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学力テスト

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学力テスト

周辺ニュース

ページ名学力テスト、(不登校のニュース)
教師は高圧的、同級生は「いじり」…不登校の要因に学力テスト 子どもを守る会が廃止を要望
おきなわ子どもを守る会の長堂登志子代表らは7日、子どもの不登校の要因に学力テストが影響しているとし、県教育長に学力テストの廃止と子どもの権利条約を生かした学校教育に取り組むよう呼び掛けた。
同会は今後、各市町村教育長との対話や署名活動を行い、年内にも県教育長に要請したいとしている。
長堂代表らは、成績が振るわなかったり、みんなと同じようにできなかったりすることや、教師の高圧的な対応、同級生らによる「いじり」などが不登校の要因と指摘した。
学力テストによる競争の激化やそれを強いられることで、子どもも教師も追い詰められ、悲鳴を上げていると長堂代表。
「できない子は排除につながっている。県教育長と対話し、苦しんでいる子どもたちの思いを伝えたい」と強調した。
〔2020年2/19(水) 沖縄タイムス〕

周辺ニュース

ページ名学力テスト、、()
愚策の極み「学テで校長評価」、現場が失う大事なもの
大阪市教育委員会が、市内の小中学校の校長の人事評価に、生徒の学力を測る目的で府や市が実施している独自テストの結果を反映する方針を固めたと報道された。
愚策……以外の何物でもない。
今回は「働かされ感」についてあれこれ考えてみようと思う。
なんとも唐突なテーマなのだが、私の中ではかなり前から温め続けていたネタ。
いつか書こうと思いつつも、どんな言葉で、どんな風に綴ればいいのかが固まらずで。要するに、自分の中で十分に噛み砕けていなかったのである。
が、物議を醸している「大阪市の校長評価」に関する報道やら、記事やら、コメントやらをボ~ッと見ていたら、散在していた点と点がつながった! というわけで、今回取り上げようと思った次第だ。
先月29日、大阪市教育委員会が、市内の小中学校の校長の人事評価に、生徒の学力を測る目的で府や市が実施している独自テストの結果を反映する方針を固めたとの報道があった。
評価に使われるのは、「学力経年調査」(小3~6年生対象)と、「チャレンジテスト」(中学生対象)。
両テストの学校ごとの結果を校長の人事評価の20%分に反映させるとともに、賞与の半分程度を占める勤勉手当の評価材料として使うそうだ。
また、2020年度からはテストの結果に応じて割り当てる特別な予算として年間1.6億円を用意。
成績が向上した学校に配分することで学校間の競争を促すのが狙いだ。
要するに、“ニンジンぶら下げ方式”。…ふむ。大阪って、ホントに好きね、というのがこの件に関する個人的な率直な感想である。
「大阪」といえば、全国学力テストの成績が2年連続で全国最低レベルに低迷した08年、当時の橋下府知事が学力テスト結果の公表を巡って「クソ教育委員会」と暴言を吐いたり、「このざまは何だ!」と罵声を浴びせたり、ついには「教育非常事態宣言」を出して学校教育に介入したりと、すったもんだがあった。
松井一郎府知事になってからも、学力テストが実施される直前に、「来春の高校入試の際に提出する内申点に、全国学力テストの学校別結果を反映させる!」と突然発表する “事件”もあった。
当時、知事が唐突にぶら下げた“ニンジン”に、現場の先生たちはてんやわんや。
急遽過去の問題などを子どもたちに配布したり、「最後まで諦めるな!」と尻を叩いたり、そりゃあもう、大騒ぎだった。
結果的には、「やればできることがはっきりした」と松井知事がドヤ顔したとおり、それまで、全国で下位に低迷し続けていた屈辱を晴らし、大躍進を遂げた。
が、所詮、“ニンジン”は“ニンジン。文部科学省が「学力テストの趣旨を逸脱している」と“ニンジン方式”を禁止したことで、翌年には、中3の国語、数学の平均正答率がいずれも全国平均を下回り、空白の解答欄も目立つなど、残念な結果に。
快挙はわずか一年で幕を閉じてしまったのである。
で、今回。再び大阪、いや、正確には「大阪府」ならぬ「大阪市」で、吉村洋文大阪市長が、「おい、おい、おい!! このざまは何だ! 学力テストの平均正答率が、全国の政令都市で最下位! ビリ、ビリだよ! う~~~ぅ、ニンジンだ! そうだ。
あのときもニンジンぶら下げたら大躍進したよね? 子供にぶら下げちゃダメっていうなら、教員にぶら下げろ!」
(あくまでも個人的な妄想に基づく仮想発言です)と狼煙を上げ、校長先生に白羽の矢が立ったというわけ。
おっちょこちょい市長による、とんでも政策
「どうにかしてビリを脱出したい」という気持ちが全くわからないわけではない。
