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Center:2003年12月ー高卒なのにもう一度高校に戻りたい

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(ページの作成: ==高卒なのにもう一度高校に戻りたい== (書きかけのメモ)<br> 〔執筆の時期は不明、2003~04年ころ⇒2003年12月として掲載しておきま...)
 

2012年3月28日 (水) 20:15時点における版

高卒なのにもう一度高校に戻りたい

(書きかけのメモ)
〔執筆の時期は不明、2003~04年ころ⇒2003年12月として掲載しておきます〕 

(1)
「高校は不登校状態であったけれども、出席日数ぎりぎりで学科の方もなんとか底上げされて感じで卒業することのなった。
  そのときは少しホっとした気がしていたし、親もよかった思っただろう。
ところが時間が経つにつれて卒業しなければよかったと思う気持ちが出てきた。
とくに親から大学をどうするかみたいなことを言われるようになってからは、なぜか卒業した後に後悔するようになった。
それはいまも尾をひいている気がする」。

Kくんからこの話を聞いたとき、私は2年ほど前のある事件を思いしました。
「てるくはのる」という暗号文(?)が話題になった事件です。
20代の青年が小学生を殺害し、しばらくして警察の事情聴取のとき逃げ出し、高層の住宅から飛び降りて自殺した経過でした。
この青年が「ちゃんと単位を取って卒業したかったのに、単位が十分ではないにもかかわらす無理に卒業させられた」
「大検を受検したい、高校卒業を取り消してほしい」と書いた遺書が残されていました。
この事件の青年とKくんの気持ちはどこか通ずるところがありそうです。

(2)
Kくんの話したしたことを考えてみました。
不全感というのでしょうか。
しかしもっと奥がある気がします。
たとえば不登校というのは子どもにとって意志を伝える方法です。
そこにはどんな意志があるのでしょうか。
同じように「高校をやり直したい」というのにどんな意志が隠れているのでしょうか。
Kくんは学校はいやなところだといいました。
しかしその意志、感情、感覚は親には認めてもらえません。
毎朝、家から出されても行くところがない。
しかたなく高校に向かいます。
そこで我慢の時間を過ごします。
その全体は要するに自分の気持ちを受け止めてもらえない事態が進行していることです。
親の思いのままに自分の気持ちに反して事態が進むしかなかった経過です。
高校時代は自分にとってはないのと同じでした。
いやはっきりとなかった方がいいものでした。
(ここで中断)

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