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わが子のひきこもり

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わが子のひきこもり

子がひきこもり、言葉掛けの大切さ痛感 変わったのは親
【最終回】17歳から19歳までひきこもった長男/親が先回りして万事決めてしまったことを悔やむ/「あなたはそれでいい」と言えるまでの長い道のり
岩下緑さん(仮名・49歳)の長男(21歳)は、17歳の夏から19歳の秋まで約2年間、ひきこもり生活を送りました。
緑さんは、長男が外に出るまでの道のりを「彼本来の姿を取り戻すプロセス」だったと振り返ります。
長男と向き合う中で、変化したのは、母親である緑さんのほうでした。
緑さんは「私の二の舞いにならないよう、若いお母さんたちに言葉掛けの大切さを知ってもらいたい」と言います。
●3人の子育てが重なって心の余裕なくす
「長男は赤ちゃんの頃から話すのも歩くのも他の子より少しずつ遅いことに、育てにくさを感じていました」と緑さんは振り返ります。
長男は2月生まれなので、同学年の子と比べると発育が遅めなのは当たり前のようにも思えます。
しかし緑さんは、乳児健診で見る他の子どもたちや、育児書に書かれた発達の度合いと、わが子を比べずにはいられませんでした。
「『こうあるべき』姿と違うことを、必要以上にマイナスに捉えてしまった」
保育園でも彼は、言葉の遅さなどから友達の仲間に入れないことも。
保育士からそんな話を聞くたびに、緑さんは「仲間外れにされないよう、強い子に育てなければ」という思いに駆り立てられました。
小学校に入ってからは、長男が授業についていけるのかが不安になり「勉強しなさい」ときつく叱ってしまいます。
6歳の長男を筆頭に2歳、0歳と3人の子育てが重なって心の余裕もなく「覚えているのは、家の中が常に散らかっていたことくらいです」。
地元の野球チームに入団させたものの、そこでもワンテンポ遅い長男の行動に、緑さんのイライラが募る結果に。
「本来は『マイペースなのが君のいいところだよ』と後押しすべきだったのに『そんな調子だから泣かされるのよ』と、自分のいら立ちをぶつけていました」
現在の緑さんは、長男の子ども時代、勉強のやり方や野球チームへの入団など生活に関することを万事、親が先回りして決めてしまったことを悔やんでいます。
「『あなたはどうしたいの?』と聞かなかったことが、長男の自己肯定感や、自分で決める力をそいでしまいました」
悩む長男にぶつけた「言ってはいけない言葉」
中学に入ると思春期を迎え、長男の同級生も人間関係にさまざまな思惑や計算をめぐらせるようになります。
そんな中、長男は「自分は人とうまくやっていけないんじゃないか」と不安を覚えるようになりました。
しかし当時、そんな彼に緑さんがぶつけたのは「そんなことしてるから友達がいないのよ!」という言葉。
「一番言ってはいけないことを言い続けた」と、緑さんは罪悪感をにじませます。
高1の終わりに唯一の親友が退学してしまうと、糸が切れたように欠席や遅刻を繰り返すようになりました。
「このままではまずい。子どもの問題と向き合わなければ
」 緑さんは危機感を覚え、コミュニケーションのセミナーに通い始めます。
子どもの言葉を聞き、意見を尊重する声掛けの大切さを学びましたが、それまで叱ってばかりいただけに、なかなか行動に移せませんでした。
「無理やり登校させたほうがいいんじゃないか」「学校を続けるのは無理なのか」と、緑さんの気持ちも大きく揺れ動き、最もつらい時期だったといいます。
高2の夏にはとうとう、長男と取っ組み合いになりました。
といっても、緑さんが一方的に「学校に行きなさい!」と叫んでつかみかかっていったのです。
「自分が何かにとりつかれたようで、あのままでは首も絞めかねなかった。
逆上した親は、こうやって子どもを殺してしまうんだと思いました」
長男は反撃せず「落ち着けよ」と、緑さんを制し続けました。その姿に、緑さんはふと我に返ります。
「私、何やってるんだ?」
緑さんは次第に「私のレールに乗せるのではなく、子ども中心に考えなければ」と理解するようになりました。
このため2学期が始まって数日後、長男が「やっぱり無理かも」と言い出したときは「あなたが自分で決断できたのだから、それでいいと思う」と即答しました。
高校は卒業したい、という本人の意向で不登校児を受け入れている高校に転校しましたが、結局授業もあまり受けられず、昼夜逆転のひきこもり生活に入りました。
