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カテゴリ:周辺ニュース

提供: 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
2019年10月13日 (日) 10:23時点におけるMatsu4585 (トーク | 投稿記録)による版
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所在地 北海道
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周辺ニュース

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ページ名新宿区児童相談所、東京都新宿区(児童相談所のニュース)
新宿区 児相開設3年以上延期 吉住区長表明 児童福祉司ら足りず
新宿区は十日、二〇一六年に特別区に児童相談所を設置することが認められたことを受け、二一年四月に予定していた児童相談所の開設を三年以上、延期すると発表した。
吉住健一区長が定例記者会見で説明した。
  四月の児童福祉法施行令改正で、児童福祉司を配置する基準の義務付けが、人口四万人当たり一人から三万人当たり一人に強化された。
児童福祉司二人につき児童心理司一人を配置する必要があるため、新宿区の場合、児童福祉司が当初予定から九人増の十九人、児童心理司が五人増の十人を採用しなければならなくなった。
新宿区は夜間に働く親が多いほか、生活基盤が不安定な家庭も多いことなどから、児相開設に当たり、別の自治体の児相で二年間以上働いた経験のある児童福祉司と児童心理司を、それぞれ七割程度採用すると決めている。
現状では「経験豊富」という面では、児童福祉司が七人、児童心理司が五人足りない。
区は今後、未経験の児童福祉司と児童心理司を、都などの児相に派遣して経験を積ませ、人材を確保する方針。
育成時間を考えると、三年以上が必要になるという。
二一年一月に完成予定の一時保護所は、一時的に関連施設として都に使ってもらうことを打診しているという。
〔2019年9月11日 東京新聞(中村真暁)〕

周辺ニュース

ページ名サンカクシャ」、東京都豊島区 (ホームレス)
<ひと ゆめ みらい>子どもや若者の伴走者に NPO「サンカクシャ」代表理事・荒井佑介さん(29)
食事をしながら子どもらと笑顔で話す荒井佑介さん=豊島区で
子どもや若者の孤立を防ぎたい-。中高校生らの社会参画に取り組むNPO法人「サンカクシャ」(豊島区)を五月に立ち上げた。
親でも先生でも友達でもない「伴走者」として、少年、少女たちと同じ目線の高さで向き合う。
夏休みの昼下がり。区内の拠点に高校生や大学生が集まってきた。
昼食のタコ焼きを作ると、「いつも寝ている荒井さんが、カメラの前だと作ってくれる」と笑い声が響いた。
寝てもいいし、漫画を読んでもいい。好きに時間を過ごし、勉強しろと頭ごなしに言われない。
企業の運動部との交流や、チラシの折り込みといった仕事、イベント企画なども体験できる。
大学生の男性(19)は「いろいろな社会人と話もできて面白い」とはにかむ。
こうした活動に携わるきっかけは、大学一年生のころにさかのぼる。
新宿駅近くで具合を悪そうにしていたホームレスの男性に話しかけた。
終電まで二時間話し込み、再び落ち合うことに。
男性は翌週、約束通りやってきて、コーヒーもおごってくれた。
「愛嬌(あいきょう)がある人で、楽しかった」
男性との茶話会はその後も続き、自立の難しさや半生など、さまざまな話を聞いた。
ホームレスに関心を持ち、就労支援のNPOを立ち上げ、関連団体でインターンもした。
「何よりホームレスのおじさんたちの輪にいるのが好きだった」
多くが子どものころに貧困や虐待経験があることが気になるように。
「子どもの貧困に携わりたい」と、中学生の学習支援団体の運営などを始めた。
するとまた「はまっちゃった」。
掛け算もできなかった男子生徒は、雑談ばかりしているうちに荒井さんが持っている本を読み、受験に向けて猛勉強するように。
女子生徒から虐待された経験を聞き、一緒に泣いたこともあった。
不良少年とも関わるようになり実感した。
「家族らから愛情を注がれた経験が乏しく、寂しさゆえに目立つ行動をしていた。大人から『来るな』と言われ、仲間と群れていた」
二〇一五年に、子どもの居場所を運営するNPOの設立などに参画。
現在は、サンカクシャでさらに奮闘する。誰とでも対等な関係を重視するのは、ホームレスと付き合ってきたころから変わらない。
「話を聞き、一緒に喜ぶ人がいて初めてやる気が出る。将来を考えられる。そんな伴走者が、もっと必要なんです」
<NPO法人サンカクシャ> 子どもたちから「事務所」と呼ばれる拠点は、毎週木、土曜の午前10時~午後8時に開かれ、中学生から25歳ぐらいまでの約80人が利用。
大学生や社会人などのボランティアを含めたスタッフは約60人。
先月、文京区内にも拠点を開いた。
各拠点の所在地など問い合わせは、サンカクシャのホームページから。
〔2019年9月16日 東京新聞(中村真暁)〕

周辺ニュース

ページ名プライドブリッジ、(性的少数者)
LGBTの居場所作りへ 一橋大卒業生ら大学と協定
協定書を交わしたプライドブリッジの松中権会長(左)とジェンダー社会科学研究センターの貴堂嘉之共同代表=9月、国立市で
一橋大(国立市)卒業生らでつくるLGBTなど性的少数者の居場所作りを進める団体「プライドブリッジ」は、一橋大ジェンダー社会科学研究センターと共同事業を行う協定を結んだ。
学内を拠点に、協力してLGBTが生きやすい社会づくりを目指す取り組みをスタートさせた。
  大学内にジェンダーやセクシュアリティー(性のあり方)を学び、交流できるセンターを設置し、活動内容を充実させていく。
卒業生を中心に集まった寄付を活用し、当事者や大学院生らが講師を務める全十三回の講座も開講した。
プライドブリッジは一橋大で二〇一五年八月、同性愛者だと暴露(アウティング)された大学院生の男性が校舎から転落死したことをきっかけに、性的少数者の居場所づくりを進めようと設立の機運が高まり、今年六月に発足した。
会長は、卒業生で同性愛者であることを公表している松中権(ごん)さん(43)。
協定を結んだのは九月で、学内で松中さんと研究センターの貴堂嘉之共同代表が書面を交わした。
記念イベントが開かれ、講演した松中さんはカミングアウトできなかった在学中の体験を語り、「性的少数者は毎日、綱渡りのように生きている。
プライドブリッジを未来をつくる団体にしたい」と強調した。
パネルディスカッションでは、労働政策研究・研修機構の内藤忍副主任研究員(労働法)が「ルールを作るだけでなく、教職員や学生が空間や風土に目を向けて生きづらさに気付くことが大切」と説いた。
プライドブリッジは、継続して講座を続けられるよう寄付を募っている。
寄付や問い合わせは団体のメール=hit.pride.bridge@gmail.com=へ。
〔2019年10月10日 東京新聞(竹谷直子)〕

周辺ニュース

ページ名小田原市立富水小学校、神奈川県小田原市 (いじめのニュース、小学校のニュース)
実例もとに「いじめ予防」話し合う 小田原の小学校で教室
実際にあった事例をもとに弁護士がいじめの重大性を説いたいじめ予防教室 =小田原市立富水小学校
学校からいじめをなくそうと、いじめ予防教室が、小田原市立富水小学校(同市飯田岡)で開かれた。
5年生2クラスの計約70人が、いじめの重大性や人権の大切さについて考えた。
教室は2018年に市立三の丸小学校でモデル的に行われた際、参観したいじめ対策の関係者から「他の小学校でも実施しては」という意見があり、本年度から4年計画で全25小学校で行われることになった。
この日は神奈川県弁護士会所属の2人が両クラスで授業。
1組では田代宰弁護士がまず弁護士の仕事として人権を守ることを挙げ、人権とは安心、自信、自由があることと説明した。
続いて25年ほど前に県央地域で実際にあった事例を紹介。
4月に転校してきた中学2年の男子生徒が1学期中に受けた
▽教科書に落書きされる▽チョークの粉を机にまかれる
▽記念写真の自分の顔に画びょうを刺される-など5件の嫌がらせについて、
児童らは「強いいじめ」「弱いいじめ」「いじめではない」かグループで話し合った。
グループでいじめの判定は違ったが、田代弁護士は「同じ出来事でも感じ方は人それぞれ。やっている側は大したことはないと思っても、受けた側は苦しいかもしれない」と説いた。
この男子生徒は終業式の日、帰宅後間もなく自殺した。
一瞬息をのんだ児童らに、田代弁護士は「男子生徒は学校に安心して来られたか。
自由にやめて、と言えたか。これらの嫌がらせは人権を奪う行為だったのではないか」と強調。
いじめをせず、同調もせず、止めることが難しければいじめられている人に声を掛けることを呼び掛けた。
〔神奈川新聞  2019年10月10日〕

周辺ニュース

ページ名朝日工業、愛知県愛西市 (住まいのニュース、ひとり親家庭のニュース)
朝日工業 母子世帯向けシェアハウス運営 地域で支え合う仕組みづくり
明日を拓く経営 東海で頑張る中小企業
産業機械部品や自動車部品などを製造する朝日工業(本社愛西市落合町下通117番地、水谷かをり社長、電話0567・33・0067)は、
シングルマザー向けのシェアハウス運営に乗り出す。
シングルマザーの自立を、住まいや食、就業など多方面から支援できる事業を今後展開したい考えで、その第1弾。
地域のコミュニティーのなかで母子の成長を手助けし、支え合う仕組みづくりを目指す。
〔2019年9月30日 中部経済新聞〕

周辺ニュース

ページ名みえオレンジの会、三重県津市 (当事者の会・自助グループ・三重県)
引きこもり思い話そう 津で13日、当事者や家族交流会
引きこもりの当事者や家族らが経験や思いを語り合うイベントが十三日午後一時半から、津市のアスト津で開かれる。
主催する団体は「今の子にとって引きこもることは普通のこと。
隠して孤立するのでなく、思いを話し合ってみませんか」と呼び掛けている。
県などの推計では、県内の十五~三十九歳の引きこもり当事者数は七千五百人、四十~六十四歳は八千五百人に上る可能性がある。
長期化し、八十代の親と五十代の当事者と暮らす家庭も少なくないとみられる。
イベントは県内の当事者の八十家族でつくる「みえオレンジの会」が主催する。
当日は県内外の当事者や家族がテーブルを囲んで、引きこもり生活の様子や支援の実情、家族関係や就労について語る。
代表の堀部尚之さん(67)は「私も他の家族とつながることで、問題を少しずつ解決した。悩んでる人は一歩踏み出して来てほしい」と話す。
参加費千円で、引きこもり当事者、経験者は無料。
(問)堀部さん=090(6469)5783
引きこもっていた長男との体験を語る堀部さん=津市の中日新聞三重総局で
◆どうしたい? 聞いてあげて みえオレンジの会代表・堀部さん
みえオレンジの会代表の堀部尚之さんには、12~29歳まで引きこもっていた長男(33)がいる。
長男が24歳のとき、名古屋市の当事者の会に通うようになって、長男との関係が少しずつ改善したと話す。
◇   ◇
私は仕事人間で「二十四時間頑張る」タイプでした。
「いい学校、会社に入るのがいい」という価値観を自然に子どもに植え付けて、そのことがプレッシャーを与えていました。
長男は人間関係がうまくいかず、中学一年で学校に行けなくなりました。
私は「登校しないといけない」と言いましたが、今思えばそんなことは本人も分かっていて、できない自分を責めていたんです。
引きこもりになった子は、まず休ませてあげてほしい。
親の考えを押しつけるのではなく、「どうしたい?」「どう思う?」と聞いてあげることが必要です。
オレンジの会は月一回、当事者や家族が状況を話し合って、子どもへの対応の仕方を学んでいます。
当事者は三十代が多く、四十代もいます。
家庭内暴力をし、ものを壊してしまう当事者も一部にいますが、本人を尊重する接し方ができるようになれば、
家の中を自由に歩いたり、コンビニに行ったりする程度には回復することが多い。
精神疾患がある場合は、引きこもりに対応できる医療機関を紹介できます。
多くの当事者と家族は孤立しています。
特に親類にも内緒にしている場合は最悪で、親が「引きこもりは悪い」と思っていることが根底にあります。
しかし、いじめられ、人間関係がうまくつくれなかったり、
受験、就職の失敗などがあったりしたとき、今の子が引きこもるのは普通に起こりうることです。
私の長男はアルバイトで働けるようになりましたが、まだ心に不安定な面もあります。
当事者同士の話し合いの中で、自分の体験や思いを話すことは自立するのに役立ちます。
私自身、この活動を続けることで、息子に向き合っている姿を示せていると感じます。
〔2019年10月6日 中日新聞(森耕一)〕

周辺ニュース

ページ名登校拒否を克服する会、大阪府大阪市 (当事者の会・自助グループ・大阪府)
寄り添ってくれた母に感謝 不登校経験の清水さん
不登校の児童生徒が増えている。国の2017年度の調査では、不登校の小中学生は14万人以上に上り、過去最多となった。
学校を休んでいる罪悪感や将来への不安に苦しみ、親は「学校に行かせないといけない」との焦りから、対応に悩んでいる。
小学6年から中学3年まで不登校を経験し、現在は不登校の子どもを支援する清水悠佑(ゆうすけ)さん(34)=高槻市=が大阪市内で講演し、寄り添ってくれた母親(64)への感謝を語った。
「近くにつらさを分かってくれる大人がいないなら、いつでもメールで伝えてほしい。全力で力になる」と語る清水さん=大阪市内
「不登校で親に迷惑を掛けるなら、今すぐに死んだ方がいいのかな」。
自宅の暗い部屋、清水さんは当時そんなことを考えていた。
清水さんは重度のアトピー性皮膚炎を患っていた。
小学校の行き帰りでは風が吹いたり、肘や膝を曲げるだけで傷が痛んだ。
我慢して通学したのは学校の出来事を母に話すことが楽しみだったからだ。
しかし、2歳上の兄が不登校になり、母の意識の比重が兄に傾いた。
「苦痛を押してまで学校に通うことに疑問を感じた」。
清水さんは小学6年の途中から不登校になった。
中学にはほぼ行かず、その後は通信制の高校に。
それでも母は「晩ご飯は何が食べたい」と優しく接してくれた。
「迷惑を掛けているにもかかわらず、『ここにいてもいい』という感覚を持たせてくれた」。
そんな中、将来は不登校の子どもの支援に関わりたいと、教員免許取得のため大学進学を目指した。
両親に相談すると「やったらええ。お金は出したる」と即座に応援してくれた。
しかし大学に入学し、履修登録の際、漠然と抱いていた教員免許取得の大変さへの不安がのしかかった。
「頑張るだけ頑張ろうと思うねんけど、しんどくなって死にたくなるかもしれへん」。
清水さんは正直に母に打ち明けた。
母は「命の方が大事やから、そのときは大学は辞めてもええよ」。
失敗への恐怖が薄れ、自分のできることをしようと切り替えることができた。
大学を4年で卒業し、教員免許を取得。今は個人で看板を掲げ、不登校の子どもを支援する側に回っている。 清水さんは言う。「『命の方が大事』という言葉も大きかったが、一番重要だったのは、自分の苦しい状況を相談できたこと。
母ならちゃんと考えてくれるという信用があった。
改めて寄り添ってくれていたと感じている」
良い所も悪い所も丸ごと受け入れて 「克服する会」代表
清水さんは、不登校で悩んだ経験のある親たちでつくる「登校拒否を克服する会」が開いた15日の交流会に講師として招かれ、保護者らの前で講演した。
同会は1986年に結成され、奇数月に交流会を開催している。
今回で200回の節目を迎えた。
交流会では、親や当事者が苦しい気持ちを自由に話したり、相手の話に耳を傾けており、励ましや展望につながっている。
克服する会の世話人代表の古庄(ふるしょう)健さん(71)は
「子どもの良い所も悪い所も、丸ごと大人や本人が受け入れることが大切。子どもが『自分でいていいんだ』と思えることが力になる」と話す。
克服する会への問い合わせは電話06(6768)5773、大阪教育文化センター。 不登校 文部科学省は、年間30日以上の欠席と定義(病気や経済的理由は除く)。
同省の2017年度問題行動・不登校調査によると、不登校の小中学生は前年度に比べて1万348人増の14万4031人で過去最多となった。
大阪府内では小学校で2553人、中学校で8258人が不登校だった。 〔2019年9月23日 大阪日日新聞〕

周辺ニュース

ページ名おおさか教育相談研究所、大阪府大阪市天王寺区 (メンタル相談・大阪府)
接し方を助言 「登校拒否を克服する会」交流会
「登校拒否を克服する会」の交流会が15日、大阪市中央区の府立労働センターで行われた。
NPO法人「おおさか教育相談研究所」(同市天王寺区)相談員の松田貴雄さん(64)が基礎講座の講師を務め、わが子の不登校や引きこもりに悩む保護者に向け、子どもとの接し方のポイントを説明した。
基礎講座で講師を務めた松田さん(左)=15日、大阪市中央区の府立労働センター
同会は、子どもの不登校で悩んだ経験のある保護者らで運営され、元教員が活動をサポート。定期的に学習と交流の場を設けている。
この日の基礎講座では元中学教員の松田さんが子どもとの接し方のポイントを紹介。
「今はゆっくり休んで」と伝える▽「どうして学校に行けないの」と質問ぜめにしない▽子どもの言葉を批判したり、反論せずに聞く-ことなどを挙げた。
松田さんは「子どもにとって、親や大人が向き合ってくれているという実感が出発点になる」と説明した。
一方、保護者が抱える苦しみにも目を向け、「一人で抱え込まないで。しんどいときにそう言える存在がいれば楽になる」とつながりを持つことの大切さを話した。
〔2019年9月16日 大阪日日新聞〕

周辺ニュース

ページ名長崎玉成高等学校、長崎県長崎市 (全日制高校・長崎県)
「温かな看護を」 戴帽式で誓う 長崎玉成高
ろうそくを手にナイチンゲール誓詞を唱和する生徒=長崎玉成高ますみ記念館ホール
長崎市愛宕1丁目の長崎玉成高(上村正和校長)で5日、衛生看護科2年生48人(女46、男2)の戴帽式があり、看護師を目指す覚悟と決意を新たにした。
12月から始まる病院実習を前に開催。女子は頭に白いナースキャップ、男子は胸に白いハンカチーフを授与された。
その後、火をともしたろうそくを手に、看護の精神を示す「ナイチンゲール誓詞」を唱和した。
上村校長は「これからさまざまな困難にぶつかるだろうが、今日の感動と誓いを思い出し、乗り越えてほしい」とエール。
生徒を代表し、荒木夢妃さん(17)は「仲間と出会えたことに感謝し、支え合い、48人全員で夢を実現させたい。温かな優しい看護を届けられる看護師になる」と誓いを述べた。
〔2019/10/7 長崎新聞社〕

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ページ名リストカット、(医療のニュース、健康のニュース)
「死にたい」言える関係を 自傷行為の背景聞いて
精神科医・松本俊彦さん講演
講演する精神科医の松本俊彦さん=佐賀県庁
子どもの自傷行為に詳しい精神科医が8日、児童福祉施設や支援機関の職員研修で講演した。
参加した約80人を前に、自ら調査したデータなどを示しながら「自傷を禁じず、安心して『死にたい』と言える関係性を築いて」と呼び掛けた。
講演したのは自傷行為に関する著書がある国立精神・神経医療研究センター(東京都)の精神科医・松本俊彦さん。
松本さんの調査では10代の約1割にリストカットの経験があり、うち6割は自傷行為をする理由として「怒りや不安を軽減し、安堵(あんど)感や開放感を得るため」を挙げた。
松本さんは「つらい気持ちを抑えようと自傷行為に及んでいる」とし、「説教や叱責(しっせき)は根本的問題解決ではない」と理解を求めた。
自傷行為が自殺に発展するリスクの高さも指摘。
「自傷をやめさせるためではなく、自殺リスクを下げるために支援が必要」と語り、「背景にある困り事を聞いて苦痛を和らげる可能性を探って」と呼び掛けた。
また、援助する側が心掛けることとして「共に支援する仲間をつくる。
必要に応じて地域保健福祉や行政機関を巻き込むなど、自分自身が援助を求める力をつける」などを挙げた。
不登校を経験した生徒などを受け入れる九州国際高等学園(佐賀市)に務める福富功祐さん(32)は「継続的に子どもを支援するには、関係機関と連携してフォローし合う必要がある」と話していた。
〔2019・10/11 佐賀新聞〕

周辺ニュース

ページ名茅ケ崎市立小学校男子いじめ不登校、神奈川県茅ケ崎市 (いじめのニュース)
被害男児側が茅ケ崎市など提訴 「いじめ放置、事実隠す」
横浜地裁
茅ケ崎市立小学校に通っていた男子児童(12)が同級生からのいじめが原因で2年以上にわたり不登校になった問題で、男子児童と両親が11日、市と同級生5人の親権者に計3600万円余りの損害賠償を求める訴訟を横浜地裁に起こした。
訴えによると、男子児童は2015年5月~16年3月ごろ、「お前は俺のおもちゃだ」などと言われて馬乗りの状態で殴られるなど、複数の同級生から暴力や暴言を受け続けた。
同年4月には登校できなくなり、同月下旬には「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を発症。その後私学に転校した。
男子児童側は「担当教諭はいじめを放置して助長させ、問題発覚後の聞き取り調査でも当初は事実を隠蔽(いんぺい)し明らかにしなかった。学校側も適切な措置を講じなかった」と主張。
同級生らに対しては、「物理的、心理的苦痛を継続的に与え続けた」と非難し、監督義務のある親権者は賠償責任を負うとした。
学校側は16年3月、男子生徒の両親からの訴えで問題を把握。
市教育委員会が設置した第三者委員会は昨年12月、日常的ないじめを認定し、当時の担任や学校側の対応が不適切だったとする最終報告書を公表した。
市教委学校教育指導課は「まだ訴状がこちらに届いておらず、回答できる段階にない」とコメントした。
〔神奈川新聞 2019年10月11日〕

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ページ名京都府立日吉ケ丘高等学校、京都府京都市東山区 (性的少数者、校則のニュース)
女子高生の制服 スラックス選択制が公立の8割に 寒さ、LGBT配慮
日吉ケ丘高の女子生徒用制服のスラックス。スカートと着用を選べる(京都市東山区)
京都府内で制服に女子生徒用のスラックスを用意する高校が増えている。
防寒や個人の好みに加え、心と体の性が一致しない性同一性障害の生徒への配慮といった多様なニーズに対応するためだ。
一方男子生徒については従来のままで女性を自認する場合でもスカートが制服になく、議論は深まっていない。
京都市東山区の日吉ケ丘高は2018年度、制服に女子生徒用スラックスを導入し、スカートと選べるようにした。両方を購入した生徒もいるという。
冬場にスカートをはくことで足元が冷えて体調に障る恐れや生徒の服装に対する考えの多様化があり、
生徒指導部の担当教員は「一般的にパンツスタイルを好む女性が少なくない中、制服にもスラックスを採用するのは自然な流れだった」と話す。
府内の高校を対象にした京都新聞社の制服アンケートによると、
回答のあった中から私服校と男子校を除いた66校のうち、45校がスラックスとスカートをどちらでも着用できる選択制と答えた。
特に公立は85%と取り組みが進み、私立は40%だったが、女子校でも導入する高校はあった。
理由については「多様な要望に応えるため」が最も多く、「寒さ対策」や「LGBT(性的マイノリティー)への配慮」という回答が続いた。
導入していない高校は「これまで要望がなかった」「事情があれば個別に対応する」などとし、ある高校は「そのような取り組みが増えていることは承知しており、検討している」と答えた。
選択制が広まった背景について、府教育委員会は「府教委から各校に指導などはしていないが、日頃から人権や男女共同参画の意識を高める取り組みをしており、制服に反映されたのではないか」とする。
中学校でも同様の動きはある。
京都市教委によると制服のある市立中70校(義務教育学校を含む)のうち、56校で選択制を取り入れている。
10年ほど前から増えているといい、市教委は「LGBTの生徒への配慮の必要性が報道や文部科学省の通知などで認識されるようになった時期と重なるので、それが後押ししたのかもしれない」と推測する。
〔2019/10/8 京都新聞〕

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ページ名池田中学生徒自殺、福井県池田町(体罰のニュース)
池田中生徒自殺、遺族が検証委要望
母親が手記「再発防止策に疑問」
再発防止を願い、検証委員会の設置を求めることなどを記した生徒の母親の手記=10月11日、福井県福井市内の弁護士事務所
2017年3月14日に福井県の池田町池田中学校の男子生徒が担任教諭らの厳しい指導・叱責を苦に自殺した事件で、
生徒の遺族が10月11日、福井市内の弁護士事務所で会見を開き、町教委に再発防止策の実効性を確認する検証委員会の設置を今後求める考えを示した。
会見した男子生徒の母親はこの日、教員の叱責を自殺の原因とした調査委員会の報告書が出された同年10月から2年を迎えるのに合わせ、自身の思いを便せん2枚につづった手記を公表した。
その中で「(報告書の)提言や再発防止策が実施されているのかどうかすらも疑問を感じずにはいられません」「再発防止策や報告書の提言が確実に実施されているかを知るためにも、ぜひ検証委員会の設置を要望したい」などとした。
取材に対して母親は「(町教委に)これまで何度も再発防止策を訴えてきたが伝わらず、説明も不透明。
どんな対策をどう実行するか、監視するような委員会を求めたい」と説明。
求める具体策として▽教師が不適切な指導をした場合の対応の明確化▽今回の事件の資料を現場の教員がいつでも確認できる体制―などを例に挙げた。
母親ら遺族はこれまでに納得できる再発防止策が講じられていないとして、今年9月から弁護士を通じて町教委にこれまでの対応などの説明を求める交渉を始めているとした。
手記ではこのほか「子どもたちの人権が守られ、息子が生きていくことができたと思えるような教育や学校になること。
そのことを息子に報告できる日がくることを心から願っています」などと記した。
一方、町教委は、男子生徒の自殺を受けて2019年2月に町の教育基本方針を定める「教育大綱」を改定。
新たな大綱に基づき、教員が授業改善を考える「協同的学び研究会」や、教師の多忙化防止を図る「学校教育振興室」などを設置した。
学校教育などについて教員と保護者、住民が意見を交換する「ま~るいテーブル会議」も開いている。
〔2019年10月12日 福井新聞〕

周辺ニュース

ページ名ゲストハウス、石川県金沢市 (住まいのニュース)
必要最小限に絞った所持品を広げる吉川さん=市内
「家なし生活」じわり拡大 金沢市内転々、1年で7人に ゲストハウス急増背景
特定の居住地がなく、宿を転々として暮らすスタイルが金沢市内でじわり広がっている。
昨年10月に「家なし生活」を始めた吉川佳佑さん(26)によると、この1年で新たに6人が同様の形で金沢で過ごしている。
背景には格安で宿泊できるゲストハウスが増えたことがあるとみられ、余計な物を持たずに、さまざまな宿泊者が集まる場所で交流を広げることに価値を見いだす若者が増え始めている。
吉川さんは金沢で生まれ育ち、金大卒業後、私立高校に勤務している。
一人暮らしのアパートで増えすぎた本や服を片付けていたとき、自分を表現するのに物に頼っていると実感したという。
必要な物を厳選するうちに「家すら持たない暮らし」を思い付いた。
市内に実家はあるものの、吉川さんが住まい代わりにしたのはゲストハウスだ。
市内のゲストハウスなど簡易宿所の数は新幹線開業時に23軒だったが、今年8月末時点では209軒にまで大幅に増えた。
吉川さんが持ち歩いているのはリュックサック一つ。
パソコンやスマートフォン、パスポートなどに加え、洋服や下着など必要最小限の物だけ入れて、これまで市内の30軒ほどのゲストハウスに泊まってきた。
1泊で宿を替えるときもあれば、3カ月程度の「長期滞在」をする場合もある。
宿泊先では外国人と接する機会も多く、いろんな職業の人と話すことで、生徒に進路選択の助言もしやすくなったそうだ。
吉川さんによると、市内で同じようにゲストハウスを拠点としている人が少なくともほかに6人いる。
会社員から学生まで職種はバラバラだが、全員が20代で独身。
「住民票は実家に置き、郵便物は職場で受け取れば、そう不便を感じることはない。いろんな場所や価値観を知ることがこの生活の最大のメリット」だという。
ゲストハウスなどを経営する林俊伍さん(32)は「宿泊者同士のつながりができ、金沢好きが増えるとうれしい」と歓迎する。
吉川さんは自身の暮らしぶりを本にまとめて出版するなど、これまでの経験を周知しており「固定観念にとらわれないライフスタイルを発信していきたい」と話している。
〔2019/10/09 北國新聞〕

周辺ニュース

ページ名立花高等学校、福岡県福岡市 (全日制高校・福岡県)
「助けて」と言える社会へ 引きこもりや生活困窮孤立させない 自殺予防を考えるシンポ
「子どもたちが『助けて』と言えず死んでいくのは、大人が助けてと言わないからだ」-。
福岡県弁護士会は、引きこもりや生活困窮による自殺を予防しようとシンポジウム「だれも孤立させない社会をめざして」を開いた。
ホームレスの自立支援などに取り組む北九州市のNPO法人「抱樸」(ほうぼく)の奥田知志理事長や、不登校経験者を多く受け入れる立花高(福岡市)の斎藤真人校長が対策を訴えた。
奥田理事長は講演で二つの事件に触れた。
今年5月に川崎市で児童ら20人が殺傷された事件と、その直後に発生した東京都で元農林水産事務次官が長男を刺殺した事件だ。
前者では加害者、後者では被害者が引きこもり状態にあったとされる。
川崎の事件を巡ってはテレビ番組でコメンテーターらが「1人で死ね」という趣旨の発言をし、インターネット上で賛否両論があふれたことでも話題になった。
「自己責任や身内の責任が社会の道徳となり、『助けて』と言えない、言わせない社会になっている」
奥田理事長はこう語り、「引きこもりは本人だけでなく家族も孤立している。『迷惑は悪だ』という考え方が彼らの孤立を助長している」と続けた。
また、引きこもり当事者を家族が引き受け続ける一方、社会として担う仕組みがないと主張。
居住支援などを通じて家族の負担を社会に分担することが必要と強調した。
シンポジウムで不登校の生徒への支援について語る立花高の斎藤真人校長(左)
NPO法人「抱樸」の奥田知志理事長も講演した
立花高の斎藤校長は全校生徒約500人のうち、8割が中学時代に不登校を経験していることを紹介。
「名前を書けば入試に受かる」とのうわさが広がっていることに触れ、斎藤校長は「事実です」と認めた。
「不登校だった生徒がどれだけの思いで学校に来て、答案に名前を書いているか。分かっていて落とせるわけがない」
中学時代に一度も学校に行ったことのない生徒も多い。
入試問題や校内の掲示物などに振り仮名をつけていることや、卒業後にすぐ就職や進学をしなかった生徒たちの中には、
社会に出る前のステップとして学校食堂で働いている卒業生もいることなどを紹介した。
斎藤校長は「当たり前にとらわれない。不登校の子が安心していられる空間でありたい」と言葉を強めた。
一方で、引きこもりの当事者や家族を巡る状況について「対立軸をあおり攻撃する、悪者探しをする傾向の社会で肩身の狭い思いをしている」と語った。
一連の事件の後に、卒業生の1人が自ら命を絶ったことも明かした。
「『自分がいつか同じように父母に迷惑をかけるのでは』と心配したこの子の優しさから幕を引いたと思う」。
卒業生の両親はそう語ったという。
「引きこもりという現象を社会全体が追い詰めすぎているのでは」と斎藤校長は警鐘を鳴らした。
シンポは9月28日、福岡市であった。
県弁護士会の小鉢由美弁護士は自殺遺族や支援者に向けた同会の法律相談などの支援を紹介。
「(いろいろな立場の)みんなが一歩ずつはみ出しあって、支援が面になればいいと思う」と語った。
  〔2019/10/3 西日本新聞(黒田加那)〕

