出逢いの数だけ別れがある ーNSくん


NSくんとFacebook友達になりました。松田武己

顔見知りでないとFacebook友達にはならないというのが私の原則です。

NSくんも相当の回数は不登校情報センターに顔を見せてくれた人です。

で、Facebook上での彼の自己紹介がおかしくて感動しました。

NSくんの自己紹介ー石橋を叩いて叩き壊した上で隣の壊れない鉄橋を渡る金属”至上主義。

NSくんの好きな言葉ー出逢いの数だけ別れがある。

(11) フルタイムの介護職で外出機会は消滅 (Ksさん)

介護職で、フルタイムで勤務しており、普通の人に近い形態で勤務しています。肉体労働で重労働ということや、コロナ禍の影響で、仕事以外の外出はほとんどできなくなりました。趣味だった美術館巡りなどはできなくなりました。

(10)日本の夫婦の傾向(Kaさん)

日本人は全体に神経質で完璧主義な傾向がありますが、主婦はそれに加えて忙しすぎてストレスフルに見えます。
欧米の家族の様子を映した番組を観たことがありますが、たいがい女性は家族のために料理を提供することに幸せを感じながら調理しています。
その生活ぶりは質素で素朴でささやかなものです。
そこは都会ではなかったのでしょうか、余裕とゆとりが幸せを感じさせます。
裏を返せば、おおざっぱでいい加減でだらしない面もあるんでしょうけど、日本人ももう少しそうなれればいいのになぁ、という思いです。
諦観の感覚、しょうがない、という諦めの感覚があれば、余計なものを手放して余裕が作れそうです。
男性も、母親への甘えやわがままをそのまま妻へ向けているような幼稚な人が多く、夫婦共に支え合い寄り添い合って生きている人をあまり見かけません。
女性の家事問題以前の問題を感じます。
家事のみつついても何も答えは出ないと思うもう一つの理由でもあります。

(09) ひきこもりの親も余裕をなくしてしまう (Hnさん)

コロナがひきこもり当事者の気持ちを楽にしたという話をしばしば耳にしますが、逆の場合もあると思います。コロナ不況はひきこもりの親にも容赦なく襲いかかっています。

これまではなんとか息子・娘を食わせていた親も、コロナ不況によってその余裕をなくしつつあります。経済的・精神的に追い詰められた親が増え、我が子に就労を強く求める親が増えることを危惧しています。

(08) 幼稚園の行事が中止で保護者の顔合わせもなし (Leさん)

以前は電車好きな息子のために電車に乗ることもありましたがコロナになってから全くなくなりました。公園に出かけることが増え、近所から遠くまで(車で移動)さまざまな公園に行きました。息子の生活はむしろ健康的になったといえます。

物心ついた時にはマスクをしているのでマスクのある生活が息子にとっては当たり前になっているので、この先どうなっていくのかなぁと思っています。

幼稚園の行事(保護者の顔合わせ等)がほとんど中止になったのは不謹慎ですが自分にとってはありがたかったです。悩みの種になるママ友関係が今は希薄であるのでコロナがおさまるのが逆に怖いです。

逆に不謹慎かもしれませんがコロナがおさまるのが怖いです。マスク生活に慣れ、顔を半分覆っているという安心感が人と話すハードルを随分下げてくれているような気がしています。全顔?で人と接する勇気が今は全くありません。むしろよく今までできていたなとすら思います。

あと、人と気軽に会えない今くらいの距離感が自分にとっては心地良い、丁度いいと感じることもあります。

(04) 興味深い題材ですが難しさはある (Kaさん)

家事がエッセンシャルワーク、興味深い題材ですね。
主に女性の家での仕事、家事・育児・介護には、報酬がありません。
そこには、近所や親戚との人付き合いなど、人によっては大変な割に用事とも呼べないことも含まれます。
家事手伝いはその中の一部でしかないので、なおさら軽く見られてしまいます。
けれど視野を広げれば、自治会やPTAの役員など社会活動も無償のものがあります。
ごみや落ち葉掃除、草むしり、どぶ掃除や雪かき、さまざまな行事など、地域によって大きな差が出る無償の仕事もあります。
家事のみ注目するというのは、難しい問題です。
縄文時代までさかのぼれば、皆生きること全て無償でやって、支え合ってきました。それがやがて、外の仕事は男性で、家事は女性と分担され、その「外の仕事」から、地域によって差が出る無償の仕事がなくなっていったため、人によっては仕事をする男性は有償、家事を担う女性は無償、と差が開いてしまいました。
また、家庭によっては家事の大変さに大きな差があり、手抜きをしようと思えばいくらでもでき、こだわればどこまでも大変な仕事で、お金さえあれば自らやらなくてもいい仕事です。
子どものためのお弁当作りを楽しんでいる人もいれば、認知症の人の過酷な介護が長年続いている人もいますし、雪かきで命を落とす人もいます。
対価を求めるのは無理な世界があります。
結論を言えば、人が人を見て、人が人を評価すれば、お金にならない行いにもっと誇りが持てるということではないでしょうか。それは、「旦那が『いつもありがとう』と感謝してくれれば、疲れは全て吹っ飛び、また頑張れる」という女性の言葉から理解できます。
言い換えれば、支えてくれている人に感謝の気持ちを持たない人、努力している人を評価しない人が多いせいで、報酬の有無を問わなければならなくなったんでしょう。

