恥の文化がひきこもりに関係する精神文化の1つ?

精神文化の特色が、人間の生活行動様式の基底にあると考える人は多いし、私もそうです。ただし、精神文化とは何か指すのかの範囲は必ずしも統一的ではありません。いろいろな視点から精神文化が考えられ、その要素はいくつかが挙げられています。地理的条件(西北太平洋の島国で台風多い)や地球物理学的な要素(地震や火山活動)が日本人の精神文化に影響しているとの意見を見たことがあります。私は別の機会に住宅条件や日本語の特徴などを挙げて日本人の精神文化を説明する予定です。ここではこれまで見たことのある「恥の文化」論を取り上げてみます。
アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトは、戦時中の調査結果をもとに、1946年に『菊と刀』“The Chrysanthemum and The Sword”を著し、その中で日本人の精神文化の特色を「恥の文化」と示しました。多くの注目を集めた見解で各方面からの論評があり、ひきこもりの背景条件に結びつけたものも見たことがあります(該当文献を探し出せませんでしたが)。
日本人の精神文化の型をR・ベネディクトは、世間体や外聞を基準とし、それを「恥の文化」と表わしました。対する西洋人は、各人の内面的な良心を基準とした「罪の文化」と対比させました。どちらがよいか悪いかというものではなく、精神文化の表われ方の違いになります。
恥の文化が、日常の生活行動に表われるのは、いろいろな場面、いろいろな形になります。たとえば精神科への受診を知られたくない、たとえば生活保護を受給したくない…というのもその1つの表われです。成人年齢に達して身体的障害がないのに「働いていない」というのも恥と感じるのもそれに当たるというわけです。
一般に、日本人の精神文化がひきこもりに結びつくには、精神文化の面にもう一段の要件が加わらないと説明できないと考えています。言い換えます恥の文化の中にあっても、それがひきこもりに結びつくにはもう一段の要件があると考えます。それについては別の機会に説明します。ここでは以上のごく概略的なことと、その要素が変わりつつあるという意見を追加しておきます。

ひきこもりは、とくに顔見知りとか近所の人と顔を会わせたくない、さらに社会から身を退くという生活に結びつくと説明されます。この精神面を恥の文化として説明するのです。おそらくこれに該当する人はいそうですが、そうでないかもしれない、ちょっと飛躍があると感じるのです。
私は少し違った表われを見聞きしています。私が接してきたひきこもり経験者には「恥ずかしい」とか恥という言葉遣いをする人はあまりいないからです。性的なこととか、服装の乱れなどに関して「恥ずかしい」ということはありましたが、自分がひきこもっている、働いていない…ということに際しては違った言い方が多いのです。
どういう言い方を聞いたかといえば、自分を育てた家族に申しわけない、罪悪感がある、責任がある…という言い方です。とくに、罪悪感というのは、R・ベネディクトの言う「罪の文化」に属する言い方ではないかと思うわけです。
責任があるというのは、90年代以降強まってきた「自己責任」という受けとめ方や言い方に関係するのかもしれません。私が見聞きした範囲になるので、罪悪感や自己責任がどの程度で影響しているのかはこれだけで判断できないと思います。もしかしたらこの傾向、日本人の精神文化にわずかずつですが、変化があるのかもしれません。
「恥の文化」とひきこもりを生み出す精神文化の基底の1つの上げるには十分ではないとちゅうちょするこの点ですが、どうでしょうか。

ひきこもりパラドクス

世代間ギャップと親世代の動き

親世代(団塊世代中心で1940~1960年生まれ)と、団塊ジュニア世代(1970年以降に生まれの人)との間の生活感の違いを、単的に表わすとどうなるのか。
親世代とは、日本の高度経済成長を支えた人たちです。個人差や地域差や社会階層の違いがありますが、生活状態の苦しさを克服するために、勤労に励み、学び、苦楽をくぐり抜けた人といえます。
対する団塊ジュニア世代は高度な経済社会を達成した日本において、平穏で安定した子ども時代を経験し、自分の持つ力を発揮し社会に役立ちたいと考える人たちです。これは親世代が子どもに望んできたことです。
この世代のおける感覚の違いを私は『ひきこもり 当事者と家族の出口』(五十田猛、子どもの未来社、2006)で、1つの例を示しました。(27-28p)
《あるとき電話で母親から相談が入りました。十代の娘(大学生?)がだらだらした生活をしている。どうすればいいのか、親としてするべきことを教えてもらいたい、という趣旨でした。
「この不況で、学校を卒業してもなかなか仕事につけない。なのにこれといって熱中するものがない。何か一つのことをめざしてやればいいのにそれをしない。休日なんかは遅くまで寝ている。いつもどおりに起きて規則正しい生活をさせたい。学校の勉強もやっているのかどうかも怪しい。放課後や休日になると友達と一緒にすぐにどこかに遊びに行って、ろくに勉強をしているとは思えない。
親として高望みをしているわけではない。本当は教師になってほしいと思ったが、いまは本人に任せている。本人は英語が好きで英会話をやっているので、それを生かせばいいと思っている。でも、それも『とりあえずやっているだけ』とはぐらかされる。おしゃれとお化粧がどうのこうのということに夢中になっている。このまま時間が過ぎていくことは親の躾放棄のように思える……」
私はこれが母親の干渉の根っこにある気持ちだと思います。しかし、子どものことは子どもをもっと信頼して、子どもに任せてあげてほしいのです。》

