ひきこもり五七五  古菫

『ひきこもり国語辞典』のなかに、川柳的な五七五を10首余り採用しました。
掲載後の締め切りの後も、作品作りは続いています。

そのうち2首をここに掲載します。
感想はいかがでしょうか。

〽 ひきこもり 二人連れ来て 気圧(けお)される

〽 ひきこもり 不要不急のことをしよう

つぶやき  AYさん

決して自分であってはならない、自分を出したら愛されないが根底にある。

幼児期に密着した愛情欲求が満たされなかった。

自分でない自分を出したとき母親に受け入れられた。

おとなしい子、ものわかりのよい子、我慢強い子、全て子どもの本質ではない狼少年が人間に戻れなかったごとく自分を偽る労力は大変なもの。

母親は大切な人だから自分に刃を向けてしまう。

私は人と違う。人と交流出来ない。人と居ることは苦痛でしかない。自閉になってしまう。

人にどう見られるかがいちばん大事で50年、びくびくと生きてきた。

いろいろあって私は変わった。

今は生きることがなんて幸せなのだろうかと思えるようになれた。

自分を変えることは苦しい修行だった。

一年間寝込んでしまった。

薬の力も借りた。

自分の本当の気持ちを出すことは恐怖でしかなかった。

愛する能力のない人間に育てられたが愛する能力のある人はいる。

人はありのままの自分を出しても決して嫌わないし長所を見つけるのが好きと念仏のように唱え、人を避けず人の中に入っていった。

逆がまた真である。

そして少しずつ自分を出しても人は受け入れてくれるのだということが実感できてきた。

私のような無駄な苦しみを味わっている人を少しでも助けられたらと思っています。

MKさんへのお礼 - IM

お返事ありがとうございます。じっくり読みました。私もすきなアニメがあり、そういえば、引きこもっていた当時はセーラームーンのほたるというキャラをよく描いていました。幼女の絵もよくかいていました。無意識にセラピーしていたんだとおもいます。無意識に自分を癒しているんですね、

人間のつよさを感じました。いまは構築できなかった父親との関係を旦那さんとセラピーしています。MKさんがスッキリされていると聞きよかったです。

深いお返事を本当にありがとうございました。

「4コマ漫画はセラピーのようです」のIMさんへ  MKさん

4コマ漫画の作業をとても丁寧に取り組まれたようで、ご苦労様です。
IMさんの問いかけへのお返事に、ネットで見つけた文章の私が興味深いと思った部分をところどころ取り上げてみました。日本で精神科医を目指す方で、EUと日本の医師免許を取られたイタリア人男性の研修医さんの、一年ほど前の記事です。

イタリア人医師が考える、日本に引きこもりが多い理由。

引きこもりは世界中で似た現象が報告され、「Hikikomori」として社会問題になりつつある。――日本では「〇〇しなければいけない」という大きな物語がとても多く、そこに当てはまらないことを気に病んでいる人が多いように思います。――自分の物語を作りなおすとき「アニメ」の力を借りた治療ができるのではないかと考えました。このアイデア自体は新しいものではなく、「間接的学習」を応用した方法です。――カウンセリングを通して、自分の体験を振り返っていく方法はよく知られた治療法ですが、人によっては、過去を振り返ることが難しかったり、振り返ることで大きく傷ついたりする場合もあります。そんな時、他者の物語を借りることで、心の抵抗を下げることができるのではないか、と考えています。特に、二次元の登場人物なら、自分の中でそのキャラクターを作り替えることも容易です。――アニメが、人間関係に関わる脳の部分を刺激するなら、人間関係に起因する症状を和らげ、治すこともできるはずです。


私も、漫画やアニメ、映画や歴史上の人物などを使ってきましたが、主に自分のキャラクターから生み出されるストーリーを通じて、さまざまな感情の消化吸収を長年くり返してきました。キャラクターという自分の身代わりを作ることで、普段は接触できないような自分の心の深部に触れることができます。そのキャラクターのイラストを描くことで、自分の感情を客観的かつドラマチックに捉えることができます。怒りの感情もその他の感情と同様にこなれていくと、キャラクターに深みが増して、奥深い感情の要素の一つになっていきます。

怒りの感情のもう少し早い消化の仕方もお話します。怒りの感情は、悲しみや寂しさや痛みや同情など別の感情から派生しているものなので、怒りの前に生まれている感情を探ります。また、どのような怒りの感情も、大切にしたい(したかった・されたい・されたかった)何かがあるからこそ生まれてくるものなので、その大切なものへ意識を向けます。さらに、その大切なものをどのように大切にしたい(したかった・されたい・されたかった)のかが分かるとより良いですし、さらにそれを実行できる状況の時に実行できたら理想的です。

言葉にして説明すると簡単そうに思われそうですが、苦しみが重いほどこの一つひとつの取り組み全てに時間がかかり精神力や集中力を必要とするので、必要なだけ時間をかけざるを得ません。つらくなったらその場しのぎで楽しいことを考えたり、気を紛らわせてごまかしながら生きている人が大半だと思いますし、そのやり方を取り入れていくのも一つの賢い方法だと思います。
両親から受けてきたハラスメントは一生許せるものではありませんが、このような取り組みをしてきたのもあって、感情的にはスッキリしている感じです。
人それぞれご自分に合うやり方があると思いますが、ご参考になれば幸いです。

