水性ボールペン「uni-ball SigNO 0.5」

書きよい水性ボールペンを見つけました。
以前は「pilot Vcorn 直液式・水性」というのを愛用していました。引っ越しでそれを売っている文房具屋さんが見つからずにいたところです。
最近「 uni-ball SigNO 0.5」というかなり似たような水性ボールペンを見付けました。 0.5とは 0.5㎜の太さになると思います。
ボールペンの使い勝手は、ノートをする、下書きをするうえでかなり重要なものです。その良しあしは書く意欲を左右します。かなり嬉しい発見でした。

7月11日のひきこもり相談会は高田馬場で

毎月第3土曜日はセシオネット親の会の定例会です。といっても新型コロナ禍につき2か月は休会になりました。6月は再開とはしていなかったのですが、20日に久しぶりに高田馬場の助走の場・雲に松村さんを訪ねました。「これからどうしようか」という相談です。
現状を含めていろいろなことを意見交換し、決めたのは次の2点。
(1)不登校情報センターの「大人のひきこもり相談会」を、高田馬場の助走の場・雲を会場にして継続します。次回は7月11日(土)14時~16時。参加費500円、当事者は無料です。
(2)セシオネット親の会(主に中学・高校生の不登校)は7月18日(土)14時~17時、助走の場・雲。参加費500円。

*助走の場・雲の住所は、新宿区下落合2-2-2公団住宅220号室
JR高田馬場から歩いて5分のところです。連絡は不登校情報センター(松田)にお寄せください。

落とした財布が戻りました

今日はいいことがありました。
朝11時前にドトール平井店で財布をなくしました。
現金以外は大したことはなかったのですが、ドトール平井店に届け、その後でポリボックスに行き、落し物の届け出をしました。
当てにしないで待つ感じでしたが、1時前にドトール平井店から店内客から届け出があったと連絡をもらいました。
カード類などは別に持ち歩いていたので被害はそう大したことではなかったのです。
しかし、かなりボケてきたようで要注意を思い知らせれました。

次の大人のひきこもり相談会は6月14日の午後

会報「ひきこもり居場所だより」38号を発行し、送付しました。
月末の土日曜日の作業でした。
6月の大人のひきこもり相談会の日時は発行時点では未定でしたが、31日に平井コミュニテイ会館に寄ったら、6月の受付をしていました。
大人のひきこもり相談会は6月14日、午後1時から3時までになります。
連絡不十分なので、参加者は誰もいないかもしれませんが…。

会報38号(6月1日付)掲載のエッセイは「他者否定と自己肯定の葛藤に目を向けよ!」、「『ひきこもり国語辞典』の記述方針案と編集の補助依頼」などです。

編集補助をお願いしています

自宅での作業をいくつかお願いしています。新たに『ひきこもり国語辞典』編集の補助をお願いしたところ、さっそく申し出がありました。
9月の発行を目ざして、原稿作成は新局面に入ります。不十分と思える用語説明を合格レベルに引き上げるリライトです。これを6月から7月にかけて行います。
不十分と思える見出し語(×、△、?などの印をつけているのが中心)を見ていただき、本音の感想を聞かせていただきたいのです。個人的な意見にならざるを得ないでしょうが、最後は私の責任で書きます。担当編集者とも意見交換していきます。
対象は600語あります。そのうち気になる語について意見を聞かせてくださいというものです。希望者には下原稿を少しずつメールで送ります。
意見は会って意見を聞く、メールに書いて送ってもらうなどです。
申し出のあった1名の方は、意見を手書きで書いてもらいメールで送ってもらっています。手書きのよさがあります。書き直したり、追加することばに微妙なニュアンスを感じるからです。
複数の方の意見をいただきたいので希望者からの申し出をお待ちしています。条件はひきこもり経験があることです。

Nella Fantasiaという歌

YouTube で音楽を聴きながら作業することが多いです。最近聞くのは Nella Fantasiaという歌で、いろいろな人が歌っています。

歌の好みはいろいろですが、私が聞きたくなるのは韓国のSung-bong Choiさんがテレビ局の[Korea’s Got Talent] に出て歌ったものです。プロの歌手になる前のものでそれほど上手いわけではありません。22歳のManual worker(肉体労働者)と名乗っていました。3歳で孤児院に入り、5歳のときそこを抜け出して10年以上カゲロウのような生活を送っていたこの青年の人生が浮かんでくるように感じました。

