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実態にあう制度改革のポイント

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目次

高卒(同等)は社会的生存の要件

定時制・通信制高校と大検の活用
〔進路就職研究会・編『定時制・通信制高校と大検の活用』桐書房、1996年に発表〕 
*Wikiシステムへの移行は未完成、特に表組み。(⇒[1]

高校進学率が96.8%に達しています。一方中卒者は1.4%にまで下がりました(1996年度)。
もはや高校は事実上、義務教育と化したといってもいいのではないでしょうか。
そういう時代に、あらためて高卒の意味を問うのですが、なぜ意味と問うのかわからない人がいるかもしれません。
進学校といわれる高校においては、卒業生がどの有名大学に入学できるかが問題なのであって、
高卒なんていうのは何の意味もないと考えられるかもしれません。
そのような進学校は、生徒にとっては大学に進むための通路のようになっていて、生徒にとっても高卒の意味が感じられないのでしょう。
急行電車の停車しない通過駅のようなものです。
「相当程度に自己完結型」の高校教育はそこにはないのです。
大学教育を頂上とする教育体系の裾野部分が形づくられているような状態のように見えます。
進学校における高校教育のこの状況は、実に貧相なものであって、その貧相に気がつかない教育者(教師)は悲惨でさえあります。
教育者というよりも無機質なマシーンの役割を担っているのかもしれません。

他方、同じ高校といっても教育困難校や底辺校といわれる一群の高校があります(この呼び方には異論もありますが……)。
その学校を特色づけるものは生徒の生徒の中途退学率の高さです。
1割とか2割という莫大な割合の生徒が次々に退学していきます。
不本意入学、進路変更、学力不足……など退学理由はいくつかに分類されていますが、それは学校・教師側の便宜にすぎません。
生徒にとっては行く価値のない学校がそこにあるだけです。
なかには「自主退学」を迫られるという例もあるようです。
生徒にとって行く価値のない学校であることに教師自身ががまんできなくて、大奮闘して教育づくりに力を入れている高校もあります。
そういう高校には、本物の教育活動のいぶきが見られます。
私が教育者らしい人として尊敬できる教師は、たいがいはこういう学校にいます。
そういう場面では、人間として対応することが強く求められるのだろうと思います。
多数の高校は、先の進学校とこの底辺校の中間にあります。
その様相は、進学校と底辺校のさまざまな部分の特色ある中間的な状況を示していて一様ではありません。

中退者の増大の意味と背景

さて、日本における高校教育は、高度経済成長政策の始まる1960年代初頭までは、進学率も比較的低かったのです(1960年=58%)。
それまでは、高校へ進学できなかった生徒には大検制度があり、大学への道が開かれていましたが、それはかなり難関な道でした。
大検が難しいという意識はこの時代までにつくられたものです。
中卒で就職した勤労者には定時制高校が準備され、定時制高校は文字通り勤労者のための高校教育機関でした。
当時の定時制は4年制、教科、教科外活動、出欠(登校)いずれも全日制高校に準じて決められていました。
60年代以降の高度経済成長期以降において、高校教育はさまざまな背景から急激に変わりました。
何よりも中卒者の高校進学率が著しく上昇しました。
生徒増に対応するために次々に高校がつくられ、学校がつくられるごとに高校の学校間格差は広がっていきました。
今日のかなり極端な進学校と底辺校の格差はこうしてつくられたものです。
ある人に言わせれば、進学校の教師と底辺校の教師では、同じ教師という名でよばれていても「職種が違う」ほどのものだそうです。
この学校間格差の原因でもあり、また結果でもあるのが、偏差値導入による生徒の学力評価と定着でした。
それは学力面にかぎらず、生徒(個人)全体を見る価値尺度として誤用され、さらに学校選択の価値尺度ともなって今日まで続いています。
そういう“反教育的”制度への自然発生的な異議申し立てが、高校生の大量の中退であると考えられます。
当初は一部の不良分子の逸脱現象として切り捨ててきた教育行政側も、毎年のように十万人を超える中退者が生み出されては、
弁解もできなくなってしまいます。
無策・無能ぶりが毎年のように露呈されつづけていると見なされてもしかたがない状態になったのです。
こうして、いわば応急対策があれこれと始まったのです。
応急対策の多くは、長期対策につながっています。
近年における高校教育をめぐる対応策はほとんどが、この中退問題への対応のためといってもいいくらいです。
なお、60年代以降の高校教育の変化の背景には、農業人口の激減で中卒者が自営的農業就業者になる道が閉ざされてきたこと、
若年者の就業・就職において、高卒がごく当然のように導入されてきたことなど就職面の事情、
さらには産業構造や産業技術における機械化、自動化、最近ではOA化、コンピュータ導入など技術的変化も大きく作用しています。

