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ブラック校則

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ブラック校則

その校則、ちゃんと説明できますか? ―なぜ、理不尽な校則は変わらないのか
理不尽な校則に6万人のNO!
スカート丈から下着の色の指定、髪の毛を染めさせることまで、なぜ、学校にはわけの分からない校則があるのか、なぜ直そうとしないのか。
子どもたちに苦痛を与える理不尽な校則をなくしてほしい、そんな願いから6万人もの署名が集まり、8月23日に文科省に提出された。
報道記事によると、署名とともに文科大臣に提出された要望書では、次のことを述べている。
(1)生徒の心身を傷つける「ブラック校則」をなくし、いきいきと過ごせる学校にしてほしい。
(2)「校則」と「校則に伴う指導」に関して改めて実態調査をしてほしい。
(3)「ブラック校則」についての問題を認識し、各都道府県、各教育委員会、各学校に対して、校則を改めて見直し、子どもたちの声を反映した改善を行って、適切な運用がされるように通知を出して周知徹底してほしい。
出典:BuzzFeed Japan 記事(2019年8月23日)
当事者や署名に賛同した方の気持ちは大事にしたいが、本来は、校則は、国が出しゃばる話ではない。
各学校の判断(校長の裁量、権限)で修正していくことも、やめることもできるものだ。
置き勉などもそうだが、なんでも文科省の判断や通知に頼らないといけないのでは、「なんのために校長がいるのだ?」という話にもなるのではないか?
「○○ということは校則で定めなければならない」なんて言う法律はどこにもないし、学習指導要領にもない。
校則には法的拘束力はないし、本来はその程度のものなのだ。
参考記事として、先日、憲法学者の木村草太先生に聞いたことをまとめた
毛染め強要あるいは禁止から考える、校則はなんのため?【もっと学校をゆるやかにしよう】
校則をなくした中学校が報道などで注目を集めたりするが、それも、オカシナ話だ。
小学校の多くには変な校則はないし(制服・標準服もないところが多い)、中学校だからといって、校則があることを前提にしているほうがヘンだ。
また、下着チェックなどのセクハラは言うまでもないが、外国にゆかりのある子の増加や発達障がい、LGBTをはじめとして、児童生徒の状況は多様化しているのに、画一的なルールを強要しようとするのは、弊害も大きい。
人権を大事にしよう、とか生徒には言っておきながら、教育が必要なのは教員側のほうではないか、と思ってしまう。
だが、現実には、理不尽な校則が幅をきかせている学校が少なくない。
「ここに自浄作用はないのだろうか」と思える学校もある。
だから、これほど署名活動にまでなるのだろうし、文科省にお願いせざるを得ない状況になっているのだろう。
変な校則は、なぜ生き残っているのか。学校がなかなか変わらない理由をいくつか考えてみた。
理由1:「校則をゆるめると、生徒指導上、面倒になる」と考えているから。
教員にとっては「これは校則だ、ルールだ」として押しつけていたほうが、ラクだから。 「なんで茶髪だとアカンのですか?」、「どうしてピアスはいけないんですか?」、「お化粧はダメですか?」などなど、言っていくとキリがないことは多い。
学校、教員としては、「ルールで決まっている。ルールを守れないヤツは社会人としてもやっていけないぞ」などと言っておいたほうが、話が早いのだ。
だが、この理屈はかなり苦しい、と思う。ルールと言うなら、守らないといけないのは、校則よりも法律だ。
日本は法治国家なのだし。法律で未成年は黒髪でなけれならない、とか規定されていないのだし、法律で決まっていること以外は、学校も、もう少し自由でいいのではないか。
