弱さでつながるプロジェクト

以前に情報センターに通所した人に近況報告などを聞こうとしています。なぜですかと尋ねられましたので、次の返事をしました。

《情報センターに来ていた人の多くは40代から50代になりました。子ども時代を冷静に見られる、人間関係や社会対応を自分の経験から話せる人もいます。およそ1年半前から私につながる人に呼びかけてきました。
プライベートなやり取りなので詳しくは話せませんが、メールや手紙に書いたことを公表した人も少しいます=ひきコミWEB版。
ウツ・過食・不眠などの症状、子ども時代や家族関係の話、カウンセリングや病院経験、病院でもらう薬の強制的な断薬、神秘体験、結婚し子育ての苦心、日常生活の経済的な困難、仕事についている苦心などです。
今はざっと10人が頻繁に話してくれています。男女比は1:2で女性が多いです。時には一緒に役所に行く、作業所や病院探し、自宅を訪ねる人もいます。私には不登校情報センターの活動の継続です。
元気に働いている人、結婚して子育てに忙しい人の話は、別の面で参考になります。私の取り組みを手伝ってくれる人もいます。
多くはいきなり重い話から始めたのではありませんが、事情はさまざまです。
私は、社会問題としてひきこもりを見ているので、体験者からの話を聞くことは不可欠だと思って続けています。
会報8月号と一緒に送った用紙の裏面「弱さでつながるプロジェクト」があり、それが趣旨です。10月号と一緒にまた送ります。気が向きましたらお願いします。》

会報『ひきこもり周辺だより』10月号を発行

主な内容は
大人になる前におっさんになった 清水大樹(ひきこもり当事者への訪問者) 
誰の問題?・・・韓流ドラマもいいね  松村淳子(助走の場・雲)
戦略的視点から見るひきこもりの社会経済的な原因 松田武己
4コマ漫画:美容院  Makiko

☆10月のセシオネット親の会
セシオネット親の会の定例会は毎月第3土曜日、午後2時~4時です。9月の参加者は少し増えましたので、復活の気配があります(?) 
次回は10月14日です。参加をお待ちしています。
場所は助走の場・雲:新宿区下落合2-2-2 高田馬場住宅220号室

★松田の出身地、島根県大田市五十猛町の長尾英明さんの『なつかしの国 石見のいにしえ物語』という、地方誌史に関する本を入手しました。それにより「高度経済成長が一農漁村地域に与えた影響」というエッセイを書きました。


カテゴリ:社会的ひきこもりの起源 – 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター

個人が埋没しない社会的条件の成長

会報『ひきこもり周辺だより』2023年9月号の一部更新
マズローの法則により説明するなら、1960年代を挟む高度経済成長期を経て「ゆたかな社会」になった日本では、大半の若い世代は、食うのに困らなくなり(生理的欲求の充足)、「承認欲求」を求めるようになりました。
乳幼児期にはマズローの法則の第1段階=生理的欲求により行動をします。成長とともに生きていくうえで求めるものが変わります。
経済社会がゆたかになるにつれ、重視して求めるものが成長した世代間で違ってきたのです。
社会的背景の違いは地域や各家庭でも違います。感じ方には個人差がありますし、表われ方にも個人差もあります。
多くの場合、新しい表現は子ども世代から表われるものです。
世代間の違いは70年代には子どものからだのおかしさとして、1980年代になると思春期を迎えた子どもの不登校として表面化したのです。
これは事実ではありマズローの法則による求めるものの違いと矛盾はしていません。
しかし、なぜそうなってきたかの説明を十分にしてはいません。
経済社会の変化と子どもの表現のしかたの変化は自動的につながるのではなく、いくつかの中間過程の説明が必要です。

