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カテゴリ:周辺ニュース

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このページは、暫定ページです。
掲載情報は、最下段にある分類カテゴリ:ひきこもり周辺ニュースに基づき各ページに保存します。

「ひきこもり周辺ニュース」掲載の仕事 
不登校・引きこもり質問コーナー・部外者回答編

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所在地 北海道さいたま市
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目次

周辺ニュース

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周辺ニュース

ページ名 ひきこもりへの支援を考える三重県議会議員有志の会 三重県四日市市 (ひきこもりの動き、  )
四日市でひきこもり支援を考える
「多職種や幅広い世代間での連携を」 四日市でひきこもり支援を考える
深刻化するひきこもりに対する課題を共有し、支援の在り方について考えるフォーラムが10日、三重県四日市市で開かれました。
党派を超えてひきこもりへの支援を考える三重県議会議員有志の会が開いたものです。
座席の間隔を空けるなどの感染予防対策を徹底した上で開かれたフォーラムでは、佐賀県で不登校やニートなどの状態にある子どもや若者に対する訪問支援に取り組んでいる谷口仁史さんが講演しました。
谷口さんは「支援には限界があることを認めた上で多職種や幅広い世代間での連携が重要」と、ネットワークづくりの必要性を呼びかけました。
なお、三重県では今年度、全国の都道府県で初めてひきこもりに特化した推進計画を策定し、来年度から新たな体制に基づいた対策を進めることにしています。
〔2021年4/12(月) 三重テレビ放送〕 

周辺ニュース

ページ名 ユーチューバー・ゆたぼん  (  ) 
“中学も不登校” ゆたぼんに茂木健一郎が擁護連発「日本はレベルが低すぎる」
2020年10月は金髪だったゆたぼん(『少年革命家ゆたぼんチャンネル』)
『少年革命家』を名乗る“不登校YouTuber”のゆたぼんが、中学校への登校を拒否したことが話題を呼んでいる。
「いよいよ今年度から中学生になんねんな。でも俺は、中学校に行く気はありませーん!」と宣言し、世間からは賛否が飛び交うことに。 ゆたぼんは、小学校3年生のときに「周りの子どもたちがロボットにみえた」という理由から不登校に。
家族で大阪から沖縄に移住した'19年に『琉球新報』に取り上げられ、一気に知名度を上げた。
以降、“好きなときにだけ学校へ通う”というスタンスを貫いてきた彼だが、先日も小学校の卒業証書を破るといった内容の動画をアップしたばかり。
彼が実践する“教育問題”について、さまざまな著名人が持論を展開する流れに。
匿名掲示板「2ちゃんねる」の開設者・ひろゆきこと西村博之氏はツイッターで《教育の機会を捨てるのを是とする考えを広めるのは社会的に良くないしアホの再生産になります》とつぶやき、ゆたぼんの父親とSNS上で論争が起こるなど、ネット上を巻き込んだ騒動となっている。
ゆたぼんの家族に会った茂木健一郎は
そんななか、脳科学者の茂木健一郎氏が4月13日、自身のYouTubeチャンネルに動画を公開し、中学校に行かないゆたぼんを擁護する動画を発表した。
「日本は(教育)レベルが低すぎる」としたうえで、
「日本の学校教育って全然よくないですよ。もう断言しますけど、だから日本はこんな惨状になっているわけでしょ。
自分の頭でものを考えるとか批判的に思考するということが全く学校で培われていないからこういうことになる。
東大に行ってもせいぜい“クイズ王選手権”に出るだけってことでしょ」
と語り、ペーパーテストで能力を測る日本教育を痛烈に批判した。
また、「『量子力学の反交換関係の代数』や『無限集合論における連続体仮説』のことにも触れずこの世の中についてまともに考えられるはずがない」と断じ、「日本の教育レベルってかなり低いんですよ。俺に言わせると」と言葉を重ねた。
動画の最後では「反論があったらいろいろ言ってきてください」と締めくくっている。
茂木氏はこの2日間でゆたぼんを支持する動画を4本もあげているが……。
「ゆたぼん父子は2019年に茂木さんの講演会にきています。
その後、ゆたぼんさんサイドからメッセージを送り、繋がりを持ったそうです。
そこからYouTube上で対談をしました。
茂木さんはひと目みただけでゆたぼん一家に“家族を感じた”そうで、実際彼と接してみて“自分の頭で考えるタイプ”だとも。
かつて茂木さんがアップした動画のなかには、ネットがゆたぼんさんを叩くことに対して、“断片的な情報で彼を決めつけないでほしい”との思いを吐露されているものもあありましたよ」
(ウェブメディア編集者)
子を持つすべての親が関心を寄せるこのトピックス。まだまだ余波は続きそうだ──。
〔2021年4/13(火) 週刊女性PRIME〕 

周辺ニュース

ページ名 浜松市の女子中学生誘拐事件  静岡県浜松市 ( いじめのニュース ) 
いじめの調査結果を学校側は公表せず 浜松市の女子中学生誘拐事件
遺族は「当時の調査でいじめが認定されていた」と主張
3月に浜松市の女子中学生が誘拐され死亡した事件で、学校側は少女が受けていたいじめの調査結果について、公表しない方針を改めて示しました。
この事件では当時、中学校3年生だった少女(当時15)が3月15日に行方不明になり、その翌日に天竜区のキャンプ場で遺体で見つかりました。
一酸化炭素中毒による自殺とみられています。
遺族は少女が中学校でいじめを受け不登校になったことが背景にあるとして、学校が前々年に行ったいじめの調査結果を4月12日までに公表するよう求めていました。
学校側の弁護士によりますと、関係者が影響を受けやすい年齢であることなどから5日に公表しない方針を一度示していましたが、今回も同様の理由で公表しないということです。
遺族は当時の調査で、いじめが認定されていたと主張しています。
少女を誘拐した罪で起訴されている男(33)は、自殺を手助けした疑いで再逮捕されています。
〔2021年4/13(火) 静岡朝日テレビ〕 

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オンラインでホームルーム 私立中学のオンライン対応の早さも評価された2021年度中学入試 96%が休校期間中にオンラインでホームルーム実施 2021年度の中学入試では、事前には受験生が減る可能性が予測されていたものの、蓋を開けてみると、受験者数は昨年度とほぼ同じという結果になりました。昨春の一斉休校中における私立中学校のオンライン対応の早さやなどが評価されたこともその要因の一つでしょう。 2020年3月から約2か月にわたった一斉休校期間中、私立中学ではどのように授業を行い、それ以降授業はどう変化したのでしょうか。森上教育研究所は2020年12月に私立中学324校にアンケート調査を行い、99校から回答を得ました。今回はこの調査結果をお伝えします。 ※アンケートの結果は、2020年春(昨年度)の休校期間中についての情報です。

半数以上の私立中学が昨年4月のうちに双方向型・配信型授業を開始していた 対面授業を行うことができなかった一斉休校期間中、多くの学校で取り入れられたのがオンライン授業です。 双方向型授業での使用ツールはZoomが多い 生徒と教員がリアルタイムで対話をしながらオンライン授業を進める双方向型授業については、85.9%の学校が実施していました。 開始時期は3月中が10.7%、4月中には48.8%であり、非常に早い段階で半数以上の私立中学が双方向型授業を開始していたことになります。使用ツールは、Zoomが多く選ばれています。

配信型授業での使用ツールはYouTubeやGoogleのClassroom 授業を録画した動画などを配信する配信型授業は、84.8%と双方向型授業とほぼ同程度の学校が実施していました。 開始時期は3月中が12.7%、4月中が58.2%で、双方向型授業よりも早い段階で導入した学校が多かったようです。使用ツールは手軽に活用できるYouTubeを使う学校が多く、次いでGoogleのClassroomも多く使われていました。 双方向、映像配信、課題配信をどのように組み合わせて実施していたかについては、全てを組み合わせて実施しているという回答が最も多くなりました。システムが不安定な場合もあったため、いろいろと組み合わせて運用されていたようです。

オンラインによるホームルームはほとんどの私立中学で実施 休校中のホームルームや個人面談をオンラインで実施したかについても聞いたところ、96.0%とほとんどの学校がホームルームをオンラインで実施していました。 個人面談についても56.1%と半数以上の学校がオンラインで実施しています。

オンラインのコミュニケーションがあったから不安なく一斉登校を開始できた 2020年度の新入生は入学式も行えない学校が多かったわけですが、こうしたオンラインでのコミュニケーションの活用によって6月から不安なく一斉登校を開始できたというお話もうかがっています。 私立中では生徒個人が私物として購入・所有しているデバイスを活用した学校が7割 オンラインを活用するうえでは生徒側にもパソコン等のデバイスが必須となります。 デバイスの所有形態については、72.7%の学校でBYOD(Bring Your Own Device)で、生徒個人が私物として購入・所有しているデバイスを活用していました。その中で半分弱の47.0%が学校指定のデバイスでした。 ただし、BYODの場合であってもご家庭でデバイスを用意するのが難しい場合には、学校側から貸与するといった支援も行われており、私学らしいきめ細かなサポートをされていたのが印象的でした。

一斉登校開始後もオンラインの活用で変わる授業スタイル 一斉登校開始後も私立中学では、オンラインが引き続き活用されていました。 不登校の生徒、自然災害時、学級閉鎖時にオンライン授業を活用する学校も 欠席した生徒や不登校の生徒に対して双方向型のオンライン授業、授業動画配信を継続して行っている学校もあります。 台風等の自然災害時、学級閉鎖時にオンライン授業に切り替えた学校もありました。家庭で映像教材を用いて予習し、学校の授業の時間で演習などを行う「反転授業」に活用しているという学校からの回答も多くありました。コロナ禍の影響でできなかった海外留学の代わりにオンラインでの留学を実施するなど、コロナ禍によって失われた機会をオンラインで代替する動きも見られました。

休校後、教員・生徒ともにICTツールを活用するようになり学び方が多様化した 授業スタイルが休校後にどのように変わったかについては、教員・生徒ともにICTツールを積極的に活用するようになり、学び方が多様化したという声を非常に多くお聞きしました。さらに、教員同士が授業を見合うことに抵抗がなくなったという回答もあり、こういったところから授業研究が教科・学年・学校を越えて進んでいく可能性があると考えられます。

まとめ & 実践 TIPS 私立中学では昨年度の休校期間中、2020年4月には半数以上の学校で双方向型・配信型授業を開始していました。休校中のホームルームについてもほとんどの学校がオンラインで行い、個人面談も半数以上が行っていたことで、不安なく一斉登校が開始できるようサポートしていました。使用デバイスは多くの学校がBYODとなりますが、難しい場合は貸与も行う学校もありました。一斉登校開始後もICTを活用し、学びの多様化が進んでいます。

調査概要 調査名:休校期間中およびその後のICT活用の状況アンケート 対象:首都圏の私立中学校324校 うち99校が回答 時期:2020年12月 実施:森上教育研究所

プロフィール 森上展安 森上教育研究所(昭和63年(1988年)に設立した民間の教育研究所)代表。中学受験の保護者向けに著名講師による講演会「わが子が伸びる親の『技』研究会」をほぼ毎週主催。 〔2021年4/13(火) ベネッセ 教育情報サイト〕 

周辺ニュース

ページ名 自立と自律   (  )
子どもの「どれでもいいよ」…親が聞き流してはいけない理由
わが子が幸せになるためには、2つの「じりつ」が大切である……
幼稚園の園長として1万組の親子を見てきた、学校法人山崎学園の理事長・山﨑拓史氏が、子育てで大切な「自立」と「自律」について解説していきます。
自立と自律…ふたつの「じりつ」が健全な育ちの要
「自分らしく生きていくための力」の源は、「探求力」「計画力」「実行力」の3つに集約されるのですが、それらの力を得るためには、ふたつの「じりつ」が欠かせません。
漢字で書くと、「自立」と「自律」。
ふたつの「じりつ」が両輪として育つことで、社会の中で「一人前」として生活できるようになります。
「自立」は、人の助けを借りずに、自分で生きることを指します。
仕事をしてお金を得るだけでなく、生活するために必要な「衣食住」を、自分で管理できるようになることも自立の一つです。
一方の「自律」は、自分で自分をコントロールし、自分の意志によって行動することです。
自立に比べると、内面的な要素が強くなります。
人から命令されたり、決められたことを実行するだけでなく、自分自身で進むべき道を決め、信念をもって道を進む行動規範のようなものです。
自立と自律は学校や社会で必須の要素
自立が年齢相応に育っていないと、「自分のことが自分でできない子」になってしまいます。
保育園や幼稚園のあいだであれば、何とか乗り切ることができるかもしれませんが、小学校に入学すると事は深刻になっていきます。
持ち物や宿題の管理、先生の指示や説明を聞く、授業の準備など、ほかの子が難なくこなしていることができずに、注意される、叱られることが増えるかもしれません。
学年が上がるごとに状況は厳しくなり、授業についていかれなくなる子もいます。
子ども本人は「なぜ自分だけできないのか」を理解できずに苦しみ、結果として学校が嫌いになってしまったり、子どもによっては不登校となってしまうケースもあるほどです。
自律は人間形成に欠かせないものです。
物事の善悪の判断や気持ちのコントロール、他者の気持ちを理解する、人のために尽力する、自分の目標を決めてそれに向けて努力する…。
こういった自己決定のすべては自律の心から生まれます。
法律や決められたルールを守るのはもちろんですが、「やって良いこと」「やってはいけないこと」「やったほうが良いこと」「やらないほうが良いこと」を自分で判断して、行動に結びつける指針になるのが自律の心です。

自立と自律がなければ人生が人任せに
自律の心が育っていないと、「人と同じ」であることに重きをおいた生き方をするようになります。
「みんなが持っているから」「友達がやっているから」という表現は、自律の対極にある言葉だと思ってください。
人と同じであることが良いと思い込んでしまうと、「自分はこう思う」と主張できないばかりか、自分の価値観を見失ってしまうことにもなります。
こうした「自分の考え」を持てない子が、最近、保育園や幼稚園の現場でも顕著に増えてきており、「何をやりたい?」「どれが好き?」と子どもたちに尋ねたときに「どれでもいい」と答える子が目立つようになってきました。
自律の心が育たず、「人任せ」「自分の意見がない」「人に流される」が当たり前になってしまうと、上の人間や大多数に従順でいることが「ラク」に感じるようになります。
その結果、強い人に言われたことを断れず、いつしかいじめに加担をしていたり、非行グループの手伝いをしていたり、違法薬物に手を出してしまったりなど、気づいたときには自分では止めることのできない悪い流れに乗ってしまうこともあります。
自分がされて嫌なことはしない、必要に思えたことは人の目を気にせず実行するなど、至極当たり前のことが、自律の心の育ちに関係しているのです。
「押しつけ」と「先回り」はやる気を奪う最悪の子育て
子どもの自立と自律を阻害する、具体的な子育ての例をいくつかあげてみましょう。
代表的なものとして、「押しつけ子育て」があげられます。子どもの意思に関係なく、親の方針で、習い事や学習塾に通わせるのは、もっともわかりやすい例でしょう。
習い事そのものが悪いとは言いませんが、ほかの子がやっている、周囲で流行っている、将来必要そうだからなど、親側の理由だけで通わせてしまうと、子どもにとっては「親の言うことをきく」ことの一つにしかなりません。
もしサッカーを習わせるなら、実際にプロの選手のプレーを観戦に行ってみる、親子で冬の寒い朝や、夏に太陽の下でドリブルの練習をしてみるなど、子どもの五感を使わせて、これからやろうとしていることがどういうものなのかを感じさせてください。
それでも「やってみたい」と子どもが意思表示をしたら、いくつかの教室を見学したり、体験させてみましょう。
「良い指導者がいる」「強いチーム」「ママ友の子どもが通っている」といった大人の目線ではなく子どもの感性で「どこが良いのか」を選ばせてあげましょう。
見学先を選ぶ時点で、ある程度親のメガネには叶った教室でしょうから、選択した理由がなんであれ「自分で選んだ場所だから、最低でも〇カ月は頑張ろうね」と約束させるようにします。
この「自分で選んだ」というところがポイントです。
どんなことでも、どんな場面でも、子どもに選択権を与え、それを尊重する。
そこに親もぶれないことが大切です。
山﨑拓史 学校法人山崎学園理事長
〔2021年4/14(水) 幻冬舎ゴールドオンライン〕 

周辺ニュース

ページ名 ヤングケアラーの実態調査 新潟県南魚沼市 (不登校のニュース、家庭・家族のニュース、  ) 
中学生が祖父を介護 先生にも言えず… ヤングケアラー(前編)
ヤングケアラーとは、家族の介護や世話をする子どもたちのことです。
20人に1人いるとも言われるヤングケアラーの問題。
6年前に全国で初めての実態調査が、新潟県南魚沼市で行われていました。
取材を進めると、介護と教育、その支援の難しさが見えてきました。
新潟県下越地方に住む、33歳の女性。
今から18年前の中学3年生だったころ、彼女は「ヤングケアラー」でした。
【ヤングケアラーだった女性】「祖父が脳梗塞で倒れてしまって、ほぼ寝たきりになってから介護を始めることになって。
身の回りの世話とか、おむつを替えたりとか」
日中はホームヘルパーが家に来ていたものの、両親は共働きで祖父との仲が悪かったこともあり、日中以外の介護は女性が行っていました。
当時、女性は中学3年生で、高校受験を控えていました。
【ヤングケアラーだった女性】「夜中に名前を呼ばれて部屋に行って、『眠れないからそばにいてくれ』とか、『汚れて気持ちが悪いから(おむつを)替えてくれ』というのが何回もあって。
学校でも授業中に寝ちゃう状況があったけど、なかなか学校の先生にも言えなくて、両親も共働きしているから、迷惑はかけたくないという状況もあって、1人で抱えてしまう状況」
夜中の介護に追われ女性は、学校の授業中に寝ることが多くなりました。
進学はしたものの、志望していた高校は諦めることになりました。
こうしたヤングケアラーに明確な定義はありませんが、厚生労働省は家事や家族の世話などを日常的に行っている18歳未満の子どもとしています。
介護に追われることで不登校になったり、進学を諦めたりする子どもも少なくありません。
全国にどのくらいヤングケアラーがいるのか、国は去年12月から全国での実態調査を行い、その結果を12日に公表。
調査によると、中高生の20人に1人がヤングケアラーであるとの回答が得られ、世話に割く時間は1日平均4時間に上りました。
新潟県南魚沼市でスクールソーシャルワーカーとして働く、長田美智留さんです。
長田さんは市内の小中学校で学校の先生と連携して、それぞれのケースごとに子どもの問題の解決にあたっています。
教育現場では、ヤングケアラーとみられる子どもに遭遇する機会は多くあります。
【スクールソーシャルワーカー 長田美智留さん】「気付かないわけじゃないですか。
『ヤングケアラーって何?』とか。
どんな実情があるのかを知っていて、ヤングケアラーという視点を持っていれば、いろいろなケースに入ったときに、『ん?』って響く」
6年前、東京の成蹊大の大学教授らによって、南魚沼市で全国初となる実態調査が行われました。
調査は市内の小中学校、総合支援学校の教職員446人を対象に行われ、271人が回答。
ヤングケアラーという言葉を知っていた教員は、25%の69人。
一方で、これまでに関わった中で、家族のケアをしているのではと感じた児童・生徒がいたと答えたのは68人でした。
つまり、教職員の4分の1が、ヤングケアラーと思える子どもと接していたことになります。
スクールソーシャルワーカーの長田さんも、ヤングケアラーに対応した経験があります。
【スクールソーシャルワーカー 長田美智留さん】「ああ、もう完全にヤングケアラーだったな(という子ども)はいたし、現状でもいろいろなところで関わっているので、今でもある。
ヤングケアラーという視点をまだある一定持っていれば、(支援は)早いし支援が組み立てやすい」
「せっかくの機会ですので、一緒にいろいろなことを話し合えたらいいなと思って来ている。よろしくお願いします」
南魚沼市では6年前に実態調査が行われたこともあり、ヤングケアラーの研修会などを定期的に行っています。
この日は、子供の支援にあたる施設の相談員を対象に研修会が開かれました。
登校の意欲はあるものの不登校気味になっているという架空の子どものケースについて、どんな支援が必要なのか検討しています。
【スクールソーシャルワーカー 長田美智留さん】「大家族の中の子ども。
この子がどんなふうにこの家族の中で、どんなふうに生活していて、そこの部分が何か課題があるのか」
ヤングケアラーに対応してきた長田さんが思うのは、ただ単に介護の支援をすればいいわけではない、この問題の難しさです。
【スクールソーシャルワーカー 長田美智留さん】「『ヤングケアラー?じゃあ、介護保険をやっている高齢福祉課に言わなきゃ』みたいな、そんな短絡的なものではないと思う。
その子にとって役割として、すごく家族の中で自分の価値みたいなものを感じているとしたら、負担にならないようなやり方とか…」
子どもが家の手伝いをすることは悪いことではなく、それぞれのケースを見極めながら、過重な負担になっていれば支援する必要があると話します。
※後編<妻が病気で中学生の娘が家事 今思えば…>に続く
〔2021年4/14(水) BSN新潟放送〕 

周辺ニュース

ページ名 こども庁  (  )
社説[「こども庁」構想]打ち上げ花火ではなく
子ども関連政策の司令塔となる「こども庁」の創設に向け、自民党内の議論が始まった。
政府も関係府省庁へ課題の洗い出しを指示し、それぞれが動きだした。
菅義偉首相は「日本の未来という大きな視点」に立った議論を求めたと述べ、創設に意欲を示す。
政府が6月ごろに策定する「骨太方針」への明記を目指している。
待機児童、虐待、障がい児教育、不登校、貧困、いじめ、自殺、少子化対策…。子どもに関わる課題は多岐にわたる。
現在は文部科学省、厚生労働省、内閣府の3府省を中心に政策を担い、テーマによって法務省や警察庁も関係する。
それぞれの政策の重要性は増す一方だが、行政の仕組みは複雑で分かりづらさもある。
例えば就学前の同年代の子どもを対象にしながら、幼稚園は文科省、保育所は厚労省、認定こども園は内閣府に所管が分かれている、といった具合だ。
省庁間で調整が必要な政策は決定まで時間がかかる、と縦割り行政の弊害も指摘されてきた。
政策の司令塔機能が明確になれば確かにスピード感をもって対応できる可能性がある。
「子どもファースト」の行政は大いに歓迎したい。
自民党は秋までに予定される衆院選の目玉政策として「こども庁」創設を選挙公約に掲げる方針だ。
子育て世代へのアピール材料とし、幅広い支持獲得につなげたい考えという。
ただ、具体像が見えないまま議論が進む現状には「選挙目当て」の懸念も拭えない。
■ ■
省庁再編は、役所の既得権にメスを入れる作業が伴うため決して容易ではない。
「突貫工事」で進めた結果、中途半端な組織にならないかが危惧される。
議論は始まったばかりで課題は多い。
どの政策分野を所管するのか、対象となる子どもの年齢をどこで区切るのか。
それによって組織の姿は大きく変わる。
政府内で検討されている案の一つは、こども庁を内閣府に設置し、現在は文科省が所管する小学校と中学校の義務教育を移管する、という大掛かりなものだ。
「就学前から義務教育段階まで一貫して一体的に推進する」のであれば、中学と高校では所管が異なり、新たな縦割りが生じてしまう。
しっかり整理した上で制度設計しなければ、府省庁間や地方自治体などとの連携がかえって滞る恐れがある。
■ ■
政府が今月決定した「子供・若者育成支援推進大綱」は、コロナ禍で深刻化する孤独・孤立問題や格差拡大への対策を柱としたものだ。
若い世代の自殺者が増加していることに懸念を示し、相談体制の充実を掲げている。支援は待ったなしだ。
自民党の「こども庁」を巡る動きを受け、立憲民主党も対案を検討するワーキングチームを発足させた。
公明党も特命チームを新設した。
ぜひ、それぞれが案を磨いて示してほしい。
「打ち上げ花火」ではなく、これまでの政策を検証した上で子どもの幸せを目指す丁寧な議論を求めたい。
〔2021年4/15(木) 沖縄タイムス〕 

周辺ニュース

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ママ友との交流 「コロナで孤独もう耐えられない」 オンラインでこそ出会う本音で話せるママ友 ママ友との交流どうする?

教育専門家・石田勝紀さん コロナ禍が続き、ママたちにはストレスが相当たまってきていると言われています。コロナによってコミュニケーションの機会が少なくなり、ママ友との交流も減ったことがその背景です。このような非常期にはコミュニケーションが大切ですが、日ごろつきあっているママ友とは異なるママとの交流は効果的です。それを実現してくれるのが、「オンライン」です。

オンラインでのママ友づくり 知らない人の方が本音で話せる 2020年3月上旬。全国の学校が一斉休校という前代未聞の事態になってから、もう1年になります。2020年度は学校教育が従来のような形で実践できない中、保護者にとっても相当のストレスがかかりました。新型コロナが落ち着いた9月、10月には一旦これまで通りの活動を取り戻すかに見えたのも束の間、11月に再び増加に転じ活動に制約がかかるとともに、精神面でも緊張感が出てきました。さらに2021年の入学試験はこれまでにない緊張感で進められることになりました。学校によっては入試を中止する事態になるところもあったようです。

筆者は、2020年12月に小学校、中学校の校長先生とお話する機会があり、そこでは衝撃的な話を聞きました。それは、子どもたちのメンタルに確実に影響が出ているということです。具体的には学校に行きたくない子どもの割合が例年に比べ、2020年は1.5倍になっているというのです。このデータだけですべてを語ることはできませんが、2月10日に国立成育医療研究センター「コロナ×こども本部」が高校生の3割程度が中等度以上のうつ状態にあると発表しました。中学生、小学生もそこまでの数字ではないものの、明らからにコロナによる影響が出ているようです。

筆者が主催するカフェスタイル勉強会「Mama Cafe」でも、2020年は、子どもの不登校や、学校に行くことをためらう傾向になってきたという相談が例年に比べ増えていることを考えると、コロナの影響を実感します。

制限されるママ友とのつき合い さらに増えるストレス 実は、もう一つ懸念することがあるのです。どちらかといえば、こちらの方が深刻です。それは、保護者(特にママ)にストレスがかなりかかっているということです。先述のMama Cafeでも、それを感じることが少なくありません。知人の医師からも、ストレス性障害や不安症のママさんが増えてきているとの話を聞きました。現在、対応する必要があるのは、ママの方ではないかと思うのです。

そもそも、コロナに関係なくママたちは日々大変です。毎日ご飯を作り、掃除や洗濯をし、子どもの面倒をみて、さらに仕事を持っていれば、それこそ超人的な量をこなす人と言っても過言ではないでしょう。このような状況の中で、ただでさえストレスが溜まり、イライラが募り、子どもを叱る、命令する、それでも子どもは言うことを聞かない。イライラが爆発こともあります。爆発していればまだよいでしょう。爆発せずに悶々とストレスを抱えたままでいることの方が問題かもしれません。 また、ママ友がいてコミュニケーションができる状況であったとしても、長い時間おしゃべりもできません。本音の話ができるとは限らず、現状の話をしておしまいになったり、話を合わせるだけで終わってしまうことがあります。そもそもママ友がいなくて孤立しているという状況もあるようです。いずれにしても、ママたちの不安感は、コロナ禍によってさらに加速したと言われています。

人はコミュニケーションによって安心感、安定感を保つとも言われており、それが十分にできない状況では、前述のような事態が深まることも容易に想像できます。 オンラインで作ろうママ友 本音を話せる安心感 パソコンを操作する女性 幸い、現代はオンラインというツールが活用できるようになりました。Zoomを始めとしたオンラインツールで、コミュニケーションを取ることが可能となったのです。ところがそれでも、このようなツールを使ってコミュニケーションを取る人はわずかであり、なかなかママたちの間では活用する方が少ないという話もあるようです。

このオンラインを活用すれば、直接会える距離にいるママ友だけではなく、遠方の方とも知り合えることが可能になるのです。実はここが重要なポイントなのです。見ず知らずのママたちとの会話の方が本音で話ができ、自分らしさを出すことができることもあるということなのです。 このような背景があるために、筆者はMama Cafeというコミュニティを作りました。子育てや教育についてライトに語る勉強会をカフェスタイルで行ってきました。2015年4月以降、これまで500回以上を行い、延べ7000人以上のママさんが参加しました。新型コロナが流行するずっと前から、このコミュニティを推進していましたが、参加したママさんは笑顔になり、安心感をもって家庭に戻ることができるという効果がありました。

またコロナ禍以前の3年前からZoomを使ったMama Cafeも毎月開催しており、遠方の方でも参加でき、オンラインによる効果の確からしさもわかってきました。もちろん、直接会って話をするオフラインが良いに越したことはありませんが、オンラインでもある程度代替が可能でした。そのため、コロナ禍になっても、オンラインによるMama Cafeによって、ママさんたちのメンタルが維持できることがわかってきました。

一歩踏み出してみる 発信すると消える不安 パソコンを操作する女性 世の中には、たくさんのオンラインコミュニティがあります。そのような場に1回だけでも参加してみると、視野が広がり、孤立感が軽減されることがわかるでしょう。さらにオンラインの場合は、自宅から参加できるため移動時間もかかりませんし、子どもが小さくても参加できるというメリットもあります。もし、その場が合わないということであれば、1回だけでやめてしまえばいいのです。

重要なことは、「自ら一歩踏み出し、コミュニケーションの場に行ってみる」ということだけです。受信型だけでは、なかなか孤立感は消えません。もし受信型で消えるのであれば、テレビやネットをずっとみていればいいわけですが、実際は消えるどころか、ますます孤独感、不安感が増してしまう人もいることでしょう。 このような情報のインプット(受信)も大切ですが、それ以上に大切なことは「アウトプット(発信)」です。なぜなら、受信ばかりであると情報量が多すぎて処理できないためです。人と会話してアウトプットしたり、ブログなど活字でアウトプットしたりすることで情報は整理され、自分にとって今一番必要なことが明確になり、安心感、安定感へと変わるのです。コミュニティに参加すると、インプットと同時にアウトプットもできます。バランスの良い形でマインドも安定していくことでしょう。 ぜひ、これからは「コミュニティ」と「コミュニケーション」、そして「オンライン」について、意識されてみるといいでしょう。

石田勝紀 〔2021年4/15(木) みらのび〕 

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パートナーとのすれ違い 精神科医が語る「夫婦のすれ違い」を減らすコツ 長引くコロナ渦中。引きこもりがちな毎日に、ストレスを感じている人も多いのではないだろうか。在宅勤務をきっかけに夫婦関係や子どもとの関係がギクシャクし始めた、という人も少なくない。寝ても疲れが取れない、ちょっとしたことでイライラする、自分だけが取り残されているように感じる……という人にぜひ読んでほしいのが、2021年4月14日に刊行した『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』(クルベウ 著 藤田麗子 訳)だ。 原著は韓国で2020年7月に発売。発売後5ヵ月で6万部を突破し、韓国の大手書店でもベストセラーランキング入り。「つらいときにひとりで読みたい」「低くなった自尊心を満たしたいときはこの本が役立つ」「誰が読んでも共感できる内容」と絶賛の声が数多く寄せられている。 精神科医の関谷秀子さんも「この本は病院に行くほどではないが、日常生活で悩みを抱えている人、疲れている人におすすめだ」と言う。今回は関谷秀子さんに本書の中のテーマのひとつである、「パートナーとのすれ違い」について聞いた。

●子どもを巻き込むケースも少なくない 関谷秀子(Sekiya Hideko) 精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学) 法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。子どものこころ専門医、日本児童青年精神医学会認定医、日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書に『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)がある。

私は精神科医として、児童・思春期の子どもの診療にあたっているが、その際に「夫婦関係が子どもの発達に影響を及ぼしているのでは?」と思われるケースがしばしばある。 「夫はどうしたらもっと子育てを手伝ってくれるのか」 「妻はどうしたらきついものの言い方を直してくれるのか」 時には子どもを自分の味方につけようと巻き込んで、言い合いを繰り返す。一見よくある夫婦げんかに聞こえるかもしれないが、夫婦だけでは解決できないほどにこじれている場合もある。40代のAさん夫婦のケースもそうだ。

●「相手が変わること」を求めすぎている Aさん夫婦は中学生の娘の不登校について悩んでおり、その原因は相手のせいだと信じて毎晩夫婦げんかを繰り返していた。昨年私は「子どもに対する親の接し方」についての本を出版したのだが、Aさん夫婦はその本を読んだことをきっかけにクリニックにやってきた。 2人は診察室に入ると、それぞれ1冊ずつ、私が執筆した本を取り出した。本の中の「親が気をつけるポイント」には、赤と黄色のマーカーがたくさん引いてあった。

夫婦はお互いに相手ができていない部分にマーカーを引いて、「あなたはここができていない」「お前こそこれが全然できていないじゃないか」とお互いを責め続けていたのだった。診察室内で夫婦げんかが始まることはよくあるのだが、Aさん夫婦の言い合いは激しく、なかなか止まらない。 私は机の上に置かれた2冊の本の「相手の欠点を子どもの前であげつらったり、責め続けたりすることはやめましょう。相手に変わることを求めるのではなく、自分が繰り返しているパターンを変える方法を考えましょう」という箇所にそれぞれ鉛筆で線を引いて2人に渡した。2人は一瞬ハッとした様子で、やっと言い合いをやめた。 そして、親としてお互いに協力して、娘の発達を阻害することなく、娘に接することができるように、「親ガイダンス」(専門家が親に対して子どもの無意識の心の動きを伝え、子どもの発達を促すような接し方について知識提供を行うこと)を受けることを決意して帰っていった。

●「この人となら幸せになれると思ったのに…」 結婚するときには、「この人となら幸せになれると思う」と思って、結婚する人が多いのではないだろうか。自分ひとりでは満たされない心の部分をパートナーに満たしてもらいたい、この人なら満たしてくれる、と思って結婚するわけである。しかしこの願望はそうそう簡単に満たされるものではないので、大なり小なりの落胆が待っている。その落胆の矛先はパートナーに向かい、夫婦げんかを繰り返すことになってしまう。 親は時に自分の満たされない願望を子どもに託す。そうすると子どもは親の願望でがんじがらめになり、自分の人生を自由に生きることができなくなる場合もある。

●まずは自分の心身のバランスを保つ 『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』の本の中に、Aさん夫婦にぴったりなメッセージを見つけた。 「正しいか正しくないかを問い詰めずに相手を優しく包み込むこと。相手に何も望まないこと。相手の何かが原因で自分があまりにつらいときは、心からお願いしてみること。それでも相手が自分の意見を聞き入れないなら、変えようとせずに理解すること。」 これは私が「親ガイダンス」を行っているときに親御さんに伝えていることと一致していた。夫婦関係では、お互いが忙しくていっぱいいっぱいになると、思いやりもへったくれもなくなり、相手への要求と不満がどんどん増えてくる。だから、まずは自分自身の心身のバランスを保つことが大切だろう。そのために自分なりの方法をいくつか持っていると良いと思う。そうでないとパートナーに思いやりをもつことは難しくなってしまうだろう。

●大切なのは「自分が変わること」 また、Aさん夫婦のように、けんかの解決策を「お前が××を直さないから」「あなたが○○を直さないから」と相手に求めることはしばしばある。状況を改善するためには相手ではなく、自分には何ができるかをひとつずつでいいのでまず考えることが大切であろう。もちろん、言うほど簡単なことじゃない、わけであるが。 頭がカーッとなって、相手を責めたい気持ちになったら、『大丈夫じゃないのに大丈夫なふりをした』を読んでみたらいかがだろうか。少しは冷静になれる気がする。恋愛、人間関係、仕事などについてのエピソードがたくさん載っており、無気力、孤独感、自分の好きなことがわからない、人付き合いがうまくいかないなど、切実な悩みもふくまれていた。病院やカウンセリングに行くほどでもないけれど、疲れている、迷っている、困っている人たちへのメッセージが詰まっていると思う。

Aさん夫婦は「親ガイダンス」に通い始めてから、娘の前でけんかをするのをやめた。相手を責めることは完全にはなくなってはいないが、娘のために自分たちがそれぞれできることを決めて取り組んでいる。 相手を責めたくなるときに、その気持ちを抑えて、自分の心の中を見つめること。相手に思いやりを持つこと。そして相手に変わることを求めるのではなく、自分が変わること。 自分が変わることも難しい課題ではあるが、相手を変えることはもっと難しい。だから自分変われるところを見つける必要があるのだ。これはパートナーとの関係上大事なことだが、時になかなか難しい課題である。

関谷秀子 〔2021年4/16(金) ダイヤモンド・オンライン〕 

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高校生の全国大会 まさか2年続けて高校生の全国大会を中止になんてしないよね? 今春のセンバツの開会式は1万人限定の観客と6校のみの選手で行われた

【君島圭介のスポーツと人間】日本国憲法に教育基本法がある。小学校の教科書にも載っている。その第一条に「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」とある。 「人気」とされる学校に通わない小学生ユーチューバーが話題になった。今度は中学校で教育を受けるという義務を放棄するといい、議論を呼んだ。まあ、正直に言えばそのことはどうでもいい。ただ、1人の国民、「社会の形成者」として絶対に聞き逃してはいけない大切な声もある。

今年1月、1都3県に再び緊急事態宣言が発出された際、「緊急事態宣言下でもたくさんの敗者が悔し涙を流せるように」というコラムを書いた。昨年、インターハイや甲子園などほとんどの全国大会、その予選を中止にされた子どもに2年続けて我慢を強いてはいけないという内容に、ある高校2年生(現3年生)から意見を貰った。 小さいときから高校野球が大好きで、甲子園のアルプススタンドから応援することを夢見て吹奏楽部に入ったという彼女は、「『甲子園での応援』という夢を叶えるには、あと2回しかチャンスがありません」と訴えた。そして、4月となり、そのチャンスはもう1回しかない。

再び新型コロナウイルスの感染拡大が起きている。すでに大阪府では部活動の自粛やオンライン授業活用を要請した。待て、この流れは昨年と同じではないか。ということは今年も高校生から「夢」を奪うことになるのか。1回しか残されていないチャンスも消滅してしまうのか。 不登校ユーチューバーは放棄してしまったが、教育は国民の大切な権利であり、義務だ。そして国の方にも教育を与える義務がある。知識を一方的に詰め込むことが教育ではないはずだ。部活動の停止は成長期の子どもに絶望しか与えないし、「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質」を押し潰す。国がそれを求めるのは「心身ともに健康な国民の育成」の放棄であり、不登校ユーチューバーと何ら変わりはない。 昨年はスポーツに限らず、多くの競技団体が独自の大会を開催し、少しは救われた子どもたちもいた。そこで大規模なクラスターが発生した記憶はない。なら、やれるではないか。今年こそ我々「社会の形成者」が、学び、行動すべきだ。東京五輪より、この国には子どもたちに必要な舞台がたくさんある。彼らのチャンスは大人と同じ質量ではない。(専門委員) 〔2021年4/16(金) スポニチアネックス〕 

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ページ名 ユーチューバー・ゆたぼん   (  )
「中学校不登校宣言」ゆたぼんが進学勧めるシバターに反論「昭和のおっちゃんの考え」
小学校を卒業し「中学校不登校宣言」したユーチューバー・ゆたぼん(12)が14日、中学校に行くよう説得を試みた人気ユーチューバー・シバター(35)に動画で反論した。
ゆたぼんの中学校不登校宣言が波紋を呼ぶ中、シバターは「本当の友達ができる」「(芸人を目指すなら)日常を学ばないと非日常を笑いにできない」と動画を通じて諭していた。
この日、ゆたぼんはタイトル「聞けシバター」で動画をアップ。「ハイサイ! 毎度! ゆたぼんです」とかわいいあいさつで動画をスタート。
「シバターさんが何か動画で俺のことで動画出してて。
アンチだと思ってたけど、匿名のアンチと違うのは、あの人は結果出してて、俺も(シバターさんの)本を買ってる」と一応、リスペクトはしている様子。
シバターが「友達ができる」と言ったことに、「なんか古い考えやなと思うねんな。
昭和のおっちゃんの考え。昔は友達ができる場所が学校しかなかったけど、いまはネットがあるやん。
ネットで知り合って実際に会って友達になったりもできる」「中学校に行っても友達できない人もおるねん」と主張した。
「自分が良かったと思うことが他の人に良いとは限らへん」とゆたぼん。
シバターが「大人になってからできた友達は本当の友達じゃない」と言ったことには「俺もコラボして、ラインしたら返事が来なかったこともある。
ほんまクソみたいな大人やなって思う人もおる」と認めるも「それが社会ってもんやと思う。
学べて良かったし、友達もいる。へずまりゅうも友達やしな」と、ちゃんと友達もいるという。
ゆたぼんは「俺はみんなに学校に行くなとは言ってない。
行きたい人は行けばいいし、行きたくない人は行かなくていい。
自分で決めて自由にしたらええやんと思ってる!」とメッセージを送った。
シバターはゆたぼんの説得に失敗したのかもしれない。
〔2021年4/15(木) 東スポWeb 東京スポーツ〕 

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東日本大震災から10年 妻と次男亡くした元小学校校長、家族と向き合えなかった後悔胸に…懸命に踏み出す再生の一歩 妻と次男の遺影を立て、毎日手を合わせる佐々木善仁さん(撮影・岩田浩史)

◇東日本大震災から10年 あの日あの時3.11(7) 発生から10年を迎える東日本大震災の記憶と教訓はいかに受け継がれているのか。被災地ルポ「あの日 あの時」第7回は、引きこもりだった次男と妻を津波で亡くした、岩手県陸前高田市の佐々木善仁さん(70)。次男は家族の説得に応じず家から出ず、妻も逃げ遅れ犠牲に。仕事に追われ家族に向き合わなかった佐々木さんは自分を責め続けました。

佐々木さんは、地震発生当時校長を務めていた広田小学校のそばに暮らしている。市の中心部にあった家が津波で流されたため、学校関係者が探してくれた仮住まいだが「結局10年住んじゃってますね」。地震の3週間後には定年退職で教職を離れたが、温かい近所の人たちとの付き合いが気に入っている。 あの日は、学校の中庭で整地作業中に地震に遭った。海はすぐそばだが、高台で津波は届かなかった。ただ、道路が遮断され“陸の孤島”となった地域で唯一の避難所となったため、続々と駆け込む地域住民らの対応に追われる日々を送った。 家族の安否が気になったが、校長として、避難所の責任者として自分の思いを優先できなかった。地震3日後の14日、広田小を訪れた長男陽一さん(40)だけは無事が確認できたが、妻みき子さん(当時57)と次男仁也さん(当時28)は連絡がつかなかった。

教員たちに促され、ようやく2人を探しに向かったのは19日。自宅周辺はガレキの山となっていた。避難所回りを重ねるうちに、みき子さんと仁也さんの命は絶望的と悟った。

2人の最期は意外な形で知った。陽一さんがメディアの取材に話すのを隣で聞いた。地震3日後、広田小で会った際には聞かされなかった話だった。 「津波が来る!逃げよう!」。みき子さんの必死の説得も、仁也さんは聞かなかった。中学から不登校になり、震災前の3年は家から全く出ない状態だった。陽一さんは通帳など必需品を車に積み込み、運転席で2人を待った。だが津波が目の前に迫り、車で逃げることもできなくなった。みき子さんと陽一さんは隣家に駆け込み、屋根によじ登った。仁也さんと我が家は津波に流されていった。2人が乗った屋根も流され、やがて津波に砕かれた。みき子さんは陽一さんに「生きろ」と言い残し、冷たい水にのまれていった。 佐々木さんは、家族の壮絶な最期に心を引き裂かれる一方で、陽一さんが自分に話さなかったことにショックを受けた。広田小での陽一さんは興奮した様子で「俺は大丈夫だ。自分の仕事を頑張れ!」とだけ告げて去っていった。佐々木さんは「変だな」と思ったが、それ以上の会話はなかった。「悲しかったはずなのに、避難所で忙殺される私に言えなかったのかと思うと胸が痛みます」とうなだれた。「仕事人間」だった自分は、息子が大事なことを話せない親になってしまったのか。

いつの頃からか陽一さんとも仁也さんとも会話が減っていた。仕事に追われ、家で会うことも減っていた。陽一さんに「仁也ともっと向き合えよ!」と胸ぐらをつかまれ、取っ組み合いのケンカとなったこともあるという。佐々木さんは「学校で毎日いろんなことが起き、家庭に手が回らなかった。仁也もいつか立ち直ってくれるはずと考えていた。部屋の扉を強引に開けて向き合うようなことはしなかった」と後悔し続けている。

仁也さんの遺体は地震2週間後の25日、みき子さんは4月中旬に見つかった。仁也さんはひと目で分かったという。家から出ないので肌は真っ白で、髪は伸び放題。陽一さんに聞いた最期を思い出し、涙が止まらなかった。 震災後はみき子さんが立ち上げた、不登校と引きこもりの子供を持つ「親の会」の活動を引き継ぎ、その家族の悩みに寄り添う。定年後、みき子さんと一緒に通う約束だった。自身が向き合えなかった家族に対する、せめてもの罪滅ぼしでもあった。後で知ったが、仁也さんは毎朝トイレと風呂を掃除し、規則正しく食事していた。社会に出られない苦しみの中、自分を何とかしたいともがいていたのではないか。みき子さんが専門書で引きこもりの勉強を重ねていたことも知った。

「悲しみや苦しみを時間が解決するというのはうそですね。いろんな思いがどんどん研ぎ澄まされていく」。家族とのささいな日常を思い出しては後悔を深める佐々木さんだが、取材中に笑顔を見せる瞬間もあった。

ぎくしゃくしていた陽一さんとの関係が、改善し始めたのだ。父子2人の暮らしは、佐々木さんが陽一さんの帰宅に合わせて食事を作ることになり、スポーツや政治などを話題に会話が増えた。障がい者スポーツを広める仕事を始めた陽一さんが「教え子のことを常に考えていた父の気持ちも、少しは分かってきた」と話していることを人づてに聞いた。みき子さんとの約束を守り、支援活動に努力する姿も認めてくれているようだ。 失ったものは大きいが「少しずつでも、分かり合っていけたらうれしい」と佐々木さん。陽一さんとの絆は紡ぎ直しの最中だが、それを支えに、毎日を懸命に生きている。(岩田 浩史) 〔2021年3/8(月) スポニチアネックス〕 

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ページ名 チーム大分  大分県日田市 (東日本大震災、被災者のニュース  )
被災の子に夢 大分の団体、プレゼント1万個 今後は高齢者支援に
サンタの仮装でお菓子を配る梅山さん
東日本大震災の被災地から遠く離れた大分県日田市で10年にわたって支援を続ける団体がある。
ボランティア団体「チーム大分」(日田市)だ。
「10年はあっという間でした」と梅山忠信代表(80)は振り返る。【辻本知大】
2011年3月11日、梅山さんは日田市の自宅で津波が街を襲う惨状をテレビで見ていた。「大変なことになった」。
梅山さんは地域貢献活動に励み、阪神大震災で避難所運営のボランティアをした経験があった。
自分の持っているノウハウを生かそうと、翌日にチーム大分を立ち上げた。
同年5月には、被害の大きかった宮城県石巻市などを仲間とともに訪れ、泥やがれきの片付けをした。
梅山さんは「夜に被災地に到着したが明かりはなく真っ暗。
翌朝、めちゃくちゃになった街を見て言葉が出なかった」と話す。
同市の避難所で炊き出しをしたときに出会ったのが、石巻市の消防団分団長をしていた浜谷勝美さん(78)、ゆみ子さん(70)夫妻だ。
浜谷夫妻と交流を重ねて、地域の課題を話し合う中で「生活必需品の支援は行き届いてきたが、仮設住宅には子供たちが遊べるモノがない」という悩みを知った。
「今でも海を見るのが怖い」と塞ぎがちになる子供たちの存在を知り、心のケアの必要性を痛感した。
避難生活を強いられている子供たちにクリスマスのプレゼントを贈ることを決めた。
おもちゃやぬいぐるみの寄付を募り、同年12月に508個をプレゼントした。
その後も毎年、クリスマスプレゼントを続けて、3年目からはお菓子を贈った。
子供たちからは「ありがとう」「おいしかった」などとお礼の寄せ書きが届いた。
11~20年まで、プレゼント数は計1万1074個にも及ぶ。
しかし、子供へのプレゼントは昨年12月で区切りをつけることにした。
「震災後に生まれた子供が多くなり、支援の役割を終えたと思う」
今度は復興支援住宅で暮らす高齢者にクリスマスプレゼントを贈ることを計画している。
震災から10年がたち、被災者も高齢化が進む。
浜谷夫妻から、人間関係が薄くなって、引きこもりがちになる高齢者が多くなったと聞いたからだ。
「復興が進む一方で、近所同士で顔が見えづらくなって、支援住宅で孤独死も起きた。
1年に1回でも、顔を見せて喜んでもらい、つながりを維持したい」
〔2021年3/9(火) 毎日新聞〕 

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東日本大震災から10年 「病名のレッテル貼らない」被災地で症状見るだけでは 「相馬広域こころのケアセンターなごみ」の米倉一磨・センター長 東日本大震災では、多くの被災者が津波のトラウマや故郷を失った悲しみなど、心に傷を負いました。あれから10年、被災地の心の問題はどう変わってきたのでしょうか。また、そこからみえる教訓とは? 福島県の精神科認定看護師、米倉一磨さんに話を聞きました。 原発事故による避難で、精神科病院が一時的にすべて閉鎖になった福島県相双地区で、精神障害者や被災者の心のケアに当たってきました。 震災直後、精神障害がある人たちは通院・入院先を失い、地域に取り残されました。変化に敏感な人も多く、薬の流通が滞ったことで、効能が変わらないジェネリック(後発薬)への切り替えさえもストレスで、病状が悪化することがありました。

一般の被災者も、津波や原発事故のトラウマを抱え、精神的ストレスが生活習慣病の悪化といった身体症状となって表れていました。ところが、多くの人がそれを自覚しておらず、自覚しても専門家への相談などをしていませんでした。根底には、津波で家族を失うなど、自分より大変な被災者を想定して我慢する「他人よりはまし、頼るは恥」という考えがあったように思います。 また医療者側も不眠や血圧上昇など「症状」にばかり目がいき、根本原因に対処できていませんでした。それに気づかされたのは、アルコール依存症の男性被災者との出会いです。不眠のために処方された睡眠薬と強い向精神薬を酒と一緒にのんで動けなくなり、40代にして腰に10センチ四方の褥瘡(じょくそう)ができていました。

アルコール依存症の人に、いくらお酒をやめるよう言っても、平行線をたどるだけです。そこで男性が酒をのむ背景にある「孤独感」を軽減するよう関わりました。スタッフが一緒に買い物に出かけたり、焼き肉をしたりするうち、男性の状態はみるみる改善していきました。以来、被災地の心のケアでは、「病名のレッテルを貼らない」「生活全般の支援」ということを心がけています。 震災から10年経って浮かびあがる支援ニーズは、場所は復興公営住宅であったりはしますが、「ひきこもり」や「親なき後の障害者の問題」など、日本中どこにでもある課題です。 それを踏まえると、心のケアで重要なのは、有事の専門家による「対応」より、平時の地域での「予防」ではないかと感じます。つまり「地域で互いに頼りあえる関係性」と「心の問題に、ある程度、自分で気づき、誰かに相談するなど対応できる力」の構築です。そのために、孤立しがちな男性高齢者が一緒に料理し食事をする「男性のつどい」を定期的に開き、高校生向けのアルコール依存症の啓発講義なども始めています。(構成・水戸部六美)

よねくら・かずま 1973年、福島県南相馬市生まれ。同県立医科大学大学院看護学研究科修了。東日本大震災をきっかけに設立されたNPO法人「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」の「相馬広域こころのケアセンターなごみ」センター長。精神科認定看護師。 朝日新聞社 〔2021年3/10(水) 朝日新聞デジタル〕 

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ページ名 [[ ]] 岩手県(東日本大震災、当事者の会・自助グループ・岩手県、  ) 
震災10年:「あの時、なぜ救えなかったのか」、遺族が抱き続ける悔悟と葛藤
3月10日、ようやく潮が引いたとき、世界は一変していた。
家もトラックもまるで子供のおもちゃのように押し流され、生存者たちは泥と瓦礫の中で行方知れずになった家族や友人を探し回っていた。
70歳になる佐々木善仁さんは妻のみき子さんと次男の仁也さんを津波で失った。
写真は、故郷の岩手県陸前高田市の海岸を歩く佐々木さん。
2月26日撮影(2021年 ロイター/Issei Kato)
斎藤真理[陸前高田(岩手県) 10日 ロイター] -
「磨さん 薄よごれた軍手、そして穴のあいた靴。
まだ温もりがあるような気がして...帰って来た時に俺の気に入りの靴どうしたんだれと大騒ぎされそうなので、そのまま玄関に磨かないで置いときます」
(熊谷幸子さんから亡き夫への手紙。原文のまま)
「あの時、なぜ救えなかったのか」、遺族が抱き続ける悔悟と葛藤
ようやく潮が引いたとき、世界は一変していた。
家もトラックもまるで子供のおもちゃのように押し流され、生存者たちは泥と瓦礫の中で行方知れずになった家族や友人を探し回っていた。
東日本大震災から10年、長い歳月を経ても、被災した人々の多くは自問を続けている。
あの日から会えなくなった肉親や友人はいまどこにいるのか。
愛する子供がなぜ変わり果てた姿で戻ってきたのか。
答えのない疑問を抱えたまま、時の経過では癒やせない深い悲しみに閉じ込められたままの人も少なくない。
<今も受け入れがたい現実>
岩手県陸前高田市。桜並木の私道の先で1人暮らしをしている佐々木善仁さんは、失った家族への自責の念を今も持ち続けている。
津波が押し寄せる中、妻のみき子さんは、当時28歳だった引きこもり状態の次男、仁也さんを必死で自宅から避難させようとした。
しかし、仁也さんは家に閉じこもり、ついには波にのまれた。
みき子さんもその後、濁流の中で命を落とした。
自分がもっと家族の問題に向き合い、妻や次男をしっかりと支えていれば、2人の運命は変わっていたかもしれない。
70歳になった今、佐々木さんは、家族を苦しめた引きこもりに関する本を読み漁っている。
宮城県石巻市。佐藤美香さん(46)の時間はあの日で止まったままだ。
6歳だった娘の愛梨ちゃんは幼稚園のバスの中で亡くなった。
津波の後、暗闇の中から助けを求める子どもたちの声がはっきりと聞こえていたという。
陸前高田市の熊谷幸子さんは、夫の磨(みがく)さんがいつか戻ってくると信じていた。
カレンダーの裏に磨さんへの伝言を書き、家に帰ってくれるよう伝える。
夫からの返事を自分で考えて書くこともあった。
受け入れがたい現実を変えることはできないが、そうすることで少しでも2人の時間を感じることができた。
<荒波の中で聞こえた妻の叫び>
大震災による地震と津波は東北の太平洋岸を中心に2万人近くの死者を出した。
津波で冷却システムが停止した東京電力福島第一原子力発電所では、3基の原子炉でメルトダウン(炉心溶融)が起き、近隣に深刻な放射能汚染が広がって10万人以上の住民が避難を余儀なくされた。
被災住民や地域の復興に向けて、国が投じてきた復興資金は約31兆円に上る。
しかし、どれほど大きな投資によっても、震災が人々の心に残した傷は消えようがない。
陸前高田市ではおよそ2万4000人の住民のうち、1700人を超す人々が犠牲になった。
震災後、将来の津波から住民を守る対策として、高さ12.5メートルの防潮堤が全長約2キロにわたって海岸線に建設された。
3月の寒い夜、強風があおる激しい波の音が防潮堤によってかき消され、海の存在は消えていた。
要塞のようなコンクリートの壁が、海とともに暮らし、栄えてきた町と海との融和を阻んでいる。
佐々木善仁さんの家は玄関から海が見える距離にある。
しかし、好きだった釣りや海辺の散歩を今はほとんどすることがない。
妻と息子2人と暮らしていた旧家が津波で流されたため、現在の家に引っ越してきてからのことだ。
震災発生の日、定年まであと数週間と迫った佐々木さんは、当時住んでいた自宅から車で30分ほどの漁村・広田の高台に建てられた小学校で校長として勤務していた。
激しい揺れと津波の情報を受け、佐々木さんはまず全校の生徒を避難させた。
何より心配になったのは、引きこもりが10年も続いていた次男の仁也さんに最悪の事態が起きているのでないかということだった。
ここ2年間は、仁也さんは家から一歩も出ず、外部との接触を拒んでいた。
「女房だけは助かったかもしれないな、と思っていました。
避難所に行った時に『取り乱している女性はいないか』と聞いたんです」と、佐々木さんは静かな口調で語った。
次男に何かが起き、妻が動揺しているのではないか、とその時は考えた。
しかし、みき子さんの姿は避難所にはなく、翌月遺体で見つかった。57歳だった。
津波が押し寄せてくる中、「他の人には会いたくない」と言っていた仁也さんをみき子さんはぎりぎりまで説得していたらしい。
しかし、それもかなわず、みき子さんは長男の陽一さんと一緒に隣の家の屋根に逃れ、自宅が波にのみ込まれていく状況を目の当たりにしたという。
佐々木さんは眼鏡を外し、テーブルにある新聞の切り抜きを手にし始めた。
部屋には段ボール箱が山積みされていた。
昨年12月、40歳で結婚することになった陽一さんが家を離れるときに残していったものだ。
震災後、佐々木さんと陽一さんは一緒に暮らしていたが、津波の日のことを話すことはなかった。
2人がようやく当時の記憶を語り合ったのはほんの数カ月前、陽一さんが引っ越しの準備をしていた時だった。
「息子が引っ越すから。もう聞けるチャンスがないと思って、(女房が)最後何を言ったのか聞いたんです 」と佐々木さんは語り始めた。
陽一さんが最後に見たみき子さんは荒波の中で瓦礫にしがみつき、叫び続けていたという。
「お母さんが(自分に)生きろーって言っていた」という陽一さんの言葉が胸に突き刺さった。
津波の後、佐々木さんは亡くなった仁也さんが陥った引きこもりに関する本を何十冊も買った。
苦しむ息子に自分がなぜもっと声をかけなかったのか。
仁也さんを理解しようと格闘していたみき子さんをなぜもっと支えてこなかったのか。
そういう自分を、長男の陽一さんが今でも責めているのではないか。
佐々木さんは独り言のようにそれを繰り返した。
「そういうことを忘れようといったって、忘れられない。
逆にどんどん鮮明になっていく。
時間が解決するというのはうそだろうね」震災前、妻のみき子さんは引きこもりの子供を持つ親の会を立ち上げ、佐々木さんには退職したら手伝って欲しいと話していたという。
佐々木さんは今、みき子さんへの感謝と償いの気持ちを込めて毎月その会を主宰している。
震災後、書き始めた引きこもりについてのニュースレターは50号近くになった。
<真実求めた裁判に冷たい視線>
石巻市で亡くなった被災者は3200人余りに及ぶ。
佐藤美香さんの娘、愛梨ちゃんもその1人だ。
妹と遊ぶのが大好きで、大きくなったらテレビのアナウンサーになりたいと夢を語っていた女の子だった。
震災発生時、愛梨ちゃんは地元の幼稚園にいた。
その直後、園側は愛梨ちゃんら5人の園児をバスに乗せ、丘を下って海岸方面に向かった。
震災後の混乱の中、愛梨ちゃんの捜索は自分たちの力に頼るしかなかった。
3日後、他の保護者とともに瓦礫の中を歩くと、合板や金属の破片の間で薄い煙がくすぶり、家の屋根の下で焼け焦げた黄色のスクールバスを見つけた。
その中に、愛梨ちゃんの痛々しい姿があった。
佐藤さんは瓦礫の中から自分の手で愛梨ちゃんを抱き上げ、高台に運んだ。
「赤ちゃんぐらいの大きさになってしまっていて、もう、風が吹いただけでも壊れてしまう、飛ばされてしまいそうだった」と佐藤さんは娘を抱くように腕を組んだ。
「(津波が起きた日の)夜中の12時ごろまで、助けて、助けてという声が聞こえていた証言があって。
ひょっとしたら子供たちは(津波の後も)生きてたのではないか」と佐藤さんは考えている。
震災の5カ月後、佐藤さんら4人の園児の家族が幼稚園側を訴えた。
2014年、佐藤さんら原告団は幼稚園側と和解。
佐藤さんら原告側の鎌田健司弁護士によれば、園側は法的責任を認め、合計6000万円の和解金支払いとともに、遺族に「心からの謝罪」を約束した。
しかし、幼稚園側から毎年、花束は届いているものの、謝罪の言葉を受け取ったことはないと佐藤さんは言う。
この幼稚園は現在、閉園している。
同園側の弁護士は、ロイターの取材に対し、同園が毎年、犠牲者の家族に慰霊の花束を送っていると説明。
しかし、この訴訟で佐藤さんら原告側と和解した内容も含め、詳しいコメントは控えると話している。
佐藤さんは「裁判で真実がわかるものだと思っていたんです」と言う。
しかし、佐藤さんによれば、園の職員は法廷で「地震の日に津波のサイレンは聞こえなかった」と繰り返した。
「自分たちと思っていたのと全然違って、真実は分からないままです」
ため息をつきながら、佐藤さんは娘を見つけた場所に近い慰霊碑まで歩いた。
マスクを外し、石に刻まれた愛梨ちゃんの名前に触れた。
愛梨ちゃんの焦げ付いた小さな靴とクレヨン箱は、今は近くにある震災記念館に展示されている。
「怒りが収まらない」 。
佐藤さんは内気な自分として、このような裁判で世間の注目を集めるような立場になるとは思わなかった。
「私たちの大切な娘が亡くなり、その事実が・・・」と言いかけた時、 地元の男性が佐藤さんをテレビのインタビューで見たと話しかけてきた。
「(裁判で)3億くらいもらったんでしょ?」。
男性の言葉は辛辣(しんらつ)だった。
「いえ、違います」と答えた佐藤さんに、男性はさらにたたみかけた。
「みんな大変だったんだからね。もういいでしょう」。
男性は訴訟になったことを憤るかのようにつぶやき、去っていった。
佐藤さんたちに対して、応援する声は多かったが、心無い意見もしばしば耳にした。
「もう慣れてしまった」と佐藤さんは悲しそうに言いながら、停めていた車に戻っていった。
「心ないことを言う人もいるけど、わからない人には何を言ってもわからない」
娘に起きたことを二度とほかの子供たちに繰り返してはならない。
そんな気持ちから、佐藤さんはいま悲惨な思い出を防災意識の向上に役立てる地域活動に尽力している。
「アイリンブループロジェクト」。
佐藤さんは愛梨ちゃんが見つかった場所に咲いた白い花を「あいりちゃん」と名づけ、ボランティアらとともに、各地の学校などに同じ花を植えてきた。
咲き広がる花を見た子供や大人たちに防災の大切さを思い起こして欲しいという気持ちからだ。
水色が好きだった愛梨ちゃんの思いを込め、プロジェクト名には「ブルー」を添えた。
石巻の被災地を訪れる人々には、自らの体験と震災の恐ろしさを伝える「語り部」となる。
佐藤さんが今も携えている愛梨ちゃんの通園バスの時刻表が、声なきメッセージとして人々の心を打つ。
<本になった夫への手紙>
「磨さん、皆、復興 復興と目標をもって頑張ってるけど、私は何を目標にして生きれば良いの...早く元の姿で無くて良いから出て来て下さい...この大震災、人生をメチャクチャにして、あまりにも酷い酷すぎる。
悪いこと何ひとつしてなかったのに! 幸子」(熊谷幸子さんから磨さんへの手紙) 
東北地方では、いまだに2500人以上が行方不明になっているが、安否の確認や遺骨の捜索は困難を極めている。
岩手県では、不明者を探し続けている家族のために、各地の警察が毎月、商店街や公民館などで説明会を開いている。
警察が行方不明者の身元を確認し、必要に応じて家族からDNAサンプルを採取する。
津波から3カ月後、同市の熊谷幸子さんは、震災当日、自宅を出たまま行方不明になった夫の磨さんに手紙を書き始めた。
手紙は天気や朝食の説明から始まり、磨さんの居場所を尋ねる質問が散りばめられている。
その数は200通以上になり、幸子さん自身が磨さんになって書いた答えもある。
「ままちゃん、くよくよしたって俺はもう戻れない。いつ迄も待ってるから頑張れ頑張れ(磨)」
熊谷さんが夫の身を案じて書き続けてきた手紙は2冊の本になった。
きっかけは、復興支援のボランティアとして同市を定期的に訪れていた釣崎等さん(71)との出会いだった。
釣崎さんは熊谷さんの悲しみを癒やそうと、カレンダーの裏に書かれた手紙をパソコンに打ち込み、手作りの本にして出版した。
「どの被災地の人たちも、元の昔に戻りたいという気持ちはすごく強い」と釣崎さんは言う。
「元には戻れないから新しい街を作っていかないといけないけれど、なかなかそういう気持ちになれないところがあるんです」
自分の目の前で家族が亡くなったという決定的な証拠がない限り、熊谷さんのように、現実を受け入れられず、いつか戻って来ると期待しまう人がいる、と釣崎さんは話す。
この本を読んだ熊谷夫妻の息子、慎さん(51)は「(母の手紙で)改めて分かったこともある」と、2人の絆に気づかされたという。
津波から6年後の2017年、熊谷さんは磨さんの死亡届を提出した。
その1年後、幸子さんは77歳で亡くなった。
最後になった手紙のひとつには、こうつづられている。
「磨さん、おはよう。今年も残りわずか。
見つからずに終わってしまいそうですネ...彷徨い彷徨いして大野湾に戻ってきたら奇跡だよネ。
奇跡ってあるみたいだけどこの大震災にはないみたいですネ」
(斎藤真理 編集:北松克朗)
〔2021年3/10(水) ロイター〕 

