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教師

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こんな保護者は困る! 教師の対人サバイバル術(2)
Survival 2
学校の取り組みに無関心な保護者がいます。
私としては、密に保護者と連絡をとり 、連携して子供を伸ばしたいのです。
どうしたら学校に関心をもってもらえますか?
粘り強く関わるしかありません!
■ 無関心の正体
教員志望者の皆さんの多くは、学校によい思い出があるから、教員を目指しているはずです。
しかし、保護者の中には、学校や教員に対して、よい思い出をもっていない人もいます。
いや、皆さんには言い辛いのですが、よい思い出を持っている人の方が少数派でしょう。
学校に対して無関心な保護者は、子供の頃に学校で何らかのトラウマを抱えたり、もしくは親になってから学校や教員に不信感を抱いたりして、関わりたくなくなってしまった人たちなのです。
また、無関心な保護者の一部には、幼少時代に虐待やそれに近い体験をしたことで、人と関わることに恐怖を感じている人もいます。
中々、実感が湧かないかもしれませんが学校(特に公立校)では、様々な家庭環境の人がいます。
教員は自分の経験や、常識に囚われず、広い視野で相手の境遇を想像することが大事です。
■「打てば響く」とは限らない
スクールカウンセラーをしている私の元には、保護者が反応してくれないと悩む先生がよくいらっしゃいます。
そうした先生は、真面目であることが多く、自分が完璧な対応をすれば、保護者も応えてくれると信じています。しかし、これは大きな間違いです。
学校によい思い出がない保護者にとっては、完璧な対応を目指す教員がいるということすら、想像できません。
いくら教員が働きかけても、そんな保護者の心には響きません。
理不尽かもしれませんが、「過去に学校や先生と何かあったのかな」と相手の気持ちを理解することが大事です。
■心の中では「関わりたい」と願っている
ただし、相手が関わることを望んでいないからといって、関係を断ってはいけません。
これは私がカウンセリングした不登校児童の保護者の例ですが、学校に不信感を抱き「先生、もういいです。
うちの子はどうせ学校に行かないので、関わらないでください」と伝えたと言います。
教員も仕方ないと思い、関わりを減らしたのでしょう。
しかし、この保護者は私に「行事日程表すら届かなくなりました。私は先生から見捨てられました」と訴えるのです。
一見、無関心な保護者でも、心の奥では学校と関わりたいという意識は必ずあるのです。
教員は、例え反応がなくても、きちんと最低限のことは連絡をするようにしましょう。
その際、電話で冷淡な対応を取られるのであれば、行事日程表などのプリントに手紙を同封するのも手です。
地道ですが、粘り強く関わることが、無関心な保護者とうまく関係を築く一歩となります。
諸富祥彦 教育学博士。1963年福岡県生まれ。
明治大学文学部教授。現場教師の作戦参謀、「教師 を支える会」代表。
臨床心理士、公認心理師、上級教育カウンセラーなどの資格を持つ。
主な著書 に『教師の悩み』(ワニブックス P L U S新書)『教師の資質』(朝日新書)。
※『月刊教員養成セミナー 2020年10月号』
『若手教師のための対人サバイバル入門』より
学校現場では、「困った人」(当人からすれば困っているとも言えるかもしれません)とのコミュニケーションが求められる場面があります。
どうすれば教師が、「困っている相手」を「困った人」にせず、コミュニケーションが円滑にとれるのか、現場教師の作戦参謀として活躍している諸富教授が具体的な作戦案を紹介します。
〔2020年8/31(月) 教員養成セミナー〕

