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Center:2006年5月ー生活保護受給に必要な医師の診断について

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目次

生活保護受給に必要な医師の診断について

生活保護に必要な、医師の診療の場に関わり、思いのほかの事情もありました。
生活保護に関する3度目の報告です。

5月●日に、Aさんと一緒に心療内科を受診に行きました。
これは生活保護を受けるのが医師から「仕事に就き、収入を得ることが難しい」ことを証明してもらうために必要な手続きの1つだからです。
すでに生活保護を受けていますから、手続きの一部が事後になっているのです。

心療内科での予診は看護師さんが行い、私は同席させていただきました。
半分くらいは私が初めてきくことでしたが、初めてきくことの大部分は子どものころの話です。
そのなかで子ども時代から虚弱的であったことは、彼女の今日につながる重要な要素であったと思います。

医師の診察には同席していません。
医師が彼女に同席の確認をしようとしたところAさんは「どうしよう」と迷っていたので、私の方で席を外すことにしました。
私は「仕事に就き、収入を得ることが難しい」ことの証明書の点から外れて事態が進むと拙いという思いがあったのですが、看護婦との予診の席の様子を見ていましたので、大丈夫だろうと考えたわけです。

Aさんの診察の後、私が医師によばれ、少し話しをしました。
私も確かめたいことがあったので、いい機会でした。
医師と話したことを項目立てし、それに関係する事情をまとめてみます。

(1)

Aさんは家出の話を医師にはしていませんでした。
この事情はごく短くしか話していませんが、私が気づいた点です。

彼女は、自宅のあるC市を昨年9月に出て、3都県の4つの市を移動しました。
いま最後のB市にいますが、ここで3回移転しています。

B市内での移転は、彼女の事情であるよりも、1つはウィークリーマンション側の事情であり、同列系のウイークリーマンションに移りました。

次は生活保護を受けることに伴うもので、家賃が4万円余以下のところに移ることが条件で、それにあったところに移りました。

B市内の移転は、Aさんの事情とは違います。
それ以外の移転は彼女の意志によるもので、隣室や周辺の雰囲気や音が気になったためです。

(2)

受診した心療内科は、薬物療法が中心ということでした。
Aさんは消化器系が弱いこともあって、薬の治療は希望していません。
医師は同院でのカウンセリングを勧めたところこれには同意しました。

Aさんはこれに期待しているところがあるようですが、医師の話しでは「本格的なカウンセリング療法ではないので、あまり多くは期待できない」ということです。
1時間くらい離れた町にカウンセリング重視の医療機関があるけれども、自己負担で1回7000円ぐらいなので「紹介はしなかった」と言っていました。

受付でカウンセリングの予約をしようとしたのですが、「あとでこちらから連絡します」となりました。
たぶんカウンセリングの体制が十分でなく、その担当者と連絡をとった後、Aさんに日時を連絡するためだと思います。
少なくとも1か月は先で カウンセリングの時間は1回30分です。
ですから医師が「あまり多く期待できない」というのももっともなことなのです。

(3)

医師からは「診断書はなくても、福祉事務所には“働ける状態”ではない旨の連絡をしておく」と聞きました。
これも私には新たな発見というべきことです。
この医療機関に来て、受付で「生活保護手帳」を見せ、医療券(医院に受診するときに福祉事務所から発行してもらうもの)をもってきていないと告げたとき、受付の人から「医院から福祉事務所に連絡します」と言った時点で、ある事態が進み始めていたものと思います。

医師がAさん(と私)に「働ける状態にはないと連絡しておく」といったときには、既に連絡みであったように思います。

今回の受診は「働けないことを証明する医師の証明書(診断書)」をもらいに来たのですが、何らかの事情で、それさえ要しなかったのです。

その事情はたとえば、Aさんの話しぶりを見れば、対人関係や就業面や体調、体力面で“働けない”と医師は判断できた――この点に関して、私は診断名をつけるとすればどうなりますか? と聞いたところ、あえていえば社会不安障害でしょうが、・・・(たぶん早急に診断名をつけるのはいいことではない、と考えたように思います)。

この医院を選んだのは、B市保健所発行『精神保健所福祉関係ガイド』にある「市内クリニック」でAさんの所から比較的近いところです。
この医院と福祉事務所は、日常的な連絡体制できている。・・・そのように思います。

(4)

医師との話では、もう1つ重要なことがありました。
「彼女はなかなか難しいです。生活保護を受けることで、自立の意欲をなくしてしまう可能性もあります」といわれました。

私はこの面で2つのことを話しました。

1つは、昨年9月に彼女が家出をしたのは、何らかの変化を期待していたのでないか。
彼女が働く方向で動けるようになること、もう1つは、家族のところに外部から介護サービスなどの支援が入れるようになることです。
後者はある意味で実現しましたが、前者はこれといった前進を得られていないのです。

もう1つの面は「これからどうするのか」という点に関してです。
私の考えでは、彼女の体調や体力からして、もっとからだを動かす機会をふやすことが大事です。
現在は、食べ物の買い出しやコインランドリーの利用などに外出機会が限られています。

この面で、私はとくに保健所が取り組んでいる家族会や福祉団体の集会に参加するように勧めました。
医師はこの面で賛意を示してくれたように思います。
動く、外出するにしても人とつながることが重要で、それなくしては動きも苦痛になるのかもしれません。
引きこもり系の人は、たしかに人とつながる面で苦痛を感じることが多いのですが、逆に人とつながらないことでも苦痛を感じます。
この点をAさんに“修業”して欲しいのです。

さいわい今の住所と保健所は比較的近いようです。
ここで地域に住む人たちとつながれば、医師のいう「難しい」面は改善できるかもしれません。

私のいるところからは距離があり、そう簡単に会って話すこともできません。
そしてB市を彼女が選んだのは何らかの理由があるはずなので、そこに期待したいと思います。

ただこのことを私は必ずしも楽観はしていません。
おそらく今後もときおり、何らかの形でSOSは発せられるものと覚悟はしています。

以上、とくに今回の心療内科受診に関わることを中心に報告させていただきました。

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