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Center:2006年5月ー引きこもり対応施設死亡事件の新聞論評に関して

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9月18日、名古屋市内の引きこもり更正施設、アイ・メンタルスクールで入所者の死亡事件が起きました。 <br>  
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4月20日の夜、朝日新聞名古屋・社会部記者から電話取材がありました。<br>
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取材を受けた松田(P.N.五十田)は、事件についてはまだ何も知らず、一般論の形での論評を求められました。 <br>  
 
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問われたことは、引きこもり当事者が、引きこもりから抜け出していく過課程におけるアルバイトや宿泊方法の是非です。<br>
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問われたことは、引きこもり当事者が、引きこもりから抜け出していく過程におけるアルバイトや宿泊方法の是非です。<br>
 
それが新聞上のコメントの前半に紹介されています。 <br>  
 
それが新聞上のコメントの前半に紹介されています。 <br>  
 
このほかに、引きこもりから社会参加の過程では何が必要なのか、私の引きこもりの理解などに及びました。 <br>   
 
このほかに、引きこもりから社会参加の過程では何が必要なのか、私の引きこもりの理解などに及びました。 <br>   
 
相当に長い電話取材でしたが、紙上のコメントは短いものにならざるを得ないと思い、取材の終わりに「微妙な問題なので事前に掲載文を見せてください」とお願いしました。 <br>  
 
相当に長い電話取材でしたが、紙上のコメントは短いものにならざるを得ないと思い、取材の終わりに「微妙な問題なので事前に掲載文を見せてください」とお願いしました。 <br>  
 
これに応じて、文案は夜の9時31分にFAX送信してきました。<br>
 
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電話取材からこの文案が送られてくるたぶん1時間半くらいの間に、 私は事件がアイ・メンタルスクールで起きたことを知りました。 <br>   
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コメントの文案を見て、気になることがあったので、私なりの訂正案を送りました。<br>
 
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すぐにこの訂正案についての問い合わせが記者からあり、少し話し合い、2回目の文案が送られてきました。<br>
 
すぐにこの訂正案についての問い合わせが記者からあり、少し話し合い、2回目の文案が送られてきました。<br>

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引きこもり更正施設死亡事件の新聞論評に関して

〔2006年5月10日〕

4月18日、名古屋市内の引きこもり更正施設、アイ・メンタルスクールで入所者の死亡事件が起きました。
4月20日の夜、朝日新聞名古屋・社会部記者から電話取材がありました。
取材を受けた松田(P.N.五十田)は、事件についてはまだ何も知らず、一般論の形での論評を求められました。
およそ1時間近くは話したと思いますが、そのときはまだアイ・メンタルスクールの名前も出ない一般的な事情として話ました。
問われたことは、引きこもり当事者が、引きこもりから抜け出していく過程におけるアルバイトや宿泊方法の是非です。
それが新聞上のコメントの前半に紹介されています。
このほかに、引きこもりから社会参加の過程では何が必要なのか、私の引きこもりの理解などに及びました。
相当に長い電話取材でしたが、紙上のコメントは短いものにならざるを得ないと思い、取材の終わりに「微妙な問題なので事前に掲載文を見せてください」とお願いしました。
これに応じて、文案は夜の9時31分にFAX送信してきました。
電話取材からこの文案が送られてくるたぶん1時間半くらいの間に、私は事件がアイ・メンタルスクールで起きたことを知りました。
コメントの文案を見て、気になることがあったので、私なりの訂正案を送りました。
すぐにこの訂正案についての問い合わせが記者からあり、少し話し合い、2回目の文案が送られてきました。
その受信時間は10時8分です。
私はそのコメント文案で了解し、翌日4月21日の朝刊に掲載されました。

コメントの後半では、20畳の部屋に10人が生活していてことに関して「プライバシー面で気になる」と遠回しの言い方をしました。
私の知る範囲で、広い部屋に複数の人が寝泊りする形でうまく対応しているところもあり、一般的に広範囲にそれを否定できないと思えるからです。
ただビルの広い1室に10人というのは吟味なく肯定するわけにもいかず、やや否定感をもたせる表現にしました。
中心になるのは、「本人の意志や感情を無視されて入所した可能性」――死亡された人がどのような経過で入所したのかは知りませんが「入所直後から暴れた」という事実から、入所経過を推測した言い方――を「問題だ」としました。
「本人の同意なしでは、期待する効果上がらないだろう」と結んだのは、死亡事件の背景全体を表現するものになったはずです。
新聞でのコメントは短いけれども活字になります。生身の声や映像や手書きの文章とは違い、活字は堅固で確定した響きを読む人に与えます。
詳しいことがわからないのに一般論として言及するには、抑制的でなくてはならないのです。
連休中の月日に、アイ・メンタルスクールの代表者とスタッフ等6人が逮捕されたというニュースを知りました。
それで先ほど(5月9日の夜8時ごろ)4月21日付朝日新聞(名古屋版?)の記事を知人からFAXで送信してもらいました。
逮捕時の警察発表(これはインターネット上のニュース配信による)と4月21日付の新聞発行時点との情報の違い――たとえば拘束具を使っている、使っていない――などもあり、事件そのものの解明はまだ途上にあると思います。
いずれにしても私はこの事件の深層の真実を知りうる立場にはいませんから、それらの具体的事情に関して言うことはできません。
いまの時点で言えることは、入所方法や入所後の処遇に関しては強い拘束で有無を言わせぬやり方は許されないことではないでしょうか。
たとえ法を犯した人であってもそうですし、ましてや引きこもり自体は法を犯したわけではありません。
司法的権限のない人のこのような拘束自体が違法です。
少なくとも人間を人間として処遇していません。
それはこの入所者が死亡したから非難されるのではなくて、強制的な入所、拘束的な入所者の処遇のところで、社会的非難の対象になるのです。
他方、引きこもりの人のいる家族の多くは、多様な社会的な支援を必要としていることにも目を向けないわけにはいきません。
そういう支援がない中で、負担は家族の肩にかかっています。
このギャップが、社会的に非難の対象となる更生施設に援助を求める家族を生み出す土壌にもなっています。
大きな社会的な声援と行政的なバックアップがあり、それらに支えられて直接に支援する団体や個人が、引きこもりの当事者や家族に手を差し出す姿が望ましいのです。
そういう背景が弱いのが残念です。
直接の支援者や支援団体は、魔術師のように最善の救済案を提示する人たちではありません。
他ならぬ私自身もそうです。
その支援方法、それを裏づける人間観は、常に実践的に研究され、改善を重ねられ、そうすることで一人ひとりへの支援が少しずつ実を結ぶものです。
見方によってはまどろっこしいものです。
人の心(精神作用)を即断即決で対処することは、逆効果になりやすいものです。
時間を要するこれらの過程を省くことが、強制や拘束や暴力により押さえこむやり方を生み出します。
それはゆがみをいっそうゆがめ、ひずみをいっそう拡大し、引きこもりの人と家族をさらに追いつめていきます。
アイ・メンタルスクールの今回の事件は、このような引きこもりへの社会的な声援と行政的なバックアップの弱い状態のなかで生まれたものであり、単にアイ・メンタルスクールのことではありません。
そのような強制や拘束的方法を事実上賛美してきた人たち、報道関係者の人たちにも、いわば精神的な共犯者として、深く反省していただきたいと思っています。
一人の人間の死から重要な教訓を得てほしいと願うところです。

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