中間過程を考える視点の1つは社会性です。
『ひきこもり国語辞典』のはじめに私は書きました。
「男はつらいよ」の寅さんは「人並み以上のカラダと人並みに近いアタマを持つ」として、観客の笑いをとったのを例に、ひきこもりは「人並み以上の感性と人並みに近い社会性を持つ」としました。
「人並みに近い社会性」とは社会性が不十分の意味です。
社会性という力は、どのように身につけるのか。中学生のころ私は母から「タケミは社会科はできるが、社会性はない」と父が言っていた話を聞いたことがあります。
社会科は私の得意科目でした。父はそれを認めたのですが、対して社会性には欠けると評したのです。適格な評価と認めねばなりません。
社会性は学科や知識として学ぶものではなく、人との関わりのなかで会得するものです。それは接点のある相手の状態を感知する能力、体質や気質とか性格にもかかわるのでしょう。
そうする能力が人の社会との結びつきになります。周囲の人との結びつきの状態や程度が社会性になるのです。
後年、私は自身がアスペルガー的気質であると悟りました。
それで全部を説明できるわけではありませんが、自身の社会性の不十分さの理由をいくらかは説明できると思いました。
私と同様に、ひきこもり経験者の多くの特徴は成人後も(子ども時代からも)社会性が「人並みに近い」=単的に言えば人並み以下になります。
子ども時代からの人付き合いが苦手、戸惑いや失敗の経験は「人並みに近い社会性」レベルにしたのです。
なぜそうなったのでしょうか? 
1つは個人の気質や体質という先天的な要素です。ただそれだけではなさそうです。

これと関係するのが第2のテーマです。
この30年以上の間に発達障害と目される人が増えました。
この10年余の間には、感覚過敏と目される人も増えました。
LGBT(性的少数者)を自認する人が増えていることも関係するかもしれません。
こういう人たち(アスペルガー気質を自認する私も含む)は、昔からいました。
しかし、それが目に見える程度に増えているのは、そういう人が増えただけではないと思います。
増えたのではなく昔から社会には一定数はいましたが、それが表面化するのは不利であった。社会がゆたかに変わるなかで表現しやすくなった。
昔は人として生存のために抑制されていた状態が緩くなった、と考えられるのではないか。
そう理解しなければ、生物としてのこの急激な変化はおかしいくらいではないですか。

これは社会における情報量が関係すると思います。
ゆたかな社会の人間の生活圏では、情報量が多くなりました。
90年代に発行されたある本に、現代人は江戸時代の人に比べて1万倍以上の情報世界の中で生活していると書かれているのを読んだ記憶があります(該当文献を探し中)。
これに根拠があるとすれば、人間の情報処理能力が何かの形で関係します。
社会がゆたかに発展した段階では、情報量が多くなり、微妙な違いや変化の与える影響が大きくなりました。
それに細かく反応する人がいる一方で、他方ではそれらを遮断することにより平穏を得ようとする人も増えてきたと思います。
まず遮断するタイプ(アスペルガー気質など)が表面化し、続いて細かく反応するタイプが注目されてきたのです。
いずれのばあいも各人の体質等が関係する。そういう仮説を立ててみるのです。
こういう条件は高度経済成長が始まるころから少しずつ増大し、子どものからだがおかしいといわれ始めた時期には潜在的に並行して進んでいたと思えるのです。
そのさらに底流には人との接触に抵抗感を持つ人が子どもの中から増えつつあったのです。

これらの事情が世代間の違いとして表面化したのではないでしょうか。
旧世代(60年以前に生まれた人)の主流をなす多くの人たちは、社会で生きていくためにはこの主流に合わせることを要求され、その雰囲気の中で成長しました。
この時期には違和感をもつ子どももそれを吸収し、身につけ、「社会に適応してきた」のです。
しかし、ゆたかな社会ではその心理的な抑制は突破され、本来の特性をそのままに表出する人が増えてきた。
この表出方法の違いが世代間格差というわけです。
といってもこのさまざまな形で違いを見せる人は、現在のところそれぞれが人口の10%内外であると発表されています。

