*会報『ひきこもり居場所たより』5月号に載せたものを加筆しました。
私が関わりをもったひきこもりの人には祖父母などの介護役が少なからずいます。事情は親から聞くことが多いのですが、実に適任・適役と思うことは多いです。丁寧で的確で優しい介護です。私は以前にその1人に介護職についてはどうかと話したことがあります。そのときの答えは「いろんな人には無理」という返事でした。その人にとっては完璧にしかできないのでそういう答えになるのだろうと思いました。
カウンセラーの松村さんと話していたら、同じように考えているらしくて、しかももう少し進んでいました。この人たちが介護の資格を取れば、介護保険の対象となり仕事になるのではないかというのです。介護サービスとして保険支払いを受けるのです。
介護職の保険制度や実務をよく知らないのでここからのことは不十分であいまいな内容になります。介護には施設介護、訪問介護の違いがあります。自分の祖父母を介護するのは自宅介護(?)になり、これは施設外の介護であり、訪問介護の1種かもしれません。
これはちょっとしたヒントです。自宅介護を訪問介護と同一のものか、それに準じると考えるのです。有資格者の訪問介護は社会的なサービスとして保険料金が決められています。自分の祖父母等への介護をしている人が有資格者になれば、介護保険の適応が導入できるのではないか? 言い換えれば自宅介護サービスと訪問介護サービスの基準を同じに考えられるのではないか。松村さんはそれを考えたようです。飛躍もありますが、合理的な面もあります。
これは考え方であり、そのまま実務的に扱えないにしても1つの参考になります。
私が関わった人に両親と子ども2人の家族に人がいました。2人の子どものうち1人に身体障害があり、その人は子ども時代から母親を手伝ってきょうだいのその子の看護・介護を続けてきました。今日のヤングケアラー状態で長い間、社会との接点が限られ、やさしい性格と相まって〝準ひきこもり〟的な体験者として居場所に来ていました。
障害者の子は医療機関に継続してかかわりましたが普段は自宅におり、お母さんは1日24時間つきっきりでした。夜間にも数時間ごとに体位の変更が必要で、そのお母さんを手伝ってきたのです。身体障害の子どもには障害者手当は出ていたのですが、お母さんと手伝いの介護は無償の家事サービスのままです。
*ヤングケアラーもまた今日の重要な社会問題で、体験者は社会的なハンデイをもって社会に入ります。
私はこの障害者手当には親と手伝いの人の介護手当がプラスされてもいいと考えてきました。これも考え方であり、そのまま実務的には扱えませんが理由は十分にあると思います。
高齢者の介護が20世紀末から大きな社会問題になり、新たに介護保険制度ができ、また介護施設も多くなりました。家庭内の高齢者介護では対応できなくなった現実を何とかしようとした結果です。到達状況は十分とは言えないようですが、制度ができ運用改善を社会保障の一環として進めることになります。
高齢者の介護以外に、対人的な家事労働に子育て(保育)が先行しています。障害者への対応も家族内だけでは困難であり、各種の障害者施設や訪問対応も家族内の対応も積み重ねられて今日に至っています。さらにさかのぼると明治のころに学校ができたのも子どもの教育を社会的な課題として実現したことです。
以前はこれらの全部が家庭内で行われてきました。それが家事労働(=家事サービス)であり、社会的分業ができていない時期には無償でした。家庭外に施設(保育所・幼稚園、学校、障害者施設、介護施設)ができ、家庭外に社会化されるとともに専門的・職業的な対応が進みました。このような社会的分業により、それぞれの価値評価が生まれ、無償を抜け出したのです。
そう進んでくると今度は無償とされていた家事労働に跳ね返ってその評価が問われる時代になりました。家族外では同じ労働が価値評価されるのに、家族内では無償になる、という対照が明瞭になったのです。
家庭内の子育てと保育所での子育ては同じではありません。家庭内の介護と施設での介護も同じではありません。何が同じで何が違うのかを精密に書き分けることはできませんが、親密さの濃度や夜間を含む時間の長さが関係するのは確かでしょう。しかし、個別差も大きく関係するので結論的な意見は慎重に扱うしかなく簡単に書けません。
