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愛着障害後遺症状の社会的治療

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愛着障害後遺症状の社会的治療

(会報2022年8月号に掲載)

私は2006年『ひきこもり 当事者と家族の出口』(子どもの未来社)を書いた時点で、ひきこもりの最も基本的な要因は「乳児期における“虐待の周縁”にある躾(しつけ)」にあるという考え方になっていました。
まだ先に追求すべきことが多くあり、この表現は暫定的な表現だと理解してきました。
なぜこう表現したのか。親世代の多くは善意でした。
少なくとも親の会に来る人や相談者のなかにはひどいレベルの人はほとんどいなかったのです。
ある人が親の会を見て「うちの親はこういう会に参加するタイプではない」というのを聞きました。
親世代の考え方や受け止め方もかなり幅があると知らされる言葉です。
この世代(私もそこに属します)が生きた社会の気風が、その社会に生きる基準を形づくり、それを子どもに引き継ごうとしていたにすぎないかもしれません。
しかし子ども側の生きる社会環境は違いました。
高度に成熟した経済社会であり(親世代はそれをめざして働き生活をしてきたのに)、親世代の思う形では子ども世代を取り巻く社会でうまくいかなかったのです。
ひきこもりは全体に感度の高い人であることも関係しています。
ふり返るに私の追求してきた取り組みでは、ひきこもりの要因に「“虐待の周縁”にある躾」を超える理解はありません。
しかし、身体科学の面ではこれを超える理解があると知りました。
友田明美さん(児童精神科医)が、乳幼児期における不適切な養育(マルトリートメント)によって、子どもは防衛のために脳を変形してこれに対処していると発表をしていたのです(2006年)。
友田さんはこれを脳のMRI画像診断により証明していました。
マルトリートメントというのは虐待ほど程度の厳しいものではありませんし、私にはおおよそ「虐待の周縁にある躾」と同じ内容のものと理解できます。
私は「“虐待の周縁”にある躾」と書いたとき、虐待とは何かを確かめ、それとは違うものの表現として「“虐待の周縁”にある躾」と表現しました。
友田さんのマルトリートメントは虐待を含むけれどもそれよりもかなり広い範囲の行為であり、ほぼ躾に重なります。
友田さんの意見を知ったのは2018年のことです。
友田さんの研究を知った後、マルトリートメントによる症状は愛着障害と理解をすすめました。
精神医学の診断基準にマルトリートメント障害はないのが関係しています。
私は子ども期のことは対象者がいないのでわからず、思春期以降にはひきこもりとして表面化すると見たわけです。
ところが愛着障害に対する治療法あるいは対応法は明瞭ではありません(岡田尊司『愛着障害』光文社新書、2011などによります)。
子ども期の愛着障害は、子どもの周囲の環境が変われば大きく改善することが期待できそうです。
詳しくはわかりませんが、医学的な治療法もある程度はできつつあるかもしれません。
このばあいは脳の画像診断により立証もできると思います。
それに対して成人期のひきこもりはどうでしょうか。友田さんは20代の後半までは脳は成長するという研究結果を引用しています。
それが事実としても、20代に入って急にそれを指摘されても当事者には追いつきません。
それに20代はもちろん、30代、40代…とひきこもりは高年齢化しているわけです。
周囲の環境(すなわち社会的な対応)の役割が大きいのです。
投薬とか手術のようなことを期待しないし、そういう方向はさけたいです(不眠やうつ状態に限定した投薬は避けられませんが)。
そういう社会的な対応により成人期のひきこもりー私はこの中心的部分を「愛着障害の後遺症状」ととらえて、どうすべきかを考え始めたわけです。