世代間の違いが親は特別の圧迫をかけているつもりはないのに、子どもにはストレスになりました。
それは善意に満ちた子育てであり、躾(しつけ)でした。
私がひきこもり経験者の親から多くの相談を受ける中で感じた部分です。
世代間の大事にする内容が違ってきたことに、親子のすれ違いを見るのです。
親は間違いないと信じるほど強く子どもに求めます。そのぶん子どもには強い打撃になります。
親のやり方を無条件に肯定はできないことは明らかですが、全体を間違い子育てで非難がましく言うのも行き過ぎだと思いました。
その善意と熱意に基づく子育てや家庭教育を一方的に攻められないのはここです。
これで親子のすれ違い全部を説明できるとは思いません。
毒親もいます。それも本性毒親と思い違い毒親に分けて考えたいほどです。
子どもに表われる不登校やひきこもりや発達障害や、過敏性や性的少数者などの事情をすべて異常・障害・病気と考える人は以前からいました。今もいます。
実際に極端な言動で、社会生活がきわめて困難になる人や他害自傷に向かう人もいます。
それらの人に社会的支援や医療的・心理的対応を必要とします。
それでも私には何か納得しがたいときはあります。
「直す」という言葉にときどき「壊す」という雰囲気を感じたりもするのです。
大きな急激な社会の移行期においては誰もがうまく事態に対応するわけではありません。
その過程にはいろいろなエピソードがあります。その枠内にうまく乗れなかった人として関わり受け入れてほしいものと思います。
そうでなければ人間は生物としてうまく存続できないのではないでしょうか。

ここまでの説明により心理学的方向からも経済社会的事情からも少しずつ近づいたと考えます。
これはマズローの法則における各段階がどういう心の力学の作用によるかの説明にもなるでしょう。
思春期においては共通して社会的な要件が高まります。
思春期は女性が早く始まり、男性との比較では、他者からの承認欲求が先行します。
男性は女性と比べるとより社会的な承認欲求が強いのが特徴になると思えます。
この男女差には個人差があり絶対的なものではありません。
これらは生理的欲求がかなえられるのをベースにしてより高い目標に向かうのです。
以上のことが仮説であったとしても、私にはより納得できる気がするのです。
カテゴリ:社会的ひきこもりの起源 – 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター

家事労働、換金計算されない労働の空白(Lie)

子育て、家事そして介護は人間にとっての基本的なエッセンシャルワークです。地球上に人間が生まれてからそれはずーっと続いてきたのです。食べ物、着る物、住まいの獲得など人間生活に必要な物は生産物ですが、子どもを育てることと高齢者などの介護、生活を支える家事は生産活動とは考えられなかったのです。当然すぎて考えが及ばなかったというべきでしょうか。
『NABAニュース・レター』は摂食障害など依存に取り組むNABAの会報です。そのNo.303(2023年6月29日)に〈すず〉さんのメッセージ「じゃあ普通のほうが間違ってんだわ」が載っていて、読んで感動しました。4ページ余りの長さの中から一部を抜き出してみます。

「私が祖父の家にいて、ほとんど全部を家族にあげた20数年は、履歴書に書けない、ということ。(中略)
私が何千回も洗った浴槽、毎日洗い干しては畳んだ6人分の洗濯物、伯父と父と弟と祖父とでそれぞれ作り分けるごはん作り、後片付け、洗い物、性行為。祖父のおしっこ、うんち、体位交換。あれらは、全部、社会、では、ゼロなんだ? たぶんこれを、仲間が教えてくれた動画の中では、「不払い労働」と呼んでいる。私は、知らなかった。(中略)
私は知っている。私が祖父の家で一緒に暮らしていた、父も伯父も祖父も祖母も弟も、たぶん全員、ただ普通に、生きていただけ。悪気もなく。全員が、ある程度は必死に。(中略)
家族が、ごく当たり前に、ふつう――――に、暮らすと、私に、家事と介護、つまり、自分より他人(家族)の肉体の調子(体はきれいか、お腹は空いていないか、服は洗われているか、床は快適か、喉は、眠りは、ごきげんかどうか。)を優先する役割が、全部、回ってきたということ。この社会、と呼ばれる、ここで、多分、家でやる肉体のお世話は、父や祖父がしている種類の、お務めという仕事、ではないのだ。劣位の。おんなこどもにもできること。(中略)
私は、家族の誰も死なないように、どうにかし続けてきたのに? 他の、誰も、やらないから。でもこれは、労働にカウントされないんだって。私は、頑張らなかったんだって。何これ。」