周辺ニュース

ページ名 [[ ]]  (  )
東日本大震災から10年 がれきの中、亡き息子に「ごめんね」 母は今、心に寄り添う看護師 助けてあげられなくて、ごめんね。がれきの中、ひざまずき、手を合わせ、繰り返し祈った。菅原良枝さん(53)は、岩手県陸前高田市の実家にいた長男の大樹(ひろき)さん(当時16歳)と両親を亡くした。手を合わせる写真は、震災1カ月後の4月11日に撮影された。手帳には「新聞の人に声を掛けられた。写真可とする」と書いた。「悲しさと、忘れてほしくない気持ちが入り交じっていた」と振り返る。 看護師だった菅原さんは実家で夫と3人の息子、両親の7人暮らしだった。2004年、菅原さんの転勤で両親を残して岩手県花巻市に引っ越した。だが、小学生だった大樹さんが転校先の学校に合わず、通えなくなってしまう。中学進学を前に「高田の学校に行く?」と聞くとうなずいた。大樹さんだけが両親のいる実家に戻った。

休日になると、菅原さんは会えない時間を埋めるように陸前高田へ通った。大樹さんが高校に進んでからも、離れ離れの生活は続いた。震災1カ月前に会った時は、中学のサッカー部のジャージー姿だった。「あまり欲がなくて、いつもジャージーで……。今度は一緒に服買いに行こうねって言ったのに」。母が見た最後の姿になった。 震災2日後にたどり着いた故郷の惨状は、想像を超えていた。実家は基礎しか残らず、遺体に掛けられた毛布や布団をめくり、夫と確認して回った。遺体安置所で、見慣れた背番号27のユニホームを見て、すぐに大樹さんと分かった。同級生の母親に「大樹がいたよ。生きててほしかったけど、見つかっただけでもよかった」と報告した。「『お兄ちゃんだから頑張って』なんて、いろんなことを我慢させて……。本当は、ずっと一緒にいたかった」

震災の傷は、その後も家族を苦しめた。1年後、小6の三男が学校を休みがちになる。診察を受けた病院で「震災が関係しているかも」と言われた。心当たりがあった。大樹さんが亡くなったことをきちんと話せないまま、遺体と対面させてしまった。自分を責め、内陸の花巻市では被災の苦しみを理解してもらえないことにも孤独を感じた。体調を崩し、看護師を一度辞めた。 14年に働き始めた訪問看護ステーションで、ある精神疾患を持つ人を担当する。やり取りを重ねるなか、つらさを打ち明けてもらえた。「自分と同じように精神的に苦しむ人に、何かできることがあるんじゃないか」。それが転機となって2年前、精神科と心療内科を持つ病院で看護師として働き始めた。自傷行為や引きこもりに苦しむ若い患者も多い。「私も震災でね……」と経験も交えながら、アドバイスする。

大樹さんの同級生は今も近況を伝えに来てくれる。結婚の報告も聞いた。21歳になった三男は、20年から精密機械の運搬・設置会社で正社員として働いている。大樹さんの将来の夢は建築士だった。「生きてたら、今ごろどうしていたかな」。これからも振り返るだろう。ただ、自分もようやく一歩を踏み出せたのかもしれない。 患者一人一人の悩みを理解できるように、そばで寄り添いたいと思う。大樹さんにしてあげたかったように。【三瓶杜萌】 〔2021年3/11(木) 毎日新聞〕 

周辺ニュース

ページ名 東京電力社員  (東日本大震災 )
「お父さんは人殺し…」東電社員の家族が受けた「壮絶すぎるいじめの実態」
「人殺しの息子」と呼ばれて…
東日本大震災から10年目を迎える。筆者は震災当日、仙台市内の自宅におり、立ってはいられないほどの激しい揺れを経験した。
3日間停電し、数週間、食料を買うために長時間店に並ばなければならない日々が続いていた。
電気が通り、テレビをつけた瞬間、凍り付くほど衝撃を受けたのは、福島で起きていた原発事故の惨状である。
多くの人が故郷を失い、生活の場を奪われ、風評被害に苦しめられる事態となった。
原発事故は甚大な被害をもたらしたが、被害者だけではなく、加害者家族として苦しんだ人々も存在している。
「パパ悪いことしたの?」
東電社員の夫を持つ山田智子さん(仮名・30代)は、小学生の息子に尋ねられるたびに胸を痛めていた。
「パパが悪いわけでは……」
「でもみんな、酷いお父さんだねって……。人殺しだって……」
山田さんは悔しくて悲しくて、息子の前で涙を堪え切れなかった。
普段付き合いのあった「ママ友」からは無視され、地域で友人と呼べる人はいなくなった。
息子は友達が多く、悪口を言われても学校を休むことはなかった。
震災の話題が薄れていくにつれ、次第にいじめもなくなっていった。
ようやく、元の生活に戻る兆しが見えてきた頃、夫が鬱病になってしまった。
夫は家族の前では平然を装っていたが、事故の責任を抱え込んでしまっていた。
夫には福島で被災した親戚がおり、夫の両親やきょうだいにも肩身の狭い思いをさせているという。
人一倍責任感の強い夫は日に日に痩せていき、職場復帰は難しくなり、退職することになった。
山田さん一家にとってこの10年間は、地獄のような日々だったという。
「一時は、日本中を敵に回してしまったようで、外に出るのが怖くなりました」
震災関連の報道を耳にする機会が増えるこの時期、精神的に不安になると話す。
それゆえ、家族全員が今でもそれぞれカウンセリングに通っている。
「今でもどこか、後ろめたさを感じます」
報道で取り上げられる機会は少ないが、人知れず、山田さんのような思いを抱えて生きている人々は存在している。
父親の権威の崩壊「うるせえ! 人殺し!」
原発事故が起きて以来、息子は夫に暴言を吐くようになった。
中村陽子さん(仮名・50代)の夫は東電社員で息子の教育に厳しい父親だった。
当時、高校生だった息子は震災以降様子がおかしくなり、学校に行きたくないと言い出した。
父親が東電社員だということで、学校で激しいいじめを受けていたのだ。
中村さん一家にとって、父親は絶対的な存在だった。
息子は幼い頃から優等生で、成績は一番でなければならないと躾けられてきた。
遊びや人付き合いは二の次で、とにかく勉強ばかりさせてきたという。
「親父のせいで居場所がない、どうしてくれるんだ!」
親に反抗することなど一度もなかった息子が、父親を罵り暴力まで振るうようになった。
彼にとって震災は、これまで疑いを持たなかったさまざまな価値観が崩壊した瞬間でもあった。
大学には行かないという息子と夫は衝突を繰り返していた。
「親と同じような人生は送りたくないと息子に言われたことは、家族の人生を否定されたようで辛かったです」
震災から5年後、中村さんの夫は癌を患い亡くなった。
息子は、なんとか高校は卒業したものの進学はせず、しばらく引きこもり生活を続けていた。
数年前からようやく福祉に関わる仕事を始めるようになった。
「人の役に立つとか、命を守る仕事をしたいと息子が口にするようになったのは、あの事故に対する加害者家族としての罪責感からだと思います」
惨事に必ず起きるバッシング
真面目な人ほど責任を引き受け、精神のバランスを崩してしまう傾向がある。
震災後、東電を依願退職する社員が急増したというが、家族が差別される懸念からの決断も少なくなかったようである。
当時、東電社員の家族が自殺したという噂もさまざまな地域で飛び交った。
直接、相談に訪れる人は少なかったが、嫌がらせや誹謗中傷に悩まされていた人々は少なくなかった。
責任を負うべきはあくまで会社であり、社員個人やその家族に怒りの矛先を向けるのは間違っている。
大惨事が起こると、ストレスや応報感情を満たすため、必ず誰かがバッシングの対象となる。
それは加害者本人とは限らず、攻撃しやすい人がターゲットにされるのである。
犯罪であれば、塀の中にいる加害者よりも、社会にいて攻撃しやすい家族がバッシングされる。
災害であっても、対応の遅れなど、必ずどこかで人災は出る。
東日本大震災においても、行政の窓口担当者がクレーム対応疲れにより精神のバランスを崩していた。
惨事においては、被害者のみならず、加害者側、つまり、責任を負うべき人々のケアも視野に入れなくてはならない。
誰かが自ら命を絶つことで幕引きを図ることがあってはならない。
責任を負うべき人が責任を果たすことができるよう支援が必要なのである。
被害者加害者の立場はすぐに逆転する
一方で、福島から県外に避難した人々が、「賠償金いくらもらったんだ?」などと避難先で誹謗中傷されるような事件も多発した。
犯罪被害者にも同様の言葉が向けられることがある。
世間が同情するのは、被害者が「持たざる者」である間だけである。
賠償金を得たり、再婚したなどといった情報が出た途端、バッシングされるのである。
10年の節目を迎え、震災報道は活発化しているが、不幸な境遇を乗り越え、慎ましく生活する「理想的な被災者像」が作られている気がしないでもない。
同質社会に渦巻く妬みや嫉みという感情を嫌と言うほど見せつけられたのが東日本大震災でもある。
新型コロナウイルスという世界的な課題に直面している現在であるが、やはり感染者や家族への差別が浮上している。
人々の本性があぶり出されるのが惨事であり、震災での教訓を活かしていきたい。
阿部 恭子(NPO法人World Open Heart理事長)
〔2021年3/11(木) 現代ビジネス〕 

周辺ニュース

ページ名 [[ ]]  (  )
世界各国のひきこもりとの対話。閉じた空間で語られる、開かれた言葉とは
―ぼそっと池井多『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』武田 砂鉄による書評
『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(寿郎社)
◆閉じた空間で語られる開かれた言葉による連帯
その当人を知らないのに、イメージだけが積み重なっていく状態って危うい。
「ひきこもり」も、そのひとつだろう。
35年もの間、ひきこもり生活を続けてきた著者は、自らを分析対象にしてくる専門家を警戒する。
彼らは決して「自分と同じ人生や生活の地平に生きている者ではなかった」からだ。
世界各国のひきこもりと交流すべく「世界ひきこもり機構」を創設し、「ふつうの人」はもちろん、「家の中で生活している他の家族たち」さえも知らないネットワークが世界中に広がっていく。
国も家族も会社も帰属意識が薄まっていく世の中にあって、ひきこもりという属性は、「素早く対等に通じ合えてしまう」のだ。
世界各国のひきこもりと対話を重ねていく。
行政の制度の違いを語り合えば、一日じゅうパソコンの前に座っているので背中が痛いと漏らし、仕事を探す方法をシェアしたかと思えば、抱えていた性的虐待の記憶を語り始める人もいた。
閉じた空間に開かれた言葉が投じられることによって、その地下茎はつながりを強固にしていく。
ひきこもりは、とにかく他者から語られる存在である。間接的な語りによって、私たちは直接的に把握した気になる。
インタビュアーが「あなたは働きたいですか」と質問すれば、たとえ「働けるけど働かない」と思っていたとしても、「働きたいけど働けない」とお茶を濁すかもしれない。
当事者からの言葉を都合よくつなぎ合わせて、「これは社会の問題だ」「政治が悪い」と落とし込んでいく。
言葉を引き出しているのに、その言葉があらかじめ予測されているという矛盾。
ひきこもりの当事者たちの連帯が、表層に流れる言葉の危うさを、地下茎からあぶり出している。
[書き手] 武田 砂鉄
1982 年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりフリーライターに。
著書に『紋切型社会』(朝日出版社、2015年、第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』などがある。
[書籍情報]『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』
著者:ぼそっと池井多 / 出版社:寿郎社 / 発売日:2020年10月23日 / ISBN:4909281290
サンデー毎日 2020年11月29日号掲載
〔2021年3/12(金) ALL REVIEWS 武田 砂鉄〕 

周辺ニュース

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真っ直ぐに座れない 就学・入園も間近なのに…「椅子に真っ直ぐに座れない!」「5分も持たない」実は原因は色々、対処法も別 「ずっと座っていられない子」には、実はさまざまな理由が 巡回相談等の事業で保育園などに伺った際に、保育士さん方から「椅子にまっすぐに座れない子どもがいるのですが、どのように対応すればよいでしょうか?」というご質問をいただくことがよくあります。 うちの子、避難所に行ける?「じっとできない」「我慢が苦手」…必要な対応は

「座り始めてしばらくは背中も伸びているけれど、5分も経たないうちに姿勢が崩れてくる」、「片足を上げて、足を組んだような姿勢で座る」、「背中を丸めるようにして背もたれにもたれる」など姿勢の崩れ方は様々です。真っ直ぐに座れないというと、「体幹筋が弱いからでは?」と考えてしまいがちですが、実はその原因は色々あり、また改善方法(手立て)も違ってきます。 今回は、椅子に真っ直ぐに座れない原因3つと、それぞれの原因に合わせた対応方法についてご紹介します。 真っ直ぐに座れない原因①「体幹筋の持久力が弱い」 体幹筋とは、胴体部分の筋肉のことを指し、主に腹筋と背筋で構成される筋肉の総称です。そもそも正しい姿勢の保持には、腹筋運動で必要とされるような体幹筋の「力強さ」は必要なく、「持久力」が必要になります。この持久力が弱いと、座り始めの数分は真っ直ぐに座れるけれど、しばらくすると疲れてきて、姿勢が崩れる原因になります。

<対処方法> 体幹筋の持久力を鍛えてあげることが効果的です。ただし、「仰向けに寝転んだ状態から起き上がる」ような運動は、持久力向上には効果がありませんので、そのような運動をさせる必要はありません。できれば遊びの中で、体幹筋を常に使うような機会を持たせることが効果的です。具体的には、ジャングルジム遊び、登り棒のほか、キャッチボールやドッチボールなどの「ボールを受けて、すぐに投げ返すような遊び」が効果的でしょう。また、遊ぶ時間は、15分~20分以上を目安にしてください。 真っ直ぐに座れない原因②「体幹筋の低緊張」 低緊張とは、筋肉の張りが一般のお子さんよりも弱い(ゆるい)状態のことを指します。この筋肉の張りは、ズボンのゴムに例えると分かりやすいと思います。きつい状態(過緊張)だと、お腹に食い込みますし、ゆるい状態(低緊張)だと、ずり落ちてしまいます。筋肉の張りも、ほどほどの張力であることが最もよいのですが、低緊張のお子さんは、もともと筋肉の張りがゆるい傾向にあるため、体を真っ直ぐに保持しておくこと自体が苦手です。

<対処方法> この筋肉の張りは、「脳からの司令」によってコントロールされているので、お子さん自身を変化させようとするのではなく、環境設定を行うことがポイントになります。具体的には、「お尻に滑り止めのマットを敷くことで、椅子に座った時お尻が前にずれるのを防ぐ」、「背中にクッションなどを当てることで、背中が伸びやすいようにする」などが効果的です。 もちろん、運動遊びを取り入れることで、筋力アップを図ることも大切ですが、低緊張タイプのお子さんの場合、激しい運動やスポーツはそもそも苦手なことが多く、そういった運動をさせることは、運動への苦手意識を助長してしまうことも考えられますので、①と同様に遊具遊びなどを通して体幹筋を活動させる習慣を持たせるのが良いでしょう。

真っ直ぐに座れない原因③「動いている刺激を求めてしまう」 ①②とは少し見る視点が変わりますが、真っ直ぐに落ち着いて座れないお子さんの中には、「じっとしているのが苦手(動いている刺激を求めてしまう)」という方が一定数おられます。これは「動いているという感覚刺激を求めている」ためで、動いていることで気持ちが満足してくる、という特徴があります。

こういったお子さんの場合は「じっと椅子に座ることは苦痛」である場合が多いです。

<対処方法> 座らないといけない場面の前に、十分に体を動かす活動を取り入れておくことがその後落ち着いて座ることにつながります。具体的には、「机上課題を行う前には、屋外で十分に体を使った遊びをさせる」、「勉強机に向かわせる時は、通常の椅子ではなく、トレーニングボールなどを椅子代わりに使う」といったこともお勧めです。

特にトレーニングボールは、常に座面が動いているので、動き刺激を求めているお子さんにとっては気持ちが落ち着きやすくなり、それにより課題に集中しやすくなるという効果もあります。 まとめ 「椅子に真っ直ぐに座れない」という課題には、大きく分けて以下の3つの原因があります。 ① 体幹筋の持久力が弱い ② 体幹筋の低緊張 ③ 動いている刺激を求めてしまう それぞれで、対処方法が違ってきますので、まずはお子さんがどのタイプかを知り、それぞれに合った対処方法を実践していきましょう。

◆西村 猛 幼児期の発達と発達障害が専門の理学療法士。発達支援の事業所を複数経営。子どもと姿勢研究所代表。全国各地の保育園で運動発達や発達支援に関する講義を実践中。YouTubeチャンネル「こども発達LABO.」では、言語聴覚士の妻と二人で、言葉と体の発達や発達障害に関する情報を発信中。 まいどなニュース 〔2021年3/11(木) まいどなニュース〕 

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ページ名 [[ ]] 鳥取県伯耆町 (東日本大震災、障害者のニュース、  ) 
かりんとうで培った絆 今もこれからも・・・避難先の鳥取で再開した工房から夢広がる(鳥取・宮城)
東日本大震災から10年・・・宮城県女川町から鳥取に避難した男性をピックアップ。被災後鳥取に移り住み、もともと営んでいたパンやかりんとうの工房を再開させた阿部雄悦さん。
TSKが当初から取材を続ける阿部さんの10年を追いました。
女川から移り住んだ阿部雄悦さんの似顔絵が掲げられている工房・・・鳥取県伯耆町にあります。
先日、取材に訪れるとスタッフが熱心に食パンや菓子パン作りに励んでいました。かりんとうを作るもう一つの工房でも・・・。
スタッフ:「これはゴマかりんとうです」
宮城名物・ずんだや鳥取特産二十世紀なしなど20種類以上の味のかりんとうも製造しています。
しかしここにも阿部さんの姿がありません。
スタッフ:「さみしいですねぇ」
2011年3月11日・・・15メートルもの津波に襲われた宮城県女川町。
阿部さんの工房は、津波に流され跡形もなくなりました。
しかし瓦礫の中からかりんとうの生地を練るミキサーを発見。
失意の阿部さんにとって一筋の希望の光となりました。
震災から3か月後、縁あって鳥取県伯耆町で工房を再開。あのミキサーも動き始めました。
「夢の始まりだ」その後も精力的に活動を続け、震災から2年後にはふるさと女川でかりんとう工房を再開させます。
伯耆町ではパンを作る新たな工房や女川名物・牛タンなどを提供する居酒屋もオープンさせました。
様々な形で事業が軌道に乗った中で阿部さんは1年ほど前、家族のいる故郷、宮城に帰ることを決断したのです。
阿部さんが伯耆町から離れ約1年、今回鳥取のスタッフへのサプライズとしてオンラインでの『再会』を企画しました。
阿部 雄悦さん:「久しぶり~」
伯耆町のスタッフ:「ご無沙汰してます!お元気そうですね」
阿部さんは障害者雇用にも力を入れていて工房で働いているスタッフの多くは障害のある人たちです。
障害のあるスタッフ:「どうもどうもたまにはこっちに帰って来てください」
障害のあるスタッフ:「結婚式にも前に出て頂いたんですよ。嬉しかったですね」
こうして大切な「仲間」との再会を喜ぶ一方で、10年前のあの日の記憶が脳裏に浮かぶと言います。
「今でも思い出すのは私の家が山の中腹を行ったり来たりしていた様子」
阿部さんは裏山に避難し無事でしたが、スタッフ2人が今も行方不明です。
地震発生から30分後に津波が到達した女川、この内一人は一旦避難した後に自宅に戻り津波に巻き込まれました。
阿部さんは繰り返し教訓を伝え続けています。
「逃げたら戻らない。逃げても戻った人が第2波、3波で犠牲になった」
ところで震災の瓦礫の中から見つかったあのミキサー。
阿部さん:「まだ動くんだぁ。大事に使ってやって下さい」
阿部さんの思いを感じ取るように動き続けるミキサーそして働くスタッフ。
その姿を目の当たりにし阿部さんは次の『夢』を口にしました。
「みんなが働く姿を見てね涙を我慢しましたよ。皆さんに光を当てる80歳になりましたけど、もう10年、体が続く限り、この姿を見て頑張りたいと思いました」
今は地域のボランティアで餃子やピザを作り振る舞う活動をしていますが、さらに10年へ…気力がみなぎります!
障害者のために再び働こうと模索しています。
〔2021年3/10(水) TSKさんいん中央テレビ〕 

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ページ名 NPO法人プロジェクトゆうあい 島根県松江市(東日本大震災  ) 
1000キロ「リレー」し福島帰郷応援 松江に避難の元箱根走者
松江から双葉までに相当する1000キロを分担して走り、帰郷を応援しよう――。
東日本大震災に伴う福島第1原発事故のため、福島県双葉町から松江市に避難した元同町職員の桑原達治さん(56)のためのマラソンイベントを松江の仲間が開いている。
桑原さんは大学時代に箱根駅伝を走った元ランナーだが、現在は左半身まひの障害がある。
住民票を双葉に残し、「いつか双葉に帰って再び町のために働きたい」と願う桑原さん。
時間や場所、距離を問わず参加でき、それぞれが走った距離を合計することで、桑原さんの背中を押そうという取り組みだ。
◇脳内出血リハビリ中に被災
桑原さんは2007年、脳内出血を起こして左半身にまひが残った。
休職してリハビリに励んでいた11年3月11日、床にたたきつけられるような揺れに見舞われた。
自宅は福島第1原発から約3キロ。
父母とともに避難し、福島県川俣町や埼玉県加須市、千葉県船橋市などを転々。
そして母の出身地で、自身も幼い頃を過ごした松江に落ち着いた。
くしくも県庁所在地で唯一、原発(中国電力島根原発)を抱える町だ。
松江ではバリアフリー推進や障害者雇用に取り組むNPO法人「プロジェクトゆうあい」と縁ができ、週3日、古本の点検作業などの仕事に取り組んでいる。
つえを使ってゆっくり歩き、ストレッチなどのリハビリも続ける。
「桑さん」と呼んでくれる職場の仲間とのたわいないおしゃべりに元気付けられる日々だ。
桑原さんは幼い頃、運動会の徒競走でビリが続き、早朝ランニングが日課だった父に誘われて走るうちに足が速くなった。
高校の陸上部では全国大会と無縁だったが、強豪の専修大に一般入学し陸上部に入部。
神奈川県伊勢原市の練習場近くの大山(おおやま)(1252メートル)を駆け上がるなど努力を続けてメンバー入りし、1年から3年続けて箱根路を力走した。
2年時には復路の最終10区を任された。タスキを受け取って飛び出した瞬間の興奮や沿道の歓声をはっきり覚えているという。
今も主要レースの結果を常にチェックしており、走れない自分が歯がゆい。
その分、「ゆうあい」代表理事でマラソン愛好家の田中隆一さん(53)らにペース配分などを指導し、「師匠」と慕われる。
◇密にならないイベントを
田中さんは新型コロナウイルス禍の中で迎える大震災10年を前に、密にならず広く参加してもらえるマラソンイベントを発案し、松江在住のミュージシャン、浜田真理子さんらが呼び掛け人に加わった。
田中さんは「福島までの道のりを思い浮かべながら走ってほしい」と話し、自身は14日に宍道湖周辺を約40キロ走る予定。
桑原さんは同日午前9時~午後2時、松江市灘町の湖畔の白潟公園にテントを設け、他のランナーを含めてエールを送る。
桑原さんは「双葉は懐かしい古里。必ず人が戻れるようになる。
私は走れないが、一歩でも歩いてイベントに参加し、双葉の地を踏ませようとしてくれている仲間の気持ちに応えたい」と語る。
参加者は走った場所や距離などを事務局にメール(YQN01243@nifty.ne.jp)で送り、松江―双葉に相当する計1000キロを目指す。
3月末に終了し、寄せられた距離は「ゆうあい」のホームページで公開する。
双葉町はJR双葉駅周辺など一部の立ち入り制限が緩和されたものの生活する人はおらず、役場も避難先の福島県いわき市から戻れていないだけに、参加者には同町に送る募金への協力も呼びかける。
目標は100万円。送金は郵便振替(01370・2・108399)で、口座名は「特定非営利活動法人プロジェクトゆうあい」(振替用紙の備考欄に「福島寄付」と記入する)。
問い合わせは田中さん(090・2861・6739)。【小坂春乃】
〔2021年3/10(水) 毎日新聞〕 

周辺ニュース

ページ名 [[ ]]  (東日本大震災、被災者、  )
【東日本大震災 私の10年史】体験を教壇から子供たちへ
「子供たちに災害を自分事として考えてもらえるようにしたい」と話す猪口薫さん
あの日、学校は混乱を極めた。
経験したことのない激しい揺れに子供たちはパニックになり、先生も避難誘導や安否確認などに手間取った。
「訓練とは全然違った」。
当時、福島市の中学2年生だった猪口薫さん(24)、仙台市の小学6年生だった中鉢(ちゅうばち)光さん(22)は同じ言葉を口にした。
2人は今春、関西の教育大学を卒業し、東京や故郷の学校で教壇に立つ。
「震災を知らない子供たちもいる。生きた教訓として自分の体験を語り継いでいきたい」と話す。
「3.11」東日本大震災を振り返る
校庭でおびえていた児童を、これからは守る側になる-。
大阪教育大学に在籍する猪口さんは、震災発生直後に目にした光景を思い出すたび、そう強く思う。
中学校が早く終わり、福島市内の自宅にいた。
バキバキと大きな音を立て、突き上げるような激しい揺れに襲われた。
外に飛び出すとマンホールがせり上がり電柱は傾いていた。
雪と粉塵が舞う中、変わり果てた通学路を3歳下の弟が通う小学校へと走った。
古い校舎は半壊状態で、校庭に集められた児童たちは震え、泣きじゃくっていた。
未曽有の災害に教員も右往左往。
子供を迎えに来た保護者や避難所となった学校に詰めかけた市民らの間をかき分けようやく弟を見つけ出すと、「ほっとしたように表情が明るくなった」のを覚えている。
その後、仕事先から戻った両親と再会。
半壊の自宅の壁には亀裂が走り、ライフラインも途絶していた。
ろうそく1本の灯りを頼りに毛布にくるまり、ラジオで情報を得た。
「暖を取るとか、当たり前のように過ごしていたことが、どれほどありがたいことか痛感した」
プロ野球選手を夢見て部活動に打ち込んだ日々も、自宅から約40キロ離れた東京電力福島第1原発の事故で一変。
将来に悩みながら東京の大学に進学した。
福島出身というだけで原発と結び付けられることに嫌気がさした。
震災に対する認識に温度差を感じることもあった。
だが次第に「未来を担う子供たちに防災について教えたい」という思いが募る。
新たな夢に向かい、専門的な教育が受けられる大教大に編入した。
当たり前の日常が一瞬にして崩れ去る経験をするまでは「教科書で災害について学んでもどこか他人事(ひとごと)だと思っていた」。
4月からは都内の公立小学校教員となり、震災を知らない児童たちと向き合う。
「どう自分事(じぶんごと)として考えてもらうか。
震災の経験者として伝えられる言葉があるはずだ」と信じている。
仙台市の自宅マンションは内陸部にあり、津波の被害は受けなかった。
それゆえ、「被災体験を語ることにためらいがあった」と、奈良教育大学4年の中鉢さんは言う。
被災地から遠く離れた関西で暮らすうちに語り継ぐことの大切さに改めて気づいた。
震災直後、市職員の父、保育士の母は多忙で帰宅できるような状況ではなく、小1の弟と中2の姉と3人で過ごした。
近所や農家の人が食料を分けてくれた。
「ガスは1カ月復旧せず、お風呂には困ったが、周りの人の助けでほとんどつらい思いはしなかった」
高校に進み、津波で甚大な被害の出た沿岸部に住む同級生から、避難所ではジュース1本を奪い合う状況だったと聞いた。
「そこまで精神的に追い込まれるのか」。
自分の状況との乖離に衝撃を受けた。
以来、被害の少なさが「負い目」のように感じられ、人前で被災体験を語らなくなった。
転機は大学で受けた講義だった。東日本大震災を題材に子供に伝えるべきことを考える内容。
大半の学生が関西出身で、ただ一人震災を体験している中鉢さんは意見を求められた。
あの日、誰もが大変な思いをしていたはずなのに、近所の人たちは「これ、どうぞ」と幼い自分にみかんやカップ麺を差し出してくれた。
寒さに震えた中で、人の温かさに包まれたことは忘れない。
「しんどいときこそ助け合うことの大切さ」が伝わる中鉢さんの話に、他の学生は「経験者だからこそ言える言葉」だとうなずいた。
「自分の経験が役に立てたと思えた瞬間だった」
4月から故郷の仙台市の中学校で教員としての一歩を踏み出す。
被災地では、10年の歳月を経た今も心の傷が癒えない保護者とその子供にどう向き合うかが、課題の一つだ。
いじめや不登校などにも震災が影を落とす。
「震災を知らない子供たちに自分の経験をきちんと伝えられる先生になりたい」。
あの日、受け取ったぬくもりを子供たちにつないでいく。
〔2021年3/10(水) 産経新聞(木ノ下めぐみ)〕 

周辺ニュース

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明日に向けて歩き出した被災地の子どもたち<1>小2のとき父を津波で失った #あれから私は
南三陸町・歌津崎
東日本大震災当時、子どもたちは恐怖や混乱と悲しみをどうやって受け止めたのか。
そして、どのような思いを胸に成長してきたのだろうか。かつての「被災地の子どもたち」に話を聞いた。
一人目は現在18歳、被災したときは小学校2年生だったという阿部さんだ。
◆3日間だけの特別な日
「お父さんのことを思い出すのは3月11・12・13日の3日間だけと、自分で決めているんです。
毎年その期間はお父さんが最後に泊まった南三陸町のホテルに祖父母、母、妹と滞在するのですが、そこにいる間だけは自分が崩れてもいい、泣いてもいいことにしていて」と言うのは、宮城県仙台市在住の阿部遥斗さん(18歳)だ。
阿部さんが被災したのは小学2年生の時。自宅も小学校も内陸の仙台駅に近く、津波被害は免れた。
ところが当日たまたま仕事で南三陸に出張していた父親が津波に巻き込まれてしまったのだ。
震災数日後から母に連れられ、連日のように父を捜しに車で南三陸へ向かった。
そこで見た凄絶な風景は今も忘れられない。
「街はメチャクチャで、建物3階のベランダに樹が突っ込んでいたり、崩れた家の土台から飛び出た針金に魚が目から串刺しになっていたり。
お父さんを確かめるのに、死んだ人の写真とかをオレも成り行きで何回か見てしまって。
お母さんは、小さかったオレを連れて行ったことを今でも謝るんです。
親なのにつらいものを見せてしまって、子どもを守れなかったと。
でもきっと、そんなこと思いつかないほど追い込まれていたんですよね。
一番愛している人が突然いなくなったんだから。
今は理解できるけど、正直言って、当時はひとり放っておかれるような寂しさも少し感じていました」
夫を失って取り乱していた母親を見て、阿部さんは父親の話にふれることを自ら封印する。
◆大勢の人がお父さんのことを覚えていて
小学4年生ぐらいから、母子家庭を理由にいじめを受けて不登校になった。
だが決して孤立していたわけではない。
中学1年からフリースクールに通い出すと、仲のいい友達もできた。
スクールの職場体験で行った朝市では市場の人たちと仲良くなり、今でも親しく交流している。
ほかにも阿部さんの「味方」になってくれる大人が周囲にはたくさんいた。
「お父さんってコミュ力がすごい人だったんです。たとえば居酒屋に入ると、店にいる全員と仲良くなっちゃう。
小学生の時もスポーツクラブの先生とオレより仲良くなったりしていました。
大勢の人たちがいつまでもお父さんのことを覚えていて、『お母さんは大人なんだから、おまえが無理してお父さんの代わりに守ろうとするな。
親は子どもがのびのび遊んでいる姿を見るのが一番うれしいんだ』と言ってくれたんです」
姿はなくても、周囲の大人たちを通して父親の影は常に息子を見守っていた。
子供の頃から料理に興味があった阿部さんは、今春、縁あって東京・銀座にある寿司の名店へ就職することが決まっている。
料理に興味を持ったのは、避難生活をしているときだ。
「缶詰とか食材はいろいろあるんだけど、それを使ってもっとおいしく大人数で食べるにはどうしたらいいかなって考えるのが好きだったんです。
これなら胡椒をきかせたらすごくおいしくなるんじゃないかな、とか」
夏と冬の休みを利用し、寿司店への泊まり込み実習も体験済みだ。
仕事は厳しいが、親方は父親のように尊敬できる人だという。
阿部さんの父親は今も見つかっていない。
だが生きていたら何をおいても寿司を食べに来てくれるはずだ、と阿部さんは言う。
「それできっと親方に、『怒鳴っても殴ってもいい。こいつを一人前にしてやってください』と言ってくれるんじゃないかと思います」
〔2021年3/10(水) 婦人公論.jp 古川美穂〕 

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教育構想2021
仙台市「教育構想2021」中間案 「自立する人」育成へ 意見公募中
仙台市と市教委は教育行政の基本指針「教育構想2021」(2021~25年度)の中間案を公表した。
「たくましく、しなやかに自立する人」の育成を基本理念とし「長所を引き出す学校教育」「自分らしく学べる機会の充実」など六つの基本方針を打ち出した。
12月25日まで意見公募(パブリックコメント)を実施し、来年3月に最終決定する。
市の新総合計画(21~30年度)策定に合わせ、現行の教育大綱(15~20年度)と教育振興基本計画(17~21年度)を一本化し、新たに策定する。
国連の持続可能な開発目標(SDGs)の推進を重視し、基本指針に掲げた取り組み方針に関連する目標を明示した。
「自らの可能性に挑戦する力を育てる学校教育」など三つの基本方針では、体験型経済教育の実施で社会的・職業的自立に向けた資質と能力を育てる。
学校のICT(情報通信技術)活用を促進するため、支援員などの運用体制を構築し、対面とオンラインを組み合わせた学びを展開する。
市いじめ等相談支援室など関係機関と連携し、いじめの早期発見・対応を進める。
不登校の児童生徒の居場所として、別室登校用の教室「ステーション」を校内に増やす。
東日本大震災の遺構を活用した仙台版防災教育、新型コロナウイルス感染症に対応した生活習慣づくりなども推進する。
「絆を深める地域づくり」など社会教育の基本方針では、市科学館(青葉区)の展示リニューアルを進め、総合自然科学系博物館として充実させる。
社会教育施設の観覧料の電子決済導入を検討。今年4月に新設された「社会教育士」との連携、協働も考える。
市立学校への「仙台版コミュニティ・スクール」導入を推進し、学校、保護者、地域住民が一体となった教育を目指す。
家庭教育の支援では、絵本を通じた乳幼児と保護者の触れ合いの機会づくりを検討する。
中間案は市のホームページなどで閲覧できる。意見は市教委総務課に郵送、ファクス、メールで寄せる。
連絡先は同課022(214)8857。
http://www.city.sendai.jp/kyoiku-somu-chose/kurashi/manabu/kyoiku/inkai/shisaku/basic/kyouikuplan.html
〔2020年12/14(月) 河北新報〕 

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オンライン授業 オンライン授業は「より面白く」が必須の理由 教育のあり方は、コロナ禍をきっかけにどのように変えていくべきでしょうか 加速するテクノロジーの進化により、近い将来、現在ある職業の多くがなくなり、新しい職業が数多く生まれると言われています。それに伴い、教育のあり方も大きな転換が求められます。 これからの子どもたちに必要な教育とはどのようなものか。新著『パラダイムシフト 新しい世界をつくる本質的な問いを議論しよう』より、広島県教育委員会教育長の平川理恵さんへのインタビューを抜粋しお届けします。

【平川理恵さんプロフィール】 広島県教育長。1991年にリクルート入社。1999年に留学仲介会社を起業し、10年間経営。2010年に公募で全国初の女性公立中学校民間人校長として横浜市立市ヶ尾中学校に着任。2015年、横浜市立中川西中学校長に着任。その間、中央教育審議会教育課程企画特別部会委員として新学習指導要領改訂作業に携わる。2018年4月、広島県教育長に就任。同8月から教育再生実行会議有識者を務める。

■未来を担う子どもたちに必要な教育を考える 平川:新型コロナウイルスに対してはいろいろな考え方があります。絶対に感染しないためには「ゼロ・トレランス」で「ステイ・ホーム」が必要ですが、いつ終息するかもわからない状況で、大人も子どももずっと家に閉じこもっているわけにもいきません。 感染リスクはゼロではないが、学校を開けて、学習の機会を確保し、心の問題にも対処するという考え方もある。また、人々の中には「不安」というものがあって、ドアノブを触るのも不安という人がいれば、まったく気にしないで遊びに行く人もいます。人の価値観はそれぞれです。 広島県では、こうしたさまざまな考えに配慮し、(2020年)5月中旬に「自主分散登校」という形で学校を再開しました。親とよく相談して、学ぶ機会を失うこと、心の健康を損なうことが心配と思っている人は来ればいいし、市中に出るのが嫌だという人は家から出ないという選択肢もある。 「自主的」ということで、学校に来ても出席扱いにならないし、来なくても欠席扱いにならないということにしました。また、登校できる曜日を限定したり、登校の時間をずらしたりして「分散登校」にする工夫もしました。

平川:大変な危機の中で、私がよかったと思ったのは、ある意味チャンスが生まれたことです。というのは、コロナで学校が長期間休みになったとき、授業時数の確保にいたずらに拘泥せず、オンラインや家庭学習などで習得した力を見取っていこうという考え方や、履修主義から新習得主義へと転換する視点が生じたのです。 例えば高校生なら、大学受験をする子、就職をする子がいて、それぞれ、今なすべきこと、必要なことが異なります。受験する子は学校に来て勉強して、就職する子は自宅で職種や企業について調べて、オンラインで先生と相談する、そういうことが同時並行的にあっていい。私がずっと言ってきた「教育のチョイス」です。個々に最適化された学び、アダプティブな学びができる時代になるきっかけになるのではないかと思いました。

■2020年に生まれた子が「15歳になる頃」の学校を想像せよ ピョートル:一方で、学校に対してある程度のストラクチャー、「成功のパターン」などを求める意見もありますよね。 平川:それは、自分がレールに乗っているという安心感を得たいためでしょう。でも、複線型などさまざまな選択肢が出てきている人生100年時代には、レールに乗った安心というものはもうありません。レールに乗った安心は、図らずも新型コロナウイルスによって破壊されたといってもいい。 コロナの危機の間、私が言ってきたのは、「2020年に生まれた子が15歳になる2035年にどういう学校になっているといいか。そのことを思い描くように」ということです。目の前で起きていることに対応しているだけでは、もぐらたたきになってしまいますが、長いスパンで考えることで、より根本的な課題に対処し、大きな理想を実現することができます。 2035年にはデジタル環境は当たり前になって、時間と空間の制約がなくなるでしょう。地理的な制約のある地方での学習も解消されるかもしれないし、自分の興味のあることを自分に必要なタイミングで学ぶという状況も当たり前になっているかもしれません。

オンライン授業になって、必ずしも全員が一斉に学校に登校しなくてもいいとなったら、「不登校」という言葉もなくなります。今、学校のあり方そのものがガラリと変わるチャンスなのです。 平川:インターネットがなかった時代は、例えば、男の子によくあるような「虫」や「恐竜」「電車」といったマイブームは、ゆっくり移行していました。ところが、今は全部ネットで調べられるので、深掘りする子と、すぐに次のマイブームに移る子と二手に分かれます。何かに詳しい子はさらにどんどん詳しくなる。 今やインターネットがもたらす情報の量、バリエーションは、学校のそれを大きく凌駕していて、大学や研究者レベルの知的コンテンツに誰もが自由にアクセス可能です。子どもたちはその環境をごくごく自然に受け入れ、そこで成長しています。 これからの日本を背負っていく子どもたちが、もしつまらない授業を受けて不登校になって自信をなくすくらいなら、学校に行かずに自分で探究したほうが、まだ自己肯定感を失わずに済むとさえ私は思っています。 学校には新しいレゾン・デートル(存在理由)が必要になっているのです。皆がわかっていても今まで変えることができなかったものに、今がチャンスと捉えて取り組むべきです。

■本質的な問いのできる教員を育てる ピョートル:具体的に、教育はどう変わっていくべきでしょうか。 平川:これからの教育で大事なのは、「learn to learn =学ぶことを学ぶ」ということです。それは、「宿題をこなす」といった労働的なイメージではありません。そのために、まず変わらないといけないのは教員です。いかに面白い授業をするか。それは本質的な問い、エッセンシャル・クエスチョンができるかにかかっています。

先生たちが、教科書に載っているような知識や記憶ベースの質問しかできないのは由々しき問題です。「雲はなぜできるのか」という質問しかできなかったら、授業は広がらないじゃないですか。 例えば、産業革命について教えるとき、富岡製糸場などの写真を見せたり、イギリスから始まって蒸気機関車ができて……という時系列の知識を注入したりしているだけでは、子どもたち自身に考えさせることはできません。それを、身近な機械に注目して、その機械が現れる前と後でタイムラインがどう変わったか示しなさいという授業にしたらどうでしょう?  例えばミシンだったら、以前は洋服をちくちく縫っていたのが、ミシンができたことで大量生産が可能になり、それによってファッショントレンドが生まれ、モデルやファッション雑誌が登場する。こんなふうに子ども自身が考えるのではないでしょうか。そうやって考えることが将来の役に立つ。このように設問の仕方で授業が変わるのです。

平川:オンライン授業になれば、さらに面白い授業が求められるでしょう。リアルな授業なら、授業そのものが面白くなくても、好きな子を見たり手紙を書いて回したりと、友だちがいることで子どもたちは授業の時間をやり過ごすことができるかもしれませんが、1人ぼっちのネット上で知識注入型のチョークアンドトークを受けていたら、子どもたちはすぐに飽きます。 本質的な問いを立て、先生と子どもがインタラクティブにやりとりをする、そういう授業でないともちません。ひるがえって、リアルな授業でも、当然、ファシリテーションが重要になってくるわけです。

■図書館で借りる本が「プロ野球年鑑」だっていい ピョートル:2035年に中学校を卒業する子どもたちには、どういう能力やスキルを培ってほしいですか。 平川:自立とクリエーティビティーですね。中学校の校長をしていた頃は、「自立と貢献」と言っていたのですが、最近は、自分も楽しくて人も楽しませることのできるクリエーティビティーのほうが、結果的に貢献もしているのではないかと思うようになりました。 その人がその人らしくあるためにもクリエーティビティーは大事。本来、誰にでもクリエーティビティーはあるはずなのに、学校や家庭で「もっと勉強しなさい」と言われているうちに取り除かれてしまう。 例えば、図書館で『プロ野球年鑑』を借りてきた子どもに、お母さんが「そんな本読まないで、学校の推奨図書を読みなさい」と言う。でも、『プロ野球年鑑』を読めば、小学校で習う漢字のほとんどを学べるし、打率も書いてあるから割合の勉強にもなる。勉強できることはたくさんあります。それなのに、なぜ取り上げてしまうのか。

根本的な問題は、おそらく受験や知識を問う問題による学習評価でしょう。学齢にも弊害があると考えています。1人ひとり進む速度は違うし、興味の度合いも違うのに、「この学年はこれを学ぶ」と規定することに意味があるでしょうか。 小学2年の先生が3年で学ぶ漢字を黒板に書くと、「あ、これはまだ勉強していなかったね」と言ってわざわざ消してひらがなにする。それは明らかにおかしい。平等主義が誤解されている。アダプティブであることをこそ求めるべきではないでしょうか。 クリエーティビティーは、安心安全の場でないと生まれません。江戸時代に文化が花開いたのは、戦争がなくなり、理由もなく殺されるようなことがなくなったからです。これから経済的に大変になる家庭もあるかもしれません。そのときに、セーフティーネットを充実させて子どもたちに安心安全の場をつくるということも考えていかないといけないと思いますね。

ピョートル・フェリクス・グジバチ 〔2021年2/8(月) 東洋経済オンライン〕 

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特別支援学校生徒 県弁護士会に人権救済申し立て こちら廊下の隅に置かれたマット。生徒を落ち着かせるためのスペースということです。
福岡市の特別支援学校に通っていた男子生徒が、この場所の利用を強制されたとして、8日県弁護士会に人権救済の申し立てを行いました。
「息子のように傷つく子どもを二度と出さないために、人権救済を申し立てることにしました」と会見で語る母親。
申し立てを行ったのは、福岡市立の特別支援学校中学部に通っていた、注意欠陥・多動性障害と知的障害がある男子生徒です。
母親によりますと、男子生徒はおととし10月いらついた時に、廊下にマットを敷き段ボールで仕切られたスペースに無理やり入れられ、精神的ショックで不登校になったとしています。
他の生徒が多く行き来する場所で、合理的な配慮を受ける権利が侵害されたなどと訴えています。
学校や福岡市教育委員会は「実際は入れていない」とし、問題はないとの考えを示しています。
〔2021年2/8(月) 九州朝日放送〕 

周辺ニュース

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コロナ失業した子育て貧困家庭 「PCもネットも電車代もない」コロナ失業した子育て貧困家庭を待ち受ける再就職の壁 コロナ失業8万人時代。最も深刻な影響を受けているのが、子育て中の困窮家庭の親たちだ。減収に失業……。 再就職への意欲はあっても、「ネット環境がない」「テキストが買えない」「交通費が払えない」ため、情報にアプローチすら出来ずにいるのだ。また、国や行政による就労支援にも大きな壁があった。 失業、うつ、家族の関係悪化の負のスパイラル 厚生労働省で会見に臨む、キッズドアの渡辺さん(左)とWill Labの小安さん(右)。 困窮家庭の子どもたちへの学習支援などを行ってきたNPO法人キッズドアは1月13日、記者会見を開き、全国の同団体利用者で、高校生までの子どもを持つ保護者1233人を対象に、コロナの影響について行ったアンケート調査の結果を発表した(調査期間は2020年11月から2021年1月まで)。 休校などで子ども関連の支出が増える一方、保護者は「減収」や「失業」、そして「再就職できない」ことに追い詰められていた。
・派遣社員だった為、人員削減で失業。 ・契約社員だったが、コロナの影響で契約が終わった。 ・昨年、病気で退職。就職活動をしようと思ったところコロナで困難になった。 ・もともと学歴が無く応募できる求人が少ないのに、追い討ちで仕事が見つからない。 ・離婚した夫がコロナで影響を受け、養育費が滞っている。再就職先を見つけるのも困難。 ・自粛期間があったため、いつも以上に食費や光熱費がかかり大変。自粛期間中など就労相談機関も自粛していたので、相談も出来なかった。 (アンケートより) 減収や休業の背景には、精神不安も大きく影響している。 ・仕事が減ったのと、子供が不登校になったりで、ストレスで病気になり仕事を休業している。 ・自分がうつを発症、息子2人は不登校。職場の減収と自分の体調と家庭環境により、年収4割減の見込み。 ・会社が休業。娘もオンライン授業でいらだち、親に当たったり深夜徘徊するなど心配ごとが増え、精神的に追い詰められた 。(アンケートより) アンケートに回答した保護者らは、年収200万円未満が49%、300万円未満が33%。貯蓄額は40%が10万円未満で、56%が非正規雇用。さらに87%が母子家庭だった。 国の就労支援は敷居が高い こうした状況を受け、キッズドアでは就労支援状況とそのニーズについても調査を行い、649名から回答を得た(調査期間は2020年12月から2021年1月まで)。その結果、「スキルを身につけて就職や転職したい」31%、「無職または休職中なので就職したい」と答えた人も12%いた。 キッズドア理事長の渡辺由美子さんは言う。 「とにかく仕事をしたいんですという方はすごくいっぱいいらっしゃるんですけど、日々の生活で精一杯で、十分な就職活動や新しいスキルを獲得する余裕が全くない。テキスト1冊買えない、面接のための情報を得ようと思ってもパソコンもないといった中で悶々としている方々をどう支援していくかが、今後の大きな課題だと思います」 アンケートによると、「パソコンもインターネット回線(WiFi除く)もない」人は18%。「インターネット回線はあるがパソコンはない」人は36%、「パソコンはあるがインターネット回線はない」人は8%と、ネット環境が整っていない人も多いことが分かった。 また、国や行政もさまざまな就労支援を行っているが、利用したことがないと回答した人は半数を超える。 国の就労支援については、以下のような声が上がった。 ・看護師や介護師等の日中の学校へ通う必要を伴う資格取得を目指す場合、その期間の収入がゼロになるため、住んでいる賃貸住宅の家賃が払えない。学習支援と併せて、家賃補助があればぜひ資格取得を目指してみたい。 ・職業訓練の自己負担率が高すぎて利用できない。また訓練中の生活費が捻出できないため、金銭的な補助をもう少し拡充して欲しい。 ・国が行っている就労支援は敷居が高くて、面談まで進んだが該当ではないと言われて受講できなかった。(アンケートより) 無料の就労支援プログラム開始、子育て中でも参加できることが鍵 キッズドアでは2020年、保護者向けに、在宅でも勤務可能なITスキル獲得プログラムを提供するなどの就労支援を行ってきた。中でも無料受講者の募集では、オンラインwebデザインコースは10人の枠に対して申し込み者118人、オンラインワードプレス技術取得コースは5人の枠に対して申し込み者93人にのぼるなど、需要の高さがうかがえる。 今回、キッズドアではコロナの影響を受けた困窮家庭に対し、新たに「わたしみらいプロジェクト」を立ち上げた。オンラインによる全6回のコースで、履歴書の書き方や面接の受け方、自身のキャリアの強みを知ることから、個別相談会も予定している。講師は女性の再就職支援に携わってきたWill Lab代表の小安美和さんなど、母親向けの就労支援を行ってきた3人が務める。 小安さんは「コロナ可での子育て中の女性の就労支援は、今後、ノウハウを積み上げていかなければならない分野」だと言う。 「今の行政の就労支援プログラムの多くは平日に開催されているので、仕事を休んだり、会社を辞めて職業訓練に臨まなければならないというジレンマがあります。キッズドアの新プロジェクトでは、土曜日に、しかも隔週という無理のないペースで参加していただけるようにしました。 女性の就職支援で大切なのは、個人に寄り添いながら仕事への意欲喚起をしていくこと、そして企業とのマッチングを行い、着実に雇用を創出することです」 国も雇用の創出、ネット環境の整備を 会見では、キッズドアから政府に対し、コロナ禍で困窮する子育て家庭への就労支援について、以下のような提言が行われた。 雇用の創出:行政の緊急雇用創出事業の拡大や、新規雇用を創出した企業にはインセンティブを与える。 無料で参加できるスキルアップや就労トレーニングの拡充:子育て中や就労中の方でも参加しやすい日時・場所に設定した上で、就労トレーニングや資格取得のために必要なテキスト代や受験料交通費などの補助も必要。

制度改善:母子家庭や父子家庭の保護者に対し、看護師や介護士などの資格取得を支援する「高等職業訓練促進給付金等事業」は、利用したいと思っても月額10万円(市町村民税非課税世帯) の支給では生活ができないため利用できないという声が多数届いている。子育てと資格取得の勉強と仕事を両立させることは不可能。安心して利用できるよう、支給額のアップや、別途家賃補助を組み合わせるなど、改善を。 インターネット回線やPCの環境整備:家庭にインターネット回線やPC がないことで、仕事を探すことができない、オンラインの就労トレーニングに参加できない、子どももオンライン学習ができないなど大きな不利益が生じる。食事にも事欠く状況で、インターネットや PC などを自力で整えるのは不可能。無償でネット回線を提供し 、PC を貸与するなどの支援を。 「とにかく無料で参加できる就労支援プログラムを拡充してほしいです。交通費の1000円が捻出できない方も多くいらっしゃいます。交通費の補助なども含めて自己負担がない形でサービスを提供しないと、一番困っている方は利用できません。 そして何よりも子育て家庭が安心して生活できるようにして下さい。困窮し、1日1食に慣れてきたという保護者もいます。今日の夜ごはんのめどが立っていないような状況では、再就職のことなど考えられません。政府には継続した生活支援をお願いしたいです」(渡辺) 厚生労働省によると、新型コロナウイルスの影響で2020年2月4日から2021年1月8日までに解雇や雇い止めで仕事を失った人は、見込みも含めて8万836人にのぼる。 キッズドアの調査から浮き彫りになったのは、仕事の有無は経済状況のみならず、精神面にも大きな影響を与えることだ。政府はひとり親世帯への5万円の「臨時特別給付金」を再支給することを決定したが、さらなる生活補償に加え、長期的な就労支援を検討する必要があるだろう。 Business Insider Japanでは、長期化するコロナの影響による働き方や子育ての変化について取材しています。ぶつかっている壁や不安があれば、どうか教えて下さい。ご連絡は ikuko.takeshita@mediagene.co.jp まで。 (文・竹下郁子) 竹下 郁子 〔2020年1/14(木) BUSINESS INSIDER JAPAN〕 

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大草直子 大草直子さんに学ぶ、アフターコロナの時代を生き抜くための「飽きる勇気」 アラフォーを過ぎると、いつまでもキラキラしている人と、人生色々あきらめちゃってる人が、どんどん2極化して行く。そのふたつを分けるものは何なのだろう? 私はずっと前から、それについて考えていた。 講談社から発売された書籍『飽きる勇気 好きな2割にフォーカスする生き方』を書いた大草直子さんは、言うまでもなく前者。初めてお会いしたとき、講談社の廊下でめちゃくちゃおしゃれな女性が歩いてくると思ったら大草直子さんだったことを、今も覚えている。絶妙な淡いトーンのワードローブで統一したコーディネートは、これみよがしではないのに、はっとするほどシックで素敵。それこそ、キラッキラに見えたのだ。 「そりゃあそうでしょ。売れっ子スタイリストでかっこいい外国人の夫に、可愛い子供たちが居て、素敵なおうちに住んで……。そんな満たされた生活が送れるなら誰だってキラキラするわ!」と思う? 

―実は私も、この本を読むまではちょっとそう思っていた。大草さんって、ハリウッドセレブで言えばあのグウィネス・パルトロウばりに、何をしてもおしゃれで、みんなが羨むものをなんでも持っている〝リア充〟アラフィフ・セレブなんだもの。ひとつしか年齢が違わないのに、私とは差があり過ぎる。 だけどこの本を読んでわかった。 彼女は何かを「持っているから」キラキラしているんじゃない。40を過ぎても尚、守りに入らず、もう必要なくなったものは「持たない勇気」があるからこそ、輝いて見えるのだ。 個人的には、本に書かれた大草さんの経歴は私とかなり重なる部分が多くて共感しかなかった。・元々引っ込み思案で、・小学生時代不登校になり(私は中学時代だったけど)、・そこからひたすら読書に現実逃避。中学生時代にはすでに編集者になりたいという夢を抱き、だけど取り柄のない自分が嫌で……。

憧れのヴァンテーヌ編集部を5年であっさり辞めてサルサダンス留学したり、まだ幼い長女を連れて20代でシングルマザーになる決意をしたり。そんなところも、出版社を5年で辞めてフリーライターになり、40目前でバツイチになった私となんだか重なっていて 勝手に親近感を抱いた。でもここからが大草さんの「人とは違うところ」。 「どうしてもファッションエディターになりたい、しかもアシェット婦人画報社で、ヴァンテーヌ編集部で!」。その願いを叶えるために、今まで個人競技派だった大草さんが編集に必要なチームプレイを覚えるため、大学時代からは部活も変えたという話も、「目標から逆算して動く」がモットーの彼女らしい。

そしてヴァンテーヌのためなら就職浪人とも厭わない、とわざと単位を落とすと決めたその瞬間に、奇跡のようなラッキーが起きて、一度は採用試験に落ちたヴァンテーヌ編集部で働くようになる。 恐らく、人生後半が上手く行っているように見える人というのは、こうやって「自分が本当に欲しいもの」にフォーカスできる人。欲しいもののためならあとは躊躇なく捨てることができる。そう肚を決めた人に、チャンスは訪れるものなのだ。いや、もしかしたら逆かも。ほかを捨てて身軽になったから、訪れたチャンスに飛びつくことができる、ということなのかもしれない。 大草さんの人生は、結婚もキャリアも、飽きてしまってその作業を流すようになる前に場所ややり方を変える、という生き方によって構築されて来た。 「飽きてしまったものに100%の力を注げないし、飽きてしまったところには進化などない」と言い切る彼女。

mi-molletを立ち上げて軌道に乗せたあと、3年で編集長を辞めたのも、「飽きた」からではないけれど、「自分の役目はここまで」と潔く見定めることができたから。 「ワクワクする、楽しいと思うことだけにフォーカスする」、「あとの8割は捨てる」、「キャリアステージは年齢によって3つのステージに分ける」、「仕事を引き受ける基準は自分が面白いと思うかどうか」、などなど。大草さんと言えばファッション哲学のコラムも含蓄があるが、その生き方、結婚、キャリア。すべてにおいてご自分の流儀を持つ、「スタイルがある女」だということが、この本を読むとよくわかる。 「おしゃれは選択の積み重ね」だけど、人生もまた然りで、その選択を誰よりも慎重かつ大胆に行ってきたから、今の「大草直子」がある。

そして話は、冒頭の「捨てる勇気」に戻る。 大草さんは「空いたスペース」に運が転がり込むと書いているけれど、これは私も、特に仕事で実感していること。 不思議なんだけど、もうワクワクしなくなった、惰性で続けている仕事や人間関係を思い切って手放すと、本当にいつも、新しいものが入ってくる。だから私は連載が打ち切りになっても不安になったことがない。その度に必ず新しい連載がスタートするし、きっとその新たなもののスペースを空けるために、神様が古い縁を切ってくれたのだと思うようにしている。恋愛も然り。

スヌーピーに出てくるライナスの「安心毛布」みたいに、慣れ親しんだものを手放すのは怖いけれど、私は、生きている間に自分の可能性を最大限に試して、発揮したい。それにはある程度の、やったことがないことや環境による「圧」が、必要なんじゃないかな。 この「捨てる勇気」を持つには、自分の基準=自分軸を持たなければならない。仕事や家庭、人生の岐路で、世間体やパートナーや家族の意見ではなく、自分だけの物差しで、今の自分に要るもの、要らないものをふるい分ける必要がある。そしてそれには自分の決断に自信を持たなくてはならないので、自己信頼が欠かせなくなってくる。 ここまで読んで「安定ってそんなにいけないことなの?」と疑問を感じたあなた。安定はもちろん大事。問題なのは、自分の心の声を無視して、周りに流されるままに生きることなのだ。

周りと比べて「普通」じゃない自分に劣等感を抱く人は多いけれど、そもそも普通なんてない。令和の世の中、幸せの価値観もボーダーレス。自分だけの価値観で、それが満たされる選択ができれば、それでいいではないか。 人生100年時代。自分に退屈しないで今後数十年間を生きるためには、まずは自分をワクワクさせること。そして、ワクワクし続けているひとは、いつまでも楽しそうで魅力的だ。 2020年12月から始まる「風の時代」には、今までの価値観が通用しなくなると言われている。アフターコロナ、そして風の時代を生き抜くのはきっと、大草さんのような軽やかな生き方ができるひと。そのためのヒントが詰まった一冊は、キャリアや結婚に迷ったとき、たくさんのインスピレーションをくれるはずだ。

『飽きる勇気 好きな2割にフォーカスする生き方』 発売日:2020年11月13日 定価:本体1300円(税別) サイズ:四六判 208ページ

飽きることも、変わることも、 自分を愛することも、全部わがままじゃない。 商品開発やイベント出演のオファーが絶えない人気スタイリストで、ブランドコンサルタントとしても活躍する、⼤草直⼦ミモレコンセプトディレクター。時代の転換点を⾒据え、「変化することを恐れない軽やかな⽣き⽅」のコツを指南します。 「今の仕事・生き方でいいのかモヤモヤしている」「いつも人と比べてしまう」「子育てに自信がない」など人生に悩むすべての人がラクに生きられるヒントが満載の一冊です。 構成/幸山梨奈 さかい もゆる 〔2021年2/16(火) webマガジン mi-mollet〕 

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岸田奈美 作家・岸田奈美が自分らしく輝く転機で現れる「妖精おじさん」とは?
「こんまり」こと近藤麻理恵は、「片づけ」プロフェッショナルとして世界で最も知られる日本人の一人。麻理恵さんの世界進出の戦略を手掛けてきたのがプロデューサーであり夫でもある私の初の書籍『Be Yourself』が発売されました。
本書で伝えたかったのは自分らしく輝くことの大切さ。今回はまさにそれを体現している作家の岸田奈美さんをお招きして、「自分らしく輝くために必要なこと」について話を聞きました。『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』もベストセラーとなった岸田さん。彼女の人生のターニングポイントにはいつも「妖精おじさん」が現れるそう。
自分らしく輝くために必要な行動についても教えてくれました(構成:宮本恵理子)。
川原卓巳さん(以下、川原):やっとお会いできました! あなたの文章と生き方の大ファンです。
岸田奈美さん(以下、岸田):こちらこそお会いできてうれしいです。『Be Yourself』を読ませていただいて、めっちゃ共感できるところが多かったです。本の中に、私のことも書いてくださって。
川原:そうそう。「分かってくれる人に出会うまで歩き続けよう」というパートで、「作家の岸田奈美さんは、(コピーライターの)糸井重里さんや(編集者の)佐渡島庸平さんに見いだされて大変身したシンデレラじゃない。その前から自分自身で行動し、彼女らしい魅力を活かせる場までたどり着いただけ」と勝手に紹介させていただきました。
岸田:はい。私は昔から全然変わってないんです。この対談のお話をいただいたときも、「自分を変えよう」というテーマだったらお断りしようかなと思ったのですが、川原さんの本には逆のメッセージが書かれていたので、ぜひお話ししたいなって。
私もずっと、「自分は変えられないから、ありのままの自分を認めてくれる場所まで行けばいい」と言い続けていて、あるメディアで受けた取材記事のタイトルが「自分に甘い環境に行け」。めっちゃバズったんですけど、当時勤めていた会社の社長からはすごく怒られました。でも私、本当に会社員時代にほめられたことがほとんどなくって。
川原:そうなんですか。自尊心ズタボロだったのでは?
岸田:ズタボロでした。同じ会社で母も働いていたんですが、娘が叱られる姿を見るのがつらかったって言っていました。
ただ、実は怒られてばかりだった会社員時代と独立した今とで、私の書く文章が変わったかと言えば、そんなことはない。同じなんです。
川原:変わったのは周りの反応なんですよね。
岸田:おっしゃるとおりです。
川原:だから、「つらい」「認めてもらえない」と縮こまる前に、さっさと場所を移したほうがいい。僕は本当にそれを言いたいんです。
岸田:その流れが世の中全体に来ていますよね。2020年に売れた本を見ても、「いかに素の自分を認めてもらえるか」という視点のものが多い気がします。それまでは「自分を変えましょう」と主張する本が多かったけれど、「弱い自分のままでいい」と言ってくれる本が増えてきている。すごくいい流れだなと思っています。
川原:そう言ってもらえてよかったです。岸田さんが環境を変える行動を起こせたきっかけとか、環境が変わる過程で何が起きたのかを、ぜひ聞かせてもらえませんか。
●小学生の娘に父が与えたMac
岸田:私の場合、なぜかいつも「妖精みたいなおじさん」が現れるんです。ちょっと浮世離れして、変わっているんだけれど、圧倒的な才能があって「お前はそれでいい」と言い切ってくれるおじさん。なぜか男性ばかりなんですが。 川原:糸井さんや佐渡島さんのことですね。
岸田:ほかにもいるんです。私はもともと注意散漫で、空気も読めなくて、誰もができる簡単なこともできない。診断は受けていないけれど、おそらく発達障害の傾向があるんだと思います。 何かに熱中すると、ほかのことが見えなくなってしまうからダブルブッキングもしょっちゅう。今はマネジャーの武田さんがついてくださったから救われているんですけど、振り返れば、小学生の頃からダメでした。
を忘れたり、みんなが好きなドラマをお世辞で「好き」と言うことができなかったり。家の中では家族からすごく愛されて育ったから、学校でも中心になれると思っていたのに、全然そうなれなくて、そのギャップに悩んでいて……。いじめられたわけでもないのに、「認められない」という圧倒的な孤独。
そんな私に、「お前の友達はこの箱の向こうにおる」とMacを買ってくれたのが父でした。思えば彼が一人目の妖精だったんです。パソコン普及率が7%くらいの時代に、小学生の娘にMacを買い与えた。しかも使い方は何も教えてくれない。だから私、いまだに変なタイピングの癖があるんです。
川原:いいお父さんだなぁ。を忘れたり、みんなが好きなドラマをお世辞で「好き」と言うことができなかったり。家の中では家族からすごく愛されて育ったから、学校でも中心になれると思っていたのに、全然そうなれなくて、そのギャップに悩んでいて……。いじめられたわけでもないのに、「認められない」という圧倒的な孤独。
そんな私に、「お前の友達はこの箱の向こうにおる」とMacを買ってくれたのが父でした。思えば彼が一人目の妖精だったんです。パソコン普及率が7%くらいの時代に、小学生の娘にMacを買い与えた。しかも使い方は何も教えてくれない。だから私、いまだに変なタイピングの癖があるんです。
川原:いいお父さんだなぁ。
本に没頭して友達と遊ぶ約束を忘れたり、みんなが好きなドラマをお世辞で「好き」と言うことができなかったり。家の中では家族からすごく愛されて育ったから、学校でも中心になれると思っていたのに、全然そうなれなくて、そのギャップに悩んでいて……。いじめられたわけでもないのに、「認められない」という圧倒的な孤独。
そんな私に、「お前の友達はこの箱の向こうにおる」とMacを買ってくれたのが父でした。思えば彼が一人目の妖精だったんです。パソコン普及率が7%くらいの時代に、小学生の娘にMacを買い与えた。しかも使い方は何も教えてくれない。だから私、いまだに変なタイピングの癖があるんです。
川原:いいお父さんだなぁ。
岸田:それで、インターネットをつなげてチャットを始めてみたら、本当にいたんです。箱の向こうに、私の話をおもしろいと言ってくれたり、笑ってくれたりする人たちが。 当時は『電車男』がはやった頃で、ネットの向こうの顔も知らない誰かを応援する文化の最盛期でした。私にとっては温かい世界が広がっていたんです。
相変わらず学校では浮いていたし、「ネットの友達なんて嘘の友達」なんて言われるのは分かっていたから、周りには黙って、家ではホームページを作ったり、チャットをしたりしていました。 川原:まさに受け入れられる場所を見つけた原体験ですね。
岸田:高校生になって父が死んで、母も病気になって、弟は生まれもっての知的障害で、もういっぱいいっぱいのピンチで大学進学も諦めようとしたときに、二人目の妖精おじさんが現れました。
●二人目の妖精おじさんは嫌われ者の変人

岸田:二人目の妖精おじさんは、近くの整骨院の先生で、嫌われ者の変人です。塾代わりに居酒屋で酔っ払いながら勉強を教えてくれたおかげで、成績が急上昇して大学に受かったんです。日本で唯一、経営と福祉を学べる関西学院大学人間福祉学科に行けたのは、この先生のおかげでした。

でも、めっちゃ変な人でしたけどね。「勉強は教わろうなんて思っちゃいけない。人に教えられるくらいやれ。この英文の文法をオレに説明できるまで勉強してこい」って渡された英語の教材に、やたら「スーパーフードの素材」とか「世界のプラチナ会員が」とか書いてあったんです。あれ、今思えば完全にネットワークビジネスのパンフレットでした。おじさん、私に訳させて自分の商売に使っていたに違いないんです。

川原:おもしろい(笑)。でも無事に志望大学に行けたんですよね。

岸田:おかげさまで。それで大学に入って1年目に出会ったのが、車椅子に乗った垣内俊哉さん。障がい者雇用や障がい者の視点に立ったマーケティング事業を展開する、ミライロというベンチャー企業の創業者です。

起業準備中から私を誘ってもらって、そのまま働けることになりました。ただ、会社員としては本当にダメで。まず、テレアポをするにも約束の時間を間違えてしまうし、敬語もまともに使えないし、納期が迫ってくると逃げて寝かせる傾向もあって……。

川原:そのまま手をつけずに放っておいちゃうんですね。

岸田:コミュニケーションが下手で、嫌われるのが怖いから、人に仕事を振ることもできないんですよ。だから、まともな営業はできないんですけど、稀に大口の顧客と成約できることがあるんです。

たまたま新幹線で隣に座ったおじさんから、「君はパソコンを打つのが速いね。僕は全然できないから教えてくれるか」と言われて、「変なおじさんだけど、仕立てのいいスーツ着てるな」と思って話していたら、とある大企業の会長だったことがあとで分かって。後日電話がかかってきて、「君は才能があるから、取引を頼むよ」と言われて、本当に取引につながりました。

広報の仕事をしていても、どのメディアも全然取り上げてくれませんでした。その時に、ダイヤモンド社の記者さんだけはおもしろがってくれて記事にしてくれたり。でも、こういう“予定外のラッキー”って、会社では全然評価されないんですよ。計画に沿って達成した成果ではないから。

川原:そうなんですか?

