Category: 07:福島県

●文通番号19-33  歩き始めるために

オーパーツ  [福島県いわき市 男 40歳]

 「不登校なんて甘えている、逃げだ」「社会はもっと厳しいんだから我慢して学校へ行け」という人々がいる。「僕だってがんばってやってこれたんだから、お前らだってがんばれるはずだ」という意見を不登校、ひきこもりに関しても何度となく聞かされ、「またか」と思う。

 強者の理論は、それをやり通せた分だけかっこいいし、苦労もしただろうとは思うが、弱者への理解は本当に単純である。人はやはりあれこれ思い悩んだ分だけ、奥行きが増して心のしわが深くなるように思う。それが弱者の強みである。宗教も弱者のための特権であって、強者には、本質的に必要ないのかもしれない。

 そう思ってふとアメリカのことを考えた。アメリカも強者の理論を振りかざして成功してきたがゆえに、弱者の気持ち、立場をなかなか理解できないのか? それが嫌われる理由か? と。

 思えばイラク、北朝鮮、テロなどが暴走したり、アメリカを敵対視する本当の理由も、逆にキリスト教国家であるはずのアメリカがこれらを許そうとしない本当の理由もまだまだよくわからない。

 私なぞはどうしても集団のゆがみという目で社会を見てしまうので、冷戦終了後、全世界的にアメリカ主導の下でグローバリゼーション(和)とかに巻き込まれて、その地域的ゆがみがそれに乗り損ねたイラク、北朝鮮に集中しているように見えて、非常にかわいそうにも思う。そもそも日米安保やアメリカとイスラエル(サウジ?)のゆがんだ協調関係が逆に外に標的とつくってしまっているということはないのだろうか?

 北朝鮮の本当の内実、周りからのプレッシャーを理解せずに敵対視しているうちに、日米韓ロ中がいつのまにか同じ側に立って問題国のことを案じている。解決はやはり多少(?)暴走してもそういう国を孤立させないということなのだろう。

 かたやアメリカは強者の理論を保つために、常に弱者、敵を外側につくらないと内なる安定が保てないなのだろうか?(ジャパンバッシングとかもあった)。今のイラク攻撃も、同時多発テロで長きにわたった強国の理論が崩れかけて、それを必死に食い止めようとしている姿のようにもみえるのだが。

 何がアメリカを強国主義、単独主義たらしめるのか? 歴史、文化がないのでそれだけがよりどころなのか? アメリカも9.11で大きな痛手を受けたのだから、弱者の立場にもうちょっと歩み寄った視点があってもいいと思うのだが。国家の自立とか未熟性は、どこでどう判断すればいいのか、どこまで社会構造の根源に踏み込めば見えてくるのか?

 そしてそれは日本もたぶん同様であり、問題はどうしてもアメリカ依存の話にいく。アメリカの顔色を気にする日本政府、旧体制依存の官僚、官僚依存の政治家、政治家依存の地域住民、そのもとで依存的な専業主婦、パラサイトシングル、すみずみまで依存が行き届いている。

 地域共同体の崩壊は天皇に象徴される家父長制の崩壊であり、それは単に核家族化や近所に叱れるおじさんがいなくなったというレベルの話ではなく、もっと根源的な日本的ナショナリズムの崩壊だったのかもしれない(今の懐古ブームも、もう一度、土台復興をという願いの表れなのだろう)。

 つまりそれまでは日本的なものをまだ残しながらのアメリカ依存だったのが、1960年代以降、土台の崩壊ですっかりアメリカ依存症(それなしではやっていけない)状態に陥ってしまったように思える。ただのどこぞの先進国ということである(アメリカがここまで想定していたとしたらやはり相当したたかではある)。

 そしてだとしたら、その改革はたぶんかなり難儀である。私も含めて自分の中に日本的土台をあまり感じない世代がこれから日本の世論の大部分になっていく中で日本の自立を考えることは、まさに依存症からの脱却に等しい。これからの若者に期待するよりも50代、60代のまだ土台のしっかりしている人たちに今のうちに何とかしてもらいたいというすがる想いもあったりする。その体質はひきこもりの自立の難しさに相通じている。