が、子どもの学力テストの結果を校長の評価に使うとは、愚策……以外の何ものでもない。
もう少し丁寧に言えば、「『先生も生徒も人である』という当たり前を忘れた、おっちょこちょい市長による、とんでも政策」である。
ニンジンはお馬さんを走らせるために使うものである。それを人間に使えば、結果的に人は腐る。
しかも、それを教育の現場に持ち込むとは、「人を育てる」という言葉の意味を、大阪市のお偉い方たちは微塵もわかっていないのだろう。
テレビや新聞などのメディアやSNSでも、
「そんなことしたら、テストの点数が悪い子どもが担任や校長にいじめられるぞ!」
「知的障害や発達障害のある子どもは、どうなる?」
「不登校の子どもだっているじゃん!」
「先生同士の人間関係も悪くなりそ~」
「つーか、学校の先生って子どもの学力を上げるためだけにいるのか?」
「結局さ、こんなことしたら、現場の教師も子どもも単なる道具。“使い捨て”にする超ブラック校長が評価されて、えらくなっていくんだよ」
「企業と同じだな」
……などなど、批判的な意見が相次いだ。
そもそも子供たちの学力が低いと先生の指導に問題があるように言われるけど、どんなに先生たちが頑張っても学力が上がらない学校はある。
例えば、県でトップクラスの学力を誇っている学校の先生全員が、学力の低い学校に行って頑張ったとしても、そんなに簡単には学力は伸びない。
先生たちだけじゃ、どうにもできないことが現実には存在する。
以前書いたコラム(「幸せな国」発言と持てる者の自己責任論)でその理由が推測できるデータに触れたが、学力に関してのみ抜粋すると以下のとおりだ。
――朝日新聞は6月28日、「成績・進学期待 収入に比例」との見出しで、お茶の水女子大学の調査結果を報じた。
全国学力テストを受けた小6と中3の保護者約12万2000人を対象に調査し、両親の収入や学歴(SES)で「上位層」「中上位層」「中下位層」「下位層」の4群に分割したところ、層が上がるほど学力調査の平均正答率が高く、中3の数学Aは「上位層」77.1%に対して「下位層」は52.8%。
層が上がるほど子供への進学期待が高く、「大学」と答える人は、小6の「上位層」で80.8%に対し「下位層」33.2%、中3の「上位層」で81%に対し「下位層」は29.3%――
ただ「点数」を取るための道具にするな
そもそも、テストとは「オトナたちがやっていることの正しさを確認し、子供に順位をつけるため」に大人が準備した物差しであり、「教育」という視点から考えれば、学力に関するテストはあくまでも結果の“一つ”でしかない。
大切なのは、いかに子供が「楽しい!」と感動し、「もっと知りたい!」と知的好奇心がくすぐられるか、だ。
僭越ながら中学校理科の教科書づくりに、かれこれ10年以上関わっている身からすると、「現場をなめんなよ!」と大阪市長に言いたい。
「もっと子供たちが興味を抱くように」「もっと子供たちが『役に立つ』と思うように」「もっと子供たちが『分かった』と自信が持てるように」「もっと子供たちが『学んでよかった』と満足できるように」と、天気図一枚、言葉の一言一句まで、オトナたちが喧々諤々必死で考える。
小学校の振り返りができるように工夫したり、発達障害の子どもが置いてきぼりにならないような手立てをしたり、「もっと先を知りたい!」と望む子どもの熱が継続するような仕掛けを施したりもする。
その教科の専門家と現場の先生たちが、汗水流して必死で作った結晶が「教科書」だ。
それをただ「点数」を取るための道具にするな、と。
  だいたい学校という現場には、さまざまな能力を秘めた子供たちがいる。
それらは、大人が大人のために用意した「学力テスト」のような数値化したものだけでは決して測ることのできない「力」だ。
教育者としての大事な役割の一つは、その力を引き出したり、大きく育てたりすること。
このことが分かっていないから、愚策を繰り返すんだな、きっと。
もし、「子どもの学力テストの結果=校長の評価」として使われるようになれば、数値化できない「力」は切り捨てられ、目に見える数字を追いかける校長が量産され、学力テストの結果が悪いクラスの担任は校長に尻を叩かれ、授業は学力テストのためだけの授業になり、子どもには「勉強させられ感」が強まり、学力は向上するどころか低下するリスクが高まる。そう思えてならないのである。
先生たちの「働かされ感」が高まるだけ
「何か問題を起こす子供がいるとするでしょ? 1つの原因だけで問題を起こすってことはなくて、いくつかの要因が絡み合っている場合がほとんど。だから『みんなの問題』として考えることが大切なの。
でも今は、何か問題が起きるとそれに関係のある1人の先生だけがやり玉にあげられる。
管理職は自分の責任問題になるから、その先生だけに問題があったのかのような追及をする。
