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カテゴリ:周辺ニュース

提供: 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
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このページは、暫定ページです。
掲載情報は、最下段にある分類カテゴリ:ひきこもり周辺ニュースに基づき各ページに保存します。

「ひきこもり周辺ニュース」掲載の仕事 
不登校・引きこもり質問コーナー・部外者回答編

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所在地 北海道さいたま市
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目次

周辺ニュース

ページ名 鹿児島県北薩児童家庭支援センター 鹿児島県薩摩川内市  (  )
北薩3市2町をカバー 児童家庭支援センターが開所 鹿児島・薩摩川内市
児童相談所の役割を補う児童家庭支援センターが薩摩川内市に開所しました。
北薩児童家庭支援センターは、薩摩川内市の社会福祉法人藤照会が管轄する3市2町における児童虐待や不登校の相談に対応するほか、県中央児童相談所からの業務の一部を受託するもので、
県内では大隅地域に次いで2カ所目のセンターとなります。
2019年8月、出水市で4歳の女の子が死亡した事案では、児童相談所の体制の不備や児相と関係機関の連携不足などが指摘されました。
また近年、虐待の相談件数が増加傾向にあることから、センターは、児相の役割を補うとともに自治体などとの連携を強化する目的を担います。
〔2020年10/26(月)KTS鹿児島テレビ〕

周辺ニュース

ページ名 いじめの件数秋田県・2019年 秋田県 (いじめのニュース、  )
 いじめ件数 小学校は最多を更新(秋田県)
昨年度、秋田県内の小中学校や高校で確認されたいじめは4400件あまりに上りました。
小学校では過去最多を更新しています。
県教育庁のまとめによりますと昨年度、県内の小学校で確認されたいじめは3427件でした。
過去最多だった前の年度から256件増えました。
中学校が744件、高校が239件、特別支援学校が13件でした。
県教育庁は「小競り合いもいじめとしたり、子どもたちへのアンケートの回数を増やしたりした結果、件数が増えている」と説明しています。
また昨年度、不登校の児童生徒は小学校で241人、中学校で722人、高校が299人でした。
〔2020年10/26(月)ABS秋田放送〕

周辺ニュース

ページ名 不登校になった少女  (不登校のニュ-ス、  )
「もう学校に行きたくない」コロナを機に不登校になった少女が抱える “リアルな闇”
不登校となってしまった紗季さんと母の友梨さん
「もう学校へ行きたくない」
東京都立川市の小学5年生、紗季さん(11歳、仮名)がそう言い出したのは、1学期の終業式だった。
新型コロナ感染拡大防止のため、政府は一斉休校を要請。
全国の学校では5月8日まで休校となり、東京都はは5月31日まで延期となった。
挙手回数のノルマ設定
紗季さんの学校は6月に入ると分散登校が始まり、クラスの雰囲気はこれまでのものとは打って変わり、決して居心地のいいものではなかった。
そんな中、担任教諭からの不適切な指導を理由に紗季さんはストレスを抱え、登校を渋り出した。
2学期が始まると、精神的な影響があるのか不眠や過食の症状が現れ、ついに不登校となってしまった。
紗季さんは5年生になるまで、ほかの児童や教師との関係を理由に学校へ行きたくないと思ったことはなかったといい、1学期も無遅刻、無欠席。
しかし、終業式から帰ってくると、母親の友梨さん(33歳、仮名)に、はじめて「学校へ行きたくない」と口にしたという。
一体、何があったのか。
心配になった友梨さんは、紗季さんやほかの児童や保護者から学校での娘の様子を知るために話を聞くと、紗季さんがストレスを抱いた原因となった、担任教諭の「不適切な指導」の内容が明らかになる。
友梨さんが作成した「事実報告書」によると、紗季さんのクラスだけ授業中の挙手回数のノルマ設定があったという。
分散登校明けとなった6月15日の週にはノルマはなかったが、翌週からノルマは設定され、しかも、各授業で1回、次週からは2回、さらに次次週からは4回に増えたという。
ノルマに達しない児童がいた場合は授業の最後に立たされ、授業内容の聞き取りがなされるという。
少なくとも、紗季さんにとっては相当なストレスになったようだ。
紗季さん本人に話を聞いた。
「間違えても挙手をすればいい。それで挙手が一回となりますが、授業に集中できないんです。
そもそも、みんなの前で間違えるのは恥ずかしい。
だから、できるだけ当たらないように、手をあげた人が多いときに、私もあげました。
でも挙手のカウントが足りず、最後に立たされたことがありました」
母の友梨さんは「今年は新型コロナ対策があり、休校処置があったので、本来、12か月かけて行う授業を10か月でしなければならないので、学校側にも負担があるのでしょう。
でも、それは子どもも同じく負担があるんです。
教師と子どもの信頼関係がないのにノルマを科しても、いい方向にいくとは思えません」と話す。
抜け毛、不眠、過食
体育の授業にも疑念を抱いた。三密を避けるために、生徒同士がなるべく接触しないものに制限されたため、“走る”ことが授業のメインになっていた。
「もし途中で歩いたり、話をしたりしていると、(連帯責任で)みんなでもう一周、走ることになるよと、先生が言っていました。
暑い日でも、先生は麦わら帽子をかぶって見ているだけ。
ほかのクラスの先生は一緒に動いていたのに」(紗季さん)
ついに体育の授業で、けが人が出てしまう。
「いろんな走り方の授業のとき、(片足で走るようにする)ケンケンをずっとしていたんですが、倒れてけがをした子がいました。
翌日、その子はギブスをつけてきました。
体育館でも(床の雑巾をかけるように、手は床につけて、足を伸ばす)ハイハイという動きをしていたんですが、体育館の壁にぶつかり、首にけがをした子もいたんです」(紗季さん)
そんな友だちの姿を見たことも影響したのか、紗季さんは1学期からストレスが身体症状に現れてしまう。
お風呂に入った後に、髪の毛が大量に抜け、不眠にもなり、過食にもなってしまった。
心身ともに不調をきたしている9月8日の6限目(14時25分~15時10分)。
再び体育の授業でのこと。この日は100メートル走の計測することになっていた。
1本目は歩いて距離を実感し、2本目は少し早めに走り、3本目が本番だった。
しかし、測量ミスで130メートルあったという。
この日の最高気温は34度(気象庁)。6限目は最も暑い時間帯であり、校庭での実際の温度は高かったと思われる。
友梨さんはこの日、副校長との面談のため学校へ行っていた。
そのとき偶然、紗季さんの体育の授業を目撃したという。
「校庭を見ると娘のクラスが体育をしており、100メートル走をしていました。
走りきれない子もいましたし、足がふらつく子もいました。娘もいつもも違う様子でした。
授業の終わりには水分補給をしないまま教室へ戻って行きました」(友梨さん)
連日30度を超える日々が続き、一日中マスク姿。紗季さんの身体は限界を迎えていた。
1学期からのストレスが祟り、帰り道に具合が悪くなり、帰宅後に倒れてしまう。
そしてついに、紗季さんは翌日9日から現在に至るまで、完全に不登校となってしまった。
いじめという“二次被害”
このような出来事から、友梨さんは娘の異変やストレスの原因などをまとめ、「事実報告書」を学校に提出。
さらに友梨さんはある市議会議員にも現状を伝えた。
市議会では紗季さんの学校について問題があるとし、市教委を問いただした。
すると指導課長は、体育の授業での配慮について、「校庭でマスクを外し、十分な呼吸量で授業をすることになっています。
準備運動後、運動と運動の間、振り返りの間、一回だけでなく、複数回の水分補給をするように教員が声をかけるようにしています」と述べたという。
また、不適切な指導がなされた場合の対応については「まずは事実かどうかを確認する必要がある。
学校を訪問し、授業を観察し、聞き取りをします。
その結果、不適切な指導を確認できた場合、指導と助言をします。
その後の変化についても、校長から報告をさせて、必要な場合は、再度、指導をします」(指導課長)とのことだった。
筆者は直接、市議会で問題提議をした市議に話を聞いてみた。
「事前に質問内容は伝えており、指導課長は一般的ではありましたが、ギリギリの答弁をしてくれたと思っています。
議員としては、直接、教育現場には介入できませんが、お子さんが心配です。
早く課題を解決し、学校に復帰できるようにしたい」
しかし、紗季さんが早く学校へ行けるよう市議会も市教委も最善を尽くす中、“二次被害”は起きてしまった。
10月中旬、紗季さんの家の郵便ポストの中に、「コンビニにいたでしょ?さぼりなの?」「どうしてズル休みするの?」「勉強できないから来ないの?」などの、メモが投函されていた。
誰が書いたかは不明だが、友梨さんは「いじめではないか」と判断し、学校に報告。市教委も把握している。
市教委に取材をすると、「『事実報告書』は受け取っています」としながらも、解釈の違いがあるのでは、という。例えば、
「挙手の回数については、子どもたちとの話し合いの中でできた、と聞いています」とし、認識が食い違う部分もある。
しかし、「親御さんとは必要に応じて話し合いを重ねていきます」と述べた。
また学校も同様に「市教委と連携をとりながら話し合いを進めていきます」と答えた。
両者の言い分が食い違っている部分があるが、まずは事実の把握が大切だ。
両者での話し合いと並行しながら、何よりも子どもの学習面と心のケアが重要。
全てをコロナのせいにはできないが、現代の子どもたちの心はさまざまな悩みを抱え、大人たちにSOSを出している。
未来のある子どもを支えていくために、大人がすべきこととはーー。
学校、地域、市議会、そして親のその後に注目したい。
渋井哲也(しぶい・てつや)◎ジャーナリスト。
長野日報を経てフリー。東日本大震災以後、被災地で継続して取材を重ねている。
『ルポ 平成ネット犯罪』(筑摩書房)ほか著書多数。
〔2020年10/27(火) 週刊女性PRIME〕

周辺ニュース

ページ名 桐蔭学園小学校  神奈川県横浜市(オンライン授業  )
1500本の動画を配信した桐蔭学園小学校の挑戦―コロナ禍で変化する教育、子どもとの関わり、親の働き方
今年3月から6月頭の休校中に、公立の小中学校でオンライン授業を実施したのは、東京23区でわずか3区。
しかも一部の授業での試験的な運用で、本格的な実施には至らなかった。
私立でも本格的に導入している学校とそうでない学校に分かれ、学校による教育格差が拡大している。
休校中の負担を担ったのは保護者だった。
我が子の学習に正面から向き合う機会により、改めて「学校任せではいけない」と気付かされた保護者も多いのではないか。
オンライン授業やICTが進んでいる学校は、どのような取り組みをしているのか。
また、これからの時代、保護者は子どもとどう関わっていけばいいのだろうか。
保護者の声や桐蔭学園小学校の事例、有識者の意見を聞いた。
●公立は、子どもの能力や親のITリテラシーの差でオンライン授業を開けない
横浜市の公立小学校に小学6年生の子どもを通わせるAさん(女性/43歳)はこう語る。

はじめは学校側も保護者も混乱していた。
そのうち演習プリントが出たが、先生からの指示が分かりづらく、やってもやらなくてもいいとあやふやだった。
生活習慣を守ることも親任せで、同級生には昼まで寝ている子もいた。
4月下旬から教育委員会がテレビ神奈川で動画配信を行った。動画を配信したことは評価するが、見ても見なくても変わらない内容だった。
公立は子どもの能力や親のITリテラシーに差があるので、クラス全員でオンライン授業を開ける状態ではない。
横浜市の私立小学校に小学5年生の子どもを通わせるBさん(男性)はこう語る。
時代にあった対応をしない学校にがっかりした。休校中は自宅に演習プリントが郵送で届いた。
国語、算数はそれなりの量だったが、社会、理科はあっという間に終わってしまう量で、本来の授業を代替していない。
学費は年間で払うので通常時と変わらず不満に思った。授業再開後は教科書の最初のページからやっているが、本来かけるべき時間をかけられず内容は薄い。
今まですべてを学校に任せきっていたが、それではいけないと気付かされた。
●1,500本もの動画を配信、コロナを起点にICTを導入した桐蔭学園小学校
休校中の保護者から不満が多いなか、「桐蔭学園小学校が1,500本もの動画を配信した」との情報を聞きつけ、今年7月に松枝秀樹(まつえだひでき)教頭に話を聞いた。
もともとICTは、2013年から試験的・段階的に取り入れていた。
今後3年かけて全学年での整備を予定していたが、このコロナ禍で対応を早めた。
動画であれば保護者の携帯電話でも見ることができて協力を得やすいため、まずは動画配信から始めた。
子どもたちが楽しく学習を始めるきっかけになる「スタートアップ・プログラム」と称した授業動画を作り、GW明けからは双方向のコミュニケーションが取れるオンライン授業に切り替えようと段階を踏んだ。
先生が黒板の前で授業をして、それをカメラで撮影した動画もあれば、iPadの画面を録画し、子どもたちに配っておいたワークシートに「こうやって書き込むんだよ」とレクチャーする動画もあった
(以下、動画授業の画像参照)。
飽きないような工夫を凝らし、教師の技術や情熱も上がり、1,580本ある動画の最初の10本と最後の10本では、全くの別物になった。
動画授業/提供:桐蔭学園小学校
しかし、動画はインプットしているだけで、子どもたちからのアウトプットは分からない。
休校のはじめの頃は、子どもたちが書いたワークシートを郵送で回収していたが、GW明けから『ロイロノート・スクール』というソフトを導入したことで、教師(学校)と子どもたちとのやりとりが瞬時にできるようになった。
クラス全員の提出物を一つの画面に表示できることで、子ども同士が相手の提出物に感想を述べることもできる。
提出したかどうかも一目瞭然だ。(以下、『ロイロノート』の画像参照)
全家庭のネット環境を調査し、全家庭と繋がることを確認した上で『ロイロノート』を開始した。ソフトのインストールや起動は子どもではできない。
端末の向こうには、子どものそばに保護者がいる。直接の対面授業でない場合は、教師からのアクションだけでなく、保護者からの理解と協力がとても重要だ。
『ロイロノート』を使った全員参加型の探究学習の一例/提供:桐蔭学園小学校
ロイロノートの導入と同時期に、『Zoom』を使ったオンライン授業等も開始した。
毎週決まった曜日・時刻にホームルームや学級会活動等を開始し、やがて6年生ではリアルタイムのオンライン授業にも挑戦した。
(記事TOP画像参照)『Zoom』の画面でお互いの顔が見られたとき、教師も子どもたちも大喜びした。
勉強も大事だが、休校によってお互いコミュニケーションが取れないことが一番の問題だった。
そこで、ソーランの踊りや合唱を画面上で一つの作品として完成させるプロジェクトも行った。
ゼロからのチャレンジだったが、その分、色々な可能性やアイデアが広がった。
●データが蓄積すれば、AIがその子にあった苦手問題を出してくれる
「アダプティブラーニング(適応学習)=子どもたち一人一人のレベルや状況に合った学習コンテンツ」というのが、今すごく話題になっている。
桐蔭は『すらら』(以下、『すらら』の画像参照)という個別最適化を図る自立学習支援ソフトで、アダプティブラーニングを行おうとしていた。
例えば、今までは算数ドリルを最初から最後のページまで解き続けるという学習法が主流だった。
しかしこれでは、「図形は得意だけど、計算は苦手」といった単元ごとには対応できない。
『すらら』を使うと、解答結果からその子の得意なところと苦手なところのデータが蓄積され、苦手問題だけを出してくれる。
桐蔭は、双方向のコミュニケーシが取れる『ロイロノート』と『Zoom』、学習の自立支援ソフトである『すらら』を併用した「ブレンド学習」に挑戦する。
桐蔭に小学5年生の子どもを通わせるCさん(女性/46歳)はこう語る。
コロナがあって改めて、自分の子を通わせてよかったと思った。対応の早さに、時代のニーズに応える姿勢が感じられる。
予測困難な時代を生きる子どもたちへの教育に取り組んでいて信頼できる。
●教育格差は情報格差から。保護者が情報を正しく入手しICT活用の有用性を理解することが重要
ICTの遅れは、教師に、子どもたちに、そして社会にどのような影響を与えるのか。ICTが進むとどうなるのだろうか。
「教育×IT」を軸とした研究開発を行う関島章江(せきじまのりえ)さんに話を聞いた。
学校教育のICTには2つの役割がある。
1つが、教師と子ども、親とを繋ぐコミュニケーション手段。もう一つが学習面の支援。
今回のコロナによる休校の長期化で、まず保護者から挙がったのが、学校の状況を把握したい、そして子どもの生活リズムの崩れやストレスが溜まるなか、先生や生徒同士が繋がる手段を作って欲しいという要望であった。
メールやLINE、チャットなど、様々なコミュニケーションツールがあるなかで、学校とのやりとりは未だに紙ベース。
ICTを活用することで教師と親のコミュニケーションを変え、負担を減らすところから始めることで、教員も保護者もICTの利便性を経験し受け入れやすくなる。
教育の格差は情報の格差から起きている面もある。ICTを活用した授業の実践事例を公開する場も限られていて、情報が広まっていかずに先生方の意識改革が進まない。
保護者にも十分な情報が行き届いておらず、「日本は遅れているかもしれない」という感覚すらなかったりする。
教育格差が今後ますます広がっていくのは止められないので、保護者が情報を取りに行くよう意識することがとても重要だし、保護者に情報が届くような社会であることが大事。
コロナによる臨時休校の長期化で、小中学生の母親たちがオンライン学習の推進を求める要望書を市長や教育長らに提出したという地域がいくつも報道された。
保護者からのニーズや需要が、学校や自治体に気付きを与え変わっていくということもあるので、保護者と学校と地域が連携する仕組みが今後より大切になる。
●親は在宅ワーク、子どもは在宅ラーニングで生活のリズムが変わる
ICTが進むと、親の働き方や生活スタイルはどう変わるのか、関島さんに聞いた。
ICTで、保護者への伝達や面談の設定、アンケート調査やテストの採点など、教師の負担は大幅に減る。
保護者も保護者会の出欠や外部検定試験の申込や支払いなど、オンラインで簡単に応じられるようになる。
お釣りのないように現金を持参させ、提出したかどうか確認するという行為が不要となり、子どもとの無用な衝突も減る。
教師も保護者もこれまでの習慣に縛られずに「もっとこうだったら便利なのに」という視点を持つと、そこが切り口となりICTの導入に繋がるかもしれない。
今後、オンライン授業や個別学習が充実し法整備が進めば、親は在宅ワーク、子どもは在宅ラーニングとなっていく。
半日は学校、半日は自宅で授業といったように生活のリズムが変わる。
平日に休みを取ったり、子どもと一緒に自宅から場所を変えて、それぞれ仕事と学習をすることも可能になったりするかもしれない。
また、今回のコロナで、不登校で来られなかった子どもたちが、こっそりオンライン授業に入っているという事例もあった。
みんなに気付かれずに授業に参加できるのは、オンラインの魅力の1つで、不登校の子どもや病気、障害で登校できない子どもの支援もできる。
例えば、不登校にならないよう予防するために、休みがちになった時から教師と保健師と親とが蜜に連絡を取り合う手段としてもICTは有効。
近年、不登校の子どもは小中学校だけで全国に11万人以上。
不登校はその後のひきこもりとも関係していることから、ICTがひきこもり解消にも結び付くかもしれない。
予測困難な時代において、親は自らの経験値が正解でないことを認識した上で、子どもが社会に出て生き抜いていく力を捉えることが必要となる。
子どものうちに、いかに色々な経験をし、子ども自身が取捨選択し、自分自身が得意なこと・好きなことを見つけていくか。
オンラインを活用し距離や時間を超越した新たな学び、子どもの特性を活用した学習方法や、一緒に楽しみ視野を広げていくためのツール活用など、ICTをうまく利用することで子どもの可能性や学びの幅が広がる。
●文部科学省の動向、GIGAスクール構想とは
「日本は他国に比べて遅れている」ということで、国は10年前から教育ICTに向けて動きを取っていた。
教育以外の分野でも、日本はデジタル化が遅れているため、文科省だけでなく総務省、経産省の3省が連携し、巨額な予算を投じて進められている。
「GIGAスクール構想=学校現場で生徒1人1台の端末環境と校内通信ネットワーク設備を実現する計画」は、元は5年計画だったが、コロナによる休校の長期化でオンライン授業の重要性が増し、前倒しして2021年3月末までに小中学生に端末を配布予定でいる。
申請は自治体単位で、各自治体がICTを活用した学習活動を具体的に想定しながら、端末の選定や導入計画のもと対応していく。
(※GIGAとは「Global and Innovation Gateway for All」の略)
来春よりすべての小中学生が端末とネットを所持できるが、いかに有効な手段として活用できるか、各学校で差が出ることだろう。
保護者はこのような動向を意識し、まずは子どもと一緒に端末に触れて楽しみを探すところから始めて欲しい。