〈すず〉さんのメッセージは、強烈であるが本当のことです。経済は、金銭に換算されるものだけを積み上げて制度を考えてきたが、その働きがいかに貴重であり、人間の生命にかかわることであっても金銭に換算されなければ労働にカウントされません。
〈すず〉さんの例はもしかしたら特別の例かもしれませんが、世の中にはこのような特別な例が満ちあふれているのではないでしょうか? そういうときはもはや特別ではなく、普通というものです。子育て、家事、介護が家族間で完結し、外部に発注されない限りそれらの労働は金銭に換算されない、それが「普通」であることの異常さを〈すず〉さんは鋭く告発しています。これらはエッセンシャルワークと考えなくてはならないのです。

ボクサー(The Boxer)という曲を知っていますか? I’m just a poor boy(ぼくはただの貧しい少年)で始まるフォークで、1969年にサイモンとガーファンクルが歌ったものです。最近YouTubeで老サイモンが歌い、聴衆の若者が立ち上がって、一緒にリフレインするのを見ました。Lie lei lei,lei la la la lei lei  〈すず〉さんの「何これ。」とは「Lie lei lei」と同じでしょう。「普通のほうが間違って」(Lie)いるのです。
換金されず、労働にカウントされないものは、“無業者”に限りません。農業や漁業など第一次産業によく見られる自家消費や、近隣住民間での物々交換も経済活動にカウントされません。零細工場や小商店における家族就労者にもこの部類の人がいます。さらに貨幣経済の発達の広がりが少ない発展途上国のGDPの経済指標にもこれらの経済活動がカウントされていません。〈すず〉さんの指摘は、専門家を自称する経済学者たちの空白を衝く、率直な指摘とみなくてはならないのです。
このような金銭に換算されない労働を経済活動と把握するのは難しいです。しかし労働が「ない」のではありません。それは「間違って」(Lie)いると思います。

仕事内容の変化が世代間の価値観の相違につながる

1989年、私は『中学生高校生のための仕事ガイド』(高校出版)を就職研究会(編)として発行しました。そのあと数回改訂を重ね、2002年版を最終としました(進路・就職研究会・編、桐書房発行)。それ以降の改訂を中止したのは職種内容の変化が広範囲にわたり、とても調べきれないと判断したからです。
その最終版の「まえがき」の一節です。
「今回は、コンピュータに関して生まれた新しい職種のうち、DTPオペレータ、サーバオペレータ、ヘルプデスク、ホームページ制作・管理およびマルチペディア技術者などを加え、いくつかの職種をはずしました。
コンピュータ(パソコン)の普及と活用は広範な分野に及んでいて、さまざまな職種に影響を与え、仕事内容を変化させています。
従来型の仕事の多くも継続していますが、その内容もとても変化していて、ベテランといわれた人たちがその仕事を続けていくのが困難になっています。
その職種自体が縮小していて、リストラ(退職)後、同じ職に就くことができない事態も続出しています。
これはコンピュータの普及だけでは説明できない、大きな社会の変化が進行中であることを感じさせます。
この変化の時代に、自分の感覚や知識を生かして、新しい仕事に取り組んでほしい、新しい仕事を広げてほしい、と思います。
その仕事に就くときに大事なのは、対人コミュニケーションの力です。
この力は人間への信頼感や安心感が土台になっているものです。
互いに違いを認めて協力しあう、その経験で得たものが、仕事に就いたとき、自分を生かす素になるのです」

しかし事態はこのレベルで収まるはずはありません。2040年代には現在ある職種のかなり多くがなくなると言われています。この半世紀余の仕事内容・職種の変化もまた、少なくとも日本においては高度経済成長期につづく社会の変化の大きさを物語るものです。あわせて職場環境の変化も大きいと思います。
そうした仕事に関係する社会経済構造の変化は、そこに生活する人間の意識の変化をさせずにはおきません。世代間の意識、何をより重視していくのかの価値観の違いを生み出しました。大半の人はそれに慣れていったものですが、そうはなれない人はいます。他方では過剰適応型もうまれ、1980年代に始まる子どもたちの不登校やひきこもりは、そのはじめの大きな表われと見なくてはなりません。こういう変化の多くは子ども世代から表われるものです。