私立学校のように、入学を選択するときに、その校則があることを理解、承知のうえで入る場合ならまだしも、公立中などでは学校を選べない場合も多い。
なのに、「これは学校で決まっていることだから」という理由で押しつけるのは、かなり乱暴だと思う。
それに、生徒指導上大変になるとはよく言われるけれど、本当にそうなら、全国各地の小学校はもっと荒れているはずだ。
だいたい、中学校や高校で生徒指導が大変になるのは、別の背景がある。
もちろんケースバイケースだけれど、ひとつは授業が難しくなって、分からなくなることの影響も大きい。
日中の大部分を占める授業がつまらないので、反抗したくなる子も出てくる。
もちろん、これに家庭環境や友達関係でのストレス、あるいは何かのことがきっかけで膨らんだ教員への不信感などが加わってくることもある。
校則を厳しくすることや、校則に(or 校則で)従わせようとすることは、こういう生徒指導上のしんどい子の背景、要因とはミートしない対策だし、前述のとおり、むしろ生徒の多様化を踏まえると、マイナス影響(校則による指導がイヤで不登校になるなど)のほうが大きいかもしれない。
「頭髪指導とか、スカート丈のチェックをやるヒマがあるなら、授業改善か生徒の本音を聞き出そうとすることに時間とエネルギーを使え!」そう、ぼくは申し上げたい。
理由2:茶髪等では就職活動や入試の面接のときに不利になるなど、校則を正当化する理由を疑っていないから。
これもよく聞く話なのだが、少なくとも2点ツッコミどころがある。
第1に、仮にそうだとしても、それで不利になる(可能性がある)ことは生徒に知らせたうえで、決めるのは本人でもよいはずで、一律に全員に対して規制する理由にはならない。 第2に、「髪の毛の色などで判断されるくらいの就職先なら、わたしは行きたくありません」という子がいてもいい。
IT業界をはじめとして、企業側もそうとうゆるやかになっているところも多い。
こういう意見に、教員側はきちんと向き合えるだろうか?
また、校則を維持する別の理由としては、「学校は勉強するところであり、ファッションを見せる場ではない」というのがある。
それはそうだろうし、たとえば香水がキツくて周りに迷惑がかかるような場合などでは規制してもよいと思うが、特段、学習環境に支障をきたすものでないかぎり、規制する合理的な理由はない。髪の毛の色がなんであっても、勉強も運動もできる。
仮に「学校は勉強する場であり、ファッションはするな」という理由が通るなら、教員側も化粧なし、毛染めなしにするのだろうか?
  理由3:変えると、保護者等の一部から反対があり、面倒だから。
髪の毛の色、化粧などを自由にすると、保護者や地域からクレームが来る。
この対応は、正直毎日が忙しい学校にとっては、大きな負担になるだろう。
一番目の理由とも重なるが、校則で規制しておいたほうがラクなのだ。
だが、この理由もオカシイ。校則を見直す理由をきちんと説明すれば、それほど大きなクレームにはならない可能性もあるのだが、そういう説明や対話をはっしょっている。
また、面倒だ、負担になるからといって、理不尽な校則や必要性の低い校則を維持、強要する理由にはならない。当たり前の話だ。
上記3点の理由以外もあるだろうが、その校則はなんのためにあるのか、十分に合理的な理由はあるだろうか、理由はあっても別の規制方法もあるのではないか、なども考えてほしい。
子どもたちに主体性や思考力が大事だなどと言っておきながら、学校があまりにも前例踏襲で、先生たちに主体性も思考力もないようでは、困る。
★妹尾の記事一覧
妹尾昌俊 教育研究家、学校業務改善アドバイザー、中教審委員(第9期)
徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演などを手がけている。
学校業務改善アドバイザー(文科省、埼玉県、横浜市等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、NPO法人まちと学校のみらい理事。