こうして生み出された大量の高校中退者は、社会から脱落していったのではありません。
もしそんなことがあったら、日本はきわめて社会的に不安定・不穏な状態になったに違いありません。
高校中退者の“受け皿”が生まれたのです。
その性格が強められていったのが、定時制高校であり、通信制高校であり、大検制度であり、そして底辺校なのです。
この“受け皿”は、教育行政側の意図的、政策的な成果として用意されたものではありません。
最近では個性とか多様化という標語をつけて、教育行政の系統性を示そうとしていますが、
高校中退対策が後手後手の場当たり的対策の積み重ねであったことは隠せない事実です。
結局、現状においては、高校中退者の“受け皿”になっている定時制・通信制高校、大検および底辺校において、
社会が社会人の当たり前の条件として要求する高卒または高卒同等という学歴が、きわめて切実な形で注視されているのです。
それはなお多数をしめる全日制高校における高卒の意味とは、全然違う様相を示しています。
進学校においては、高卒は意味がありません。
“中堅的な”高校の一部では、高卒はなお古きよき意味を保持していますが、そういう状態は珍しくなりつつまります。
“受け皿”と言いましたが、中退者自身の心情は“拒否”ではないでしょうか。
文部省や教師の多くが、後期中等教育の中枢部分として設計し、つくり上げてきた全日制高校の拒否です。
それは小学校、中学校における登校拒否の延長にあると位置づけてよい学校拒否です。
若い世代の動向に目を向ける方には、この若者たちの心情に思いを及ぼしてほしいものです。
現状は「できる」者は受け入れられ、「できない」子どもは切り捨てられています。
教師の多数が、意図的なのか無意識なのかを問わずこの流れに身を置き、しばしばこの選別の先頭に立っているのです。
いま見る教師の姿は、選別者にすぎないじゃないか、とさえ思います。

高校は外形も内容も義務教育である

定時制・通信制高校のいくつかが、教育目標に学力の〈基礎・基本的なこと〉および〈基本的生活習慣〉を掲げています。
文言ではそう書いていないところでも、多くの定時制・通信制高校がそうなっているように思います。
底辺校でも同様な声を多くききます。
それは、今日の社会に必要なことを教育の側にいる立場から提示しているという意味です。
私の理解によれば、これらは原理的には義務教育(中学校まで)の教育目標です。
しかし現実にはこれらが高校教育の目標になっているのです。
原理的に人間が定めた制度は、現実の展開によって修正され、活力を得るものだと私は考えています。

定時制・通信制高校の現場にいる方たちが、目の前にいる生徒たちの現実に立脚して対応してきたこと、それがこの教育目標です。
すなわち、今日における高校教育の目標は、社会に生きるための基礎・基本的なことである、
と教育現場の人たちは主張していると、聞きとっていいのだと思います。
高校進学率に見られるように、それは外形上も義務教育化しています。
その教育目標もまた義務教育の枠内にある学力の基礎・基本と基本的生活習慣です。
かつては中学校までの教育目標にしていたものを、高校での教育目標にするのです。
このことは私たち日本人が退行しているということではないと思います。
しかしその説明をここで展開するのは脱線になるので省きます。
必要なことは、法制面も含めて、高校を準義務制に対応することです。
希望者全員の高校入学を原則として承認すること、と言いかえてもいいと思います。
高校(同等)資格の獲得は、多くの子どもたち、若者たちにとって生存のための要件であり闘いになっているのです。
社会の要請はここまできていると思います。
生徒とその親がそれを望むのは、それを求める社会的な背景があるからです。
高校の教師および教育行政にこの点への対応を望みます。


