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朝日訴訟の会

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==NPO法人 朝日訴訟の会==
 
==NPO法人 朝日訴訟の会==
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<th>所在地</th>
 
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<td>〒700-0054 岡山市北区下伊福西町1-53 岡山県社保協内</td>
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<td>〒700-0054 岡山市北区下伊福西町1-53<br>
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岡山県社保協内</td></tr>
 
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<th>TEL</th>
 
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〔◆平成29(2017)年2月19日 しんぶん赤旗 日刊〕 <br>
 
〔◆平成29(2017)年2月19日 しんぶん赤旗 日刊〕 <br>
  
'''朝日訴訟:NPOに支援女性の知人、原告遺品を寄贈 社会保障問う 辞書など6点、北区で公開へ/岡山'''<br>
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<htmlet>00raku_books_jinsinseinosihonron_20240304</htmlet>
憲法25条の「生存権」に基づき、当時の社会保障について問題提起した「朝日訴訟」の原告、<br>
+
[[Category:生活困窮者・岡山県|あさひそしょうのかい]]  
朝日茂さん(1913~64、津山市出身)が生前使っていたとみられる辞書など遺品6点が、NPO法人「朝日訴訟の会」に寄贈された。<br>
+
朝日さんを身近で支えた女性(故人)が長年保管し、女性と懇意だった倉敷市の井上久仁子さん(79)が預かっていた。<br>
+
遺品を寄贈した井上さんは「朝日さんを支えた女性の存在を多くの人に知ってほしい」と話す。<br>
+
 生活保護の水準が生存権に反していると国を訴えた訴訟は「人間裁判」の名で全国的に注目を集め、社会保障運動に発展、生活保護費の引き上げにつながった。<br>
+
朝日さんは1審では勝訴したが、2審で敗訴。<br>
+
上告審の途中で他界した。<br>
+
寄贈された朝日さんの遺品は、文箱、ペーパーナイフ、辞書、そろばん、虫眼鏡と、文字を書く際に使っていたとされる板の6点。<br>
+
朝日さんは訴訟中、全国の支援者らと頻繁に手紙をやり取りし、その数は1万通に上るともされる。<br>
+
辞書には結核患者だった朝日さんの喀血(かっけつ)とみられる跡も残る。<br>
+
遺品は当初、朝日さんを支えた故足立初枝さんが保管していた。<br>
+
朝日さんが入所していた早島町の国立岡山療養所(現国立病院機構南岡山医療センター)で知り合い、<br>
+
足立さん自身の結核が治った後も患者を身近で世話する「付添婦」として療養所に残った。<br>
+
同会事務局長の川谷宗夫さん(61)は「訴訟を戦い抜くことは大変なストレスがあっただろう。朝日さんの相談相手で、心の支えになった人だったと聞いている」と話す。<br>
+
足立さんは3年前に亡くなったが、その数年前、井上さんに遺品を託した。<br>
+
井上さんから寄贈を受けた同会は、記念展示室(北区下伊福西町)で公開する予定だ。<br>
+
同会の会長を務める岩間一雄・岡山大名誉教授は<br>
+
「朝日さんがどのように生きたか証拠づける品。社会保障を切り捨てるような動きがある今こそ、多くの人に訴訟について学んでほしい」と話している。<br>
+
〔◆平成28(2016)年10月6日 毎日新聞 地方版〕 <br>
+
 