主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法―卓越した企業の失敗と成功に学ぶ』、『「先生が忙しすぎる」をあきらめない』など。4人の子育て中。
〔2019年8/24(土) 妹尾昌俊 教育研究家、学校業務改善アドバイザー、中教審委員(第9期)〕

下着の色指定などを問題視 「不当校則」反対署名が文科相に提出される
地毛を強制的に黒髪に染めさせる、下着の色をチェックするなど、不当な校則をやめるよう求める署名が柴山昌彦文部科学大臣に提出されました。
近年、過剰な校則が増えているそうですが、学校の現場ではどのようなことが起こっているのでしょうか。
署名運動を行ったのは、評論家の荻上チキ氏などが参加する「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」です。
同プロジェクトは、教員から髪を黒く染めるよう強制され、不登校になったという出来事をきっかけに発足したもので、約2年間にわたって、過剰な校則に反対する署名をネットで集めてきました。
今年の8月までに約6万の署名が集まり、文科相に提出しました。
同プロジェクトの調査によると、学校の校則は年々厳しくなっており、管理教育が問題視された1980年代よりも状況がさらに悪化しているそうです。
例えば、中学校の校則で「髪の毛の長さが決められていた」人の割合は、10代では26.58%となっていますが、30代では13.74%しかありません。
つまり20年前は髪の毛の長さを校則で決める学校はかなり少なかったことが分かります。
驚くべき項目は「下着の色が決められている」というもので、10代では何と15.82%が経験していますが、30代でこうした校則を経験したという人はわずか1.9%しかいません。
髪の毛の「長さ」はともかくとして、下着の色までも校則で決めるというのは、ほぼ確実に人権侵害に相当するはずですが、この割合が16%もあるというのは、やはり異様な状況といってよいでしょう。
一部では、服装検査の際にブラウスの前を開けさせたり、スカートの中をチェックするケースもあったと報道されていますが、もしこの事例が本当であれば、もはや犯罪に近い状況です。
昭和の時代までは、日本社会も未熟であり、十分に人権が保護されないケースも散見されましたが、平成を経て令和に至る過程で、こうした状況は逐次、改善されてきたはずです。
ところが学校においては、時代に逆行する制度が年々強化されていたことになります。
校則そのものについて否定する人は、一部を除いてほとんどいないと思われます。
それにもかかわらずこうした非常識な校則が生まれてくる背景には、やはり教育現場の閉鎖性が関係している可能性が高いと考えられます。
教育のあり方については、もっとオープンな議論が必要でしょう。
〔2019年9/6(金) THE PAGE(The Capital Tribune Japan)〕

「授業中のくしゃみは3回まで」意味不明すぎるブラック校則
「ブラック校則」という言葉をご存じですか?  学校の秩序や規律を守るための校則ですが、その中でも、あまりに理不尽であったり意味不明だったりする校則を、「ブラック校則」として疑問視する声が大きくなっています。
厳しすぎる校則への批判は、実は1980年代くらいからたびたび起こっています。
特に、1990年に兵庫県神戸市の高校で起きた事件は、校則の是非に関して大きな議論を呼びました。
これは、ある女子生徒が登校時、閉められかけた校門に駆け込み、遅刻取り締まりをおこなっていた教師がそれに気づかず校門を閉めようとしたために、女子生徒が頭部を門に挟まれ死亡した、という痛ましい事件でした。
では、現在では、どういった議論が起こっているのでしょうか? 
「ブラック校則」とは?