「個人」の確立は、社会的条件の変化による

経済社会の大きな変化では家族も重要な要素です。核家族が進んだのですが、同時に個人もまた不動のものではなく歴史の中で様子は違ってきました。それは不登校やひきこもりにとどまらず、感性はいいが過敏に反応しやすい、優しいけれど我慢づよくないなど現代人の表われに関係しているのではないか。

手元の『新明解国語辞典(第4版)』(三省堂,1996)で「個人」がどう説明されているのかを調べました。
「①社会・団体を構成する一員としての一人ひとりの人。②その人の属する地位や職業などの面から切り放して考えた、一人の人間」。
これは相反する二つの意味が並んでいると思いました。そこで国語辞典としては詳しい『日本国語大辞典』(第二版・第5巻、小学館、2001年5月)の説明をみました。「国家や社会、またはある団体に対して、それを構成する個々の人。一個人。私人。また、その人の地位や職業の面を切り離した人間としてのひとりの人」です。
2つの辞書に書かれている内容に違いがないようですが、〈明解〉では相反する意味を分けて説明し、〈大辞典〉では分けないで説明している、と思います。私は後に説明する理由で〈明解〉の方が一歩進んでいるとみました。
この2つの辞典の説明を見ると、個人と社会団体の関係について書いていても個人と家族の関係にはふれていない点が共通します。その理由を次のように理解します。
人間は生まれてすぐには個人とは扱われないのです。それは人間として尊重されることとは矛盾しません。しかし家族の構成員は自動的には個人とは考えられないのです。いつまでも家族の構成員は個人と考えられないのかというとそうではありません。家族の精神文化にもよるし、地域環境や個体差もあるでしょうが、一般的基準は成人に達したときでしょう。法的に「成人」と扱われるのは年齢18歳に達したときです。
こういう条件があるので、家族の一員であることは自動的に個人とは扱われないのでしょう。これは現在の状況です。旧時代の女性が男性と同等とされなかった時代には、実体面で多くの例外があったとして〈家族の一員としての一人の人間〉とされたのは成人男性とされていました。母親中心のPTAが父兄会とされるのはその名残です。
もしかしたら旧時代は男性も個人とは考えられず家族、または家族集団の一員とされていたかもしれません。少なくとも現在では家族の一員であり、同時に個人であることは成り立つでしょう。
ここを考えると日本における個人の確立は、昔と今では同じではありません。家族との関係における個人もまた同じように変化してきたのです。
女性の地位を挙げましたが、この他に障害者、子ども、高齢者なども、社会状態の変化とともに、違って考えられるようになったと思います。私は高度経済成長によって到達したゆたかな社会になって、これらが明瞭になったと思います。それには、居住地(食生活・住居)の分離、家計の分離、通信手段の分離(携帯電話の普及)、プライバシーの尊重…などいろいろな条件が家族の中で同一でなくなった状態になり、その条件とともに一般に広まったと考えるのです。
国語辞典において「個人」は社会・団体で説明しています。それも時代とともに変化している事情を考えると〈明解〉の方がより現代的な説明になっているのです。法的な条件は、それらに先行する理念として生まれ、社会の変化とともに定着してきたのではないか、と考えます。  