+
'''「人間裁判」の原告、女性が支えた証し 故足立初枝さん、朝日さんの遺品守る /岡山県'''<br>
+
1957年、早島町の療養所に結核で入所していた朝日茂さんが、憲法25条で定める生存権の意味を国に問うた「朝日訴訟」。<br>
+
一審では主張が認められたが、高裁で逆転敗訴し、上告中の64年、朝日さんは50歳で亡くなった。<br>
+
病床で闘う日々、朝日さんは、療養所で出会った女性と結婚を約束し、未来を夢見ていた。<br>
+
「郷里の津山で民主的な本屋をやろう」<br>
+
女性は3年前、98歳で亡くなった足立初枝さん。<br>
+
朝日さんより1歳若く、同じように結核を患い、国立岡山療養所(当時)に入所した。<br>
+
自らの病は5年あまりで治ったが、その後も付き添いとして療養所に残り、朝日さんの世話を続けた。<br>
+
「肌着が2年に1枚、パンツが年1枚しか買えないような生活保護水準は低すぎる」と訴えた裁判は「人間裁判」と呼ばれた。<br>
+
達筆だった足立さんは、東京地裁の勝訴で大量に届いたカタカナの祝電を1枚ずつ漢字で清書した。<br>
+
自転車に乗れなかったので、「本屋をするのに困る」と療養所の中庭で練習し、朝日さんが病室から見守った。<br>
+
だが、2人の夢はかなわなかった。<br>
+
足立さんは、親族と一緒に、朝日さんの遺骨を東京・青山霊園にある「解放運動無名戦士墓」に葬った。<br>
+
訴訟は死亡直前に養子縁組をした夫妻が引き継いだが最高裁は認めず、67年に上告を退けた。<br>
+
死去から4年後の命日、療養所のそばに人間裁判の石碑が建立され、足立さんはその近くで暮らし続けた。<br>
+
倉敷市向山の井上久仁子さん(79)は、夫が早島町のシルバー人材センター事務員だったことから、約10年前、足立さんと知り合った。<br>
+
「とても魅力的な男性だった。男の中の男だった」と、足立さんは朝日さんの思い出を語った。<br>
+
数年後、足立さんはインフルエンザで入院し、井上さん夫婦を頼った。<br>
+
その後、倉敷市内の養護施設に入ることになり、持っていけない家財道具を夫妻が預かった。<br>
+
その中に朝日さんの愛用品があった。<br>
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机代わりのミシン板、文箱、虫めがね、ペーパーナイフ、そろばん。<br>
+
辞書には喀血(かっけつ)の染みがついていた。<br>
+
亡くなって病室を片付けた時にもらったという。<br>
+
2010年、足立さんは妹と一緒に暮らすため、広島の施設に移ることになった。<br>
+
荷物を引き取りに来た親族は、足立さんと朝日さんの関係を知らなかったので、井上さんは遺品を渡さず、保管し続けた。<br>
+
今年2月、NPO法人「朝日訴訟の会」が、岡山市北区下伊福西町の県民主会館に「朝日訴訟記念展示室」を開いた。<br>
+
日記をつづったノートや肺のX線写真、裁判官手書きの判決原稿など約60点が並んでいる。<br>
+
井上さんは、足立さんが守り続けた遺品も多くの人に見てほしいと、寄贈を申し出た。<br>
+
「これは、ただの物ではない。朝日さんは天涯孤独ではなく、足立さんという女性が最期まで尽くしたことの証しです」<br>
+
6点の遺品は23日、会に引き渡される。<br>
+
事務局長の川谷宗夫さん(61)は「足立さんが朝日さんの病室に泊まり込んで献身的に看病したのは確かで、心の支えだったのは間違いない」と話す。<br>
+
朝日さんは病床で1万通近い手紙を書いた。<br>
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「それに使った辞書は貴重な資料。書簡や愛用した万年筆と一緒に展示したい」と喜んでいる。<br>
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〔◆平成28(2016)年9月16日 朝日新聞 大阪地方版朝刊〕 <br>
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[[Category:生活困窮者のニュース|あさひそしょうのかい]]
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[[Category:事項百科|あさひそしょうのかい]]  
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[[Category:岡山県(地域)|あさひそしょうのかい]]  
 
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[[Category:岡山市(岡山県)|あさひそしょうのかい]]
 
[[Category:岡山市北区(岡山県)|あさひそしょうのかい]]
 
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[[Category:しんぶん赤旗|あさひそしょうのかい]]