定通制生徒の調査が示すもの

定時制・通信制・単位制高校からの回答アンケートにより、定時制・通信制高校の生徒の状況の一端がわかりました。
それを、定時制高校普通科(表2)、定時制高校工業科(表3)、定時制高校商業科(表4)、定時制高校その他(表5)、
昼間定時制(夜間併置を含む)(表6)、通信制高校(表7)ごとに分類してまとめ、全体を総合したのが表1です。

表2~表7のなかには、生徒総数や全日制未修学者という重要項目の数字がないため、合計には計上していない高校が合計20校あります。
それを除く105校が表1の合計数字です。生徒総数23,400人は、95年度定時制・通信制生徒の9%にあたります。
さて、ここでは表2~表7を総合した表1によって、学校の性格別(定時制か通信制か、普通科か工業科かなど)による、
生徒構成の差異がわかりました。
しかし同じ分類のなかにおける学校の差(たとえば表2の定時制高校の高校同士を比較した場合)には、
法則性ともいえる一定の傾向を把握することはできませんでした。
学校差はかなりあるのに、その違いがどこから生まれるのかは、この表の範囲からはつかめないと感じるのです。
これは私の分析視覚の欠如によるものかもしれません。
読者の独自の分析を待ちたいと思います。
では表1に戻ります。ここから何が読み取れるでしょうか。

①勤労者のための高校という性格は? 
生徒のうち就職者数をみると、夜間定時制と通信制が50%以上を占めます。
勤労者のための学校であるという性格が、その程度あるということです。
通信制高校における生徒の就職者が、夜間定時制と同程度であるのは、意外に多い気がしました。
表7(通信制高校)を見てわかるように、合計に加算した12校のうち3校(4,14,17番)は、就職者欄が不詳になっています。
この3校の数字を除くと、全生徒数11,634名中、6,349人=54.6%、夜間定時制の59%と大差はありません。
他方、表6にみられる昼間定時制や単位制高校で昼間課程のある高校(一部は夜間併置)では、就職者数は10.6%です。
これは全日制高校に近い様相を示しています。
昼間定時制とは、全日制高校のある種の将来を暗示しているように思います。

②高校中退者の“受け皿”としての性格は?<br>

生徒の割合にしめる(全日制やほかの定時制からの)転入・編入者と高校中退者数、そして全日制高校未修学者数は、
相補完する形で、全日制高校中退者の“受け皿”的性格がどの程度なのかを示しています。
(数字算定上の留意点として、表7〔通信制高校〕の8,16番の2校で、転編入者と中退者数が合計で出されています。
表5〔昼間定時制・単位制〕の3番校もまた同様です)
あらためて表にし直すと、次のようになります。


転編入・中退者 全日制高校未修学者 夜間定時制 24.2% 79.0% 昼間定時制 23.8% 46.5%(夜間併置を含む) 通 信 制 75.4% 21.9%

夜間定時制は、もともと全日制高校へ進学しなかった人が多く、通信制はその逆に一度は全日制高校へ進学した人が8割近くを占めます。
通信制は転編入者・中退者が全体の4分の3を占め、通信性高校が典型的な全日制高校からの中退者の“受け皿”になっていることを示しています。
定時制(昼間も夜間も)転編入者、中退者の割合が4分の1弱で、通信制に比べれば少ないのですが、
4人のうち1人という割合は、それでも“受け皿”的役割を果たしていることを知ることができます。

③長欠者(登校拒否)の進学先という性格は?<br> 前項と一部重複する性格の把握ですが、中学校時代の登校拒否の子どもたちの進路という面からも、この表を見ることができます。
文部省が最近発表した調査によると中学生の長欠者(年間30日以上の欠席)は、全国で64,996人、約70人に1人の割合になります(1996年5月現在)。
表1にみられるようにここでは23,490人のうち2,048人=8.7%、いいかえると11.5人に1人の割合で長欠者となります。