スマートフォンとSNS

最近50年間の社会の変化のうち、一般国民に広く共通しているのは、携帯電話(それもスマートフォン=スマホ)の普及とSNSによる情報発信ではないでしょうか。90年代の後半に携帯電話とパソコンが急拡大し、その延長がスマホとSNSです。
これには世代間の格差がかなり大きく、70代以上の私にはいわば埒外ですが、それでもその影響を受けざるを得ません。テレビ、ラジオ、新聞の役割はかつてほど大きくはなく、しかもその命脈はこのSNSやスマホの中に所在場所を見つけ出そうとしている状況ではないでしょうか。
これは1980年にA.トフラーが『第三の波』で述べた情報革命を経て情報社会に入っているといえます。トフラーは、人間の主産業を基準にして、農業社会、工業社会につづいて情報社会を位置づけました。いま日本に住む私たちはその情報社会に突入し、しかもなお前進途上にあるとみられます。未来への予測はいろいろあるようですがその中でもAI(人工知能)の役割が大きいと感じるのは個人意見です。
その特色と「社会的ひきこもりの起源」に、どのような結びつきがあるのかを学ぶために、平易な1冊の本を読みました。玉原輝基『通信の日本史』(かざひの文庫、2021年10月)です。
古代から現代までの通信の変遷を述べたものです。通信とは「情報伝達のうち、直接に会って情報を伝えるのではなく、遠方にいる相手に何らかの媒体を使って情報を伝えること」(P3)と定義し、通信が「人間社会にとって、もっとも重要な社会インフラである」(P157)時代が、私は「情報社会」ではないかと考えます。
本書に書かれているのは情報の内容ではなく、情報通信手段の技術的・社会的な変化です。文書(手紙など)、電話等も含まれますが、道路交通の整備、自動車・船舶・飛行機という交通手段、鉄道網、郵便制度、電話回線の設置などです。その意味で経済社会的なことに関しては、社会的な富(wealth)の生産分野でもあり、その流通分野であり、それらを含めた総合的な富の分配と構造にかかわるものであろうと思います。
こういう分野から、「社会的ひきこもりの起源」の経済的社会的基盤との関係から説明する、という宣言のわりにはそれ以上深く入っていけません。
分かることはスマホやSNSの役割や効果の点です。意志表示が個人から発せられながら、多数者に対しても、特定個人に対する限定的なことであってもできることを第一に挙げたいと思います。
それは逆から言えば、多数者からも特定個人からも情報として自分に向けられて、伝えられている状態ともいえます。その情報は文字(言葉)に限らず、音声、音楽、映像もあり、これはさらに広がっていくと言われています。
かつては大掛かりな組織や設備を要したこの発信・受信要件が、個人レベルに置き換えられつつあると言えるでしょう。これは「個人」を生み出す社会的条件・背景・基盤になっています。その期待されるものの利用が未成熟で、全般的な信頼性に疑いがあるにせよ相当に役割を果たしており、やがてもっとうまく使いこなせるようになるでしょう。
20世紀後半以降(日本では高度経済成長を経てさらに高度のゆたかな社会になってから)、こうしてまた社会において否応なく個人が基本にならざるをえなくなったのです。それは人間にとっての進歩ですが、その進路の過程には、苦難が伴いました。生物としての人間の情報処理能力もそれに関係すると考えます。これからはさらに、体性感覚を含む感覚が注視されていくのではないでしょうか?

児童相談所との意見交換会にて

10月1日に葛飾区児童相談所が設立されます。都内各区で次々に設立される児童相談所設立の一環です。それを前に8月27日、開設準備をすすめる担当者を招いて、意見交換会が開かれました。主催は区内で活動をつづける子ども支援に関わる3つのネットワークです。私は不登校情報センターとしてその1つのネットワークのメンバーです。
意見交換会参加者は養護施設、保育、子ども食堂、学習塾、児童委員などから40人近くです。内容は新設児童相談所の説明よりも、参加者が直面している具体的なテーマにそって、新設の児童相談所との協力関係をどうするのかなど活発でした。設立前にこのような趣旨の意見交換になったことは異例であり、すばらしいことだと思います。
この会合の席でやりとりをききながら、私は一つの流れを感じていました。個人的な感想ですが、ここではそれを紹介します。
1980~90年代のころ都内の別の所に住んでいました。近くに住む視力障害のある男女が結婚しました(Dさん夫婦とします)。周りにいる人たちは買い物や日常生活の手伝っていたのですが、子どもが生まれると本格的ともいえる応援グループになりました。
Dさん夫婦は視力障害者として福祉の支援を受けていたのですが、それ以上の日常のことの多くはこの応援グループが分担していったのです。
同じころです。Wさん夫婦には子どもが4人います。最年長の子どもは十代半ばであり、Wさんの元妻のつれ子でした。Wさん夫婦とは血のつながりはありません。元妻とは別れたのか亡くなったのかはわかりません。しかしWさんはその子をわが子として家族の一員にしていました。これは里子にあたるのかどうかわかりませんが、自然にそうなったようです。
Dさん夫婦、Wさん家族の話は私には又聞きのことで、細かなことは違うかもしれませんが、大筋では間違いないと思います。障害者の子育て、両親のいない子どもがこうして助けられ、居場所を得ていたのです。

