虐待ハイリスク家庭
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2023年2月24日 (金) 09:40時点における最新版
虐待ハイリスク家庭
夏休みがつらい 家庭に居場所がない子どもたち
お盆の時期、家族と遠方に出かけた子どもたちも多いことだろう。きっと素敵な思い出ができたにちがいない。
あと一週間もすると、学校の再開が近づいてくる。
夏休み明けには子どもの自死が多発することから、「学校がツライ」「学校に行きたくない」といった子どもたちの気持ちを察知して受け止めようという動きが、ここ数年で拡がっている。
一方で、夏休み中に一部の子どもたちが「おうちがツライ」「家族がムリ」といった状況に直面していることは、まったくと言っていいほど話題にのぼらない。
いまもどこかで、子どもたちが苦しんでいる。
■学校の長期休業と家庭の虐待
今年1月24日、千葉県野田市立の小学4年女児(10歳)が父親からの暴行により、自宅で短い生涯を閉じた。
校内アンケートで「お父さんにぼう力を受けています」と父親からの虐待を訴え、児童相談所に一時保護されながらも、最終的に自宅に戻された末の出来事であった。
女児は2018年12月の冬休みに入ってから亡くなるまで一度も学校に登校しておらず、その間虐待を受けつづけていたとみられている。
これを受けて、千葉県教育委員会は冬休みや夏休みを含む長期休業における虐待の有無の確認に関する教職員向けの手引きを配付することが、今月14日に報じられたところである
(8/14、NHK「夏休み中の虐待 手引きで確認へ」)。
夏休みのような長期休業の期間とはすなわち、子どもは学校からは解放されるけれども、家庭に身を置くことが多くなる。
「横浜市児童虐待対策プロジェクト」の報告書(2011)には、
「夏休みなど学校が長期間休みとなる時期は、虐待ハイリスク家庭の親子が毎日24時間一緒にいることにより、
親子間の緊張関係が増大し、虐待へと発展する事例が多数あります」と、長期休業中の虐待リスクが説明されている。
さらに「横浜市子ども虐待防止ハンドブック」(2018)では、次のような事例が紹介されている。
平成27年8月、夏休み中にスーパーから警察に「子どもだけで長時間来店している。店のお菓子を勝手に食べたりしている」との通報を受け、警察が自宅を訪問したが、
両親不在のため児童相談所に身柄付児童通告となり、児童相談所は2人を一時保護した。
児童相談所が両親と面談したところ、実母は子どもが長期休暇で自宅にいることをうっとうしく思い、
子どもに留守番させて毎日のようにパチンコに興じていたことが判明。
自宅もゴミが散乱して不衛生な状況だった。
出典:「横浜市子ども虐待防止ハンドブック」(2018)
子どもが学校を離れて全面的に家庭での生活に戻るとき、そこには親からの暴力にくわえて、ネグレクト(養育の怠慢・拒否)のリスクも高まる。
■夏休み中のネグレクト
ちょうど2年前の8月半ば、BuzzFeedNewsが「給食に救われる子どもたち」と題して、虐待・貧困問題における給食の意味を考察した。
『ルポ児童相談所』の著者である慎泰俊氏は、夏休みの子どもにおける食事の危機を次のように語っている。
給食のない夏休みには、ごはんを食べられなくなる子どもたちが毎年、問題になります。
ネグレクトで親から食事を与えられず、餓死寸前になる子もいます。
給食があれば最低1日1食は食べられますが、そもそも学校が給食を提供していなければ、夏休みに限らず恒常的に、その1食すら確保できません
出典:BuzzFeedNews「給食に救われる子どもたち」
夏休みというのは、生きるための最低限の条件が奪われうる。
学校給食の実施率は、小学校では99.1%、中学校でも89.9%にのぼる(学校給食実施状況等調査(平成30年度))。
学期中は、当たり前のようにお昼ご飯を食べることができていた。その当たり前の機会を奪われるのが、夏休みなのである。
■保護者のストレスも高まりうる
子どもの夏休みを前にした気持ち(母親調査) ※アクサダイレクト生命の報告書をもとに筆者が作図
夏休みは、子育て中の保護者にとっても、そのストレスが増大しうる。
アクサダイレクト生命は2014年に、首都圏に住む小学生の子どもをもつ母親を対象にして、夏休みを前にした意識調査を実施した。
