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乱暴な子

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Matsu4585 (トーク | 投稿記録)
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周辺ニュース

ページ名乱暴な子、(小学校、居場所)
あのとき、教室に居場所がなかった田村くんに私は何ができたのだろうか
大人になった今だからこそなのでしょうが、思い出すたびに胸が痛んでどうしようもなくなる思い出があります。
小学生のとき、もう何年生の頃だったかも覚えていませんが、クラスに「田村くん」という男の子がいました。
田村くんは普段とても無口で大人しく、なぜかいつもこわばったような顔をしていて、多分、私を含めてクラスメイトの誰も彼の笑顔を見たことがないような、そんな子でした。
遠足の日の朝、傘で何度も突かれた経験も
休み時間になると男の子たちがこぞって運動場に走っていく中、田村くんだけは外にも行かず、誰かと話すこともなく、よく机に突っ伏していたのを覚えています。
そんな彼は時折、癇癪(かんしゃく)を起こして泣き叫びながら人を叩いたり、イスを振り回したりすることがありました。
私自身も、遠足の日の朝、出発直前に突然暴れ出した田村くんに傘で何度も突かれた経験があります。
子どもながらにとても怖かったですし、どうして彼がそんな風になってしまうのかが理解できず、ただ「この子は怖い子だ」と思って、それ以来彼には近寄らなくなってしまったのです。
いつ癇癪を起こすか分からない田村くんは次第にみんなから避けられるようになり、そのうち「ヤベー奴」として認識され、彼をバカにしたり、面白がってからかう子たちも現れました。
そういうことがあるたび、田村くんはまた「わあー」と大声を出して暴れ、周りの子どもたちは怖がり、からかっていた子たちは期待していた通りの行動を取った彼を見てゲラゲラと笑う。
今から考えると「どうなんだ」という対応ではあるものの
今となっては面白がっていた子たちに対して「なんてひどいことを……」と思えるようになりましたが、当時子どもだった私たちにとって、田村くんは単なる「ヤベー奴」であり、そんなことがあっても「あの子、変わった子だから……」で終わらせてしまっていたのでした。
そして学校内で唯一の大人である先生たちはどうしていたかと言うと、田村くんが癇癪を起こすやいなや「こら! 何でそんなことするの!!」と怒鳴り、泣き叫ぶ彼を引っ張ってどこかに連れていくことが恒例でした。
これまた今から考えると「どうなんだ」という対応ではあるものの、先生の立場としては他の子たちが怪我をすることも防がないといけないわけで、頭ごなしに「怒鳴ったり無理やり連れていくんじゃなくて、もっとじっくり時間をかけて、優しく諭してあげてくれ」とも言えないなあと思うわけです。
田村くんは居づらかったんじゃないか
そもそも、彼はどうしてそんなことになってしまったのでしょうか。
田村くんのことを思い出したのは、私が子どもの発達について関心を持ち始めたときのことです。
そして最近になって、「田村くんはきっと、教室に居づらかったんじゃないか」と考えるようになりました。
第三者が、今になって憶測で、そして安易に彼のことを「何らかの症例」に当てはめたくはないのでそうした部分には言及せずに書きますが、おそらく田村くんにとっては教室がとても居心地が悪い場所で、私たちからは大人しくしているように見えていても本当は、ずっとその「居づらさ」を我慢していたんじゃないかと思います。
それが何かのきっかけで爆発してしまった結果、感情のコントロールがうまくできなくなってしまって、周りに助けを求められる人もいなくて、不安で仕方がなかった。
そしてさらに追い討ちをかけるようにクラスメイトから避けられたり、バカにされたり、それがきっかけでまたパニックになって、先生からも怒鳴られてしまうなんて、彼にとっては心に深い傷が残ってもおかしくないくらい、とても辛い経験だっただろうなあ、と思わずにはいられないのです。
田村君のお母さんが「みんなに謝りたい」
田村くんは確か、卒業する前に私たちの前から姿を消してどこかへ行ってしまって、残念だけれど本当の気持ちも聞けなかったし、今どうしているのかも分からないし、「何も知らずに傷つけてしまってごめんね」と謝ることも、多分もうできません。
彼が学校に来なくなった少し前だったか後だったか、田村くんのお母さんが「みんなに謝りたい」と、教室に現れたことがありました。
当時はポカンとして聞いていたけれど、「息子が暴れて迷惑をかけて、いつもごめんね。怖い思いをさせてしまって本当にごめんなさい」と話すお母さんの姿は、今になって思い出すとあまりにも痛ましくて、「どんな気持ちであの場に立っていたんだろう」と想像すると、こちらまで胸が痛くなって、つい涙が出そうになるのです。
「自分の子はそんな子じゃない」という親たち
田村くんのような「教室に居づらい子」は、決して少なくないでしょう。
だからこそ真剣に、そういう子たちが負わなくてもいい傷を未然に防ぐ方法を考えているものの、これが非常に難しい問題のようなのです。