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ページ名精神障害者保健福祉手帳、(子どもの虐待のニュース、ファミリーホーム)
虐待の“記憶”自立阻む 飢餓状態で保護された「愛」さん 里親の元で「再出発」
母親と養父から虐待され、13歳で保護されたとき、身長128センチ、体重26キロの飢餓状態だった愛さん(22)=仮名。
2016年3月30日付の本紙朝刊「子どもに明日を」で取り上げた彼女を覚えているだろうか。
3年前の春、就職して里親である山本夫妻=同=の元を巣立った彼女は今、どうしているのか。その後を追った。
高校卒業後、愛さんは福岡県北部にある食品会社に就職。
同時に、親と暮らせない子どもたちを受け入れる山本夫妻のファミリーホームから、自転車で十数分のところにあるアパートに部屋を借りた。
主な仕事内容はめんたいこの検品作業。
上司から何度も手順を教えてもらったが、愛さんには全く理解できなかった。
「ノートに書いて覚えようとしたが、駄目だった。何が分からないかも、分からなくなった」。
同僚から取り残され、職場で次第に孤立していく。
比例するように、私生活も荒れていった。
仕事から帰宅後、当時付き合っていた彼氏とその友達が毎日のように部屋に来た。
カラオケボックスに入り浸り、酒やたばこを覚えた。
朝方まで遊び、寝不足のまま仕事に行く毎日だった。
生活を変えようと職場の寮に移ったが、今度はストレスから食事が喉を通らなくなった。
愛さんからのSOSを受け、寮を訪れた里親の山本直子さん(61)はやせた愛さんの姿を見て言った。
「もう無理だね、帰ろうか」
退職後すぐに入院した。感情が抑えられず周囲に怒りをぶちまけたり、突然泣き叫んだりと異常な行動が目立ったからだ。
注意欠陥多動性障害(ADHD)と虐待による心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断され、精神障害者保健福祉手帳(2級)を受けた。
20歳のとき、顎に異常なゆがみも見つかった。
小学4年のとき、養父から椅子で顔面を殴られたのが原因とみられる。
今は数年後の手術に向けて歯の治療を続けている。
愛さんは言う。「まだ自立には早かった。社会は厳しいと思った」
実母と再会「居場所」模索
福岡県内のA型作業所。愛さん(22)=仮名=は今年1月から、この作業所で働く。
作業内容は車のヘッドレスト部分の清掃と給湯器の電池ケース製造など。
週に5日働き、月給は6万円程度。障害のある男女約30人が在籍し、愛さんは最年少だ。
「みんなからかわいがってもらっている。今は仕事が楽しい」と言う。 「戻ってきたときは精神的に不安定だったが、今は以前のように元気になった」。
ファミリーホームを運営する里親の山本直子さん(61)=仮名=は語る。
2度の入院を経て、ホームに戻ってきた愛さんは次第に精神的に落ち着きを取り戻していった。
昨年は職業訓練校に通い、介護士の資格も取得した。
「顎の治療が終わるまではここにいるつもり。(ホームの)子どもたちにも『あと5年はいるよ』と話している」と笑顔を見せる。
実の母親とは退職後に数回会った。きっかけは母からの電話だった。自宅にも1度泊まりに行った。
「家に帰りたい」と泣きながら母に電話で訴えたこともあった。母の答えは「今まで稼いだお金をくれたらいいよ」。
自分が帰る場所ではないと頭では分かっていても、産んでくれた母への思いは消えない。
「それが親子というものでしょう」と直子さんは言う。
直子さんには思ったことを何でも言う愛さんだが、母の前だと途端に黙ってしまう。
「言いたいことを言ったら家に帰れなくなるかもしれない。何より、また暴力を振るわれそうで怖い」
18歳を過ぎた愛さんは、児童福祉法に基づく保護措置が解除され、国から里親手当は支給されない。
作業所の給料と障害年金から食費と治療費を負担するが、夫妻がボランティアで養っているのが現状だ。
厚生労働省によると、里親への委託児童のうち、18歳以上は6・2%を占める。
山本夫妻のホームにも、愛さんのほかに保護措置が解除された女性2人が暮らす。
それでも、夫妻は「縁あって親子になった。居たいだけ居ればいい」と受け入れる。
直子さんは「うちに来たときが0歳。
愛が来て今年で10年だから今は10歳と思っている。あと10年で成人。
私たち夫婦もいつまで健康か分からないけれど、元気な限り面倒をみようと思っています」と話している。
里親委託率に地域差
親と暮らせない子どもを公費で育てる「社会的養護」について、国は、特定の大人と絆を結ぶ養育を重視している。
里親やファミリーホームへの委託率を乳幼児で75%以上、学童期以降で50%以上にする計画だが、九州7県の里親等委託率(速報値)は21・1%にとどまる。
福岡市が47・9%である一方、熊本市は10・8%と自治体間格差も大きい。
職員の異動で養育環境が変化しがちな児童養護施設などに比べ、里親による養育は特定の大人と長期間触れ合えるため、子どもの「愛着形成」を促しやすいとされる。
社会的養護が必要な子どもの大半が児童養護施設などで暮らすが、2016年施行の改正児童福祉法には、里親などによる「家庭養育優先」を原則とすることが明記された。
さらに厚生労働省は17年8月、里親等委託率について、3歳未満は5年以内、それ以外の就学前の子は7年以内に75%以上とする
▽学童期以降の子どもは10年以内に50%以上とする‐という目標を発表した。
これに対し、九州7県と3政令市によると、今年2~3月現在で社会的養護が必要な子どもは4526人。
このうち里親の元やファミリーホームで暮らす子どもは988人という。
里親への委託率向上が進まない背景には、社会の理解不足や里親の絶対数不足、親権者の同意を得ることが難しい‐といった事情がある。
社会的養護に詳しい津崎哲雄・京都府立大名誉教授は「日本は欧米に比べ、里親制度があまりに手薄。専門機関もほとんどない。子育てのカリスマに頼りすぎて、児童相談所には里親支援のノウハウがない。
委託するだけでなく、子どもが巣立つまで里親を手厚く支援する公的機関が必要だ」と話している。
〔2019/10/7 西日本新聞 坂本信博 金子渡〕

周辺ニュース

ページ名産の森学舎、福岡県糸島市(不登校のニュース、フリースクール類・福岡県)
不登校(10)記者ノート 取材で感じた思い
増え続ける不登校に対し、学校現場などの意識改革が求められている
今、多くの学校の教室で長期間、あるじのいない机を見かける。
2017年度の不登校は、小中学生約14万4000人、高校生約4万9000人。
増え続ける不登校に私たちはどう向き合えばいいのか。シリーズ「不登校」で取材した記者が思いをつづった。
「普通」に縛られないで
不登校になった子は「普通」じゃない-。
子どもも保護者も教師も、この考え方に縛られ、苦悩していると取材をしながら感じた。
福岡県糸島市のNPO法人「産の森学舎」理事長の大松康さん(44)は2015年、自宅を改築して友人らとフリースクールを開設した。
コンセプトはわが子を通わせたい学校。
東京で会社員をしていたが、長女のアレルギーを改善するため退職して糸島市へ移住した。
自然に触れ、食生活も見直したことで長女の体調は良くなったという。
素朴な疑問を追究し、柔軟に発想する力をとことん伸ばす。
ルールをつくる感覚も味わってほしい。教育に対し、そんな思いを抱く大松さん夫婦。
環境がなければ自ら実践しようと、11年には妻が仲間と保育園を設立している。
産の森学舎には現在、22人の小中学生が通い、小学生は定員いっぱい。
文字や数、美術などの授業に加え、当番の子どもが食事を作り、自由時間もふんだんにある。決まり事も多数決は採用せず、子ども同士が徹底的に話し合う。
22人は社会的に言えば不登校の枠組みに入るかもしれないが、形の違う学びやに日々通う。
大松さんは「公立学校を否定しているのではなく、それぞれの子に合うスタイルがあっていい」と言う。
世界に目を向ければ、オランダでは子どもを200人集めれば学校を設立でき、行きたい学校を自由に選ぶこともできる。
国内でも大松さんのようにスクールを立ち上げる動きは各地で起きている。
「普通」の画一的な授業や学校生活に子どもが合わせるのではなく、子どもが希望する教育を見つけられる。
多様な社会を生きるための多様な選択肢。
学校に行かない子どもが増え続ける中、求められているのはそんな社会だと、強く思う。(四宮淳平)
「当たり前」打ち破ろう
「不登校になる理由を生徒に聞くと『何が理由なのか分からない』って答えが一番多いんです」。
不登校生徒を多く受け入れる福岡市の立花高で聞いた浜本秀伸教諭(40)のひと言に、一連の取材で抱えた胸のもやもやが晴れた気がした。
欠席すれば周囲はその理由を追及したくなる。
「何で学校に行けないのか」と詰問するのは簡単だ。でも原因が分からない以上は答えようもない。
不登校を経験した生徒たちはみんな「そっとしておいてほしい」と言っていた。
風邪をひくように、学校に行く気持ちが乗らない日もある。
教師や保護者が「誰しも起こりうること」と、子どもに寄り添う思いこそ、求められているように感じる。
学校はそんな気持ちに応えようとしているのか。
不登校生徒の成績評価を巡って取材した学校側の姿勢には疑問が残った。
評定のルールは「20%以上教室の授業に出席して初めて1が付けられる」という。
別室登校の生徒は、定期考査や実力テストを受けて高得点だったが評定は全教科「/(斜線)」。
学校側は「評価はない」と言った。
3年生になった新年度、母親は学校と交渉し「どのように表記するのかあらかじめ担任と話し合う」と約束した。
学校からの連絡を待っていたが、音沙汰のないまま終業式の日に渡された通知表には同じく「/」が並んでいた。
その際「評定は教室で授業を受けた生徒のためのもの」と告げられたという。
担任の押印すらなく、母親は不信感をさらに募らせている。
教育現場はなお「教室」を絶対的な場所とみなしているように見える。ただ、不登校は問題行動ではないと文部科学省も指摘している。「学校に行くことが“当たり前”という価値観」を打ち破らない限り、不登校への特別視はなくならない。(金沢皓介)
<読者から>適した環境 人それぞれ 
シリーズ「不登校」には当事者や家族などからさまざまな意見が寄せられた。
「スクールカウンセラー(SC)やスクールソーシャルワーカー(SSW)の充実より、学校そのものの息苦しさを改善する施策を打ち出してほしい」。
不登校生徒の保護者は記者へのツイッターにそう訴えた。
2017年施行の教育機会確保法は、学校以外の場での多様で適切な学習活動の重要性を掲げる。
各地で法律上の学校ではないフリースクールの設置が進み、財政支援をする自治体もある。
一方で「集団が苦手な子どもや自宅学習を望む子にフリースクール在籍を押し付けることにはならないか」と、フリースクール偏重を懸念する声もあった。
小学生の子がいる福岡県の保護者は、学校外の適応指導教室を希望したところ校長から「私が手続きをするのですか」と嫌がられた。
子どもは登校しても保健室や校長室を転々とされた。「本人にはつらく完全に不登校になった」という。
学校側の知識、経験不足への指摘もあった。
文部科学省は学校外の活動について、校長判断で評価に反映できるとするが、福岡県の中学教師は「現場での認知度はほぼゼロ。一生懸命(外で)学ぶ生徒を見ていて胸が痛む」。
不登校気味だった同級生の“お守り係”を教師に命じられた読者の一人は、教師から「気に掛けないのか」としつこく言われ「その思い出が嫌でたまらなく、卒業アルバムは焼いた」と振り返った。
〔西日本新聞 2019年10月12日(土)〕

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ページ名堺市立殿馬場中学夜間学級、大阪府堺市(夜間中学校のニュース、)
目標掲げ将来へ一歩 6日、定時・通信高生発表大会
さまざまな経験を持つ生徒が学ぶ定時制高校と通信制高校。幅広い世代や国籍、多様な生徒が学校生活を送っている。
「学校が好き」「部活で仲間に会えるのが楽しい」。通う理由や目標はそれぞれにあり、将来に向かって一歩ずつ前へ進んでいる。
「高校に入ってから日本語がうまくなった」と話す毛さん。
教室では最前列の席で熱心に授業を受けている=堺市堺区の三国丘高
ラジオドラマ制作にやりがいを感じている多和田部長(左)と檜山さん=大阪市生野区の桃谷高
■日本と中国つなぐ
「48歳になった今も高校で学んでいることが誇らしい」。
堺市在住で同市堺区の府立三国丘高校定時制2年の毛云紅(マオユンホン)さん(48)。
全日制の生徒が帰った夜の校舎で笑顔を見せる。
2001年に夫と長男との3人で中国から日本に渡って来た。
「最初は日本語が分からず、自殺をしたいくらい苦しかった」。
あいさつから覚え始め、13年に同市内の殿馬場中学夜間学級に入り、昨年4月からは三国丘高で学んでいる。
コンセントを組み立てる工場で朝8時半から夕方5時まで働いた後、午後6時の授業に間に合うよう駅まで走る毎日だ。
日本の文化を学びたいという思いが学校へと走らせる。
将来の夢は中国と日本をつなぐ存在になること。
卒業後は観光の道案内を買って出たいと考えており、「日本と中国の仲を良くするために私ができることをしたい」
■全工程を生徒担当
「スタンバイ!」。緊張感が走る府立桃谷高校通信制(大阪市生野区)の教室、「ラジオドラマ」の制作はこの合図で始まる。
取り組みを進める「文芸アニメ部」は運動部と文化部の中で最多の約60人が籍を置く人気の高い部活だ。
活動の柱のラジオドラマ制作は、映像を使わずに登場人物の台詞(せりふ)やBGMだけで物語の全容を伝える。
元々は不登校経験者や他者との関わりが苦手な生徒の背中を押す試みとして始まった。
顔を映す必要はなく、声だけの出演のため思い切って表現ができるのではとの顧問の狙いがあった。
脚本や台詞の割り振り、収録、編集作業まで全工程を生徒が担当している。
昨年の府内の定時制・通信制高校の生徒の秋季発表大会では、「放送の部」で最高の府知事賞を受賞。
脚本を手掛ける谷口紫音(しおん)さん(20)は書くのに5時間、校正に20時間をかける。
「校正を終えるのが『出産』で、(編集を経て)出来上がるときが、わが子を抱える『対面』という感覚」と語る。
部をまとめる多和田悠部長(17)は声優志望。
脚本の意図を正確にくみ取り、共演者の認識をすり合わせて世界観を一致させる。
「苦労もあるが、全ての行程が楽しく喜びがある」。
編集担当の檜山雄介さん(29)は「作品が目に見えて完成していくのが楽しい」とやりがいを口にする。
昨年の府知事賞の作品は同校通信制のホームページで聞くことができる。
◇今年の定時制・通信制の秋季発表大会は6日午前9時から、大阪市住吉区の府教育センターで開催される。
部門ごとに発表があり、毛さんは自分の体験を発表、文芸アニメ部は新たなラジオドラマ作品を出品する。
〔2019年10月5日 大阪日日新聞〕

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いじめに加担していた教師 いじめに加担した教師を守る腐りきった教育委員会の呆れた言い訳 2019.09.01 172 by 『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』 鍼灸師が教える運動の秋の心構え。朝夕の涼しい時間の有効活用を 買ってでもしたほうがいい?「苦労の数だけ成長する」は本当か 「ガチャ回しすぎた…」重課金勢必見!返済額を軽くできるかも![PR] ゆうき司法書士事務所 シミだらけの顔が恥ずかしい…10日後に46歳の私がこんなに?[PR] joshishimi 俺「シミ消したい」製薬会社の兄「医薬部外品のコレ使ってみな」[PR] white-plus

山口県周南市で起きたいじめ自殺事件において、いじめに加担していた教師が懲戒処分を受けることなく、「口頭注意」のみで済まされていたことが明らかになりました。今回の無料メルマガ『いじめから子どもを守ろう!ネットワーク』では、このような理解に苦しむ判断を下した山口県教育委員会を批判するとともに、「いじめ防止対策推進法」にいじめへの加担、助長、放置、隠蔽に関わった教師の懲戒処分を明記するなど、その改正の必要性を強く訴えています。 教師からのいじめを懲戒できない不条理 8月20日付の読売新聞オンラインで、「揺れる『いじめ防止法』…放置した教職員を懲戒すべきなのか」という記事が掲載されました。校長会などの教育関係団体が懲戒規定に反対して、いじめ防止対策推進法の改正案から懲戒規定が削除されたこと、懲戒規定削除にいじめ被害遺族らが反発している現状を紹介し、「法改正を目指すには、遺族や教育関係団体それぞれの主張の妥協点を見いだし、意見調整をすることが欠かせないと言えそうだ」と結論付けています。(2019年8月20日付読売新聞オンライン)。 私たちは、長らく教師のいじめ加担、いじめ助長、いじめ放置、いじめ隠蔽等を抑止するためには懲戒規定が必要だと訴えてまいりました。教師が、いじめを放置したり、いじめに加担することで、いじめが深刻化してしまった事件が数多く起きているからです。いじめによる長期の不登校、いじめを苦にしての自死、いじめ被害者や家族の精神疾患。加害者が問題なのは当然ですが、ここに至る前に早期に対処すれば、自殺や不登校をくいとめることもできたとしか考えられない事件が起きています。 最近では、7月、山口県周南市で、高2男子生徒が2016年7月に、鉄道自殺した事件が大きく取り上げられました。教師が加害者と一緒になって、生徒をいじめていたことを知りながら、山口県教育委員会は、「いじめに類する行為」であるが、「懲戒の指針に照らしあわせた結果、懲戒処分には至らない」として、いじめに加担した教師を懲戒処分しなかったという内容です。

この事件では、 1.当初の第三者委員会は、生徒は日常的に「いじり」を受けていたこと、教師たちは「いじられキャラ」、「それで人間関係が保たれる」などと問題視しなかったことを認め、「いじめ」に該当するものもあったと認定しましたが、「いじめのみを自殺の要因と考えることはできない」と結論付け、しかも県教委が、遺族に、「(調査報告書の)内容を外部に口外しない」とする文書への署名を強要したことも判明しています。 2.遺族の求めに応じて再調査した「県いじめ調査検証委員会」は、本年2月、 体形や髪形をからかい、「キモイ」などと言った、 女子生徒の制服のリボンを頭に付けられてスマホで撮影された ラインのグループから退会させられて仲間外れにされた等、同級生らによるいじめ18項目を認定 教師のいじめについては、 部活顧問が、他の部員たちに「○○に預けとけ。○○が片付けるよ」と言って、練習後の片づけを押し付けた テスト中に、「ちゃんとやったんか」と個別に話しかけた 授業中に不必要に名前を連呼した など一部の教員による5件の行為について、「いじめに類する行為」であると認定し、「教員に配慮と適切な対応があれば自殺を防げた可能性があった」と結論づけました。 3.教職員20人への聞き取り調査をまとめた文書も遺族に渡されましたが、それは、「(死亡した生徒は)能力が異常に低い」、「学習障害」、「やりとりもかみ合わない」、「いじられながらも相手をしてもらった方がいい」、「いじりを行っていた生徒も知っているが、みんな良い子」等の教師側の言い訳にあふれたものでした。ご遺族は、関係教員の処分を強く求めていました。

この訴えに対して、本年7月23日、県教委は、野球部顧問の教諭を、生徒の入部時に保護者の意向確認をしなかった等を理由に「口頭厳重注意」のみとし、同じく「いじめに類する行為」を行った他の教員には懲戒処分なし。当時の校長は、「減給10分の1(1か月)」の懲戒処分、当時の教頭2人は、いじめ調査を実施しなかった等として、「文書訓告」とされました。 「規定がないから処分なし」の異常 8月20日、当時の校長と現校長、野球部顧問が、生徒の遺族宅を訪問し両親らに謝罪したことが報道されています。当時の校長は「自分がしっかりしていれば防げたはずだった」、野球部顧問は「自分が気付くことができなかった」と謝罪したものの、自分が行っていた「いじめに類する行為」については、聞いても無言のままであったということです。

調査報告書に、「教員に配慮と適切な対応があれば自殺を防げた可能性があった」とされながら、何らの処分もされないのです。今回、処分されなかった理由は、「規定がないからだ」と県教委は説明しています。 冒頭の記事にある、いじめ防止法改正案から懲戒規定が削除された理由に、教員からの反対があげられます。反対理由は、「教員の負担が増す」、「いじめを隠す方向に傾いてしまうおそれがある」、「教職員のモチベーションの低下を招く」、「現場の萎縮(いしゅく)を招く」、「『地方公務員法』に懲戒規定があるから新たに定める必要はない」と伝わっていますが、現実には、今回のケースのように、「地方公務員法」があっても何らの処分されずに、普通に教壇に立っている教師がいるのです。 児童生徒へのいじめ、いじめへの加担、助長、放置、隠蔽などした教師に対する懲戒処分を明記するなど、いじめ防止対策推進法の改正は必要です。私たちは、今後も懲戒規定を定めることを訴えて参ります。 また、都道府県や政令指定都市の懲戒処分等の基準で、「いじめ」に関して取り決めをしているのは、ごく一部の少数の自治体に限られています。全都道府県・全政令指定都市で、懲戒処分の基準にいじめに関する規定を盛り込むように、文科省は指導するなど積極的に取り組んでいただきたいと思います。

いじめから子供を守ろう ネットワーク 松井 妙子 image by: Shutterstock.com いじめから子供を守ろう!ネットワークこの著者の記事一覧 「いじめ」と学校の「いじめ隠ぺい」から、子供たちを救うための、父母によるネットワークです。いじめの実態やいじめ発見法、いじめ撃退法、学校との交渉法、いじめ相談などを掲載します。 〔2019.09.01 172 by まぐまぐニュース 『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』〕


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自分以下を求める心 どうすればいじめの根源「自分以下を求める心」を消し去れるのか 2019.08.03 30 by 『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』 子供から「いじめを止める勇気」を奪う、教師たちの呆れた言動 日常風景に溶け込む「仲良しいじめ」は担任や家族も気づかない シミは◯◯が原因だった?ある成分で50歳の肌が別人のように[PR] white-plus 膨れ上がった返済額が半分に!?「ある方法」で返済地獄を脱出[PR] ゆうき司法書士事務所 白髪の原因が判明!●●を飲むと根元から黒髪が生えてくる!?[PR] フィネス 人間は弱い生き物で、どうしても自分より「下」の人間を探し出そうとするようです。今回の無料メルマガ『いじめから子どもを守ろう!ネットワーク』では、いじめの土壌になっている「自分以下を求める心」の克服に焦点をあて、そのために必要な「自信」を身に付ける3つのポイントについて、具体的な事例を交えながら解説しています。

「自分以下を求める心」の克服―子供を「いじめっ子」や「傍観者」にしないために― かつて高校に勤務しながら、教育学者の髙橋史朗先生の下で学ばせていただいたことがありました。当事、髙橋先生は明星大学の教授でいらっしゃいました(現在は麗澤大学教授)。 私は、戦後の歴史教育の今日に至るまでの影響と、その問題点を明らかにし、あるべき歴史教育の姿をについて研究していました。不肖の学徒でしたが。併せて、髙橋先生には「いじめ」や「不登校」に関することもご指導いただきました。 その中で「自分以下を求める心」という言葉を聞きました。それは、「いじめ」をする心とはどのような心であるか、との問いかけに対する答えでした。

他者との比較や競争に心が支配されておらず、自己の重要感や価値を自覚していれば他の人を「いじめる」気持ちは起きないと思います。私も、自分自身を振り返ってみると「自分以下を求める」ことはありました。しかし、「求め」ても自分の下には誰もいないということがしばしばでしたが(笑)。 「自分以下を求める心」は、自己信頼(自信)がない、つまり、自分の素晴らしさや良さを把握していないことから芽生えてくるのだと思います。そうしますと、「自信をつける」、「自分の良さを把握する」、そのためにはどうしたらよいか、ということになります。これが難しいところです。 第1には、親を中心とする大人の支え、言いかえますと、「受容」と時に「愛情に裏打ちされた厳しさ」(これも高橋先生から教わりました)が必要です。中には、保護者の方が子供を受け入れることができない家庭もあります。その場合は、教師をはじめ周りの大人の関わり方が大切です。「受容」の中には、子供に関心を持ち長所を見つけ褒めることが含まれます。褒め言葉は長く子供の心に残り支えになるものです。 第2には、子供自身の問題ですが、努力の姿勢を身につけることです。勉強やスポーツ・文化的活動で努力をし、少しでも成果を挙げられるようになることです。特に勉強は、努力の成果が表れやすいものです。 第3には、子供の心を感動で揺さぶることだと思います。筑波大学名誉教授の村上和雄先生風に言えば「遺伝子をONにする」ということです。そのツールとしては、日本の誇れる話、先人や現代に生きる人の立派な志や行動・生きざまを紹介し、感動を与えることです。今の若者はそういう話を求めていると思います。人間のすばらしさに感動し、「自分もあのようになりたい」と思うのではないでしょうか。

現在、小中学校で熱心に道徳教育が行われていますが、戦後教育では特に戦前、戦中のことはほとんど学校で語られることはないと思います。「自虐史観教育」の弊害の現れです。勇ましい武勲の話や、戦前戦中に関わらず、その時代その時代に「世のため人のため」に尽力した数多くの偉人たちの話は、感動を呼びます。そのような事実を知ることが、自分の生き方を考える上での良き教材になると思います。 いじめが被害者の心を破壊する

また、「アメリカにおいて1974年から2000年の間に発生した校内銃乱射事件37件(犯人41人)に対する連邦教育省の調査では、41人中31人(75%)がいじめ、脅迫、暴行などを受けたことがあると答えた」(矢部武『間違いだらけの「いじめ」対策』)としています。このように、「いじめ」は被害者の心を破壊し、その怒りが外に向けられれば上記のような加害を行い、内に向けられれば自ら命を絶つことにもつながりかねません。被害者も加害者も傍観者も、誰をも幸せにしない「いじめ」から離れることが大切です。 花々の美しさは様々であり、それぞれの個性を生かして咲いているかのようです。その違いや多様性は豊かさの現れです。人も各自の個性の花を咲かせている姿こそが豊かさの現れです。お互いに「自分以下を求める心」の克服を心掛けていきましょう。

元公立高校 校長 清川 洋 image by: Shutterstock.com いじめから子供を守ろう!ネットワークこの著者の記事一覧 「いじめ」と学校の「いじめ隠ぺい」から、子供たちを救うための、父母によるネットワークです。いじめの実態やいじめ発見法、いじめ撃退法、学校との交渉法、いじめ相談などを掲載します。 〔2019.08.03 30 by まぐまぐニュース 『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』 〕

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ページ名川口市立中学いじめ不登校裁判、埼玉県川口市()
ネットは大荒れ。いじめ裁判で埼玉県川口市が放ったトンデモ発言
埼玉県川口市の中学校でいじめを受けていた生徒が市を訴えていた裁判で、川口市サイドが「いじめ防止対策推進法に欠陥がある」と主張し話題となっています。
実は川口市では、いじめ異常事態が続発しているとするのは、現役探偵でこれまで数多くのいじめ事件を解決に導いてきた阿部泰尚(あべ・ひろたか)さん。
阿部さんは自身のメルマガ『伝説の探偵』で、川口市の異常な現状を記しています。
メルマガのご登録により阿部さんの活動を支援することができます
川口いじめトンデモ対応問題
川口市で高校1年生の男子生徒が、中学時代に受けたいじめと学校の対応を苦に自殺した。
男子生徒は、いじめを伝える手紙を何度も中学校側に出していたが、その対応はしていなかった。
また、生徒側に伝えもせず、いじめの重大事態として調査委員会を設置していたという。
これは、いじめ対応のガイドライン(文部科学省)に違反している。
埼玉県川口市においては、いじめ問題において異常というべき事態が連続して発生している。
2017年5月、女子中学生がいじめを苦に自殺をしている。
前述の男子生徒の自殺は、2019年9月に起きた事件である。
また、中学時代にいじめや体罰によって不登校になったとして、現在も裁判で争われている事件もある。
この裁判は、川口市側のとんでもない対応がいくつも飛び出してきており、報道にあたる記者の間でも、あまりに多くのトンデモ対応が出てくるため、どこを報じていいのか混乱するほどの事態になっているが、2019年9月18日、さらにすごい主張が飛び出してきた。
川口市は「いじめ防止対策推進法に欠陥」と主張
各報道によれば、川口市側は、いじめ防止対策推進法第2条の定義の中で「いじめ行為の対象となった児童等(生徒)が心身に苦痛を感じているもの」というところに、このように主張している。
苦痛を受けたと声高に避難する者が被害者となり、精神力や社会適応能力の高さなどから相手を非難しない者が加害者にされる…(いじめ防止対策推進法は)法律として整合性を欠き、教育現場に与える弊害を看過しがたい欠陥がある。
なんと国会で2013年に成立したいじめ防止対策推進法を間違っていると真っ向から批判し、だから、「法律が間違っている」から「川口市の対応がこれに沿っていなくても問題はない」と裁判で主張したのだ。
前代未聞のトンデモ主張に、川口市は法治国家なのか、法治国家の中にある市なのかということでネットも大荒れの状態になっている。
この「川口いじめ訴訟」では、その他にも、開示すべき記録を開示しなかったり、法廷で卒業証書を渡そうとするなど、事件に慣れている記者の間でも、毎回が驚きの連続になる裁判として注目されていたが、まさか、法を守るのが当然の地域行政が、法を批判し、さらに守らないのは当然だと主張したことは、驚きを呆れをはるかに超えるところに向かっている。
川口市のいじめ防止対策方針 上の写真は、川口市の「いじめ防止等のための基本的な方針」の一部分である。
ここでは、いじめ防止対策推進法にある「いじめの定義」をしっかりと記載している。
つまり、川口市は、いじめの定義を表面上は基本的な方針の中核としつつ、その実、こんなもの法の欠陥だから、守らなくていいと今回の裁判で主張したことになる。
冒頭、高校1年生の男子生徒がいじめを苦に自殺をしたという事件の遺書は、そのものズバリであり、「川口市は学校も教育委員会も嘘つき」なのだ。
大人は何をすべきなのか
私は講演会や寄稿文などで、ざっくりと「今大人にできることはなんですか?」をテーマにしてくださいと頼まれることが多くある。
直接、反応がわかる講演会では、多くの参加者である大人が、今のいじめの状況をどうにかしたいと考えていることがわかる。
そして、現場畑の私の意見に一部のインテリ層に、こう噛みつかれることがある。
「いじめ防止対策推進法によれば、その事例は適切ではないのではないか?」
「文科省のガイドラインでは、その学校の対応は違反ということになるが」
つまり、「法やガイドラインがある以上、そこを学校や教育委員会が守るは当然」というのが大前提にある疑問だ。
知識や暗記が得意なインテリ層の方は、ここを信頼のもとにしているし、これだけの法やガイドラインがあるのに(守っているのが大前提)、こんなに重篤な事件が頻発するのか不思議なのだ。 簡単に言えば、川口市側の反応は多かれ少なかれ、多くの自治体で感じる空気であり、実務上、法やガイドライン違反があることが前提なのだ。
つまり、今大人にできること、特に直接的な保護者ではない大人にできることは、学校や行政がいじめに関する法律や文科省が定めたガイドラインに違反がないかを徹底的にチェックし、その違反がある場合は徹底的に是正することなのだ。
さらに言えば、いじめ防止対策推進法には国の責務もある。
(国の責務)
第5条 国は、第三条の基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、いじめの防止等のための対策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。
いじめ防止対策推進法 ※第3条(基本理念)
第3条 いじめの防止等のための対策は、いじめが全ての児童等に関係する問題であることに鑑み、児童等が安心して学習その他の活動に取り組むことができるよう、学校の内外を問わずいじめが行われなくなるようにすることを旨として行われなければならない。
2 いじめの防止等のための対策は、全ての児童等がいじめを行わず、及び他の児童等に対して行われるいじめを認識しながらこれを放置することがないようにするため、いじめが児童等の心身に及ぼす影響その他のいじめの問題に関する児童等の理解を深めることを旨として行われなければならない。
3 いじめの防止等のための対策は、いじめを受けた児童等の生命及び心身を保護することが特に重要であることを認識しつつ、国、地方公共団体、学校、地域住民、家庭その他の関係者の連携の下、いじめの問題を克服することを目指して行われなければならない。
こうした議論が活発になると、教育界側は必ず、学校教員の働き過ぎ問題を出してくる。
これは問題のすり替えに他ならないが、現実的な問題でもある。
つまり、教員が足りないのだ。
足りないのに、いじめの対応をせよ、新たな教育政策を実施せよ、国は言ってくるという現場教員の本音だ。
一方で、教員を増やすにあたっては予算がいるであろう。
予算を増やす前に、今無駄なものはないかを見出し、業務を改善するのは当然だろうし、民間企業では当然行なっていることのはずだ。
そうした環境を作り出すために、何をすべきかこそが、大人世代のできることになるのではないかとも思うのだ。
予算を決めるのが政治であるのなら、選挙権のある大人は、政策に注目すればよい。
民主主義では、その一票で社会が変わるのではないか。
ただし、すでに法で決まったものを守らないというのは、ダメなので、そこは大人が子供たちを守るためにも、徹底してチェックし、是正するべきだろう。
川口市は特にだ。川口市がいじめ防止対策推進法を守らず、子供達が自殺をし、居直って、法の欠陥を指摘するようなことはあってはならないはずだ。
法やガイドラインが機能しない現場
編集後記
いじめの定義については、「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査における定義」というのが昭和61年に定められてから存在しています。
当初は、「『いじめ』とは、『1.自分より弱い者に対して一方的に、2.身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、3.相手が深刻な苦痛を感じているものであって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。
なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの」とする」というものでした。
その後、この定義では、いじめ自殺などを止めるには足りないという事で、平成6年に定義が変わり、平成18年に再度変わって、いじめ防止対策推進法のいじめの定義につながります。
現在の定義は、「『いじめ』とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」となっています。
この変遷の理由は、いじめを広義に捉えることによって、最悪の事態を防ごうというのが大きな理由です。
そして、いじめ自殺の教訓によって変わっています。
ところが、平成30年には総務省がいじめ自死事件などを中心に調べ、このいじめの定義を限定解釈し、いじめをいじめではないとした事などが自死などの大きな要因になっていると、文科省や法務省に異例の勧告を出す事態になっています。
そこに来て、この令和の時代に、一地域行政が居直って、いじめの定義を裁判で批判するというところまでになってしまっているのです。
ここでわかることは、いじめについては、本来信頼すべき法やガイドラインが機能していないのです。
そして、教訓は活かされていないということです。
残念ながら、各校や教育においていじめ対策を語るときは、全てにおいて、本来機能しているはずのものすら疑ってから考えないと適切な対策は講じることも危険なのです。
ここまで来て、法改正においては、法を守らぬ教職員などは処罰すると言う規定で激論があったばかりですが、思うに、守らぬ行政機関の担当者も処罰した方が良いのではないかと思えてしまいます。
映画『翔んで埼玉』は面白かったのに、こちらの「トンデモ埼玉川口市」は面白くもクソもありませんね。
ただ、私はこの「川口いじめ訴訟」の報道を見て、やはりこんなもんかと思ってしまいました。
ちなみに、私はこの被害保護者さんとはあるイベントで結構な時間、お話させてもらっています。
同様に、効果がないことを知りながらもやったという実績を作るために行動する学校や教育委員会や定義なども実は知らない担当者など、何もしない組織も見てきました。
やっぱりこんなもんか。これが私の正直な感想です。
私の目標は、私がいじめ問題にか関わらずになるほど、いじめ問題が収束していくことですが、当分続くのだろうな、こんな基本的なところで、と思うしかありません。
〔2019.09.25 1064 by まぐまぐニュース  阿部泰尚『伝説の探偵』〕

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いじめから子供を守ろう!ネットワーク いじめに対応できない教師。我が子を守るために親が読むべき一冊 2019.09.30 5 by 『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』 実はキリマンジャロは「キリマ」と「ンジャロ」で切ることが判明 「NHKまるで暴力団」かんぽ報道で日本郵政副社長が反論も大炎上 「ガチャ回しすぎた…」重課金勢必見!返済額を軽くできるかも![PR] ゆうき司法書士事務所 俺「シミ消したい」製薬会社の兄「医薬部外品のコレ使ってみな」[PR] white-plus 妻(45)「あんた腹出すぎ…」俺「これ飲めばバキバキなれるよ」[PR] maji-saikyo.com 子供のいじめ被害を学校に相談しても、担任教師らが誤った対応を取り続け結果的に状況が悪化してしまう、というケースが後を絶たないようです。今回の無料メルマガ『いじめから子どもを守ろう!ネットワーク』では、保護者ができる効果的な学校への要望の出し方を記すとともに、教師向けに書かれたいじめ指導の本の内容から保護者が学べること等を紹介しています。

いじめ解決、教師はどうしたら良いのか 夏休みが終わって1カ月経ちましたが、まだ、学校に行けていないという相談もあります。ある保護者は1学期からいじめを学校に相談していましたが、いじめは止まらず、お子さんは7月頃から学校に行けなくなりました。夏休みに入ってちょっと落ち着き、「今度は学校に行けるかも」と思っていたのですが、学校にいじめ加害者がいると思うだけで、お子さんは腹痛を起こし学校に行くことができません。 いじめが止まって、安心できる学校でなければ、被害を受けている子供は学校には行けません。学校でのいじめを止められるのは先生だけです。ですから、いじめを相談しても、いじめを止めてくれない先生には、保護者の方は、はっきりと「いじめを止めてほしい」と伝えることが大事です。 「そんなことまで言わないと先生はいじめを止めてくれないのですか?」と、多くの保護者はあきれます。しかし、残念なことに、「いじめられています。何とかしてください」と保護者に言われても、「しばらく様子を見てみましょう」などと言い、結局は何もしない先生もいます。いじめが止まらないので、再度、保護者が先生にお話しすると、「見ていましたが、いじめはありませんでした」との説明。「先生の目の前でいじめをする、いじめっ子などいるはずありません」と保護者は怒り心頭です。

