責任放棄だ」という書き込みを見かけました。
記者がアメリカで感じたのは逆です。
家で子どもと向き合うからこそ、親はさらに大きな責任を感じる。
「学校に行かせたらどんなに楽か、と頭をよぎったこともある。
でもやっぱりホームスクーリングを選んだ」と話してくれた母親もいました。
コンパス・ホームスクールを立ち上げたブラッドショーさんに、「勉強はしんどいのを乗り越えることに意味があるのではないですか」と聞きました。
すると、「しんどいことは強制しないとやらないという考えは正しいのでしょうか。
やる気になったら子どもたちはしんどいものに自分から向かっていきますよ」と言われました。
自宅で、ものすごく嫌がりながら計算や漢字に取り組んでいる長男を見ると、「うーん」と思ってしまいます。
自分はまだ、ホームスクーリングに踏み出す気持ちにはなれません。
今子どもたちが通っている学校の良さも感じますし、まだ彼らの全てを受け入れる覚悟を持てないからかもしれません。
でも、少なくとも、「学校に行かなきゃダメだから」という単純な理由ではなくなった気がします。
〔2019年6/7(金) withnews〕

周辺ニュース

ページ名志成館高等学院、熊本県熊本市(通信制サポート校・熊本県)
【令和に咲く】「本音」語れば何かが… 不登校経て活動(熊本市)・成毛侑瑠樺さん
教師と生徒が向き合う「対話プロジェクト」に取り組む成毛侑瑠樺さん
夏休みや冬休みの終わりが近づくと、成毛侑瑠樺[うるか]さん(19)=熊本市北区=の心はざわつく。
「不登校の子どもが死を選ぶかも…」。不登校だった時、死を考えたことがある。
「軽い気持ちで『死なないで』とは言えない。不登校でもいいんだと伝えたい」-。
3月まで高校生だった成毛さん。現在は大学進学を目指す一方、「公教育を変えたい」と奮闘している。 高校時代から取り組むのが、教師と生徒が向き合う「対話プロジェクト」。
知り合いの教師に声を掛け、熊本市内の中学校などで4回開催した。
生徒からの学校批判に、教師からは「私たちも頑張っている。学校がなくてもいいの」と本音が飛び出した。
教師たちの悩みを知った。
小学3年の頃。「私ブスだから」という友人の言葉に「そうだね」と応じたら、教師に怒られた。
「相手の意見を尊重したのに、なぜ怒られたか分からなかった」。
女子グループにうまくとけ込めず、不登校になった。
よく木々を写生していたという八景水谷公園で笑顔を見せる成毛侑瑠樺さん=熊本市北区 中学は別室登校。
教室に一時戻ったが、修学旅行先の沖縄の戦争資料館で、「キモイ」を連発する同級生の姿にショックを受けた。
「ここだけ見てレポートを書けばいい」と言う教師にも失望した。
「先生は、どうせ生徒は興味がないと思っている」。別室登校に戻った。
別室の教師は、意見を聞いた上で時間割を作った。
「不登校の生徒を見る目ではなく、『成毛侑瑠樺』を見てくれた。自分を肯定できるようになった」。
教師批判の気持ちが薄らぐのが分かった。
「公教育を変える」と始めた対話プロジェクトはまだ緒に就いたばかり。
今後の展開も見えない。けれども、本音で語り合えば何か見えてくるものがある。
それが分かったのは大きな収穫だった。
不登校の時、熊本市北区の八景水谷公園と坪井川遊水地で友人と写生をした。
たくさん木を描いた。
「木には『いい生き方をしてるね』と言ってくれた別室の先生のような包容力を感じる。私もそんな大人になりたい」。
今の目標は、大学で教育哲学を学ぶことだ。(文・熊川果穂=25歳、写真・西國祥太=29歳)
◇なるげ・うるか 2000(平成12)年生まれ。3月に通信制の志成館高等学院を卒業。
生徒と教師の「対話プロジェクト」開催には、若者の社会起業家を支援する東京の非営利団体から、10万円の資金援助を受けた。
よく木々を写生していたという八景水谷公園で笑顔を見せる成毛侑瑠樺さん=熊本市北区
●教育現場変える人かも 昨年8月、高校生だった成毛さん主催のイベント「#不登校は不幸じゃない」を取材したのが初対面。
学校に抱く疑問などで意気投合し、何時間も話し込んだ。
SNSでいろんな人とつながって、イベント開催につなげる積極性に驚いた。
教師の長時間労働など、深刻な問題がある教育現場。
成毛さんは自分の経験を生かして、何かを変えることができる人かもしれない。当たってほしい予感だ。 
〔2019年6/7(金) 熊本日日新聞(熊川果穂)〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
進路に悩む 「この子たち」はなぜ、勉強ができるのに進路に悩むのか? 大人になっても、しんどくなることはありますよね。 子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まり、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。 本記事では、「子どもの進路に親はどのように関わるか」という、最もポピュラーな親の悩みについて、4つの実例を交えながら、著者の考え方をお伝えします。(構成:編集部/今野良介)

●進路に悩み、しんどくなってしまった4人の子ども 私は教育の専門家ではありませんので、「どうやって勉強したらいい成績が取れるか」というようなことは書けません。ここで書くのは、「子どもにとっての勉強というものを親はどう考えるべきなのか」ということです。 カウンセリングでしばしば出会うのは、親が勉強や成績にこだわりすぎて、より大切なことが見えなくなっているケースです。「どうしたらいい成績が取れるか」と、子どもが悩んでいるのなら、悪くないでしょう。しかし、親がその方法を知りたがっているというのは、問題があると思います。 当然ですが、勉強するのも、難関といわれる学校に進学するのも、働くことだってそうですが、みな、幸せな人生を送るためでしょう。幸せになるという目的に対して、勉強することは、手段の1つにすぎないはずです。しかし、よく言われるように、手段と目的が取り違えられて、こと勉強に関しては、混乱しているケースにしばしば出会います。 以下に紹介するのはすべて、ある同じ日のカウンセリングであったことです。

ケース[1] 難関校を目指す中学生 その日の最初のケースは、中学生の親でした。 その男の子は、小学生まではクラスで1、2番の成績だったそうです。でも、中学になって、少しずつ成績が下がってきていました。そのことに親がこだわりすぎて、家庭の中は険悪なムードになってきていました。下がってきたと言っても、上位には変わりないのです。友達も多いようだし、クラブ活動にも熱心に取り組んで、子どもは楽しくすごせているようでした。 しかし、親は最難関の1つである高校への進学を望んでいて、もっと勉強しないとこのままでは合格できないと、そればかり心配していました。成績のことでしつこく干渉して、子どもが深夜に家を出てしまったり、近所の人が警察を呼ぶような親子ゲンカも、何度か起こしていました。 その高校に進学できたとしても、勉強の競争はますますしんどくなり、もっと厳しくなることをどう考えているのかと、私は親に尋ねてみました。 不思議なことに、その点は、まったく気にならないようでした。「とにかくなんとかその高校に入りさえすればいい。そうすれば子どもは将来必ず幸せになる」と、親は思い込んでいるようでした。 そして、まさにその部分に対して、子どもは怒りをもっていると感じました。

ケース[2] 不登校気味の難関校の高校生 次のケースは、ちょうど、その難関高校の2年生の親でした。 子どもが夏休み明けから朝起きられなくなり、休むことが増えてきました。病院で検査をしたが、「身体的には問題がない、疲れているようだ」と言われたとのことでした。2学期末は、ほとんどの科目で試験を受けられなかったのですが、親は学校に何度も掛け合って、追試に合格して、3学期にしっかり通学できれば、留年しなくてもいいという配慮をしてもらいました。実際にはますます登校が困難になってきているので、追試をクリアしても3学期に通学できるとは思えませんでした。 それでも親は「留年さえ避けられれば」と、そこばかりにこだわっていました。たとえ3年に進級できても、その先のしんどさ、まして大学受験などは、いまのままでは到底無理なことが明らかなのですが、そこを尋ねても、反応はありませんでした。 このケースでは、子どもの不登校は、子どもが(無意識も含めて)選択している大事な「方向転換」や「自分を見つめ直すこと」によると考えられました。しかし、親のほうは、そのような「現実」に向き合うことを避け、目の前の問題、つまり「子どもが起きられないことや子どもの不登校さえなくすことができれば、すべては解決する」と思い込もうとしているようでした。 子どもにしてみれば、自分の人生の大きな問題に取り組む作業が始まろうとしているときに、混乱し動揺する親のことまで気を配らないといけないのは、本当にしんどいことだろうと、私には感じられました。

