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こんぺいとう台風

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こんぺいとう台風

日曜日は朝からコンペイトウがパラついていた。
コンペイトウ台風が関東に近づいているらしく、テレビではしきりにコンペイトウ台風被害の映像が写しだされていた。
私はさっきからコツコツと窓を叩いているコンペイトウに顔を顰めながら雨戸を閉めた。
午後、軽いうたたねの後テレビを再びつけるとテロップでは関東区域にコンペイトウ洪水警報が出ていた。
ついに関東にもコンペイトウ台風が上陸したようだ。
そういえば、さっきよりも雨戸を叩く音が強くなっている気がする。

私は憂鬱な気持ちになった。
コンペイトウ台風の後は道に積もったコンペイトウをしゃべるでかかなければいけない。
雪かきならぬコンペイトウかきだ。
それに糖分が付着しているのでお湯をかけないと家も道も粘ついてしまうのだ。
被害にあった農家の野菜は土に染み込んだ甘みを吸収してお菓子のような甘さになってしまう。
私は甘いものが嫌いだった。

しばらくふつふつと物思いに耽っていると、突然玄関のチャイムが鳴った。
カーディガンを羽織って玄関の扉を開けると誰の姿もない。
いたずら? と思って扉を閉めようとしたそのとき、下のほうから「こんにちは」という声がした。
そちらに目を向けるとタヌキのぬいぐるみが雨がっぱと長靴を履いてたっていた。
町外れに住んでいるリチャードだ。

「こんにちは」と私はおうむ返しに言葉を発した。
私の腰ぐらいまでしか背丈のないリチャードは体の1/3ほどがすでにコンペイトウに埋もれてしまっていた。
うちの玄関の中にも遠慮なしにコンペイトウがコツコツ音をたてて入ってくる。
これ以上家にコンペイトウが入るのが嫌だった私はリチャードを家に招きいれた。

雨がっぱを脱いだリチャードからピンクや白のコンペイトウが何粒か落て砕けた。

居間にリチャードを案内し、熱い紅茶を入れたあと、私は「それで?今日はどういった御用?」とやや棘のある口調で聞いた。
私は正直リチャードがあまり好きではなかった。
彼はふっくらしたてのひらを開けると2粒のコンペイトウを紅茶の中に入れて言った。
「これから夢見原高台に行くんだけど、君も誘ってみようと思って」
私は耳を疑った。
こんな台風の最中に出かけるなんて。
しかもリチャードと。
「で、君ももちろん行くだろ?」
彼を身を乗り出して好奇心旺盛な目を向けてくる。
「ご冗談でしょう?台風の中でかけるなんてどうかしてるわ。それにこの積もり方じゃ高台までは行けないわ」と言うと、
「高台までの道のりだったら大丈夫だよ。いいものをもってきたんだ。それにコンペイトウ台風なんてめったにあることじゃないだろ? コンペイトウ台風のときじゃないと見られないものがあるんだ。君もきっと気に入ると思う」
と自信満々にリチャードは告げる。
確かにコンペイトウ台風が来たのは10年ぶりくらいのことだった。
頻繁にあったら非常に困る。
「絶対に後悔させない」とリチャードは続けて言った。

行く行かない、でリチャードとしばらく揉めたあと、結局私は高台に行くことにした。
“絶対に後悔させないもの”が何であるのか非常に気になったのだがリチャードがはぐらかして答えてくれなかったからだ。
私は雨がっぱを羽織って外に出た。
コンペイトウはさっきよりもだいぶ積もっていてドアを開けるときに一苦労した。
「で?歩いて行くわけじゃないでしょう?」
と私が言うとリチャードは柿の木の後ろに回って円形のたらいとオールを持ち出してきた。
「ここに来るときもこれに乗ってきたんだよ」
とリチャードが言う。

私は唖然としてしまった。
たらいにリチャードと私が乗ってオールを漕ぎながら町を移動するところを想像したからだ。
あまりにも滑稽すぎる。
そんなところを知り合いに見られたら恥ずかしくてもう家から一歩も出られないだろう。
私は「やっぱり行かない」と言って家に入ろうとした、が積もりすぎたコンペイトウが重くて外からでは開くことができなくなっていた。
窓の鍵も全てかけてしまったし、もうどうしようもない状態だ。
リチャードはにやりと笑っている。
もしかして彼はこうなることを予想していたのだろうか。
なんと腹立たしいことか。