これは1つの例にすぎません。娘さん(子ども側)には、親が知ること、考えることとは別に、多くのことを知っています。子ども側の事情を、理解でき、あるいは予測すれば、両者のギャップは埋まるでしょう。しかしここで親側が強い立場で、子どもを責めると問題が生まれます。
幼児期の虐待やマルトリートメント(不適切な養育)には、これだけで説明がつくとは思いませんが、少なくとも子どもが思春期以降の親子関係においては、子どもの自主制をもっと尊重すべきものだと考えます。
しかし、私はこうも考えるのです。親は反省すべきであるといっても、何を反省すべきことなのかがわかりません。それまでの生活経験でつかんだことを、子どもに伝えようとしているだけだと考えている人が多いからです。基本的には世代間ギャップにおける精神文化的な違いととらえるのがいいと思えるわけです。極論をいえば親側にも言い分はあるし、それはそれとして尊重されるべきなのです。当然、個人差もありますし、「これはひどい」という例も少なくありません。したがって全体を見ればこれは断罪される対象というのではなくて、時代の流れ、子どもの自主制を尊重する精神文化の流れに沿って意識改革をするものなのです。
不登校にしても、ひきこもりにしても、全国各地に親の会、家族会が生まれています。これは本当に子どもの成長を願う親の切実な動きの広がりというほかはありません。発達障害や、性的少数者(LGBT)、ジェンダーをめぐる動きにも、同じことが言えます。
ひきこもりパラドクス

ひきこもりを社会的・経済的背景から説明

ひきこもりという歴史的・社会的現象は、これまで主に日本人の精神・心理学的な面から研究・説明・対応されてきました。私はこれを社会的・経済的な背景から説明したいと考えました。それはひきこもり当事者背景に社会的な事情があり、それとの関連を考えなければ、十分な説明も対応もできないと思うからです。
まだ十分とはいえませんが、全体の大筋の説明ができるところまで論点は整理されてきたと思います。
日本社会は大きな変動期を通過中であり、この変化を過敏に察知する若い世代の一部にひきこもりが生まれたことは偶然ではありません。2040年代には、現在ある職業の半分近くがなくなり、それに代わる新しい職業が生まれつつあります。
この変化を時代の空気として、自身が日ごろ体験する周囲の人たちとの間に異和感をもつ程度の人のなかにひきこもりが発生します。
この変化は産業構造の変化、さまざまな技術的な要素により生まれるので、世界的に同時期に表われています。各国・各地域にそれぞれの事情があり特色もあります。とくに日本人にひきこもりが目立つのは、日本人の精神文化の特質が関係します。それはいろいろな部分が精神医学・心理学あるいは身体科学の面から解明されています。ひきこもりがこれまで主に個人的な事情に関係するとされ、個人対象に対応が考えられたのはこのためでもあります。
しかしこの大きな変化は社会全体のものです。個人事情だけではなく、社会の変化の中で生じている点にも注目しなくてはなりません。この数十年間の人間生活を支える経済社会の技術的な基礎の変化に関係します。多くの電化製品の発明、通信手段の圧倒的な変化…が関係します。それが社会関係の中で社会グループとしてひきこもりを生み出したのです。
社会の変化の内容には、職業選択の自由化(それには職業選択の流動化、その促進策を含みます)が進むのはむしろ当たり前であり、必要なことでもあります。この職業選択の自由を広げることで流動性の高い職業選択の部分が生まれます。たとえばフリーアルバイター(フリーター)が登場し、いろいろな非正規労働が表われたのは社会の変動に沿ったものでした。
それは同時にそれまでに備えられていた就業条件を変えてきました。終身雇用や年功序列型の要素が失われました。社会変動の時期においては、それらの面をカバーするいくつかの対応策が講じられるべきでしたが、それらは社会的に、もっといえば政策的、政治的、行政的には必要な目を向けられなかったのです。
各種の非正規労働は職業選択の自由のための道を開くことになった反面で、生活基盤の安定システムを失う状態になりました。その失った部分を、一口に言えば、生活基盤システム(社会のセーフティネット)の消失です。いろいろな分野に及んでいます。
代表的なものを上げると、継続的に収入を得る機会の保障がありません。
年功序列型賃金体系にあった年齢ともに期待できる収入増の機会がありません。
正規雇用に伴う、各種の社会的な支えがありません。それはいろいろな部分に及び一律ではありません。身分保障がなくなり援助を期待できません。健康保険、住宅確保、交通費、環境衛生などがすべて個人負担になり退職金、失業手当がもらえないこともあります。
非正規労働の雇用枠どんどん広がり、正規労働に入る道は閉ざされているのに、非正規労働を選んだのは、自己責任にされてきました。そして自ら不安定な就業形態を選んだ人と見られるようになっています。
これらは1990年ごろに明るみになったことです。1970年代のはじめに日本が高度な経済社会に到達したころから徐々に始まり、90年代のバブル経済崩壊とともに大きく表面化したわけです。
加えて、生活基盤を支えていた社会の変化もありました。従来あった家族(血縁)と地域の共同的な結びつき(地縁)が大きく変化しました。血縁も地縁も、日本の歴史上かつて絶対的であったことはありませんが、それでもいろいろな場面で「最後の砦」の役目を持っていたものです。
高度経済成長期には、個人の生活基盤の安定・強化に、職場の役割が大きくなりました。職場の役割が大きくなったのはいいことですが、それに比例して、家族や地域の役割を減少させるマイナス面も進行していましたが、目を向けられませんでした。
バブル経済が崩れ、多くの職場での社員の生活を保障するいろいろなシステムが弱体化しました。それに対して、家族や地域がその役割を復活させる事態は全体としてみればほとんど生まれなかったのです。
「最後の砦」は1990年ごろにはかなり弱体化しています。これには地域差や家族差がかなり大きいのですが、それでも高度経済成長以前の日本社会と比べてかなり弱まっていると指摘されなくてはならないでしょう。2011年の大震災の後、絆(きずな)が急に持ち出されてきましたが、それは時間をかけて地縁・血縁の結びつきの衰退とともにすり減っていったものです。少なくとも新たに持ち出された絆の中身が「相手を思う心」以外に何があるのかは行方不明です。