【取材協力】関島章江(せきじまのりえ)
株式会社電通国際情報サービス オープンイノベーションラボにて、SE経験を活かし「教育×IT」を軸とした研究開発、サービス開発を行っている。
2児の母。
著書 『日本のICT教育にもの申す!』インプレスR&D
共同執筆 電通Bチーム『仕事に「好き」を、混ぜていく。』翔泳社
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。
オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。
この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】
小酒部さやか 株式会社 natural rights 代表取締役
2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。
2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。
2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。
2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。
現在、株式会社natural rights代表取締役。
仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。
〔10/27(火)小酒部さやか | 株式会社 natural rights 代表取締役〕

周辺ニュース

ページ名 [[ ]]  (  )
保護者とのつき合い方に悩む先生方 「モンスターペアレント」に対応できない、「若すぎる先生」が増加中 いじめ、不登校、保護者との軋轢、長時間労働、新型コロナの影響……。教育現場ではたらく人のストレスとプレッシャーは年々、増すばかり。こうした困難を打開するヒントを与えてくれるのは、著書『いい教師の条件』を上梓した諸富祥彦氏だ。近年、保護者とのつき合い方に悩む教師が増えていると指摘する諸富氏。そんな教師たちに対し、「最初の保護者会で、ぜひやってください」と勧めているワザがあるという。その内容を特別に教えてくれた。

「若い教師」が増えている 近年、保護者とのつき合い方に悩む先生方が増えています。 振り返ってみると、2000年頃から子どもとの関係以上に保護者との関係に疲れる、エネルギーが奪われていると漏らす先生が多くなってきました。モンスターペアレントと呼ばれるようなクレーマーの保護者が増えてきたのです。 さらに加えて、若すぎる教師が急増しています。とりわけこの10年あまりで、教師の年齢構成は随分と入れ替わりました。

20年くらい前は50代が中心の学校も多く、40代が若手と言われることもあったのですが、その中心世代の先生方が定年になりました。代わりに数多く入ってきたのは20代の先生です(上の図は2016年の調査で、現在はさらに50代が減り20代が増えています)。 50代中心の学校から20代中心の学校へと急激に様変わりしたわけです。 一方、親の年齢は上がってきました。少子高齢化社会と言われ、初婚年齢が以前より遅くなり、子どもを産む年齢もかなり遅くなっています。たとえば30歳から35歳で子どもを産むと、子どもが小学生になる頃には親は30代半ばから40歳に、3年生(9~10歳)になる頃には親の年齢は40歳から45歳になってきます。

「最初の保護者会」が勝負だ Photo by iStock 少し前までは、「親よりも先生のほうが年上」が当たり前でした。それはある意味、安定感のある関係性でした。それがこの10年あまりの間に保護者のほうが年上、しかも10歳以上も年上というケースが一般的になってきました。 保護者の中には、若い教師に対して「まだ若くて子どもを産み育てたこともないあなたに、一体何がわかるの?」という態度を露骨に示す方もいます。そんな状況の中で、若い先生が保護者とどうつき合うかということは、学級を運営していく上で大きな問題となっています。

では、どうすればいいか。 私がいつも言っているのは「最初の保護者会が勝負!」ということです。年上の保護者の方々に信頼してもらうためには、スタートダッシュが何よりも重要です。 始業式、1年生であれば入学式の日などには、多くの保護者は教師のことを「この先生は、一体どんな先生なんだろう?」とやきもきしながら見ています。 それは教師にとって大変なプレッシャーですが、見方を変えると「保護者との良い関係」をつくる大きなチャンスでもあります。

保護者と教師は「パートナー」 Photo by iStock 私が、「最初の保護者会で、ぜひやってください」とお勧めしているのは、教師のほうからパートナー宣言をすることです。 「私ども教師と保護者のみなさんは、一緒にお子さんを育てていくパートナーです。一緒に力を合わせて頑張っていきましょう」と最初に、さわやかに前向きに、堂々とした雰囲気で挨拶をしてほしいのです。 教師がリードして、「自分は教師として、どんな関係を保護者ともっていきたいと思っているのか」その構えを示すことが重要です。

次にお勧めなのが「全員が全員と握手!」という構成的グループエンカウンターのエクササイズです。一人ひとりの目をしっかり見て、全員と握手していきましょう。保護者同士も全員が全員と挨拶しながら握手します。 こうやって場を仕切っている姿を見せることで、保護者からは「今度の先生は違う。親しみももてるし、ちゃんとリーダーシップもとれる。若いけど頼りになりそうだ!」と一目置かれるようになるでしょう。 保護者会中に若い学級担任がオタオタしていたり、自信がなさそうにビクビクしていたりすると、保護者のほうとしては「先生、しっかりしてよ!」と文句や注文をつけたくなります。教師が困っている姿を見ると、保護者はますます不安になり、教師への要求やクレームはどんどんエスカレートしていきがちです。

諸富 祥彦(心理学者) 〔2020年10/27(火)現代ビジネス〕

周辺ニュース

ページ名 勉強の遅れ  (新型コロナ、教育のニュース、  )
中学生3割、学習に不安 静岡市教委、公立校調査【新型コロナ】
新型コロナウイルス拡大を受け、静岡市教育委員会が市内公立学校の児童生徒を対象に実施したアンケートで、約3割の中学生が勉強の遅れに不安を抱えていることが分かった。
市教委は7月の学校再開直後に心理状態を問うアンケートを実施。
小学校低学年や特別支援学級の児童生徒には、感染や差別への不安感が目立つことも判明した。
中学生では、休校を経て生活リズムの崩れを自覚している生徒が2割を超え、規則正しい生活が難しい生徒が一定数いることが分かった。
自分が感染、または感染を疑われるのではないかという不安を感じているのは、小学校低学年児童と特別支援学級の児童生徒が他学年に比べて多い。
感染症に対して漠然とした不安を抱えていることも判明した。
市教委の担当者によると、コロナ禍による休校や不安感が不登校のきっかけにならないよう施策を手厚くするという。
小学校内の適応指導教室を増設し、不登校生徒の自宅を訪れて相談に乗る訪問教育相談員の増員を検討している。
〔2020年10/27(火) @S[アットエス] by 静岡新聞SBS〕

周辺ニュース

ページ名 [[ ]]  (  )
教科担任制 小5、6年生の教科担任制、兵庫で先行 児童「わかりやすい」 小学5、6年生の授業を学級担任が全て行うのではなく、英語や算数などは専門性の高い教員がクラスをまたいで受け持つ「教科担任制」を取り入れるよう、文部科学省の中央教育審議会(中教審)が検討を進めている。令和4年度からの本格導入を目指すが、実現には課題も多い。先行する兵庫県では平成24年度に原則全公立小学校の5、6年で教科担任制の授業を開始しており、現場からはメリットや課題が浮かび上がる。(小林宏之) 10月中旬。兵庫県姫路市立城東小学校6年の2クラスで、社会と理科の授業がそれぞれ行われていた。

1組で社会の授業を進めているのは、2組担任の柏原正英教諭(37)と、小中学校教員や大学講師などの経験を持つ間森(まもり)誉司(たかし)臨時講師(71)の2人の先生だ。 この日のテーマは室町時代。間森さんが「祇園祭はなぜ始まったんだろう」と問いかけると、参考動画を視聴した児童たちが「病気が流行しないように」などと発言。やがて柏原教諭が武士の装束で登場し、「京都は戦(いくさ)が続き、ひどい状況だ。人々は落ち着いた生活をしたいと思っている」と都の様子を語った。 間森さんが進行し、柏原教諭が歴史上のゲストとなって解説する「コスプレ授業」は、間森さんの発案。同校に着任した今年7月から両クラスで続けている。

「教員がひげを1つ付けるだけで、子供の目の輝きが違う」と間森さん。「めっちゃ分かりやすい。次は誰が出てくるか楽しみ」と話す永尾茉志(まゆ)さん(12)は、以前の授業で紫式部に扮(ふん)したという。 一方、理科室で2組の授業をしている横田直人教諭(36)は、1組の担任で中学数学の教員免許も持つICT(情報通信技術)の専門家。柏原教諭と授業を交換し、自身は2クラスの理科、柏原教諭は社会を担当する。両教諭とも「授業の準備時間を担当科目に集中させられ、より良い授業を多くの児童に提供できる」と口をそろえた。 県教育委員会が24年度に実施した抽出調査では「教えてもらう先生が代わり、授業が楽しいと思うことが増えた」と答えた児童は81・8%に上った。

県教委によると、同県が小学5、6年の教科担任制を検討し始めたのは13年度。教科担任制と少人数授業を組み合わせた「兵庫型教科担任制」を構築し、小規模校を除き24年度から全県で実施した。 中教審は算数と理科、外国語の教科担任導入を想定するが、同県は国語や社会も対象。教員間の「授業交換」を基本に、間森さんのような加配(国による教員定数を上回る配置)教員とのチームによる「同室複数指導」を組み合わせるケースも。城東小では、理科と社会は授業を交換し、社会と算数は同室複数指導、英語や家庭、図工、音楽は専科教員が指導している。

「子供の成長速度は変化しているのに、学校制度はそのまま。中学校では当たり前の教科担任制を小学校高学年で経験すれば、中学校へのスムーズな移行が期待できる」と太田太校長。複数の教員の目で一人一人の子供を見守れるといったメリットも挙げる。 一方で、「本校は人材に恵まれているが、どの学校も専門性のある指導者を確保できるわけではない」と指摘。奇数クラスの場合は授業交換が複雑になり、時間割編成が難しいなどの課題もあると話した。

■「中1ギャップ」解消策にも 小学校の教科担任制は、学級担任制から教科担任制になる中学進学時の学習環境の変化になじめず、不登校などが増える「中1ギャップ」の解消策として注目されるようになった。専門性のある教員の指導による教育の質の向上策としても期待されており、兵庫県のほかに群馬県などが積極的に導入している。

近年は、授業準備などによる教員の長時間労働を是正する働き方改革の視点からも注目されている。中央教育審議会は昨年1月、教科担任制の検討が必要と指摘。今月7日発表の中間まとめでは「小学校高学年から本格的に導入する必要がある」とした。 これらを踏まえて文部科学省は同日、検討会議の初会合を開催。今後、対象科目や専門性のある教員の確保、学校規模に応じた教員配置の在り方などについて議論し、来夏までに方針をまとめて、令和4年度からの導入を目指す。担当者は「教科担任制は小中学校の系統的な学びにつながる。教員の専門性を生かし、教育の高度化を図れるようにしたい」と話した。(地主明世) 〔2020年10/27(火) 産経新聞〕

周辺ニュース

ページ名 いじめの件数熊本県・2019年 熊本県 (いじめのニュース、  )
いじめ件数県内いじめ件数約1000人増加(熊本県)
県内の不登校の児童生徒の数が過去10年で最も多くなり、いじめの件数も前の年に比べおよそ1000件増えたことがわかった。
文部科学省によると、昨年度の県内の小中学校や高校のいじめの認知件数は、前年度から969件増えて6539件となった。
これは1000人の児童生徒に対して33件のいじめが認知されていることになる。
高校では減少傾向にあるものの小学校では1033件増えている。
小学校が増加した事に対して県の教育委員会は「早期解消を図るため、些細なトラブルも積極的に認知した結果」と分析している。
また、暴力行為についても前年度に比べ58件多い324件、不登校などによる長期欠席は3317人と過去10年で最も多くなった。
〔2020年10/27(火) KKT熊本県民テレビ〕

周辺ニュース

ページ名 ワンステップスクール湘南校  (  )
問われる引き出し屋の自立支援(4)沖縄の若者たちはなぜ狙われたのか
2019年10月11日。
この日は、19歳の時に沖縄の自宅から神奈川県内の自立支援施設「ワンステップスクール湘南校」に連れてこられた比嘉蒼真さん(当時20歳)が、かねてより脱走を計画していた日だった。 (リンク:問われる自立支援(3) 「監視カメラの死角で、脱走計画を立てた」)
東日本に迫る台風19号が、狩野川台風級の大雨被害になると予想されていて、脱走を決行するならこの日しかなかった。
一緒に逃げようと約束していた40代の男性は、スタッフの動きを警戒し、「オレのことはいいから、先に行っていてくれ」と言ったので、蒼真さんは一人で役場に向かった。
以前に「大丈夫だ」と言ってくれた役場の職員は、蒼真さんが現れるとすぐに別室に通してくれた。
さらに物陰に隠すようにして、保護施設への入所と生活保護の受給手続きができる11キロあまり先の合同庁舎までの車を手配してくれた。
蒼真さんが隠れている間、「比嘉さんはいますか?」と誰かが探しに来た。
役場の職員の間に緊張が走る。
スタッフと生徒の見分けがつかず、男性は追い返された。
実はその人は、一緒に逃げようとしていた40代男性だった。
この男性も、後に脱走に成功したことが最近わかった。
■業者の介入でさらにこじれた親子関係
脱走後の蒼真さんは、運良く、行政の力と、福祉に強い弁護士や支援者の力を借りることができた。
ワンステに「再ピック」の依頼をしないよう親を説得し、恐怖に怯えずに済む生活を取り戻すことができた。
(筆者注:「ピック」とは、「お迎え」を指すワンステ用語)
蒼真さんは19歳で連れ出され、混乱の中、誰にも祝福されずにワンステで二十歳を迎えた。
保護施設を出て一人暮らしを始め、さらにひとりぼっちの誕生日が過ぎて21歳になった今も、親との関係は完全にこじれたままだ。
今住んでいるところは身寄りも地縁もない土地ではあるが、近所の人たちは優しい。
ピックに怯えることのない落ち着いた暮らしを取り戻した最近は、ようやく、「働きたい」という意欲が出てきて、就職活動も始めている。
第一目標は、とある分野の公務員だ。
高校生の頃から、「人の役に立つ仕事をしたい」という強い思いは持っていた。
しかし、家族からは、沖縄に戻ることを拒絶されている。
家族が本人に断りなく自立支援の契約を行い、本人の意に反して強引に引き出す業者のことを、「引き出し屋」などという。
比嘉さんの家庭のように、業者を使った本人を尊重しない一方的な介入によって、元から折り合いの良くなかった親子関係が、さらに悪化してしまう例は、実は後を絶たない。
思えば、蒼真さんの人生の方向性が、親の意向で変わってしまったのはこれが初めてではなかった。
高校進学の時だった。中学でやっていた部活の競技成績が良く、ある高校から勧誘の声がかかったことがあった。
それなのに、両親は「学業の成績もいいんだから」と、勧誘された学校への進学に反対をした。
このため、蒼真さんは、しぶしぶ進学校に進むことになったのだった。
その結果、部活のつながりが絶たれ、人間関係がずたずたになってしまった。
蒼真さんは高校で不登校気味になり、心療内科にも通わされた。
それでもなんとか自分を奮い立たせて、高校は自力で卒業した。
卒業と同時に、あまり意義を感じなかった心療内科通いは止めた。大学には行かなかった。
「あの時、進学校には行きませんと、もうちょっと言っておけば、こうはなっていなかったのかな……」(蒼真さん)
■実は、ひきこもっていなかった
高校卒業後に始めた飲食チェーン店でのバイトは、労働環境が最悪で、すぐに辞めてしまった。
それから警備員などにも応募してみたが、働こうとすると体が動かなくなってしまっていた。
「ブラック職場を経験して、社会に対して、身体も気持ちも負けてしまっていたんです。
それで少し休みたかったんです。
働いていなかったのは8ヶ月ほどですが、運転免許を取ったり、知り合いを通じて仕事探しを相談したり、積極的にやっていたことは結構あって、ひきこもってはいなかったんですよね」(蒼真さん)
仕事をしなくなってからは、家で、好きなゲームをして過ごすことも多かった。
そんなある日、近くの青年会議所が、eスポーツの大会運営に乗り出すという話を知った。
ラジオでニュースを聞いた母親が、「あなた、ゲーム好きでしょ」と教えてくれたのだ。 蒼真さんはその時の気持ちをよく覚えている。
「どんな形にしろ、『eスポーツに関わることが出来るかも』と想像したら、すごくワクワクしたんです。
関わるのにもしも軍資金が必要なら、もう一度働いてみようすらと思いました。
知人を通じて、情報収集もしましたし、何より、職場の地元のネットワークをもっている母親に強みがあると思って、『青年会議所につながりを作ってくれないか』と頼んでみたんです」
しかし母親は、何もやってくれていなかった。
その代わりに、2週間後、蒼真さんはワンステにピックされてしまった。
そこからの激動の日々は、なるべく思い出さないように過ごしている。
フラッシュバックで様々な記憶が去来してしまう時があるからだ。
「脱走して保護施設に入っていたとき、首を吊ろうと何度も考えたんです。
命がけで脱走したはずなのに、ひとりになると、『自分はなんで生きているんだろう?』と思えてくるんですよ。
2つの地獄から脱出して今がある/筆者撮影
それに、ワンステを出た後の保護施設も、ある意味別の地獄でした。
思い出すだけでも辛いほど衛生状態が悪かったのと、入寮者同士のいじめ、パワハラ、ゆすりもひどかったんです」
そうした状況からも脱出して、ようやく得たのが、今の蒼真さんの静かな暮らしだ。
しかし、こんなに辛い思いをしたことも、親は理解しようとしない。
今月中旬、1年2カ月ぶりに沖縄に帰って地元紙の記者とともに両親と対面し、「なぜあんな施設に入れたのか」などの様々な疑問をぶつけることができた。
「母親は相変わらず、『私はそうでもしないと、あなたが自立しないと思って』と言っていました」 蒼真さんは、そうため息をつく。
2ヶ月で脱走したことで、半年の契約で支払った分が少しでも戻ってきているのか気になって聞いてみたが、恩義を感じている母親は、「取り戻す気はない」という話だった。
本当は、「お母さん、ワンステのこと、誤解してるよ」と問いただしたい。
でもそれはいつか、親との関係が良くなってからちゃんと伝えようと考えている。
「働かず、親を不安にさせた責任は感じています。
でも、ワンステはその親の不安を利用して、中身のない支援で金を巻きあげた。本当に許せない」(蒼真さん)
■「沖縄の若者がカモにされたワケを知りたい」
出会ったばかりの蒼真さんが、「どうしても確かめたいことがある」と話していたことがある。 「親はどういう経緯で遠い神奈川のワンステのことを知ったのか?」ということと、「なぜ沖縄の自分が、神奈川の施設に連れて行かれたのか?」ということだった。
ワンステ湘南校には、蒼真さんが過ごした2ヶ月間だけでも、他に沖縄から連れてこられた人が2人いた。 もうひとりは、入所初日に出会った、自分と同じくらいの年齢で、何度か再ピックされている人。
もうひとりは、宮古島から来た30歳くらいの緘黙症(筆者注:他者と話せない状態の不安症)の人だった。
「20人もいない全寮生のうち、3人が沖縄出身。不自然ですよね。
それだけじゃないんです。スタッフのひとりが指折り数えて、『ちょっと前に沖縄の子が6~7人いた』と言ったんです。
大半が御殿場校に行ったそうで、沖縄に戻れてはいないんだということを知りました。
脱走して、空港から連れ戻された人もいたと聞きました。沖縄の子は帰りにくい。
土地勘がないし、逃げてもルートがバレるから。
おそらく手引する人物がいて、狙われたんだろうと考えました」(蒼真さん)
こう踏んでいた蒼真さんの想像は的中する。
両親に確かめたところ、ピックに来ていたあの3人目の男からワンステを紹介されていたことがわかったのだ。
母親は、相談に行った精神科医から、「いい人がいる」と紹介されたのがその男だった。
ちなみに母親が相談した精神科医は、蒼真さんは会ったこともない。
3人目の男は、沖縄県の若者支援でかなり有名な人物だった。
筆者が県に確認したところによると、男は当時、県のニート、ひきこもり、不登校の相談窓口を受託する団体の職員で、2018年2月には、県が5カ所で主催した支援者研修会で、講演者の広岡氏と共に県内を回ったということだった。
蒼真さん以外の沖縄出身の生徒が、どんな経緯でワンステに連れてこられたのかはわからない。
ただ、筆者も蒼真さんがワンステに連れてこられるだいぶ前から、内部の生徒からの情報として、「沖縄の子たちが次々と連れてこられている」とは聞いていた。
沖縄の若者支援の現場は、遠い神奈川県の民間支援者に親たちが頼むほど機能していないのか。
現場の様子が気になり、何人かの支援者に最近の状況と「神奈川県の自立支援施設に沖縄の若者が集められている背景への心当たり」を尋ねてみた。
すると、「3人目の男」が主宰していた支援団体から、何も支援されずにリファーされてきた若者を引き取った支援団体や、「貧困支援で、県外の有名支援団体が沖縄になだれ込んだ影響」を指摘する地元の老舗支援団体の主宰者などがいた。
そのうちの一人が言う。
「働いていないことを責めたり、本人が嫌がるのに引き出そうとするようなやり方は、元々『うちなーんちゅ』の支援文化にはないんですよ。
それがいま、内地からの支援者が増えて変わってきています。(蒼真さんのピックに来た)彼も内地からの人です。
あと5年も経てば、沖縄のゆったりしたひきこもり支援の文化は入れ替わってしまうんでしょうね」
沖縄県全体でひきこもり支援の文化そのものが変わるなか、地域に大きな影響力を発揮していたひとりが、「3人目の男」のようだった。
そんな彼が、沖縄で、ワンステの「ピック」を行っていたのだった。
■今日で拉致から1年が経ちます
今年8月半ばのある日、蒼真さんから長めのメッセージが届いた。
「今日で拉致から1年が経ちます」
そう始まり、これまでのお礼が綴られていた。
若く、社会経験も少ない蒼真さんだが、こうした丁寧で律儀なコミュニケーションには、いつも感心させられる。
筆者は、数多くの引き出し屋の被害者を取材するなかで、業者の暴力的な「支援」によって傷つけられたまま再出発した人たちのことを、「サバイバー」であると思うようになった。
蒼真さんにもそう伝えると、彼は涙ぐんだ。
「家族が関わって、あの地獄を味わったと思うと、気持ちが収まらなくなる。とにかくずっと悔しい」/筆者撮影
蒼真さんは、「ワンステ後の気持ち」について、こう話してくれた。
「いまも、親に連絡すると、感情的に恨みを口にしてしまい、とても苦しいです。
確かに、僕が“プー太郎”状態だった時、思いつめて、親に『殺してくれ』と言ったことはありました。
親も不安に思って、藁にもすがる思いだったんだろうなと理解しています。
でも、今僕がピックされて、どれだけつらい思いを味わってきたことを伝えても、親は『ワンステに頼んだことは正しかった』との考えを変えようとはしてくれません。
最初は怒りしかありませんでしたが、今は呆れに変わってきました。
だから、ワンステに関する話は、ケンカになるからしないようにしています。
家族が関わって、あの地獄を味わったと思うと、気持ちが収まらなくなる。とにかくずっと悔しさでいっぱいです。
親ですから、僕のことを嫌いなわけではないのはわかる。だけど複雑。親への気持ちをどうするかは、今も模索中です。
沖縄の人たちには、こういう施設で、被害が出ていることを、知ってほしい。
内地(県外)の情報が少ない沖縄では、親も不利、ひきこもっている人はもっと不利だと思います。
脱走してから、他にもいろいろな施設での被害者がいることを知りました。
国には、被害者の人たちの意見を取り入れて、法整備をしてほしいと思っています」
妹の今年3月の誕生日には、何も買ってあげられなかった。
「こんな兄でごめんね」と、蒼真さんは遠くから思っている。
加藤順子 ライター、フォトグラファー、気象予報士
〔2020年10/27(火)加藤順子 | ライター、フォトグラファー、気象予報士〕