さらには、いじめを増幅、悪化させるような対応をする先生もいます。例をあげると、 いじめをなくすには仲良くさせることが大事だと、加害者と被害者を隣の席にする 教室で「A君の受けているいじめについて話し合おう」と言って子供たちに話し合いをさせる 加害者たちが言う被害者から受けた迷惑を信じて、双方が悪かったとして、被害者にも謝罪させ、加害者側のいじめを正当化する 「相手をゆるすことも学ばなければいけない」と言って被害者側を黙らせる 学校が何もしてくれないので、「教育委員会に相談します」と言ったら、「教育委員会は私の友達ばかりだから、言っても無駄ですよ」と教頭に脅された このような非常識な対応をされたという相談がきています。実は、非常識な対応をする教師の中には、保護者からいじめを相談されても、何をすればいじめが解決するのか、わからない先生が少なくないのです。そこで、私たちは、「いじめ被害経緯書」だけではなく、学校への「要望書」という文書を作って、いじめを止めるために、学校に何をしていただきたいのかを明確にお伝えすることをお勧めしています。詳しくはこちらをご覧ください。 教師のいじめ解決の具体的な方法について、『いじめ 困った時の指導法40』(明治図書出版刊)という教師向けの書籍をお勧めしたいと思います。「いじめから子供を守ろうネットワーク」のセミナー等でもお話ししていただいた千葉孝司先生(公立中学校教諭)のご著書です。

「まえがき」で、千葉先生は、読者である先生方に問いかけます。 あなたはいじめ対応に自信がありますか。いじめ対応は難しいものです。隠そうとするものを見つけ出し、被害者の心に寄り添い安心させ、加害者に行動を変容させ、傍観者には、大人に知らせることができるようにさせ、保護者には、被害者側・加害者側双方に納得してもらう必要があります。どれか一つでも大変な難問です。それを同時に行わなければなりません。命にかかわる場合もあります。…(後略) このように、いじめ対応の難しさを述べたうえで、同書は、 いじめの事実を加害者が認めない場合 いじめが解消しても体調不良や不登校が続く場合 (被害者が)死にたいと口にする場合 加害者の保護者が指導内容に抗議してきた場合 等、教師が、いじめ加害者、被害者、傍観者、保護者等との対応で困った場面を、40例想定して、なぜそうなのか、どうすれば相手の心に寄り添えるのか、相手を安心させられるのか、相手に納得してもらえるのか、教師としてどう支援していくのか等を解説し、さらに、具体的に事例ごとに、教師と、加害者、被害者、保護者等との会話例を、良い例、悪い例で示しています。

また、子供がいじめを訴えた場合の教師の不適切な対応も取り上げています。 (教師に)話をきちんと聞いてもらえない場合 被害者の立場を考えずに、教師が加害者にすぐ伝えてしまう場合 (被害者が教師から)「自分にも悪いところがあるのでは」と言われる場合 等の事例を挙げて、教師の「いじめに対しての感度の低さ」、「人権意識の低さ」、「(加害者の報復等への)想像力の不足」、「いじめについての根本的な認識の不足」等を指摘しています。教師は、生徒の立場で考える「被害者ファースト」の姿勢で、「何があってもいじめは許さない」という意志を示すこと等が述べられています。 「まえがき」の最後で、著者は、 本書で示すアイデアを、教師は子どもにとって最後の砦なんだという気概をもって実践していただけることを願っています。 と結んでいます。教師に向けた書籍ですが、保護者にとっても、子供たちのいじめの実態がよくわかり、さらには、「先生、このようにしていただきたいのです」と、学校への要望としてお伝えできるなど、とても役立つ書籍ではないかと思います。 いじめの早期解決に向けて、ご相談を受けています。お子さんのことでご心配なことがありましたら、ご遠慮なくご相談ください。

いじめから子供を守ろう ネットワーク 松井 妙子 image by: Shutterstock.com いじめから子供を守ろう!ネットワークこの著者の記事一覧 「いじめ」と学校の「いじめ隠ぺい」から、子供たちを救うための、父母によるネットワークです。いじめの実態やいじめ発見法、いじめ撃退法、学校との交渉法、いじめ相談などを掲載します。 〔2019.09.30 5 by まぐまぐニュース 『いじめから子供を守ろう!ネットワーク』〕

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先生はブラックではない 現役教師が問う。不登校の子一人救えぬ学校の存在は正しいのか ライフ2019.10.08 11 by 松尾英明『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』 小学校の現役教師が「先生はブラックではない」と断言する理由 「しなければならない」という教育が子供を自殺に追い込んでいる 白髪の原因が判明!●●を飲むと根元から黒髪が生えてくる!?[PR] フィネス 現役医大生トレーナーが合格までサポート!横浜の医学部専門塾[PR] 株式会社ロケットダイヴ

気付けば借金まみれ、人生詰みかけてた俺が地獄を脱出した方法[PR] 鈴木司法書士事務所 多くの学校が抱えている、子供の不登校問題。その原因はさまざまであり、簡単に解決できることではありませんが、ただ子どもたちが学校に「不適応を起こしている」だけなのでしょうか。今回の無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』では著者で現役教師の松尾英明さんが、「学校自体が社会に不適応を起こしているのではないか」とし、学校教育の現状に警鐘を鳴らしています。 学校の不適応 不登校は「問題」である。問題とは、解決できなくて困るということである。逆にいえば、困っていないこと、将来的にも困りが予想されないことは、問題とはいえない。 誰が困っているのか。何に困っているのか。 この辺りの焦点がずれると、不毛な議論になる。

子どもが、学校に不適応を起こしている。これは、学校から見た「問題」である。子どもが学校に適応できるように、どう工夫しましょうということが「問題」になる。 学校が、自分(子ども自身)に不適応を起こしている。これは、子どもから見た「問題」である。学校に自分は適応できるのか、またそうすべきかということが「問題」になる。 さて、見方を変えたが、もう一つ、この議論には前提となる事柄がある。それは「学校の存在は正しい」という大前提である。 こういう大前提を考え直そうと言うと、反発を食らいやすい。そういうことは「当たり前」のことであり、考えること自体が不快なことだからである。 学校の存在は、正しいか。正確には、現在の、実際の学校教育の在り方は正しいか、である。それも、社会に対しての在り方である。 子どもが学校に不適応を起こしている以前に、学校が社会に不適応を起こしている点があるのではないか。 学校の今の教育の在り方は、社会の要請に合っているといえるのか。 例えば「みんなで揃えましょう」ということは、社会でどう生かされているのか。テストの点数の平均点や成績の評定は、今の子どもたちが大人になる頃に、どれぐらい生きるものなのか。学校教育の枠の中できっちりやれることが、変化の著しいこの時代に、逞しく生き抜く力を育むことにつながるのか。 学校教育におけるこの手の疑問を挙げていくと、枚挙に暇がない。 さて、そんな疑問を抱くのは、一部の特異な人間かというと、そうでもない。恐らく、かなり多くの人が感じてはいることである。「学校の意味ないと思うことあるある」として、お笑いやネットの悪口掲示板等のネタになることもしばしばある。しかし、特に学校関係者は、言わない。 なぜか。内部で叩かれるからである。学校における「今までこうしてきた」は、何にも勝る最強の存在価値である。 更に言うと、自己否定にもなる。ここまで積み上げてきた先人の「実績」を否定することにもなる。誰よりもお世話になってきた、この学校教育を否定することにもなる。 それでも、今の調子だと、子どもたちは、社会の求める姿には育たない。基本の成功ロールモデルが、どうしてもやっぱり高度経済成長期のままなのである。「我慢」や「揃える」「指示通りに動く」「決められた正解を答える」等の能力は、「24時間働けますか」の時代に求められた能力なのである。 ここが変わらない限り、社会に求められている自主的で個性的な人間は、残念ながら育たないと思われる(そもそも公教育というのは個性を育む場ではない、という議論は一旦脇に置いておく)。特に「天才」タイプは育たない。不適応を起こしている子どもの中には、いじめ等が原因ではなく、学校教育に意味を見出せない子どもも含まれているはずである。 だとしたら、学校現場が変わるしかない。子どもの見方一つとっても、学校の在り方は変わるはずである。 目の前の子どもは、学校教育の中の「当たり前」の何に苦しんでいるのか。その「当たり前」はその子どもにとって、本当に必要か。例えば、そんなことを問うだけでも、変わる部分があるはずである。 できることから、地道にやっていきたい。

松尾英明この著者の記事一覧 『まぐまぐ大賞2014[無料部門]教育・研究』の大賞受賞メルマガ。実践例を通して、教育観を磨きながら、具体的な手法にもふれていきます。「教育を志事にする」を信条に、真に役立つ実践的な情報だけを厳選してお伝えします。教育関係者を中心に、子どもに関わる全ての方々に向けて発信します。登録・解除ともにすぐできますので、ご一読よろしくお願いいたします。 〔2019.10.08 11 by まぐまぐニュース 松尾英明〕

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英語式コミュニケーション 自分らしさが見つかる?英語で話すと「キャラが変わる」効果 バイリンガルの子のなかには、英語を話すときと日本語を話すときで「キャラクター」に違いが出る子もいます。ストレートにものを言わない日本式のコミュニケーションが苦手な人は、英語式コミュニケーションによって、自分らしさを見出すことができるかもしれません。本記事では、幼児英語教育研究家の著者が、英語によるコミュニケーションがもたらす意外な副次的効果を取り上げます。

英語式コミュニケーションに、自分らしさを見出す人も 英語を話すときはジェスチャーが大きくなり、声もやや大きめ、結論を先に言い、自分の主張をはっきり伝える……。バイリンガルは「英語」と「日本語」という言語の使い分けをするだけでなく、「英語を話すとき」と「日本語を話すとき」でキャラクターが違うと自覚している人が少なくありません。 控えめでストレートにものを言わない日本式のコミュニケーションが苦手な人は、この英語式コミュニケーションのほうに、自分らしさを見出すことができるかもしれません。

私の知人で、日本の高校でいじめを受けて不登校になってしまった人がいました。大学入学資格検定を受けて進学、海外留学したところ、ストレートにものを言うコミュニケーションが性に合っていたのか、見違えるように生き生きとするようになったという例があります。 普段から大きい声で話すことができるようになり、表情も明るくなりました。「海外で自分の居場所を見つけた」と感じることができたその人は、帰国してからも以前より明るく振る舞えるようになったのです。 このように、日本語と英語両方のコミュニケーション方法を身につけることで、片方に頼らず、自分の人生の活路を見出すことができるようになる可能性があります。 英語を使うときは、自分から人に話しかけ、「あれがしたい、これがほしい」とはっきり言う娘も、日本人を相手にするときは普通に静かに振る舞っているので、日本人の知人の間では大人しい子と思われているかもしれません。 英語らしいコミュニケーション方法を身につけたからといって、それが普段日本語を話すときもそのまま出てくるわけではなく、子どもは相手に応じて使い分けができるようになります。

書店の洋書コーナーで買える「フラッシュカード」 子どもが自然に英語を話し始めるのを待つだけでなく、英語教材を使ってゲーム感覚でスピーキング力を養うこともできます。 よく知られているのは「フラッシュカード」です。1枚のカードに単語や短い英語のセリフと、それを表すイラストが描かれているもので、50枚、100枚とまとまった単位で使います。 ネイティブの子どもが英語の言葉を覚えるのに使う教材なので、書店の洋書コーナーの子ども向け売り場やインターネットのお店で手に入ります。正しい発音を覚えるために、必ずCD付きのものを選びます。

まずはCDを聞きながら、子どもに1枚ずつ絵を見せていきます。朝起きる絵とともに「Good morning.」、あいさつをしている絵とともに「How are you?」といったように聞かせると、子どもの頭の中で、絵の中にあるセリフとその状況が結び付きます。 今度はCDの後について子どもも一緒に「Good morning.」「How are you?」と言うようにしてください。カードには英文が書かれていますが、2~3歳の子どもだとまだ読むことができないので、そこに書かれているのは単なる記号と同じです。文字に頼って覚えるわけではありません。 一方、親のほうは文字を見れば、子どもが正しいことを言っているかどうかわかります。CDの後について言うのを何度も繰り返しているうちに、子どもは音声を聞かなくても、絵を見ただけでパッと「Good morning.」「How are you?」と言えるようになります。

大人は「10枚言えた」「今日は20枚」と数が気になるかもしれませんが、子どもには一連の物語を見せているつもりで、「今日はお店でアイスクリームを買うところまで言えたね」といったように、達成度を確認し合いましょう。例えばこれが日本語だったら、「今日は新しい言葉を10個覚えた」というように数えたりしないでしょう。 母語であれば気にしないのなら、英語でも同じことです。英語だけ特別扱いする必要はありません。英語も日本語と同じだと親が思っていないと、子どもの心に「英語は難しい特別なものなんだ」という気持ちが芽生え、できる子は自信過剰になりやすく、できない子にとっては英語に触れることから逃げる口実につながります。 子どもの脳は柔軟で、何百枚というカードに出てくるセリフを覚えられます。カードの順番どおりに言うことができるようになったら、今度は順序を変えてみたり、カードをランダムに取り出してそこにあるセリフが言えるかどうか試してみましょう。お勉強というよりもゲームで遊んでいる感覚で、親子一緒に取り組めるはずです。

幼児英語教育研究家 三幣 真理 〔2019年10/5(土) 幻冬舎ゴールドオンライン〕

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「SDGs」と「嘘」 【講師のホンネ】令和のキーワードは「SDGs」と「嘘」 令和の時代に欠かせないキーワードは、「SDGs」と「嘘」だと私は考えています。SDGsは、2015年9月の国連サミットで採択された16年から30年までの国際目標です。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っています。SDGsは発展途上国のみならず先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものと定義されています。持続可能な開発目標。環境から福祉、働き方など、世界が一つとなって取り組む目標です。(学校法人田北学院校長・つだつよし) 私が校長を務める専門学校においても、新年度からの学校運営にSDGsを取り入れることにしたところ、今後の学校経営の方向性が明確となりました。SDGsには、これからの社会が望むサービスや価値観が詳細に示されており、それに沿った学校経営を行うことで社会的な価値を向上することができます。

また、SDGsは、既に全国の教育現場へも降りているという現実です。ゴールは30年。今の子供たちが社会人となる時代です。30年以降、20代の価値観は確実に17個の目標と符合してきます。SDGsを取り入れていない企業は将来、若い世代から選択されない時代になることは容易に想像されます。 そして、もう一つのキーワードは「嘘」。詳しく言えば 嘘はバレる時代になるということです。ミレニアル世代と呼ばれる2000年代に社会人になる世代は、25年に世界人口のおよそ75%を占めると言われています。デジタルネーティブとも言われる彼らの特徴は IT・SNSに幼少期から触れていること。彼らにとっての購買行動は、昭和生まれの世代と比べて大きく異なります。ただ買うのではなく、そこにあるストーリーや共感を買う傾向があります。一人一人がメディアを所有し情報の虚偽を見抜く力も身に付けているため、表面上だけの「良さ」は通用しません。 今のうちにSDGsを事業に取り入れ、正直に取り組む。これがとても大切です。30年に向けて、今日から「Sすぐに」「D誰でも」「G頑張らずとも」「sすべきこと」を考え始めてみることをお薦めします。

【プロフィル】つだつよし つだ・つよし 1976年、大分県生まれ。学校法人田北学院校長。高卒後、吉本興業の門をたたき8年間芸人として活動。ある不登校児童との出会いから心理カウンセラーの資格を取得。現在は、大分テレビの教育番組のプロデュースなど教育事業を行うほか、講演家としても精力的に活動中。「全国・講師オーディション2015」で最優秀グランプリを受賞。 〔2019年10/6(日) SankeiBiz〕

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『助けて』と言えない、言わせない社会 引きこもり「社会が追い詰めすぎているのでは」自殺予防考えるシンポで識者が警鐘 シンポジウムで不登校の生徒への支援について語る立花高の斎藤真人校長(左) 「子どもたちが『助けて』と言えず死んでいくのは、大人が助けてと言わないからだ」-。福岡県弁護士会は、引きこもりや生活困窮による自殺を予防しようとシンポジウム「だれも孤立させない社会をめざして」を開いた。ホームレスの自立支援などに取り組む北九州市のNPO法人「抱樸」(ほうぼく)の奥田知志理事長や、不登校経験者を多く受け入れる立花高(福岡市)の斎藤真人校長が対策を訴えた。 奥田理事長は講演で二つの事件に触れた。今年5月に川崎市で児童ら20人が殺傷された事件と、その直後に発生した東京都で元農林水産事務次官が長男を刺殺した事件だ。 前者では加害者、後者では被害者が引きこもり状態にあったとされる。川崎の事件を巡ってはテレビ番組でコメンテーターらが「1人で死ね」という趣旨の発言をし、インターネット上で賛否両論があふれたことでも話題になった。 「自己責任や身内の責任が社会の道徳となり、『助けて』と言えない、言わせない社会になっている」

奥田理事長はこう語り、「引きこもりは本人だけでなく家族も孤立している。『迷惑は悪だ』という考え方が彼らの孤立を助長している」と続けた。 また、引きこもり当事者を家族が引き受け続ける一方、社会として担う仕組みがないと主張。居住支援などを通じて家族の負担を社会に分担することが必要と強調した。 NPO法人「抱樸」の奥田知志理事長も講演した 立花高の斎藤校長は全校生徒約500人のうち、8割が中学時代に不登校を経験していることを紹介。「名前を書けば入試に受かる」とのうわさが広がっていることに触れ、斎藤校長は「事実です」と認めた。 「不登校だった生徒がどれだけの思いで学校に来て、答案に名前を書いているか。分かっていて落とせるわけがない」

中学時代に一度も学校に行ったことのない生徒も多い。入試問題や校内の掲示物などに振り仮名をつけていることや、卒業後にすぐ就職や進学をしなかった生徒たちの中には、社会に出る前のステップとして学校食堂で働いている卒業生もいることなどを紹介した。斎藤校長は「当たり前にとらわれない。不登校の子が安心していられる空間でありたい」と言葉を強めた。 一方で、引きこもりの当事者や家族を巡る状況について「対立軸をあおり攻撃する、悪者探しをする傾向の社会で肩身の狭い思いをしている」と語った。 一連の事件の後に、卒業生の1人が自ら命を絶ったことも明かした。「『自分がいつか同じように父母に迷惑をかけるのでは』と心配したこの子の優しさから幕を引いたと思う」。卒業生の両親はそう語ったという。「引きこもりという現象を社会全体が追い詰めすぎているのでは」と斎藤校長は警鐘を鳴らした。 シンポは9月28日、福岡市であった。県弁護士会の小鉢由美弁護士は自殺遺族や支援者に向けた同会の法律相談などの支援を紹介。「(いろいろな立場の)みんなが一歩ずつはみ出しあって、支援が面になればいいと思う」と語った。(黒田加那) 西日本新聞社 〔2019年10/6(日) 西日本新聞〕

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不登校につながりやすい12のきっかけ いじめだけじゃない!不登校につながりやすい12のきっかけ 不登校になる子供たちは年々増加しており、今や小学校、中学校合わせて、14万人以上。ここでは、より多岐になってきた不登校になるきっかけについて見ていきます。

◆毎年数千人規模で増え続ける不登校の数、その引き金になっている要因とは 不登校になる子供たちは年々増加しています。小・中ともに毎年何千人もの規模で、その人数が増えているのは異常事態といえます。 ここでは、何がその引き金になっているのか、不登校になるきっかけについて見ていきます。

◆不登校の定義と現状~中学生の約30人に1人 「不登校」とは、

・何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しない、あるいはしたくともできない状況に置かれ、 ・年度間に連続又は断続して30日以上欠席している状態 ・ただし、「病気」や「経済的理由」による者を除くとされています。

文部科学省が毎年行っている調査によると、平成29年度の不登校児童生徒は、

・小学校(国立、公立、私立含む)35,032人 ・中学校(国立、公立、私立含む)108,999人

小・中ともに、前年度と比べ、約5,000人ずつ増えていることになります。 児童全体の人数から見た割合を見ても、

・小学校で0.54%の児童が不登校(185人に1人) ・中学校で3.25%の児童が不登校(31人に1人)

と、中学校ではクラスに1人は不登校の子がいる割合になっています。 小学校と中学校を比べると、圧倒的に中学校の方が不登校生徒が多いのですが、小学生も高学年になるほど、不登校の割合が増えていきます。1年生では1692人だったのに、6年生になると10,894人にまで膨れ上がるのです。 「不登校に関する実態調査」 ~平成18年度不登校生徒に関する追跡調査報告書より

◆不登校になる理由はいじめや勉強だけではない ひと言で不登校といっても、そのきっかけは様々です。ここでは、文部科学省が行った「不登校実態調査」の結果から、不登校のきっかけを見ていきましょう。 この調査では、平成18年度に不登校だった生徒を対象に、5年後の状況を追跡調査、それを「平成18年度不登校実態調査」として、平成26年度に公表しています。 対象者へのアンケートでは、不登校のきっかけについて、次のようにたずねています。 「あなたが学校を休みはじめた時のきっかけは何ですか。思いあたるものすべてに○をつけてください」

回答は画像のとおりです。回答が多かったものから順に並べてあります。 「その他」と「とくに思いあたることはない」を除いても、そのきっかけは12個もあります。 不登校というと、真っ先に思うのが、いじめがあったのではないか、学校の勉強で悩んでいるのではないかということですが、このような人間関係によるもの、学業に関するものによる要因のほかにも様々なことがきっかけとなりうることが分かります。

◆以前はなかった新たな要因が不登校のきっかけに…… 先ほどの表では、参照として右端に「平成5年度不登校実態調査」のデータを載せてありますが、それを見るとあることに気がつきます。当時は、「生活の乱れ」「インターネット、メール、ゲームなどの影響」は項目として存在していなかったのです。 平成5年といえば、1993年。今から25年以上も前です。タブレットやスマホもない時代でしたので、子供たちの遊び方や生活スタイルも今とは大きく違うわけです。

今では、不登校のきっかけとして、 ・生活リズムの乱れと答えた子が34.7% ・インターネット、メール、ゲームなどの影響と答えた子が15.6% これらは、新たに不登校の要因として加わったものと見なしていいのではないでしょうか。 この設問では複数回答が可能となっていますので、生活の乱れやネットによる影響だけが不登校を引き起こしたとは限りません。人間関係の悩みを機に、ゲームにのめりこんだり、また逆に、画面に向かう時間が長いために、対人コミュニケ―ションが苦手になったりというケースもあるでしょう。 いずれにしても、インターネットやメール、ゲームなどは節度を持って使わないと、不登校を加速、複雑化してしまいかねない要素があると考えられます。

文部科学省は、「不登校児童生徒への支援の在り方について」の中で、「不登校児童生徒への支援は“学校に登校する”という結果のみを目標にするのではなく……」と言っていますが、「不登校⇒登校⇒OK」とすべきでないのは、何がきっかけで不登校になったのかという背景に目を向けないと、持続的な解決には至りにくいからです。 見える現象は同じでも、そのきっかけはその子それぞれ違います。ましてや、上記のように、さらなる要因が不登校に拍車をかけている時代ですので、なおさら背後にある要因を深く理解しようとすることが大切といえます。 ■参照:「不登校に関する実態調査」 ~平成18年度不登校生徒に関する追跡調査報告書 佐藤 めぐみ(子育てガイド) 〔2019年10/6(日) All About〕

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作田明賞 「人は絶対に更生する」と信じた人々。彼らを表彰する賞を知っている? 今年の受賞者と審査委員たち 犯罪防止と少年の更生に尽力した精神科医 犯罪防止と、罪を犯した人たちの矯正・更生に尽力した個人・団体を表彰する「作田明賞」という賞がある。 筆者が取材を続ける北洋建設(北海道札幌市。建設業)の小澤輝真社長(44歳)は「脊髄変性小脳症」という難病に罹患し、余命3年という状況にありながら、刑務所や少年院の出所者を積極的に採用している。

この小澤社長から「作田明賞の最優秀賞をいただくことになりました」との連絡を8月にもらったことで、筆者は初めてその賞の存在を知った。 作田氏は犯罪防止と少年の更生などに尽力した精神科医で、テレビのコメンテーターとしても活躍していた。2010年、自分と同様の活動を行っている個人・団体を称え表彰するために、私財を投じて「作田明記念財団」を設立。「作田明賞」を創設した。 ところが、作田氏自身が作田明賞の授賞式に臨んだのは2010年の第1回目だけで、翌年に逝去する。享年60。だがその意思は今も引き継がれ、今年はその第10回授賞式が行われた。今回受賞した3人について紹介したい。 「仕事があれば再犯しない」との信念で出所者を採用 今回の最優秀賞受賞者は北洋建設の小澤輝真社長だ。おそらく日本でもっとも多く刑務所や少年院からの出所者を雇用している。

1973年創業の北洋建設は、初代の小澤政洋社長(現社長の父)の時代から刑務所や少年院の出所者を積極的に雇用してきた。その数、この45年間で500人以上。現在、社員約60人のうち20人近くが出所者だ。 政洋社長の頃は、どちらかというと人材確保のための出所者採用だったが、2013年に社長に就任した小澤社長は「仕事があれば再犯しない」「絶対に更生させる」との信念で出所者を採用している。 法務省政策評価企画室の『再犯防止対策の概容』(2017年10月)によると、2016年の検挙者23万9355人のうち48%の11万4944人が再犯者。その再犯者の約72%が逮捕時に無職だった。 出所者は刑務所を出ても、所持金も少なく、身元引受人がいない場合は住所を持てず、働きたくても働けない。結果、その多くが3度の食事と雨風をしのげる住処を求めて、微罪を犯して刑務所に戻るケースが後を絶たない。 小澤社長が出所者に仕事を与えるのは、この背景があるからだ。小澤社長は社長就任の前年の2012年に、「脊髄変性小脳症」という体の機能が衰えていく難病に罹患し、余命10年を宣告された。

今、移動は車椅子となり、発声も不明瞭になった。指の震えでペンをもてない。ちなみに父の政洋氏も同じ病気に罹患し、50歳で他界している。そのため当初は相当に落ち込んだが、「自分が生きている証を残すためにも、出所者採用をライフワークにする」と決めた。 刑務所面接をするための法務省予算があまりにも少ない 北洋建設には毎日、全国の刑務所受刑者から「御社で働きたい」との手紙が届く。小澤社長は、そこに更生への強い意志を見出せば、全国どこの刑務所にも赴く。そして、受刑者の就職面接を行う。 内定を出した受刑者には社員寮を用意し、仮釈放であれば小澤社長が身元引受人となり、出所直後で衣服や金銭がない彼らに衣服を与える。さらには給与のほかに、本人が「もういいです」と言うまで2000円札を毎日手渡している。 とはいえ、この活動はいろいろな意味できつい。「まず資金が足りない」と小澤社長は訴える。 「法務省には、僕たちのような会社が刑務所面接をするための交通費などの予算があります。しかし、その額があまりにも少ないため(今年度で約1100万円)、年度途中で底をつく。だから僕は、面接のための交通費を自腹負担しています。これまでマンションも売り払い、約2億円を使いました。今、個人の土地も売りに出しています」

もう一つきついのは、こうまで尽力しても、約9割の出所者が就労後に突然姿を消すことだ。筆者は「がっかりしませんか?」と尋ねたが、小澤社長は「それでも残る1割が確実に更生する。それを見るのが嬉しい」とサバサバと答えた。 小澤社長は、授賞式で、作田明賞は以前から知っていたので、その最優秀賞に選ばれたことを「本当に嬉しいです」と語った。 出所者に住居と仕事だけでなく、社会復帰のための教育も 優秀賞の受賞者は2人。その1人が福岡市のリサイクル業「ヒューマンハーバー」の副島勲社長(78歳)だ。 ヒューマンハーバー社も北洋建設と同様に、出所者に「住居と仕事」を与えている。副島社長は受賞スピーチで、「それだけでは足りない。教育こそが必要なんです」と強調した。 「出所者に共通しているのは、長期間狭い空間での生活をしてきたことでの社会常識の欠落です。挨拶ができない、約束を守ることができない、自分で責任を取ることができない。これらができないと、仕事だけ与えても社会復帰はできないんです」 そこで副島社長が実践しているのが、出所後の半年間から1年間、社会復帰へのリハビリ期間として、出所者に寮生活をさせることだ。その間、礼儀や約束履行、責任を取ることなどを教えている。副島社長が言うところの“心のスポンジ作り”だ。 加えて、副島社長はヒューマンハーバーを“出所者にとっての就職先”ではなく、“修行の場”だと位置づけている。つまり、心のスポンジを作りながら、自分が携わりたい仕事に就く前のリハビリとしての就労体験をさせるのだ。 こうして、一般常識と仕事への心構えを習得した出所者は、やがて自らが選んだ道へと巣立っていく。その再犯率はゼロだという。 小澤社長もそうだが、これは人間を信じなければ絶対にできない事業だ。副島社長は「宇宙最大の資源は人間です!」と、受賞式でのスピーチを締めた。 非行少年たちを肯定し、地域の犯罪防止や清掃活動を担わせる もう1人の優秀賞受賞者は、鹿児島県奄美市のNPO、奄美青少年支援センター「ゆずり葉の郷」の三浦一広所長だ。 少年非行の元凶の多くは、家庭環境(両親の離婚やDV)や地域社会の崩壊。ここから多くの子どもが、非行、不登校、シンナー依存などになり、居場所がなく生きている。 三浦所長は「おせっかいおじさん」として彼らの相談に応じ、彼らの「自立・共生」を目指す「ゆずり葉の郷」を2001年に設立。非行少年たちを排除するのではなく、「奄美市青少年警護隊」として地域の犯罪防止のためのパトロールや清掃活動を担わせた。 この警護隊計画に「ワルがつるむと暴走族になる」と、地元警察は大反対したという。だが、三浦所長はこれを敢行した。特に、札付きのワルに隊長職を任せると、みるみる心を開いて任務に勤しみ、警察がマークしていた非行地域が安全地域へと変貌した。

「彼らの共通点は、小さいときから誰にも認められず、励まされなかったこと。だから彼らを肯定し、ほめれば絶対に更生します」 ある中学校の番長は、三浦所長に存在を肯定されて2代目警護隊長を務めた。ある日、アパートの5階から飛び降り自殺を図った中学生女子を、走って下でキャッチして助けた。 その衝撃で彼は大腿骨骨折をしたという。三浦所長はこれを誇りに思っている。三浦所長は、2010年には、家庭崩壊で居場所をなくした若者を受け入れる青少年自立援助ホーム「さざ波の家・奄美」も開設している。 「人は絶対に更生する」という強い信念 3人の受賞者に共通しているのは「人は絶対に更生する」との強い信念だ。受賞にあたっては6人の審査委員が審査をするのだが、その一人である飛松五男(いつお)氏(元警察官)はこう述べた。 「僕は日本でいちばん罪人を捕まえたと思います。その人たちは出所日には僕のところに来て、一緒にご飯を食べて『おやじさん、今度こそ絶対にやり直します』と誓うのですが、すぐにまた捕まってしまう人も多かった。一人でもいいから、出所後の彼らと向き合う人がいれば、違う結果になったと思います。暴力は悪いですよ。でも、彼らはいい心はもっている。それを信じてあげたい」 今回、受賞した小澤社長、副島社長、三浦所長はそれを実践している人たちだ。特に、副島社長と三浦所長には改めて取材をしたい。そう思った。 <文・写真/樫田秀樹> ハーバー・ビジネス・オンライン 〔2019年10/7(月) HARBOR BUSINESS Online〕

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きらめく星のなったん やりたいことが見つからない、は「当然!」SNSで〝文才のすごいギャル〟として人気の「きらめく星のなったん」が故郷・沖縄で語ったこと 9月、沖縄県の豊見城市瀬長島にて(本人提供) インスタグラムで約20万人、ツイッターで約10万人のフォロワー(読者)をもつ東京在住の「きらめく星のなったん」さん(本名、年齢は非公開)。実は沖縄県の中部出身。7月に発行した初のエッセー集「待ち人来ずってなんなの 私から会いに行くから お前が待ってろよ」(KADOKAWA)はすでに3刷目。SNSでは、恋愛相談や人間関係など多くの質問を投げかけられるが、率直ながらユーモアたっぷりの返しで「かっこいい」「面白い」と評判を呼んでいる。9月、沖縄に帰郷したタイミングでお話を伺うことができました。約1時間に渡り、SNSや本が世間の反響を呼んでいることへの自己分析や沖縄への思いなどについて伺ったほか、〝オールドメディア〟とも言われる「新聞」が若者に受け入れられるには?など新聞記者としての悩みも思い切ってぶつけてみました。新聞紙面には載せきれなかったロングバージョンでお届けします。 (文化部記者・宮城久緒)

Q:おっさんですいません。 いえいえ。本も用意してもらいありがたいです。

Q:本の反響は。 3刷り目です。各媒体から声を掛けてもらっています。ネットではコラムの連載をしています。10月から雑誌にも掲載されます。

Q:そもそも発信活動のスタートは? 中学生でブログを始めました。特に何か書きたいものがあった訳ではなく、周りと同じように始めただけです。

Q:「文才のすごいギャル」と評されることも。 フォロワーはインスタが20万人、ツイッターは10万人ぐらい。3年くらい前から始めました。文才もないし、ギャルでもないんですけど。ただ作文を書くのは好きで得意でした。市の大会で賞を取ったこともあるんです。

Q:沖縄には何歳の時まで。 高校生まで。その後、ノープランで上京してアルバイトを転々としていました。したいことを探しに東京に行ったんですが見つからなくて。そろそろ職につかないと、と思い、医療事務の仕事を始めました。

Q:なぜ医療事務を。 家から近かったので。ラーメン屋が近かったらラーメン屋を受けていたと思います。性格は「うちなータイム」なので朝はゆっくりしたいと思い近くにしました。

Q:お話していると、イントネーションはうちなんちゅーだなぁと感じます。沖縄出身とは書いていますが、本では特に沖縄については書かれていない。 今回の本はテーマが別だったので。2作目、3作目は沖縄のことを書けたらと思っています。沖縄でどう過ごしたか、沖縄に生まれ育ったからこそ持っている感性とか。