岸田:全国放送のニュース番組「NEWS ZERO」から突然、「嵐の櫻井翔さんがそちらに取材に行きます」と電話がかかってきて対応したときも、その直前に私が打ち上げた目標が「地方紙にPRして、検定事業を伸ばします」という地方メディア戦略だったので、評価の対象にはなりませんでした。自分でも、本来やるべきことができなかった申し訳なさのほうが強くて、あまり喜べなかったんですよね。

川原:評価の仕組みももう少し柔軟にできるといいのに。

●自分を愛してくれる人とだけ 付き合ってはいけないの?

岸田:私自身の問題だと思っていました。本当に突出した才能があって、それを自分で信じられるような天才だったら、自分ができないことを気にせず、デコボコな自分を受け入れられると思うんです。

でも私は波風立てたくないタイプで、周りの目を気にしてしまうから、つらいんです。私が突発対応している間にシワ寄せがきている後輩たちがつらそうなのが申し訳なくて。全然会社員に向かない私を拾ってくれた垣内さんには、感謝しています。

川原:すごく価値は生んでいたはずだけれど、会社の期待にうまく応えられない自分にモヤモヤしていたんですね。

岸田:そうですね。で、妖精の登場でいうと、そのあとに糸井重里さんや前澤友作さん、佐渡島庸平さんという「ヤバビッグ3」が続いて、その後にカメラマンの幡野広志さんや別所隆弘さんという「ヤバミドル2」が登場しました(詳細は岸田さんの著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』をお読みください)。

なぜか全員男性で、世の中的には変な人だけれど、揺るぎない美意識を持っている人たちから「おもしろい」と言ってもらえた。もしかしたら、死んだおとんが連れてきてくれたのかなぁと思ったり。

川原:ピンと来るんでしょうね。きっと心から岸田奈美という人間に魅力を感じて、応援したいと思っている人たちですよ。

岸田:相手が本当に自分を好きで動いてくれているのか、自分の利益を計算して動いているのかって、直感で分かりますよね。

川原:分かります。

岸田:昔、元彼から「お前は自分を愛してくれる相手じゃないと興味持てない自己中心なやつだ」と言われて、「え、それじゃダメなの?」ってビックリしたことがあるんです。自分を愛してくれる人とだけ付き合ってはいけないの?って。 たしかに、周りを見渡してみると“ほめられることへの罪悪感”を抱いている人ってすごく多いんですよね。我慢してつらい場所にいるほうが美しいし、えらいと思っている価値観。どうしてなんでしょうね?

川原:きっと妬みがこんがらがっているのでは?

岸田:「自己肯定感を高めて、自分を好きになりましょう」と言われ始めたのも、ごく最近のことですよね。

川原:「自分が好きな人=空気読めない人」みたいなネガティブなニュアンスがありましたよね、以前は。

岸田:そうそう。自分に自信を持ったり、ほめられる人の近くに行ったりすることはダメなことなんだと、私もずっと思っていました。「私はベンチャー企業にいて、母と弟のために頑張らないといけないし、若いから舐められないように、きついことも進んでやらなきゃ」と自分を追い込んでいたんです。

川原:そういう人、多いんだろうな。もっと早く本を出すべきでした。(対談の続きは2021年2月12日公開予定) 川原卓巳 〔2021年2/11(木) ダイヤモンド・オンライン〕 

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発達障害の僕が発見した「1日が仕事と睡眠で埋まってしまっている人」が忘れているたった一つの事実
働かなくても生活することはできますが、生活せずに働くことはできません。
仕事第一の人にとって見逃されがちですが、生活術は、仕事をするうえでのとても重要な「土台」なのです。
この連載では、本書から「在宅ワーク」「休息法」「お金の使い方」「食事」「うつとの向き合い方」まで「ラクになった!」「自分の悩みが解像度高く言語化された!」と話題のライフハックと、その背景にある思想に迫ります
(イラスト:伊藤ハムスター)。
●事実:だらだらネットをしている時間は休み時間ではない
僕らのもとにコロナ禍がやってきてしまいました。
多くの仕事が跡形もなく吹き飛び、周囲は大混乱の中にいます。
商売が立ち行かなくなった友人もいますし、僕自身も不動産業、文筆業ともに先行きは全く見えません。
もはや、状況に対して適応する以外の選択肢は残っていないといっていいでしょう。
本書では、否応なく自宅で仕事をすることになったみなさんに、対応方法をお伝えています。
この技術は「仕事」だけではなく社会人にとっての自宅学習であったり、あるいはお子さんの学習環境構築などにも応用できるものだと僕は思います。
もちろん、僕のようなフリーで仕事をする人間にとっても必須のスキルでしょう。
僕が「自宅で仕事をする」状況に本格的に向き合ったのは、前作の本を書き上げたときでした。
その頃は週に5回出社するごく普通のサラリーマンでしたので、当然仕事が終わって自宅に帰りつくなり本を書くためパソコンにかじりつくことになります。
すると、気がつけば日常生活のすべてが仕事に塗りつぶされてしまい、日に日に身体が壊れていくという事態が起きてきました。
当時僕は会社が終わると自宅に直帰し、パソコンに向かって力尽きるまで書いたら布団に倒れこむ生活をくりかえしていました。
今思うと、生活が「睡眠」と「仕事」しかなくなっていたのです。
もちろん、僕はそこまで勤勉な人間ではないのでパソコンに向かっている「仕事の時間」とはいえ100%働いているわけではありません。
音楽を聴いたりインターネットを眺めたりはしています。
しかし、今思えばその時間は休息として極めて質が悪かった。
結果、本を書き上げた後は手首の腱鞘炎にひどい腰痛、さらには猛烈な足のむくみに背中の痛みと体調不良のフルコースみたいな状態に陥り、回復には1年以上を要しました。
●仕事が生活を侵食する恐怖
この大失敗から僕が学んだこと、それは「仕事は日常生活の上に成り立っている」というごくあたりまえの事実でした。
在宅ワークの最も恐ろしいところは、僕らの生活を仕事がどんどん侵食して、奪っていくことです。
最近僕は自宅で物書きの仕事をすることが増え、そのことをさらに強く実感しています。
だから僕がお伝えするハックも「最高の生産性を引き出す働き方」のようなテーマではありません。代わりに、
・どうすれば仕事と日常生活を分けられるか
・どうすれば働きすぎないか
・どうすればラクができるか
を追求しています。
もしかしたら「この社会情勢の中で何を呑気な」と思われてしまうかもしれないな、と思います。
しかし、あえて僕はいいたい。
身体と心に鞭を打って最高の生産性を出す「意識の高さ」ではなく、限られた現状の中で、なんとかよき日常をつくり出すことを最優先する「意識の低さ」を大切にするべきだと。
人生はいつだってサバイバルです。自分を取り巻く環境をよくしていくことは、絶え間なく続けるべき前進です。
どんな状況にあっても、あなたの日常は幸福なものであるべきなのです。
あなたは日常の中から幸福を受け取る権利があるのです。
状況が厳しくなると、人はつい自罰的になってしまいます。
しかし、あなたがあなたの日常を苦痛に満ちたものとしたところで、誰も救われたりはしません。
どうか、それだけは忘れないでください。
借金玉
〔2021年2/11(木) ダイヤモンド・オンライン〕 

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Microsoft Education Day Tokyo 2021 教育関係者が議論し、実践を共有し、体験できる、「Microsoft Education Day Tokyo 2021」が2月27日にオンラインで開催
マイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)が毎年開催する教育カンファレンス「Microsoft Education Day Tokyo 2021」が、2021年2月27日にオンラインで開催される。
今年のテーマは「GIGAスクールに向けた学びを共有し明日からの実践につなげる一日」。
コロナ禍の中、1人1台PC環境の導入やプログラミング教育の必修化、小学校3年生から始まった外国語活動、発達障害や学習障害などの困難さのある子どもたちの学びにおける合理的な配慮など、学校現場に求められるものは多い。
このような背景を踏まえ、2040年の社会で活躍する子どもを育むために、どのような教育をデザインすればよいか。
教育関係者同士が議論し合い、実践を共有し合い、体験できる場づくりをめざす。
今回は、イノベーターや協力企業によるセミナー、分科会、ワークショップを多数開催。
micro:bitやMESHを使ったプログラミングや、教育版マインクラフトを活用したワークショップ、特別支援におけるMicrosoft Teams やOfficeの活用など、全国各地のマイクロソフト認定教育イノベーターの現役教員たちが内容を構成・企画。
また、Microsoft SharePointを使ったVR展示会で、企業や教員たちの実践が展示される予定だという。
参加するためには、各セミナーやワークショップごとのURLから申し込む必要がある。
また、ワークショップは基本的に無料であるが、一部、必要な教材が事前に貸し出されるものもあるので、参加申し込みの前に確認してほしい。
2月20日追記:すべてのワークショップの申し込みが可能となり、タイムスケジュールを更新
Watch Headline,神谷加代
〔2021年2/20(土) Impress Watch〕 

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社会の不自由さ 精神科医に聞く、仕事で“完璧な社会人”を求められる息苦しさから抜け出す方法は? ネットやスマホが登場し、私たちは昭和とは比較にならないほど快適で、「健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会」を生きています。しかしその分、「完璧」を求められる社会に適応しなければならないという新たな負荷が増していると、精神科医の熊代亨さんは著書『健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会の不自由さについて』で指摘します。 「大学生を見たことがない」子どもたち…日本が抱える貧困問題 令和の社会で、結果を出し、家庭も会社も両立し、いつも明るく元気で「完璧な社会人」を求められるビジネスパーソンの困難について伺いました。 「会社」にとって「人間」は手段でしかない?

――今、多くのビジネスパーソンが抱える切実な問題は、数字に追われていることだと思います。PDCA※サイクルを回していくことはビジネスの基本で、なおかつその回転は速いほどよいとされています。ただこの「常識」は人を疲弊させ、病ませているようにも思うのですが……。 ※Plan→ Do→ Check→ Act 熊代: 数字を追うことは、「会社のため」にはなるけれど、「人のため」のやり方でないことは間違いないでしょう。資本主義のロジックで動き続ける株式会社などは、お金を吸い込んで膨張し続けなければならない生命みたいなものですよね。最初は経営者の使命感や理念などを軸に経済活動をしていても、ある次元を超えると会社が自己資本を膨張させることが自己目的化してくる。人間はその手段であって、目的ではありません。だから人間がいくら干からびても「そんなの知ったこっちゃない」となっていくのが、自己増殖する会社の本性ではないでしょうか。

手綱をつけて、会社の首根っこを捕まえておいて何か枠付けをしておかないと、会社が資本主義のお化けになっていくのを防ぎようがないような気がするんですよ。

――部下を育てるという観点でも、数値を伸ばすことを目的として教育するのと、クオリティだとか社会的意義とか、その人自身の成長のために教育するのでは内容が変わってしまいます。 熊代: 短期的に見れば確かに数字は上がるかもしれませんが、長期的に見て人材や結果を出していけるようなアウトプットになるのかわかりませんよね。 マネジメントの立場だっていろいろで、とにかくその場で数字を出すことを求められる場合は当然あるでしょうし、ひとまず数字のことは意識しないで、社員の成長やチームワークを意識しながらリーダーシップを発揮しなければいけない場面もあると思うんですよ。けれど結局、会社の余裕がないと数字を追わざるを得ない。嫌になっちゃいますよね。 今は大学教育も、数字を出せる、仕事に就いてお金を儲ける戦士になるための教育に傾いていると思います。

――会社のカラーがベンチャー寄りになるほどその傾向は強くなっていきます。 熊代: ベンチャーの場合、資本主義の世界のど真ん中で、元手の少ない状態から這い上がっていこうというわけですから、資本主義の勝負の原理を一身に浴びながら活動せざるを得ない。そうなれば、資本主義の良い部分、頑張って成果が出ればお金が得られる、または地位が得られるといった部分と引き換えに、悪い部分、数字にこだわって勝ち抜いていかねばならないし、「負けても後は知らんよ」というのが最も色濃く出ている界隈だと思います。

――株・売上を公開している企業は、決算書を出す半年や3カ月といった短期間で評価を下します。そのため経営者のスタンスが末端の社員まで影響していて、とにかく「速く」結果を出さなければならず、社員は凄まじいプレッシャーを感じながら働いています。 熊代: 末端の人間までが、次の決算の時までに数字を揃えるというロジックで動き続けなければならないというのがベンチャーなのだとしたら、人間を休ませずに働かせるロジックが一番強く働いている場なのかもしれませんね。

出産や子育てをリスクと感じてしまう社会

――本の中でも「リスクとしての子育て、少子化という帰結」の章では、子育てや出産をリスクと捉えてしまうようになった社会について書かれていましたが、今日のお話からしても、仕事と出産・子育てを両立するのは、女性に限らず困難だと思いました。 熊代: 市場原理が優先される社会が求める労働者のあり方は、「ひたすら機械のように働き続けて、効率をまっすぐ追いかけて、しかも故障しない」のような姿ではないでしょうか。つまり、女性に妊娠・子育てなどという生産性が下がるプロセスはない方がいいに決まっているんです。子育てや出産、さらにいえばメンタルヘルスの調子が悪くなるといった人間に備わっている面倒くさい生理機能を全部取っ払いたいのです。

――ということは、会社のルールや資本主義が内面化されていればいるほど、子どもを産み育てることをリスク視してしまい、産休・育休などの制度を使うことにも罪悪感を感じてしまうことになりますね。 熊代: 「家庭や共同体や社会からインストールされ、内面化された『かくありたい』と思っているものや『かくあらねばならない』と思っているもので構成された『こころ』の機能」を「超自我」と呼びます。今時の女性は、女性だからといってキャリアを追いかけないわけにいかないし、家庭や子育の要素も意識しなければいけないといった「スーパーウーマン」的な「超自我」をかたちづくられがちです。それなのに、実際には女性のキャリアはそんなことをできるように設計されていない。年齢的にもそうだし、男性の方が出世を優先させやすいという格差もある。個々の女性の人にとってはずいぶん大変な社会になっていると思うし、これでは少子化なんて止まるわけがない。社会としておかしいんですよ。

――令和の日本社会では、皆が「19世紀ヨーロッパのブルジョワ」のような洗練された生活スタイルを目指しており、それは、家事や教育のアウトソーシングなしでは成り立たないと書かれています。このくだりを読んで、「家庭と仕事を外注なしで両立することはできなくて当然だったんだ!」と、驚き、気持ちが楽になりました。 熊代: そんな世の中がもう出来上がってしまっているんですよね。 実力主義か年功序列か、どちらを選ぶのが正解?

――実力主義の企業で働くのが大変で、出産・子育てと両立しにくいならば、年功序列型の旧来の日本企業に行けば、働くしんどさが解決するかというと、そうとも言い切れない部分もありますよね。世代間格差に苦しめられたり、保守的なので新しいことにもチャレンジしにくかったり、いまだに旧来のジェンダー観が幅を利かせていたりすることもあり、それはそれで、組織の論理の中でうまくやっていくためにさまざまなコストがかかります。

熊代: そのようなお悩みはとても理解できます。 年功序列のような保守的なものからの抑圧で悩んでしまうのは、私ぐらいの世代(1975年生まれ)にもよくありがちなものでした。それが、平成から令和にかけて解決されて、良かった部分もあるけれども大変になってしまった部分もたくさんあるのではないか、というのが『健康的で清潔で、道徳的な秩序のある社会の不自由さについて』の主旨なんです。

――その移行の過程で、人材の評価軸が混乱しているのも職場選びの際の悩ましさです。実際の職場では、きれいに年功序列と実力主義が分かれるかと言えば、そうではない。たとえば比較的保守的とされる大企業ですら早期退職を募ったりと、競争原理の厳しさにさらされています。また、ベンチャー界隈で実力主義評価が徹底されているかといえば、そうとも言えない事例も多いです。 熊代: 実力主義評価の仕組みが公正でないならば、それは搾取ではないのか?と私の目には見えてしまいます。 ただ一方で、年功序列にかかる働いた分の評価というも、簡単にできるものなのか私にはよく分からなくて。「この人は月収うん万円相当を働いたので経営者は月収うん万円を三井住友銀行に振り込んでください」みたいに神様の声が空から降ってくるようなシステムがあれば、みんな納得するかもしれませんが、実際は経営陣がそれを決めざるを得ないわけじゃないですか。どうすればいいんでしょうね。 人は二つの軸で評価されている?

――結局、会社が評価する「実力」ってなんだろうと考えると、単純に実務作業や頭脳に関係ないものが含まれている気がしますよね。それは、ベンチャー寄り・保守寄り問わず暗黙のうちに重要視されている気がします。 熊代: 本当はそうなんです。筆記試験の点数に現れてこない、人間が社会の中で生き延びるための「隠しスキル」みたいなものがあって、これが上手な人は確実にいます。それは「嫌われない力」とも言えるかもしれないし、「政治力」や「調整力」という言い方もできるかもしれません。 就活やAO入試が、単純に学力や勉強した内容だけの競争ではないことからも、実は社会や企業もそういった能力の高い人材を求め続けているんじゃないかという読みはできますね。社会人は、実際は2つの軸で評価されていると言えそうです。

――立場が上がっていくごとに、暗にそういった「調整力」的なものが期待されるのではないでしょうか。あるいは、そういった能力が突出している人が出世しやすいとも言えそうです。 熊代: そうなんです。昔よりも今の社会のほうがいろいろ自由になったり、人づきあいの流動性も高くなりましたよね。それでよかったこともたくさんある半面、調整力の鬼みたいな人が世に憚っちゃって、調整力が低い人は、嫌なことを渋々我慢しながらやるしかないとか、自分の主張を通すことができないみたいなことになるとしたら、調整力の鬼にどうやって立ち向かえばいいのか分かりませんよね。

――会社が調整力やバランス感覚の高い人材を求めすぎるあまり、実力は高いのにそれらの能力が低い人が疎外されてしまうことも多いです。 熊代: 確かにリーダーシップの一部としてそういうポテンシャルを持っている人が必要だというのは理解できるんですけれども、じゃあそれらが標準装備になっていなかったら「使いにくい人材」とレッテルを貼られるのは息苦しいことですね。 発達障害の診断はなぜ増えた?

――調整力やバランス感覚が重要視される社会では、発達障害的な特性が強い人は活躍しにくいと言えますね。 熊代: そうですね。発達障害の方は調整力や政治力の部分がたいてい弱い傾向にあるので、現代の社会では「使いにくい」と思われてしまいがちで、就職も多分不利になりやすい人たちだと思います。

――発達障害が「発見」され、「医療化」されたという内容もご著書に書かれていますよね。 熊代: 今時は昔に比べて、求められるコミュニケーション能力の水準が高くなってきましたから、昔よりも簡単に、「あなたはちょっと発達障害っぽいから何とかしてもらったほうがいいよ」と言われやすくなっているはずです。先進国では軒並みこの20年くらいで発達障害の診断率は高くなっていますが、生物学的にはそんなことはあり得ないので、これはやっぱり社会の側で発達障害と診断しなければならないニーズが高まっているからだと私は理解しています。

――うつ病も増えていますが、同様に診断しなければならないニーズの増加が背景でしょうか? 熊代: 確かに患者統計を見ると増えてはいますが、理由ははっきりとわからないんですよ。 早期発見・早期治療が行き届いて、昔だったら放置されていた人が医療につながったから患者さんが増えたのか。あるいは、会社が新自由主義的になってきて、疲れて病院に来なければいけなくなる人が増えたのか。それとも、会社でも私生活でも、感情が落ち込んでいるとか不安定になっているということを、私たち自身が我慢できなくなって、それを「病気」とみなさざるを得ないような文化風土へと移行したためなのかーー結論づけるのが難しい。

いつでもご機嫌生産性マックス人間が理想の人間像?

――確かに、落ち込んでいたりモチベーションが下がっていたりすると、それまで通りのパフォーマンスができなくなってしまいますから困りますね。 熊代: そうそう。それだけじゃないんですよ。落ち込んだりイライラしている人がいたりすることで周りの人も嫌な気分になるとしたら、その人のパフォーマンスだけではなくて、職場のパフォーマンスにも影響が出るかもしれないじゃないですか。 生産性を高めなければならないという経済重視の思想から考えると、常に会社では明るく機嫌よく、みんながいい気持ちになれるような振る舞いをするのが道理にかなっているわけで、そうなると、それができなくなった人から、「いつでもにこやかに働ける生産的な個人であるように、ちょっと病院行ってメンテナンスしてもらって来い!」というディストピア(反理想郷)はもうここまで来ていると思うんですよ。

――本でも語られてますが、精神医療や福祉も、資本主義社会から脱落しかけている人(生産性がなくなっている人)を、元に戻すために機能しているという構造になっているんですね。 熊代: 表向き、精神医療の理念は「会社でニコニコ働いて生産性マックスの人間をメンテしよう」とは言っていないんですよ。だけど結果として、経済的に自立してない人を経済的に自立させていくことが医療や福祉の目標というか、実際に行っていることを見ていると、そうなんじゃないの?って疑いたくなりますよね。社会に貢献する仕事をしているとは思うんですけれど、ありのままの人間性を肯定するという意味とは違いますよね、きっと。

――福祉や精神医療は生きづらい人たちの大きな支えになっていると思うのですが、それはあくまで今の社会の理屈の内側で生きていくことが前提なんですね。 熊代:  「外側に出してあげる」ではなくて、このシステムの中でなんとかやっていきましょうという支援ですね。私はそれでもいいと思うけれども、精神医療や福祉の従事者たちは、そうだとはっきり意識するべきだと思います。「ありのままの人を許し、自由にするのが精神医療と福祉です」ではなく、「私たちは、あくまでも社会の仕組みの内側の一員として生きるためのお手伝をしています」という面構えは持っていてもいいと思いますけどね。

結局、今の息苦しい仕組みの世界から逃げられないならば

――最後に、働きながら自分を守るためのアドバイスをいただけますか。 熊代: 個人のレベルでいうなら、数字を気にしろだとかスーパーウーマンになれといった、いろいろな要請から距離を取ることではないでしょうか。飲み込まれすぎないようにする事、信じ込みすぎないようにすることとも言えますかね。 これまでの「常識」を疑ったうえで、それこそ首尾よく「ラク」や「ズル」をしているように見える人がいたら、見習ってみるのもアリじゃないかと思ってしまったりもしますね。「うまく『ズル』をキメる」というと語弊がありますが、(もちろん合法的に)産休や育休といった権利や制度を利用することを躊躇しないこと、そして、文句を言われにくい大義名分を作ることをもっと意識してもいいのかなと。それは、今の社会に対するささやかな反逆でもありますから。

――会社に合わせて数字をあげまくることが常識であり良識だと、誰もが信じてやまなかったけれどーー。 熊代: 今となってはそれだけでは人は幸せになれない状況になってきていると思うんですよ。 思い込みを変えることは難しいでしょう。ただ、数字を追いかけていくことで、私たちが人間性をどんどんほったらかしにしているということは、もっと知られてもいいと思うんです。そのためのチャンネルをもっとたくさんの人が共有して、もうちょっと人間に優しい仕事と社会のあり方を取り戻していくことを、考えていかなければならないのではないかと思います。

熊代亨(くましろ・とおる) 1975年生まれ。信州大学医学部卒業。精神科医。 ブログ『シロクマの屑籠』にて現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信し続けている。 著書は『ロスジェネ心理学』(花伝社)、『「若作りうつ」社会』(講談社現代新書)、『健康的で 清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など多数。

鈴木紗耶香(編集者/ライター) 〔2021年2/15(月) MONEY PLUS〕 

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44歳ひきこもりの息子を殺害した元農水次官・熊沢英昭被告 44歳ひきこもりの息子を殺害…元農水次官77歳はなぜ「無罪」を主張したのか 元農水次官・熊沢英昭被告 ©共同通信社 19年6月、練馬区の自宅で同居する長男(当時44)を刺殺したとして、殺人罪に問われた元農水次官・熊沢英昭被告(77)。2月2日、東京高裁は懲役6年の実刑とした一審判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。 社会部記者の解説。 「発達障害を抱えていた長男は無職で引きこもり状態でした。熊沢夫妻は長男が学生だった頃から、彼の家庭内暴力(DV)に悩まされてきた。長男はしばらく一人暮らしをしていましたが、事件の1週間前に実家に戻っていました。しかしDVは繰り返され、耐えかねた熊沢は、長男の首などを包丁で幾度も突き刺し、失血死させたのです」

妹の自殺…公判で明かされた熊沢家の内実 公判では、DVを重ねる長男によって瓦解した熊沢家の内実が明かされた。 「熊沢の妻・A子さんの証言によれば、妹は兄の存在が原因で縁談が破談となってしまい、数年前に自殺したといいます。A子さん自身も18年12月に自殺を試みたが、未遂に終わった、と。涙を浮かべて『刑を軽くして下さい』と訴えていました」(同前) それだけに、裁判員の同情も集まるかと思いきや、「熊沢の供述には不自然な点がありました。『息子に“殺すぞ”と言われ、本当に殺されると思った。夢中でもみ合った』などと説明しましたが、傷の状況から一方的に攻撃を加えたことは明らかで、裁判員も供述の信用性に否定的だった。ただ、情状酌量の余地があるとして、殺人罪としては比較的軽い懲役6年の判決が下されました」(同前)

ところが弁護団は、熊沢の「了解を得た」として控訴する。しかも、ここで作戦を変更。「無罪」に主張を一転させたのだ。 「正当防衛が成立する」という予想外の展開 「これは、予想外の展開でした。新たな主張は『長男に殺されると思って反射的に殺害した』。つまり『正当防衛が成立する』と訴えたわけですが、そのストーリーは一審でほぼ否定されています」(同前)

弁護団は一審で正当防衛を正面から主張しなかった理由を「裁判員裁判の特性を考慮した」と説明したが、 「特性を考慮するなら、熊沢に素直に供述させておけばよかった。結局、高裁も『現実的な危険が差し迫っていたとは言えない』と判断し、正当防衛の主張を退けたのです。熊沢は判決後、裁判長による最高裁への上告の説明を頷きながら聞いていました」(同前)

長男が事件の1週間前まで、3年間にわたって一人暮らしをしていたのが、高級住宅街・目白。330平米超の広大な土地の一角に建つ2階建ての木造住宅だ。この土地は、実家が資産家のA子さんが父親から相続したもの。「土地だけで3億は下らない」(不動産業者)とされる。 あれから2年。今も「3億物件」はA子さんが所有したまま、哀しく佇んでいる。 「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年2月18日号 〔2021年2/15(月) 文春オンライン〕 

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ページ名 障害年金   (  ) 
うつ病やがんと診断されたら65歳前でも年金が支給されるかも!? 障害年金のしくみを解説
障害年金(障害基礎年金・障害厚生年金)とは?
ある日突然、病気やケガで生活や仕事が制限されるようになった……。
そんな万が一のときに、私たちの生活を保障するために障害年金(障害基礎年金・障害厚生年金)という制度があります。
これは障害認定を受けると、どの年齢の人でももらえる年金です。
ここでは対象となる病気や申請手続きについて、解説していきます。
(c)宝島社
<「障害年金(障害基礎年金・障害厚生年金)」申請手続きについて>
◎手続きの対象となる人は?
●一定の障害状態にある人
◎手続きする場所はどこ?
●国民年金第1号被保険者の場合……市区町村役場
●それ以外の場合……年金事務所または街角の年金相談センター
◎対象となる年齢は?
●障害認定日から65歳の誕生日の前々日まで
◎申請のために準備する資料は?
●年金手帳
●医師の診断書など
<病気やケガで障害を負うと、若い人でも年金が支給される>
一家を支える現役世代の人が、病気やケガで働けなくなると、医療費だけでなく生活そのものが経済的に苦しくなってしまいます。
そんなとき活用できるのが障害年金です。
通常の年金は「老齢年金」として65歳以上に支給されます。
しかし、障害年金は、病気やケガなどで障害認定を受けた場合、年齢にかかわらず支給されるものです。
障害認定というと視覚、聴覚や手足などの障害を思い浮かべるかもしれません。
しかし、体の障害だけでなく、がん、糖尿病、心疾患といった長期療養が必要な病気や、うつ病などの心の病気も対象になります。
がんでほぼ寝たきりになり、常時介護が必要な状態が長く続いているような場合は、障害等級1級、抗がん剤治療で常時援助が必要な場合は、障害等級2級、大腸がんで人工肛門を設置したときは、障害等級3級にあたります。
≪もらえる金額は加入する年金の種類で異なる≫
支給される年金額は、加入している年金の種類で変わってきます。
自営業など国民年金のみの場合、障害等級1級の人は97万7125円、2級の人は78万1700円が障害基礎年金としてもらえます。
さらに18歳までの子供がいる人には、第1子と2子にそれぞれ22万4900円ずつ、第3子以降1人につき、7万5000円の加算があります。
会社員などの厚生年金加入者は、障害基礎年金に加えて、障害厚生年金が上乗せで支給されます。
上乗せされるのは、障害等級1級の人は、報酬比例の年金額×1.25の額、2級の人は報酬比例の年金額です。
また、厚生年金加入者のみ3級にも年金支給があり、さらにそれより軽度な障害でも、一時金が支給されることがあります。
<障害年金の対象となる病気やケガとは?>
≪外部障害≫
●目の障害
●聴覚の障害
●手足の障害 など
≪精神障害≫
●統合失調症
●うつ病
●認知障害
●てんかん
●知的障害
●発達障害 など
≪内部障害≫
●呼吸器疾患
●心疾患
●腎疾患
●肝疾患
●血液・造血器疾患
●糖尿病
●がん など
TJ MOOK『医療費で得する本』(抜粋)
構成・文:加茂直美、鷺頭文子
編集:入江弘子
※画像・文章の無断転載はご遠慮ください
WEB編集:FASHION BOX
〔2021年2/15(月) FASHION BOX 宝島社〕 

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発達障害 精神科医が語る「発達障害で20回転職を繰り返す人」に足りていないたった一つの行動
(撮影/疋田千里)

(視聴者の質問)
発達障害が原因で、仕事を20回も解雇されました。
障碍者雇用にチャレンジしましたが、トラブル続きで、最後にはクビ。
履歴書もボロボロで、この先どうしていけばいいか、途方に暮れています。
(34歳・男性)
●「挑み続けた自分」を褒めてください
(二人の回答)
借金玉 20回解雇されるというのは、それだけ挑戦を続けてきた証です。
その行動力は素直にすごいと思います。
失敗体験がない人よりある人のほうが絶対に強いですから。
樺沢紫苑(以下、樺沢) 同感です。すごいことだと思います。
借金玉 Plan→Do→Check→Actionの「PDCAサイクル」ってあるじゃないですか。
発達障害のある友人同士でよく話すのが、僕たちはこのサイクルを回すのが苦手だということ。
どうなるかというと、「PPPPサイクル」か「DDDDサイクル」に陥ってしまうんです。
質問者さんはおそらく後者(DDDD)の状態にあるのだと思います。
それでも経験が得られる分、ただ計画を立てて何もしない「PPPPサイクル」よりも圧倒的に素晴らしいのは言うまでもありません。
「20回もダメだった自分」ではなく「20回挑めた自分」を評価し、得られた経験を生かしていく方向に舵を切って欲しいですね。
ちなみに「PPPPサイクル」の最もよくない例が、「自分は何も行動せず、SNSで人をバカにしたり、批評したりするだけで何かを成し遂げた気持ちになること」だと僕は思います。
あらゆる仕事は、行動と、それに伴う結果がない限り前に進みません。
そして物事を前に進めるときには必ず行動に対するフィードバックがあります。
要するに「挑戦なんて、やってみると9割失敗する」わけです。
この痛みを知らないまま、ずっと頭の中でプランを練っていても、自分の中に何も蓄積されません。
樺沢「PPPPサイクル」と「DDDDサイクル」、実感が伴う面白い言葉ですね。
私の著書では「インプット/アウトプット/フィードバック」というモデルで説明をしています。
今、質問者さんに足りていないのは「フィードバック」の部分だと思います。
ぜひ、行動して得られた結果から、得意・苦手を分析して、「うまくいくフィールド」で勝負してほしいと思います。
借金玉 まずは、これまでしっかり頑張ったんだから、1ヵ月でも2ヵ月でも休息をとりましょう。
考えをまとめる前には、休息が必要ですから。
経験は十分に積んでこられたはずなので、がむしゃらに挑むということをいったんストップして、一度自分を見つめなおす時間を設けてみてください。
〔2021年2/19(金) ダイヤモンド・オンライン 借金玉〕 


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eスポーツ 障がいがあってもeスポーツで交流を【愛媛】 障がいがある人にもオンラインゲームを楽しんでもらおうと20日、eスポーツのイベントが愛媛県松山市で行われました。 この「えひめパラeスポーツ大会」は、障がいの垣根なくeスポーツを楽しんでもらおうと、愛媛県が主催したもので県内10の障がい者施設から20人が参加。 オンラインのパズルゲームで対戦しました。

発達障害のあるこどもが多く通う放課後デイサービス「マルクスコラ」では24人の利用者が集まり、仲間の健闘にエールを送りました。 ゲームネーム カプリコさん(小学6年生) 「強かったですね、相手が。eスポーツはコミュニケーションスキルの場所としてはうってつけな場所ですね」 また、プロゲーマーの「live」さんらによるゲームの実況解説も行われ、「自分のプレーを信じて頑張ってほしい」とエールを送っていました。 愛媛県は今後もeスポーツを通した障がい者同士の交流に力をいれたいとしています。 テレビ愛媛 〔2021年2/20(土) テレビ愛媛〕 

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「データ分析」の仕事 独学の達人が教える「データ分析」の仕事で即戦力になるための新書3冊 独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。 この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ) ※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

[質問] データ分析のおすすめ本は? 新しい仕事のために役立ちそうな本を探しています。データ分析の仕事をすることになりました。様々な企業の事務仕事(経理、人事、総務など。BPO業務)の生産性の改善策をデータを元に立案するような仕事です。製造現場の数値管理に近いと言われています。 業務担当者に勉強しておいた方が良いことをお聞きしたところ、Excel、Access、そのデータの紐づけ、PowerPoint、Tableauとお答えいただきました。当然、それらはすぐに勉強するつもりなのですが、データの見方や考え方は業務だけで身につけるのは難しい、または大変時間がかかるだろうと考えます。

私自身は、さわりの部分だけですが、計量経済学、統計学、Pythonなどを勉強したことがあります。しかし、社会人経験はかなり短いですし、障害者枠(発達障害)での就労になります。プレゼンテーションも苦手です。 まず手を付けるべきところは、仕事の基本、ツールの使い方や報告書・パワポの形式などだろうと思いますが、データの分析についても早くから手を付けておきたいと思っています。面談で、「一つの課題に対して一週間程度分析するのは大丈夫か」と質問されましたので、仕事に占める割合としては大きいだろうと思います。 今の自分に適切な本はありますでしょうか。 また、事務部門の生産性改善を目的とするデータ分析を学べる本、または、それに類似するような本はないでしょうか。お答えいただける余力とお暇があれば、よろしくお願いいたします。

●ハーバート・サイモン『経営行動』は一生使えます 【読書猿の回答】 簡単すぎるかもしれませんが、新書から3冊挙げてみます。 『データサイエンス入門』(岩波新書) 『会社を変える分析の力』(講談社現代新書) 『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』(光文社新書)

あとデータ分析からは離れますが、『職場の問題地図』シリーズ(技術評論社)と少し難しいですが一生使えるリソースとしてハーバート・サイモン『経営行動』をどうぞ。 (その他) 『効率化30%を実現する ホワイトカラーの業務改善』 『実践非製造部門の業務改善』 『「見える化」で管理・間接部門まるごと大改革』

読書猿 〔2021年2/21(日) ダイヤモンド・オンライン〕 

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発達障害 精神科医が語る「発達障害で仕事をミスしてばかり…やめるべきか」への納得回答 『ストレスフリー超大全』の著者で精神科医の樺沢紫苑さんは、借金玉さんの著書『発達障害サバイバルガイド』について、「このリアリティ、具体性は当事者の経験あってのもの。精神科医や研究者には、絶対に書けません」と絶賛しています。 今回はYouTubeで実現した2人の対談「発達障害サバイバルライブ!(動画)」の内容を抜粋・編集してお届けします。(撮影/疋田千里)

(視聴者の質問) 「現在、空港で地上係員として働き2年目になります。仕事のミスが多く、自分でも発達障害なのでは?と疑いをもって受診をしたところ、グレーゾーンだとの診断を受けました。現在も仕事のミスは減らず、怒られるたびに落ち込み、家で寝込むことが続いています。今の状況を打開するために、何か方法はないのでしょうか?」(24歳・女性)

●まずは、自分を責めるのをやめよう (二人の回答) 借金玉 これは僕の私見ですが、空港の地上係員って、国内の接客業の中でも一番厳格な部類に入るのでは? 時間がタイトで、利用者も多くてミスが許されない。その環境で「ミスが多い」程度で済んでいるなら、環境を変えればもっと輝けるはず。もし僕だったら飛行機が飛びませんよ(笑)。

樺沢紫苑(以下、樺沢) 質問からうかがえるのは、自責の念です。まじめな方ほどこの傾向が強いのですが、残念ながら自分を責めてもあまりいい結果は得られません。グレーゾーンという診断をマイナスに捉えず、自分の特性を知る契機にしてほしいですね。

借金玉 僕もそう思います。「求められる水準が低いところを探す」という転職の方法もあって、この方が今ほど規律の強くない職場に行けば、すぐに「あなたはすごい!」という評価を受けられると思います。

樺沢 なるほど、ハードルを自ら下げるやり方はいいですね。高すぎる目標を掲げてしまう人が多いですが、その逆を行くとラクになります。 借金玉さんは、「適職=向いている仕事」についてはどうお考えですか? 例えばASDだと、コミュニケーションが苦手だから、例えばプログラマだとか一人でできる仕事や事務作業が得意だといわれますよね。ADHDなら集中してのめり込めるので、クリエイティブな仕事がいいとか。

借金玉「発達障害の適職は……」と一括りにするのではなく、まずは何より自分の発達障害の傾向を把握することが欠かせないかなと。「発達障害の人はクリエイターが向いている」と言われて、ふざけんな!と思っている人も多いと思います(笑)。 僕自身についていうと、とにかく事務的なミスをすることが多いのですが、「ミスが許される仕事(ミスより成果が優先される仕事)」なら大丈夫だという自覚があります。でも、それだって金融機関での膨大なミスを経験してはじめて分かったんです。これは、やってみて失敗しない限り気づけない。得意なことを探すというより、「絶対に向いていないものを避ける」という考え方で今の仕事(ライターと、不動産営業)に行き着きました。

●向いている仕事は友人に聞く

樺沢 失敗したことを自己分析の材料にするというのは面白いですね。 私も適職を探すには、「短所克服」より「長所進展」が大事だと考えています。仮に各々が持つ能力を百点満点で評価するとして、私には、発達障害の方の多くが苦手ジャンルの40点くらいの能力を70点にしようと苦悩しているように感じられます。でも、生きて行くうえでは40点できれば十分ではないでしょうか。 例えばゲームの世界だと、戦闘力や体力が極端に優れている持つキャラクターが評価されるけど、現実において人々が目指すのは全部50点の「超平均」だったりする。さらに、日本ではゼネラリストが評価される傾向にあります。でも、成功する人や活躍する人にはやはりそれぞれエッジの立った能力があります。頑張って平均を目指すより、100点を取れる可能性を持つ長所を伸ばそう。それが私の考え方ですね。

借金玉「長所がない」という人も良くいるけど、そういう場合は「自分が好きなこと」を考えてみてほしいですね。嫌いなことは、絶対に長所になりませんから。

樺沢 自分の長所は自分では分からないことがほとんどです。ほかの人の意見を聞いてみるのもいいと思いますよ。 自分のことを客観視するのは難しいけど、他人のことなら簡単ですからね(笑)。 借金玉 はい。「褒め合える友達」は持ったほうがいいですね。人のいいところを指摘してくれる友人を持ちましょう。そういう相手になら、自分も遠慮会釈なくモノが言えて、きっとお互いにとって良い循環が生まれるはずです。特に発達障害持ちの自己認知は、歪んでしまっていることも多いので、客観的な視点を持つことは大事だと思います。

借金玉 〔2021年2/21(日) ダイヤモンド・オンライン〕 

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スマホと子どもの教育 コロナで子どものテレビ・スマホ使用増…適正な利用時間は? 発達障害の子どもたちは、多くの才能を秘めている一方、苦手なことも多く存在します。それにより、生きづらさを感じている子供たちも少なくありませんが、取り組み方によって、克服できる可能でいがあります。今回は、テレビやスマートフォンが子どもの教育にどのような影響を与えるのかを見ていきます。 テレビやスマホは子どもの教育に悪影響はあるのか

テレビやスマートフォンなどのデジタル機器を長時間見せると… スマートフォンが普及し、子どもがテレビの視聴だけでなく、スマートフォンを扱う機会が増えてきています。テレビやスマートフォンなどのデジタル機器を見せることは、子どもの発育に、どのような影響があるのでしょうか? アメリカでも、子どもに幼いうちからテレビばかり見せて放っておくと、他人の気持ちを受け入れたり理解する能力が育たなくなる、という調査結果が発表されました。 米オハイオ州立大学では、3~7歳の子どもを持つ親に、家庭でのテレビ視聴の状況について詳しく調査を行いました。

その後、子どもたちには「心の理論」の発達度を測るテストを行った結果、テレビを見る時間が長い子は、この能力の発達が低いことが明らかになりました。 過去の研究でも、テレビは、子どもが「他人にはそれぞれの視点と考えがある」という判断力を発達させるのに役立たないという結果がありましたが、今回の結果もそれを裏付けるものでした。 子どもにどのくらいテレビやスマホを見せてよいのか? いったい、子どもにどれくらいまでならば、テレビを見させてもよいのでしょうか。米国の名門ミシガン大学が、親にすすめるガイドラインを紹介しましょう。

◆2歳以下はテレビなし 米国小児科学会によると、 ・人生の最初の2年間は、子どもの発達と成長に、とりわけ重要な時期である ・この期間に、子どもは、他の子どもや大人との積極的なかかわり合いを必要とする ・テレビの見過ぎは、子の発達に、ネガティブな影響を与える ・当学会は、2歳以下の子どものテレビ視聴は勧めない としています。 つまり、テレビにベビーシッターをさせないということです。家事をするときは、子どもを背中におんぶする、ということが大事だといえるでしょう。

◆小学生は1日1時間まで 小学生になれば、ある程度、テレビから得られる情報が教育上有効に働くこともあるため、以下のように、ガイドラインが定められています。 ・平日1日あたり1時間程度、週末1日あたり2~3時間。教育番組は延長可 ・テレビは宿題が終わってから。録画機能を積極的に使う ・テレビをご褒美や罰として使わない ・兄弟がいても、1人だけテレビを見させない。上の子が宿題をしている間に、下の子がテレビを見たがるときは、下の子にも読書などの課題を用意する

◆親も守りたいルール ・親も自らお手本になり、読書や他の活動的な時間の使い方をする このように、ガイドラインでは、子どもだけでなく、親に対してもあるべき姿を提示しています。 落ち込んだり、うつになったりしやすくなってしまう 英国の団体パブリック・ヘルス・イングランドは、7歳の子どもを対象に、テレビ視聴時間の調査を行いました。

この発表によると、長時間テレビを見る習慣のある子どもは、自信や自尊心、幸福を見つける力が弱い傾向があるのだそうです。 テレビ、テレビゲーム、パソコンを頻繁に使う子どもは、落ち込みやすい、不安になりやすい、うつになりやすいという調査結果もあります。デジタル環境に浸かっていることは、精神的に悪影響を与えていると考えられます。

家族の会話や読書を楽しみましょう! コペル 〔2021年2/21(日) 幻冬舎ゴールドオンライン〕 

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休業支援金・給付金 アルバイト&パートも申請できる「休業支援金・給付金」…「諦めていた方も、もう一度確認して申請してみて!」 TOKYO FM+ 声優としても活躍中の鈴村健一(月~木曜)と俳優の山崎樹範(金曜)、フリーアナウンサーのハードキャッスル エリザベスがパーソナリティをつとめるTOKYO FMの番組「ONE MORNING」。2月11日(木・祝)放送のコーナー「リポビタンD TREND NET」のテーマは「休業支援金・給付金、支給実績がわずか1割強」。ネットニュースサイト「ねとらぼ」編集長・加藤亘さんに話を伺いました。 勤め先から休業手当が支払われない中小企業の労働者に、賃金の8割を補償する制度「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」。2月4日(木)時点での「支給実績」は701億円と、総予算の5,442億円に対して1割強しか執行されていないことが分かりました。 *    *  *  * ◆「休業支援金」…どういった制度? 加藤:新型コロナウイルス感染症の影響で、勤務先から休業させられたものの、勤め先から「休業手当を受け取れない」といった中小企業の労働者が、生活資金を国に直接申請できる「個人向け」の給付制度です。雇用保険に未加入の労働者も利用できます。 しかし、この制度が開始されてから2月4日(木)までの「累計支給決定額」を見ると、総予算額5,442億円に対して701億円しか支給されておらず、実績は約1割強という現状です。 つまり、大多数が制度を知らないか、知っていても利用できていない、ということになります。自分が対象だということを分かっていない方もいると思いますので、今日は改めて制度について紹介していきたいと思います。

鈴村:ぜひお願いします!

◆制度の対象…「アルバイト」もOK? 加藤:コロナの影響によってシフトを減らされたり、短時間勤務になったりしたアルバイトやパートの方々も休業手当をもらえます。 現時点での対象者は…… 令和2年10月1日(木)~令和3年2月28日(日)までの間に、事業主の指示を受けて休業したけれど、「休業に対する手当」を受け取れないという中小企業の労働者の皆さんです。アルバイトやパート勤務の方も申請できます。

例えば、1日8時間勤務が3時間の勤務になるなど、時短営業などで勤務時間が減少した場合、1日4時間未満の就労であれば、1/2日休業したものとして対象になります。 また、週5回勤務が週3回の勤務になるなど、月の一部分の休業も対象となります。 現時点では「中小企業の労働者」が対象ですが、2月9日(火)に発表された厚生労働省のリリースによると、「大企業」に勤務する一定の非正規労働者も給付対象にする予定で、2020年4月までさかのぼって適用する方向で検討されています。

◆1人あたりの支給額、申請方法は? 加藤:1日あたりの上限額を1万1000円として、休業前の賃金の「8割」を「休んだ日数分」だけ支給されます。なお、事業主の負担はありません。

鈴村:どうやって申請すればいいんですか?

加藤:申請は郵送とオンラインで受け付けています。「支給申請書」「支給要件確認書」「本人確認書類」などの書類を、申請期限までに担当窓口に郵送、もしくはオンラインで申請できます。申請書や要件確認書などは特設サイトからダウンロードすることができます。 支給にあたっては、原則として、労働者と事業主が共同で作成した「支給要件確認書」で、休業があったかどうかを確認しなければならないのですが、労働者が「休業」だと認識しているのに、事業主がそれを認めない、もしくは連絡が取れない……といったケースもあり、こちらは2020年10月に運用が改善されています。なので、諦めていた方も、もう一度確認してみていただきたいですね。 「申請期限」については、申請する休業期間が「2020年10月~12月」の場合は「2021年3月31日(水)※郵送の場合は必着」が期限。「2021年1月~2月」の場合は「2021年5月31日(月)※郵送の場合は必着」となっています。

ここで詳細はお伝えしきれないので、休業支援金に関する疑問は特設サイトをご覧いただくか、不明点は電話で質問することもできます。

○新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金コールセンター 電話番号 : 0120-221-276 受付時間 : 月曜~金曜 8:30~20:00 / 土日祝 8:30~17:15

鈴村:ぜひ皆さんも調べてみてください! しっかり調べると対象になる方も多いと思います。対象じゃない方も、ぜひ周りに伝えて、みんなで協力し合っていきましょう! (TOKYO FM「ONE MORNING」2月11日(木・祝)放送より) 〔2021年2/18(木) TOKYO FM+〕 

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コロナ解雇 トラウデンさん、コロナ下の若者の窮状訴え 厚労省の女性・非正規労働者支援PTで 厚生労働省は22日、コロナ禍のしわ寄せを受ける女性や非正規労働者への支援策の発信力強化に向けたプロジェクトチーム(PT)の初会合を同省で開き、積極的な働き掛けで当事者に必要な情報を伝える「アウトリーチ」型と呼ばれる広報の重要性などを確認した。ともに京都出身の西田亮介東京工業大准教授やモデルのトラウデン直美さんも意見を述べた。

コロナ解雇、非正規労働者が半数 厚労省が拡充・創設した支援策の周知が不十分な現状を踏まえ、効果的な発信や施策の改善につなげる狙いでPTを設置。メンバーは発信力のあるタレントや有識者で構成し、チームリーダーの三原じゅん子厚労副大臣は会合で「女性や利用者の目線に立ち、困っているお一人お一人に必要な支援が行き渡るようにしたい」とあいさつした。 西田准教授はコロナに関する内閣官房のホームページについて「良くできている割に知られていない」と課題を挙げ、雇用や福祉施策は大胆さに欠けると指摘した。大学生のトラウデンさんは授業のオンライン化で「コミュニケーションの場が失われている」と語り、アルバイトを打ち切られた若者の窮状も紹介した。 京都産業大出身の漫才師ハイヒール・リンゴさんもメンバーを務める。PTは生活や子育て支援、自殺予防などをテーマにあと4回開く予定。 〔2021年2/22(月) 京都新聞〕 

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発達障害の父 娘が生まれて失った「1人の時間」 発達障害の父が悩む“くい違い” 「ありのまま受け止められなかった」 0歳の娘の子育ては、幸せであり、怖いものでもありました=筆者提供 子どもが生まれたあとに分かった発達障害、うつ病、休職……。ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠如・多動症)の当事者でライターの遠藤光太さん(31)は、紆余曲折ありながらも子育てを楽しみ、主体的に担ってきました。0歳のころ、父親の都合や障害、予定に関わらず自然のままに生きていた娘。その「自然」を、システマチックに受け止めようとして“くい違い”を広げてしまっていたという遠藤さん。小学生の娘、妻との7年間を振り返る連載の2回目です。(全18回)

【マンガ】「ある日、夫が発達障害だと分かった」妻のつぶやき……

【連載】「発達障害とパパになる~子育て苦闘の7年間」(https://withnews.jp/articles/series/104/1) 幸せで怖い0歳の子育て 生まれたばかりの娘は「自然」でした。

手足は無作為に動き、ときには自分でそれを見てキャッキャと喜んでいることもありました。同じように泣いているように聴こえても、「おなかがすいた」といった明確な理由があったり、なかったりします。排泄も自由です。“昨日”と“今日”で、全く異なる様相を見せました。 僕は、後にライターの仕事として、『バカの壁』(新潮新書)などで知られる養老孟司さんにインタビューする機会に恵まれたことがあります。「子どもは『自然』ですから」との言葉が印象的で、子育てを経験した僕はその言葉を肌で理解できました。子どもを迎えるということは、家のなかに「自然」が入り込むことなのだと思います。

発達障害のある父親の僕は、いくつかの特性が影響し、子育てに対して弱みを露呈してしまっていたように思います。僕にとって0歳の娘の子育ては、幸せであり、怖いものでもありました。 「自然」と発達障害の相性の悪さ アパートの中にやってきた「自然」を前にして、僕は立ち往生してしまいました。 聴覚過敏の特性により、娘が泣きわめく声を怖く感じていました。どれだけ抱っこしてあやしても泣きやまない娘と、音を過剰に聴き取ってしまう特性を持つ僕は、うまく折り合いをつけられません。妻の仕事帰りを待って娘を抱きかかえながら、僕も涙を流してしまっている夜もありました。

また、特性上苦手とする「臨機応変な対応」の連続に、てんてこ舞いになっていました。 娘は生後3ヶ月から保育園に通っていましたが、発熱時には保育園から僕へ急に電話が入ります。業務をできるだけ速く引き継ぎ、周りに謝ってから早退してお迎えに行きました。それだけでも精いっぱいでしたが、娘と帰宅してからが本番です。「自分が対応しないとこの子は死んでしまうかもしれない」と、決して大げさではなく実感しました。「命」がいつも唐突に優先順位の一番上に入り込んでくるので、予定の全てがひっくり返り、大きなエネルギーを消費しました。

そして「1人の時間」を失いました。自分のペースへのこだわりが強いので、暮らしのなかに1人の時間を持てないと、余裕がなくなっていきました。妻が早くから職場復帰していたこともあり、家にいるときはなるべく自分が娘のケアをしようと構えていました。妊娠・出産を経た妻を労わる気持ちが強く、自分を客観視することができていませんでした。 「システム」が「自然」に立ち向かえない 平日は毎日決まった時間の電車に乗り、会社のあるビルのエレベーターから降りると、タイムカードを押し、パソコンと向き合う毎日です。びっしりと埋められたスケジュールは、ときには1分単位で切り刻まれ、終電で帰る日もありました。僕は、新しいプロジェクトの立ち上げメンバーになっていました。上司や同僚からは「パパになって、頑張らないとね」と。自分たちが働いて稼いだお金で、家賃やミルク代を払い、娘を養っているという自負や誇りは、良くも悪くも強大なものでした。 貯蓄計画も、出産の前後にかけて作りました。生活費や教育費を計算し、大きな模造紙を買ってきて、娘が成人するまでの計画を1年ごとのマス目に書きました。そして家や車を買ったり、毎年旅行に出かけたりといった“普通”の暮らしを娘に提供するには、いつまでにいくら必要なのかを1年ずつのマス目に落とし込み、まとめたのは18年分。出来上がってから計画を妻にも共有し、自らに発破をかけたのです。

毎朝決まった時間の電車に乗り、貯蓄計画を作り、システマチックに行動すればするほど、目の前にいる「自然」を受け入れられなくなっていきました。理想と現実が離れて、引きちぎれていっていました。 管理できない「子ども」を受け止めること 待ち望んだ娘の誕生は、僕たちにとって幸福なことでした。娘にミルクを飲ませ、オムツを換え、小さな爪を切りました。たくさん話しかけ、写真や動画をたくさん撮りました。そうした記憶や記録は大切に持っています。

ただ、発達障害の特性への無理解が、「自然」をシステマチックに受け止めようとした“くい違い”を、より広げてしまっていました。特性を理解し、「聴覚過敏の特性に対しては耳栓をする」などの対策ができていれば、いくぶん余裕を持って子育てができていたと思います。 父親の都合、障害、予定には関わらず自然に生きる娘ーー。計画通りに進められるはずもなく、娘を主体にしてスケジュールや働き方、暮らし方を柔軟に組み替えていく必要がありました。管理するのではなく、ありのままの「自然」を受け止めるための心構えや、周りの人との体制作りが必要だったのだろうと思います。 荒れ地となってから、僕たちの子育てはスタートしました。しかし、我が家はさらに荒れ果てることになります。僕に、うつがやってきました。

<遠藤光太> フリーライター。発達障害(ASD・ADHD)の当事者。妻と7歳の娘と3人暮らし。興味のある分野は、社会的マイノリティ、福祉、表現、コミュニティ、スポーツなど。Twitterアカウントは@kotart90。      ◇   ◇   ◇ 遠藤光太さんの連載「発達障害とパパになる~子育て苦闘の7年間」(https://withnews.jp/articles/series/104/1)は、原則毎週水曜日に配信予定です。全18回でお送りします。 〔2021年2/3(水) withnews〕 

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新書『コンビニは通える引きこもりたち』 「引きこもり」の9割は外出 多様な実態綴った支援者の思いとは?(レビュー) 久世芽亜里・評「一筋縄ではいかない」 『コンビニは通える引きこもりたち』 久世芽亜里[著]新潮社 「引きこもり事情」とその対処法を解説した新書『コンビニは通える引きこもりたち』が刊行。引きこもり支援のNPOで働く久世芽亜里さんが、本作を執筆した想いを語った。      *** 引きこもりと言えば、自室や自宅にこもり、外に出ないもの――。そんな風に思っていませんか? 実際は、9割近くが近所のコンビニ程度の外出はしており、自宅から出ない人は少数、自室からもめったに出ないという人は稀です。

引きこもりは、昨年起きた2つの事件(登戸通り魔事件、元農水事務次官長男殺害事件)や「8050問題」が取り上げられたことなどから、大きな注目を集めています。引きこもりという言葉自体も20年以上前から使われており、十分に浸透しています。 ですが様々なイメージや事件による報道が先行し、その実態が正しく理解されているとはとても言えません。そこで本書ではその理解を進めるべく、引きこもりに関する様々な事柄を、支援現場に居る立場から書かせていただきました。 私が所属する「認定NPO法人ニュースタート事務局」は、1994年から25年以上、引きこもりなどの若者の支援活動をしています。訪問活動と共同生活寮の運営がその中心で、これまで1600人以上を支援してきました。私はそこで年間約150組(今年はかなり減っていますが)の親御さんの対面相談や、ブログやメールマガジンなどの文章での発信を担当しています。