1990年代の初めのバブル経済の崩壊により、大手企業を中心に海外への移転がすすみました。その反対側で国内企業の衰退が生まれ、就業難の時代が始まりました。就職氷河期と称される時代がありました。こういう社会のいろいろな変化が、時代の空気をつくり出しました。
こういう時代環境は、日本人全体に感じられるものでしたが、とりわけこの時代の空気をストレスの強い、自己責任として感じやすいタイプの人におしよせました。注目すべきは、それらは確かに各人の個人特性に関係しているけれども、その背後には時代変化による世代間のギャップがある点です。
世代間のギャップといいますが、そこにギャップを感じる繊細な人たちが新たに生まれてきていることがまた、時代的な背景の表れでもあり、その内容でもあります。
発達障害というのが広く考えられるようになったのは1990年代です。これは身体科学の成果でありますが、該当者が医療現場や心理相談室に行くようになった結果でもあります。最近ではHSP、HSCという感覚の過敏性の高い人が注目されていますが、同じ事態と申し上げていいと思います。
似たようなことはLGBT(性的少数者)にもいえます。これらの人たちは以前からいました。それらが表面に現れたのは、人権意識あるいは人としての公平感の向上がありますし、それとともに隠れていたLGBTあるいは発達障害の人たちを表に出せるようになったのです。今では世代人口の7~8%はいると推測されています。
1980年代の半ばに、不登校生が増え始めました。90年代になるとひきこもりが表れ始め、徐々に増え始めました。これらの人が生まれたのは1970年代の半ば以降です。その人たちが思春期に差し掛かるころ不登校が増えたのです。その人たちが社会に入る時期にひきこもりが増えたのです。これは個人的な特性だけで説明できることではありません。たかだか同世代の1~2%の人に生じたことでその個人特性に合わせて対応すれば何とかなるものではなかったのです。
この世代の精神文化、仕事・働き方に関する意識が全体に変わってきており、その突出する部分がひきこもり、発達障害、HSP、あるいはLGBTと考えられるのです。
いまなお不登校生もひきこもりも増大しています。個人対応では問題の大きな所在にたどり着かないことの証明ではないでしょうか。ひきこもりの人はざっと100万人、おそらく成人人口の1%ほどでしょうが、社会のある現象はいつのばあいでも、より敏感に感じる人とそうでない人に分かれて表われるものです。
私が出会った不登校やひきこもり経験者の多くが、感受性の強い世代であったということは、これとは無関係ではなく、その証明でもあります。
これらはこれまでは主に個人の問題と考え、個人的な対応が考えられてきたのです。しかし、もはやそれでは見通しのある対応はできないところまできました。
障害者雇用を準備する作業所や、LGBTに対応するパートナーシップ宣言などはその現われ始めた制度の代表でしょう。これらの面を私は評価するのですが、ひきこもりに関して言えば、就業支援に偏っていては大きな前進は図れないと思います。社会的・経済的な面から説明を試みて、その点を強く確信するのです。
以上はラフスケッチです。それぞれの個所を証拠立てることも必要でしょう。反証となるものもその意味するところを説明することが求められるものと考えています。ここまでたどり着くのに多くの期間が必要でした。限られた条件の中で考え続けてきたものです。
ひきこもりパラドクス

主に4月の身辺状況を振り返る

4月は新年度の始まりでそれに関係することがありますが省きます。
ひきこもりに取り組む全国組織に若者協同実践全国フォーラムがあります。
そこの担当者から連絡があり、そのポータルサイトに不登校情報センターが作成している「当事者の会・自助グループ」ページが紹介され、リンクすることになりました。
いろいろな傾向の当事者の会・自助グループの紹介をしているページで、都道府県単位に分けてざっと千団体以上を紹介しています。
不登校情報センターというのは情報収集と情報提供をするのが基本の主旨です。
他にも「フリースクール等」のページにもざっと2千教室はあり、これも都道府県ごとに掲載しています。
3月以降に集中して集めているのは社会福祉協議会(社協)です。
これも未完成ですが2千ヵ所以上の市町村 社協 と地区社協があります。
社協についてはいつか別の機会に紹介します。

「当事者の会・自助グループ」、フリースクール、社会福祉協議会の一覧表はどれをとっても日本最大のものです。
他にも日本最大のページ群や相当程度のページ群もありますが紹介は省きます。
膨大なサイトで、不登校情報センターに集まってきた主にひきこもり経験者が20年以上かけて収集したものです。
このサイトに毎日アクセスする人は3000人以上、1日のページビューは23000ページ(1-3月実績)です。