Q:沖縄出身ということへの反応はありますか。 ファンは沖縄の方も多いです。あと地元の方からは地元の希望だよ、って言われました(笑)。

Q:作文が好きになったきっかけは。 書くのはもともと好きで幼少期からお母さんやおじいちゃん、おばあちゃんに手紙とかよく書いていました。夏休みの宿題は最後の方にやるタイプでしたが、作文だけは苦ではなく楽しかったです。

Q:作文のどこに魅力を。 頭の中でごちゃごちゃしていることをまとめて出せますよね。自分でも理解していないことを文章でまとめるとすっきりする。

Q:考え方が前向きですよね。学びや勉強への意欲もある。 はい(笑)

Q:著書では、勉強をする理由について『大切な人とぶつかったとき、名前のない感情や気持ちを適切に伝える言葉を知っていたら… と後悔する日が必ずくる』と書いています。 中学3年の担任に言われました。人生の中でその先生の影響は大きい。

Q:本への家族の反応は。 喜んでいました。話すのがあまり得意ではないので普段何を考えているのか分からなかったけど、本を通してこういう風に物事を捉えているのか、とか分かったと言われて。本を通してちゃんと会話ができたというか。

Q:沖縄にはよく帰ってきますか。 おばあちゃんやお母さんに会いたくて。年に2回ぐらい戻ります。オンシーズン以外、飛行機代が安い時に(笑)

Q:沖縄はどういう地域だと思いますか。 あたたかいですね。人も好きです。定期的に帰りたくなる場所です。

Q:嫌だから出た、という訳ではないんですね。 全然、そうではありません。カレーしか食べたことない人はカレーのおいしさを理解できないですよね。沖縄はいいところだと言われますが、何がいいところで好きなのか説明できないのも嫌だったので。内地で住んであらためて沖縄の良さに気付ました。

Q : 沖縄の良さとは。 みんな家族みたいな感じ。よそはよそ。うちはうちではない。東京は逆でよそはよそ。うちはうち(笑)。悪く聞こえる人もいるかもしれませんが沖縄にいると欲がなくなる。東京にいるとお金稼がなきゃなとか、こうしたい、ああしたいって出てきて。それで頑張れますが。沖縄帰ったら家族がいるし、おいしいご飯もあるし、海もあるし、もう何もなくていいや、と。心が疲れた時はすぐ帰りたくなります。

Q:人気の理由をどう自己分析しますか。 自分で言うのは恥ずかしいですが私結構、自分で思ったことを伝えられるんですよ。今は思っていても伝えられない人が多いからなのかな、と周りを見て思いました。

Q:SNSの返し、面白いですよね。 ユーモアがあるって言われます。ぱっと思い浮かんで書く感じですが。

Q:反響の大きさは励みになりますか。 驚きました。私の中では当たり前のことを言っているだけなのに、こんなに反応があるということは、今って生きづらい世の中なのかな、とか。私が普通にしていることに対して『どうしたらそういう風にできるんですか』『どうしたらはっきり言えるようになるんですか』『どうしたら自信を持てるようになれるんですか』。私が普通にしていることに対して、そういう風に人が集まってくるんです。みんなもっと自由に生きたらいいのにと心配にもなりましたが(笑)。

Q:「本をたくさん読んで」というメッセージを繰り返していますね。 本を読むのは小さい頃から好きでした。さくらももこさんが好きで読んでいます。小さい頃、母親が読み聞かせをしてくれていました。ジャンルは何でも。今読んでいるのはお笑い芸人の西野亮廣さん(キングコング)の『革命のファンファーレ 現代のお金と広告』です。読みやすい。

Q:読書をする理由は。 言葉を知らないことはすごく損だと思います。大人になれば知らなかったでは済まない。無知は罪という言葉があるように言葉を知らなくて、相手を傷付けることもあるし、自分が傷付くこともあるし。

Q:本にも書いていますが学生時代に不登校の経験があると。読者からも悩み相談があるようですね。 正解だと思っている訳ではないのですが私は集団行動、集団活動、人に合わせることが苦手でした。協調性がなくて自分を殺さなければ人に合わせられない、周りに合わせることができなかった。たぶん自我が強かったんだと思います。いろいろな人間がいると思いますが私は人の顔色をうかがってまで、無理してまで一緒にいる必要はないと思います。自分を出すのが苦手で人に合わせるのが楽という人は全然それでいい。私は学校の教室内で学習するより図書館で一人で勉強する方がはかどるタイプでした。

Q:友だちは多い方がいいとも思いがちですが。 私は、量よりも質だと思います。大人になったから言えるのかもしれないけど、無駄な縁を切ることもすごく大切だなと思います。その判断基準は「不快」に感じたら、でいい。つまらないことで悩む人間関係はいらない。自分の人生は自分が主人公だから。

Q:考え方は母親の影響が強いですか。 はい。母親だったり。過去の自分から学んだり。

Q:SNSでは悩み相談にこまめに答えていますね。  今、結構多いので全てに答えられていませんが。聞かれたら何も考えず答えています。

Q:沖縄に居たころ「琉球新報」は読んでいましたか。 子供の時は読んでいました。今はネットニュースですね。WEBの『琉球新報Style』は読んでいますよ。

Q:今、若い世代に新聞や紙の本が読まれなくなったと言われます。 ウェブニュースは知りたいニュースをすぐ見つけられますね。メリットだとは思いますが、新聞や本屋は欲しい情報を探す中で、出会うはずがなかった情報にも出会うじゃないですか。目当て以外のものを知ることができるのは新聞や本屋のいいところだと思います。そこは大事にしたい。

Q:SNSでの相談への返答から多くの人がパワーをもらっているので・・・ちょっと、僕からもいくつか相談してもいいですか・・・。 私で良ければ。

Q:琉球新報が若い世代に読まれるにはどうしたらいいでしょうか。 本を書いて思ったんですが、今の若い世代は活字に触れる機会が少ない。今回、本を出すにあたって意識したのは、活字が少ないページデザインにしたり写真のページを作ったりしたこと。読者の方からは『人生で初めて本を丸一冊読むことができました』という感想がありました。新聞も、読みやすいように写真を多くしたり、最近の若い子の流行に注目して文字を大きくしたりする等、デザインを工夫してもいいと思います。私も本では強調したいところにマーカーするなど工夫しました。

Q:『初めて本を丸一冊読むことができた』という感想はうれしいですね。 うれしいです。感想には『本を読むって楽しいんですね。もっと難しくて遠いものだと思っていたから。この本読めたのでまた本屋に行って違う本にチャレンジしてみようかなと思いました』というのもありました。でも私が思う以上に、活字離れって深刻だなって思いました。

Q:「活字離れ」と言いますが、若い世代もSNSで字には触れています。ただ、文章の理解力が低下しているとも言われますね。 SNSって短文ですよね。新聞だと見出しだけというか。あと難しい言葉を使っていない。文章が長くなる時に間に写真があると触れやすくなりますよね。

Q:琉球新報っぽい質問をしていいですか・・・、基地ですが・・・。 はいはい。

Q:名護市辺野古への基地建設の問題など、沖縄の基地問題を解決するにはどうしたらいいと思いますか。 基地を造らせたくない人も、なければいけないと言う人もどちらも平和は願っていますよね。平和を願う点では同じなのに、思考が分かれる。それぞれが正義だと思っていますよね。正義の反対は悪だと決めつけて対抗するのではなく、正義の反対にはまた別の正義があるということを知って。一つにはなれなくても双方認め合い歩み寄ることができればいいと思います。難しい問題でこれだ、となかなか言えませんが。

Q:基地問題にも関心を持っているんですね。 ニュースも見ますし。地元のことなので。パルコやセブンイレブンができたんだ、と沖縄のことは関心ありますよ。

Q:沖縄では、子供の貧困も課題です。どう捉えていますか。 貧困問題の解決策は教育しかないと思います。貧困の家庭で生まれてお金がないから進学ができない。また貧困が貧困を生んで勉強ができなくて職業も限られてしまう。負の連鎖を解消するのは教育だと思います。貧困の環境下に生まれたからこそ、勉強は絶対にした方がいい。

Q:琉球新報が今年5月に取り上げたユーチューバー「少年革命家 ゆたぼん」が賛否両論、反響を呼びました。不登校という意味では共通しているところもあると思いますがどう受け止めていますか。 記事見ました。私にも彼への質問は届いています。私も学校に行っていない時期があったことに触れて、彼をどう考えるかと。

Q:どう答えていますか。 学校には行っていないということですが、社会的な活動はしていますよね。社会から学ぶことはすごくいいと思います。何もしていない訳ではない。ちょっと社会がよその家に干渉しすぎかなと思いました。ただ、批判ではないのですが、もったいないと感じる部分はあります。勉強なんかしなくていい、ということに関しては違うなと。勉強はした方がいい。国語、算数、理科、社会ではなくても、何でもいいので。

Q:いじめられている子にメッセージはありますか。 いじめをしている方が100%悪いので、自分を責めなくていい。なんでいじめられている被害者側が学校に行けなくなるんですかね。加害者側が来なくなればいいと思いますけど。学校に行けない子たちのために別の学ぶ場所をつくってあげたい。大人全体で。そういう環境が作れたらと思いますね。

Q:将来何をしたらいいか分からない、という人にはどうアドバイスしますか。 当たり前だと。やりたいことが明確に見つかっている人なんて奇跡な訳で。みんなやりたいことを探しながらやるべきことをこなしているのであって。やりたいことが見つからないうちは、いろいろしながら得意、不得意に気付いて選別していければいいと思います。

~ プロフィル ~ きらめく星のなったん インスタグラムやツイッターに投稿する自撮り写真と添えられたコメントが話題になった。インパクトのあるコメントで連日フォロワーが増えている。沖縄県中部出身。本名と年齢は非公開。 Twitter:@natsu0504t Instagram: nattan0504 <インタビュー後記> 「おっさんですいません」で始まった約1時間のインタビュー。ネットで人気と知り、自分から取材に名乗りを上げました。ですが、事前に著書を読むとどっと不安が・・・。恋愛偏差値が低すぎるこのおっさんが、恋愛相談に切れ味鋭く答え続けている女性に何を聞いていいんだか。でも、いろいろな人に会って話を聞くことができるのが記者の醍醐味。ワクワクとドキドキでインタビューに臨みました。予想通り、いや想像以上に「なったん」さんの率直さ、誠実さ、頭の回転の速さを感じました。充実した時間を皆さんにシェアしたいといざキーボードに向かうと・・・、やっぱり新聞記事的な堅い表現になってしまったのでは・・・と少し反省。読者の皆さま、「なったん」さんの本やSNSはもっと面白いです。「なったん」さんのメッセージはおっさんが読んでも、なるほどな、と納得できたり、歯切れが良くてかっこいいな、と思えたり、元気づけられたり。言葉や文章の持つパワーをあらためて確認できます。初の書き下ろしエッセー「待ち人来ずってなんなの 私から会いに行くから お前が待ってろよ」(KADOKAWA)は沖縄県内の書店でも(もちろん県外でも)売っていますのでぜひ、読んでみてください。僕も人の心を動かすような文章を書きたいなと思いながら。

~聞き手~ 宮城 久緒(みやぎ・ひさお) 1972年生まれ。 1996年琉球新報社に入社。文化部部付部長。写真部、社会部、運動部、政治部、北部報道部、東京報道部、デジタル編集担当などを経て8月から文化部。 琉球新報社 〔2019年10/7(月) 琉球新報琉球新報〕

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川村真木子 インスタに届く不登校の悩み…バリキャリ女子が感じる「不登校の子」の力 某外資系投資顧問に勤務する「バリキャリ金融女子」川村真木子さん。米国有数の大学を卒業して外資系金融機関で活躍と、眩しすぎる経歴だが、実は高校時代に寄り道をし、高校卒業は20歳のときだった。そんな川村さんのインスタには様々な悩みが寄せられている。最近時に気になるのが、不登校に関することだという。

英語が全く話せない大阪の金髪女子高生が外資バリキャリ女子になるまで インスタに寄せられる不登校やいじめの悩み 「子どもが不登校になってしまい悩んでいます」 「クラスのイジメが原因で自殺を考えています」 時々インスタグラムのメッセージ機能で、このような相談を受ける。私の娘は現在15歳。全寮制の高校に進学したばかりだが、彼女の教育についても長いこと頭を悩ませた。かくいう私自身も高校時代ヤサグレていた時代があり、一人の英語教師の言葉で人生が変わったことは以前書いた通りだ。 そこで今回は「学校」について思うことをお伝えしようと思う。 2015年に一橋大学のLGBTの学生さん(男性)が、当時好きだった同性の友人に気持ちを告白し、告白された友人が仲間に相談、仲間にも避けられるようになって学校に行けなくなり、最終的に命を絶った。この事件当時、前職の投資銀行でLGBTダイバーシティ活動を始めていた私は、この事件に衝撃を受けたと同時に学校や組織ってなんだろうと考えるようになった。

インスタで相談されるような問題でも、特にLGBTの子どもは同性に恋愛する気持ちを隠さざるを得ず「学校に行けない」と感じたり、偽り続けることに疲れて自死を選んでしまうことがある。LGBTの自殺率はそうでない人の6倍と伝える論文もある。 「男なんだからしっかりしろよ」 先日、LGBTをカミングアウトしている友人でタレントの深海ちゃんと某イタリアンレストランに入った時のこと。私たちの隣の席の壁に巨大なゴキブリが登場し、カップルが騒ぎだした。女性は本当にゴギブリが苦手なようでキャーキャー言いながら逃げていた。お相手の年配のオジさんは「まぁこの季節仕方ないだろう」と言って店員を呼んだ。 すぐ隣に座っていたのが私たちで、深海ちゃんは咄嗟に席を立ち、ゴギブリが捕まるまで遠くで様子見。私は幼少期を田舎で過ごしたのもあり、ゴギブリは大丈夫なので静観していた。無事、店員さんがゴギブリを捕まえたので、安心して帰ってきた深海ちゃんに向かってオジさんが「男なんだからしっかりしろよ~!」店中に聞こえそうな声で言った。 深海ちゃんは「ジェンダーレス」という言葉がぴったりな人間である。空間把握能力が高かったり、地図が読めたりと、男性っぽいと言われるところもあるし、共感力・コミュニケーション力に長けていたり、マルチタスクだったり、繊細だったりと女性っぽいと表現される面もある。スポーツ観戦も興味がないし、汗臭い体育会系の男の絆みたいなのもダメなので深海ちゃんの脳はジェンダーレスとは言え9:1で女子だと思う(私が分析)。 にもかかわらず「男なんだからしっかりしろ」と全く知らない人に言われる現実。多分隣にいた女の私がゴギブリに動揺してないというのに「一目散に逃げた男は情けない」っていう評価なのだろう。もしかしたら、こんなことはLGBT当事者にとってただの日常茶飯事。ちょっと勘違いされた、ちょっとウザい出来事でしかない。でもこれが頻発したり、人生の重要な場面でも起きたらどうだろう。ことある事に「男は男らしく」「男を好きになるなんて気持ち悪い」「男のくせに」……言われ続けると心は少しずつ壊れてくかもしれない。理解しない社会に絶望し、自殺を選ぶLGBT当事者は後を絶たない。

子どもの居場所はほとんどが家庭と学校と「のみ」 話を学生に戻そう。そもそも学生の頃というのは特に人生の選択肢が見えていないことが多いい時期だ。子どもの頃は人間の居場所がほとんど「家庭」と「学校」に限定されていて、その「限定されていることのリスク」は無限大だと思う。何故なら人間の居場所は大人になると結構増えるし、増やせる。家庭や学校の他に、近所、ふるさと、街の溜まり場、雀荘、ゴルフ場、サークルやバイト先、海や山といった自然、趣味のコミュニティ、挙げるとキリがない。それが子どもとなった瞬間にほぼ「家庭と学校」に限定されてしまう。逃げ込める「お婆ちゃんの家」や近所のコミュニティも最近はぐんと減ってしまった。

そんな選択肢の少ない状況で、同調圧力をまあまあ感じさせられる「学校」という場所に行けなくなった時、子どもは追い込まれる。親にも先生にも「学校に行きなさい」と追い立てられ、自分を責めてしまうだろう。 でも良く考えてみて欲しい。学校ってそんなに精神を殺してまで行くほどの場所? 人間学びたいタイミングや学ぶ方法は人それぞれだとしたら、精神を壊してまで学校に行かなきゃいけないなんて、そんなわけない。LGBTの子どもが性別を偽って、その辛さに耐えられず自死を選んでしまうほど、学校は偉くないしすごくもない。小学生や中学生が学校に行かなくても、学ぶ方法なんていくらでもあるのだ。また自分のタイミングで学校に行きたくなったら行けば良いだけ。 そして、自分のタイミング、自分で選んだ方法で学ぶ方がずっと頭に入ってくる。これはハタチで高校を卒業した筆者が身をもって体験した「事実」でもある。私にとって学ぶタイミングは中学生でも高校生でもなかった。大人になる一歩手前の18才から私は突然机に向かった。それでも全米有数の大学に入学することが出来た(それまではいつも嫌々向かっていた、よって成績も悪かったし、何にも頭に入って来なかった)。

3人の養子と3人の実子と6人の子を育てているアンジェリーナ・ジョリー。年齢も様々で家族で海外を飛び回っているので、子どもの学校はどうしているのだろうと思っていた人は多いはず Photo by Getty Images 欧米で増えている「ホームスクール」 欧米では学校の選択肢もどんどん変わってきている。「ホームスクール」と言って親が独自に選んだ先生を家に招いて教えてもらうスタイルも増えた。特に不登校というわけでなくても、公教育や団体授業に疑問を感じ、わざわざホームスクールを選択する家庭もある。ハリウッドセレブのアンジェリーナジョリーが大家族を帯同して世界中を移動し、ホームスクールの家庭教師を帯同していたのが話題になった。最近は一般家庭でもホームスクールが選択肢に入るようになった。

米国ではオンラインスクールもその地位を確立しつつある。カリフォルニア州に住む友人のアメリカ人夫妻も「長男は団体授業だと良さを伸ばせない」と気づき、昨年からオンラインスクールに切り替えたそう。 また、オルタナティブスクールと言って大学のように取りたい授業のみ参加し(この場合もオンラインで参加が可能なクラスも多い)単位を取る高校も市民権を得てきている。 オンラインスクールもホームスクールも自分のペースで学べるところが魅力なのだろうと思う。死ぬぐらいなら学校なんて行かなくていい。 不登校? 良い意思表示じゃないですか。一旦同調圧力から離れて、自分の頭で考える時間欲しいのだろう、めちゃめちゃ理解する。ゲームで言う「ちょっとタイム!」ってやつだ。 不登校になるのは「考えて感じている」から ちなみに個人的な意見として「不登校」になる子どもはキラリと輝くものを持っている子どもが多いと思っている。彼らは色々考え、感じるからこそ不登校になるのだ。もしかしたらアーティスト気質で人より繊細なのかもしれないし、何か特別な才能があってみんなと同じタイミングの一斉授業、一斉解散が苦手なのかもしれない。LGBTなどを理由に生き辛さを抱えている子どもかもしれない。

団体授業や団体行動が苦手ということは平凡でない才能を持っている可能性も高いし、何よりも「考えている」からこそ不登校になるのだと思う。何も考えずに団体に適応出来ることは、ただの「優秀な凡人」かもしれなくて、正直これからの時代ただの凡人はそんなにバリューがない。ただの凡人がコツコツとこなしてきた数々の仕事はAIに奪われつつある。今、学校で優等生のあなた、人生とは時代との睨めっこです。大人になった時、もしかしたら世界はあなたを求めてないかもしれない。 子どもの頃から沢山考えて、感じて、大きな団体に所属することに違和感を抱くぐらいでちょうどいい時代は確実に来ている。優秀な凡人より、これでもかというほど個性的な人や、もの、アイディアが切望されているのだ。 「不登校」に悩んでいる人がいたら、ぜひ発想を変えてみてお伝えください。ポイントは3つ。 ①人生は80年、勉強なんていつやってもいい ②学校はそんなに偉くない ③不登校になるような子には団体調和の中では見落とされた才能があるのかもしれない。

「学校に行かないと友達が出来ないのでは? 社会性が学べないのではないか?」とよくご質問いただくが、友達なんて作りたければどんな環境でも作れる。特に今はネットの時代だ。オンラインで知り合ってリアルで会うようになった友達がいてもいいし、オンラインでしか話さない友達がいてもいい。 少し前の世代は社会=リアルonly だった。なのでネットは怖い、ネットで知り合う友達なんてダメ、ネットなんて本当の自分じゃない……etc、沢山の批判があった。でもよく考えてみて欲しい。前出のLGBTの学生さんは、きっとリアルの世界に身を置いて、本当の自分じゃない自分を演じ、闘い続けてきたはずだ。そしてカミングアウトをキッカケに力尽きて死んでしまう。リアルだって十分恐いのだ。

死ぬぐらいなら学校なんて行かなくていいし、死ぬぐらいなら一生ネットの住民として生きても別にいい。選択肢は確実に広がっている。もし自分の子どもが「学校に行きたくない」と言い出したら「お、いいね! じゃ何しようか」って言える自信がある。そしてもし「何もしたくない、ダラダラしたい」って言われたら、それも良し。愛をもって静観する。子どもの「ダラダラ」は大人の引きこもりとは違って、何かのサインかもしれないということだ。 親には言えなくても、学校でイジメにあってるのかも知れないし、もしかしたら今はダラダラしてエネルギーを溜めたい時期なのかも知れない。将来に葛藤のあるモラトリアム期なのかもしれない。もしくは「ただのサボり」でもなんでもいい、人生をデザインするのは子ども本人なのだ。 小学校から不登校でも、親に見守られながら自らの希望で大学に行き、いま自立している30代や、高校時代の不登校を経て中退、アルバイトをしていたが一念発起して学び、大手企業に就職した20代など、実は「元不登校」だった優秀な人を多く知っている。共に、親が無理をさせず、でも「あなたが大切だ」と見守ってきたことが共通点だ。 きっと子どもはダラダラした後に何かしたくなる、学びたくなる、焦り始めるかもしれない。それを親は少し離れたところで見守りつつ、子どもが動き出すのを焦らずに待ってても良いと思う。人生は長い、そして学校はそんな言うほど偉くないし、デフォルトでもない。地球がインターネットで狭くなった時代、学ぶ環境を作る選択肢も、学ぶタイミングを選ぶ選択肢も、無限大なのだ。


    • 注)一橋大学アウティング事件とは、2015年4月に一橋大学法科大学院において同性愛の恋愛感情を告白した相手による暴露(アウティング)をきっかけとしてゲイの学生が投身自殺したとされる事件。翌2016年に死亡した学生の遺族が相手側の学生と大学の責任を追及して損害賠償を求める民事訴訟を起こして広く報道されるようになった。

川村 真木子 〔2019年10/8(火) 現代ビジネス〕

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不登校YouTuber「ゆたぼん」と作家「太宰治」 不登校YouTuber「ゆたぼん」と作家「太宰治」 SNSで話題の核心部分とは? 太宰治(八雲書店『太宰治全集 第1巻 (晩年)』(1948年刊)/Wikimedia Commons) 勉強の必要性とは 「ゆたぼん」というYouTuberをご存知だろうか。2008年12月生まれの10歳。「少年革命家」を名乗って「不登校の自由」を主張している。この男児と作家の太宰治(1909~1948)に意外な接点が生まれ、SNS上で話題になっている。

まず、ゆたぼんとは何者なのか、の説明から始めよう。ITジャーナリスト・高橋暁子氏が、東洋経済ONLINE(5月18日)に執筆した署名記事「YouTuber目指す大半の子が知らない厳しい現実 不登校YouTuber・ゆたぼんの明日はどっちだ」の冒頭部分は、次のような記述になっている。 《不登校の小学生YouTuber「少年革命家ゆたぼん」が話題だ。現在10歳の彼が不登校になったのは、大阪に住んでいた小学3年生の頃。宿題を強制する学校に疑問をいだき、「まわりの子がロボットに見えた」ためだという。 ゆたぼんさんは動画内で、「学校に行くな」「ロボットになるな」という過激な発言を繰り返している。それに対して、不登校の理由がいじめなどではなく「宿題がやりたくなかった」という理由であること、それにもかかわらず「不登校の子に勇気を与える」と発言していることなどから、批判コメントが殺到している》 ゆたぼんが「不登校は不幸じゃない」、「学校に行かなくていい」と主張する背景の1つに、学校での学習に対する不信感があるようだ。 ネットメディアの「AbemaTIMES」は7月10日、「『批判は気にしてへん』“不登校YouTuberゆたぼん”は今?  父・幸也さん『一つの生き方、ということで見守って』」の記事を配信した。 AbemaTVのニュース番組「AbemaPRIME」(月~金・21:00)が8日に放送した番組を元にしたものだ。この記事の中で、ゆたぼんが学校教育への不信感を吐露している部分を引用させていただく。 《不登校になって1年。両親は生活環境を変えるため、家族で沖縄への移住を決断。それでもゆたぼんくんは学校へ行くという道を選ばなかった。「算数やってみ、ってなったら電卓で調べたらいいだけやし、漢字はググったらいいだけやろ。書くことだけが勉強じゃない。こうやって話すのも勉強やから」》 ゆたぼんはYouTubeで翌11日にも、「【学校行かんでもググればいい】考える! 調べる! 人に聞く!」をアップし、同じ主張を繰り返している。2分過ぎの発言を再録させていただく。 《今はスマホに電卓があるから計算したら分かるし、分からない漢字があるなら、ググったらいい。ググったらすぐ分かる。で、今はSiriがおるから、訊いたらめっちゃ早い》 こうした発言は反響を呼んだ。そしてSNSで批判的な言及が多かったのは事実だ。とはいえ、相手は10歳の子供だ。「ゆたぼんの父親が、どこまで息子に言わせているか」も議論になるなど、批判側も悩みながらの発言が目立った。

なぜ人生に勉強は必要なのか――、70年前の太宰治が熱弁をふるう「正義と微笑」(本書収録)『パンドラの匣』太宰治[著]新潮社 太宰が「ゆたぼん」を“論破”と話題 話を戻せば、「なぜ勉強をしなければならないのか」という根源的な問いに答えるのは意外に難しい。Twitterでは、多数のユーザーが様々な角度から「勉強の必要性」を主張したのだが、そこに登場したのが太宰治だった。

今年の夏、ゆたぼんがAbemaPRIMEの取材に答える写真と、太宰治の小説『正義と微笑』の文庫版・19ページを写した写真が並び、「少年革命家がいま話題になってるけど例の発言に大して太宰治が時を越えて論破してるから流石だなぁって」(原文ママ)とのツイートで発信されたのだ。 太宰の出典を正確に言えば、元本は新潮文庫の『パンドラの匣』。これには『正義と微笑』と『パンドラの匣』の2本の長編小説が収録されている。 写真で紹介された『正義と微笑』だが、そもそもどんな小説なのか、新潮文庫版に収められた文芸評論家の奥野健男(1926~1997)の解説から引用しよう。 《太宰治の許に出入りし、小説の指導を受けていた文学仲間であり弟子であった堤重久氏の弟の、堤康久氏の昭和十年前後の十六歳から十七歳にかけての日記を元にした小説である(堤康久氏は当時中村文吾の芸名で前進座の若手俳優であり、戦後は『正義と微笑』の芹川進の芸名で演劇活動を続けている)。太宰は「あとがき」で、「『正義と微笑』は青年歌舞伎俳優T君の少年時代の日記帳を読ませていただき、それに依って得た作者の幻想を、自由に書き綴った小説である」と述べている》

《どこまで堤康久氏の日記によったのか、どこから作者の想像によるフィクションかは、堤氏の日記と照合しなくてはわからないが、堤氏の日記に書かれた事実を借りながら、主人公の心情や思想の殆どは太宰治の創作であろうと想像できる。なぜなら主人公、芹川進の心情は余りに太宰治的であるからだ。しかし同時に昭和十年頃の旧制中学生、大学予科生の風俗と言動を実に巧みに日記から再現している。戦前も今日も、全く同じように受験勉強に苦しみ、愚劣な教師や友人や運動部の先輩などに悩まされ、嫌悪しながら傷ついている。読んでいて、どうして、今日も昔も学校というものは、愚かなまま変わらないのだろうと溜息が出て来るほどだ》

『正義と微笑』が描いた世界は、ゆたぼんが提示した不登校というテーマと、実はそれほど遠いものではないことが分かる。主人公の芹川進は不登校にこそなっていないが、学校という場所に疑問を抱いている。 Twitterで紹介された『正義と微笑』の一節は、具体的には《去年わかれた黒田先生》の発言だ。英語教師で、主人公は《利巧だった。男らしく、きびきびしていた。中学校全体の尊敬の的だったと言ってもいいだろう》と評している。 この黒田先生が、主人公を含むクラスの全員に別れを告げるシーンがある。「クビになる前に、俺のほうから、よした。きょう、この時間だけで、おしまいなんだ。もう君たちとは逢えねえかも知れないけど、お互いに、これからうんと勉強しよう」と呼びかけるのだが、ここで“勉強の重要性”が語られる。一部をご紹介しよう。

《勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。何も自分の知識を誇る必要はない》 太宰も丸暗記は否定的 普通、学校における勉強が批判されたり、不評を買ったりする原因として、「実生活には全く役に立たない無数の知識を、無理矢理に暗記させられても意味がない」と説明されることがある。 詰め込み教育の弊害、というわけだが、この黒田先生の面白いところは、「日常の生活に直接役に立たないような勉強」こそ、私たちの人格を完成させると断言しているところだろう。 ちなみに別の部分で、黒田先生は「覚えるということが大事」なのではない、とも説明している。丸暗記に意味がないことは、太宰も承知なのだ。 最終的に黒田先生=太宰は、どういう論理展開で勉強の重要性を説いたのかは、実際に文庫を読んでいただくとして、こうして黒田先生は学校を去っていった。そして彼の言葉を紹介したTwitterは反響を呼び、10月1日現在で30万件を超える「いいね」と、10万回を超えるリツイートが記録されたのだ。 感想を述べたツイートも多数、投稿された。その一部を、デイリー新潮の表記法に合わせて、いくつかご紹介させていただく。 《アインシュタインも「教育とは、学校で習ったすべてのことを忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう。」(Education is what remains after one has forgotten what one has learned in school.)と言ったとか》

《勉強すると言う体験を大事にしてほしい。その中で心に残った何かが将来の仕事や趣味に繋がるかもだし、その経験が将来の精神の強さに繋がる》 《高齢の先輩方が後悔している事の一位が勉強です。時代の影響で十分勉強出来なかった状況の世代が勉強したいと願っている。勉強に集中できる世代は存分に勉強して遊んでください。私も中学くらいからもっかい学べるなら学びたいこと沢山あるし。遅くないから今でも毎日勉強》 《こんな勉強 意味あるの? 学校なんて意味あるの? と疑問に思いながら暮らして大人になった。結果、今思うのは 意味のない勉強など1つもなかったと言うこと。そして.…すべき勉強から逃げた分は、社会人になってから必要となりw 勉強し直してますね》 無理矢理でも学校へ行く必要があるのかないのか、この点で議論が起こるのは仕方ないだろう。だが、国語、算数、理科、社会、図工、音楽、体育――という勉強、学ぶことから逃げてはいけないようだ。

週刊新潮WEB取材班 2019年10月8日 掲載 新潮社 〔2019年10/8(火) デイリー新潮〕

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性暴力被害 性暴力被害、10代以下、20代が圧倒的多く 被害打ち明けられず10歳で出産も 医師「自分守る大切さ教えて」 性暴力被害者への支援を話し合った県医師会主催の懇談会=9月28日、那覇市のダブルツリーbyヒルトン那覇首里城 性暴力被害者の支援を考える懇談会が9月28日、沖縄県那覇市のダブルツリーbyヒルトン那覇首里城であり、被害者支援に関わる医師らが、特に多い若年被害者の心理を踏まえた支援の在り方や、県の性暴力被害者ワンストップ支援センターの実情を報告した。県医師会が主催した。 基調講演では、武蔵野大学人間科学部長で日本トラウマティック・ストレス学会理事の小西聖子さんが、ワンストップ支援センターと連携して被害者の外来診療を行う精神科医の立場から「周囲のサポートがあれば、被害後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)になりにくい」と寄り添う人の重要性を強調した。

続いて県産婦人科医会理事で県立中部病院の橋口幹夫副院長が、今年8月に病院拠点型として開設されたワンストップ支援センターについて報告した。病院拠点型では医療と心理、両方の支援を1カ所で行うことができ、県センターでは24時間365日の対応を実現させた。橋口氏はセンターの相談体制や、警察などへの同行支援、被害者の診察料が助成される制度などを説明した。 センターは実証事業として2014年から相談を受けてきた。その実績と、中部病院での性暴力被害の診療から橋口氏は「当初成人の被害を想定していたが、10代以下から20代が圧倒的に多い」と子ども・若者への被害を問題視。「年齢が低いほど被害を打ち明けるのが遅れ、10歳が出産した事例もある」と将来への影響の大きさを指摘した。 被害後72時間以内は緊急避妊薬で妊娠を防ぐことができる。実際には受診までに数年、数十年かかる人も多い中、会場からは「72時間をどう周知できるか」との質問もあった。橋口氏は「自分の身を守る大切さを教育現場で、赤信号を渡らないのと同じレベルで教える必要がある」と答えた。 被害者が被害を言い出せないことに対し、小西氏は「社会が被害者への偏見をなくし、被害者が被害を相談することが悪循環を断ち切る一つ」と訴えた。

<基調講演>小西聖子氏 実情知り、寄り添って 東京都のワンストップセンターと連携し精神科の外来診療をしている。患者はほぼ全員が性暴力被害者。PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症している人が多く、被害に遭いやすいのは若い人だ。被害女性30人に聞くと約3割は過去にも性被害歴があった。

典型例を紹介する。キャバクラで働く18歳女性が仕事帰りに客に強引にタクシーに乗せられ、宿でナイフで脅されて強姦された。彼女は家庭に居場所がなく成績は不振、いじめを受けて小学校高学年から不登校。中学では家出を繰り返し、15歳ほどで暴力団に近い無職男性と同居した。DVがあり、キャバクラで働いて生活を支えていた。 虐待、いじめ、教育の剥奪と多くの被害を受ける中で優しくしてくれる人を求めて危険な場所に行き、性暴力被害に遭う。しかしこのような被害者は「どうでもいい」と何事もなかったように回避的に考えるくせがある。何でもないように見えるため、非行としてしか捉えられず誤解される。そこに若年被害者の難しさがある。体罰のように、子どもへの暴力は大したことがないと見なす風潮も、若年者の被害につながる。 子どもへの性暴力被害・加害は身近で起きている。減らすためには、まず実情を知ってほしい。よくないことをしている人にも事情がある。子どもの自己評価を高め、危険な場所にいる子どもを減らさなければならない。被害者には孤立が一番よくない。専門性がなくてもそばでその人のことを一緒に考える人が必要だ。 琉球新報社 〔2019年10/8(火) 琉球新報〕

