GDPに代わる国民生活の新基準に期待 (松田武己)

家事がエッセンシャルワークと認められれば、GDP(国民総生産)による社会の豊かさの基準は大きく変わると予想できます。特に家事に従事する女性の社会的な地位の見直しに進むと思いますし、人の豊かさや幸福度の基準も変わる可能性さえ感じています。

生産・サービスの質量(売上高等)に基づく価値(通貨に換算できる交換価値)によるのではない使用価値(売上額に計上されない人にとっての有用性に基づく価値)に基準が変わっていく可能性を感じます。世の価値観の大転換です。

使用価値がGDPのように数値化できるとわかりやすくなり、国民の中に浸透しやすくなるのですが、それはすぐにはできないでしょう。しかしまずはそのベースがはっきりしてきたように思うのは(もしかしたら)私だけ? そうではではないと期待しましょう。

もう一つ大事な面があります。国民の大多数に対して有害になっている投機的なマネーゲームに奔走する経済活動が宙に浮き、国民生活への悪影響が浮き彫りになるでしょう。それが衰退していくとの期待もあります。

ひきこもりに深くかかわり、考え続けてきた者としては、その枠を超えた事態との遭遇です。『ひきこもり国語辞典』の作業がすんだら、このあたりを社会科教室として考えてみたいと思うところです。

2020年のコロナ禍は、自然による警告ですが、人の社会を見直す機会になります。

そうか、こうして歴史は進んできたのかと思う年の瀬です。

(07)私の家事と育児の体験 (Qkさん)

家事はエッセンシャルワークというのは本当にその通りですね。欠くことのできない大切な、そして誰かがやらなくてはならない仕事ですね。

私は結婚してから子ども三人を保育園に預け、仕事から直行で保育園に行き、子どもと帰っ

た後は大急ぎで食事を作り風呂に入れ、寝かせるという生活をずっと続けてきました。

子育て、家事は妻がやるものという固定概念があり、一人であくせくと余裕もなくこなしてきました。子どもが手を離れた後もずっと働きながら家事をこなしてきました。

その反動なのか夫が退職した後はすべて家事は夫に任せています。夫も家事は私より向いているようでいつも気持ちよくやってくれています。でも、私の中ではどうもあの子育ての時の一人で抱えていた家事と育児の大変さを今意趣返しのように押し付けている気持ちがなくはありませんでした。

しかし、家事とは面倒な仕事ではなく誰かがやらなければならない欠くことのできない大切な仕事であるという部分に光が当たってくるといいですね。

私はいやいやこなしていたからあまり家事に良いイメージは持っていませんでしたが、家事はエッセンシャルワークという言葉自体がもっと広まっていけば家事に対する社会のイメージもそれにつれて変わっていくのかもしれません。やる方もプライドを持ち、周囲も感謝の念を持っていくことが家事に光を当てていくことなのかもですね。

(06)週3で働く主夫さん (Pfさん)

働いている人と、働いていない人との間には様々なグラデーションがあって、もっと色々な生き方が世の中的に認められるようになれば良いなと願います。

私の職場にも、週3働きながら主夫をしている方がいます。周りは誰も偏見を持っていなく、ご本人も伸び伸びと働かれています。理解ある環境が増えていくのは良いことだと思います。

(05)エッセンシャルワークとGDP (Ssさん)

エッセンシャルワークがテーマの一つのようですので、それにともなうことで思いついたものをあげるだけですが……。

エッセンシャル(必要なもの)ということですが、2020年は「不要不急」とは何かが問われた年でした。芸術や文化活動において、今年活動が途絶えてしまったものがたくさんあります。

しかし企業経営や事務労働(、ハンコを押すために出勤するなどの日常業務)にこそ「不要不急」が含まれているのではないか。

『ブルジット・ジョブ』という本も評判になりました。ロバート・ケネディの演説で、経済について語ったものがあります。(検索結果のコピペです。すいません)

GDPには、ライフルやナイフ、子どもにおもちゃを売るために暴力を美化するテレビ番組も含まれている。一方、GDPには、子どもたちの健康や教育の質、遊ぶ喜びは入っていない。

GDPには、詩の美しさや夫婦の絆の強さ、公の議論の知性や、公務員の高潔さは入っていない。

GDPには、私たちの機転や勇気も、知恵や学びも、思いやりや国への献身も、入っていない。

つまり、GDPは、私たちの人生を意味あるものにしてくれるものを、何も測ることはできないのだ。』(※当時のスピーチはGDPでなくGNPと発言しています)