私個人としてもようやく1つの到達点を迎えました。
ひきこもりを個人の特性ととらえ個人対応するレベルから社会的に対応するのに必要な経済社会との関係を説明することです。
詳しく説明できるところもあれば、それほどでもないところ、頭の中で整理されていても文章表現されていないところ、状況はいろいろです。
今号のエッセイ「ひきこもりの経済社会の背景から説明」はその全体の概要を書いたものです。
実際は60本近くの小論文(エッセイ)からなるものですが、調査研究はさらに続きます。そのうち数本はこのブログに紹介しています。

親の会(セシオネット親の会)も再始動していく様子がはっきりしてきました。
とくに新小岩・平井時代の方が参加し始めたのは嬉しく思います。
子どもといっても10代や20代ばかりではなくなっています。
ほとんど共通の課題を話すことになります。
大人のひきこもり相談会も平井コミュニティ会館で細々と続けています。
とくに当事者の出席を期待しています。

次回のセシオネット親の会は5月15日(日)am10:00~13:00。高田馬場住宅220号室
大人のひきこもり相談会は5月14日(土)12:30~15:00 平井コミュニティ会館
この2つの会に参加する方は〔松田TELまたはメールで〕お願いします。

ひきこもりへの相談支援活動について

ひきこもりの相談支援活動を私はしています。この話を聞いて30歳近くなった息子を相談支援活動によってひきこもりから抜け出すように要望されることがあります。多くの人はそう考えるのかもしれません。
それは相談支援活動という言葉にカラクリがあるためです。この言葉はウソではありません。そのように相談支援活動をその通りにしている人もいるでしょう。ただそれは私の考えとは同じではありません。ここで私の考えている相談支援活動を説明します。
私の相談支援活動、というよりも相談活動の中心はひきこもった人の「話をきく」ことです。私の方から納得させる魔法の言葉を聞かせれば、ひきこもりから抜け出せるわけではないと思うからです。
「話をきく」というには相手が話をするようにならなくてはなりません。人はそう簡単に自分の話をするのではありません。特に自分のハンディになっている部分を話すものではないからです。それが話せるようになるには「どこまで話せる人なのか」を信じられる状態になっていなくてはなりません。これが初めの、そして最大の難関です。ここを超えなくては、テキトーに話され、それを聞いて話を聞いたつもりになるのです。これで事態が変わるレベルになることはないでしょう。
どこまで話せる相手なのかを確かめ、それに合わせて自分の体験をふり返りながら、次に話せる部分を広げていきます。これはひきこもりの当事者がしていることです。そしてこれこそがひきこもりから抜け出す当事者の真剣に取り組んでいることです。ひきこもりから抜け出すとりくみは、相談支援活動をしている側ではなく、ひきこもっている当事者が取り組んでいるのです。
この取り組みを始めるスタート=「どこまで話せる人なのか」のひきこもり当事者の判断に合格できることです。「どこまで話せる」のかは、当事者にとっても自分の体験を掘り下げていく過程です。一直線にはすすみません。後退することも珍しくはありません。
この過程が大事ですが時間がかかります。着実な道ですが、人には年齢がありその年齢に応じた役割や生き方が求められます。その問題は残念ですが、私にはどうにもできないのです。
私は、特定の相談者との相談支援活動と合わせて、ほかの人と関わる、世の中のいろいろな場面に出てみる…などと同時に行うのがいいと思うのはそのためです。ひきこもりの人が集まる居場所というのは、こういう面からも必要だと考えるのです。
                                    2022.4.18    ひきこもりパラドクス

社会的な職種の変化と非正規雇用拡大

「2040年代には、現在の職業の半分近くがなくなっている」と発表されたのは2010年ころです。主に社会の変化、とりわけ各方面の技術的基礎である機械・装置・用具などが発達することによるものです。「ありえない」という予感よりも、そういう予感を超えるかもしれないほどであり、世の変化のスピードの速さを示しています。
この職業あるいは職種の変化はある1日や1年で突然に変化するわけではありません。すでに始まっており、いまはその変化の途上です。PCの登場と普及により、多くの職種は変化しています。事務職の内容は扱うPCソフトによって職の内容が変わりつつあります。一般事務職という大量いた従事者はきわめて少なくなりつつあります。
この職業と職種の変化の進行のなかで、とくに若い世代の職選びや職業意識にも変化がみられます。それはこれからもさらに変わっていくのでしょう。この若い世代に広がる「働き方の意識の変化」が、従来の終身雇用制が崩れていく時代に表われたのは偶然ではなく、直接的・間接的な結びつきがあると考えなくてはならないでしょう。
フリーターが登場し、登録・派遣型社員という非正規雇用制度が広がったのは、そういう背景から考えれば了解できることともいえます。しかし、そうはいってもこういう場合は支配的位置にある者の都合によってそれが公認の制度として設計されていくことはこれまでくり返されてきた論理が予想されることです。
非正規社員は、職場・働き先の変更をくり返さざるをえません。「転職をくり返す若者」「就職3年後には3割が離職」などが、やや否定的に伝えられる事態には、このような社会の変化、それを公的な制度として確定したこの国の支配的な人たちによる作意が埋め込められています。それを無視して若い世代を非難がましく言うことはできないでしょう。
この流れを社会的な圧力と感じ、あるいは「社会に適応できない」と見られる人たちが、この社会との関係に距離をとる―ひきこもる、あるいは従来の仕事スタイルから離れる新しい方法を探すのは、むしろ自然な動きとみなしていいでしょう。

