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太田勝己作品をまとめる人を求む

提供: 不登校ウィキ・WikiFutoko | 不登校情報センター
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==太田勝己作品をまとめる人を求む==
 
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2013年5月6日 松田武己(不登校情報センター)<br>
 
2013年5月6日 松田武己(不登校情報センター)<br>
  
太田勝己くんが亡くなってから7年半がすぎました。<br>2006年2月に彼の遺作を展示した「青の時空」展から、不登校情報センターの創作展は始まりました。<br>今回の創作展は「第6回片隅にいる私たちの想造展」です。<br>
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太田勝己くんが亡くなってから7年半がすぎました。<br>
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2006年2月に彼の遺作を展示した「青の時空」展から、不登校情報センターの創作展は始まりました。<br>
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今回の創作展は「第6回片隅にいる私たちの想造展」です。<br>
 
初めての創作展以来、彼の遺作は不登校情報センターに所蔵されています。<br>所蔵している作品は大量であり、しかも多様です。<br>
 
初めての創作展以来、彼の遺作は不登校情報センターに所蔵されています。<br>所蔵している作品は大量であり、しかも多様です。<br>
 
これらをいかに多くの人の目に触れるようにするのかは、頭のどこかにありますがその十分な機会を得られないまま7年有がすぎたことになります。<br>
 
これらをいかに多くの人の目に触れるようにするのかは、頭のどこかにありますがその十分な機会を得られないまま7年有がすぎたことになります。<br>
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2010年4月22日作成の「太田勝己作品普及会」による見るべき動きはありませんでした。<br>
 
2010年4月22日作成の「太田勝己作品普及会」による見るべき動きはありませんでした。<br>
前回(2012年)の創作展のときから作品の出展者が大幅に減少しています。<br>私にはわからない背景が働いていると思います。<br>このままでは作品展の機会に太田作品をアピールできる可能性はさらに低くなると予測して、ある試みをしました。<br>
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前回(2012年)の創作展のときから作品の出展者が大幅に減少しています。<br>
ネット上の百科事典Wikipediaに「太田勝己」ページを立ち上げようとしました。<br>しかし、その試みはWikipediaの趣旨から認められないことがわかりました。<br>「Wikipediaはすでに知られたものを記録していく場で、何かを広める場ではありません。Wikipediaに掲載できるのは、特筆性を満たすものに限られます。」というのがその理由です。<br>私はこれを了解しました。<br>
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私にはわからない背景が働いていると思います。<br>
Wikipediaは掲載を拒否したのですが、1つのヒントを与えてくれたのです。<br>太田勝作品をそれなりに評価する形を整えることが必要なのです。<br>そう思って所蔵している作品を久しぶりに引き出して見ました。<br>その作品群をみての感想は大量であるだけではなく、多様であるということです。<br>これをまとめること自体が私には手におえないことがわかりました。<br>逆に言えばそれだけの評価の可能性を持った作品群が潜在しているとも言えるわけです。<br>
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このままでは作品展の機会に太田作品をアピールできる可能性はさらに低くなると予測して、ある試みをしました。<br>
今回も出展者が少ないことを見込んで、太田勝作品を展示のしかたを改めて考えました。<br>少なくともあるまとまった展示をしようと考えました。<br>
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ネット上の百科事典Wikipediaに「太田勝己」ページを立ち上げようとしました。<br>
昨日まで考えましたが、私の力の及ぶその先にこの作品群はあると判断せざるを得ません。<br>言いかえますと適切な形でこの創作展の場に展示することが今回もできなかったということです。<br>Wikipediaの暗示も生かすことができないのです。<br>
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しかし、その試みはWikipediaの趣旨から認められないことがわかりました。<br>
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「Wikipediaはすでに知られたものを記録していく場で、何かを広める場ではありません。Wikipediaに掲載できるのは、特筆性を満たすものに限られます。」というのがその理由です。<br>
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私はこれを了解しました。<br>
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Wikipediaは掲載を拒否したのですが、1つのヒントを与えてくれたのです。<br>
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太田勝己作品をそれなりに評価する形を整えることが必要なのです。<br>
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そう思って所蔵している作品を久しぶりに引き出して見ました。<br>
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その作品群をみての感想は大量であるだけではなく、多様であるということです。<br>
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これをまとめること自体が私には手におえないことがわかりました。<br>
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逆に言えばそれだけの評価の可能性を持った作品群が潜在しているとも言えるわけです。<br>
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今回も出展者が少ないことを見込んで、太田勝作品を展示のしかたを改めて考えました。<br>
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少なくともあるまとまった展示をしようと考えました。<br>
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昨日まで考えましたが、私の力の及ぶその先にこの作品群はあると判断せざるを得ません。<br>
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言いかえますと適切な形でこの創作展の場に展示することが今回もできなかったということです。<br>
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Wikipediaの暗示も生かすことができないのです。<br>
 
