愛知県のなでしこの会

愛知県のひきこもり家族会の1つである「なでしこの会」が会報に『ひきこもり国語辞典』を紹介してくれました。
<ひきこもる人たちは、なかなか親に本音を話してくれません。この本の中には、ハッとさせられる言葉、キラキラと輝く言葉、せつなくなる言葉、ひきこもる人たちの「思い」がたくさん詰まっています>
として、9つの言葉が紹介されています。
会報にはコロナ禍にあり、総会が延期になったと報告されています。それでも愛知県内のいくつかの個所で開く例会の予定もあります。たぶんこれと似た状況は各地にあるのでしょう。

当事者の会・家族会の情報収集

4月に国語辞典が発売されて以降、その宣伝普及を兼ねて全国の関係団体などにそれぞれの活動内容の情報依頼を続けています。ほとんどがFAXによるもので、依頼先は3000か所を超えました。少しは本の販売につながっていると思います。
依頼の初めは公共機関への案内が中心でした。適応指導教室、保健所、家庭児童相談室、社会福祉協議会などです。おおよそ山場を越えたところで5月中旬から家族会・親の会、当事者の会への案内を始めました。これまでの公共機関とは反応が違います。発展や閉鎖など数年の変化が分かります。
その依頼といってもどこに送るのかの名簿の整理が大仕事です。これらは不登校情報センターのサイトに掲載していますが不揃いです。それを整えながら紹介するページの構造を変えていきます(それが名簿の整理)。不揃いであったものをいくぶんは整えました。十分にはできませんから継続する作業です。
依頼を進める内に各団体から返事もきます。それをサイトに上げながら変化を感じています。編集者としてこの情報集めを始めたのは30年も前のことです。以前には気づかなかったことが分かります。社会で失われてきた安全装置がこのような形で復活してきているのではないかという思いです。「弱さでつながる」ところから新しい社会の下地を準備している感じがします。
30年以上続く摂食障害グループに関わる医師からは「その患者さんや参加している人たちと付きあって感じることは、拒食・過食という行動で人生と闘っている」という言葉を聞きました。私と同じ気持ちでいる人がいて嬉しいです。
不登校の親同士の集まる会から始まった会が、その延長で就労支援の作業所を生みだしています。子どもも20代・30代になっているのでしょう。場を共有して安全基地をつくり協同して闘っているのです。
私の力では及ばないからそれぞれの場を紹介しようとして集め始めた当事者の会・親の会はそういう役割を持つようになった所がいくつもあります。
そういえばひきこもりとして相談に来た人が、今は支援者の側にいるのをしばしば目にします。先日の大人のひきこもり相談会に来たHさんはいま相談支援事業所のスタッフです。あちこちでこのタイプに出会います。
国語辞典の発行を終えた私は、その普及活動をしながら、次の目標に向かいます。ひきこもりにはそれを生み出す社会的な背景がある。それを明らかにすることです。それは個人的な性格や気質を超える社会的な背景事情を明らかにすることです。
やっとその全体像が見えてきたと思います。学校との関係、親・家族の関係、働く条件や人間関係、それらを心理療法や福祉的対応、どうすれば働けるようになるかの視点だけではなく、歴史的な背景から見ていくのです。この背景の全体に肯定的な要素があるのと分かれば「誰も悪くはない」の言葉も意味がはっきりします。