公平を期すためには、この社会の動きを前向きに受けとめた人たちにも目を向ける必要はあります。
リクルートワークス研究所の調査を引用して、福島創太『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか?』(ちくま新書.2017)では次のように指摘します。
《実は、転職者が増加しているのは非正規雇用者ばかりではない。そして、非正規雇用者になる可能性が高いとされる非大卒者ばかりでもない。リクルートワークス研究所が実施しているワーキングパーソン調査では、2000年の調査にて「退職経験をもつ」と答えた者は全体の50.2%だったが、2012年の調査では61.8%となっている。20代、大卒の正社員の回答に限定しても、15.3%(2000年調査)から21.4%(2012年調査)と増加傾向がうかがえる。
次に転職意向にも目を向けると、「転職するつもりはない」という回答者は、全体で59.6%(2000年調査)から51.7%(2012年調査)に減少している。20代、大卒の正社員の回答に限定しても、48.6%(2000年調査)から43.2%(2012年調査)になっている。2000年以降、大卒で、現在正社員として働く労働者のなかでも、転職を経験した者、そして転職意向を持つ者が徐々に増加しているのである。
また、大卒者、大学院卒者は、一度転職するとその後の転職サイクルが早くなることも指摘されている(浦坂2008)。一度転職を経験した大卒、大学院卒の労働者は、同じ会社で長く働き続けないキャリアを歩んでいく確率が高いのである。これまで長い間、日本の労働者は一つの会社で長期間就労することを前提としていたことを考えると、この変化は注目に値するだろう。》(26-27p)

このような転職をくり返す状態は、職業と職種が大きく変わる時代には生まれて当然でもあるのですが、制度が押し隠してきた問題を表面に出します。1つはその当人がリスクを負うだけではないことです。それは社会全体にもリスクになります。
福島さんは、前向きに転職をくり返す個人が負うリスクをこう書いています。
《労働者個人に起こる大きな変化としては、キャリア形成の担い手が、会社から個人へとかわるということが挙げられる。就職した企業でキャリアを形成し続けるのとは異なり、転職者は自らの意志決定でキャリアを形成していく必要がある。大卒、大学院卒の場合、一度転職したらその後の転職サイクルがはやくなるという研究を紹介したが、転職を繰り返しながらキャリアを形成していくのであればなおさら、キャリア形成の主体と責任は明確にその個人に帰属していくだろう。
転職がうまくいくかどうかはその人自身にかかっている。そして転職がうまくいかなければ職は保証されない。こうした観点から、新卒で入社した会社で働き続ける労働者よりも、転職者の方がキャリアを安定的に形成していく難易度は高いといえるだろう。》(30p)

次にそれが社会全体に影響するリスクとは何かをこう書かれています。
《もし、若者のキャリアが転職によって不安定なものとなるとしたら、彼らにとって重大な問題であるばかりでなく、社会的不安や社会的損失の引き金になると考えられる。例えば太田聰一(そういち)(2010)は、若年失業者の増加が、①日本の人的資本レベル(人材が身につけている知識や技能のレベル)の長期低迷、②貧困の連鎖の可能性、③若年労働市場の悪化による少年犯罪発生率上昇の可能性、④自殺者増加のリスク、⑤年金制度維持の困難化、⑥晩婚化および少子化の促進といった、様々な問題を引き起こす可能性を指摘している。このうちのいくつかが既にその兆候を見せはじめていることは、お分かりの通りだろう。》(35p)

私は福島さんの論旨に沿ってこの転職の部分を説明しているわけではありません。福島さんはもっと多くの点に言及しています。他の点はその本を読んでいただくのがよかろうと思います。
これらの転職をくり返す若い世代は、30代以下では日本の就業者の半数に達しようとしています。その多くの人には、守られるべき生活基盤の拠り所が希薄になり、実際には「ない」という人も少なからずいます。家族(血縁)関係がとぎれ、地域の結びつきがこれといって「ない」状態は、職場がぐらつくことにより社会において頼るべき「居場所がなくなる」のです。孤立・孤独の問題の発生には、この職場の不安定性が、その全部の要因をしめるわけではありませんが、少なからず関係するのです。
                                    2022.4.13
ひきこもりパラドクス

フリーター、パラサイト、非正規社員、そしてひきこもり

フリーター400万人、ひきこもり100万人、パラサイト1000万人、というのが比較的最近の人数規模ですが、この中心は団塊ジュニア世代です。これに非正規社員が就業者の40%を占めるようになった点を追加してみるのが、1970年代半ば以降に生まれた世代の、生活と労働の重要な様子を示しています。
非正規社員は、アルバイトやパート社員などの形で昔からいました。それが1990年代以降、登録社員、派遣社員の形で積極的に推進拡大し、下の世代ほどその割合は増えました。正規社員というのは非正規社員が生まれるなかでつくられたことばです。ちょうど健常者ということばが、障害者ということばが広がるなかでつくられたのと同じです。
フリーターは1970年代になってからフリーアルバイターということばが定着するなかでつくられました。1990年代に183万人だったのが、2001年には417万人になった(2.3倍)と報告されています。
岩間夏樹『若者の働く意識はなぜ変わったのか―企業戦士からニートへ』はフリーターについて次のように描いています。