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ネットの世界と不登校 精神科医が解説「ネットが不登校の子の救いにならないこれだけの理由」 インターネットに依存することには、どのような問題点があるのか。精神科医の遠山高史氏は、「ネットの世界は多様性に富むように見えて、パターン化された関係の繰り返しの世界でしかない。そこでは豊かな人間関係を学ぶことはできない」という――。

※本稿は、遠山高史『シン・サラリーマンの心療内科 心が折れた人はどう立ち直るか「コロナうつ」と闘う精神科医の現場報告』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■均一な価値観から生まれる「スクールカースト」 登校を渋る子供たちの多くが、クラスの仲間のいる教室に入るのが苦痛であるという。 同じ宿題、同じ試験問題で出来不出来による差別化が起こる。同じ年齢を一律に集めると成績順が歴然としやすく、クラスの仲間は友達である以前に競争相手となってしまうのだ。 アメリカには例えば1年生から6年生までを一つにまとめた縦割りクラスで教育する学校がある。

そうした環境では子供たち相互の関係がパターン化せず、より多様になる。上級生は自ずと下級生の粗暴な行為を抑止し、弱い子供を保護しようとするため不登校やいじめは起きにくい。1軍、2軍、3軍カーストといった格付けをしあう「スクールカースト」も生じにくいだろう。 ある大学の非常勤講師として、介護系資格を取得するための講座を受け持った。実に教えやすいクラスであった。通信教育で高卒資格を得た不登校気味の生徒や、失職し第二の人生を始めようと社会人枠で通う中年の男、風俗で働くシングルマザー、夜の仕事でダメな亭主を支える主婦──。 教室では多様な経歴をもつ人々が互いに協力しあう光景が常にあった。 若い学生は社会人のクラスメートから教科書では学べない人生のリアルな経験を教わっていた。出席率は高く、同年代だけ集めたほかの授業にある私語も、ほとんどなかった。 そこにはにわかづくりとはいえ、多様な生き方を学習できる、豊かなコミュニティーができていたと思われる。

■ネットが捉えきれない複雑でファジーな“匂い” 不登校に陥りやすい子供たちは、多様な価値観が許容されるコミュニティー経験に乏しいことが多い。 平等を掲げ、均一を是とする価値観を押し付けられると、どうしていいかわからなくなりやすい。適応の程度によって序列化されることを嫌い、引きこもるようになる。

ネットは窮屈な現実に辟易する子供たちの前に開けたいわば別天地である。ネットやゲームのコミュニティーにひとたび入り込めば、いかような生き方も許される自由があり、常に主人公であり続けられる楽園が広がる。 労せずして脳の快楽中枢を満足させうるのである。しかし、そこは多様性に富むように見えて、パターン化された関係の繰り返しの世界でしかないことに思い至らない。 ネットの情報はほぼ視覚情報に特化しているが、人の視覚はたった4個しかない受容体の組み合わせで情報を認識する。その単純さゆえ、簡単に人をわかった気にさせてしまう。 しかし、視覚は自然の一部としての人間の営みを表面的にしか把握できない。 いまだファジーさをAIが取り扱えないことからもわかるように、ネットはファジーさを本質とする自然の把握にさほど有効な手段ではないのである。

実は鳥類を除くほとんどの動物は視覚以外の感覚で世界を把握している。例えばネットが苦手とする嗅覚情報は、人間で400、象に至っては2000もの受容体の組み合わせで把握される(東原和成東大教授)。 それによって認識される世界は、視覚だけで感じ取る世界よりはるかに豊かで奥深いはずである。息子の顔を認識できない認知症の老人でも匂いには正しく反応することはよく知られている。 実際、人と人との触れ合うコミュニティーはさまざまな匂いに満ち(ほとんど無意識だが)、それが相互の深いつながりを生んでいる。 電気信号でしか結ばれないネットの世界は本当の自然からほど遠く、貧しい。ネットから子供たちを取り戻さねばならない。

■睡眠負債のSE、2万通のメールでうつ状態に 毎日4~5時間の睡眠で仕事してきたSEはいわゆる睡眠負債で頭が働かなくなり、1カ月の休みを取ることになった。 長年の睡眠負債は1カ月程度で解消できるものではないが、チームの責任者である本人の希望に沿って、出社してよいとの診断書を書いた。 しかし、いざ出社してパソコンを開いたら、ざっと2万通ものメールが届いているのを見て再びうつ状態となり、休むことになった。 情報は増やす分にはほとんどエネルギーが要らないが、削除するのに膨大な労力を人に強いる。 例えば、コピー機で大量に情報を複製するのも、ネットで情報を拡散するのもボタン一つでできるが、そのすべてを消し去るのは容易なことではない。

ツイッターやSNSで、画面の向こうの素性も知れない相手にこちらの情報を、時に自分の裸の写真まで添えて投稿してしまうのも、動かずして英雄になれるネットゲームにハマるのも、さしたる労力を使わないからである。 ネット空間において情報は川が流れるように自ずとエントロピー(乱雑さを表す物理量)増大へと向かう。 結局、増やしすぎた情報を削除するというエントロピー減少の作業に、人の営みは費やされるようになる。 いったい2万通のメールのほとんどはどうでもいいものだが、似たようなものの中に重大なものも混在し、あっさりまとめて削除とはいかない。 そもそも情報が多すぎて、まともに重みづけができないのである。

■薬の効能書には大量の細かい記述が並ぶ ときどき戸惑うことの中に、薬剤についての医師と薬剤師の意見が微妙に食い違うことがある。 薬剤に関する情報はかつてとは比べものにならないほど増えており、専門に処方する医師でさえ十分把握できているとは言い難い。 そうした中で薬剤師の指摘が医師のうっかりミスを防いでくれることもしばしばである一方、時折、医師と薬剤師との間で情報の重みづけが異なり、二者の説明が調和しないことで患者に無用な不安を与えることがある。 薬剤を説明する効能書には、大量の細かい記述が並び、読み取るのに骨が折れる。 特にリスクについては念入りに書かれているものの、重大なリスクと滅多にないリスクとの区別はあやふやである。 医師と薬剤師とはそもそも経験の質が異なり、拾い出す情報も同じとはならず、リスクについての重みづけに乖離(かいり)が生じやすい。

■あふれる情報に踊らされ破局を招く現代人 あまり知られていないことのようだが、脳は情報を集めるシステムではなく、感覚器を通じて押し寄せる無限の情報のほとんどを削除し、必要な情報を拾い出す高度なシステムである。 脳は、骨の折れる生身の体験に基づいて重みづけをし、有用な情報を拾い出す。情報を無差別に蓄積するシステムとは比較にならないエネルギーが要るのだ。 薬剤の効能書が、いかに細かに隙がなく網羅されていたとしても、それは氷山の一角のような情報に過ぎない。

それらの下に隠れて見えない部分を予測するには、多くのリアルな臨床体験が不可欠となる。 現代人は、どれを削除すべきかの区別さえ定かでないまま、溢れる情報の整理に追われ、たまたま目に付いた情報に踊らされ、人生を生き抜く糧となるリアルな体験を重ねる余裕を奪われているように見える。 それは水面下の巨大な氷をかえって見えづらくさせ、タイタニックのような破局を招くかもしれない。

遠山 高史(とおやま・たかし) 精神科医 1946年、新潟県上越市生まれ。すぐに東京に移り、そこで成育する。千葉大学医学部在学中に、第12回千葉文学賞受賞。大学卒業後は精神病院勤務を続け、1985年より精神科救急医療の仕組みづくりに参加。自治体病院に勤務し、2005年より同病院の管理者となる。2012年、医療功労賞受賞。2017年、瑞宝小綬章受章。自治体病院退職後、2014年に桜並木心療医院を開設。現在も診療を続けている。46年以上にわたり臨床現場に携わった経験を生かし、雑誌『FACTA』(ファクタ出版)にエッセイを連載中。著書に『微かなる響きを聞く者たち』(宝島社)、『ビジネスマンの精神病棟』(JICC出版局。のち、ちくま文庫)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)など多数。千葉県市原市で農場を営み、時々油絵も描いている。

精神科医 遠山 高史 〔2020年10/27(火) プレジデントオンライン〕


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食べられない子どもたち 食べられない子どもたちの現実“SOS”を見逃さないために大人ができること THE PAGE 「晩ご飯は一応食べたんですけど、おかずは大学芋しかなかったのでお腹が減って……」 学習塾を運営していると、ふとした瞬間に生徒の家庭状況を垣間見ることがある。塾である以上、学力の向上が一義的な目的だ。しかし、生徒らが発する有言無言の“SOS”を見逃さず、できる限りの支援をすることも大きな柱としている。今回は、自宅で食事をまともに食べることができない子どもたちの現実を紹介したい。(食事付き無料学習塾・濱松敏廣塾長)

余ったカレーで知ったSOS この日の出来事は、朝食として用意したカレーが手つかずのまま20人分ほど余ってしまうという想定外のハプニングが起き、私が夜になってから気付いたことに始まる。数年前のことだ。

当時、筆者は東京・新宿のマンションの一室で、運営する無料塾の塾生や近隣の小・中学生を対象に無料の朝食カレーイベントを週2回ほど行っていた。 慌てた私は塾生をはじめとする子どもたちに、午後8時を過ぎてからメールで緊急夕食会を呼び掛けた。すると、急な連絡にも関わらず午後9時を過ぎた頃からお腹を空かせた子どもたちが10人ほど集まって来た。その中には朝食カレーイベントの常連で、塾生でもある中学2年男子A君とその妹Bも来ていた。

「突然の連絡だったのに、来てくれて良かったよ。ところでA君の家は晩ご飯、いつもこんなに遅いの?」 中学1年時から当塾に通う彼に対し、何気ないコミュニケーションのつもりで質問をしたところ、彼の口から冒頭の発言が出た。 痩せ型とは言え身長170cmを超えている彼から、まさかそこまで厳しい食生活に関する話を聞かされるとは想像をしていなかった。正直とても面食らった。

他の子どもも居合わせていたこともあり、その場では平常心を装ったが彼の食生活が内心とても気になった筆者は、この日の状況が彼の日常ではないことを祈りつつ、後日改めて話を聞くことにした。しかし、残念なことに実態はもっと深刻だった。彼の保護者は諸事情から睡眠薬を日常的に服用しており帰宅後に寝てしまうことがあるため、家での夕食はご飯が炊かれているだけ。ご飯すら忘れられている時があると言うのだ。 当塾では貧困やネグレクトなど家庭に事情を抱える生徒を優先的に受け入れる目的から、入塾時に保護者から課税証明書や世帯全員記載の住民票、食事や学校生活に関するアンケートを取る。そのため一般的な無料塾よりも塾生の日常生活を把握している自負もある。保護者の生活実態について詮索することはしておらず、する予定もないのだが、A君のように生徒本人が我々を信用してSOSを発してくれる場合はその家庭の暮らしぶりをうかがい知ることになってしまう。

我々の活動の一義的目的は子どもたちへの学習支援だ。コロナ禍を受けた今年の4月には学習支援を継続するため全面的なオンライン授業への切り替えを決断した。さらに、人数制限や検温・アルコール消毒に加えて、支援企業の協力のもと有名病院に導入されている機器と同型の紫外線殺菌システムを各自習室に設置することはできた。 一方で、食事の提供も引き続き行えるよう、9月からは新たな活動拠点を都内に開設した。目下の課題は食事支援の方法や頻度に尽きる。

朝食を提供する意味 なぜ当塾では食事の提供を重視するのか。

それは、学力の向上と食生活には因果関係があると考えているからだ。学力向上のスキルだけに目を向けるのではなく、次世代が心身を健全に育むことのできる環境を整えることこそが本質的な集団的学力向上につながると信じているため、小規模の塾であっても食事の提供にこだわっている。 筆者自身、安心して食事すら出来ない生活環境で育った。その経験があることも無縁ではない。

朝食カレーイベントに来ていたA君を含む複数人の塾生が、週2回の朝食カレーイベントに積極的に通い食事を摂ることで、特にネグレクト環境におかれていた塾生は落ち着きが生まれるだけでなく成績が向上した。また、不登校気味だった複数の塾生も登校頻度が上がった。

ある中学生の塾生は、朝食カレーイベントをきっかけに本人が朝食習慣をつけたいと考え、近隣に住む親せき宅を頼りながら朝食を習慣化させることができた。そして高校進学後は、なんと学内定期考査の偏差値が70を超えるようになったと言うのだ。 もちろん、貧困を起因とする場合など保護者だけの責任ではないことも多々ある。周囲の大人や公的機関など社会が食を含めた生活環境を支援することさえできれば、どの子どもも多方面で活躍できる人材に育つ可能性は十分にある。

「SOS」に気付くには 新型コロナの流行以前から、家庭や学校などで問題を抱えた子どもたちと毎週膝を突き合わせて塾運営を行ってきた。オンライン授業になっても、相変わらず様々な事情を抱える子どもたちも参加しているし、また自習室を積極的に利用している子どもたちもいる。それらの経験から、最後にまとめさせていただきたい。

食事を摂る塾生と当塾のボランティア学生講師たち(写真提供:濱松敏廣)

さまざまな環境下におかれた子どもたちを、毎年一人ひとり注意深く見ていて気付いたのだが、十分に食事を摂取していない、あるいは偏食の子どもの多くは保護者との関係が良くない。家庭内でまともな会話がなく、ひどい場合にはネグレクトに遭っていることもある。 例えば、偏食傾向の激しいとある女子中学生は、家庭にガス台はおろか調理器具がなかった。さらに「食べると太る」から、と母親が食事を家で作らないのだという。この家庭の実態はなにも生徒側から積極的に語ったわけではない。偏食などを心配した担当講師の女子大生が継続的に相談に乗ったところ、多くのことが判明したのだ。

別の偏食傾向が強い女子中学生は、好きな肉料理が家の食卓にはほぼ出ないことから朝食カレーイベントに来たと打ち明けた。この家庭もまた、母親がこの世話をしないネグレクト家庭だった。家庭に問題を抱える子どもは多いが、食べられない子、偏食の子の例だけでも枚挙にいとまがない。

では、どうすればこれらのSOSを大人が察知することができるのか。唯一絶対の方法はないが、子どもたちと日々接していく中で見えてくることがある。家庭で食事を摂れていない子どもたち、偏食傾向の強い子どもたちも、表情がない、無感動、聞かれたことにしか答えない、などの特徴を併せ持つことが多い。それに気付くことができるかがポイントだ。 当塾には幸いにも多くの“目”がある。共に食卓を囲む中で、塾生たちからすると同年代同士だけでなく、ちょっと年上のお兄さんお姉さんと会話する機会が生まれる。異変(SOS)に気付くことができる他者が多くいる場所になっているのだ。食事付き学習塾の強みでもある。

大人に必要なのは「寄り添い」と「信頼」 「教育格差の是正」と言う大義に引っ張られすぎると、教育者・講師の中には学習スキルを伝授することや学校の成績を向上させることにのみ固執してしまう者が出てくる。そうすると、子どもたちからの無言のメッセージ、無意識に発するSOSのサインを見逃すことにもつがりかねない。彼らが一度心を閉ざしてしまうと信頼関係の再構築は簡単ではない。 そこで我々運営スタッフは、子どもたちのSOSや背景を「甘え」と軽視することのないように教室を見渡し、塾生の表情や講師らの対応に気を配るよう心掛けている。 子どもらの抱える問題への対応策は多様だ。学習支援だけではなく、食事であったり、先生とのふれあいであったり、静かな学習環境であったり、見守り励ましてくれる大人であったり……。塾の場で解決できない課題も実に多い。

究極の教育は言葉で勉強の“正解”や、“正しいマナー”を教えることよりも、やさしい眼差しを向けながら子どもに寄り添い、彼らを信じ、成長や場合によってはSOSが来るのを待つことなのだ。子どもたちには、やさしい眼差しを持つ大人と過ごす時間を持ってほしいと思う。同時に、子どもたちを見守るとともに、敏感にSOSを感じる、そんな大人が増えていくことを筆者は望んでいる。 食べることができない、というSOSを発信しようとしながら、気付いてもらえていない子どもはあなたの身近なところにもいるかも知れない。

※当塾では苦手なメニュー(アレルギーは除く)に対し、どんなに少量でも一口は食べる、手をつける前に量を減らす、または友達や先生にお願いして食べられる人に食べてもらうように指導をしている。 〔2020年10/27(火) THE PAGE〕

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ニッポン放送「すくすく育て 子どもの未来健康プロジェクト」 尾木ママこと尾木直樹、いじめは「いじめる方が200%悪い」 ニッポン放送「すくすく育て 子どもの未来健康プロジェクト」(10月25日放送)に、教育評論家の尾木直樹が出演。教師時代の思い出と、いじめについての自身の考えを語った。 自見はなこ:前回は尾木ママが学生時代に、体罰を目の当たりにされたお話を伺いました。そんな尾木ママが、なぜ教師を目指したのでしょうか?

