「ひきこもり調査報告への要請」を区役所に持参

3月30日、江戸川区役所に行きました。「ひきこもり調査報告書」の担当課です。
ここに「江戸川区ひきこもり調査報告書を見ての要請」を渡しました。区長にも渡したかったのですが、秘書課に渡すように指示されました。あとは区議会を構成する各党派の議員控室に行きました。自民党、公明党、共産党、立憲クラブ、えどがわ区民の会、生活者ネットワーク、江戸川クラブと無所属の8つの控室を回りました。誰もいない部屋もあり、持って行った要請文を封筒の上に置いてきたところもあります。
会報『ひきこもり居場所だより』には掲載し、昨夜投函しました。しかし今朝になってまた読み返し、文書の一部を変えました。読むたびに何らかの手を加えるのは私の常習歴です。
「江戸川区ひきこもり調査報告書を見ての要請」をこれ以上は書き換えないために、先ほどサイトに掲載しました。
http://u0u0.net/Rult

ウィルス予防対策のお迎えイベント

玄関を入ったところで上着の半コートを脱ぐように言われました。
そのまま手洗いの場に連れていかれます。
そこで腕時計を外し、石鹸水をつけて丁重な手洗いを勧められます。
先ほど脱いだ上着はその近くにぶら下げられているようです。
なるほどかなり徹底的なウィルス予防対策です。
ある人を訪ねた時のお迎えイベントでした。

江戸川区ひきこもり調査報告への意見書

このところ大量発生している、いや国民総発揮している「巣ごもり生活」の大先輩格の「ひきこもり」、こちらはすでに社会問題になっていますが、その対応策を一つまとめました。「江戸川区ひきこもり調査報告への意見書」です。
時間をおいて冷静になって見直してからしかるべき筋のところに提出します。明日もう一度見直して完成とします。4月1日発行の会報にも載せます。
図書館が開いていなくて、作業するのに難儀な思いをしました。パソコンの前だけにいるのはダメで、気分転換がいるものです。主に喫茶店でごそごそしました。巣ごもりだけではできなかったです。

私のマスク事情

最近多数の前に出るとき、私はマスクをしています。私みたいな日常をアバウトに生活している人間が、品不足というよりはほぼ店で売っていないマスクをどうしているのか。紹介しましょう。

いま手元にマスクは3つあります。2つは拾ってきたもの、もう1つは誰かが持ってきておいてくれたものです。これを洗って使い回します。一昼夜石鹸水につけておきます。こすり洗いはしません。水洗いして石鹸水を流し煮沸消毒します。あとは乾燥させます。マスクはウィルスがいれば通します。マスクを着けていてもいなくても同じです。予防・防止効果はありません。10メートル四方の網の目に向かってビー玉が投げられる程度でしょうか? 素通りです。

なぜつけるのか。最大の理由はそこにいる人が勝手に安心するからです。手で顔を触るとき少しは汚れ予防になるかもしれません。風邪をひいたらマスクは有効です。周りの人に咳を飛ばさないためです。さいわい風邪はひいていません。