参考までに、昨年Wikipediaに掲載しようとした「[[太田勝己]]」紹介です。<br>
 
参考までに、昨年Wikipediaに掲載しようとした「[[太田勝己]]」紹介です。<br>
今回の展示をみて、太田勝己の作品集をつくろうとする有志がいましたら、ご協力をお願いします。<br>その作品集自体がWikipediaの要請する「すでに知られたもの」の対象になるのです。<br>それはWikipediaに「太田勝己」を掲載する条件づくりになります。<br>私が考えた方向はこのようなものです。<br>協力者はいませんでしょうか。<br>
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今回の展示をみて、太田勝己の作品集をつくろうとする有志がいましたら、ご協力をお願いします。<br>
[[Center:太田勝己作品展]]<br>  
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その作品集自体がWikipediaの要請する「すでに知られたもの」の対象になるのです。<br>
[[Category:体験者の発表の場|おおたかつみさくひん]]
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それはWikipediaに「太田勝己」を掲載する条件づくりになります。<br>
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私が考えた方向はこのようなものです。<br>
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協力者はいませんでしょうか。<br>
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[[Category:体験者・当事者に関するページ|おおたかつみさくひんをまとめるひとをもとむ]]
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[[Category:片隅にいる私たちの想造展|おおたかつみさくひんをまとめるひとをもとむ]]

2023年3月26日 (日) 14:23時点における最新版

太田勝己作品をまとめる人を求む

2013年5月6日 松田武己(不登校情報センター)

太田勝己くんが亡くなってから7年半がすぎました。
2006年2月に彼の遺作を展示した「青の時空」展から、不登校情報センターの創作展は始まりました。
今回の創作展は「第6回片隅にいる私たちの想造展」です。
初めての創作展以来、彼の遺作は不登校情報センターに所蔵されています。
所蔵している作品は大量であり、しかも多様です。
これらをいかに多くの人の目に触れるようにするのかは、頭のどこかにありますがその十分な機会を得られないまま7年有がすぎたことになります。
その間の第4回想造展(2010年5月)のおりに、次の提案をしました。

2010年4月22日作成の「太田勝己作品普及会」による見るべき動きはありませんでした。
前回(2012年)の創作展のときから作品の出展者が大幅に減少しています。
私にはわからない背景が働いていると思います。
このままでは作品展の機会に太田作品をアピールできる可能性はさらに低くなると予測して、ある試みをしました。
ネット上の百科事典Wikipediaに「太田勝己」ページを立ち上げようとしました。
しかし、その試みはWikipediaの趣旨から認められないことがわかりました。
「Wikipediaはすでに知られたものを記録していく場で、何かを広める場ではありません。Wikipediaに掲載できるのは、特筆性を満たすものに限られます。」というのがその理由です。
私はこれを了解しました。
Wikipediaは掲載を拒否したのですが、1つのヒントを与えてくれたのです。
太田勝己作品をそれなりに評価する形を整えることが必要なのです。
そう思って所蔵している作品を久しぶりに引き出して見ました。
その作品群をみての感想は大量であるだけではなく、多様であるということです。
これをまとめること自体が私には手におえないことがわかりました。
逆に言えばそれだけの評価の可能性を持った作品群が潜在しているとも言えるわけです。
今回も出展者が少ないことを見込んで、太田勝作品を展示のしかたを改めて考えました。
少なくともあるまとまった展示をしようと考えました。
昨日まで考えましたが、私の力の及ぶその先にこの作品群はあると判断せざるを得ません。
言いかえますと適切な形でこの創作展の場に展示することが今回もできなかったということです。
Wikipediaの暗示も生かすことができないのです。
参考までに、昨年Wikipediaに掲載しようとした「太田勝己」紹介です。
今回の展示をみて、太田勝己の作品集をつくろうとする有志がいましたら、ご協力をお願いします。
その作品集自体がWikipediaの要請する「すでに知られたもの」の対象になるのです。
それはWikipediaに「太田勝己」を掲載する条件づくりになります。
私が考えた方向はこのようなものです。
協力者はいませんでしょうか。


太田勝己

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