専門学校も1カ月で中退 「俺死ぬわ」の言葉に衝撃
厳しかった父親は、家にひきこもるようになった息子に戸惑い、腫れ物に触るように扱いました。
長男は態度が一変した父を避けるようになります。
一方、緑さんは以前ほど焦ることもなく、長男にこんな言葉を繰り返しました。
「ここがどん底ならもう下はない。後は浮くだけ」
「人生100年のうちの数年、自分と思い切り向き合うのは決して悪いことじゃない」
自分の昔の行動についても「ひどいことを言って本当にごめんね」と、長男に謝りました。
長男はなんとか高校を卒業すると、本人の希望でアニメーションの専門学校に通い始めます。
しかし入学早々、浮かない顔で帰宅するようになり、ほどなく「無理かも……お金を出してくれたのに、ごめん」という申し出がありました。
緑さんは「いいよいいよ」と答えましたが、長男はこのときぽつりと「俺死ぬわ」ともらしました。
長男の落ち込みは大きく、ベッドから出られない日もありました。
緑さんも衝撃を受け、出勤しようと家を出たものの、不安が募って家に引き返すことがしばしばでした。
ただ緑さんは、10分早く起きられた、食事を全部食べられた、といった長男の小さな「達成」や彼の美点を「できたじゃん」「それが君のいいところだよね」と、その場でほめ続けました。
小さな積み重ねが、自己肯定感を少しずつ高めると考えるようになったからです。
●長男を家庭内で「雇用」 人の役に立つことが力に
緑さんは、長男との接し方にさまざまな工夫をちりばめました。
高2の夏休みには、長男を知り合いのカメラマンや劇団の主宰者、NPOの代表など「ちょっとアウトローな」大人たちに引き合わせました。
長男に、サラリーマン以外の多様な生き方を知ってもらいたかったからです。
ひきこもり中も、社会への関心を持ち続けてもらおうと「時事ネタ」を話題にしたり、記事を切り抜いてトイレに張ったり。
それが図に当たり、長男から時折「トイレのあの記事さ…」と言い出すこともありました。
専門学校をやめてからは、料理500円、食器洗い300円などと家事の細かい料金表を作り、「家で働いてみない?」と長男に持ち掛けました。
本人も乗り気になり、レシピサイトを見て珍しい料理を作ってくれることも。
視覚障害のある知人が、自宅に1週間ほど滞在したときは、最寄り駅までの送り迎えや身の回りの世話も引き受けました。
「体を動かして働き、『おいしい』『ありがとう』と家族に感謝されることで、自分も人の役に立てるのだ、と少しずつ納得できたのだと思います」
専門学校をやめた年の秋、緑さんは信頼する人から、ある若者支援団体を紹介されます。
長男は団体の代表者と電話で10分ほど話した後、「俺行くわ」と言い、あっさりと団体の拠点がある沖縄に旅立ちました。
緑さんは「電話も背中を押したとは思いますが、本人も少しずつ力を取り戻し、出るきっかけを探していたのでしょう」と推測します。
●接客業で本領発揮 「本来の彼」が戻ってきた
長男は沖縄で寮生活をしながら、アルバイトを始めました。
人付き合いが苦手なはずの彼が最も気に入った仕事は、意外にもガソリンスタンドでの接客。
それを聞いた緑さんは、彼の幼少期を思い出します。
「彼は人懐こくて、公園でも知らない子に『遊ぼう』と声を掛ける子でした。
これが本来の彼なんだ、叱るのではなく『あなたはそれでいい』と認めてあげるべきだったんだ、と深く反省しました」
団体の代表者も「彼(長男)はピカピカしたものを持っていた。
元の彼に戻っただけだ」と評したといいます。
翌年7月に帰宅した長男は、伸び放題だった髪をさっぱりとカットし、別人のように生き生きしていました。
長男はひきこもり中、「人の声や音が気になる」と電車に乗れず、「発達障害とのグレーゾーン」と診断されたこともあります。
しかし今は、満員電車に乗って飲食店のアルバイトに通い、コロナ禍の前は、海外へ一人旅に出たことも。
「20代前半はいろんな仕事をして、やりたいことを絞りたい」と話しているといいます。
緑さんはそんな彼の人生を「うまくいくと信じているし、うまくいかないときは助ける」という気持ちで、見守っているといいます。
また緑さんは、自分が受講していたコミュニケーションセミナーの講師も務めています。
「私の二の舞いにならないよう、若いお母さんたちに自己肯定感を高める言葉掛けの大切さを知ってもらいたい」と、語りました。
取材・文/有馬知子 イメージ写真/PIXTA
〔2020年11/10(火) 日経DUAL〕 

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