 ひきこもりの人というのは、糸の先端を母親にしっかり握られた風船のように感じることがある。自己の土台がしっかり根付いていないために、母親から糸を離されたらどこに飛んでいってしまうかわからない怖さ(見捨てられ感)がある。一部の少年の暴走もそこに要因があると思う。日本とアメリカの関係も実はすでにそうなっているのかもしれない。

 その時に糸を握られたまま母親主導で自己改革していくのか(たぶんつながったままでは本質的には変わらない)、糸を切って(自らの意志か外からの強制力で)古い価値観とおさらばして本質的に構造改革していくのか(でもどこに飛んでいっちゃうかわからない)、その方向性の選択が迫られることになる。

 以前自助グループに参加した時に、悩んでる人が「今にも世界が崩れ落ちそうで怖い」と言っているのを聞いて、「それは古い価値観だから早く崩れちゃったほうが楽になるのに」とアドバイスしたことがあった。後でその話を義理の兄にした時に「軽々しくそんなことを言うもんじゃない」とたしなめられた(自分は崩れ落ちて楽になったかということらしい)が、そういう人へのアドバイスの難しさを痛感した。

 本質か現実か? 本質を選べばぐちゃぐちゃな内部がみえてきて社会適応できなくなってしまうかもしれない。現実を選べばいつまでも納得できない圧しつけられた古い価値観に縛られ続け、停滞する。対処療法にとどまる。そうはいっても否応なしに状況的に糸を切られ、絶望の中で本当の自分と向き合わされる人もいる。たぶん今の日米関係のようにまだその関係が保たれているうちはその中で対処していくことがベターなのだろう。しかし母親に絶望し一人孤独感の中で耐えている真性ひきこもりのような人はどうすればいいのだろうか?

 自分の経験の中にその解決につながるヒントがあったように思う。自分もある出来事を通して母親に絶望してからひきこもることになってしまった。それはまさに糸が切れた風船のようだった。ただ幸いなことにまわりに理解者が多かった。義理の兄は大学時代に自立の問題で一年悩み続けたため、同じようなものだろうといって親に強制しないようにと話してくれていたし、知り合いの精神科医二人を紹介してくれた。

 父親の知り合いにも東京の心理カウンセラーがいて二人にカウンセリングしてもらった。また近所の若い牧師が友達的に関わってくれた(最初はしんどかったが)。さらに米沢の教会が以前から義理の姉を通してつきあいがあったため、そちらでもカウンセリングして頂いた。

 このように何人も違う人々にカウンセリングしてもらえたことで、その後何か一歩自分の足で前に歩いてみようとする意思の発動が生まれてくることになる。多角的にカウンセリングしてもらうことは一人のカウンセラーの不充分さを他の人に補ってもらえることで、幼児期の無条件の親の関わりに近づいていく。

 ひきこもりの人に必要なのは何をしても許されるという幼児的無条件の関わりだと思う。その中で、今まで恐怖で壁の中に閉じ込め続けてきた本当の自分がうごめき始める。強制されずに何かをしてみたい欲望が出てくる。そして自ら決断し一歩歩き始めればそこから先は「出会い」がその人の運命をまた導いていくだろう。

 できれば一人のひきこもりの人に最低三人の理解者の関わりがあるとかなり無条件状態に近づくと思う(そこに新たに親が入れるかどうかだが)。孤独な母親を地域ぐるみで支援する体制がとられているように、幼児期の問題を抱えている人々を多角的にカウンセリングしてくれる場とかを社会的、地域的に作れないものだろうか?(ひきこもりの人数とそれを治療する人の数との比率を考えてみても明らかに条件は厳しいが、近親者の協力とかがあれば可能かも)。ただあくまでそれまでの母親の価値観をどうにかして捨てた上での話だと思うが。

 前に「平成教育委員会」という番組で、静電気の実験をみた。それはシャボン玉が両手の中で静電気の力によりどこにも触れないのに一定の場で浮遊し続けているというものだった。私のひきこもっていた時もそんな状態だったかもしれない。糸は切れていたが理解的静電気の中で浮遊していたために、あらぬ方向へ飛んでいったり強制力でつぶされることなくなにか動きたくなっていった。これは根っこのない依存症からの脱却へのきっかけ、方法論としても有用だと思う。

