カスタム検索(不登校情報センターの全サイト内から検索)

 
Clip to Evernote  Twitterボタン  AtomFeed  このエントリーをはてなブックマークに追加  


9月入学説

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
2行: 2行:
  
 
==9月入学説==
 
==9月入学説==
 +
===[[:Category:周辺ニュース|周辺ニュース]]===
 +
ページ名[[9月入学説]]、() <br>
 +
'''受験も教科書も…「拙速な9月入学」に代わる「コロナ禍教育」発想の転換'''<br>
 +
教育ジャーナリストのおおたとしまささんが考察する「9月入学」、これまでに「9月入学を実施する場合に起こりうる問題点」「9月入試が魔法の杖やリセットボタンと言えない理由」について綴ってもらったが、ここでは「ではどうしたらいいのか」について具体的な対案を考察いただこう。<br>
 +
現実的に「子どもたち」を考えた教育改革とは何だろうか。<br>
 +
教科書がない国は多い。どの教材を用いて教えるのかも教員の裁量に任されるのだ。<br>
 +
教科書や学習指導要領によって教え方の「マニュアル化」がきちんとなされているという一面もあるが、ガチガチに固められていると柔軟にはできない 。<br>
 +
'''学習指導要領の弾力化と入試の分散'''<br>
 +
学習指導要領と検定教科書と入試が三つ巴になって日本の教育をがんじがらめにしているがゆえ、大学入試改革も進まなかったし、今回の新型コロナ禍にも柔軟な対応ができていないというのが私の認識であることを共有したうえで、発想の転換を提案したい。<br>
 +
それが「9月入学」への対案のたたき台になるとも考える。<br>
 +
これを機に学校のあり方を根本的に見直すというのならむしろ、学習指導要領の弾力性を増し、検定教科書を廃止し、現場の学校や教員の裁量を増すことを検討したらどうだろう。<br>
 +
そうすれば海外と同様に、過度に横並びを気にしない教育文化ができる。<br>
 +
「9月入学」よりもよほど本質的にグローバルスタンダードである。ただし、これについても、この秋までに正式に変更は無理である。<br>
 +
現在の緊急事態に際しては、臨時的に学習指導要領の弾力化を文科省が認めればいい。<br>
 +
学習指導要領の中にも優先順位を設け、「小学校卒業までに最低限こことここは押さえておくように」などと決めたうえで、社会状況、地域の状況、生徒たちの状況に合わせて、学校単位または各教員の判断で学習内容を臨機応変に変えてよいことにする。<br>
 +
各進学段階での入試問題の作問者も、それを最大限に配慮する。<br>
 +
要するに学習指導要領の項目を終わらせるために「9月入学」にするのではなく、学習指導要領のほうを調整すればいいという話だ。<br>
 +
たとえば本来であれば小学3年生で学ぶべきことを取りこぼしたとしても、3年生を8月まで延長するのではなく、4月に4年生に進級させてから、取りこぼした分を学び直せばよい。<br>
 +
こんなときぐらい、4年生が3年生の教科書を使ったっていいではないか。<br>
 +
その後も4年生、5年生、6年生という長いスパンの中で、上記の臨時の弾力的学習指導要領と照らし合わせて遅れを吸収する。<br>
 +
高校入試や大学入試においては、学習指導要領で優先順位が下げられた項目については極力出題しないように忖度する。<br>
 +
もし私が大学の教員だったら、来年度の入試には「新型コロナウィルスへの各国のリーダーの対応を比較し、あなたはどの国のリーダーが優れていたと思うか、理由とともに述べなさい」という小論文課題を出したいくらいである。<br>
 +
それこそ先の大学入試改革でやりたかったことではなかったのか。<br>
 +
'''今の高3、浪人生を救済する必要'''<br>
 +
そうはいっても特に気の毒なのが現高校3年生だ。<br>
 +
彼らは大学入試改革に散々翻弄された挙げ句、ここに来て「9月入学」なんて話が飛び出して、もう何を信じていいのかわからない。<br>
 +
浪人生も不安だろう。センター試験が共通テストに変わることを受け入れてあと1年頑張ると決めた彼らも、「9月入学」なんてことになれば、1.5年待たされることになる。<br>
 +
彼らを少しでも救済するために、来年の大学入試については特例として、冬入試と夏入試の2回を設定し、どちらかを選べるようにしてもいいのではないか。<br>
 +
もちろん新型コロナウィルスの感染拡大状況によっては、大学入試自体が例年通り実施できるかどうかすらわからないのだが。<br>
 +
現役生でも浪人生でも、さっさと大学入試をすませて大学に進学したいという者は冬入試を受けて、4月に入学すればいい。<br>
