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Center:2006年12月ー引きこもりから動き出す3つの条件

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目次

引きこもりから動き出す3つの条件

〔『ひきコミ』第39号=2007年1月号に掲載〕

(1)心の内の危機感

11月の親の会の交流会の様子から考えたことです。 

引きこもっている子どもは20代から30代。親との話のできない状態の人もいます。
しかし多くは少なくとも母親とは話ができる、なのに子どもは引きこもりから動き出していく様子が感じられず、親としては手づまりを感じている。
そんななかでの意見交換でした。

これまでの親からの相談でも、また私自身が訪ねていった先で会った人にも、このような引きこもりの若者は多いと思います。
引きこもりが社会問題として注目されながら、対応がなかなか進まないのは、この点での打開策が見当たらないことも関連しています。
その焦りが“強制”を伴う対応を生むように思います。

交流会には引きこもり経験のある当事者も多数が出席していました。
その人たちに発言を求めました。
尋ねたことは「あながたが引きこもりから抜け出したのはどういう理由からですか」という主旨になります。

答える側も難しいようです。
そのなかで手がかりになると思えたのが“危機感”という答えです。
このままでいくと自分はどうなるのか。
生活は、収入は、仕事はどうなるのかが心配になってきた。
夜寝ていても不安になって起き上がる。
そういう体験が繰り返されるのです。
かといって実際に“仕事”となると壁が厚くて動けない。
こういう葛藤のなかで、自分からむりやり動き始めた理由(原動力)が“危機感”です。

これまでの相談の機会でも親側からもこれに関することを何度もききました。
いや相談者が一様に訴えるのがこの先行き不安、危機感です。
私が答えるのは将来のことよりも、いまの親子の関係や子どもの引きこもり状態の現実に目を向け出発しようということです。

親の不安感を、ひきこもっている子どもに対して率直に、あるいは婉曲に、あるいは柔らかく、あるいは叱責のかたちで伝えたときの結果は、
ほとんどが無残な結果を招きます。
子どもの内側から少し開きかけた扉が、バチッと固く閉ざされた状態になります。

それ以降、親子での会話ができないとか、親の姿を見たら子どもはさっと自室に入り、閉ざしてしまうのです。
私のところに相談に来られる親のかなりの割合が、この会話が途切れ、立ち往生したときになっているからです。

このような対話が途切れる前に、あるいはそれが断絶して相当の時間を経てようやく対話ができるようになったとき、どうすればいいのでしょうか。
親子関係の仕切り直しの時点で、引きこもりから抜け出していく何の糸口を見せない子どもに対して親は何をしたらいいのかを手をこまぬいているわけです。
11月の交流会はここが話し合われたのです。

(2)きっかけのための3つの条件

出席したある当事者の答えをきくと、その“危機感”は、親から言われた形ではないようです。
いやずっと前に言われたのかもしれないけれども、それを自分の問題として感じられるようになった時点でのことです。

なお、親以外の、たとえば親戚筋の人のある種の圧力的な言葉も同じ役割をするようです。
しかし友人とか信頼をおいている人からのものだと少しは様子が違うようです。
友人づくりや信頼のおける人との出会いが特別の役割をすると思えるのはこの点です。

親のなかには「親の私ではうまくいかない。うまく説得できないので代わりに息子(娘)に世の中の道理を教えてやってほしい。それで引きこもりをやめさせてほしい」という人がいます。
このやり方は実は親が言うのと変わりはなくきわめて拙いやり方です。
この手の依頼は、子どもをさらに追いつめる手助けになりますので、私はお断りしている方法です。

どういうときに子どもは引きこもりから動き出すのでしょうか。
“危機感”とともにこれまでに私が実際にきいた実例を列挙してみましょう。

母親が病気入院になり、家の中のことが立ち行かなくなった。
家の中の食事、洗濯、風呂というだけでなく、買い物での外出が必要になり、それで子どもが動き出した。
隣家で火事が起こり、家にいる母とひきこもっている息子で家財道具を運び出し、近くの人たちとも助けられながら、話をした。それが動き出すきっかけになった。