教師生活38年の私に教えてくれた、“困った子”がついた「やさしい嘘」
今、教師にとって「学校」はたいへん過酷な場所になっています。
いじめや不登校問題、教師の体罰や不祥事、難しい保護者や地域への対応など、教師の悲鳴が聞こえてくるような教育現場。
日々の指導だけでなく、今までになかった教育内容の新規導入などによって教師の負担やストレスは加速度的に増えてきています。
そんな「やらなければいけないこと」が増殖する中、「働き方改革」という魔法のような言葉の狭間で、身体も心も疲れ果てリタイアしていく教師が数多くいる、
ある意味、ブラック企業にも見えるこの教育の場で、教師生活38年の私が「子どもから学んだ」ことを綴ります。
「あかりをともす」
以前、ある学校の支援員の方と話をする機会があり、「子どもの中にいるのは文句なしに楽しいね!」と話してくれました。
そして彼はこう続けました。
「“先生! 一緒にスキップして!”と、腕を組んでくる子がいたんです。
“いいよ!”と一緒にスキップしたんだけど、それだけであんなにうれしそうに笑ってくれる、
子どもとリズムを合わせて動き、一緒に笑うことがこんなに幸せなことなんだって」
その当時の私は、毎日の授業の準備や取り組みの忙しさに追われ、小さな幸せや感動を忘れてしまったり、感じにくくなっていて、
その言葉にドキッとしたことを覚えています。
自分自身を振り返って、子どもたちにもう1度、向かっていきたくなる話でした。
子どもと笑顔をともにすることが幸せなことだということ、私も含めて学校の教師はどれだけ感じていることでしょう。
そして、こんな話もされました。
「一緒にいるとき、子どもがぽろりとこぼす言葉や見せる表情から、その子の抱えている『闇』に気づくときがあるんです。
そのときは、どうやって小さいあかりを見つけてあげられるだろうか……、そっと背中に手を当てながら一緒にさがすんです」
温かく、強く心に響く言葉に『どんな子も、目には見えない、いっぱいの「育ちの不安」を抱えて生きていること。
自分を認め、支えてくれる人を探しながら、居場所を求め、さまよっている子がいること』に気づかされました。
そんな子どもたちを支えるには、大人の目線からではなく、ひとりひとりを大切に考え「そっと背中に手を当てながら、一緒にあかりをさがす」ことが必要だ。
そう強く感じずにはいられない出来事でした。
どんな子も、生まれつき自分で力強く育つ力を持っています。
ひとつひとつの「発達」の階段を1歩ずつ、一生懸命に自分で上っていくのです。
私たち大人は、子どもの力を信じ、しんぼう強く見守り、彼らが自分を発揮できるような「場所」や「道しるべ」を一緒に探してあげるべきではないでしょうか。
とはいえ、私自身、教師として彼らのことを考えるがあまり、些細なことを見落としてしまうこともありました。
そんな中、私をハッとさせてくれた出来事が以前の学校でありました。
「困った子は困っている子」
毎日のように遅刻をしてくる男子生徒に、「なんでなん?」と尋ねると、「朝に頭やお腹が痛くなる」と言うのです。
教室では元気いっぱいに活動できるのに、なぜ毎日、朝になると体調が悪くなってしまうのだろう。
これはなにかおかしいと思い、じっくり話を聞いてみることにしました。
すると、彼は申し訳なさそうに私に話をしてくれました。
「お母さんが疲れていて、朝起こしてくれへん。
でも、それを言うたら、きっとお母さんが先生に怒られるから、僕がしんどいと言うてた、ごめんなさい……」
遅刻ばかりしてくる「困った子」が、お母さんをけなげに思っていたこと。お母さんを守ろうとしていたこと。
彼の「困っている」背景を考えようともせず、ただ叱っていた自分が、教師として、大人として恥ずかしく感じました。
そして、彼のことを今まで以上にいとおしく感じる瞬間でもありました。
健やかな育ちのためには子どもの立場や目線に立って考える大人の存在が必要です。
それからというもの、どんな子どもたちも徹底的に認め、愛情をたくさん注いでいきました。
どんな『闇』を抱えている子どもでも、ある日、心を開き満点の笑顔を見せてくれる日がいつかきっと来るのです。
私たち大人は、日々の生活に追われ、いつしか子どもの本当の声を聞き取れなくなってしまいがちです。
彼らが与えてくれる幸せにも鈍感になってしまいます。
そんなとき私はいつもある保護者が話してくれたことを思い出します。
それは私が教師になりたてのころでした。
「この子は私の神様やし……」
私の教師生活のスタートは養護学校(現在の特別支援学校)で、7年間、重度の障害がある子のクラスでした。
寝たきりで、言葉もなく、食事や排せつもうまくいかない子どもたちの授業づくりは、
指導書もマニュアルもない中、物言わぬ子どもから、そしていちばんの理解者である保護者の方から「教えてもらう」ことがなによりも大切でした。
初めての家庭訪問のとき、呼吸もしんどくて、夜中でも2時間おきに起きて痰(たん)をチューブで吸引する必要があり、
10数年間はゆっくり寝たことがないという、でも底抜けに明るかったお母さんが私にこう話してくれたのです。
「夜が明けて、目が覚めて、この子がちゃんとがんばって息をしてることに、毎日ホッとして、また一日わたしもがんばろう! と力がわいてくる。
元気をくれてありがとうって毎日、感謝してます。
教師になりたての私は、その話に返す言葉がありませんでした。
帰りぎわに「お母さん、ありがとうございました!」と頭を下げながら家を後にしたことは覚えています。
その後、いろんな学校を経験しましたが、子どものことで困ったり、悩んだりしたときは、その話をいつも思い出してきました。
ひとりひとりの子どもの存在には、その子自身の、そして周りの人々の熱くて温かい「ねがい」や「いのり」がいっぱいつまっています。
それに少しでも応えられる場を用意するのが教師の仕事でもあり、大人の仕事だと思うのです。
子どもたちの「ねがい」や「いのり」がいつか実を結び、たくさんの笑顔となって花咲き、学校がともに生きる「人の豊かな育ち」の場となることを心から願っています。
PROFILE 畠田 靖久●はただ・やすひさ●
現在、京都市教育委員会生涯学習部首席社会教育主事。関西大学哲学科を卒業後、平成3年京都市立呉竹養護学校(現在の総合支援学校)を皮切りに藤ノ森小学校、醍醐西小学校で教諭を歴任する。
教育委員会生涯学習部主事を経て、校長として7年間小栗栖宮山小学校に赴任する。
平成30年退職後、教育委員会で上記現職。特別支援教育、人権教育の学校現場での実践を進める一方、PTAや「おやじの会」、学校運営協議会など地域ぐるみの教育活動や生涯学習を進めている。平成30年全国特別支援教育研究連盟功労者表彰
畠田靖久 〔2019年7/28(日) 週刊女性PRIME〕