しかも家庭内の子育てや介護の役割の重要性は少しも下がりません。核家族の状態で母親がひとり子育てに関わるワンオペの状態は安定性が不十分であり、施設や訪問による外部援助サービスが家庭内の負担を軽減することは確かなことです。他方では保育園や介護施設で幼児や高齢者が家族外の人と接する機会は、核家族している現在においては貴重なものです。
太古の昔はこれら全てが基本的に家事労働であり、全ての労働は認められていたがゆえに、特定の価値評価は必要なかったのです。生産活動は食糧確保(生産・採取)も、運搬も、食事づくりも衣類の製作も大きな家族集団(数百人を含む世帯も珍しくはなかった)の内側で行われました。
それが個人差による特定分野の得手・不得手から始まる役割分担は長い時間を経過するなかで、分担から分業に進みました。これはその時代における生産性の向上になりました。
分業が家族外に進み、大家族と大家族の接点でやり取りが始まるときに、社会的な評価に基づく交換が生まれ、交換価値が発生します。しかしその時期になっても家族内の家事労働には社会的な評価に基づく交換価値は生まれません。こういう事情は徐々に進んだのです。家事労働の担い手はほとんどが女性によって行われていたために、女性の社会的地位は低くなりました。
すでに19世紀にF.エンゲルスはこれを「母権制の転覆は、女性の世界史的な敗北」と評しました。太古の女性は男性と並んで労働に従事する一方、家族の血統の正しい伝達者であることと相まって尊敬を受け、女性優位の社会であったと説明した(多くの証言や研究を読み解いた)なかの言葉です。家族内の仕事が分担から分業に、さらに社会的な分業になると生産性が向上します。徐々に階級関係が生まれ、家事労働は主に女性の役割になり、女性優位の社会から男性優位の社会になった事情をエンゲルスは表現したのです。
エンゲルスは両性の平等が実現するのは、資本主義社会が発達したその先に経済面でも実現の基盤ができると予言しているのです。
*エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』は私の愛読書でもあり、私はエンゲルスのファンとしてこの部分を大胆に意訳しています。エンゲルスのこの言葉は不当とは言えないまでも、適切に引用されず読み違いされそうな場合があります。また「母権制」とは便宜的に使ったものです。
ようやく20世紀末から沸き起こったジェンダーの平等の動きは、男性を含む全ての人の本質的な平等を求める動きでもありました。その機運の中で、無償とされる家事労働の役割に改めて目が向けられています。そこから出発してさらに国民の豊かさを計る尺度、例えばGDP(国内総生産)に含まれないいろいろな活動があるとわかりました。国民の豊かさのなかに家事労働が含まれないゆがみともいえる不合理が明るみになったのです。
そうはいってもどういう尺度を持ってくればいいのか。無償とされるのではなく「とても大事で欠かせない」・「生存に必要なエッセンシャルワーク」であるから正当な評価を加えるべきだといっても簡単ではありません。
国民全体にとっての内容の深さや規模をどのように表わしていけばいいのか。私はえらい課題を手にしてたじろいでいるこのごろです。そんなところに松村さんから身近な家族介護をしている人が資格を取って介護保険の適応を受けられるようにできないかという発想を聞きました。ヤングケアラーの経験者として自宅で障害者のきょうだいの介護を手伝っている人の場合を考えたことがあるのも思い出しました。
*私のブログ「ひきこもり居場所だより」はこのところこのテーマに関するいろいろな面を書き続けています。関心のある人は、わかりづらいとは思いますが、のぞいてみてください。また読者の皆さんから身近な実例から感想などを寄せてもらえれば参考にしたいと思います。エンゲルスは古代における家事労働にさえ言及しています。それらにも触れていく予定です。
ブログ「ひきこもり居場所だより」http://www.futoko.info/zwp1/