その調査結果によると、夏休みを前にした率直な気持ちとして「気が重い」が7.1%、「やや気が重い」が26.9%と、ネガティブな感情が計34.0%にのぼった。
その理由としてもっとも多かったのは、「昼食を用意しなければならない」で、じつに75.6%の母親がそう回答している。
次いで「自分の時間が持てない」が43.9%であった。
「休み」とだけ聞くと、ついリラックスした家庭の様子を思い浮かべてしまう人もいるかもしれない。
だが、昼食の用意をはじめとして日常が慌ただしくなることから、母親の3割強が夏休みを前に気を重くしている。
それだけの理由で親子関係が急速に悪化することはまれだとしても、それでも夏休みの家庭というのは、
子どもと保護者の人間関係が濃密になりがちであるため、ストレスフルな状況が生まれやすくなる。
■家のなかに居場所がない
千葉県野田市の女児虐待死事件の報道がつづいていた頃、とある地域の交流施設で出会った住民が、私にこんな話をしてくれた――
「これまでに、虐待を受けた女子高校生が何回か自分のところに助けを求めにきたことがある。
最近あったケースでは、部屋着のまま家から逃げ出してきた。
児童相談所に相談をするのだけれど、結局一時保護所もいっぱいで、すぐに家に戻ってしまう。
そして、また家から逃げ出す。そのくり返しです」と。
概して多くの人たちにとって家族というのは、「もっとも大切なもの」であり、
その傾向は長期的に高まる傾向にある(統計数理研究所「日本人の国民性」、2013)。
だが、一部かもしれないけれども子どもにとって家庭が、安心できるどころか、不安でしんどい、あるいは恐怖を感じる場となっていることもある。
家庭という場を考えたとき、そこが子どもにとってどのような空間であるのかという視点からの統計調査は、驚くほど少ない。
今年5月上旬、NHKは全国の中学生を対象に、学校生活の状況に関するインターネット調査を実施した[注1]。
そこでNHKから個票データの提供を受け、筆者が独自に分析をおこなったところ、
「昨年度(2018年4月~2019年3月)について、家の中に居場所がないと感じるときがありましたか?」という質問への回答では、
「とてもよく感じていた」が5.1%、「よく感じていた」が5.8%との結果が出た。
約1割の中学生は、家が居場所となっていない。
また、学年と性別で見てみると、学年間では一貫した傾向は見出しにくいが、
性別については女子のほうが、家に居場所がないと感じる傾向がやや強い。
「ふだんの生活でほっとできるとき」として「家族といるとき」を選んだ子どもの割合 ※名古屋市の報告書をもとに筆者が作図
名古屋市が5年ごとに実施している「子ども・若者・子育て家庭意識・生活実態調査」からも、同様の結果が読み取れる。
同調査では毎回、「ふだんの生活の中で、ほっとできるのはどんなときですか」という質問が設けられており、
「家族といるとき」などの選択肢から、3つを選ぶことになっている[注2]。
図に示した棒グラフは、下方の太字の数字が「家族といるとき」を選んだ者の割合である。
そして上方の数字が、「家族といるとき」を選ばなかった者の割合である。
概して小学生では1割、中高生では2~3割が家族を主たる居場所として感じていないことがわかる。
■「家族」の光と影
これまで学校については、いじめや不登校、さらにはそれに関連した自死の実態がクローズアップされるなかで、
夏休み明けの「学校がツライ」への関心が急速に高まっている。
その一方で、家族というのは大多数の子どもや大人にとって「居場所」と感じられてきただけに、
「おうちがツライ」という感覚への関心がいまだに小さい。
夏休みには、子どもはとくに家にいることになる。本記事の主張に即せば、「家にいざるをえなくなる」と言ったほうがよいかもしれない。
大学の授業で、「この世界のなかで、もっとも危険なところはどこだと思いますか?」と問いを出すと、
紛争地帯や、繁華街、夜道、さらにはインターネット空間など、さまざまな答えが返ってくる。
このとき私はいつも、「家族」と答えるようにしている。
授業の感想では、「私の両親はしょっちゅう口論している」、「ハッとさせられた」というような共感の声とともに、