“どこにでもいる普通の先生”が過労死ラインを突破する根本原因とは 現役教師が語る「ブラック職場としての学校」
人手不足→授業に出突っ張り→授業の準備はいつやるのか→残業でしょ
子どもの成長を支える場でありながら、ブラック労働環境が問題視されている学校現場。
ニュースなどでも盛んに取り上げられているテーマではありますが、実際に働いている教員は、どのような思いを抱いているのでしょうか。
【モンペ対策、事なかれ主義、人手不足……】教員の仕事がブラックな10の理由
本記事は、公立校の中学教員になった筆者の学生時代の友人に「1人の一般教員として感じている“学校の労働環境の問題点”」を語ってもらう連載企画となります。
教科の担当教員を2人→3人にするだけで、働き方がこれだけ変わる
――普通の時期で、残業時間が100時間以上。どうしてそんなに長時間労働になってるの?
例えば、「中学校で国語を教えていて、担任を持っている教員」がいたとするでしょ。要は“どの学校にでもいる普通の先生”だよね。
うちの学校は3学年それぞれ4クラスずつあって、国語の教員は2人。
国語の授業は1クラスあたり週4コマ(3年生は3コマ)。
学校全体で週に44コマ、国語の授業が行われてることになる。
これを2人の教員で半分ずつ受け持つと、教員1人あたり22コマ。
担任を持っていると道徳の授業を受け持ったりなんだりで、もろもろ合わせて、週27コマを授業や会議に費やすことになる。
で、ここが大事なところ。生徒が受けている授業数は29コマなんだよね。
――ほとんど変わらないじゃない。
そう、1週間で空いてる時間は2コマ分だけ。
この時間で全ての授業準備が終わるわけがないよね。
だから、毎日残業することになる。これは決して極端な例ではなくて、よくある話。
最近、「部活の負担を減らそう」という動きが進んでるんだけど、実際には「部活で生徒の成長を見るのが生きがい」という人もいるし、俺は「根本的な問題はそこじゃないだろ」と思ってる。
そもそも教員が全然足りてないんだよ。
もしも国語の教員をもう1人追加して3人にできれば、1週間の空き時間が10コマ分。
2人だと“週に”2コマだった空き時間が、3人だと“1日”に2コマになる。
――その時間が翌日の授業準備に使える、と。
そういうこと。
まあ、「校務分掌」といって、教員は「生徒指導」「教育相談(不登校になりそうな子の指導など)」などの仕事も分担してやってるから、残業がゼロになるとは言わないよ。
でも、「教員を増やすだけで仕事が楽になる、長時間労働が改善される」というのは間違いない。
校務分掌だって人手が足りてなくて、1人でいくつも担当してたりするんだから。
教員採用率のジレンマ
――働き手が増えたら、負担が減る。分かりやすい話なのに、どうして教員は増えないんだろうね。
自治体の懐事情もあるかもだけど、採用倍率の問題もあると思う。
教員の正規採用の倍率は中学校で5倍、小学校で3倍ちょっとくらいだったかな。
これって、実はけっこうギリギリな状況らしいんだよ。
――どうして?
どこ情報かは知らないんだけど「採用倍率が3倍を切ると、採用者に不適切な人材が混ざってしまう」という説があるらしくて、教育委員会はそれ以下にならないようにしてるみたい。
長時間労働を是正するために採用数を増やしたら、倍率が落ちちゃうでしょ?
――何で3倍なの?
そのボーダーラインの根拠は、俺にもよく分からない。
まあでも「採用倍率が下がったら、教員の質が維持できない」という懸念は的外れじゃないでしょ。
――でも、教員の長時間労働はニュースなどでも問題視されてるわけじゃない。
このままだと教員になりたい人が減って、それこそ採用倍率が落ちちゃうんじゃない?
「月曜日から金曜日まで朝6時半~20時半まで仕事、さらに週末も働いてください」みたいな仕事やりたいですか、って話だよね。
そりゃあ「ヤダ!」って思うだろうね。
――教師になりたい人を増やすには、どうしたらいいと思う?
給与を上げることでしょ(即答)。どう考えたって仕事量に見合ってないもの。
(続く)
※本企画は、1人の現役教員の声をそのまま記事化したものです。
実際の労働環境は自治体、学校などによって異なる可能性があります。
〔2019年7/25(木) ねとらぼ〕

