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全国こども食堂支援センター「むすびえ」

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2021年7月11日 (日) 23:39時点におけるMatsu4585 (トーク | 投稿記録)による版
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NPO法人 全国こども食堂支援センター「むすびえ」

母と子3人、所持金200円…一家のその後 命の食堂消え制服代すら
昨年11月18日時点で、給料口座の残高はわずか82円。梓一家は今もぎりぎりの生活を送る=昨年12月、長崎県内
4年前、所持金がわずか200円だったシングルマザーの梓=当時(42)=と出会った子ども食堂は、空き家になっていた。
「もっと続けたかったんだけどね」。無人になった食堂跡を見つめ、運営者の哲雄(72)は寂しそうに話した。
2014年11月に長崎県内のうどん店を改装してオープン。
おなかをすかせた子どもたちに無料で食事を提供し、勉強を教えた。
これまで指導した子どもは約50人。長崎大に進学した子もいる。
開設当初は順調だった。新聞やテレビで取り上げられ、一時は年間120万円程度の寄付金がきた。
米や野菜などの食材が全国から届き、食事の提供にも困らなかった。
だが報道が落ち着くと、支援は徐々に減っていった。
自身の給料や貯金を取り崩して月10万円の運営費を捻出してきたが、70歳を過ぎて「気力が一気に衰えた」。
おととしの10月に食堂を閉じた。
「勉強は人生の土台」子ども食堂を立ち上げた思い
哲雄自身も母子家庭で育った。生活は厳しく、大学の研究室で働きながら夜間の定時制高校に通い、28歳で上智大に入学。
在学中から都内で学習塾を経営した。
45歳で妻の古里の長崎に移住してからは専門学校の講師などを経て、10年前から不登校や引きこもりの若者を支援する自立援助ホームを運営する。
「勉強は人生の土台。楽しさを知ってほしい」。
無料塾兼子ども食堂を立ち上げたのは、そんな思いからだ。
子ども食堂を運営した4年間で、生活に困窮する母子家庭の現状を目の当たりにしてきた。
特に厳しかったのが、15年11月に小学生の子ども3人と駆け込んできた梓だった。
哲雄は半年間にわたって弁当やパンを梓の自宅に届け、生活費に10万円を貸したこともある。
ところが、ある日突然連絡がとれなくなった。最後に見かけたのは2年前。
車中から疲れた表情で歩く姿を目撃したが、声をかけられなかった。
「気にはなっているけど、私自身に支えるだけの余裕がなくて…」 
寄る辺をなくした親子は今、どうしているのだろうか。
「頼るのはもう気まずくて」
4年ぶりに会ったシングルマザーの梓(46)は白髪がめっきり増え、ふくよかだった頬もこけていた。
初めて出会ったころ、梓は無職で収入は約10万円の失業保険のみ。
小学生の子ども3人は給食以外に食べ物を口にできない日もあり、哲雄(72)が運営する子ども食堂だけが頼りだった。
「(生活費として借りた)お金は分割して返したけど、頼るのはもう気まずくて」。
梓は哲雄と連絡を絶った理由をこう語った。
失業保険が切れた後は、複数の短期アルバイトで食いつなぐも2016年3月に肺炎にかかり、3週間入院。
退院後もしばらくは働けず、消費者金融から借金を重ねた。
「背丈に合った制服を見つけてあげたい」
この年8月からはファストフード店で働いた。
月給は約10万円。借金を支払うと、手元には6万円しか残らない。
光熱費を毎月のように滞納し、ガスや水道をたびたび止められるぎりぎりの生活が、今も続く。
美雪(16)は高校1年、直樹(14)は中学2年、沙織(12)は小学6年になった。
目下の悩みは今春中学生になる沙織の制服だ。制服代だけで約4万円。かばんや体操服など含めると8万円近くかかる。
入学時に約6万円の就学援助金がもらえるとはいえ、新品を買う余裕はない。
ママ友や制服のリサイクル事業を手がける団体を頼って中古品を探しているが、なかなか見つからない。
直樹の制服も親族のお下がり。
直樹からは「サイズが小さくなって体育座りもできない」と文句を言われている。
「沙織には背丈に合った制服を見つけてあげたい」と思う。
子ども食堂、3718カ所に増
子どもの貧困問題が深刻化する中、子ども食堂は生活困窮家庭のライフラインとして全国的に広がった。
NPO法人全国こども食堂支援センター「むすびえ」の調査によると、4年前の319カ所から19年には10倍以上の3718カ所に増えた。
一方、哲雄のように資金難から閉鎖に追い込まれるケースも出始めている。
現在、梓を支えているのは古希を目前にした母親だ。
「あなたのために働いているようなものよ」。
離れて暮らす母親はそう言いながらホテルの食堂で働き、これまでに援助してくれた金額は100万円以上、頻繁に食材も届けてくれる。
梓は過労で再び体調を崩し、昨年11月にファストフード店を辞めた。
今は知人の飲食店で働くが、勤務時間が短く、収入は減った。
来年は直樹の高校受験、再来年には美雪の大学受験を控える。
「大学に進学して、将来は放射線技師を目指したい」。美雪の言葉が梓には重い。
◇     ◇   ◇
西日本新聞がキャンペーン連載「子どもに明日を」を始めて4年が過ぎた。
この間、官民で対策が進み、昨年9月には改正子どもの貧困対策推進法が施行。
今年から市町村の支援計画づくりが本格化する。
子どもを取り巻く状況は変わったのか。連載で取り上げた家族たちのその後を追った。
  ▼子ども食堂の運営状況
内閣府が2018年に子ども食堂を含めた517の民間支援団体に調査したところ、年間100万円未満で運営する団体は50.3%で、65.8%が「資金不足」を運営課題に挙げた。
農林水産省が17年に274の子ども食堂を対象にした調査でも、71.6%が「年間30万円未満で運営」と回答。
29.6%が「運営費の確保が難しい」と答えた。
〔2020年1/16(木) 西日本新聞(御厨尚陽)〕
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