尾木:実は、就活のときまで教師になろうとは思ってもいなかったのです。ジャーナリストや雑誌の記者など、文章関係の仕事に関わりたいと思っていました。でも就職で悩んでいたら、母親が「直樹は学校の先生がいちばん向いているよ」と。僕は学校の先生がいちばん嫌いなのに、なんて理解のない親だろうと(笑)。しかし母は、「だから向いているのよ。反抗心を持っている子や、不登校の子供の気持ちがよくわかるから、いい先生になれるわよ」と。

自見:お母様も小学校の先生でしたよね。

尾木:本能的にわかったのかも知れませんね。

自見:尾木ママは1974年から教壇に立たれたそうですが、そのころは校内暴力が全盛だったそうですね。その時期に毎日、学級通信を独自に発行されていたのですか?

尾木:そうです。いちばん多かった年は、1年で333号つくりました。「きょう、こんな素敵なことがあったよ」と、いいことを報告する新聞なのです。

自見:手書きのものですか?

尾木:手書きです。朝だけでなく帰りにも書いて、朝刊、夕刊と配っていました(笑)。目立たない子などに焦点をあてて、「この子はみんなが帰った後にゴミを捨ててくれたよ」など、いいことしか書きません。それを読むと人間認識力も出て来て、仲のいいクラスになるのです。

自見:いまは、いじめが社会問題になっています。解決の糸口を、どうお考えになりますか?

尾木:いじめの原因はストレスです。悪いストレスを排除して行くという方法をとるのが1つ。それと、よく「いじめられる方も悪い」と言う人がいますが、それはありません。いじめる方が200%悪いのです。いじめる側の子は、「だってあの子は嘘を言うし、遅刻もする」などと悪い点をあげつらいますが、人間には誰しも弱点があります。それをいじめという形で攻撃することは、とても恥ずかしいことです。もし問題点があるなら、それは問題点として指摘し、サポートしてあげればいい。いじめは人権侵害であり、虐待行為です。僕は絶対に許しません。

また逆に、長く教師をやってわかったことですが、いじめられることで自分の存在を感じる子もいるのです。いじめられても「先生、僕は気にしてないよ」とニコニコ笑っていたりします。僕は、いじめられていることに対し、「悔しい! 許せない!」と思う子になって欲しいと、そのいじめられていた子に言ったことがあります。もちろん、いじめていた子達も注意しました。

「彼はいじめられて喜んでいる。先生から見てもそうだった。でも、それを楽しむような人間になってはダメだよ」と言いました。すると、彼らは中学1年生でしたが、両方にちゃんと伝わりました。 〔2020年10/27(火) ニッポン放送〕

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埼玉県「どこでも知事室」 困窮世帯の子どもたちへの学習支援について意見交換/埼玉県 大野知事自ら現場に出向き、県民の声を県政に取り入れる「どこでも知事室」が東松山市で開かれ、生活困窮世帯の子どもたちへの学習支援について関係者らと意見交換が行われました。

「どこでも知事室」に参加した彩の国子ども若者支援ネットワークの白鳥勲理事は、分数を習う小学3年生の頃から学力の差が生まれることなどを説明しできるだけ早い支援が求められることを強調しました。

また、不登校だった子どもも学習支援教室に通うと徐々に表情が明るくなり学校に通えるようになったりする例も紹介されました。 大野知事が「いま、課題はあるか」質問すると「もっとたくさんの人で支える必要がある」「学校の先生も含めてもう少し理解してもらいたい」といった意見が相次ぎました。

また、「どこでも知事室」に先立ち大野知事は、東松山県土整備事務所のサテライトオフィスを訪れリモートで、地域政策課長から移住促進に関する施策の報告を受けました。 県は、業務の効率化を図るためさいたま市や朝霞市など県内16か所と県東京事務所にサテライトオフィスを設置していますが、今後は都の職員も活用できるよう調整をすすめているということです。 〔2020年10/27(火) テレ玉〕

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ページ名 いもいも教室 神奈川県横浜市 (居場所・神奈川県  )
不登校は子どもの責任ではない、子どもたちの「生き生き」を奪っているのは誰なのか
  いわゆる不登校など、学校が「問題あり」とする子どもたちが増えているという。
学校生活に馴染めないでいる子も多いという。それを、子どもたちの責任にしたがる傾向も強い。
しかし「生き生き」を失っているのは、子どもたち自身が責めを負うべきことなのだろうか。
子どもたちの「生き生き」を奪っているのは子どもたちの責任ではない、と「いもいも教室」の「森の教室」を見学してみて、あらためて強く感じた。
進学有名校の教員を辞めて始めたこと
進学校として知られる神奈川県の栄光学園中学高等学校で数学を教えていた井本陽久さんが、同校を辞めて(現在は非常勤講師)始めたのが「いもいも教室」だ。
栄光学園時代から井本さんの授業はユニークなもので、教科書を使わず、主に手作りのプリントが使われ、「教える」のではなく「子どもたちに考えさせる」ことに主眼がおかれていた。
栄光学園での授業を見学させてもらったことがあるが、とにかく子どもたちが考えに考えることを求められるものだった。
黒板を眺めてジッとしている子など1人もいず、プリントに向って一心に考え、クラスメイトと意見を交換し、発表する。
その合間には、「その考え方、スゲェーな」とか「それは、オレも考えつかなかったわ」という井本さんの声も飛ぶ。教室全体が、生き生きしているのだ。
その生き生きを、栄光学園だけでなく、もっと広めたいとの思いから井本さんが始めたのが、「いもいも教室」である。
数学だけを教える教室ではない。もちろん数学を教えるプログラムもあるが、ほかにもいろいろなプログラムが組まれている。
どの子が不登校なんですか?
今回見学させてもらったのは、プログラムのひとつで、スタートしたばかりの「森の教室」だった。
この日の会場となったのは、東京都八王子市にある「夕やけ小やけふれあいの里」だ。
JR中央線の高尾駅から、さらにバスで30分ほど山を登っていったところにあり、東京都内とはおもえない自然豊かなロケーションである。
これが普通の学校行事ならびっしりとスケジュールが決められていたり、着くなり教員が細々と注意を与えたりするのだろうが、そういうことは森の教室にはいっさいない。
大まかな「やれること」は示されるが、「やらなければならいこと」はない。
入園すると、子どもたちはそれぞれの楽しみ方をみつけていく。
遊具で遊びはじめる子もいれば、飼われているヤギに目を奪われている子もいる。
園内の木に巣をかけているクモに夢中になっている子たちもいる。
コンクリート地面にチョークで絵を描ける場所もあるのだが、子どもたちはあまり興味がなさそうで、気がつけば、夢中になって描いているのは付添のはずの親や講師たちだけといったことになっていた。
この日のメインイベントは川遊びだったが、前日まで降りつづいた雨のせいで水量も多く流れも早くなっている。
そのため、残念ながら断念。しかし、子どもたちは少しもめげない。水遊び場をみつけると、そこで遊びはじめた。
普段なら流れになっているとおもわれるのだが、その日は流れていなかった。
ちょっと小さめの池と言えば聞こえがいいが、水たまりだ。
教師に水を浴びせる子どもたち  (撮影:筆者)
最初は「冷たい」とか言っていたが子どもたちが、水の感触を楽しむように水にはいって歩きまわり、すぐに水かけっこがはじまった。
帽子に水をいれて、濡れるのが嫌だと逃げ回る講師を追いかけまわしている子もいる。
みんなが笑い転げ、走りまわっている。そこには大人が注意したり、指図する神経質な声はいっさいない。
「不登校っぽい子もいるけど、そうは見えませんよね。
学校に行くと、教室の隅でポツンとしている子もいるんですよ」と、井本さんが言った。
それを聞いて、意外な感じだった。そう言われても、どの子が不登校なのか、さっぱり分からなかったからだ。
それくらい、どの子も生き生きと遊びまわっている。
森の教室は不登校の子たちだけを対象としているわけではない。どんな子でも生き生きできる場として、森の教室がある。
大勢のなかが苦手な子が、みんなの真ん中で笑っていた
そのうち焚き火をやることになって、講師の土屋敦さんが火打ち石をとりだして、やってみせる。
「はい、集まって。こうやって、やります。よく見て」なんてことを土屋さんは言わない。
ちょっとやってみせて、あとは放っておく。
子どもたちは、いっしょうけんめい火打ち石で火をつけようとするが、なかなかうまくいかない。
金具で火打ち石を打ち擦るようにして火花をださなければならないのだが、叩きつけたり、横から打ってみたりと子どもたちは悪戦苦闘を続ける。
うまくいかないからといって、土屋さんが細かく教えることもない。ただ、訊かれたら答える。
叩きすぎて火打石が割れてしまったりするのだが、それでも簡単には手を貸さない。
もちろん、石を割ったからといって、注意したり、怒るなんてこともない。
それぞれが、勝手に熱中している。
それでも、何人かが火をつけるのに成功した。
しかし前日の雨のために種火にするための小枝や葉っぱが湿ってしまっていて、なかなか炎にまで成長させられない。
学校行事なら「時間がないから、これで火をつけます」と教員がライターかマッチをとりだすかもしれないが、「つかなかったらつかなかったで、それも経験だから」と土屋さんは涼しい顔をしている。
飽きてしまって、鬼ごっこをはじめた子どもたちもいた。
炎にするのではなく、ただ火打ち石で火花をだすことに夢中になっている子もいる。
そんななかで、炎にすることに熱中している男の子がいた。
フーフーと息を吹き込んだり、小枝や葉っぱの位置を工夫してみたり、紙をつっこんでみたり、いろいろやっている。
そのうち、炎になってきた。今日は無理だろうなと大人たちもおもっていたのだが、その子がみごとに焚き火に育ててしまった。
「すごいね」と言いながら、遊んでいた子たちも火のそばに寄ってくる。男の子は満足げだった。
「最初は『火をつけるのなんか嫌だ』って言ってたんだけどね」と、講師の土屋さん。
「あの子は大勢が集まるところが苦手で、それで学校生活もうまくいっていない」と井本さんが教えてくれた。
そんなことは嘘のように、みんなの真ん中で男の子は笑っていた。生き生きしていた。
不登校になっているという子も、問題があると学校にはおもわれいる子も、みんなが生き生きしている。
生き生きできないのは、子どもだけの責任ではない。
子どもから生き生きを奪ってしまってるのは、学校や大人の側ではないのか。
そのことを、正面から問い直してみる必要があるのではないだろうか。
<次回に続く>
前屋毅 フリージャーナリスト
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。
最新刊は『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)。
ほかに、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他の著書に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『洋上の達人-海上保安庁の研究-』『日本の小さな大企業』などがある。
■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)
〔2020年10/28(水)前屋毅 | フリージャーナリスト〕

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ページ名 みやぎ子どもの心のケアハウス   (不登校のニュース、  )
不登校児ケア事業、支援継続の自治体補助 宮城知事方針
東日本大震災などの影響で不登校となった児童生徒をサポートする宮城県教委の独自事業「みやぎ子どもの心のケアハウス」を巡り、村井嘉浩知事は27日、本年度で事業期間を終える19市町が支援を続けたい場合、経費の一部を県が補助する方向で検討していると明らかにした。
仙台市内であった県市長会との懇談会で表明した。
村井知事は将来的に、ケアハウスの運営を市町村教委に委ねる考えを示した上で、支援機能を維持する必要性を指摘。
補助の財源として、震災後の寄付金を原資とする「みやぎこども育英基金」の活用を挙げた。
県教委によると、事業は第1期(2016~20年度)に19市町、第2期(19~23年度)に14市町村が参加。
本年度で終了する第1期の一部自治体からは継続を望む声があり、年間約1000万円の経費負担が課題となっていた。
ケアハウスは(1)児童生徒の相談(2)学習指導(3)保護者支援-の拠点として機能。
保護者を含む対応件数は17年度2350人、18年度3489人、19年度4874人と増加傾向にある。
文部科学省の19年度児童生徒問題行動・不登校調査によると、宮城の1000人当たりの不登校児童生徒数は前年度比2.1人増の24.0人。
4年連続で全国最多だった。
〔2020年10/28(水) 河北新報〕

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中川翔子  ひどいあだ名に苦しめられた中学時代 それでも出会えた「しょこたん」に感謝 タレントの中川翔子が28日、TBS系「グッとラック!」で、中学生時代につけられたひどいあだ名に苦しめられた過去を振り返った。 番組では、小学校であだ名禁止がルールとして広がっていることを取り上げた。 中川は番組のインタビューに「胃が悪くて精神的にしんどくなると、気持ち悪くなって吐いちゃったりとかよくしていた」といい、そのことからある日「ゲロマシーンが歩いてる、ハハハ」という声が聞こえてきたという。 ひどいあだ名を付けられても「言い返すこともできないし、呪いのノートにその人の顔そっくりに描いて、破いて燃やしたりしていた」と悔しさをにじませた。結局、中学校生活最後は不登校状態になってしまったという。

今はそのあだ名を乗り越えたのか?という問いには「心に刺さる攻撃でもあったりするので、全然乗り越えてない」といい「好きなことをひたすらやった。絵を描いたり、歌ったり、アニメ見たり、ネットやったりとか、そういうことをしている状態でいないと、嫌なことを思い出してしまう」と家ではひたすら好きな事に集中して嫌な想いから必死に逃げたという。 そんな中川だが、学校でのあだ名禁止は「反対。ちょっと極端かなと思っちゃいます」と反対の姿勢。その理由について、現在、多くの人から呼ばれる「しょこたん」というあだ名に「感謝」しているといい「しょこたんのおかげで、子どもたちにも知ってもらった」と振り返る。 そして「あだ名が悪いのではない。攻撃する人物がいる状況、そこに先生がもうちょっと個別に向き合えないのか。あだ名イコールいじめではない」とも語っていた。 〔2020年10/28(水) デイリースポーツ〕

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中川翔子 中川翔子ひどい“あだ名”のせいで苦しめられた過去語る やがて不登校状態に…現在も「全然乗り越えてない」 タレントの中川翔子(35)が28日、TBS系「グッとラック!」にビデオ出演し、中学生時代にひどいあだ名のせいで苦しめられた過去を明かした。 番組では全国の小学校に広がる「あだ名禁止」のルールについて紹介。学校側では「いじめにつながる」として、さん付けを推奨している。 中川は中学時代、胃腸が弱く、ストレスで吐いてしまうことがあったため、同級生から「ゲロマシーン」と呼ばれたことがあり、やがて不登校状態になってしまったという。現在でも「心に刺さる攻撃だったので、全然乗り越えてない」と傷付いていて、好きな歌やアニメに集中することで日々を過ごしているという。

そんな中川でも「あだ名禁止」のルールには「私は反対ですかね。ちょっと極端かなって思っちゃいます」との立場。現在のあだ名である「しょこたん」は「感謝してます」と気に入っており、「『しょこたん』のおかげで、子どもたちにも知ってもらった。『しょこたん頑張れ』って言ってくれる」と振り返った。 その上で「あだ名が悪いということではない。攻撃する人物がいる状況だと思う」と分析。「そこにちゃんと先生が個別に向き合えないのかな」と期待を込め、「あだ名イコールいじめではないですからね」と締めくくった。 中日スポーツ 〔2020年10/28(水) 中日スポーツ〕


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公的マネーが大株主、東証1部の8割 4年前から倍増
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が入る建物の入り口の看板=東京都港区
年金資産を運用する国の独立行政法人と日本銀行が、東証1部企業の8割にあたる約1830社で事実上の大株主となっていることが朝日新聞などの調べでわかった。
4年前の調査時から倍増した。
巨額の公的マネーは実体経済と乖離(かいり)した株高を招き、「官製相場」の側面が強まっている。
「安定株主」として存在することで企業の経営改善に対する努力を弱める恐れがある。
【写真】株価の推移と公的マネーの株式保有額
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀の3月末の保有分を、東京商工リサーチとニッセイ基礎研究所の井出真吾氏の協力を得て朝日新聞が推計した。
GPIFと日銀は信託銀行などを通じ、日経平均やTOPIX(東証株価指数)などの指標に連動した金融商品を買っている。
こうした指標に含まれる銘柄の株主名簿に名前は出ないが、間接保有している。
大量保有を報告する基準の5%以上を大株主としてみると、東証1部2166社(3月末時点)のうち約1830社で公的マネーが大株主になった。
両者の間接保有分が10%以上も約630社。
最も高いのは半導体大手アドバンテストの29・0%で、TDK26・6%など、20%超も28社にのぼる。
保有額全体ではGPIF36兆円、日銀31兆円と計67兆円分。東証全体の時価総額約550兆円の12%を占める。
〔朝日新聞デジタル2020/10/23〕

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学力なんて上がらなくていい 東大卒の数学教師「学力なんて上がらなくていい」子どもが“勝手に伸びる”教育法 有名進学校から東大のエリートコースを歩み母校の教師になったが、挫折を味わった井本陽久(はるひさ)さん。教師という枠にとらわれていたことに気づき、成績を上げるのではなく自分で考える学びの場を作った。“ふざけ・いたずら・ズル・脱線”によって、子どもたちが生き生きと輝ける環境づくりとは──。 ねらいは「上手に発表できること」ではない 「僕ね、子どもたちが笑顔で生き生きしているのを見るとうれしくなるんですよ。成績とか学力なんて上がんなくていい。そんなこと幸せには全く関係ないから」