ケース[3] 留年した医学部の大学生 その日は、それに続いて、大学生の親、社会人の親の面接がありました。 大学生のケースは、医学部に現役で進学した男の子の親でした。3年生までは順調にきたものの、4年生で臨床実習の前にクリアしなければいけないテストに合格できなかったそうです。留年が決まった子どもに、親としてどう接していけばいいのか、という相談でした。 ずっと優等生でやってきたその子は、勉強すれば、その試験もクリアできると自信はあったようです。 でも、たとえそれをクリアできても、「その先に自分は何を目的にしてやっていけばいいのかがわからなくなった」と親に話したそうです。「しなければいけないことはわかるけれど、何をしたいのかがわからない」と、その子が必死で親に訴えたと聞いて、その切実な言葉に、私は胸を打たれました。 しかし、親は「あと2年で卒業できるのに、そうすれば医師になれるのに」と、その点ばかりを気にされていました。医師になれたら、他の問題なんてなんでもないという感じで話すのが、印象的でした。 子どもが心配しているのは、「たとえ医師になれたとしても自分が何をしたいのかは見つからないかもしれない」そして「それが見つからないと、この先このままで生きていくのはしんどそうだ」ということだと思われます。このケースでは、子どもが自分の悩みを親に話せたこと、この段階で自分と向き合う時間をとれたことは、子どもにとってよいことだと、話を聞きながら感じました。 ケース[4] 仕事が辛くなった新人医師 さて、この日の最後、社会人の親からの相談です。若い医師の親でした。 初期研修を終えて、いよいよ医師らしい仕事が始まったのですが、患者さんや家族からきつい言葉をかけられたり、職場での人間関係がしんどかったりで、親に弱音を吐いているとのことでした。だんだんと仕事に行くことがつらくなってきているようで、朝に車で家を出るのですが、職場が近づくと違う方向に道を曲がってしまい、家に帰ってきてしまうことが何度もあったそうです。 いまは、母親が車で職場まで送っていき、帰りも迎えに行っている状況とのことでした。うつ病かもしれないし、病院にかかるようにと両親もすすめていますが、子どもは「それは絶対に嫌だ」と拒否している、とのことでした。 さて、これらのケースをまとめてご覧になって、どう思われたでしょうか? いずれのケースでも、親は子どものために必死で応援しようとしてはいます。しかし、子どものほうは、いまのやり方でやっていくのが、もうしんどくなっているようです。それでも親は、そのしんどさが見えないかのようにふるまっています。 とにかく、先に進みさえすれば、いまの問題はなんとかなるから、と思い込んでいる。いや、思い込もうとしているように、私には思えました。

「高校にさえ入れたら」 「留年さえしなければ」 「大学にさえ合格できたら」 「医師にさえなれたら」

とにかく、いまの目の前の壁を乗り越えたら、なんとかなるからと、先に進めようとします。しかし、高校に進んでも、大学に進んでも、それだけで問題が解決するわけではありません。 さらに最後のケースでわかるように、医師になっても、そこでしんどくなることはありえるのです。これは、少し冷静に考えたらわかることだと思います。 「そうしたほうがいい」と言われたことを上手にこなしてきた優等生でも、どこかで壁に向き合うことになります。自分がしたいことであれば、しんどくてもがんばれるでしょう。しかし、自分が何をしたいのかよくわからない状態のままでは、いわゆる「修羅場」と言えるような試練に出会ったとき、乗り越えられない可能性が高いでしょう。 そのような場合には、いったん立ち止まって、自分の気持ちやその先の人生についてじっくり考えてみるという姿勢は、むしろ正しい対処法だと言えるのではないでしょうか。 子どもが自分から動き始めるのを待つこと。また、たとえ親から見たらつまらないことであっても、そして子どももすぐに興味をなくしてしまうとしても、子ども自身の興味があることや、やりたいことを大切にすること。そのような接しかたが親には求められます。 その理由は、結局、そのような接し方によってこそ、子どもが自分は何をやりたいのかに気がつく可能性が高まるからでしょう。 そして、立ち止まったり、やり直したりするのに、遅すぎることはありません。そのような多くの例が、みなさんの周りにもたくさんあるはずです。

田中茂樹(たなか・しげき) 1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。文学博士(心理学)。共働きで4児を育てる父親。京都大学医学部卒業。信州大学医学部附属病院産婦人科での研修を経て、京都大学大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)修了。2010年3月まで仁愛大学人間学部心理学科教授、同大学附属心理臨床センター主任。

現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。病院と大学の心理臨床センターで17年間、不登校や引きこもり、摂食障害やリストカットなど子どもの問題について親の相談を受け続けている。これまで約5000件の親の悩みを解決に導いてきた。著書に『子どもを信じること』(大隅書店)などがある。

〔2019年6/5(水) ダイヤモンド・オンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
モカ 連休明けたら、学校に行けなくなった……社会からはみ出すって才能ですか? がんじがらめの社会の歩き方 お悩み相談を続けるモカさん。自身も不登校の経験者だ=モカさん提供 10連休明け、ふとしたことから学校に足を向けにくくなっている人がいるかもしれません。今は飲食店経営で成功しているモカさん(33)は高校時代、ほぼ不登校でした。様々な経験を経て、彼女は話します。「はみ出せることも才能の一つです」(朝日新聞記者・高野真吾)

【マンガ】「学校しんどい、わかるよ」の言葉に返された意外な反応 きれいごとは通じない本音マンガの結末 【関連記事】連休明けが怖いあなたへ……「割り切って好きなこと」という選択

〈令和に悩む、横浜市の中学2年生、沖田奈津さん(14)〉(モカさんに寄せられた複数の相談者の事例を組み合わせています。記事の最後に相談窓口の案内があります) 沖田さんは連休明けの今週、風邪でもないのに学校を「ずる休み」してしまいました。 小学校の時は違いました。学年上位の成績をキープし、どちらかというと優等生でした。 ところが中学生になると、勉強する意味が分からなくなりました。机に向かっても集中できなくなり、スマホでユーチューブを眺める時間が増えました。 それでも学校には通い続けていましたが、この4月、親や先生から成績低下を指摘されました。10連休中に遅れを取り戻そうとしましたが、結局はダメでした。 ついに連休明けからは、学校を欠席。心配したクラスメイトが「学校に来なよ」とLINEをくれたのですが、あいまいな返信しかしませんでした。 「中学で休んでいるなんて、社会に出てやっていけないかも……」 他のみんなが学校に通っている中、このまま不登校でいいのか、悩んでいます。 . モカさんの回答は…… 日本はシステムやルールが整備されています。確かに便利な国です。 その反面、すごくがんじがらめで、ちょっとのことでも道から外れにくい。学校に行くのが当たり前のルールだから、不登校を許してもらえません。 だから、次の言葉を贈ります。 「はみ出せることも、才能の一つです」 . 授業中は居眠りか落書き 私は学校の勉強が大嫌いでした。学校との相性も良くなかった。 小学生の時、授業中はうわの空でした。 空を見ているか、居眠りしているか、教科書に落書きをしているか。 それでも、先生はいつも私にだけは甘かった。3月生まれで、クラスで一番幼く、クラスメイトからも子ども扱いされていたからでしょうか。自分でも不思議です。