 +
時間をかけて休校分を取り戻したい者は夏に受験して9月に入学すればいい。<br>
 +
難題は平等性の担保だが一方で、受験生の人数が分散され、仮に新型コロナウィルスの脅威が完全には去っていなくても、受験会場でソーシャルディスタンスを保つなどの感染対策がしやすくなる効果も期待できる。<br>
 +
ついでに言えば、余計な混乱を避けるため、また感染リスクを減らすため、来年に関しては「共通テスト」を中止してしまってもいいのではないだろうか。<br>
 +
あるいはせめて余計な混乱や不安を避けるため、「センター試験」を続行する。<br>
 +
そういう特別措置としての『9月入学』はこの際積極的に認められるべきだ。<br>
 +
ただし、それと、日本のすべての学校を「9月入学」にするというのは話の規模が違いすぎる。<br>
 +
もはや「コロナ前」には戻らない。その場しのぎではない、新型コロナウイルスがあっても学びを止めない体制を作ることが大切だ Photo by Getty Images <br>
 +
'''第2波、第3波への備えこそ、いますべきこと'''<br>
 +
結局のところ、「学習指導要領の弾力化」「臨時の入試日程および入試出題範囲調整」を行えば、いまのような大混乱期に、「9月入学」などという社会的インパクトが甚大な大改革を実行するリスクを取らなくてもよいではないかということだ。<br>
 +
「リスクをとらなければ何も変えられない」という勇ましい声も聞こえてきそうなので念のために述べておくが、「9月入学」導入が失敗した場合のリスクを直接的に引き受けなければいけなくなるのは、子どもたちである。<br>
 +
仮に形のうえで実行できたとしても、急場しのぎのやっつけ仕事では、国の教育システムの基礎が傾き、後年まで悪影響がおよぶことにもなりかねない。<br>
 +
ましてや、仮に現在の新型コロナウィルスが早期に終息したとしても、いつまた第2波、第3波がやってくるかわからない。<br>
 +
その確率は相当に高いと見るべきだ。第2波がやってきてまた長期にわたって休校したからといって、そのたびに学年を半年延長し続けるわけにもいかないだろう。<br>
 +
その意味でも、新型コロナウィルス対策として「9月入学」を持ち出すことはちぐはぐだといえる。<br>
 +
いま私たちが備えるべきは、仮に第2波、第3波がやってきても子どもたちの学びを止めない体制づくりだ。<br>
 +
'''最も効果的な「対策」とは'''<br>
 +
全児童・生徒がオンラインで授業を受けられる環境を急いで整えることはもちろん、他との予算のバランスを無視して言わせてもらえば、最も効果的なのは、来年度までに学校現場の教職員の数を大幅に増やすことだ。<br>
 +
少人数学級を実現すれば、学級内での感染リスクの管理もしやすくなるし、仮に新型コロナウィルスの第2波、第3波が来たとしても、個別の学習指導がしやすくなる。<br>
 +
教員数が増えれば、教員も休みやすくなり、そのことによっても感染拡大のリスクを減らせる。<br>
 +
ついでにこれを機に、日本の長時間労働の素地になっているとも考えられる「皆勤賞主義」のような価値観も学校から払拭すべきだろう。<br>
 +
少しでも体調がすぐれなければ休むことをむしろ美徳とするのだ。<br>
 +
学校を休んでも、体力的に可能なら、自宅からオンラインで授業に参加できるようにするのもよい。<br>
 +
そうすれば、さまざまな理由で不登校の状態にある子どもたちの学びの権利も、いくらかは保たれやすくなるはずだ。<br>
 +
それでもまた長期にわたり休校を余儀なくされたら、たとえばクラスのみんなでプログラミング的要素のある「マインクラフト」のようなオンラインゲームを使って、インターネット空間にみんなの理想の学校を建築するなどのプロジェクトに取り組んでも面白いのではないだろうか。<br>
 +
それがまたとないプログラミング教育への入口となり、自らプログラミングを学び始める猛者が現れ、クラスの人気者になるかもしれない。<br>
 +
レクリエーションとして、クラス対抗の「eスポーツ大会」を開催してもいい。<br>
 +
5年後、10年後には、私たち大人が見たこともない「学校」が、あたりまえのものとして実現しているかもしれない。<br>
 +
新型コロナウィルスの影響による社会への打撃は甚大で、かつ長期におよぶだろう。<br>
 +
しかし一時的に国が貧乏になったって、子どもたちが安心して学べさえすれば、彼らが大人になったとき、必ず社会はまた豊かになる。<br>
 +
いまこの難局でさまざまことに優先順位をつけなければいけないのは大変だが、そこさえ間違えなければなんとかなると私は思う。<br>
 +
〔2020年5/5(火) 現代ビジネス おおたとしまさ(教育ジャーナリスト)〕 <br>
 +
 