(表1に示した数字は、長欠者を「休みがちな生徒」として回答を求めていますが、学校側の実態把握では必ずしもそういう項目になりませんから、
年間30日欠席、50日欠席の数字を記入されているところもあります。
それでも、この数字は中学生の長欠者に対して約6倍を示しており、定時制・通信制高校が登校拒否の中学生たちの進学先として
大きなウェイトを占めていることがわかります)。
表別にみると、夜間定時制は生徒総数の2割弱ですが最多、なかでも商業科25.9%、普通科23.5%が目立ちます。
これらの学校では4人に1人が登校拒否の体験者といえるのです。

昼間定時制(昼夜併置を含む)は10%、通信制は3.8%です。
全日制高校とは比較できる数値はありませんが、最も低い通信制でも平均的には全日制高校の倍以上はいると考えられます。
ただ通信制のこの数値は、私には意外に少なく感じられました。
もしかしたら学校の生徒の調査項目に記載欄がないか、記載しなくてもよいことになっているところがあるかもしれません。
表7(通信制高校)で小計に加算した8,17番の2校でこの欄が不詳になっているのは、それと関係すると思います。

④大検の利用
通信制・定時制高校における大検(大学入学資格検定)はどのようになっているのでしょうか。
まず表8-2(大検入学資格検定)はどのようになっているでしょうか。
まず表8-2(大検合格科目の単位認定をしている学校数)を見ます。

合計125校のうち73校が大検合格科目の単位を認め、37校が認めていません。
検討中の1校は認める方向です。
不明3校、記載なし11校は、そういう生徒がいないからあまり意識にのぼらない状態なのだと思います。
要するに125校中74校、6割弱で認められています。

そして、実際には大検を受験した生徒のいる学校は35校、認めている学校の約半分です。
実際の大検受験生は222人、全生徒数の0.9%です。

以上の3つの数値は、定時制・通信制高校にとって、大検の利用はきわめて低水準にあることを示しています。
生徒の側から申し出があって、教師として大検について調べてみるという対応の状況を出ていないように思います。

なお、大検受検生の方から見ると、少し違ったことが言えるかもしれません。
大検合格科目に、高校での履修単位を加えるというものです。
定時制・通信制高校をその大検受験のために利用しようとしているのです。
科目履修生422名、これは生徒総数23,490名には含まれませんが、対比率では1.8%、高校在籍生の大検受検者よりも多いのです。
このこともまた、大検が生徒主導で取り組まれ、教師(および学校)が、全体としては受け身で対応していることを示しているように思います。
今回の大検に関する数値は、そのことを見え隠れの状態でうかがわせることになったと思います。

1995年度大検合格者における定時制・通信制の生徒および高校中退者は次のようになります。


定時制・通信制 高校生 高校中退者 合計 合格者数 396 2644 5055 合格者5,055名のうち396名は7.8%です。

定時制高校における定通併修は3修制の導入によって加速されていますが、定時制・通信制高校における大検併修も、
もっと大いに奨励できる方策がほしいものです。
まずは教師がこの制度を活用し、生徒の卒業率の向上と学習意欲の向上の面で生かしていただきたいと思います。

高卒(同等)への空白・未整備部分

第2章で述べたように、高卒(同等)資格のため、制度は少しずつ整備されてきました。
その制度の可能性を生かす取り組みも民間を中心に模索され、積み重ねられてきました。
しかし、なおいくつかの制度的問題に目を向けなくてはなりません。
高卒(同等)資格を必要とすれば、すべての人がそれに近づけるルートを用意しておくべきではなかろうかと思うからです。
高卒、高卒同等資格という点で、空白になっていたり、未整備であると感じている点を列挙しておきます。

①高校側で整備できること
法制上の体制はできているけれども、その実施を各高校の裁量に委ねているものがいくつかあります。
公の制度を生かす点から、より多くの高校での努力を期待します。
(a)大検との併修……定時制・通信制高校と大検は併修できることになっています。
大検では、高校で履修した単位は、大検の科目合格とみなすことになっています。
しかし高校の側で大検の科目合格を単位として認めていないところがあります。
各校での改善を期待したいと思います。
(b)定時制・通信制の併修は、定時制高校における3修制の導入でかなり前進しています。
しかしまだ余地はあります。もっと研究し工夫していけます。
高等専修学校の提携も前進していますが、まだ向上できます。
(c)留学における履修を、高校での履修とみなすことも制度としてはできていますが、その実施は各高校側に委ねられています(表8-3)。
履修と認めている高校もあるし、認めていない高校もあるのです。
認める方向で各校で具体化されるようのぞみます。