《たしかに、フリーターは不安定なライフスタイルである。まっとうな職業歴がないために、将来も正社員としての雇用を望めない可能性がある。だから、今のフリーターはこれから先、雇用情勢が改善されたとしても、固定的な不安定雇用者層、はなはだしい場合は、生活困窮層になりかねないという指摘も一理ある。しかし、アルバイトのほうが職の選択肢がはるかに豊富なことはアルバイト情報誌のぶ厚さからうかがえるし、うまくやれば、当面、下手な正社員より稼げることもある。
問題は安定性だ。雇用の安定性について言えば、正社員の雇用がかなり不安定になった現在、その差はずいぶん縮小したと見るべきだろう。年金や健康保険も元々、個人で加入することができる。給付と負担のバランスは下手な企業の社会保険よりも有利な場合がある。
フリーターにとって何よりも必要なのは、独立自営業者としての自覚をもつことだろう。フリーターは職場のサポート体制の枠外にある存在であり、それを前提として生活を組み立てないと、不都合なことに直面することがある。それを自覚することが第一だ。
今や、正社員もいつクビになるかわからないという意味では、フリーターとあまり変わらない立場だ。だから肝心なのは、フリーターであれ、正社員であれ、どのようにして自分の生活のサポート体制を構築するかを自分で考えることだ。漫然と働いているのでは、フリーターでも、正社員でも、いずれにしてもあまり明るい未来はなさそうだ。自分の力でサバイバルすることが求められる時代にあって、何をして生活していくのかを明確にすることが必要だ。企業経営でよく言われるビジネスモデルに相当する、自分のライフモデルを構想し、節目節目でそれを見直さなければならない。誰もが自立することを要求される時代には当然のことだ。》(135-136p)

それが若い世代の職業選択するときの背景です。ただ、正社員希望者が非正規社員にならざるをえない限定された枠を前にしてきた点を忘れてはならないでしょう。
非正規社員が受けるいろいろな不利益があるなかで、大きいのは「安定性の欠如」でしょう。生活サポート体制が脆弱なまま放置されているのです。
企業社会は、職業の選択の実用性を広めるために社員制度を緩めたともいえます。しかしそのばあい、非正規に扱われる被雇用者の生活の安定性を考慮しませんでした。これはとくに法制度を設計した政治担当者に責任があると言わなくてはなりません。「自己責任」や「自己都合」を広げる風潮を強め、押し通してきたのです。
企業が関わる社会問題でそれを解決するばあい、企業側はこの手を常套的に使います。当面の問題を解決するように見せて、より重大な問題を生みだす要素を埋め込んでいくわけです。
パラサイトが生まれたのは、(これはさらに調べるべきですが)親世代(団塊世代に相当)のゆたかさと、子世代(団塊ジュニア以降)の生活不安定さが重なる点(両方の共同利益に重なる場合もある)も見すごすことはできません。
ひきこもりはこういう社会、特に企業社会の動きを感覚的に敏感に察知する人の動きともいえます。自己選択、自己責任、自己都合が生み出すストレス社会の入り口で立ち止まり、入り口から入ったところで壁にぶつかった状態で、社会の外側に退却した人たちということもできます。
こういう事情を見ればひきこもり、ひきこもりへの対応、ひきこもりへの支援を各人の性格とか個別の要素に限定して見ることはできません。社会の現実の動きを無視しては、団塊ジュニア以降の世代(1970年代の半ば以降に生まれた世代)の中で、特に1990年以降にひきこもりが増大したという事実を説明できないでしょう。
ひきこもりは別の面にも光を当てました。彼ら彼女らは、社会の動きを感度よくとらえただけではありません。ジェンダー(LGBTなど)によるハンディが生み出されている社会、社会的コミュニケーションがうまくとれない発達障害など、いろいろな事情によって、社会に入れない人がいる現実を「見える化」したともいえます。
これには身体科学の進展や個人の尊重や権利という社会的承認が広がっている背景も関係しています。私が、ひきこもりに関わる過程で出会ったLGBTや、発達障害の人がいたのは偶然ではありません。

ひきこもりパラドクス

団塊ジュニア世代(1970年代半ば以降の生まれ)