 日本にとっても本当の理解国とはどこなのか? もしアメリカだとしたら何を言ってもちゃんと面と向き合ってくれる国なのか? 原爆の衝撃と脅威で日本がただ仲のいいふりをしているだけではないのか? アメリカから自立できないのは本当に北朝鮮の脅威があるせいなのか? 北朝鮮問題が解決してもまだまだ外からの脅威は続く。

 冷戦が終わった時点で日米安保の意味(どこが敵か? なんで必要なのか?)を問い直すべきではなかったのか? どこかでふんぎりをつけなくてもいいのか? 経済の停滞はアメリカ依存症の限界を示しているのではないのか? いろいろ思い浮かぶが、いずれにしても呪縛から解放されて他国に多角的協調をお願いすることが、この国があらぬ方向へ進んでいかずに本質的に動き出すための最低条件になるように思う。

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●文通番号18-11  個人と集団

オーパーツ [福島県いわき市 男 39歳]

 現在の教育や子育ての方向性の問題で、「自立と貢献」や「独立と共存」といった、自分の個性を育みながら同時に他人や社会ともうまく調和するようにという意見をよくきく。

 私自身も自分のアイデンティティーはだいぶ育ってきたので、自己洞察とか他人の行動心理の分析想像などはよくわかるようになってきたと思う。

 しかし、じゃあそういう他人と関われるかというと、これがまるでダメなのである。他人の未熟さで何をされるのかわからないという怖さがあり、ミーティングやジムや電車など、多くの人が集う場に入ると、とたんに身の置き所がなくなり緊張してくる。いわゆる「居場所のなさ」の問題である。

 テレビを見ていても、大家族スペシャルとかホームドラマとか、どれも各々が自分を出しつつ、家庭や職場の中で自分の居場所を必死で獲得しようとしている様がうかがえる。「大家族」とかは、あのぐちゃぐちゃの人間関係の中で、キャッキャッできる強さはいったい何なのだろうと素直に感心する。

 どうやら心理学でよく使われる「アイデンティティーの確立」と「居場所感」が、家庭や社会の中での人間関係を安定させる二大要素といえそうである。

 いじめの問題でも、もし誰か嫌な奴がいたら1対1でやりあえばいいのに、いじめる側はどうして徒党を組みたがるのだろうか?たぶん表面的にしかつきあえない人たちが、誰かを仲間はずれにすることで自分たちの関係の安定性を図ろうとする、村八分的ゆがんだ居場所の獲得を無意識でやっているからだろう。

 そういう未熟な人たちは誰か一人そういう対象がいればそれが誰でもいいわけであるから、もし孤立した人を助けておはちが自分に回ってきたのではたまったもんじゃないと、周りの人が傍観者になるのもわかる。

 そのいじめ合いの関係性から距離を置きたいという心理だと思う。学校のいじめは単にいじめ合うその人たちの問題ではなく、未熟な人たちが1つのクラスにまとめられることによる、どうしようもないひずみの表れなのかもしれない(たぶん上に立つ先生の対応でそのひずみは大きくも小さくもなるだろうが)。

 同時にいじめられる側にも問題があることを、集団を恐れる自分の体験を通してまた見えてきた。自分も去年やっと誰かを標的にしたい思いをのりこえたと思ったら、また今年大きな問題が浮上した。

 職場の中で「つるんでいる」人たちを見ると無性に腹が立ってくるのである。ランチメイト症候群とかで誰かとくっついていないと不安な人たちが今や多いそうだが、前述のようにその人たちの関係安定性のために、自分が孤立阻害され犠牲にされそうですごく嫌なのである。

 これもまたたぶん幼い時の母親との関係のキズだろうと思い、いったいどういうことなのか探ったが、しばらくは全然わからなかった。

 そして最近になってわかってきたことは、今回は誰かを標的にしたいのではなく、集団から自分が標的にされるのではないかという恐怖を、幼い頃からずっと持ち続けていたということだった。

 そしてその恐怖の原因にもようやく気がついた。前回書いたように、私か生まれた頃、母親は社宅の中での上司の奥さんたちとの狭い人間関係で疲れはて(たぶん標的にされた)、げっそりやせ細っていったと父親も言っている。

 父親としてもそういう母親を何とかしなければと思い、新築の家を建てることを決めたそうである。そういう動機で家を建てるというくらい、母親の状況は深刻だったと思うのだが、家が建つまでの何年間は社宅に住み続けないといけない。