本書のキーワードは、引きこもりにまつわる「多様性」です。 コンビニに通える人から、自室からもほぼ出ずに親も何年も姿を見ていないという人。学生時代のいじめがきっかけという人から、10年同じ会社に勤めていた後に引きこもりになったという人。引きこもり半年という人から、30年という人。親子で外食に行き仲良く会話する人から、親を骨折させるほどの暴力をふるう人。健康な人から、精神疾患や発達障害がある人。 引きこもりと一括りにされますが、その実態はとにかく多様です。私自身が相談を受けたケースや、団体として支援したケースを元にした事例を入れることで、その多様さがイメージしやすくなるようにしてみました。

多様な実態には多様な支援によって対応するしかありませんが、それゆえに親が迷ってしまうことはよくあります。うまく解決できない親には、言いがちな言葉と定型的な考え方が共通してあります。そうした状態から抜け出すためにはどうすればいいのか。私たちの支援の実態から、親に求められる「変化」と「覚悟」についても記してみました。 本書は、引きこもりをあまり知らない方に向けて、なるべく客観的な視点で全体像を伝えることを目指して書きました。正しい理解が、この大きな社会問題の解決への第一歩となるはず、と信じています。

[レビュアー]久世芽亜里(認定NPO法人ニュースタート事務局スタッフ) 新潮社 波 2020年10月号 掲載 新潮社 〔2021年2/3(水) Book Bang〕 

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発達障害 35歳、発達障害の僕が発見した「すぐ気が散ってやばい」人を救う道具ベスト8 発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。 近著『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が紹介されています。 働かなくても生活することはできますが、生活せずに働くことはできません。仕事第一の人にとって見逃されがちですが、生活術は、仕事をするうえでのとても重要な「土台」なのです。 この連載では、本書から「在宅ワーク」「休息法」「お金の使い方」「食事」「うつとの向き合い方」まで「ラクになった!」「自分の悩みが解像度高く言語化された!」と話題のライフハックと、その背景にある思想に迫ります(イラスト:伊藤ハムスター)。

●発達障害の問題に完全対応した執務環境 このイラストが、僕の執務環境になります。営業マンと文章の仕事を掛け持ちするようになって以来、とにかく環境を整えなければどうにもならないと確信し、2年ほどかけてつくりこんできました。この環境は ・ほぼすべての必要なものに「一手」で手が届く ・「作業スペース」を極力広くとる ・「身体の負荷」を可能な限り小さくする ・チェックを怠ってはいけないものが常に「視界」に入るようにする という4つの考え方で構成されています。

お子さまの勉強机にも応用可能ですし、机は人生をつくり出すものです。工夫しすぎて損はありません。

(1)机 まず、一番重要なのは作業スペースの広さです。もちろん、小さいスペースを上手に工夫して使えるなら、それは素晴らしいスキルだと思います。しかし、僕にそれはできません。僕にとって、作業スペースの大きさはそのまま「脳のメモリ」の大きさに直結します。なので、机は2つをL字型に組み合わせて使っています。パソコンを使う机と紙ベースの事務を行う机、この2つは絶対に別でなければ、僕は仕事ができないのです。また、座高が高めなので、最もフィットする75センチの高さのものをひとつ。さらに、それに合わせて高さを昇降調整できるものを組み合わせています。 ※僕が使っているのは机①、机②(昇降式)

(2)モニタ モニタが2台あるのも机と全く同様「作業スペースを広くする」ためです。短期記憶が極端に弱いので、タブを切り替えながら作業をすることが僕にはできません。一度画面から消えたものは完全に記憶から消滅してしまうのです。かつて会社で仕事をしていたころは、私物のモニタをもちこんで無理やりデュアルモニタにしていました。 ※僕が使っているのはこちら

(3)イス ずっと座り作業をする以上身体的なダメージを軽減する必要があります。僕は腰が悪いので、イスはポスチャーフィットのついたアーロンチェアを愛用しています。このイスは友人からのもらい物なのですが、かつて非常に安いイス(旧共産圏の刑務所にありそうな)を使っていた頃にずっと悩まされていた腰痛から解放されたのは本当に驚きました。なにがアーロンチェアじゃこちとら借金玉じゃ、という気持ちが長年あったのだけれど、座ってみたらモリモリ腰痛が改善したのでもう何もいえない。 ※僕が使っているのはこちら

(4)キーボードまわり キーボードは真ん中から2つに割れた分割型のキーボードを使っています。あまりなじみがないかもしれませんが、使ってみるとキーボードに向かって脇を締めるという動作がいかに背中や肩に負担をかけていたのか実感できます。 当然ながら、キーボードを打つときやトラックボールを使うときに腕を預けるリストレストは必需品になります。僕はキーボードをおそらく年間200万字以上打つのですが、このキーボードまわりの工夫をしていなかったため、かつてはひどい腱鞘炎に悩まされ痛み止めを飲みながら仕事を続ける羽目になりました。その結果どうなったかといえば、胃まで壊れました。 ※僕が使っているのはこちら(著者の型番のものは現在廃盤のため、近い商品です)

(5)デスクオーガナイザー 向かって左側にはペンや計算機、小物類を入れるデスクオーガナイザーがありますが、これは中が見通せるメッシュのものを使うのが最も重要です。どれだけ消しゴムを買っても、どれだけシャープペンシルの芯を買ってもなくしてしまうあなたは今すぐ採用するべきです。 ※僕が使っているのはこちら

(6)イヤーマフ 僕は感覚過敏が非常に強いので、音を遮るイヤーマフは絶対に手放せません。仕事をしていると、突然ちょっとした音が気になって何もできなくなることがあるのです。そんなときにこのイヤーマフは本当に助けてくれます。 ※僕が使っているのはこちら

(7)壁 目の前にある壁は、視界を遮って集中を阻害するものが目に入らないように据え付けています。実はこれ、大きな棚の背中なのです。自習室などで一人分のスペースが仕切りに囲まれていると妙に集中できるという体験をした人は多いと思いますが、あの設備を自宅につくらない理由はひとつもありません。

(8)カレンダーとして使うタブレット 左側にある小さめのタブレットは、常にGoogleカレンダーを表示しています。こちらの「究極カレンダー」については以前の記事で詳しく紹介しています。 借金玉 〔2021年2/5(金) 6:01ダイヤモンド・オンライン〕 

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発達障害男性 50歳で「社会保険労務士」合格  50歳で「社会保険労務士」合格した発達障害男性~昨年ADHDと診断されて勉強法を徹底的に変えた
苦楽を共にしたテキスト。ミツルさんは「年金や労働関連の法律はよく改正されるので、これからも勉強は続けなければなりません」と話す(写真:ミツルさん提供)
今回は、ADHD(注意欠陥・多動性障害、発達障害のひとつ)と診断された人の“成功体験”を紹介したい。
昨年、10回目の挑戦で、社会保険労務士の試験に合格したミツルさん(仮名、50歳)だ。
10回目の挑戦でようやく手にした社会保険労務士の合格証書
■難関試験に合格も、周囲の反応は…
社会保険労務士は合格率6~7%ともいわれる難関資格である。取材の際、まず「おめでとうございます」と伝えた。
すると、ミツルさんは丁寧に「ありがとうございます」と応じた。ただ、その後の話ぶりは意外なほど冷静だった。
「確かに社会保険労務士になるパスポートは手に入れました。でも合格することが目標ではありませんから」
発達障害と診断された人の中には、いろいろな会社に勤めても、ケアレスミスが多かったり、人間関係がうまく築けなかったりして解雇や雇い止めにされる人も少なくない。
そして転職するたびに困窮度が増していく。ミツルさんもそうだった。
組織の中でうまく立ち回れなかった自分が、社会保険労務士としてやっていけるのか――。
そうした疑問や不安を抱いているのはミツルさんだけではないという。
「両親に合格を伝えたときは、『お前が本当にADHDなら、社会保険労務士なんて受かるはずがない』『やっぱり甘えていただけだ』と言われました。
離婚した元妻には今も養育費を払っているのですが、『頼むから、独立して開業なんてやめてくれ』と言われています」 ミツルさんの周囲はお祝いムードからは程遠いのだという。ミツルさんの半生とはどのようなものだったのだろう。
ミツルさんはある地方都市でそば店を営む両親のもとに生まれた。
小学生のころから宿題や教科書をたびたび忘れたり、物をよくなくしたりする子どもだった。
授業に集中することができず、隣の子どもに話しかけては先生から怒られた記憶がある。
小学6年生のときの担任が両親に対して「とても私の手には負えない。転校を考えてみてもらえないか」と相談していたことを、後になって伝え聞いた。
母親も「これほど手のかかる子は見たことがない」とお手上げ状態。
父親は和食料理人として修業した経験を持つ苦労人でもあったことから、ミツルさんに対する評価は母親以上に厳しかったという。
このため、中学からは東海地方にある全寮制の中高一貫校に入学させられた。
当時は超スパルタ教育を行う私立学校として知られ、後に教師や生徒によるリンチや事故死などが起きていたことも明らかになった。
「実際、軍隊のような生活でした。冬の朝4時から裸足で雑巾がけをさせられたり、トイレを素手で磨いたりさせられました」とミツルさん。
高校に上がるときに両親に地元に戻りたいと懇願したが、「お前が普通じゃないから、わざわざお金を出してこの学校に入れたんだ」と却下された。
ミツルさんは「普通ってなんだよと、子ども心に傷つきました」と振り返る。
在学中の6年間、大勢の同級生が脱走したり、退学したりしていった。“脱走者”が捕まると、連座制として生徒全員が罰を受けた。
ミツルさんは「周りに迷惑をかけるのが嫌で一度も脱走はしなかった」と言う。
入学時約100人いた同級生のうち、高校を卒業したのはミツルさんを含め10人ほどだった。
一方でよくも悪くも規律正しい生活の中で、ミツルさんの成績は伸びた。
このため高校卒業後は、東京の私立大学の医学部に進学。実家では親類も含めてミツルさんの“快挙”をたいそう喜んでくれたという。
■「普通のこと」ができない
ところが入学後は、タガが外れたようにパチンコ通いがやめられなくなった
。恐怖によって強いられた“規則正しい生活”は結局ミツルさんの身に付いてはいなかったのだ。
慣れない東京での1人暮らしの中、自身を制御することができず、結局3年で放校処分に。
親族からは「お前のために2000万円は費やしたのに、なんてざまだ」と責められた。
その後、別の私立大学に進学し、卒業後は地元の金融機関に就職。
しかし、ここでは計算ミスや書類の不備をたびたび指摘された。銀行員としては致命的である。
2年ほどでATMの保守点検をする担当に異動。ほどなくして自ら退職したという。
30歳を過ぎてから実家のそば店を手伝ったものの、ここでも摩擦は絶えなかった。
店は地元では有名な人気店で、食事時には行列ができた。「お店が混んでくると、混乱して段取りがわからなくなるんです」とミツルさん。
例えば、温かいそばと冷たいそばを同時に出すときは、温かいそばが伸びないように冷たいそばから作るとか、「遅い」と文句を言ってくる客には先に食事を提供してでもさっさと店から出ていってもらうとか――。
父親に言わせると「みんなが普通にできること」や「いちいち説明しなくても、見ればわかること」がミツルさんにはできなかった。
父親から怒鳴られない日はなく、結局、ミツルさんは厨房で製麺だけを担当するように。父親は10年ほど前、ミツルさんに店を譲ることなく、のれんをたたんだ。
最後まで店の命ともいえる「かえし」の作り方を教えてくれることはなかったという。
当時、ミツルさんは結婚していた。母親の知人による紹介の「見合い結婚のようなものでした」という。
父親が店をやめて失業状態となったとき、子どもも2人いた。
家族を養うために懸命に仕事を探したものの、すでに40歳を過ぎており、働き口は非正規雇用ばかり。
うどん店や小売店、配達ドライバーなどの仕事を転々としたが、月給はいずれも20万円ほどだった。
専業主婦の妻とは、ミツルさんの稼ぎが少ないことや、子育ての分担をめぐり言い争いが絶えなかった。
ミツルさんはすでに社会保険労務士の試験勉強を始めており、帰宅後はすぐに机に向かいたかったが、妻からは子どもの面倒もみるよう求められたという。
「毎日怒鳴り合いのケンカでした。妻も疲れていたとは思います。
でも、私も家族がいたからこそがんばって資格を取ろうと決めたのに……。
妻にしてみたら、地元の有名店の跡取り息子と結婚したはずなのに、気がついたら夫は月給20万円の非正規社員。
向こうにしてみたら期待外れだったのかもしれませんね」
■離婚後も毎年受験、ADHDの診断が転機に
ミツルさんはその後、妻の希望にこたえるため、会社を経営する知人に頼み込み、正社員として採用してもらった。
しかし、ここでもケアレスミスを連発。
しばらくして社長から「将来、社会保険労務士になるということは、うちで長く働くつもりはないのだから」という理不尽な理由で25万円の月給を20万円に減らされてしまった。
さらに悪いことに、そのころ妻との離婚が決定。
月給25万円を基に算出した養育費5万5000円を毎月支払うと約束したばかりだった。
現在まで養育費は一度も欠かすことなく払い続けている。
しかし、「子どもが父親を怖がっている」という理由で、離婚してから5年間、一度も面会を許されていないという。
離婚後はそれまで住んでいた公営住宅に妻と子どもを残し、ミツルさんが賃貸アパートに移った。
給与カットに養育費の支払い、家賃負担――。急激な負担増に、食費に事欠くこともあったという。
この間も社会保険労務士の試験は毎年受け続けた。
自己採点によると1点差で落ちた年もあり、そんなときはしばらく何も手につかないほど落ち込んだ。
八方ふさがりの状況の中、転機が訪れたのは昨年はじめ。
会社の同僚から「発達障害だと思うから、一度病院に行ったほうがよい」と勧められたのだ。
精神科を受診したところ、昨年春ごろにADHDと診断された。
ミツルさんは「視界が開けた気がしました。
今まではただの性分だと諦めていたことが、障害が原因だとわかったんです。
手品の種明かしをされたようでした。不思議なことに原因がわかると、パチンコ通いも途端に興味がなくなったんですよね」と話す。
診断後、勉強方法を徹底的に変えた。
漠然と「時間があるときに勉強する」ではなく、出勤前に2時間、帰宅後に3時間、平日は計5時間は必ず勉強の時間を捻出すると決めた。
集中力が落ちてきたと感じたら、近所のファストフード店などに場所を変えるようにした。
自分が計画どおりに物事を進められなかったり、集中力が保てなかったりするのは、障害が原因だという前提で、それまでのやり方を改めたのだ。
ミツルさんは社会保険労務士を目指した理由を次のように説明する。
「人々の生活に密接に関わる仕事だからです。
例えば、父のそば店では私を含めて従業員全員が社会保障に未加入でしたが、そうした問題のある会社を少しでも減らしたい。
それから、障害者雇用助成金の正しい使い方を知ってもらうことで、障害者の働く機会も増やしたい。
制度について知識がないばかりに将来困る人を少しでも減らせる、社会に貢献できる仕事だと思ったんです」
■診断をゴールではなく「きっかけ」に
ミツルさんは終始、落ち着いた話しぶりだった。
ただ、昨年11月6日の合格発表の日は、時間ぴったりに厚生労働省のホームページにアクセス。
自分の番号を見つけたときは、「よっしゃ!」と声を上げ、ガッツポーズをしたという。
ミツルさんは今年秋の開業を目指している。幸か不幸か、現在勤めている知人の会社はつい最近解雇された。
取材中、ミツルさんは自分に言い聞かせるように「大変なのはこれからだと思っています」と繰り返した。
たしかに会社員であれば解雇や雇い止めには労働関連法が一定のハードルを設けている。
しかし、個人事業主である社会保険労務士は通告ひとつで契約解除される。
一方でこれは持論だが、発達障害と判明した人が診断をただの「ゴール」とするのか、それともミツルさんにように今後のための「きっかけ」とするのかで、人生のあり方は大きく違ってくる。
それに本来制度を利用できる人が利用できていない行政の不作為ともいえる隙間は確かに存在する。
そこには発達障害当事者、非正規雇用経験者でもあるミツルさんのような専門家の需要もまたあるのではないか。
50歳の新人社会保険労務士へのエールとしたい。
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。
藤田 和恵 :ジャーナリスト
〔2021年2/5(金) 東洋経済オンライン〕 

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発達障害 発達障害の僕が発見した「ついコンビニ飯やウーバーイーツに頼る人」の家に決定的に足りていないもの 発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。 近著『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が紹介されています。 働かなくても生活することはできますが、生活せずに働くことはできません。仕事第一の人にとって見逃されがちですが、生活術は、仕事をするうえでのとても重要な「土台」なのです。 この連載では、本書から「在宅ワーク」「休息法」「お金の使い方」「食事」「うつとの向き合い方」まで「ラクになった!」「自分の悩みが解像度高く言語化された!」と話題のライフハックと、その背景にある思想に迫ります(イラスト:伊藤ハムスター)。

●狭小ワンルームが、自炊をだるくさせる 「自炊しろとか言われてもさ、ウチの台所めちゃくちゃ狭いんだよね。コンロも一口しかないし。」 僕も長年狭小ワンルームに暮らしてきましたので、この気持ちはよくわかります。

しかし、狭小ワンルームという限定された環境でも、工夫次第で調理効率を上げていくことは十分に可能です。 僕は数年前まで都内で飲食店をいくつか経営していました。さまざまな悲しい出来事があってそれらのお店はすべて売却することになってしまったのですが、その話はまぁいいとして(悲しい話はしたくありません)僕がいいたいのは、都内で飲食店を経営するというのは果てしないスペース不足との戦いそのものだということです。 「飲食店の厨房」といえば、家庭用のキッチンとはまるで違うすごい設備があたりまえにあると考えている人は少なくないでしょう。しかし、今度カウンター6席くらいの店主一人で切り盛りする小さな居酒屋にでも行くことがあったら、ぜひ厨房の中をのぞき込んでみてください。「ちょっとリッチな一人暮らしの大学生のほうがマシな台所を持っているのではないか?」という環境で料理をしているはずです。 そりゃあそうです、東京みたいな場所で一番高いものといえば土地。我々料理人はいかに小さいスペースでおいしい料理を効率よくつくるかの追究に血道をあげているのです。別にそんなことをしたいわけではないのですが、やらざるを得ない。

●「調理ケトル」を購入してください 狭小ワンルームにおける調理効率のボトルネックはどこにあるのか。それはまず「熱源」の数にあります。料理にはたいていの場合「加熱」という工程がありますが、一般的な独り暮らしのワンルームにはガスであれ電気であれ熱源はひとつしかありません。野菜を炒めて、鍋をどかして肉を焼き、それからみそ汁をつくる。こんなことをしていてはとんでもなく時間がかかってしまいますし、みそ汁ができ上がる頃に野菜炒めはすっかり冷めきってしまうでしょう。そこでまずは熱源を増やさなければいけません。

この「追加熱源」の中で最も便利なものは炊飯器です。あまりに一般化しているので気づきにくいですが、あれも実は「熱源を増やして調理の効率を上げる」ための道具といえます。ガスで米を炊いていたら効率が悪すぎる、だから炊飯器があるのです。しかも廉価でどこでも売っています。 そういうわけで、僕は炊飯器を炊飯用以外にもうひとつ購入して煮込み料理に非常によく使っていたのですが、最近メーカーさんから「調理に使うのは推奨してないよ」みたいな話も出てきてしまいました。実際、僕は長年炊飯器で豚の角煮もイワシの梅煮もパキスタンカレーも調理してきたし、問題が起きたことは一度もないのですが、偉大なる日本の調理器具メーカーがいうことを無下にもできません。 そこで、まずは調理用炊飯器の代わりに「調理ケトル」というものを購入しましょう。値段はせいぜい数1000円。これはコンセントにつなぐと加熱できる電力鍋みたいなものですが、ガスより火力が一定していてしかも保温機能もあるという非常に優れた調理器具です。これさえあれば、勉強机の上でも煮込み料理ができます。しかも、ガスより熱の当たりがやわらかいので煮込みがうまいこと仕上がります。

さらにもうひとつ何かを買うなら僕は「BRUNO」というメーカーのコンパクトホットプレートを推奨します。焼いたり炒めたりもできるし、アタッチメントをつければそのまま電気で加熱できる大鍋になります。これと調理ケトルがあるワンルームの台所であれば、よくこなれた料理人なら8人くらいのお客さんをもてなすことが可能になってきます。あなたの夕食くらい、楽勝です。 「自炊はめんどくさい!」というあの感覚は、熱源不足で作業が並行できず時間がかかりすぎる問題であることが非常に多いです。 まずは熱源を増やし、作業を並行できるようになりましょう。調理ケトルをひとつ増やしてペペロンチーノスパゲティを1回つくってみるだけで、その劇的な効率に気づくはずです。ニンニクとオリーブオイルのソースをつくりながらパスタをゆでられる。たったこれだけで効率は2倍なのですから。二口コンロがある方も、ぜひ火力調整しなくても吹きこぼれない調理ケトルやコンパクトホットプレートを試してみてください。二人分以上の食事をつくるなら、二口コンロでも熱源は足りないと僕は思います。そしてこの作業を並行する「効率化」の感覚をつかんでください。一気にすべてがラクになります。

・自炊がめんどくさいのは、熱源が足りないから ・調理ケトルを買うだけで、調理効率は爆上がりする この2つのポイントを覚えておいてください。

借金玉 〔2021年2/7(日) ダイヤモンド・オンライン〕 

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お肉やチーズはたっぷり食べてOK!?大人がやせる食材はコレだ!
大人はたっぷり正しく食べればやせるんです!でも何を食べたらいいの? 1年半で40kgやせた直子さんに教えてもらいました。
ポイントは、低糖質かつ健康維持に必要な栄養が豊富な食材。たっぷり食べれば脂肪が燃えやすい体に!
お肉やチーズはたっぷり食べてOK!?大人がやせる食材はコレだ!
<教えてくれた人>比嘉直子さん(沖縄県/48歳)
家族構成は夫(55歳)と25歳と22歳の男子、中1の女子。
14歳からダイエットとリバウンドを繰り返す。
40歳になった頃から高血圧や疲れやすさ、睡眠障害など体調不良に悩み43歳で食べ方の習慣を変えて1年半で40kg減。
現在は農業のかたわら「じねんこどもクリニック」でダイエットアドバイザーを務める。
著書に『まんがで卒デブ ちゃんと食べて生まれ変わるダイエット』(主婦の友社)。
とにかく動物性たんぱく質が大事【肉・卵・チーズ】
やせる食べ方習慣での動物性たんぱく質の1日の摂取目安量は肉200g+卵3個+チーズ100g。
肉は豚バラ肉や鶏もも肉など脂質が多い物は、腹もち最高!魚もおすすめ。
根菜以外をたっぷり【野菜・きのこ】
野菜の中で根菜類は糖質多めなので控えて。
葉もの野菜やピーマン、なすなどの実野菜は糖質が少なく、ビタミン、ミネラルが豊富。
食物繊維の多いきのこも◎。
植物性たんぱく質も必須【豆腐・納豆】
動物性たんぱく質のほかに、大豆が原料の豆腐や納豆で植物性たんぱく質も補って。
動物性と植物性のたんぱく質を両方毎日食べることで体調にも好影響が。
食物繊維でお通じ改善【海草・こんにゃく】
海草やこんにゃくに含まれる水溶性食物繊維は、腸内細菌の餌になり、腸を活発に動かしてくれる。
その結果、快便になり「食べて出せる」体になれる。
バターやオリーブ油はOK【よい油脂】
食事の満足感を高めてくれるダイエットの味方。
バターやオリーブ油、ココナッツオイル、えごま油、亜麻仁油、そして肉や魚の脂肪はよい油脂なのでOK。
どんどんおいしくなってる【低糖質スイーツ】
おやつをやめるのは結局、リバウンドの元。そこで活用したいのが、コンビニやスーパーで買える低糖質スイーツ。
プリンやケーキ、アイスまで顔ぶれは多彩!
家族の記念日には好きなお店のスイーツを食べよう!
コンビニスイーツで手軽な満足を頻繁に得るのではなく、誕生日など「ここぞ」というときはとっておきのスイーツを。
ふだんガマンしている分、満足感MAXに。
はみだしQ&A
Q 疲れた日におすすめの飲み物は?
  A 砂糖を入れない生クリームは意外に低糖質!元気が出ない時は生クリームをコーヒーにたっぷり乗せて飲みます。
砂糖が入っていないココアに、低糖質甘味料「ラカント」を入れても満足度高いですよ。
<監修>じねんこどもクリニック院長 今西康次先生
小児科医、スポーツドクター。ダイエットや発達障害の人向けの食事栄養療法に詳しく、「薬だけに頼らない医療」を目指している。
著書に「ダイエット外来の減量ノート」(筑摩書房)。
参照:『サンキュ!』2021年2月号「別冊:大人がやせる食べ方」より。
掲載している情報は2020年12月現在のものです。
構成・文/杉澤美幸 編集/サンキュ!編集部
サンキュ!編集部
〔2021年2/7(日) サンキュ!〕 

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ICT教育 【ICT教育元年】1人1台端末をめぐるルールの現状 3月中には支給される予定の端末、その活用法はいまだ曖昧だ ■持ち帰りはOK? 教育以外の使用は? 萩生田光一文科相がICT端末を自宅に持ち帰ることに前向きな姿勢を見せている。新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の影響でGIGAスクール構想の1人1台ICT端末が前倒しで実現することとなり、今年3月末までには公立小中学校の児童生徒が「自分のICT端末」を手にすることになる。 今後の焦点の一つは、その端末を家庭でも利用できるようになるのかどうかである。それによって学校側の対応も大きく変わってくるはずだ。 オンライン授業について萩生田文科相は昨年10月9日の記者会見で、次のように述べている。

「一人ひとりに適切な指導をするためには児童・生徒のそばに教師がいる必要があり、教師がいない指導が対面授業に代替できるとは現段階で考えていない」 つまり、ICT端末を子どもたちが持ち帰って家で授業を受けることは難しいというわけだ。 1人1台ICT端末は新型コロナでの一斉休校から必要性が高まり、前倒しが決まった。これは一斉休校のような事態になってもオンラインで授業が実施できることを世論が期待したことも大きい。他にも学級閉鎖や、不登校の子が授業を受けるためにもオンライン授業を利用できる可能性はある。 それを見越して、オンライン授業のためのコンテンツづくりに取り組んでいる学校、教員は少なくない。しかし、そうしたコンテンツを子どもたちが家で利用できる可能性を、萩生田文科相は先の発言で否定したことになる。 オンライン授業が無理となると、子どもたちがICT端末を家に持ち帰る必要性もさしてなくなる。そのため、1人1台ICT端末が実現したら、保管は学校で行うことを前提にしている自治体は少なくない。 そして2月16日、ICT端末の持ち帰りについて質問された萩生田文科相は次のように述べている。

「いままでも議論を積み重ねてきましたけれども、基本的にはですね、いつでも学び、自分自身の学び直しができるのがICT機器の良さなので。学校に大事に置いておくんじゃなくて、持ち帰りを前提に有効利用してもらいたいなという気持ちはあります」 端末の持ち帰りについて積極的な姿勢である。ただし、ただアクセルだけを踏んでいるわけでもない。次のように続く。

「ICT教育元年ですから、スタートダッシュからですね、すべて持ち帰りで、家でも自由に使っていいよということが、本当に子どもたちのためになるかどうかということも含めて、設置者でこれからルール化をしていくんだと思う」 設置者、つまり自治体ごとのルール化を促している。持ち帰るようにすべきだが、それには「ルールが必要」というわけだ。そのルールについても萩生田文科相は触れている。 「私はポジティブなリストでいいと思うのですけれど、逆に、自治体としてはネガティブリストをつくって、持ち帰ってもこういうことはやらせるべきじゃないとか、こういうものは時間制限するべきだとか、あるいは親子でのルール化をするようにとか、こんなことの準備をしていますので、一律にこうするべきだって国が指針を示すつもりはないんです」

■文科省のルールはガイドラインか制約か ここでは「オンライン授業」には触れていない。持ち帰っての学習とは、あくまで宿題や自主学習を前提にしているのかもしれない。そして、意外にも萩生田文科相は学習以外の端末利用にも理解を示している。

「勉強に関係ないことにはいっさい使っちゃいけないとやるのが、本当に機器を使った新しい教育の環境の向上のためにプラスかマイナスかっていうことも考えなきゃならない」と述べているのだ。 しかし、「うちの子は帰ってきてずっとゲームやっている、というのは望ましくないと思うので、そのへんのボリュームも含めて、だんだん練れていくんじゃないかと思います」とも続けている。 手元に届いた1人1台ICT端末でゲームを楽しむのも認めるべきだとしながら、それにはルールが必要と言っている。 これらの発言が文科省の方針であり、それを自治体として守らなければならないとなると大変だ。あれもやれ、これもやれと言っているようで、自由にしてはいけないと釘を刺しているような発言だからである。 学校や教員も迷っているはずだ。ICT端末の利用を優先するように指示している自治体は多いが、どのように利用するのか具体的なことは示されていない。学校や教員に丸投げ状態なのだ。 それでいて、「自由にしていいよ」というわけでもない。何をやっていいかは指示できないが、手綱だけは離すなというわけだ。 そうした自治体にとって、2月16日会見での萩生田文科相の次の発言は朗報かもしれない。

「自治体の不安には応えていかなきゃならないので、Q&Aですべてチェックができるような形を3月末までに用意をしたいと思っています」 これは文科省としてのルールを示すということだ。現状は端末の持ち帰りを前提に進めている自治体もあれば、持ち帰りを禁じる方針を固めつつある自治体もあるといった具合で、バラバラである。これらを統一する必要はないはずだが、文科省がルールを示せば、ほとんどの自治体はそれに従うだろう。自らの責任ではなく、文科省の責任にできるからだ。 そして学校や教員は、そのルールを押し付けられることになる。ルールを決められて安心する学校や教員もいることだろう。ただ、自分たちなりにICT端末利用の可能性を広げようと考える学校や教員にとっては、そのルールはマイナス効果になってしまう。 ともかく、萩生田文科相が口にした「Q&A」なるルールがどういうものになるかが注目される。それによって、今後のICT端末の利用の仕方、そしてGIGAスクールの姿が具体的に見えてくるのかもしれない。 前屋 毅 〔2021年2/21(日) BEST TIMES〕 

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小島慶子 高校時代に「太ることが急に怖くなった」小島慶子さん 激しいダイエットとチューイング、摂食障害の始まり 小島慶子さん 40歳を過ぎてから軽度のADHD(注意欠如・多動症)と診断された小島慶子さん。自らを「不快なものに対する耐性が極めて低い」「物音に敏感で人一倍気が散りやすい」「なんて我の強い脳みそ!」ととらえる小島さんが綴る、半生の脳内実況です! 今回は、小島さんが高校時代に太ることを怖れるようになり、口に入れて味わってから吐き出す「チューイング」が始まったきっかけについて綴ります。 (これは個人的な経験を主観的に綴ったもので、全てのADHDの人がこのように物事を感じているわけではありません。人それぞれ困りごとや感じ方は異なります)

自分に自信がないと、摂食障害? 意外なチェックポイント

幼い頃から感じていた、すうすうと寂しい気持ち 一人でいるのは好きですか。苦手な人もいるでしょう。私もかつてはそうでした。一人でいるのは、大嫌いな自分と二人きりになるということ。ダメな自分のことを考えないように、なんとか気をそらそうとするのですが、よりによって考えるのをやめようとしないおしゃべりな脳みそなもので、ダメ出しが止まらないのです。若い頃は、読書や音楽や恋愛など、とにかく脳みその注意を自分自身から逸らすために、夢中になれるものを常に探していました。 幼い頃から、なんだか胸にすうすうと寂しい気持ちがありました。家族と車に乗っている時や、テレビを見ている時などにふと「ああ、他にも子どもがいたらなあ」という気持ちになったものです。実際、姉とは9歳離れており、いとことも滅多に会うことがなく、日常的に接する同年代の身内はいませんでした。ただ、あの寂しさはそれが原因ではなく、心の中に安心できる場所がなかったからなのかもしれません。

心がどこかにしっかり繋がっていれば、一人でいてもすうすうしないものです。実際、今の私はオーストラリアの夫や息子たちと8000キロ離れていても、東京での一人暮らしであの身の置きどころがないような孤独を感じることはありません。必要なのは同居人じゃなくて、心の中のホームなんだなとつくづく思います。なんでも話せる仲間がいるという心強さ。心理的安全性の高い”居場所”となるような人間関係に恵まれていれば、きょうだいがいようがいまいが、同居人がいようがいまいが、寂しくはありません。 今年大学1年生と高校1年生になる息子たちは、今は成長して落ち着いたものの、以前はよくくだらない喧嘩をしていました。お菓子を食べた食べないとか、どっちが先にシャワーに入るかとか、実に些細なことで揉めるのです。

それを見て、おお、かつて私がしたかったのはこれだよなあと思ったものです。くだらない言い争いがくだらないまま終わる関係って素晴らしい。些細なことが平手打ちや罵倒の言葉に繋がりかねない関係では、くだらない喧嘩はできません。 あれは寂しさというよりは、安全への憧れだったのかもしれません。いつも家族の機嫌を損ねるような地雷を踏んでしまう間抜けな自分が情けなかった。そもそも家の中が地雷原なのは過酷すぎます。でも、他の家庭を知らなければ、それが普通だと思うもの。 アニメの「サザエさん」で、カツオが姉のサザエに怒られたあと、尾を引くことなく一家団欒(だんらん)のシーンになったのを見て、「えっ、もう誰も怒っていないの?!」と驚きました。家族にほとんど怒鳴られたことがなく、一度も叩かれたことがない子もさほど珍しくはないことに気づいた時も、本当にそんなうまい話があるのか?とにわかには信じられませんでした。

家族の愛情深い面と、そうでない時とのギャップに こう書くと私の育った家庭が24時間修羅場だったように思うかもしれませんが、そうではありません。だからややこしいのです。父も母も姉も、温かい家庭を望んでいて、家族を思う繊細で優しい気持ちのある人たちです。ただ3人とも、上手な愛し方がわからなかったのです。 絵に描いたような心ない家族なら憎んで捨てることもできますが、とても優しくて愛情深い面も見せてくれるので、そうでない時とのギャップに戸惑い、家族への期待が捨てられませんでした。いい時と悪い時がどういう法則で現れるのかがわからず目が回って、ここから出たいという気持ちと、ここを出たら生きていけないという気持ちとに引き裂かれてしまう。家族に対してそんなふうに思ってしまうことに、強い罪悪感を覚えました。

大人の視点で見れば、両親や姉の苦しさもよくわかるのですが、子どもの養育という観点で見れば、そのような家庭で育つ最も年少の子どもが受ける影響はやはり気がかりなものがあります。加えて当時はADHDがほとんど知られておらず、私は「落ち着きがなく癇の強い、育てにくい子ども」だったので、本人も家族も辛かったのでしょう。 私が大泣きしたりごねたりすると、母はよくトイレにこもって泣いていました。父と姉には「ママをいじめちゃダメだよ」とたしなめられました。幼い時から母を苦しめていることに強い罪悪感を覚えていましたが、「ママはどうして私の話をちゃんと聞いてくれないのだろう。わかって欲しいから怒っているのに、なんでそれが”ママをいじめている””はんこうしている”ってことになるんだろう?」と途方に暮れてもいました。

母との会話はちょっと難しいところがあります。厳密には再現できませんが、例えばこんな感じ。「あのねママ、私は赤と、果物が好き」「そうよね、慶子はリンゴが好きなのよね」「ううん、赤い色と、果物が好きなの」「だからリンゴでしょ」「違う、赤は赤、果物は果物。ちゃんときいてよ」「赤い果物ならリンゴでしょ?何が気に入らないの?」「違う、リンゴの話じゃないの!」「またそうやって突っかかる。どうして素直にできないの、ひねくれた子ね」「ママのばか!」「親に向かってその口のきき方は何!」以下ループ……という具合です。 幼稚園に上がる前からそんな感じだったので「大好きなのに、ママは怒鳴ったり叩いたり泣いたりして、私も叫んだり怒ったり泣いたりしてばかり……なんでこうなってしまうのかな」と混乱していました。私は思いや考えをなるべく厳密に伝えたいという気持ちが強く、母はちょっと思いこみの強いところや早合点なところがあるので、娘がなぜ怒っているのかわからず、苛立ったのだと思います。

母もまた、心の中に安心できるホームのない人だったのでしょう。よく「どうして普通の家族みたいにできないの」と嘆いていました。私も「普通ってなに? どこにそんなのがあるの?」と言い返しながらも、その平穏な「普通」に憧れていました。 温かく優しく懐かしい思い出と、心を病むほど辛い記憶とが同じ人々によって与えられるのは、本当に苦しいものです。なぜ優しいあなたとひどいあなたが同じ人なのか、別の人だったらどんなにいいだろう、と。けれど我が身のうちにもそのような両面があることに気がつくと、そもそも人間というのは矛盾した存在なのかもしれないとも思います。だから凡庸な人が、状況次第で残酷にも非情にもなるのでしょう。

苦しい時は「助けて」と言っていいんだ! 家族の問題に気づくことができたのは、務めていた会社の診療所で産業医のカウンセリングを受けたからです。出産後に育児カウンセリングを受けたのも、赤ちゃんに当たってしまったらどうしようと怖くなったから。機能不全家族の連鎖を断ち切るには、人の助けが必要だと思いました。早くから専門家に助けを求めて本当に良かったです。一人で抱え込むことなく根気よく取り組んで、負のスパイラルから抜け出すことができました。 苦しい時は「助けて」と言っていいんだ!と思ったきっかけは、テレビドラマです。1998年からNHKで放送していたアメリカのドラマ『アリー my Love』。主人公はキャリスタ・フロックハートが演じる女性弁護士で、職場はオープンな雰囲気のボストンの法律事務所。広くておしゃれなトイレはいわゆるオールジェンダーバスルーム、つまり男女の別がありません。ここで同僚と冗談を言ったり打ち明け話をしたり。そしてみんな悩みがあると、すぐカウンセラーのもとに駆け込んでカウンセリングを受けるのです。微熱が出たから内科に行くみたいな気軽さで。

それを見て26歳だった私は「へえ、メンタルクリニックってこんな感じで行ってもいいんだ。私もつらい時にはカウンセリング、受けてみたいな」と思いました。その頃偶然に、勤めている会社の診療所で精神科医がカウンセリングをしていることを知ったのです。そこで半分は好奇心から予約をし、まずは母との関係について相談してみました。 この時に出会った先生が親切だったことも幸いして、以後、つらい時には迷うことなく専門家に助けを求める習慣がつきました。精神科にかかることに対する負のイメージがなかったのは、あのドラマのおかげ。メディアの力って大きいですね。

「助けて」と言っていいと知らなかった時は、生きているのがしんどいのは自分がダメ人間だからだと、ひたすら自分をいじめていました。15歳から30歳まで続いた摂食障害はその表れの一つです。病気だなんて知らなかった。ずいぶん長い間、誰にも言えませんでした。人には言えない恥ずかしい癖、やめられない奇妙な習慣だと思っていたのです。 「女の幸せ」の価値観に間に合わなかった世代 高校1年生の時、9歳年上の姉が結婚しました。当時、母の持論は「いい学校を出ていい会社に勤めている人と結婚して海外駐在するのが女の幸せ」でした。それは母の実体験でした。父もそうやって大変な努力によって貧しさから抜け出したのです。両親にとって、これ以上の確かなものがあるでしょうか。

ですから我が子のためを思って、心からそう教えてくれたのです。60年代生まれの姉はその価値観で幸せになれた世代。いわゆる団塊ジュニアと呼ばれる私は間に合わなかった世代です。 母の理想通りの結婚をした姉の披露宴で、一人だけセーラー服姿の私は強いプレッシャーを感じていました。自分はお姉ちゃんと同じように幸せになれるだろうか。「いい学校を出ていい会社に勤める優秀な夫」を見つけることができるだろうか。母や姉のように「ちゃんとした相手」を見つけられなかったら、人生はおしまいだ。 勉強して手に入れたセーラー服を着て、小指の爪の先でぎりぎり引っかかっている「恵まれた人たちの世界」からも脱落してしまう。上へ上へと糸をたぐっていかなくてはならないのに、足元の支えもなく引き上げてくれる人もいない。自分だけ置いていかれてしまうかもしれないと焦りました。

幼い頃から、姉は憧れの存在でした。美術や古典芸能やオペラや香水の楽しみを教えてくれたのは姉です。勉強ができてスポーツが得意で英語がペラペラで美人で人気者。私も姉のようになりたかった。なんとしてもお姉ちゃんと同じか、それ以上の幸せを手にしなくちゃいけない、と思いました。 披露宴に出席している義兄の友人たちは、有名企業に勤める若者ばかりです。この中の誰かが、セーラー服姿の自分を見初めて求婚してくれないかなと本気で思いました。あと9年しかないと思ったら、怖くてならなかったのです。 姉が結婚して家を出ると、私は小島家でただ一人の娘になりました。この先は、これまで姉の結婚に向けられていた母の関心が自分に集中する。ただでさえ過干渉気味なのに、この先は全部自分一人で背負わなくちゃならないと思ったら、天井の四隅から真っ黒な煙が湧いて押し寄せてくるのが見えました。そのまま闇に飲み込まれるような恐怖を覚え、どこにも逃げ場がないことを悟りました。食べ方がおかしくなったのはそれからです。

「女の幸せは男次第」という社会で 発達障害を持つ子どもが適切な支援を受けられずに育つと、摂食障害や不安障害などの二次障害を引き起こしやすいとも言われます。これらは先天的な脳の機能障害とされる発達障害とは異なり、誰もがなる可能性のある精神的な病気です。私は10代から30歳まで摂食障害を患い、33歳で不安障害を発症しました。ただこれらが「発達障害だから発症した」と言えるかどうかはよくわかりません。 幼い頃からの強い自己嫌悪は、発達障害に対する無理解や、周囲の否定的な言葉がけなどに加え、気質などの理由もあるでしょう。単純に「私はADHDだったので摂食障害と不安障害になりました」とは言えません。ただ、適切なケアを受けていればあそこまで強い罪悪感や自己嫌悪を抱くことはなかったのかもしれないとは思います。 発達障害であるとわかれば、対処の仕方がわかります。「聞き分けのない子」「わがまま」だと思うと、きつく当たってしまうこともあるでしょう。診断名がはっきりすることで、本人も家族も対処の仕方がわかって、虐待になりかねないような危機を回避することができる面は確かにあると思います。ただ、診断名が全てを解決してくれるわけではありません。何がその人の困りごとかを丁寧に見て、個別に対応することがまず基本でしょう。

それにしても、もしも今タイムマシーンがあるなら、あの披露宴の席で震えていた自分に言ってあげたいです。そんなに心配しなくて大丈夫。あなたは誰かに幸せにしてもらわなくても、自分で幸せになることができるんだよ、と。 でもきっと聞き入れてもらえないでしょう。当時の日本はバブル経済に浮かれていたとはいえ、構造的には「女の幸せは男次第」の社会で、そう強固に思い込むのも無理はなかったでしょうから。30年以上経った今も、男性の経済的な庇護なしでは女性が弱い立場に置かれやすい構造は変わっていないことに愕然とします。まだ”昭和”は終わっていないのです。 姉の結婚後、あの黒い煙に呑まれてからは、太ることが急に怖くなりました。もともと痩せっぽちなのに、母に細かく注文をつけて、食事もお弁当も超低カロリーにし、極端に量を減らしました。主食はパンや白米ではなく、小麦ふすま。休み時間に友達がくれた飴はこっそり捨て、口寂しい時はシュガーレスガムでごまかしました。

自分の意志の強さに満足し、朝晩体重計に乗って太っていないかを確認。生理前などにお腹が少しでも膨らもうものなら、自己嫌悪で一杯になりました。 女性は、高校時代にはホルモンの影響でふっくらしやすくなるものです。私も高3の終わりになると、食事に気をつけていても体重が増えるようになりました。そこで、食べたいものを口に入れて味わってはぺっと吐き出すことを覚えました。 いわゆるチューイングと言われる行為で、摂食障害の始まりだったのですが、当時は大発明だ!と思っていました。これなら食欲だけ満たして、カロリーを摂取せずに済むと。しかしそれでは止まらず、食欲は増すばかりでした。自分ではコントロールできなくなっていったのです。

(文・小島慶子) <小島慶子(こじま・けいこ)> エッセイスト。1972年、オーストラリア・パース生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『曼荼羅家族 「もしかしてVERY失格! ?」完結編』(光文社)。共著『足をどかしてくれませんか。』(亜紀書房)が発売中。 withnewsでは、小島慶子さんのエッセイ「Busy Brain~私の脳の混沌とADHDと~」を毎週月曜日に配信します。 〔2021年2/8(月) withnews〕 

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発達障害 精神科医が語る「発達障害の空気を読めない同僚」に対処する具体策 『ストレスフリー超大全』の著者で精神科医の樺沢紫苑さんは、借金玉さんの著書『発達障害サバイバルガイド』について、「このリアリティ、具体性は当事者の経験あってのもの。精神科医や研究者には、絶対に書けません」と絶賛しています。 今回はYouTubeで実現した2人の対談「発達障害サバイバルライブ!(動画)」の内容を抜粋・編集してお届けします。(撮影/疋田千里) (視聴者の質問) 「同僚が発達障害を持っています。どうやら会社には内緒にしているようで、空気を読めない発言や態度でお客様からクレームが入り困っています。対処法があれば教えてください」(36歳・女性)

●対処しないという選択肢も持つ

(二人の回答) 樺沢紫苑(以下、樺沢)「発達障害の人にどう向き合うべきか」は、よく受ける質問です。まず大前提として、発達障害は、本人が症状を自覚し、行動を変えない限りよくなることはありません。日本人は優しい人が多く、善意ベースで「何かをしてあげたい」と行動をとりますが、相手とのコミュニケーションに齟齬がある場合は、善意がストレスに転換する可能性をはらんでいます。残念に思う人もいるかもしれませんが、その人を変えることができるのはその人自身のみであって、他人には不可能なのです。 その上で、「発達障害にはどういう特徴があるのか」を理解していくことで、病状と行動に対する予測ができ、ある程度余裕をもって対応することができるようになると思います。 私の患者さんの中にも突然切れて暴れだす人はいるけれど、「あー、今こういう症状でこうした行動に出ているんだ」と、基本的に受け流し、静観するというスタンスでやっています。医師がとかく冷静に見えるのは、人間性が冷淡なのではなく(笑)、相手の症状を知ったうえで対応しているからなんですよ。

借金玉 そうですね。まず問題のありかを言語化する必要があります。発言のどこに問題があって、どう改善すべきなのかを当人はわかっていないわけですから、それを言葉にして教えるほかありません。例えばですが、もしお客さんにタメ口をきいているとするなら、「それはダメだよ」と、はっきり言ってあげるべきです。そして、問題を言語化するときに「発達障害」という言葉を用いる必要は必ずしもないでしょう。

それでも相手との関係がストレスになるのなら、距離をとる、逃げるということも大事だと思います。 人と人との関係性は、自分が「付き合っていこう」と認めてはじめて成立・持続するものです。義務的に付き合う必要なんてありません。家族はもちろん、職場の上司、部下、同僚の場合も同様です。職場のダメな同僚は、あくまで職場のダメな同僚で良いのです。 発達障害とストレスのどちらが体に悪いかと言えば、これはもう圧倒的に後者です。さらに言えば、発達障害はなくなりませんが、ストレスはなくせます。守るべきは、自分の健康と命。発達障害当事者と健常者の双方にとって、割り切った人間関係は大事だと思います。

借金玉 〔2021年2/23(火) ダイヤモンド・オンライン〕 

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大人の発達障害 【大人の発達障害】専門医が解説!自分、家族が診断されたら…〈後編〉 本日2月24日(水)のNHK「あさイチ」では大人の発達障害にスポットを当てます。そこで、「婦人公論」の記事から発達障害の専門家による解説を。 一般にも知られるようになってきた「発達障害」ですが、症状の表れ方は人それぞれ。もし自分や家族が発達障害であった場合は、どのように対処すればよいのでしょうか。大人の発達障害の患者を数多く診断・治療してきた、専門医の宮尾益知先生にうかがいました。後編は「自分、家族が診断されたら…」です。(構成=田中有 イラスト=石川ともこ)

ASD、ADHDセルフチェックリスト

◆親にとっても子にとってもくつろげる家庭にするために 当院へ発達障害の疑いのある子どもを連れてきた両親に、ASDやADHDの特性が見られることはよくあります。親世代は発達障害という考え方がなかった時代に育ち、「変わった子」などと言われながらも学校や職場で周囲と同じ程度かそれ以上の成果を出してきた人も。ところが、家庭を持ったり管理職に昇進したり、環境の変化をきっかけに周りとうまくやれなくなることがあるのです。

たとえば妻が体調を崩して咳き込みながら洗い物をしていても、夫は気にせずゲームをしている。「手伝おうと思わないの?」と妻は腹を立てるでしょうが、もし夫がASDだったなら、察するなんて到底無理。こういう日々の小さな行き違いが、夫婦間の亀裂を深くしていくのです。 さらに深刻な場合は、暴言や暴力の問題が起こります。自分のルールにこだわるASDの夫が、日頃から口うるさく文句ばかり言ってくる妻に手を上げる。あるいはADHDの母親が、衝動的に子どもを罵倒してしまう。こうなると家の中は殺伐として、家族の誰にとってもくつろげる場所ではなくなります。

◆あなたが発達障害の場合「特性についてよく理解する」 診察を受けて自分が発達障害だとわかったら、まず自分の特性についてよく理解することです。自分の歩いてきた道を「発達障害」というフィルターを通して捉え直してみましょう。「今思えば……」ということがいくつも思い浮かぶはず。人によっては、長い間人知れず苦労してきた原因がわかり、納得がいくようです。そこからいろいろな対策の立て方が見えてきます。

ASDの人は、基本的に「学べばできる」のです。職場ではうまくやっているという人は、無意識のうちに「褒められたことをする/られたことはやめる」という鉄則を自分に叩き込んで、どうにかうまくやりすごしてきたのでしょう。パートナーがなぜ怒るのかわからない、と思っているなら、この鉄則を家庭でも実践してみてください。どうも自分は家庭では感謝されない、味方についてもらえないと思っているなら、自分から変わっていかなくてはならないのです。

ADHDの人によく見られるのが、持ち物や資料などを片づけられない、という身辺整理の問題。これに対しては治療薬が効果を発揮する人が多いです。また、まず試してほしいのが「ビッグボックス」方式。出勤の際に必要な物を一式、ひとつの箱に投げ込んでおく。朝はそこからすべて引っ張り出せばいい。細分化して整理することを諦めて、大きなカテゴリーで管理する発想です。 またADHDには時間の管理や先の見通しを立てるのが苦手、という人も多い。朝起きて身支度をして出かけるまでの日常生活の基本動作は、できるだけ同じ手順で、同じ時間帯に行うといいでしょう。動作をパターン化して体で覚えると、時間配分を間違って慌てたり、遅刻したりすることが少なくなっていきます。

◆夫が発達障害の場合「自分が悪いのではないと気づく」 ASDと診断された夫を持つ妻のなかには、コミュニケーションが不得手な人と家庭を営むうちに、不満が鬱積していたり、うつを患っていたりする人も。 ASDのひとつにアスペルガー症候群(AS)がありますが、ASの夫を持ち、心身に不調を来した妻の状態が「カサンドラ症候群」と呼ばれて話題になっていますね。夫にASDの診断が出たカサンドラ妻は、現在の苦しい状態について「自分が悪いのではない」と気づくことから始めましょう。

そのうえで、発達障害にくわしい精神科を受診してカウンセリングを受けたり、同じ悩みを抱える自助グループに加わったりするといいと思います。“ASの夫あるある”のグチや悩みを話し合うだけでも、かなり気持ちが落ちつくでしょう。 また、夫に極端な偏食や、音や光にうるさいところがあるなら、発達障害からくる感覚の過敏が考えられます。またASDの夫は子育てに協力しない傾向が見られ、妻たちを大いに失望させますが、これも、環境の変化を受け入れるのが難しい特性が影響している可能性が。いがみ合うばかりではなく、診断によって見方を変えて、夫婦で話し合うきっかけにしてほしいものです。

子どもの障害を否定したり無視したりするのではなく、見守って 片づけられない、あるいは極端に落ち着きのない夫がADHDだとわかった場合、妻はある意味、「夫に期待しないでいい」ことになります。どんなに口を酸っぱくして整理整頓や時間を守ることを頼んでも、夫の努力だけではどうにもなりません。まず夫が医療機関に通えるように導いてください。日常生活では、たとえば「頼みごとは一度にひとつを簡潔に伝える」「大事なことは書き出して示す」などの工夫をしましょう。

時間の管理や仕事に必要な物の管理は、前項の自分がADHDだとわかった場合を参考にしてください。

◆子どもが発達障害の場合「受け止め、共感する」 高校や大学を出て、すでに大人になったわが子が発達障害だとわかったら、両親は何よりもまず、その事実を受け止めてほしいと思います。子どもはすでに学校や職場でトラブルを起こし、いじめや叱責の対象になっているかもしれません。 時に過干渉になりがちですが、子どもの気持ちをしっかりと受け止め、共感することが大事です。また、子どもの障害を否定したり無視したりするのではなく、見守ってください。親自身にASD傾向がある場合は、家族に関心を持ち、家族は変わるものだと考えるように意識してください。子どもに「自分を見守る親のイメージ」を根づかせることが大切です。

子どもにとって家庭は安心で安全な場であり、家族は安らぎをもたらす存在であるべきです。ただし、子どもが引きこもり状態にあるなら、腫れ物に触るように接したり、スマホやテレビ、クレジットカードなど、何でも与えて過度に快適な環境を作ってはいけません。 反対に、一足飛びで「真っ当な道」に戻ることを無理強いしてもダメ。子どもは社会の中でもみくちゃになりながら、必死に頑張った挙げ句、疲れ果てています。すぐにも大学に復帰するべき、正社員になるべき、などとは考えないことです。引きこもりがちでも趣味のためには外出ができるというなら黙って見守って。家庭内では家事を分担して役割を持たせるなど、一歩一歩立ち直っていくための伴走者になってあげてください。

◆影響は一生涯続くと考えて 子どものものとばかり思われていた発達障害が、実は社会に出てからも、家庭や職場で問題になることが世の中に知られてきました。歳を取って怒りっぽくなり、物忘れがひどくなってきた高齢者の中にも、ベースに発達障害がある人は一定程度いると考えられています。ただ、今はようやく大人の発達障害が研究されるようになった段階で、まだ高齢者にまでは手が回らないというのが実情です。 発達障害は生まれつきの特性に端を発しているので、その影響は一生涯続きます。しかし、薬物療法や心理療法、環境の調整など、できることはたくさんある。発達障害の症状や困難は人それぞれです。悩んでいる人は、ためらうことなく医療機関や支援機関にコンタクトを取ってほしいと思います。

(構成=田中有) 宮尾益知 〔2021年2/24(水) 婦人公論.jp〕 

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大人の発達障害 「強いこだわり、過剰な集中、口頭での指示が苦手…発達障害とわかるまで衝突が続いて」小島慶子×沖田×華×岩波明 小島慶子さん、岩波明さん、沖田×華さん 本日の「あさイチ」で取り上げているのは「大人の発達障害」です。この特性については、本人はもとより周囲にも知識や情報が届かず、苦悩を抱えたままの当事者も少なくありません。そこで、ADHDであることを公表したエッセイストの小島慶子さんとトリプル発達障害の漫画家・沖田×華さんが、精神科医の岩波明さんを聞き手に、当事者の生きづらさと、発達障害をとりまく現実について語り合った座談会を2回にわたって掲載します。(構成=篠藤ゆり 撮影=浦田大作)

自身の体験を語る漫画家の沖田×華さん

◆理解していない医師が多いという問題も

小島 ここ数年、「発達障害」という言葉をよく耳にしますよね。そんななか私も2018年、インターネット上の連載記事で自分がADHD(注意欠如・多動性障害)であることを公表しました。発達障害という言葉を雑に使っている人があまりにも多いと感じたからです。

沖田 私は漫画で自分の発達障害のことを描いてきましたが、最近はメディアで障害について話してほしいと依頼されることも増えてきました。

岩波 そもそも「発達障害」というのは診断名ではなく総称です。ところがテレビ番組にコメントを求められた時、打ち合わせの際にASD(自閉症スペクトラム障害)とADHDは違うものだと申し上げると、「視聴者がわからなくなるから一緒に扱います」と言われたことがありました。

小島 発達障害という言葉が浸透したのはいいけれど、否定的に使ったり、逆に自分の才能をアピールするために使ったり──。だからこそ、当事者の立場で気になることを書いてみたのですが、かなりの反響がありました。

岩波 現在は、ASDに含まれるアスペルガー症候群という病名が過剰に浸透した結果、「空気が読めない人=アスペルガー」と決めつけられて、本人も周りも「アスペルガーなのではないか」と見なしてしまう雰囲気が強くなっていると感じますね。しかし、この点を理解していない現場の医師が多いという医療側の問題もあります。

沖田 そうなんですか!?

岩波 僕が医学部を卒業した30年ほど前には、発達障害に関する教育はほとんど行われていませんでした。扱っていたのは、知的障害を伴う重度の自閉症くらいです。でも現在、発達障害かも、と病院に来られる方のほとんどは、知的障害はないし、普通に社会で活躍されている。ですから、医師自身が認識をアップデートしなくてはいけないのです。

小島 障害の種類はもちろんですが、人によって障害の程度も違うということも、まとめて知る機会があればいいのにと思います。

◆数の概念が理解できなくて

岩波 沖田さんは、ADHDとASD、LD(学習障害)と診断されているのですね。

沖田 はい。小学校1年生の時に三者面談で、「普通学級は無理なので、特別学級に行ってください。あと精神科で検査をしてきてほしい」と先生に言われたんです。先生の話をまったく理解できていない、というのが理由でした。母親は戸惑ったようですが、実際、小学校4年生の時にLDと診断されています。

岩波 ご著書の『ニトロちゃん』を読みました。子どもの頃は数の概念をあまり理解できなかったのですね。

沖田 当時通っていた公文式の教室では、算数の問題も満点を取れていたんです。それは公文の問題が、1+1、2+2、3+3……と、形式が決まっていたから。でも小学校1年生の算数のテストにも、公文の問題の答えを書いてしまって。(笑)

小島 勉強という概念がよくわかっていない、という感じなのかな。

岩波 学習障害の中に算数障害というのがありますが、それに似ているなと感じました。ほかの教科は平均以上の点だったわけですから。

沖田 「勉強=公文」、と考えていたので、同じ問題が学校でも出てくると思っていたんでしょうね。数はいまだにあやふやな存在で、指を折って数えています。今は漫画家の仕事をしていて、アシスタントを4人雇っていますが、給料の計算がどうしてもできない……。

◆自分の決まりを変えられない

岩波 小島さんの子どもの頃はいかがでしたか?

小島 私はとにかく落ち着きがなく、通信簿にも常にそう書かれていました。そして興味がないことはやらない。算数のドリルは「表紙が地味」という理由で開く気にもなれず、宿題を一切やりませんでした。

岩波 逆に当時、何かに熱中されたことはありますか?

小島 本を読んだり、文章を書いたりするのは好きでした。あと、探検です。シンガポールと香港に住んでいた時も、近所の家を覗いたりして。多民族・多文化の国だったので、自分の家と違う匂いや色、音に興味津々でした。

岩波 ADHDの患者さんに幼い頃のことを伺うと、気になるものがあるとそっちに行ってしまい、迷子になったという経験を語る人は多い。好きなことに熱中して寝食を忘れてしまう「過剰集中」も特性のひとつです。沖田さんは、特定の事柄へのこだわりが強かったようですね。

沖田 小学生の頃、通学の途中にやることが決まっていて、どうしてもそれを変えられませんでした。しかも、晴れの日と雨の日でもやることが違うんです(笑)。空き缶を見つけたら必ず3回蹴るとか、くだらないことなんですけど、その自分なりの決まりから外れると、戻ってやり直す。

岩波 もし、それができないと、どういう感じになるのですか?

沖田 たとえて言うと、おしっこをしたい! トイレに戻らなきゃ、みたいな。とにかく耐え難く、私の一日が始まらない、という気持ちになるんです。

岩波 僕の患者さんのなかに、小学校2年生の頃から画数の多い漢字にときめきを感じ、何時間でも漢和辞典を見ているという方がいました。このようなこだわりの症状(常同性)のひとつとして、「感覚過敏」が含まれていますが、沖田さんは聴覚過敏もあったとか。

沖田 小学校は本当にうるさくて、苦痛でした。同級生の声も隣のクラスの授業の声もうるさくて。今も喫茶店に行くと、ほかの人の話し声が耳に入ってきて、目の前の相手と話ができない。いつも脳がぐちゃぐちゃしている感じです。

小島 私もそれ、あります!

沖田 寝ていても脳が動いていて、毎日、音つき色つき匂いつきの夢を見ます。ところが2018年、ストラテラという薬を処方されて。飲んで1ヵ月くらいたったある日、目が覚めたら頭が空っぽだったんです。39歳にして初めての経験で、みんなはこんなふうに頭の中が散らかっていない状態なんだとわかり、衝撃でした。

◆「育て方が悪い」と言われる母親たち

岩波 子どもの頃の親子関係は、どのような感じでしたか?

小島 たぶん育てにくい子どもだったのでしょうね。母は昭和12年生まれなので、発達障害の知識が当然なく、どうして慶子はひねくれているのか、普通じゃないのかと嘆き、声を荒らげることもありましたから。今や80歳を過ぎていますが、昨年私が出演した発達障害をテーマにした番組を見て、「慶子、何か障害があったの?」って(笑)。でも、障害の内容はあまり理解できていないようです。

沖田 私は3人きょうだいなのですが、5歳下の弟も私と同じ障害があり、いじめを受けて不登校でした。だから母は、「ヘンな子がいる」ということでママ友から仲間はずれにされ、夫からは「お前の育て方が悪い」と言われる。味方がいなかったせいか、占いにはまっていました。(笑)

小島 私の母も、幻想の世界に逃げているところはありましたね。自分の見たいものだけを見たいっていう。だから、私が子どもの頃、すでに発達障害の概念が一般的であったとしても、母は娘がそうであるということは受け入れなかった気がします。

岩波 親の理解がないと治療も支援も進まないし、親による虐待などの問題が起こることもある。今後の課題ですね。

小島 そのためにも、偏見を減らすことが大事です。

岩波 沖田さんのお母さんは、早い段階で診察を受けさせてくれましたね。

沖田 そうですね。小学生でLDの診断が下りた後、中学生の時にも弟と一緒に連れて行かれたことがありました。正確には病院ではなくて、たまたまその時、富山大学の学生さんたちが発達障害の人の脳波のサンプルを集めるというようなことをやっていて、検査を受けたんです。今と比べると判断基準もかなり曖昧だったとは思うのですが、アスペルガー症候群ではないかと言われました。親はわけのわからないものに名前がついてホッとしていたようです。

◆生きづらさは性格の問題と思っていたけれど

小島 大人になった今はこういうふうに語れますけれど、子どもの立場で、受け身でいなきゃいけないのはつらいことですよね。

沖田 あと私の場合、先生の言うことが聞けなかったので、教師から体罰を受けていて。口で言ってもわからないなら、手が出るのが当たり前の時代でしたから、親も、あんたが悪いから叩かれるんだ、と。当時は教師も発達障害のことを知らなかったから、しかたなかったのでしょうけど……。

小島 ADHDだと診断されるまでは、生きづらさや仕事をしていくうえでの困難は、性格や思想信条の問題かなと思っていました。たとえば女性アナウンサーという仕事は、世間が思う女子アナらしくふるまうよう求められる。でも私はそれを「やりたくない」という気持ちを乗り越えられず、無理してやろうとすると捨て鉢になったり。あと、黙っていたほうがいい場面でも、言いたいことを言ってしまう。そんな失敗は、数知れずありました。

岩波 「ひとこと多い」というのは、会社勤めの方にとってはダメージになりますからね。協調性がないと思われ、対人関係がうまくいかなくなり、不適応になる。外来を受診する人に、そういうパターンが多いです。

小島 コミュニケーションがうまくとれないと感じるたびに自己肯定感が下がり、過食嘔吐を繰り返して。ADHDであることが当時わかっていたら、もう少しコントロールできたかもしれない、と思います。

沖田 アナウンサーの仕事は、時間厳守ですよね。それは大丈夫だったんですか?