ここから友田明美さんの「マルトリートメントを受けた子どもは脳を変形させて対応する」内容の一端を紹介します。
私は多数のひきこもり、準ひきこもり経験者に囲まれて生活してきました。
いろいろな人がいるのを前提に「人並み以上の感覚のよさと人並みに近い社会性」というあたりを(抽象的すぎますが)共通項としました。
家族からも相談先からも仕事につくこと、就労をすすめられるのに、そこを避ける人は少なくありません。
就労に嫌悪感を持つ人もいます。
親の押しつけ的な態度や社会の変動のため仕事内容が厳しく、ブラック企業が広く伝わっていたことも一因と考えます。
しかしそればかりとは思えません。
当人の体力(私はときに精神的体力という言葉を使いましたが)に問題があると思うことも少なからずありました。
友田さんの研究が、そのあたりとどのようにつながっているのかに注目しました。
紹介するのは友田さんの『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版新書、2017)によります。
「子どもの脳は、マルトリートメントを受けることで変形する。
マルトリートメントの内容(種類)によって、脳の変形する場所は違う」(68p)といいます。
実証は、18-35歳のアメリカ人男女約1500人の聞きとりを行った後で行われました。
幼児期に体罰を受けた経験者とその経験のない人(両方ともアメリカ人が中心の20人余)の脳のMRI
ここは友田さんの帰国後の診療経験により考慮されています。
感情や思考をコントロールし、行動抑制力に関わる「前頭前野(内側部)の容積が平均19.1%、前頭前野(背外側部)の容積が14.5%小さい。
集中力や意思決定、共感などに関係する「右前帯状回」が16.9%減少。うつ病の一種である気分障害や、非行を繰り返す素行障害につながりやすい。(77p)
体罰をくり返し受けた子どもは「痛みに鈍感になるように脳が適応している可能性」(79p)があります。
性的マルトリートメントを受けた女子は、視覚野のなかでも顔の認知などに関わる「紡錘(ぼうすい)状回」が平均18%小さい―視覚的なメモリ容量を減少させて、苦痛を伴う記憶を脳内にとどめておかない(作用)と推量しています。(81-84p)
海馬(記憶と感情をつかさどる)、脳梁(のうりょう=右脳と左脳をつなぐ)、前頭前野(思考や行動にかかわる)の脳内の3カ所に大きな変化を認められますが、ここでは以上のようにごく一部の紹介にとどめます。
そして、各部分にはそれぞれ特別に成長期があり、それぞれの時期でマルトリートメントが重なると影響は大きくなるようです。
私が居場所において見聞きしたひきこもり、準ひきこもりの人と、どこがどのように関係するのかを個別に識別することはできません。
全体としては、子ども時代のマルトリートメント経験(私の言葉では虐待の周縁にある躾)が、ひきこもりの重要な背景にあることは十分に納得できるのです。
友田さんは20代後半まで脳は成長するといいました。
それに対する私の感想は「そう言われてもなぁ~」というほどのものですが、今回友田さんの本を読み返して次の記述を見つけました。
MRI被体験者は18~25歳の人ですが、こう書かれています。
「たとえばこれまで述べてきた調査は、どれもマルトリートメントを経験しながらも、一般社会でごく普通の生活を送っている18~25歳の人たちを対象に行ってきたものです。
少なくとも調査をした時点では、こころの疾患や障害を抱えてはおらず、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)だと診断されてもいませんでした。
つまり、社会に十分適応できている人たちだといえます。
しかし、いざ調査をしてみると、一見問題を抱えていないように見えるこれらの人たちの脳内には、トラウマの痕跡が確かに刻まれていました」(106-107p)
これは2つのことを教えてくれます。
今現在、通常の社会生活をしている(と思える)人にも、子ども時代にマルトリートメントを受けた人が少なからずいる。
その程度はさまざまで、重大で頻度の高い人ほどその影響は大きいと予測できます。
そうであっても通常の社会生活をしている人はいると確信できます。
もう1つは、現在ひきこもっている、あるいは精神障害領域にある人でも、そのマイナス面も超えていく可能性があると予感させることです。
実物(自然や物など)に触れ、対人関係や社会経験を重ねること、居場所に出かけること……などはその面に関与していると推測できるのです。

友田さんの臨床や研究は生命科学者の柳沢桂子『生命の奇跡 DNAから私へ』(PHP新書、1997)の意見とも照応します。
この本から引用します。
「前頭葉の連合野に障害がおきた場合には、人格が変わることがある。
社交的であった人が無口になってしまったり、おとなしかった人がすぐに喧嘩をするようになったりする。
また、行動の柔軟性が失われることもよくある。
状況に応じて行動を変えるということができなくなってしまう。
前頭葉の連合野の損傷によるもう一つの変化は状況判断の異常である。
目の前におこっていることを見ても、事態をうまく理解できなくなる。
前頭葉はまた、創造性と深くかかわりをもつと考えられている。
前頭葉に損傷を受けた人は、きまりきった仕事はうまくこなせるが、自分で計画を立てて何かをすることができなくなる」(120p)
このあたりは、ひきこもりの状態像と一致する部分ですが、柳沢さんは子ども期について書いているわけではありません。
つまり、ひきこもりの原因に直接にふれているわけではありません。

この他の文献を見てもひきこもりと周辺に関係する身体的な理解は進んでいます。
しかし、これらを含めて脳や身体にどのような変化があるのかはまだわからないことも多くあります。
友田さんは脳の変形に集中させて述べています。
私も大筋その内容には異存はありませんが、「脳神経系」とするのがよかろうと考えています。
身体科学の面では、脳神経系だけではなく他の面からのアプローチも必要です。
虐待を受けた幼児は胸腺に大きな変化があることが知られています。
ストレスの強い現代社会では内蔵感覚への影響が大きく、動物進化の角度から腸の役割が注目されています。
過敏性大腸症候群はその代表ですし、ひきこもり経験者にもよく見られます(一説では人口の10%が当てはまるといいます)。
身体の器官・臓器の間を動いて働くセレトニンなどの神経伝達物質も関係しています。
これらがひきこもりに対する身体科学面での理解をすすめる方向です。
これらは以上のように問題の所在だけを書いておきます。

成人したひきこもりにとっての治療法は医学的というよりも社会的な内容が重要です。
たとえば対人関係づくりとか居場所の役割とか、ときには就労も“就労的治療法”とでもよべる内容があるかもしれません。
また就労が困難なことによる生活難は社会福祉的な対応が必要ですし、就労以外の方法(これが日本の未来を担う一部になるかもしれません)で収入を得る方法も当事者や支援者が取り組んでいます。
私が関わってきたこととはこの社会的な部分にあたります。
私は社会科学の面でも、社会変動の中で個人がどうなるのかを「ひきこもりを通して」みています。
社会的な対応には社会的な面から問題を把握する必要があるからです。
個人の偶然の動きの総体が社会の動きであり、そこに一定の法則性は成り立つからです。
私がその「社会的治療法の位置」にいることに不満はありませんが、それが本当によいのかどうかの証拠立ては追求されていません。
せめて脳の画像診断を含む身体科学的実証(必ずしも医学的診断ではない)を望みたいのです。

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