「そうはいうけれど家族はやっぱりあたたかいものだと思う」、「最後には家族が自分のことを守ってくれる」といった意見も多く届く。
私自身、児童虐待の調査研究で当事者から体験談を聴き、また教育職に就く者として日々若者に接するなかで、
被虐待経験というものがきわめて可視化されにくいことを実感している。
学校内では明るく振る舞う優等生が、家庭内では地獄の日々を送っているということさえある。
■夏休みの「おうちがツライ」ことに思いを馳せる
「家族」というのは、この世界のなかでもっとも安全なところでもあり、かつもっとも危険なところでもある。
基本的にうまくいっている家族と、ほとんどうまくいっていない家族がある。
一つの家族のなかでも、安心感で満たされている時期もあれば、危うい雰囲気の時期もある。
ただし、総じて多くの人たちにとって、家族というのは心安らぐ関係である。
私たちは家族について考えるとき、自身の家族を普遍的な像とみなしてしまいがちだ。
夏休みに家族で旅行に出かける。さらにテレビには新幹線のホームを歩く家族連れの姿が映し出される。
「みんな、夏休みはどこ行った?」――
学校で先生から投げかけられるこの何気ない問いかけは、
休みの日に子どもは家族といっしょに出かけるものだという前提があってはじめて可能となる。
しかし、その問いかけに応じることができない子どもたちがいる。
「おうちがツライ」――先生と子どもたちの笑顔のなかに、苦しみの声はかき消されていく。
家庭に居場所がない。だからと言って、ただでさえ長時間労働の学校の教員に、夏休みのフル出勤を求めるわけにもいかない。
児童相談所も一時保護所も、いっぱいいっぱいだ。
不可視化された子どもたちの夏休みに、いったいだれが手を差し伸べられるのか。課題はあまりにも大きい。
注1:2019年5月3日~9日にかけて、LINE上で実施された。
まずは、昨年度に中学生だった約18,000名に対してプレ調査がおこなわれ、次に本調査が2,500名に対して実施された。
調査は不登校の中学生の意識を主たる関心としていたため、2500名の内訳は「不登校群」(不登校ならびに不登校状況に近い生徒)が約2,000名、
その比較対象としての「登校群」の生徒が約500名である。
なお本記事の分析に際しては、中学生の全体像を描くにあたって、上記の偏りを補正するために重み付けをおこなっている。
不登校群の生徒の居場所については、拙稿「中学生の半数『つらくても毎日学校行くべき』」を参照してほしい。
注2:具体的には、「家族といるとき」「学校にいるとき」「友だちといるとき」
「一人でインターネットやオンラインゲームなどをして、他の人とつながっているとき」「一人で趣味などをしているとき」「そのほか」など。
なお2008年の調査報告書では、小中校生の区別はなく、ひとくくりに「子ども」とされている。
内田良 名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授
学校リスク(スポーツ事故、組み体操事故、転落事故、「体罰」、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、
隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。
また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。
専門は教育社会学。博士(教育学)。
ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。
著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『柔道事故』(河出書房新社)など。
■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net
RyoUchida_RIRIS
ryo.uchida.167
official site
学校リスク研究所(Research Institute for Risk In School)
〔2019年8/18(日) 内田良 名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授〕