時事通信の報告=『ひきこもり国語辞典』

投稿日時: 2021年1月11日

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詳しくは⇒https://bookpub.jiji.com/book/b556279.html

3月22日発売:年末に池上正樹さんと対談をし、追加することになりました。2月発行の予定が3月にづれました。時事通信出版局の熱を感じました。

定価1760円(税込み):2色刷になり高くなると思っていましたが予想以上になりました。

予約受付になっていますので、最寄りの書店に申し込んでください。

GDPに代わる国民生活の新基準に期待 (松田武己)

家事がエッセンシャルワークと認められれば、GDP(国民総生産)による社会の豊かさの基準は大きく変わると予想できます。特に家事に従事する女性の社会的な地位の見直しに進むと思いますし、人の豊かさや幸福度の基準も変わる可能性さえ感じています。

生産・サービスの質量(売上高等)に基づく価値(通貨に換算できる交換価値)によるのではない使用価値(売上額に計上されない人にとっての有用性に基づく価値)に基準が変わっていく可能性を感じます。世の価値観の大転換です。

使用価値がGDPのように数値化できるとわかりやすくなり、国民の中に浸透しやすくなるのですが、それはすぐにはできないでしょう。しかしまずはそのベースがはっきりしてきたように思うのは(もしかしたら)私だけ? そうではではないと期待しましょう。

もう一つ大事な面があります。国民の大多数に対して有害になっている投機的なマネーゲームに奔走する経済活動が宙に浮き、国民生活への悪影響が浮き彫りになるでしょう。それが衰退していくとの期待もあります。

ひきこもりに深くかかわり、考え続けてきた者としては、その枠を超えた事態との遭遇です。『ひきこもり国語辞典』の作業がすんだら、このあたりを社会科教室として考えてみたいと思うところです。

2020年のコロナ禍は、自然による警告ですが、人の社会を見直す機会になります。

そうか、こうして歴史は進んできたのかと思う年の瀬です。

(07)私の家事と育児の体験 (Qkさん)

家事はエッセンシャルワークというのは本当にその通りですね。欠くことのできない大切な、そして誰かがやらなくてはならない仕事ですね。

私は結婚してから子ども三人を保育園に預け、仕事から直行で保育園に行き、子どもと帰っ

た後は大急ぎで食事を作り風呂に入れ、寝かせるという生活をずっと続けてきました。

子育て、家事は妻がやるものという固定概念があり、一人であくせくと余裕もなくこなしてきました。子どもが手を離れた後もずっと働きながら家事をこなしてきました。

その反動なのか夫が退職した後はすべて家事は夫に任せています。夫も家事は私より向いているようでいつも気持ちよくやってくれています。でも、私の中ではどうもあの子育ての時の一人で抱えていた家事と育児の大変さを今意趣返しのように押し付けている気持ちがなくはありませんでした。

しかし、家事とは面倒な仕事ではなく誰かがやらなければならない欠くことのできない大切な仕事であるという部分に光が当たってくるといいですね。

私はいやいやこなしていたからあまり家事に良いイメージは持っていませんでしたが、家事はエッセンシャルワークという言葉自体がもっと広まっていけば家事に対する社会のイメージもそれにつれて変わっていくのかもしれません。やる方もプライドを持ち、周囲も感謝の念を持っていくことが家事に光を当てていくことなのかもですね。

(06)週3で働く主夫さん (Pfさん)

働いている人と、働いていない人との間には様々なグラデーションがあって、もっと色々な生き方が世の中的に認められるようになれば良いなと願います。

私の職場にも、週3働きながら主夫をしている方がいます。周りは誰も偏見を持っていなく、ご本人も伸び伸びと働かれています。理解ある環境が増えていくのは良いことだと思います。

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