'''9月入学、課題山積 就職など影響多岐に 「社会の認識共有必要」'''<br>
 
'''9月入学、課題山積 就職など影響多岐に 「社会の認識共有必要」'''<br>
 
新型コロナウイルスの感染拡大による臨時休校の長期化を受け、「9月入学・始業」を求める動きが強まっている。<br>
 
新型コロナウイルスの感染拡大による臨時休校の長期化を受け、「9月入学・始業」を求める動きが強まっている。<br>

2020年5月13日 (水) 14:09時点における版

9月入学説

周辺ニュース

ページ名9月入学説、()
受験も教科書も…「拙速な9月入学」に代わる「コロナ禍教育」発想の転換
教育ジャーナリストのおおたとしまささんが考察する「9月入学」、これまでに「9月入学を実施する場合に起こりうる問題点」「9月入試が魔法の杖やリセットボタンと言えない理由」について綴ってもらったが、ここでは「ではどうしたらいいのか」について具体的な対案を考察いただこう。
現実的に「子どもたち」を考えた教育改革とは何だろうか。
教科書がない国は多い。どの教材を用いて教えるのかも教員の裁量に任されるのだ。
教科書や学習指導要領によって教え方の「マニュアル化」がきちんとなされているという一面もあるが、ガチガチに固められていると柔軟にはできない 。
学習指導要領の弾力化と入試の分散
学習指導要領と検定教科書と入試が三つ巴になって日本の教育をがんじがらめにしているがゆえ、大学入試改革も進まなかったし、今回の新型コロナ禍にも柔軟な対応ができていないというのが私の認識であることを共有したうえで、発想の転換を提案したい。
それが「9月入学」への対案のたたき台になるとも考える。
これを機に学校のあり方を根本的に見直すというのならむしろ、学習指導要領の弾力性を増し、検定教科書を廃止し、現場の学校や教員の裁量を増すことを検討したらどうだろう。
そうすれば海外と同様に、過度に横並びを気にしない教育文化ができる。
「9月入学」よりもよほど本質的にグローバルスタンダードである。ただし、これについても、この秋までに正式に変更は無理である。
現在の緊急事態に際しては、臨時的に学習指導要領の弾力化を文科省が認めればいい。
学習指導要領の中にも優先順位を設け、「小学校卒業までに最低限こことここは押さえておくように」などと決めたうえで、社会状況、地域の状況、生徒たちの状況に合わせて、学校単位または各教員の判断で学習内容を臨機応変に変えてよいことにする。
各進学段階での入試問題の作問者も、それを最大限に配慮する。
要するに学習指導要領の項目を終わらせるために「9月入学」にするのではなく、学習指導要領のほうを調整すればいいという話だ。
たとえば本来であれば小学3年生で学ぶべきことを取りこぼしたとしても、3年生を8月まで延長するのではなく、4月に4年生に進級させてから、取りこぼした分を学び直せばよい。
こんなときぐらい、4年生が3年生の教科書を使ったっていいではないか。
その後も4年生、5年生、6年生という長いスパンの中で、上記の臨時の弾力的学習指導要領と照らし合わせて遅れを吸収する。
高校入試や大学入試においては、学習指導要領で優先順位が下げられた項目については極力出題しないように忖度する。
もし私が大学の教員だったら、来年度の入試には「新型コロナウィルスへの各国のリーダーの対応を比較し、あなたはどの国のリーダーが優れていたと思うか、理由とともに述べなさい」という小論文課題を出したいくらいである。
それこそ先の大学入試改革でやりたかったことではなかったのか。
今の高3、浪人生を救済する必要
そうはいっても特に気の毒なのが現高校3年生だ。
彼らは大学入試改革に散々翻弄された挙げ句、ここに来て「9月入学」なんて話が飛び出して、もう何を信じていいのかわからない。
浪人生も不安だろう。センター試験が共通テストに変わることを受け入れてあと1年頑張ると決めた彼らも、「9月入学」なんてことになれば、1.5年待たされることになる。
彼らを少しでも救済するために、来年の大学入試については特例として、冬入試と夏入試の2回を設定し、どちらかを選べるようにしてもいいのではないか。
もちろん新型コロナウィルスの感染拡大状況によっては、大学入試自体が例年通り実施できるかどうかすらわからないのだが。
現役生でも浪人生でも、さっさと大学入試をすませて大学に進学したいという者は冬入試を受けて、4月に入学すればいい。
