『知らない』すべてが怖い

    2章  果てが分からないのが怖い 

 

 何かのアニメでヒロインがこんなことを言っていた。

 

小学6年の時、野球場にプロ野球を見に行った。そこで何万人かの観客の一人になった時、自分特別な何かなんじゃないことに気づいた。ただのちっぽけな一人のひとなんだって。

 僕にはそのヒロインほどの明瞭な感受性はない。だけどおなじような憂鬱にすでに子どもの頃、とり付かれていた。

 ある日僕は、宇宙の果てには何があるのか分からないことにきづき、それがぼくの寿命までにどうにもならないことに気づき、そしてマクロの極点がわからないという事はミクロの極点もわからないだろうし、そもそも現在進行形で呼吸したり細胞分裂したりしている。約60億人の人間がそれぞれに見えている世界を知ることは永久に不可能だと気づいた。僕がまあ『知っている』といってゆるされそうなのは、約60億人の内ひとりだけだ。

その後僕はこの余りの世界の『不確か感』に耐え切れず、毎日駅のホームから改札へ向かうと際『この行きかうヒトは本当は実在していないじゃないか。背中からナイフで一刺しすれば風船のようにパンッと消えるのではないか』といった妄質に駆られていた。仮借のない言い方をすれば、刺したい誘惑から数分間耐えしのんでいた。とりあえず今いえるのは、刑務所送りにならなくてよかったということだ。

カテゴリー: エッセイ, 散文   パーマリンク

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