いわゆる「ブラック校則」として挙げられるのは、たとえば、
「下着の色指定」
「女子のポニーテール禁止」
「ツーブロック禁止」
「部活動の強要」
など、合理性に欠けるばかばかしいものばかりです。
中には、「授業中のくしゃみは3回まで」
「夏休みに髪を切る場合は先生の許可が必要」
「男女が2m以上近づいてはならない」
「試験期間中はマフラーの持ち込みを禁止」
といった、意味がよくわからないものも見られます。
ここまでくると、理不尽すぎて笑うしかありません。
黒染め強要は人権侵害だ
こうした理不尽な校則に対して、最近、抗議の声が広がり始めたのは、2017年10月に大阪府の公立高校に通う女子生徒が、学校側から「髪の黒染め」を強要されたとして、大阪府に損害賠償を求めた、という一件がきっかけにあります。
女子生徒はもともと茶色い髪色であるにも関わらず、しつこく黒染めを強要され、出席を認められないなどの扱いにより最終的に不登校になってしまったといいます。
こうした黒染め強要などは、個人の尊厳を軽視したものと言えます。
先の一件を経てNPO団体「ブラック校則をなくそう!  プロジェクト」が発足するなど、校則見直しの動きが強まっています。
同団体が2018年3月に実施した調査では、
「3人に2人が中学時代、2人に1人が高校時代に『ブラック校則』を経験している」
「生まれつき茶髪の人で高校時代に黒染め指導を経験した割合は20%」
「10代の回答者のうち、6人に1人が中学時代に校則で下着の色を決められていた」
など、多くの人が「ブラック校則」の指導を受けたことがわかりました。
また、服装や髪形にまつわるブラック校則は、昔からの伝統等ではなく、最近になってからより増えているということも指摘されています。
ブラック校則に対する声
こうしたブラック校則については、多くの人が、自らの実経験なども含め、ネット上でさまざまな意見を発信しています。
たとえば、以下のようなものです。
「生理だったんで体育を休みにしたのに、代わりに校庭を走らせられた」
「爪検査で爪に白い部分があるとなくなるまで切らされた」
「雪降って電車止まるような寒い日でもコート禁止だった」
「単に教師が思考停止してるだけ」
「あまりにも厳しいと守らない人増えるよね」
一方で、主に校則について声を上げる人に対して、
「義務があるから権利があるってわかってる?」
「ある程度規制があったほうが自由度が広がる」
「ホントに無茶苦茶なのはなくすべきだけど、騒いでる連中の大半は気に入らない校則を『ブラック校則』って呼んでるだけ」
「規制をゆるくすると中学生は悪ノリして髪染め出すからブラック校則になるのは仕方がない」
「自由にしていいのは自律できる生徒が多い進学校だけ。底辺校で自由にしたら終わるだろ」
と指摘する意見もあるようです。
ブラック校則の裏にあるのは
ブラック校則の中でも特に身だしなみに関するものは、「スカートの丈」「髪色や髪型の指定」など、ある程度普及しているものも多くあり、一見すると校内の規律を保つためのもののようにも思えます。
しかし、それらはよく考えると、合理性や必要性がなかったり、偏ったジェンダー観や思い込みに基づいていたりするものも多いのではないでしょうか。
女子生徒の下着やスカート丈を「痴漢防止」「男子生徒の劣情をあおらないように」と指定するのは、性暴力の原因が女性の服装にあるという誤った認識の促進になってしまいますし、しばしば耳にする「白無地の下着」は白シャツなどで透けやすい色になるため、意味のある指定とは言えません。
また、地毛が茶色の生徒に黒染めさせるというのは、「黒髪以外は不良、不真面目」といった思い込みがあるかのように思えます。
校則は時代に合わせて変わっていくべき
一方で、プロクター・アンド・ギャンブルジャパン株式会社によるアンケート調査では、現役教師200人のうち、92.5%が「時代に合わせて、校則も変わっていくべき」と回答しており、校則に関する意識は確かに変化してきていはいるようです。
学校という集団生活の場において、もちろんルールは必要です。
ですが、校則という規律を保ち生徒を導くための手段が目的化し、行き過ぎている部分が見られるのが現状でしょう。