それよりも手洗いが大事でしょう。よくするようになりました。

『ひきこもり国語辞典』編集者へのメール

昨日の深夜、数か月ぶりにある女性から電話があり話しました。その人が20歳を過ぎたころ話してくれたのが<私には哀しかありません。嬉しいとか楽しいというのもあったはずですが、記憶の下にかすんで思い出しません。>という国語辞典の最初の見出し語「哀」です。彼女はいま30代の後半ですが、なおこの感情世界を引きずっている電話でした。
国語辞典は理論書ではありません。ただ、感情の論理やそのほかの正当な背景理由と相反することがないように、できればその理解を助ける役割にしたいと思います。
<あい(哀) 人の感情全体を端的に表現するのが喜怒哀楽。そのなかで私には哀しかありません。嬉しいとか楽しいというのもあったはずですが、記憶の下にかすんで思い出しません。喜・怒・楽は積極的で表出する表現、哀は受身的で水平面から内側に落ち込む感情です。喜楽が少なく、怒りの感情をいつの間にか哀に変換してしまい、感情は哀に覆われるのです。>
この改善された説明は、大きな前進と感じるのです。
国語辞典のあちこちでこのような役割に出会うようにしたいです。しかし、そう都合よくいろいろな事態が私の周りに揃うわけではありません。上手くいくこともあれば、そうはならない場面もあるのは確かです。そうならないときにどうすべきかを考えつつ、国語辞典には関係しない日常の忙しさに追われています。
そのなかでも力が及ばないにしても、次の3つの分野は何がしかの形跡を残したいと思います。いずれも当事者にとってハードルの高い部分です。
(1) 愛情生活(感情・男女関係・結婚)に関すること、(2)社会と自分を結びつける仕事、(3)そして命と死に関することです。
突然ながらここでV.フランクルの『夜と霧』の一節を思い出しました。『夜と霧』はナチスの強制収容所を経験した心理学者の記録です。そこでは毎日不当な死刑執行が続いただけではなく、その環境の中で多くの人が生への希望を失いました。そうなった人とそうならなかった人の違いをフランクルは書きました。「待っている人がいる、待っている仕事がある」人は生き延びた、というのです。ハードルの高い3つの分野は、極限状態にいたこのフランクルのことばに照合します。
ひきこもりを言いかえれば、自分に罪はないのに負わされた静かな牢獄生活です。彼ら彼女らはこの牢獄生活でナチスの囚人が味わったことを経験しているかのようです。
(1) 愛情生活の渇望は、幼児期の虐待の後遺症です。この言い方は言い過ぎになることは承知しています。極端な表現ですがその方がわかりよいです。友田明美さんはマルトリートメントといいます。私の問いに対して彼女が書いた短い研究論文「愛着症候群」を送ってくれました。マルトリートメントの被害と「愛着症候群」をほぼ同じに扱ったものと思います。その被害者たちの十年後、二十年後、三十年後の人に私は囲まれて生活してきたのです。
<甘え生活>は×印でした。この言葉を国語辞典に採用できるレベルに記述することは、私には欠かせない役割だと思います。
(2) 社会と自分を結びつける仕事の前で、彼ら彼女らは行き詰まり、立ちすくんでいます。いま「江戸川区ひきこもり調査報告書」を読んでいます。この報告書をまとめた人達は、当事者の心身状態を想像できないのでしょう。
虐待を受けた子どもたちの脳の萎縮、前頭前野を変形させて生き抜いてきた、その後遺症というのがイメージできないでしょう。意欲を求められながら自分のなかに意欲を生み出す泉の水が枯れていることの地獄を想定できないでしょう。
比較的受けいれられるのは創作活動ですが、その成功率の低さは愕然とするほどです。それでも自分の存在証明のように、「暇だから、遊びだから」などの言い訳というバリアーを張って続けています。そういうつまらないものをやめたら「真面目な仕事につける」という妄想に責められています。少なくともそういう経験をした当事者は少なくありません。
<易者>は×印でした。これを聞いてきたのは20代前半の男性でした。こういう状態で彼のできそうなことを真剣に探し求めた叫びでした。正直なところ私は彼の承認を迫る気持ちの前でたじろいでいました。彼の絶望を、絶望のなかで本当に欲しかった私の承認回答を求める気持ちを無視できない気持ちです。創作活動の承認ならまだ楽です。易者になるのはどうかと問いかけてきた思いに、このことばを国語辞典の合格レベルに書き加えたいと思うのです。「あ行」以外にもいくつか類することばがあります。
(3) 命と死に関することばは、かなり多いです。<安楽死>は△でした。安楽死を軽い気持ちで肯定するわけにはいきません。しかし当事者がそう考える心身状態・社会的状態を見なくてはいけません。15年ほどの間に周りの数名が自殺や自殺を思わせる死を迎えました。今現在も私と顔を合せる数人は心の奥で自殺を意識していると想定できます。死を背負いながら生きている人たちです。この分野は違う意味で絶妙な説明をしたいと思います。
私にとって、いただいた×印も、△印も、このような状況での記述の改善指令です。その判断は私には貴重な基準表示です。その基準にどれだけ応えられるのか、私の力量を超えているかもしれません。根こそぎの力を試されているのです。可能なサジェションをお願いします。数日後、国語辞典の作業を再開します。
◎〔具体的な事情を省いていますので理解できない部分もあるでしょうが…。〕友田さんの論文は「アタッチメント(愛着)障害と脳科学」です。