今の先生に求められているのは、間違いを起こさないこと」
数年前、中学校の先生がこう話してくれたことがある。
ただでさえ先生たちは、管理職のための仕事(=教育委員会や文科省への提出物など)の多さに疲れきっているのに、学力テストが校長の評価に反映されるようになれば、テスト結果に直接つながらないことは避けるようになるに違いない。
「そんなことやってるから、お前のクラスは点数が低い」「それって学力テストに関係あるのか?」などなど、教育者としてのやる気を失せさせる言葉が無尽蔵に増え、先生たちの「働かされ感」が高まるだけだ。
そう。これぞ「働かされ感」。モチベーションが下がりまくり、言われたことだけをする受け身の先生をさらに量産させることになっていくのだ。
実は今回のテーマである「働かされ感」は、米国で金融関係の会社を渡り歩いている学生時代の友人と話していて、私の中で生まれた言葉である。
年明けに、学生時代の友人たちと久々に飲む機会があり、帰国していた彼も合流した。
医師として活躍していたり、航空会社に勤めていたり、金融関係やら食品メーカーなどあちこちの業界に散らばっている仲間と、あれこれ“居酒屋トーク”していたとき、私たちの話を聞いていた彼が、突然、こう切り出した。
「ねぇ、さっきから言ってる『働かされている』ってどういうこと?」と。
ニンジンをぶら下げる前に、校長先生に投資せよ!<br> 一瞬、私には彼が何を言ってるのか理解できなかった。
だが、どうやら私たちは「働かされている」という言葉を多用していたようだったのである。
「パイロットもさー、人手不足でひどい働かされ方してるよね~」
「医者も同じだよ。肉体に鞭打って働かされてま~す」
「娘が入った会社が、結構なブラックでさ。かわいそうなくらい働かされてるよ~」
「働き方改革とかさ、働かせ方改革だもんね」
私たちにとっては日常のたわいもないこんなトークが、彼にとっては“異常”だった。
「自分のありたい姿に近づきたかったり、成長したかったり、たくさん稼ぎたかったりするから、働くんでしょ? なんで働かされなきゃならないの?」
多くの日本人が忘れかけている“当たり前”を彼は訴えたのである。
と同時に、2年前から勤めている米国日本法人のマネジャーへの不満をぶちまけた。
「本来、マネジャーの仕事はチームメンバーのやる気を上げることなのに、実際にやっているのは周りのやる気が失せることばかり。
これは米系企業のマネジャーではありえないレベル。
たとえ目標を達成できなくても、定性と定量による分析を使い分けて、メンバーがどこまで自己肯定できるかをマネジメントするのがマネジャーの仕事でしょ。
そもそも人事権や報酬に係る評価権のない管理職はマネジャーと呼べるのか? って思っちゃうよね。
しかも、ひとつひとつのジャッジが遅い。なのに、偉そうに言うことだけは言うんだよね。
誰が見たって、金融畑でキャリアを積んできたメンバーの方がわかってるのに。しかもさ~、それが結構、若いやつなわけよ。
そんなだから、みんなモチベーション下がりまくってる。
で、最初はガンガンやってたのに、いつの間にか『定年までタラタラいてやるか』って感じになってきてるし。
日本の会社はダメだね。これじゃ、長くは持たないだろうね」
……全くもっておっしゃるとおりだ。
ここでの定量とは「数値目標」、定性とは目に見えない、あるいは数値化できない業務上の貢献であり、協調性や積極性などがその代表例になる。
彼が言うとおり、米系企業ではマネジャーになるためのトレーニングをかなり早い段階から受けさせる。
プロマネジャーとなるべく、企業が投資するのだ。一方、残念ながら多くの日本企業のマネジャーは、名ばかりマネジャー。
マネジャーとしての教育も受けていなければ、裁量権もない。
そして、それは「学校のマネジャー=校長」も同じではないだろうか。
もし、もしも、校長先生に「定性と定量を使い分けて評価し、メンバー(先生たち)のやる気を喚起させられる能力」があれば、“上の立ち枯れた木々”がとんでも政策を押し付けようとも構いやしない。
学校現場で求められる教育を徹底的に行い、その“結果”としての「学力テストの向上」を目指し、現場の先生たちのモチベーションを高めることができる。
つまり、問題はそういうマネジメント能力のある校長先生が、どこにいるのか? ってこと。
ニンジンをぶら下げる前に、校長先生に投資せよ!と。
それをやらずして、すべてを「校長の責任」に押し付けるようなとんでも政策を進めれば、「勉強させられ感」の子供と、「働かされ感」の先生により、学力はますます低下する。
そもそも働くことは「生きている価値」と「存在意義」をもたらす、とても大切な行為だ。
ところが、最近は「仕事=しんどいもの」になってしまっていることからして、極めて異常なのだ。
〔2019年2/12(火) 河合 薫 日経ビジネス〕