②外国人学校高等課程の全面的認定
第2章「外国の高校」の項で触れたように、日本国内にあって、外国の教育制度に基づく高校相当の教育機関の修了者が、
高卒(同等)と認められていない例があります。
朝鮮高級学校の例がよくニュース報道とされていますが、韓国系、中国系、台湾系などアジア系を中心に、国際バカロレア制度にはなじみにくい
国際学校・民族学校で同様の事態が生じています。
同様の学校(高等課程)が、当該国にあれば「外国において学校教育における12年の課程を修了した者」として高卒と同等に認められながら、
日本国内にあればなぜ認めないのでしょうか?
これは不自然です(日本国内におる外国=アメリカの軍事基地内にある高校は、外国の高校とみなされているようです)。
日本政府は、「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)第1回報告」(1996年5月)において、次のように述べています。

「高等教育機関である大学への入学資格は、学校教育法により、高等学校を卒業した者若しくは通常の課程による12年の学校教育を終了した者
又は監督庁の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者に対して、性、人種、国籍等いかなる差別もなく認められている」
実態はこの政府報告と異なります。外国の教育制度の高等教育場面において、高卒資格(大学入学資格)を認めないことは
マイノリティ(外国人)の子どもへの差別であろうと認識できます。
「子どもの権利条約」への違反であり、ぜひとも改善すべきことです。
なお、本書は高校レベルの問題を扱っていますが、中学校から高校への進学においても同じ問題が生じていることを忘れてはなりません。
それはより深刻な問題といえるでしょう。

③全日制高校と大検はなぜ結びつかないか?<br> 第2章で述べたように、大検は制度として、定時制・通信制高校と併修できるようになっています。
ところが全日制高校とは併修できません。
全日制高校での中退の場合のみ、その履修単位が大検の科目合格として認められるだけです。
これは不思議なやり方ではないでしょうか?
監督庁である文部省に、対症療法的な経過説明ではなく、この差別を合理的に説明してほしいと思います。
④3年未満の高等専修学校と高卒資格
第2章の「高等専修学校」の項で説明したように、3年制の高等専修学校は、大学入学資格があり、高卒同等とみなされています。
ところで、1年制や2年制の高等専修学校の卒業生はどうでしょうか。
この1年、2年の高等専修学校での学習は、高卒に生かされません。
高卒の資格をとるためには、その1~2年の高等専修学校であっても履修単位を大検の科目と読みかえるような方策をとってはどうかと思います。
あるいはサブシステムとして専修学校専門課程に進学できる道を整えることも考えられると思います。

⑤職業訓練校と高卒資格
前項④に似た状態にあるのが、職業訓練校養成訓練普通課程(中卒者対象)です。
この場合年限が1~2年であることが多く、いずれにしても高卒(同等)とは結びつけられていません。
ある職業訓練校の生徒は、別の通信制高校の課程との併修制度が設けられ、その高校での1年間の単位履修か可能になっています。
これも十分ではなく、しかも2年目以降にはそのような制度さえなく、この職業訓練校の修了者は、なかなか高卒(同等)に結びつかないでいます。
これもまた大検と結びつける方向で制度を整えてはどうかと思います。

⑥盲学校・聾学校・養護学校高等部
障害者教育としての盲学校・聾学校・養護学校高等部にもふれておきます。
障害者は、その程度によっては就学免除が認められています。
しかし、義務教育制度をさらに充実させる観点と先人の長期にわたる努力で障害者教育が整備されてきました。 障害児教育、とくに聾学校・養護学校の状況は、初等、中等部に対して高等部(高校に準ずる)の設立が遅れています。
また、障害の限度によっては、(全日制高校を含む)高校が、積極的に受け入れる姿勢を持ち、体制を整備することが必要です。
高校教育の現場での対応はもちろん、文部省や教育委員会でも積極的な対応を期待します。 なお、高等部の卒業生の大学入試資格については、法制的な根拠が必ずしも十分ではありません。
実態に即し、法制面でもはっきりさせてほうがよいと思います。

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