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児童養護施設 親と一緒に暮らせないという現実。児童養護施設で暮らす子どもたち 「児童養護施設」と呼ばれる福祉施設で暮らしている子どもたちが実際にどのような生活をしていて、家庭で育つ場合とどこが違うのか。また、それによって生じる問題と、今後どういう方向に進んでいくべきかについても考察していく。(『インターネット赤ちゃんポストが日本を救う』著:阪口源太、えらいてんちょう)

■児童養護施設とはどんなところか この章では、「児童養護施設」と呼ばれる福祉施設で暮らしている子どもたちが実際にどのような生活をしていて、家庭で育つ場合とどこが違うのかをご紹介します。また、それによって生じる問題と、今後どういう方向に進んでいくべきかについても考察していきます。

児童福祉法第41条によれば、「児童養護施設は、保護者のない児童、虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設とする」とされています。 入所の際には、児童相談所の所長の判断で都道府県知事が入所措置を決定する仕組みになっています。後ほど改めて紹介しますが、入所にあたっては「児童相談所の所長」の権限が大きく影響することになります。 施設は近年、児童福祉法が改正され家庭的養護が推進されていることから小規模化の傾向が進んでいます。厚生労働省が平成29年に発表した資料(社会的養護の現状について〈参考資料〉)によると、平成20年から24年にかけて大舎が減り、中舎、小舎が大きく増えており実際に家庭的な環境が重視されてい ることがわかります。

「児童養護施設」と聞くと、保育園や学校のような建物をイメージする人が多いのではないでしょうか。実際に、私も施設を訪れるまではその ようなイメージを持っていました。 建物に入ると、多くの場合は長い廊下に大きめの階段、図書室などの共用スペースなど、まさしく私たちが子どもの頃に通った学校が思い出される空間が広がっています。 しかし各部屋のドアを開けると、そこには教室ではなく、フローリングのリビングやキッチン、寝室、お風呂、洗面所……すなわち「家」の世界が広がっています。アットホームな雰囲気で、子どもたちが寛いで過ごせる環境であることが、非常に印象的でした。

毎日の食事は調理師や職員の方が作り、みんなが座れるテーブルで料理を囲んで食べます。 予定があって帰りが遅くなる子どももいますし、そのあたりも普通の家庭と変わりません。 寝る時には、小さい子どもたちは一緒の部屋でみんなで寝ます。ある程度大きくなってからは、個室が用意されるケースが多いようです。 朝は学校に行き、授業を受けて部活に出て、帰ってくる。食事をしてからは、どのチャンネルにするか話し合いつつテレビを観たり、部屋で自分の時間を過ごしたりして、お風呂や洗濯をした後、就寝します。 そこで営まれているのは、一見すると普通の「家」とほとんど変わらないような一日です。 ここまでは、児童養護施設での生活も家庭と変わらないように見えます。 しかし決定的な違いは、一緒に生活する人々の立場です。一緒に生活する大人は自分の「親」ではなく、一緒に生活する子どもたちは「兄弟姉妹」ではありません。 施設では多くの場合、年齢層などに応じて子どもたちをいくつかの「家」に分けます。そしてひとつの「家」を、複数の職員で担当することになります。

職員の方も24時間365日「家」にいるわけではなく、子どもを見る時間を宿直などで分担します。職員の方にも、自分の家庭があります。現実問題として施設の子どもたちの親そのものではない。これだけはどうにもできません。 ひとつの家にはだいたい5人くらいの子どもが住んでいます。その中には、場合によっては血のつながった兄弟がいる場合もありますが、基本的にはみんな別々の両親のもとで生まれ、施設に預けられた子どもたちです。 私が直接お会いした職員の方が共通して大切にされていたのが、「子どもと一対一で過ごす時間」でした。ある職員の方は、「毎日寝る前に30分、子どもたち一人一人と個別の時間を取り、ゆったりとその日にあったことなどを聞く時間をとるようにしている」 と話していました。

「施設を18歳で出るまでの間に、担当職員が変わることは出来るだけ避けたい。大人になって遊びに来た時にも、戻ってきた温かさを感じてもらいたいという気持ちから、出来るだけ長い年月、施設に勤めたいと思っている」 と語って下さった職員の方もいました。このように子どもたちの生活、成長を最優先に考える仕事への態度には胸を打たれます。 子どもたちが寝るまで彼らを見守り、その後も翌日のために準備をする。短い睡眠を取り、翌日も早朝から子どもたちを支え続ける。なかには施設に住み込みで職務に従事されているケースもあります。間違いなく、負担が大きい業務です。 しかしそれでも、「親」になることはできません。

第1章でも触れましたが、なかには愛着障害に陥ってしまう子どももいます。ここでの「愛着」とは私たちが普段使うものとは異なり、心理学の用語として人間や動物同士の情緒的な結びつきを指し示しています。そのような結びつきを親と形成することができなかった場合には、後々社会に出た時に対人関係や精神面でつらい思いを経験するケースも多くあります。彼らは、人見知りが激しくなってしまったり、新しい場所や環境になかなか適応できない傾向も強く、不登校になる例も多いそうです。 これらすべてが親の不在によるものとは言えませんが、ひとつの要因になっている可能性があります。 愛着の基盤をつくっていくことはとても難しい作業だと言われています。幼少期に必要なものは、やはり親という不動の存在が与える安心感なのです。 もちろん親も24時間365日子どもを見てあげられるわけではありませんが、「帰ってきた時にいつも同じ人が待っていてくれる」「自分にはいつもこの人がついていてくれる」という安心感は、どうしても施設では養いきれないものでしょう。

不動の存在を求めているのに、相手がどうしても動いてしまう。そういった経験を重ねると、子どもは次第に諦めていくのだそうです。求めること自体が徐々になくなることは、成長してからの自己肯定感の低さに直結します。 自分だけを見てくれる、自分の話になんでも耳を傾けてくれる、何よりも自分を愛してくれる、親という存在がどれだけ大きいものか。当たり前のように親に育てられた私も含む多くの人にとって、この不在はなかなか想像がつきにくいものだと思います。 また「親子」は、ひとつの人間関係です。子どもは親元で成長することで、生まれてはじめての人間関係を学んでいくのです。 子どもにとって親は、安心感を与えてくれる存在であると同時に、育つ過程で接する一人の「人間」です。一人の人間ですから当然、「オフ」の状態もありますし、時には「疲れた」と横になることもあります。悲しいこともあれば悩むこともある。子どもはそうやって、いろんな感情と共に生きている「人間の姿」を実際に目にしながら成長していくものだと思います。

その点、施設の子どもたちが接する職員の方は、常に「仕事」中です。子どもと接するときもプライベートな時間ではなく、あくまでも仕事として行動しています。常に「オン」の状態でいなければなりません。 ですからその辺りの機微は、施設ではどうしても養いづらい点だといえます。 漫画:にしかわ たく 〔2019年10/8(火) BEST TIMES〕

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教育革命 いま、求められている新しい教育 現場で起きている「革命」を追う いま、社会には「生きづらさ」が蔓延している。技術の革新の陰で、一億総中流と言われていた日本に格差が広がり、子どもの7人に1人が相対的貧困となった。「落ちこぼれ」は自己責任だと言われるようになった。マイノリティが生きづらく、差別が蔓延する世の中になってしまった。 子どもたちをも「生きづらさ」が取り巻いている。不登校、引きこもり、いじめ、無気力、虐待、貧困、発達障害......子どもたちを巻き込むさまざまな事件も紐解いていくと教育と切り離すことはできない。 どれも当事者だけの問題ではない。このような社会をつくってきた「これまでの教育」とは何だったのか。子どもの貧困は子どもの責任ではない。大人の貧困である。社会の貧困である。それぞれ異なる問題のように語られることも、その背後には共通する問題がある。 社会問題はすべての人にとって「他人ごとではない」ことを改めて捉え直すべきときが来ている。これからの未来を支える子どもたちの教育環境を提供する大人こそが、学び直しの時代に差し掛かっていることに気づかなければならない。 社会を取り巻く「生きづらさ」の正体

私は、これまで15年以上にわたり、編集・ライターとして乳幼児の子育てや教育をテーマに雑誌や書籍、web、テレビ番組などさまざまなメディアの制作に携わってきた。多くの教育現場に足を運び、子育て中の保護者たちのリアルな声、保育士や教員の声を数多く聞く機会を得た。妊娠期からの切れ目のない支援として注目されているネウボラや、母子の健康をサポートする日本各地の保健師の取材も行なっている。 現在は、東京都下のある自治体の「子ども・子育て会議」に市民委員として参加し、教育委員会では家庭教育支援のためのワークシートを幼児から中学生の保護者に向けて作成している。2017年には保育士の資格を取得。いまも月に数回は子育て相談の現場で多くの保護者の悩みに耳を傾けている。 それぞれの現場で感じるのは、旧来の日本の学校教育を受けて大人になった親や教員たちこそが、偏差値や学歴という古い価値観から逃れられず、一方で「先の見えない未来に対してどのように子育てや教育をすればいいのかがわからない」という不安に悩まされているということである。 20世紀型の教育ではいけないと薄々は気づいている。そして焦ってはいるものの、次に進むべき道がわからない。「何もしないと大切なお子さまが周囲から遅れを取ってしまいますよ」と進学塾に脅されながら、霧の中で子育ての正解や幸せへの近道を探している。

本当の幸せとは何だろうか 「子育てとは何か」「人間にとって、本当の幸せとは何だろうか」、そのことを深く考えている人は意外と少ないのではないか、現代人はそのような本質的な問いについて考える余裕もなく、目の前のやらねばならないことに追い立てられているのではないか、というのが私の実感である。 それらの問いに対しても「正解」があり、赤本やガイドブックやゲームの攻略本のように必ずどこかに書いてあるもので、お金を払えば誰かが教えてくれるものだと思っている人さえいる。 学校教育で空気を読むことを強いられ、根気強く我慢してきた子どもたちが大人になると、職場の空気を読み、ママ友の空気を読み、社会の空気を読み、次第に自分が本当に求めているものがわからなくなっていく。 空気を読まない人、我慢しない人を許せない。自分がこんなに我慢しているのに、あいつはなぜ我慢しないんだと怒りを抱え込む。自分がこんなに我慢してきたのに、うちの子はなぜ我慢ができないのかと焦りはじめる。子育てをする多くの親たちは、ほかの子どもたちに遅れをとらないように、できないことがないようにと躍起になっている。 「誰よりも早く、より正確に。間違いがあってはならない。失敗してはいけない。取り返しはつかない。こぼれ落ちてはならない。子育ての正解があるはずだ」 そう信じて子育ての正解を探し続けている。得体の知れない強迫観念が大人を包み込んでいる。そのような状況では、社会はどんどん閉塞感を増していく。

学校教育を受ければ受けるほど子どもたちは「学び」の喜びを感じることができなくなる。「勉強嫌い」を量産してしまう。そして、「教育」は「学び」の本質からはどんどん遠ざかっていく。学年が上がるごとに自己肯定感は下がっている。自分に自信がなくなり、そのままの自分では社会に受け入れられないという思いが膨れがる。 「勉強は嫌い」だけど、「勉強しなければ生きていけない」というジレンマに子どもを追い込んでいる。そして、「教育」は「学び」の本質からはますます遠ざかってきたように見える。 人間にとっての本来の「学び」とは何か 人間にとっての本来の学びとはどんなものだったのだろうか。そもそも私たち人間には、未知のものへの好奇心、新しいことを知り探求する喜び、学ぶ力が備わっている。それは生きていくために必要な能力だ。子育てに関するテレビ番組で乳幼児の発達についての知見を得るほどに、私はその素晴らしい力に圧倒される。

赤ちゃんは生まれたときから自ら探索を始める。これから生きていく世界に関わり、実験を繰り返しながら自分を知り、世界を知ろうとする。乳児が触ってほしくないものに手を伸ばすのも、ティッシュペーパーを次々に引き抜くのも、絵本を本棚からすべて取り出してしまうのも、「いたずら」も「遊び」も、全ては、世界に対する探求のプロセスだ。人間は本来、自ら学ぶ生き物である。 「学びたい」という主体 日本では近代化が過度に進むまで、生まれ持った「学びへの意欲」に突き動かされて学んでいた。学びたいことがあれば自ら師を見つけ、それぞれが個人的に教えを請い、習う。そこには「学びたい」という主体があった。寺子屋がその見本だろう。 現在の学校教育のような形式が始まったのは明治維新の後である。新しい国家を作るためには近代国家に相応しい国民を権威の意図のもとに育てなければならない。 近代国家で役に立つ人材とは、「日本人」という自覚を持ち、日本のために、工場で指示通りに動くことができ、軍隊で命令のもとに規律を乱さず行動できる人間だ。朝礼や体育での「前にならえ」や「休め」の号令も、運動会での行進も、そうした訓練を学校で行なっていた名残である。

近代の学校教育は、私たちの中に組み込まれている「自ずから生まれる学びへの欲求」を大事にせず、国や企業の要請に適応させる特殊なシステムでもあった。言われたことを言われた通りに、しかも「自主的に」できる人間を量産することを社会が求めていたのである。 高度度経済成長期、オートメーション化されたラインの中や分業化されたニーズの一端を担う場では、自分の意思を持ち組織の体制に疑問を呈することは効率を下げることでしかなかったからだ。 その後、経済競争を勝ち抜ける人材を養成することが目標となってきた。このように権威が行く先を決めてくれる社会は、ある意味安定し、楽でもあった。しかし、いま、権威が行く先を見失っている。我々は、何をどのように学ぶべきかを今一度考える必要がある。 大人になって改めて知る学ぶ楽しさ

学校教育を終えて大人になり、社会に出て改めて学ぶことの楽しさに気づいた人も多いだろう。私もまさにその一人である。取材を通して未知のことに出会い、本を読み、興味を惹かれることについて自分で師を探し、自ら選んで習うのは、たとえそれが仕事につながっているとしても、自分だけの趣味だとしても、この上ない楽しみとなる。

あなたにもきっとそんな体験があるはずだ。そのときのきっかけ、そのときの実感、そこに学びの本質がある。私たちは、自分で何を学ぶかを選び、師を選ぶことができれば、自らを育て高めることができる。それはまさに、大前提として子どもたちにこそ保障しなければならない環境である。 子どもたちに必要なのは 将来のためだけにいまの自分の興味を押し殺して、苦行のように強制的に学ばされる時間は、そのひとの能力を激減させる。子どもたちに必要なのは、世界に希望を持ち、一人一人の学ぶ喜びを引き出しながら、学ぶことの楽しさを体験できる場だ。 これまで、私自身の取材現場では、乳児の子育て~幼児教育、義務教育、高等教育~生涯学習まで、さらに世代を超えた「地域での学び」にも触れる機会があった。特別支援教育、被災地の教育、オルタナティブ教育にも触れてきた。それぞれに素晴らしい視点があり、素晴らしい取り組みが行われている。しかしそれぞれは分断されていた。掲載する媒体も、重なり合うことは少ない。

これからやってくる誰も知らない未来を切り開くのは、既存の価値観で効率を求めて組み立てた、分断された教育ではない。子どもにとって必要な学びは、子ども自身が知っている。子どもたちはいつの時代も、大人より敏感に世界の変化を感じ取っている。そのことに気づいた大人たちが、あちこちで動き始めている。これまでの子育てと教育を見直し、全国各地で新しい動きがはじまりつつある。 教育とは、未来を創ることだ。今、求められている新しい教育とは何か。未来を変えていくための新しい目的地はどこか。 私たちはどこに向かっているのか。それを掴むには、教育現場で起こっている最新の動きを捉え、教育の枠を超えた社会全体、そして世界を俯瞰で見る必要がある。 このコラムでは、細かく分断されてきた世界のそれぞれを読み解き、その本質を串刺しにすることで、教育革命の最前線を紐解いていきたい。 これからを生きる子どもたちのために。 太田美由紀 〔2019年10/9(水) Forbes JAPAN〕

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イチローを超えかけたもう一人の男 「高校中退、そして単身渡米」人生のレールを外れたからこそ見えたもの ~奇跡の48年生には、イチローを超えかけたもう一人の男がいた~ アメリカへの旅立ちの日。母と 根鈴雄次(ねれいゆうじ)。中学時代からパワフルなバッティングが評判を呼び、数多の高校野球名門校の間で激しい争奪戦となった男がいる。甲子園で活躍し、プロに行く----誰もがそう信じて疑わなかった彼は、高校入学からわずか1ヶ月後の「不登校」によって“野球界の王道”からコースアウトしてしまう。引きこもり、中退、渡米、定時制高校卒業からの法大入り、そして二度目の渡米……周囲に惑わされることなく「己の声」を聴き、自分の可能性を信じて道を切り開いてきた男の半生は、私たちに何を教えてくれるのか。

※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。 ◆全てを捨て、ゼロからのスタート 「あの“更地の頃”なら、もう一回、つぶされていましたね」 不登校、引きこもり、実家の消滅。 その頃の“どん底の精神状態”なら、周囲からの雑音で再び、心が折れていたかもしれない。 「どうやったら、野球をやれるのかな。そう考えるようになっていたんです。高校の残り2年、野球ができないのも地獄。いい環境じゃなかった。僕は『自分らしく』と思ったんです」 周囲の期待に合わせる。それが、得策なのは分かる。しかし、それは「自分」ではない。 心に思い描き始めていた新たな舞台は「アメリカ」だった。 「人生、リセットしたかったんです。ゼロからやりたかったんです。僕を、誰も知らないところで野球をやりたかった。知らないところへポンと行っても、同じ年代なら、野球ならば勝負ができるだろうと」

マーク・マグワイア。ホセ・カンセコ。分厚い胸板と丸太のような腕で、バットを振り回す豪快な姿。 その時、根鈴の心に浮かんでいた理想像は、メジャーを代表する2人のホームランバッターだった。 しかし、野茂英雄が近鉄を退団してメジャーに行くのは、1995年(平成7年)のことだ。その当時、野球をするために、アメリカに行く高校生など、存在すら想定されていなかったといっても、決して大げさな表現でもない。 しかも、何のアテも、コネもないのだ。 ただ、アメリカに行けば、俺のやりたい野球があるはずだ。 そう考えた根鈴は、自ら行動を起こした。 「野球が強い学校はないですか?」 海外留学を斡旋してくれる会社に問い合わせ、紹介されたのはサンディエゴにある「サンマルコス・ハイスクール」だった。 「再出発をしたいという思いがあったんです。留学して、卒業をして、きちんとやり遂げて、その『先』を見ていました」 アメリカに留学して、野球をやる。 その決意を聞いた母は、何も言わずに貯金を切り崩し、渡航費と入学金を、根鈴に手渡してくれた。

1991年(平成3年)夏。 イチローは、名門・愛工大名電高のエースとして、愛知県大会のマウンドに立っていた。打っても、8試合で28打数18安打、打率・643、本塁打3本、17打点、13盗塁。 驚異的な数字をたたき出していた「二刀流・鈴木一朗」が率いる愛工大名電高は、県大会決勝で0-7で東邦に敗戦。イチローの高校最後の夏は、甲子園の一歩手前で終わることになった。 それでも、プロのスカウトの評価は高かった。打ってよし、走ってよし、そして、投手ゆえに肩もある。打者として「1位指名」の噂もささやかれた逸材は、11月22日のNPBドラフト会議でオリックスから4位指名を受け、プロ入りが決まった。 未来への展望が、大きく開けようとしていたその同級生とはあまりにも対照的な、根鈴の“夏の終わり”だった。 「日本の中で、一度ずれた。楽しくねえ。不登校で出遅れてしまって『アメリカに行かせてくれ』『向こうで野球がやりたい』っていうのは卑怯なんだけど、すねをかじらせてもらおうと……。あの状況では、母親も『ノー』と言えなかったでしょうからね」

根鈴は、日大藤沢高を休学して渡米、その翌年には中退した。 あいつを、何とかしてやりたかった。 その後悔の念は、根鈴が所属していた日大藤沢高校野球部の顧問であった鈴木の心から、一生消えることはない。 「3年間、あいつと一緒にやっていたら、人生が変わっていたと思うんです。僕が折れて、折れて、折れて、彼を高校野球に戻そうと試みたんです。でも、うまくいかなかった。ホントに惜しい」 その恩師が何度も差し伸べてくれた手を、根鈴は振り払った。 「今思えば、ホントに甘ちゃんですよね。あれだけ自分のことを考えてくれた監督さんだったのに……。本当に申し訳ないです」 4打数2安打1本塁打。公式戦出場なし。 何の爪痕も残せないまま、根鈴の高校野球生活は幕を閉じた。 もう一度、全力で、野球をやりたい--。 その思いを胸に抱き、たった一人で、米国へ旅立った。 〔2019年10/9(水) 本がすき。〕

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ページ名世田谷区立桜ヶ丘中学校、東京都世田谷区()
校則撤廃校長 人間関係はスクラップ&ビルドでより強固に
規格外な取り組みで話題の世田谷区桜ヶ丘中、西郷孝彦校長
校則全廃、制服・髪形自由、出たくない授業は出なくてもいい、生徒が先生を評価する――規格外な取り組みで話題となっている世田谷区立桜丘中学校。
そんな環境を実現したのが同校の校長・西郷孝彦さん(65才)だ。
近頃は、「空気を読む」ことが重視され、けんかをしたことがない生徒たちも多いという。
しかし、そういった生徒たちに対して、あえて波風を立ててみるようなこともあるという西郷さん。
「雰囲気が悪くなってけんかに発展するグループもあれば、褒められた子が“あんなことを言われてもうれしくない。
先生のことは好きじゃないし、本当はイヤ”と私を悪者にすることで、友人との関係を修復しようとするパターンもある。
みんな悩みながら自分なりの戦略を考えるんです」(西郷さん・以下同)
生徒一人ひとりに人間関係のトラブルを回避できるスキルが身につけば、いじめも起こりづらく、不登校も減少する。
同校では学年が上がり、成長するに従って、いじめは確実に減っていくという。
衝突によって自分自身を見つめ直した生徒もいる。
「同級生を殴ったり物を壊したりして居づらくなり、小学校を転々とするようないわゆる“問題児”としてわが校に入学してきた子がいました。
すぐキレるので、当然、ここでもなかなか友達ができません。
私はそのAくんがどういう時に爆発するのかを知るためにも、機会を見てはよく話しかけていました。
そうしているうちに、すっかり“友達”になったんです」
Aくんにとって、西郷さんは中学校での初めての友達だ。
「だけどある時、Aくんがほかの生徒といさかいになって暴れていたことがありました。
落ち着かせようと近づいたら、気が立っていたのか、Aくんは“友達”であるはずの私を思いっきり殴ったんです。
その事件がAくんにとってはショックだったようです。いちばんの理解者をポカッとやっちゃったわけですから」
この出来事をきっかけに、Aくんは少しずつ変わりはじめる。
「“自分はカッとなると、気持ちが抑えられず、大切な人をも傷つけてしまう傾向がある”と認識したそうです。
自分のことを客観的に見られるようになり、気持ちを制御するためにはどうしたらいいのかも考えるようになった。
その後、キレる回数は確実に減っていきました」
自ら摩擦を生み、友人との関係を見直せた生徒もいる。
「とても人気のある、友達の多い女子生徒だったのですが、そういう自分を維持するためには気がのらない時でも誘われたら断れず、悩んでいたんです。
みんなにいい顔をしながらも、陰では“これじゃあ、自分のアイデンティティーがなくなってしまう”と校長室に来ては泣いていました」
ところが2年生になったある日、彼女が突然、黒髪を茶髪に染めてきた。
真面目で優等生だったクラスメートの豹変ぶりに、周囲の友達は、驚いて一歩引いたようだった。
「こうして他人との距離が適切に取れたことによって、彼女は自分を取り戻したのだと思います。
それまでの友達との上辺だけのベタベタした関係から“独立”したわけです。
髪を染めたのはある意味、彼女なりの“独立宣言”だったのでしょう」
人間関係の“スクラップ&ビルド”は、より強固な関係につながるという。
「波風が立たず、ずっと仲よしでいるよりも、一時的にもめたとしても、本音を言い合ってそれを乗り越えた方が、さらに深い関係が築ける。
裏を返せば、けんかや言い合いをせず、ずっと仲よしでいるのは表面だけのつきあいなのかもしれない。
いったん破綻した後に関係の修復ができれば、もっと仲よくなれるケースが多いのです。
本当に好きな人、自分が仲よくしたい人であれば、何としてでも修復したいと思うものだし、けんかで相手の本音を知ったことで、相手をより深く理解できるからです」
うまく衝突できずに本音をため込んだ結果、一度のけんかで最悪のケースに発展することもある。
今年7月、埼玉県所沢市で中学2年生の男子生徒が同級生に刃物で刺され亡くなるという事件が起きた。
加害少年は「教科書を隠されてけんかになったから」と動機を語ったが、2人は同じクラスで部活動も一緒。周囲からは仲がよいと思われていた。
もし、お互いの本音がわかるようなけんかの仕方を知っていれば、事件は起こらなかったかもしれない。
「衝突やけんかを経て成長した生徒は“人間は必ずしも言葉と感情が一致する時ばかりではない”と身を持って理解できるようになっていきます。
例えば“バカ”と罵倒してきた同級生が“実はかまってほしいことを素直に伝えられないだけではないか”と言葉の背景にある感情を察せられるようになる。
最終的に無駄ないさかいは減っていきます」
〔2019年9/8(日) NEWS ポストセブン※女性セブン2019年9月19日号〕

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中川翔子 中川翔子 中学時代のいじめで感じた「オトナへの不信感」 Copyright (C) 2019 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved. 「『死ぬんじゃねーぞ!!』は私がライブ中にも叫ぶメッセージ。いじめに遭い、私と同じような思いをしている子どもたちに、“どうか生き延びて”と伝えたくて」 そんな願いを込め、中川翔子(34)が自身のいじめ体験を文章とイラストでつづった『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』(文藝春秋)がベストセラーとなっている。 子どものころからマンガやアニメ、ゲームが好きだった中川だが、私立中学に入学直後から、1人で絵を描いていることで「キモい」「オタク」とレッテルを貼られ、いじめが始まった。 「誰からも話しかけられず孤立して、5分、10分の休み時間をどう過ごしていいか、わからなかった」 絶えず誰かに悪口を言われ笑われている気がして、吐き気をこらえながらも、何とか学校へ通う日々。 「週末に、母と一緒にマンガを読んでダラッと過ごしたり笑ったりしているときが救いでした」 だがある日、中川の心をさらに追い込む事件が起こる。 「下校しようとしたら、私の靴箱が不自然にへこんでいたんです。ショックでした。何日かして犯人らしき子がクスクス笑っているのを見て、『泣き寝入りはイヤ』と、その子の靴箱をへこませました」 すると翌日には、中川の靴箱がさらにボコボコにされていた。 「自分が殴られたかのように傷つきました。そしてとうとうある日、靴箱から靴がなくなって。そんな“べたないじめ”に自分が遭うなんて認めたくない。でも靴はない。パニックになって必死で捜したけど見つからなかった」 靴がないと帰宅できない。もう先生に言うしかなかった。 「靴が盗まれるまでのいきさつを説明しているうちに、悔しさと悲しさで涙が止まらなくなって、先生は『じゃあこれを履いて帰りなさい』と、新品のローファーを手渡してくれました」 これでいじめっ子に先生が注意してくれるかもしれない。そう思ったのもつかの間、その先生に職員室に呼ばれ、こう告げられた。 「『中川、こないだのローファー代、早く払ってくれないかな』と。意味がまったくわからない。『盗まれた被害者がなんで? 加害者が払うべきじゃないですか!』」 すると先生は「そうかもしれないけど、ローファーは学校のものだからお金を払ってもらわないと困る」と答えたという。 「先生が気にしているのは、いじめじゃなくて経費だ。私へのいじめも、見て見ぬふりをしている。もう、ダメ。大人も信用できない。みんな、大嫌い……。1人で耐えてきた私の心が壊れる“とどめの一撃”でした」 帰宅して「学校に行きたくない」と部屋に鍵をかけてこもった中川。「義務教育だし、卒業もあと少しだし、行きなさい!」という母と、大ゲンカになったと振り返る。 「母は私の部屋のドアを蹴破って、入ってきました(笑)。今回の本の原稿を読んだ母は『こんなに悩んでいたなんて知らなかった。知っていたら学校に文句を言いにいっていたのに』と」 大人はよく「つらいのは今だけ」「卒業したら楽になる」と、助け船のつもりで言葉にするが……。 「いじめで苦しんでいる子どもの耳には入りません。私は、死にたくなるくらいなら、学校には行かなくていいと思う。不登校は“逃げる”ことじゃない。自分の人生に合う道を探すことなんです」 〔2019年9/9(月) 女性自身〕


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イチローを超えかけた男 「イチローを越えかけた男」の少年時代、不登校になった高校時代 アメリカでは3Aでプレーし、イチローよりも早いメジャーデビューまであと一歩のところまで行った根鈴雄次さん。現在は『アラボーイベースボール・根鈴道場』(横浜市都筑区)であらゆる年代のプレーヤーの指導を行っている。そんな根鈴さんは、高校入学早々から四番を任されるほどの実力がありながら、なぜ野球部を辞めてアメリカに渡ったか? そこにはどのような経緯があったのでしょうか? 【前編】星稜・奥川投手のお母さんに聞いた、子育て、教育方針

■高校入学直後に監督に直談判 ――小・中学生の頃はどんな野球少年でしたか? 「小6の時に身長が170cmあって、体が大きくて速いボールを投げられたので、とにかくピッチャーでよく投げていました。今考えると明らかに投げ過ぎで、その影響で利き腕の左腕だけ今でも短いんですよ」

――当時からかなりトレーニングをされていたとうかがいましたが。 「メジャーリーガーのカンセコやマグワイアが凄いホームランを打っていたのをBS放送でよく見ていましたね。あと北斗の拳とプロレスが好きで、その三つから『体を鍛えたい!』という発想になって、ボディビルのジムに通ってトレーニングを始めました(笑)。中3の時にベンチプレスで100キロあげてました」

――当時の野球界ではまだまだウエイトの知識は広がっていない時期ですね。 「どの高校にも食事と休養が大切という考えがまだない時代で、ろくに朝食も食べずに走り込んでいたらどんどん筋肉が萎んでいくんですね。なので、入部したての1年でしたけど、監督に『朝はしっかり食べさせて欲しい』『アミノ酸を摂取させて欲しい』『練習中に水を飲まないと危険です』と直談判してましたね(笑)」

――当時から行動力がすごいですね(笑) 「でも、当時の監督さんは度量のある方で、普通は『なんだと!』ってなるところだと思いますけど、話をきちんと受け止めて、認めてくれましたね。なかなかできることではないと思います」

■不登校、留年、そして渡米 ――入学早々から4番を任せられる実力がありながら、その後は不登校になり野球の練習にも行かなくなったそうですね。 「入学してすぐの試合でホームランを打って、その後のモチベーションの維持が難しくなったり、家庭の中がゴタゴタしていたり…思春期の時期にいろんなことが重なって自律神経のバランスを崩して、学校に行けなくなったんです。野球をやりたくてもやれないという状況になりました。それで留年して、もう一度高校1年をやることになったんです」

――もう一度学校に行くようになったのは、何かきっかけがあったのですか? 「『根鈴はあのまま終わった』と思われるのが悔しいじゃないですか? なので、2回目の1年生は勉強をものすごく頑張りましたね。学年で一番にもなりましたから。それで1年後、同級生たちが3年になっていたんですけど、もう一度野球部に戻りました」

――そこから、なぜアメリカに渡られたのですか? 「野球部に復帰したんですけど、『1年以上野球をやってなかった奴をなぜ使うんだ!』とか、周囲の不満みたいなのがあるなって、何とくなくわかるじゃないですか? そういうのに疲れたんですね。それで休学して、アメリカに行くことにしたんです。どうしてもアメリカが良かったというわけではなくて、当時は日本に独立リーグもクラブチームもなかったですから、高校で野球を辞めた人間がもう一度野球を続ける道はアメリカしかなかったんです」

――英語は話せたんですか? 「アメリカに最初渡った時は何もできませんでした。でも、だんだん会話が通じるようになってくるんです。そうするとソフトボールに参加させてもらうえるようになっ¬て、しばらくすると次は野球チームの練習に行けるようになって、(少しずつ成長していく)リアルなロールプレイングゲームをしているような感じでしたね」

――ネットもない時代に英語も喋れない中で、十代の子が単身アメリカに渡るというのはかなり勇気がいることですね。 「大体の不登校になるような生徒は自分に自信が持てないことが多いと思うんですけど、自分の場合は最初のアメリカでの経験が自信になって、その後に繋がったというのはあると思いますね」 (取材・西尾典文/写真・編集部) *次回は、様々な体験をしてきた根鈴さんが少年野球の保護者や指導者に伝えたいことを伺います。 BASEBALL KING 〔2019年10/2(水) ベースボールキング〕

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イチローを超えかけた男 「叶わなかった甲子園への青写真」人生のレールを外れたからこそ見えたもの ~奇跡の48年生には、イチローを超えかけたもう一人の男がいた~ 根鈴雄次(ねれいゆうじ)。中学時代からパワフルなバッティングが評判を呼び、数多の高校野球名門校の間で激しい争奪戦となった男がいる。甲子園で活躍し、プロに行く----誰もがそう信じて疑わなかった彼は、高校入学からわずか1ヶ月後の「不登校」によって“野球界の王道”からコースアウトしてしまう。引きこもり、中退、渡米、定時制高校卒業からの法大入り、そして二度目の渡米……周囲に惑わされることなく「己の声」を聴き、自分の可能性を信じて道を切り開いてきた男の半生は、私たちに何を教えてくれるのか。

※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。 ◆“怪物”を育てた男 東京から電車を乗り継ぎ、およそ3時間。茨城県鹿嶋市は、サッカーJ1の強豪・鹿島アントラーズのホームタウンでもある。Jリーグの試合当日には、深紅のレプリカユニホームに身を包んだサポーターたちで、JR鹿島神宮の駅前はごった返すという。

「それ以外の日は、このあたり、人がいませんよ」 笑いながら、タクシーの運転手さんが明かしてくれた。 その静かな駅前から、小高い丘に向かって車で約10分。下校する生徒たちの横をすり抜けるようにして、車は鹿島学園高の正門前へと到着した。 「相当、遠かったでしょ?」

