ひきこもりと経済社会の関係に迫るも全然

熊野純彦『マルクス 資本論の哲学』(岩波新書) を先ほど読み終えました。
今年は特に経済学に関する本をいろいろ読んでしまいました。春ごろに読んだ『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫、集英社文庫)が最初です。この中にひきこもりを経済社会の推移のなかでチラッと説明されているのを見て、がぜん経済関係を読んでみようとなったわけです。とはいえ古本屋さんで安く本を手に入れるわけですから、読む本に系統性はありません。
『海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年』(塩野七生、新潮文庫)、『「公益」資本主義―英米型資本主義の終焉』(原丈人、文春新書)、『資本論 超入門』(小暮太一、日経ビジネス文庫)。『どアホノミクスの正体』(佐高信・浜矩子、講談社α新書)、『戦後世界経済史』(猪木武徳、中公新書)…もしかしたら他にもあったかもしれません。
内容はいろいろでそれぞれに学ぶ点はありますが、おおよそ読み散らす範囲を超えません。そのなかから『戦後世界経済史』について触れましょう。
ひきこもりを経済社会から説明する点では何も得られなかったはずです。ソ連型社会主義経済の崩壊が説明されているのがよかったと思います。政治状況ではなく経済構造からその体制の崩壊を語ったと思います。社会主義に市場原理を導入する必要性(いわば社会実験の場)を教えられた気がします。
もう一つは農業の集団化の失敗例もソ連型の例を挙げて説明されていました。これは中国でもそうでしょう。8月に日本が関わっていたモザンビクでの農業の集団化計画が事実上の停止になったというニュースがあります。
こういう経過から『マルクス 資本論の哲学』を読み、久しぶりに資本論にふれました。そしてその第3部「資本の総過程」をほとんど学んでいなかったとわかりました。正攻法でひきこもりと経済社会の関係を説明する方向にはほとんど進んでいませんが、経済社会の基礎構造をさらに理解しないと前に進めない気がしています。