GDPに代わる国民生活の新基準に期待 (松田武己)

家事がエッセンシャルワークと認められれば、GDP(国民総生産)による社会の豊かさの基準は大きく変わると予想できます。特に家事に従事する女性の社会的な地位の見直しに進むと思いますし、人の豊かさや幸福度の基準も変わる可能性さえ感じています。

生産・サービスの質量(売上高等)に基づく価値(通貨に換算できる交換価値)によるのではない使用価値(売上額に計上されない人にとっての有用性に基づく価値)に基準が変わっていく可能性を感じます。世の価値観の大転換です。

使用価値がGDPのように数値化できるとわかりやすくなり、国民の中に浸透しやすくなるのですが、それはすぐにはできないでしょう。しかしまずはそのベースがはっきりしてきたように思うのは(もしかしたら)私だけ? そうではではないと期待しましょう。

もう一つ大事な面があります。国民の大多数に対して有害になっている投機的なマネーゲームに奔走する経済活動が宙に浮き、国民生活への悪影響が浮き彫りになるでしょう。それが衰退していくとの期待もあります。

ひきこもりに深くかかわり、考え続けてきた者としては、その枠を超えた事態との遭遇です。『ひきこもり国語辞典』の作業がすんだら、このあたりを社会科教室として考えてみたいと思うところです。

2020年のコロナ禍は、自然による警告ですが、人の社会を見直す機会になります。

そうか、こうして歴史は進んできたのかと思う年の瀬です。

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