先日登壇させてもらった、主に教育関係者が多く集まるイベントでこの問題について話したところ、終演後に1人の男性に声をかけられました。
男性は教師をしているそうで、やはり「教室に居づらい子」は少なくないことを教えてくれました。
そこで私から「そういう子について、例えば学校側から保護者に『本人が安心して勉強できる場所』を一緒に考えてあげるよう、提案することは現実的に難しいのか」と尋ねてみたのです。
すると、彼は少し考えてから「まず保護者が『自分の子はそんな子じゃないんだ、みんなと同じ教室で一緒に勉強ができるんだ』と、自分の子の“居づらさ”を認めようとしない場合があるので……」と難色を示しました。
田村くんがそうであったかは分かりませんが、「一般学級」に通うのが難しい場合、「特別支援学級」や「特別支援学校」に通う方が精神的に落ち着いて勉強ができるケースもあります。
しかし、保護者が子どもの状況を正確に理解できていない、または認めようとしない場合や、一般学級以外に入ることに抵抗を持っている場合、子どもには逃げる場所がありません。
子どもを「安心できる場所」に置いてあげる
もちろん「教室に居づらい子」の保護者が全員そうではなく、「子どものことを思って気にかけてはいるものの、子どもが辛い思いをしているかどうかの見極めが難しく、慎重に見守っていた結果、子どもが癇癪を起こすまで決断ができなかった」というケースもあるでしょう。
そんな中で、学校側から「特別支援学級や特別支援学校に通わせてあげた方がいいのではないか」と言われても、保護者が心を整理するまでに時間がかかってしまう気持ちも理解できます。
そして最終的な判断を下すのは保護者であるゆえに、学校側としてもそれ以上のことは言えない、というのが実情のようです。
子どもを「安心できる場所」に置いてあげることは非常に重要で、そこで得た成功体験は本人の自信につながり、「できること」がどんどん増えていきます。
逆に、子どもにとっての挫折体験やいじめなどのトラウマは子どもの自己肯定感を奪い、自信を失くしたり、一生心に残る傷となる可能性も否定できません。
不必要な「傷」を負わせないことの大切さ
クラスメイトであった私たちが田村くんにそうしてしまったように、子どもは何も知らないがゆえに、「教室に居づらい子」を傷つけてしまうことがあります。
ただ、それを未然に防ぐため、学校側が小学生の子どもたちに彼らの存在を「理解してあげてね」と伝えることや、授業で彼らの存在をテーマとして取り扱うことが正しいのかというと、現時点で私には「YES」と断言する自信はありません。
なぜならば、子どもたちがそうした知識を持つことで、「教室に居づらい子」がかえって「あの子は私たちと違うんだ」と認識されてしまい、いじめにつながる可能性もあるからです。
『発達障害』(文春新書)などの著書もある精神科医の岩波明さんに「こうした問題を解決するために何が必要か」とうかがったところ、2つの提言をいただきました。
「1つは、初等教育における学校システムを見直すことです。日本の画一的な教育に対して、オランダほか多くの国では現在20人前後の少人数クラスを作り、生徒への個別対応ができるよう配慮されています。
また、日本では『子どもを通常学級に通わせるか、特別学級や特別支援学校に通わせるか』の決定権が保護者にありますが、日本以外では精神科領域の専門的知識を有する人が子どもの状態や特性をチェックした上で、学校側に決定権を与えている国も多いです。
このようなシステムを取り入れることで、先生の負担も減りますし、ひとりひとりの子どもに向き合い、変化に気が付きやすくなるメリットが得られます。
クラス替えもほとんどメンバーが変わらないため、いじめがあまりないという報告もあるようです」
理解者を増やす努力を
日本では、小学校低学年は40人学級から35人学級に改善されたものの、OECD平均と比較するとクラスの規模や教員1人あたりの生徒数も多い状況にあります。
また、学校だけの問題でもありません。
「2つ目は、こうした子どもたちに対しての社会の理解を進めることです。昔よりは偏見も減りましたし理解も進んでいますが、残念ながら、その理解や知識が学校で起きている問題の解決にうまく結びついていないのが現状です。
今は先生の負担も大変なようで、学校現場だけにいじめや不登校などの問題を押し付けるべきではありません。
行政がしっかり問題に着目してシステムを作り変えたり、理解者を増やす努力をしたりする必要があるでしょう」
岩波さんがおっしゃるように、周りにいる大人たちが「理解者となり、SOSを出しやすい存在」となるだけでも、子どもたちが深刻な事態に陥る前に助けてあげることができるのではないでしょうか。
既存のシステムや人々の認識を変えることは簡単なことではありません。
しかし、私たちひとりひとりが意識して行動することで、「教室に居づらい子」が安心できる場所でのびのびと育ち、より豊かな人生を歩むことができるようになると思うのです。
田村くんが今どうしているかは知る由もありませんが、どうか彼が安心できる場所で、心穏やかに過ごせていることを、切に願っています。
〔2019年6/21(金) 吉川 ばんび 文春オンライン〕
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