「ひきこもり」は経済的な「生産性」がないことによって批判されますが、そもそも「必要」とされている日々の労働がなにほどのものか。

ノーベル文学賞を受賞した、シンボルスカという詩人が書いています。

『どう生きるかという素朴な質問以上に/喫緊な問いというものはない』(「世紀の没落」)

私にとってひきこもりは、内的に喫緊の、エッセンシャルな課題です。

食事をすることや、泣いている赤ん坊をあやすことのように、「いま・ここ」で生じている。

本来人が生きていくうえで大事なことが、経済的な判断に裁かれてしまっていることによって、「ひきこもり」や、過労死や、女性蔑視などのさまざまな問題が起きてしまっているのではないか……などと思います。

(03) 家事はエッセンシャルワーク (Gnさん)

とても良いと思います。家事はゴミ出しから始まり、朝食のしたく、片付けの洗い物、前日散らかった部屋の片付け、掃除機、洗濯、食品の買い物、雑貨の買い物、夕飯の支度、洗い物、郵便物、書類確認など続けざまにあります。

 目に見えない家事というものも注目されています。

シャンプー、リンスの詰め替え、トイレットペーパーの芯の交換・予備を置く、三角コーナーの交換、洗濯物をたたむ・しまう、食材確認、靴を揃える、電気の交換、ゴミの分別、お風呂を入れる前に洗う、水やり、掃き掃除Etc‥などです。

 子どもがいたら、子どもを起こすから仕度を手伝う、おやつを用意する、学校のプリント確認、宿題確認、宿題の丸つけ、持ち物確認、遊ぶ、お風呂に入れる、学用品、衣類を買う、しつけをする、などあります。

 自分の時間はあってないようなものです。

 家族のやり残しや雑用をやり、汚れたものを再生させて生活しやすくする。これをやらなかったら国はなくなるようなものです。

 兼業主婦、専業主婦という言葉はあっても「兼業主夫」はないですね。

「主夫」があらゆるところに増えるのはよいことです。引きこもり男性の「主夫」はいいと思います。

(02)親の会が中止になったコロナ禍の12月

忘年会・クリスマス会を兼ねた12月の不登校の親の会が中止になりました。設立後十数年の親の会で、コロナ禍第三波の影響です。今年の春ごろから中止が続き、9月に再開して、先月はやっと6名が集まり、これから再出発の時期でした。

当事者が運営するところだけではありません。自治体主催のイベントもひきこもり関係にかぎらず相次ぎ取りやめです。自然災害なのでやむをえません。しかし、この自然災害は、どうやら人間の活動が絡んでおり、環境問題と考えられます。

一方、ひきこもり当事者に話を聞くと、コロナ禍といっても生活に大した変化はありません。もともと外で活発に動いているわけではないので、変化がないというのももっとものことです。マスクをする人が90%を超える生活のなかで、気持ちが少しは楽になった(顔の表情が隠れるのでメンタル面で楽)感想があります。しかし、コロナ禍が過ぎたらまたマスクのない生活に戻るのにちょっと不安があるという人もいます。

人との接触することがひきこもりから抜け出すのに不可欠な過程なら、それが大きく制約されている事態です。

(01)GDPにカウントされない家事はエッセンシャルワーク

コロナ禍に注目されたのはエッセンシャルワーカーです。医療・介護・食糧生産・小売業・公共交通など生活に欠かせない仕事をする人たちです。

『ひきこもり国語辞典』のなかでも、「三日が限度・四日は無理」としてパート勤務ながら介護についているひきこもり経験者の状態などを紹介しています。他にもひきこもりながらではのエッセンシャルワークになる働きを紹介しました。

そのなかで最も大きな発見は「主夫」です。家事をする男性。ひきこもりながら炊事・掃除など家事を分担する男性は少なからずいます。「家事テツ姫」は女性です。ある女性が家事手伝いは、正当に評価されていない仕事という問題意識を発表してことがあります。それは家事労働が、GDP(国内総生産)にカウントされていないことによるものです。エッセンシャルワークへの注目をGDPに反映されない労働、家事労働に目を向けさせるきっかけにしたい気がします。

ひきコミWEB版を大幅に改造し新ひきコミWEB版にします。 2021年1月1日

ひきこもりと周辺事情に関する当事者・家族・周辺の人たちによる体験発表と意見交換の場にします。 投稿はメール(info@futoko.info)でお送りください。 FAX(03-5875-3731)や 手紙(〒132-0035 東京都江戸川区平井3-10-4 不登校情報センター) も歓迎しますが、文書入力に時間を要すので遅くなります。