美しくうまく歌うのよりも私はこういうのに弱いですね。Nella Fantasiaを英語にすればIn My Fantasyになります。

高校時代の記録を思い出す

 三重県名張に住む2年下の弟から電話があった。一代記を書くという。
それで高校時代に2回の引っ越しをしたのだけれども、その時期を覚えているかということだった。
記憶にある出来事から推測できるかもしれないと返事を書いた。
1961年3月 中学校卒業。
この時期に親父の手伝いでツツンバラに数日葦を刈りに行く。1回目の引っ越し前。
1961年4月 高校入学。
*時期不詳 1回目の引っ越し(山藤医院近くの納屋に移る)。
1962年4月 高校2年(担任は藤井先生)。
 5月~6月 藤井先生の家庭訪問(納屋の家)。
 *時期不詳 家庭教師を始める(2年で同級になった岡君の紹介)。
 8月に広島のおばさんの家に行く(1週間)。高校3年の時かもしれない。
1963年4月 高校3年。
 6月~7月 梅雨の雨の日に傘なくて駅から自宅までずぶ濡れで帰る。
 *この時期には2回目の(借家への)引っ越しを終了していた。
 秋、就職活動で大阪に行く(2回あり)。
 12月末 千賀のおじさんが来て餅つきをした。
1964年3月 高校卒業。新聞配達も終了。いつから始めたのかが不詳。
納屋での生活は1年から1年半程度と思う。

文書入力を依頼したのが完成し到着

会報5月号で自宅できるいくつかの作業をお願いしました。
(1)〔文書入力〕もその1つです。これに応えた人がいたので、さっそく頼みました。
予想よりかなり早く作業を終え、メールで送ってもらいました。ざっと見てよさそうなので依頼した手書きの文書も返してもらいました。依頼文書と入力文書を照合・校正し、先ほどサイトに挙げました。
文書名は「不登校情報センターの取り組み・1999年」です。20年前の活動状況の一端がわかります。
*[[http://urx3.nu/T8KA]]
引きつづき次の文書入力をお願いしました。

(2)これ以外に会報でお願いしているのは〔アマゾン商品紹介リンクの作成〕です。
アマゾンの商品紹介リンクを作成する人も探しています。サイト内の「ひきこもり周辺ニュース」に出てくる多くの記事には、参考になる関連本などが紹介されています。
紹介される本のほとんど全部をアマゾンは扱っているので、それを不登校情報センターのサイトに転載する作業です。収益につながる作業ですがそれで購入する人は少なく効果は少ないので、1個100円でお願いします。

(3)いま取り組んでいるなかで発生したのはメンタル相談施設(心理相談室など)の連絡先です。先日からサイトの掲載しているメンタル相談施設の情報更新をお願いしていますが、FAXもメールもつながらなくなっているところがあります。
これを探し出す作業です。関心がある人がいましたら(当事者に限定)連絡をください。1件100円でお願いします。

気になっていた散髪を終了

5時35分、予定より少し遅れて、理髪店に到着。
なかをのぞくと待ち席には誰もいません。
理髪席は2人しかなく、2席とも散髪中なので、次は私の順番になります。
利用券を買って待ち席に座りました。
そこに中学生ぐらいの子が入ってきました。1分差です。
持って行った本を開いて読み始めたのですが、どうやら1人の散髪が終わりそうです。
5時38分、私の散髪が開始。
頭髪は少ないとはいえ、伸びる髪はあるのでそれなりにうるさい。
そう思ってから3週間以上になりました。
ときどき外からのぞきますが4、5名が順番待ち。
どうやら夕方が空き時間が多いみたいなので日を替えてみました。
ようやく待ち時間が短い少ない時間帯にたどり着きました。
散髪終了は5時55分、たったの17分でした。
いったん自宅に戻り、洗髪も兼ねてすぐに銭湯に行きます。
これも短い時間で、6時半には銭湯も終えました。
理髪店と銭湯が業務停止の対象でないのがよかったです。
両方とも公衆衛生分野で、ここはストップできないですね。

客観視点を当事者視点に書き換える

ひきこもり国語辞典の作成を続けています。原稿はできているのに何をしているのか(?) 担当編集者へのメールを見ればわかるかもしれません。2~3件紹介します。20年以上前の実例を娘さんの視点に直しました。

〔その3〕 =客観視点を当事者視点に書き換える
★二十歳前の娘さんがお母さんと一緒に十人ほど集まる場に参加しました。不登校やひきこもりを話し合う場です。自己紹介のところから娘さんはお母さんから受けた“仕打ち”を話しだしました。まるで公開裁判です。お母さんは特に言い返すことなく、静かに聞いていました。良かれと思って娘にしていたことが、押し付け的な行為で無自覚ハラスメントと言っていいのではないでしょうか。

★むじかくはらすめんと (無自覚ハラスメント)
不登校やひきこもりを話し合う場が開かれると聞いて、母と一緒に参加しました。母はようやく私の不登校を認めるようなことを言い始めたので、一緒に連れていく感じでした。自己紹介の順が回ってきたので高校時代に母がしてきたことを話しました。押し付けがましくて無自覚なハラスメントみたいな仕打ちだと。母は特に言い返すことなく、静かにそれを聞いていました。母と一緒に帰ったのですが、母は謝ってくれました。つられて私も言いすぎてごめんと謝りました。激しかったけどよかったです。