井本陽久さん(51)は、昨年4月に栄光学園中学校・高等学校を辞め、数学の非常勤講師となった。栄光学園は、養老孟司さんを輩出した鎌倉市内の名門校。東大合格者数は全国トップ10に入る。井本さん自身も栄光学園の中高から東京大学に進学、その後、母校の教師となった。 現在、栄光学園での授業や長年続けている児童養護施設の学習支援に加え、花まる学習会で“ダメでいい、ダメがいい。”をスローガンに主宰する、みんなの学び場『いもいも』が井本さんの活動の中心になっている。 7月の夕方、JR東戸塚駅前にある花まる学習会の一室に中学生が集まってきた。新型コロナウイルス感染症による自粛が解除され、ようやく再開された『いもいも』。この日は、「表現・コミュニケーション教室」と「数理的思考力教室」の授業だ。1年生から3年生まで、さまざまな学校の子どもたちが通っている。

井本先生の教え子で、栄光学園の卒業生が3人で受け持つ「表コミ」は、この日はオンラインで自宅からの参加も可能。顔を出さない子もいるが、それも自由だ。 ネットで自宅と教室をつなぎ、ハイブリッドで進んでいく。オリジナルで考えたミニゲームをするうちに、子どもたちは自然に試行錯誤し、論理やルールの穴を見つけてふざけたりズルを思いつく。ゲームはなかなか進まないが、笑い声が絶えない。 学校に行っていない子もここでは安心して「自分」を発揮できる。1度、教室に入りさえすれば、次回からは例外なく自分の足で来るようになるという。この教室のねらいは、「自分が上手に発表できること」ではなく、「どんな人の表現やコミュニケーションも面白がれるようになる」こと。

大人たちは、授業を行う2時間(小学生は90分)の間、子どもたちがありのままで躍動し、没頭できる環境を作るだけだという。 「子どもたちが生き生きと輝きはじめるのは、“自分の考え方で考える。自分のやり方でやる”ときだけ。“ふざけ・いたずら・ズル・脱線”こそが、それを発揮する最大の場面です。でも、だいたい見学に来た人は何をやってるか全然わからないって言うんですけどね(笑)」

やんちゃで有名だった子ども時代 一方、「数理」は、栄光学園での数学の授業に近い内容だ。井本さんが時間をかけて用意した問題を生徒たちに提示する。短パンにサンダルばきの井本さんは、最初に謎なぞのような論理クイズを出して緊張ぎみの子どもたちをほぐし、子どもたちをあだ名や下の名前で呼ぶ。みんなに渡したプリントには9つの点が書かれていた。 「この9つの点のうち、4つの点を通る円をすべて書いてください。同じ半径の円は同じ種類と考えます」

授業ではたった1問だけしか問題を出さないこともある。あとは生徒が各自で考え、友達と相談して一緒にアイデアを出し合う。生徒がウロウロと教室を歩き回ることも、黒板を使って解くこともある。生徒たちはパズルやゲームにチャレンジするように「これ、いけそうだな!」「あ、違ったか」「こうしてみたらどうかな?」と声をあげ、前のめりに取り組む。問題を必死に考える生徒たちは真剣だ。 エリートから、学習環境が整わない子どもたち、発達障害や不登校など学校での居場所がない子どもたちまで、幅広い子どもたちと過ごすことが井本さんにとっての喜びだ。 神奈川県で3人きょうだいの末っ子として生まれた井本さんの子ども時代は、まさに昭和のやんちゃ坊主だ。6つ上の姉・詠子さん、3つ上の兄・温也(あつなり)さん、両親。祖父母も近くに住んでいた。

姉の詠子さんは当時をよく覚えている。 「陽久は近所でも有名なくらいハチャメチャで、私も思春期のときは恥ずかしかったな。雨上がりには裸になって外に飛び出して、家の前の水たまりでチャプチャプ遊んでると思ったら、そのまま行方不明。ファミレスに行けば店じゅうの椅子の上を渡り歩いて大騒ぎ。それはもう大変でした。でも、わが家は比較的のびのびしていて、近所の人も温かく見守ってくれていましたね」

井本さん自身も子どものころの自分をこう振り返る。 「エネルギーがあり余ってたんです。考える前に動いちゃう。それでも全然怒られなかったし、愛されていることを疑うことさえなかった。とても恵まれていたと思います。 いちばんひどかったのは3、4年生のころ。先生にダメって言われることは全部やってました。人をびっくりさせたい、盛り上げたい、笑わせたいっていう気持ちが抑えられなくて(笑)」

宿題は一切やらない。忘れ物も多い。忘れ物をすると印をつける用紙が貼り出されていたが、忘れ物が多すぎて井本さんのところだけ枠が足りなくなり、紙をつけ足されるほどだった。それさえも人と違うことは喜びだった。立ちションをしてどこまで飛ばせるかを競ったこともある。 中2のころ、教師になると思った 「公園で友達と遊んでいたら、その子のお母さんが来て、ハルちゃんと遊んじゃダメでしょ、って連れて帰っちゃうことも。学校にも苦情がたくさん来てたみたいですね。母親が授業参観で学校に来ると、仲よかったお母さんに知らん顔されたって言ってました」

人をいじめることはなく、友達が笑って喜ぶことを率先してやっていただけだが、家に苦情の電話がかかってくるたび、母と一緒に謝りに行くのが日課のようなものだった。 「勉強しろって言われたことは1度もないんです。世間とか常識とか、そういうこともあんまり言われたことがない。うちはみんな自由な家系なんですね」 そんな状態から中学受験に向かったきっかけは、いちばん仲がよかった友達と遊べなくなったことだった。

「理由を聞いたら受験をするから塾に通い始めたって言うんです。僕は野球に夢中だったんだけど、塾の日と重なっていたから“野球やめる!”って宣言しました。家族はみんな驚いていましたね」 たまたま通い始めた個人塾の先生は破天荒で、塾長の人柄や勉強の面白さにのめり込み、エネルギーがすべて勉強に向くと、問題行動はピタッとなくなった。

「僕みたいな子どもでも親が面白がって自由にさせてくれたこと、あんなに好きだった野球をパタッとやめ塾に行き始めたこと、よくわからないまま入った栄光学園が自由な学校だったこと、そういうことすべてが僕にとってはすごい縁だし、何か意味があるんじゃないかと思うんです。あのときのやんちゃな僕がいたから今があると思います」 栄光学園は井本さんにとってかけがえのないホームとなった。中学1年生から、大学の4年間を除くすべてを、井本さんは生徒として教員として栄光学園で過ごしてきた。栄光学園の自由な校風も井本さんにフィットしたという。なかでも、校長が言ったこの言葉は今でも忘れない。

「人に迷惑をかけるなとよく言うけど、そんなことは思うな。100人のうち100人が違うと言っても、自分がそうだと思ったら人に迷惑をかけてでもそれをやり抜きなさい。そのかわり、人が自分に迷惑をかけてもそれを認めなさい」 ダメと言われるとやりたくなる井本さんにとっては、ベストな学校だった。 井本さんは中学に入っても、学校帰りの電車に迷い込んできた蝶々を見つけると車両の端から端まで追いかけるなど幼さは抜けなかったが、中学2年のころには、「栄光学園で数学教師になる」とすでに思っていたという。「なりたい」や「なるぞ」という強い意気込みではなく、きっと自然な流れでなるものだと思っていた。

「僕ね、不思議と何かの節目に、急に言葉が降りてくるような感覚があるんです。野球をやめると言ったときも自分でびっくりしたし、中学のときも、校舎の外階段を上がっているときに、『よし、勉強するぞ』って、ボッていう音が聞こえるくらい一瞬で発火したような感覚になったんですよ。そこから高3の受験が終わるまで毎日すごく勉強しました」 もともと好きだった数学は、中学1年生の最初のテストで60点だったが、定期試験のたびにテスト問題を自分で作って楽しみながら勉強した。2学期は66点、72点、3学期は84点、100点とどんどん上昇。 一方、数学以外の教科は、すべていい成績をとることを目指して効率よく勉強した。

東大合格の日は自宅に帰らず 「英語がいちばん成績よかったけど、やっぱり身にはついていないんです(笑)。テスト勉強ってまじめにやればできるけど、やっぱり本物の力は、おもしろがって自分で問いを立てたり考えたりしないと身につかない。 数学は、小学校5年生のころから問題を作っていて、あるとき塾の先生に問題を出したら、先生が僕が考えていたものとは違う答えを出したんです。僕の答えも正しいのに、違う答えがあった。そこに本質的な面白さを発見して、それから算数の問題を作るのがすごく面白くなりました」 中学、高校と成績もよく、東大へ。何がなんでも東大というよりも、受けてみたら合格したとサラリと話す。

「たまたま東大に入ったけど、どこでもよかったんですよ。教員になるつもりだったけど教育学部に行こうとも思わなかったし、何も考えてなかった。数学が好きだから入って、勉強もせずにテニスのサークルに明け暮れた4年間でした。親友ができたのも大学時代。あの時期は毎日、本当に楽しかったな」 東大の合格発表の日、結果を見た井本さんは、すでに結婚して家を出ていた姉の詠子さんの家に公衆電話から電話をした。 「えーこ(詠子さん)、俺、受かった。このまま友達の家に泊まって今日は家に帰らないから。よろしく」 家族にとって、井本さんが東大に進学することは喜ばしいことだった。それは当然のことでもあるが、詠子さんは、弟がそのことを嫌がる気持ちもよくわかっていた。

「ハルは昔から、頭がいいとか何かができるということでほめられるのが大嫌い。なのに、父も祖父も、ハルがすくすく育って栄光学園や東大に進学することが自慢だったんですよね。近所の人にもうれしそうに話すし、お祝いだって大騒ぎしちゃうから嫌だったんだと思います。でも皮肉なことに、掲示板の前でハルが胴上げされてる写真が偶然、新聞に載って、バレちゃって。それを見て両親は喜んでましたけどね(笑)」 兄の温也さんは脳性小児麻痺で、松葉杖を使っていた。井本家では、家族はみんな障害について全く特別扱いすることなく、きょうだいも対等な関係だった。養護学校(現特別支援学校)の友達が来て一緒に遊ぶことも、井本さんや詠子さんの友達が温也さんと遊ぶことも自然なことだった。きょうだいゲンカだってお互いに手加減しない。「優しくしなさい」「手伝ってあげて」などと言われることも全くなかった。 しかし、井本さんは、そんな環境の中で子どものころからずっと考え続けていることがあった。

「僕、走るのも速かったんですけど、成績がいいとか足が速いとか、そういうことは人生にとって本当に価値があることじゃないと思ってた。なぜかみんなにほめられるけど、僕がすごい人間だから足が速くなったんでも頭がよくなったんでもない。それが偉いなんて全然思わなかった」 井本さんは幼いころ、祖父母から天国や地獄など、目に見えない世界の話をよく聞かされていた。「死んだらどうなるんだろう」と考えることも多かった。 「自分がどっちに行くのかなってときどき考えてましたね。足が速いとか頭がいいから天国っておかしいでしょ? だから、持って生まれたものに、いいとか悪いとか、そんな不公平なことはあるはずがないという感覚がずっとあった。努力して手に入るものも同じです。努力できる環境がたまたまあっただけのこと。僕がたまたまこんなふうに生まれただけで、ほめられることもイヤだった」

サークルの人気者“イモニイ” 姉の詠子さんは、その話を聞いて、ふたりの弟についてこう話してくれた。 「アツ(温也)は、気持ちはすごく活発で、たぶん健常者だったら好きなところへビューンと行ってしまうような子だったと思います。だから、ハルをうらやましいと思うこともあっただろうし、ハルもそれを感じていたんじゃないかな。 何かと親戚で集まって大勢で食事をすることも多かったけど、いつもハルが面白いことをして、みんなを笑わせていましたね。ほめられるのは嫌いだけど、そうやってみんなをほぐしてくれる存在でした」

東京大学の入学ガイダンスで、井本さんは、知り合いもなくポツンとひとりでいた山根隆男さん(53)に声をかけた。 「僕は2浪して京都から上京してきたから、知り合いもいなくてひとりで座ってたんです。あいつは友達に囲まれてワイワイ楽しそうでしたね。でも僕を見つけて声をかけてくれました。第一印象もその後もずっと、裏表のないスレていない感じ。 それ以来、大学時代はずっと一緒に過ごしました。研究室もサークルも、テニスのペアも一緒。あいつはひとり暮らしの俺の家に入り浸って、家庭教師のバイト先からうちに“井本先生いますか?”って電話がかかってくるくらいでした」 同じテニスサークルで親友になった内山堅介さん(52)も、当時の様子を教えてくれた。

「東大って、大学デビューのやつが8割9割いるんですけど、あいつはホントにピュアで素直。最後まで全く変わらないやつだった。よく、からかったりしていましたね。あいつは人をとにかく喜ばせたい。いじられるのもOKだし、歌もうまいし、盛り上げ役。間違いなく人気者で、あいつがいたから僕たちも大学時代、本当に楽しかった。 “イモニイ”という呼び名も、大学で後輩から呼ばれるようになったんです。テレビ(NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』)で見たあいつと生徒とのやりとりなんて、サークルでの俺たちとのノリとほとんど同じです(笑)」 授業はどれも単位が取れるギリギリの出席日数で、テニスコートの予約をするため出席の返事をしてすぐに教室の窓から抜け出していた。テストではクラスメートに助けてもらいながらなんとか単位を取得した。それでも、教職のための授業は欠かさず出席していたという。

「井本は、世の中のしがらみとか、世間を上手に渡っていくとか、大人の忖度とは無縁の人間。企業とか絶対に向いてない。学生時代から子どもも好きだったし、教師は合っていますよね。今、すごく楽しそうでよかったなと思います」(山根さん) 天真爛漫だった井本さんが「真っ暗闇だった」というのが教員になった20代の数年だ。外では明るくいつもと変わらない様子で、友人や離れて暮らす家族からは何も気づかれないほどだった。 栄光学園の先生たちにも相談することなく、ひとりでずっと抱え込んでいた。教師としてというより、人としての自分に葛藤していた。 それまでは「自分のことをわりといいやつだと思っていた」はずだったが、公私において、自信をなくすきっかけとなることがいくつも重なったのだ。

教員生活で味わった「人生の暗闇」 栄光学園の教師になって1年目、大学時代から長く付き合っていた彼女にふられた。「大切にしていたつもりが、実は自分のいいようにコントロールしてたんじゃないか」と、ただただ彼女に申し訳なくなった。それまであった自分のあらゆる自信が一気に吹き飛んだ。 学校では新人の教員がいろいろな提案をしても、会議の議題にさえ取り上げてもらえない。自分では生徒たちに自由でいてほしいと思う一方、生活指導の担当になったときには服装を注意したり、厳しく叱ることも時折あった。 叱らないようにしようとする自分の行動さえ、「本当はイラッとしているのに、生徒によく思われたいから大目に見ているだけじゃないか」と思い始めた。

学校では笑顔で過ごし、生徒たちの前では明るくいい先生として振る舞える。生徒や保護者から慕われて、「井本先生は素晴らしい」と保護者に言われても、「本当の自分はこんなんじゃない」と自分のエゴが許せない。 ひとり暮らしの家に帰ると、自分で自分のことを罵倒する日が続いていたという。 教員7年目のある朝、起きると熱があった。学校に電話をして休むことを伝えると熱が下がる。そんなことを数日繰り返し、ふと気がついた。

「俺、不登校の生徒と同じだ」 慌てて着替えて学校に行き、午前中ずっとカウンセラーに話を聞いてもらった。抱えていたことを一気に吐き出すと、カウンセラーがこう言った。

「井本さんの中には、ものすごくおおらかで自由な軸と、ものすごくストイックな軸がある。それがぶつかってるから苦しいんだね。本当の自分はどっちだと思う?」 井本さんは答えられなかった。

「じゃあ、子どものころの井本さんはどっちだったの?」 それにはすぐに答えられた。

「自由でおおらかだった」 そして、思い出した。

「僕は本来、正しいとか正しくないとかどうでもよかった。人を笑わせたり、驚かせたり、緊張を解くことにしか興味がなかったんだ」 カウンセラーと話したことで、「この苦しさはずっと続くわけじゃない。いつか楽になるときがくる」、そう思えるようになり、少し楽になった。それでも、問題を抱えている生徒を担任することが続き、生徒に寄り添える先生でありたいという理想と、自分のずるさとの葛藤の中での苦しみは続いた。

「うわべで生徒と触れ合うことはできても、心の底から本当に思っていないと、その子の本当の力にはなれないんです。不登校の生徒や、家庭環境や本人の状況がとても難しい生徒に力になれない自分が嫌になっていた。だけど、あのときがあったから今の僕がある。そう思います」

「教師だから」という枠からの解放 井本さんが「真っ暗闇だった」と呼ぶ時期を、当時、校長として見守っていた神父の関根悦雄さん(70)は、こう振り返る。

「彼は与えられた仕事はまじめに一生懸命やる。でも天真爛漫な面も見受けられる。そして、疲れていても悩んでいても、明るく振る舞うところがあるんです。頼まれ、やると決めるととことんやってしまうので、そのあたりのバランスも難しかったと思います」 井本さんが担任を受け持ったある生徒が留年をしたときのことだ。責任感から、「勉強しろよ」「ちゃんとやっとかないとダメだぞ」などとその生徒に声をかけていた。しかし、その生徒は学校をやめてしまった。

「教員としてその生徒のためを思っての行動だったけど、それがさらに彼を追い詰めたんじゃないかと思いました。そこで、自分が人としてやりたくないことはもうしないと決めました。彼がそのことを教えてくれたんです」(井本さん)

それ以来、「教師だからこうするべき」という枠から解放された。生徒たちに服装を注意し、厳しく指導することはなくなった。学内やライブハウスなどで歌ったり、藤沢の養護施設に学習支援に出かけたりするようにもなった。 立場に縛られず、子どものころの自分のままで、生徒たちにちょっかいを出す。すれ違いざまに脇腹をチョンッとつついたり、肩や頭をポンッと軽く触ったり。愛情を振りまきながら校舎を歩く。

井本さんを見つけた生徒たちが、「イモニイ!」「パンツ見えてるぞ!」「早くお嫁さんもらえよ!」と声をかけると、その場にいるみんながドッと湧く。「イモニイ」の周りにはいつも子どもたちの笑顔があふれた。 気がつくと、自分のままで子どもたちに接することができるようになっていた。 「私の教員時代にも退学した子はたくさんいますが、大事なのは栄光を卒業することではなく、その生徒が自分として育っていくことです。何より井本さんは人が大好きですね。学校はどうしても生徒の評価をしなければならない場所ですが、それ以前に人として愛することが大切で、彼はそれができる。

栄光学園のMEN FOR OTHERS、WITH OTHERS(人のための人、人とともにある人)ということを彼は実践している。素晴らしい卒業生であり、よい教員ですよ。生徒たちと友達のように近しい関係も、うらやましいくらいです」(関根さん) 生徒たちと深く関わり、苦しみながら、自分自身を見つめ直す井本さんがいたからこそ、今のような子どもたちへの視点が培われてきたのかもしれない。

心が動くとまっすぐその方向に動く人 また、サッカー部の顧問を通して、子どもたちと違う角度からの関係性も構築してきた。ともに顧問として活動に関わった栄光学園の数学教員・日野俊一郎さん(45)は、井本さんが暗黒の時代を抜けたころに栄光学園に教師として勤め始めた。