時間をかけて休校分を取り戻したい者は夏に受験して9月に入学すればいい。
難題は平等性の担保だが一方で、受験生の人数が分散され、仮に新型コロナウィルスの脅威が完全には去っていなくても、受験会場でソーシャルディスタンスを保つなどの感染対策がしやすくなる効果も期待できる。
ついでに言えば、余計な混乱を避けるため、また感染リスクを減らすため、来年に関しては「共通テスト」を中止してしまってもいいのではないだろうか。
あるいはせめて余計な混乱や不安を避けるため、「センター試験」を続行する。
そういう特別措置としての『9月入学』はこの際積極的に認められるべきだ。
ただし、それと、日本のすべての学校を「9月入学」にするというのは話の規模が違いすぎる。
もはや「コロナ前」には戻らない。その場しのぎではない、新型コロナウイルスがあっても学びを止めない体制を作ることが大切だ Photo by Getty Images
第2波、第3波への備えこそ、いますべきこと
結局のところ、「学習指導要領の弾力化」「臨時の入試日程および入試出題範囲調整」を行えば、いまのような大混乱期に、「9月入学」などという社会的インパクトが甚大な大改革を実行するリスクを取らなくてもよいではないかということだ。
「リスクをとらなければ何も変えられない」という勇ましい声も聞こえてきそうなので念のために述べておくが、「9月入学」導入が失敗した場合のリスクを直接的に引き受けなければいけなくなるのは、子どもたちである。
仮に形のうえで実行できたとしても、急場しのぎのやっつけ仕事では、国の教育システムの基礎が傾き、後年まで悪影響がおよぶことにもなりかねない。
ましてや、仮に現在の新型コロナウィルスが早期に終息したとしても、いつまた第2波、第3波がやってくるかわからない。
その確率は相当に高いと見るべきだ。第2波がやってきてまた長期にわたって休校したからといって、そのたびに学年を半年延長し続けるわけにもいかないだろう。
その意味でも、新型コロナウィルス対策として「9月入学」を持ち出すことはちぐはぐだといえる。
いま私たちが備えるべきは、仮に第2波、第3波がやってきても子どもたちの学びを止めない体制づくりだ。
最も効果的な「対策」とは
全児童・生徒がオンラインで授業を受けられる環境を急いで整えることはもちろん、他との予算のバランスを無視して言わせてもらえば、最も効果的なのは、来年度までに学校現場の教職員の数を大幅に増やすことだ。
少人数学級を実現すれば、学級内での感染リスクの管理もしやすくなるし、仮に新型コロナウィルスの第2波、第3波が来たとしても、個別の学習指導がしやすくなる。
教員数が増えれば、教員も休みやすくなり、そのことによっても感染拡大のリスクを減らせる。
ついでにこれを機に、日本の長時間労働の素地になっているとも考えられる「皆勤賞主義」のような価値観も学校から払拭すべきだろう。
少しでも体調がすぐれなければ休むことをむしろ美徳とするのだ。
学校を休んでも、体力的に可能なら、自宅からオンラインで授業に参加できるようにするのもよい。
そうすれば、さまざまな理由で不登校の状態にある子どもたちの学びの権利も、いくらかは保たれやすくなるはずだ。
それでもまた長期にわたり休校を余儀なくされたら、たとえばクラスのみんなでプログラミング的要素のある「マインクラフト」のようなオンラインゲームを使って、インターネット空間にみんなの理想の学校を建築するなどのプロジェクトに取り組んでも面白いのではないだろうか。
それがまたとないプログラミング教育への入口となり、自らプログラミングを学び始める猛者が現れ、クラスの人気者になるかもしれない。
レクリエーションとして、クラス対抗の「eスポーツ大会」を開催してもいい。
5年後、10年後には、私たち大人が見たこともない「学校」が、あたりまえのものとして実現しているかもしれない。
新型コロナウィルスの影響による社会への打撃は甚大で、かつ長期におよぶだろう。
しかし一時的に国が貧乏になったって、子どもたちが安心して学べさえすれば、彼らが大人になったとき、必ず社会はまた豊かになる。
いまこの難局でさまざまことに優先順位をつけなければいけないのは大変だが、そこさえ間違えなければなんとかなると私は思う。
〔2020年5/5(火) 現代ビジネス おおたとしまさ(教育ジャーナリスト)〕

