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通学定期券ごまかし事件

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通学定期券ごまかし事件

『赤ひげ診療譚』を聞いて
高1か高2の冬のことだった。国鉄の通学定期券を使っていた。
当時は有人駅(現在は無人駅=駅員はいない)の五十猛駅から高校のある石見大田駅まで通った。
定期券も有効期日が大きく印字されていたが、改札口で見る駅員は行列で通る多くの人の違反を見つけることは難しかった。
何と私はこれを利用して、期日を数日過ぎた通学定期券を使った。
3か月定期だったが1年間それをくり返し1ヵ月近くを無料乗車していた。
しかし、ある日それがバレた。駅員につれられて事務所内に入った。
中は暖房で温かくなっていた。——だからこのときが冬の寒い時期だったのを鮮明に覚えている。
細かなことは覚えていないが、怒られるよりも諭されたと思う。
問題は母にどう言われるのか、どう答えるのかだった。
自宅までの20~30分をゆっくり歩いて考えたが、答えはなかった。
母には——自宅に電話はなかったが、隣の電話を通して知らされている。
家に着いたとき、母は静かに話してきた。短い言葉だった。
順序がこの通りであったかわからないが三つだった。
「お前のことは信用している」
「お前は悪いことはできない」、もしかしたら「悪いことはしない」だったかもしれない。
「いなげなことをするな」、田舎の言葉で、漢字に直せば「否気なこと」だろう。道に外れたこと、妙なことをするな、という意味だ。
短い言葉だったが、とても強く響いた。
この言葉はその後にもときどき思い返してきた。

先日、山本周五郎『赤ひげ診療譚』を聞いた。
YouTubeで朗読が流されさており、寝る前に聞いた。
この日はその話の1つ「鶯(うぐいす)ばか」という話だった。
小石川養成所の若い医師・保本が、貧しい長屋街に通うなかで遭遇した一家心中の事件だ。
30すぎの夫婦と8歳を頭とする4人の子どもが、服毒自殺を図った。
結局子ども4人は死に、夫婦は生きのこった。
なぜ一家心中したのか。保本と言葉を多くした二男のチョウジが死の直前に話した。自分が泥棒をしたのが原因だ、と。
一家はとても貧しい生活で、食べるのもやっとだった。
子ども4人の中で二男はよく気が効く。
3、4歳のころから母が食事できるように自分の食事をさけ、煮炊(にた)きに使える小枝や切れ端などを集めていた。
あるとき商家の植え垣の板を外して盗んだ。
商家の主人は特別何かをする気はなかったらしいが、性悪な女がいて盗人を証言するといっている。
この話を聞いた夫婦は深刻に考えた。
これまでの生活を考えるとこれからも良くなるとは思えない。
しかし深刻なのは子どもが(善意のうちに)盗みの世界に入っていく。
二男には何の責めるものはないが、夫婦の生活を子どもなりに考えて「できること」を探していった。それが「盗み」につながったのだ。
貧乏世帯同士では日常の助け合いはあたり前だ。
幕府は(ということは江戸時代の話になる)何もしないし、アテになどしていない。
しかし、この貧しさが子どもを自然に盗みの世界に入るのを、隣近所が協力して防ぐわけにはない。
何しろ隣近所はそれぞれの事情で生活を続けるのに精一杯なのだ。
この二男の話は、話せる状態で寝込んでいた母親からも聞き、なぜ一家心中を考えたのかも確かめた。
性悪女のことなどは問題ではなかった。
若い医師・保本が体験し聞いたのは、この事情だった。

『赤ひげ診療譚』を聞きながら、あのときの母の言葉を思い返していた。
母は責めなかった。前後する当時のことを考えてみた。
貧しさの程度や子どもの年齢の違いはあるにしても、一家心中したチョウジ家族とは違うが、自分の状況と少しは似たところがあると思えた。
弟と一緒に早朝に新聞配りをしていた。高2からは週2回家庭教師をした(大学のない田舎では進学クラスの生徒のアルバイトであった)。
休日には必ず働いた(ほとんど築港の工事現場で一日500円だった)。
高1のときの夏休みは連日の築港仕事で郵便預金に14000円が貯まった。
高卒後働き始めた月給が15500円の時代であることを考えるとこれは特別の収入だった。
自宅は納屋の一部を使ったものだ。高2のとき担任のF先生がこの家に家庭訪問に来た後、授業料免除を受けた。
この郵便預金はある日引き出されていた。お金に困った父か母が引き出したものだった。
二男チョウジがギンナンを拾い集めて売ろうとしていたのに、母がそれを売ってしまったのに似ている。
郵便預金の引き出しはちょっと残念だったが、役に立ったならそれもしようがない、という気分だった。
チョウジの気持ちと同じだったのだろう。
高校時代のあるころから小遣いをもらうことはなかった。
授業料免除になる前に未納になっていた分をある程度手持ちの中から支払った気憶もある。
母はこういう生活状況の中で、私の定期券ごまかし事件に出くわしたのだ。
母の言葉は少なかったが、この衝撃は大きかった。
一家心中の事件を見た医師保本の体験——それは著者・山本周五郎の深い洞察力を感じたものだ。
あのときの母は、自分が「定期券ごまかし事件」の状態をつくっていたと感じていたのだ……と思う。
怒るとか責めるという気持ちではなかった。
自分を責めていたのではないか——母が亡くなって久しく、これを確かめることはないが——そういう気持ちがわいてきた。
怒るよりも、悲しんでいたのではないか。
そういう母の気持ちがあったから短い言葉でありながら、私の深いところに入ってきたのではないかと思う。

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