小島 スケジュール管理が苦手で、遅刻も多かったので、悩んでいました。放送での尺合わせ(時間内に読み終えること)はゲーム感覚で楽しめたのですが……。局アナを辞め、独立してから苦労しているのは、ある程度自分でスケジュール管理をしなくてはいけないということ。しかも複数のことを同時にこなすのが苦手なので、メモしなきゃと思ってもメモすること自体を忘れてしまう。いつも何かに追いまくられ、何かに遅れている状態です。

岩波 ADHDの方は、とくに口頭での指示を覚えるのが苦手。また、いくつもタスクが重なると混乱してしまい、能力があるのにパフォーマンスが低くなりがちです。

沖田 口で言われただけだと、すぐに忘れちゃいます。

<後編につづく> (構成=篠藤ゆり、撮影=浦田大作) 小島慶子,沖田×華,岩波明 〔2021年2/24(水) 婦人公論.jp〕 

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大人の発達障害 大人の発達障害「《察する》ことを求める文化は私たちにとって暴力です」小島慶子×沖田×華×岩波明 本日の「あさイチ」で取り上げているのは「大人の発達障害」です。この特性については、本人はもとより周囲にも知識や情報が届かず、苦悩を抱えたままの当事者も少なくありません。そこで、ADHDであることを公表したエッセイストの小島慶子さんとトリプル発達障害の漫画家・沖田×華さんが、精神科医の岩波明さんを聞き手に、当事者の生きづらさと、発達障害をとりまく現実について語り合った座談会を2回にわたって掲載します。前編に続き、後編では職場でのトラブルやパートナーとの衝突などについても語っていきます(構成=篠藤ゆり 撮影=浦田大作)

アナウンサー時代、苦悩もあったと語る小島慶子さん <前編よりつづく>

◆過剰な集中力がもたらすパワーと、切れたときの反動

小島 ただ、興味のあることが掛け算になると、マイナスもプラスになることがあるんです。あるラジオの生番組では、聴取者から電話を受け、ゲストに話を聞き、スタッフから差し込まれるメモをさばき続けるという超マルチタスクでした。でも面白かったし、気が散る特性がプラスに働き、どんなに白熱した議論でも隅々に目配りして収拾できた。お陰さまで、それが評価されて大きな賞もいただけて。(笑)

岩波 過剰集中のスイッチが入ると、パフォーマンスが一気に上がることがありますからね。

沖田 2018年に、7本の連載を抱えていたのですが、過剰集中でサクサク仕事が進むので、「この状態がずっと続いてほしい!」と、楽しくやっていたんです。でも住んでいるマンションの大規模修繕工事が始まると、一気に脳が壊れて、字も書けなくなってしまって。

小島 わかります! 私も大規模修繕の時、恐怖心や過呼吸などのパニック障害の発作が起き、うつ気味にもなり、結局引っ越しました。

岩波 音が一番苦手でしたか?

沖田 音もそうですし、工事の人の気配や部屋の薄暗さなどで、無意識のうちにペースが狂っちゃうんですかね。電話もかけられなくなり、やっとのことでLINEで編集者に「なんか死にたくなったんですけど」と送ったりして(笑)。そんな状態を、当事者の間では《メルトダウン》と呼んでいるようです。

小島 私も2人目の子どもを産んだ後、不安障害を発症して、パニック発作とともに、一時的に字の読み書きができなくなりました。それと肛門から脳にかけて脊髄がムズムズする感じがして、我慢できず部屋の中をぐるぐる歩き回ったりして。

◆知識はあってもコミュニケーションがとれない

沖田 実は私、中学生の時にアスペルガー症候群の疑いがあると言われたものの、障害のことは大人になるまであまり理解できていなかったんです。小島さんも言っていたように、私も性格の問題だと思っていて。でも、漫画家になる前に看護師として働いていた時、周りとコミュニケーションがまったくとれなくて、これはおかしいなと思い始めたんです。

小島 看護師同士のですか?

沖田 はい。国家試験も受かったし、仕事はできると思っていたんですよ。でもそれは大きな間違いで、看護師というのは、ひとつの団体なんですよね。そのコミュニティの中に入っていかないと仕事ができないということに気がつかなかったんです。

小島 なるほど。知識があってもね。

沖田 看護師のコミュニティからは弾かれるし、医師からは無能扱いされる。ASD特有の、抽象的な指示が理解できないというのは、医療従事者としては致命的でした。

岩波 ケアレスミスも多かったのですか?

沖田 一度覚えたことは、どんなに都合が悪くても、そのやり方でないとだめ。それで、わざとやっていると誤解される。小学校の時に二次障害で特定の場面で話せなくなる場面緘黙症が出たのですが、病院でもそれが出てしまい、師長さんに呼ばれると石みたいに固まって声が出ない。頭の中には言葉もあるし、謝らなきゃいけないとわかっていても、一切喋れなくなるんです。

岩波 重い自閉症の人だと、すべての動作が止まる「カタトニア」という症状が出ることもあります。

沖田 それもありました。でも周りからは、無視している、開き直っていると思われる。この仕事を辞めたら生きていけないと思い込んでいたので、自殺を試みたのですが死にきれず……。でもそこから憑き物が落ちたようになって、自分にとってラクな生き方をしたいと思い、次に選んだ仕事が風俗でした。

小島 風俗もコミュニケーション能力が必要なのでは?

沖田 マニュアル通りにやれば大丈夫です(笑)。お客様をとにかく褒める。そして「いらっしゃいませ。ご指名ありがとうございます~」と言えばいい。仕事さえすれば感謝されますし、働いている人たちはみんな源氏名なので、本当のことは言わなくてもいいし、なんてラクなんだろうと思いました。

◆夫にだけは完全に理解してほしい

岩波 パートナーの方との関係は、いかがでしょうか?

小島 私が夫と出会ったのは20代の頃なのですが、当時は携帯電話が出始めたばかりで、電波が安定していなかったんですよ。しょっちゅう電波が切れるのでイライラして、「もういらない、こんな電話!」と道に叩きつけたことがありまして……。すると彼は黙って、壊れた携帯電話を拾ってくれたんです。後で謝ったら、「慶子の落とした携帯電話を拾うのは俺の仕事なんだと思った」と。

沖田 なんじゃそれ。(笑)

小島 親からも、「お前は失敗作」だとか言われていたので、感激しましたね。だから、結婚するならこの人しかいない、と思ったんです。

岩波 病院に来るのは逆のパターンが多く、だいたい妻が夫を連れてきて、「この人は私の言うことを何も聞いてくれない、どこかおかしいに違いない」と言うのです。

小島 身近な人がアスペルガー症候群であることで、心身に不調をきたしてしまう「カサンドラ症候群」が話題になりましたよね。夫は私がADHDだと診断されてから、本をたくさん読んで知識を増やしてくれています。それでも時々、私が口頭での連絡を覚えられないことを忘れて、口頭で予定を伝えてくることがある。悪気がないとわかっていても、なんでわかってくれないのと、ついしつこく怒ってしまうこともあります。

岩波 攻撃的になるのも、ADHDの特性のひとつですが、それを理解し、耐えているわけですね。(笑)

小島 夫にだけは、私を完全に理解してほしいと過剰な要求をしてしまう。彼への甘えでしょうね。ただ、今のところはこんな私を面白いと言ってくれるので、ありがたいです。

◆料理は夫が担当する理由

沖田 私は言われたことは、言葉通りに受け取ってしまうのですが……。夫と暮らし始めた時、「いてくれるだけでいい」と言うから仕事以外何もしなかったら、ある日「食器くらい洗えよ!」と怒られてびっくりしたことがあります。「何もしなくていいって言ったじゃん!」って。(笑)

岩波 それまでは彼がやっていたのですか?

沖田 はい。料理も全部彼です。「ごちそうさま」と言って食器を放置し、さっさと仕事に戻っていました。ある日、レトルトのカレーを温めてみろと言われてやったら、鍋に入れたお湯の量が少なすぎて、袋が熱で溶けてぐちゃぐちゃに。それ以来、「もうしなくていい」ということで決着しました。

小島 私は料理はできるのですが、2時間くらいかかってしまうんです。ADHDの特性で、とっ散らかってしまい、段取りが組めないんですね。そこである時期から、うちも夫が料理を担当するようになりました。

沖田 私の場合、自分は料理ができないくせに、今日はカレーだと言われていたのにうどんが出てきたりすると、ちゃぶ台をひっくり返してしまう。(笑)

岩波 決まったことが変わることが苦手なんですね。

沖田 はい。でもどう考えても私のほうが悪いので、謝るところから始めようということになりました。

小島 えらい!

沖田 あと私は人間関係でいつもトラブルを起こすので、同業の夫に仕事でやってはいけないことを教えてほしいとお願いしたんです。それをノートに書いて、その通りにしたら、人間関係もうまくいき、仕事も途切れないようになりました。

◆ニューロダイバーシティという考え方

小島 今私が住んでいるオーストラリアでは発達障害に関してもオープンで、公立のハイスクールでも、発達障害がある子はテストの時間をプラス15分もらえます。それに対して、誰も不平等だとは言いません。目が悪いから眼鏡をかけるのと同じ、という認識なんですね。

岩波 一般に欧米の学校は個別指導が徹底していて、日本みたいに画一的に授業をやるのは明らかに時代遅れになっています。帰国子女の方がよく言うのは、外国の学校にいた時は普通だったのに、日本の学校に入ったとたん不適応になった、と。

小島 学校と専門家の連携ができていて、診断がついたら、その子に合った学習方法を指導してくれるクリニックもある。日本みたいに、親が右往左往することは少ないと思います。

岩波 発達障害の人に聞いてみると、小学校でいじめられた人が3分の1から半分くらいいる。だから学校が抱えるいじめの問題を減らすためにも、こういう分野をしっかり考えていく必要があります。日本社会は画一性を求める傾向が強いので、個性のある人間が排除されるようなところがありますから。

小島 日本は「察する」ことに重きを置く文化だと言われていますよね。夫には「察しろというのは私にとって暴力なんだよ」と言っています。

沖田 察するとか、無理無理! ただ、ほかのことは何もできないけど、自分の専門分野だけは優れているという人も多いですよね。

岩波 歴史に名を残すような偉人たちが、ADHDやASDの人であるケースは多いです。ただ当事者のご家族の中には、うちの子は発達障害だけど、特別な能力もない。だから、褒めるような言い方はしないでくれ、という意見の方もいます。

小島 それはよくわかります。症状は人によって幅がありますし、表れ方も違いますから。最近欧米では、発達障害をニューロダイバーシティ(脳の多様性)と捉えようという動きもあります。だから決して単純化はできない、ということを理解してもらいたいなと思っています。

(構成=篠藤ゆり、撮影=浦田大作) 小島慶子,沖田×華,岩波明 〔2021年2/24(水) 婦人公論.jp〕 

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落語家の柳家花緑 柳家花緑、発達障害のストレス緩和で静岡&東京の2拠点生活開始
落語家の柳家花緑が24日、NHK「あさイチ」に出演。
自身が発達障害であることを公表していることから、日々、工夫していることを明かした。
番組では「大人の発達障害、どう接すれば?」というテーマで専門家などに話を聞いた。
実際に発達障害であると診断された花禄も、「大人になって分かった」といい、テレビ番組で自分の悪かった成績を公開し、それでも落語家になれたと語ったところ、自分と同じ症状だと思った視聴者から事務所にメールが届き、それがきっかけで診断を受け、発達障害であることが分かったという。
10年ほど前に結婚したが、花禄は「基本的に自分のことは自分でやろうとしている」という生活スタイル。
そのため、本来は花禄がやるべきことを、妻がやっておいてくれると自然と「ありがとう」と口をつくようになったという。
逆に、妻がやることを花禄が行うこともあり、日に何度も「ありがとう」が行き交う生活となったといい「ありがとうの連鎖は、愛を育てる連鎖だと思っていて、発達障害がなくても有効だと思う」と語った。
さらに、忘れ物を何度もしてしまうことから、「仕事の前の日に、冷静な時に支度をする」ように習慣化したが、逆にずっと翌日の支度のことばかり考えるようになってしまったことから、心が安まらないように。
そのため、現在は静岡県にも自宅を構え、東京との2拠点生活を始めたという。
静岡の自宅では、近くに自然や温泉も多く「脳を休める」「自分のライフスタイルに合うようになった」ことから、ストレスがたまらないようになったと振り返っていた。
〔2021年2/24(水) デイリースポーツ〕 


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東日本大震災から10年。 「傷つけるならパパの腕をやりなさい」リストカット繰り返した娘は立派に育った 父娘の10年【#あれから私は】 東日本大震災から3月11日で10年を迎える。毎日新聞は400人を超える震災遺児と孤児、その保護者たちにアンケートを送り、遺児と孤児181人と保護者163人から回答をもらった。それぞれの「10年」の営みが見えてくる返事を寄せてくれた遺(のこ)された子どもやその家族を記者が訪ねた。

【写真特集】2011年3月11日 あの日を写真で振り返る 「私にとって震災で何が一番きつかったかというと、娘の部屋でカッターナイフと作業用ロープを見つけた時ですね」。私のレンタカーの車内で、助手席に座るかっぷくの良い男性はぽつりと言った。芳行さん(仮名)とは仕事帰りの午後6時、宮城県内の道の駅の駐車場で待ち合わせた。 35歳の時、津波で妻を失い、小学3年と5年、中学2年だった3人の娘を育ててきた。「完全なママっ子だった」という三女の早紀さん(同)は中学生の時にリストカットを繰り返す。シングルファーザーの芳行さんはどのように向き合い、どんな言葉をかけたのか。「震災の直後に落ち込む子もいれば、1年後、3年後、あるいは5年後になってから来る子もいる。三女はそっちのタイプだったんでしょうね」。そう言うと、ヘッドライトの明かりが次々と流れていく幹線道路に顔を向けて、振り返った。

部屋で見つけたカッターナイフとロープ 津波で家屋などが流された被災地=宮城県で2011年3月15日、小関勉撮影(写真と本文は直接関係ありません) 海に近い自宅は津波で大規模半壊となり、震災から5年後に内陸部に家を建てて、仮設住宅から移り住んだ。 中学2年生になった早紀さんは夏休み明けの始業式こそ出席したものの翌日から学校を休むようになった。「『学校、行けよ』と言っても『体調悪い』って返事するから、『じゃあ病院行けよ』って言って『わかった』とは答えるんですが、結局、病院にも行かないんですよね」。10日間ほど休んだ後に一度だけ登校したが、再び行かなくなってしまった。

「朝、いくら体を揺すっても起きないし、自分の部屋の鍵を閉めるようになって、ごはんも家族と食べなくなって部屋の前に置いておくようになりました」。1学期までは休むことなく登校していた。芳行さんが「何があったの?」「学校でいじめにあってるの?」と聞いても「いや、あってない」と力ない言葉が返ってくるだけだった。 このままずっと不登校になってしまうのではないか。心配していた芳行さんは、長女から「腕を見たらすごい切れていたよ」と聞かされる。確かにその年の夏、早紀さんは長袖ばかり着ていた。「ちょっと、手見せてよ」と言って、早紀さんの腕を見ると、両手にたくさんの傷があった。 早紀さんの部屋の奥まで入ったことはなかったが、ソファの横にカッターと作業用のロープを見つけた。「何に使うの?」。問いただすと、「学校で作り物するから」。芳行さんは「そんなわけないでしょう」と言って、急いで取り上げた。

積もり積もった我慢、どこにも吐き出せず 「娘たちの育て方に悩みました」とつづった芳行さん(仮名)のアンケートの回答 数日後、芳行さんは「ここまで追い詰められていたのに気づいてやれなくてごめん」と早紀さんに謝った。そして、動揺する気持ちを見せないように続けた。「ママだって、死にたくて死んだわけじゃない。お前たちが結婚して孫の顔を見るまで生きていたかった。せっかくママからもらった大事な体なんだから傷つけちゃだめだよ。またやりたくなったらパパの腕をやりなさい。いくらでも切っていいから」。早紀さんは黙って聞いていた。結局、2学期に学校に通ったのは2日間のみ。だが、父からその言葉を聞いた早紀さんが再び自らを傷つけることはなかった。 リストカットは震災、そして母の死が影響したのか。芳行さんはこう話した。「学校に行きたくない理由を『先生が特定の生徒をひいきするから』と話していましたけど、いろんなものが積もり積もって我慢して、どこにも吐き出せなかったのでしょうね」 娘3人の無事確認、今振り返って苦笑い ドラム缶で廃材を燃やしながら暖をとる人たち=宮城県で2011年3月31日午前4時49分、三浦博之撮影(写真と本文は直接関係ありません)

10年前のあの日、芳行さんは街中にある職場の屋上に避難していた。「じわじわと水面が上がってきて、流された屋根の上から『助けてくれ』と叫ぶ人もいたんですが、何もできなかったですね。雪も降って、すごく寒くて」。その晩は屋上で燃やせるものは何でも燃やして、職場仲間らと暖を取った。妻は海から離れた職場にいるから大丈夫だろう。早紀さんと次女は学校で先生が避難させてくれているはずだ。長女は中学校の卒業式の日で「終わったら友だちと街で遊ぶ」と話していたから一番心配だった。 翌朝、自宅のある集落に向かった。がれきをかき分け、飛び出したくぎが足に刺さらないように慎重に歩いた。いたるところで遺体を目にした。車で15分の距離にある集落にたどり着いたのは昼過ぎ。壊滅状態だった。だが、高台にある神社に上ると、子どもたちの元気な声が響いていた。たくさんの子どもたちの中から、早紀さんと次女を見つけた。「心配で来たのに『なんだ、ママじゃないんだ。パパなんだ』って言われましたね」。苦笑いを浮かべる芳行さん。長女の無事も確認できた。

まさか…「申し訳ない。ママはだめみたい」 がれきを撤去した道を男性が自転車で走っていた=宮城県で2011年4月4日午前9時36分、三浦博之撮影(写真と本文は直接関係ありません) 「その時、近所の人から妻は大丈夫か聞かれて『問題ないと思うんだよね』って答えたんですよ。それが、まさかね」。再び職場に戻る途中、男子高校生が父親と一緒に母親を捜す姿に遭遇した。芳行さんは、父子から「帰って来ないんだ。どこに行ったか知らないか」と尋ねられた。母親の遺体は消防団員が運んでいた。「さすがに『亡くなった』とは言えなかった。『あっちを見に行ってみてください』と言うのが精いっぱいでした」

職場に戻ると、妻がいた地域も津波が川を遡上(そじょう)したために被害が大きかったと聞かされる。その後、長女だけ呼んで伝えた。「申し訳ない。ママはだめみたい」。泣きじゃくる長女に、妹たちには黙っておくように口止めした。 だが、芳行さんは早紀さんと次女から「ママはどうしたの」と連日質問攻めに遭い、「だめだったんだ」と伝えた。「長女の行動や表情からだいたい分かっていたみたいですね」 早紀さんも次女も涙を見せなかった。「泣くタイミングを失ってしまったんだと思います。目が真っ赤だった時はあったので一人で泣いていたのでしょうけど、私の前では泣かなかったですね」。葬儀は1年3カ月後に営まれた。遺体は今も見つかっていない。 しばらく娘たちは気が抜けたようなぽかんとした表情を浮かべていた。気晴らしにと芳行さんがゲームセンターに連れて行っても無邪気な笑い声は聞かれなかった。

高校で絵に没頭、作品入賞で得た喜び 中学2年生の3学期から再び学校に通うようになった早紀さんは、父の目から見てもたくましく成長した。「自分なりに苦しい時を乗り越えて、3年生になると、リーダーシップを発揮して、1、2年生を引っ張っていました」 不登校の間、早紀さんは部屋でずっと絵を描いていた。高校に進むと、美術部に入った。「彼女の描く絵はすごいんですよ」。芳行さんは声を大きくした。「とにかく憎しみがこみ上げてくるような暗い絵。描くのは黒いバラなんかで、タイトルも『孤独』とかでしたね」。高校3年生の時に作品展で入賞した時は「やっと認めてくれる人がいた」と喜んでいたという。 「強くなりたい」進む道見つけた娘 「強い人間になりたい」と書いた早紀さん(仮名)のアンケートの回答

取材を終え、車から降りた芳行さんは白い息を吐きながら、思い出したように言った。 「妻が亡くなった後、娘たちとショッピングセンターに行ったのですが、同い年くらいの子が母親と向こうから歩いてくると、娘たちが下を向くんですよね。それからショッピングセンターも行かなくなりましたよ」。そして、続けた。「妻が生きていて私が死んでいれば良かったって、今も思いますよ。リストカットだってもっと早くに気づいてやれただろうし、私の責任ですよね」 早紀さんはアンケートに「強い人間になりたい」と書き込んだ。昨年春に実家を出て、デザインの専門学校に通う。長女、次女もそれぞれ自分の道を見つけて働いている。高校生の時にはほとんど返信がなかった早紀さんとの「LINE(ライン)」も最近は「今起きたよ」「休みの日は2食でいいんだ」などと返ってくるようになった。 芳行さんは豪快に笑って、言った。「考えもまるっきし分からないし、年ごろの女の子の育て方に悩みましたよ。でも3人とも立派に成長してくれました」【関谷俊介】

連載企画「遺された子どもたち」 この記事は、毎日新聞の紙面連載を元にしたYahoo!ニュースとの共同連携企画です。2/25から全6回にわたって連日配信します。 毎日新聞社 〔2021年3/1(月) 毎日新聞〕 

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聖光学院 聖光学院が担う今後の役割と「2つの懸念」
2014年に新築された校舎は、漫画「ドラゴン桜」の舞台としても描かれている。
一番の特徴は、他校ではあまり見かけない中高の教員が一堂に会する広々とした職員室だろう
聖光学院はこれまでユニークな人材を世に送り出してきた。生徒を育むために不可欠の要素とは何か。
経営的な視点も交えながら、工藤誠一校長が私学の果たす役割について語る。
(1)はこちら
工藤誠一(くどう・せいいち)聖光学院中学校・高等学校校長
聖光学院中学校・高等学校校長。学校法人聖マリア学園理事長。
神奈川県私立中学高等学校連合会理事長。1955年横浜生まれ。
聖光学院中学校・高等学校(第11期)卒業後、明治大学法学部と政治経済学部を経て同大学院政治経済学研究科修了(政治経済学修士課程単位取得修了)。
母校で社会科の教鞭をとるかたわら、38歳から6年間、事務長も兼務。2004年、日本人として初の校長に就任。
一昨年から、同じ学校法人のさゆり幼稚園の園長も兼務している。
● 変わる教員と学校の役割
――この前、聖光学院の動画を見ました。男子校としては女性の先生が多い印象を受けました。
工藤 英語とかいろいろな科目をお願いしています。
今後、もっと多くの優秀な女性の先生に入ってきてもらいたい。男子校なので、ジェンダーフリーの観点からも。
この前、情報の先生を新しく採用しました。 NTT出身で、教員免許も持つ女性です。
情報という科目の強化に関して、その先生には「常にアンテナを高くし、ファシリテーターとしての役割を担ってください」と言っています。
1人1台というのが文部科学省の方針ですが、学校が端末の保守まで責任を持つとどうなりますか?
1000人生徒がいる学校でしたら保守も1000台分必要です。
その端末の面倒を誰が見るのか。先生にはできません。それだけで疲弊してしまいます。
――教員の役割も変化していきそうですね。
工藤 絶えず“新しいものを”といくら頑張っても、若いうちはいいですが、5年もたったら時代の方が追い越していきます。
情報の授業でも、オンラインで生徒にプログラミングをさせ、その様子を見守るといった形に思い切って切り替えました。
学校に縛り付けているだけでは生徒は伸びません。学びの機会があれば自由に参加できるようにすることも、これからの学校には求められると思います。
生徒にやらせているので、僕もオンラインで「レアジョブ英会話」をやっています。ちょうど3年目。自分でもよく続いているなと(笑)。
僕はわがままだから、続いているのは英会話とジムに行くことだけ。どちらも一人で好きな時間にできますから。
――グローバル教育を進める上での必然性からも、英会話の勉強を継続されている?
工藤 ほぼ休まず毎日勉強しています。マレーシアから呼んだインターンが日本語をしゃべれないので、英語で話さざるを得ない。英語を学び直してみて分かったことは何か。
「今の日本の学習時間で英語が話せるようになることは、100%ありません」ということ。もっとやらないとダメです。
フィンランドは英語のアニメを吹き替えでなく、そのまま見せているそうです。子どもは動画と一緒に英語を覚えるんですね。
――校長先生が熱心だと、生徒さんも奮起するのではないですか?
工藤 やる子は毎日やっています。そして効果が出ています。
英語ディベート同好会は、年末に行われた即興型英語ディベート(PDA)高校生全国大会で優勝、世界大会への出場権を手にしました。
もう一つ、全国中学・高校ディベート選手権(ディベート甲子園)でも上位入賞しています。
●待遇を考えないと人材が集まらない
工藤 東京都は私学助成金も多いし、私学の教員は基本的に年収が高い。かつての都立高校がいい教員を集められたのと同じ構造です。
都の教育委員会が許可して、都立高の先生が予備校にアルバイトで教えに行っていた。参考書だ、副読本だといった仕事もいっぱいあった。
校長だからではありません。収入の問題だけでなく、兼業は自己啓発にもつながっていた。
石原慎太郎氏が都知事の時、都立病院の先生のアルバイトを禁止した。
その途端、ドクターたちの独立開業が一斉に始まった。高収入の保証なしにいい人材が集まらないのは、教育界も同じです。
――待遇を考えないと日本の教育界が人材を失ってしまうと。
工藤 日本の風土として、おカネもうけはダメというような空気が強かった。明治時代の風土がいまだに残っているのかもしれません。
ただ、教育でおカネもうけだけを考えてはいけません。
灘、東大、経済産業省という経歴の鈴木寛氏が文部科学省の副大臣をやった頃から、教育の分野に異業種からの参入が増えてきました。
ビジネスチャンスありと新しく教育事業に参入してきた企業に対して、私は「本当に子どもが好きなのですか?」と聞いてみたいです。
また、今注目されている通信制のN高・N中に対しても、批判的な立場をとっています。
特に、N中は学校教育法に基づく一条校ではないので、フリースクールと同じ無認可校です。
公立中学校に籍があるので、N中に通っても、不登校という扱いになってしまうんですよ。
――工藤先生は事務長も兼務されましたね。
工藤 36歳から6年間、教員もしながら事務長もやっていました。
――非常に珍しいキャリアですね。
工藤 たまたまそういうこともしていたので、学校経営的なことにもある程度詳しくなりました。
私立校は中小企業です。僕は実家が自動車部品メーカーでしたので、中小企業の経営感覚が肌身で分かります。
――やはり、そういうところが大事ですね。
工藤 僕が一番腹の立つことは、「今の若者は独立心がない」「安定志向である」といわれること。
それってこれまでの日本の金融システムが作ったことです。昔は起業時に金融機関が連帯保証人を求め、失敗したらすべてむしり取られました。
そんな環境で誰がやるのかと。今は企業が初期投資をしてくれたり、クラウドファンディングがあったりで、東大生をはじめ、多くの賢明な若者が起業にチャレンジするようになった。
それはすごくいいことだと思います。
●キャリアを考えたこれからの人材育成
――「聖光アカデミア」というのはどういうものですか。
工藤 聖光学院を卒業した研究者の集まりです。
他にも、卒業生の同業種のコミュニティーは増えていて、霞が関に勤める卒業生の集まりである「聖光霞ヶ関会」、弁護士の会の「聖光法曹会」、最も大きいのが「聖光学院医師同窓会」です。
ここの会員数は1000人を超えています。
――在校生が自分のキャリアを考えるにはいいですね。
工藤 最後の担任だった時に高3だった高島宏平(オイシックス創業者)くんは、当時から企画力があった。
東大アメフト部出身でスポーツ関連ビジネスを手がける巨漢の三沢英生くん、そして野球への夢を追って四国アイランドリーグplusの理事長と日本独立リーグ野球機構の事務局長を務めている弁護士の坂口裕昭くんらを見ていて思うことがあります。
高島くんと三沢くんは東大理Iから修士課程に進みますが、それぞれマッキンゼー、ゴールドマン・サックスというコンサルティング会社に入ってしまう。
メーカーの技術者とでは待遇の差が開いてしまっている。
僕も驚いたのですが、研究職を採らない企業も増えてきているらしいですね。
理系、理系と言っている割には、昔ながらの工学部の機械や電気に行こうとするモチベーションが下がっています。
――これからの人材育成の方向性が問われますね。
工藤 将来的に人口が少なくなっていきますが、それなりの部分で稼げるかどうかということです。
世界の中で稼ぐことができる、そういう若者を作らなければなりません。
例えば、イスラエルは小さな国ですが、すごく豊かです。それは、世界でみんなが稼いでいるからです。
それを日本の少子高齢化社会の中で実現するようにしないと、この国の将来はないと思います。
そのことを本当に考えてやれるのは教育だし、私学だと思います。
●高校の教育を豊かにするには
工藤 私は二つのことを懸念しています。
一つは、いまだに忘れられない夢になっている「昭和の人生すごろく」を、令和の時代にはやめましょうということです。
教育界ではわれわれ教員の価値観がなかなか変わらないのですが。
――それは、いわゆるいい大学へ行って、いい会社に行って……という意味ですか。
工藤 昔はそれで上がりでした。ところが、今は上がりのない時代です。人生が長くなった。
80年となると、それぞれのステージでどう生きるかを考える必要が出てくる。
そういう人生設計、自分の生き方を描ける教育をしていかないといけないと思っています。
私学の場合は組織が小さいので、校長なりが方針をより鮮明に打ち出し、実行することができる。
その点、公立の場合は教育委員会が主導権を握ってコントロールしている。
結局、教育委員会の指導というのは、セントラルキッチン方式で同じ味つけです。
いまさらはやらないでしょう、店の名前は変えても味が同じですから。
お好きな味を選ぶ力を保護者の皆さんはお持ちになった方がいいと思います。
――先生の持論で、教員資格を何とかしたほうがいいとおっしゃっていましたね。
工藤 それもあります。昔は教員免許状を持った先生には権威があった。ところが今は、大卒が珍しくない時代です。
それだったら、もっと多くの人が自由に教壇に立てる可能性を作るべきだと思います。
中教審の答申では、特別教員免許状は対象を広げるけれども期間を短くする方向であったように思います。
ただ、先ほど触れた情報の科目など、20代で免許状を取った人が50歳、60歳まで最先端を走れるかというと結構きついです。
むしろ絶対、最先端にいる人が教えて、バトンをつないでいくように変わっていくという側面を併せもたないと厳しいと思います。
もう一つの懸念は、日本の高校の教育が貧相になっていることです。
小中や大学に比べて、高校の教育の議論が置いていかれていると僕は思っています。
教育問題も教育課程も、審議するのは義務教育である小中学校が中心です。
高校の教育には、大学で学ぶ専門課程の要素を入れてより連携させていかなければいけないのに、それができていない。
高大の連携について大学側の専門課程の先生方により提言をしていただき、変革してほしいと思っています。
※第3回(3月10日公開予定)に続く
ダイヤモンド社教育情報/森上教育研究所
首都圏「中学受験」、異例尽くしの2021年を総括
〔2021年3/3(水) ダイヤモンド・オンライン〕 

周辺ニュース

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メンタルで休む社員の半数以上が「うつ状態」の診断書……「うつ病」とどう違うの? 産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」  新型コロナ禍は続き、企業では、メンタル不調を理由に仕事を休む社員が増加しています。その時、上司に提出する診断書は、「うつ状態」と書かれたものが半数以上を占めています。うつ状態を「うつ病」と考えがちですが、うつ病とは違う点を知っていただきたい。うつ状態は病名ではなく、落ちこんでいる状態を示しているだけです。それゆえ病気としては、うつ病だけでなく、「適応障害」や「発達障害」などの場合もあります。特に多いのが、適応障害です。その区別について紹介します。

朝、起き上がれないので、かかりつけ医に相談

30歳の遠藤太郎さん(仮名)は、メーカー販売部に勤務しています。落ちこんで出社するのがつらくなりましたが、体の病気と思ってかかりつけ医を受診しました。

遠藤さん:朝がつらくて、起き上がれません。どこか悪いのでしょうか?

内科医 :いつごろからですか? 今までに、大きな病気をしたことはありますか?

遠藤さん:1か月くらい前からです。出勤の時がつらいですね。病気は風邪や花粉症くらいです。それに……会社のビルを見ると、急に動悸(どうき)がします。

内科医 :では診察をします。(聴打診、血圧測定、レントゲン検査などをする)血圧や尿検査、胸部レントゲン写真には問題はないようです。血液や心電図検査もしましょう。3日後に結果が出ますから、来てくださいね。

うつ状態を疑って、精神科の医師を紹介 遠藤さん:どうでしたか?

内科医 :血液検査や心電図にも異常はないです。そうなれば、たぶん体の病気よりストレスが関与した病気が考えられますね。

遠藤さん:体の病気ではない。では、なぜ、しんどいのでしょうか?

内科医:ストレスは、どうですか?

遠藤さん:会社では、新規の仕事が入り、残業が続いています。

内科医 :気分は、どうですか?

遠藤さん:落ちこんでいます。

内科医 :無気力になりませんか?

遠藤さん:意欲がある時と、そうでない場合があります。

内科医 :(考えながら)うつ状態かもしれませんね。私の専門外なので、親しくしているメンタルクリニックに紹介状を書きます。

遠藤さん:うつ状態って、メンタルの病気ですか?

内科医 :そうです。では紹介状を書きますから、メンタルクリニックに予約を取って、受診してください。

周囲のサポートがなく、仕事が進まない 遠藤さん:井沢内科から紹介されて来ました。

私   :紹介状に、「体の病気は見られず、うつ状態が考えられますが、専門外なので、よろしくお願いいたします」とあります。

遠藤さん:新型コロナ禍で、テレワークなどの導入でやり方が変わり、雰囲気がピリピリしている。そこに新規の仕事が入って大変なんですよ。

私   :それで?

遠藤さん:わからない点を周りの方に聞くと、「経験がないから、俺にわからない」と言われた。冷たい言い方で、気後れしてしまいます。課長から振られた仕事だから課長のところに質問に行っても、多忙で席にいたり、いなかったりで、なかなか機会が持てません。

私   :わからない状態が続くのですか?

遠藤さん:(しんどい表情で)期限があるのに、仕事が進まないんですよ。

会社が見えると、急に動悸が…… 私   :眠れましたか?

遠藤さん:ピリピリしていて、寝付きが悪いです。

私   :眠っても途中で目覚めたりはしませんか? 

遠藤さん:毎晩2回くらいあります。目覚めると、なかなか眠れません。 

私   :そうか。それ以外では?

遠藤さん:会社のビルが見えると、急に動悸がします。

私   :急に動悸が。

遠藤さん:(不安な表情)足がすくんでしまいます。冷や汗が流れ、進めない……。

休日に楽になるのは、うつ病ではなく適応障害 適応障害

私   :お聞きすると、子どもに見られる不登校の大人版です。専門的には「適応障害」という病名です。

遠藤さん:先生、うつ病ではないのですか? 

私   :適応障害とうつ病は、まったく異なる病気です。起床がつらく、落ちこむ点は同じですが。

遠藤さん:どう違うのでしょうか?

私    :よく間違えられますから。見分け方を「鑑別3箇条」にまとめました。第1条は、休日と出勤日の状態の違いです。どうですか?

遠藤さん:休日は出勤がないので楽です。

私    :うつ病は会社がある日も休日も同じ症状です。

遠藤さん:休日は、気が向けばゴルフの打ちっぱなしの練習には行けます。どうしてこんなに出勤日と気分が違うのか、不思議に思っていました。

私   :遠藤さんは休日、好きなゴルフの練習を楽しめる。うつ病ではないと、予測されます。あとの2つを検討しましょう。

会社・仕事への不安は? 最後に「マコトの一言」で締めます

私   :会社が見えると動悸がする。それはうつ病では見られません。

遠藤さん:仕事への不安が強いからです。

私   :第3条は、強い職場ストレスがあるかないかです。慣れない仕事に行き詰まった。サポートもない。

遠藤さん:そうです。

私   :3箇条を満たしていますから、うつ病でなく適応障害です。

遠藤さん:安心したなぁ。出社恐怖症ですか?

私   :まあ、そうです。

遠藤さん:治療できるんですか。

私   :はい。仕事がストレスなので、最初は仕事を休む必要があります。診断書を書き、休養を取りながら家でのんびりしてください。その後に行うカウンセリングも重要です。

遠藤さん:(ホッとした表情)休むのですね。出社がツラいから。わかりました。

私   :診断書には「適応障害」と書いておきます。次は1週間後に来てください。

遠藤さん:わかりました。 うつ状態の遠藤さんの病名は、鑑別3箇条から考えて、適応障害と診断しました。次は、どう治療するかです。肝になるのは、カウンセリングです。次回に説明をします。

夏目誠 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会前理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。新著は企業の人事や産業医向けの「職場不適応のサイン」、ウェブ書籍「メンタル・キーワード療法~5分でできる簡易セラピー」。ブログ「ストレス点数の夏目」はこちら。 〔2021年3/3(水) 夏目誠(なつめ・まこと)読売新聞(ヨミドクター)〕 

生徒の髪黒染め指導

尾木氏、生徒の髪黒染め指導“合法”「情け無い」
尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏(74)が、大阪府立高校の元女子生徒(21)が、生まれつき茶色い髪を黒く染めるよう教諭らに繰り返し強要され不登校になった問題を受け、「いわゆるブラック校則 即刻廃止すべきだと思います」とした。
尾木氏は18日、ブログを更新。生徒の頭髪に対する黒染め指導を適法とした大阪地裁の判断に「唖然としました」とし、「生まれ付きの茶髪を主張する女生徒に対して,黒髪強要した学校は,多様性が増している現代では外国の茶髪の生徒の髪まで黒髪を強要する高校とある意味同じことではないでしょうか?
髪は身体の一部 制服着用の校則とは比重が違います」と指摘した。
続けて「画一的な外見を強要する人権侵害、表現の自由、生徒の自治権への無意識的な侵害は即座に止めるべきだと思います!
いわゆるブラック校則 即刻廃止すべきだと思います。 
学校の一斉主張 一方的な管理主義は反教育的でマイナスの教育効果しかありません!」と訴え、「情け無い判決ですーー 日本的法体系の中では合法だと『解釈』しても、日本も批准してる国際条約『子どもの権利条約』違反は明確ですが ぼやばやしてるとまた国連から5回目の是正勧告受けますよ!!」とした。
〔2021年2/19(金) 日刊スポーツ〕 

周辺ニュース

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緊急事態宣言の「2週間程度延長」で首都圏住民が失うお金、驚きの試算結果
1人あたりを基準に試算すると、緊急事態宣言の2週間程度の延長で、首都圏住民は無視できない損失を被る可能性が高い ●「2週間程度の延長」議論が浮上 緊急事態宣言はなぜ解除されないか
東京都の新型コロナの感染者数は、2月6日を最後にもう1カ月近く500人を割り続けています。
2021年1月に緊急事態宣言が再発出された際、1月7日の衆院議院運営委員会で西村康稔大臣は、「緊急事態宣言解除の目安は東京で1日500人以下の感染が目安だ」と説明しました。
にもかかわらず、ずっと延長が続いていたところ、今度は首都圏の1都3県の知事が共同で緊急事態宣言をさらに2週間、3月21日まで延長することを国に要望しました。
そして菅首相は、その要望を受ける意向です。
なぜ、いつまでたっても緊急事態宣言を解除しないのでしょうか。
当初、その理由は病床数にあると説明されていました。
1月中旬には東京都の1日の感染者が2500人に達し、入院治療を要する患者が一時2万人を超えました。
東京都が用意した対策病床数が8290床しかなかった中で、まさに医療崩壊の危険水準を超える危機でした。
2月に入って感染が衰え、東京で1日の新規陽性患者数が500人を割り込んでも緊急事態宣言が解除されなかった理由は、2月上旬はまだ病床使用率が高かったからです。
医療崩壊を起こさないことが緊急事態宣言の目的であり、1月のように陽性患者を受け入れる病床がない状況は、なんとしても解消しなければいけなかった。ここまでは理解できる話です。
しかし3月に入り、東京、埼玉、神奈川の病床使用率は4割前後に落ち着いています。
千葉県の病床使用率だけがまだ7割と高いことは気になりますが、1人の陽性患者がどれだけの人数にウイルスをうつすかを示す実効再生産数も1を切り続けているので、病床の使用率がここから上がることも考えにくい。
それでも解除しないのは不思議な話ですが、なぜなのでしょうか。
表に出てこない1つの重要な理由は、東京五輪でしょう。
五輪開催が瀬戸際の状態にある中、ここで解除するとまた緩みが出て、3月後半から4月にかけて新規感染者数が増加することは目に見えています。
国際世論はともかく、国内の受け入れ状況として、その時期の感染爆発は致命傷になります。
そうならないように、念のため宣言を2週間程度延長して、気温が上がる3月下旬まで今の抑え込みを続けていこうという力学が、裏で働いていることはわかります。
●国民にとって得なのか、損なのか 緊急事態宣言にまつわる「数字」を検証
ただ申し上げておきたいのは、このような政治判断を有権者として支持するか否かは、「それで結局、自分がどれだけ損をするのか」ということを、ちんと計算してからの方がいいのではないかということです。
そこで本稿では、そのための「計算」をお手伝いしたいと思います。
あまり大きな話題にはなりませんでしたが、2月15日に内閣府が発表したGDPの速報値によれば、2020年の実質GDPは通年でマイナス4.8%の減少となりました。
もう少し実感がわくようにお話しすると、前年に比べて約27兆円ものわが国の富が、コロナによって棄損したということです。国民1人あたりで平均すれば、あなたも私もコロナで約20万円の損害を被ったことになります。
ちなみに「平均すれば」というところにもう1つ落とし穴があって、これはコロナの影響で0.05カ月だけボーナスが減らされた公務員から、雇い止めに遭って収入がゼロになったフリーターまでの平均です。
弱者であればあるほど、損害は20万円程度では済まなくなります。
とはいえ、その落とし穴を念頭に置きながら、あくまで本稿では「平均」で緊急事態宣言の損失を考えていきたいと思います。
2020年における年間4.8%減というGDPの数字は、四半期ごとに分けることができます。
2020年の場合は対前年同期比で、次のようになります。
・1~3月期/マイナス2.0%
・4~6月期/マイナス10.3%
・7~9月期/マイナス5.7%
・10~12月期/マイナス1.3%
この数字と皆さんの記憶を照らし合わせてみてください。
1月にはコロナの気配はなく、2月にマスクが売り切れますが、3月20日まではまだ東京五輪を開催する気まんまんという状況が、マイナス2.0%に終わった1月から3月までの時期でした。
●緊急事態宣言が発出されると 12%程度はGDPが減少する
五輪延期が決定された直後、4月8日に緊急事態宣言が発出され、5月25日まで引きこもりの毎日が続きます。
解除された後の6月も含めて、この3カ月を平均するとマイナス10.3%。
これはあくまで仮定ですが、4月と5月が12%減で6月が7%減だと想定すると、平均でちょうど10.3%減になる計算です。
その後、夏になっても経済はなかなか回復しません。
なぜならコロナ第二波が来て、「若者が街で騒ぐのはけしからん」といった風潮もあったせいでした。
そのため、7~9月期の経済が5.7%減だったことが思い出されます。
そこに突然GoToトラベルとGoToイートが登場し、一気に消費が沸いたのが10月でした。
結果として10~12月の3カ月は1.2%減と、マイナスとはいえ経済がかなり回復したいい数字になりました。
実際、12月に再び自粛が広がったことを考えると、おそらく10月から11月上旬のGDPは、GoTo景気のお陰で前年同期と比べてかなりのプラスだったのではないでしょうか。 このように考察してみると、重要な数字は「緊急事態宣言が発出されると12%程度はGDPが減少する」ということです。
●もう2週間延長されると 国民1人あたり2万円の損失に
ここから細かい計算をすっとばして一気に結論に向かうと、「緊急事態宣言が出されると1週間で1.2兆円のGDPが失われる」ことがわかります。
「1週間の延長で国民1人あたり1万円の損」と言ったほうが、より身に染みる数字でしょうか。
つまり、1都3県の知事の主張をこの計算に沿って読み替えると、「これまで8週間、皆さんは約8万円の経済損失を我慢してきましたが、あと2週間、2万円の損失まで我慢してください」ということです。
我が家は3人家族ですから、これまでの8週間で失った24万円に加えて、家庭であと6万円我慢してくれないかという提案です。
今回の延長で経済的に損失を被るのは主に首都圏の住民だけですが、これを読者の皆さんはどう考えるでしょうか。
私だったら「菅首相、迷わず解除してください」と言いたくなるところです。
一方で東京五輪のことを考えると、この経済計算は微妙なことになります。
今年1月から8週間発出されている緊急事態宣言の損失は、昨年と同じ規模で計算すれば約10兆円。
しかし、これは大阪、名古屋を含めてもう失ってしまった損失です。
経済学的にいえば、サンクコスト(埋没費用)です。
ここに、宣言をあと2週間延長したらどうなるか。
東京圏のGDPは全国の約3分の1を占めるので、それに基づいて概算すれば、2週間延長しても国全体では8000億円の損害でしかありません。
「政治の視点で見れば」という数字ですが、8000億円の我慢で東京五輪が開催できるのであれば、ここは万全を期して2週間程度延長したいと考えるのが、政治家ではないでしょうか。
まあ、いち東京都民の視点でいえば、もし緊急事態宣言を3月7日に解除してしまったら、2万円を得する代わりに、東京五輪は2032年まで見られなくなるかもしれない、ということです。
どっちがいいか、よぉく考えてみたいところです。
最後に、追加で指摘させていただくと、緊急事態宣言の解除後は速やかに、1日でも早くGoToを再開すべきです。
なぜなら、昨年の経験でいうと、再開したら途端にGDPがプラスに戻るみたいですから――。
(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)
〔2021年3/5(金) ダイヤモンド・オンライン〕 

周辺ニュース

ページ名 KHJいわて石わりの会 岩手県陸前高田市(東日本大震災、被災者のニュース、)
目の前で沈んだ母「生きろ」胸に 父とのしこり越え、息子告げる「いい人できた」【#あれから私は】
東日本大震災で被災した人たちを毎日新聞記者は継続して取材し、「いま」を伝えてきた。
今回登場する男性は2014年春と16年秋、20年春に取り上げた。震災10年を前に思いを聞いた。
岩手県陸前高田市で津波にのまれ、トタン屋根の上で17時間漂流した末に助かった佐々木陽一さん(40)は、一緒に逃げた母のみき子さん(当時57歳)と、引きこもりで自宅にいた弟の仁也(じんや)さん(同28歳)を失った。
佐々木さんと父の善仁(よしひと)さん(70)の二人暮らしが始まったが、佐々木さんは父が教師の仕事に没頭し、家庭を顧みてこなかったことを不満に思ってきた。
だが、15年から障害者スポーツを広める仕事を始め、競技の勉強や周知活動にのめり込むうちに、いつも教え子のことを考えていた父の気持ちも少し理解できるようになった。
「ずっと独りかな」2年前に転機
移住した自宅の近所で愛犬の「ちゃちゃ」と散歩する佐々木陽一さん(右)、婚約者の石垣美奈子さん=埼玉県秩父市で2021年2月14日、手塚耕一郎撮影
20年の年の瀬。佐々木陽一さんは岩手県陸前高田市の自宅で、父の善仁さんと別れのあいさつを交わした。
「頑張ってくる。行ってきます」「気を付けてな」。
車を夜通し運転し、翌朝到着したのは埼玉県秩父市のアパート。
2年前に知り合った石垣美奈子さん(25)との新しい生活が始まった。
初めて会った時から、明るくてよく気が付く石垣さんに好印象を持っていた。
ただし年齢差もあり、結婚できるとは思っていなかった。
そんな時、石垣さんから東京ディズニーランドへのデートに誘われる。
「『ずっと独りかな』と思うこともあった。こんな僕でも選んでくれるなら」。
将来を自然と考えるようになった。
1年前の3月11日。佐々木さんは岩手県久慈市にある母の実家を訪れた。
東日本大震災で亡くなった母のみき子さんと弟の仁也さんの墓前に手を合わせ、「いい人ができたよ」と報告した。
みき子さんの驚いた顔が浮かび、仁也さんの「妄想でしょ」という声が聞こえた気がした。
「助かったんだ。生きろ」直後に母は沈んだ
突然の激しい揺れに襲われたあの日。当時、小学校の非常勤講師だった佐々木さんは自宅にいた。
「巨大な津波が来る」と直感した。
2階の弟の部屋の前で、母が扉越しに「早く逃げて」と声をかけていた。
それでも扉は開かない。弟は中学時代から引きこもりがちだった。
佐々木さんは「2階まで波がこないでくれ」と祈りながら、扉のそばに米10キロと炊飯器、ジュース24缶とスナック菓子を置いて、母と逃げた。
ごう音とともに道路を駆け上がってきた黒い波にのまれ、佐々木さんは母と市営球場まで流された。
何とか内野スタンドに上がったが、さらに津波が迫る。
「もう駄目だ」と弱音を吐くと、母は「せっかく助かったんだ。生きろ」と言った。
それからすぐ、佐々木さんは流れてきたトタン屋根に乗ったが、急に水位が上がり、母は沈んでいった。
声をかける間もなかった。佐々木さんは翌朝、海岸に一人流れ着いたが、弟は数週間後、母は1カ月後に遺体で見つかった。
「わだかまり」から「敬意」へ 父の努力
東日本大震災の津波で弟と母を亡くした佐々木陽一さん(右)。
父善仁さん(左)と向き合う時間が増えていた=岩手県陸前高田市で2016年9月2日、佐々木順一撮影
2人を失って始まったのが、父との生活だった。
震災の年の3月末に退職するまで36年間、仕事に没頭した父。
朝も夜も食卓を家族と囲む時間はなく、息子たちとはほとんど関わってこなかった。
佐々木さんは父の無事にほっとした一方で、「面倒くさいのが残ったな」との思いもあった。
弟が中学2年の時、父の転勤で一家は陸前高田市から岩手県釜石市へ引っ越した。
これを機に、弟は不登校になった。
盛岡市の県立高校に進んでいったん自宅を離れたが、卒業後に戻ると再び、引きこもりがちになった。
母は、そんな弟を理解しようと、地元で「親の会」を発足させた。
母が将来の不安を相談する相手は「仕事人間」の父ではなく、佐々木さんだった。
佐々木さんには父だけが、家族の苦悩を分かち合っていないように思えて、わだかまりを感じていた。
そんな父が震災後に定年を迎え、親の会の活動を引き継ぐことを決めた。
「退職したら向き合う」という母との約束だった。
父は毎月、引きこもりの子を持つ親が集まる会に通うようになった。
「長男は妻の目、妻の思いで私を見ている部分もある。最初は一緒に暮らすのも嫌だったと思う」。
父の善仁さんはそう振り返る。
19年秋の台風19号で、引きこもりの若者を支える施設に土砂が流れ込んだ時は、車を飛ばして泥出し作業に駆け付けた。
「母との約束、守ってるんだな」と佐々木さんも父に一目置くようになった。
野球や相撲、政治から道の駅まで。共通の話題で会話も増えた。
父は同年末、体調を崩して入院していたが、20年4月に退院した。
「結婚を考えている人がいる」と報告すると、「生涯独身だと思っていた」と驚き、喜んでくれた。
父は、結婚願望の強かった母から「結婚するのか、しないのか」と迫られた昔話も初めて明かしてくれた。
「自分も女性からのアプローチがきっかけだった」。父子に新たな共通点が見つかった。
「働かないでどうするつもりだ」後悔胸に
移住した自宅の近所で愛犬の「ちゃちゃ」と散歩する佐々木陽一さん(左)、婚約者の石垣美奈子さん=埼玉県秩父市で2021年2月14日、手塚耕一郎撮影
20年7月、石垣さんに「僕と結婚してください」とプロポーズした。
当初は陸前高田市で暮らすことも考えた。しかし石垣さんには持病があり、運転免許を取ることが難しい。
「岩手での生活には車がいる。病院を新たに探す必要もある。自分が行った方がいい」。
埼玉県所沢市にある石垣さんの実家近くに移り住むことを決心した。
都会での生活には慣れていない。古里のように自然が多くて静かな秩父市を選んだ。
退院して間もない父を一人残すことには心配もあったが、父からは「自分の人生。悔いのないように」と背中を押された。
佐々木さんは震災後、非常勤講師の任期を終え、福祉施設で働いたり、障害者スポーツを広める仕事をしたりしてきた。
震災前は弟に「働かないで将来どうするつもりだ」と言い捨てたこともあった。
でも震災後、「普段からもっと相談に乗ってやれていたら。人には言えない心の葛藤があったのではないか」と悔やんだ。
弟のような心に病を抱えた人を支える精神保健福祉士の資格取得を目指してきたが、結婚に備えて福祉の現場からはいったん離れ、運送会社の契約社員になった。
大型車両の運転や、運送作業の手伝いをする。トラック運転手は憧れの職業の一つだった。
「子どもの頃の最初の夢。仕事は楽しい」と充実している。
運転と料理ができる佐々木さんは買い出しと食事の支度、石垣さんは掃除洗濯と食後の片付けを担当する。
佐々木さんの料理の腕は母仕込みで、酢の物やあえ物は「おいしい」と好評だ。
石垣さんの体調が悪い時は決して無理をさせない。
精神保健福祉士を目指して勉強したことも、婚約者を支えるのに役立っている。夏までには婚姻届を出す予定だ。
財布の写真に誓う「生きる」
移住した自宅の近所で愛犬の「ちゃちゃ」と散歩する佐々木陽一さん(右)、婚約者の石垣美奈子さん=埼玉県秩父市で2021年2月14日、手塚耕一郎撮影
財布にはいつも、母と弟の写真を忍ばせている。
あの日の母の「生きろ」の一言が、人生の支えになっている。
この10年、「あの時、死んでいれば楽だったのに」と嘆く人の声も聞いた。
佐々木さんは「2人の分も人生を全うしよう。どんなことがあっても、生きていればなんとかなる」と信じている。
古里を離れて初めて迎える3月11日。
新型コロナウイルス禍のため墓参りはあきらめ、仕事場で黙とうする。
「彼女と頑張って生きていくよ」。写真の2人にそう報告するつもりだ。
この記事は、毎日新聞の紙面連載を元にしたYahoo!ニュースとの共同連携企画です。
東日本大震災で被災した人たちを記者が継続して取材し、「いま」を伝える記事を随時配信します。
〔2021年3/5(金) 毎日新聞【日向米華】〕 

周辺ニュース

ページ名 [[ ]] 富山県富山市 (東日本大震災) 
10年前“不登校の14歳”が被災地へ「学校行ってた人が亡くなり自分は…」24歳カメラマン未来への決意
11日、富山駅やグランドプラザでの追悼イベントで流れた映像を制作したのは、富山市出身の若きカメラマン。
映像に込めた思いを取材しました。
映像を制作した富山市旧八尾町の石原壮一郎さん、24歳。
石原さんは、中学生だった10年前も被災地を訪れました。
*石原壮一郎さん「今まで東北支援や、震災を知らない若い世代にとって、10年という節目は数字としては知るきっかけになりやすい、それを生かしてしっかり伝えたい」
先月、石原さんが訪れたのは宮城県南三陸町にある震災復興記念公園です。
*石原壮一郎さん「3年ぶりぐらいに来たんですけど、変わりすぎてびっくりしています」
ここは10年前から何度も訪れている思い入れのある場所でした。
*石原壮一郎さん「南三陸町の支援をしていたときに、ここの防災庁舎に来るたびに、ここにきて手を合わせていた。
思入れがあっていろんな気持ちになる」
10年前のあの日。
津波は、4階建ての庁舎の屋上にまで到達し、屋上に避難していた町の職員など43人が犠牲となりました。
防災庁舎は、津波の記憶と教訓を後世に残すため「震災遺構」として公園に保存されています。
*石原壮一郎さん「形での残っている事って大事なのかなと思っている。
防災庁舎も取り壊す、残すなどいろいろな議論があったが、毎回現地に身を運ぶ身としては毎回見るたびに当時のことを思い出させる。
当時起こった事実と向き合うためには、必要なものだと思う」
14歳のころ不登校だった石原さん。知り合いの誘いで参加した被災地でのボランティアが自分を成長させてくれたといいます。
*石原壮一郎さん「今の自分をつくる大きなきっかけになった。
被災された人達は、毎日仕事、学校へ行って努力していた人だと思うが、そういう人達が亡くなって、自分は生きていてというのがすごい矛盾に感じた。
これからは、自分の生き方を世の中のために使ってみたいなと思った」
次に向かったのは高台にある運動場です。
当時は、600人分の仮設住宅があり石原さんは30回以上訪れています。
*石原壮一郎さん「月1で訪れていたので、名前を覚えてもらっていて、被災地の人とのコミュニケーションを通じて、逆に頑張れって言ってもらったりとか。
10年たっても遠い所で繋がっているというのは嬉しい。
時間が経ったときに、呼び掛けることは難しいと思う。
自分たちが経験、感じてきたことを残していくことが一番忘れない。
次の10年に伝えるために大事なことだと思う」
そして、追悼イベントで流れた映像を見た人は…。
*映像を見た人は「(兄の子供が)震災の起こる前に生まれたばかりで、震災を知らずに成長しているところだが、そういう子たちにも、思い出してほしい忘れてほしくない」
*石原壮一郎さん「次いつどこかで起きるかもしれない災害のために、身近な人たちに、自分ができることを少しでも考えてもいたい」
〔2021年3/11(木) 富山テレビ〕 

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中川翔子 孤独問題「消えたいを生き延びた」中川翔子さんが訴えるSNSの言霊 LINEとツイッター意外な差…政府の対策成否は? 2021年2月、我が国に突如「孤独・孤立対策担当大臣」が置かれ、菅内閣で一億総活躍政策を担当する坂本哲志大臣が兼務で起用された。与野党も孤独・孤立対策の勉強会を開き、孤立の実態に詳しい支援団体などからのヒアリングを始めた。しかし「孤独感」という主観的なものに対して、政府が実際に何をどう対策していくのか、正直よくわからないと感じる人も多いのではないか。コロナ禍が長引くにつれ人と社会とのつながりが薄れつつある今、政治は望まない孤独・孤立を止めるために何をすべきか。

表に出にくい子どもの孤独・孤立 文部科学省はコロナ禍の2020年に自殺した小中高生は、統計データのある1980年以降最多の479人だったと発表した。前年比140人増という厳しい現実について政府関係者は「コロナ禍の一斉休校で、学習の遅れや進路に悩む子供がさらに増えた。慣れない『独学』の状況が長引き、子供たちは将来の不安で追い詰められている」と分析する。 さらに有識者は「若者は『ひとりぼっち』とか『孤独』とか『寂しい』と周囲に同情されたくないという思いから、自分から声をあげて助けを求めることに抵抗がある」と指摘し、SOSが見えにくいため実態把握が遅れ、孤立が深刻化してしまいがちな状況を懸念している。

SNS活用への期待 中川翔子さんが訴える「SNSの言霊」 こうした孤独・孤立への対策として、SNSによる社会や人とのつながりの重要性を指摘したのが、タレントで歌手の中川翔子さんだ。 2月下旬に総理官邸で開催された「孤独・孤立緊急フォーラム」に出席した中川さんは、「10代の頃いじめを受けていた。死にたい、消えたいと何度も思った」と明かした。そして、自身がコロナ禍で不登校に悩む子供たちをリモートで取材してきたところ「悩みがどんどん多様化していると感じた」と述べた上で、次のように語った。

「今、SNSで世界と本当につながることの大切さを感じています。好きなことを好きと言える場所、そして好きなことを褒めていると同じものが好きな人にちゃんと届く、そこには地位や年齢や距離を超えたものがある。そして言霊は夢をかなえてくれる。SNS社会になった今、子供たちであっても、大人であっても、独り言でもいいから好きなことを書く場所が必要なのではないか」 さらに中川さんは血縁関係などでなくても、笑顔になれる瞬間を一緒に生きることができる「隣る人」の存在が大事だと訴え、こう締めくくった。 「孤独ではない、つながっている、息をしていてくれるだけでうれしい、そんなふうに子供たちそして悩んでいる大人の方にも届くように、これからも誰かに隣ることができるような、笑顔になっていただけるような活動をしていければ、消えたくなった、死にたかった、その夜を生き延びた大人として、誰かに隣ることができればいいなと思っています」

LINEとツイッター、ユーザーの「心」に差異も このように、孤独・孤立対策の1つとして注目されているSNSだが、東京都健康長寿医療センターが実施した「SNSでのコミュニケーションと精神的健康」という調査で、興味深いデータが明らかになった。 LINEを利用する人はしない人に比べて、精神的な健康状態が良いというデータが出たという。つまりLINEでの他者とのコミュニケーションが、満足感や幸福感につながりやすいことを示すものだと分析されている。一方で、ツイッターで頻繁に呟く人は呟かない人に比べて孤独を感じている人の割合が多いという結果も出たという。不特定多数に向けてつぶやく事の多いツイッターならではの現象なのかもしれない。

SNSの利用法にも様々な形があるので一概には言えないだろうが、SNSの活用は対策の一つのカギと言えそうだ。政府も孤独・孤立問題に対してSNSや検索エンジンでの相談強化や発見機能などを検討している。また昨年末からは、支援が必要な子どもをAIで見つけ、適切な支援につなげるためのデータベース構築に向けた調査研究も進めている。 6府省庁から全府省庁会議に変更「命に省庁の名前は書いていない」 こうした孤独・孤立対策のとりまとめに向けて政府は、調整を行う場として「関係省庁連絡会議」を設置する予定だが、これについて1つの方針転換があった。

坂本大臣は過去の記者会見で、関係府省庁連絡会議は対策に密接に関わる6つの府省庁で構成すると答えてきた。しかし2月26日の衆院予算委の分科会で自民党の鈴木貴子議員は「人の命に省庁の名前が書いてあるのか」と訴え、全府省庁が参加しての会議にすべきだと指摘した。 鈴木議員はその理由として、自身が防衛政務官時代に感じた「自衛官独特の文化」、一見、孤独・孤立とは無縁に見える集団生活の中のいじめ問題に言及し、「属性に応じたアプローチが必要だ」として、すべての役所が連絡会議に参加する意義を強調した。

このやり取りを受けて、会議のとりまとめ役である坂本大臣は方針を転換し、省庁間の縦割り打破も解決すべき課題だと位置づけ、連絡会議を全府省庁参加とすることを決めた。 「心の問題」に切り込む「オーダーメイドの支援」とは そして最大の問題はこうした会議を通じて、どれだけ有効な対策を打ち出せるかどうかだ。孤独・孤立にも様々な形態があり、経済的事情や家庭環境が背景にあるもの、国籍・性・障がいなど社会的マイノリティに根ざすもの、個人の様々な心情に起因するものなど様々だ。世論からは「政治家は立ち直れないほどの孤独感を理解できるのか」といった懐疑的な声も聞かれる。