9月入学、課題山積 就職など影響多岐に 「社会の認識共有必要」
新型コロナウイルスの感染拡大による臨時休校の長期化を受け、「9月入学・始業」を求める動きが強まっている。
政府は具体的な検討作業に着手したが、教育制度に加え就職や会計年度など社会生活全般への影響は多岐にわたり、課題は山積。
教育現場からは戸惑いの声も漏れる。
「社会全体に影響を及ぼすもので、各方面との調整が必要だ。社会全体の問題として認識が共有できれば一つの大きな選択肢だ」。
萩生田光一文部科学相は1日の閣議後記者会見で、9月入学についてこう述べ、検討を続ける考えを示した。
欧米諸国などは秋入学が主流で、過去に東京大が秋入学移行を検討したが見送った経緯などがある。
今回の休校で、家庭学習を課されている児童生徒の教育格差が懸念され、9月入学論は是正策の一環として浮上。
インターネット上では高校生が賛同署名を呼び掛け、2日現在で2万3000筆超を集めた。
「教育格差を埋めるにはこれしかない」などのコメントが寄せられている。
全国知事会も「国民的な骨太の議論」を緊急提言した。
9月入学のメリットは、留学生の往来がしやすくなることをはじめ、受験時期が夏になり積雪やインフルエンザの問題が解消されることなどが挙げられる。
他方、国・自治体の会計年度や春季一括採用とのずれが生じることや、資格試験の制度設計の見直しなどの課題が出てくる。
学校教育法施行規則は、学年を4月1日に始まり翌年3月31日に終わると規定。
ただ、大学は学長が始期と終期を定められる。
9月入学に向けては、規則変更だけではなく義務教育の期間をはじめ同法改正なども必要になる見通しだ。
日本私立中学高等学校連合会の吉田晋会長は「時期がずれることで5カ月分の学費などの補償はどうなるのか。
感染の影響がどこまで延びるかも分からず、オンラインを活用した学びの保障の問題などを早く解決すべきだ」と述べ、感染防止策を優先するよう求めた。
一方、教育評論家の尾木直樹法政大名誉教授は「子供にとって最善の利益は何かを押さえるべきだ。
学習内容は詰め込んでも間に合わず、不登校や勉強嫌いが急増する。ゆっくりと時間を取って9月からやればいい」と話している。 
〔2020年5/4(月) 時事通信〕