次にLGBT(性的少数者)の例を紹介します。それに詳しい人がネット上の情報として教えてくれました。
「MtFとFtMの結婚の記事を見たことがあります。この二人なら問題なく一般的な結婚です。また、ゲイとレズビアンの二つのカップルが、二組の男女に分かれて結婚して、結婚制度のメリットを享受しながらゲイとレズビアンの関係を続けていくという不思議なケースもありました。自分の本来のセクシャリティを押し殺して普通に結婚と子作りをしてから離婚して、自分らしいセクシャリティで生きる道を選択する人はよくいるようです。レズビアンなら精子提供で産むことは可能ですし、ゲイでも他の女性の子宮を借りることもできなくはないです。
ネットで調べたら、里親を希望する同性愛者が割といるとか、ゲイの精子をレズビアンの子宮に移す方法が取られることが多いなど、色々出てきました。」(2023年7月19日付メール)

私にはこれらの例は、家族が何らかの理由で家族になれないとき、家族機能の不足を補うときに、自然発生的に(行政側が関知しないという意味で)誕生した、住民のなかの動きだと思います。こういう行政が関知しないままの国民の動きは、各地にいろいろな形で続いていると推察します。それは小さな核家族では対応できない、ときには全く可能性のない事態を救済するものです。
ここに挙げた例は、その困った事態におかれた、あるいは不可能な状態におかれた人にとっては偶然の幸運に恵まれたものです。しかし、そういう偶然のことですむことばかりではありません。社会が大きく変動する時代においては、いろいろな変則自体が多発します。偶然の幸運に任せていては、対応できないことが続出します。
そういう対応できない事態においては、弱い立場の人、子ども、高齢者、障害者に代表される人たちにしわよせが向けられます。虐待の背景にはこのような家族の機能が衰弱していることにあります。それは重大なひきこもりの原因の1つです。
家族機能が衰退している状況におかれたとき、周囲の人の力だけでも十分でなくなります。これを自治体や国に求めるのは当然です。これは家族をめぐる社会福祉と考えるのですが、単純にそれだけに収まるものではありません。健康の面ではどうか、子どもの教育の面ではどうか、日常生活はどうか、社会制度の面でどうか…具体的に生まれていることに即して対応策が必要になります。
児童相談所は、それらのうち子どもの状態に関わって、行政の他のセクションとの連携、地域・周囲の協力する民間団体、そして元々の家族関係のつながりを結集する位置にあると思えたのです。意見交換会ではそのいろんな実例が交わされたのです。
これまでできている制度やネットワークでは対応しきれないことは多くあります。関係者のつながり、それぞれの得意分野を生かすことが求められています。私はその際に、これまで住民(国民)のなかに自然に生まれている創意工夫、ときには自己犠牲的な対応からも学び、生かして解決に向かってほしいと願います。
その制度を採用する、設けるときには経済的利益が得られる(名称は支援や補助などに関わらず)ようにしてほしいことです。そうすることにより、少子化対策とか結婚できにくい条件という社会的な大きな課題の一端に貢献する内容ができると確信しています。
意見交換会の内容は個別の事態に即していずれ報告します。

会報『ひきこもり周辺だより』9月号を発行・送付

今月号の内容は
清水大樹(ひきこもり当事者への訪問者)「苦手なのは仕事ではなく、そこにいる横暴な上司」
松田武己「個人が埋没しない社会的条件の成長」  
文通希望 マーサン「カツアゲを受けた体験から支援員に」
松村淳子さん(助走の場・雲)は、今月休載です。
セシオネット親の会は 9月16日(土)14:00~16:00 
場所は助走の場・雲:新宿区下落合2-2-2 高田馬場住宅220号室
松田の平井コミュニティ会館での相談・学習会は9月9日(土)15:00~17:00