 その間の母親の精神救済、家庭安定、父親のフォローとして幼なかった私か先の村八分的犠牲を負ったと考えると、集団に対する自分の恐怖心とよく一致する。

 父親もまた養育歴に問題があり、そういう関係性でしか母親をフォローできなかったことは理解できなくもないが、当時の自分の置かれた状況を想像すると、あまりにも苛酷で涙が出そうになる。自分に対する精神的な親のフォローというものがなきに等しかった。

 かくして私は自分を殺して「いい子」になりすまし、親の敷いたレールにのることで居場所を与えられ、何とか生きのびることができた。つまりそれは地獄の中の救いの一本道であり、そこからの挫折イコール地獄への逆戻り、つまり「ひきこもり」行為におよんだというのが自分の半生の総括である。その集団の一員ということで父親もまた許せない。

 このように誰かを標的にしたい思い(アイデンティティーのトラウマ)と、集団から標的にされる恐怖心(居場所のトラウマ)がからみあって、いじめが生じていると理解できる。仲間はずれにされるより、嫌な思いをしても、その集団の一員でいたいという思いや、ちょっとしたからかいや注意で「キレる」という現象も何となくわかってくる。「キレる」の根底にはやはり注意され集団から標的にされることに対する恐怖があると思う。

 そもそも標的を作るということの根底には、母親からのトラウマを通して人間全体への「絶望」の壁が根深くびっしりとはられている。その壁はそこに閉じこめた怨念を誰かにぶつけて背負わせない限りこわせないことを実感した(家庭内暴力の心理か?)。私の場合もキリストにぶつけてその壁がこわれる時、「もう人間も集団もホトホト嫌だ」という何ともやりきれない思いを通って、やっと光が見えた。

 何かそんなにホトホト嫌だったのか?アイデンティティーのトラウマは、母親がまたその父親から受けたつらい過去の怨念を自分にぶつけてきたという、親子連鎖のキズだったと思う。

 居場所の方は社宅のひずみが母親を通して自分にのしかかったというキズだったと思う。

 日本の歴史のゆがみと高度成長という地域的なゆがみのクロスする時代に置かれていたがゆえに、アイデンティティーも居場所もない、地獄のような状況で生きなければならなかったのがわれわれの世代ということか?

 思春期において、自分がどう生きるかは個人の問題であり(親的自分)、学校で何を教えるかは生きる手段の問題(大人的自分)だろうと思う。

 ただ幼児期に、その基礎となるアイデンティティーと居場所感を獲得して、人間的自分を持てるかどうかは、本人の努力以前の人類や社会の共通問題ではないのか? 子どもとしての自分を獲得しない限り、親的自分(相手への思いやりや自己責任)は生まれない。それは犯罪者の例を見ても自己体験的にもそう思う。

 自意識の有無は本人にもまわりにも非常にわかりづらいが、不幸にも自分を獲得できなかった人がどうやって生きていけばいいのか、その処方箋を考えることは、学力低下や犯罪問題もおそらくからんでくる。難解かつ重要なテーマになってくるだろう。

 生きる力や考える力が学校の教育で生世代ということか?

 思春期において、自分がどう生きるかは個人の問題であり(親的自分)、学校で何を教えるかは生きる手段の問題(大人的自分)だろうと思う。

 ただ幼児期に、その基礎となるアイデンティティーと居場所感を獲得して、人間的自分を持てるかどうかは、本人の努力以前の人類や社会の共通問題ではないのか? 子どもとしての自分を獲得しない限り、親的自分(相手への思いやりや自己責任)は生まれない。それは犯罪者の例を見ても自己体験的にもそう思う。

 自意識の有無は本人にもまわりにも非常にわかりづらいが、不幸にも自分を獲得できなかった人がどうやって生きていけばいいのか、その処方箋を考えることは、学力低下や犯罪問題もおそらくからんでくる。難解かつ重要なテーマになってくるだろう。

 生きる力や考える力が学校の教育で生まれるとはどうしても思えないし、学力の低下もゆとり教育の弊害なのか意欲低下なのか、つまり人の内側と外からの刺激の関係性の問題であり、シャッターをおろしている人に外からの刺激は伝わらない。そしてその時にただ自主性だけでいいのか強制力が必要なのか、そういう複雑な問題をはらんでいる。まれるとはどうしても思えないし、学力の低下もゆとり教育の弊害なのか意欲低下なのか、つまり人の内側と外からの刺激の関係性の問題であり、シャッターをおろしている人に外からの刺激は伝わらない。そしてその時にただ自主性だけでいいのか強制力が必要なのか、そういう複雑な問題をはらんでいる。