尾木直樹氏、生徒のテスト結果で校長評価は「愚策」
尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏(72)が、大阪市教育委員会が小中学校の生徒の学力テスト結果で校長を人事評価する方針を固めたことについて、「愚策」と厳しく非難した。
尾木氏「評価下げる」南青山問題の“勘違い”を指摘
尾木氏は29日のブログで、同市教委の方針について「子どもの学力テストの結果で校長、教師の給料や人事異動の際のデータに使うといいます」と言及。
「大阪市は政令都市中ビリですから、気持ち分からないわけじゃありません」とした上で、「しかし、こんな方法では【メリット0】弊害あるのみ!」と切り捨てた。
尾木氏は、この方針によって授業がテスト対策に偏ってしまうことになると指摘し、「2020年度の教育改革の方向とは真逆です。
【AI時代】になんて時代遅れの政策」と批判した。
さらに短絡的な学力向上政策をとることで、「発達障害児 学力低い子 不登校気味の子が担任から嫌われる テストからしめだされる」と危惧。
「現に、競い合いやらせている自治体ではこんな締め出しは行われています!」と現状を明かし、「教師と子どもたちとの信頼関係は崩壊することでしょう!これ以上の愚策 見たことがありません!やめるべきです」と訴えた。
〔2019年1/30(水) 日刊スポーツ〕

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