新型コロナ・格差拡大などの最近事情ー資本主義史(4)

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ここで少し脱線して、水野和夫(法政大学教授)さんが「週刊エコノミストOnline」に発表している最近の事情を紹介します。タイトルは「経済再生のため企業の内部留保463兆円を今こそ放出すべきだ」です。


もはや国家は国民の生命・財産を守ってくれない?「コロナとの共生」──。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を前に、100年に1度の危機を乗り越えようという訴えかけに、私は疑問を感じている。2008年のリーマン・ショックや11年の東日本大震災でも、そう喧伝(けんでん)されたが、2~3年もすれば元に戻った。

◇ペストが崩した教会権威仮に14世紀のペスト以来の大変革期を迎えたという認識なら理解できる。それまで絶対的な権威で地域の秩序を構築していた教会が、ペストの前に何ら有効な解決手段を打ち出せず、死者が多いあまり葬儀さえできない実態をさらけだした。これが後のルターによる宗教改革につながり、現在まで続く国民国家の形成への一大転機になった。

14世紀の教会に当たるのが、現在の国民国家だ。全米で広がる抗議デモは国民国家への不満や怒りで、教会を倒した宗教改革とも言える。白人警察官による黒人男性の暴行・死亡事件はそのきっかけに過ぎない。国民国家における資本主義を極めた米国で、貧富の差は臨界点を超え、コロナで医療分野でも富める者は救われ、貧しい者は切り捨てられる状況に米国民は、「もはや国家は国民の生命・財産を守ってくれない」と、国民国家に反旗を翻したのだ。

日本でも為政者は安全な場所から「コロナとの共生」と、国民に訴えるが、テレワークがままならないサービス業などの従事者は感染リスクにさらされたままである。休業要請をするだけで補償がないのだから、生活のためにやむを得ず、感染リスクが高い最前線に追いやられているのだ。

日本でも「国家は国民を守ってくれない」という不満は日に日に増している。「企業は株主だけでなく、従業員や取引先、地域社会といったさまざまな利害関係者を重視しなければならない」と、最近になって言い始めた。であれば、積み上げた内部留保463兆円(19年3月)で、国民生活を支援する時だ。私の試算では463兆円のうち、生産性向上や低金利による利益が132兆円となる。これは本来、支払われるべき賃金や利子に該当するから、未曽有の危機の今、国民に還元すべきだ。また、内部留保は200兆円あれば、十分だから残りの131兆円は、休業要請に応じた小売業などの補償に使えばいい。

これを見ても現代のひきこもりに直接に結び付く話は読み取れないと思うでしょうが、長期的に見れば矛盾はないのです。14世紀のペストの感染は封建的な生産関係の変革につながりました。この度の新型コロナウイルスの感染拡大は資本主義自体の変革につながる背景事情があります。水野さんの本ではその背景事情を詳しく説明してくれます。

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