こうした中、坂本大臣は、内閣府に「孤独・孤立対策担当室」の看板がかけられた際の訓示で、2019年の東京大学入学式における上野千鶴子氏の祝辞を引用しながら、次のように訴えた。 「一生懸命頑張っても厚い壁に跳ね返されて、そして孤独感と不安にさいなまれ、絶望的になる人がたくさんいる。頑張っても公正に報われない社会がある。その存在に真正面から取り組んで、そしてこれまで見たこともないような知と政策を生み出す」

その上で、坂本大臣は「心の問題にどれだけ政策として切り込めるか」だと語った。また内閣府関係者は「人それぞれの主観的な苦しみに、いかにオーダーメイドの支援を作っていけるか」と意欲を示している。 政府は、個々の事情にも対応できるようにしつつ、孤独・孤立にどこまで切り込んで行けるのか。せっかく担当大臣を置いたのだから、相談窓口の一元化など、既存の支援策の延長線上で「やった感」を出すだけでは、あまりにもったいないだろう。「一生懸命頑張っても報われない社会」に対する、思い切った政策を期待したい。 (フジテレビ政治部 池田百花) 池田百花 〔2021年3/12(金) FNNプライムオンライン〕 

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ページ名 [[ ]] 富山県 (  東日本大震災) 
不登校から「人のために」 被災地に通い、生きる道見つけた24歳
富山市のフリーカメラマン、石原壮一郎さん(24)にとって、2011年3月11日の東日本大震災は、自ら生きる道を見定める転機となった出来事だ。
学校になじめず自宅に閉じこもっていたあの日、自宅のテレビに映し出された津波の映像をどこか遠い外国のように思っていた。
ボランティアとして東北の被災地へ10年間、足を運び続けるうち、「人のために生きたい」と思い至った。
今は東北で知り合った人々との交流を映像に残し、富山から震災を語り継ぐ決意を新たにしている。
船が打ちあげられた場所は今…
震災当時は富山市の中学2年。
しかし家庭では親に反抗し、学校の人間関係もうまくいかず、不登校だった。
10年前の午後2時46分、自宅でテレビを見ていた時、大きく長い揺れを感じた。
画面はヘリコプターから撮影された被災地の映像に切り替わった。
真っ黒い津波が仙台平野を襲い、空港や車などが次々と飲み込まれる様子に衝撃を受けた。
「自分が住む国で、こんなことが起こるのか」。
画面にくぎ付けとなり、声にならなかった。
発災直後、地元の知人に被災地ボランティアに誘われたが、当時は引きこもる自分を悲観するだけで頭がいっぱい。
興味は持てず、断った。その後も声を掛けられたが「なんで自分が」と反発。
しかし「1回行ったら、周りは何も言わなくなるだろう」と参加を決め、震災翌月の11年4月、宮城県石巻市に初めて足を踏み入れた。
街は津波で家の上に船が乗っていたり、車が窓に突き刺さっているなど、ほぼ壊滅状態。
訪れた避難所では、家族も財産も失い「自分も流されてしまえばよかった」と悩み苦しむ女性の言葉に耳を傾けた。
あまりの惨状に反応できず、掛ける言葉も見つからなかったが、「被災者の力になりたい」という思いが芽生え始めた。
その後、毎週末のように、石巻市や南三陸町へ通って、炊き出しやフリーマーケットなどの手伝いに汗を流した。
南三陸では住民とも顔なじみとなり、いつしか親しみを込め「壮一郎」「壮ちゃん」と名前で呼ばれるようになった。
人の役に立つ喜びを感じ、「また来たいな」と初めて思った。
周囲に閉ざした心が徐々に解きほぐされ、富山で学業に復帰。
趣味のカメラを生かした撮影のアルバイトを経て、18年にフリーカメラマンとして独立。
映像制作を本格的に学ぼうと米国に1年半留学し、20年12月に帰国した。
◇「東北に育てられた」関わり続ける決意
「壮一郎とこういう話をする時がくるとは思わなかった」。
3月上旬、久々に南三陸町を訪ねた石原さんを目を細めながら迎えたのは、地元で漁業を営む阿部実さん(57)。
震災直後に知り合い、父のように親しく付き合ってきた。
漁業を再開した阿部さんの様子を映像に残すため、漁船に乗せてもらい、養殖ワカメの手入れ作業に同行。
ドローンも使い、津波で大きな被害を受けた地元、志津川湾の現状も取材した。
海での作業を終えて漁港に戻ると、石原さんは阿部さんの自宅そばの漁具倉庫で10年を振り返るインタビューのため、向かい合った。阿部さんは当時を思い返し、静かに語り始めた。
大きな揺れを感じると、すぐ漁船に乗り込み、津波の被害から船を守ろうと全速力で沖へ逃げたこと。
船上の無線機から聞こえる「4階建ての志津川病院が波に沈んだ」「警察署が水の中だ」との声に耳を疑ったこと。
そして数日が過ぎても、家族を泣きながら探す人々の姿が絶えず「地獄絵図だった」と。
見たまま、ありのままを石原さんに伝えた。
「被災地には10年の区切りはない。
道路も海岸線もまだ元には戻らない」と現状を語る阿部さんは「これからは津波への心構えを発信する町であってほしい」と願う。
「次に津波が来た時には1人も死者が出て欲しくない」と切に願うからだ。
石原さんはカメラ越しに、阿部さんの話に耳を傾けていた。
何もかも悲観するように、家に閉じこもっていた10年前を振り返り「僕は東北に育てられた」と言い切る石原さん。
南三陸の人々とのつながりを忘れず、ずっと関わり続ける決意だ。
石原さんが制作したドキュメンタリー映像の要約版は11日、富山市の復興支援団体「ふっこうのおと」が富山駅で開催したイベントで初上映。
完全版は4月末にウェブで公開する予定という。
  〔2021年3/12(金) 毎日新聞【砂押健太】〕 

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不登校との付き合い方 不登校を乗り越えた人たちは、どうして先に進むことができた? 自分について悩みぬく時間を周りが奪わないようにすることも大事 [不登校との付き合い方(18)] もし、今、子どもが不登校だったとしても、その経験を乗り越えた先の姿が見えたら、保護者としては少し気持ちが落ち着いて、子どもを見守ることができるのではないでしょうか。不登校が、その後の人生に役立つことがあるとしたら? 「不登校新聞」編集長の石井志昂さんにお話を聞きました。 つらい思いをしたからこそ、不安な状況に強くなれる 不登校になることは、本人にとっても家族にとってもつらいことですが、あとになってから「よかった」と思えることといえば、今のコロナ禍のような不安な状況に強くなる、ということが言えるでしょう。

メンタルは強く、ブレないことがいいと、よく言われますが、理想と現実は違うものです。人はブレるものだし、そんなに強いわけではないということを、不登校になったことで知るのです。すると、精神的に不安定な状況にさらされても、乗り越えていけるようになるのだと思います。 コロナ禍ではなくても、人生には苦しいことはたくさんあります。介護、離婚、失業、難病になるといったこともあります。順風満帆な人生なんてないんです。「そういうことは誰にでもありうるんだ」と、頭では理解しているかもしれないけれど、いざ自分事となると右往左往するもの。そうした困難の中で学ぶことは多い気がします。 俳優の樹木希林さんは全身癌になったり、ほんとうにたくさんの難があった人だけれど、生前、お話を伺ったときに、「難があってこその人生だ」とおっしゃっていました。「ありがたい」という言葉は、難が有ると書いて「有り難い」です。難があると言うことは成長させてくれることがあるのだ、という風に見方を変えるといいですよね、とおっしゃっていました。

自分に向き合う時間をたっぷりとることで、先に進めるようになる 不登校になると、自分の苦しみの源がどこから来るのか、を知ることになります。フリースクール東京シューレの代表理事のお子さんも不登校でした。その子は学校へ通うと、「僕が僕でなくなってしまう」と言われたそうです。その子にとっては、学校に復帰することは不登校のゴール・解決ではありません。だって登校したら自分ではなくなってしまうのだから。そこで見つけた「僕の人生を歩む」というゴールは、人生の大事な指針になります。

私自身の不登校時代、うらやましいとかくやしいとか他人と比較することがありました。それは、自分の人生を生きていない、他人軸で生きているからだと気づいたのです。自分に軸を持つことが大切だと痛感しました。 不登校がきっかけで、自分軸で生きようとし始めた人にとっては、自分の意思を尊重することからしか問題の解決策は生まれないでしょう。何が何でも学校へ行かせようとしたり、他者からの提案に従わせたりするという方向性の働きかけでは、解決策になりません。

自分はどういう人なのかという大きな悩みにぶつかったときに、意識しているかしていないにかかわらず、学校から遠ざかります。ひとりになって、自分との折り合いをつける時間が必要だからでしょう。自分ととことんまで、向き合う時間なのです。 自分がどう生きたいかがわかったら、そこから先は頑張れる そうして、自分と折り合いをつけられたら、その先のことは何とでもなります。必要な学力をつけたり、仕事を覚えたりといったことは、あとからいくらでも追いつきます。逆に言えば、自分との折り合いがつけられないままでは、学習も仕事も頑張ることができません。

このコロナ禍で、子どもたちは大人の何倍も不安だし、その不安の中で将来・未来のことを考えています。大人と比べ物にならないくらい逡巡する中で、自分と向き合うことはとても大きな学びとなり、未来への財産になると思います。 学校で苦しまないに越したことはないけれど、もし学校へ行けなくなったとしたら、自分について悩みぬく機会なんだと思ってもいいかもしれません。その大事な時間を、周りがあせって奪わないようにすることも大事です。

まとめ & 実践 TIPS 不登校の中で、苦しくても自分とじっくり向き合い、自分の人生をどうしたいのかと突き詰める時間をもつことで、子どもはほんとうに自分がしたいことに出会います。自分と折り合いをつけたら、その先は学習も仕事も頑張る底力がつくもの、と石井さんは言います。保護者は「学校に行く」と言うことに気を取られるあまり、子どもが自分と向き合う大切な時間を、奪わないようにすることが大切でしょう。

プロフィール 石井志昂 『不登校新聞』編集長。1982年生まれ。中学校受験を機に学校生活があわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクール「東京シューレ」に入会。17歳から不登校新聞社の子ども若者編集部として活動。不登校新聞のスタッフとして創刊号からかかわり、2006年に編集長に就任。現在までに不登校や引きこもりの当事者、親、識者など、400名以上の取材を行っている。 〔2021年3/14(日) ベネッセ 教育情報サイト〕 

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社説[ブラック校則] 社説[ブラック校則]不合理なルール見直せ 合理性に乏しい規則を強いる「ブラック校則」が近年、全国で問題になっている。 大阪府立高校の元女子生徒が髪の黒染めを強要され、不登校になったとして損害賠償を求めた訴訟は、海外メディアでも注目された。 県内でも、那覇市議会2020年2月定例会で、女子生徒の肌着の色指定や服装検査の問題が取り上げられ、「人権侵害とも言える行き過ぎた校則だ」と指摘された。 肌着の色を「白」や白に近い色に限定している市立中学が多く、生徒から「ブラジャーが透けて見えやすい」と不満の声が上がっている。人前で肌着を見られたり、触られたりする服装検査も「気持ち悪い」と反発がある。

肌着の色指定や服装検査は全国で問題になっており、見直す動きが出ている。 長崎県教育委員会は人権侵害になりかねないとして市町村教委や学校に見直しを通知。岐阜県の県立高校はそうした校則を廃止した。 那覇市教委も子どもの人権を侵害するような校則を見直すよう各学校に求めているがことし1月までに肌着の色指定を変更した学校はない。 ブラック校則と目されるものには他に、黒髪や直毛でない生徒に「地毛証明書」を提出させたり、社会に定着している、耳の上や襟足を刈り上げる髪形「ツーブロック」を禁止するものがある。 ただ「校則だから」という理由では生徒は納得しない。合理的な理由の説明とともに、時代に合った規則かどうか検証する必要がある。

■ ■ 「ブラック校則」問題は今に始まったものではない。古くて新しい問題だ。 例えば県内では1980年代、男子生徒の丸刈り校則が社会問題になった。生徒や保護者から「人権侵害」との批判が高まり、今日ではほとんど姿を消した。 本年度は新型コロナウイルスの影響による変化も見られる。 文部科学省は換気に伴う寒さ対策として、防寒着着用に柔軟な対応を取るよう、全国の教育委員会に通知した。 県内でもタイツ着用などを認める学校が増えている。一時的なものにせず、これを機に校則を見直してほしいという声が上がっている。 LGBT(性的少数者)への理解の深まりで、制服選択制を導入する学校も急増している。 校則は変化してきたし、これからも時代の要請に応じて変えていくべきだ。

■ ■ 学校という集団生活の場で一定のルールを守ることは必要だ。社会に出たときの訓練にもなる。 だがそれが、管理する側の都合に合わせた理不尽なルールの強要や、子の尊厳を傷つけるものになっているなら、変えるべきだ。 大人に一方的に決められたものでなく、生徒が主体的にルールづくりに関われば、守る意識も高まるだろう。 校則の見直しを、生徒が自ら考え、決め、変える機会にできたらいい。 教育行政や学校現場のトップには、そうした場づくりに挑戦してほしい。 〔2021年3/17(水) 沖縄タイムス〕 

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障害学生の語り 障害と進学の悩み、先輩はこうしたよ NPOが体験談を公開 障害を持ちながら大学などで学んだ経験がある人による体験談のデータベース「障害学生の語り」のサイト

患者本人による体験談をデータベース化して公開しているNPO法人「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」は、障害を持ちながら大学など高等教育機関で学んだ経験を持つ人の声を集めた「障害学生の語り」のサイト(https://www.dipex-j.org/shougai/)を新たに作成し、公開を始めた。障害と進学について悩む学生や支援に携わる教育機関の関係者に、実体験を通して学生生活を充実させる工夫や、対話の方法を伝えるのが狙いだ。 インタビューには、視覚や聴覚、精神障害、肢体不自由、内部障害、発達障害を持ちながら大学などで学んだ経験のある20~40代の33人が協力。「入学準備」「大学での学び」「キャンパスライフ」「人間関係」など、知りたいテーマから具体的な体験談にアクセスできる。インタビュー内容は、映像と音声、文章の三つの形式の組み合わせで構成されている。

日本学生支援機構の調査によると、全国の大学などで学ぶ障害を持つ学生は2019年度時点で3万7647人(全学生数の1・17%)。16年施行の障害者差別解消法で、障害者の権利保障のため個人に合わせて調整や変更を行う「合理的配慮」が国公立大学で義務化、私立大学で努力義務化された。 こうした背景もあり、障害を持つ学生の数は法施行以前と比べて2倍近くに増えた。しかし、障害は個人差が大きく、学生側も支援側も具体的なサポートのあり方で悩む場面は多いとされる。 「語り」では、視覚障害のある男性が、学科の教授に掛け合って教科書や資料を点訳してもらった経験を紹介。その際に大学側に「学生は『学ぶこと』を努力する存在だが、『学ぶため』に努力しているのは違うのじゃないか」として、勉学に専念できるような環境整備を求めた。

また、脳性まひによる肢体不自由で車椅子を使う男性は、教員免許取得のための教育実習の方法について大学側と早くから対話を始めた。福祉タクシーで実習先まで行く配慮などを得たとして、「これから大学に入る人は、できるかできないかより、やりたいか(否か)を先に考えてほしい」とエールを送った。 プロジェクト責任者の瀬戸山陽子・東京医科大講師は、自身も歩行障害と顔面まひの障害を持ちながら大学の看護学部で学んだ経験が、今回の企画につながったとする。「障害があって大学に行くのは、不安や課題、圧倒的に大きな壁を感じることがあると思うが、実際に体験した人の言葉で具体的な試行錯誤の仕方を知ることで、これから続く人たちの背中を押すことができたらと思う」と期待を込めた。【横田愛】 〔2021年3/14(日) 毎日新聞〕 

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ゆるスポーツ 生後3カ月、息子が視覚障害だと発覚。200人と話してたどりついた“強さの落とし穴“ 新R25 「これは、“障害者の救済”なんかじゃない」 障害の有無、年齢、性別にかかわらず誰もが楽しめる「ゆるスポーツ」というスポーツがあります。

考案者は、澤田智洋さん。 激しく動かすと大声で泣きだすバスケットボールを使った「ベビーバスケ」、ほふく前進でラグビーをする「イモムシラグビー」といった「ゆるスポーツ」、障害のある1人のために服を作る「041(オールフォーワン)」プロジェクトなど… お子さんが視覚障害を持って生まれてきたことをきっかけに、“弱み”を起点としたさまざまな仕事を実現してきたという澤田さん。 さまざまな弱みを持った方と会ってきた澤田さんが、「強さじゃ社会は変わらない」と語る真意とは…?

〈聞き手=サノトモキ〉 「“かわいそうな人”だと決めつけていた」息子のために障害者200人に話を聞いた父親が気づいたこと 【澤田智洋(さわだ・ともひろ)】1981年生まれ。2004年広告代理店入社。映画『ダークナイト・ライジング』の「伝説が、壮絶に、終わる。」などのコピーを手掛けながら、多岐にわたるビジネスをプロデュース。

サノ: 澤田さんはもともと、大手広告会社のコピーライターなんですよね。

「ゆるスポーツ」の活動を始めるきっかけは、やはりお子さんが視覚障害を持って生まれたことだったのでしょうか…?

澤田さん: そうですね。生後1カ月検診でも何も言われなかったんですよ。

でも3カ月経っても全然目が合わなくて、近所の眼科に連れていったら「息子さんは視覚障害者です」と言われて。

そこから生活が一変しました。

サノ: そうだったんですね…

澤田さん: 空いた時間で「目が見えない子の育て方」を調べようと思ったんですけど、当時視覚障害者の情報って全然出てこなくて。 たとえば、息子が将来どんな仕事に就けるんだろうと「視覚障害 高収入 職業」と検索しても全部“スティービー・ワンダー”みたいな。何これ、無理ゲーすぎるって。

なので…障害のある方々に、「どうですか? 人生」って直接話を聞きに行ったんです。 「どう勉強してきましたか?」「恋愛ってどうでしたか?」「夢ってなんですか?」…「どうやって育てたらいいかわかんないんです。助けてください」って僕もぶっちゃけて。 最終的に200人くらい聞いたのかな。

サノ: 200人!

澤田さん: そのなかで、ポジティブな人、ひょうきんな人、すごく恋愛好きな人、本当にいろんな人がいろんな人生を送っていると知ったたこともすごく救いだったんですが… 一番僕の価値観を変えたのは、「障害から生まれた発明品がたくさんある」ということでした。 「メジャーチェンジはいつも“弱さ”から生まれる」 (C)新R25編集部

サノ: 障害者から生まれた発明品…たとえばどんなものが?

澤田さん: たとえばライターは「戦争で片手を失った人でも火をつけられるように」発明されたという説がありますし、先端が曲がるストローは「寝たきりの人でも飲み物を飲めるように」開発されたらしいです。 他にも、クリミア戦争で負傷した兵士が着脱が楽にできるよう、カーディガン伯爵が発明した「カーディガン」とか。

iPhoneも、発達障害の傾向があったと言われているジョブズのせっかちさが、「誰でもわかるシンプルな操作性」を実現したと言われたりしますよね。 日本でも、1970年代以降に多くの障害者の方による運動が起こって、駅にエレベーターが設置されたり、障害者でも乗りやすい乗降口がフラットなバスが登場したり。 誰かの「弱さ」を起点に社会が変わった歴史って、たくさんあるんです。

サノ: “弱み”を起点に、誰もがより快適に暮らせる発明が生まれていると。

澤田さん: そう。人類は「弱さ」を生かすプロで、「弱さ」こそが常に革命を起こしてきた。 そんなお話をたくさん聞いているうちに、「弱さ」を生かさないことのほうがもったいないなと思うようになって。

日本の成長が30年以上止まってるのは、「強いところ」ばかり伸ばしつづけようとしてるからじゃないでしょうか。 今の日本って、「100%を101%に伸ばす仕事」をしている企業がすごく多いんです。 僕はある大手洗剤メーカーのグループインタビューに何度か同席したことがあるんですけど…ヒアリングに集められるのって、普段自社の洗剤を使ってるコアユーザーばかりで。

サノ: ああ…なんか想像できる気がします。

澤田さん: 当然、「強いて言うなら」みたいな、重箱の隅をつつくような“伸びしろ”しか出てこない。 「100%→101%のビジネス」からは大きなイノベーションなんて生まれようがないんです。 日本の多くの企業はこういうことを繰り返しているから、ここ30年「マイナーチェンジ」しか起こせなかったのかもしれないと思うんですよね。

サノ: とっくに成長しきってしまった、「強い」部分同士の競争ばかり…なんかわかるかも。

澤田さん: ただ、あるとき別のメーカーが「計量不要のプッシュ型洗剤」を販売したんです。じつはこれ、「高齢者」や「目の見えない方」のために開発されたもので…

目が不自由な人や、高齢者の方は、洗剤を計量カップに注いで測るのが難しいんです。

その人たちの「弱さ」に焦点を当てた結果、メジャーチェンジが生まれたんですね。これが革命的だと支持されて。

サノ: 「弱み」に着目したとたん。

澤田さん: 今の僕らに必要なのは、このように弱さこそが「社会の伸びしろ」だと気づくこと。

日本は「あとはいかに緩やかに衰退するか」みたいな話ばかり聞きますが…伸びしろはまだまだ「マイノリティの世界」に全然ある。 僕は障害のある友人たちからそう教わったんですよね。 障害者手帳を持っている方は、日本に大体930万人。他にも、LGBT、難民、難病指定患者の方々…世間的に「マイノリティ」と言われ、生きづらさを感じている人たちはたくさんいる。

僕は、社会における“新しい何か”を発見する視力を「ソーシャル視力」と呼んでいるんですが… ソーシャル視力って、弱さを抱えた「マイノリティ」の人のほうが圧倒的に強いんですよね。 心臓病の少年をきっかけに生まれた「500歩サッカー」。しかし… (C)新R25編集部

澤田さん: それで僕自身も、「ゆるスポーツ」を始めたんです。 実は僕自身すごく運動音痴なんですが、「運動音痴という視点を使ってスポーツを発明したらどうなるんだろう?」というソーシャル視力で立ち上げたのが「世界ゆるスポーツ協会」。 日本人の4割が日頃運動をしていない「スポーツマイノリティ」と知り、これぞブルーオーシャンとばかりに90種類の新しいスポーツをつくってきました。

サノ: ゆるスポーツ、サイト見ただけでもめちゃくちゃ面白かったんですが…

どんな「ソーシャル視力」を生かした例があるんでしょうか?

澤田さん: たとえば、「500歩サッカー」。

ある心臓病の少年が、本当はスポーツをやってみたいのに「こまめに休まなきゃいけないから体育は見学してなさい」と言われて、一度もみんなとスポーツをしたことがなかったと。

そこで僕は、「ひとり500歩しか動けないサッカー」を作ったんです。

サノ: えっ、どうやってやるんですか…?

澤田さん: まず、プレイヤーは全員「500歩サッカーデバイス」を装着します。

1歩動くと1ゲージ減って、走ると一気に5歩、10歩と減ります。500歩分使い切って、ゲージがゼロになったら即退場です。 そしてここがポイントなんですが…3秒以上動かずに止まっていると、4秒目から1秒に1ゲージ回復するんです。 つまり、「休む」ことが戦略の一部になってくる。どんなに体力自慢の人でもゲームに勝つためには「休まなきゃいけない」。 なので、心臓病の少年が入っても何の不自由なくプレーできるんです。

サノ: なるほど…!

澤田さん: 「運動音痴がアスリートに、高齢者が若者に、障害者が健常者に勝てる」という面白さ。

これは「0.1秒速くなるシューズ」のようなスポーツ強者向けのビジネスをしている大手スポーツメーカーからは生まれなかったと思うし、自分の弱さを生かして本当に良かったなと思ってます。

サノ: 心臓病の少年、うれしかっただろうな。めっちゃ感動的なお話ですね…

澤田さん: あっ、いや。

ゆるスポーツに対して、「感動的」という声をいただくことってけっこうあるんですけど…僕はそこに強烈な違和感があって。 これって、「障害者の救済」なんかでは決してないんですよ。 ゆるスポーツ発案者が一番伝えたいこと「“弱さを受け入れる社会”って、上から目線なんです」 (C)新R25編集部

澤田さん: 僕は心臓病の少年を救済するために500歩サッカーを作ったわけじゃないんです。 彼ができるスポーツを「作ってあげよう」とか、彼のソーシャル視力を生かして活躍の場を「与えよう」とか、そんなことではまったくない。 「ソーシャル視力」という優れたビジネススキルを持ったビジネスパートナーである彼に、力を借りただけ。

サノ: 「助ける」とか「働く場所を用意してあげる」とか、そういう視点ではないと。

澤田さん: ダイバーシティって「弱さを受け入れる社会」みたいに語られることも多いですけど、「受け入れる」って発想がすでに上から目線なんです。

違うんです。シンプルに、社会が「弱さ」という最強の一手に気づけていないだけなんですよ。 「弱さを許容する」ではなく、「弱さが持つ“力”を認知する」。 同情してる場合じゃない。彼らのソーシャル視力がいかに優れたスキルか、早く気づかなきゃ。

サノ: ここまでお話聞いて、すごく納得できました。

澤田さん: 今までのダイバーシティって、「温度と湿度が高い」というのが一つの特徴だったと思うんです。やたらと高い熱量で、過剰にしっとりと、感動的に扱う。

でも僕は、平熱で、湿度低めでありたい。心臓病の少年の「500歩サッカー」も、「泣きのストーリー」にしたいわけじゃない。まわりが感動して終わるだけのキレイゴトで終わらせたくないんです。 「弱さ」の世界にはゲームチェンジャーがごろごろいるという事実を、フラットに述べているだけ。 ただ、「弱さ」を無理にポジティブに捉える必要もないと思うんです。

それぞれのペース・向き合い方があるわけで、「弱さを『ソーシャル視力』としてポジティブに捉えよう!」なんて言いたいわけでは全くありません。 「弱い自分を無理やり変える」じゃなく、「弱さを生かせる社会に変える」ほうが絶対にいい。でも、一個人で社会を変えるなんてむずかしい。だから、ビジネスがカギなんです。 感情論や倫理観で語るんじゃなく、一緒に社会に生きる人間として、一人ひとりがフラットに力を借り合う。それだけでいいんです。

サノ: それこそが真のフラット…めちゃくちゃ腑に落ちました。

澤田さん: ビジネスの世界が「弱さ」の価値に気づいたら、日本は一気に変わると思います。 だから、一個人の「弱さ」との向き合い方としてお伝えしたいのは、「無理して自分を変えないで」。 そして、「人生のどこかのタイミングで、あなたの弱さがあなたを救う可能性はあります」ってことですかね。

(C)新R25編集部 「マイノリティのことをあれこれ考えるより、“自分もマイノリティである”という事実を自覚するほうが、圧倒的に早いです。誰だって絶対に、マイノリティな弱さを持ってるんだから」 取材終わりにそう教えてくれた澤田さん。 受け入れるのではなく、あくまでも「力を借り合う」。この視点、ハンデの有無にかかわらず、すべての人に対して働かせるべき想像力なんじゃないかと思いました。 自分のなかの弱さとも、上手に向き合っていきたいと思います。 〔2021年3/15(月) 新R25〕 

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コロナ禍で増えた若者の自殺 精神科医が語る「うっせぇわ現象」の読み解き方 コロナ禍で増えた若者の自殺。周囲の大人たちができることは何か 世界でメンタルヘルス(心の健康)の問題が深刻化している。世界保健機関(WHO)によると、世界では毎年約80万人が自殺している。これは40秒ごとに1人が自ら命を絶っている計算になる。いうまでもないことではあるが、自殺は家族や友人、コミュニティーに深い悲しみと計り知れない衝撃をもたらす。 WHOはさらに若者の死亡の主要な要因の1つが自殺と指摘している。日本ではコロナ禍で子供たちの自殺が大幅に増加している。2020年に自殺した小中高校生は479人に達し、過去最多となった。 アメリカでもコロナ禍で若者がうつ病になるリスクが増えている。ウォール・ストリート・ジャーナルの2020年8月12日付の記事によると、アメリカ大学保健管理協会(ACHA)などが昨年3月末から5月にかけて学生1万8764人を対象に実施した調査では、大学生の約41%がうつの症状を報告した。自殺のリスクも2019年秋の25%から27.2%に上昇したという。

筆者は昨年1月から2月にかけ、日本人約120人を含む、世界11カ国の青年約240人が参加する内閣府主催の「世界青年の船」に日本ナショナルリーダー(NL)として参加し、客船「にっぽん丸」に乗船した。その際、船上でもメンタルヘルス問題がグローバルな課題として大いに議論された。 大切な命を救い、そして、若者の精神衛生を支えるために、私たちはいったい何をどうすればよいのか。現代社会の若者のメンタルヘルスや自殺の動向を見極め、対策を考えるために、精神科医の木村好珠さんに話を聞いた。木村さんはJリーグアカデミーなどのメンタルアドバイザーを務めている。 木村さんは、今はやりのAdoさんの曲「うっせぇわ」と尾崎豊さんの1980年代のヒット曲「15の夜」とを対比し、今どきの若者は鬱憤の晴らし方がより内側にこもり出していると指摘した。

■自己主張を苦手とする日本人の気質

──日本は、東アジアでは韓国に次ぎ、自殺が多い国となっています。まず、この要因についてどのようにご覧になっていますか。 日本人の気質によるものがいちばん大きいと思います。性格的な面で完璧主義であったり、なかなか人に物も言えなかったりする社会の雰囲気があります。自分の意見を言うことがすごく難しくなっています。 本当は自分の意見を言うことは全然間違っていることではないし、人に批判されることでもない。しかし、自分の意見を言うことがなかなかできない人が多い。「言うと嫌われるのではないか」と思い、自己主張を苦手にしている。そうすると、心の中にどんどんと(ストレスや鬱憤が)たまっていってしまう。

若者の間に「うっせぇわ」という曲がとてもはやっています。現役女子高生シンガーAdoさんが歌っており、中高生や子どもたちの間で大ヒットしています。毒々しい歌詞と社会ルールに反抗する過激さが表されています。でも、もともと「うっせぇわ」という言葉自体は上品ではないし、今すごく問題になっています。「うっせぇわ」と叫び続けていることもよくないです。 ただ、私は、この曲が日本の若者たちが抱えている、心の叫びの1つなのだろうなと思っています。曲の内容は、簡単に言ってしまうと、もともと優等生で、気がついたらそのまま大人になっていた。ルールとかマナーとかそんなの糞くらえだ!  みたいな感じの曲です。

先日Noteにも書いてまとめたのですが、昔の尾崎豊さんの時代なら、バイクを盗んで走り出すといったように行動に表すことができた。しかし、今は、親に言われるがまま優等生のように育って、自分の本音を吐き出すことが苦手な人も多い、と私は考えています。 親など大人に何かを自分から言ったとしても、結局、「それはダメだから」とか「何とかしなさい」と言われて終わってしまう。そして、「自分がどうしたいから、これをやったのか」とか「なんでこれをしたのか」といった理由には触れずじまいになる。結果として、自己主張することがすごく苦手になってしまいます。

ですので、そのまま大人になって、急に自己の意見を出せと言われても、それは無理な話です。なかなか人には伝えられない、自己主張できなくなっているんです。 そんな中で、SNSという空間では、相手が不特定なので自分自身を吐き出すことができる。SNSは匿名性があるので、そういう人がますます集まってくるわけです。そうすると、心理学的に「リスキーシフト」という言葉があるのですが、匿名性がある中で、どんどん考えが偏っていく。そして、「私みたいな人がこんなにたくさんいる」と同調し、気持ちがさらに膨らんでいく。こうしたことが若者のメンタルにも影響していると思います。

■自分の長所も見つけられなくなっていく ──「ネットいじめ」の問題もそうした背景があるように感じます。私がかつて留学していたアメリカでは、みんなの前で自己主張ができる若者を育てるために、スピーチやディベートの教育を実践していたことを思い出しました。日本も早い段階からその実践教育をやるといいでしょうか。

大事だと思います。日頃スポーツメンタルの分野にも関わっているのですが、子どもたちには最初に「自分の長所と短所を言って」と聞くようにしています。 すると日本人は長所が言えないんです。自慢していると周囲に思われるから、遠慮して言えないんです。自分のアピールをすることがすごく苦手。日本は謙遜の文化で、自分の長所を言ったら「出る杭は打たれる」というような雰囲気があり、これは子どもの世界にもあります。 無理してアピールする必要はないかもしれませんが、自分の長所という事実があるのであれば、それはありのままの自分ですから、隠す必要もないと思います。 そうしていく弊害は、自分のよい部分も見つけようともしなくなることです。悪いことばかり気にかける。そういう日本の文化には問題があるように思います。若者が「私っていう存在がいてもいいんだ。私ってこんなすごいことがあるんだ」というふうに思えなくなりかねない、1つの原因かなと思います。

──確かに私もアメリカでは自分の長所を隠すどころか、Sell yourself! (自分を売り込め! )の精神を教わりました。あと、日本では人と違ったことをすると、「人様に迷惑をかけるからやめなさい」と親に言われることが多いと思うのですが、英語のmake a difference(違いを見せる)は人と違ったことをしてよいといったポジティブな意味があります。大きな違いですね。 そうですね。日本では個性的という言葉がよい意味で使われないことが多いですよね。

■優等生でいても、自分のやりたいことがわからない ──コロナによる影響もあると思われる中、若者はメンタルヘルスをどのように良好に改善していったらいいのでしょうか。長期と短期でいろいろと対策があるとは思うのですが。 長期的な面でいえば、やはり自分の意見をきちんと言える子どもたちを育てることが重要だと思います。私の患者さんは結構10代が多いのです。彼ら彼女らは「生きている意味がわからない」とよく言っています。

──その子たちの家庭の状況はどうなのでしょうか。 とくにそうした問題はない家庭のお子さんも多いのです。以前でしたら、家庭が崩壊している子が多かったのですが、最近はそうでもありません。 先ほどの「うっせぇわ」の曲のように、優等生でいた子は、あれしなさい、これしなさいと言われて生きてきた結果、自分が何をしたいかということに向き合わないできた子がとても多くいます。優等生で褒められて生きてきた分、なんとなく自分は何でもできると思っている場合もあります。 でも、実際には自分が何をやりたいのかが見つかっていない人が多くいます。いざ大学に入って、そのことに気づく。そして、「自分は何をしたいだろう。生きている意味って何だろう」と考えこんでしまう子が一定数いるのです。大人もそこに焦点を絞った質問をしっかりと聞いてこなかったのでしょう。 そうして、大学受験に落ちたり挫折に直面すると、どうしていいかわからなくなってしまうのです。もともと親に言われたように生きてきて、何かできると思っていたのに、失敗したときにどう改善すればよいのかがわからない。ここで、うつ病になってしまう子もいます。

──大学生に聞いても、将来何がやりたいかが見つかっていない子はかなりいるように感じます。 私の患者さんの中には10代の発達障害の子もいます。彼らの悩みの1つは、コロナでリモート環境になり、いきなり自分で予定を立てなくてはならなくなったことです。 大学に通学していれば、授業がコマになっているし、友達がいるので「次の授業は一緒に受けようね」といったふうになる。授業を決めるときも友達と相談しながら、決められる。 でも、いざリモートになると、人と相談もできず、全部自分で選択し、計画も立てないといけない。それが苦しいというんです。 それを急になんとかせよといっても難しい面があります。そこで一緒にスケジュールを立てたりしています。そうしたところから、やっていくことなのかなと思います。

■インタビューを終えて 現役医師で、キッズ・ジュニア年代のサッカー選手のメンタルアドバイザーも務められる木村好珠さん。話をうかがい、若者のメンタルヘルスを健全に保つためには、若い頃からしっかりと自己表現や自己主張ができ、長所を伸ばす教育が今の日本には必要だと感じた。子どもたちが伸び伸びと育ち、将来の夢や目的意識をしっかりと持てるような社会環境を整えていくのは、大人たちの役割だろう。

また、心が病む人々を社会で支える環境整備が重要だろう。精神科医の樺沢紫苑さんは筆者の取材に対し、「自殺の原因は心理的『孤立』『孤独』です。家族と住んでいても、あるいは遊び友達がいても、心を打ち明けられなければ『孤立』『孤独』の状態です」と指摘する。 さらに、「自殺の予防は『孤立』『孤独』の逆。つまり、『つながり』と『コミュニケーション』です。『相談』というとハードルが高くなるので、とにかく『話す』こと。それが、『ガス抜き』となり、自殺のエネルギーを減らします。今のコロナ禍で、リアルのコミュニケーション量が大きく減っている。自殺の増加につながってくるのは当然です。意識的に、人とつながっていくことが重要。SNSでのメンタル疾患の予防効果は限定的なので、特にリアルコミュニケーションによるガス抜きが重要と考えます」と話す。 コロナ禍の外出自粛下、いかにリアルなコミュニケーションの機会を確保していくか。孤立・孤独からの解放のアイデアが問われている。

NPO法人自殺対策支援センターライフリンク いのちSOS 0120-061-338 公的な相談機関につながる「こころの健康相談統一ダイヤル」 0570-064-556 24時間対応の「よりそいホットライン」 0120-279-338 「いのちの電話」 0570-783-556 18歳までの子どもを対象とした「チャイルドライン」

0120-99-7777 子ども向けの相談窓口の「24時間子供SOSダイヤル」(年中無休) 0120-0-78310(なやみ言おう) 文部科学省が子どもの相談先の一覧をまとめたホームページ https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm

厚生労働省が設けているさまざまな相談機関を検索できるサイト http://shienjoho.go.jp/ 高橋 浩祐 :国際ジャーナリスト 〔2021年3/15(月) 東洋経済オンライン〕 

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なぜ女性と若者の自殺が増えたのか 懸念される「しわ寄せ」と必要なピンポイント支援
年間自殺者の推移
2020年の全国の自殺者数(速報値)は11年ぶりに前年を上回った。
女性と若者の増加が目立ち、厚生労働省は「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う生活苦や学業の悩みが背景にある」とみる。
コロナ禍は長期化の様相を呈し、支援強化が急がれるなか、「つらい時は誰かに気持ちを打ち明けて」と専門家は呼びかける。
〔毎日新聞 2021/1/23【谷本仁美、信田真由美、田倉直彦】〕 

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SCHOOL OF LOCK! 「進学できた感謝を伝えたい」不登校だった私に毎日会いに来てくれた担任の先生へ ラジオの中の学校、TOKYO FM「SCHOOL OF LOCK!」3月16日(火)の放送では、パーソナリティのさかた校長とこもり教頭が、10代のリスナーから学校の先生との思い出やエピソードを電話で聞いていきました。そのなかから、不登校だったけど先生のおかげで高校進学も決まったという、15歳の女性リスナーとのやり取りを紹介します。

――このリスナーから届いたメッセージ 【私は中学生活の中で、いちばん先生に迷惑をかけた生徒だったかもしれません。学校にほとんど行けなかった私に、優しく声かけに家に来てくれました。勉強もマンツーマンでリモートで教えてくれました。(担任は)男の先生で、こんなに寄り添ってくれるのかってくらい励ましてもらいました。だから、3月1日の卒業式に学校に行きました。先生のおかげで高校に進学できた感謝を伝えたいです】

――電話で伝える感謝の言葉

さかた校長:もしもし! 書き込みありがとう。学校に行けなくなってしまったのは、いつごろなの?

リスナー:中学2年生のころです。

さかた校長:無理して言わなくてもいいけど、学校に行けなくなった理由はあるの?

リスナー:クラスのいじめです。

さかた校長:そうか……しんどかったな。それで先生が家まで来てくれていたの?

リスナー:ほぼ毎日、学校が終わってから来てくれました。

さかた校長:先生が家に来てくれてどんな話をしたの?

リスナー:今日あったこととか、勉強のこととか、いろいろ話をしてくれました。

こもり教頭:毎日、どのくらい一緒にいたの?

リスナー:1時間~2時間くらいです。

さかた校長:そうか。放課後の特別な時間が毎日続いたんだね。

リスナー:そうですね。

さかた校長:いくつくらいの先生なの?

リスナー:30代くらいです。

パーソナリティのこもり教頭

こもり教頭:コロナ禍になってからは、どうしたの?

リスナー:先生が家に帰ってから、1対1でオンライン授業をしてくれました。そのおかげで進学できることになって、すごく嬉しかったです。

さかた校長:そうか!

リスナー:はい。先生のおかげで笑顔が増えて嬉しかった、と先生に伝えたら泣いて喜んでくれました。

こもり教頭:そうか。進学もおめでとう! 先生と二人三脚で走り切ったね。

さかた校長:ね、おめでとう!

リスナー:ありがとうございます。

さかた校長:気持ちをここでも伝えておく?

リスナー:はい。『先生の個人の時間を割いて指導してくれて、高校にも行けることになりました。ありがとうございました!』。

――電話を切ったあと さかた校長:先生にとっては、(このリスナーの)笑顔が増えたことがいちばん嬉しいことだよね。さっきの言葉もきっと届いているだろうね。 こもり教頭:そうだね。これが新生活への第一歩につながることを願っています。 〔2021年3/17(水) TOKYO FM+〕 


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絵本・児童書の2020年の年間ランキングベスト10 春休みに読みたい! 絵本・児童書の年間ランキングベスト10【2020年最新版】 2020年のベストセラーを振り返り、今、読みたい絵本・児童書をご紹介します。 出版取次会社トーハンの2020年ベストセラーランキングで、注目の絵本・児童書を振り返ります。新型コロナウイルスの影響を大きく受けた2020年は、学びの要素のある児童書が話題を集めました。大人が読んでもおもしろかったり、ハッとしたりする、親子で楽しめる児童書です。 ヒットの理由としては、家庭で過ごす時間の増加や、学習の遅れへの不安などが考えられますが、先行きが不透明な中での生活が続いたことから、幅広い教養や自分で考える力を養ってほしいという大人の願いもあったのかもしれません。 また、社会現象を起こした『鬼滅の刃』のノベライズ版や、根強い人気が続く読みものやロングセラー絵本もランクインしています。 新旧そしてさまざまなジャンルの入り混じるラインナップですから、きっと今読みたい本が見つかると思います。それでは、10位からどうぞ!

◆第10位:劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 ノベライズ (みらい文庫) 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(画像提供:集英社) 『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』のノベライズ版は2作ありますが、こちらは小・中学生向けのみらい文庫版。作者は、漫画のノベライズ(6位にランクイン)も手がけている松田朱夏さんです。 小学校低学年でも読みやすいよう、全ての漢字にふりがながふられ、ひらがなも多めですが、決して子どもっぽい文章ではなく、鬼滅の世界の雰囲気はていねいに再現されています。映画を見た後で、好きなシーンや名台詞をくり返し味わうという楽しみ方をする人も多いよう。 また、あまり本を読まないお子さんにとって少しハードルが高いように感じられる「文庫」を手に取るよいきっかけにもなるでしょう。 【書籍データ】 タイトル:劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 ノベライズ(みらい文庫) 原作:吾峠呼世晴 著:松田朱夏 出版社:集英社 定価:本体700円(税別) 中学生以上なら、「JUMP j BOOKS」から刊行された『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 ノベライズ』もおすすめ。作者は小説スピンオフシリーズを担当している矢島綾さん。児童書ではなく、「新書 ノベルス」で第2位にランクインしています(「新書 ノベルス」1位は、鬼滅のスピンオフシリーズです!)。

◆第9位:ころりん・ぱ! 『ころりん・ぱ!』(画像提供:ほるぷ出版) 『ころりん・ぱ!』は、わっかの「ころりん」に指を入れ、溝がついたいろいろな道を転がして遊ぶ、赤ちゃんのためのしかけ絵本。 赤ちゃんが触りたくなる秘密は、ころりんの大きな目と鮮やかな色。わっかに指を入れると、ころりんは、くるくる回転しながら「かくかく」「ぐるぐる」「くねくね」などのコースを動き回ります。 ごくシンプルなしかけですが、身の回りのものに興味を持ち始めた頃の赤ちゃんにぴったり。ころりんを行ったり来たりさせたり、ページをめくったり、夢中になって遊びます。コンパクトで音も出ないので、お出かけにも適しています。 丈夫な作りではありますが、赤ちゃんが溝部分に指を入れてはがしたり、ころりんを取り出してしまったりすることがあるかもしれません。一緒に遊んであげてくださいね。 【書籍データ】 タイトル:ころりん・ぱ! 作:ひらぎみつえ 出版社:ほるぷ出版 定価:本体850円(税別)

◆第8位:ポケモン サン&ムーン ぜんこく全キャラ大図鑑(上・下) 『ポケモン サン&ムーン ぜんこく全キャラ大図鑑 上』コロタン文庫(画像提供:小学館) 『ポケットモンスターサン&ムーン』までの全ポケモン802匹を、五十音順で上下2冊に収録した図鑑です。1ページに1匹のポケモンが大きく描かれていて、分類・タイプ・特性・高さ・重さなどの基本的な項目が記載されています。 いろいろなポーズが載っていたり、ポケモンの進化の流れが一目でわかったりするのは、ポケモンファンにはうれしいポイントです。 大人にとっては、お子さんがカタカナを覚えたり、国語辞典や図鑑で調べる練習になったりするのも喜ばしいもの。また、お絵かきに興味がなかったり、集中して何かに取り組むのが苦手だったりするお子さんが、図鑑を見ながらじっくり絵を描くようになった、という声もあります。楽しく遊びながら、さまざまな力を身につけることができます。 【書籍データ】 タイトル:ポケモン サン&ムーン ぜんこく全キャラ大図鑑(上・下)コロタン文庫 協力:小学館集英社プロダクション 出版社:小学館 定価:1045円(税込)

◆第7位:1日1ページで身につく! 小学生なら知っておきたい教養366 『1日1ページで身につく! 小学生なら知っておきたい教養366』(画像:小学館) 1日1ページ読むことで「知性の筋力を鍛える」ことを狙った、小学生向け教養本。著者は、教育学者の齋藤孝さんです。 知識が定着しやすく飽きにくい構成で、言葉・世界・文化・自然と科学など、7ジャンルごとに設定されたテーマが1週間ごとに変わります。たとえば1~7日目には「言葉 言葉あそび」、8~14日目には「文学 『古事記』7つの鉄板話」が掲載されています。 写真や絵が多く、声に出して読む部分やクイズも盛り込まれていて、見た目に変化があるので、活字に慣れていないという子も読みやすいでしょう。 「教養」の定義はさまざまですが、知らなかったことを知る喜び、もっと知りたくなってワクワクする気持ちを味わえるこの本は、教養の土台となるはずです。 【書籍データ】 タイトル:1日1ページで身につく! 小学生なら知っておきたい教養366 著:齋藤孝 出版社:小学館 定価:1980円(税込) ※続編もあります。

◆第6位:鬼滅の刃 ノベライズ(みらい文庫) 『鬼滅の刃 ノベライズ ~きょうだいの絆と鬼殺隊編~』(画像提供:集英社) 10位に入った『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』の著者でもある松田朱夏さんが、漫画をノベライズしたもの。『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』と同じ、小・中学生向けのみらい文庫で、「炭治郎と禰豆子、運命のはじまり編」「きょうだいの絆と鬼殺隊編」の2作が出版されています。 ノベライズというと、漫画を文字に書き起こしただけのものと思われがちですが、こちらは、登場人物の内面や状況・設定がわかりやすいよう、鬼滅の世界が克明に再構築されています。 「学校で読める鬼滅」として朝読書の時間に大人気ですが、ノベライズ版は、今まで漫画やアニメのブームにのれなかった子どもたちの心もつかみました。描写はとても細やかで、時々漫画の1ページが挿入されているため、原作の雰囲気が伝わってくるのもポイントです。 【書籍データ】 タイトル:鬼滅の刃 ノベライズ(みらい文庫) 原作:吾峠呼世晴 著:松田朱夏 出版社:集英社 定価:700円(税別)

◆第5位:おしりたんていファイル 『ラッキーキャットはだれのてに!』(おしりたんていファイル)(画像:ポプラ社) 未就学児や小学校低学年に圧倒的人気を誇る、おしりたんてい。「おしりたんていファイル」は、絵本と児童文学をつなぐ「読みもの」です。2020年は、『かいとうとねらわれたはなよめ』 『ラッキーキャットはだれのてに!』 『おしりたんていのこい⁉』の最新三作が注目を集めました。 おしりたんていは、インパクトのある見た目に反し、立ち居振る舞いは紳士的で、推理は「エクセレント」。苦手意識を持つ大人の方も多いのですが、ことば遣いはていねいですし、顔がおしりであることに慣れてしまえば、内容が下品すぎて困るということはあまりないかと思います。 迷路、暗号、おしりなどのモノ探し、「失礼こかせていただきます」などのキメ台詞など、子どもが喜び、ページをめくりたくなる要素がたくさんありますから、読書習慣がないお子さんにも、本を読む楽しさをぜひ味わっていただきたいです。 【書籍データ】 タイトル:おしりたんていファイル 作・絵:トロル 出版社:ポプラ社 定価:1078円(税込)

◆第4位:「ざんねんないきもの事典」シリーズ 今泉忠明監修『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』高橋書店刊(画像:高橋書店) 意外で「ざんねん」な生きものの特徴を集めた、読みものタイプの図鑑シリーズで、『ざんねんないきもの事典』が出版された2016年から、毎年ランクインしているシリーズです。 『ざんねんないきもの事典』『続ざんねんないきもの事典 』『続々ざんねんないきもの事典』 『もっとざんねんないきもの事典』『さらにざんねんないきもの事典』の5作ともよく読まれていて、第2回『小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙』でも『ざんねんないきもの事典』が第1位を、『続ざんねんないきもの事典』が第4位を受賞しています。 わかりやすい文章に、特徴はとらえているのにゆるくてかわいらしいイラスト。そして、「バンドウイルカは方言のせいで会話が通じないことがある」(『続ざんねんないきもの事典』より)など、「えー!」と驚いたり思わずプッと吹き出したりするような見出しが特徴です。 親しみやすく、読みやすく、小学生全学年に人気。持ち歩きしやすいサイズと重さなのも魅力です。大人が読んでもおもしろいので、親子で盛り上がれます。 【書籍データ】 タイトル:「ざんねんないきもの事典」シリーズ 監修:今泉忠明 出版社:高橋書店 価格:990円(税込)

◆第3位:「だるまさん」シリーズ 『だるまさんが』(画像:ブロンズ新社) 赤ちゃん絵本のロングセラー、「だるまさん」シリーズの主人公は、手も足もあるだるまさんです。おなじみ「だるまさんがころんだ」のフレーズにのせて、「だるまさんが」でページをめくれば、続きは「ころんだ」ではなくて、まさかの「どてっ」。お次の「だるまさんが」は、「ぷしゅーっ」! 次はどうなるのかという楽しさと、リズミカルな音、ユーモラスなだるまさんの動きと表情。そして、笑ったり体をゆらゆらさせたり、赤ちゃんが見せてくれるいろいろなリアクション。「だるまさん」シリーズを読むと、赤ちゃんだけではなく大人もほのぼのとあたたかな気持ちになります。

読みやすいので、絵本を読むのが苦手な人にもおすすめです。『だるまさんが』『だるまさんの』『だるまさんと』が特製ケースに入った3冊セットは、出産祝いとしても人気です。

【書籍データ】 タイトル:「だるまさん」シリーズ 作:かがくいひろし 出版社:ブロンズ新社 定価:935円(税込)

◆第2位:なぜ僕らは働くのか 君が幸せになるために考えてほしい大切なこと 『なぜ僕らは働くのか 君が幸せになるために考えてほしい大切なこと』ⓒ佳奈(画像:学研プラス) 将来についての不安を抱える中学生・ハヤトを主人公にした、中学生・高校生向けキャリア本です。各章の冒頭に入った漫画では、職場体験で行きたいところがなかったり、将来の夢のある友人に引け目を感じたりするハヤトの姿がリアルに描かれ、強い共感を誘います。 そんなハヤトの悩みを解きほぐすのが、「働く」を切り口にした、お金や幸せ、学校や勉強の意味についての学び。世の中が大きく変化する今、終始悩みに寄り添うこの本の視点はとてもあたたかく、「大丈夫」と励まされる人は多いことでしょう。 「『好き』を活かせる仕事は1つだけではない」「『良いガマン』と『悪いガマン』」「『ふつう』にしばられない!」など、大人に響く記述も多く、働くこと・生きることについて考える全ての人に読んでほしい本です。主人公へ贈られたお父さんからのメッセージには、涙が出てしまう親御さんも多いのでは。プレゼントにもおすすめです。

【書籍データ】 タイトル:なぜ僕らは働くのか 君が幸せになるために考えてほしい大切なこと 監修:池上彰 漫画:佳奈 出版社:学研プラス 定価:1650円 (税込)

◆第1位:こども六法 『こども六法』(画像提供:弘文堂) いじめや虐待から身を守るために法律を知ってほしいと出版された、子ども向けの法律書です。六法から商法が除かれ、少年法といじめ防止対策推進法が加えられています。 「気軽に『死ね』って言ってない?」といったわかりやすい見出しで問題提起し、関連する法律を、小学校高学年でも読めるよう「翻訳」した文章で解説するという構成で、自分の言動と法律とを結びつけて考えることができます。 また、問題ごとに愛嬌のある動物たちのイラストがあり、内容が一目でわかりますし、困ったときに「あのページを読んでみよう」と思い出すきっかけになりそうです。 全てを理解するのは難しいかもしれませんが、法律が身近なものであり、「安心で安全な生活を守るために決められたルール」であることはしっかりと伝わってきます。法律について子どもに説明するときにも便利です。

【書籍データ】 タイトル:こども六法 著:山崎聡一郎 出版社:弘文堂 定価:本体1200円(税別)

※ランキングデータ 2020年 年間ベストセラー【単行本 児童書】トーハン調べ(集計期間: 2019年11月24日~20年11月23日) 高橋 真生(図鑑・行事・自由研究ガイド) 〔2021年3/18(木) All About〕 

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アスのワニ プロジェクト ワニの絵で発達障害の啓発動画 岡山県自閉症協会、18日から公開 発達障害啓発週間(4月2~8日)を前に、岡山県自閉症協会(岡山市北区南方)は発達障害の啓発動画を作った。同協会が進める「アスのワニ プロジェクト」で全国から公募したシンボルマークのワニのさまざまな絵を登場させて「みんな違う。だから楽しい」とメッセージを発し、多様性が尊重される社会の実現を呼び掛けている。18日から投稿サイト・ユーチューブで公開する。

県自閉症協会が制作した発達障害の啓発動画の一場面。色やデザインの異なる個性的なワニが登場する プロジェクトは、「明日(あす)」「us(アス)(私たち)」と「輪に」「和に」をかけて2020年度、県から発達障害者への理解を促進する事業を受託して展開。動画は約5分半で、588点の絵が音楽やメッセージと共に映されていく。 ワニの絵は幼児から高齢者まで幅広い世代から寄せられ、青や緑、ピンクなど色やデザインはさまざま。多様性を象徴するような七色の虹の模様のワニや絵柄が異なる10種類のワニが地球を囲んでいる場面も出てくる。

音楽にはシンガー・ソングライター高橋優さんの曲「アスファルトのワニ」を使用。〈丸い場所で丸になれなくていい〉などと個性や自由な発想を前向きに捉える歌詞が絵と共に流れ、同協会が「『自閉症・発達障害』の人たちは 考え方や感じ方がちょっと違うところもあるけれど みんな、やさしくてまじめな人たちです」と言葉を添えている。 森石雅子事務局長は「親しみやすい動画で発達障害について興味を持ったり、考えたりしてもらえるきっかけになれば」と話す。 同協会では動画配信を始める18日から、JR岡山駅前の複合ビル・ターミナルスクエアの壁面にプロジェクトのシンボルマーク・ワニの絵を映し出す。発達障害啓発週間の最終日まで毎日午後6時~午前0時に点灯する。 〔2021年3/17(水) 山陽新聞デジタル〕 

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「失くす」「忘れる」を激減させた超簡単メソッド 発達障害の著者が実践する「失くす」「忘れる」を激減させた超簡単メソッド3選 ADHD(注意欠如・多動症)と診断され、一時期は「うつの底」も経験したという借金玉(しゃっきんだま)さん。著書『発達障害サバイバルガイド 「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』は、生きづらさを抱える多くの人たちの共感を呼び、9万部突破のベストセラーとなっています。 キーファインダーにエブリデイボックス……著者愛用のライフハックツール “汚部屋”を変えられない、いつも遅刻してしまう、やるべきことを先延ばしにしてしまう……。思わず頭を抱えてしまう状況の数々を、いやというほど経験した借金玉さん。長年のどん底生活の中で、「どうにか生きていく」ために必要なのは“努力”ではなく“設備投資”だということを発見します。そうして借金玉さんが手に入れたさまざまなツールと実践法の中から、今回は「探す」と「迷う」が激減するライフハックツールにスポットを当ててご紹介します!