自宅前の道路で車の衝突事故が発生した。
独り自室にいた息子は消防署に電話連絡をし、目撃者として事態を説明することになった。
それがきっかけで動き始めた。

家業が倒産し、自宅が銀行の差し押さえになり転居を迫られた。
それで働くことはおろか外出もしなかった息子が仕事を探し始め、しばらくして働き始めた。

おそらく阪神淡路大震災のときに引きこもりの人が動き出したのも、上の例に似たものでしょう。
上の例も含めて、共通することがみてとれます。
私はこれらを整理して次の3点を意図的に試みるのが“きっかけ”づくりになると考えています。

そのことが、親や家族の意志や都合によるものではなく、避けられない事情であること。
上の実例は不幸なことです。
もし人為的にされるのであれば犯罪やそれに類することになります。
その意味で、意図的な試みには“不幸な事態”ではないことが条件につきます。

その出来事は直接的に引きこもりの本人だけに向けられたものではないけれども、本人の生存条件に重大な影響を与え、生存本能をよびさますものです。
そのなかで本人が何らかの役割を発揮できる要素もあります。

その出来事は作為によってはいないことです。
これは(1)と重なるわけですが、対策というのは大枠においては作為の範囲にあります。
ですから本人の動きや周囲の状況の自然な流れや偶然の事態を生かせる環境をつくることで、その作為性を感じられないレベルにしておくことが、作戦上求められるのです。

この3つの条件を同時に満たす方法を一人ひとりにおいて個別に考え出すことが、親として子どもを引きこもりから抜け出させるきっかけづくりになると考えます。

この関連で、いくつかの強制を伴う引きこもり解決策をみると承服しがたいものを感じます。
あるヨットスクールは、子どもを海中に落としてその生存本能をよびさます方法をとっていると思えます。
それを私は犯罪に類することであり、(1)の不可避性や(3)の作為性も明白なことと考えられます。
このような方法は引きこもり対策として採用すべきではないというのが私の意見です。

(3)危機感ときっかけ

次にこの“きっかけ”に関する3つの条件と“危機感”はどんな関係になるのかを考えておかなくてはなりません。
3つの条件とは“きっかけ”づくりのためです。
そのきっかけの後、継続的に人間関係づくり、さらには社会に入っていく力量を見につけていけるかどうか、それはひとまず別問題です。

継続の過程では、引きこもり経験者の対人関係づくりとか通常の親子関係が問われます。
社会に入っていく生活技術も必要です。
それらはいずれも各人によって個別の特徴をもつものですが、ともかくその人間が自然な表現や成長を阻止される要素がないことが重要です。
ここではこれ以上は言及しないことにしましょう。

その過程は相当の時間を必要としますし、当人にとっては苦しい修業を重ねることになります。
この苦しい時期を進んでいくエネルギー源の一つが“危機感”です。

私はきっかけづくりの条件と、この危機感は別問題といいました。
そのうえでのことですが、危機感がある(あるいは危機感が引き出される)から、このきっかけ後の修業に耐え忍んでいくことができます。
逆にまた、危機感(を引き出すもの)を具体的な行動につなげるのが、きっかけです。
別問題ではあるけれどもつながっているとも考えられるのです。

私たちが子どものころは、貧しさの背景のなかで、この“危機感”を違った形で身につけていたような気がします。
対人関係をさけるとか、ひきこもる前提が、成長期の子どもに生じなかったのです。
むしろ親の姿に対して申しわけないような、なんとか早く助けなくてはならないような感覚が生まれました。
それは日常の親の生活がそうさせていたわけで、親には何の作為もないものでした。
この3つの条件は、そういう背景がうすれた、ゆたかな時代において子どもの生存本能を引き出す方法を求められていることのように思います。

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