連休明けたら、学校に行けなくなった……社会からはみ出すって才能ですか? がんじがらめの社会の歩き方 遅刻の常習犯で忘れ物も さらに、遅刻の常習犯でした。自宅から徒歩3分のところに小学校があるのに、クラスで一番多く遅刻していました。 よく全校生徒を集めた朝礼中に校長先生の後ろを歩き、みんなに笑われました。 忘れ物もひどかったです。ノートや体操着を持って行かないので、全教科の教科書とノートを常に学校に置いていました。宿題も、もちろんやっていません。 . 学歴なくても経営者として成功 中学は、何とか通いましたが、その後高校はほぼ行っていません。 その頃は、学校にも行かず、好きなことをして遊び歩きました。 その延長線で会社をおこし、女装イベントで成功し、20代半ばで年収が1千万円を超えました。今も複数の飲食店などを経営しています。 いわゆる「学歴」が高くなくても、経済的に成功している人たちは、私の周りにゴロゴロいます。 . 学校行くだけが正解でない 学校に行くだけが、正解ではない。 そう頭を切り替えた時、逆に、勉強をする本当の意味が見つかるかもしれません。 私は、過去に衝撃的な行動をしたことがあります。その経験と、他の人の悩み相談に乗ることを経て、大きく人生を修正しました。 私が経験したのが、あまりに劇的な内容のため、よく「世界が変わったのか?」と聞かれます。 しかし、世界自体は変わりません。 . 自分変われば世界変わる 校則や学校のルールの変更があっても、学校の根本は変わらないでしょう。 それでも、自分が変われば、自分にとっての世界や学校は変わるのです。 いま悩んでいることが、ずっと続くなんて思わないで。学校が嫌だとか不登校の問題なんて、人生の一瞬だけの問題に過ぎませんから。      ◇ モカ、1986年3月、東京生まれの元男性。トランスジェンダーとして、東京・新宿2丁目を中心に複数の飲食店などを経営する。29歳の時、自殺しようとマンション屋上から飛び降りたものの、奇跡的に生還。現在は、電話や対面で生きづらい人やLGBT当事者の人生相談に乗る活動を続けている。自身の半生を題材に、描き下ろし漫画を含む書籍『12階から飛び降りて一度死んだ私が伝えたいこと』(光文社新書)を4月に発売。 . 相談窓口はこちら ■24時間こどもSOSダイヤル 0120-0-78310      ◇ ■こどものSOS相談窓口(文部科学省サイト) http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm          ◇ ■いのち支える窓口一覧 http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php 〔2019年5/10(金) withnews〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
GW明け不登校 GW明けに急増 わが子が不登校になったらどう対応すべきか 長かったGWが明けて最初の週末だ。朝、子供が頭痛や腹痛を訴え、学校を休みがちになった。こんな時、親はどう対応すべきか? 「最もやってはいけないのは、『どうして学校に行かないの?』『ズル休みじゃないの?』などと責めることです」 こう指摘するのは、不登校や引きこもりに関する取材を長年行うノンフィクション作家の黒川祥子氏だ。引きこもりの若者の社会参加・自立を支えるNPO団体の監事も務める。その黒川氏によれば、長期休暇をきっかけに不登校になる子供は珍しくない。自殺が多いのも長期休暇明けで、特に夏休み明けは最も多い。黒川氏に聞いた――。 「学校に行きたがらないのには、必ず理由がある。あの場所に戻るくらいなら死んでしまいたい、となるのでしょう。学校さえなければ生き延びられた子供はかなりいると思います。親は無理に行かせるのではなく、学校を嫌がる理由を知るべき」 せかさず、じっくり時間をかけて本人から聞き出す。あるいは、信頼できる子供の友達、友達の親、学校の教師らから情報収集する。黒川氏が以前取材したある父親は、娘の友人と親しく、その友人を通して娘が同級生グループから「LINEいじめ」に遭っている“証拠”を手に入れ、教育委員会などに直談判。いじめを撃退した。

■第三者の介入が欠かせない また、別の母子家庭の母親は、子供の友達の親から我が子の不登校の原因が同級生によるいじめにあることを聞き、「それなら学校に行かなくていい」と、親が積極的に不登校の子供を支えた。子供はフリースクールで学習支援などを受け、不登校のまま中学を卒業し、自由な校風の高校に進学。黒川氏は後に、その子供から「あのまま中学に行っていたら自殺していた」と打ち明けられたという。 さらに重要なポイントとして挙げるのは、第三者の介入だ。 「不登校や引きこもりの原因が、学校ではなく親の無自覚な無関心、過干渉、虐待などにあることも。引きこもりの解決には、第三者の介入が欠かせません。まずは親が行政の窓口に行き、相談を。子供の状態に応じて適切な地域の社会的資源を紹介してくれます」 黒川氏は中高年の引きこもりも多数取材。彼らの大半は学生時代に不登校になり、いつの間にか数十年も時間が経ってしまったケース。そうならないためにも、可能な限り早い段階で“動きだせる状況”をつくりだす。 「世間体が悪いからと、親が子供の不登校や引きこもりを隠しているケースもよくあります。結果的に、子供の人生を奪っているのです」 親が今、動かねばならない。 〔2019年5/11(土) 日刊ゲンダイDIGITAL〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
補いあうことができるか ゆたぼんは「補いあう」ことができるか ■60才で引退 僕は今月で55才と2ヶ月になり、60才まであと4年と10ヶ月となった。 僕は65才まで待てないので、60才で引退しようと思っている。 引退して、本当なら四国の実家で一人で暮らす78才の母(5年後には83才だが)とともに暮らし、生活費は母の遺族年金をメインに、僕の支払い前倒しのため8万円程度ににしかならないであろう年金を加えて生活していきたいと本気で思っている。 が、僕には家族もいるし少ないながら法人のスタッフもいるため、60才時にそんなに簡単には次の生活には移行できないとは思う。 だから現実的な落としどころとして、週数日仕事、週数日家族、週数日母、みたいな一週間になるのかなあと想像している。 けれども、母の遺族年金に頼りつつ母を介護する、というのは、僕にとっては当たり前の未来である。母と僕、心細い者同士、それなりに資産をシェアしながら補い合えばいい。それは、家族にもスタッフにも思う。

■「補い合う人たち」 当事者は語れない。哲学者G.C.スピヴァク 著『サバルタンは語ることができるか』を参照しつつ当欄で語り続けていることだ(たとえば汚辱Squalorと沈黙~傷つきの新時代)。 この「語れない当事者」という問題と、上に書いた「補い合う人たち」という問題は近い。僕の場合は、権力性を帯びた「男性ジェンダー」であるためわかりにくいが(正確に書くと高齢母+脳出血体験者の僕)、僕は体力も落ち以前よりだいぶ弱ってきたのは事実だ。母もまだ元気ではあるが、80才に近づいている。僕と母の実感としては、我々は体力的に確かに弱ってきている。 当事者は弱い。当然、僕よりも弱い。そして問題のコアに近ければ近いほど、自らの問題について語ることが困難になる。だから誰かが代弁したり代表することで(前者は支援者、後者は「経験者」)問題は露わになってくる。不登校・ひきこもり問題や虐待のアフターケアについては、僕も「代弁者」の一員であることを自覚している。だから当欄ではそれに則って書いている。 ただし、ある程度「弱い者同士が支え合う」、という現象は、ひきこもりや虐待といったハードな問題に限定せずとも日常的に生じることだと思う。その一例が、僕の場合である。