「数学教師で論理的思考についての授業をしていますけど、普段の井本先生は論理的というよりも感覚的。心が動くとまっすぐその方向に動く人です。理屈で動いていない。僕のような後輩の意見もいいと思えば取り入れてくれるし、大事にしているのは何よりも生徒なんだっていうことがすごく伝わってきます。 テレビや本の取材を見ていると、悟りを開いた人のようにも見えるけど、サッカー部の顧問としては、もう子どもたちが可愛くってつい口だしちゃうような面もありました。人間味があって魅力的な人です。“数学を教えるときと違って、サッカーはイライラしちゃうんだよなあ”ってよく言ってましたね。非常勤になってからさらに解放されて、これまで以上に楽しそうです(笑)」

ウロウロ、ニヤニヤしてればいい 「栄光の子どもたちの数学の授業だけを見た人には、“進学校の子だからだよね”と言われることがありますが、僕はいろいろな状況の子どもたちと関わっています。どんな子どもにも言えることは、ありのままを認めれば、子どもたちは自ら最高に輝きはじめるということなんです」

主宰している『いもいも』は、数理的思考力の教室として3年前にスタート。今では、栄光学園の卒業生や、さまざまな先生とともに「表現・コミュニケーション」「言語的思考力」「あそび・てしごと」など多岐にわたる教室を開催している。

井本さんと栄光学園の同期生でもあり、料理研究家、編集・ライターとして活躍している土屋敦さん(51)は、3年前に井本さんに再会。当初は、子育て中のひとりの親として興味を持ち、井本さんの教室を見学。そのときのやりとりに衝撃を受けたという。 「子どもを伸ばすにはどうするの?」 「伸ばさないよ。勝手に伸びるんだよ」 「いいところを伸ばさないの?」 「いいところって何? それって大人が勝手に決めてる価値観じゃん」 土屋さんはポカン。何か大事なことを言っているようだが、よくわからなかった。もっと知りたいと見学しているうちに井本さんの子どもたちとの関わりに共鳴し、教室に毎回参加するようになり、今では『いもいも』の「読書・言語表現教室」を担当するようになった。

「子どもってひとりひとり違うから、その子への関わり方とか声かけの方法を言葉にできないですよね。ノウハウにするのも違う。言葉にした途端にウソくさくなる。僕は言葉で仕事をしてきたけど、今、言葉にできなくなっています(笑)」 そして、土屋さんが栄光学園で料理のゼミを始めたとき、井本さんにアドバイスを求めると、こんな答えが返ってきた。 「ウロウロしてニヤニヤしてればいいんだよ。子どもたちに、料理って楽しいなって伝わればいいんだ」 「井本らしいですよね」と、土屋さんは笑う。

目指すはマザー・テレサと脱教室 井本さんはこれまでを振り返り、「強い意志や目標を持ってチャレンジしたわけじゃなく、流れのままにいろいろなことをやってきただけ」と言う。だけどたったひとつ、目指すところがある。

マザー・テレサが亡くなった'97年、放送された番組でのマザー・テレサの言葉を井本さんは鮮明に覚えている。 「死にそうな人たちをここへ運んできて、死を迎える前にきれいにし、安らかに逝っていただくようにしているのは、犠牲の精神からではありません。彼らの中に私の大好きなイエス様が見えるから、イエス様に仕えることができて本当に幸せなのです」

井本さんは、マザー・テレサが自分を犠牲にしたのではなく、素晴らしい宝物を相手の中に見つけて、そこに触れ合う自分に幸せを感じていたことに共感したという。 「僕は特定の宗教を信仰していないけど、あの言葉は僕の目指すところかもしれない。マザー・テレサから見れば、死を待つ人たちは、たとえるならダイヤモンドのようなもの。僕も、どの子を見てもどの人を見ても、『最高!』って心から思えるようになりたいんです」 数学教師の枠を超越していますねと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「そうだな。数学教師じゃなくてもいいのかも。子どもを伸ばすとか、教育を変えるために自分を犠牲にするとか、そんな気持ちは全くない。ただ、子どもたちが生き生きしていると僕が幸せになるだけ。 たまたま僕が得意だった論理的思考の授業は世間的に価値があるかもしれないけど、論理的思考なんてなくたって生きていける。好きな人だけやればいい。

子どもたちは、安心してありのままでいられる環境さえそろえば、勝手に自分で輝きはじめる。子どもたちにそういう場があるのなら、『いもいも』だってなくなってもいい」 井本さんと土屋さんは、現在、自然豊かな葉山の山の中で「葉山 里山の学校」というプログラムも行っているが、子どもたちとさらに自由に自然の中に出かける新たな教室を『いもいも』で10月から始める予定だ。 「教室を飛び出し、自然の中で生き生きと動き出す子どもたちを思い浮かべるだけでニヤニヤしちゃいます」と、井本さん。 自分がワクワクするほうへと迷いなく突き進むその横顔に、やんちゃな少年とマザー・テレサが重なって見えたような気がした。

(取材・文/太田美由紀) おおた・みゆき 大阪府生まれ。ライター・編集者。育児、教育、福祉、医療など「生きる」を軸に、雑誌、書籍、テレビ番組などに関わる。初の著書『新しい時代の共生のカタチ 地域の寄り合い所 また明日』(風鳴舎)が好評発売中。 〔2020年10/19(月) 週刊女性PRIME〕

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山内哲平 難関私立中を「途中退学」した少年の驚きの現在 中学受験で志望校に合格したのに、その後、思いがけぬ進路に進むことになった少年の現在は…? 最寄りのコンビニまでは徒歩30分以上、のどかな田園風景が一面に広がる。 地方にある全寮制の中高一貫校に通う山内哲平君(仮名・高校生)。神奈川県出身の彼は、中学入試で首都圏の難関大学付属校に見事合格したが、のちに退学。親元から遠く離れたこの学校に転校してきた。 「東大・京大への合格者が多い学校」ランキング 彼にいったい何が起きたのか。その経緯を知ると、どの家庭にも起きうることと多くの親がハッとするかもしれない。

■「ほかの子と違います」と言われ続けた幼少期 「幼児期から“この子はほかの子とは違います”と保健師さんから言われ、支援グループに参加することもありました」 そう話すのは哲平くんの母親の香さん(仮名)。 哲平君は、幼少期に発達障害の検査を受けたが、結果はボーダー。障害とは認定されなかった。ただし、平均より8カ月ほど遅れがみられるとされ、母親は哲平君とともに毎月、児童相談所に通った。

だがその後、家族の事情で小学校のお受験をすることに。ここから哲平君の人生は思いもよらぬ方向に動き出していく。 哲平君が年少のときのこと、母親の香さんに異変が起きた。乳房にしこりが見つかったのだ。医師の診断を経て経過観察をしている数カ月のうちに、病気は進行。あるとき帰省先の九州でしこりが大きくなっていることに気がつき病院に行くと、告げられたのは「乳がんで、すぐに治療をはじめなければ余命は1年」との言葉だった。 病気の進行が早く、決断を迫られた香さんは、長男の哲平君を神奈川へ戻し、哲平君の2歳下の娘と2人で九州に残ることを決めた。幼い子ども2人を見ながらの闘病は厳しいという医師のアドバイスに従ってのことだった。 神奈川に戻った哲平くんの面倒は、夫の両親や姉が泊まり込みで見てくれた。結局、香さんが神奈川の自宅に帰るまでには約1年がかかった。

戻ると、哲平君は夫の家族の判断で、小学校受験をする子の多い園に入園していた。後でわかったことだが、「ボーダー」と言われた哲平君に必要な療育と、お受験のための学習はとても似ており、確かに彼には合っていた。動物のカードなどを使い、何の動物か当てるクイズなど、療育で行うグループワークと似た内容は少なからずある。 「哲平はお受験のお教室にも通い始めていました。習い事として始めさせたとのことでしたが、夫とも話し、中学受験は息子には大変そうだから、大学まである小学校にお世話になろうかと、大学付属の小学校受験をすることにしたんです」 結果は合格。しかし、小学校に入ると、ほかの子どもたちとの違いが目立つようにもなり出した。とにかく集団で同じことをやるのが苦手。日々の板書にも苦戦した。

それでも、哲平君のそんな性質を担任や、世話好きの級友たちが理解してくれ、普通学級での生活を送れていた。学校生活を楽しみ、3年生では学級委員に選ばれるほどに。 ところが、その頃から友達からいじめられるようになったという。合唱コンクールの練習などでひな壇に上がれば後ろから蹴られる、「お前は先生の犬だ」などと中傷される。耐えかねた哲平君は、テスト用紙に「ぼくはいじめられています。たすけてください」とつづった。 学校側との話し合いも持たれたが、こうした言葉による小さないじめは4年生まで続いた。 「担任の先生が盾のようになって息子を守ってくれたこともありました。5年生に上がる面談では、いじめている子とは違うクラスにしてほしいと伝えたところ、希望どおりになりました」 これで安心と思えるはずだった。だが、不幸にも、ここでボタンの掛け違いが起こってしまった。

■理不尽に詰め寄る担任との攻防 5年生で担任となったのはまだ教師経験の浅い教師だった。担任教師はこれまでの担任たちとは異なり、哲平君の性質を特性と見ることはせず、手厳しい指導をした。 成績的には系列中学に上がれるだけのものを取っていた。だが、担任教師は、彼の協調性のなさや、宿題をやってこない態度が気に入らなかった。実は、このクラスはほかのクラスより宿題自体が多く、哲平君がそれに対応するのは困難を極めた。そして、行われた保護者面談。 「私が推薦状を書いても、この協調性のなさでは送った先からなんで推薦してきたんだと言われてしまいます。他校へ移ることを考えてください」 そう担任教師は詰め寄った。 大学まで安泰と思っていた山内家にとってはあまりに大きなショックだった。

香さんは急いで受験塾を探した。入塾したのは臨海セミナー。しかし、手応えはいまひとつ。そこで、夏期講習は地元では有名な個人経営の塾に。だが、夏休み明け前の面談で「うちでは引き受けられない」と塾側から言われてしまう。理由は、宿題をやってこないからというものだった。 「学校の宿題をやりつつ、うちの塾の受験勉強についていくのは難しいと言われました。今の私立小をやめて、公立小に移るのなら引き受けますということだったので、さすがにそれはきついと、諦めたんです」 臨海セミナーに通うことにし、中学受験へ突入した。母親の香さんも必死だ。がんとの闘いも続くなか、自宅から1時間圏内の学校はすべて見学するつもりで回った。 5年生の夏休みから足を運んだ学校数は26校にも上る。その中から選んだのはやはり大学の付属校。本人の「共学校がいい」との希望も考慮し、志望校を選んだという。 5年生の夏期講習以降、成績も安定し、十分に中学受験に立ちむかえる学力をつけていた。志望校に据えたのは難関私立大学の付属校と、推薦をもらえなかった現在通う小学校の系列校など6校。

■父母間で食い違う意見 結果は第一志望の明治大学付属明治以外はすべて合格。ここで、父母間で意見の対立が起きる。 母親の希望としてはもともと在籍してきた小学校の系列校に行かせたかった。ところが父親は、それに反対。別に合格をもらった難関私立大の付属校のほうがネームバリューや総合大学だという点で勝っているというのだ。 「元の系列校なら、小学校から息子を知っている子たちが一定数います。私は、その中で暖かく見守ってもらうほうがいいと思ったのですが、結果的に夫の意見に従う形になりました」 この決断が誤っていたと気づくのは、入学してすぐのことだった。入学後、GW開けには毎週のように学校から電話がかかってくるようになった。 「お宅の息子さんは普通じゃありません。検査を受けてください」 学校側からの電話は、大筋この内容だった。この学校も宿題が多く、哲平君はそれをこなせていなかった。そのために大好きな部活動にも参加できない状態が続いていた。

哲平君は小学生の頃からブラスバンド部に所属、パーカッションを担当しており、かなりの腕前になっていた。中学でも演奏ができる部に入部したが、同校には宿題が終わらなければ部活動に参加できないというルールがあったのだ。 「試験を受けるのは大好きで、中学受験のときも模試は苦になることはなく、どちらかというと“もっと受けたい”と思うタイプで、得意だったんです。でも、普段の学校ではノートを取ることが苦手で、宿題をやるのも難しかったのだと思います。 小学生の頃は学校の手厚さのおかげで、幼少期にボーダーだと言われていたことが見えにくくなっていたのかもしれません……」

学園祭で部活の公演を見に行くと、哲平君だけが舞台の隅で立っていた。部活への出席が少なかったため、パートを与えてもらえなかったのだ。 学校側は「とにかく検査を」という。香さんはすぐにでも受けさせたかったが、ここでも父親が立ちはだかった。 「おれの息子が普通でないはずがない。検査なんて必要ない!」と、許さなかった。 検査をしないと学校に伝えると、学校から毎日のように連絡が入るようになる。 「“今日はこんなおかしい行動がありました”“今日はここがヘンでした”“学校での様子を見に来てください”と、毎日毎日言われるんです。電話が鳴るのが怖くなりました」と香さんは振り返る。

一人授業参観のように、香さんだけが教室で様子を見学する状態も続いた。 子どもの発達障害について、親が受け入れられないケースが多いという話は教育関係者からよく聞くが、山内家の父親はまさにその典型のようにも見える。 教員たちも慣れないことで、緊張の日々が続いていたのだろう。ある日、教科担当の教員が哲平君に暴言を吐いてしまう。 手のかかる哲平君の席は教卓の前。授業中に隣の友達と小声で話をしていたところ教員から注意された。哲平君が口答えをしたのだろうか、教員は「おめーが普通じゃないんだよ!!」と、哲平君の机を蹴ったというのだ。 後日、学校側との話し合いの場において示されたのは「口調はそのような言い方ではなかった」というものだったが、哲平君の耳には強烈にそう響いた。

■不登校になり、家庭内で不満を爆発させるように… 哲平君は学校に行きたがらなくなり、ある日、電車に乗ったまままったく違う駅に降り立ち迷子に。たまたま電話が取れなかった香さんに代わり、学校側は父親の勤務先に連絡を入れた。哲平君を見つけたのは父親だった。哲平君はその後、さらに学校を休みがちになった。

「お父さんに言われたからこっちの学校を選んだけれど、自分はどちらでもよかったんだ!」 好きな部活動にも参加できず、教師からは変人扱いされる学校。哲平君は家の中で、不満を叫ぶようになっていった。 結局、父親が検査を許可したのは秋も深まる季節だった。 11月から各種検査を受けはじめ、結果が出たのは翌年の1月、診断はADHDだった。診断結果を学校に知らせると、中学は卒業できたとしても、付属高校へは上がれないと宣告を受けた。「クビ宣告ですよね」香さんはそう表現する。

学校に行かない日々が続く中、哲平君は妹や母親に手を上げるようになった。このままではいけないと、探し出したのが現在通う、全寮制の学校だった。 「小学校時代のお友達がこの学校を考えていたことがあり、不登校になっている子を受け入れてくれると聞いていました」 近年、個性を受け入れてくれる学校として話題になっている学校だ。しかし、ここは全寮制の学校。中学生で親元から離すことには戸惑った。だが、今の状態がエスカレートすれば、家庭内暴力へと発展する可能性もある。

■学校選びは親の基準ではなく… 見学に行くと、はじめは「こんな田舎はいやだなぁ」と後ろ向きだった哲平君だったが、優しい先輩たちの姿と活発な部活動にひかれ「高校卒業までの限定なら、ここでやってみようかな」と前向きな気持ちへと切り替わった 。

今の本人の目標は東京大学に合格することだ。コロナの影響でまだ入部できていないが、高校では憧れの部活にも入りたいと意欲を燃やす。 「彼を受け入れてくれた今の学校には本当に感謝しています。中学受験は偏差値、ネームバリューを気にしがちですが、子ども本人の直感のようなものを大事にしてあげることも必要だと思います。わが子の経験からお伝えできるのはそのくらいです」 と香さんは言う。 社会に出るときのことを考えて、ネームバリューのある大学へ進学させたいと願うのも親心だろう。しかし、山内家が最後にたどり着いたのは、そのままの息子を受け入れて伸ばしてくれるかどうか、という基準だった。

子どもの人生は子どものもの。親の人生ではない。親の基準で学校を決めた場合に、その影響を受けるのは、ほかならぬ子ども自身だ。哲平君にとってはあまりに過酷な数年間だったが、今やっと彼は穏やかで前向きな学校生活を送っている。学校選びの姿は、本来はこうあるべきではないだろうか。 本連載「中学受験のリアル」では、中学受験の体験について、お話いただける方を募集しております。取材に伺い、詳しくお聞きします。こちらのフォームよりご記入ください。 〔2020年8/25(火) 東洋経済オンライン〕

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友達関係で困ったときの対処策 我が子が仲間外れ…その時「正解」の親の声掛けとは? ベネッセ 教育情報サイト いつの時代も変わらない?! 中学生の我が子が友達関係で困ったときの対処策

中学生に入ってから仲間外れにされたり、悪口や陰口を言われたりして傷つくといったトラブルを耳にした保護者の方もいるのではないでしょうか。 子どもが中学校の友達関係で悩んでいるとき、保護者としてできることについて紹介します。 問い詰めるのではなく「聴く」「共感する」「信頼してもらう」 子どもに人間関係の悩みを抱えている様子があるとき、つい「なにがあったの?」「大丈夫?」と聞きたくなりますよね。でも、まずは落ち着きましょう。

人間関係のもつれが原因で深刻な事態になってしまった中学生のニュースが頭をよぎりますが、あまり前のめりになるのは悪手になる可能性があります。 もし、あなたが人間関係で悩んでいるとしたら、「まずは話を聞いてほしい」と思うのではないでしょうか。 事態が悪化する前に子どもから相談してもらえるように、子どもの信頼関係を大切に行動したいですね。 相談されたときの傾聴ポイント

・言いたいことは何か考えながら聴く ・伝えたいことは何か考えながら聴く ・子どもの立場になって話を聴く ・安心して話せる環境を作る

子どもの自力解決か親が出るのかの境界線とは 思春期の子どもは、「親や友達と異なる自分独自の内面の世界があることに気づきはじめるとともに、自意識と客観的事実との違いに悩み、様々な葛藤(かつとう)の中で、自らの生き方を模索しはじめる時期」にあります。(引用:文部科学省 子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題) 中学生に入ってから友達トラブルが多く発生するのもそのためです。基本的には当事者同士で解決を図ってほしいですが、深刻なケースは保護者が前面に立ち、子どもを守る必要もあります。

「もし大人同士であったなら、関連機関に通報・相談するか検討するレベル」であるなら、保護者が対応することを検討しましょう。 中学生活は人生の全てではない!逃げ場を準備しておこう 学校で過ごす時間が一日の大半を占める中学生にとって、学校でのトラブルは周囲が思う以上に重いものです。

保護者として「中学生活が人生の全てではない」「学校に行かない選択肢を取っても、学業がなんとかなる手段がある」といった、辛い場合の逃げ場を用意しておきたいですね。 文部科学省による不登校に関する施策例

・教育支援センター ・スクーリング・サポート・ネットワーク ・一定要件を満たした場合の出席扱い ・中卒認定試験の受験資格の拡大

まとめ & 実践 TIPS 中学生は、思春期も始まり、未熟な人間関係力や思春期特有の自我などが重なって人間関係のトラブルが発生しやすくなります。

ニュースなどから嫌な発想をしてしまいがちですが、子どもから相談を受けたら、まずは冷静に、良き相談相手になることを目指しましょう。

出典:文部科学省の不登校に関する主な施策 URL https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/futoukou/03070701/004.pdf

出典:子どもの徳育の充実に向けた在り方について(報告)3.子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題 URL https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/053/gaiyou/attach/1286156.htm

出典:神奈川県立総合教育センター長期研究員研究報告 14:31~36.2016 コミュニケーションを促す「聴き方」に関する研究 URL https://www.edu-ctr.pref.kanagawa.jp/kankoubutu/h27/chouken14/chouken14pdf/chouken14_06.pdf