数分後、リチャードと私はたらいに乗りオールを漕いでいた。
外に出ている人はおらず、私は一安心していたのだが、学校近くを通るときに近所でも有名な3馬鹿兄弟が庭に出て揃って顔を天に向けて口を開けてコンペイトウを食べているところを目撃した。
彼らが上を向いてくれていてよかったと心から思った。
リチャードはとめどなくお喋りを続けていたが、たらいに当たるコンペイトウの音で聞き取れなかった。
学校を過ぎ森林公園を抜け、高台の入り口にたどり着いたときには息が上がっていた。
なだらかな傾斜が曲がりくねっているのを見ながら私はリチャードにどうやって登るのかを聞いた。
たらいではコンペイトウに押し戻されてしまい登ることはできないだろう。

「え?」
とリチャードが目を見開いて言った。
大きな黒目が更に大きくなり愛らしさが増す。
彼は腕組みをして高台の方向を見つめて言った。
「そこまでは考えてなかったよ」
腕組みをしたままリチャードうーんと唸る。
私の怒りが一気に頂点まで上がる。
「考えてないですって? 強引にこんなところまで連れてきておいて、考えてないの一言で済ませるつもり?」
半ば叫ぶように言った。
私はリチャードのこのいつも突発的で考えなしの行動が嫌いだったのだ。
今から帰ろうにも更にコンペイトウは積もっていたし、家にたどりつけたとしても扉を開けることはできない。
絶望的だった。
「でもね」
とリチャードが穏やかに口を開いた。
「でもね、高台に行こうと誘ったのは僕だけど、行くと決めたのは君なんだよ。断ることだってできたはずだ。それなのに気味はここまで来た。自分の意思でね」
私はまだ怒っていたが、確かにリチャードの言うとおりだった。
彼は私と高台に行くことを強く望んではいたものの、無理やり家の外に引っ張りだしたわけではない。
私が自分の口から“仕方がないから行く”と言ったのだ。
たとえ彼が高台の入り口から先をどうやって進むかを考えていなかったとしても。
私は冷静さを少し取り戻した。
「どうやって、上まで上がろうか?」
私は小声で言った、がリチャードには聞き取れなかったらしくて「え?何?」と耳を近づけてくる。
私はすっと息を吸ってはっきりと「これから方法を一緒に考えましょう」と告げた。

私たちは樫の木の下でしばらく話し合った。
リチャードの話によると高台に行くのが本当なら一番いいのだが、高台が無理ならできるだけ高いところがいいとのことだった。
この辺りで一番高そうなところ・・・と考えて私とリチャードは「神社の御神木!」と同時に声を上げた。
神社はさっき通った森林公園の横道をまっすぐに行ったところだからわりと近かった。
さっそく私はオールを漕ぎ出した。

神社の石段からはころころとコンペイトウが流れ落ちていた。
私はリチャードをリュックに入れて(リチャードはぬいぐるみなので軽い)たらいを下りた。
わずかに見えていた石段の手すりを握ると精一杯力をこめてコンペイトウに流されないように上がり始めた。
わずかにべとつく感覚が気になったが、リチャードが何度もがんばれと励ましの言葉をかけてくれたので何とか一番上までたどり着くことができた。
コンペイトウの上を慎重に歩き御神木の前で立ち止まる。
普段は一番低い枝でさえ背伸びをしても届かないのに今はコンペイトウが詰まっているためで手を伸ばすと触れることができた。
私はジャンプをして両腕を枝に巻きつけて登っていく。
高いところへ、高いところへ、頭の中はその言葉でいっぱいだった。
地面、もといコンペイトウが遠ざかるにつれてリュックの中のリチャードがカタカタと震えだす。
彼は高所恐怖症なのだろうか。 それでも構わずに私は上を目指して体重を支えてくれそうな一本の枝の上に腰を下ろした。
手はコンペイトウの糖分でべたついていたし気の皮やごみがくっついていた。
リチャードがいつの間にかリュックから這い出てきて私の隣に座る。
そして「フードをとって周りを見てごらん」と言った。

私はリチャードに言われたとおりに目深に被ったフードを取った。
そして目に飛び込んできたのは虹色だった。
町も空もコンペイトウで虹色の海のようだった。
さらさらとコンペイトウが降る音は波の音に似ていた。
気がつくと隣ではリチャードがニコニコと笑っている。
「後悔はしなかっただろ? たまには外にでるのも楽しいだろう?」
「そうね、これで熱い紅茶があれば最高なんだけれど」 

私は葉の上に乗っていたコンペイトウを取り、一粒口に含む。
とろけるような甘さが口の中に広がった。
こんなのもたまには悪くないかもしれないと思った。

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