●文通番号1-15  引きこもりの10年間

正義 〔群馬県高崎市 男 28歳〕

 初めまして。群馬県に住む28歳の男です。先の6月28日に開かれた会合で、初めて会員の一部の方々と顔をあわすことができました。これから筆のおもむくままに拙文を綴らせて頂きます。

 まず最初に一口に「引きこもり」と申しましてもそこに至るまでのプロセスや直面している問題etcは一様ではなく、僕とはニュアンスの異なるヒトばかりでした。ちなみに、僕は「引きこもり」進行中ではなく「経験者」です。

 いきさつを大雑把に触れてみましょう。高校時代に周囲の人間からさんざん罵倒されました。登校拒否に至らなかったのが不思議なぐらいです。彼らから発せられた言葉は脳裏に深く刻まれ、人間不信および自信喪失へとつながっていったのは間違いないでしょう。

 卒業時には、とり合えず就職を望んでましたが失敗してしまい、結局進路未定のまま卒業いたしました。直後に家に閉じ込もってしまい、ひどいマイナス思考に陥っていたのです。いうまでもなく、先に触れた同級生からのしんらつな罵声が影響してたのでしょう。そして、いわゆる「引きこもり」の状態に……。でもその間いくつかの仕事には就きましたが、長く就労しませんでした。

 これまでの勤務形態は、正社員としての実績はまだ一度もなく、全てアルバイトです。でも「正規の社員として勤めたい」と志を持ったことはあります。ただ現状としては、過去の歩みがハンディになってままならないのです。すなわち、長ーい空白(引きこもり)期間、就労の内容がアルバイトetcの中途半端な労働経験だからです。

 世間的にみれば、学校を終了して10年余の歳月が過ぎると、ある程度の勤務実績があってもよいのですが、僕にはありません。

 あと、それと本人のパーソナリティー的(知性、人柄)な部分もあるのでしょう。例えば、アルバイトの身分であれば片手間的なコトをしてればそれで済まされるかもしれませんが、正規のスタッフなら企業サイドの求めてくる水準に及ばないようですと最悪の場合クビを切られてしまいます。

 だから僕の場合ですと、知性の乏しさのために社員としての仕事なんて託せないでしょう。「知性に乏しい」ことのいくつかの根拠はありますが、まずは何と言っても、最低限の教育課程を終えてるにもかかわらず、それなりの仕事に就けず、単純な職務にならざるを得ないのです。だから肩身の狭い思いをしているし、憤りも覚えています。何らかの資格・免許を取得すれば、多少マシな職業に従事できるかもしれません。でも、実際的な問題としては、「自分の年齢」や「目指そうとする分野への適正があるか?」etcを考えてしまう訳です。

 それにめでたく取得できたとしても、最終的な目標は「定職をもつ」ことです。先に触れた、いままでの社会経験だと、やはり常用の社員になれるかどうか疑念を抱いてしまいます。あと一口に資格・免許と言っても、それこそ「星の数ほど」あるので、具体的に何を目指せばいいのかよく解らない部分もあるのです。ちなみに現在の時点では、日雇いの仕事の傍ら求職しています。

 僕には趣味と呼べるモノは特にありませんが、楽しんでいられるのは「ラジオを聴いてる」のと「文章を書いている時」です。前者については、FMぐんま、ANDラジオ高崎です。後者は新聞への投稿です。郷土の新聞に“ひろば”のコーナーと言って読者に開かれたスペースがあるんですが、書きたい題材があればアタックするつもりです。昨年は何度か掲載の運びになりましたが、今年に入ってはゼロです。

 仲間と呼べるヒトはもちろんいなく、孤立無援の状態でいつでも一人ぼっちです。組織に所属しても、ヒトと関ろうとせずに必要最低限の話しか交しません。昔の出来事(前出の罵声云々)が原因で恐らく人嫌い、人間不信etcになってるのかもしれません。潜在意識の中にその当時の記憶がまだ宿されていて、本人の行動面を抑制してるのでしょうか? 知性に乏しいと思える根拠の中に、「誰からも相手にされずむしろ疎外される一方」というのもあります。人間は(深い)コミュニケーションを交わす相手として、互いに等しい能力(IQ)が劣るのでは……。

 この10年間を振りかえると、「仕事」、「人間関係」ともまともではなく、前途を考えると憂えてしまいます。ヒトとのつながりがあったり(朋がいる)、高校時代のイジメがなければ、自分の人生もいくらか違ってたかもしれません。それとも、「誰からも相手にされなかったり」、「求められてくる能力がきわめて低い仕事にしか就けない」自分は、どうしようもない奴なんでしょうか?

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