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0点が取れない

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0点が取れない

今回は自分の気持ちに整理をつけるために書いてみようと思います。したがって今回はいつも以上に読む人のことを考えていない文章となります。
非常にネガティブで面白くない内容になると思われるので、よほど暇を持て余していない限りは読まないことをお勧めします。警告はしましたよ。

自転車が楽しい。とても楽しい。なぜこんなに楽しいと感じるのか考えてみた結果、努力がすぐ目に見える形で結果として返ってくるからではないかという点に行き着いた。
ペダルを漕げば前に進む、漕がなければ進まない。
そのシンプルな真実が支配する世界に魅せられたのだと思う。たとえどんなに疲れていても漕ぎさえすれば車輪は回るし、車輪が回ればいずれ目的地にたどり着ける。
思えば自分の人生に今までこんなことはなかった。努力とは報われるものだったのかという鮮烈な驚きがある。

他に努力が報われるものといえば強いて言うなら勉強だろうか。勉強はとにかくやればテストの点数は上がる。
そこには個々人のセンスとか才能といったものはほとんど関係ない。
誰でもやればある程度まではできるものだ。できないと言うのならそれは単にやらなかっただけだろう。
別にやらなかった人を見下しているつもりはない。むしろその逆だ。やらなかった人たちはその分の時間と情熱を別のことに向けていただけなのだ。
友達と遊ぶとか、部活、恋愛、趣味といったものにリソースを費やしていたのだと思う。そしてその判断は正しい。
少なくとも何の目的意識もなくただ言われるがままに漫然と勉強をするよりはずっと良い。

たしかに勉強すれば点数は上がる。だがそれが何になると言うのか。小学校高学年の頃、算数のテストが返却された時のクラスメイトの佐藤くんの言葉は今でも覚えている。
「やったー!70点取った!これでお母さんにご褒美がもらえる!」、それを聞いて私は「俺がそんな点数取ったら殺されるんじゃないかな」と思わず苦笑してしまった。
まあ殺されるは冗談にしても、大目玉を食らうことは間違いない。何せ95点でも叱られるのだから。だから100点を取って初めてお咎めなしの栄誉に預かれるのだ、と言いたいところだがそうでもない。
100点ならそれはそれで「字をもっと綺麗に書きなさい」「消しゴムの消し痕が汚い」とダメ出しを食らうのが常だった。
母は人を褒めるということを滅多にしない人だった。旧日本海軍の連合艦隊司令長官、山本五十六の言葉として「やってみせ、言ってきかせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ」と伝えられるが、母はその真逆を行く人だった。
私が何か一つの課題をクリアするたび、更にその上、その先を求められ続けた。特に評価されることもなく、勉強しろ、勉強しろと言われ続けた。
私は内心反発を覚えながらも健気にその言葉に応え続けた。だがとうとう中学3年になって自分がなぜ勉強をしているのか分からなくなった。
ある時、「何で俺らってこんなに勉強しているんだろうな」と塾の友人に疑問をぶつけると、「やめろ!」と思いのほか強い言葉で拒絶された。
どうやらこいつも同じ思いでいるらしいと悟ると同時に、自分の疑問は禁句だったらしいと感じた。
それ以来その疑問を人に投げかけることはしなくなった。そして今でもこの疑問は解消できていない。


いつからか私は母の減点方式教育に疲れてしまっていた。私も決して優秀な人間ではない。何の取り柄もない人間がなんとか勉強だけはとしがみついていただけだ。
だからそんなに日常的に100点が取れるわけではない。95点を取るたびに私はマイナス5点の人間なのだと落胆した。
70点の佐藤くんとマイナス5点の私、何が違うのだろう。私はいつになったら0点が取れるのだろう。そうしていつしか0点を取れない私は人間ではないのだと思うようになった。
表面だけうまく人間に擬態しているが、中身はブヨブヨの醜いスライムなのだ。だから人間の思考とか社会性とかいったものが理解できずうまく噛み合わない。だから0点も取れない。
無論馬鹿なことを言っている自覚はある。だが私は素面だ。

そんなスライムにもできることはあった。それがひきこもり訪問支援だった。おそらく母と逆のことをすれば良いという私の考えは概ね正しかった。すなわち減点方式ではなく加点方式で人を見るということだ。
そして、自分はこういう人とだったら話がしやすいという人格を想像して、それを演じる。
また、相手が何を求めているのかを探ってその演じ方を少しずつ変えていく。流石にすべてが上手く行ったとは言わない。失敗したことも、辛かったこともたくさんある。
それでも、思っていたよりずっと楽しかったし、また楽でもあった。それなりの評価も得られたと思う。それがなければ今こうしてここで文章を書くこともなかっただろう。
一方で得られなかったこともある。自信、自尊心、自己肯定感、呼び方は何でも良いが、結局そういったものは得られなかった。
訪問支援はざっくり言えばそういったものを引き出すために行うものだと思うが、肝心の私自身はそういったものが良くわからない。
0点が取れない自分に自信などあろうはずもない。

その自己肯定感のなさが致命傷になったのが就活の時だ。選考過程でのグループワークの後、帰り際に若い人事の方と二人で雑談をした。
私はその場であろうことか「あの人とか良いんじゃないかと思いますね」などと他の就活生を推す言葉を発していた。
自分ならともかく他人を推すというのはどういうことなのか。本気で採用される気がないんじゃないか。自分の言葉に愕然としてしまった。
同時に、俺の人生ここまでなんだ、ここで終わりなんだなと感じた。
それが私が就活をやめた理由だ。心が折れてしまった、と言うよりとうの昔に折れていたことに今更ながらに気づいたという感覚だった。
ただ、人生というのは終わってもそこで本当に終了するわけではない。
「終わり続ける」のが人生であり、今もまさに終わっている最中なのだ。

起業するなどと言ったこともあったが結局それも同じこと。点数マイナスの自分を売り込もうなどとはどうしても思えない。
自分でも良いと思っていないものを他人に売りつける行為と言ったら、それはもう詐欺だろう。
私は詐欺師にはなれない。とはいえいつまでも働かないというわけにはいかない。
一刻も早く仕事を探さなければいけない状態に追い込まれているが、なかなかそこまではたどり着けない。
言うなれば0次面接に受からず門前払いを食らっているような状態だ。
ちなみにこの場合の門というのは相手ではなく自宅の門という意味。

我ながらかなり追い詰められた状態に置かれているとは思うが、自ら命を絶とうとは思わない。
10代の頃は例によって私もそんなことを考えたことがあったが、今は決してそんなことをしようとは思わない。
私の望みは他人から私に関する記憶をすべて消し去り、私が存在したという痕跡をこの世からなくすことだ。それが出来ない以上死ぬことにさほど意味を感じない。
さて、次回は近日中に知人の紹介でシカ猟に同行させて貰う予定なのでそ   の体験記を書こうと思います。
寒暖差の厳しい日が続きますがどなた様も風邪など引かぬようご自愛下さいませ。
  

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