投稿文を原則としてそのまま掲載しますが、やむをえない時の例外として一部リライトします。 特定グループへのヘイトや個人攻撃内は掲載できません。

投稿には次の属性を載せます。 名前(ペンネームなど)、性別・ジェンダー、年齢・年代、 住所(都道府県、東京都は区、政令都市名、海外は国名)。

文通番号 190911 自然農法の農作業に興味

◎メール希望ですので、メールを送っていただければ転送します。=事務取扱

ニックネーム:ユウ・リン
年齢:44歳  性別:男性
職業:自宅療養(将来は農業従事者&個人事業主)

はじめまして この度はweb版ヒキコミにてメール交換希望の為の自己紹介をさせて頂きたく思い投稿させて頂きました。

私は地元の中学・高校を卒業した後は、住友重工業の子会社で船舶関係の保守・メンテナンスの仕事をしたり、また時には製造関係の職場で働くことなどもしていました。ですが18歳の時から発病した不安障害で薬を福用するようになってからは、次第に体力的にも精神的にも辛くなり仕事を長く続けられなくなりました。ちなみに不安障害の他にも作業の同時平行が出来ない、口頭のみでの指示が理解出来ない、そして電話対応が出来ないなどの困難さも抱えており何重にも苦労しました。

なお、その後は一旦仕事からは離れて地元の引きこもりの当事者会に参加するようになりました。注:当時はまだ引きこもりが障害や病気とは認められず法的な制度も利用出来なかったのを覚えています。
ですが、一方では生まれて始めて生きた心地がして(身構えることなく)仲間との信頼関係が出来たのはとても嬉しかったです。今思いますと食事会や旅行も出来て楽しかったですね。

ところで引きこもりのグループの人間関係に慣れて数年が経った後は、新たに何かに挑戦したいと思い単身、語学を勉強してオーストラリアやイギリスにホームステイ体験をしに行くこともしました。元々海外に興味があり、更には西洋史学や東アジア史に文化人類学も好きでしたので本当に貴重な体験でした。

ちなみに帰国後はそれまでの生き辛づらさが、子供の頃からですが自閉症に起因するのではないか?との疑念を晴らす為に大学病院に半年以上通いました。そして、やはり!知的障害のない自閉症もあったのだと知る事となりました。
注:診断名は広汎性発達障害

その後はトントン拍子で障害者手帳も取得して、また職業移行支援機関も利用して始めて障害者雇用で働くことも出来るようになりました。注:独立行政法人『職業センター』の職員の方々には今でも本当に感謝しています。

自分はその時に始めて長く安定して働ける職場を得る事が出来ました。ちなみに横浜市内の食品会社の本社でシステムの仕事を手掛けることになりました。順調に収入も得ることが出来て結婚もしました。親から独立も出来ました。

ですが、数年経ったある日の津波と地震(東日本大震災3月11日)の影響で職を失い再び不安定な生活を始めることになりました。離婚もしました。その後は障害者雇用での就職が困難でしたので、障害をクローズして一般雇用で働きました。ですが、長時間勤務で身体を壊してしまい入院もして今日に至っています。

今ではかなり体調も良くなりましたので再び働く方向でいます。また現在では自然農法の農作業に興味がありますので、地元の特例子会社を通して農業に従事することも考えています。自然と生き物を相手に生きて行けたら嬉しいですね。

かなり長くなりましたが、自分は得意な分野や個性を伸ばせたら、どんなに生き易くて幸福な人生を送れたのかと何時も考えてしまいます。でも人生はまだまだ長いですから、これからのことも考えて行きます。

ところで自分の趣味は、カラオケで唄ったり音楽を聞いたり、そして神社巡りをすることです。またアニメも好きです。『艦これ』や『ガルパン』などが主に好きですね。ちなみにアニソンやイラストも好きです。

こんな感じの自分ですが、もし宜しければ文通でではなくてメール交換が出来る仲間が出来たら嬉しく思います。再び、人と人との血の通った交流が出来たら嬉しく思います。なお、自然農法や自然と親しむ事が好きな人も良いですね!

文通番号 20200420 年齢は49歳の独身

はじめまして。年齢は49歳の独身です。
私は22歳の時に仕事のストレスで統合失調症になりました。
6か月入院して自宅療養、しばらくしてまた働きだし30歳で再発、5か月入院。その後、デイケア、作業所など5年ぐらい通って体調が安定してきて現在まで体調を崩すことなく毎日頑張って生きています。
2017年の6月に就労移行支援事業所に通い出し、2019年の6月、2年間の期限ギリギリで現在の会社に障害者雇用で就職できました。
薬を服用していますが、10年以上体調には問題はありません。家族構成は両親と姉がいます。
何を書けばよかったのかわからないのですが、病歴は以上です。誰かのために私が役に立てばと思います。よろしくお願いします。

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