3連休のブログのアクセスが毎日オーバー500回

20日からの3連休、あまり外出していないのかブログ「引きこもり居場所だより」のアクセス回数が多かったみたいです。先ほど(10時10分前)見たら、510回でした。3連休とも500回は越えていました。夜の12時にキャンセルになり0スタートに戻ります。その時間のタイミングで回数確認をしたのではありませんが、20日は600回になった気がします。今日はどれぐらいになるやら。まもなく寝ますので、回数確認はしませんが500回は越えました。
これもたぶん新型コロナウィルスの影響なんでしょう。

タリーズで「ひきこもり調査報告書」を読む

区立小松川図書館が返却と借り出し以外の利用はできず、やむなく駅舎内のタリーズコーヒーに入りました。アメリカンコーヒーとサンドイッチで800円はかなり高めの値段。
「江戸川区ひきこもり調査結果の報告書」が出ましたので、読むためです。
区内推定ひきこもり6900名。直接の回答(インターネット)は67名、他に関係機関調査(323名)、区職員調査(282名)になります。
この報告書の感想を書き、議会および関係機関に送るつもりです。作業をするには図書館がよかったのですが、やむをえません。メモを取りながら1時間余り読みました。行政的な予算支出を伴う施策に結び付く方法を中心に感想をまとめるつもりです。
次の会報(4月1日号)にはその要点を掲載しましょう。

倒れた人に遭遇し救急車を呼ぶ

 先日のこと。自転車で近所を通っていると目の前で同年配の人が崩れるように倒れました。急停車して傍により、声をかけると「だめだ~」と弱い声を出してそれっきりです。勢いなく倒れたので外傷はありません。

ちょうどそこに通りがかった母と娘らしい人が寄ってきたので、「救急車を呼んでください」と頼みました。その女性も声をかけたのですが、倒れた人からはもう声は返ってきません。高校生ぐらいの娘さんは、行く先に向かいひとり離れました。 7、8分してから救急車が到着しました。若い3名の職員が「後を任せてください」と言うので、任せて離れることにしました。

不思議なもので、道で倒れた人を見つけたのは約20年間に4人目です。どういう縁なんでしょうかね。

『不登校・中退からのリスタ』発行の後始末

昨年末に『不登校・中退からのリスタ』を発行しました。この1か月の間にその後始末というか、本の編集にまとめた内容をサイトに移す(照合する)作業をしてきました。いくつかのパートに分けられるのですが、その最大パートをほぼ終えました。
その過程で、新たにバナー広告企画を立ち上げています。私にはバナーを作れませんので以前にお願いしていたGくんに外注する形ができました。この方法に見通しがついたので、この企画を始めたわけです。私的には納得のいくペースで進んでいます。
また『不登校・中退からのリスタ』の時は情報提供のなかったスクール数校からも情報提供があり載せています。
通所しているNくんは、これらのワードで扱える範囲のいろいろな種類に取り組んでいます。
こうみると『不登校・中退からのリスタ』の後始末作業は、新たな出発でもあります。その残っているパートを手掛けながら新年度に向かいます。
新型コロナウィルスは大変ですが、それで全部を止めてはだめでしょう。自分にできることは可能な限り継続し、発展を心がけたいです。『ひきこもり国語辞典』の作業に入ったら抜け出せませんが、合間を有効に活用できたはずです。

1日4回の少食パターンをめざす

よく電話をくれるZnくんが炊飯器を買い替え、ごはんがうまくできると近況報告をしてくれました。Znくんは一人暮らしで自炊を続けています。そんなときにNmくん宅はご飯を炊き、おかずを買う形の自炊をしている話を聞かせてくれました。
3月11日、Coco一番平井店が閉鎖した翌日です。新たに外食できる店を開拓するつもりで、昼食にラ-メン店に入りました。悪くはなかったのですが、その後ちょっと腹を下し、トイレが近くなりました。ラ-メンのせいと思いたくないですが、あの油脂分以外に思い当たりません。ラ-メンの量も多くて残しました。昨夜の食事のトンカツ屋さんも量が多いです。
実は最近1日4食に近づいています。不定期の間食みたいなのが加わり、おかげで体重がようやく61Kgまで回復です。ただし食事はやや乱れています。1日4回の少食で安定させたいわけです。こんな事情があり、自炊生活を思い描いています。いろいろやってみることになりそうです。