「校則だから従わなくてはならない」という思考停止から抜け出し、どういったルールが必要なのか、いま一度、考え直すべき時に差し掛かっているのではないでしょうか。
〔2019年4/20(土)クロスメディア・パブリッシング LIMO〕

毛髪登録申請、下着の色指定… まだ存在する時代にそぐわない「ブラック校則」 ☆
近年、もはや人権侵害だと言われている「ブラック校則」。
岐阜県の県立高校63校の校則について調査を行い、結果を受けて市民団体は「時代にそぐわない校則が多く、生徒の自由や自主性を奪っている」と主張した。
■地毛を黒く染めるよう指導
到底納得のできない、理不尽な校則を「ブラック校則」と呼ばれるようになり、取り上げられることも少なくない。
ここ数年で国内のみならず海外でも話題になったのは、2017年に報道された大阪府立高校に通う女子生徒の髪の毛に関しての指導だ。
生まれつき、茶色い髪の毛だった女子生徒がいた。
女子生徒の母親は、2015年の入学時にこのことを説明していたにも関わらず、教師らは女子生徒に黒く染めるように指導したという。
■授業や学校行事を拒否され不登校に
女子生徒は、色が戻る度に染め直しを続けていたため、翌年から頭皮にかぶれや痛みを感じるようになってしまった。
しかし指導は変わらないどころか、黒く染められていないことを理由に、授業を受けさせなかったり、修学旅行に参加させなかったりすることもあったそうだ。
そして女子生徒は不登校になった。
2017年、女子生徒はおよそ220万円の支払いを求めて提訴。
府は「茶髪は生まれつきではない」と反発し、女子生徒と全面的に争う姿勢を見せた。
この件は、海外メディアでも取り上げられ「こんな校則があるなんて信じられない」「人権問題だ」と批判の声で溢れていた。
■「自由や自主性を奪っている」校則多数
先日、弁護士の河合良房氏が代表を務める市民団体「子どもの人権ネットワーク・岐阜」は今年度、岐阜県内の県立高校全63校を対象に、校則の実態を調査・取りまとめたことを発表した。
結果、「身だしなみに関する校則」については、20校が生徒の髪の色や髪質が生まれつきのものかを調べる「毛髪登録申請書」を提出させるなどを行っていたという。
また下着の色に関しては、10校が「男子は白色無地」の規定、8校は「女子は柄物禁止」または「白色でワンポイントまで」としていたようだ。
これらの結果を受けて、河合弁護士は服装や活動などを必要以上に制限することは「ブラック校則」に当てはまると指摘し、「時代にそぐわない校則が多く、生徒の自由や自主性を奪っている」と主張した。
■3分の2「校則に意味はなかった」 
しらべぇ編集部が全国の20代〜60代の男女1,500名を対象に「校則」について調査を実施。
65.7%の人が「学生時代の校則には意味がなかった」と回答している。
件の女子生徒の問題でも、多くの批判があったが、古くからの風習を肯定する意見もあったという。
「校則」の線引きは難しいこともあるのだろうが、人権侵害になっていないか、悪しき風習ではないのか…。
たとえば女子生徒が男性教師に(同性同士も、逆もまた然り)下着の色を報告することは、精神的苦痛を与えてはいないだろうか…単純に「自分だったらどう思うか」と考え、時代の変化とともに、見直しをしていくことは必須だろう。
(文/しらべぇ編集部・長谷川 瞳)
【調査概要】方法:インターネットリサーチ「Qzoo」調査期間:2014年10月17日〜2014年10月21日
対象:全国20代〜60代の男女1,500名(有効回答数)
〔2019/3/2 しらべぇ〕

ブラック校則問題で裁判所がお茶を濁す事情
理不尽な校則を強いることは、子どもの個人の尊厳を踏みにじることにほかならない。写真は本文とは関係ありません
近年「ブラック校則」という言葉をよく聞くようになった。
生徒が自らの意思で自由に装ったり、行動したりすることを、合理的な理由なしに制限する理不尽な校則のことだ。
最近多くの人を驚かせた事件といえば、2017年に明るみに出た大阪府立高校の頭髪指導だ。