■「自己責任」 世の中は「自己責任」という安易な概念が主流を占めるようだ。何か事件があれば、すぐに自己責任論が生じる。 これは、「自己」という曖昧なものを、現代の日本人が無邪気に信じていることから来ていると思う。本当に世知辛いというか、余裕のない世の中になった。 これは、「弱い側」にもいつのまにか侵入している概念である。たとえば、不登校YouTuberゆたぼんは新時代の主役か、それともただのロボットかで話題の「ゆたぼん」の父は(ゆたぼんの「言葉」はまだ父の言葉だと僕は思う)、どうやら素朴な自己決定主義者のようだ。 哲学者のデリダは、『法の力』のなかで、純粋な自己決定はないと説く。デリダに頼らずとも、我々の日常を少し顧みると、我々はなにかを決める時、誰かの影響を少なからず受ける。その誰かとは、リアルな家族や友人かもしれないし、ネットでの著名人かもしれない。それらの影響を受けつつ、よくわからないレベルで我々は「決めて」いく。 現実の「決定」場面はそのような神秘的なものである。だが我々は、何かが決まる時は、ある一人の誰かが(たとえばゆたぼんが)熟考して決めていると勘違いしてしまう。たぶんそう考えるほうがわかりやすいからだろう。

■我々の「決定」は、誰かとのコミュニケーションのなかでよくわからないまま決まっていっている 現実は、一「決定」場面においても、我々の「決定」は、誰かとのコミュニケーションのなかでいつのまにかよくわからないまま決まっていっている。何かを一人で決めるそんな強い自己などなく、なんとなく不登校後の進路は決まり、なんとなく老後の同居スタイルが決まっていく。誰かと誰かのコミュニケーションのなかで、いつのまにか惰性の中でダラダラとものごとは決まる。 だから、学校に行きたくなくなってそれに親が賛成し本人も受け入れたら不登校となるのはある意味自然だし、逆に、また誰かに会いたくなったけれどもそれは学校では無理なので鬱々とひきこもってしまい親は仕方なく「待つ」というのもひとつのコミュニケーションだ。 そして、なんとなくどこか「居場所」に出かけ、そこのスタッフがおもしろくてその居場所に通い、気づけば大学に進学していた、というのもありなのだ。 すべては、「自己」がよく事態を把握しないまま進行する。本人と誰かが「補いあって」いる。本人は無邪気に自己決定を信じているのかもしれないが、現実には誰かとのコミュニケーションのなかで何かが進行していき、そこそこの現実が目の前に現れる。 その場合の「自己」は、弱くてもいい。そして、自己同士が互いに支え合う、フォローし合うのが人間社会なのだと思う。哲学者ドゥルーズは、かなりの上から目線でそんな人間社会のあり方を「群れ」と表現した。 つまりは、自己や自我以前の群れ的コミュニケーションのなかですべては決定する。自己責任論は事実とは異なる。

田中俊英 一般社団法人officeドーナツトーク代表 子ども若者支援NPO法人代表(淡路プラッツ02〜12年)のあと、2013年より一般社団法人officeドーナツトーク代表。子ども若者問題(不登校・ニート・ひきこもり・貧困問題等)の支援を行なう。03年、大阪大学大学院「臨床哲学」を修了。主な著書に、『ひきこもりから家族を考える』(岩波ブックレット)ほか。内閣府・広島県・川西市・大阪市ほかで子ども若者支援専門委員。officeドーナツトークは、平成29年度 内閣府「子供と家族・若者応援団表彰、内閣特命担当大臣表彰」受賞。 〔2019年5/11(土) 田中俊英 一般社団法人officeドーナツトーク代表〕

周辺ニュース

ページ名定時制高校の生徒、(定時制高校、)
子どもの無反応、無気力に働きかけるアプローチ
先日初めて、定時制高校に講演に行きました。
あらかじめ、ご担当の先生から、こんな情報をいただいていました。
「石川さんが日頃行かれている全日制の生徒とは少し雰囲気が違うかもしれません。
いろんな生徒がいます。年齢層も幅広いですし、家庭環境が複雑な子、いじめや不登校を経験して、全日制を退学した子などもいます」
実際に、皆さんの前に立って話し始めると、確かに、いつもと雰囲気が違いました。
発言や考えを受容する効果
講演中に、「皆さんには、夢ややってみたいことはありますか?」と私が投げかけると、いつもは、シーンとしたままで反応がありません。
考えているのか、いないのか、表情からはほとんど読みとることができません。
ところが、今回はいきなり、「はい!あります」と手が挙がりました。
まず、60代の生徒さんが、「外国で働きたいです」とおっしゃるのです。
思いがけない反応と、夢を持ちながら学び続けられている人生の大先輩の姿に感動しました。
「他の皆さんはどうですか?」とふると、今度は、10代の生徒さんがやってみたいことを話してくれました。
その後も、2~3人手が挙がり、各々にユニークな発表で場をいっそう和ませてくれました。
「やりたいこと」があり、それを自発的に人前で発表することは、そんなに簡単なことではありません。
私がこれまで行ってきた学校の講演では、まずないことです。
「この学校の生徒さんは何が違うのだろう?」と考えました。
大人が意欲的に学び、夢を語る姿を子どもたちに見せていることも一つ大きな要因としてあるでしょう。
もう一つ、先生方の接し方によるところは非常に大きいと感じました。
「こんなことを言ったら笑われるかも、否定されるかも」という恐れがあると、決して、自分の考えは言えません。
先生方が、日頃から、どんな考えや発言も受容し、お互いに受容し合うように関わっていらっしゃるからこその反応なのだと感じました。
このような関わり方が増えたら、無反応や無気力を装う子どもたちは減るのではないかと考えさせられました。
〔2019年5/12(日) ベネッセ 教育情報サイト〕