野球部監督の鈴木博識(すずきひろし)が、プレハブの部室で、温和な笑顔とともに出迎えてくれた。 1989年(平成元年)創立の同校には、2018年(平成30年)現在も甲子園の出場経験はなく、県ベスト4が最高成績だ。 決して強豪とはいえない、歴史も浅い野球部に鈴木が監督として迎えられたのは、2015年(平成27年)8月のことだった。 鈴木が築き上げてきた実績は、実に輝かしい。 1996年(平成8年)から14年間、母校・日本大学の監督として、全国大学選手権で準優勝2度。村田修一(元・横浜~巨人、現・巨人2軍打撃兼内野守備コーチ)、長野(ちょうの)久義(巨人~広島)ら、プロの世界でも一線級で活躍する選手たちを、数多く育て上げている。 1950年(昭和25年)生まれ。還暦も越えた名将が、最後の挑戦の場として選んだのは、もう一度、高校生と一緒に、甲子園という「夢」を追うことだった。 鈴木は1968年(昭和43年)夏、栃木・小山高のエースとして甲子園に出場。初戦(2回戦)の高松商戦では、8回まで1失点の好投も、同点で迎えた9回にサヨナラ負けを喫している。 日大、そして社会人の三菱自動車川崎でも活躍した後、1981年(昭和56年)から、指導者生活をスタートした。 まず青森商で5年間監督を務め、1987年(昭和62年)から日大藤沢高の監督に就任した。 赴任当時、日大藤沢には甲子園出場経験がなかった。 自分もプレーした夢の舞台に、生徒たちを立たせてやりたい。 情熱的な指導ももちろんだが、いい選手がいると聞けば、休日も惜しんで、スカウティングのために足を運んだ。 監督就任直後の、暑い夏の日のことだった。鈴木は、中3の有望な左打者を視察するため、神奈川県内のあるグラウンドに出向いた。 ところが、その選手と同じチームで一塁を守っていた体のがっちりした「別の選手」の動きに、いっぺんに心を奪われた。 「バッティングのパワー。ヘッドスピード。スイングの強烈さ。それは、すごかったですよ。この選手、いいなあと」 それが、中学2年生の根鈴だった。 シニアリーグでは、軟式ではなく、硬式のボールを使う。緑中央リトルシニア(現・横浜青葉リトルシニア)に入団した根鈴の、中1での初めてのゲーム。つまり、硬式での第1打席でいきなり、本塁打を放ったという。 根鈴は、聞こえてくる“自分への高評価”がうれしかった。 「今で言うなら、清宮(幸太郎=現・日本ハムファイターズ)君みたいに、ずぬけた体で目立っていたみたいです。パンチ力も『神奈川県で1番』と言われて、打ったら周りが『おーっ』って」 小6の時点で、すでに身長170センチ、体重85キロ。その恵まれた体格を生かした豪快なバッティングは、県内でも早々と、評判になっていた。 すごい体の中学生が、ホームランを打ちまくっている--。 根鈴に着目したのは、鈴木だけではなかった。 横浜、桐蔭学園、東海大相模。名だたる強豪校の監督や関係者が根鈴のプレーを視察に訪れた。 「ウチの学校に来てくれないか」 にわかに“怪物争奪戦”が勃発していた。 〔2019年10/3(木) 本がすき。〕


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安里駿佑 夢に向けテイクオフ 中学3年生、パイロット目指しハワイへ 1年かけて訓練 訓練を受けるため渡米することを報告した安里駿佑さん(左から2人目)と野国昌春町長(同3人目)ら=9月19日、北谷町役場 【北谷】沖縄県北谷町立桑江中学校3年の安里駿佑さん(14)は、夢であるパイロットになるための一歩を踏み出そうとしている。6日から米国ハワイ州に旅立ち、約1年かけて県内とハワイを行き来しながらグライダーの免許を取得するための訓練などを受ける。目指すは17歳で取得できるセスナ機の操縦免許だ。9月19日、北谷町役場に野国昌春町長を訪ね、抱負を語った。 米軍嘉手納基地を離着陸する米軍機が上空を飛び交う北谷町宮城に住む安里さん。幼少期から飛行機好きの父猛さん(44)に連れられて飛行機を眺めるうちに、飛行機のとりこになった。物心ついた頃から写真を撮り始め、今では音を聞いただけで機種が分かる。 一時期、不登校気味になっていた安里さんの足を学校に向かわせたのも飛行機のおかげだ。中学2年生の頃、航空ショーを見るために一人で米国へ渡り、約2カ月滞在した。異文化の生活の中で英語に興味が湧き、帰国後は「学校での勉強が楽しくなった」という。校内のスピーチコンテストに出場し、11月には英国留学に派遣される。 飛行機について学ぶ場は嘉手納基地の滑走路を見渡せる「道の駅かでな」だ。「飛行機愛好家の人たちと交流しながら、さらに知識が深まった」と話す。 安里さんが目指しているのは貨物などを輸送するプロペラ機のパイロット。「海外で働くためにもっと英語も身に付けたい」と意気込んだ。 報告を受けた野国町長は「グローバルな社会に対応できる人材育成に取り組んでいる。今後の精進に期待したい」と背中を押した。 琉球新報社 〔2019年10/3(木) 琉球新報〕

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BE KOBEミライプロジェクト BE KOBEミライプロジェクト 子ども支援団体を審査/兵庫県 兵庫県の神戸市が企業などと基金を設立し、子どもの支援を行う団体を応援する取り組みが2019年から始まり、10月3日、支援団体の審査会が行われました。 神戸市の「BE KOBEミライPROJECT」は、神戸の未来を担う子どもたちを支援しようと2019年発足。 これまでに、クラウドファンディングなどでおよそ100万円の助成金が集まっていて, 3日は、交付先を選ぶ審査会が開かれ、12の団体がそれぞれ活動内容を発表しました。 厚生労働省などによりますと、国内では、子どもの7人に1人が貧困状態にあるとされていて,地域で子どもを支える仕組みづくりが必要とされています。 審査会に参加した団体の代表は、演劇を通して不登校の子どもや悩みを抱える親の居場所を作る取り組みなどそれぞれが行っている支援についてアピールしました。 また、会場では売り上げの一部を基金に寄付する企業の紹介もされていて、商品の1つであるコーヒーなどが振る舞われました。 審査結果は、10月10日に「BE KOBEミライPROJECT」のホームページで発表されます。 〔2019年10/3(木) サンテレビ〕

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旗当番やPTAの役員会 PTA役員や旗当番「任意なのに強制」という矛盾が生む息苦しさ。回避法はある? 夏休みが終わり、旗当番やPTAの役員会などが再開して憂鬱だという保護者の方も少なくないようです。そこで今回は、「PTA活動」や「旗当番制度」の矛盾をはらんだ現状について詳しく掘り下げるほか、最後の項目では回避方法についても紹介します。 「PTA役員・子ども会役員」「旗持ち」とは? 小学生のお子さんがいる方は内容や仕組みをご存知だと思いますが、各学校によって違いがあるため、ここでは筆者の子供が通う小学校のほか、全国各地にいる友人・知人の話をもとに簡単に説明します。

旗持ち 「旗持ち当番」「立哨当番」などと呼ばれる「旗持ち」は、住まいを考慮して組み立てられた順番に、各保護者が1~2カ月に1回ぐらいのペースで決められた場所に立哨する仕組み。また、立哨の代わりに、子供たちの集団登校を当番制で見守る学校もある。

PTA役員 クラス全員の保護者が、6つほどの部から希望する部を選択し、それぞれの部から代表が選出され、さらにその代表の中から部長や副部長が選ばれる仕組み。部によって内容が異なり、他校との球技大会(参加者は保護者のみ)の開催や夏休みに上映する映画のチケットを参観日に販売したり、ヨガや料理教室を開催して参加を募ったりする。

子ども会役員 旗当番の表を子ども会の保護者に、クリスマスのお菓子や年度が変わる前には図書券を子ども会の子供たちに配布する。 廃品回収をして子ども会費につなげるなどの活動を行ったり、夏休みのラジオ体操の監督を交代で行ったりする場合もある。 誰かが免除されるのを許せなくなるメカニズム そもそも、PTA役員や旗持ち当番は「ボランティア」なので、強制されるものではありません。にもかかわらず、学校から配布されるPTA役員の用紙には「必ずどこかの役員に所属する」ように記され、PTAが運営する毎朝の旗当番や子ども会の役員選出についても「断る」という選択肢がないケースが多いようです。 そのため、たとえ仕事や家庭の都合、親の介護、子供の不登校といった事情であっても、誰かが役員や旗当番を免除されると周囲の人たちは納得がいかないという状況に陥ってしまうようです。 これは、誰かが免除されると残っている人たちの負担が増え、「しんどくても私はやっているのに」「ずるい」という気持ちが芽生えてしまうことが原因と言えるでしょう。こういった状況や感情が、PTA役員や旗持ちについて「誰かが免除されるのを許せなくなるメカニズム」を作り出していると言えます。

「ボランティアなのに強制」という矛盾 子供が小学校に入学してまもなく、「子ども会は任意団体なので入るか入らないかは自由ですが、役員に当たった場合はやってもらわないといけなくなるんです。それから旗当番は、子ども会とは違うPTA団体が管理しているので、こちらもやってもらうことになります」というような説明を受けた人も多いのではないでしょうか?  「子ども会は任意で入会するかどうかを決めることができるのに、その子ども会の役員については強制で持ち回り」ということは、事実上、子ども会への加入は任意ではなく強制されていることになります。 子ども会への加入が任意なのであれば、子ども会に入会しなかった人が役員をするのはおかしな話です。また、PTA団体への加入についても任意であるならば、PTAが運営する旗当番については辞退することができるはずです。

さらには、個人情報の開示に同意をしていない住所や氏名が、学校から勝手に子ども会に伝えられていることも不思議な現象と言えます。 「1人だけ免除して今後どうするつもり?」「責任は取れるの?」 では次に、そもそもはボランティアなのだから辞退をするのも自由なはずのPTA役員や旗持ち当番が、なぜ強制的な状態のまま存続しているのかについて考えていきましょう。現状は次のような状態が少なくないのではないかと思われます。

・子ども会の説明を受けたときに「役員や旗当番についても辞退が可能なはず」だと伝えても、「役員や旗当番は避けられないので絶対にやってもらうことになります」の一点張り。

・子ども会の会長さんに連絡をしても、「私の一存では決められないので…」と言葉を濁す返事のみ。

・学校に訴えても、「PTAは保護者の方たちが任意で活動している団体なので、学校が口を挟むことはできないんです」と言われてしまう。

では、仕事や家庭の都合、親の介護、子供の不登校といった事情で役員や旗当番が難しい場合、どこに訴えればよいのでしょうか?  上記のような現実では、「辞退したい」という声を受け入れる窓口を、学校とPTAが無意識のうちに連携して潰してしまっていると言えるため、窓口を探すことは非常に困難と言えます。 誰かが1人を免除してしまうと、「1人だけ免除して今後どうするつもり?」「他の人からも免除してほしいと言われたとき責任は取れるの?」「どの家庭にも事情があるのに」などと責め立てられてしまうからです。 そして、誰もが辞退できない状況がつくりあげられた結果、現在も役員や旗持ちという制度が強制的な状態のままになってしまっているのでしょう。 本当に役員や旗当番は必要? そのメリット・デメリット ここでは、リアルタイムで子供が小学校に通っている保護者たちと、子供が以前に小学校に通っていた保護者たちの生の声をご紹介します。

 役員や旗当番のメリット  ・立哨のおかげでスクールゾーンに侵入してくる車を防いだり、不審者から子供たちを守ることにつながったりしていると思う  ・転勤族にとっては、手っ取り早く保護者の方と馴染めるチャンスになのでありがたい  ・いろいろな保護者と話せるので、学校のことなど情報交換ができる  ・親同士が仲良くしていても陰湿なイジメがある場合もあるので何とも言えないが、保護者同士のコミュニケーションの場になっていて、子供同士の輪が広がるキッカケにもなっていると思う  ・旗当番をしていると、子供の友達やほかの子供たちの様子もよくわかる

 役員や旗当番のデメリット  ・ボランティアなのに辞めることができず、不満が募る  ・PTA役員の仕事は、廃止しても特に困るようなものが思い当たらず、何のメリットがあるのかがわからない  ・保護者が立哨していることに子供たちが安心しきっていて、車への注意や危機感が薄い  ・辞めたいと感じても、たらいまわしにされてしまい、結局は卒業までやるハメになる  ・事情がある人への配慮がされにくい  ・仕事や家庭の都合を優先しにくい雰囲気  ・都合が悪いと先生に代わってもらうこともできるが、連続で続くと余計にほかの保護者に申し訳なく感じてしまう。できれば、旗当番自体から名前を削除してもらいたい  ・ほかの保護者とのコミュニケーションは参観日だけで十分。役員や旗当番をするメリットは思い浮かばない 見直されるべき役員や旗当番 上記のように、保護者同士のコミュニケーションの手段としては、役員の集まりや旗当番は重要な役割を果たしていると言えるようです。そのため、気持ちや時間に余裕があれば、こういったメリットを得るために自主的に役員や旗当番を行うというのも一つの手段だと言えるでしょう。 しかし、辞退できるにもかかわらず「辞退できないような強制的な制度」は保護者の不満を蓄積させる原因であり、事情がある人への配慮を欠いてしまうことにもなりかねません。 また、60歳以上の雇用が一般的となっている今では、両親に応援を頼むことができない家庭も多くなっているため、役員や旗当番が強制的であることは見直されるべきではないかと筆者は考えています。

下記のように、体調面や精神面での負担だけでなく、仕事や家庭の都合などで現実的に旗持ちや役員が難しいという人たちも少なくありません。  ・妊娠中や産後  ・下の子がまだ小さく、旗当番に連れて行くのも家に置いていくのも心配  ・子供が不登校になり、子供にとっても保護者にとっても立哨が辛い  ・シングル家庭で、保護者が体調を崩しがち、または子供が体調を崩しがち  ・配偶者や両親、義父母が非協力的  ・仕事上、急な出張が入る。もしくは誰かが休んだ場合は、代わりに出勤したり出張へ行ったり必要がある PTA役員や旗当番の回避方法 学校や子ども会に役員や旗当番の辞退を申し出ても受け入れてもらえないような場合は、管轄の教育委員会に相談してみましょう。事情を伝え、役員や旗当番はボランティアで本来は任意であることも念押しし、学校に役員や旗当番を辞退したいと伝えてもらうことで配慮がなされる場合が多いようです。 また、文部科学省によって来年度からスクール弁護士を全国に300人配置する準備が進んでいるため、スクール弁護士に相談してみるというのも一つの手段です。ただ、いじめや虐待から子供たちを守るための相談がメインのようですので、相談時間が長くならないよう、伝えたいことを紙にまとめておくなどの配慮が必要でしょう。 まとめ 子供たちの通っている学校に何か恩返しをしたいとは思いつつも、ボランティアでありながら強制的である役員や旗当番の制度に違和感を覚えている人も少なくありません。 こうした制度が重荷だと感じている人のことはもちろん、現状のシステムでは事情のある人への配慮を欠いてしまうと危惧している人、仕事や家庭の都合、親の介護、子供の不登校といった事情から役員や旗当番が難しいという人の意見が広く伝われば嬉しく思います。 山内 良子 〔2019年10/3(木) LIMO〕

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中川翔子 中川翔子 いじめ自殺無くすため“隣る人”の重要さ訴える Copyright (C) 2019 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved. いじめに遭い、不登校になる子どもたち。なかには自ら命を絶ってしまう子も……。私たち大人には何ができるのだろう? 中川翔子(34)が実体験を踏まえて語る。 「『死ぬんじゃねーぞ!!』は私がライブ中にも叫ぶメッセージ。いじめに遭い、私と同じような思いをしている子どもたちに、“どうか生き延びて”と伝えたくて」 そんな願いを込め、中川翔子が自身のいじめ体験を文章とイラストでつづった『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』(文藝春秋)がベストセラーとなっている。

子どものころからマンガやアニメ、ゲームが好きだった中川だが、私立中学に入学直後から、1人で絵を描いていることで「キモい」「オタク」とレッテルを貼られ、いじめが始まった。 「誰からも話しかけられず孤立して、5分、10分の休み時間をどう過ごしていいか、わからなかった」 絶えず誰かに悪口を言われ笑われている気がして、吐き気をこらえながらも、何とか学校へ通う日々。 「週末に、母と一緒にマンガを読んでダラッと過ごしたり笑ったりしているときが救いでした」 大人はよく「つらいのは今だけ」「卒業したら楽になる」と、助け船のつもりで言葉にするが……。 「いじめで苦しんでいる子どもの耳には入りません。私は、死にたくなるくらいなら、学校には行かなくていいと思う。不登校は“逃げる”ことじゃない。自分の人生に合う道を探すことなんです」

中川の母は娘のために、通信制高校を見つけてきた。 「通学も自分のペースでいい。ひきこもりの人やヤンキーもいる。世代もさまざま。いろんな人がいて、それぞれよかった」 教室で絵を描いていると「めっちゃうまいじゃん。Ayu(浜崎あゆみ)の絵を描いて」と、声をかけられたことも。 「うれしかった。その同級生とは今でも友達です。母が違う選択肢を示し、味方でいてくれた。これが何よりサポートになりました」

中川の母は、毎年貯金をはたいて、旅行にも連れていってくれた。 「小学校3年のときに父が亡くなってからは、母が1人で働いて育ててくれました。決して裕福ではないなか、16歳のときには、フロリダのディズニーワールドへ連れていってくれて……。それから10年後、ディズニー映画『塔の上のラプンツェル』('11年公開)で、私がラプンツェルの声を担当したときは、母も大喜びしてくれました。『生きててよかった~』と思いましたね」

そう思ったのには理由がある。 「じつは17歳のとき、『死にたい』という衝撃が襲ってきて、リストカットしてしまったんです。母は『バカ! なんでこんなことするのよ』と、涙を流しながら私を叱りました。父が亡くなったとき以来、初めて見た母の涙……。今も忘れられません」

その後、再び「死にたい衝動」に襲われたという中川。そのときは飼っていた猫が甘えてきて、さすっているうちに収まったという。 「『死にたい衝動』が起きたときは、まずいったん寝て、好きなものを食べたり、好きなことをしたりして、気持ちをそらしてほしい。それを繰り返して、少しずつ毎日を生き延びてほしいです」 好きなことをするーー中川の場合はマンガ、アニメ、ゲームと、“明るい遺書”のつもりで始めたブログだった。

「“好きなこと縛り”で発信していたら、そこに共感の声が届くようになり、自分の居場所になって、夢や未来をつくり出す場所にもなっていきました。私がそうだったように、つらい時代は『未来の種を見つける“さなぎの時間”』。いじめで苦しんでいる子どもには、そう伝えたい。お母さんには、そんな子どもに“隣って”あげてほしいんです」

“隣る人”とは、絶妙な距離感で子どもを見守り、寄り添い続ける人。ある児童養護施設の保育士と子どもを描いた映画のタイトルだったという。 「ただ隣に、そばにいる人。でも、いじめで傷ついた子どもの絶対的な味方。いじめはなくならないかもしれない。でもいじめで亡くなる子は、なくしたい。そのためにも“隣ってくれる”大人が必要なんです」

最後に、10代の自分に今、かけたい言葉を聞いてみると。 「大丈夫。生きているといいことあって、幸せを感じられる。つらい日々も上書きできる。30代、友達もいるよ、約束する!」 いつも“隣って”くれた母にも「ありがとう」と伝えたいーーそう笑顔で答えた。 〔2019年9/9(月) 女性自身〕



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石井光太が考える「貧困問題」 川崎中1男子生徒殺害事件はなぜ起きたのか――石井光太が考える「貧困問題」の本当の問題点 ©杉山秀樹/文藝春秋 日本の7人に1人が貧困層の今、貧困問題は決して個別の事象でもなければ自己責任でもなく、少年犯罪、虐待、売春、精神疾患、薬物依存と密接につながっている。新著『 本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式 』を上梓したノンフィクション作家の石井光太氏が、「忠生中学生徒刺傷事件」から「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」まで、数々の凶悪事件から貧困問題の本質を浮き彫りにする。(全2回の1回目/ #2 へ続く)       ◆ ◆ ◆ 等価可処分所得が1人世帯で122万円以下の層 ――日本は7人に1人が貧困層に該当し、実際の生活はかなり苦しい家庭が相当数あるにも関わらず、社会のなかで可視化されにくい気がします。 石井 いま日本で問題になっているのは、「相対的貧困」の人々、具体的には等価可処分所得が1人世帯で122万円未満の層です。途上国のストリートチルドレンのような、見た目がもうボロボロの服で今日明日の食事にも事欠くような絶対的貧困ではないので、一見わかりにくい。でも実際には、日々ろくな食事を食べさせてもらっていない子供や、自分の親の年金で生活費をまかなっている50、60代、貧困ビジネスで食い物にされる生活保護受給者といった貧困層が2000万人近くいるわけです。 「お金」や「場所」を用意するだけでは貧困問題を解決できない  その何が一番問題かというと、貧困が生み出す「自己否定感」です。たとえば生活保護を受ければ、最低限の住まいはあって確かに餓死はしないでしょう。でも親も子供たちも「社会のお荷物だ」「世間に顔向けできない」といった疎外感をもちやすく、自己否定感を抱いてしまう。長年そういう精神状態でいると、自分の人生に対して希望を持てずに自暴自棄になり、犯罪、虐待、売春、薬物依存などの問題と結びつきやすくなります。 生活保護予算はすでに3兆円を超え、国も各自治体も膨大なお金をかけてさまざまな施策を打ち出していますが、この自己否定感の問題に目を向けて一人ひとりの中に「自己肯定感」が生まれるような支援でないと、いくらお金を出し、ただ場所を用意したところで問題の抜本的解決にはなりません。単に支援センターみたいな箱だけあって、「ここに来なよ」「支援者もいますよ」といわれても、とくに未成年者にとっては関わりづらいものがあります。

――メンタルの部分に踏み込んだ福祉政策でないと、せっかくの支援があまり功を奏さないということでしょうか。 石井 その通りです。自己否定感を持った子は、学校にも部活にも家庭にも居場所がありません。そういう子は地域コミュニティの中で自分の役割をきちんと持ててこそ、はじめてアイデンティティができて、そこが自分の居場所になってきます。金銭と箱だけでは貧困問題を解決できないんです。 じつは、川崎中1男子生徒殺害事件を取材して分かったのは、被害者の上村遼太くんも加害者の少年たちもみんな、地元のNPOや児童福祉施設と何度かつながっていたのに、全員そこからこぼれ落ちてしまっていたことです。遼太くんのケースでいうと、家庭内暴力が原因で離婚したお母さんは5人の子供を抱えて生活保護を受けていましたが、そこにお母さんの新しい彼氏が家に住み始めるんです。そんな複雑な環境ゆえ思春期の中学1年生にとって家に居場所はなかった。加害者側のある少年はフィリピン人ハーフで、お父さんは蒸発していないし、パブで働くお母さんは日本語が話せず子供をネグレクトし、家では妹と二人で食事もままならない極貧家庭でした。学校ではいじめられて不登校になり、結果、行き場がなくなって不良グループで集まるようになっていった。そして些細な勘違いから、43回もカッターナイフで切り刻まれたあの悲惨な事件が起きたわけですが、福祉制度との接点はあったにもかかわらず、自己否定感から始まった負の連鎖がセーフティーネットを食い破ってしまった。 弱肉強食の「孤児の時代」 ――この問題を論じるうえで、本書では戦後の児童福祉政策のあり方を4つの時代にわけて論じていたのが新鮮でした。戦後~60年代「孤児の時代」、70年代~80年代「校内暴力の時代」、90年代「いじめの時代」、2000年代以降「虐待の時代」です。

石井 時代の流れを俯瞰してみると、根っこの問題を解決しないまま対症療法で押さえつけても、時代によって問題の表出の仕方が変わるだけだということが見えてきます。まず「孤児の時代」から考えていきましょう。戦後、街に浮浪児が溢れかえりましたが、彼らはいわゆる戦災孤児と、戦争で精神を病んでしまった親に捨てられた家出少年たちで構成されていました。その最大のたまり場は上野で、12歳以下を中心とした浮浪児が靴磨きや闇市の手伝いなどで食いつないでおり、逆に13歳以上の子供たちは、農家の深刻な人手不足を背景に人買いによる人身売買の対象にされた。社会全体が混乱していた時期で、物理的に食べ物も生活に必要な物資も大きく不足し、1948年には日本で初めて児童福祉法が施行されますが、当然国の手当は追いつきませんでした。

子供たちは怒りの表出先をどこに向けるかというより、日々生きるだけで精一杯の弱肉強食の世界でした。統計をみると明らかですが1950年代に入って自殺者数が急激に増えていくんですね。路上での野垂れ死や餓死、凍死も多く、精神的に耐えられなくなった人たちから自殺していく。かつて上野の浮浪児だったヤクザの組長に取材したことがあるんですが、当時はみんなお腹をすかせて犬も食料にしているような状態。あるとき隅田川を歩いていたら仲間がひとり「もう疲れたよ」ってつぶやいて、ドボンと隅田川に飛び込んで自殺してしまったそうです。生き延びたその組長は戦後73年たって、その同じ川に飛び込んで自殺するんですね……。 生き残るというのが運だった時代。浮浪児だけでなくパンパンや傷痍軍人のような社会に捨てられた棄民が相当数いた。彼らは棄民たち同士で助け合い、それこそヤクザに助けられて生き延びた子供たちもいた。生きるのに必死すぎてそこには尊厳もクソもなかったというのが彼らの本音で、日本が絶対的貧困だった時代です。 「忠生中学生徒刺傷事件」にみる「校内暴力の時代」 ――それが60年代の高度経済成長を経て、70年代には「校内暴力の時代」になったのはなぜでしょうか。

石井 まず高度経済成長期に核家族化が進んで、地方から都心部へ多数の人口が流入しました。いままでだったら地方コミュニティのなかで家庭に問題が起きたら親戚や地域の人に助けを求めやすかったのが、問題を家庭内で抱え込みやすくなった。大量生産・大量消費社会の出現を背景に、家を買うのにローンを組む人が増え、クレジットカードが普及し、消費者金融が拡大していったのもこの時期です。日本の企業が世界に進出して国内の景気がよくなる反面、この時期、サラ金よって家族が離散したり、成長の恩恵にあずかれない家庭の格差はどんどん拡大していきました。 この頃は、核家族に対する理解と支援がなかったうえに、当時の様子を学校の先生たちに聞くと、「闇金」の横行で一回借金したら雪だるま式に返せない額に膨らんで、親が「蒸発」してしまう家庭もけっこうあった。児童養護施設に引き取られた子供たちの多くは経済的な問題を抱えた家庭でしたし、差別などもあからさまな形でありました。つまり、社会によ って貧困家庭が押しつぶされている構図が明らかだったのです。

そこで、「社会が家庭を壊したんだ」と大人が支配する社会に不満を抱いた高度経済成長期の子供たちは、中学生・高校生になった70年代に校内暴力という形で抱えていたフラストレーションを爆発させます。先生に対する暴力行為や生徒同士の血を流すような喧嘩、学校の窓ガラスをわってバイクで走り回るような不良行為が日常茶飯事。80年代放送のドラマ『スクール・ウォーズ』の世界なわけですが、TVだと熱血教師がみんなを押さえつけていたのが現実にはむしろ先生たちのほうが痛めつけられていた。 「教師と生徒が逆転」の衝撃 象徴的なのが83年の「忠生中学生徒刺傷事件」です。町田の中学につとめる30代の男性教師が自衛のために果物ナイフを持ち歩いていたのが、ある日生徒に襲われて反撃して、ケガを負わせてしまった。世間はびっくりしたわけですね、いままで教師が生徒を押さえつけていると思っていたのが完全に逆転している。最初は教師を批判するトーンだったのが、よく見れば校内暴力は深刻化していて、街中に暴走族も溢れかえっている。事件は大々的にメディアで報じられ、国は全国の校内暴力の沈静化に本腰をいれて、学校に警官を派遣して非行少年を取り締まったり、暴走族を一網打尽にして少年院に送り込むようになりました。あの頃「警察24時」ものの番組でもよく、暴走族壊滅作戦などに密着していたでしょう。

――ありましたね。爆音鳴らして走行する暴走族集団vs県警パトカーみたいな。 石井 不良グループも暴走族もそうですが、当時の不良児は「組織化」されていました。貧困家庭でグレてしまった子とか、虐待家庭で育った子とか、いまでいう発達障害の子とかが、不良の縦社会のなかで殴られながらもついていって、仲間とともに社会に怒りをぶつけ、大人の社会にたいして復讐をしていた。でも警察が本格的に介入するにしたがって、80年代後半からバブル期の幕開けとともに徐々に校内暴力が減っていきます。「24時間戦えますか」のCMに代表されるように、この頃はとにかく猛烈に働く企業戦士が多く、父親は休日もゴルフだ接待だと仕事でつぶれ、子供を十分にかえりみない家庭も多かったでしょう。家庭という問題の根っこは変わらないまま、ガス抜きだった校内暴力という「穴」に強引にコンクリートを流し込んで詰めたら、今度は別の穴が開いただけでした。

石井光太(いしい・こうた) 1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『原爆 広島を復興させた人びと』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『漂流児童 福祉施設の最前線をゆく』『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』など多数。 Amazonで購入する 3歳男児が窒息死 “足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件”の両親は次々と子供をつくっていった へ続く 石井 光太 〔2019年9/28(土) 文春オンライン〕

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石井光太が考える「貧困問題」 3歳男児が窒息死 “足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件”の両親は次々と子供をつくっていった 石井光太氏 ©杉山秀樹/文藝春秋 川崎中1男子生徒殺害事件はなぜ起きたのか――石井光太が考える「貧困問題」の本当の問題点 から続く 日本の7人に1人が貧困層の今、貧困問題は決して個別の事象でもなければ自己責任でもなく、少年犯罪、虐待、売春、精神疾患、薬物依存と密接につながっている。新著『 本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式 』を上梓したノンフィクション作家の石井光太氏が、「忠生中学生徒刺殺事件」から「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」まで、数々の凶悪事件から貧困問題の本質を浮き彫りにする。(全2回の2回目/ #1 より続く)      ◆ ◆ ◆ 「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」…… ――90年代の「いじめの時代」に移行したわけですね。 石井 学校での表向きの暴力が力で押さえつけられたら、今度は大人の目の届かないところで陰湿ないじめが起きるようになっていきました。暴力は不可視化され、陰湿なものになっていった。教育環境が落ち着いたと思っていた大人たちは、いじめによる死を突然突きつけられ、混乱しました。「葬式ごっこ」で男子中学生が自殺に追い込まれた80年代後半の「中野富士見中学いじめ自殺事件」を先駆けに、90年代には「山形マット死事件」「旭川女子中学生集団暴行事件」など陰湿きわまりない事件が起きていきました。体育館のマットで逆さにぐるぐる巻きにされて男子生徒が窒息死した山形の事件では7人の子が加担し、旭川の事件では男子生徒10人が性的暴行を加え、うち1人がレイプしています。力の強い不良同士の暴力ではなく、普通の子が普通の子を集団でいじめる構図のなか凄惨な事件が起きました。

個人的な体験でよく覚えているのは、僕が中学のときクラスに知的障害の女の子がいて、お父さんに性的虐待をされて母子で東京に逃げてきたんですが、見た目が汚いし、「私、お父さんとセックスした」とか周りに言ってしまうわけです。すると男子生徒がおっぱいやお尻を触ったりしていじめる。いまなら軽い知的障害や発達障害の子は専門的な支援が受けられますが、当時は「普通の子」と同じように扱われていましたから、ケアの対象にならず、陰湿ないじめのターゲットにされたことも多かったと思います。

国はさまざまな事件を受けて全国的ないじめ防止キャンペーンを行い、啓発活動に取り組んだ結果、学校でのいじめはしだいに減っていきました。90年代初頭のバブル崩壊はいわゆる「失われた20年」の始まりだったわけですが、失業率と離婚件数は増加の一途をたどり、問題を抱えた家庭も多かった。そして2000年代になって、子供たちの間に「自傷行為」「不登校」「引きこもり」といった現象が目立ち始めます。学校内のいじめを封じ込めていったら、今度は暴力性が他者ではなく自分に向いたり、無気力に家に引きこもる子供が大量に出現したわけです。 2000年以降の「虐待の時代」 ――こうした現象の背景に何があったのでしょうか。

石井 問題を抱えた子供たちを調査すると、背景に家庭での虐待経験があることが分かってきたんですね。もちろん、以前から今で言うネグレクトや家庭内暴力はありましたが、メディアで盛んに取り上げられたことで顕在化しやすくなり、統計的にも虐待の相談件数が急増しました。これが2000年以降の「虐待の時代」です。リストカットや引きこもりといった社会的不適合の子供たちが内面に問題を抱えていること、虐待やネグレクトなどによって、脳の発達が遅れてしまうことや精神疾患を抱えやすくなるといったことが広く知られるようになり、いままで教育の領域だったものが医学の領域にシフトしました。

また、家庭の問題は「親を支援しないと解決につながらない」という視点がこの時代になってようやく出てきました。実際に虐待家庭を取材すると、貧困家庭が多く、親がアルコール依存症などの問題を抱えているケースが多く見受けられます。無論、貧困だから虐待をするという意味では決してありませんが、比較すれば貧困などが要因としてあるというのは統計に表れています。どの家庭にだって似たようなトラブルが起きるものですが、貧困家庭では親自身の問題が経済的問題によってねじれにねじれてしまっているのです。

