住居条件が日本人の配慮的な性格を生み出す

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ひきこもりという生活状態を扱いますが、一般に人間の行為・行動様式の基礎には、その人が生活している精神文化が関係しています。行為・行動様式に精神面がどう関わるかの1つの理由で語ることはできません。かといって「さまざまな理由がある」というのでは何も話さないのとほぼ同じことです。ここでは住居条件について考えたことを書いてみます。

日本家屋―これも長い歴史のなかで変化があり、しかも社会階層によってずいぶん違います―が与える影響です。和辻哲郎『風土』(1935)のなかにすでに描かれています。
 「襖(ふすま)や障子(しょうじ)で区切られた家屋は、閉じられているようでいて半ば開放されています。家屋内の部屋をドア鍵で区切る家構造ではありません」。
この住居で暮らしてきた日本人の精神文化への影響を互いに配慮的な生活態度をとると分析したのが精神科医の近藤章久です。
*近藤章久「日本文化の配慮的性格と神経質」(医学書院『精神医学』1964年2月所収)。小川捷之・編集・解説『対人恐怖』(「現代のエスプリ」1978年2月発行)に転載。
近藤論文は和辻さんの意見を受け取って、精神医学の立場から日本人の精神生活が配慮的性格を持つ点を詳しく述べたものです。私は日本人の精神性を感受性の色合いの強いと表現しますが、この配慮的な性格とは矛盾はしていないものと考えます。
近藤さんは「日本人の配慮的な性格」を生み出す日本家屋の状態を2点挙げています。
(1)家のうちにおいて、各部屋は板戸、フスマ、障子で仕切られるが独立性を喪失している(89p)。家族間では言語的な表現ではなく、物音や動作・動きなど非言語的な表現が多くなる。
暗黙のうちに互いの気分や気持ちを了解する感受性を発達させる。沈黙や静寂もまた気分や気持ちを象徴する。
心理的な距離を取ることを困難にし、知的発達にとっては必ずしも良い条件とは言えない。ありかたは感情的、情緒的を主とする。
(2)ことば(日本人の生活語)は言語的なコミュニケーションよりも精神状況を把握する了解的な方法を持つ。親と子の間では、「子供に対する配慮・保護は、親の自我にとって必要であり、欲求せられる」。
こうして近藤さんは「日本の家のうちの相互依存的共生的な配慮的精神状況が、これを可能にする地盤であると思われる」(102p)とします。
さらにすすんで相手の考え方や気持ちを「察する」ことが重視されますし、さらには「言わなくてもいい」状態にもなります。これらが家族内でのひきこもりを生み出す背景理由の1つと考えます。
これが住宅と人の精神状況の関係を示す要点になっています。結論として確かなことは、日本の家屋の状況がひきこもりの生まれやすい住宅の環境条件にあると肯定的に評価できます。

不登校やひきこもりになったとき、往々にして自室をシェルターにします。家族の出入りを防ぐために入り口に物を重ね、自分は窓から出入りする場合もあります。ひきこもりが閉じこもりや立てこもりになるのです。
この数十年間の住宅は私の知る限りではあまり大きな変化はありません。私が自宅訪問により訪ねた範囲のことですが、部屋に鍵が付けられて、独立性がやや強まっています。しかし、住宅自体が格段に大きくなったわけではなく、自室をシェルターにする動きはこの状態のなかで生まれているのです。

この環境がひきこもりと結びつくにはもう一段のステップがあります。もう一段のステップについては別に記述します。 ひきこもりパラドクス

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