周辺ニュース

ページ名発達障害、(発達障害のニュース)
発達障害知っておきたい症状と特徴 「発達障害」とは?知っておきたい症状と特徴について
文部科学省の調査により、発達障害の子どもは近年増加傾向にあることがわかりました(※1)。
発達障害にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる特徴を持ちます。
そのため、発達障害の種類によって、望ましいコミュニケーションの方法も異なります。
今回は、発達障害の種類や症状、特徴などについてご紹介します。
発達障害っていったいどんな状態?
発達障害は、発達障害者支援法において、次のように定義されています。
「自閉症、アスペルガー症候群そのほかの広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害などこれに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」(※2)。
このように発達障害には、さまざまな種類があります。
症状は発達障害の種類によって異なりますが、言語や知的な発達が遅れたり、人とのコミュニケーションや社会性などに問題が起きたりします。
発達障害の原因には、生まれつきの脳の特性や感染症などが挙げられています。
発達障害の種類によって異なります。発達障害の分類と種類、主な原因は次のとおりです。
・ダウン症候群
ダウン症候群は、染色体異常によって起こる発達障害に分類されます。
染色体は、遺伝情報を伝えたり発現させたりする役割を持ちます。
染色体には、22対の常染色体と1対の性染色体があり、常染色体の1つ「21番染色体」が通常よりも1本多くなると、ダウン症候群となります(※3)。
・自閉スペクトラム症(ASD)
自閉スペクトラム症(ASD)は、自閉症やアスペルガー症候群の総称で、広汎性発達障害とほぼ同義とされています。
自閉症は、言葉の発達が遅れるほか、コミュニケーションや対人関係などにおいて障害がみられます。
原因は特定されていませんが、脳の機能障害によって起こると考えられています。
また、周産期に起きたなんらかのトラブルも関与しているという意見もあります。
ちなみに保護者の育て方は影響しないようです(※4)。
・アスペルガー症候群 アスペルガー症候群は、比較的症状が軽度の自閉症として扱われています。
そのため、自閉症と同様に対人関係に障害がみられます。しかし、言葉の発達の遅れはみられません。
原因についても、自閉症と共通していると考えられています。
・学習障害(LD) 学習障害は、知的な発達に問題がないにもかかわらず、読み書きや人の話を聞いたり話したりすることが難しいことが特徴です。
AD/HD・高機能自閉症などを伴う場合は、それらも含めて考慮した学習支援が必要となります(※5)(※6)。 ・知的障害
知的障害は精神遅滞とも呼ばれ、知的な発達が遅れることが特徴です。
症状が重い場合は子どものころに気づかれることが多いのですが、症状が軽い場合は診断が遅くなります。
原因としては、染色体異常や先天性代謝異常症、中枢神経感染症、胎児期にかかった感染症、脳の奇形などが挙げられます(※7)。
それぞれの障害の特性について、発達障害情報・支援センター(国立障害者リハビリテーションセンター)が以下のようにわかりやすくまとめています。
これらの障害を持つ方々の教育を支援するために、文部科学省では「発達障害者支援法」を定めています。
発達障害の症状が現れてから、できるだけ早い段階で発達支援を行うことを重要と考え、学校教育や就労などさまざまな場において支援することが目的です。
この法律に従い、各自治体では発達障害を持つ子どもの発達支援をしています。
具体的には、発達障害を持つ子どもの保護者が相談できるよう環境を整備し、必要に応じて医療機関や専門機関を紹介しています。
子どもの発達障害が疑われる場合に、すぐに医療機関を受診するのではなく、まずは自治体に相談してみてはいかがでしょうか(※9)。
子どもの発達障害のより詳しい症状について、ご紹介します。
・ダウン症候群
ダウン症候群の特性としては、全身の筋肉の緊張度が低下したり特徴的な顔つきになったりします。
また、消化器系の病気や中耳炎などを合併しやすいといわれています。
知的発達が遅れますが、成長の道筋はダウン症ではない子どもとほぼ同じです。
また、人なつっこく明るくてやさしい性格をしている傾向があります(※10)(※11)。 ・自閉スペクトラム症(ASD)
自閉スペクトラム症(ASD)に分類される自閉症は、言葉の発達が遅れるほか、コミュニケーションをうまく取れない、良好な対人関係の構築が難しい、社会性に欠ける、特定の物事に対する強いこだわり、行動のパターン化などがみられます。
いずれかの症状が3歳までに現れるといわれています。
また、知的障害を伴うこともあれば、知能に遅れがみられない場合もあるなどさまざまです。
自閉症の子どもは、目を合わせない、1人遊びを好む、かんしゃくを起こすことが多い、表情の変化に乏しい、名前を読んでもこちらを向かない、ほかの子どもに興味がないなどの特徴がみられます(※12)(※13)。
・アスペルガー症候群
アスペルガー症候群は、対人関係の障害と強いこだわり、趣味や活動のパターン化がみられます。
自閉症とは違い、言葉の発達の遅れはありません。
また、知的障害を伴うケースもほとんどないといわれています。
アスペルガー症候群の子どもは、集団で遊ぶより1人で遊ぶことを好み、その遊びをくり返す傾向があります(※14)(※15)。
・学習障害(LD)
学習障害の子どもは、読み書きや算数などに関する発達に障害があります。
単語ごとに文節を区切って読んだり、勝手に文末の言葉を変えて読んだりするなど、症状は多種多彩です(※16)。
・知的障害
知的障害の子どもは、食事の準備や排尿・排便、対人関係の構築、お金の管理など、社会生活に必要な適応機能が年齢に対して低くなっています。
そのため、同年齢の子どもができることができず、まわりの人のサポートが必要となります(※17)。
発達障害の症状によって、更なる問題が起こる場合があります。
これを二次障害といい、対人関係を構築できないためにまわりに馴染めず、不登校になったり、暴力をふるったりすることなどが挙げられます。
発達障害を早期に発見して、適切に発達支援をすることが二次障害の予防に役立つと考えられています(※18)。
発達障害の子どもとのコミュニケーション術

発達障害の影響によって、コミュニケーションがうまくとれなかったり、音や光に過敏になったりすることがあるので、保護者やまわりの人が適切に対処することが求められます。
適切にコミュニケーションを取って対処することで、子どもの発達にいい影響を与えられるかもしれません。

具体的な事例を挙げて解説します。
・障害によってコミュニケーションがうまくできないことがある
発達障害によって、人とコミュニケーションをうまく取れない場合、ほかの子どもと比較したり、大声で叱ったりしてはいけません。
子どもは、コミュニケーションを取りたくても取れない状況にあるため、このような対応は子どもを傷つけてしまう可能性があります。
また、「この子は発達障害だから」と見放すことも、子どもの心に悪影響を及ぼすかもしれません。
単純に叱るのではなく、どのようにしてまわりとコミュニケーションを取ればいいのかを伝えましょう。
言葉のコミュニケーションだけにこだわるのではなく、サインや身振り手振り、カードを使うなど、その子どもに合ったコミュニケーションの取り方を教えてはいかがでしょうか(※19)。
また、それだけですぐにコミュニケーションを取れるようになるわけではないので、幼稚園や保育園、小学校の先生などまわりの人に対して、「うちの子はゆっくりのペースでお願いします」と伝えておくなど、子どもが過ごしやすい環境をつくることも大切です。
・音や光に過敏なことがある
発達障害の子どもは、音や光に過敏な場合があります。
大きな音や強い光にさらされることで、パニックを起こすこともありますが、このような場合にも子どもを押さえつけるようなことは避けた方がいいでしょう。
なぜそのような大きな音がするのか、理由を伝えることをおすすめします。
過敏なものに対する理解を深めることで、次第にパニックを起こしにくくなるかもしれません。
・得意分野をみつけること
発達障害があるために、同年齢の子どもと同じことができない場合があります。
それにより、ほかの子どもと比べることで、自信を失ったり喪失感を覚えたりする場合もあります。
「なぜ、ほかの子どもはできてうちの子はできないのか」とイラ立ちを覚える保護者も少なくありません。
しかし、自信を失っている子どもに対し、「なぜできないのか」と叱ると、さらに子どもが自信を失ってしまう可能性があります。
まずは、その子どもの得意分野を見つけるようにしましょう。
子どもが自分の得意分野を認識することで、その分野に関して自信を持てるようになります。
これが、自尊心を育む第一歩になると考えられます。
まわりの人の助けを借りて子どもと向き合おう
発達障害の種類はさまざまで、アスペルガー症候群のように、子どものころに発見しづらい症状もあります。
現代では発達障害者支援法により、教育や就労などさまざまな場でサポートを受けることができるので、「もしかして発達障害かも?」と思ったら、まずは自治体に相談しましょう。