一例を挙げると、僕が『 「鬼畜」の家 』で書いた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」は、2013年当時3歳の皆川玲空斗くんが両親にウサギ用のかごに監禁され、口にタオルをまかれて窒息死させられた凄惨な事件ですが、父親の皆川忍、母親の皆川朋美のふたりとも、貧困の連鎖のなかで形成された、いわば世間から孤立した「非社会の親」でした。朋美はホステスをやっていた母が客との間につくった子で、母の再婚相手の家で腹違いの兄弟たちとともに育ちますが、中学のときに学校で深刻ないじめを受けて不登校になり、中卒で自らもホステスになった。10代で店で知り合った客との間に子供をつくっていた朋美は、母に連れられて初めて行ったホストクラブで、同じく中卒でホストをしていた忍と出会い、ひと月後には同棲をはじめ、毎年のように子供を生み続けるんです。朋美は専業主婦になり、忍はホストをやめて派遣会社に登録して運送の仕事をしていたんですが、当然大家族で暮らせるわけがない。彼らの財源は生活保護。生活保護を支給されるようになってから再就職しようとせず、第5子、第6子と出産していき、最終的には月40万を超える支給額を受けていました。生活保護をもらって密室で暮らせるから、誰もストップをかける人がいないまま、次々と子供をつくっていった。 虐待している意識のない親たち   一方の忍はホステスの母とトラック運転手の間にできた子で、奔放な母に育児放棄され乳児院と児童養護施設で育てられています。小学校のころから(目につくものはなんでも口に入れてしまう)異食症を発症し、さまざまな問題行動を重ねていた忍は、中卒後、当時ソープランドで働いていた母と暮らしますが、食事もろくに作られず水道やガスが止められることも日常茶飯事な劣悪な環境で、高校を中退して職を転々とした勤め先のひとつが朋美と出会ったホストクラブだったわけです。 彼らの住んでいたアパートではゴミ屋敷のような部屋で犬猫を15~16匹飼っていたんですが、走り回る犬を犬小屋に閉じ込める感覚で「うるさいから」と玲空斗くんをウサギ用のケージに監禁し虐待を繰り返していた。次女の玲花ちゃんには犬用の首輪をつけて動きを制限していた。ある日、ケージのなかで玲空斗くんがギャンギャン泣き始めて、やかましいと忍がタオルで口を縛ったら、翌日死んでいた。僕は取材前、どれだけ極悪人の夫婦かと思っていたら、本人たちは虐待している意識がなく、彼らは彼らなりの仕方で子供を愛していたことに強い衝撃を受けました。二人とも親の貧困という闇があって、すべての感覚や優先順位が狂ってしまっているまま、生活保護で「非社会の親」になり、子育てでまわりとつながることもないまま、結果として子供を虐待死させてしまっている。

――福祉政策、支援のあり方を深く考えさせられる事件ですね。 石井 冒頭でも言ったように、自己否定感というその子が抱えている精神的な問題をなくさない限り貧困問題は解決できません。お金だけ、箱だけ用意しても絶対に駄目なんです。もちろんそういう物理的な支援も必要ですが、社会のなかで多様な価値観を認めて、さまざまな境遇にある人たちの特性を認め、尊重する――そうやってその子のなかで自己肯定感を育んでいくことこそ大切です。 痛ましい事件を繰り返さないために 4つの時代のなかで現在の虐待の時代はとりわけ孤立しやすく、自分のなかに問題を抱え込んでしまった人が自己否定感を雪だるま式に膨らませてしまいやすい。新著『 本当の貧困の話をしよう 』では精神的なケアを含めた問題解決へのアプローチ、さまざまな支援策やソーシャル・ビジネス、貧困の壁を突破した先人たちの知恵と勇気を書きました。これまで数多くの学校で貧困問題に関する講演をしてきましたが、本書はその集大成として17歳に向けて語りかけるスタイルで一冊にまとめたものです。社会の諸問題の根っこにある貧困の連鎖を歴史のなかできちんと位置づけて考えることは、地域社会の未来をつくっていくうえで必要不可欠であることはもちろん、自分自身の人生を切り開いていくうえでも、たくさんの本質的な「気づき」があると思います。痛ましい事件を繰り返さないためにも、本書がみなさんにとって「これからの未来を語り合う」きっかけになれば嬉しく思います。

石井光太(いしい・こうた) 1977年東京生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く』『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『浮浪児1945- 戦争が生んだ子供たち』『原爆 広島を復興させた人びと』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『漂流児童 福祉施設の最前線をゆく』『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』など多数。 石井 光太 〔2019年9/28(土) 文春オンライン〕

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中川翔子 中川翔子が語るいじめ体験「毎日戦う、生き伸びる、やり過ごすのに一杯一杯だった」 タレントの中川翔子さん(34)が、『 「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない 』(文藝春秋)を上梓した。いじめられて不登校になった体験を文章と漫画で伝えている。また、最近のいじめを理解するために、当事者にも話を聞いている。いじめで悩む当事者だけでなく、「大人たちにも読んでほしい」と語る。 死ななくてよかったって心から思った

――当時の自分から見て、今の自分はどう見えていると思いますか? 中川 遠すぎて、30代が。未来すぎて。「大人になった今よりも、何十倍も重くて長かった」と、当時の自分からすると思う。30代になることすら、自分は考えていなかったかもしれない。毎日戦う、生き伸びる、やり過ごすのに一杯一杯だった気がするんです。

――「死ぬんじゃねーぞ!!」というタイトルに込められた意味は? 中川 ずっと部屋に閉じこもって、死んじゃいたいって思っていました。密かに憧れていたのが、アニメソングを唄う人になることです。遠い未来にその夢がかなった瞬間があり、死ななくてよかったって心から思ったんです。ライブに来てくれた一人ひとりも大変なことがあった中で来てくれて、会えている。同じこと、好きなことを共有できている。いろんな感情がばーっと湧いた時に思わず、最後に叫んだんです。 人生は壮大なゲーム、RPGのように考えても、年齢を重ねるたびに、心の余裕というか、切り替えられるような術を見つけられます。当時、キラキラした青春を送っていたら、こんな人生ではなかった。この仕事もしてなかっただろうし。その頃に無理やりにでも、見つけていた好きなことたちがたくさん経験値になって、未来の自分を助けてくれる。 カーストの底辺になるって、自分でも認めたくない

――学校内の、身分制度にも似た「スクールカースト」のことを取り上げていますね。 中川 目には見えないけど、はっきりと存在する仕組みがあります。 小学校の時は好きな絵を描いていても、先生も素晴らしい方だったので、個性として認めてくれました。しかし、中学になると、空気が変わって、最初にしくじったんです。 「プリ帳を見せて」と言われたんですが、持っていなかったので、慌ててプリクラを撮って、家にあった、おばあちゃんが作ったノートに貼って、持って行ったんです。「なにこれ?」「なんで、おばあちゃんが作ったノートに貼っているの?」「キモいんだけど」みたいな空気になっちゃって。 スクールカーストの底辺になるって、プライドもあるし、自分でも認めたくない。本当に毎日が長くて。「あー、終わった」「でも明日も行かなくちゃ」「嫌だな」って、繰り返していた気がします。 大人にSOSを出すのは限界まで我慢した結果

――中3のとき、靴箱をボコボコにされて、やり返した結果、中川さんの靴が盗まれ、先生に話して、ローファーを借りたエピソードが書かれています。取材では、いじめが起きた後に設置される調査委員会では、やり返していることを理由に、“子ども同士のトラブル”と判断されることがあったりします。 中川 あー、大人って、なんでそうなんだろう。被害を受けても、泣き寝入りだったり、お金とか時間の負担を強いられます。アメリカでは、いじめた方が転校させられると聞きました。 大人にSOSを出してくるって、自分の中で限界まで我慢したり、悩んだりした結果だと思うんですよね。大人がいい加減な対応をすると、何かのトリガーになっちゃう可能性がある。SOSを出してくれた場合は、大人は話をちゃんと聞くこと。そして、被害者に寄り添ってほしい。 振り返ってみると、自分が描いていた絵が気持ち悪かったりするんですよ。それは浮いちゃうこともあるだろうって。でも、靴を盗むって、窃盗じゃないですか。合う、合わないはあると思うんですけど、合わなくても、いじめていい理由にはならないですよね。 いつか「チャイルドライン」のボランティアをやりたい

――最近のいじめは、いじめた側がいじめられる側に、いじめられる側がいじめる側になったりします。 中川 誰しもが悪口を言ってしまう。だけど、やっぱり、命を落とす前に、何段階もあると思うんですよね。自殺の原因って積み重なるものだと思うんですよね。私も17歳のとき、「もう死んでやる」って衝動になっていたんです。それって、一個のいじめだけじゃなくて、あるとき限界になっちゃう。 私もいじめる側、悪口を言っている側になったこともあるし、見て見ぬふりをしているときもありました。だから、いじめている側の気持ちに比べて、いじめを受けた側のショックがどれくらい大きいかもよく分かります。「えーっ」「なんで、自分がこんな目に?」って、混乱ですよ。自分でもどうしようもない、あの感じ。まだ覚えていますね。 社会に出ると、学校こそが特殊な場所ってわかって。仕事する時に我慢したりとか、自分へのご褒美を作ったりとか、なんとかできるようになっていく。だけど、18歳までの時間はやっぱり、大人がどこかで守ってあげるべきです。 18歳の子まで電話をかけられる「チャイルドライン」があって、ボランティアの大人が話を聴く。すごくいいことだなと思いました。いつかそのボランティアをやりたいんですよね。

――超党派の議員の勉強会で「いじめ防止対策推進法」の改正案が作られました。いじめ防止を最優先にすること、いじめ対策主任を置くこと、いじめを放置や助長した教員に対する懲戒処分を盛り込みました。しかし、「現場が混乱する」などの意見があり、改正がされませんでした。 中川 それが仕事だ、混乱しろ! はあ、なんで大人は頭がかたくなっちゃうんだろうな。時代にあわせて、子どもたちを守るのが大人の仕事なのに。寄り添った形にぜひ変えてほしいですね。 大きな事件があって、例えば大津市のいじめ自殺事件で失われた命があって、ちょっとずつ動いているわけじゃないですか。命が失われることを未然に防ぐことができるはず。個性を認めてくれる環境があれば、大人がいたらいいですね。

――いじめは、被害者だけでなく、周囲にも衝撃を与えることがあります。私の取材では、いじめられていない子ですが、止められないことで自殺をした、ということがありました。 中川 え! 罪悪感で? 感受性が強いのかな。優しすぎるのかな……。どんな場合でも、自分で命を絶つことって、これまでやってきたことがぜんぶ無駄になる。止められなかったと思っても、少しずつ日数が進んで、中学から高校になるだけでも、ぜんぜん精神の容量が変わるじゃないですか。でも、そのときは見えないんですよね。 「いじめから逃げる」って言い方はおかしい

――いじめに先生が関与することがあります。1986年の中野富士見中で起きたいじめ自殺では「葬式ごっこ」に先生も参加していました。また、スクールカーストを先生が作ったケースもあります。 中川 通信制高校は風通しがよくって、スクーリングとレポートはやらなければならなかったけど、授業自体は好きな曜日に行ったり、行かなかったりでも大丈夫だったんです。ひきこもり、不登校、いじめられっ子、ギャル、芸能人、いろんな人がいて。席を自由に選べたんですよね。 それだけでもぜんぜん違って。だから教室の隅っこで一人で絵を描いていたんです。そしたら、ギャルの人が「めっちゃ、絵が上手いじゃん」「カラオケ行こうぜ」って話しかけてくれて。前の中学だったら、スクールカーストでいえば「陽キャラ」で「1軍」のような人だったんです。

 よく「いじめから逃げる」って言いますけど、「一回しかない人生で正しい選択をした」と言い方を変えて、角度を変えればいいんですよね。本のために対談した子も、「逃げではない。正しい選択をしただけ」だって。本当にその通りだと思います。 「明るい遺書」のつもりでブログを書いた

――最近のいじめはインターネットを使って行われることもありますが、一方で、ネットが居場所になる子もいます。ネットの使い方でアドバイスできることはありますか? 中川 今の時代でも、「ネットが悪い」と切り捨てる先生がいるそうですよ。この間、10代の子に聞いてびっくりしたんですけど。ただ、10代の子からすると、怖いと思うのは、ゲームの情報を知りたいだけなのに、エロ漫画の広告が出てきちゃう。あれやめてほしいんですよ。あと、大人も、めちゃめちゃ悪口を書くじゃないですか。正義感のつもりかどうかわからないですけど、こういうことをしていたら、いじめがなくならないよね。 私は「明るい遺書」のつもりでブログを書いたんですけど、「呪いのブログ」にしなくてよかったと思う。実際、それで救われたので。好きとか、楽しいとか、そういう思いを込めるゲームのつもりで、ほめるだけのSNSのアカウントを作ってもいいのかもしれない。 「ただ隣にいる人」になってほしい

――自殺対策白書(2015年)によると、1972年から2013年までの42年間で9月1日が、18歳以下の自殺者が年間でもっとも多い日とされています。 中川 夏休みを振り返ると、「やっと学校へ行かなくて済む」「やっと解放された」などと思ったんです。速攻でネットばっかりやって、昼夜逆転して、だらだら腐った日々を送りました。だけど、腐りながらも生き延びました。そして、中3のとき、「木村」という存在に出会った。 私は「キモい」と言われる存在でしたが、木村はハイカーストとも話せるのに、普通に接してくれた。どうでもいいことで一緒に爆笑したり。で、昨日、やっと言ったんです(笑)。「ごめんね、照れちゃって言えなかったけど、本に書いたんだよね」って。 木村がやってくれたことは勇気のある、勇敢な行動だと思うんですよね。「ただ隣にいる人」、それが「隣(とな)る人」。大人にもぜひ、隣ってほしい。クラスにいじめがあるなら、挨拶するでもいい、関係ない話をするでもいい。一緒に笑えることがあったら、ぜひ話しかけてほしい。隣る勇気、木村が増えたら、いいなって。 渋井 哲也 〔2019年8/31(土) 文春オンライン〕




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最初に親がすべきこと 子どもが不登校になった時、最初に親がすべきこと【カウンセラー根本裕幸さん】 子どもの不登校に悩まれている親御さんは少なくないのではないでしょうか。3ヵ月先まで予約のとれない心理カウンセラーとして大人気の根本裕幸さんは、そもそも「学校に行くのが普通」という親の考え方が問題の根源にある、とアドバイスをくださいました。

ゆうりもさんからの質問 Q. 息子が不登校に。親としてどう対応すべきでしょうか? 15歳の子どもが、中学は不登校に、通信制高校は一学期で中退しました。高校選びの時は「高校には行きたい」と言っていたものの、2月3月の事前登校に参加しないまま入学して、行かなくなりました。不登校の理由は、本人は「疲れた」とか「もう無理」としか語りません。いじめではなく、友人関係と、中学時代とのギャップだったのかと思っていました。慎重すぎる性格、小学校での優等生的な態度、ユーモアのセンス、人の気持ちを読むなど、最近話題になり始めたHSC(ハイリーセンシティブチャイルド)の気質に当てはまる要素が多く、それも学校になじめない原因かと考え始めています。 今はゲーム、スマホテレビ、友人1人と月に2回くらい遊ぶのみです。家族関係としては平和です。夫と話し合いをして、本人には「今すぐに転校や高卒認定など考えず、自分の方向が見えるまで待つから」と伝えようと言っていますし、親としても家族会などに参加しようと考えています。ただ本当にそれで良いのか、もっと伝えるべきことがあるのではないかと悩んでいます。(40歳) 根本裕幸さんの回答 A. 学校になじめない性格の子どももいます。その子に合う環境を親が見つけてあげましょう。 不登校の悩みというのは、親が「学校に行ってほしい」と思っているから生まれるものです。親が「別に学校なんて行かなくてもいいじゃん」と思っている家には生まれないのです。親が学校に行くことに執着していると、学校に行きたくない子どもは「親は私を分かってくれない」と思い、そこに心理的対立が生まれてしまいます。ですから、ゆうりもさんがお子さんを無理に学校に行かせようとしていないのは、素晴らしいことだと思います。

ゆうりもさんのお子さんのケースの場合、問題の根っこは非常にシンプルで、要はお子さんは学校になじめない性格なのだと思われます。たとえばこれが習い事なら、始めたもののその先生が合わないと感じたら、別の先生に変えますよね。大人になって会社に入ったときは、会社が合わないと感じたら転職をします。これが当たり前ですよね。ところが学校だけは、“変える”というシステムが許されていないのです。大変不思議なのですが……。 なじめない環境にずっといたところで、得られるものはありません。ただ学校も勉強も嫌いになってしまうだけです。ですから子どもが学校になじめなかった場合、その子に合う環境を探してあげる。それが親の役目だと思うのです。まだまだ少ないですが、今は様々な形態の学校もできてきています。もちろん、必ずしも学校でなくとも良いでしょう。私の知り合いには、海外に行った子もいますし、毎日絵を描いてメルカリで売っている子もいます。ゆうりもさんも、お子さんに合う環境を探し出してあげてください。お子さんの方向性が定まるのを待つのも良いですが、「問題児」として扱われる期間をあまり長くしないことも大切です。 恐らくお子さんは、小学校、中学校も我慢して通っていたのだと思います。ですから親は味方なんだということを示して、お子さんに合う環境を見つけてあげましょう。大切なのは、お子さんの未来をデザインする意識で探すことです。そのためにも、まずは「学校に行くのが普通」という親自身の意識を変えるようにされてください。

PROFILE根本裕幸1972年生まれ。1997年より神戸メンタルサービス代表・平準司氏に師事。2000年にプロカウンセラーとしてデビュー。以来、述べ15000本以上のカウンセリングをこなす。2001年、カウンセリングサービス設立に寄与。企画、運営に従事し、2003年からは年間100本以上の講座やセミナーもこなす。2015年より独立。フリーのカウンセラー、講師、作家として活動している。『いつも自分のせいにする 罪悪感がすーっと消えてなくなる本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本』(大和書房)、『子どもの将来は「親」の自己肯定感で決まる』(実務教育出版)など著書多数。ブログはコチラ→https://nemotohiroyuki.jp/  この人の回答一覧を見る山本 奈緒子1972年生まれ。6年間の会社員生活を経て、フリーライターに。『FRaU』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。 この人の回答一覧を見る 取材・文/山本奈緒子 根本 裕幸 〔2019年10/1(火) webマガジン mi-mollet〕

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夜間中学、「受刑者の需要」調査 香川県教委、開設判断の材料に
高松刑務所で取材に応じる三船晃裕分類教育部長=1日午後、高松市
香川県教育委員会が夜間中学を開設するかどうかを検討する上で、受刑者の需要を判断材料に加える方針を決め、高松刑務所(高松市)に調査協力を要請したことが1日、分かった。
文部科学省は、不登校経験者や外国人労働者らの学びの場として夜間中学の設置を自治体に促している。
刑務所からの出所者を想定した動きは極めて異例だ。
県教委の職員2人が7月31日、高松刑務所を訪れ、依頼書と受刑者への配布文案を三船晃裕分類教育部長(56)に手渡した。
三船部長は取材に「間違いなく受刑者にニーズはある」と述べ、調査への協力姿勢を示した。
〔2019年10/1(火) 共同通信〕

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子どもたちの自己肯定感の低さ 日本の子どもたちは自己肯定感が低い、小学3年生と中学1年生に特に注意を 学校では2学期が始まり1カ月が経ちました。夏休み明けは子どもの自殺が多いことで知られ、8月末には多くのメディアで辛い状況にある子どもたちへの励ましのメッセージが掲載されていました。しかし、残念ながら今年もいくつかの自殺の記事を見ることになりました。 今年の夏休み明けとなる9月2日(月)には東京都内で江戸川区の中学2年生と品川区の中学1年生の自殺の事件が同時に報じられました。また、他のエリアでも中学生や高校生が自ら命を絶ったと思われる事件が複数報道されました。 日本において10代の自殺率は増え続けています。辛い状況にある子どもたちのセーフティネットをますます整備していく必要があります。そしてさらにこのような状況が起きる背景に「日本の子どもたちの自己肯定感の低さ」という課題を感じます。 〇自己肯定感とは 「自己肯定感とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉」とあります。(Wikipediaより) 専門的には色々な解釈がありますが、総じて「今の自分でいい」「自分はここにいていい」と思える感覚のことを指しています。自ら命を絶つようなことはまさにこの逆の感覚で「自分はダメだ」「自分の居場所がない」という状態であるので、自己肯定感を高めていくことは、まさにこの社会問題への解決策になります。 〇世界的に見て自己肯定感が低い日本の子どもたち 内閣府が行っている「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」は、13歳から29歳までを対象に7か国を比較した調査で、本年度5年ぶりにその結果が発表されています。 まず最初に「自分自身に満足している」という調査については下記の結果となっています。

残念ながらこの調査では日本が7か国中最も満足度が低い結果になりました。特に「そう思う」という最も肯定的な回答は10%しかなく、他の国の3分の1~6分の1程度です。日本人の控えめな国民性を割り引いて考える必要はあるのでしょうが、それでも同様の調査のほとんどが「日本の若者の自己肯定感の低さ」を指摘している現状は見逃せないと感じます。 同じ質問の5年前との比較のデータもありました。 「そう思う」・「どちらかといえばそう思う」の合計は前回5年前(46%)⇒今回(45%)と少々後退しました。日本の若者の自己肯定感の低さは、改善していないか、むしろ後退気味であることにさらに危機感を感じます。 自己肯定感にとって重要な「自分には長所がある」という質問は下記の結果でした。

こちらも残念ながら日本はこの7か国では肯定的な返答が最低の結果になっています。アメリカ・フランスと比べると肯定的な返答は30%ほど低い水準です。日本の若者だけ長所がないわけではないでしょうから、自分で感じられていない状況があります。 この質問の前回5年前との比較データは下記になります。 こちらも「そう思う」・「どちらかといえばそう思う」の合計は前回5年前(69%)⇒今回(62%)と後退しました。 〇自己肯定感が下がるのは小学3年生と中学1年生という指摘 それでは自己肯定感はいつ下がるのでしょうか。幼稚園や保育園などの小さい子どもは、結構高そうに見えますが、いつからこんなに下がるのでしょうか。 東京都教職員研修センターによる「自尊感情や自己肯定感に関する研究」に下記の調査結果がありました。この調査によると「小学3年生」・「中学1年生」において自尊感情に大きめの落差が見られることが指摘されています。

小中学生の不登校数は増え続け14万人を超える水準となっていますが、下記の通り、中学1年生で激増します。 小学3年生と中学1年生が特に課題が大きい点は現場で子どもたちを見ている私たちの経験的にもうなずけるものがあります。 小学3年生といえば、学習面がグッと難しくなります。まず生活科が理科・社会に分かれます。算数でも小数・分数・不等号などが登場し、つまずき始める子が増えてきます。そうなると勉強が分からない⇒学校がつまらない⇒イラつきが始まる、という負のスパイラルも起きてきます。また小学3年生は早期化する中学受験を始める子が出てくる年です。塾に通い始めて大量の宿題に向き合い思うようにいかなくなることの影響もあるのかもしれません。 また、中学1年生は「中1ギャップ」と呼ばれるもっと大きな変化が子どもたちに訪れます。通いなれた小学校から中学校になり、メンバーも大きく変わり、制服になり、定期試験、校則、先輩―後輩関係などが一気に訪れます。 このような中で自己肯定感を落としていき、先ほどのような結果になっていることが考えられます。 〇学校・保護者はどうすべきか このような現状に対して、「子どもの良いところを認めて褒めましょう」「ありのままのその子を認めましょう」などと色々な指摘がされています。それぞれその通りだな、と思うのですが、「そうはいってもなかなかできない」という学校現場、保護者の声が聞こえます。今の学校システム、また忙しい家庭の環境においてうまくいかないことが多いのではないかと思います。 簡単な解決策はなかなかないのですが、私は拙著の「自己肯定感 育成入門」にも書かせていただいた具体的な考え方を3つだけご紹介させていただきます。私たちが15年で5万人以上の小学生を見てきた経験からの実効策です。 (1)「ほめる」より「気づく」 これは言い換えると、成果や結果だけで褒めるのではなく、子どもたちの小さな変化や成長のプロセスに注目し、そこを気づいて子どもに伝えるということです。子どもの自己肯定感を支えるのは、無条件で自分の存在を受け入れてくれる「安全基地」の存在です。ですので、どんな結果であるかよりも、親や学校の先生にしか分からない小さな変化や努力をぜひ見つけてあげてほしいと思います。子どもたちはそういう存在が多くいればいるほど心の安全基地が堅牢なものになります。チャレンジする子ほど心に安全基地を持っていると感じます。 (2)「未来」ではなく「過去」を語る 子育てや教育において、つい未来を語ってしまいがちです。またその未来への不安から「こんなんでどうする!」という叱責にもなってしまいます。そんな見えない未来への懸念だけが強調されてしまうと子どもも不安が大きくなってしまいます。心の安全基地を表現するためには、その子の産まれたころの写真や映像を見たり、そのことを話題にしたり、親子のスタート地点を確認することをお勧めしています。また学校でも、入学時や春からの成長を思い起こすことが良いと考えます。現時点で出来ないことより、過去から「出来るようになってきたこと」にぜひ注目をしてほしいと思います。 (3)子どもの好きなものを追いかけて興味を持つ 子どもにとっても大人にとっても好きなものは重要です。好きなものがあることで辛い時にも心の救いが出来るし、そこから仲間が広がったり、道が拓けたりもします。子どもたちにとって自分が好きなものに大人が興味を持ってくれる、というのは嬉しいものです。仲間が増えたような感覚です。電車でもスポーツでもゲームでも芸能人でも、子どもが好きになっているものに親や先生が興味を意識的に持ってみて話しかけていくと良いと思います。どのジャンルも知れば面白いもので、直感的に大人が興味は持てなくても、知れば面白いし、分からないことは子どもに聞くと喜んで教えてくれます。子どもに聞くのもお勧めの方法です。 課題が指摘され続ける日本の若者の自己肯定感を社会全体で改善できるように心から願っています。 「子どもは社会の鏡」と言われますので、私たち大人がイキイキとしている姿も見せていかないとなかなか希望が持てないことにもなりますので、子どもたちのためにも大人もまたやりがいを持って頑張っていきたいと思います。 <参考図書> 子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門 http://books.yakan-hiko.com/

平岩国泰 放課後NPOアフタースクール代表理事 放課後NPOアフタースクール代表理事。1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業などを担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職し、教育の道に専念。“アフタースクール”を通じて、子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年より文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年より新渡戸文化学園理事、渋谷区教育委員。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊) 〔2019年10/2(水) 平岩国泰 放課後NPOアフタースクール代表理事〕

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イチローを超えかけたもう一人の男 「不登校の4番打者」人生のレールを外れたからこそ見えたもの ~奇跡の48年生には、イチローを超えかけたもう一人の男がいた~ 根鈴雄次(ねれいゆうじ)。中学時代からパワフルなバッティングが評判を呼び、数多の高校野球名門校の間で激しい争奪戦となった男がいる。甲子園で活躍し、プロに行く----誰もがそう信じて疑わなかった彼は、高校入学からわずか1ヶ月後の「不登校」によって“野球界の王道”からコースアウトしてしまう。引きこもり、中退、渡米、定時制高校卒業からの法大入り、そして二度目の渡米……周囲に惑わされることなく「己の声」を聴き、自分の可能性を信じて道を切り開いてきた男の半生は、私たちに何を教えてくれるのか。

※本稿は、喜瀬雅則『不登校からメジャーへ ~イチローを超えかけた男~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。 ◆15歳の心が、いっぱいになってしまった瞬間 1989年(平成元年)春。 根鈴雄次は、神奈川県の日大藤沢高に入学した。 元・中日ドラゴンズの投手で通算219勝、50歳まで現役を続けた山本昌をはじめ、プロの世界にも多くのOBを送り出している。 その強豪校へ、指定校推薦で入学した。 甲子園に出る。そして、プロの世界へ進んでいく。 大いなる夢を抱き、飛び込んだ高校野球の世界。しかし、根鈴には、その空気がどうして も肌に合わなかった。 厳しい上下関係、朝練、グラウンド整備、全体練習、後片付け。課されることが多すぎて、自分を振り返る余裕もない。

俺のやりたい野球って、これだったのか? 楽しくない。なぜか虚しい。すると、監督の言葉も、先輩たちのちょっとした指示も、全く意味のないもののように思えてくる。 「中学の頃って、月曜から金曜までは自分で考えて練習して、それを土曜と日曜の試合で試してみる。そんな感じだったんです。基本的には『遊び』じゃないですか。そういう野球しか知らなかったんです。でも、高校に入ったら、それこそ365日、始発電車で学校に行って、朝から練習する。そのことに面食らったんですよ」 たかが部活動。ちっぽけな世界の出来事に過ぎない。しんどいのは、最初だけ。少しの間の辛抱だ。そうやってやり過ごしていけば、いいだけの話なのかもしれない。 それでも、何かが違う。一体、どうすればいいんだ。 揺れる心は、どうしても「自己否定」につながってしまう。 『心のコップ』には、縁すれすれまで水がたまっていた。

--練習、しんどいんだ。やってられねえよ。 愚痴をぶつけると、時に慰めてもくれる。その緩衝材になってくれるはずの『家族』が、その時、ばらばらになっていた。 父親の抱えた借金が理由で、両親が離婚を余儀なくされたのだ。 「家がちゃんとしていたら、ストレスにも耐えられていたと思うんですよね。でもその時、心が削れていってたんです」 野球の練習を終え、学校から帰っても、家には誰もいない。 孤独感からのストレス。しかし、その晴らしようも分からない。

中学時代から自己流で取り組んでいたウエートトレーニングで、今よりもっと、自分の体に筋肉をつけたかった。そのための時間が欲しい。トレーニングジムにも通いたい。 なのに、15歳の自分は、監督や先輩たちに「こうしたい」と自分の言葉で、自分の思いを伝え切れなかった。 周囲に流されているかのように、仲間たちと足並みをそろえようとしている、自分への苛立ちも募り始めていた。 ざわざわした心が、収まらない。 少年から、大人へと変わっていく。その多感な時期に抱え込んだ複数の方程式の解を、全く導き出せなくなっていた。 微妙なバランスをかろうじて保っていた“水面”が、大きく揺れ動いたのは、そんな時だった。 将来を見据えて、一度立ち止まって、考えてみる。こうなりたい。そのために、今、何をすべきか。我慢なのか。主張して、己を貫くのか。 しかし、15歳の思春期に、そんな成熟した、冷静な判断を下せる心の持ち主の方が、むしろ珍しいのではないだろうか。 強気と弱気。希望と無力感。もっとやれる。いや、やっても、どうしようもない。 表裏一体のカードは、心の中でくるくると、ずっと回転していた。 どれが、本当の自分なんだ。

答えは出ない。 迷いのループに、完全に入り込んでいった。 ホームランを打った、その翌朝のことだった。 目覚めても、ベッドから立てなくなっていた。 まるでブレーカーが落ちたかのように、体に「動け」という電気信号が届かない。 それでも、朝練に行かなきゃいけない。追い立てられるような思いだけで気力を振り絞り、家を出た。始発電車に乗るために、夜明け前の薄暗い町を歩いていると、息が切れてくるのが分かった。 目の前の景色が、ぐらぐらと揺れている。

近所の公園のベンチに、がっくりと座り込んだ。まぶしい朝の光が差してくる。それでも、立ち上がれない。 もう、きっと、練習は始まっているんだろうな。電車に乗らなきゃ。早く学校に行かなきゃ。 心の中では、とても焦っていた。 なのにふらつく足は、駅とは逆方向の自宅へと向かっていた。 「ちょっと具合が悪いから、戻って来た」 出勤前の準備で忙しい教師の母にそう告げると、階段を這うように上り、2階にある自室のベッドに倒れ込んだ。

翌朝、体温を測ると、39度まで上がっていた。 その翌朝も、その次の日も、朝になると体温がはね上がった。 「だるいんです。学校に行きたくないし、練習に行くとか、するとか、しないとか、そういうのじゃなくて、とにかく、家から出たくなくて……」 その迷える若者に、寄り添い続けた野球人がいた。 〔2019年10/2(水) 本がすき。〕

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小幡和輝 ファンの後押し、地方にカフェ 学生起業は出会い次第 小幡和輝です。前回の記事「ヒッチハイクみたいに声かけた 学生起業家の仲間集め」ではWebサービスでの学生起業の話を絡めた、仲間集めについて書かせていただきました。 学生起業といえばWebサービスが主流ではありますが、インターネット時代だからこそリアルのコミュニティーの重要性が上がっているように感じます。 実は僕も一番はじめに立ち上げた事業はカフェの経営です。BARの昼間の時間をお借りして、不定期カフェを営業していました。 オンラインで気軽に誰かとつながれる時代だからこそ、リアルの価値が上がっているように感じます。 しかし、店舗を借りるためのお金であったり、固定費であったり、店舗ビジネスのハードルは非常に高いです。成功確率を上げるためにはどんなことが必要でしょうか。 今回、お話を聞いたのは東北芸術工科大学に在学中で、山形県でコーヒースタンド「Day&Coffee」を開業した北嶋孝祐さんです。

――オープンしたのはつい最近ですよね。おめでとうございます。 (北嶋)ありがとうございます。今年の6月6日にプレオープンしたばかりですが、思っていたよりお客さんが来てくれてとてもありがたいです。近くのおじいちゃん、おばあちゃんや若いサラリーマンなど、多種多様な方が来てくださっています。

――店舗を持つと固定費や初期投資が結構かかりますよね。怖さとかはなかったですか? (北嶋)立ち上げるときにクラウドファンディングを立ち上げたのですが、それが大きかったと思っています。開業資金としても大きかったですし、あと支援してくれた人への返礼品はお店に来てもらって使えるものを多くしたんです。なので、支援してくれた方が直接お店に来てくれるようになって、そこからじわじわと広がってきているように感じます。

――僕たちの世代だと、起業=ITベンチャーというのがかなり多いと思うのですが、なぜローカルの店舗をやろうと思ったのでしょう? (北嶋)もともと建築には関心があったんですが、一般的な建築って設計して建物を建てるところまでが仕事なんですよね。でもやっぱり中身って大事で、その建物にどんなコンテンツを入れるかも考えていかなきゃダメじゃないかなって。じゃあ自分は中身を作って運営したいと思ったのがきっかけですね。

――大学に入る時から起業するつもりだったんでしょうか? (北嶋)いえ、起業は思っていなかったですね。まずは就職して30歳くらいでなにかやりたいなとは考えていましたが、まさか在学中にやれるとは思っていなかったです。話が具体的になってきたのは、いまの会社を一緒に立ち上げた共同創業者がいるのですが、彼との出会いが大きいですね。もともと郁文堂書店という本屋さんをやっていた人で、その運営を手伝っていたこともあって。マネジャーということで、店舗運営を結構いろいろやっていたのですが、そのときにコーヒーを提供してお代はドネーション制でもらうみたいなこともやっていて、それがいまの原型でもあります。

――これからの目標や展望などはありますか? (北嶋)第一歩はコーヒースタンドから始まりましたが、Day &……という形でいろいろ展開していきたいと思っています。いまのところ東京はピンとこなかったのと、地方の方が若者ができることが多いと思うし、地方は課題の先進地域なので、ここから自分たちがやれることをやっていきたいです。

■インタビューを終えて 開業から3年以内に7割のお店が潰れるといわれています。僕が立ち上げたカフェも残念ながらうまくは行かず、事業撤退をしています。北嶋さんのようにクラウドファンディングを活用し、事前の需要確認やファン作りをすることで、成功率は飛躍的に高まるでしょう。ローカル店舗の運営にはコミュニティー作りが不可欠です。自分の失敗を振り返ると、僕はコミュニティー作りがうまくできてなかったです。もし次回やるとしたら、クラウドファンディングからはじめ、仲間を集めていきながらお店を立ち上げていきたいと思いました。