(1)「キーファインダー」は“いつも何かを探す人生”を断ち切る神ツール mi-mollet(ミモレ) 僕はこれまでの人生、いつも何かを探していたような気がします。なんかちょっと詩的なフレーズですが、すいません、実際のところは「出かけようと思ったらカギがない」「財布が見つからない」というしょうもない話です。

僕はベルトが見つけられなくて遅刻したことが、これまで数えきれないほどあります。不動産の大切な契約書をいただく日に気合いを入れて早起きしたのに、まさか「ベルトが見つからないので遅刻します」とは恐ろしくていえませんでした。 家のカギ、バイクのカギ、スマホ、財布、ベルト……こういう「365日、毎日使うモノ」を失くしては大騒ぎしていると、人生は前に進みません。一見くだらないことに思えますが、毎日のことなので、その積み重なった時間的な損失と精神的ダメージは、人生をじわじわ侵食してきます。 いくら予備を多く持っていたとしても、突然発生する「あれっ、ない?」を完全に回避することはできません。だから、カギが見つからないときは、「おいカギ! どこだ!」と叫んだら「ここです」と返事をしてくれるーーこれが理想です。最近、この望みが、「キーファインダー」という道具で実現することが判明したのです。

このキーファインダー、財布や定期入れといったものにタグをつけておくと、リモコンのボタンを押せば対応するタグからアラーム音が鳴るシンプルな仕組みなのですが、探しものにこれ以上便利なものはないと断言できます。2500円ほどでタグが6個ついてきますので、2つも買えば日常の中で起きる「あれっ、ない?」の時間を限りなくゼロにできます。 ちなみにこの神ツールには「リモコンを紛失する」という落とし穴があります。僕も1個紛失してすべてをパーにしましたが、現在はデスクの横に強力な両面テープで貼り付けてあります。発達障害のみなさん、「固定できるものは全部固定する」は大事なライフハックです。キーファインダーを購入するときには強力な両面テープを同時に買うようにしましょう。

(2)「透明か網目状のボックス」で“今日何するんだっけ?”を解決 「エブリデイボックス」には中身が見えるものが最適。透明のものや網目状のカゴが便利。(写真はイメージ) 「毎日やりたいこと、続けたいこと」が、誰しもあると思います。たとえば、資格試験の勉強だったり、ちょっとしたストレッチだったり、サプリメントを飲むことだったり……そういった小さな習慣を固定していくのは案外簡単なことではありません。僕も気づいたらサプリメントを1週間飲み忘れていたり、もう20日もジムに通っていなかったりします。最後に参考書を開いたのはいつだったか思い出せないなんて、人生には本当によくあることですよね。ないに越したことはないのですが。 そこで、僕がおすすめしたいライフハックが「エブリデイボックス」です。これは、毎日の習慣のために必要なアイテムを、ひとつの箱に入れておくというもの。この上なく単純な方法ですが、非常に高い効果があります。

習慣が固定しない原因。それは、やるべきことが明確に1カ所にまとまっていない、分散してしまっていることにあるのです。反対にいえば「あなたの今日やるべきことはひとつの箱に全部収まっているし、その箱はあなたの部屋のいつでも見える場所にある。あなたがやるべきは、箱の中をのぞき込むことだけだ」という状況をつくれば、習慣の継続はとても容易になります。 エブリデイボックスはもともと、僕が毎日ちゃんと服薬するためのハックとして開発したものです。僕の家では、うつの薬は戸棚に、マルチビタミンは机の横に、喘息の薬はかばんの中に……と、飲むべき薬が方々に点在していました。結果、習慣が固定化せず、「毎日ひとつか2つの思い出した薬だけは飲んで、それ以外は忘却」の状態が続いていたのです。 持病が悪化して困った僕は、ひとつの大きな箱に薬やサプリメントをまとめてぶっこんでみました。こうしておけば複数のタスクを「毎日一度エブリデイボックスを見る」の一手に減らすことが可能です。 こうして毎日すべての薬を服薬する習慣を手に入れた僕は、ある日思い立ってそこに読みかけの本を放り込むようにしました。その結果、僕は毎日薬を飲むついでに本を箱から引っ張り出して読むようになりました。さらに調子に乗った僕は、フィットネスジムの会員証や勉強中の参考書、払うべき公共料金の請求書、返送するべき書類などもその箱の中に放り込むようになりました。結果、支払い忘れややるべき事務仕事の漏れが劇的に減りました。

あなたが1日にやれる習慣は箱ひとつです。しかし、そのたったひとつの箱はあなたの人生を確実に変えます。エブリデイボックス、ぜひ試してみてください。

(3)白か黒の「四角い皿」で、非効率な皿テトリスを回避 あなたの台所のお皿の収納を見てみてください。狭いスペースにさまざまな形の皿が無理やり詰め込まれているし、全部は収納に入りきらない。そんな人も多いのではないかと思います。あなたの食器棚で恒常的に起きているあの「皿テトリス」は、もう終わりにしましょう。 まず、今ある皿は全部捨ててしまいましょう。購入するべきは、理想をいえばシンプルな白か黒のスクエアの皿です。これを大と小の2種類3枚ずつも持てば、二人暮らしの皿需要は十分に満たします。四角い皿をおすすめする理由は、丸よりもスペースに収まりがよいからです。茶碗とお椀も大きさを揃えて積み重ねることが可能なもの、可能であれば大きさを揃えてスタックできるように必要不可欠なものを購入するのが理想です。

とにかく種類を増やしすぎない、形を統一することが重要です。

このライフハックが真の価値を発揮するのは、食洗機と組み合わせたときです。皿のサイズが揃っていれば、食洗機で一度に洗える枚数は最大化します。ファストフードのお店で大量の同じ形をした皿がものすごい効率で洗われているのを見たことがある人も多いでしょう。あの便利さを自宅に取り込んだとき、台所は本当に使いやすくなります。これは、狂気のような狭いスペースで料理をつくって提供する飲食店の知恵ですので、狭いキッチンほど効果を発揮します。 もし、あなたが便利なキッチンを手に入れたいと考えるならば、まずやるべきは食洗機を購入し、サイズを把握することです。そして、それに合わせて皿や道具を購入していけば、最高の効率でキッチンを使うことができます。 このお話はひとつのハックであると同時に、もうひとつ極めて重要な概念を含んでいます。それは、何かを便利にしようと思ったら「根底からつくり替える」のが多くの場合一番手っ取り早いということです。

人は、「毎日なんとか頑張って皿テトリスをクリアした状態」を問題の解決と認識してしまうところがあります。しかし、それはただ単に問題が見えなくなっただけです。形のそろわない皿をテトリスみたいに食器棚に詰め込んでも、それは問題を一度見えなくしただけで苦しみはまた襲ってきます。皿テトリスをしなくていい状況こそが問題の解決だということを、ぜひ覚えておいてください。これは、キッチンの話だけではなくあらゆる場所に応用できる考え方です。 あなたの生活はあなたが変えられますし、あなたの人生はあなたが変えられます。その手ごたえをあなたが手に入れるささやかな手助けになれば、それは僕にとって本当に幸せなことです。

著者プロフィール 借金玉(しゃっきんだま)さん:1985年、北海道生まれ。ADHD(注意欠如・多動症)と診断されコンサータを服用して暮らす発達障害者。二次障害に双極性障害。幼少期から社会適応がまるでできず、小学校、中学校と不登校をくりかえし、高校は落第寸前で卒業。極貧シェアハウス生活を経て、早稲田大学に入学。卒業後、大手金融機関に就職するが、何ひとつ仕事ができず2年で退職。その後、かき集めた出資金を元手に一発逆転を狙って飲食業界で起業、貿易事業等に進出し経営を多角化。一時は従業員が10人ほどまで拡大し波に乗るも、いろいろなつらいことがあって事業破綻。2000万円の借金を抱える。飛び降りるためのビルを探すなどの日々を送ったが、1年かけて「うつの底」からはい出し、非正規雇用の不動産営業マンとして働き始める。現在は、不動産営業とライター・作家業をかけ持ちする。著書に『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』(KADOKAWA)がある。 【Twitter】syakkin_dama 【note】https://note.com/syakkindama

mi-mollet(ミモレ) 『発達障害サバイバルガイド 「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』 著者:借金玉 ダイヤモンド社 1500円(税別) 大学時代に発達障害と診断された著者が、たくさんの失敗と挫折を経て生み出した「どうにか生きていくコツ47」を収録。指南するのは、お金、生活環境、在宅ワーク、服、食事、うつなど多岐にわたります。生きづらさを感じるすべての人に新たな発見をもたらしてくれる、超実践的なメソッドが満載の一冊です。 構成/金澤英恵 〔2021年3/18(木) webマガジン mi-mollet〕 


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当事者でライターの遠藤光太 「発達障害」と分かって踏み出せた、妻との関係修復の一歩 「家族を守る」という父親像も変わった 子どもが生まれたあとに分かった発達障害、うつ病、休職……。ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠如・多動症)の当事者でライターの遠藤光太さん(31)は、紆余曲折ありながらも子育てを楽しみ、主体的に担ってきました。うつと休職を繰り返し、娘が2歳になるころ、会社をやめる決断をした遠藤さん。一方、自身の生きづらさの多くが「発達障害」に起因すると分かり、妻との関係修復など、新たな一歩を踏み出します。小学生の娘、妻との7年間を振り返る連載7回目です。(全18回)

【マンガで実感】「お母さんは普通がわからないっ」発達障害考えるきっかけは「ニシン漬けが入ったお弁当」 ゾッとするほど思い当たる発達障害 「思い当たる節がありすぎて、ゾッとする」

発達障害が特集されたテレビ番組を見て、僕は「自分のことだ」と衝撃を受けました。うつを繰り返し、会社を辞め、人生に絶望していた社会人4年目のある日のことです。 翌朝にはアルバイトがありましたが、発達障害の情報を調べて没入し、気付いたときには朝方になっていました。冒頭の言葉は、当時書いていた日記の一部です。 精神科の通院日を予定よりも早めてもらい、発達障害について主治医に尋ねました。それまで僕についていた診断名の「双極性障害」は、転院前の診断を引き継いでいたものでした。 僕はテレビ番組をきっかけに、関連本やインターネットの情報を集め、思い当たる部分をメモにして診察に持参しました。

主治医は僕の話を聞き、診察履歴と照らし合わせ、「いま断言することはできませんが、発達障害の可能性が高いです」と言いました。この日から通院ペースが週1回に増え、成育歴や診察履歴、困りごとを詳しく検討し、発達障害の可能性を探る診察が始まりました。 のちに知能検査「WAIS-3」も受けました。知能検査だけで発達障害かどうかを診断するわけではないそうですが、「言語理解」や「処理速度」などの能力を測ってみると、得意なことと苦手なことの間に20以上の差があり、能力に凸凹があったことがわかりました。 僕は発達障害でした。点が線になってつながりました。社会人になってからずっと「これでいいのか?」と疑問に思いながら、見えない敵に対して徒手空拳で挑んでいましたが、初めて立ち向かうべき敵が明確に見えたのです。

僕の生きづらさの大部分が、「発達障害」で説明できてしまいました。暮らしが表情を大きく変えました。 非言語コミュニケーションを積み重ねる 自分が発達障害に気づいてから妻に伝えるまで、長く間を開けました。長さは、家族を幸せにさせられるイメージが湧くまで慎重を期した時間でした。 発達障害のある夫との暮らしを扱った本(*)では、夫婦で別居を始めてから「お母さん最近怒らなくなったね」と子どもに言われる描写を読みました。別居合意書の草稿まで作っていた僕は、「確かに穏やかになることもあるだろう」と妙に納得していました。

しかし、自分自身が発達障害を受容することは、夫婦の修復につながるかもしれないとも感じ始めていました。テレビを見て衝撃を受けてから約3カ月後、焼肉を食べた帰り道で妻に「ASDの傾向があるみたい」と一言。そして、わかりやすい本にふせんをつけて渡し、以後は「説明」を最低限にとどめて、むしろ夫婦の「関係」に目を向けていくことに決めました。 言語によるコミュニケーションで衝突していた過去を反省し、非言語コミュニケーションを重視しました。肩が凝っていたらマッサージをしたり、ペディキュアを塗っていたら替わって塗ってあげたり、妻の好きなデザートを見つけたら買って帰ったり……。 ひとつひとつは小さなことですが、それまでは自分の生きづらさにばかり目を向けていて、考えられていなかったのです。

次第に妻は、ほとんどつけていなかった結婚指輪を日頃からつけるようになっていました。

(*)野波ツナ『旦那さんはアスペルガー しあわせのさがし方』(コスミック出版) 「柔構造」のパパになる 娘は2歳になりました。「自然」だった娘は、立派な社会的動物に成長していました。 妻の場合とは逆に、娘とは言語コミュニケーションを心がけました。抱っこや肩車といった非言語コミュニケーションは生まれた頃からできていましたが、娘の成長により、言語コミュニケーションが有効になっていたのです。 娘はイヤイヤ期の真っただ中でした。まずは話を聞いて受け入れ、言葉を返す。そうしているうちに、「おむかえパパがいい!」と言葉で示してくれることもありました。

僕は、ふと我に返りました。娘と僕の親子関係は、休んでいた期間が長かったこともあり、ずっと良好だったのです。 「普通の父親」が思い描くような「家族を守る」ことは僕にはできませんでした。心が折れていました。しかし、家族という抽象的な概念ではなく、この妻と娘との具体的な「関係」を守る役割ならできるかもしれない。個別の人間同士として、3人でともに暮らして、少しでも良い影響を与え合えたら良いのではないか、と。 背伸びして、肩に力を入れて作っていた父親像はとうに崩れていました。親はひとまず、子が大人になるまでの20年程度の間、本人のサポートを任されているだけの立場です。 建築に「柔構造」と呼ばれる構造形式があります。揺れを剛(つよ)くはね返すのではなく、受け入れて、自らも柔らかく揺れながら受け流す構造です。僕は、目指す父親像を「剛」から「柔」に変えました。

言い換えれば、ケア役割を主体的に担うことです。この時期も、寝かしつけやお風呂のサポート、保育園の送り迎えをやっていました。娘に対して取っていたケアの姿勢を、さらに妻にも適用し始めました。 発達障害のある自分を受け入れ、家族のケア役割も受け入れることで、歯車がかみ合い始め、視界がスカッと開けてきたのです。 借りを返すチャンスが訪れた 発達の特性にはグラデーションがあり、白か黒かと区別することはできません。また、置かれた状況や環境、人間関係によって、特性の表れ方は大きく変わります。かつての僕はこれらのことをわかっていませんでした。

診断前は、発達障害については浅い知識しかありませんでした。例えば、過去にメディアで見ていた発達障害の当事者には「天才」のイメージがありました。自分は「天才」ではなく、どこか「自分とは遠くにあるもの」と感じてしまっていたため、自分の発達障害に気づけませんでした。 (いまこのようにメディアで発信するときには、自分が発達障害に気づけなかった体験から、できるだけ多様な当事者の姿を届けたいと感じています。本連載も、「発達障害のある父親」の発信が少ないことを踏まえて、マイノリティの立場で発信したいという思いから出発しました) いつも僕のことで振り回してしまっていた家庭でしたが、次にピンチを迎えたのは妻でした。仕事で追い込まれ、「ブラック」な勤務先を辞めることになったのです。 「なに、借りを返すチャンスは必ず巡ってくる」(『心が雨漏りする日には』青春文庫)ーー。中島らもさんの言葉を僕はすぐに思い出しました。僕は、強くあり続けていた妻の「弱さ」と向き合うことになりました。

<遠藤光太> フリーライター。発達障害(ASD・ADHD)の当事者。社会人4年目にASD、5年目にADHDの診断を受ける。妻と7歳の娘と3人暮らし。興味のある分野は、社会的マイノリティ、福祉、表現、コミュニティ、スポーツなど。Twitterアカウントは@kotart90。          ◇   ◇   ◇ 遠藤光太さんの連載「発達障害とパパになる~子育て苦闘の7年間」(https://withnews.jp/articles/series/104/1)は、原則毎週水曜日に配信予定です。全18回でお送りします。 〔2021年3/17(水) withnews〕 

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東日本大震災から10年 【震災10年】つくばで100年の歴史をつなぐ 原田功二さん
つくば市学園の森の眼鏡店「グラン・グラス」店主、原田功二さん
東日本大震災から10年を迎える。福島原発事故から避難し、茨城県つくば、土浦市で生活を再建しようとしている6人に話を聞いた。
「浪江に住み続けたい」と誰もがそう思える街をつくりたかった。震災は、原田功二さん(44)らが未来を見据えた街づくりのさなかに起きた。
つくば市学園の森の新興住宅地に、元・浪江町商工会青年部長の原田さんは眼鏡店「グラン・グラス」を2018年にオープンさせた。真新しい店内だ。
地域おこしのさなかに起きた
グラン・グラス店内=つくば市学園の森
「私は浪江の人に育てられたんです」
千葉県柏市出身の原田さんは、結婚を機に福島県浪江町に移住した。妻・葉子さん(44)の実家は浪江で3代続く「原田時計店」。
1925年に開業し、時計や眼鏡、貴金属などを扱う地域に根ざした老舗の商店だ。
原田さんは千葉県の大学を卒業後、当時交際していた葉子さんの実家の家業を継ぐため、専門学校で認定眼鏡士の資格を取り、眼鏡部門を担当した。
葉子さんは2人姉妹の長女。将来は福島に行くのかなという思いはあったし、浪江ののんびりした雰囲気も気に入っていた。
浪江では生活に慣れるまで時間がかかった。当初は友人もなく、新しい仕事に忙殺され「ほとんど引きこもり状態」だった。
「人との距離が近く、横の繋がりが不可欠」な浪江の社会にも馴染めなかった。
「外で静かに飲もうとしても、必ず知り合いに会って話し掛けられる。それが苦手でした。でも、その距離感が心地よくなっていきました」
誰もが見知る地域だからこその信頼感、互いを気遣う「持ちつ持たれつ」の暮らしに、原田さんは次第に「安心感」を覚えた。
その後、地元消防団、商工会に入り、会合や祭りに積極的に参加した。
震災前の浪江は、日本中の地方同様、後継者不足に直面する事業者が少なくなかった。
こうした中、若い世代が手を取り合い「子どもたちが住みたいと思える、いきいきした街づくり」に動き出していた。
その輪に原田さんは積極的に参加し「よそ者」から浪江の一員になっていく。
夜は仲間と飲みつつ街の将来を語り合い、地域おこしに取り組んだ。震災は、そんな充実した日々の中で起きた。
故郷の味が仲間をつなぎとめた
その日、店で卸業者の応対をしていると、突然揺れた。店の窓が割れ、ものが散乱した。
直後に流れた津波警報。原田さんは家族と高台に避難し車で夜を明かす。
翌朝、片付けのため店に戻ると、今度は原発事故による避難指示。落ち着く間もなく店を出た。
隣町の親戚宅に滞在中、福島第1原発1号機が爆発し浪江に戻れなくなった。
その後、避難所や親戚宅など、つくばにたどり着くまで県内外5カ所を移動した。 原田さんが浪江商工会青年部長に就任したのは、震災直後の4月。前年に決まっていたことだった。
東京の都営住宅に移ったばかりで自身も混乱の中にいた。原田さんはこう考えた。
「『よそ者』の自分は、浪江が故郷の仲間に比べ気持ちに余裕がある。自分だからできることがある」 震災前に購入したスマートフォンで避難者に有益な情報を収集し発信、仲間の安否確認をした。
さらに原田さんは青年部の仲間と、名物「浪江焼きそば」を各地に散らばる避難所で振る舞い、被災者の「心の復興」に取り組んだ。
避難所で焼きそばを作ると、故郷の味に浪江の人たちが涙を流したのがきっかけだった。
活動はバラバラになった仲間をつなぎ止めるためでもあった。
浪江の暮らしは地域のつながりがあってこそ。そこから2年、仲間と各地のイベントで焼きそばを作り、メディアでの情報発信に力を注ぐ。 そのころ浪江町民の中で、町外に住民がまとまり暮らせる「代替地」の用意を町長に求める声が上がった。
だが、将来的に町への帰還を考える町長と思いは一致しなかった。
「帰るのは無理だと思い始めました。40歳を超え、新しい土地で何かを始めるなら体力のあるうちに動きたかった。
県外も考えたいと社長である義父に相談すると、承諾してくれました」
福島での事業再開を望んでいた義父が、原田さんの希望を受け入れた。
愛された浪江の店がお手本
浪江の原田時計店から運び込んだ柱時計
浪江の知人につくばを紹介された。
「つくばは開発中のこれからの街。一目ぼれでした。
郊外に広がる山と田畑が浪江に似ていました。ここでやろうと覚悟を決めました」
消防や青年部の仲間に思いを伝えると、励ましの言葉が返ってきた。
新しいお店は「1歳からお年寄りまで来られる眼鏡店」がコンセプト。
時間をかけてお客さんの声を聞き、その人にとって最適な眼鏡を決めていく。
お客さんがゆっくり過ごせるよう、子どもが遊べるスペースも用意した。
住民に愛された浪江の店がお手本だ。店内にある柱時計と壁時計は浪江の店から運び込んだ。
「原田時計店」の原点を引き継ぐ。義父は現在、福島県二本松市に同名の店舗を構える。つくばはその支店にあたる。
「私にとって故郷は『人』です。生まれ育った柏でも、浪江でも、私は人に育てられました。
特に浪江では、社会人としてたくさんのことを教えられました。つくばでは、地域の方と一緒に育っていけたらと思っています」
原田さんは現在、妻の葉子さん、8歳になる長男と暮らしている。
「息子は浪江焼きそばが好きなんです。まだ小さいので震災のことは話してません。
でも、『これ、お父さんとお母さんが住んでたとこの食べものだよ』って伝えてます」
原田時計店は2025年に100周年を迎える。つくばの街で、人の縁と歴史をつないでいく。
〔2021年3/6(土) NEWSつくば(柴田大輔)〕 

周辺ニュース

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2020年「障害者福祉事業」 障害者福祉事業 コロナ支援で倒産は減少、休廃業は過去最多に
東京商工リサーチ 2020年「障害者福祉事業」倒産と休廃業・解散調査
「障害者福祉事業」倒産、休廃業・解散件数
2020年の「障害者福祉事業」の倒産と休廃業・解散(以下、休廃業)は、合計127件(前年比6.6%減)だった。
2013年以来、7年ぶりに減少したが、2019年に続き2年連続で100件を上回った。
倒産は20件(同33.3%減)と、新型コロナ支援効果で抑制された。
一方、休廃業は107件(同0.9%増)で過去最多を更新、明暗を分けた。
休廃業が増えた要因は、慢性的な人手不足に加え、コロナ禍の感染防止対策への負担増など、深刻な業績低迷も大きい。
近年、障害者の雇用機会は拡大している。
「障害者雇用促進法」が2009年に改正され、障害者の雇用が増加している。
2013年には「障害者総合支援法」への改正で、民間企業の障害者福祉事業への進出が広がっている。
だが、2020年に倒産した20件のうち、8件が「放漫経営」で経営健全化に課題を残している。
また、20件すべてが従業員10名未満の零細規模だったことから、小・零細規模の事業者も長期的な運営を維持できる支援制度が求められる。
コロナ禍での障害者福祉サービスの提供には、感染防止対策が欠かせない。
こうした負荷は、人手不足などで経営が厳しい障害者福祉事業者には重しとなる。
2021年度の障害福祉サービス等の報酬改定は0.56%のプラス改定で、感染症や災害への対応力強化、サービスの持続可能性の確保などが盛り込まれた。
だが、報酬が改定されても経営の二極化は進んでおり、コロナ支援で下支えされた障害者福祉事業の倒産や休廃業は高水準を維持する可能性が高い。
※ 本調査は、「日本標準産業分類 小分類」のうち、居住支援事業と就労継続支援A型など「障害者福祉事業」の倒産 と休廃業・解散を2010年から抽出し、分析した。
「休廃業・解散」は、倒産(法的整理、私的整理)以外で、事業活動を停止した企業と定義した。
「障害者福祉事業」の倒産では、放漫経営が目立つ。
事業計画が甘く、当初計画の収入に達せず、事業継続を断念するケースが多い。
また、賃金を支払わず書類送検された事業者や、障害者雇用を装い給付金を不正受給した事業者など、悪質な事業者の倒産も発生した。
厚労省は、2021年度に雇用確保や知識の向上などを進める就労継続支援A型の基本報酬を見直す方針を打ち出している。
これまでは単純に1日の平均労働時間に応じた報酬が算定されていた。
見直し後は、労働時間だけではなく収支状況や利用者の働き方、職員のキャリアアップ、地域との連携を事業者が自身で評価するスコア方式を導入する。
スコア方式の導入後は、評価改善を目指す動きが進み、事業者のサービス向上や経営強化につながることを期待している。
一方、経営者や事業者の能力が足りない場合、逆にスコアが伸びず、報酬が減額される可能性もあり、これまで以上に二極化が進行するとみられる。
コロナ禍で、障害者福祉事業者は感染防止対策を実施しながらサービスを提供している。
もともとの景気低迷にコロナ禍がのしかかるなか、大半の事業者は生産性の改善が大きな課題になっていた。
今後は、報酬改定を契機にした競合の激化で小規模事業者を中心に、倒産や休廃業の件数は増勢が強まりそうだ。
〔2021年3/4(木) 東京商工リサーチ〕 


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わくわくエンジン 子どもが劇的に動きだす「わくわくエンジン」とは? NPOがオンラインで全国イベント 47NEWS オンラインイベントで「わくわくエンジン」体験を発表する島根県立江津高校の2年生たち(キーパーソン21提供) わくわくして動きださずにいられない。そんな原動力のようなものが、誰にだってあるはずだ。それを見つけられれば、自分で動きだせる。 川崎市のNPO法人「キーパーソン21」の代表、朝山あつこさんは、その原動力を「わくわくエンジン」と名付け、子ども一人一人から引き出す活動を続けている。活動は全国に広がり、開発したプログラムを活用する自治体や企業、NPOや学校が増えている。 3月27日、28日の2日間、「わくわくエンジンEXPO2021」と題して、各地で活躍する子どもたちや伴走する大人たちが、経験や夢を語り合うオンラインイベントを開く。(47NEWS編集部・共同通信編集委員=佐々木央)

▽なぜ好きなのか、その一歩先に 「わくわくエンジン」はどうやったら見つかるのか。「キーパーソン21」はいくつかのプログラムを作って、それを探すのを手伝う。 例えば、野球に夢中な子がいれば、大人はつい「野球選手になれば」と言う。しかし、プロになれるのは、ほんの一握りだ。諦めていく過程で、挫折したような気持ちになる。 「キーパーソン21」のスタッフと話し合う朝山あつこさん キーパーソン21のプログラムを受けた中に、野球に打ち込む中学生3人がいた。野球のどこが好きなのか。もう一歩突っ込んで聞くと、A君は作戦を立てること、B君はチームに自分が役立っていること、C君は素振りや筋トレで日々、成長を感じることと答えた。「わくわくエンジン」は三者三様だった。 それなら3人とも打ち込む対象は野球に限らない。例えばA君は、何かの計画や企画を立てて、実行していくことをもっと学び、経験すれば楽しい。そして成長していく。 小6から不登校だった男子高校生が、プログラムを受けた後、急に登校し始めたこともある。「わくわくエンジンを見つけた子は自分に自信をもって行動が変わる」と朝山さんは言う。 そうかもしれない。勉強も部活も、1日の生活も、受け身でしぶしぶやらされることから、「わくわくエンジン」をみがくための時間に変わるのだから。 ▽動きだして変わっていく 今回の「EXPO」に参加し、自らの「わくわくエンジン」体験を語る子どもたちは、新潟市、滋賀県草津市、鳥取県大山町、島根県江津市、愛媛県上島町、沖縄県浦添市の計20人。 キーパーソン21のスタッフや支援者ら(キーパーソン21提供) 27日正午からトップバッターで登場するのは、島根県立江津高校2年の女子生徒7人だ。江津市は2018年から「わくわくエンジン」の発見を公教育に取り入れている。7人は高1のとき、自分たちの「わくわくエンジン」を見つけて動きだし、地域づくりに取り組んできた。 この1年で、自分たちのわくわくすることそのものも変化していった過程を紹介する。 子どもたちの発表の他に、ロケット開発に取り組む技術者、植松努さんの講演や子どもたちを応援する大人たちのリレートークもある。 参加無料で申し込みは下記のサイトから。 http://keyperson21.org/expo/expo-lp/ 〔2021年3/25(木) 47NEWS〕 

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子供の貧困と教員の労働時間 子供の貧困が小学校教師を激しく疲弊させる訳 東洋経済オンライン 社会の課題と矛盾が凝縮して教育現場に現れています(写真:mits/PIXTA)

貧困が小学校教師の労働時間を増やしている――。 そんな事実があると知ったら、どう感じるだろうか。 「風が吹けば、桶屋……」のような話ではないかと思う人もいれば、「貧しい子どもたちが多いと、いろいろと教師の仕事も増えるので、さもありなん」と感じる人もいるだろう。

子どもの貧困立が増加すると? 東京大学大学院の勝野正章教授(教育行政学)、都留文科大学の鶴田清司教授(教科教育学)、多摩大学の石島照代兼任講師(教員養成)らの共同研究グループは、就学援助率という指標を使って、子どもの貧困が小学校教員の労働時間を増加させることを統計的に明らかにした。 「就学援助」とは、学校教育法に定められている制度で、「経済的理由によって就学困難と認められる学齢児童生徒の保護者に対しては、市町村が必要な援助を与えなければならない」とされている。就学援助率は、地域の公立小中学校(中等教育学校の前期課程を含む)児童生徒数全体に占める、就学援助の対象となっている児童生徒数の割合である。 今回の調査の対象は小学校教員1396名、中学校教員642名、計2038名の正規採用教員。 同一県内に所在する小学校100校・中学校38校(実施県名は非公表)。対象エリア内の就学援助率は平均9.02%(レンジは0%~25%)。調査の偏りをなくす目的で、 就学援助率が全国平均(14.72%)以下のエリアを選んだ。

■就学援助率1%増で労働時間が月1時間増 分析は、校種別(小学校・中学校)、生徒・児童在籍数(学校規模)別に行った。その結果、就学援助率は小学校教員の労働時間との間に高い有意差が見られ、就学援助率が1%増加すると、小学校教員の労働時間が週で15分(0.247時間)、月に1時間増加することを明らかとなった。週15分と聞くと思わず「それだけ」と言ってしまいそうだが、例えば就学援助率0%と、全国平均の約14.72%を比べると、後者の小学校に勤める教員のほうが、週約3時間40分も長く働くことになる。 一方、生徒・児童在籍数(学校規模)、中学校とは有意な差は見られなかった。中学校で有意差が見られなかった理由は、平均週7時間を超える放課後活動時間の影響によるもので、ほかの活動が有意な差として出てこなかったためだ(この調査は新型コロナウイルス流行前の2019年1月に実施された)。

■夢だった教師になったけど来世は違う職業を選ぶ この労働時間の違いは、どこから生じているのだろうか。 調査では「授業準備」「共同作業」「生徒指導」「保護者対応」など、教員の標準的な仕事については、統計的に有意な差は認められなかった。子どもの貧困と教員の労働時間に統計的に有意な差があったのは、「個人的な物品支援」(教師が自腹で文房具等を用意する)「家庭内の人間関係への相談に乗る」「経済的な問題の相談に乗る」といった項目である。 小学校教員は中学校教員と違って、「子どもの世話」をする時間が多いことが知られている。小学校の校長を務めたことのある永原睦美さん(仮名)が証言する。 「貧困家庭はひとり親の場合が多く。親は朝早くから働きに出る家庭がほとんどです。そのため親の目が届かず学校をさぼったり、不登校になったり。問題行動に走ったりする子どももいます。そうなれば、その家庭や子どもたちに対して、対応が必要になってきます」

貧困家庭が増えれば、こういう対応や時間が増えていくことになる。実際に、貧困が理由で朝食を食べてこない児童のために、週に1、2回校長室で朝食を出しているケースは枚挙にいとまがない。 近年、学校に対する親の期待も過大になってきており、こちらへの対応も強いられる。「教員になることは、幼い頃からの夢であり、現在教員として働いていることに後悔はしていませんが、来世、違う人生を歩むとしたら、きっと別の仕事をしていると思います。それぐらいハードな毎日を教員みんなが送っています」(小学校教諭の古沢隆介さん・仮名)と、悲鳴にも諦めにも似た声が上がっている。 コロナ禍による経済活動の縮小の影響で、さらに貧困家庭が増えていけば、小学校教師たちが疲弊していき、教師のやる気の有無にかかわらず、教育の質の低下が起きていくことが予想される。教育の質の低下を通じて、格差が広がり貧困の固定化が進むことは、否定できない。対策としては仕事の量を減らすか、担当者を増やすか、両方を組み合わせるしかない。

その点では、文部科学省が学級の上限人数を引き下げることは、教師の仕事量を減らすという点で間違っていない。調査統括である東京大学の勝野教授はこう話している。

■学校と社会をつなげる専門職の充足を 「学級の児童生徒数を少なくするというような施策の効果を上げるためにも、スクールソーシャルワーカーなど学校と社会をつなげることができる専門職の充足が求められているように思います。本調査での別項目において、全回答者の約74%がスクールソーシャルワーカーを必要だと回答しており、さらに88%の回答者が、スクールソーシャルワーカーが役立っていると回答しています。 今後、新型コロナウイルスによる経済活動の制限によって生じた貧困が明らかになっていくと、生まれて初めて貧困と向き合う世帯もあるでしょう。当然戸惑う子どもや保護者もおられると思います。ひとり親、共働きにかかわらず、どんな世帯でも、貧困と向き合う家庭と教師、学校を支援できるような環境整備を行わないと、本調査の結果どおり教師の労働時間増加が貧困状況とともに広がり、最悪教育崩壊につながることもありえるでしょう」

日本の社会はいま経済の衰退、格差の拡大と貧困の増加という社会構造の変化、離婚の増加に伴う家庭のあり方の変化、働き方の変化など大きな変容を遂げつつあり、小学校にはその課題と矛盾が凝縮して現れているとも言える。 それだけに子どもの貧困と教師の労働強化の問題は、小学校の中だけで解決できるものではない。その点では「本調査も『子どもの貧困が教育に与える影響調査』」という大きなプロジェクトの一翼をなすもの」(勝野教授)だ。永原さんは「いちばんの対策は貧困を少しでも改善する行政の援助です」と指摘する。 そもそも学校とは何をするところで親や社会は何を期待するのか。おおよその新たなコンセンサスがなければ、問題は解決したという合意に達することすら難しいだろう。

■親や社会が学校に大きな期待をしすぎないことが大事 異業種を経て、故郷の小学校の英語専任講師に転じた野田村結衣さん(仮名)は、こう話す。 「学校や教員にできることは限られていると思います。大事なのは、親を含む社会全体が学校教育現場に大きな期待をしすぎないことではないでしょうか。 現在は家庭でなされるべき教育の中身がどんどん学校内に浸食していて、低学年の教師など、教師なのか親なのかわからない仕事をしている方も多いように思います。 学校はあくまで勉強する場であり、しつけは家庭という考え方を社会全体で共有し、教員が本来の仕事である教材研究に費やせる時間を増やすことが大事です。教師のみなさんが教材研究に費やせる時間が増えると、授業がわかりやすくなり、授業がわかるようになると、子どもたちも荒れなくなります。学校や教師にできることは原則、授業をよくすることしかない、と個人的には思っています」 教師の経験はわずか1年だが、教育界以外で10年余り働いた経験があり、教育界に染まっていないぶん、問題の本質を突いている。 原 英次郎 :ジャーナリスト 〔2021年3/25(木) 東洋経済オンライン〕 


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ドキュメンタリー番組「チョコレートな人々」 ナレーションの宮本信子も感激…障がい者の活躍支えるチョコ人気店に密着 27日昼オンエア【東海テレビ】 「久遠チョコレート」を率いる夏目浩次さん(中央) 障がいあっても稼げる。そんな組織づくりに挑戦する人気チョコ店に密着したドキュメンタリー番組「チョコレートな人々」を東海テレビ(名古屋市)が制作。27日(土)午後2時からローカル放送する。

舞台は愛知県豊橋市に本店がある「久遠チョコレート」。北海道から九州まで工場と店舗が51カ所あり、今や年間売り上げ10億円を誇る。従業員は約500人で、そのうち約300人は心や体に障がいがあり、シングルマザーや不登校経験者もいる。 ルーツは2003年に当時26歳の夏目浩次さんと障がいがある3人のスタッフが立ち上げた「パン屋」さん。障がいがあっても稼げる居場所づくりをめざし、さまざまな業種に挑み、失敗を重ねてチョコにたどりついた。04年にこの取り組みをドキュメンタリーとして取り上げた同局は、今回その後の17年間を追った。 ナレーションは女優の宮本信子。17年前にも担当しており「パン屋の青年がこんなに頑張り続けていることに驚きました。『チョコレートは、失敗しても、温めれば何度でもやり直せる』。今の世の中に一番大事なことが描かれていると思います」と感激のコメントを寄せた。 〔2021年3/26(金) 中日スポーツ〕 

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いじめは「子ども同士のトラブル」と報告せず 小学校長、いじめは「子ども同士のトラブル」と報告せず…保護者に解決を口約束 読売新聞オンライン 京都府与謝野町教育委員会は25日、町立小学校でいじめを受けた児童が不登校になり、相談した保護者に不適切な対応をしたとして、50歳代の男性校長を文書訓告にしたと発表した。 町教委によると、2019年6月、アンケートで児童がいじめを受けていると回答。校長は保護者に学校として組織的に解決すると約束したが、町教委には報告しなかった。その後、たたかれるなどの行為が収まらず、同年12月中旬以降、一時不登校になった。 保護者はいじめた児童との関わりや、担任の指導について、校長らに相談したが、スクールカウンセラーを入れるなどの対応をしなかったことから、町教委に相談。町いじめ防止対策推進委員会が昨年8月にいじめと認定した。校長らは町教委に対し、「子ども同士のトラブルで重大なことだとは思わなかった」と説明しているという。 〔2021年3/26(金) 読売新聞オンライン〕 

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漫画『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』 “フツウ”なんてどこにもない 不登校男子の若き苦悩を描く漫画『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』が共感しかない ねとらぼ 棚園正一『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』単行本が発売 (C) 棚園正一/双葉社

学校へ行けなかった“僕”の、それから――そんなストーリーの漫画『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』の単行本が双葉社から3月27日に発売されました。 作者は棚園正一さん。2015年に刊行された『学校へ行けない僕と9人の先生』(双葉社)は、小・中学校の9年間不登校だった自身の実体験を描いた作品で、学校の先生をはじめさまざまな人と交流しながら、閉ざされていた心の扉が少しずつ開けていく物語でした。 憧れだった漫画家・鳥山明さんとの出会い、というユニークな体験も目を引きますが、実体験に基づく当事者の心情が丁寧に描かれた同作は、同じように不登校に悩む子どもたちや、親や教育関係者からも支持を集めました。

“フツウ”なんてない 『学校へ行けなかった僕と9人の友だち』は、『学校へ行けない僕と9人の先生』の続編にあたり、中学校卒業後の作者がアニメの専門学校や大検予備校、大学などで出会った人々とのエピソードを描いたもの。

思い悩みつつも前向きに社会と関わろうとする主人公は、行く先々で居場所のなさや疎外感に悩みつつ、“フツウ”ではない自分が大人になれるのかといった葛藤を繰り返しますが、その姿は青年期の普遍的なドラマ性を帯びています。 自分が周りより幼く、周りは大人だと感じながら、自分も“フツウ”であらねばならないという思いが頭から離れない主人公。大人と子どものはざまで不安定に揺れながら、大人になるとはどういうことなのかと自問を繰り返していきます。

いつしか、学校に行けないころから心の支えだった「漫画を描けること」も、苦しい気持ちが先に立つように。漫画家になることが人生の意味だと思い込んでいただけではないかと思い悩みながら、“フツウ”でないことへの焦燥感に駆られる主人公ですが、学校で学ぶ学問のように、正解と不正解だけで構成されているわけではないのが人生です。 “フツウ”という概念も相対的なものでしかないことに徐々に気付いていくのは、おかれた場所ではなく、分かり合える友達の存在があってこそ。前作で描かれた鳥山さんとの運命的な出会いのようにドラマティックではないありふれた人付き合いを通じて主人公が気付き、人生は誰1つ同じものはないのだから悩みも迷いも受け入れて自分なりの人生を歩んでいこうと視界が開けていく様子は、ぼんやりとした生きづらさを覚える方にとってヒントになる考え方なのかもしれません。

ねとらぼ 〔2021年3/30(火) ねとらぼ〕 

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受動的攻撃性
【あなたの周りにもいるかも】遠回しに困らせてくる友人や同僚、どうすべき?「受動的攻撃性」 4つの対処法 ヨガジャーナルオンライン あなたの周りに「遠回しに困らせてくる人」はいませんか? 受動的攻撃性とは、怒りを直接的ではなく、遠回しに表現して相手を困らせるような性質のことです。例えば、怒りを「黙ること」「サボること」「抑うつを示すこと」など、消極的、否定的な態度で表現することで、相手を攻撃します。意識的な場合もあれば、無意識的にやっている場合もあるでしょう。このような怒りの感情を隠しながら表現することを受動的攻撃性と言います。 周りに受動的攻撃性の高い人がいた場合に行いたい4つの対処法
受動的攻撃性は、決して特別なことではありません。例えば、子どもが親に叱られて何も答えずに黙ったり、親を無視したりすること、宿題をやらずにいること、どんよりと落ち込んだり無気力でいることなど、イメージしやすいかと思います。問題となるのは、大人になっても受動的攻撃性の高い行動しか取れない場合です。友人があなたに何か不満を感じた時に、何が不満だったのか、何をして欲しいのか、何も言わずに黙っていたら対処しようがないでしょう。また、同僚があなたに不満を感じた後、ずっと無視されていては関係が悪化しやすいですし、職場の雰囲気が悪くなってしまいます。不満があった時、怒りを感じた時は、その場にあった適切な表現があります。現在困っていること、ズレを感じたことを上手に伝えることで、対人関係や仕事が円滑に進むでしょう。それが出来ずに、受動的攻撃性の高い行動しか取れない場合は注意が必要です。
もしかしたら、相手は受動的攻撃行動を取ることで、あなたやその場の空気をコントロールしようとしているのかもしれません。大きい声を出す、相手の悪口を言うなど、怒りを直接的に表現した場合、表現した側の印象が下がる恐れがあります。しかし、受動的攻撃行動の場合は、事情を知らない人からすると黙ったり落ち込んだりしている方が弱者のように見えてしまうかもしれません。そうすると、受動的攻撃を受けた側の印象が下がってしまう恐れがあるのです。 それでは、友人や同僚が受動的攻撃性が高かった場合の対処法をお伝えします。 怒りに反応しない
受動的攻撃を受けた場合、怒りの部分にそのまま反応しないように気をつけましょう。相手の様子を見て、「黙っていないで何か言って」「サボっているのを見るとますますイライラする」「悲しいのはこっちだよ!」と、相手の行動を見て怒りを感じるかもしれません。しかし、相手の行動に対して、大きい声を出す、相手を罵倒するなど、直接的な怒りで表現してしまった場合は、あなたにとって望んでいない方向に事態が進んでしまうでしょう。受動的攻撃についての知識を持っていれば、相手の行動が「受動的攻撃」だと気づくことができるでしょう。受動的攻撃に気づいたら、そこに巻き込まれないように一歩引き、客観的な視点を持ちましょう。怒りで返すことではなく、別の行動を選択していきましょう。

何に怒っているのか聞く 受動的攻撃を取っている相手に対して、何に怒っているのか聞くことで、直接的な対話に持ち込んでみても良いでしょう。怒りの感情は否認されやすいものです。その際に、「あなたは怒っていますね」と尋ねると、「怒っていない」と返されてしまう場合があります。「辛そうに見えるよ」「何か困っていない?」と相手の困りごとを一緒に解決すると言うスタンスだと、相手は受動的攻撃を使わずに素直に表出してくれるかもしれません。受動的攻撃をする人は怒りに気付いて欲しい、

欲しい、自分の辛さを理解して欲しい場合が多いものです。心配している気持ちを示しながら相手に声をかけてみましょう。

安心させる 相手に何に怒っているのか聞いても、教えてくれない場合があると思います。相手は何かしらのストレスによって他人を受け付けない状態にいるのかもしれません。過剰に警戒し、自分を守ろうとするモードだと、あなたの配慮に気づく余裕がないでしょう。そのような時は、相手の安心感を高めるような声かけを心がけます。ひとまずあなたがその場所を離れたり、落ち着くまで時間を置いたり、暖かい飲み物を渡したり、ゆったりとした声で言葉をかけたり、相手の気持ちが落ち着くような工夫をしてみましょう。

距離をとる あなたが関わりを工夫してもうまく行かない場合があるでしょう。そのような場合は、相手と距離をとることも一つの方法です。できる範囲で相手と接触する回数を減らすこと、直接的なやり取りを避けることなど、自分の健康やストレスを一番に考えて行動しましょう。

ライター/石上友梨 臨床心理士/公認心理師 大学・大学院と心理学を学び、警視庁に入庁。職員のメンタルヘルス管理や、心理カウンセリング、スポーツ選手へのメンタルトレーニングなどを経験。ヨガや瞑想を本場で学ぶためインド・ネパールへ。全米ヨガアライアンス200取得。現在は認知行動療法をベースとした心理カウンセリング、セミナー講師、ライター、ヨガインストラクターなど、活動の幅を広げている。また、発達障害を支援する活動にも力を入れている。 石上友梨 〔2021年3/22(月) ヨガジャーナルオンライン〕 


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新型コロナがひきこもりを急増させる可能性 名大などの研究
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界規模で蔓延するなか、感染予防のために「密閉」「密集」「密接」という3つの密(3密)をできるだけ避けることが政府等によって推奨されている。
職場はテレワークへの転換、学校など学習環境ではオンライン授業への移行が求められ、結果として自宅で多くの時間を過ごすよう生活スタイルが変化している。
名古屋大学は25日、新型コロナウイルス感染症により「ひきこもり」が世界各地で増加する可能性があるとの研究結果を発表した。
■日本以外でも確認される「ひきこもり」
6カ月以上にわたり就労や学業などへの参加を避け自宅に閉じこもる現象が「社会的ひきこもり(以下、ひきこもり)」と呼ばれる現象だ。
日本では1990年代からひきこもりの存在が確認されている。
2003年(平成15年)にその数は217万人とピークを迎え、2019年(令和元年)でも110万人のひきこもりが推定されている。
ひきこもり状態の人の放置は、本人や家族の問題だけでなく生活保護費等の公的扶助の負担増にもつながる。
ひきこもり現象は、日本だけでなくアジア諸国やフランスなどの欧州諸国でも確認されるなど、世界規模での問題になりつつある。
一方、新型コロナウイルス感染症の防止策として、各国ではロックダウンなど厳罰つきの外出禁止政策が採られていた。
共同研究に参加したグラスゴー大学のある英国では約3カ月のロックダウンが実施されたという。
日本ではロックダウンほど強い政策は採用されていなかったが、緊急事態宣言による不要不急の外出自粛が約1カ月にわたり課された。
■オンライン治療が対策として有効か
名古屋大学、グラスゴー大学の研究者らから構成されるグループは、新型コロナウイルス感染症によるロックダウンの解除後も社会への復帰を果たせず、ひきこもりへと至る可能性が高くなっていることを確認した。
こうしたひきこもりへの移行は、幼少期の劣悪な環境といった個人レベルのリスク要因と重なって発生しているのだという。
新型コロナウイルス感染症がもたらしたひきこもりは、インターネットやオンラインゲームを介してのみ世界との関わりを持ち続ける点でも、従来のひきこもりと大差ないと研究グループは主張している。
今後増加の恐れがあるひきこもりやその家族の支援のために、各国が公的資源を投入する必要が出る可能性があるという。
研究グループは、新型コロナウイルス感染症によるひきこもり予備軍の存在に注視し、オンライン治療などの措置が有効だろうと結論づけている。
研究の詳細は、国際精神医学雑誌World Psychiatryに15日付で掲載されている。
  〔2020年9月30日 財経新聞(記事:角野未智・記事一覧を見る)〕 

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新型コロナウイルスのワクチン 新型コロナワクチンはなぜ筋肉に? 接種前後で気をつけることは? RNAワクチンが遺伝子を変化させる恐れはないの? 新型コロナウイルスのワクチンは、インフルエンザワクチンなどと違って、筋肉注射で接種します。なぜなのでしょう? 接種の前に確認が必要なこと、接種後に欠かせないこともあります。専門家に聞くQ&A、3回目は「接種前後の注意点」です。

筋肉の細胞内で、目印のたんぱく質を作成 筋肉注射と皮下注射の違い

Q: 新型コロナワクチンは筋肉注射だと聞きました。インフルエンザワクチンなどは皮下注射です。なぜ筋肉注射なのですか? A: ワクチンを皮下注射している日本のような国はじつは少数派で、ほとんどの国は新型コロナのワクチンに限らずワクチンを筋肉注射しています。今回、輸入される海外の新型コロナウイルスワクチンは、筋肉注射するという条件で臨床試験(治験)が実施され、緊急承認されました。このため、皮下注射ではなく筋肉注射をすることになっています。 皮下注射と筋肉注射のどちらがワクチンの効果を高めるのかをきちんと検証した研究はありません。ただし、理論的には、弱毒化したり感染性を無くしたりした病原体や、病原体のたんぱく質そのものを使ったワクチンは、免疫細胞がたくさんある皮下に注射した方が効果が高い可能性があるそうです。 一方、今回、日本で接種されるmRNAワクチンや、承認審査中のウイルスベクターワクチンは、まずは体内の細胞にウイルスのたんぱく質を作らせないと免疫反応が始まりません(詳細は、連載の1回目、2回目を参照ください)。このため、たんぱく質を作る筋肉細胞のたくさんある筋肉に注射した方が、効果が高い可能性があるそうです。

Q: ワクチンを打って、新型コロナウイルスに感染してしまう恐れはありませんか? A: どのワクチンもウイルスそのものを接種するわけではないので、感染する可能性はありません。

ヒトの遺伝子書き換えは「ない」 Q: mRNAワクチンや、ウイルスベクターワクチンには、新型コロナウイルス由来のRNAやDNAが入っているそうですが、ワクチンの影響で、自分の遺伝子が変化することはないのですか? A: 新型コロナウイルスの解析やワクチンの開発・評価に携わる専門家は、ワクチン接種を受けた人の遺伝子が変わる恐れはないとしています。

ヒトの生命の設計図であるゲノムはDNAでできています。このDNAをもとに、たんぱく質をつくる設計図としてRNAが作られますが、その逆に、RNAからDNAが作られることは基本的にはありません。米疾病対策センター(CDC)や世界保健機関(WHO)は、ワクチンのRNAがDNAになって接種を受けた人のゲノムに入ることはないと考えています。

一方、ウイルスベクターワクチンに含まれているDNAは、体内に入った後、いったんはゲノムの保管庫である細胞核に入り、そこでmRNAが作られます。 このため、理論上は、ワクチン内のDNAがヒトゲノムに入る可能性は否定できませんが、ウイルスベクターワクチンを開発した英オックスフォード大学は、(1)ワクチンでは、DNAを編集したり複製したりする酵素を壊したウイルスベクターを使っている、(2)もともとヒトのDNAには、外からDNAが入ってこないようDNAを守る仕組みがあることなどから、ワクチン接種を受けた人の遺伝子が変わる恐れがないとしています。 ウイルスベクターはワクチンではまだほとんど使われていませんが、遺伝子治療では長年、利用され、臨床試験も行われてきています。米食品医薬品局(FDA)で、DNAワクチンや遺伝子治療の審査を担ったことがある東京大学医科学研究所の石井健教授によると、遺伝子治療やDNAワクチンの開発が始まってから約30年間、ウイルスベクター内のDNAがヒトのゲノムに入り込まないか、とくに精子や卵子のゲノムに入り込んで次世代に受け継がれるリスクがないか、徹底的に調べられてきた結果、その危険性はないという結論に達したそうです。

アレルギーの有無確認が必要な物質は Q: 実際にワクチンを接種する前や接種を受ける際、どのような点に注意すればいいですか? A: 厚生労働省は、ファイザー社のワクチンの成分であるポリエチレングリコール(PEG)に対して重いアレルギー反応を起こしたことがある人には、接種を推奨しないとしています。

PEGはスキンケア用クリームなどの化粧品や大腸検査の下剤などに使われています。こういった物質に対して重いアレルギーを起こした経験のある人は、接種についてかかりつけの医師に相談した方がいいです。 また、PEGと構造が似たポリソルベートに重いアレルギー反応を起こしたことがある人も、専門医に相談した上で判断した方がいいとされています。ポリソルベートは乳化剤として色々な食品に入っているほか、ポリオやロタウイルスなどのワクチンにも入っています。 接種する際には、特別に注意した方がいい人もいます。 厚労省によると、心臓や腎臓、肝臓の持病がある人や、血液疾患にかかっている人、発達障害の人、免疫不全の診断を受けたことがある人、過去にけいれんを起こした経験のある人、予防接種を受けて発熱や全身の皮膚が腫れるなどアレルギーのような症状が出たことのある人たちです。そういう人もやはり、かかりつけの医師に事前に接種について相談した方がいいと考えられます。

抗凝固薬、いわゆる血液をさらさらにする薬を飲んでいる人は、注射した後になかなか血が止まりにくいかもしれません。厚労省は、打った後、渡される綿などで打った部位を2分以上、強く押さえておいた方がいいとしています。自分が抗凝固剤を飲んでいるかどうかわからない人は、かかりつけ医に事前に確かめておいた方がいいでしょう。 ワクチンの効果が出るのは、自分の免疫がうまく働くからです(詳細は、連載1回目を参照ください)。このため、東京大学定量生命科学研究所の新藏礼子教授(免疫・感染制御学)は、「ワクチンを打つ前には、十分に睡眠や栄養をとり、体調を万全に整えて、少しでも免疫状態が良くなるようにして下さい」と呼びかけています。

接種後15分以上は、接種会場で様子をみる Q: 接種後はどんな点に注意が必要ですか?

A: 打った後、まれに、何もしなければ命に危険が及ぶような重いアレルギー反応「アナフィラキシー」が起きることがあります。接種後15分以上は、接種会場で様子をみて、具合が悪くなったらすぐに会場の医療従事者に伝えて下さい。

アナフィラキシーは、じんましんが出たり、息苦しくなったり、血圧が下がったり、複数の臓器にさまざまな症状が起きます。そういう状態になったら、横になって安静にし、必要に応じてアドレナリンを注射するなどの治療をしないと、生命に危険が及ぶこともあります。 米国で起きたアナフィラキシーの74%は接種してから15分以内に、90%は30分以内に症状が出始めたそうです。また、ワクチンに限らず、採血など針を刺された時に、気分が悪くなったり、失神したりする「血管迷走神経反射」が起きることがあります。 このため厚労省は、過去にアナフィラキシーなど重いアレルギー反応や血管迷走神経反射を起こしたことのある人は接種してから30分間以上、そうでない人も念のため15分間以上は、医療従事者のいる接種した場所にとどまり、体調が変化しないか様子をみるように求めています。 (取材協力=東京大学医科学研究所・石井健教授、東京大学定量生命科学研究所・新藏礼子教授、構成=大岩ゆり)                   ◇ 新藏 礼子(しんくら・れいこ) 東京大学教授(定量生命科学研究所 免疫・感染制御研究分野) 86年京都大学医学部卒業。麻酔科臨床医として病院勤務の後、京都大学大学院へ進み、米国ハーバード大学こども病院に留学。京都大学准教授、長浜バイオ大学教授、奈良先端科学技術大学教授などを経て、18年東京大学分子細胞生物学研究所(現・定量生命科学研究所)免疫・感染制御研究分野教授。

石井 健(いしい・けん) 東京大学教授(医科学研究所 感染・免疫部門ワクチン科学分野) 93年横浜市立大学医学部卒業。麻酔科臨床医として病院勤務の後、96~03年まで米食品薬品局(FDA)ワクチン部門で客員研究員や臨床試験審査官を務める。大阪大学准教授や同大特任教授、医薬基盤研究所ワクチンアジュバント研究センター長などを経て、19年より現職。 〔2021年3/31(水) Reライフ.net〕 

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10歳までが鍵となる 10歳までが勝負。発達障害の子どもをどう育てるか タレントの栗原類さんのADD(注意欠陥障害)や、SEKAI NO OWARIのボーカル・深瀬彗さんのADHD(注意欠如多動性障害)など、多くの有名人が自身の発達障害を公表し始めたこともあって、近年、その社会認知が急速に広まりつつあります。では自身の子どもに発達障害が分かったとき、どのような対応をすると良いのでしょうか。児童青年期精神医学を専門とし、『発達障害の子どもたち』(講談社現代新書)の著書も刊行している杉山登志郎医師が解説してくれています。

脳の“剪定”が終了する10歳までが鍵となる 発達障害児の療育を考えるうえで、まずは脳の発達について解説しておきたい。 新生児の脳の重量は平均350グラム。成人の脳の平均重量は1300グラムであるが、2~3歳にかけて重量はすでに1000グラムを超えてしまう。 この急激な増加は、神経と神経をつなぐネットワークが網目状に貼り巡らされていくからである。そしてこのネットワークは、5歳にしてすでに完成してしまう。 そこから後、今度は“神経の剪定”と呼ばれる現象が起こる。つまり、使用される経路は残り、使用されない経路は消えていくのだ。すると神経間の伝達速度は飛躍的に早くなり、また興奮が他に漏れないようにもなる。この神経の剪定が終了するのは10歳である。

10歳を過ぎると成人の脳との差がなくなってくる。この10歳という年齢は一つの臨界点であり、それまでに身に付いた言語や、非言語的なジェスチャーが、一生の間の基本となることが知られている。それゆえ重度の発達障害を抱えた児童の臨床で言えば、小学校中学年前に基本的な身辺自立の課題を終えておかないと、それ以後に習得するのは非常に困難となる。

実はものすごく重要な1歳半乳幼児健診 このような脳の発達を踏まえると、神経経路の一部にダメージを生じた重度の発達障害の場合、リハビリテーションはできるだけ早い時期から邁進することが重要である。

一方、軽度の発達障害の場合、問題となるのは神経経路のダメージよりも、発達の凸凹である。発達の凸凹の一番の問題は、子どものとる行動が本人の興味や関心事に流れてしまい、集団行動や社会的な行動に向かないことにある。また苦手なことはしたくないという行動パターンを強くとるため、ますます苦手になるという悪循環も作ってしまう。 そこで療育の中心となるのが、このような行動パターンを修正し、できるだけ社会的な行動が増えるよう練習を積み重ねることである。対して最悪の対応は、「放置」だ。

障害が重度の場合も軽度の場合も、病院で専門家が発達障害への治療を行うだけでは明らかに不足である。毎日の生活の中で、両親や保育士によって、子どもの脳の高い代償性が活きるよう、あるいは行動パターンの修正ができるように、子どもの健康な生活を守ることがもっとも有効な治療教育なのだ。 さらに言えば、幼児期は、ごく普通の保育で十分に成果が挙がるといういくつかの証拠がある。しかし学童期になると、自閉症には自閉症の、ADHDにはADHDの、といったように、それぞれの認知の特徴に沿った働きかけをしなくては、教育そのものが成り立たなくなってしまう。

そのためにも重要なのが乳幼児健診システムだ。我が国の乳幼児健診システムは非常に優れており、とくに1歳6ヵ月児健診は、障害児療育に革命をもたらしたといっても過言ではない。近年の我が国における障害児の軽症化は、1970年以来の1歳6ヵ月児健診と、それにもとづく早期療育の成果が大きく影響しているに違いない。 ただし知的な遅れのないタイプに関しては、従来の乳幼児健診で十分なチェックをすることは、現在でも大きな困難があるのが実情だ。 時間をかけて付き合うことが重要 さらに昨今の乳幼児健診は、発達障害のスクリーニング検査もさることながら、むしろ家庭への子育て支援という役割の持つ意味がより大きくなってきた。育児支援に絡む問題の一つに、発達障害というものに対する固定的な誤解があり、それゆえ親は子供の発達障害の存在を受け入れることに抵抗を示す。しかし知識があれば、なるべく早く療育をスタートさせることが子どもの発達そのものの向上に結びつく、ということに気づくのではないかと思う。

育児支援に絡むもう一つの問題が、子どもの愛着の形成の遅れである。知的な遅れがない発達障害の場合でも、愛着の形成は、健常が2~3歳であるのに対して、大きく後年にズレることが稀ではない。これにより親は強い欲求不満を作ってしまうため、虐待に結びつきやすいのである。 この状況の改善には、まずは、両親が正しい知識を得ることが必要である。さらに重要なのは、親子ともにお互いに時間をかけて付き合うことだ。具体的に言うと、最初から子どもだけで療育通園または保育園や幼稚園に通園させず、親子での通園を週に数日でも行うことが望ましいと考える。互いをよく知るには、時間をかけて付き合うことがもっとも早道であるからだ。

規則正しい生活が何よりも大事である 続いて、軽症時、重症時どちらにも適用できる療育の基本的内容を紹介しよう。以下は「療育の基本的指導内容」である。ここに掲げた順位は、そのまま優先順位を表している。

1. 健康な生活 2. 療育者との信頼と愛着の形成 3. 遊びを通しての自己表現活動 4. 基本的な身辺自立 5. コミュニケーション能力の確立 6. 集団行動における基本的なルール

「健康な生活」の基本とは養生、つまり早寝早起きを基本としたきちんとした日内リズム、適度な栄養、適度な運動である。この改善だけで著しく行動が落ち着く児童も少なくない。 中でも朝食をとることは、日内リズムの確立において重要である。また間食は子どもにとって重要な栄養源であるので、時間を決め、着席をさせて、皿に取り分けて与えることも基本だろう。

偏食の克服も課題である。最悪の対応は「放置」であり、子どもの食べるものしか出さないという対応は、偏食を強化してしまう。少しずつ食事内容を広げる努力を続ければ、自閉症のように強いこだわりを持つ児童でも、小学校入学前に偏食の克服は可能である者がほとんどだ。 夫婦喧嘩は子どもの心に大きな影響を与える 2の「療育者との信頼と愛着の形成」についても補っておきたい。 障害の有無に関わらず、幼児にとって一番必要なのは“安心の提供”である。安心の提供とは何かというと、逆に子どもにとって安心できない環境を考えてみれば答えは得られる。それは言うまでもなく、虐待環境である。 これは直接的な虐待だけでない。夫婦間で深刻な喧嘩が繰り返される状態も、心理的虐待の一種である。多人数のサンプル調査からは、親子関係よりも夫婦関係のほうが子どもの心に大きな影響を与えることが示されているのである。

愛着の形成については、先に述べたように、時間をかけて付き合うことが第一である。とくに過敏症を抱える子の場合は、AV機器による情報はできるだけ避け、人の声と人の肌での育児が基本であると思う。 トイレ、服の着脱など「身辺の課題」は最優先 3の「遊び」は、子どもにとって生活の中心であり、遊びを通してイメージを脳に作る力が発達し対人関係が進んでいくため、優先順位のもっとも高い課題である。 子どもは、最初は自己刺激でしか遊べないが、そこから見立て遊びができるまでに飛躍する。その自己刺激遊びと見立て遊びの間で、大人が遊び道具になってやれば遊べる、という時期が存在する。つまり、自己刺激でしか遊べない子どもに、大人が体を使った遊びを繰り返し接してゆくことで、徐々に見立て遊びのための準備ができるようになるのである。

4の「身辺」の課題は、トイレットトレーニングとスプーンを使えるようになることが最初の課題である。それから服の着脱、清潔習慣に展開していく。これらはだいたい、繰り返し練習する中で身に付いていく。

5の「コミュニケーション」の課題は、まずは言葉の理解が課題となる。その前提となるのが、模倣の能力である。園での指遊びができる、リズム体操の模倣ができるといった模倣は、表象機能(何かを思い浮かべることができる機能)に直結している。とくに「後模倣」といって、その場で即時に模倣するのではなく時間がたってから思い出しながらの模倣ができれば、イメージを作る能力が備わった、という指標となる。 さらに、状況判断ができることもコミュニケーションの基盤となる。状況判断とは、たとえばスモックを見たら登園、買い物袋を見たら買い物の外出、タオルを見たら入浴などと分かって次の行動ができる、というものだ。 遊びや、トイレ、スプーントレーニングといった身辺の課題も、すべて表象機能の前提となる課題である。ゆえに3、4はコミュニケーションの課題より優先順位として上位に位置するのである。

幼児期から基本的な療育に乗って日常生活訓練を積み上げてきた児童の場合、療育を積み上げる機会に恵まれなかった児童と比べたき、小学校に入学する前後に至ると、「同じ診断か」と思われるくらい大きな渣となってくる。自閉症児においても、幼児期は、障害独自の問題にそれほど神経質になる必要はなく、一般的な原則を守るだけで十分に成果があがるのである。 『発達障害の子どもたち』杉山登志郎 著 講談社現代新書 ¥760(税別) ADHD、アスペルガー、学習障害、自閉症などの発達障害。治る子と治らない子の違いはどこにあるのか? 長年に渡って子どもと向き合ってきた児童青年期精神医学の第一人者である杉山医師が、その偏見や誤解を解き、どのように治療やサポートを進めるべきか、やさしく説いた一冊。 〔2021年3/31(水) webマガジン mi-mollet 山本尚子]〕 

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発達障害者、人材として活用できていない 発達障害者、人材活用せず損失 2.3兆円、野村総研が推計 4月2日の「世界自閉症啓発デー」を前に、民間シンクタンクの野村総合研究所は、自閉症など発達障害がある人を人材として活用できていないことによる経済損失が少なくとも年間約2兆3千億円に上るとの推計を発表した。IT分野で能力を発揮する人が多いとした上で、企業がサポート態勢を整える必要があるとしている。 発達障害は生まれつきの脳機能障害が原因とされ、自閉症スペクトラム障害や学習障害、注意欠陥多動性障害などの総称。 野村総研は約10万人を対象とした調査結果から、自閉症スペクトラム障害などの診断を受けた18~65歳の人は国内に約140万人いると推計している。 〔2021年3/31(水) 共同通信〕 


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新社会人 新入社員のみなさんへ:不安と緊張を乗り越え有能な社員になる方法 新入社員たちがこれからの会社と社会を作ります

■新社会人、おめでとう 新社会人のみなさんへ。おめでとう!4月からの新しい生活がスタートです。あなたの活躍を期待しています。 やる気と自信にあふれているあなた。その調子で、頑張りましょう。 でも、そうでないあなた。大丈夫です。多分、不安を感じていない新入社員など、誰もいないと思います。あなたの隣にいた、元気はつらつの強そうな同期入社の人も、きっと不安をかかえていたことでしょう。

■不安と緊張は良いことです 不安もストレスも、悪いことではありません。初めての場所に来た時、何が起こるかわからないのですから、耳をすまし、様子をうかがい、慎重に歩みださなければなりません。この心身の状態が、不安とか緊張とか、ストレス反応と呼ばれるものです。 何が起こるかわからない場所で、ボーとしていたら、危険です。緊張感は必要です。 心理学の研究によれば、ストレスはパフォーマンスを高めます。試験だって、試合だって、だらけていて好成績は残せません。気合が入った状態だからこそ、実力が発揮できます。あなたは、今そういう状態なのです。

さらに、ストレスは思いやりの心を呼び起こします。周囲の人と協力したり、親切にしたくなったりするのです。だから多くの職場で、同期入社組の友情が芽生えます。あなたは、今そういう状態なのです。 新入社員として、緊張したり、汗を飽きたりしているでしょう。でもそれは、正常なストレス反応です。問題は、このストレス反応をどう解釈するかです。 自分は緊張しやすいダメな人間だなどと思うと、ますます疲れます。そうではなくて、今あなたは新しい環境にチャレンジしているのだと考えましょう。 あなたは、これまでも新しい学校、新しいクラスに、そうやって適応してきました。就職活動も乗り越えてきました。だから、今回の社会人デビューも、きっと大丈夫です。

■職場で上手くやっていくために:先輩上司との上手な付き合い方 先輩や上司、おじさんおあさんから見れば、まだまだ若いみなさんです。何かができない、何かを知らないといったことは、大した問題ではありません。 上司や先輩の中には、ちょっと近づきにくい人もいるかもしれません。怖いと感じる人もいるかもしれません。しかし、怖いと感じて叱られないように消極的になってしまうと、かえって上司や先輩をイラつかせます。 この人たちは、ほとんどの場合、悪人ではなく仕事熱心な人たちです(ちょっと表現は不器用かもしれないけれど)。後輩や部下を育てたい思いも持っています。それなのに、消極的な態度を取られると、心がざわつくのです。 叱られるのを覚悟のうえで積極的に行動すると、意外とかわいがってくれたりするものです。

■貢献する思いを持とう あなたは、会社の中の役立たず、社会の中の無用者になりたいでしょうか。そんな人は、いませんね。何とか貢献し、活躍したいと、少なくとも心の底では思っていいるはずです。その思いを行動に表しましょう。 最近のドラマを見ていると、「変わり者」の主人公がよく出てきます。発達障害などの診断名が付きそうな主人公たちです。 でも、この主人公たちは嫌われ者にはなっていません。そのポイントは、主人公たちがお客様のため、会社のために、一生懸命働こうとしていることだと思います。 高校のクラスだって、クラスのために一生懸命な生徒を、みんなは嫌わないでしょう。

■仕事への取り組み方 研究によれば、伸びる中小企業には、次のような特徴があります。

1情報共有 2若者にも仕事を任せる 3社長が夢を語る

大企業の場合は、なかなか社長の顔が見えにくいでしょうから、各部署のトップが夢を語ることになるでしょうか。 会社が伸びるとは、組織の問題だけでなく、働く社員一人ひとりが、より良く働けることです。

けれど、こんなことは社長に語るべきで、新入社員に言ってもしかたないでしょうか。そんなことはありません。会社環境は変えられなくても、あなたの心理環境は自分で変えられます。 1自分から情報を得よう 業界の状況、会社や部署の状況をよく理解しましょう。そうすると、仕事の意味を感じられます。そうなれば、同じ仕事をしても疲労度が違うのです。 2自律性とオーナーマインドを持とう 人の心を痛めつけるのは、「やらされ感」です。同じ仕事でも、自己決定して進んで取り組んでると感じられると、楽しさが生まれます。

オーナーマインドとは、自分が店長、主任、社長になった感覚です。閉店間際に飛び込んできた客は、バイトにとっては嫌な客かもしれませんが、オーナーにとってはありがたい客です。 イヤな客に頭を下げるのも、オーナー感覚を持てれば、苦しさは和らぎます。 3組織の向かう方向を知ろう 表現力のある管理職なら、わかりやすく話してくれるでしょうが、そうでなくても、企業としての目標があるはずです。決してきれいごとだけではない、目標があるはずです。その高い目標を見上げましょう。