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●文通番号9-23  いじめについて

オーパーツ 〔福島県いわき市 男 28歳〕

 私は3年間のひきこもりの後、信仰をよりどころに土台づくりを今も続けています。そして今の仕事をしながらたくさんの人と関わりたい気持ちも出始め、社会復帰もそろそろかなと思っていたやさき、職場で大きな問題を起こしました。

 それまでは職場の人たちと楽しく雑談などは全くできず、ただただロボットのように事務的に仕事をこなしていました。(まわりの人いわくですが……)。

 ところがだんだん人と人間的に関わりたい気持ちが出始めると、職場の中の誰か一人を明らさまに標的にしたくなってきたのです。

 私は義理の兄が経営する職場で一応まわりの理解の元で働いています。そのため最初は相手の不充分さのせいにして、あの人とは関わりたくないと兄に訴えて、結局やめてもらったりしていました。ところが、代わりに新しい人が入ってくるととたんにその人の行動が気になり出し、またイライラしてくるのです。

 そんなことを何度か繰り返すなかで、兄も自分でも明らかに相手のせいではないと気づき始めました。

 最後の頃は新しい人がまた来ると聞いただけで意識し出し、ああまた標的にするのかと自分でもかなり憔悴する思いでした。明らかに自分のなかに自分の意思をこえて、誰かを標的にしないといられない、いじめないと気がすまないという思いがいすわっているのです。

 これでは職場をやめざるをえないと焦り、どうして標的を作りたくなるのかその原因を必死で探りました。一般のいろいろな人たちと関わる仕事(レントゲンをとること)がストレスなのか?職場が10人ぐらいの狭い世界だからか?子どものいじめのようにまだまだ未熟だからか?分析していく中で本質が見えてきました。それは私にとって昔からずっと抱えていた問題だったということです。

 多くのひきこもりの人同様、私も昔は母親や他人に気に入られようとずっと「いい子」を演じてきました。そして人前で自分の悪い面はほとんど出していないと思っていましたが、実は違っていました。

 小さい頃は自分より弱そうな子をずっといじめていたし、小学校半ばでいじめていた相手に逆襲されてからは、優等生意識に転じました。

 そして成績がよかったこともあり、自分は他人と違う特別な人間だと高校までずっと思っていました。そして大学で自分が凡人に思えてくると、また自分より状況の悪い子(学校に来ない人や留年した人など)を見つけて、「あいつより自分の方がましだ」と差別意識をもちました。

 つまり常に自分より下の人がいないとダメなのです。自分の存在意義がないのです。明らかにいじめの論理構造です。そしてそれはもちろん「いい子」ぶっていたことの反動、二重人格の裏の顔です。

 とすればやはり原因は、「いい子でいいなり」を強要された母親とのいじめ的関係にどうしてもいきつきます(自分の意思をこえてという意味でも)。

 そもそも言いなりの子どもということに関して、世間の認識はかなり間違っているように思います。そうなったのは母親が甘やかしたり先取りしてやってしまうため、子どもの自発性が育たないからだとよく言われています。

 しかし栃木の集団リンチ殺人事件、新潟の少女監禁事件、5000万円かつあげされた少年など、どれも激しいリンチ暴行を受け、反抗する力を奪われて精も根も尽き果てて、最終的に自分を殺し、言いなりになってしまったわけです。

 人が他人に対し自分を殺し、言いなりになってしまうということが、どれほど激しい心の傷を受けた結果かという事を想像してみてほしいと思います。

 まさに子どもが親に対して何も言えないでいい子ぶるというのは、そこに親子間の目に見えないいじめ虐待があったことを証明しているようなものです。自分の経験上、3歳くらいまでずっと殺される恐怖や地獄の苦しみが続いていたことが漠然と記憶にあります。ひきこもりの人の共通認識だと思います。