高度経済成長期に工業地帯・都市に集まった若者たちは、家族を離れたために、従来の集合的核家族に大きな影響を与えました。集合的核家族は大きな変化を受けたのですが、変化はこれで終わったのではなく、さらに続きました。
都市に出た若者は、そこで結婚し、新しい家族をつくりました。単世帯の核家族です。民間アパートや社宅から始まり、人口増とともに住宅は増えました。公団・公営住宅は団地になりました。集合的な大型マンションも増えました。
この中心的世代は、日本の戦後復興を支えた1935—1955年生まれで、その中心は団塊世代といわれています。この人たちがニューファミリーとよばれるようになったのです。
ニューファミリーは、新しい住宅で新しい生活様式をつくりました。それは家財(すなわち商品購入)で見ると、初めはテレビ、洗濯機、冷蔵庫であり、日常生活を改善する大量の消費を発生させました。これが国内市場を大きくし、生産活動を高め、日本は高度な経済社会に向けて成長しました。
この団塊世代の購入の最後は住宅です。はじめの小さな借家から始まり、より広い住宅に、さらに郊外の戸建て住宅にすすみました。
その子どもたちは、やがて団塊ジュニアとよばれ、1970年代半ばから1990年ごろに生まれた人が中心になります。団塊ジュニア世代の商品購入(彼ら彼女らの自由選択に思えますが、社会にその条件ができていることが前提)はエアコン(クーラー)、電子レンジ、乗用車(いわゆる3Cといわれる)です。
これも大量の消費商品市場を生み出しました。大都市郊外に広がる住宅団地を中心に、都市内部の大型マンションなどで核家族化したニューファミリー型の家族は、ゆたかな生活ができる社会を実現したのです。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれたのは、1970年代後半から1980年代後半のことです。日本は高度に発達した経済社会に到達しました。
この達成のなかに、次の転換をよびおこす要素が生まれていました。ある達成は次の転換の始まりでもあります。この後は平成不況といわれる時期に入ります。いろいろな方面に表われますが、1991年のバブル経済の崩壊が劇的な変化の始まりとして見ることができるでしょう。
ひきこもりの背景となる面で私が気づくことに絞って挙げてみます。
(1)1つは市場の限界です。モノ(商品)が売れなくなりました。生活に必要な商品がいわば飽和状態に入ったことです。例外といえるのは携帯電話(後にスマホ)です。
(2)商品販売ルートの最先端にコンビニが本格的に登場したのは1970年代のことです。ややおくれて、百円ショップ型の小型店も表われました。これは全体的な消費の減少の中でより安く、しかも品質は維持された状態で入手できるものです。岩間夏樹『若者の働く意識はなぜ変わったのか』(ミネルヴァ書房、2021)は、コンビニと、携帯電話の登場がニューファミリー型家族を、空洞化したと明らかにしています。
(3)家族の生活基盤のサポート体制が、地縁・血縁関係から高度経済成長期には職場に移っていました。その拠り所であった職場が、バブル経済の崩壊とともにその地位を大きくゆるがせました。それらに代わる生活基盤サポートの拠り所は、社会全体を見直しても十分にできないままであり、不安材料を広く抱えたままの社会になりました。
(4)日本人の家財の考え方が、所有からリース(借入)に徐々に移っています。合わせて「モノ」よりも「ココロ」を大事にする生活や働き方が求められる時期に移行しつつあります。これは項を変えて説明します。
岩間さんは、このニューファミリー型家族のおかれた変化を次のように表わしています。
《これが昨今の家族像である。20世紀が家族の時代で、それが過去のものになった、というのはこういうことだ。「家族の時代」は、大正の末から昭和の初め頃、都市部に増えた戦前型近代家族に始まる。その後、高度成長期が軌道に乗った時、我々はそれまでの大家族を捨て、夫婦とその子どもだけで構成される小規模な核家族を生活の単位とした。核家族は消費の単位でもあり、そこに次々と世帯財がコレクションされた。しかし、コレクションの最後に手に入れた3LDKはあっというまにホテル化してしまい、さらにコンビニと携帯電話によってとどめをさされた。我々の生活は個人単位のものに大きくシフトした。
こうなると、所帯という言葉になつかしい響きを感じる。湯気のたつ味噌汁や、家族全員で見るテレビ、山ほどの洗濯物、そんな風景を思い出す。そういった生活が過去のものになりつつあるとしても、別に悲観することはない。結局のところ、我々は自分たちの感受性にフィットするライフスタイルを選択しているだけのことだ。ただ「家族の時代」のイメージがあまりにも強烈だったため、この新しいタイプのライフスタイルにキャッチ・アップできていない制度や社会システムがあることを忘れてはならない。特に行政はいまだに、この空洞化してしまった「世帯」を生活単位と考える傾向にある。》(143p)

団塊ジュニア世代(1970年半ば以降生まれ)が思春期を迎える1980年代の中ごろから不登校が増大します。1990年代に入ったころから、ひきこもりが増大します。彼らはまたいわゆる氷河期(就職難)世代に当たります。この世代は、社会の大きな変化に正面からつき当たり、その一部が社会から一歩退く形で、すなわちひきこもりで対応していたと思えるのです。私の運営した居場所の集まり、関わった人の大部分はこの世代の人たち、団塊ジュニア世代です。

ひきこもりパラドクス

高度経済成長と 生活の基本的なサポート体制

私は1960年から1970年の約10年間を日本の高度経済成長期と仮定して考えます。
この期間、日本は高度な経済成長をとげ、社会は発達した社会に到達しました。それはGDPにおいて成長したばかりでなく、社会に大きな変化をもたらしました。都市への人口の集中と農山村における地域社会の衰退(農業の停滞)、家族の分離と家族関係の変化などがあります。
さらに注目すべき変化をしたのが、岩間夏樹『若者の働く意識はなぜ変わったのか―企業戦士からニートへ』(ミネルヴァ書房.2010)の指摘です。
1970年代の中ばから、明らかになったこととして、日本人の生活の基本的なサポート体制が、地縁・血縁連合体制から、職場に変わったのです。岩間さんはこう描きます。

