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Center:2003年11月ー引きこもりへの居場所活動

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目次

2003年11月ー引きこもりへの居場所活動

〔『読売新聞』2003年11月3日、17日、24日のリレーエッセー「教育ファイル」に掲載〕

1 集い、話せる「居場所」(11月3日)

東京で「不登校情報センター」を開いて8年がたつ。
不登校の子どもとその家族の相談を受けるはずのものが、最近は、20歳を過ぎた引きこもりの人の相談が多くなっている。
引きこもりの人は、対人関係に不安や緊張、恐怖を感じているケースが多い。
このため、ソフトな人間関係のできる場面で人なれができ、話し相手のいる場面でコミュニケーションする力を伸ばすことが必要だ。
そういう人間としての力が育たないと、社会参加の方向につながらない。
センターをそんな引きこもり経験者たちの「居場所」として開放している。
センターがあるのは、下町の葛飾区新小岩。
趣旨に賛同してくれた大検予備校の厚意で、もともと校舎だったビルを無償で貸してもらっている。
毎日、10人から20人ほどが、入れ代わり立ち代わりやってくる。
20歳代後半の人が多いが、30歳代もいる。
センター内の喫茶スペースには、人がたまり、それぞれ話をしている。
不登校や引きこもりの関連書を並べた書店コーナーでは、男女数人が交代で店員を務めている。
私は事務室で自分の仕事をしながら、「ちょっといいですか」と声を掛けられれば、彼らの話に耳を傾ける。
集まった人が思い思いに話し、動き、自由に時間を使う。
これが「居場所」だ。
ここで「自分探し」をしているのだと思う。
中には、幼年期や中学、高校時代の忘れ物探しを兼ねている人もいる。
交通費は本人負担だが、参加費は不要。休館日はない。
夜6時閉館が原則だが、8時、10時まで残っていることも多い。
遠方から来て帰れない人や、帰りたくない人もいる。
そういう人は、私が近くに借りているアパートに泊める。
不登校から、そのまま引きこもりを続ける若者が増えている。
不登校は、問題の早期発見という面もある。
そこに目をつけ、もっと早い段階から対応できる「居場所」が、各地にあったらいいと思う。

2 「芽」みつけ、ほめる親に(11月17日)

親の一方的な思いによる叱咤激励は、子どもにどう受け止められるのだろう。
7年余の引きこもり経験がある20代の女性が話してくれた。
「思い返すと、親が自分に言ったことは三種類しかなかった」
①指示・命令=「勉強しなさい」「てきぱきと片付けて」など
②差別的な言葉=「ばか」「できそこない」「それじゃ世間は通らない」など
③親の自慢話=「私が子どものころは、そんなことは当たり前にできた」など
「私は親から認められたことはない。せめて『そうだね』という言葉がほしかった」
親は善意のうちに子どもを励ましてきたのかもしれない。
しかし、子どもの中の光る面を見過ごし、感受性の強さや物事への熱中を否定的に見、ほめ言葉を忘れてしまう。
他方、親が大事だと思う方向に子どもを向かせ、追い立てる。
「いい成績、いい学校、いい会社」を最良の人生と思い込む人ほど、その軌道に乗せようとする。
引きこもりになる子どもは、もともとが穏やかで優しい。
それなのに、成長期にこの環境では、内側から伸びる芽は摘み取られ、親が「よかれ」と思って植え付けたものが、枯れ果てて育たないのも無理はない。
子どもの中には、この家族関係下で親との対立を避ける知恵として、「自分の本心を殺した」「魂を殺した」人もいる。
それが思春期以降に自立する力をそいでいる。
過去を振り返り、「自分を許せない」と自らを責め続ける。
その感覚は自己否定となって表れる。
引きこもるのは、この干渉を受けやすい環境から、自分らしさを求める無意識の反応だと思う。
だから私は引きこもりを否定しない。
冒頭で紹介した彼女はこう言った。
「親は未熟だった。それにつき合わされた自分が混乱していた。親の言動に惑わされないことが大事だ。こう気づいて以来、動き出せるようになった」
子どもは本来伸びる芽がある。
それを見つける努力、そしてほめること。
子育てとは、そういうものではないだろうか。

3 親の愛情 自立の力に(11月24日)

引きこもりになる人には、子どもらしい生活が送れなかった人もいる。
今は20代後半になっている男性は、父母と4歳下の妹の4人家族。
父親は仕事で朝早く出かけ、夜遅く帰る。
小学校5年のとき、単身赴任で帰宅は月1、2回になった。
母親も妹も体が弱く、彼が父親代わりに。
家庭を守りながら、次第に父親への不満が募っていく。
この精神的な疲れもあって、中学校、高校へ進むにつれ、学校を時々休む。
大学入学後ついに不登校になり、そのまま引きこもるようになってしまった。
背景は違っていても、このタイプは結構多い。
父親が病弱、アルコール依存、失業中で自信喪失。
あるいは、父母の仲が悪い、離婚など。
様々な事情で、子どものころから家族を支える側になった人たちだ。
親への甘え、依存はできないし、親から愛情を感じることもない。
安心して子ども時代を過ごせなかったようだ。
こういう体験者は、自立のエネルギーが弱くなりやすい。
冒頭の男性の場合は、引きこもりを機に、テレビやパソコンにはまっていく。
外出はほとんどできず、友人も失い、生活から現実感が失われていく。
4年ほどたったころ、「生身の人間に触れたい」と思い始め、母親に訴えた。
母親から相談を受けた不登校情報センターでは、引きこもり経験者がスタッフとして彼と電話で話をした。
実は電話だけでも、最初からつながるのはかなりいい。
バーチャル世界への飽きと現実感への渇望が本人の中に強くあったうえ、父親が少しずつ家族のほうを向き始めたことが転機につながった。
やがて、スタッフが家を訪問する、本人と顔を合わせる、一緒に外出するなど、5人のスタッフが2年あまりかかわり、最近いい線までたどりついたところだ。
親の愛情が感じられる子ども時代があり、向けられた愛情が自分の血肉となって、今度は親や他人に向けられる。
それが源泉にあることで、人間は自立して生きていけるのだと思う。

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