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豊島子どもWAKUWAKUネットワーク

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豊島子どもWAKUWAKUネットワーク

所在地 東京都豊島区
TEL 090-3519-3745
FAX

こども食堂の輪 全国へ
「広がれ、こども食堂の輪!全国ツアー」のキックオフイベントが28日、東京都内で開催されました。
主催は、同実行委員会です。約150人が参加しました。
全国ツアーは、こども食堂の活動を自治会や婦人会、行政関係者に理解してもらい、「一部の人たちの取り組み」から「地域住民の誰もが理解し関わっていける取り組み」へと広げることが目的です。
実行委員代表の栗林知絵子さん(特定非営利活動法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク理事長)は、こども食堂はただ食事を提供するだけの場所ではなく、その地域の子どもたちが安心して生活し、豊かに成長できる「居場所」でもあると強調しました。
全国各地の取り組みも交流しました。
「信州こども食堂ネットワーク」の青木正照さんは、こども食堂が子どもだけではなく、多世代の人々も交流できる「居場所」になっていると話しました。
「特定非営利活動法人ちばこどもおうえんだん」の湯浅美和子さんは、「条件は一切付けず、誰でも気軽に来ることができる場所にしたい。そうすれば苦しんでいる子どもたちにも届くかもしれない」と述べました。
〔◆しんぶん赤旗 2016年9月30日〕

ページ名:豊島子どもWAKUWAKUネットワーク、東京都豊島区、パンくず上(子ども食堂・フードバンク)
子どもに明日を=「食堂」開設の参考書 東京のNPO法人出版 子ども食堂の立ち上げの準備や運営のこつをまとめた本「子ども食堂をつくろう 人がつながる地域の居場所づくり」が出版された。東京で子ども食堂を運営するNPO法人「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」が製作。体験談を交えながら、運営の課題や解決例を記した参考書のような一冊となっている。 全5章で、第1章は同ネットワークが子ども食堂を開設した経緯を説明。コンビニの食事を1人で食べていた母子家庭の中学生を地域ぐるみでサポートしたことをきっかけに、孤食の子どもや赤ちゃんを抱えたシングルマザーたちに月2回食事を提供していると紹介している。第2章は「子ども食堂のつくり方講座」と銘打ち、Q&A形式でアドバイス。運営者と専門家による座談会や、東日本にある33の子ども食堂の場所や連絡先も掲載している。栗林知絵子理事長(49)は「住民一人一人ができることを持ち寄って、子ども食堂が成り立っていると分かるはず。本を参考にして、各地に取り組みが広がればうれしい」と話す。問い合わせは同ネットワーク=090(3519)3745。 〔◆平成28(2016)年8月30日 西日本新聞 夕刊〕

僕が立派になることが恩返し 「いま子どもたちは」登場、福祉事務所に借金の男性
進学や生活のために稼いだアルバイト収入約95万円を福祉事務所に納めることになった――。
昨年11月、「いま子どもたちは」にそんな当時19歳の男性が登場した。
掲載後、「支援したい」との問い合わせが相次いだ。今年20歳になった男性は新たな仕事に就き、いま沖縄で暮らす。
寄せられた支援で全額を支払うことができたという。 問い合わせの電話や手紙、メールは十数人から朝日新聞社に届いた。
男性を支援してきたNPO法人「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」(東京都豊島区)の栗林知絵子理事長(49)が、支援を申し出た人と男性をつないだ。
男性は5人から計78万円を受け取った。自分で稼いだ金額と合わせ、1月までに全額を福祉事務所に支払うことができたという。
男性が最初に「いま子どもたちは」に登場したのは高校2年の2013年8月。
母と2人暮らしで生活保護を受けていたが、アルバイトが福祉事務所に発覚し、稼いだ全額を納めるよう迫られていた。
昨年11月の記事は、男性のその後を追った内容だった。千葉市の女性(62)は男性に直接会って50万円を渡した。
「3年前に記事を読んでから、ずっと気になっていた。大学進学を目指して働いていたのに、どうしてそのお金を国に返さなければいけないのか。制度の不備だと思った」と話す。
夫と相談のうえ、支援を決めたという。
神奈川県のシングルマザーの女性(41)は「職場は普段ボーナスがないのですが、特別に4万円の支給があったので」と2万円を支援した。
「私は周囲に支えてくれる人がいた。男性は偶然恵まれない家庭に生まれ、働いたお金も借金になってしまった。やり切れない気持ちになった」。
高校生の一人息子がおり、人ごとと思えなかった。
「これからも前向きに、精いっぱい生きて欲しい」
横浜市の50代のパート女性は「大学生と高校生の息子3人の児童手当が通帳に20万円残っているので支援したい」と手紙を寄せた。
男性からは「借金を無事返済できました」とお礼の手紙が届いた。
女性は「苦労や困難があっても、どうかくじけず生きていって」とエールを送る。
大阪府の女性(57)は小学生の2人の息子を抱えて離婚。仕事を掛け持ちしながら育てた。
「すぐに使う予定のない100万円を無利子、返済期限なしで使っていただければ」とメールを寄せた。
男性にお金を貸すには至らなかったが、「救われたと聞きほっとした。今後は周囲の助けも借りながら自分を大切に生きて欲しい」と話した。
「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」の栗林理事長は
「家庭環境に恵まれなかった男性にとって、自分のことを真剣に考えてくれる大人がいたことは、今後、困難を乗り越えていく支えになるはず」と話す。
高校卒業後、地元の住宅設備機器の販売会社に就職した男性は、「借金から解放され、すごく前向きな気持ちになれた」と言う。
新たな仕事に挑戦したいと4月に営業の仕事に転職。現在は沖縄で暮らす。
進学を諦めたわけではないが、当面は仕事を頑張り、将来に向けてお金をためるつもりだ。
「僕が立派な大人になることが、支援して下さった方々への恩返し。だから誰も知らない土地で頑張れている。本当に感謝しています」
もっと厳しい境遇の中で頑張っている子もいる。
いつか、そんな子どもたちの力になりたい。男性はそう考えている。
◇男性が登場した「いま子どもたちは」
○「欲しいって言わない」(2013年8月28、29日付)
当時高校2年生。母と東京都板橋区のアパートで、生活保護を受けながら暮らしていた。
母から食べ物もお金ももらえず、「働いて」と言われ、アルバイトを続けた。収入の一部は大学進学にあてるつもりで、税理士になるのが夢だった。
ところが、収入を申告していなかったため、稼いだ全額の約70万円を福祉事務所に支払うことに。
「遊びに使ったわけじゃない。何で俺が『借金』を背負わなきゃいけないんだろう」。進学は諦めた。
○「あれから」(2015年11月29日付)
返済総額は最終的に約95万円になった。高校卒業後に就職し、仕事に必要な運転免許の講習代約17万円を会社に借りた。
月の手取り約16万円から福祉事務所や会社への返済、寮費などを払うとほとんど残らない。
「いつか会計士になって、力を試したい」
〔◆平成28(2016)年7月22日 朝日新聞 東京朝刊〕 

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