参照元
(※1)参照:『放課後等の教育支援の在り方に関する資料』(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/03/16/1355830_1.pdf P.51~52
(※2)参照:『特別支援教育について』(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/hattatu.htm
(※3)参照:『ダウン症のあるお子さんを授かったご家族へ』(公益財団法人日本ダウン症協会)
http://www.jdss.or.jp/family/index.html
(※4)参照:『自閉症について』(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html
(※5)参照:『学習障害』(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-004.html
(※6)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.9
(※7)参照:『知的障害(精神遅滞)』(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-004.html
(※8)画像引用:『発達障害を理解する』(発達障害情報・支援センター)
http://www.rehab.go.jp/ddis/%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%82%92%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%81%99%E3%82%8B/%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%A8%E3%81%AF/
(※9)参照:『特別支援教育について』(文部科学省)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/001.htm
(※10)参照:『ダウン症のあるお子さんを授かったご家族へ』(公益財団法人日本ダウン症協会)
http://www.jdss.or.jp/family/index.html
(※11)参照:『ダウン症』(滋賀県立小児保健医療センター)
http://www.pref.shiga.lg.jp/mccs/shinryo/sekegeka/shikkan/sentense/down.html
(※12)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.9
(※13)参照:『自閉症について』(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html
(※14)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.9
(※15)参照:『アスペルガー症候群について』(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-006.html
(※16)参照:『学習障害』(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-004.html
(※17)参照:『知的障害(精神遅滞)』(厚生労働省)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-004.html
(※18)参照:『発達障害者支援に関する行政評価・監視-結果報告書』(総務省)
http://www.soumu.go.jp/main_content/000458776.pdf :P.25 (※19)参照:『どうしたらいいの?~子どもとの接し方(幼児期~学童期』(大阪府)
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/1206/00027606/eeyan_jido2.pdf P.17
プロフィール
監修:岩波 明 (いわなみ あきら)
1959年神奈川県生まれ。1985年、東京大学医学部医学科卒。医学博士、精神保健指定医。
都立松沢病院、東京大学附属病院精神科、埼玉医科大学精神科などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授に。
2015年より昭和大学附属烏山病院院長を兼任し、ADHD専門外来を担当。
精神疾患の認知機能、司法精神医療、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。
『心の病が職場を潰す』(新潮新書)、『大人のADHD もっとも身近な発達障害』(ちくま新書)、『発達障害』(文春新書)など、著書多数。
※この記事は「ベネッセ教育情報サイト」で過去に公開されたものです。
〔2019年5/13(月) ベネッセ教育情報サイト〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
「ただ、いる、だけ」というケア ケアとは何か?「ただ、いる、だけ」の仕事から見えた「その価値」 「ただ、いる、だけ」という仕事 「あなたの仕事は、ただ、いる、だけ。そこに居るだけです」。さて、こんな風に言われたらどうだろうか。「おぉ楽じゃないですか。ラッキー」と引き受ける人もいれば、「そんなんでお金をもらっていいんですか」と訝しむ人もいるだろう。 現実にこんな仕事があることを教えてくれるのが東畑開人(十文字学園女子大准教授、臨床心理士)の体験記『居るのはつらいよ』(医学書院)である。 超一流大学に進学、臨床心理学を学ぶために大学院にまで進み「長く苦しい学究生活」の末に「ハカセ」となった「僕=東畑」は、ハカセにふさわしい一流カウンセラーを目指すべく沖縄の精神科デイケアにたどり着く。 そこで待っていたのは、新人には異例とも言える超好待遇と施設にやってくる人々の「ケア」だった。日常の連続の先に、やがて見えてきた「ただ、いる、だけ」の意味とは――。 東畑開人、1983年生まれ。2010年に京都大学大学院で博士号を取得し、就職したのは沖縄の精神科クリニックだった。博士号を取っても、非常勤、時給1000円のような条件が飛び交う臨床心理士の世界にあって、そこは「常勤、月給25万円、賞与6ヵ月」という条件を提示した。 ハカセの心はときめく。人生がときめく、好待遇の魔法である。だが、世の中、そんな上手い話はない。精神的な傷に触れていき、回復するセラピーをやりたいと思っていたはずなのに、与えられた仕事は「ただ、いる」ことだった。 なんといっても、与えられた最初の業務命令は座っていることだ。ハカセに求められたのはなにかを「する」のではなく、「いる」こと。 《いきなり突きつけられたのは、当たり前なんですけど、博士号がなんの役に立たないって現実ですよね。そのデイケアって汗とヤニと垢の匂いが充満していて、あまり綺麗な空間とは言えないんですよ。 それなのに、僕は心理職なんだからと思って、最初はYシャツにジャケットで出勤していました。でも、働いている人も通ってくる人もみんなジャージなんですね。強烈に浮いてるんですよ。だから、さすがにカウンセリングの時はシャツに着替えるんだけど、二週間もしたら、短パンにポロシャツで、みんなで一緒に野球をやってました(笑)。 綺麗なカウンセリングルームで、パリッとしたシャツとジャケットでセラピーをしたいみたいな憧れはあったんですけど、デイケアはちょっと違うということです。そこは、みんなで暮らしている場所なんです。だから、当然、色々な匂いがするし、「暮らす」のにはジャケットよりジャージがいいわけです。》 「足を引っ張ってたので、イルツラでした…」 そんな場所で、戦力として活躍していたのが、沖縄の女性たちだ。 ハカセも早朝に10人乗りのハイエースに乗り込み、運転して、自力でデイケアに通えない人たちを送迎する。施設に集う人々と一緒に料理をしたり、洗濯したり、掃除をしたりもする。しかし、ここでもハカセの労働は誰からもあてにされていない。 心理職の教科書にデイケアで働くのに、生活的なスキルが必要だとは書かれていない。 《車の運転も掃除も調理も、高卒の医療事務のスタッフのほうがよっぽどテキパキ働いているんですよね。僕はそういう意味では本当に役立たずで、足を引っ張ってたので、イルツラでしたね》 お金をもらえれば、いいのではないか。そんな声も聞こえてきそうだが……。 《それじゃあ、調理とか以外で何をやっているのかというと、ただただメンバーさんと一緒に時間を過ごすのが僕の仕事でした。お茶を飲んでいるメンバーさんの横で、僕もお茶を飲んでいる。それどころか、お茶がないときもあって、ただただ、座っている。本当になんもしないで、ただ、いる。これがつらいんですよ。 何か作業をしていれば、自分の世界に入れるんですよ。手を動かしたり、車を運転したりしていると、「する」ことがあるので、それをやればいい。でも、「いる」って何もやることがない。話を聴くとかでもないですからね。ただただ座っているんです。周りに人がいるから、自分の空想の世界に逃避したり、瞑想状態に入るわけにもいかないですしね。これってとてもつらいんですよ。 そうやって、デイケアに通ってくる人たちと一緒に「ただ、いる、だけ」で給料がもらえる。こんなんでいいのかってなるでしょう。》 東畑は当時デイケアで展開されていた日常をこんな文章でまとめている。


「朝、目覚めると、ショッピングセンターの駐車場に行く。送迎バスが迎えに来る。鼻をほじりながら、デイケアに向かう。いつもの席に座ると、お茶を入れ、そして拾ってきたタバコの吸い殻を数える。朝のミーティングがあり、ラジオ体操をする」 「それが終わると昼休みまでただ座っている。ときどきトランプをしたり、身の上話をしたりする。昼食を食べると、ソフトボールをしにいく。帰ってきたら着替えて、ただ座っている。夕食を食べて、送迎バスに揺られて、ショッピングセンターの駐車場まで帰る。………」