4コマ漫画はセラピーのようです  ペンネームIM

今回、引きこもり国語辞典で4コマ漫画などで 少しでも 関われて非常によかったと思う。自分の 4コマ漫画 や言葉には、特に怒りを表現したものが多いと気付いた。自分の人生を振り替えってああそれは当たり前といっていいほど辛いことが多すぎたなと今さらながら思い当たる。

幼年期には病気をし、小中といじめられて、親は母だけで手薄い子育てだった。それで怒りがないといえばうそになる。私にとっての4コマ漫画をつくる作業は怒りをひとつひとつ編むような作業だった。しかしその作業が、絵画療法のようなセラピーになりすっきりしたような、幽霊の正体がわかったような気持ちでいる。そのことは松田さんはじめみなさんにお礼をいいたいと思う。

しかし、不条理にたいする怒りはすっきりとなくなったわけではない。孤独な夜におしよせてきたり、小学校に乱入したニュースなどをみて、ああこれはと思ったりする。そんなときは世の中の不条理にたいする怒りと無力感に襲われる。そんなとき、みなさんはどうしていますか。消化できない怒りがまだ自分のなかにあるのを自分で感じた時は。怒りの処理のしかた、それはまた生きる方法でもあると思っています。

出逢いの数だけ別れがある ーNSくん


NSくんとFacebook友達になりました。松田武己

顔見知りでないとFacebook友達にはならないというのが私の原則です。

NSくんも相当の回数は不登校情報センターに顔を見せてくれた人です。

で、Facebook上での彼の自己紹介がおかしくて感動しました。

NSくんの自己紹介ー石橋を叩いて叩き壊した上で隣の壊れない鉄橋を渡る金属”至上主義。

NSくんの好きな言葉ー出逢いの数だけ別れがある。

(11) フルタイムの介護職で外出機会は消滅 (Ksさん)

介護職で、フルタイムで勤務しており、普通の人に近い形態で勤務しています。肉体労働で重労働ということや、コロナ禍の影響で、仕事以外の外出はほとんどできなくなりました。趣味だった美術館巡りなどはできなくなりました。

(10)日本の夫婦の傾向(Kaさん)

日本人は全体に神経質で完璧主義な傾向がありますが、主婦はそれに加えて忙しすぎてストレスフルに見えます。
欧米の家族の様子を映した番組を観たことがありますが、たいがい女性は家族のために料理を提供することに幸せを感じながら調理しています。
その生活ぶりは質素で素朴でささやかなものです。
そこは都会ではなかったのでしょうか、余裕とゆとりが幸せを感じさせます。
裏を返せば、おおざっぱでいい加減でだらしない面もあるんでしょうけど、日本人ももう少しそうなれればいいのになぁ、という思いです。
諦観の感覚、しょうがない、という諦めの感覚があれば、余計なものを手放して余裕が作れそうです。
男性も、母親への甘えやわがままをそのまま妻へ向けているような幼稚な人が多く、夫婦共に支え合い寄り添い合って生きている人をあまり見かけません。
女性の家事問題以前の問題を感じます。
家事のみつついても何も答えは出ないと思うもう一つの理由でもあります。

(09) ひきこもりの親も余裕をなくしてしまう (Hnさん)

コロナがひきこもり当事者の気持ちを楽にしたという話をしばしば耳にしますが、逆の場合もあると思います。コロナ不況はひきこもりの親にも容赦なく襲いかかっています。

これまではなんとか息子・娘を食わせていた親も、コロナ不況によってその余裕をなくしつつあります。経済的・精神的に追い詰められた親が増え、我が子に就労を強く求める親が増えることを危惧しています。

(08) 幼稚園の行事が中止で保護者の顔合わせもなし (Leさん)

以前は電車好きな息子のために電車に乗ることもありましたがコロナになってから全くなくなりました。公園に出かけることが増え、近所から遠くまで(車で移動)さまざまな公園に行きました。息子の生活はむしろ健康的になったといえます。

物心ついた時にはマスクをしているのでマスクのある生活が息子にとっては当たり前になっているので、この先どうなっていくのかなぁと思っています。

幼稚園の行事(保護者の顔合わせ等)がほとんど中止になったのは不謹慎ですが自分にとってはありがたかったです。悩みの種になるママ友関係が今は希薄であるのでコロナがおさまるのが逆に怖いです。

逆に不謹慎かもしれませんがコロナがおさまるのが怖いです。マスク生活に慣れ、顔を半分覆っているという安心感が人と話すハードルを随分下げてくれているような気がしています。全顔?で人と接する勇気が今は全くありません。むしろよく今までできていたなとすら思います。

あと、人と気軽に会えない今くらいの距離感が自分にとっては心地良い、丁度いいと感じることもあります。

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