2024年4月7日 (日) 22:14時点における最新版

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NPO法人 朝日訴訟の会

所在地 〒700-0054 岡山市北区下伊福西町1-53
岡山県社保協内
TEL 086-255-1299
Mail info@asahisosho.or.jp

朝日訴訟から受け継ぐもの 提訴60年 昨年開設の「展示室」 遺品・手紙もとに深める
岡山県の重症結核患者、朝日茂さんが低すぎる生活保護費は違憲だとしてたたかった朝日訴訟。
〓人権としての社会保障〓を求める運動の原点です。
「朝日訴訟の会」(岡山市)は、朝日訴訟の精神を引き継ぎ、語り伝えようと活動しています。
朝日訴訟の運動と歴史、たたかいの精神を通して憲法25条が保障する生存権を若い人たちに深めてもらいたいと、「朝日訴訟展示室」が昨年2月、岡山市内に開設されました。
1年あまりで約300人が来館しています。
展示室には貴重な資料や茂さんが療養所で使っていた品々がそろっています。
茂さんのノートや弁護団事務局資料、小中信幸元裁判官による第一審判決の起案原稿、朝日訴訟の支援を求めて茂さんが1万通の手紙をつづったときに使用した万年筆、枕元に飾ってあった手づくりの紙人形…。
格差と貧困拡大 朝日訴訟の会の川谷宗夫事務局長は「いまは、朝日訴訟のころより、格差と貧困が拡大していると感じます。浅沼判決が指摘したことがいまだに実現されていない」と批判します。
浅沼判決とは、東京地裁(浅沼武裁判長)が1960年10月19日、憲法25条に照らして茂さんの訴えを全面的に認めたもの。
憲法25条が定める「最低限度の生活」とは、「人間に値する生存」あるいは「人間としての生活」を可能とするものでなければならないと強調しています。
その上で、▽ボーダーライン層の生活水準を「健康で文化的な生活水準」としてはならない▽最低限度の水準は時々の国の予算配分によって左右されるべきものではなく、むしろこれを指導支配すべき▽「健康で文化的な水準」はすべての国民に保障されなければならない-と指摘しました。
「浅沼判決に照らしてみても、安倍政権は『自立、自助』を社会保障の基本として、国の責任を後景に退けています」と川谷さん。
学び政治変える 社会保障費削減として安倍政権がまず手をつけたのが、生活保護基準の引き下げです。
その根拠にしたのが保護基準より低い生活費で暮らす人たちとの比較でした。
こうして社会保障費は削る一方で、軍事費予算は5兆円を突破させました。
川谷さんは「こうした政治を変えるためにも、朝日訴訟のたたかいを多くの人に学んでほしい」と訴えます。 
同会会長の則武透弁護士は「年金や生活保護基準引き下げなど憲法25条をめぐる裁判で、朝日訴訟の理論と運動を引き継ぎ発展させなければ」と強調し、茂さんの残した言葉を引用します。
「真のヒューマニズムは、非人道的な圧迫に対して闘うことではなかろうか。時と場所によって権力からの圧迫も違うであろうが、現在の日本では、貧困の克服、私たちを苦しめている政治の根源をつき、これと闘うことである。それは革命闘争以外にないのではなかろうか。…いかなる弾圧にも屈せず、不屈の闘いをつづけるものこそ、真のヒューマニストであると、私は思うのだ」
〔◆平成29(2017)年7月3日 しんぶん赤旗 日刊〕