簡単に整理をしておくと、彼が志したセラピーというのは何かを「する」ことで、心が病んだ目の前の患者を回復させるという行為だ。これはとてもわかりやすい。 「回復する」というのは成果であり、成果があることで人は経済的な報酬を気持ちよく受け取ることができる。 ケアとは何か? では「居る」とは何か。「日常に付き添い続けること」と定義できる。繰り返される、ぐるぐるとした日常はそれ自体が「ケア」として機能している。 さて、問題はケアとは何か、ケアの価値とは何かである。 お茶を飲んだり、タバコを吸ったり、ソフトボールをしたり、一緒に食事をしたり……。これで報酬が発生する。その時、少なくない人はこう思うはずだ。 「えっこれでお金をもらっていいのか」。あるいは「この人たちこれでいいのか?」 東畑はここまでの話に「そうそう」と言いながら、大きくうなずきながら、言葉を探していく。 《この本の難しかったところなんです。専門職としてデイケアにいるのは、もちろんそこに通ってくるメンバーの人たちに回復してほしいという思いがあるからです。 でも、現実は10年そこにいる人がいて、彼や彼女はおそらく次の10年もそこにずっと居続けるだろうという現実があるんです。 では、その人たちの回復って何か? あるいはそうやって生きることの価値って何か? ということをずっと現場で考えてきたと思うんですよね。 「生産性が無い」といって生きることを否定するのは違うし、逆に「生きているだけで価値がある」という言葉で思考を止めてしまうと軽すぎる。 スタッフが何もしなくても、彼らがデイケアに10年通えていたかと問われたら、それも違うんです。一緒に麦茶を飲んだり、いるだけの時間を過ごすことはきわめて大事だった。それがなかったら、「居る」は簡単に損なわれてしまう。 そして、それだけじゃなくて、彼が「居る」ことによって、デイケア全体が豊かな場所になっていたというのもあるんです。 それぞれのメンバーさんがそうです。ひとりひとりが「居る」ことで、「場」ができるんですよ。それは間違いなく、そう。でも……だけど……、「ただ、いる、だけ」でいいのか、となるのが本当に悩ましいところでした。 僕は専門家として、この「ただ、いる」時間をどう理解していいか分からなかった。どうしても口ごもってしまうんです。 だからこそ、あえて学術論文の言葉ではなく、エッセイの言葉でこの本を書いたのは、見た人、関わった人たちのリアリティを通じて「いる」ことの意味を考えたかったからなんですね。》 ケアは「場」が主体になるもの デイケアに勤務経験がある専門家たちは、一様に座っていることがつらいという記述に共感するという。 《あれが一番しんどい、とみな言ってました(笑)。ただ座っているのって、難しいんです。でもね、難しいことには価値があるはずだと思うんです。 ケアする施設で本当に大切なのは、民俗学でいう「ハレとケ」の「ケの時間」です。お祭りではなくて、退屈な日常こそがケアだと思うし、人間が生きてるってそういうことだと思うんです。 だけど、そういうケの部分の価値って本当に難しい。それは泡のように消えてしまう。 例えば、「ただ、いる」ことの価値はもしかしたらエビデンスで示せるかもしれない。でも、それが示されたら、次に「じゃあもっと効率的に『いる』ことの効用を高めよう」みたいな話になっちゃって、そうするとその価値はすぐに消えてしまう。 だって、「居る」の効率をあげるためには、そこに「居る」のが専門家ではなく、素人でも、ロボットでも犬でもいいじゃないかという話にもなります。そして実際、そうかもしれないんです。素人もまた「居る」を支えますから。 考えていると、よくわからなくなるんです。「ただ、いる」ってなんなんだって。それはそこに居るときには価値を感じるんだけど、でもその価値は語ろうとするとあわく消えていってしまう。 ただ、これって実は「みんな」の問いなのではないかと。つまり、僕らの日常もまた価値を説明しえないものによってできているのではないかと》 例えば、不登校や出社ができなくなる状況を想像してみるといい。経験者は「ただ、いる」ことが辛くなり、やがて「自分は役に立っているだろうか」「自分には価値がないのではないか」と問うことになる。 私にもよくわかる。フリーランスになる直前、2017年末~2018年にかけてこれまでにない体調不良に襲われた私は「適応障害」と診断を受けることになった。そこで感じていたのが、「自分は役に立っていない」という思いだった。 《そして、自分には価値がないから、会社とか学校に行かない方がいいのかもしれないとか、みんなバカにしているんじゃないかと悩むことになるんです。そのときに「心のケア」が必要だと言われています。 世間的に「心のケア」って、カウンセラーが1対1で深い話をするというイメージがあると思うんですけど、それは実は「ケア」ではないんですね。いや、ケアになる場合もあるんだけど、むしろ1対1で向き合っていくと、「セラピー」的な要素が多くなります。 1対1だとどうしても自分と向き合うことになるんですよ。非日常的な時間と場所で、自分を掘り下げていく。それがセラピーです。だけど、自分の傷と向き合っていくことが有効な時もあるし、そのことでよりしんどくなってしまう時もある。セラピーは相手とタイミングを選びます。カウンセリングは有効なものですが、万能ではない。 これに対して、ケアというのは「場」が主体になるものだと思うんです。居場所という言葉がありますけど、「居る」ことが可能な場所。それは一対一というよりも、色々な人がいる場所です。 いろんな人がいて、場が出来ることによって、人はなんとなく日常が可能になっていく。そうやって、普通に生きることが支えられていく。》 ここに「ただ、いる、こと」の意味、「ケア」の価値がある。 〔2019年5/14(火) 現代ビジネス〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
スクールセクハラ スクールセクハラの深い闇 教諭が何度も「生理ですか?」生徒の心に傷 男性教諭に「生理?」などとセクハラ発言をされ、学校に通えなくなった女子中学生は、医師に「ストレス反応」と診断されたという 教諭から繰り返しセクハラを受けた-。そんな投稿が取材班に寄せられた。中学生の娘が、ストレスで頭痛や吐き気が止まらなくなり学校に行けなくなったという。性暴力を告発する「#Me Too」運動が広がりを見せる中、教師と生徒の関係では被害が潜在化しやすい現状がある。子どもたちが声を上げやすい体制づくりが学校現場には求められている。 関係者によると、問題は昨春、福岡市立中学校の不登校の生徒が通う教室で起きた。机に伏していた女子生徒に、男性教諭が「生理ですか?」と問いかけた。不快そうにする生徒に「生理は恥ずかしいことじゃない」「娘がいるから分かる」と続けたという。 その後も、気分が悪そうにしている女子生徒複数人に同じ発言を繰り返したといい、うち1人はストレスで教室に行けなくなった。この生徒は「やめてくださいと伝えても、『体調を確認するのが仕事だから』とあっけらかんとしていた。それ以上、何も言えなくなった」と話した。 . 「配慮を欠いていた」教諭を指導 保護者が「セクハラだ」と抗議した後も、別の女子生徒に対し、「○○さん(下の名前)も随分、女性ぽくなってきましたよ。少女じゃなくてちょっと女性に変わりますね」などと発言していた。 市教育委員会によると、教諭は「体調を確認する目的で尋ねた」「教室に通い始めた頃に比べて成長したことを伝えたかった」と釈明。市教委の担当者は「生徒に寄り添おうと思ってのことだが、発達段階やTPOをわきまえず、配慮を欠いていた」として教諭を指導したという。 . 文部科学省によると、2017年度にセクハラやわいせつ行為で懲戒処分を受けた教員は210人。内訳は「体に触る」が最多の56人▽「盗撮、のぞき」42人▽「性交」38人▽「キス」16人-と続いた。会話などによるセクハラで処分された教員も11人いた。被害者は「自校の児童生徒」が46%で最多だった。 NPO法人「スクール・セクシュアル・ハラスメント防止関東ネットワーク」(東京)の徳永恭子さん(72)は「性的なことは人に相談しにくいのに、相手が先生だとさらに潜在化する。処分件数は氷山の一角にすぎない」と指摘する。 〔2019年5/14(火) 西日本新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
“ワールドカフェ”スタイル 「子どもたちの自己肯定感を上げていこう!」“ワールドカフェ”スタイルで見えてきたPTAの新しい形
「すべては子どもの健全な成長のために」
PTAの本来の目的とするのは、保護者と教職員が力を合わせ、子どもの成長を支援していくことだ。もちろん活動はボランティアであり、団体への加入は義務付けされていない。しかしいったんPTAに加入すれば、学校行事の手伝いや登下校の見守り、地域パトロール、PTA総会への参加などやることは限りない。さらに実質強制的な役員の持ち回りもあり、共働きで日々の生活に追われる保護者にとってPTA活動は頭痛のタネだ。
「PTAのルーティンを見直し、子どものために何ができるか考える」
東京都小金井市で行われた、PTAを変える新たな試みを取材した。
PTA総会を保護者の対話の場に変える
PTA総会と言うと、来賓の挨拶が延々続き、議題はかたちばかりの採決を取って承認され、最後は懇親会があって終了というのが一般的だ。しかし小金井市小中学校PTA連合会の総会は、普段見慣れない風景が広がっていた。
5月11日に小学校の講堂で開かれた総会には、約200人の保護者と教育委員会、市会議員が参加。通常の総会の段取りが終わると、参加者はアトランダムに5人程度のグループに分かれた。グループではお互いに向き合って円状に座り、寄せ合った膝の上には1枚のホワイトボードとペンが乗っている。用意されたお茶とお菓子を食べながら、参加者は設定されたテーマについて意見交換を行い、ホワイトボードに出された意見を書き込んでいくのだ。
これは「ワールドカフェ」と呼ばれる議論の手法で、カフェのようにオープンでリラックスした雰囲気の中で行うことで、創造性に富んだ対話を引き出そうとする試みだ 。また、ホワイトボードを囲んで意見を書き込むグループワークは、東京工業大学で実践されている「えんたくん」の手法を取り入れた。
PTAで子どもの課題を話さなくていいんですか
この総会の仕掛け人の1人である大熊雅士教育長は、総会に「ワールドカフェ」を取り入れた理由をこう語る。
「小金井ではPTAが協力的で、学校運営に無くてはならない存在になっています。しかしPTAには『研修会を去年やったので、また今年もやらないと』など、深く考えずに前例を踏襲することが多い。保護者からは『目の前の子どもたちは大きな課題をいっぱい抱えているのに、PTAでその課題を話さなくていいんですか?PTAが新しいことをしなくていいんですか?』という声があり、本来のPTAのあり方を考えて、子どもの課題を考える会をやってみようということになりました」
今回意見交換を行ったテーマは、「子どもの自己肯定感」だ。その理由は、「何が問題かと言った時に、一番となるのが自己肯定感の低下です。引きこもりや不登校、いじめはすべてここから始まる」(大熊教育長)からだ。
意見交換では、「自己肯定感を下げている子どもは何を思っているのか」「それは何が原因か」「PTAは何ができるのか」を、それぞれが意見を出し合いホワイトボードに書き込んでいく。ホワイトボードには、「子どもは忙しすぎて時間や居場所がない」「そもそも親自身にも余裕がない」「親同士がもっと会って、お互いの子どもを『凄いよっ』て言い合うのはどうか」といった言葉がびっしり並ぶ。対話セッションは1時間弱だったが、どのグループの参加者も終了しても まだまだ話し足りなさそうだった。
いまPTAの存在意義がわからなくなっている
会終了後、総会に初めて出席したというお母さんは、「普段聞けない、いろいろな家庭の子育ての様子を聞けて視野が広がりました。今後PTAとして、小さなことですが家に友達呼んであげて、交流の場を広げる手伝いをしてやれたらいいな思います」と語った。 また去年も総会に出席したというお母さんは、「去年と全然違う」と語ったうえで、今後のPTAのあり方について「PTAは子どもの近くにいられるからこそ、子どもがいま何を思い、 何が必要なのか拾えればいいなと。それをPTAのみんなに伝えて、より良い居場所を作ってあげれたらいいんじゃないかなと思います」と語った。
いまPTAには、運営すること自体に汲々として、子どもを取り巻く課題に向き合ってこなかったという反省がある。小金井市のPTAを束ねる連合会の前田薫平会長は、「いまPTA自体の存在意義がわからなくなってしまっている」と前置きしたうえで、だからこそPTAが一歩踏み出さなければいけないと強調する。
「子どもたちの一番近くにいる保護者と先生の、次に近い存在なのが地域の大人です。しかし昨今では『ナナメの関係』、つまり自分の親には相談できないけれど、近くの大人には相談できるという存在がなくなりつつあります。子どもの孤立を防ぐためには、地域が必要だと思います」
PTAと地域が一体となって子どもを見守る
学校の教員の仕事量は限界を超えており、今後益々PTAには教育への参画を求められそうだ。そうなれば保護者の負担感がさらに増える可能性もある。
しかし前田会長は言う。
「結局は子どもたちのためで、誰かが得をしたとか損をしたとか言う方が多いのは何でかなと疑問に思っています。やらされているというのは楽しみを生まないと思います。今回の総会も前向きに考えている人が手伝ってくれたからこそ進めることができました。子どもたちが『お父さん、お母さんが何か面白いことをやっている』と見てくれればうれしいなと思っています」
一方、総会に参加した四児のお母さんは、これからはどれだけ地域を巻き込めるかがポイントだと語った。
「いま小学校で子どものためにあれをしてみよう、これをしてみようと考えているんですけど、やっていくうえで人材が足りません。PTA役員だけでは回らない部分もあり、でも働いているお母さんが多い中でやっていくには、やっぱり地域を巻き込みたいなと。どれだけ地域の方を巻き込んでいけるかが、子どものよりよい居場所作りにつながっていくと思います」
地域=PTAだけでは ない。たとえ子どもが学校を卒業しても、地域の大人として子どもに関わり続ける。教員、保護者(もちろん父親も)、行政、そして地域住民が一体となって子どもの成長を見守る社会がこれから益々必要になる。
小金井市のPTAの取り組みは、その第一歩なのだ。
〔2019年5/14(火) 【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】FNN.jpプライムオンライン〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
高校教育の見直し 自民、高校教育の見直しを提言 自民党の教育再生実行本部(本部長・馳浩元文部科学相)は14日、生徒の学習意欲の低下を踏まえ、高校教育の見直しを政府に求める提言をまとめた。 提言では、生徒の持つ能力や個性に対応するため、高校普通科を見直す必要性を指摘。新たな学科の具体例として「サイエンス・テクノロジー科」や「アスリート科」などを挙げた。 また、不登校や中退をきっかけに定時制や通信制課程に通う生徒が増えていることを受け、勤労青年教育を第1目的に掲げた従来の制度の変更や教育内容の充実などを求めた。 〔2019年5/14(火) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、()
幼い頃から英語を学ばせるべきか? 生後6ヵ月から英語を浴びていた子が2歳直前に「反発」した話 「なんでもできる子」は理想だけれど 子育て中の親の悩みが幸せに変わる「29の言葉」を紹介した新刊『子どもが幸せになることば』が、発売直後に連続重版が決まり、大きな注目を集めています。著者であり、4人の子を持つ田中茂樹氏は、20年、5000回以上の面接を通して子育ての悩みに寄り添い続けた医師・臨床心理士。 本記事では、「幼い頃から英語を学ばせるべきか?」という答えのない問いへの1つの考え方を、著者自身の子育てのエピソードとともにします。(構成:編集部/今野良介)

