中学・高校時代の超貧乏経験が支えてくれた人生

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法事のために兄弟が集まる機会がありました。
少しアルコールの入った弟68歳が、姉の息子(甥っ子40代)に話しています。超貧乏生活だった中学・高校時代のことです。
当時は母と私と弟が事実上の母子家庭生活をしていました。知人から借り受けた納屋(物置)の一部を借りて住んでいました。
夜寝るとき弟が母に「上を見たら空が見える」と言いました。天井に穴が開いていたのです。すぐに母はダンボールを集めてきて、天井や周囲に張りました。
朝の食事はこれも借り受けた畑でジャガイモを育て、それを掘ってきては湯がいてバターをつけて食べる生活です。弟はこの朝食が2年ぐらい続いたと言っていましたが、私の記憶ではそこまで長くはなく、でも1年以上はあったと思います。
この生活には悲壮感がなかったです。弟は母を称えました。できることを続けて(パートの看護師、土木作業、夜なべのミシン仕事など)、普通の生活のようにやっていたと思います。目の前で“疲れた”と言っては自分の腕に太いアリナミン注射をしていたのは、ちょっときびしかったですが…。
その時期の生活を「あの生活があったから人生やってこれた」と弟は言います。私もそう思います。貧乏を怖いと思ったことはありません。何とかなる、という根拠のない楽観というか自信みたいなものがあります。
離れて聞いていた姉が、「兄弟5人、全部がまともに生活してきた。それがよかった」と言いました。超貧乏生活でも道を外すことがなかったのは母のおかげだと思います。

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