周辺ニュース

ページ名教師、、(不登校のニュース、教育のニュース)
学校に行けなかったとき、助けてくれたのは…… 見習いたくなる温かい先生たちを描いた実話エピソードに反響
無意識のうちに繰り返してしまう問題行動が、明さんの不登校に繋がり
看護師で漫画『LICHT-リヒト-』などを描いている漫画家・明さんが投稿した、子どもの頃に不登校になったときの話が反響を呼んでいます。
描かれているのは、学校に行けなかったときに心の助けとなった“周りの人たち”の温かさです。
見習いたい大人の姿。
明さんは子どもの頃、家庭の事情などにより家の中では心が休まらずにいました。
成績は良かったものの、感情や行動のコントロールができず、中学生になった頃には問題行動を起こすようになっていたそうです。
そうなると親が呼び出されたり、それにより周囲からの批判が聞こえたり、友人や先生など、たくさんの人の悲しい顔・落胆の顔を見るようになります。
そして明さんは、家にも帰れず、次第に学校に行くのも辛くなり、ひとり公園で過ごすように。
頭の中では焦りや葛藤がグルグルと回り、自分を追い詰めます。
「とにかく学校へ行こう……」と、焦りに追われるように教室に行き、優しく接してくれる友だちといても、「離れていたことの不安」「問題行動を繰り返していたことへの後ろめたさ」から自責の念といった思いが次々のしかかってきて、再び逃げ出すことに。
それでもやはり学校からは離れられずにいた明さん。
そんな中、「お腹が痛くて……」と保健室にくる明さんに対し、ただ「休んでいきなさい」とやさしく言ってココアを入れてくれる先生。
また図書室でひとり過ごす日には、何も言わず居させてくれる先生。
さらにお昼には音楽室で一緒にオペラやバレエを鑑賞してくれる先生と、なにか「ああしろ」「こうしろ」と言うわけでもなく、ただただそばで見守る先生たちの姿が。
学校では他にも、理科室で科学雑誌を読んだり、花壇の手入れを手伝ったり、放課後には校長先生が何時間もおしゃべりしてくれたり。
そうしているうちに、明さんは気がついたら教室に戻っていたといいます。
明さんがあとで知ったことですが、実は1年と2年の時の担任の先生が、職員会議で「見守ってほしい」とお願いしてくれていたそうです。
周りの先生たちもそれに同意し、「教室に行けないことに関して、怒られたり、非難されたことはなかった」「でも興味を持ったことや、やりたいと言ったことは、全力で応援してくれた」と振り返る明さんは、今回の漫画で先生たちへの感謝と、その時のことが今の自分をつくっていることも述べています。
こんな先生なら大好きになるしかない……!
一番辛かったときに担任だった先生が、卒業と高校入学を泣いて喜んでくれたというエピソードからも、先生がどれだけ思っていたかが伝わってきます。
投稿されたTwitterでは、明さんの学校の神対応を称賛する声や、先生の温かさに「心を打たれました」と感動する声が寄せられ話題に。
また、さまざまな事情がある中の一例ではありますが、“学校に行けなくなる”子どもの気持ちや、そこから実際に教室に戻れた貴重な話としても拡散されています。
なお、子どもは学校や先生を選べないため「周囲の人に恵まれていたパターン」として羨ましいと感じる人も少なくないようです。
しかし同時に「真摯に向き合っている先生がいることを伝えてくれてありがとうございます」といった声もあり、ツアーナースもしている明さんの「姪っ子ちゃんや、関わる子供たちを、あの時支えてくれた先生たちのように見守っていけるようになりたいなと思う」というツイートのように、大人になった私たちに大事なことを改めて気づかせてくれる。
そんなお話でもありました。
〔2018年9/11(火)ねとらぼ〕

物語研究所「夢前案内人」 (大阪府大阪市住吉区)

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