●イギリス人の大学生をベビーシッターとしてホームステイさせた 私は、認知心理学の研究をするために、大学院に進みました。そこでは、脳の働きについて、記憶のしくみや言葉を話す能力、他人の心を知るしくみなどについて研究をしていました。 妻は産婦人科の医師です。2人とも医学や脳についての知識がありました。しかし、自分たちの子どもをどう育てるかについては、大いに期待と不安がありました。専門的な知識があってもなくても、育児で不安を感じるのは、どの親でも同じだと思います。 長男が生まれて、日に日に育っていく姿を見ているうちに、いままで論文や教科書から学んだ知識だったものが、生の現実として体験されるうちに、考え方も変わっていきました。私は、「子どもを育てたら、自分の心理学の知識も増えて研究にも役立つ」と思っていた部分があったのです。そのように話してくれた先輩も、たくさんいました。 しかし、私にとっては、子育ての困難さとやりがいは、そのようなものではなかったのです。心理学や医学の知識は、子どもが幸せに育つための手段や方法の1つにすぎない、と感じるようになりました。知識や研究よりも、育児そのもののほうがずっと大事で、楽しかったのです。 「そうしなければ」ではなく「そうしたい。そのほうが楽しい」と強く思いました。その考え方は、自分の場合、正しかったと思っています。 とはいえ、私も、はじめのうちは、「どうやったら子どもを賢い子にできるか」ということを考えていました。具体的には、学校の成績が良くて、語学ができて、スポーツも得意でという、わかりやすい「優等生」のイメージです。他の人から見てもわかりやすい基準で「すばらしい子」に育てるにはどうしたらいいかと、考えていたのです。 たとえば、小さいころから日常的に英語に触れることによってバイリンガルに育てたいと思い、イギリス人の大学生をベビーシッターとしてホームステイさせたりもしました。長男が生後6ヵ月~2歳半ぐらいのことです。 しかし、2歳になる前に、大人が英語で話していると「ちゃんとしゃべって!」とはっきりと文句を言うようになりました。 彼の言う「ちゃんと」とは、「英語ではなく日本語で話せ」という意味でした。 これがもし海外勤務などで外国で暮らしていたら、英語を話さないわけにはいかないし、保育