プロフィール ベネッセ 教育情報サイト 「ベネッセ教育情報サイト」は、子育て・教育・受験情報の最新ニュースをお届けするベネッセの総合情報サイトです。 役立つノウハウから業界の最新動向、読み物コラムまで豊富なコンテンツを配信しております。 〔2020年9/27(日) ベネッセ 教育情報サイト〕


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子どものSOS 子どものSOSは3種類、サインに気づくには 心に寄り添う声がけは 専門家に聞く 学習と健康・成長

「子どもの問題には必ず大きな意味がある」と言う医師・臨床心理士の田中茂樹さん。これまで子どもの不登校や引きこもり、摂食障害、リストカットなど約5000件の保護者の悩みの相談に乗り、解決に向けてアドバイスしてきました。今回は中学受験をするうえでの勉強や習い事への考え方、子どもたちの心に寄り添う言葉かけについてお話を伺います。 話を伺った人 田中茂樹さん 医師・臨床心理士 田中茂樹さん

(たなか・しげき)1965年東京都生まれ。共働きで4児を育てる父親。京都大学医学部卒業、同大学院文学研究科博士後期課程(心理学専攻)修了。2010年3月まで仁愛大学人間学部心理学科教授、同大学附属心理臨床センター主任。現在は、奈良県・佐保川診療所で地域医療に従事する。著書は「子どもを信じること」(さいはて社)、「子どもが幸せになることば」(ダイヤモンド社)「去られるためにそこにいる」(日本評論社)など。 保護者は子どもに指示しない 自宅をリラックスできる空間に 学習と健康・成長

――中学受験などでストレスを抱えている場合に、保護者へのSOSのサインとして、子どもにいろいろな症状が表れることがあるとのこと。それはどのようなものでしょうか? 私は、子どもがSOSを出す方法が3パターンあると考えています。

1.周囲の人に向けるタイプ 親に対して反抗的な態度を示し、時には暴言や暴力をふるう。学校でいじめなどの問題を起こすこともある。

2.自分の体に表れるタイプ おなかが痛くなったり、熱や蕁麻疹が出たりと、本人の体に症状が出る。

3.内にこもっていくタイプ 内にこもって、気分が落ち込む。時には食欲がなくなり、眠れなくなることも。 人によって症状はさまざまですが、子どもは本来、大人よりもずっとのんきで明るいのが普通です。もしも、そのような状態でないのであれば、すでにストレスを抱えているサインかもしれません。

――なるほど。SOSのサインだと気づかなければ、保護者側でも子どもを叱ったり、なだめたりするでしょうね。 子どもは保護者のことが好きだから、基本的に言うことを聞くと思います。もし聞かなくなっているのであれば、すでに子どもにつらいことやしんどいことが起きている可能性があります。ひょっとすると、つらいことやしんどいことは外部との関わりだけでなく、家族内の関係性で起きているかもしれません。 よくあるのが、保護者が子どもに対して何から何まで指示してしまうケース。保護者が子どもの1日のスケジュールを決め、タイムマネジメントもする。子どもは褒められたいし、保護者の喜ぶ顔が見たいので、そのスケジュールを一生懸命こなそうとするかもしれません。でも、遅れが出てきたりすると、それに伴う不安や焦燥から、保護者への反発が起こるようになります。

――保護者には葛藤が生じますよね。勉強させたい、でも、のびのびもさせたい。 のびのび“させる”という言い方をしているけれど、のびのびは“する”もの。“させる”は、子どもへの指示です。そのような、子どもを思い通りに動かそうとする言葉を気づかない間にたくさん使ってしまっていませんか。一度意識を向けてみましょう。 子どもがSOSを発信している場合、家ではリラックスできる環境を作るのがいいです。そのためには保護者は子どもに指示しないで過ごすこと。“子どもをどう変えるか”ではなく、コントロールしようとする自分を手放して諦めるんです。

――保護者側の考え方を変えるということですか? そうですね。この部分がすごく大事なところで、保護者に「あなたの態度を変えるのが一番ですよ」と言うと、「じゃあ、子どもが苦しんでいるのは私のせいですか?」となるんです。 そうじゃない。子どもはひょっとすると、塾でいじめにあったり、先生から暴言を吐かれたりしているかもしれない。でも、どんな理由が背景にあったとしても、子どもは家でリラックスして、機嫌のいい保護者のそばで過ごせたら回復するんです。外でつらいことがあっても自分で何とかしようと乗り越えていける。子どもにとっての家族とは、自分を育てていく場所であり、回復させる安全基地なのです。

子どもの幸せを願う姿勢を大切に

――自宅が安全な場所だと感じてもらうには、どんな方法がありますか? 例えば、何の理由もない日に子どもの好きなお菓子を買ってくるのもいいですね。そこにテストでいい点を取ったからなどと理由をつけてしまうと、努力するのが保護者のため、もしくはご褒美のためになってしまいます。 保護者はそもそもの原点を見失わないようにしていただきたいですね。例えば、中学受験をするのは、それが子どもの幸せにつながると信じているからでしょう。もしも受験を嫌がって泣き叫んでいる子がいたら、本当に幸せにつながっていくのか、立ち止まって考える時間を持ってほしいです。

本来であれば、子どもが自ら「やりたいこと」を選ぶべきです。歴史が好きだから社会科を一生懸命にやるとか。すると、ちょっと疲れたから休憩しようかなと、自分で調整できるようになります。保護者が監視して強制するのはやめた方がいいと思います。

――塾に通う過程で習い事などを整理するご家庭もあると思いますが、子どもの意思とどの程度折り合いをつけるかが難しいところです。 「習い事を整理する」ことに関しては、まるで子どもにとって仕事を始める準備(就職活動)のようだと、驚いたことがあります。 私がかつてお手伝いしていたサッカーチームでも、小学4~5年生になるとやめていく子がいました。母親に促されて「お世話になりました。来月でやめます」と言ったあとで、振り向いて泣きだした子もいました。本当は三度の飯よりサッカーが好きだったり、友達とワイワイするのが好きだったりする子どもです。

その子の母親につい、「サッカーがあんなに大好きなのに、もったいないですね」と言ってしまったんですけど、「プロになるわけじゃないですから」って返されたんです。でも、それは違うと思いました。仕事にするためにサッカーをしているんじゃないはずだと。 その母親はさらに「中学生になったら、また始めたらいいから」と言いました。でも、その時にしかできないサッカーがあり仲間がいます。ほかのスポーツや習い事も同じだと思いますが、いろんなレベルの子がいて、幼い同士の仲間の中でこそ得られる経験がある。その居場所が子どものこの先の人生にどれだけ大切な意味があるか。親には想像しづらいのだと思います。

――保護者にとっても判断を迷う時ですね。 子どものSOSがわかりやすく表に出てきたら、保護者側も何らかの対処ができるでしょう。しかし、SOSが出ていなかったり、気がつかないまま過ごしたりすると、子どもはずっと保護者の言うとおり生きていくような人生を歩むかもしれません。 私は、保護者が迷った時に子どもが楽になる選択をすることが増えればいいなと思っているんです。子どもが一生懸命になれることをする。その方が、ずっと子どもの幸せにつながる。そんなことを私のような専門家が言っていたと思い出してもらえたらうれしいです。 勉強とは関係なく あなたがいてくれることが幸せだと伝え続ける 学習と健康・成長

――子どもに勉強を促す場面などではどのように声かけをすべきでしょうか? 保護者の「勉強をさせる」という意識から変えていく必要があります。「させる」ということはすでにコントロールしているから、子どもにとって自主的・自律的ではありません。 子どもが自分から勉強をするようになるためには、結局は、「あなたがいてくれることが幸せなんだよ」と伝えることが一番だと思います。

いろんな言い方や伝え方ができますよね。言葉じゃなくても目があったらニコッとほほ笑むとか、好きなおやつを準備するとか。あなたがいてくれることが私の幸せだと惜しみなく伝えていく。そうしたら、今度は子どもだって、「自分が何をすることを保護者は求めているか」についても考えはじめると思います。 ただ、子どもが保護者を喜ばせようとばかりするようになると、これは問題です。私自身、親から「勉強しろ」と言われたことは一度もなく、現役で東京大学へ入学しました。でも、私が勉強をしていたのは、「母親を喜ばせたい」という気持ちからでした。家族の中でつらそうにしていた母親が、いい点数を取るとうれしそうだったから。

その結果、大学に入ってもどうしていいのかまったくわからず、2カ月もしたら行かなくなりました。もっと本当に自分がしたいことをしておけば、あんなに途方に暮れることもなかっただろうと思います。 私が子どもと接していてよく思うのは、彼らはそんなに保護者に助けてもらいたいと思っていない。むしろ、保護者を喜ばせて笑顔にして、助けたいと思っている。 なぜかというと子どもが大人と対等になろうと成長し、さらには保護者が好きだから。弱い者として導かれ、守られるよりも、頼りになるものとして感謝されたいんです。

――「大人になりたい」という気持ちに近いですか? そうですね。子どもたちはいつも「ちゃんと認めてほしい」と思っています。それは、幼い時からずっとそうで、3~4歳の子でも下にきょうだいができたら、一生懸命に保護者の助けになろうとするんです。保護者はそういう子どもの気持ちを意識しておいたほうがいいですね。

――保護者は子どもと良好な関係を築くうえで、何を大切にすべきでしょうか? 子どもと関係を築くうえで大切なのは、大人も自分の人生を楽しむことです。忙しいとか、介護があるとか、いろいろな問題があるかもしれないけど、それでも隙間の時間があったら自分のしたいことをする。 自分の人生を楽しく生きている保護者を見せるのはすごくいい教育ですよね。自分もそういう大人になろうと、将来に夢が見えてくる。そうすれば、保護者と子どもの関係が守り・守られる関係から“仲間”へと発展し、良好な関係へとつながっていくと思います。 (編集:野阪拓海/ノオト)

ゆきどっぐ 〔2020年9/29(火) 朝日新聞EduA〕


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コロナ禍で大きく変わる“学び”の形 【#コロナとどう暮らす】水筒を生徒に見立ててカメラに授業。コロナ禍で大きく変わる“学び”の形 新型コロナウイルスの感染拡大により、この春、学校教育の現場は大きく変わった。

長期に渡る休校期間中、子どもたちの学習意欲や学校への所属意識は徐々に低下していく。それにどう維持していくのか、学校側は突如対策を求められたのだ。 その解決策の一つとして注目されたのが、インターネットなどを利用したICT教育だ。 ウェブ会議システムや動画を使った授業に急遽取り組んだ自治体は多かった。これまで触れたことのないツールを使った授業に戸惑い、奮闘する先生たち。一方で、これを期に企業が提供する授業アプリを導入し、生徒や先生たちの学びのあり方が変わってきたという自治体も。

“ウィズコロナ”時代の今、大きな変革の時にある学校教育の現場を追った。 顔が見えない授業と“いいね”ボタン 新潟県の長岡市立南中学校では5月の臨時休校中、ICTを使ったオンラインでの質問教室が行われていた。

オンライン授業を行う先生の隣には、モニターの変更など通信をサポートする先生も座り、2人1組のチームで授業に臨む。ウェブ会議システムを活用し、家庭にいる小中学生と学校をつないで、朝の学活や学習の疑問に答える質問教室に取り組んでいたのだ。 カメラで映したホワイトボードを黒板代わりに、「心臓から肺に向かう血液は酸素が少ないので、静脈血ですか動脈血ですか」と質問するのは20年以上教職を勤める土田宗明先生。 もちろんオンライン授業は初めてだ。 パソコンのモニター上ではホワイトボードの画面になっているため、生徒達の顔は見えないが、「静脈血」と返事が聞こえてくる。)

授業後に土田先生に初めてのオンライン授業について話を聞くと、「しっかりと話が伝わっているかどうかが、普段の授業では表情で分かるんですけれど、画面をボードに切り替えて説明している時に生徒の表情が見えないので、その時伝わってるかどうかが心配になった」と話すが、生徒たちはこのウェブ会議システムの “いいね”マークを利用して理解できたかを伝えていて、画面越しで伝わったことを確認できたことを喜んでいた。

20年以上対面で行ってきた授業。初めてのオンライン授業にやはり戸惑いもあるが、生徒たちのために「頑張って対応していきたい」と力強い目だ。 長岡市教育委員会の動きは早かった。2020年3月の最初の休校を受け、4月上旬には全ての家庭を対象にネット環境に関するアンケート調査を行い、ICTを利用した授業ができるかどうか確認を進めていたのだ。

その理由について、「3月の長期の休校があった時に、子どもたちが学校にいけない状況が続いて、学校への所属意識がだいぶ下がってきていて、少し意欲が低下していると。学習意欲の低下が一番怖い。そこで何かできることはないかと、学習環境をどう整えられるかということで調査をさせていただいた」と話す教育委員会の佐々木潤指導主事。 アンケートの結果全ての家庭にネットワーク環境や端末がそろっているわけではなかったが、長岡市は学習意欲を維持するために、オンラインでの学活や質問教室の実施を決断。端末のない家庭には、パソコンを貸し出した。 この取り組みを進めたこともあり、長岡市の先生は全員がウェブ会議システムを使用した授業を経験し、佐々木指導主事は「今後、1人1台端末がくるとなったときにも、長岡の先生方は、そういった使い方も力をつけてくれたので、生かせるかなと考えています」と話す。

動画学習で生まれる新しい学校教育の形 新潟県立教育センターは、休校による学習の遅れをオンラインでサポートしようと、4月から県内の小中学生に向け授業動画を配信している。作成した動画の数は200本にのぼり、制作は現在も続いている。 動画は全て教科書に沿った内容で、児童・生徒が家庭からアクセスし、学びを進めることができる。

教える側は、魅力的な動画づくりに懸命だ。 教室の中央にカメラを置き、生徒が使う机には3本の水筒が置かれている。 「できるだけ生徒がいると思って、視線を生徒がいる目印の方に合わせたり、生徒とのやりとりを想像しながら話をするようにしています」と水筒を生徒に見立て、ライブ感のある授業を目指していると話した。

出来上がった動画にはテロップもつけ、さながらYouTuberだ。 動画学習には、対面での授業にはない利点があり、その1つが「とめてボタン」の活用だ。 通常の授業の中でどうしても発生する理解のスピード差。問題を解き終わった生徒が待たされたり、急いでやらなくてはいけない生徒が出てくる中で、「動画を一旦止めて、自分のペースにあわせて学習を進めることができる」という。

今後、1人1台の端末が整備されれば、動画教材で授業を進め、教師は児童・生徒1人1人のフォローに専念するという新しい学校教育の形が生まれる可能性がある。 新潟県立教育センターの泉田雅彦次長はこの取組についてコロナ禍の教育以外にも活用が考えられると話す。

「まず緊急的なこととしては、新型コロナウイルス感染症の第2波・第3波に備えるという意味があります。そのほかの、例えば不登校で学校に来られない、病気で欠席をしている場合の対応であるとか、そういったことも考えられます」 コロナ禍で導入したアプリが授業のサポートに 一方で企業が作る“授業”を導入したのが愛知県の県立高校だ。

愛知県では、休校期間中の授業の遅れを取り戻すべく、6月からリクルートが提供する「スタディサプリ」というアプリの導入が始まった。動画に登場し授業を教えるのは、全てプロの予備校の講師だ。 動画は長くても1本20分から30分。単元ごとに細かく分かれていて、国語、数学など主要5教科・18科目、約4万本が見放題になっている。 スタディサプリは8年前、個人向けに始まったが、最近では学校単位での利用も増加しており、高校は現在全国約5000校のうち、半数の2500校が利用しているという。

さらに新型コロナ感染拡大後は、3カ月で600校以上の申し込みがあり、会員数は110万人にのぼる。 中学1年生からオーボエを始め、プロの演奏家をめざしている麦沢菜穂さんは、愛知県立明和高校の音楽科に通う3年生だ。 県内の公立大学への進学を目指しているが、休校期間中は「最初休みになった時は、ちょっと英単語覚えようかなとか、頑張ろうかなと思ったんですけど、結局大してやらなかったですね」と、あまり勉強はしなかったという。

大好きなオーボエの練習ははかどったというが、それ以外の科目の勉強はほとんど進まなかったそうだ。そんな彼女が、6月から「スタディサプリ」を使い始めた。 「目の前にいるみたいな感じでサクサク進んでくれたので。テンポ良く最後まで、あっという間に聴けました。学校の授業で受けてみて苦手だったところとか、理解がイマイチだなってところを、再生ボタンを押すだけで何回でも見られるから、すごくためになると思いました」 一方、受験生の娘を心配していた麦沢さんの母も「すごく分かりやすくて。自分が授業を受けても分かるって思って。ちょっと学校の授業とは雰囲気違うよね、割と必要なことだけを言ってくれているんだなということがすごく分かったので」と、一安心の様子。

学校側は今回のスタディサプリの導入で、先生の仕事の有り様にも変化が生まれる可能性を感じている。 「復習あるいは予習の部分で、1週間に1課題程度、この動画を見たりこの問題を解いたりということを、スタディサプリを通して指示を出すようにしています」

学校としては新型コロナウイルス感染症の第2波、第3波により、再び休校を余儀なくされた時にスムーズに利用できるよう、今は準備期間と捉えているようだ。 「どうしても1クラス40人に対して授業を展開していくと、全員しっかり理解できるまで時間をかけるということが難しいところが実際にあります。『分からない状態になったら、スタディサプリのこの講座がいいよ』ということが言えると、新しい学びの形が生まれてくると思います」 新型コロナウイルスが引き寄せた教育の大変革期は、今私たちの目の前に来ている。

こうした状況について、富山大学大学院の長谷川准教授は、「今までは学校で使う物というと、鉛筆とかノートといったイメージでしたが、端末も文房具と同じような感覚で使えるようになっていくことが望ましい」と話す。 その上で将来については「調べたいことを決めて、どう調べるかを考え、情報を分析し、まとめて人に伝える力が必要とされる」と述べ、1人1台のICT端末が整備されれば、そういった学習も可能になると指摘する。

今後、実際に1人1台の端末が確保できるかなどの懸念材料もある。しかし収まる気配を見せないこのコロナ禍が引き寄せた教育の大変革期は、私達の目の前に来ている。 (この記事はFNNプライムオンラインとYahoo!ニュースの共同企画です。新型コロナウイルスの感染拡大により、大きく変わった私たちの暮らし。日常を取り戻そうと奮闘する姿を、地元メディアの視点から伝えます。) 〔2020年9/30(水) FNNプライムオンライン〕


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ADHD(注意欠如・多動症)当事者の借金玉さん。 発達障害の僕が「毎日怒られていた子ども時代の自分」に絶対伝えたい2つのこと 『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』が5万部のベストセラーとなっている、ADHD(注意欠如・多動症)当事者の借金玉さん。まだ34歳だが、その生い立ちは「ジェットコースター」という言葉がぴったりの、波乱万丈な内容だ。 発達障害を誰にも理解してもらえないまま、不登校を繰り返してきた小中高校時代。「このままじゃヤバい」と一念奮起して早稲田大学に進学し、大手金融機関への就職を果たした大逆転時代。しかし結局「普通」の仕事がまったくできずに退職し、起業にも失敗した「うつの底」時代……。 30歳の頃には、死ぬことばかり考えて「毎日飛び降りるビルを探していた」借金玉さんが、どん底から脱することができた理由。それは、生活、そして人生を立て直す「再起」のテクニックをひとつずつ身につけていったからだった。 子ども時代から「普通」や「あたりまえ」のことができなくても生きていくために、本人・親ができることは何なのか? 借金玉さんに話を聞いた。 (取材・構成/樺山美夏、撮影/疋田千里)● 「忘れ物ランキング」ぶっちぎり1位