生まれつき茶色い髪の女子生徒に対し、「生徒心得」を理由に髪を黒く染めるよう求め、それを怠ったとして授業を受けさせなかったり修学旅行に参加させなかったりしたというのだ。
このためその生徒は不登校になってしまった。
これは明らかに人権侵害だと言わざるをえない。
■「自分がされていやなことはしない」だけで十分
地毛の色が黒ではない生徒の髪を黒に染めるよう求める校則は論外だとしても、頭髪を染めることを禁じる校則は多くの学校に存在する。
さらに教師が「間違った」指導をしないよう、地毛が黒ではない生徒に「地毛証明書」を提出させる高校も多い。
アルバイト禁止やバイクの免許取得禁止も、多くの高校が設けている校則だ。
さらに下着の色を白と指定している例や、休日の私的な外出の際の服装まで規制している例もあるという。
2006年の教育基本法の改正によって、学校においては「教育を受ける者が、学校生活を営む上で必要な規律を重んずる」という文言が盛り込まれた(6条2項)。
いわば、校則の根拠規定のようなものが設けられたのだ。
確かに、学校は児童・生徒と教職員がつくる1つの社会である。
そこには日々の生活があり、秩序の維持や利害の調整が必要になるだろう。
しかし「必要な規律」とはなんだろう。
事細かな決まりを定めることがどこまで必要なのだろうか。
ドキュメンタリー映画『みんなの学校』の舞台となった大阪市立大空小学校では、児童が守ることを求められる「たった一つの約束」は「自分がされていやなことは人にしない、言わない」だ。
これ1つで十分なのではないか。
教育基本法は「教育の目的」として「人格の完成」を掲げている。
人格は個人の尊厳に立脚して形成される。
理不尽な校則を強いることは、子どもの個人の尊厳を踏みにじることにほかならない。
児童の権利に関する条約12条は「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。
この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする」と規定している。
髪型や服装の規制は明らかに「児童に影響を及ぼす事項」であり、子どもには「自由に意見を表明する権利」が認められなければならないし、その意見は「相応に考慮」されなければならない。
校則を一方的に押し付けていいものではないということは、児童の権利条約からも明らかだ。
校則は、当事者である児童生徒の意見を聞きながらつねに見直されるべきものである。
しかし、実際に校則について児童生徒の意見を反映させようとする学校はほとんどないと言ってよい。
■裁判所は生徒の訴えを認めなかった
校則をめぐっては、これまでいくつもの訴訟が起きている。
よく知られている古い判例としては、熊本県公立中学校丸刈り訴訟(1985年確定判決)がある。
この裁判では、公立中学校で丸刈りを強いられた生徒側(原告)が、近隣の公立中学校に丸刈りの校則がないのに自分の通う学校では校則で強制されるのは、居住地等による差別であり、法の下の平等を保障する憲法14条に違反すると訴えた。
また、法定の手続きによらない身体の一部の切除の強制は憲法31条(適正手続きの保障)違反、個人の感性、美的感覚あるいは思想の表現である髪型の自由を侵害したので憲法21条(表現の自由)違反だという主張も行った。
しかし、熊本地方裁判所はこうした主張を認めず、「服装規定等校則は各中学校において独自に判断して定められるべきものであるから、……合理的な差別」であり、「髪型が思想等の表現であるとは(特殊な場合を除き)見ることはできず、特に中学生において髪型が思想等の表現であると見られる場合は極めて希有であるから、本件校則は、憲法21条に違反しない」と判示した。
東京私立高校パーマ事件(1996年最高裁判決)は、東京の私立高校がパーマ等を禁止する校則に違反した女子生徒に対し「自主退学勧告」をした事件だ。
生徒側(原告)は、髪型は美的価値意識と切り離せず、人格の象徴としての意味を有するから、「髪型の自由」は人格権と直結した自己決定権の一内容であり、憲法13条により保障された基本的人権だとし、その規制目的・規制手段の合理性・必要性は、規制する側が立証責任を負うと主張した。