9月入学でますます加速する教育現場のブラック化!子ども・若者にいま政治家が果たすべき責任とは
降ってわいたような9月入学論が、波紋と議論を読んでいます。
私自身は9月には感染が収束し全員が学校に行けるという想定自体が、楽観的すぎると考えています。
感染症の専門家の判断を経ない無責任な提案は、文部科学省や知事ご自身が率いられる都道府県庁組織、教育や子どもにかかわるあらゆる現場の混乱を拡大させるばかりです。
また子ども・若者の学びとケアの保障について置き去りにしている限り、全国知事会の全国提言は、無責任であるばかりか有害だとすら考えています。
私の基本的な考え方については、こちらの記事もご参照ください。
「学びの不安・心の不安は置き去りに?:一斉休校後の迷走の中で取り残される子ども・若者たちへの支援策」(Yahoo!個人・記事)
「(コロナと学び)休校中に大切なこと、識者に聞く 末冨芳さん」(朝日新聞4月20日記事)
萩生田光一文部科学大臣も「莫大(ばくだい)な事務作業」を懸念し、「社会全体に影響を及ぼす」と述べ、慎重に検討する姿勢を示しています河北新報4月29日記事)。
欧米で主流の秋入学に合わせるべきだという意見についても、「社会全体で同じカレンダーを共有してくれないと、文科省だけで解決する話ではない」という萩生田大臣の指摘はもっともなものです。
学校現場だけでなく、企業の採用活動や人材確保を含め、国民経済全体にマイナスの影響を及ぼしかねないのが9月入学という政策だというのが私の考えです。
この記事は、特定の政党会派に向けたものではありませんが、2つの意図をもって書かれています。
1つ目、子ども・若者や教育政策に対する政治家の安直な思考は、問題が大きすぎることを自覚していただきたい、ということ。
2つ目、いま政治家として果たすべき責任は、9月入学ではなく、子ども・若者に対するケアと学びの保障である、という提言です。
9月入学論の根本にある政治家の安直な発想
子ども・若者の学びも人生も実験台ではない
知事会の9月入学の提案は、これまでの教育政策に関する政治家の態度をシンボリックに表現しています。
つまり教育現場の専門家や感染症の専門家の意見を無視し、学校現場の厳しい実態を考慮しない安直なアイディアをためらいなく教育にぶつけてくるとともに、子ども・若者を実験台にしてもかまわない、という子ども若者の尊厳や権利を軽視する思考を無意識の前提としてもってしまっている、という日本の多くの政治家の実態です。
子ども・若者の権利や声を尊重せず、教育現場の予算や教職員定数を削りながら、データやエビデンスにもとづかない思いつき政策にふりまわされ、コロナ前から小中高等学校や大学教育の現場は疲弊しきっています。
新型コロナウィルスという未曽有の災害に際しても、子ども・若者のケアを大切にしたり、5月からの学びをオンライン学習の導入で保障しようと必死の教育委員会や学校の努力も無視して、あまりにも簡単に「これを機会に9月入学を」と、と言い出す知事のもとで、果たして良いケアや学びが子ども・若者に行われるでしょうか?
5月からの学びの再開を目指している多くの教職員や自治体職員が、やる気をそがれていることは、想像にかたくありません。
そもそも9月入学にするということは、9月まで子ども・若者は学ばなくてよいという状況を作り出してしまうことになりますが、それで大丈夫なのでしょうか?
今回もまた政治家の安直な思考が、現場を苦しめ、新型コロナウィルス対策の長期化の中で、子ども・若者に必要なケアの保障と学びの保障が、ますます置き去りにされることを、深く心配しています。
9月入学でますます加速する教育現場のブラック化
すでに9月入学が危険であることについては、Yahoo!オーサーの中では、妹尾昌俊さんが記事にしてくださっています。
 9月入学にせずとも、様々な対処ができることについても述べてくださっています。
「9月入学・新学期は進めるべきではない ― 子どもたちと社会への影響を重く見るべき4つの理由」
「休校が長引くことへの対策、政策を比較 ― 夏休み短縮・土曜授業、9月新学期、学習内容削減」
9月入学を求める高校生たちの声にも寄り添う姿勢、9月入学の社会全体への影響が深刻すぎることも含め、的確な論点の整理に、同意します。
立教大学の中原淳教授も「緊急事態下での「9月入学制度」の導入には「反対」です!:
「学びをとめないこと」に焦点をしぼって、やり切ることの大切さ」を発信くださっています。(4月30日追記)
また文部科学省出身の地方公務員の方も9月入学の問題点を指摘してくださっています。
以下、その9月入学の問題点の指摘に対し、私のコメントを加える形で、乱暴な9月入学への移行が、教育現場のブラック化を加速させる危険な政策アイディアであることを指摘します。
◆9月入学では学習格差の是正にはつながりません
9月入学,僕は,文科省OBで,今は地方教育行政に携わる身として,みんなでしっかり考えて,議論したらよいと思います。
でも,具体の議論に入る前に,大前提として,次の点だけは押さえた上で,議論しましょうね。
★後々,「こんなんじゃなかったのにー!」と言わないように★
「たぶん,子供たちの学習格差是正には,あまり繋がりません」
→ 学校は,授業だけやっているのではありません。
授業以外に,膨大な量の手続きとか準備とかがあります。
もし今年度から「9月入学!」となった場合,そのための作業がたくさん発生して,そっちにエネルギーを割かなきゃいけなくなります。
「授業や補習に集中させてくれー…」ってのが,先生の本音でしょう。
★後々,「学校の先生は,そんなことよりも授業と補習に専念してくれ!」と言わないようにしましょう★
→(以下、末冨コメント)
その通りです、9月入学は新たに膨大な手続きを必要とし、学校の教職員や教職員は授業に専念するどころではなくなります。