■一人前になるために必要なこと せっかく就職したのに、あっと言う間に辞めてしてしまう人の心理は、仕事が辛いからではなく、成長の可能性を感じられないからだと言われています。失意と絶望の中で辞めていくのです。 でも、人は成長できるものです。今はとても有能な先輩、上司も、新入社員時代はだめだめだったという話は、よく聞く話です。 多くの先輩、上司は、後輩や部下のことを考えています。何とか成長してもらいたいと願っています。それを信じることができると、まだよく意味のわからない面白くない仕事でも、一生懸命取り組むことができます。 そうすると、徐々に仕事がわかってきて、仕事への喜びが感じられるようになり、ついには会社をしょって立つような一人前の有能な社員になっていくのです。 (これは、内発的動機づけ理論に基づく外発的動機づけから内発的動機づけに至るプロセスに基づく解説です)

■入社できたのだから大丈夫です あなたが入社できたということは、会社のみなさんはあなたと働きたかったということです。 学歴だけ、入社試験の点数だけで選んだのではなく、面接での見事な回答だけで選んだのでもなく、要するに、あなたと一緒に働きたいと思ったから合格させたのです。 百戦錬磨の面接官が、あなたのことを、まだ荒けずりかもしれないけれど、きっと成長して会社の戦力になるだろう、この人と一緒に働けたらきっと楽しいだろうと、そう判断したのです。 私はその面接官と組織の判断を信じます。どうぞ、素敵な社会人生活のスタートを。新入社員時代の失敗も、きっとあとになれば、笑い話になるでしょう。

碓井真史 新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)/スクールカウンセラー 1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。 〔2021年4/1(木) 碓井真史 新潟青陵大学大学院教授(社会心理学)/スクールカウンセラー〕 

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発達障害の子の入学・進級 発達障害と診断されたら 小学校入学・進級前に準備するとよい3つのこと 専門家アドバイス お子さまの小学校入学や進級で、親子とも新生活の準備に慌ただしい時期ですね。 発達障害のお子さまの保護者様の中には、「新しい環境に子どもが馴染めるか心配」「何を準備すればよいのかわからない」と不安を抱えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。そこで、特別支援教育の第一人者である小池敏英先生 (尚絅学院大学教授)に、『入学・進級に向けて、家庭で取り組んでおくとよいこと』について、お話を伺いました。

※本記事では、一般的な見解をご紹介しています。お子さまの発達状況や、学習レベル、地域や学校によって対応はさまざまですので、詳しくはお子さまの入学・進級される学校や園にご確認ください。

―発達障害のお子さまを持つ保護者が、入学・進級前にやっておくとよい事は? まずは、今のお子さまの「できないこと・苦手なこと」の状況を保護者がしっかり把握し、それを入学・進級先に伝えられるよう準備しておきましょう。例えば、「じっと座っていることが苦手」「緊張すると、落ち着いていられない」といった内容です。 その際、「できないこと」だけを伝えるのではなく、「こうすればできる」という条件まで整理しておくとよいでしょう。例えば、「15分以内なら、じっと座っていられる」「周りにいる人が5人以下の環境なら、落ち着いていられる」という風に、日頃保護者のかたが意識している工夫を、担任や学校・園側としっかり共有しておくことが大切です。そうすることで、お子さまが「できる状態」を周囲がサポートしやすくなります。

―発達障害の特性をふまえて、学習面で準備しておくとよい事は? 語彙が苦手なお子様は、「た抜き言葉」「カルタ」などの言葉遊びに日頃から取り組んでおくのがおすすめです。

「た抜き言葉」とは? 「たぬきから“た“を取ると何になる?」「いるかから”る”を取ると何になる?」という風に、お子さまになぞなぞのように問いかけてみる遊びです。いきなり3文字が難しければ、2文字の簡単な言葉から始めて、少しずつ文字数を増やしていきましょう。

「カルタ」遊びとは? ひらがなが1文字ずつ書かれたカードを使い、知っている言葉を一緒に組み立てていく遊びです。例えば犬の絵を一緒に見せながら「い」「ぬ」のカードを見せて、「いぬの“い“だね」という風に教えます。絵とセットで教えることで、語彙の定着が深まりやすくなります。2文字の簡単な言葉から始めていきましょう。 これらは時間をかけて繰り返すことで、徐々に言葉の定着につながっていきます。ほかにも、「しりとり」は語彙力を高めるだけでなく、親子のコミュニケーションにもつながるのでおすすめです。

―発達障害のお子さまが新しい環境に慣れるために、保護者は何をすればよい? これから新しい生活が始まれば、保護者の方は今まで以上に苦労が増えるかもしれません。心配なことはできるだけ担任や学校・園に伝え、皆で一緒にお子さまをサポートしていく環境を作っていきましょう。保護者だけで負担を抱えこまないことが重要です。

また、思うようにいかない時は、一度やり方や環境を変えてみましょう。例えば、語彙の練習があまり進まなくなってきたら、うんとハードルを下げたところから再び始めてみてください。どんなに小さなことでもよいので、お子さまが「できる状況」に誘導してあげましょう。親子共に達成感を得ることが、日々の自信につながっていきます。 それでも大変に感じてしまう時は、「親」として向き合うのではなく子どもの「支援者」や「学習パートナー」になりきってみるのもおすすめです。実際、発達障害のお子さまを支援する現場では、『一般の基準に子どもを当てはめない』『その子のペースで、できることを認めていく』という考え方があります。保護者のかたも同様に「できる状況」を大切にしてお子さまと接してみることで、心の持ち方が少し変わるかもしれません。

まとめ & 実践 TIPS これから新生活が始まると、お子さまにとっても慣れるまでの苦労があるかもしれません。日々の生活においては、どんな些細なことでもよいので「できた体験」を積ませ、”うまくいったね”と言葉でたくさん伝えてあげましょう。それがお子さまの自信となり、親子の信頼関係にもつながります。 保護者の方もあまり気負い過ぎず、周囲と一緒になって、お子さまの新しい生活をサポートしていけるとよいですね。

プロフィール 小池敏英(こいけ としひで) 尚絅学院大学 教授 東京学芸大学大学院 教育学研究科修士課程、東北大学教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。東京学芸大学教育学部 教授を経て2019年4月より現職。 研究課題は「学習障害児の認知評価と学習支援、発達障害児のコミュニケーション支援」著書に『LDの子の読み書き支援がわかる本』(2016)講談社、『読解力を育む発達支援教材』(2010)(監修 学研教育みらい)、『LD児のためのひらがな・漢字支援』(2003) (編 あいり出版)など。 〔2021年4/1(木) ベネッセ 教育情報サイト〕 

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映画『僕が跳びはねる理由』 「自閉症の息子がいる親として、ありがとう」イギリスで映画化された『僕が跳びはねる理由』翻訳者が語ったこと 千葉県に住む13歳(当時)の自閉症の少年によるエッセイが原作となり、イギリスで映画化された『僕が跳びはねる理由』が公開中だ。【文:遠藤光太 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版】 その原作とは、東田直樹さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール、角川文庫、角川つばさ文庫)だ。自閉症のある人たちは、ともすると「感情がないのではないか」「奇声を上げる怖い人だ」などと偏見を持たれる。

しかし、外からは見えづらくても、当然ながら彼・彼女らの内面には思考、感情、記憶がある。発声によるコミュニケーションを取るのが難しい東田さんが、13歳の若さで自身の内面を豊かに描いた本書は、世界で驚きをもって迎えられた。 イギリス人のベストセラー作家デイヴィッド・ミッチェルさんも、そのひとりだった。ミッチェルさんには、自閉症のある息子がいる。妻のケイコ・ヨシダさんとともに英訳を手がけたことをきっかけに、『自閉症の僕が跳びはねる理由』は世界に広がっていった。現在では、世界30カ国以上で出版され、累計販売部数は117万部を超えている。

自閉症当事者の繊細なまなざしを再現 映画の原作『自閉症の僕が跳びはねる理由』を英訳したデイヴィッド・ミッチェルさん

シャボン玉、花火、風の音、トランポリンのきしみーー。映画『僕が跳びはねる理由』が切り取る「世界」は、自閉症の当事者たちが持つ感覚の過敏さや独特さを観る人に知らせる。 自閉症を描く映画は多いが、内からの繊細なまなざしを描写する作品は貴重だ。世界4カ国(インド、イギリス、アメリカ、シエラレオネ)、5名の当事者とその周囲の人々を映し出す本作は、観る人に新鮮な驚きをもたらしてくれるだろう。 東田さんの原作を翻訳し、映画にも出演している作家、デイヴィッド・ミッチェルさんに話を聞いた。

彼・彼女らには「声」がある 「なぜうちの三歳児は床に頭をがんがん打ちつけるのだろう?」  「『ピングー』のDVDが傷だらけになって再生できなくなったとき、四十五分間も悲嘆の吠え声をあげつづけるのはどうしてか?」(文庫版『自閉症の僕が跳びはねる理由』「解説にかえて」より)

ミッチェルさんは、息子の行動を理解できないことに「罪悪感を持っていた」という。そんな彼が、映画の原作にあたる東田さんの著書に出会ったときの思いを語ってくれた。 「自閉症があっても、彼・彼女らには『声』があるのだと改めて感じ、驚嘆しました。 そして、自分の息子のことをより理解できる本を書いてくれたことに感謝の気持ちを持つとともに、ホッとしたような気持ちもありました。息子が立ち向かっている挑戦が、決して息子だけのものではなく、他の自閉症のある方も同じだと知ることができたからです」 東田さんは、ひらがなの並ぶ紙の文字盤を使って本書を書き上げたが、映画のなかでも当事者が文字盤を使う様子が描かれる。 文字盤を介して発せられることばは、ときに詩的で、論理的で、直感的ーーつまり、自閉症でない人と区別できるものではなく、彼・彼女の内面はただ単に見えづらかっただけだと知ることができる。

呼び方は、当事者たちが選ぶべきもの 「自閉症(Autism)」「自閉症スペクトラム(ASD)」「障害者」「障害のある人」。 彼・彼女らを表す呼称はさまざまだ。ミッチェルさんは翻訳にあたって、当事者たちの希望する表現を使うことを重視したという。 「当事者たちが選んだ呼称を他の人も使うべきではないか、というのが僕の考えです。 当初、『自閉症と生きる人』を意味する“person with autism”を主に使っていましたが、『自閉症者』という意味合いの“autistic person”の呼称もあります。ある当事者から『自分は自閉症であることを誇らしく思っているんだ。“person with autism”ではなくて“autistic person”だと自分は思っている』と言われたこともあります」

自閉症は劣った存在ではない 映画『僕が跳びはねる理由』 また、ミッチェルさんは日本語の「自閉症」について、文庫版『自閉症の僕が跳びはねる理由』の「解説にかえて」でこう記す。

“〈自閉症〉という日本語に使われる三つの漢字は、「おのれ」「とざす」「やまい」を意味する。私の想像力がこれらの漢字を変換すると、独房に閉じ込められ忘れられたまま、誰か、誰でもいいから誰かが、そこにいることに気づいてくれるのを待っている囚人、というイメージになる” しかし、彼・彼女らは「囚人」にさせられるべきではなく、コミュニケーションの回路が通されることによって、他者からも豊かな内面を知ることができる。ミッチェルさんは、“本書は、その壁から煉瓦をひとつ、打ち抜いてくれるのだ”と続ける。

ミッチェルさんらが翻訳したことをきっかけに、東田さんの著作は世界に広がった。当事者の保護者たちにも、本書は手渡されている。 「3年ほど前、イギリスの学会のコーヒーブレイクである医師と話していたら、『翻訳してくれて本当にありがとう。何冊も自分の診療所に置いてるんです』と僕に伝えてくれました。彼女は、自閉症の診断を伝える際、親御さんにこの本を1冊渡しているそうです。

かつては、自閉症のある子どもは『感情がないのではないか』『(親や周りの人を)愛することができないのではないか』と言われていたわけです。でも『診断を受けたからと言って、あなたのお子さんが感情のないロボットに置き換えられたわけではありませんよ』と。 自閉症があることは劣った存在なのではなく、彼らには創造性もあるし、ユーモアもあるし、何より人々のつながりの一部でありたいと彼らは思っています。その証明として、この本や映画があると僕は思っています」 自閉症でない人のためにデザインされた世界で生きている 映画『僕が跳びはねる理由』

映画には、ミッチェルさんも出演している。

完成した作品を観た、イギリスの自閉症協会で働いているレオさんは、「自閉症の見せ方のバランスが取れている。決してメロドラマになりすぎず、上から目線になることなく、でもネガティブなことばかりでもなく、ましてや『エルム街の悪夢』みたいなトーンでもない、全てのスペクトラムを見せているところが、バランスが良くて素晴らしい」と彼に伝えたそうだ。 「完成した映画を観て、僕は非常に感動しました。ジェリー・ロスウェル監督のスキルとビジョン、イマジネーションに感服しました。また、4カ国にわたって当事者たちを追っているので、自閉症は、直樹と日本の家族だけ、あるいは英国の中流階級だけの話ではなくて、コスモポリタン(全世界的)な現象なのだと改めて感じることができます」

そして、ミッチェルさんは、最後にこう付け加えた。 「自閉症の子どもがいる親として、自閉症でない方々がこの映画を観て自閉症の方々をより理解しようとしてくれることに、ありがとうと言いたいです。

そしてもうひとつ、先にありがとうを言っておきたい。 街で自閉症の人と会ったときに、もしかしたら見慣れていない行動をするかもしれませんが、彼・彼女らは別に自己中心的でないし、失礼をしたいわけではないし、悪気があってやってるわけではない。 彼・彼女らは、自閉症でない人たちのためにデザインされた世界のなかで、自閉症として生きているわけです。だから、少しの忍耐と少しの寛容と少しの思いやりをもっていただければと思います」

毎年4月2日は、国連総会で定められた「世界自閉症啓発デー」だ。国内では、毎年4月2日から8日が「発達障害啓発週間」とされている。映画『僕が跳びはねる理由』を観ることで、隣にいる人々の「声」が聴こえてくるかもしれない。 (文:遠藤光太 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版) 文:遠藤光太 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版 〔2021年4/2(金) ハフポスト日本版〕 


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発達障害と子育てと家庭 圧倒的に働き、強くあり続けた妻が折れた 発達障害の私が向き合った子育てと家庭 「強く稼ぐ主人」の幻想
withnews 子どもが生まれたあとに分かった発達障害、うつ病、休職……。ASD(自閉スペクトラム症)・ADHD(注意欠如・多動症)の当事者でライターの遠藤光太さん(31)は、紆余曲折ありながらも子育てを楽しみ、主体的に担ってきました。娘が2歳半になるころには、自身が発達障害であることが分かり、特性に応じた対応を取り始めた遠藤さん。一方、頼り切っていた妻の方が職場で限界を迎えていました。小学生の娘、妻との7年間を振り返る連載8回目です。(全18回)
人に会うと疲れる、突然落ち込む…生きづらさ「あるある」に共感の声
愛情だけでは子育てできない
26歳で僕の発達障害がようやく発覚し、特性への対処が始まりました。特性は基本的に生まれつきと言われているので、僕は26年間、「丸腰」で社会に出ていたことになります。それは自分なりに長く厳しい時間でした。

娘は2歳半になっていました。できる限りの愛情を注いでいましたが、愛情だけで子育てはできません。子育てに取り組むには、僕にとって特性への理解が必要でした。 一例として、聴覚過敏の問題があります。聴覚過敏とは、周囲の音を過剰に拾ってしまい、聞きたい音とそうでない音にメリハリをつけづらい脳の特性です。生まれたばかりの頃には、泣き止まない娘を抱っこしながら自分も泣いていたことがありました。娘が泣く声だけでなく、テレビやスマホから流れる音、掃除機などの生活音に、疲弊していたのです。 特性を知ったあと、ノイズキャンセリングヘッドフォンを購入しました。このヘッドフォンから流れる音楽で周囲の音を「マスキング」することによって、この問題には対処することができました。

些細なことからひとつずつ紐解いていくと、家族に自分はいらないと思ってしまっていたことや、うつで休職を繰り返していたこと、離婚や別居を考えるほど夫婦関係が悪化していたことに、隠れていた要因が見えてきました。 特性に凸凹があることに気づかず平らにしようとして、空ぶかししてはうつになり、また闇雲に進んでいく。そんなメカニズムがありありと見えてきたのです。 圧倒的に働き、強くあり続けた妻が折れた 妻は、結婚前から今にいたるまで、保育士をしています。よく知られているように、保育士は子どもたちとその保護者たちに必要不可欠なエッセンシャルワークですが、慢性的な人手不足です。

娘が生後3ヵ月のときには、やはり人手不足だった職場からの要請に応じて、妻は産休・育休から復職していました。もっと休む選択肢もあったと思いますが、責任感の強い妻は働いたのです。 慢性的な長時間労働で、まともな休憩もなく、園の行事の前になると、1日12時間以上働いていた時期もありました。さらに、持ち帰りの書類仕事や制作物などがあるにも関わらず、適正な手当がつきません。 妻の異常な働き方は問題に感じていましたが、僕は自分の体調が安定しなかったために、十分にはサポートできていなかったのでした。

妻はそんな職場でも仕事を続けようとしていましたが、娘が3歳になる頃、ついに限界を迎えました。強くあり続けていた妻でさえ心の折れてしまうような環境が、そこにはありました。 退職の話し合いをするとき、頼まれて僕も同席しました。妻が「退職する」と意思を伝えたあとに慰留され、拒んでいると、役員から罵詈雑言を浴びせられました。 妻に代わって、僕は怒りました。妻のために怒れるんだ、と自分で自分に思いました。僕は異常な働き方やそれまでに受けてきたひどい言動を伝えて、退職の手続きを始める手はずを整えました。 話し合いを経て、妻はこれほどひどい環境で働いていたのか、と愕然としました。これは妻とその勤務先だけの問題ではなく、構造が生み出している社会のひずみだと思います。

借りを返すチャンスだ 妻はそんな状態になるまで、「折れられなかった」のかもしれません。僕のほうが妻を頼ってばかりで、妻は不安定な僕を頼れなかったのだと思います。その点では、妻の窮状を作り出していた社会のひずみとは、僕でもありました。反省しています。 しかし、退職の場面に限っては、全力でサポートすることができたのではないかと振り返ります。社会人としてうまくいかず、妻に負い目を感じていた僕にとって、「借りを返すチャンスだ」と感じていました。

「主人」という呼称があります。僕はかつて、「主人」になりたかったのです。しかし、力不足で「主人」にはなれず、折れてばかりでした。いまでは、「主人」になりたかったのは「男性」「父親」に対する固定概念にとらわれていただけだったとわかります。

妻が退職するときの僕は、かつて「主人」と思い描いていたような「強くて稼げる夫・父」ではありませんでした。パートナーとして、妻が理不尽な扱いを受けていることに単純に怒っただけです。弱くて仕事のできない夫・父であっても、声を上げることができたことは、夫婦にとって転換点になった気がします。 夫婦は、どちらかが「主人」になる“主従”の関係ではなく、互いにサポートし、ケアし合う関係になりはじめました。

妻が落ち込んでいるときには、「ハグしていい?」と尋ねました。夫婦は数ヶ月前まで別居を考えていて、ハグに許可が必要なほど心理的に離れていたのですが、恐る恐るハグをしました。思えば、妻が最初に「仕事を辞めたい」と本音を漏らしたのは、ハグしているときでした。 「寄り添う」とは、どういうことなのか。どれだけ言葉で励まされるよりも、どれだけ本や動画で知識を与えられるよりも、ハグのほうが通じるコミュニケーションがある。そう感じていたのは、僕自身が弱くて脆い自分と向き合う日々を過ごしてきたからです。 それは、僕がうつのときにしてほしかったことでした。「うつになってよかったとは全く思わないが、少しは役に立つ部分もあるのだ」と感じ、それはのちに子育てにも活かされることになりました。

仕事と収入が問題 僕は器用でないので、実はこのときほとんど仕事をしていません。発達障害の診断を受けてから、情報収集し、自分の特性理解を進めていた時期でした。仕事をしていなかったからこそ、心に少し余裕ができて、妻をケアする役割がはじめてできたのだと思います。

ただ、収入が非常に少なく、妻に「仕事を辞めることもできる」と言いながらも、将来のことはとても不安でした。 僕は、障害者雇用で就職活動をしていました。診断が双極性障害から発達障害に変わり、特性への対処をすればフルタイム勤務の会社員に戻れると感じたのです。障害者雇用という選択は、自分の障害と付き合っていく上で重要な制度でした。 子育てと仕事の両立は、切っても切れない問題であり続けています。そして、障害者雇用の就職活動と勤務で得られたのは、お金だけでない大切なものでした。

<遠藤光太> フリーライター。発達障害(ASD・ADHD)の当事者。社会人4年目にASD、5年目にADHDの診断を受ける。妻と7歳の娘と3人暮らし。興味のある分野は、社会的マイノリティ、福祉、表現、コミュニティ、スポーツなど。Twitterアカウントは@kotart90。     ◇   ◇   ◇ 遠藤光太さんの連載「発達障害とパパになる~子育て苦闘の7年間」(https://withnews.jp/articles/series/104/1)は、原則毎週水曜日に配信予定です。全18回でお送りします。 〔2021年3/24(水) withnews〕 

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女性政治家 「永田町残酷物語」そろそろ昔話に 与野党の女性議員インタビュー 議員会館の自室にキッズスペースを設けた国民民主党の伊藤孝恵氏 女性の政治参加の面で日本は諸外国に大きく後れを取る。「政治は男性のもの」という偏った見方、地元と永田町の往復を続ける国会議員の働き方、家庭との両立―。共同通信が実施した全女性国会議員へのアンケートでも浮き彫りになった、立ちはだかるさまざまな「壁」を、現職の女性政治家はどう見ているのか。自民党の野田聖子幹事長代行は日本で初となる女性首相を目指し活動する。国民民主党の伊藤孝恵副代表は子どもを連れて出勤するために議員会館にキッズスペースをつくった。与野党の2人に聞いた。 (聞き手 共同通信=梅岡真理子)

◇野田聖子氏「党の体質改善が必要」 岐阜県議を経て、1993年に衆院初当選しました。自民党の同期で女性は1人。後から田中真紀子さんが入党しました。今、自民党の衆院議員の女性割合は約7%。相談相手はできたのかなと思います。 自民党は女性議員が少ないと言われますが、いくつかジレンマがあります。まず、党の歴史が長く、地方組織や個人の後援会を大事にします。公認候補は地方組織が決めた人が大前提。党本部主導で方針を決めても、必ずしも従うというわけではありません。ただ、地方組織の選考は男性が多いこともあり、党の体質改善は必要です。

インタビューに答える自民党の野田聖子氏 ▽当選続けることが大事 昨年12月に、二階俊博幹事長と山口泰明選対委員長から都道府県議会に対し、地方議会に女性議員を増やす取り組みをお願いする文書を送りました。市町村議会には少なくとも1人は女性議員がいる状況をつくるべきだとしています。定数割れになる議会にも積極的に女性が立候補できればと思います。 以前は出馬する女性を探すのが大変でした。現在、政治を志す女性に向けた女性未来塾を開き、準備ができている約50人のリストがあります。女性候補者をシンボルとするのではなく、当選し続けられることが大事です。今年行われる衆院選は現時点で空白の選挙区はほぼありませんが、地味でもじわじわと増やしていきます。

▽「おじさん化」せず、身の丈で 今政治家を目指す人には男女問わず「政治家ぶらず、そのままでいい」と伝えています。私が20~30代のころ、「政治は男性のもの」と考える人も多く、「おじさん化」しないと、有権者に信頼してもらえないと思い込んでいました。出産を経た今は「もっと身の丈でやればよかった」と思うのです。同じような人ばかりでなく、多様性がある中で政治をやるべきでしょう。 議員生活では、無派閥だったので「派閥の壁」も大きかったです。自民党総裁選に出たいと思っても20人の推薦人をそろえることができませんでした。 野党は、女性議員を増やすためにクオータ制(人数割当制)が必要だとしていますが、現在の制度で導入しても、それほど効果が出ないので、選挙制度の議論が必要になります。クオータ制を入れても、女性議員が少ししか増えないのでは意味がない。確実に増やしていくためには、まずは各党がそれぞれ独自の取り組みを進めていくべきでしょう。

◇伊藤孝恵氏「24時間戦えなくても」 2015年、次女を出産した際、耳の障害の可能性を指摘されました。娘のために制度や法律を調べるなか、参院選の候補者を募集するサイトの「政治家は子どもたちの未来をつくることができる」という言葉が目に留まったのが、出馬のきっかけです。 選挙に必要といわれる「地盤、看板、カバン」がない中、愛知選挙区民進党2人目の候補になりました。何も知らず飛び込んだ選挙活動は途方に暮れるばかり。家族と知人に頼った選挙戦では「子どもがいるのに選挙に出るなんて」「誰も応援していないから」と非難されました。

▽子どもと過ごせない 当選後、また違う壁にぶつかりました。会社員の夫と協力していますが、国会での活動、選挙区での活動、家庭を両立するのは至難の業です。平日は朝8時から党の会議、国会、夜の会合。週末は地元回り。コロナ禍以前は週末を子どもたちと一緒に過ごしたことがありません。 それでも、なんとか後輩たちが歩きやすいように永田町ジャングルをブルドーザーで開拓してきました。子連れ出勤のために、議員会館の自室にキッズスペースをつくると批判が殺到しましたが、今では子連れの来客が増えました。 超党派のママパパ議員連盟をつくり、子育て施策のほか、議員活動との両立問題にも取り組んでいます。10歳未満の小学生を連れて参院本会議を傍聴できるよう、2年以上かかってルールを変えました。

▽普通の暮らしを知る人が政治家に 新たなことにチャレンジするたびにたくさん批判を浴びてきましたが、もう、そろそろ『昔はそんな永田町残酷物語みたいな話があったね』と笑い話にしたいです。24時間戦えなくても、普通の暮らし、働く人の感覚、実態を知る人が政治家になるべきだと思っています。 政治家だからこそ、できたことはたくさんあります。議員立法では、視覚障害や発達障害のある人たちが読書しやすい環境を整える読書バリアフリー法と、第三者が絡む生殖補助医療で生まれた子の親子関係を明確にする民法の特例法を成立させました。 過去の国会議事録を読むと、戦後から先輩の女性議員たちが、道を切り開いてくれていることが分かります。はじめの一歩はとても過酷だけれど、間違いなく尊いものです。

◇関連記事はこちら 女性国会議員悩ます「女のくせに」 政府目標「不十分」が7割https://www.47news.jp/47reporters/6006408.html 〔2021年3/24(水) 47NEWS〕 

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小1プロブレム 小学校の環境変化に順応できない「小1プロブレム」 勉強面だけではなく、生活面でも大切な就学準備 まいどなニュース 子どもが就学したときに戸惑うことがないように、できる範囲で子どものサポートをしましょう(tayukaishi/stock.adobe.com)

みなさん「小1プロブレム」をご存知ですか? 小1プロブレムとは、集団行動がうまくできない、授業中椅子に座っていることができない、小学校に馴染むことができないなど、こうした状態が数カ月続くことをいいます。そのためしっかり授業を受けることができなかったり、友達とうまく関係を築くことができないといったことにつながることがあります。

たとえば、椅子に真っ直ぐ座れないというのは、さまざまな原因があります 小1プロブレムの原因は一つではなくさまざまな原因があります。例えば、家庭でしつけができていない、自分自身をコントロールする力が身に付いていない、集団行動が苦手などが挙げられます。ただ、中には発達障害の児童もいるのでそこは見極めが必要です。

幼稚園や保育園など、遊ぶことが中心の生活だったのが、小学校へ入学すると椅子に長時間座り授業を受けることになります。また、担任の先生に対して子どもの数が大きく変わり、サポートやケアが行き渡らない場合もあります。 このように子どもにとっては環境が大きく変わるときなのです。環境が変われば、落ち着きがなくなったり、精神的に不安定になったりと子どもながらに順応しなければと思う反面、それが辛くなったりどうしたらいいのかわからなくなったりしてしまいます。

では、こんなとき保護者にできることはあるのでしょうか? 家庭でできる就学準備 就学となると勉強にばかり目がいきがちですが、勉強の他にもマナーやルールなど子どもに教えておくべきことや一緒に準備できることがたくさんあります。

▽(1)自分のことは自分で!自立心を芽生えさせる 当たり前のように思えますが、幼児の期間だとつい親が手を出してしまいがちです。しかし、それでは子どもに自立心が芽生えません。登園の支度、着替えをお風呂に入る前に準備をさせるなど子どもが始めやすいところから取り組んでみましょう。 少しずつ発展させていくことで、自立心が芽生え、やがて子どもが自分で考え行動することにつながってきます。

▽(2)生活の中に“時間”を取り入れる 基本的に幼児期は時間を意識して行動することはありません。自分の納得いくまで物事に取り組んだり、飽きるまで遊ぶなど、大人のように時間を意識して生活をしていません。そのため、小学校で突然チャイムに合わせて行動するというのは子どもにとって大きなストレスになりかねません。

まずは家庭で生活の中に“時間”を取り入れてみましょう。 起床時間、就寝時間、食事の時間、入浴の時間など毎日繰り返して行うことに関しては決まった時間に行うのがおすすめです。習慣化されることで、子どもの体も慣れていき、時間に縛られている、窮屈だと感じることも少なくなります。習慣化されるようになれば、時計を見て、何時になったら何をする時間といったように、自発的に行動できるようになれば、学校生活でも心配がなくなります。

また、授業時間の45分間を座っていられるように、併せて練習をしてみましょう。いきなり、机に座って45分間勉強をするのは難しいので、45分間遊ぶ→休憩する→45分間遊ぶのように、まずは習慣を作っていきます。これを次第に机上でできる遊びや知育遊びに変えていくなどして、45分間座っていられる状態をつくりましょう。

▽(3)家庭内で役割を与える 食事を作る人、掃除をする人など家庭内ではそれぞれ役割があります。その役割を子どもにも与えてみましょう。まずはお手伝いなど簡単なものから段階的に行うのがいいでしょう。 お手伝いをする場合は、具体的な指示から複数の指示、抽象的な指示と段階を上げていくことで、自ら考えて、判断することができるようになります。 また、家庭内で役割を与えることで自分は必要とされているんだと感じ、自己肯定感の高まりや、社会性が身に付いていきます。

子どもの様子をよく見ておこう! 子どもが就学したときに戸惑うことがないように、できる範囲で子どものサポートをしましょう。もちろん勉強をすることも大切ですが、それ以上に学校という日常生活を送れるようにすることが先決です。また、就学後も子どもの様子をよく観察して、今日の出来事や友達のこと、授業のことなど家庭での会話を積極的にしていきましょう。 (まいどなニュース特約・長岡 杏果) まいどなニュース 〔2021年3/25(木) まいどなニュース〕 

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「睡眠の断片化(fragmentation)」 親の「夜ふかし」が子供の健康に与える大問題
赤ちゃんの夜泣きの原因は??
多くの家庭では、赤ちゃんが夜中に頻繁に目を覚ますことに悩まされています。
いったいなぜ夜中に起きてしまうのでしょうか。
小児神経科医の三池輝久氏が上梓した『赤ちゃんと体内時計』を一部抜粋・再構成してお届けします。
夜中に頻繁に目を覚まし、睡眠が細切れになる「睡眠の断片化(fragmentation)」は、私の臨床経験ではかなり心配な状態です。
新生児期と同様に、眠りの深さが浅いレム睡眠のときに眠りの状態にとどまることができないために起こります。
そしてその多くは夜泣き対応の不適切さと、先天的な素質が原因です。
睡眠の断片化は、母親の気分や感情をかなり損ねます。
母子関係によい影響を与えず、心ならずも発作的な怒りから子どもに暴力的な行動を起こす危険性も指摘されているので、母子関係悪化の観点からも注視が必要です(Teti DM, 2016)。
非常に不思議で、またとても残念なことに、小児期の睡眠の断片化に関する信頼に足る論文はほとんど見当たりません。
■1歳を過ぎて夜間に3回以上起きる場合は要注意
私の追跡調査の結果では、睡眠の断片化はかなり大きな問題で楽観視できないものです。
眠りの質を著しく低下させ、結果的に睡眠欠乏と同じ状態を作ります。
それにより脳の働きのバランスを崩す可能性があるので早期の改善が必要です(Bonnet MH, 2003)。
特に1歳を過ぎても夜間に3回以上覚醒するようなときは、治療も視野に解決を図りましょう。
投薬治療のデメリットよりも睡眠欠乏が脳に与える影響を重くみるべきです。
わが国では、夜一度眠りにつくと朝まで目覚めずに眠れるようになるのは、早い子どもでは4~5カ月から、一般には1歳です。
ただその後も1、2回程度の短い時間(数分)の中途覚醒は定型発達の範囲に入りますが、新生児でも、少なくとも2~4時間程度は持続して眠ることができるので、30分ごと、あるいは1、2時間ごとに目を覚ます中途覚醒は問題と認識する必要があります。
「睡眠持続障害」は、睡眠障害の1つです(Yavuz-Kodat E, 2020)。
睡眠の断片化と異なり、一度目が覚めると1時間以上も眠らない状態です。
中には睡眠時間が十分でないのに、一度目が覚めると朝まで起きつづける赤ちゃんもいます。
睡眠が長時間分断されると、睡眠時間が不足します。生活のリズムも安定しません。
このタイプでは昼間の機嫌や発達の進捗に留意してください。
特に日中の様子はどうでしょうか。
不機嫌だったり泣いたりすることが多く、発達指数が境界領域かやや低い場合は、脳機能の発達が抑制されている恐れがあります。
その時点で発達に目立った問題がなくても、安心せず新生児のときの様子や詳しい発達の状況を把握しておく必要があります。
なぜなら体内時計にずれや混乱が生じてあらわれた睡眠障害は、すぐに心身の症状がでなくてもあとになって少しずつ問題が起きることが多いからです。
繰り返しますが、睡眠持続障害は発達障害の子どもがもつ睡眠障害の特徴の1つです(Krakowiak P, 2008)。
専門医の治療を必要とします。
■ADHDと睡眠の関係
「寝つき不眠」「入眠不眠(Sleep onset insomnia)」という言葉の使用は、小児科領域では2000年代から始まりました(Smits MG, 2001)。
医学的には乳幼児を含む子どもたちを対象に「入眠困難」「入眠障害」または「睡眠相後退症候群」という表現が用いられています。
「不眠」とは必要に応じて入眠や睡眠の持続が困難な状態です。
この入眠困難は、なかなか入眠できませんが、一度入眠すると睡眠は持続します。
治療に際してメラトニンを用いると症状が改善するので(Smits MG, 2001 およびvan Geijlswijk IM, 2011)、背景にはやはり生活リズムのずれに伴う体内時計のずれがあると考えます(Bijlenga D, 2019)。
一番の心配は、この状態が将来のADHDなどと関連する可能性が高く、ADHDを含むASD児に共通して認められることです。
ここで少しADHDについて補足します。
乳幼児期の睡眠の問題とADHDの関連を述べた論文数は、この3年間でゆうに450以上に及びます。
それほどまでにADHDの睡眠に関心が集まってきています。
各報告を整理すると、ADHDに共通する睡眠は、①入眠時間のずれ(入眠困難・寝つき不眠)、②頻回の中途覚醒、または長時間の覚醒、③1日8時間以下の短い睡眠、④よく泣く子(持続的な泣き)です。
報告では、①から③の睡眠障害のある乳幼児の20~25%がのちにADHDと診断されています
(Thumstöme M, 2002 および Wolke D, 2002)。
このように、ADHDの子どもには高頻度で概日リズムに異常があり、関連性が強く指摘されています(Coogan AN, 2016, 2017)。またこれらの睡眠問題に加えて、睡眠中の多動を指摘する報告があります(Cortese S, 2006)。
入眠困難が要注意な睡眠障害であることがおわかりいただけたかと思います。
その原因ですが、1995年ごろ、私は乳児の寝つき不眠の一部が保護者の生活リズムと連動していることに気がつきました。
きっかけとなったのは宮崎県北西部のある町での乳児健診です。
健診に際して、すべての乳児と保護者にボランティアで2週間の睡眠記録表を書いていただいたときのことです。
寝つく時間が遅い乳児では母親の入眠時間も遅く、乳児と母親の生活リズムがピタリと見事に一致していたのです。
さらにこの現象は、家族の生活リズムの立て直しによってきれいに改善することもわかりました。
■午前2時過ぎに寝る生後5カ月の子
それから5年ほど経たったとき、私は生後5カ月の女の子が毎晩午前2時過ぎに眠っている睡眠記録表をみてやはりびっくりした記憶があります。
夜遅くまで働く父親の帰りを母親は赤ちゃんと一緒に待っていました。
その時点で臨床的な問題はありませんでしたが、赤ちゃんの将来を心配した私は家族全員で生活リズムを見直すように説明して協力を求めました。
この家族では父親が転職をし、夜9時までに家族全員で眠る努力をされました。
その結果、1歳半の時点で見事に夜9時から朝7時まで眠る生活リズムを取り戻すことができました。
2012年から2014年にかけて実施した「アートチャイルドケア調査(現在も持続中)」では、夜11時以降、夜0時以降に眠る習慣のある乳児が少なからず存在し、赤ちゃんの寝つき不眠が決して珍しい現象ではないことが判明しています。
2017年に実施された、京都府木津川市における1~6歳の乳幼児の調査でも、午後10時以降に入眠する習慣のある子どもは約30%に及ぶことがわかりました。
興味深いのは、保護者は子どもの10時以降の入眠に対する問題意識がほとんどなかったことです(小西行郎、2019年)。
乳幼児期の寝つき不眠は、体内時計と生活リズムの不調和によって起こる睡眠障害です。
寝ようとする時間に体内時計の準備が整っておらず、眠ることができないのです。
時間が経つと眠れるし、睡眠も持続するので不眠とはいえない、という解釈です。
ですが後に発達上の問題を招く原因となり、将来的にも情緒的な問題や病気に対する抵抗力を弱める免疫機能の問題を招きやすくします。
睡眠はただ眠りさえすればよいというものではなく、適切な時間帯でなければならないというルールがあるのです。
最近、私が診察した5歳の女の子の話をしましょう。
彼女は日常的に午前3~4時にならないと眠れないという状況に陥っていました。
9時とか10時に寝かしつけようとしても眠れないのです。
そして彼女もまた、マイペースな生活を送っていて、この時点で体調不良を抱えているわけではありませんでした。
しかし、朝、10~11時に起こされて、ほぼ眠った状態で保護者の車で登園し、そのまま眠ったあと、午後1~2時に目が覚めるとみんなと遊ぶ生活でした。
学校社会生活の最初でつまずくのを座視するわけにはいきません。
直ちに治療を開始しました。
治療の結果、女の子は、朝7時までに10時間ほど眠る生活を取り戻して、2020年に小学1年生となり、コロナ騒ぎのあと、6月から毎日元気に朝から登校しています。
■最大の問題は起床時間が遅くなること
寝つき不眠の最大の問題は起床時間が遅くなることです。
遅寝・遅起きの生活習慣です。
1日の生活リズムが遅いほうへずれると、体内時計もずれます。
実は、乳幼児の生活の時間帯が後ろにずれても、遅れて登園するといった問題はありますが、マイペースに自由な生活ができるなら目立った問題は起こらず、体調もほぼ変わりません。
生活リズムと体内時計が「一緒にずれるという同調」を起こすからです。
問題は、就学を機に、学校社会生活というかなり厳格に設計された生活リズムに、そのずれた個人の生体リズムを無理やり合わせなければならないことです。
身体の中では異変がじわじわと蓄積して、結果的に大変な苦労を強いられます。
合致させる作業の途中で無理が生じて、生体リズムの何もかもがバラバラになることもあります(図参照)。
散漫な注意力、低下するエネルギー産生、極度の疲れやすさなどの症状が起こり、登園、登校どころか1日を過ごすだけで精一杯です(Van der Heijden KB, 2005)。
少し長くなりますが、もう少しだけ解説をつづけさせてください。
入眠が困難になると覚醒も困難になると書きました。
これを専門的な用語で睡眠相後退症候群と呼びます。
入眠困難と覚醒困難が慢性的につづく睡眠障害です。
この睡眠障害では夕方になると頭がすっきりとして調子が上がり、明け方近くに入眠することになります。
一方で、学校や社会の活動開始時間である朝7時ごろには眠りが深くてまったく起きられません。
学校社会に適した時間帯に眠り、起きる。このことが困難な状態です。
■家族で早寝早起きの生活を
睡眠相後退症候群になると、生活リズムが周囲と合わないだけでなく、生命維持装置としての脳の視床下部機能に総合的な問題を抱えます。
休養と活動の振幅(メリハリ)が低下する、いわば生命力の低下ともとれる現象があらわれてきます。
それが睡眠相後退症候群の小学生から高校生までの健康状態を調べたときに主訴としてみえてきた、朝の吐き気、気分の悪さ、頭痛・腹痛、めまいなどの自律神経失調症の症状です。
実は、この自律神経症状はより深刻な症状の発症を知らせる警報です。
放置しておくと、目にみえない体温調節、ホルモン分泌、エネルギー産生、免疫機能、協調運動、脳機能バランス維持などの不調和と機能低下を起こし、全身のだるさや無気力などたとえようのない不調としてあらわれます。
この睡眠相後退症候群こそが「不登校」の原因背景として世界で注目されているのです
(Tomoda A, 1994 およびSivertsen B, 2013 およびHochadel J, 2014 およびHysing M, 2015)。
このような体内時計と学校社会生活リズムの不一致を、乳児期という人生のスタート地点で起こさせてはいけません。
寝つきが悪いと感じたら、すぐに家族全員で早寝早起きの生活を実践しましょう。
素質もありますが、寝つき不眠は家族の生活(環境的要因)が影響する可能性大の睡眠障害です。
三池 輝久 :小児科医、小児神経科医
〔2021年3/25(木) 東洋経済オンライン〕 
赤ちゃんの夜泣き

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映画「旅立つ息子へ」 「旅立つ息子へ」監督語る 自閉症スペクトラムの難役に挑んだ無名新人は「第2のレオ様」に
日刊ゲンダイDIGITAL 映画「旅立つ息子へ」(ロングライド配給)/(C)2020 Spiro Films LTD.
今月26日公開の映画「旅立つ息子へ」(ロングライド配給)は、出会いと別れの春にふさわしいヒューマンドラマ。自閉症スペクトラムの息子・ウリと、その世話をするために現役バリバリのグラフィックデザイナーというキャリアを捨てた父・アハロンの2人が主人公である。しかし、発達障害の実態を描いたドキュメンタリーでもなければ、当事者たちの苦闘にスポットを当てた社会派作品でもない。あくまで父と息子の日常が紡ぐ物語だ。脚本を手掛けたダナ・イディシスも「必ず訪れる親子の別れについての映画」と語っている。
アカデミー作品賞の大本命 映画「ミナリ」に立ちはだかるハリウッドの壁とNetflix
メガホンをとったニル・ベルグマン監督は東京国際映画祭史上初にして唯一、グランプリを2度受賞(02、10年)した実力派。いずれも家族との関わりや心の機微を丁寧に切り取り、見る者の感情を揺さぶる“泣かせの監督”だ。
作品の要ともいえるキャスティングには、独特の感覚を持っている。障害を抱える難役に無名の新人、ノアム・インベル(22)を起用。1次オーディションの時から光った存在だったそうで、ベルグマン監督は「父親役との相性も抜群だった」と振り返る。
「カメラ越しの2人が醸し出す雰囲気で決まりました。レンズに映し出された途端、相性がいいとマジックが起こるんです。それは説明のしようがなく、予想も不可能。マジックが起きたら、たとえ監督であろうとも否定してはいけないものなんだ」

レオナルド・ディカプリオの再来 リモート取材でノアム・インベルの近影を気さくに披露するニル・ベルグマン監督(提供写真) 本国イスラエルのアカデミー賞では主演男優賞、助演男優賞含め4冠を達成した。 ノアムには「ギルバート・グレイプ」(1993年)で知的障害を持つ少年役を演じ、脚光を浴びたレオナルド・ディカプリオの再来との呼び声も高いという。若き日のディカプリオは「タイタニック」をメガヒットに導き、ハリウッドスターの仲間入りを果たしている。監督が発掘したシンデレラボーイも、スター街道を駆け上がるのだろうか。

「もちろん! 魅力ある役者だから、今後もキャリアを着実に積んでいって欲しいよ。けどね、ノアムはまだ英語がつたないんだよ(苦笑い)。レオのようになるには、まずは英語がペラペラにならなくちゃいけないよね」 役者を続けながら本国イスラエルでの兵役を終えたばかりという伸び盛りの22歳。ハリウッドに旅立つ日はそう遠くはないかもしれない。 (取材・文=小川泰加/日刊ゲンダイ) 〔2021年3/26(金) 日刊ゲンダイDIGITAL〕 

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幸福とは何か 幸せな一生を送れる人は「健康→つながり→お金」の順番を守っている 古代ギリシャの時代から論じられてきた、「幸福とは何か」という問い。精神科医の樺沢紫苑氏は「私たちが普段感じる『幸福』は、セロトニン的幸福、オキシトシン的幸福、ドーパミン的幸福に分類できる。そしてこれら3つの幸福には『優先順位』がある」という――。

※本稿は、樺沢紫苑『精神科医が見つけた 3つの幸福 最新科学から最高の人生をつくる方法』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。

■「幸せ」を感じるとき、脳の中では何が起きているのか 「幸福になる方法」をお伝えするには、まず「幸福とは何か? 」について考え、定義する必要があります。これが非常にやっかいで、古来、アリストテレスやソクラテスのギリシャ時代から、2000年以上にわたって論じられた重要な問題です。 「幸福とは何か? 」について論じるだけで1冊の本になってしまうかもしれません。しかし、私は哲学者でも、社会学者でもなく、精神科医です。そして、脳科学研究も10年以上やっていました。ですから、私が論じるのはありきたりの「幸福論」ではなく、精神医学、脳科学に基づいた「実用のための幸福」となります。 正直、私は難しく考えるのが苦手です。だから、シンプルに考える。幸福というものを、もっとシンプルに考えられないのか? 

ある日、思いました。私たちが「幸せ」と感じるときに、脳の中ではどのような反応が起きているのだろう?  そして、具体的にどのような「脳内物質」が分泌されているのだろう?  調べてみると、私たちが「幸せ」を感じるときには、ドーパミン、セロトニン、オキシトシン、エンドルフィン、アドレナリン、ノルアドレナリン、GABAなど、なんと100種類以上の幸福物質が出ているのです。 ドーパミンは、お金や成功、達成の幸せ。セロトニンは、やすらぎ、気分の安定の幸せ。オキシトシンは愛、つながりの幸せ。エンドルフィンは、ランナーズハイに代表される限界状況に陥ったときに出る多幸感の物質。アドレナリン、ノルアドレナリンは、興奮、不安、恐怖。例えばジェットコースターに乗ったとき、あるいは、テレビで格闘技の試合を観たときのエキサイティング、スリリングな快感と関係しています。

■「3大幸福物質」の出る条件がわかれば幸せになれる 脳内物質の本を片っ端から読んでいくと、私たちの日常的な幸福感を構成する主たる幸福物質として、「ドーパミン」「セロトニン」「オキシトシン」の3つが特に注目されています。 「ドーパミン」「セロトニン」「オキシトシン」は、多くのウェブサイトで「幸福物質」「幸福ホルモン」と紹介されており、世界的に見ても3大幸福物質といってもよさそうです。 ドーパミンが出ていると、心臓がドキドキするような高揚をともなう幸福感が出ます。セロトニンが出ていると、爽やか、安らかな、おだやかな幸福感が出ます。オキシトシンが出ていると、人やペットなどとの「つながり」「愛情」、あるいは赤ちゃんを抱っこしているときの、愛に包まれた幸福感が出ます。 さあここで、有史以来、多くの人が頭を悩ませてきた「幸福とは何か」の問いに、本書ではたった10秒で答えを出してしまいましょう。 ドーパミン、セロトニン、オキシトシンが十分に分泌されている状態で、私たちは「幸福」を感じる。つまり、脳内で幸福物質が出た状態が幸せであり、幸福物質を出す条件というのが「幸せになる方法」であると言えます。ドーパミン、セロトニン、オキシトシンが、それぞれどういった条件、状態、行動、アクションで分泌されるのかがわかれば、私たちは「幸福」になることができるのです。

■「健康」「つながりと愛」「お金、成功」 私たちは、セロトニン、オキシトシン、ドーパミンという、「3つの幸福物質」が存在することを知りました。これは、幸福について考える「強力な武器」となります。 赤、緑、青は、光の三原色。この3つの色で、光が構成されています。同様に、幸福というものについて、セロトニン、オキシトシン、ドーパミンという3つの幸福物質をベースに考えることはできないでしょうか?  つまり、私たちが普段感じる「幸福」は、セロトニン的幸福、オキシトシン的幸福、ドーパミン的幸福に分類できるだろうということです。 セロトニン的幸福とは、一言で言うと、健康の幸福。心と体の健康です。オキシトシン的幸福とは、つながりと愛の幸福。友情、人間関係、コミュニティへの所属などの幸福です。ドーパミン的幸福とは、お金、成功、達成、富、名誉、地位などの幸福です。 では、これをどのような順番で、あるいはどのように組み合わせていけば幸せになれるのか?  以下、考察を進めていきます。

■追求する順番を間違えると不幸になる 「健康」「つながり」「お金、成功」。その全てが手に入ればいいなあ、とあなたも思ったはずです。しかし、「3つの幸福」の全てを手に入れている人は非常に少ない。なぜでしょう?  それは、「3つの幸福」を得るためには、「優先順位」があるから。そして、ほとんどの人がその優先順位を間違えているから、幸せになれないのです。

ズバリ結論から言いましょう。セロトニン的幸福→オキシトシン的幸福→ドーパミン的幸福の順番。これが正解です。ドーパミン的幸福は一番最後です。この順番を間違えると、幸福になるどころか、むしろおもいっきり不幸になる可能性もありますし、私はそうなった人を山ほど見ています。 何千人ものメンタル疾患の患者さんを観察して思います。メンタル疾患の患者さんは、非常に真面目で、勤勉です。風邪をひいたくらいでは、有給休暇をとらずに、無理してでも出社するタイプ。残業が続いても不満も言わず、とにかく必死に頑張る。メンタルが不調になっても頑張る。うつ的な症状が出ているのに、それでも頑張る。精神科を受診して「中等症以上のうつ病と診断されるので、2週間自宅療養してください」と言われても、「自分がいなければ、今のプロジェクトは進まない。仕事は休めません」と言います。

よく言えば「真面目」「勤勉」「頑張り屋」「仕事熱心」、悪く言えば「不器用」「融通が利かない」「柔軟性がない」ということ。自分の健康を犠牲にしても、仕事を頑張ろうとするのです。

■「成功」を「健康」より重視すると… 自分の健康を害して、なぜそこまで頑張るのだろう?  もっと健康を大切にし、睡眠や運動の時間をしっかりとって、盤石(ばんじゃく)な「健康」を築いてこそ、最高のパフォーマンスを発揮できるのに。そして仕事でも認められ、職場でも信頼される人になれるのに。 そこで私は気付きました。セロトニン的幸福をないがしろにして、ドーパミン的幸福を目指すと、メンタル疾患や身体疾患に陥るのだと。幸福になるどころか「不幸」になってしまうのだと。 「健康」に留意し、セロトニン的幸福を達成しながら、緩急をつけながら頑張る。そうすれば簡単には病気にはなりません。単に病気にならないというだけではなく、脳や身体のパフォーマンスが今まで以上にアップできれば、圧倒的に大きな結果――仕事の成功やお金、地位、社会的信頼、名声などドーパミン的幸福を得られるのです。

セロトニン的幸福が先。ドーパミン的幸福は後。「健康」(セロトニン的幸福)を優先して頑張る人が、最後に本当の成功、豊かさを手に入れることができるのです。

■「成功」しても「つながり」を失っては… 今度は、毎日残業続きの仕事人間について考えてみましょう。夫婦、家族で一緒に食事する時間もなかなかとれない。さらに、家族(妻子)に対するケアがほとんどないとしたならば、妻から離婚されたり、子供が不登校やひきこもりになったり、非行に走ったりすることもあるでしょう。 「家族のつながり」を軽視して、仕事で頑張りすぎると、ろくなことにはなりません。どれだけ仕事で成功しても、妻に離婚され、子供からも毛嫌いされてしまっては、「幸せ」とは言えません。 つまり、「つながり」と「成功」では、「つながり」が先で「成功」は後。「つながり」「人間関係」を無視して、成功を目指して我武者羅に努力しても、その先には「幸せ」は待っていない。オキシトシン的幸福が先で、ドーパミン的幸福は後なのです。

■心身の「健康」こそが全ての基盤 優先すべき順番がだんだんとはっきりしてきました。では次に、「つながり」と「健康」ではどうでしょう?  あなたは仕事も順調で、「家族と一緒に最高に幸せな生活」をしていたとしても、ある日突然、「がん」を宣告されたとしたらどうでしょう。それでも、「最高に幸せ」と言えますか?  言えませんね。自分の健康があってこその、「つながり」です。 あるいは、あなたのお子さんに「難病」が見つかったとしたら?  毎日、そのことで頭が一杯になります。幸せな毎日が、「不安」と「心配」に包まれた毎日に一変するのです。「健康が大切」という場合、「自分の健康」も大切ですが、「家族の健康」もなければ幸せにはなれません。

メンタル疾患の患者さんに、「家に閉じこもってばかりいないで、たまには友達とお茶にでも行ったらどうですか? 」と言うと、「こんなに調子が悪いのに、人と会えるはずがないです! 」と厳しい口調で反論されます。メンタル疾患になると、「友達と会って30分話す」という、当たり前のコミュニケーションすら困難になります。あるいは、メンタル疾患になると、「沈没間際の船からネズミがいなくなる」かのように、以前からの友人がサーッといなくなるのです。 セロトニン的幸福を失うと、連鎖的にオキシトシン的幸福も失います。夫婦、パートナー、親子の愛情。友人、仲間とのつながり。全て、あなたの「健康」があってこそ成立します。つまり、「健康」が先で、「つながり」が後。セロトニンが先で、オキシトシンが後なのです。

■全ての幸せを手に入れるための「幸せの三段重理論」 これで幸福な人生にアプローチするための手順が明らかになりました。セロトニンが先、ドーパミンが後。セロトニンが先、オキシトシンが後。オキシトシンが先、ドーパミンが後。 これを図にまとめると、図表1のようになります。「セロトニン→オキシトシン→ドーパミン」の順番に積み上げていかなくてはいけない、ということです。 セロトニン的幸福とオキシトシン的幸福は、建築における「基礎」「土台」と考えるとわかりやすいでしょう。「基礎」がしっかりしていないと、高い建物は建ちません。高層ビルを建てる場合は、数十メートルの鉄骨を埋め込むと言います。

基礎がしっかりとしていれば、高い建物が建つ。セロトニン・オキシトシン的幸福の「幸福の基礎」がしっかりと固まっていれば、その上にドーパミン的幸福は、高層ビルのようにいくらでも積み上げていくことができます。 セロトニン的幸福とオキシトシン的幸福を盤石にして、ドーパミン的幸福を積み上げていく。結果として、セロトニン的幸福、オキシトシン的幸福、ドーパミン的幸福の3つの幸福、全てを手に入れることができる。 これが、「幸せの三段重理論」です。

樺沢 紫苑(かばさわ・しおん) 精神科医 作家。米・イリノイ大学への留学を経て樺沢心理学研究所を設立。YouTubeやメルマガで精神医学の情報を発信。著書に『学びを結果に変えるアウトプット大全』『精神科医が教える ストレスフリー超大全』ほか。

精神科医 樺沢 紫苑 〔2021年4/7(水) プレジデントオンライン〕 


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「日本の学校教育」が抱える問題点 定期テスト、能力別クラス…「日本の学校教育」が抱える問題点 フィンランドやオランダ、デンマークなどは、学校教育で子どもたちにテストをして順位などはつけない制度を取り入れています。能力別の学級編成なども行いません。能力別にクラスを分けることは、差別をつくり、何の効果もないと考えているのです。今回は株式会社コペル・代表取締役の大坪信之氏が、日本の学校教育が抱える問題点を解説します。

世界トップレベル「フィンランドの学校教育」の実態 フィンランドは学校教育のなかで、子どもたちに競争させることをやめたら、世界トップクラスの学力国になってしまいました。フィンランドは人口550万の小国です。かつては、優れた人的資源もなく、会話も人とコミュニケートするのがとても苦手な国民でした。それが今はコミュニケーション力を重視する、世界学力テストで上位にランクインする国なのです。

かつてのフィンランドは農業国でしたが、今は工業国に変わり、しかも世界のIT産業の先端に位置しています。高い生活水準を保ち、活力ある経済活動を行っています。 その源になっているのが、競争を廃止したフィンランドの学校教育なのです。フィンランドでは、子どもが自ら学ぶことを教育の基本に据えており、競争などで学習を強制することを廃止し、グループ学習、生徒同士の教え合いを大切にしています。子どもたちがマイペースで学べるように工夫しているのです。フィンランドの学校では、いじめや不登校などの問題もないそうです。

「自主学習する子どもを育てること」が重要なはずが… 今、教育で大切なのは、自分で学習する子どもを育てること、自立学習者を育てることです。日本の文部科学省も、そのことを日本の教育の根幹と考えています。 けれども、今の日本の学校制度ではこの目標を達成することは至難の業です。とても不可能なことでしょう。日本の教育では、子どもに合った教育が提供されていないのです。

フィンランド、オランダやデンマークなどでは入試の必要がなく、自由に学校が選べ、学校が子どもに合わなければ、ホームスタディの制度もあります。学校に行くことが強制ではないので束縛がありません。そのため、子どもたちは追いつめられることなく、かえって学校に行かない子どもなど存在しないのです。

日本人は「学力中心の教育観」に縛られている では、日本の学校教育の問題は何でしょう。 国民の多くが、学力中心の教育観に縛られていることこそが大きな問題です。教育に競争はいらないのです。世界を見ると、競争を廃止して、優れた学校教育の成果を上げている国々がたくさんあります。

時代が大きく変わってきているのです。世界の教育は、1995年を境に、知識を詰め込む教育を廃止して、自ら学ぶ子どもたちを育てる教育を目指すという方向に大きく変わってきています。子どもたちに「学び方の学び方」を教えましょう。 子育てで大切なのは「わがまま」に育てないこと 教育で一番大切なのは、自己中心性を取ること――つまり、わがままに育てないということです。徳育の基礎は耐える力、意志力、感謝する心を育てることです。早寝早起きをすることで、耐える力、意志力が育ちます。

子どもたちは善悪の区別と自制を教えないと、本来わがままなものです。そのわがままを抑え、自制する力は意志力です。この意志力は耐える力を育てることによって伸ばされます。 親は子どもの願うままに、子どもを育ててはなりません。それは姑息の愛(一時しのぎの愛)といいます。姑息の愛は、当座は慈愛に似ているけれど、そのうち子どもが気ままに育つようになります。

子育てで大切なのは、人間として生きる道を教え、徳に生きることを教えることです。 日本の古典的な教科書はすべて、子どもに忍耐を教えることの大切さを説いています。 教育の一番の目的は、子どもの自己中心性を取ること、相手のことを思いやる心を育てることにあるのです。 忍耐を覚えると、耐える意志力が育ちます。これに感謝する心を加えれば、子どもに教える徳育の基本が満たされます。感謝を教えるには、いつも親がすべてのことに「ありがとうございます」といって感謝する姿を見せましょう。子どもはそれによって自然に感謝することを学びます。 〔2021年4/8(木) 幻冬舎ゴールドオンライン〕 



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思春期の子どもたちのこころ 制服は着るのに登校できない…原因を知りたがる大人、話さない子ども 武井明「思春期外来の窓から」 私たち大人は、思春期の子どもたちのこころに何か不調が生じると、すぐにその原因を探ろうとします。しかし、当初は、子ども自身にも、原因がよくわからないことが少なくありません。それなのに、大人は早く原因を見つけようと必死になり、子どもに根掘り葉掘り聞いてしまうのです。

朝になると腹痛が表れ 翔太君(仮名)の家は、家族で食堂を経営しています。小中学校を通しておとなしい子でした。 高校入学後の翔太君は、夏休み明けから、朝になると腹痛を訴えて学校を休み出すようになりました。内科で診察を受けましたが、消化器の異常はありませんでした。そのため、高校1年の10月、お母さんと一緒に思春期外来を受診しました。 初診時の翔太君は、ほとんど話をしてくれませんでした。お母さんによると、毎朝、制服を着ることはできますが、その後に腹痛が出現してトイレに長時間こもってしまい、出かけられなくなるということでした。

原因探しに熱心なお母さん お母さんは、 「翔太の不登校の原因は、何なのでしょうか。学校で何か嫌なことがあったのかと、何度も聞きましたが、答えてくれません。私は毎朝、欠席の電話を学校にかけることが恥ずかしくてしかたありません。それで、朝は何とか登校させようとして励ましているのですが……」 と訴えました。 主治医は、お母さんに対して、翔太君に登校刺激を与えず、今は見守ることが大切であると伝えました。そして、不登校の原因探しにお母さんが熱心になることで、翔太君を追い詰めてしまうことも説明しました。 「一度言われたらわかるのに」 通院を始めて2か月後がたちましたが、翔太君は登校することができません。しかし、診察室の翔太君は、 「お母さんはすごくうるさい。毎朝、どうして登校できないのかと、同じことを何度も言ってくる。一度言われたらわかるのに」

と、お母さんに対する不満を口にするようになりました。 通院3か月。翔太君の不登校は依然として続いています。高校からは、出席日数や単位が足りないため、進級は難しいという連絡がきました。 お客さんに「若大将」と言われて 通院を始めて5か月後の頃、翔太君は、家業の食堂の仕事を手伝うようになりました。

診察時の翔太君は、 「今は学校よりも、食堂の手伝いのほうがおもしろい。常連のお客さんから『若大将』と言われるのがうれしい。一生懸命働くと、周りから頼りにされることもわかりました」 と話しています。この時に、学校を休学することを決めました。 不登校になった本当の理由は… 通院を始めて1年がたちました。翔太君は、通信制高校に転学しました。その頃の診察で翔太君は、学校を休んだ理由を初めて語ってくれました。

「もう昔のことだけど、中学校の数学の授業で当てられて、答えられず、立たされたままでいたことがありました。みんなの前で恥をかいて、とても屈辱的でした。そのことを、高校生になった今でも思い出し、教室に入ると緊張していたんです。それで高校を休むようになったんです」 その後、翔太君は通信制高校を卒業し、医療系の専門学校に進学しました。 原因を見つけて安心したい大人 子どもたちに精神症状が見られた時、大人は、その原因探しに熱心になり、子どもたちを質問攻めにしてしまいます。しかし、多くの場合、子どもたちは何も答えてはくれません。

これは、原因がないからではありません。子どもたちの方も、最初は本当にわからないのだと思います。しかし、治療を重ねるにつれて、翔太君が不登校の理由を語ってくれたように、多くの子どもが、自然に口にしてくれるようになります。 大人は、こころの問題を因果関係で考えて、とにかく原因を求めようとして焦ってしまいます。大人自身が不安で、「答えを見つけることで、早く安心したい」という気持ちの表れだと思います。 子どもたちは、ある時期がくると自分のほうから動き出します。まわりの大人は、それを信じて、子どもたちに寄り添い、見守りたいものです。 武井 明(たけい・あきら) 武井明

1960年、北海道倶知安町生まれ。旭川医科大学大学院修了。精神科医。市立旭川病院精神神経科診療部長。思春期外来を長年にわたって担当。2009年、日本箱庭療法学会河合隼雄賞受賞。著書に「子どもたちのビミョーな本音」「ビミョーな子どもたち 精神科思春期外来」(いずれも日本評論社)など。 〔2021年4/9(金) 読売新聞(ヨミドクター)〕 









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