●21号-文通希望せず  『ひきこもりセキララ』

よし子 〔東京都・主婦〕

 『ひきこもり、セキララ』を読みました。読んでみて思ったことは、作者が特別変わっているという印象はないのです。

 ひきこもりになった作者と、ならなかった普通の人との違いは何かなと考えると、その一つに、父親との関係の違いがあるように思います。サラリーマンで役員の地位までなった、ノアさんの父親はかなりのやり手だったのでしょう。

 気の弱い息子を自分と同じか、あるいは、それ以上の仕事ができるように教育したかったと思います。しかし逆にそれが、本人のやる気や考える力、自分で生きる力を、うばってしまったのかなと思いました。

 幼児時代から小学校低学年の頃の事はあまりくわしく書いていなかったようで、よくは解らないのですが、人間の人格形成は幼児期にほとんどなされるので、その時期に本人が自信を持てなくなるようなことが、繰り返しあったのかもしれません。

 それと現在大人になってからのことですが、働く事は、本当に大変なことで、どうしても働かなくては食べていけない状態になった時は、必死になり、働けることがあるのかもしれません。例えば、嫌な事ですが自分をやしなってくれていた親が他界してしまうとか、病気で入院しまうとか。

 幼い時から自立の芽を親がところどころでもぎとって来たからこの豊かな時代になってひきこもりが増えたような気がします。昔はひきこもりなんていませんでしたから。私が小学生の頃は両親は必死で働いていたので、私は夕食の準備や片づけをするのが毎日の仕事でした。今もそういうことをする子は少ないだろうと思います。

 私もわが子を家事手伝いよりも勉強をするように育てて来ましたが、生きていくためには、家事手伝いも大切なことの一つだったと今となっては反省しています。

 わが家には、北豊島通信制高校?類一年の娘がいますが、なんとか無事卒業まで通えることを祈り毎日過ごしています。

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