――借金玉さんが、「普通」や「あたりまえ」のことができないとはじめて自覚されたのは、いつ頃だったのでしょうか。 借金玉 小学生の頃からずっと不思議だったんです。「なんでみんなお道具箱を整理したり、学校でもらったプリントを親に見せたりできるんだろう?」って。僕は何ひとつできなくて、先生が作った「忘れ物ランキング」でもずっとぶっちぎりの1位でした。 そのうち先生もあきれて叱られることもなくなり、友だち関係もうまくいかず、そもそも朝起きられなかったので、学校に行かなくなりました。今振り返ると、あの頃すでにうつを発症していたので、正しくは「学校に行けなくなった」んですね。両親も明らかにおかしいと思ったみたいで、精神科に連れていかれました。

――今から20年以上前だと、「発達障害」についてまだ一般に認知されていませんでした。 借金玉 あまりにも辛かったので、正直当時のことは記憶があいまいなのですが……病院では、双極性障害の診断が出ました。小学4年から6年まで、ほとんど学校に行っていません。 処方された薬を毎日飲みながら、家で本ばかり読んでいました。親が「飾る」ために買った、誰も読んでない文学全集が家にあったんです。当時はとにかく、本を読むことだけが救いでした。 でも、中学生になった頃から自我が芽生えてきて、「グレる」ってことを覚えたんです。「グレる」のはすごく社会性があることで、いつも友だちとたまったりしているだけで仲間意識が強くなるんですよ。しかもグレてる子たちは、「言われたことをやらない」とか、「先生の言うことを聞かない」ことがアイデンティティなので、その集団にくっついていると少し楽になれたんですね。「そうだ、俺もグレてるんだ!」と思って、行動規範を不良に近づけると、ひとつの社会の一員になれた気がしたので。

――帰属意識を持てる居場所があったから、家に引きこもらずにすんだわけですね。 借金玉 柔道部に入っていて体も大きかったので、不良カルチャーの中でナメられずにすんだのも良かったと思います。「いざとなったらぶん殴る」という手段を使えましたから。 ただ不良仲間とつるんでいると、だんだん上下関係がめんどくさくなってきて。「何々先輩が怒ってるぞ」とか、「あの先輩とすれ違ったら挨拶しないとボコられるぞ」とか、文脈がイマイチわかんないんですよ。だから中学時代も半分は学校を休んでいました。それでも卒業できたから、義務教育って素晴らしいですよね。

●「教育」の難しさ……二次障害のリスク

――親御さんとはどういう関係だったんでしょうか。 借金玉 僕にとっては、父親の存在は本当にきつかったですね。父親は、社会的にみるとすごくまともな人間なんです。仕事もできて社交的で、やるべきことをちゃんとやっているという意味では、父親像としても高い点数をとれると思います。だからこそ、「普通」ができない人間のことをまったく理解できなかった。 「お前はサボってる! ちゃんとやれ! ちゃんとやればできる!」――そんな風に、いつも怒られていました。 当時はまだ、自分が発達障害だという自覚がなくて、「人ができることを自分はサボってしまっているんだ」という罪悪感もあったので、その罪悪感を消化できないまま父親に反発していました。だから、言い返すこともわけわかんないことになって、お互い感情のぶつけ合いになるから、親子関係はめちゃくちゃでした。 けれども今振り返ると、親は親で間違いなく善意で行動しているし、必死なんです。なんとかしたくて。ただ、「なんとかしたい」の方向って難しいですよね。

――それはかなり辛い状況ですね……。親の「教育」が裏目に出て、二次障害につながってしまうケースもあると聞きました。 借金玉 はい。『発達障害サバイバルガイド』には「うつ」の章も入っているのですが、発達障害者のうち、多くの人が二次障害で悩んでいます。僕も小学校時代に発症した双極性障害とは25年の付き合いです。最近はうつがひどくて、「過眠」と「不眠」の症状が交互に襲ってきます。この取材場所に来る直前まで布団から起き上がれず、100時間くらい眠っていました。 発達障害は生まれつきだから仕方ないけど、せめて二次障害がなければ……と思うことは多いです。親が子を「適応させよう」とがんばった副作用としての二次障害の恐ろしさについては、ぜひ、多くの人に知ってほしいと思います。

●学校生活はいずれ終わって、君は自由になる ――過去の自分、そして同じ立場の発達障害の子どもたちに伝えたいことはありますか? 借金玉 子どもというのはとても辛い立場です。自分の生活を自分で変えていくことが非常に難しい。使えるお金もモノもスペースもあるいは時間も……すべてが限られているし、いつも「ちゃんとやれ」と叱るおっかない人が近くにいる。僕も「もう一度子どもをやれ」と言われたら怖くて泣き出してしまうでしょう。

そんな僕から発達障害に苦しんでいる子どもたちに伝えたいことは2つ。 ひとつは「学校に行かなくていいから、勉強はしよう」ということ。勉強は生きていくうえで最低限必要な武器なので、「読み書き」「そろばん」のどちらかだけでも、身につけておいた方がいいです。 もうひとつは、「もっとズルしていい」ということ。これは、できないことを無理してやらないためのひとつの考え方です。たとえば僕は小学生時代、教科書を2冊買って、1冊は学校に「置き勉」していました。当然バレて先生に怒られましたが、それでもやめなかった。「忘れ物をしないように気をつけよう!」と何度心に誓ってもダメだった僕なりの、ささやかな工夫でした。

学校というのは「ちゃんとやれる子」のためにあります。毎日遅刻せずに通学して、授業を集中して聞いて、きちんとノートを取り提出物を出す。そういう子が「正しい」とされます。 でも、大人の世界で「みんなと同じようにちゃんとやる」人は、実は大した大人じゃありません。だって、それじゃ「みんなと同じ」程度の結果しか出ないですから。誰よりも上手なズルのやり方を見つけてずば抜けた結果を出すのが、「すごい大人」です。 学校生活はいずれ終わって、子どもだった君は自由になります。何を目指し、何を求め、何をするか、すべてを自分で決められる。そのとき「みんなと同じようにちゃんとやる」ことに、何の価値もないことに気づくと思います。普通であることよりも、生きていくことのほうが重要です。今はとても辛いと思いますが、そのことを忘れないでください。

ダイヤモンド社書籍編集局 〔2020年10/9(金) ダイヤモンド・オンライン〕



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ADHD(注意欠如・多動症)当事者の借金玉さん。 発達障害の僕が発見した「学校に適応できず破滅する子」と「勉強で大逆転する子」の決定的な差 『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』が5万部のベストセラーとなっている、ADHD(注意欠如・多動症)当事者の借金玉さん。まだ34歳だが、その生い立ちは「ジェットコースター」という言葉がぴったりの、波乱万丈な内容だ。 発達障害を誰にも理解してもらえないまま、不登校を繰り返してきた小中高校時代。「このままじゃヤバい」と一念奮起して早稲田大学に進学し、大手金融機関への就職を果たした大逆転時代。しかし結局「普通」の仕事がまったくできずに退職し、起業にも失敗した「うつの底」時代……。 30歳の頃には、死ぬことばかり考えて「毎日飛び降りるビルを探していた」借金玉さんが、どん底から脱することができた理由。それは、生活、そして人生を立て直す「再起」のテクニックをひとつずつ身につけていったからだった。 今回は、学校にほとんど行かなかったのに借金玉さんに、それでも大学に受かった勉強のポイントについて話を聞いた。 (取材・構成/樺山美夏、撮影/疋田千里)

●何があっても「学力」をつければサバイブできる

――前回の記事で、「学校に行かなくていいから勉強はしよう」と子どもたちに呼びかけていました。 借金玉 発達障害といっても千差万別で、「学校」に適応できないだけで、「勉強」ができないわけじゃない子もたくさんいます。でも、学校で「ちゃんとしろ!」「なんでできないんだ!」と怒られ続けると「自分は勉強が嫌いなんだ」と勘違いしてしまう。これは、本当にもったいないことです。 何があっても学力だけは身につけておいたほうがサバイバルできることを、当事者にも親御さんにも知ってほしいですね。

――借金玉さんが、不登校によって小学校の授業で習う「基礎学力」の部分を身につけられなかったことは、その後の進路にも影響したと思います。どう克服していったのでしょうか。

借金玉 僕は、小学校4年生からほとんど学校に行っていません。結果、「鶴亀算」とか「日本地図」とかを習わないまま中学に入学したので、ものすごく苦労しましたね。 試験中、数学の問題を解くときに手が止まっちゃうんですよ。解法はわかっていても計算ができなくて……「3+2」を間違えたり。今でも2桁の計算は、計算機アプリのお世話になっています。

 僕の勝手な分類ですが、勉強には ・「知識」が必要なもの ・「練度」が必要なもの の2種類があります。

先ほど数学の問題を解くときに解法はわかると言ったのが「知識」。計算で手を動かすのが「練度」を必要とする部分ですね。 僕ら発達障害傾向の強い人間は「ウォーーーーッ」と徹夜して知識を詰め込むのは得意な人が多いと思うんです。ただ、このやり方には盲点があって、ある一定の分野は、コツコツ「練度」を高めていない限り試験本番でどうしても手が動かない。先ほどの計算もそうだし、英単語の暗記なんかもこの部類です。小学生時代に繰り返しやる計算問題ってつまらないけど、やる意味があるんだなと後から気づきました。 練度が必要な問題には、受験だけではなくて就職試験のSPIでも出会うことになるので、注意が必要です。

――中学、高校時代はほとんど学校に行っていなかったそうですが、成績はいかがでしたか? 借金玉 成績は悪くなかったです。ただ、中学時代はあまり素行が良いとは言えなかったので内申点が悪すぎて、進学先が限られてしまったんです。仕方なく入った高校は授業の質が低すぎて、「こんな授業だけ受けていたらどこの大学にも行けないぞ」と。 それで、高校時代の終盤は大学受験の勉強(過去問を繰り返すこと)だけに集中していました。「進級に不必要な点を1点たりとも取らない」というモットーで。 先生は「授業をちゃんと聞けば東大でも行ける」っていうんですよ。でも、3年生になって大学の受験要綱を見たらそもそも教科すら足りてない。いわゆる履修漏れ問題に当たったんですが、あれは「教師や学校なんて信用できない、自分で考えて決めないと大変なことになる」という素晴らしい教育でしたね。

●文章が読めると、あらゆる教科で有利になる ――学校に行かなくても、学力をつけるために必要なことは何だと思いますか? 借金玉 具体的に大切なことは、2つあります。 ひとつは家に、学習用の机とイスを置くこと。

僕はかつて補習塾の講師をしていたことがあります。いわゆる、学校の学習についていけない子どもたちをメインの顧客とした学習塾です。そこで気づいたことは、学校の学習についていくことに苦戦している子どもたちの多くは、「学習のための机とイス」を持っていないという事実でした。 彼らは、ご飯を食べるためのちゃぶ台(こたつ)しかない家に住んでいた。専用の場所がないために、学習習慣がいつまでたっても身につかないのです。 2つめは、本を読むことです。読書を積み重ねると「文章を読む力」がつきます。これは、いわゆる教科ごとの学習「以前」のあらゆる勉強の基盤となります。「読み書きそろばん」というやつですね。

具体的な成果としては、参考書や問題文を読むのが速く、正確になる。結果、2倍、3倍とテストの点に跳ね返ってきます。 それから、文章をちゃんと読めると、物事の流れや因果関係がつかめます。たとえば歴史を一問一答の語呂合わせで丸暗記するのには時間的にも限界がありますが、流れがわかっていれば、どこが試験に出ても対応できます。 僕は小さい頃からジャンルを問わずありとあらゆる本を読んでいました。学校の休み時間、友達が一人もいなくて机に突っ伏して寝てるの、辛いじゃないですか。そういうときも、本を読んでいれば誰も話しかけてこないし、不自然じゃない。 最初は学校でも家でも居場所がなくて現実逃避で始めたことが、後から僕を助けてくれた。本当に幸運でした。辛い現実から逃げる力に後押しされていなければ、僕は「本を読む力」を身につけられなかったと思います。

●発達障害の人には、都会のマンモス大学がおすすめ

――1度合格した大学が合わなくてやめて、2回目の受験で早稲田大学に合格したんですよね。キャンパスライフはいかがでしたか? 借金玉 何の苦労もなかったです。授業はすべて自分で選べましたし、教授にどれだけ逆らっても、それが当たり前のような文化の大学ですから。それと今は数が減っちゃったんですけど、大学校内にあった喫煙所がすごく楽しかったんですよ。喫煙所って、大学の人間関係からはみ出した人が集まる場所なので。 たとえば、26歳になるまでフラフラしてたら家業を継ぐことになって、親から「せめて早稲田ぐらい出てこい」と言われた人とか、暴走族にいたけど飽きたから早稲田に入ってきた人とか。8年ぐらい大学にいる先輩もいましたね。仏像を背負っている人がいたときは、「なんで仏像を背負ってるんですか?」って聞いたら、「今考えごとをしているから」と言われて、「なるほど」と妙に納得したり(笑)。

変わり者は自分だけじゃないことがよくわかって、めちゃくちゃ面白かったです。僕みたいに、他と協調したり縛り付けられるのが苦手な発達障害者は、できるだけ均一化していない自由度の高い環境(例えば都会のマンモス大学)を選ぶことを何より重視したほうがいいと思います。 おかげで僕は「不登校生活が長かったにもかかわらず早稲田大学を卒業できたこと」が、社会へ出て行く上で大きな自信につながりました。その自信も結局打ち砕かれることにはなりましたが、それでもないよりはずっといいですね。

【大好評連載】 第1回発達障害の僕が「毎日怒られていた子ども時代の自分」に絶対伝えたい2つのこと 第3回 発達障害の僕が失敗から見つけた「向いている職業」「避けるべき職業」(★10/10~掲載) 第4回 発達障害の僕が伝えたい「意識高い系」の人が人生から転落する危うさ(★10/11~掲載)

ダイヤモンド社書籍編集局 〔2020年10/9(金) ダイヤモンド・オンライン〕

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マンガ家・荒木飛呂彦 コロナ禍で響くジョジョ作者の言葉「自分を信じてマンガを描き続けることが使命」 マンガ家・荒木飛呂彦さん(撮影・全国不登校新聞社) 新型コロナウイルスの影響で、私たちは生活がコロコロ変わる状況をすごしてきました。しかし、いま現在、コロナの影響は、よい意味で収まっているような、まだ深刻な状況でいるような、どうにも捉えがたい不思議な状況にあります。 状況にあわせて動こうと思っても、今をどう捉えていいかも、この先の状況も読めません。 そこでこの記事では、過去『不登校新聞』に掲載された『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦さんのインタビューから、この状況を乗り切るヒントを探っていこうと思います。

取材者は自分に自信が持てない19歳 私たち『不登校新聞』編集部では2010年に、不登校をしていた19歳の男性といっしょにマンガ家・荒木さんにインタビューをしました。企画したのは当時19歳の男性自身。彼は不登校やひきこもりの人に限らず、今や10代や20代に共通した悩みでもある「自分に自信が持てないこと」に悩んでいました。荒木さんならこの悩みにヒントを与えてくれるのではと、彼が思ったため、インタビューに至りました。

というのも彼が不登校になったのは小学校2年生の冬。理由は「理不尽なことが多かったから」だそうです。運動会や真冬のマラソン練習、音楽の授業、宿題…、学校の行事や勉強に対して「本当に必要なのか」と疑問に思っていたそうです。そんなことから心は学校から離れていき、登校時に腹痛も襲うようになって不登校に至りました。その年齢が小学校2年生。不登校になったことは後悔していないものの、早くから学校に適応できない自分は「この先も生きにくいのでは」と悩んでいたそうです。そんなときに好きで読んでいたのが荒木飛呂彦さんの代表作『ジョジョの奇妙な冒険』(以下、『ジョジョ』)。荒木さんに「自分に自信が持てない」「将来への不安がある」という悩みを率直にぶつけてみました。

取材を受ける荒木飛呂彦さん(左・撮影/全国不登校新聞社)

――私は小学校2年生から不登校をしていました。いまはフリースクールにも楽しく通えていますが、将来への不安は拭えません。この先のことを、どう考えていったらよいのでしょうか。

私の話をすれば、私はマンガ家としてひとりでマンガを描いています。そうすると「孤独に耐えねばならないとき」が必ずあるんです。たとえば自信を持って描いたストーリーでも、読者に受けいれられないことがあります。そんなときは「なんでなのだろう、世の中の人は何を考えているんだろう」と自信を失い、「私はひとりだ」という孤独感がさらに強まることがあります。そういうときは、天才と呼ばれる先人たちの生き方や姿勢に勇気づけられることがあります。

ゴーギャンというフランス人画家が私は子どものころから好きでした。ゴーギャンのなかでとくに好きなエピソードといえば、絵を描くためだけにフランスからタヒチへまで行ったことです。地球の裏側と言ってもいいような場所へなぜ行ったのか。イメージで描いたっていいし、写真を見て描いたっていいわけです。しかも、そこまでこだわって描いたからといって、かならずしも絵が売れるという保証はありません。でも、そうした確固たる意志や自分の信念に沿った行動を見聞きすると、私はすごく励まされるんです。

マンガ家はかならず孤独を感じるものですが、だからこそ「自分を信じる」という気持ちが大切です。自分のアイデアが読者にウケるかどうかは描いているときにはまったくわかりません。たとえどんなに有名なマンガ家であっても絶対的な確信は持てないと思うんです。私もそうです。マンガ家としてデビューして30年以上が経ちましたが、今でも確信は持てません。それでも自分を信じてマンガを描き続けること、それが自分の使命だと思っています。

荒木飛呂彦さん(撮影・全国不登校新聞社) ――その「自信」を持つためには、どうしたらよいのでしょうか。

修行をするんです。自信を持つための修行です。私はいまでも何十、何百タッチと、毎日たくさん描いています。だからこそ、あまりペンを握ったことがない人では絶対に描けない線を引けます。これは野球の素振りにも通じるんじゃないかと思います。ホームランだって、急に打てるようになるものではないでしょう。表立っては出てこない努力の積み重ねが自信につながっていくんだと思います。

『ジョジョ』を描く前には、知能戦をテーマにした『魔少年ビーティー』や、究極の肉体をテーマにした『バオー来訪者』という作品を描いています。いま読み返してみると絵もストーリーも安定していませんが、この2作品がなければ、『ジョジョ』に行きつくことはなかったと思うんです。

――ありがとうございました。(2011年1月1日号『不登校新聞』掲載より一部編集)

方位磁石(イメージ/写真AC) ◎向かいたい方向性を考える 自信が持てないという19歳に対して、荒木さんは「自分を信じて描くのが自分の使命」だと答えてくれました。

話を聞き終えて19歳の男性は「勇気をもらった」と語っていました。インタビューは10年前に行ったものですが、コロナ禍のいまこそ荒木さんの言葉は指針になると感じています。 こんな状況判断が難しいときほど、荒木さんが話していたように「使命」を定めてみると道筋が見えるのかもしれません。自分の使命やミッションはなんだったのか。そこまで大げさなものはなくても、自分が大事にしているものを原則として方向性を考えてみる。そうすれば、先行きが見えなくても、向かいたい方向性だけは見えてきます。 いずれにせよ、先の見えない若者に説いた荒木飛呂彦さんの言葉は、今だからこそ響いてくるものでした。

石井志昂 『不登校新聞』編集長、不登校経験者 1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」へ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2006年から『不登校新聞』編集長。これまで、不登校の子どもや若者、親など300名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。編著書に『学校に行かない君へ』(ポプラ社)など。 〔2020年10/23(金) 石井志昂 | 『不登校新聞』編集長、不登校経験者〕

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