 ともかくいじめの問題でよくいじめられる側にも問題があると言われますが、それは前述のようにいじめられる人にも根底にどこか差別意識があって、それが学校の人間関係のなかで無意識に働いてしまう側面がかなりあると思います。いじめる側も同様だと思いますが。

 どうして学校でこんなにいじめが起こるのか、はっきりとした原因究明はなされていないと思うのですが、いじめがこれだけ社会現象化したのも、ひきこもりも、動機なき凶悪犯罪も、どれも母子関係のいじめ虐待の延長上にあるような気がしてくる今日この頃です。

 そして、ひきこもり(土台がない、自分がない)状態から社会復帰への道がはるかにけわしいことも痛感させられる毎日です。

☆ ☆ ☆

●文通番号4-04  精神的に安定するときとは

オーパーツ 〔福島県いわき市 男 38歳 レントゲン技師〕

 25歳の時、社会人になったとたん、非常に不安定になり職場の人間関係に苦しみ始めました。ちょっとした失敗をきっかけに、それまでの優等生だった自分が突然崩れたような気がしました。

 それ以来、他人の目が気になってどうしても働けず、休職、そしてひきこもりとなりました。

 その後3年間はほとんど活動できなかったのですが、その間のカウンセリングで、母親とのゆがんだ関係が原因だと思ったため(その前に母親に対するかなりの絶望感もありました)、4年前の春、身ぶるいする思いで、親元を離れて他の土地で暮らそうと決心しました。

 そのことが人生の大転機となりました。キリスト教会のスタッフとして、本物の信仰にめぐり逢ったため、最低の、底無しの沼にいたような自分に、支え、つながり、拠り所ができました。そして確かな土台づくりと、自立する訓練を始めてはや10年になります。

 はっきり言って、ひきこもっていた頃より、訓練し始めてからの方がずっと疲れます(社会に適応できなくて)。それでも日々着実に変革、成長しています。人生を生まれたところからまた一歩一歩やり直しているような感じです(かなり無味乾燥的ですが……)。今もまだまだ未熟で課題もたくさんありますが、何とか毎日働きながら鍛錬しています。

 経験を通して感じたことですが、根本的にひきこもりから脱却するには、まず土台づくりのために「自分が安定する拠り所」を自分で探し求めることだと思います。人間は自分の存在を受け入れてくれる人とつながると非常に精神的に安定します。

 ひきこもっている人たちの多くはたぶん根っこのところで、母親に対するかなりの怨念をかかえていると思います。それは生まれた頃に、最初の他人である母親との関係で、自分の存在を受け入れてもらえなかったばかりか、無意識的に、後々人間不審に陥るほどの精神的虐待を味わったせいだと思います。(もちろん母親は意識的には一生懸命だったとは思いますが)。

 そしてその過去の怨念をはらしても自分を見捨てない人を今も求めているのではないでしょうか(母親が今その役割を果たしてくれるなら、子どもは立ち直ると思います)。

 ただそういう人と出会うことは現状ではかなり難しいことだと思います。意を決して自分の足で一歩歩き始めることが、その「出会い」を生む大きなきっかけになると信じます(できれば母親とは離れた方が……)。

 社会で生きていくための基本は、間違いなく「人と関われること」です。そしてそのためにはまず安定した土台を築いた上で、人間関係の訓練を積み重ねていくことが非常に大事だと思います。

 問題は、最初から親子関係が崩れている場合、安定した土台は自分の力だけではどうしても築けないことです。

 この雑誌でも、人と関われないのは自分の性格のせいという人が多いようですが、そうではなく、その性格を幼児期に受け入れてもらったという体験、出会いがなく、逆に責められたことが原因ではないかと思います。

 人は本当の自分を受け入れてもらえたという出会いと関わりによって、確かな自分が見えてきます。訓練成長しようとするエネルギーがわいてきます。

 そういった意味で、宗教的土台をもたないこの国で、「出会いたい」というこの渇望感に対する根本的解決法をなかなか見出せないのもよくわかります。もちろんサポート団体や友人も必要ですが、どんなに力になりたい、友達になりたいとは思っても、その人の親としてその人の幼少期の怨念までも受けとめて癒してあげることが、ボランティアや仕事でできるのでしょうか。

 でも人はそんな自分でも捨てられずに愛されたという確信とエネルギーで立ち上がれるのです。そこにはもう神の愛以外に本当の救いはないような気がします。

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