朝日訴訟から受け継ぐもの 提訴60年 社会保障は権利 学び活動する学生たち
低すぎる生活保護費は違憲だとして岡山県の重症結核患者、朝日茂さんが1957年8月12日、国などを相手取り提訴しました。
朝日訴訟と呼ばれたこの裁判の中で、「権利としての社会保障」という考え方が生まれました。
「朝日訴訟は、社会保障を必要とする人たちが自ら立ち上がるきっかけになっています」
こう語るのは、愛媛大学の鈴木靜(しずか)教授(社会保障法)です。
「社会保障が権利だということを、実生活で感じられるような社会にしなければ」と強調します。こうしたことを実感してほしいと、自身のゼミに参加する学生には、社会保障を充実させるためのさまざまな活動に積極的に参加することを呼びかけています。
朝日訴訟の会(2006年設立、岡山市)の総会に参加した同大学の男子学生(23)は「朝日訴訟が今の生活保護基準に影響を与えていると知りました」と話します。
いまだに偏見が 総会参加後に岡山県内の実家に寄り朝日訴訟を話題にすると、祖父が良い印象を持っていないと感じたと話します。
生活保護への偏見がいまだに根強いと実感しました。
その後も、生活保護基準引き下げを違憲だとして保護利用者が集団で訴えた裁判(いのちのとりで裁判)も傍聴しました。
「原告たちは、『人間らしい生活ができない』からと保護基準をもとに戻すよう訴えている。保護基準が年金や就学援助などいろいろな制度に関係していると知り、生活保護の重要性に気づきました」 
いのちのとりで
女子学生(22)は「保護基準は私たちの暮らしに密接な関係があります。朝日訴訟の関係者をはじめ多くの人たちが社会保障の充実を求めてきたから、社会が変わっていったんだと分かりました」と語ります。
「いのちのとりで裁判の原告の1人が車いすの上から、〓自分の生活より子どもたちの未来の生活のためにたたかっている〓と話していたことが印象的でした」
鈴木さんは「社会保障は、高齢者、障害者、誰もが人間らしく生きていくために必要な権利です」と指摘。
「学生には社会保障運動の現場を通じて、法律や裁判が誰のためにあるのか、どういう社会的影響があるのかを立体的に学び、その精神を受け継いでほしい」と強調します。
「朝日訴訟では原告が朝日さん1人だったけど、いのちのとりで裁判では約千人に発展しています。私たちが人間らしく生きていく社会に変えようと動くことが重要です」と鈴木さん。
「権利はたたかう者の手にある」-。朝日茂さんの座右の銘です。
朝日訴訟
憲法25条に基づく人間らしい最低生活の保障を求めて、岡山県の重症結核患者、朝日茂さんが1957年8月12日に提訴。
東京地裁(浅沼武裁判長)は60年10月19日、朝日さん勝訴の判決を出しました。
国などが控訴し、東京高裁(小沢文雄裁判長)は63年11月4日、逆転判決を出し、最高裁(入江俊郎裁判長)は67年5月24日、「上告人死亡により終了」とする判決を出しました。
〔◆平成29(2017)年6月1日 しんぶん赤旗 日刊〕

朝日訴訟の精神継ぐ 「会」が総会 提訴60年意義学ぶ
憲法25条を生かした政治を実現するために朝日訴訟から学ぼう-。NPO朝日訴訟の会は18日、岡山市内で第12回総会を開きました。
会長の岩間一雄岡山大学名誉教授が「朝日訴訟の精神を受け継いでいこう」とあいさつしました。
朝日訴訟は、岡山県の重症結核患者、朝日茂さんが低すぎる生活保護費は違憲だとしてその引き上げを求めて1957年に提訴したもの。
茂さんが亡くなる直前(64年2月)、健二さんが養子縁組し訴訟を承継しました。
元中央社保協副会長で元総評社会保障局長の公文昭夫さんが講演。
安倍政権が戦争法を強行し「共謀罪」法案の提出を狙うのと同時に社会保障を削減する現状が朝日訴訟提訴時に酷似していると指摘し、
「すべての人が人間らしく生きる社会をつくるために全国一律最低賃金制の確立と底上げと、社会保障の改善を車の両輪とする労働者の運動を広げよう」と呼びかけました。
生存権裁判を支援する全国連絡会会長の井上英夫金沢大学名誉教授は、茂さん、健二さんが運動のなかで「権利はたたかう者の手にある」と繰り返し訴えてきたと強調。
憲法12条(自由・権利の保持義務)と97条(基本的人権の本質)にふれ「私たちがたたかうことは権利で、たたかい勝ち取った権利は不断の努力で守らなければならない」と訴えました。
松山市から初参加した男子大学生(22)は「朝日訴訟は判例だけでは分からない。
『人間らしく生きたい』という意味について話を聞き感じてみたかった」と語りました。
則武透弁護士が新会長に選ばれました。
〔◆平成29(2017)年2月19日 しんぶん赤旗 日刊〕 

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