また入学年齢を遅らせることにメリットはあるのでしょうか?
イギリスでは5歳から義務教育が開始しますが、日本では4月-8月生まれの子どもたちは、7歳すぎても義務教育がスタートせず、幼稚園や保育園に8月までいることになります。
また小学校1年生の間に8歳になる子どもたちも出てきます。
※義務教育の開始年齢については、こちらの文部科学省リンクを参照。
アメリカ以外に7歳就学の先進国はありません。
9月入学にする場合、もっとも重要な論点は就学年齢であり、なし崩し的に9月入学にしてしまうと「先進国でもっとも義務教育の開始が遅い国」になりますが、それは学力政策的にもまずいのではないですか?
知事のみなさんはそれで大丈夫なのでしょうか?
また技術的課題として9月入学の場合、移行年度に半年分の児童生徒が増えるので、新1年生が小中高ともに激増することになり、教職員の確保や教室配置などにおいて、現場の混乱が加速します。
9月入学になった場合、4月入学を前提として作られている現行の学習指導要領の改訂(最低でも見直し)の必要性が生じます。
とくに小学生においては、半年入学時期をずらすことによる発達段階と修得すべき知識との関係がかなり変化します。
現行学習指導要領と、教科書で対応すればいい、というのは暴論です。
心理学や子どもの発達に詳しい専門家であれば、ご理解いただけると思います。
学習格差の是正策については私自身の考えを後述します。
◆9月入学はコロナ復興の財源を膨大に無駄使いします
「たぶん,休業補償とか家計負担軽減とか,コロナからの復興支援に回せるお金が減ります」
→ 学校のシステムとか書類とかは,当然,4月スタートでできているので,改修するためのお金が要ります。
企業の採用時期や会計年度を変更したり,資格試験の日程とかも変更すれば,そのためのシステム改修のお金も要ります。
このうちの一部は行政が負担しなきゃいけないので,ただでさえお金がないのに,コロナからの復興支援に回せるお金が減ります。
★後々,「行政は,そんなことよりも我々の生活支援に金を回してくれ!」と言わないようにしましょう★
→(以下、末冨コメント)
4月入学から9月入学、学校関係のシステム改修だけでなく、かなりの制度やシステムの変更を伴います。
文部科学省のリソースを膨大に要することについては妹尾昌俊さんの記事にも詳しいのでここでは省略します。
文部科学省以外にも、中央地方、そして何よりも学校現場にもたらす人員や予算へのダメージが大きすぎます。
学校に限定しても、たとえば、残念ながら中止になってしまった高校総体の時期、高校野球など夏のイベントが「高校生の学年末」、となりますがそれで大丈夫でしょうか?
進学希望者の場合には、スポーツで活躍する高校2年生の夏の大会、で引退という流れが一般的になっていくのでしょうか?選手としての成長を考えたとき、なんとも残念な気持ちになられる若者や関係者も多いはずです。
大会や行事の時期をずらすこともありえますが、学校の教員含め、関係者はその業務に忙殺されることになります。
そこまでして、いま9月入学をすることに意味があるのでしょうか?
  手続き面もそうですが、4月入学を前提として培われてきた、日本の学校活動の蓄積、学校文化や子ども・若者の文化が、コロナのせいでなしくずしに喪失されていくことを想像すると、個人的には悲しい思いがします。
◆9月入学の議論自体は重要です
なお,僕自身は,「平時の」9月入学の議論には,基本的に賛成の立場であることを付け加えておきます。
→(以下、末冨コメント)
私も同じ立場です。
4月生まれを7歳半で入学させるなし崩しの9月入学より、5歳段階から義務教育を開始するかどうかを検討したり、あるいは高校・大学教育をグローバル化するために入学時期だけではなく、学びのイノベーションにどのように取り組むかを話し合うのは「平時の」議論としては大事なことです。
しかし、なぜいま、膨大なリソースを無駄遣いしてまで、9月入学にするのか、絶対に9月入学でなくてはならないデータやエビデンスはあるのでしょうか?
政治家の責任は、政策判断の根拠を示すことですが、知事会はそのデータやエビデンスを示すことができるのでしょうか?
9月入学は格差解消にはなりません
子ども・若者への投資拡充と教職員の重点的拡充以外に解決策はない
9月入学で、学習の格差が解消する、という知事会の主張は、あまりにも浅はかすぎます。
私自身も、研究者としても内閣府の子供の貧困対策に関する有識者会議委員としても、長年この問題にかかわってきましたが、学びの格差の規定要因は、家庭の困難さであることは、公知といえるレベルの基本セオリーです。
松岡亮二さんの著作でも日本は「凡庸な格差社会」であり、家庭の経済状況や親学歴が子どものテストスコアや意識に影響していることを指摘なさっています。
松岡亮二『教育格差 ──階層・地域・学歴』
  いまこの瞬間にも、家が安心できる環境ではない子・食事すら満足に食べられない子どもと、オンライン学習ができるデジタル環境がある子・安心して家にいられたり家族が学習のサポートをしてくれる子、との格差は確実にひらいています。
この問題は9月入学などの小手先の対応では改善できる問題ではありません。
  さきほど引用した公務員の方は
「たぶん,国の教育の予算と,先生方の数が減ります」
と心配しておられますが、コロナが大規模災害であることを考えれば、コロナ後の学校再開で必要なのは、低所得世帯や外国につながる世帯、地域経済全体が落ち込んでおり家庭環境の悪化が懸念される地域に、重点的に教職員を配置していくこと、が必要になります。
また教員だけでなく、スクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラーの専門職も配置拡充していく必要性は、いますぐ、といっても差し支えありません。