東京地方裁判所は、「髪型の自由は憲法13条によって保障される自己決定権の一内容である」ことは認めた。
しかし他方、私立学校には「私学教育の自由」があり、独自の校風と教育方針をとることができるとし、パーマを禁止する校則が髪型の自由を不当に制限するものではないと結論づけた。
■学校の決断に任せ、裁判所は判断しない
この事件は最高裁まで争われたが、最高裁もこの高校がその教育方針を具体化するものの1つとして校則を定め、パーマを禁止することは「高校生にふさわしい髪型を維持し、非行を防止するため」であることから、社会通念上不合理なものとは言えないと判示した。
これらの判例をはじめとして、校則をめぐる裁判では、裁判所は学校側を勝訴させる場合が多い。それはなぜだろう。
かつて、憲法学説のなかに「特別権力関係論」というものがあった。
国や地方公共団体の役所で働く公務員、罪を犯して刑務所に入れられている在監者、国公立学校の在学者など、国と特別な関係にある者に対しては、特別な規律が認められることから一般の法が及ばず、国は一般国民に対する場合よりも強い人権制限をしてもよいとする考え方だ。
この理論は、現在ではほとんど支持されていない。
特別権力関係論に代わって一定の支持を得てきたのは「部分社会論」だ。
自律的な団体の内部(部分社会)では、一般社会の規律とは異なる自律的な規律が認められ、そこには司法の審査権が及ばないとする考え方だ。
学校がそういう部分社会だとすると、校則はその部分社会における自律的な規律だということになり、その是非については学校内部の判断に任せ、裁判所は判断しないということになる。
校則は強制力を持つ規範ではなく、教育的な指導ないし教育的な配慮なのだから、学校に任せるべきものだという考え方もある。
単なる指導や配慮によって権利侵害が起きることはないので、司法の判断の対象ではないという理屈になる。
いかなる理屈に拠るにせよ、理不尽な校則に対して、裁判所による救済がなかなか働かないという事態に変わりはない。
結局「特別権力関係論」と同じ結論になってしまうのだ。
「どうも裁判所は当てにならない」というのが、筆者の偽らざる印象である。
裁判所による救済がなかなか働かないのなら、市民が代わって監視するしかない。
NPO法人キッズドア理事長の渡辺由美子さんたちが発起人になり、「ブラック校則をなくそう!」プロジェクトを立ち上げた。
同プロジェクトでは「ブラック校則」を「一般社会から見れば明らかにおかしい校則や生徒心得、学校独自ルールなどの総称」と定義し、そうした理不尽な校則や運用方法を、時代に合ったルールにしていく議論を進めたいという。歓迎すべき動きだ。
■子どもたちの意見を聞くべき
理不尽な校則は、健全な市民感覚によってその見直しを求めていくのがいいと思う。
その際には、当事者である児童生徒の意見を幅広く汲み上げることも必要だろう。
そういう議論を行うべき場は、学校制度の中にもともと用意されている。
まずは教育委員会だ。
公立学校を管理する教育委員会の委員は、本来普通の市民感覚を教育行政に反映させることが期待されている。
教育委員会の使命は「レイマン・コントロール(素人統制)」だといわれるゆえんである。
校則をめぐる問題は、教育委員会の場で委員同士で話し合うのに適した課題だと思う。
また、保護者や地域住民が加わる学校運営協議会を置く「コミュニティ・スクール」では、学校運営協議会の議題として取り上げてもいいだろう。
もちろん、PTAもそうした議論の場としてふさわしい。
どこで議論するにせよ、校則のあり方について議論する場合には、児童会や生徒会の代表の出席を求めるなどして、当事者である子どもたち自身の意見を十分聞くことが必要だ。
「学校の常識は社会の非常識」などと揶揄される事態を変えていくためには、そういう議論を積み重ねていくことが大事だと思う。
〔◆平成30(2018)年7/16(月)東洋経済オンライン 前川喜平 :現代教育行政研究会代表、元文部科学事務次官〕

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