女性の社会進出に伴う家族と社会の変化

社会的ひきこもりの起源 5-2

女性の社会進出に関する様子を石井寛治・編『近代日本流通史』(東京堂出版,2005)にみましょう。
働く女性が結婚し、家庭を築くにつれて家族の変化、社会の変化が生まれてきました。
『近代日本流通史』ではこれらの事情を次のように描いています。

「80年代後半は女性配偶者収入の増加が家計収入の増加に寄与した時期でもあった。
女性の社会進出はそれまでシャドウワークとして内部化されていた家事労働を外部化させる傾向を有する」(P200)。

「団塊(だんかい)ジュニアと言われる世代の低年齢化した激しい受験戦争やその反面での校内暴力や不登校などがその背景にあった。
外食費の増大は女性の社会進出が進む一方で、家事労働が依然として女性のみに押し付けられている現状を反映したものと思われる。
これは外食や「中食」と呼ばれる調理済み食品による家事労働の代替費用と考えることができる。
こうした支出の拡大はファストフードやファミリーレストランなどの業態を飛躍的に拡大させることとなった」(P203)

「こうした中流意識の拡大は、人々のライフスタイルを変化させ、その消費スタイルを変化させた。
そのなかでも、この時期に現れた注目すべき変化は家計の個別化現象であると思われる。
それまで家計は、世帯主収入に基本的に依存して営まれていた。
しかし、女性のフルタイムやパートタイムでの就労の拡大は彼女らに固有の所得を発生させ、これが女性の購買行動に変化を与えた。
就職により所得を得た子供も個別の家計を形成し、固有の生活スタイルを形成した。
さらに、核家族化が進展した結果として高齢者世帯の比率も高まっている。
このような家計の個別化・分散化は、消費行動の分散化現象を拡大するものであった。
女子就労率の上昇は、まとめ買いや調理済み・半調理済み食品の需要を高める。
モータリゼーションが進展した一方で、まとめ買いが拡大すれば多少遠距離でも低価格で品揃えの豊富な大規模店舗が集客力を高めることは当然であった。
駐車場のある郊外立地の大規模スーパーがこの時期に急拡大した理由である。
この時期に様々な業態の外食産業が発展したのも同じ理由からであった」(P204-205)

女性の社会進出(就業化)が家計に変化を与え、生活スタイルも変えたというのです。
それは家族関係を変えましたし、国民全体の生活スタイルも変えたのです。
家計はこれまでも一元管理とは言えなかったのですが、様子はかなり変わりました。
親子とも以前の家計に比べるなら個別の家計と固有の生活文化を広げました。
著者はこれを「家計の個別化・分散化」としています。
これらが1980年代後半以降の変化と考えられます。
しかし、核家族において主婦が働き始めるわけですから、さらに多くの役割が主婦に覆いかぶさりました。
それは家族内における子育ての面での対応力の低下につながり、著者が指摘する子どもの校内暴力や不登校にもつながります。
それだけではなく、全体では小部分と信じますが、家庭内暴力(DV)と子ども・高齢者への虐待の増大につながってきたと説明できます。
家庭内のこうした変化に伴うトラブルも生まれます。
離婚の増大はそれを解決する一つの方法でありますが、女性の人間的な対等関係の意識が向上している事情にもよります。
いろいろな生まれている変化の全部を女性の社会進出、働く女性が結婚し家庭を築いたことで説明しているのではありません。
女性が強くなった1つは、女性が就業により収入を得ることが関係すると考えられるのです。
しかし、社会全体の平等意識、憲法の保障する個人の権利が深く国民に定着してきている背景も見逃せません。
社会的な条件には、非正規雇用が増大し、雇用条件のセーフティネットが弱まり、国民のなかでの経済格差が大きくなっています。
離婚したシングルマザーに困窮が強まっている事態はそれを象徴するものでしょう。
現在の核家族を中心とする家族制度はこれらの問題を含んでいるわけです。
その他の事情を含めて新しい家族関係が求められ模索しながら徐々に進んでいると推測できます。