東日本震災はじめ過去の災害の経験からは、家庭の低所得化や不安定化を支えないと、子どもが安心して学べる環境は成立せず、学校再開後不登校、ときには暴力行為も激増していく、という予測を我々が持つ必要があることをあきらかにしています。
東日本震災の後に不登校が増加した要因として家庭の貧困があったついては、被災地支援に取り組まれてきた公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンさんがおまとめくださっています。
「“不登校”の背景にある貧困―震災後に増加した不登校」
逆に厳しい地域や学校現場に手厚く教員や専門職を配置することで、コロナで厳しい状況の中でも、子ども・若者たちを支え、学びに集中できる環境を作り、学びの格差を縮減していくことが可能になります。
すでに文部科学省は「学校・子供応援サポーター人材バンク」を発足させ、学びの格差を改善する支援に乗り出しています。
学校再開後の運用、となっていますが、オンライン学習環境の整備により、休校中でも個別の支援が可能になるはずです。
全国知事会は9月まで子ども・若者への学びの保障を放置するつもりなのでしょうか?
政治家の果たすべき責任
現場の声を聞き、子ども・若者に寄り添い迅速な学び・ケアの保障を
最後に、いまこの新型コロナウィルスの災害状況にあって、政治家の果たすべき責任とは何か、私の考えを示しておきます。
(1)災害対策として優先されるのは、ケアの保障と学びの保障であって無責任な9月入学論ではありません。
子ども・若者は2月からの一斉休校の中で、学びの場も、友達や教員との関係も奪われ、もっともストレスが長期化していることを念頭に置いてください。
いま必要なのは、子ども・若者たちが学びやつながりを奪われたことに対するケアの保障をし、心の安全を回復させたうえで、学びを保障することです。
オンライン授業を垂れ流しにしたり、山ほどの宿題を出すのではなく、学びに向かう意欲や気持ちを高めるためにオンラインホームルームや、学びのつまづきに寄り添えるような双方向的なコミュニケーションを大切にする環境を、教育現場に保障してあげてください。
教員とスクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラーが連携して、子どもや家庭にオンラインや電話での柔軟なアプローチや支援ができるように、各自治体で配置拡充や規則改正を行ってください。
また夏休みをなくす、などこわい言葉で子どもをおどかすのをやめてください。
(2)現場の声を聞き、子ども・若者の不安やストレスに寄り添ってください
政治家のみなさん、とくに全国の首長のみなさん、政治家のリーダーシップとは乱暴な思いつきを子ども・若者や教育現場に押し付けることでしょうか?
9月入学を考える前に、まず校長会や教育委員会だけでなく、学校現場を担う中堅若手の教職員を含め、現場の声を聞いてください。
また子ども・若者の心に寄り添ってください。
ノルウェーの首相はコロナに際して、子ども記者会見を行いました。
鐙麻樹「『怖がってもいい」首相が異例の『子ども記者会見」」
またノルウェーのホイエ保健・ケアサービス大臣はコロナでストレスを抱える若者に「ありがとう」というメッセージも発しています。
鐙麻樹「コロナ疲労を我慢する若者へ『ありがとう」政治家の言葉が反響を呼ぶ」
その言葉を引用しましょう。
最年少の子どもたちが学校に戻る日を、誰もが楽しみにしていますね。
私は年長の子たちについて、話をしたいと思います。
学校の再開をまだ待っている子たちのことです。
私たちの若者に、こう伝えたい。あなたたちのことを忘れてはいません、と。
コロナは大人の本性をあらわにしていく試金石でもあります。
9月入学はけっこうですが、そこに子ども・若者に寄り添う姿勢を見せない政治家を子ども・若者たちはどう思うのでしょうか?
知事のみなさん、政治家のみなさん、あなたは一斉休校以降の子ども・若者こそもっとも誠実に感染拡大を防いできた世代であることを理解していますか?
その心に多くのストレスや不安をため込んだままであることに寄り添っていますか?
子ども・若者に「ありがとう」の言葉を言いましたか?
知事として何を言うにしても、子ども・若者の不安に寄り添い、現場や専門家の声を謙虚に聞くことが最優先ではありませんか?
私は、知事を含め日本の政治家のみなさんが子ども・若者の不安に寄り添える政治家として、いまこそ成長するチャンスでもあると考えています。
知事のみなさん、政治家のみなさんご自身が、子ども・若者の範たるべく、柔軟に良い方向に成長いただくことを期待しています。
末冨芳
日本大学教授・内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員
専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。
教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。
多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。
主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。
〔2020年4/30(木)末冨芳 日本大学教授・内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員〕
[[Category:|9がつにゅうがくせつ]]

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
地域
不登校情報センター
イベント情報
学校・教育団体
相談・支援・公共機関
学校・支援団体の解説
情報・広告の掲載
体験者・当事者
ショップ
タグの索引
仕事ガイド
ページの説明と構造
ツールボックス