《農村から都市へと、人の流れが押し寄せた。
それを受け入れた都市の産業は、成長期にあって常に人手不足を感じていた。安定的な人材確保のためにも、会社は次第に手厚いサポート体制を従業員に提供するようになり、これが故郷の家や村の代わりを都市で果たすようになっていった。
誰もが次第に手厚い処遇を受けるようになる、公平で、しかも先の読める年功賃金制度、安価な寮や社宅、はては保養施設、病院、持ち家制度などなど。こうして職場が提供する生活サポート体制にどっぷりとつかった安定したライフスタイルが定着していった。それがライフスタイルの五五年体制だ。
ライフスタイルの五五年体制は企業サラリーマンの生活から始まったが、その考えかたはそれ以外の人々にも拡大されていった。公務員や公益法人の職員も、民間並みということが雇用条件の基礎となった。》(36p)

ここでは主に都市の職場をさしますが、農村では農協が、商業者には交通通信・販売体制整備による販売網が、中小の工業経営者には大企業の生産体制の系列化が進み、その中に入れば安定した生活が得られるようになったといいます。このネットワークに潜り込めば自由さには制約を受けながらも自立する必要のないライフスタイルができたというわけです。
言いかえれば、高度経済成長前の日本人の生活の基本的サポートが村(地縁)や家(血縁)から、職場に代わったのです。高度経済成長期に広く成立した終身雇用制と年功賃金制によって日本は世界第一級のモノの豊かな社会を実現したのです。
この職場が生活の基本的サポート体制が、1990年代のバブル経済の崩壊とともに、すなわち企業の動揺性によって崩れていきました。
1990年代以降に生活の基本的サポート体制が崩れたあとそれは何に求められるのか? 地縁、血縁は復活するのか? どうも怪しいというしかありません。回復の可能性がゼロとは言えないけれども以前ほどの強さを回復することは期待できません。
新しいタイプのコ・ハビテーション(非血縁者の共同生活)、それにNPOやNGOが新しく考えられていますが、どれも強く広がるにはほど遠いと考えられます。ただこれらは新しい要素であり、慎重に実際の広がりから考えるしかないでしょう。
ともかく職場などによる基本的なサポート体制の崩壊以後、この安全性の空白、すなわち不安定な時期が1990年ころから30年にわたって続いています。セーフティネットの喪失です(かつてのセーフティネットが完全であったというのではありません)。

ここに若い世代向きに対応しはじめた、就業と自立のための取り組みが注目されます。
いろいろな動きがあるようですが、その中で重視すべきは自治体であろうと考えます。
岩間さんは言及していませんが、自治体とその頼りなさそうな相棒である社会福祉協議会に私は注目したいと考えています。
詳しくは調べていかなくては言えないでしょうが、さしあたり社会福祉協議会を次のように考えられます。
① ほぼ全国の全自治体につくられていること、多くの自治体には校区や地区単位にもできていること、②民間企業を含みながら公共的な性格を持つこと、③民生委員・児童委員という住民に密着する行動部隊を持つこと(非常勤の準公務員ですが、ボランティア活動)、④協力グループにボランティアセンターなど専門分野が単位社協に即してできています。⑤社会的な弱者の問題を中心に措く取り組みになること、の5点は注目すべき性格です。
しかし、⑥権限が不明確であり、社会的な制度設計に果たす役割がないこと、⑦財政的な裏付けにこれというほどのレベルがないこと、が頼りなさを感じるところです。

ひきこもりパラドクス

実践優位による理論と実践の両立をめざす

ブログ「ひきこもり居場所だより」2月8日に、「ひきこもり支援について」という記事を載せました。支援の現場では個人と家族が対象になっているけれども、それは大きな社会の流れや国の政策との関係で考えなくてはならない、という視点からのものです。福島創太さんの『ゆとり世代は、なぜ転職をくり返すか』(ちくま新書.2017)の主旨を生かした論旨によるものでした。
このブログについて〇さん(関西在住)からコメントが入りました。支援者が入って親子関係は落ち着くけれども、その後は親子間に共依存の壁があり、その対応策が必要というものです。当初のブログの主旨とはズレているわけですが現場の要請と認めて、少数の人がとる強力な親子が離れて暮らす形を紹介しました。
対応の多くは家族会や当事者の集まる居場所により、意識しないかもしれないですが、依存的な家族内の関係を相対化するという方法です。家族会や居場所もいろいろと聞いていると思いますが、対人関係の相対化というまでには意識が行っていないと思えます。そこで家族が離れて暮らすという方法を提示したのです。そちらの方がいいというのではありません。そこで何をするのか、しているのかを個人として目標にする・意識する必要があると思ったのです。

さて私はこうした現場の実践的なことばかりではなく、ひきこもりの社会的背景をとらえるために「ひきこもりパラドクス」という小論を連続して書き続けています(約50本)。それは支援現場のことは頭におきつつも重点にしないつもりでした。
しかしひきこもりの当事者にしても家族にしても、支援現場にいる人にとっても、その背景事情では役に立たないのか、「それはそれとして」という感じになってしまいます。いわば実践と研究の分離です。両立が必要だと思います。支援は実践にならざるを得ませんが、研究がなくては効果的な支援は進まないのではないか―そう考え、いわば実践と研究の両立をめざし、「実践優位による理論の確立」をめざしたい、と改めて考えています。ただし、言うは易く行うは難しいのも確かです。

この3回の回答は、会報『ひきこもり周辺だより』4月号に短縮して1回にまとめて掲載します。