小幡和輝(おばた・かずき)氏1994年、和歌山県生まれ。約10年間の不登校を経験、その後高校3年生で起業。47都道府県すべてから参加者が集う、「地方創生会議in高野山」を主催。1億円規模の地方創生ファンドを設立し、地方でチャレンジする人を応援している。最年少で内閣府より地域活性化伝道師の認定を受けるなど、活動は多岐にわたる。 〔2019年9/26(木) NIKKEI STYLE〕

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ページ名大学卒業生、(就業のニュース、大学のニュース、)
進路ルートから漏れていく若者たち 学生の平均内定数「増加」の一方、進路ルートから漏れていく若者たち
好転する就活、氷河期の絶望
近年、少子化で働き手が減る中で大学生の就職状況は好転している。
筆者の所属する学部では2013年以降、卒業前に4年生全員の調査を継続しているが、年々求人倍率が上がる中で、学生のエントリーシート提出数や企業の説明会参加回数が減っている。
「一度も働いたことない40~50代大卒娘」を抱えた高齢親が増加中
だが学生一人当たりの平均内定取得数は増え続けている。
それは内定が一つだけという学生が減り、2割程度の学生が一人で4つ以上の内定をとっているからだ(内定を辞退される企業にとっては大変な苦労だろう)。
しかし、少数だが途中で就職活動に疲れて辞めてしまい、無業で卒業する者もいる。
実は内定を得た学生とそうでない学生の違いは紙一重だったりする。
だが内定が得られないと、就職が決まっている同級生に会うのも嫌になって大学からも足が遠ざかる。
誰にも愚痴をこぼすこともできなければ、相談できないという悪循環に陥る。
中には、友人や大学からの電話にも出なくなり、音信不通になる者もいる。
それに比べると求人自体が少なく、どんなに活動しても内定が得られなかった就職氷河期の学生たちはどんな絶望状態にいたのだろうか。
若者への就労支援も相談機関もなく、自己責任だと突き放され、心が壊れた学生も大勢いただろう。
筆者は就職氷河期だった90年代半ばから2000年代初めまで、丸の内の会社で働いていた。
就職解禁時期になると学生たちが各会社の前に長い列を作って並んでいたことを思い出す。
だが、その頃は学生たちがどれほどの苦境の中にいるのか、筆者も含め世の中の大人の多くが気づいていなかった。
あの長い列に並んでいた学生の多くは就職先が決まらず、アルバイトや無業のまま卒業し、社会を漂流することになったのだろう。
筆者が横浜市役所で働いていた2000年代半ばには、子育て支援施設のスタッフが「最近、赤ちゃんを連れてくる若いお母さんやお父さんに、仕事が非正規で経済的に苦しいという人が目立つ」と言い出したのもその頃であった。
氷河期世代の若者が親になりだした時期だったのだ。
働いているふりする若者も…
今や企業は早く学生を引き付けようとし、今年の夏休みはインターンシップという名の事実上の3年生の就職活動のスタートであった。
インターンシップも行ってみないと、本当に純粋なインターンシップなのか、インターンシップという名の企業説明会なのか、それとも選考を兼ねているインターンシップなのかは全くわからない。
こうやって多くの者がインターンシップに参加し、次の就職活動のステージへと移っていく。
たまにインターンシップに行った先であっさり内定をもらう者がいる。
それでその後の就職活動をする気がなくなり、そこでいいやと決めてしまう者もいる。
内定を出した会社が良いかどうかは別として、実は早すぎる内定は学生にも企業にもリスクがある。
学生たちは就職活動しながら、様々な企業の話を聞き、大人と出会い、自分なりに判断を繰り返し、自分の適性や自分にあう会社や仕事を見つけていく。
選び、選ばれるという過程を経験し悩みながら、自分なりに働くうえで大事にしたいことや自分の立ち位置を見定めていく。
何も考えない間に内定をもらって他の企業も訪れず、試行錯誤のプロセスを経ないと、卒業直前になって「ちゃんと就職活動すればよかった」と後悔したまま就職し、ちょっと気に入らないことがあるとあっさり辞めてしまったりする。
そもそも大卒で就職した者は3年以内に3割は最初の仕事を辞めてしまう。
最近では、初職より良い条件の企業に転職する者もいるが、労働時間が長すぎる、人間関係がよくない、仕事に疲れてと退職の理由はさまざまである。
後先考えず辞めてしまい、しばらく休もう、バイトで過ごそうと考えている間に履歴書の空白期間が開き、就職活動の意欲を失う者もいる。
中には友人とのラインでは働いているふりをしているが、本当はとっくに仕事はやめていたという者もいる。 仕事を辞めてもしばらくは大学時代の人間関係も続いていくが、そのうち同級生のライフステージの移行とともに、人間関係が切れていく。
ある者にとっては、仕事を失うことは社会とのつながりを失うことになりかねないのだ。
漂流する若者たちの行方
だが、最近は若者の就職状況が良いといっても、若者の雇用がずっと安定しているわけではない。
実は2015年時点のデータで見ても、中学・高校・大学と順調に進学し、卒業時に就職し、3年たっても初職にとどまっているのは同年代の4人に1人である(仮に2015年の状況で中高大と進学していくとどうなるか、という仮定である)。
例えば図から、2015年のデータで見ると中学卒業生の98.5%は高校に進学し、高卒者の約18%が就職(3年以内にうち4割ぐらいが辞める)、大学進学が約55%。
そして大学卒業生の約7割が就職し、3年以内にうち3割が退職するというわけだ。
これが2000年時点のデータで見ると高校からの大学進学率は約45%で大卒者の就職率は約56%であった。
大学卒業時の就職率が低かったこともあり、3年たっても初職にとどまっていたのは同年代の約6人に1人である。
2000年、2015年のいずれにしても、これは初職就職後3年後の数字であるので、それ以降も考えれば初職で安定して働き続ける若者は、ごく一握りに過ぎないのだ。
しかも就職状況が良い、といっても2015年には高卒就職者は18万人弱いたが、3年たってすでに4割近くが初職を辞めている。
20歳になるかならないかの7万人の若者はどうしているだろうか。
同年4年制大学を出て就職した44万人のうち約14万人が3年以内に離職している。
若者たちは次のスタートはうまくきれただろうか。
若者の就労支援機関に来る相談者も、その中のごく一部にすぎない。
うまく新しいステージに移れた者は良いが、次の展望がないままに、漂流する若者たちはどこに流れていくのだろうか。
実は引きこもりになった若者の理由はさまざまである。 不登校からそのままという者もいるが、4人に1人は学校生活は順調であったものの就職活動で躓いた者であり、さらに4人に1人は就職してから働いていたが、職場のトラブルや何らかの理由で退職から引きこもりに至った者である。
学校を卒業して就職したからといって、それで終わりではない。
働きだしてからも若者は悩み、壁にぶつかるときがある。
その時に、相談できる場所や適切な支援があるかどうかで、その後の若者の人生は大きく変わってしまう。
学校から企業に就職した後は、「企業が若者を育成する」という前提で組まれてきた日本社会は、まだ人生の試行錯誤を支える社会的な仕組みは不十分である。
今後、少子高齢化で激変する日本のことを考えてみれば、20代そこそこで就職した会社や選んだ仕事がその後40年以上、続くだろうか。
政府はついこの前は、「少子化は国難」といっていたはずだが、その問題意識や政策対応はどうなったのだろうか。
学生たちに少子化による人口減少の進む日本の今後の人口構成がどうなるかを教えると、ほとんどの者が「これからの日本はどうなるの。どうしてこんなになるまで放置していたの」と驚きおののく。
そもそも日本の30年後、40年後が急速な高齢化と人口減でどうなるかわからないのだ。
社会の将来がどうなるかわからない中で、どうして自分たちの未来が信じられるだろうか。
学生たちにとっては、自分たちが生きていく日本の未来こそ、先の見えないままに漂流しているように思えるのだ。
〔2019年9/26(木) 現代ビジネス 前田 正子〕

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ページ名[[]]、()
Smart World NTT Com、スマートワーク、スマートシティなどを促進する推進室を新設 「Smart World」を実現する推進室を新設 NTTコミュニケーションズ(NTT Com)は、データを利活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、社会的課題の解決を通じた「Smart World」を実現するため、「スマートワークスタイル推進室」「スマートエデュケーション推進室」「スマートシティ推進室」「スマートファクトリー推進室」「スマートヘルスケア推進室」を10月1日に新設する。 データ利活用に必要なすべての機能を利用可能なプラットフォーム「Smart Data Platform」を中核としたデータ利活用を通じて、顧客のDXやSmart Worldの実現に向けた取り組みの強化を目的としている。五つの推進室はパートナーなどとの共創を通じて、顧客のニーズに合ったソリューションやサービスの開発・提供を行う。 スマートワークスタイル推進室は、日々の業務に伴う不便さ、非効率さに起因する時間・労力・人件費の無駄を軽減し、職場環境や仕事のやり方など働き方に関するさまざまな社会的課題を解決し、働き方改革を推進することを目的としている。 交通費の精算を簡素化し社内の業務プロセスを変革するソリューションや、従業員間や従業員・企業間での業務活性化をサポートするコミュニケーションツールの開発・提供を進めていく。

スマートエデュケーション推進室は、学力格差の是正、教員の負荷軽減、不登校・いじめの抑止、AI・ロボットの台頭への対応といった教育に関するさまざまな社会的課題を解決し、日本の教育を変革することを目的としている。 授業や家庭学習から生成されるデータと教室運営、校務などの教職員業務から生成されるデータを連携させることで、個々の生徒に適した学習教育の実現や生徒の学習意欲・態度に関する分析など、教育に関する新たな価値創造を進める。 スマートシティ推進室は、都市の治安、エネルギー効率化など都市に関するさまざまな社会的課題をICTの活用により解決することを目的としている。都市から収集・蓄積されるさまざまなデータを、映像分析や自然言語分析、音解析を行い、さらなるデータの利活用を促進していく。 スマートヘルスケア推進室は、高齢者人口の増加による医療費上昇、医師の高齢化、地域による医師数格差など、日本の医療を取り巻く社会的課題を解決することを目的としている。 ウェルネスから予防・診断・治療・リハビリにいたる各ステージにおいてデータを収集・蓄積、分析・活用することで、新たなヘルスケアサービスを提供し、医療プロセスの革新やデータ利活用による新たな付加価値の創造を進める。 〔2019年9/26(木) BCN〕



周辺ニュース

ページ名[[]]、(不登校のニュース)
不登校の我が子に声をかけるときに意識したい3つの「じ」とは
毎年、長期休暇である夏休みが終わったこの時期に「不登校」になる生徒が多いといいます。
いま、日本全国には19万3674人の不登校児がおり、中学校ではほぼ1クラスに1名という高い割合であるため(平成29年度 文部科学省による調査結果)、決して他人事ではありません。
子どもの気持ちがわからずに悩んだり、親が自身を責めてしまったり…家族で不登校の問題と向き合うにはどうしたらよいのでしょうか。
そこで今回は、今まで1万8000組以上の不登校に悩む親子を支援してきた不登校解決コンサルタントの菜花俊氏の最新刊『不登校になって本当に大切にするべき親子の習慣』(青春出版社)から、不登校の子どもの心がほぐれる「声かけ」のヒントを紹介します。
●「どうして学校に行けないの?」は子どもを閉ざす質問
「どうして学校に行けないの?」
ひょっとするとあなたも、子どもにこんな質問していませんか?
実は、学校に行けない子どもに対して「どうして学校に行けないの?」は最悪の質問です。
なぜなら、この質問で子どもは、学校に行けない理由を次から次へと探し出し、自分や相手を責め、自信を失い、孤独と無力感でいっぱいになり、何もする気がなくなるからです。
一方、子どもが希望を持ち、自分で考え答えを見つけ出し、行動できるようになる質問もあります。
質問ひとつで、天国と地獄、正反対の結果になるのです。
あなたが子どもに投げかける質問は、それだけ大きな影響力があるのです。
例えば、
・よほどつらいことがあったんだね?(今までずっと我慢してきたんだね?)
・お母さんが聴いてあげられることはある? (お母さんに話せることはある?)
・お母さんにして欲しいことは何かある?(お母さんにできることはある?)
そして、学校のことを話題にできるくらい子どもが元気になったら
・(優しく)本当はどうしたいの?
・どうすればできる(学校に行ける)と思う?
・もしできる(学校に行ける)としたら何から始める?
これらの質問には、子どもを癒やし、自信を取り戻し、自ら動き出せるようになる力があります。
ポイントは、子どもに共感しつつも「子どもが何を言っても動揺しない」ことです。
子どもにとって一番の苦しみは自分のせいで大好きなお母さんが悩むことなのですから。
子どもの話を真剣に聴いたあとは、笑顔で締めくくることを忘れないでください。
●「何を言うか」ではなく「何を言ってほしいか」
子どもが悩んでいるとき、迷っているとき、泣いているとき、怒っているとき、頑張っているとき、動き出したとき…親としてどんな言葉をかけていいか迷ったら、この3つをヒントにしてください。
1 見守っていることを伝える
「悩みがあるの?」
「何か迷っているんだね?」
「悲しいことがあったの?」
「腹が立つことがあったの?」
「頑張っているね!」
「決心したんだね!」
心の変化に親が気づいていることを伝えるだけで、子どもは勇気づけられます。
2 何も言わずに笑顔でうなずく
言葉の代わりに、大きくグッドサイン(親指を立てる)でもいいです。
「イエス!」の気持ちを示せば、お子さんは心強くなります。
3 何と言ってほしいか、子どもにたずねる
「あなたの力になりたいんだけど、お母さんの助けはいる?」
「お父さん、◎◎ちゃんの頑張りが嬉しいよ!こんなとき、何て言われたい?」
この3つのヒントを参考に、「何がこの子を元気にするか?」を考えてみてください。
そうしたら、言葉も自然と出てくるようになるでしょう。
●子どもをほめるときは3つの「じ」を意識する
「子どもをうまくほめられない」
「ほめてもぜんぜん子どもが喜ばない」
「子どもをほめたら、キレられた……」
深いためいきとともに、こう漏らす親御さんたちをたくさん見てきました。
「ほめる」とは「認める」ということです。でも、言うほど簡単ではないでしょう。
かける言葉やタイミングを間違えば、お子さんが喜ばないどころか、怒り出すことさえあるかもしれません。
実は、「ほめる(=認める)」がうまくいくには、3つの条件が必要です。私は3つの“じ”と呼んでいます。
子どもをほめるときは、ぜひ次の3つの「じ」を心がけてみてください。
1 子どもがほめてほしい“事”をほめる
ふだんから子どもの話をよく聞いて、どこをほめてほしいのか、何を大切にしているのかをよく把握しておきます。
2 子どもがほめてほしい“時”にほめる
希望を持ったり、元気なときや、自分で自分を認めているときこそ、ほめるベストタイミングです。
反対に、落ち込んだり、ひどく疲れているときは、「ぜんぜんわかってない!」と、子どもの信用をなくしてしまうかもしれません。
3 親自身が自信を持っている“事”に関してほめる
ほめるからには、親がその事柄に対して、子ども以上に自信をもっているのが理想的です。
ほめられる側からすれば、自分以上にできる人や実績のある人からのほめ言葉のほうが、嬉しいはずです。
不登校解決のために今日からできることは、とても小さな一歩かもしれません。
しかし、親の勇気ある一歩は必ず子どもの心に何らかの変化をもたらすはずです。
その一歩として、まずは「声かけ」から意識してみてはいかがでしょうか。
〔2019年9/27(金) ダイヤモンド・オンライン 菜花 俊〕

周辺ニュース

ページ名[[]]、東京都(フリースクール)
不登校、代わりの居場所は? 子供の個性に合わせ「学びの形」選べれば
子供の不登校をきっかけにフリースクールを開いた赤沼美里さん
夏休み明け前後は子供の自殺が増える時期。最悪の事態を防ごうと「つらいなら学校を休んでもいいよ」というメッセージが広がっている。
だが、学校の代わりになるような「不登校のその先」の選択肢は少なく、知られていない。
学校に行けない子供とその親は居場所を求め、悩み、葛藤している。(油原聡子)
【表でみる】子供の悩み相談窓口「ここに通いたい」
小学校に入学して2カ月で不登校になった長男(8)が、フリースクールに通うことを決めたとき、東京都の赤沼美里さん(42)は、「やっとつながる場所ができた」という安心感でほっとした。
長男は気持ちの切り替えが苦手で、入学後まもなく行き渋りが始まった。
聴覚過敏で子供の騒ぐ声やホイッスルの音に耳をふさぐ。
学ぶ意欲は高いが、授業が簡単すぎてつまらない。
みんなと一緒の行動ができず、叱られてばかりだった。
それでもなんとか通っていたが、5月の運動会を機にじんましんが出るように。
夫婦で話し合い、学校を休ませることにしたが、「これからどうしよう」と不安でいっぱいだった。
◆母親もストレス
日中、長男と自宅で過ごすうちに赤沼さんのストレスも募っていった。
「当時は仕事も休んでいました。なんでこの子は家にいるんだろうって、やるせなくて、悲しくて」
周囲に不登校の経験者もいなかった。小学校以外の学べる場所の情報も少なかった。
「自分だけ輪に入れない、孤立したような気持ち」に襲われた。
そんなとき、幼稚園のママ友を通じ、不登校の子供がいる女性に会うことができた。
「無理に行かせたら傷つくだけ。でも、家にいてもイライラするだろうし、子供の居場所は大事」という助言が心に響いた。
「学校に行かなくてもいい」という判断が、長男の未来を狭めてしまうのではないかと怖かった。
だが、女性の言葉に背中を押された。好奇心旺盛な長男は学びたくないわけではない。
通学できる距離で、個性に合う所-。毎日、インターネットでフリースクールを探した。
ようやく見学したスクールは教育方針が合わず、遠回しに断られた上に、長男も嫌がった。
「なんでうちの子はなじめないんだろう」。
帰り道、涙がにじんだ。「子供が悪いわけじゃくて、合わなかっただけ」。
夫の慰めに気持ちを立て直した。
◆ゆっくり見守る
学校に行かなくなってから約1カ月後、夫が探してきたフリースクールに長男が通い始めると、赤沼さんの心も軽くなった。
ほかの子とトラブルになっても、「ゆっくり見守りましょう」という相手の母親の言葉に救われた。
居場所が見つかるまでの孤独と絶望感が消えていった。
「同じようなつらさをほかの人に味わってほしくない」。
そんな思いから昨年、都内でフリースクールを立ち上げた。
赤沼さんも不登校を受け入れるのに時間がかかった。
「経験者の話を聞き、少しずつ不安が消えました」。
母親同士情報を共有し、悩みに寄り添うことを大切にしている。
いじめや環境になじめないケースなど、学校に行けない理由はさまざまだ。
「選択肢がないと追い詰められてしまう。いろんな会社があるように、いろんな学校があっていい。
子供の個性に合わせて、学びの形が選べるようになればいいのではないでしょうか」
■行きたくないと訴えられたら味方だときちんと伝えて
子供が学校に行きたくないと訴えた場合、保護者はどう対応したらいいのだろうか。
千葉大学の藤川大祐教授(教育方法学)は「子供がプレッシャーになるような言動は控え、寄り添ってほしい」と話す。
学校に行けないことで、子供自身も苦しんでいる。
藤川教授は「学校に行けない理由が明らかなら、学校と連携して解決するのもひとつの手段」とする。
その上で、「子供は親に忖度(そんたく)してしまうこともあるし、自分でも学校に行けない理由を分かっていないこともある。
無理に行かせようとしたり、聞き出そうとしたりはせず、まずは、親は子供の味方だときちんと伝えることが必要」と話している。
■悩み相談窓口、受付時間を延長
夏休み明けに合わせ、子供や保護者の悩みを聞く相談機関は普段より電話の受付時間を延長するといった対応強化に乗り出している。
18歳以下の子供を対象にした相談窓口「チャイルドライン」では、9月4日まで普段より4時間長くし、午後2~11時、フリーダイヤル(0120)997777で相談に応じる。
オンラインチャットも、期間中は曜日を限定せず、毎日午後4~9時に開設する。
運営するNPO法人「チャイルドライン支援センター」の高橋弘恵さんは「相談者のありのままを受け止める。
悩んでいたり、もやもやしたりしている人は抱え込まないで」と話す。
法務省の「子どもの人権110番」は、9月4日までは時間を延長、平日は午前8時半から午後7時まで、土日は午前10時から午後5時まで受け付け、保護者にも対応する。
文部科学省も「24時間子供SOSダイヤル」への相談を呼び掛けている。
〔2019年9/1(日)産経新聞〕

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ページ名[[]]、沖縄県(不登校のニュース、)
「地獄のような」日々だった…不登校だった人と親が語る #不登校は不幸じゃない 
親や子としての不登校経験を語ったイベントの参加者=18日、南風原町文化センター
夏休み明けを前に「#不登校は不幸じゃない」と題したイベントが18日、南風原町文化センターで開かれた。
不登校経験のある人と親計4人が体験とともに「学校に行けなくても将来は大丈夫」「生きていれば未来は見えてくる」と伝え、約40人が耳を傾けた。
小学3年から中学3年の2学期まで学校に行けなかった志堅原京子さん(41)は、学校に行こうとすると吐いてしまう「地獄のような」日々を送った。
体重が20キロを下回るほど苦しんだが、原因は分からない。
「人に気を遣う敏感な子どもだったから」と今は思う。「一からやり直したい」と考えるようになった時、7年間続いた嘔吐(おうと)が止まった。
「どんなに周りが行かせようと思っても行けない時は行けない。心が成長した時に行けるようになる」と語った。
盛島楓さん(22)は、いじめが原因で小学3年から中学2年まで不登校になった。
「体調が悪い」と理由をつけて欠席する自分を責めていたが、ある日母親から「行きたくなければ行かなくていい」と言われ、「家にいていいんだ」とほっとしたという。
盛島さんは現在、コスメショップのオーナー。
「生きていれば未来が見えて次の段階に進める。本人が挑戦したいことを経験させてほしい」と呼び掛けた。
小学6年の娘が不登校の女性(44)は当初、頑張れば解決できると「あの手この手で無理やり登校させた」と振り返る。
だが、娘は学校に行くたびに発熱。
他の体験者らとつながりを持つようになると、「私も生きやすく、娘も笑顔が増えた」と言い、今は「娘は幸せと言うようになった。
この経験は私たちの糧になる」と前を向いた。
イベントは全国一斉企画の一環。
沖縄では盛島さんの母・美奈子さん(48)が中心となって開いた。
〔2019年8/19(月) 沖縄タイムス〕


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ページ名「悩み相談」担当の高校生・観際メル、熊本県八代市(高校のニュース、)
【令和に咲く】役立つ助言とことん追求 哲学生かし、自分なりに 「悩み相談」担当の高校生・観際メルさん(八代市)
読書で培った哲学を生かして、フリーペーパーに連載を持つ観際メルさん=八代市
「高校生の息子が、スマートフォンを片時も離しません」。
そんな母親からの相談に、当時中学2年だった観際[みきわ]メルさん(ハンドルネーム)=八代市=はこう返した。
「あなたが息子さんに執着してませんか」
フリーペーパーの悩み相談コーナーで回答を担当するメルさん。
不登校を経験し、哲学を愛する。連載は形を変えて続き、メルさんは高校生になった。
哲学との出合いは小学6年のとき。学校では、先生への反論や個性が許されないことに違和感を覚えた。
「人間味あふれる」哲学の本を読み始めた。
2016年、中高一貫校に進学。「哲学のことを話せる友達ができるかも」と期待したが、中学でも環境の変化はなかった。
熊本地震後に不登校となり、6月半ばから保健室や別教室へ登校した。
ブログを始めたのは中学1年。読んだ本の面白さと読みやすさを5段階で評価し、感想をまとめた。
学校や日常生活で思うことも書いたところ、八代市などで配布されるフリーペーパー「やつしろぷれす」が連載を依頼。
17年、「中学生メルのピリ辛アドバイス(メルアド)」がスタートした。
やつしろぷれすに掲載された「中学生メルのピリ辛アドバイス(メルアド)」
「早起きが苦手」-「きちんと生活できているので、それでいいのでは」
「彼氏がデートの時、スマホばかり見ている」-「一緒にいすぎて話題がないのかも。デート回数を減らして、お互いが一緒にいる時間を大切に」
心掛けるのは「客観的に問題を見て、肯定も交ぜつつ、納得してもらえるような答えにすること」。
1日以上じっくり考えて、悩みに真剣に向き合う。哲学書も参考にし、自分なりの答えを返す。
今年4月の高校進学を機に連載は「メルの懺悔[ざんげ]室」となり、読者が打ち明ける過ちを考察し、助言するコーナーにモデルチェンジした。
「理想は包容力のある大人の返しができること」とはにかむ。
将来の夢はまだ分からない。ただ、「大学で哲学を本格的に学びたい」と思う。
「情報と人が多く集まる都会で生活して、哲学を語る友達をつくりたい」(文・写真、中村悠=29歳)
◇みきわ・める 2003(平成15)年生まれ。県内の中高一貫校の中学校卒業後、通信制高校に進学。
勉強や読書の傍ら、スーパーの鮮魚コーナーでアルバイトに励む。カメラや旅行に興味がある。最近は美術史も勉強中。
「メルの懺悔室」
<取材を終えて>芯の強さ、大人顔負け 観際メルさんの行動基準は「『やりたいか』と『自分が求められているか』の2点のみ」だという。
イギリスへのホームステイに挑戦するなど、「見聞を広めたい」と国内外への旅行にも積極的に出掛ける。
彼女を前にすると「果たして自分はいつも自分の頭で物事を考えているか」と不安になる。
それほど、強い芯を感じる女子高生だ。
その強さと哲学を糧に、どんどん自分の世界を広げてほしいと思う。
〔2019年9/27(金) 熊本日日新聞(八代支社・中村悠)〕

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ページ名[[]]、()
石井志昂 不登校は人生の“詰み”ではない。『不登校新聞』編集長が伝えたいこと 夏休み明けが重なる「9月1日」を控え、いまも苦しい気持ちを打ち明けられずに学校へ向かおうとする子、向えないかも…と不安になっている子がいるかもしれません。 そんな子どもたち、そして、その親に向けて『不登校新聞』編集長・石井志昂さんは「不登校は人生の“詰み“ではない」と語ります。その意味とは…? 石井さんがハフポスト日本版に寄稿した。 夏休み明けが重なる「9月1日」は子どもの自殺が1年で最も多い日です。いまも苦しい気持ちを誰にも打ち明けられずに、学校へ向かう子がいるかもしれません。 そこでこのブログでは、夏休み明けの子どもの心境をお伝えするとともに、「不登校は人生の“詰み”ではない」ことをお伝えできればと思っています。 まずは、ここで前提としている「9月1日」の意味からお伝えします。 2015年8月に発表された「自殺対策白書」によると、1972年~2013年の42年間で、9月1日に自殺した子どもは131人。平均の2.6倍と突出しています。調査分析したのは森口和研究員(現・自殺総合対策推進センター所属)でした。 夏休み明けのこの時期、なぜ自殺が集中するのか。それは私たち『不登校新聞』が取材してきた不登校の子どもたちの心境からうかがい知ることができます。

内閣府「自殺対策白書」より作図 必死で通っている時には感じない「苦しさ」に気づく 夏休みに入ると、子どもは大きな解放感を得ます。それは学校に苦しさを感じていない子も同じだと思います。 学校へ行くのが苦しい子の場合、夏休みに入った直後、長い睡眠時間をとったり、強い倦怠感に襲われたりします。学校へ通っていたころの緊張と疲労が一気に噴き出すからです。 こうした「休息」が充分にとれると「学校での苦しさ」を自覚します。毎日、がんばって学校へ通っている時は必死なので、「苦しさ」を感じないことが多いのです。 「苦しさ」の中身は、いじめや、いじめとは言えなくても教室内の人間関係でついた心の傷、勉強への重圧、部活や先生についての悩み、親からの期待に応えられなかったという自責の念などです。 子どもがそうした「苦しさ」を感じ始めるのが、お盆明けごろです。 俗に「学校へのカウントダウン」とも呼ばれていますが、苦しさを感じていた学校へ「あと〇日で戻ってしまう」という気持ちが芽生えるからです(東北や北海道では、より早く休みが明けるのでお盆前にカウントダウンが始まります)。  学校への不安感、恐怖感がしだいに募っていく感覚を「地獄が迫ってくる感じ」「ジェットコースターが落ちる前の感覚」だと表現していた子どもたちもいました。 そして、緊張感や不安感が最も高まるのは夏休み明けの前夜です。 じつは子どもの自殺も夏休み明けの前夜がもっとも多くなります。「9月1日」が多いと言われていますが、本当に多いのは「8月31日の深夜」。深夜のため統計上は日付が変わって、「9月1日」が突出しているように見えるのです。 親の直感を信じて、子どものSOSを見極める 親からすると、子どもがそれほど学校で苦しんでいるならば「SOS」をいち早く見つけたいと思うものです。子どもたちが発信する特徴的なSOSは以下のとおりです。 ・体調不良を訴える(頭痛/腹痛/体の痛みなど) ・食欲不振 ・不眠 ・これまでやれていたことができない(夏休みの宿題など) ・大好きだったものが楽しめなくなる(本を読む、絵を描くなど) ・理由を言わずに「死にたい」「人生をやめたい」と訴える。 「死にたい」と訴えてきた場合は別ですが、その他の理由は「夏休みだから」という理由で、つい見落としがちです。食欲不振や不眠などは「夏バテかな」と思いますし、夏休みの宿題ができないことなどは「恒例だ」と思う人も少なくないでしょう。 私も上記のことがすべて「SOS」に該当するとは思いません。しかし、夏休みに入った直後と夏休み明けが近づいてきた時期とを比べ、上記のようなことが目立つ場合は注意が必要です。 SOSかどうかの指針として、あるお母さんは「親の直感を信じていい」と話していました。

ただ、不登校やひきこもりなどの「将来への不安」が先行すると、その直感は鈍ります。心を落ち着かせて、小さいころから見てきたわが子の様子を思い出し、「今」異変を感じるかどうか。 その問いに対する親の直感は「そうそう外れない」と言っていました。 ただし、「学校へ行きたくない」と本人が訴えてきた場合は別です。 「学校へ行きたくない」子に言ってはいけない2つの言葉 子どもが「学校へ行きたくない」と言ったらどうしよう。親にとって大きな心配の1つでもあります。 学校で苦しんでいればいるほど、子どもは「行きたくない」という一言を言えません。学校には行くものだと強く思っているからです。学校へ行けないぐらいなら死んだほうがいいと本気で思っている子どもも少なくありません。 なので「学校へ行きたくない」と深刻に訴えてきた場合は、最大級のSOSだと思ってください。子どもは限界ギリギリ、がけっぷちで親に助けを求めています。

では、その時、どうすればいいのか。じつは多くの親が踏んできた地雷(禁句)があります。

「なんで学校へ行きたくないの」

「もうすこしがんばってみよう」 この2つが子どもを追いつめる禁句の言葉です。もっと言うと、親ならば誰しも言ってしまうであろうこれらの言葉で、不登校の子たちは深く傷つけられ、追いつめられてきたのです。 ならば、どうすればいいのか。 例えば「そっか」と同意をした後で、「いま、どんな気持ちなの?」と心境を聞き、そのうえで、学校へ行く、行かないの選択肢を子ども自ら選んでもらい、周囲はその選択に従う。  これは、学校へ行きたくないと訴えたときだけでなく、子どもの悩みを聞く姿勢としても確立している手法でもあります。 もちろん、これが普段からできる人は、フリースクールのスタッフなど「プロ」ですが、「なるべくそちらの方向を目指す」という程度に覚えておいてもらえたら幸いです。 不登校には「その先」がある 自分の子や自分が不登校にならなくても、知ってほしいことがあります。

1つは、学校へ行かなくなった後、フリースクール、学童、図書館、自宅などが子どもの居場所になって、その成長や学びを助けるケースが多くあるということ。 2つめは、小中学校へ通うことは子どもの権利であって、義務ではないということ。 憲法では、子どもは教育を受ける権利がありますが、親は子どもを無理やり学校へ通わせる義務はありません。子どもが望めば、校長裁量で1日も学校へ通わず、小中学校を卒業することができます。私の友人も小学校は1日しか通っていませんが、彼女はいまIT企業で働いています。 不登校には「その先」があること。そして、義務教育は子どもの義務ではないこと。 この2つはまだ多くの人に知られていませんが、事実であり、不登校が人生の“詰み”=終わりではないという根拠の1つです。 私自身、中学2年生から不登校でした。私の予想に反して、学校へ行かないことは「人生の詰み」ではありませんでした。 もし学校が怖いと感じている人がいるならば、私のように生きている人を知ってもらい、どうか「死ぬ以外の選択肢がある」ことを信じてもらいたいと思っています。   少しでも自殺を考えてしまったり、周りに悩んでいる人がいる人たちなどに向けて、以下のような相談窓口があります。 

チャイルドライン:0120-99-7777 東京自殺防止センター:03-5286-9090 いのちと暮らしの相談ナビ: 厚生労働省|自殺対策ホームページ:0570‐064‐556 自殺総合対策推進センター: (編集:毛谷村真木) 石井志昂 〔2019年8/30(金) ハフポスト日本版〕


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◎記事は次のように分類し保存しています(2017年7月時点 ⇒ひきこもり周辺ニュースでより詳しく)

ハンディがある人 ひきこもりの動き社会的弱者のニュースホームレス

発達障害のニュース障害者のニュース性的少数者

生活困窮者のニュース外国人のニュースいろいろな事件・事故
家庭と家族のこと 家庭・家族のニュース家族の生活調査里親のニュース
ひとり親家庭ひきこもり調査子どもの生活調査
学校の種類 小学校のニュース中学校のニュース義務教育学校

夜間中学校のニュース学習教室のニュース無料塾
適応指導教室のニュースフリースクールのニュース
専門学校のニュース大学のニュース特別支援学校のニュース

山村留学のニュース離島留学のニュースホームスクーリングのニュース
学ぶ条件と環境 奨学金のニュース就学援助のニュース教育委員会のニュース

家庭教師のニュース学習教室のニュース無料塾

校則のニューススクールカウンセラー教育のニュース
高校のニュース 高校の国内留学 http://www.futoko.info/zzblogc/
全日制高校のニュース定時制高校のニュース通信制高校のニュース
通信制サポート校のニュース高等専修学校のニュース高校中退のニュース
高校卒業程度認定試験技能連携校のニュース
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